Coolier - 新生・東方創想話

黄金色

2012/04/27 21:28:21
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春。
柔らかい地面に横になる。
鳥の声に、温かい春の色。
空気も、どこか甘い匂いがする。

春は良い。
張り詰めた冬の空気とは違い、光も、空気も、どこかぼんやりとしている。
暢気な空気に、これから咲こうとする花の意思が満ちている。
全身で春を感じ、春の空気の中にいると。あまりの気持ちよさに眠くなってしまう。
日向ぼっこをしていたら、いつの間にか眠っていたなんてこともしょっちゅうだ。
花を探して、春を感じて、のんびり歩き回った後は。
眠気に逆らわず、ゆっくりお昼寝をすることにしている。
地面に横たわり、日の光を浴び、地面の匂いを嗅ぐ。
そうしてまどろみの旅に出る。
その時間が何よりも幸せだ。
冬よりも柔らかく、夏よりも優しい、春の生命力を全身で感じ取る。
夢うつつのはっきりしない頭で、自然との境の曖昧な体で、春を感じ取る。
私は今、とても幸せだ。




「こら」

無粋な怒鳴り声で、夢から覚めてしまう。
この声は、他の誰かに対して掛けたものではなく。
私を起こそうと言う明確な悪意によって発せられたものだ。
眠っていた私を起こすなんて、どこの誰で、一体何の用なのよ。
事と次第によっては、花の肥料にしてあげるわ。
酷く不快に思いながら、少しだけ首を捻って横を見る。
そこには2本の足が生えていた。

「こんなところでなにしてるのよ」

頭の上から、再び声が掛けられる。
その声で、隣にいるのが誰か分かってしまう。
そもそも。私の眠りを邪魔して憚らない奴なんて数える程しかいない。
始めから予想はついていた。

「妖怪が倒れてて、気味が悪いから何とかしてくれって言われて来たんだけど。
 ただ昼寝してるだけじゃない。拍子抜けったらありゃしないわ」

私の眠りを妨げた大罪人、博麗霊夢が理不尽な文句を垂れる。
無害な私の、貴重なお昼寝の時間を妨げたことを悪びれる様子は一切無い。
顔を合わせる気にもならなかったので、引き続きうつ伏せでのお昼寝を楽しむことにする。
私はここでうつ伏せで寝ていたけど、そのせいで不審に思われたのかもしれない。
でも、眠り方までどうこう言われる筋合いは無いし、このまま眠らせてもらうわ。

「寝るな」

ばちんと後頭部を叩かれる。
感触からいって、お払い棒で叩かれたのだろう。
私の顔は見えてないはずなのに、なんで寝ようとしたことが分かったのか。
巫女の勘は面倒臭い。
無視しても良かったけど、それだと霊夢の気が治まらないらしい。
これ以上、貴重なお昼寝の時間を邪魔されたくないし。
霊夢にしたって、手ぶらで帰っては具合が悪いのだろう。
早々に妥協案を提示して、早々にお帰り頂くのが一番だ。
こんな陽気な春に、下らないいざこざで消耗するのは嫌だもの。

「何がお望み?」

うつ伏せの体勢のまま、目を瞑り、眠気と格闘しながら霊夢の要望を聞く。

「寝たいんだったら、家に帰るか、人目につかない場所に行くことね。
 それが嫌なら、私に退治されて、ここで堂々と倒れてればいいわ」

そう言って、霊夢がお払い棒の素振りを始める。
今すぐ暴れたくて仕方がないといった様子だ。
人目につかないところに行けとは言うけれど。
ここだって往来からはだいぶ離れてるし。そこそこ人目につかない場所だと思うんだけど。
妖怪の一匹が倒れていたところで、騒ぎになるような場所でもない。
本当に通報があったのか怪しくなってきたわね。
たまたま散歩中の霊夢に見つかって、暇潰しの相手をさせられているだけなのかもしれない。
むしろ、そっちの方が可能性が高い。
私が妖怪だからと言っても、お昼寝くらい好きにさせて欲しいのだけど。
もう考えるのも面倒臭い。
真面目に相手するのも阿呆らしい。適当に煙に巻いて追い払うことにしよう。

「人目につかなきゃいいのよね」

そう言ってから、指で地面をなぞり円を書く。
そしてすぐ、霊夢が質問をするより早く変化が生じる。
何もなかった地面から若葉が出て、すごい勢いで伸びていく。
私達を囲むように、高さ1m程度の緑の壁ができる。
そしてすぐ、分岐した枝先から鮮やかな黄色い花が咲く。

「これでいいでしょ」
「余計目立つわよ」
「私が隠れるなら、それでいいのよ」

菜の花で作った花の壁。私と霊夢を囲んでドーナツ状に咲いている。
向日葵ほど高くはないけど、遠くからの視線を遮るにはこれで十分なはず。
菜の花なんてどこにでも咲いてるし。わざわざ寄ってくるような物好きもいないだろう。

「食べていいわよ」
「こういうのを袖の下って言うのよね」
「おやすみなさい」

会話を終わらせ、寝る態勢に入る。後のことは、起きたら考えよう。
人目につかないような工夫もしたし、霊夢も満足するだろう。
文句は始めから聞く気は無い。
譲歩してあげたのだから、霊夢も早く帰りなさい。
そして私を眠らせてちょうだいな。

「ちょっとゆうかぁ」

私の都合はお構いなしに、霊夢がしつこく絡んでくる。
私の顔の横にしゃがみ、ぺちぺちと頭を叩いてくる。

「折角会ったんだから、顔くらい見せなさいよ」

霊夢が私の髪に指を入れる。
引っ張ったり、指に絡めたり。
ちょっかいを出されるせいで、上手く眠れやしない。
用が済んだなら、早く帰ってくれないかしら。

「いきなり起こされたせいで眠いのよ。そろそろ静かにしてもらえないかしら」

霊夢のいる方とは逆方向に、少しだけ首を捻る。
姿勢は相変わらずうつ伏せのままだし、顔は髪で隠れて霊夢には見えないようになっている。
いい加減、諦めて帰ってくれないかしら。



少しして、再び霊夢が動き出す。
私の髪に触れ、その髪を耳にかけて横顔を覗き始める。
こうやってちょっかいを出されるのは、すごく迷惑だ。
悪戯するにしても、少しはTPOを弁えなさい。

「ねえ霊夢。私はただ、静かに寝たいだけなんだけど」

瞳を開け、それと分かるように敵意を孕んだ目で霊夢を睨む。

「あ、ごめん、なさい」

霊夢が素直に謝る。
予想外の殊勝な反応と、うなだれた霊夢を見て、怒気も失せてしまう。
霊夢を見て、自分の行動を省みる。
眠りを邪魔されたことに怒るのは当然としても、顔くらい見せてあげるべきだったか。
なんだかんだ言って、私に会いたかっただけなのかもしれないし。
これ以上邪険に扱うと、お互い気分が悪い。
なら、どうするのが一番か。
私は眠いし、霊夢は私の顔を見たい。
一緒に解決してしまえばいい。



「霊夢」
「うん」

体を起こし、地面に座る。
霊夢も地面に座ったので、2人の顔の高さが同じくらいになる。
周りに咲いた菜の花も、ちょうどその高さで咲いている。
花の黄色と、茎の緑。それから、霊夢の紅白の服。
霊夢の顔を見て、鮮やかな色彩を楽しんでから、霊夢の方に倒れこむ。

「おやすみ」
「ちょっと、幽香」

体の向きを直し、今度は仰向けになって寝る。上にある霊夢の顔を見て、目を閉じる。
霊夢に膝枕をしてもらう。
私は眠ることが出来て。霊夢は私の顔を存分に眺める事が出来る。
これが最善の解決策だ。
本当に眠いんだから、これ以上注文を増やすのは無しにしてよね。

霊夢はそれ以上文句を言わず。
私の額についた土を払った後は静かにしていた。
何か喋ったような気がしたけど、私の耳には届かない。
ようやく霊夢も静かになったし。
心置きなく、お昼寝の続きを楽しむことにしよう。





目を覚ましてから、周囲の状況を確認する。
空を見れば日は傾き、少し肌寒くなってきた。
目の前には霊夢の顔がある。
私の頭の下には、相変わらず霊夢の脚がある。
私が眠っている間、ずっと膝枕を続けてくれたらしい。
それは私にとって、少なからず予想外だった。

「なにしてるの?」
「膝枕」
「それは分かるわよ」

頭の下にある、霊夢の脚の感触を確かめる。
年頃に柔らかく、中々の寝心地であった。

「起きたならどいて欲しいんだけど」
「もう少ししたらね」

上にある霊夢の顔に手を伸ばす。
霊夢の髪に触れ、頬を撫でる。
耳たぶに触れたあたりで、唐突に霊夢が立ち上がる。
支えを失った私の頭は、そのまま地面に落ち、先程まで霊夢が座っていた地面に受け止められる。

「痛いわね」
「何時間やってたと思うのよ」

寝そべったまま空を仰いでいると、隣で霊夢がストレッチを始める。
ずっと膝枕をしてたせいで、肩が凝ったのだろう。
なんだかんだでよく眠れたし。眠りの邪魔したことは水に流すことにしよう。

しばらく眺めていると、霊夢が菜の花の周りをうろうろしだす。
菜の花の壁を外から眺めたり、中に入って物色したりする。

「何してるの?」

ぴょんぴょんと菜の花の周りを飛び回る、紅いリボンに話しかける。
菜の花はせいぜい胸までの高さしかないけど、霊夢がしゃがむとすっかり姿が隠れてしまう。
霊夢がしゃがんだまま移動すると、黄色い菜の花の上から紅いリボンだけがちらちらと顔を出す。
赤い蝶のようなその姿がかわいくて、つい笑ってしまう。

「夕飯の調達。食べていいって言ったのは幽香だからね」
「怒ったりしないから、好きなだけ持っていくといいわ」

菜の花の上に、霊夢の顔が生えている。
黒い髪に紅いリボン。
それに、霊夢が抱えた菜の花の束が見える。

「霊夢」
「なに?」
「夕飯は私が作ってあげるから、一緒に食べない?」
「いいわよ」

霊夢が即答する。
決断が早いのはいいことだけど、早すぎて少し驚いてしまう。
美味しそうなつぼみを一生懸命探している霊夢から目を離し、目の前に咲いた菜の花をかわいがる。
高さが1mも無い花の壁。
私が座っている場所を取り囲むように菜の花が咲いている。
これが本当に目隠しになったのかは分からないけど。
綺麗だからとりあえずは良しとしよう。
鮮やかな黄色が浮世離れしていて、楽園にいるような気持ちになる。
一面に咲いた背の高い黄色い花。
菜の花畠を作ってみても楽しそうね。


「帰るわよ」

菜の花を摘み終わった霊夢が正面に立つ。
手には大量の菜の花を持っている。
ちゃんと堅いつぼみで、美味しそうなものばかり選んでいる。
花が咲き、味の落ちたものは一つもない。
夕飯のおかずにするなら、それは正しい判断だけど。
綺麗な花を飾っておこうという気は無いようね。
花より団子も結構だけど。年頃のかわいい女の子がそんなのでどうするのかしら。

ゆっくりと立ち上がり、霊夢を見下ろす。
この子はまだ子供。今後に期待と言ったところかしら。
手近にあった綺麗な黄色い菜の花を、一本拝借する。
口元で揺らして見せ付けてから、霊夢のリボンに手を伸ばす。

「何するのよ」
「可愛くしてあげるわ」

霊夢を抱き寄せ、胸に顔を押し付ける。
霊夢の頭に手を回し、髪を留めているリボンに菜の花を挿す。
見栄えが良くなるように整えれば出来上がり。
紅白の巫女の、赤いリボンに黄色い花が咲く。

「うん、かわいいわ」

飾り付けてから、霊夢を解放してあげる。
心なしか霊夢が不機嫌そうな顔をしているけど、何か気に障るようなことでもしたかしら?

「それじゃ、帰りましょうか」

ご機嫌取りに、霊夢のおでこにキスをする。
それから、傘を差し、空に浮き上がる。
霊夢が長い溜息を吐いてから、飛び上がり後に続く。

「それで、どこに向かえばいいの?」
「どっちでもいいわよ。どちらにしても、明日の朝ご飯までは面倒見てあげるから」
「じゃあ、神社。ついでに桜の様子も見てってよ」
「いいわよ」

私の家ではなく、博麗神社に2人で向かう。
もう夕日が差し込んでいるけど、寄り道をしなければ暗くなる前に神社に着くだろう。
のんびり空を飛んでいると、無言で霊夢が追い越していく。
急いでいるようには見えないけど、一体どうしたのかしら。

「ねえ、霊夢」
「なに?」
「怒ってる?」
「別にー」

霊夢が顔を向けずに応える。
心当たりは無い事も無いけど。どれなのかはいまいち判然としない。
それなら、気にしても仕方ない。

「そう。それならいいのよ」

会話が途切れる。
しばらく2人で飛んだ後、霊夢が口を開く。

「幽香の寝顔、写真に撮っておけばよかった」
「あら」
「気持ち良さそうに寝てるんだもん。眺めてたら、帰るのも忘れちゃったわ」
「また膝枕してくれたら、いつでも見せてあげるわよ」
「お断りよ」

霊夢がこちらを向いて、べーっと舌を出す。
それから、楽しそうに1人で飛んで行く。
機嫌が悪いかと思ったけど、気のせいだったみたいね。
美味しいご飯を食べさせてあげれば、それで大丈夫そうだ。

「ねえ、霊夢」
「なに?」
「今度は、私が膝枕してあげるわ」
「いらない」
「あらそう。残念ね」

霊夢はそう言ったけど。膝枕する機会なんてこれからいくらでもあるでしょう。
期待せず、待つことにするわ。

後ろを振り向き、さっきまでいたお昼寝スポットを眺めてみる。
西日に照らされ、黄色い菜の花が輝いて見える。
離れたところから見て分かったけど。
○印に咲いた菜の花は、存外目立っている。
真ん中に紅い巫女がいれば尚更だろう。
一体どれだけの人が、あの場所に気付いただろう。
変な噂を流されないといいけど。
それはそうと。お昼寝するときは、もっとわかりにくいように隠さないとダメね。
その方法も、おいおい考えるとしましょうか。







☆☆☆ 夏 ☆☆☆


太陽の畑で、紅白の巫女が眠っている。
無防備にお腹を晒して、幸せそうに寝息を立てている。
頭のリボンは外して胸元に置いて、ぐっすり眠っている。
一体、いつからいたのだろう。
自分のお気に入りの場所を奪われたのと、あまりに幸せそうなので。
つい、お腹を踏んづけてしまいたくなる。
やらないけど。


ここは太陽の畑の外れにある、ちょっとした休憩スペース。
向日葵畑の中にある、向日葵の咲いていない場所。
直径3m程度の、芝の生えた私専用のお昼寝スポットだ。

向日葵の世話を終え、今日もそこで休もうと思って来たのだけど。
まさか先客がいるとは思わなかった。
歩いていてはこの場所は探せない。
空から見ていても、よほど注意して見ていないと見落としてしまいそうな狭い場所。
そこを目聡く見つけ、その土地の所有者を差し置いて幸せそうに眠るなど、言語道断だ。
今すぐ叩き出してあげましょう。
いや、その前に悪戯をして、それから追い出すことにしよう。
まずは、定番の額に肉かしら。



ぺちん。

うきうきして手を伸ばすと、寝ていたはずの巫女に腕を掴まれる。
寝たふりではなく、しっかり夢の世界に旅立っていたはずなのに。
寝ぼけ眼で焦点が合ってないところを見ると、無意識に体が動いたみたいね。
巫女の防衛本能か何かかしら。

「おはよう、霊夢。随分と気持ち良さそうね」
「おはよ」

意識がはっきりしてきたのか、霊夢の目に意思の光が宿る。
寝ている間に悪戯する計画は完全に失敗ね。

「ここは私の指定席よ。今すぐどいてもらえないかしら」
「今は私のものよ」

生意気な口を利くので、頭をはたいてやろうと、掴まれた腕に力を籠める。
けれどその手は、ふわり、ひらりと宙をなぞるばかりで、決して霊夢には届かない。
遊んでいるつもりはないけれど、上手く力を逃がされているらしい。
しばらくそうやってじゃれてから、飽きたので腕の力を抜く。
それでも霊夢は気を抜かず、私の手を掴んだまま離さない。

「いつまでここで寝てるつもり?」
「日が落ちて、涼しくなるまで」
「私も休みたいんだけど」
「隣空いてるわよ」

霊夢が空いてる方の手で、霊夢の横のスペースを指差す。
狭い広場とは言え、2人で寝れる程度のスペースはある。
でも。
寝られればいいってわけでもないのよね。

この場所は気に入っている。
陽射しが直接当たらないし、風通しが良くて涼しい。
人目につかず、眠りを邪魔されることもない。
何より、360°全部向日葵に囲まれているのが素晴らしい。
太陽が燦然と輝く暑い時間。
1人用のこのスペースを、1人で使ってのんびりとお昼寝するのが幸せなのだ。
2人で寝ることも出来るけど。単純に計算して、魅力半減ね。
最初から2人で寝るつもりだったならいいけれど。
1人で寝るつもりで来て、先客がいたんじゃあ、がっかりしてしまう。

空き地の中央で大の字になっている霊夢を見る。
私がどうするのか様子を窺っているらしい。
掴まれていない方の手で、霊夢のおでこをぺちんと叩く。

「なによ」
「折角だから膝枕してあげるわ」
「いらない」
「遠慮しなくていいのよ」
「遠慮とかじゃないから」

霊夢に掴まれた腕を振りほどき、霊夢の軽い頭を持ち上げて膝の上に乗せる。
私はやると言ったらやる女だ。
それを霊夢も分かっているから、無駄な抵抗はしない。
たまに、大した理由もなく抵抗して暴れて遊ぶこともあるけど。概ね私の言う事を聞いてくれる。
膝枕をして霊夢の髪を撫でていると、口を尖らせた霊夢が睨んでくる。

「寝ていいわよ」
「眠れない」
「別に何もしないわよ」
「するでしょ」
「うん」

ほっぺを潰したり、えくぼを作って遊んでみる。
霊夢の嫌そうな顔が面白い。
ぺちぺちと顔を叩いていると、霊夢に頬を抓られる。
思いっきり抓るもんだから、これが結構痛い。
赤く痕が残りそうなくらいには、痛いのだ。

「寝るわ。何かしたら怒るから」
「おやすみなさい」
「おやすみ」

霊夢が私を睨んでから、目を閉じる。
どうやら眠気には勝てなかったようだ。
ここは暖かくて。風の音も、虫の音も、眠気を誘うのに十分すぎる。
私だって、1人でいたら1時間と起きていられないもの。

「なにしてるの」

私の動きを察し、霊夢が目を瞑ったまま聞いてくる。
まだ眠ってはいないらしい。

「髪を梳いてあげるわ」
「なんで」
「私がやりたいから」
「ああそう」

眠くて口答えする気も起きないらしい。
反応が鈍いと、悪戯する気も削がれてしまう。
今回に限っては、最初から下心なんてなかったけどね。
霊夢もそれが分かってたから大人しいのかしら。

櫛を出し、霊夢の髪を梳く。
櫛を入れると、霊夢の綺麗な黒髪がさらりと解ける。
相変わらず綺麗な髪。
ちゃんと手入れするようなタイプには見えないけど。
巫女の髪は神聖なものだし、多少は気を使ってるのかしら。

霊夢の髪に櫛を滑らす。
思ったより楽しくて、一日中この娘の髪を触っていたくなる。
私が髪を梳き易いよう、霊夢が横を向く。
ただ単に、空が眩しかっただけかもしれない。
そしてすぐに、寝息を立てて眠り出す。
頬に手を触れても反応が無い。
今度こそ、本当に眠ったようだ。
下手な事をして起きられても面倒だし、今日のところは無防備な寝顔を眺めるだけにしておこう。

「おやすみなさい、霊夢」

気が済むまで、私のお気に入りの場所で眠りなさい。
その間、私は私で楽しませてもらうから。





「おはよう」
「おはよう」

目を覚ますと、幽香に撫でられていた。
寝る前とは体の向きが反対になってるけど、途中で寝返りでも打ったのか。
不思議な事もあるものだ。

梳いてもらったらしい髪を触ってみる。
何となくだけど、いつもより艶がある気がする。
随分とまめに梳いてくれたらしい。

「ありがと」
「どういたしまして」

仰向けになって空を見る。
太陽の光も随分と大人しくなり、いくらか暑さもマシになっている。
時間は夕方の5時頃だろうか。
お昼を食べてからこっちに来たから、合計3時間くらい寝てたのだろう。

「そろそろ起きる?」
「んー、もう少し」
「そう」

段々と頭をはっきりさせていく。
眠気はとれたけど、まだ血の巡りが悪い。
動くのはもう少し後にしよう。
元々用事があってここに来たわけじゃない。
この後の予定も特に無い。
だから、向日葵を見て、のんびりしてから帰るとしよう。
景色のせいなのか、どうも急ごうという気が起こらない。
空を見ていると、幽香と目が合う。

「一緒に耳かきもすればよかったわね」
「勘弁してよ」
「ここの使用料として、そのくらいはさせてくれてもいいんじゃない?」
「じゃあ、もう来ない」
「本当に?」
「うーん」

言ってはみたものの。この場所を気に入ってしまったのも事実だ。
明るくて、涼しくて、人気も無い。おあつらえ向きに芝生もある。
よく分からない物が寄り付く神社より、よっぽどお昼寝に向いている。
向日葵を見るついでに、また来ることがあるかもしれない。
問題があるとすれば、神社から少し遠いことくらいか。後は、幽香がいること。
幽香と鉢合わせしたら、その時はその時。
帰るか、弾幕ごっこで話を付けよう。
悪戯されるのは遠慮したいわね。

「リボン着けてあげるから、そろそろ起きなさい」
「ん」

上半身を起こして地べたに座る。芝生越しの地面もどこか温かい。
この熱は、意外と嫌いじゃなかったりする。
後ろにいる幽香に髪を引かれる。
宣言通り、リボンを結んでくれているのだろう。

風に揺れる向日葵を眺め、空を流れる雲を追う。
ここから見える向日葵は、全部私の方を向いている。
幽香も、素敵な場所を作ってくれたものだ。
帰るのが勿体無く思えてしまう。

しばらく大人しくしていると、リボンが結び終わったようだ。
そして、何かを挿す感触が伝わってくる。
幽香が手を離した後、首を幾度か左右に振って、リボンと髪の感覚を確かめる。
うん。
まさかとは思ったけど、やっぱりそうらしい。
幽香の悪い癖だ。
髪を弄らせると、必ずと言っていいほど花で飾り付けてくる。
カンザシの代わりと思えば趣味がいいけど。
本人に許可なくやるし、その上どんな風になってるのか自分で見えないから非常に困る。
幽香のすることだから大丈夫だろうけど。
せめて、確認用の手鏡くらい用意してくれたらいいのに。
私が頬を膨らませていると、背後にいる幽香が満足そうに頭に手を乗せてくる。

「終わったわよ」
「ありがと。また花を挿したのね」
「今日のは向日葵よ」

他に何の花があるのという感じだ。
向日葵なんて大きな花を挿したら、頭が重くなるじゃない。
それに、そういう用途に向いてる花にも思えない。

「ここに咲いてるのとは、違う種類よ」
「へえ」

幽香が補足する。
そう言われても、向日葵の種類なんて知らないし。
ここのとは違う向日葵と言われても、どんな向日葵なのか想像もつかない。
どんな花で飾られたのか、少し気になってしまう。

「こういう花よ」

そう言って、幽香が首元に胸を押し付けてくる。
そのまま私を前屈させる格好で押し倒し、地面に手を伸ばす。
地面を二度三度叩いてから、また元の位置に戻る。
胸は相変わらず私の肩に置いている。
もぎ取ってやりたい。

幽香の叩いた地面を見ると、すでに向日葵が咲いていた。
周りに咲いている見慣れた向日葵ではなく、黄色い花弁が八重に咲いた不思議な花。
言われなければ、向日葵と気付かないかもしれない。

「モネのひまわり」
「もね?」
「そういう名前なの。大図書館に行けば、詳しい資料もあると思うわ」
「ふぅん」

モネ。
そういう名前らしい。
私より背の高い茎が伸び、枝分かれして複数の花を咲かせている。
みっしりと詰まった黄色い花弁が、まさしく太陽のよう。
この鮮やかな黄色は、まさに向日葵の象徴だ。
普通の向日葵はいくらでも見てきたけど、このモネとかいう向日葵は別格だ。

「気に入ってくれた?」
「うん」
「今度、神社で咲かせてあげましょうか」
「うん」
「でも、今年の種まきの時期は過ぎちゃったから、咲くのは来年ね」
「幽香なら、すぐ咲かせられるでしょ」

そう言うと、幽香に頬を突っつかれる。

「貴女が自分で育てなさい」
「えー」

面倒臭いという気持ちを全身で表す。
そんなのお構い無しに、幽香が手を振りながら楽しそうに話し出す。

「桜が散って暖かくなった頃。適当に肥料を撒いて、適度に種を蒔く。
 適当に水をあげれば、後は勝手に咲いてくれるわ。
 面倒臭がりの貴女でも育てられるくらい、手のかからない、強い植物なんだから」
「ふむ」

手がかからないと言うのなら、やってみてもいいかもしれない。
私に育てさせると言っても、どうせ幽香も手を出すのだろう。
神社に綺麗な花が咲くのなら、それはそれで悪くはない。

「この後はどうするの? 日が暮れるまで花見でもする?」
「帰る」
「あらそう。それじゃ、向日葵が咲いている頃、また来るといいわ。歓迎してあげるから」
「はいはい、ありがと」

幽香から体を離し、立ち上がって服についた土を払う。
幽香に背を向けたまま、飛び上がり、昼寝スポットを後にする。
ある程度離れてから、この景色を目に焼き付けるために後ろを向く。
ぽっかりと開けた場所に立った幽香と、モネが見送ってくれる。
枝分かれしたひまわりが、手を振るように不規則に風に揺れている。
太陽の畑の向日葵も、見送るようにこちらを向いて首を振る。
幽香は顔が隠れないよう日傘を差し、風になびく髪を抑えて微笑んでいる。
丁度よく夕日が差し込み、紅く色づく向日葵畑に瞳を奪われる。
少しずつ遠くなる向日葵畑を目に焼き付けながら、また来ようと決意する。
幽香に遊ばれても、この景色が見れるのなら安いものだ。




* 同日 at 家

すん。
すんすん。

鼻を動かし、何度か自分の匂いを嗅ぐ。
気のせいかとも思ったけど、間違いじゃなかったようだ。

「やっぱり臭い」

服から甘い匂いがする。
これはやっぱり、幽香の匂いが移ったのだろう。
花の匂いが幽香に移ったのか、幽香そのものから香りが出ているのかは知らないけど。
何もしなくても、幽香は香水をつけてるかのように良い匂いがする。
嫌味にならない程度に、ふわりと香る甘い匂い。
嫌な臭いじゃないけど、幽香が近くにいるようで落ち着かない。
お風呂に入って、服も洗濯することにしよう。



脱衣所に入り、鏡を見る。
首を回して、リボンに挿された花を見る。

「匂いの元はこれか」

そこにあったのは予想していた黄色い花ではなく。
薔薇のような白い花が咲いていた。
八重咲きのクチナシの花。
モネのひまわりと言っていたくせに、あの嘘吐きめ。


髪に挿されたクチナシを優しく引き抜き、白い花弁を眺める。
綺麗だし、香りがいいのも認めるけど。
どこをどう見ても黄色い太陽の花には思えない。
モネのひまわり、家に飾ろうと思ってたのに。
仕方無しに、クチナシの花を窓辺に飾る。
窓を開けていれば、この甘い匂いも気にならないだろう。
暗がりに置いたクチナシが、心なしかぼんやり光って見える。
綺麗だけど。モネのひまわりを楽しみにしていただけに、素直に喜べない。

「また、太陽の畑に行くかあ」

他にあのひまわりが咲いている場所を知らないし。
あそこに行けば、確実に一本は咲いている。
幽香に頼めば、もっと咲かせてくれるかもしれない。
もう少し先のことになるかと思ったけど。
早速明日、太陽の畑に行くことにしよう。
のんびりして、ひまわりが枯れても困る。
何より、先延ばしにして良い事は一つも無い。
変に意地を張っても、幽香を面白がらせるだけだろう。
本当。
幽香もよく分からない悪戯をしてくれる。
私があのひまわりを気に入るのを分かってて、わざと渡さなかったのだ。
今頃1人ほくそ笑んでいるに違いない。
会ったら、文句と一緒にスペルの一つも叩き込んでやろう。
そうと決まったら、まずはお風呂だ。
外で昼寝したせいで、汗と土で汚れている。
さっぱりして、明日の予定はそれから考えることにしよう。



お風呂からあがると、幽香が来ていた。
忘れ物を届けに来たと言っていた。
幽香が持参した籠には向日葵の束と、パンにお菓子が入っている。
目が覚めるような鮮やかな黄色い花。
この向日葵はもちろん、モネのひまわり。私が見たかった花だ。
何本持ってきたのかは分からないけど、片手で数えて余るくらいには持ってきてくれたらしい。

「家に生えてたひまわりと。さっき作ったプリンとパンも持ってきたわ。早めに食べてね」

晴れやかな笑顔で、藤で編んだ籠を手渡してくる。
これは完全に不意打ちだ。
明日行こうと思っていただけに、機先を制されて困惑してしまう。
どうにかお礼は言えたけど、声がぎこちない。
喜んでいいやら、怒っていいやら。
その日の内にここまで来るくらいなら、最初から渡してくれればいいじゃない。
一緒に持ってきたパンのせいで、文句も言いづらい。
本当、調子を狂わされるったらありゃしない。

幽香から受け取った籠の中身を検める。
不審なものは入ってない。
本当に花とパンとお菓子を届けに来てくれただけらしい。
私が籠の中を覗いている間、幽香が控え目に私の手に触れている。
私が視線を幽香に戻すと、すぐにその手を引っ込める。
何しにきたのか、その意図を量りかねていると、幽香がにっこりと微笑んでくる。

「それじゃ、私は帰るから。これ以上長居すると帰るのが大変だもの」

帰るのが大変。それはどういうことだろう。
幽香くらいの妖怪なら、夜の方が安全なくらいなのに。
暗くなったとは言え月も星も出ているし、飛んで帰るのに支障はない。
そんなに早く帰りたい理由でもあるのだろうか。
不思議に思っていると、幽香が傘を差して、外に出る。
放っておけば数分もしないうちに見えなくなってしまうだろう。
このまま帰られたら、余計わけが分からなくなってしまう。
せめて、もう少し説明してよ。

「泊まっていかない?」

幽香が動きを止める。
まるで、私に引き止められるとは思いもしなかったように。

「何か言った?」

振り向き、小首を傾げて聞いてくる。

「夕飯、一緒に食べようって言ったの。遅くなったら泊まってもいいから」

「それは良いわね。ご馳走になるわ」

「それじゃ、何か適当に作るから。パンの用意をお願い。それと、花も飾っておいて」

「分かったわ」

傘を閉じ、幽香が家に上がったのを確認してから、夕飯の献立を考える。
パンに合う料理のレパートリーなんてあまりないんだけど。
手を加えず、簡単に茹でるか炒めるかして、軽く塩を振れば十分ね。
幽香に渡された籠を居間に置いたまま、おかずを作るために台所に向かう。

「あ、霊夢。ちょっと待って」
「何よ」

呼び止められたので、幽香の方を向く。
幽香は、籠に入ったひまわりを一本掬いあげ、私に差し出してくる。

「霊夢。モネのひまわり、あなたにあげるわ」

幽香の誇らしそうな顔と、眩しい太陽の花を見比べる。
幽香が持っているのは、モネのひまわり。
太陽みたいに明るく輝いて見える。
いつも見ている向日葵より、ずっと綺麗に見える。
しばらく幽香の笑顔と、ひまわりを見つめてから。
手を伸ばし、幽香に差し出されたひまわりを受け取る。

「ありがと」
「どういたしまして。夕飯、楽しみにしてるわね」
「うん」

貰ったひまわりを眺めていると、幽香はてきぱきと次の行動を始めていた。
どこからか取り出した花瓶に向日葵を飾り。
籠から出したパンをお皿に盛り付けていく。
私のことを気にも留めていない。

手持ち無沙汰になったので、ひまわりを持ったまま台所に向かう。
つい受け取ってしまったけど、今渡されても困るのよね。
勝手口にでも飾っておこうかしら。




少し悩んでから。
鏡に向かい、髪留めのリボンにひまわりを挿す。
思ったより派手になったけど、赤に黄色はよく映える。
らしくないことをしている自覚はある。
魔理沙に見られたら笑われるかもしれない。
それでも、やってみたくなったのだから仕方ない。
本当、調子が狂うわね。
幽香といると、らしくないことばかりしている。
明日の、太陽の畑行きの予定はどうしよう。
幽香を見送るついでに、また見に行ってもいいかもしれない。
それでまたお昼寝して、夕方にでも帰ってこよう。
幽香といると、花が見たくなって仕方ない。
神社にひまわりを育てる計画も、少し前向きに検討することにしよう。
わざわざ太陽の畑まで行かないと好きな花が見れないんじゃ、面倒臭いもの。
花の世話とかで、しばらくは幽香に頼ることになりそうだけど。
交換条件とか、弱みの一つも握れないものかしら。
花巫女霊夢
幽香さんの服の上からでも分かる体のラインが好きです。
みをしん
http://tphexamination.blog48.fc2.com/
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コメント



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2.100名前が無い程度の能力削除
ベネ
3.90奇声を発する程度の能力削除
良い雰囲気で落ち着きました
12.90名前が無い程度の能力削除
ちょっと会話部分の硬さが気になりましたけど
良い雰囲気が作れている話ですね
15.100名前が無い程度の能力削除
イタズラも好きそうだけれど落ち着いた大人っぽい幽香さんいいですね。
違和感も無くて素敵です。
18.100名前が無い程度の能力削除
ディ・モールトベネ