Coolier - 新生・東方創想話

妖々桜霊廟 終幕

2012/04/21 18:34:41
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▼26.魂魄一家~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


――単位刻辺りの結界踏破数が規定値を上回りました。現刻を以て探知大結界を破棄、四重大結界に移行。同時に西行寺家桜花結界を一段強化、式神八雲藍を人里に配置します――

「来たか」
「ししが来たか!」

東の対屋にていまいち打ち方のよく判らぬ囲碁に興じていた魂魄妖忌の息子と土蜘蛛は弾かれたように立ち上がる。
楼観剣を片手に土蜘蛛と肩を並べて庭園へ出た先では、すでに魂魄妖夢を胸に抱いた西行寺幽々子と、白楼剣を腰に佩いた己の妻、そして正体不明の鵺が待ち構えていた。

「なんだ、お前も行くのか?」
「私だって、たまには暴れたいのですよ」
「猪武者の娘は猪武者か、困ったものだな」
「では、妖夢もいずれ猪武者になるのでしょうね」
「馬鹿を言うな。理知的な俺の娘だぞ?なるわけがない」
「でも辻斬りにはなりそうだよね」

鵺の言葉に魂魄夫婦は互いに苦い顔を向き合わせた。否定したかったが、否定できるだけの材料が思い浮かばない。

「鵺様はどうなさる?」
「私は留守番。来てるのってどうせ武者でしょ?あいつ等あんまり怖がらないからつまんないし」
「情けないなぁ、努力が足んないんだよ。私ならどんな奴だって震え上がらせる自信があるけどね」
「はっ、頭の中まで肉で出来てる馬鹿の一つ覚えに言われたくはないね!」

力押しと技巧派、能天気と天邪鬼な二者は噛み合うのか噛み合わないのか口を開くと喧嘩ばかりしている。

「分かりました。それでは義母さん、鵺様。今しばらくの間我が愛娘をよろしくお願いいたします」
「えっと、その…」
「えー?私は子守なんて分からないから全部あんたに任せるわよ?」

己より外見上も実年齢も上の相手に義母さんと呼ばれた幽々子は、そう語る鵺に対応する事も出来ず赤くなってうつむいてしまう。
実に良い反応である。昔は妖忌もまた、友人であり、弟子であった彼に義父さんと呼ばれるとなんとも言えない表情をしたものだ。
今では互いに慣れてしまったために全くそのような事はなくなってしまったが、今しばらくは彼女をからかって楽しめるだろう。
もっとも、やりすぎれば妖忌に斬られるだろうが…

「それでは幽々子様。これより我らは敵の討伐に向かいます」
「…ええ、壮健でありますように」

再度、義母さんと呼びかけたら会話になるまい。そう思いながら幽々子に出立を告げ、軽く会釈した彼は微妙な違和感を覚えて頭を上げた。
彼女の目は、まるで覚悟を決めた戦士のような眼差しで彼を見つめ返してくる。それは妖忌ほどではないにせよ彼が疑問を覚えるのに十分ではあったが、
その疑問が結晶化する前に幽々子の目線は彼から外され、優しい眼差しを妖夢に注いでいた。
多分、彼女もまた猪武者の妻としての覚悟を決めたのだろう。悩んだって仕方がない。そう判断して彼は門へと向かっていった。その後に彼の妻と土蜘蛛が続く。

「棟梁。かの声は私の脳裏にも響きましたから、いずれ残る三人も集まってくるでしょう。…待ちますか?」
「いや、撃って出る。声が聞こえたならばお前達の脳裏にも探知大結界の図が展開されたのだろう?勝手に戦の匂いを感じて集まってくるさ」

門を守っていた元配下の問いかけにそう答えると、彼は軽く思案した。

さて、撃って出るならば何処で迎撃するか。
屋敷の周囲に張られている結界は、かつては築地塀を依り代に張られていたのだと妖忌から聞いている。
今はその築地塀は西行妖によって一部が破壊されているから別の方法で張られているのだろうが、結界の強度までは良く分からないし、
なにより紫様の結界だ。妙な所に結界の起点があってあっさり吹っ飛ぶかもしれない。

先ほど脳裏に送られてきた探知大結界の配置図から察するに敵の侵入は一方からのみ。であるならば屋敷の結界に頼らずに防衛は可能だ。
西行寺家へと続く最短距離を敵は攻めてきていて、その先の分岐で郷に向かう者もいるかもしれないが、そこには紫の式神が配置されているから何も問題はない。
林が開ける前、林道を封鎖して迎え撃つ。あくまで結界は予備、と妖怪にして武人である彼は位置づけた。

「さあ、往こうか。新たな家族を、友人であり師であり父である男の新たな妻を守るために」

小さく呟いて閂がはずされた門をくぐり、彼は愛しい妻と土蜘蛛を一度振り返る。どちらの顔も実に楽しそうな笑みを湛えている。
それを確認して苦笑した後、彼は宵待ちの月光が降り注ぐ残雪の道を飛ぶような速さで駆け抜けていった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「姫様に至急のお話があります。ここを開けていただけないでしょうか」
「あなたは…」

棟梁達が迎撃に出てから一刻ほど後、覗き窓に現れた見覚えのある顔に護衛として残った元魂魄一党の一人は言葉に詰まった。
門の外にいる彼は、西行寺家の使用人の一人である老人だったがさて、門を開けるべきだろうか?
重い門を開けたり締めたりするのは若干とはいえ時間がかかるし隙も出来る。万全を期すならば、門はなるべく閉ざしておいたほうがよい。
とはいえ、門の外にいる彼の表情はあまり余裕があるものでもない。なれば当主をここに呼んだ方が早いか、と判断して振り向くと、
既に幽々子が棟梁の一粒種、魂魄妖夢を抱いたままこちらに歩いてくるところであった。

「あら、貴方は…ごめんなさい。門を開けてあげていただけますか?」
「よろしいのですか?」
「ええ、お願いします」

何はともあれ、当主命令である。彼はもう一度覗き窓の奥を覗き込むと、閂を外して門を開いた。脇にある小さな出入り口は完全封鎖してしまったため、出入りには一回一回総門を開く必要があるのである。
不便ではあるが、安全の為だ。

入ってきた者を、彼は門扉を閉ざす前に一瞥した。暗器凶器の類の携行は無し。それはそれで夜道を歩くには危険だろうが、多分短刀一本あったとて妖怪には太刀打ちできまいと諦めているのだろう。
周囲を確認して、閂を下ろそうとした彼の背中を聞き捨てならない言葉が打つ。

「姫様、魂魄様たちと共にここからお逃げください。敵が来ます」

老人の放った言葉に彼はぎくりとした。敵が来るだと?
まさか、棟梁達が敗れ去ったというのか?馬鹿な、ありえない!

「敵とは?」

思わず幽々子を差し置いて問いかけてしまう。だが、問うてから彼は落ち着きを取り戻していた。
先ほど老人は魂魄様たちと共に、と口にしたのだから老人が持ってきたのは棟梁達の敗北通知である筈が無い、と気がついたのである。
だが、そうすると、敵とは、何だ?

「里人です」

老人は彼を硬い表情で一瞥した後、そう幽々子に告げた。
結局の所、彼は取り戻していた落ち着きをすぐに放棄する羽目になってしまった。なぜ、里人が幽々子を攻めに来るのだ?
だが、そう思案する彼とは裏腹に幽々子は落ち着き払った表情で小さく首を左右に振った。

「大丈夫よ、忘れたの?ここには結界が張ってあるから誰も入れないわ。逃げる必要なんてないのよ」
「…ここで、迎え撃つと?」
「まさか、まずは説得からね。もっとも、門越しの説得にどれだけ相手が耳を傾けてくれるかは分からないけれど」
「…」
「それに、此処が私の屋敷で、此処が私の住む所よ。誰が否定したってそれは変わらない。私は此処で、生きていく」
「…強く、なられたのですな」
「どうかしら?よく分からないわ」

そう言うと、幽々子は柔らかな微笑を老人に向けた。
その笑顔を目にした老人は、小さく溜息をついた。果たしてそれは感嘆か、それともある種の諦観か。

「知らせに来てくれてありがとう。でもどうしようかしら?今引き返したら、貴方里人達と鉢合わせしちゃうかもしれないし…この屋敷の中も私のせいで危険だけど、一晩だけならば今からぐるっと大周りで里に帰るより安全よね…此処に留まってもらっても構わない?」
「無論です」
「それで、里人たちは近くに迫っているのかしら?」
「恐らくは」
「…そう、じゃあ仕方が無いわね。このまま彼らに相対するから、妖夢ちゃんを連れて寝殿に戻っていて頂戴」
「心得ました。御武運を」

幽々子に心配そうな渋面を向けると、老人は妖夢を抱いて中門をくぐり屋敷の中へと入っていった。
その後姿を見つめながら幽々子は深呼吸をした後、魂魄一党の男が差し出した竹筒を傾けて下を潤した。
ありがとう、という言葉と共に竹筒を返す。

「ごめんなさいね、面倒事につき合わせちゃって」
「とんでもない。元魂魄一党含めて家族と思っていただければ光栄です」

男は気負いの無い涼しげな表情で笑った。つられて幽々子も笑顔になる。

「家族かぁ。私は幸せ者ね」
「大将が戻ってくれば、もっともっと幸せになりましょう」
「…無事かしら」
「大将がですか?それとも棟梁達ですか?」
「両方」

幽々子は若干不安そうな面持ちを彼に向ける。彼らが強いのは分かるが、それでも多勢に無勢。そう楽観できる状況とも思えない。
妖忌達の全力戦闘を目の当たりにしたことが無い幽々子の不安を笑い飛ばすかのように、彼は軽快な口調で幽々子に返す。

「心配など無用ですよ。我等はともかく、棟梁夫妻は二人がかりなら鬼すら凌駕します」
「鬼を?ちょっと信じられないわね」
「そしてその二人を大将は一人で捻じ伏せます。大将が敗北する相手がいるとすれば、鬼の四天王か、龍ぐらいのものでしょう」
「…妖忌ってば、恐ろしく強かったのね」
「何を今更」

彼は呆れたように肩をすくめた。それを見て幽々子は若干悲しげに首を振る。

「私はまだ、妖忌の事を何も知らないのね」
「これからいくらでも、語り合う時間はありましょう。と、その前にくだらない会話の時間ですね…偉そうに語っておきながら、猪武者ゆえ舌戦は不得手でして。お力になれず申し訳ない」
「…舌戦じゃなくて説得よ。もう、部下って棟梁に似るのね」

覗き窓の外を覗く。恐らくは十数人ほどであろう、松明の明かりが刻一刻と近づいてくる。

「私も舌戦は苦手なんだけど。ま、これは私がやらねばならないことだし、やるしかないわよね」
「…舌戦じゃなくて説得じゃなかったんですか?すっかり染まってますね」





だがしかし、そもそも舌戦が繰り広げられることすら無かったのである。




▼27.裏切り者~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




彼は思い思いの得物を手に目の前を通り過ぎる里人達を呆然と見つめていた。

――何故だ!一体どうしてこうなっている!――

屋敷の総門は開け放たれている。それを行ったのは他でもない、棟梁に留守を任された、彼自身である。
気づけば己の太刀も何者かに奪われていたが、そもそも太刀があったところで、それを振るう事など出来はしないのだからそんなものは必要ない。

最後の一人が門をくぐり終えた所で、彼もまた茫然自失のまま里人達の後を追った。
開け放たれた門から妖怪が進入するかもしれないとか、そんな論理的な思考は最早彼には出来なかった。
ただ黙って、事の顛末を見届けるためだけに狐につままれたような表情でふらふらと歩いていく。

中門をくぐると、そこには荒事は得意でないのかあっさりと縄でぐるぐる巻きにされ、口を塞がれた鵺が横たわっていた。
恨めしげな表情で彼を睨んでいるような気がしたが、彼には最早どうする事も出来ない。

そして、西行寺の屋敷の西端、西行妖の枝の下で、そこまで逃げた西行寺幽々子が追い詰められていた。
誰もが最初の一人になりたくないのか、一歩を踏み出せない為幽々子を遠巻きに包囲しているだけだが、
このままでは虜囚の身となって数刻後には棟梁達が迎撃している相手に引き渡されてしまう事は明白である。
にもかかわらず、幽々子もまた死蝶を出して己の身を守る事が出来なかった。




西行寺家の使用人である老人の手に抱えられた魂魄妖夢。静かに眠るその喉元に老人自身の手で包丁がつきつけられているのだから。





屋敷を訪れた里人達は見事なまでに動物的であった。
幽々子の声に耳を貸さずに築地塀を乗り越えようとして結界に弾かれ、築地塀を崩そうとし、総門に火矢を放って槌を打ちつける。
その全てが失敗してようやく、彼らは一方的に幽々子に無条件降伏するように要求してきたのであった。


あまりに無様な彼らの醜態を目にし、一度は苦笑と共にそれを拒絶した幽々子だったが、二度目の要求、いや命令を断る事が出来なかった。
今と全く変わらない姿のまま、幽々子と、棟梁に留守を任された彼の前に使用人が姿を現したからだ。


つまりは、最初から勝敗は決まっていたのである。



「やれやれ、ようやくこれで目の上の瘤を取り払えるというものだ」

幽々子を取り囲んでいるものの一人が、若干上擦った声を上げた。
全くだ、とその声に唱和するような溜息交じりの声が次々と上がる。

「おい爺さん、ご苦労だったな。約束どおりあんたにもあんたの家族にも、残り二人の使用人にも手は出さない。安心しな」

老人は黙し、微動だにしない。
そこには、人質が人質を生み出す負の循環が出来上がっていたようだった。

「さて、ここまでくればもう仕事は終わりだな。ま、都では貴族様が取り立ててくれるんだろう?あっちで幸せにやんな」
「はっ、まとめ役の連中ときたら自分達は関わりが薄いからってこんなのを里にのさばらせておくだなんて、なに考えてやがるんだか」
「全くだ、自分の身は自分で守らないとな!」
「…すまないね。我々は貴女への恐怖を振り払う事が出来ないようだ。西行妖が人を殺せば、貴女の能力は増大していくのだろう?…謝罪はしない。里の為にここから消えてくれ」

突き放すような青年らの勝鬨の声に続いて、首領格である男が恐怖と嫌悪と、若干の憐憫とを込めてそう呟いた。
だが、

「いえ、まだ終わりではありませんよ」
「なに?」

言葉と同時に、幽々子の周りに死蝶があふれ出す。鱗粉をはらはらと零すそれは、驚愕の表情を照らす幽玄な光を放ちながら夜空へと翻る。
幽々子を覆い隠すほどの死蝶を目にして、誰もがざわめきながら一歩あとずさった。

「な、何のつもりだ?死をばら撒くのを止めろ!赤子が死んでもいいというのか?」
「良いわけないでしょう。ですが、貴方たちにそれは不可能です」

幽々子が一歩を踏み出すと一歩分、死蝶が彼らに近づいてくる。

「畜生!おい爺さん、そいつを寄越せ…う、うゎぁあああああああああ!!!!!」

石像のように固まったままの老人の手から、近くの青年が魂魄妖夢を奪って刃物を突きつけなおそうとした途端、魂魄妖夢だったものは無数の蛇となって青年の腕から滑り降りた。
後に残ったのは、ご丁寧にも「残念でした」と記された石の像である。

そして悲鳴を上げた青年にみなの視線が向いている間に、西行寺幽々子は西行妖の太枝の上に移動していた。
彼女を西行妖の上まで引き上げたのは、そして今その横に座するは闇を纏った一匹の獣。

ある者には、それは人顔を持った羊のように見えた。
ある者には、それは人顔を持った虎のように見えた。
ある者には、それは翼を生やした虎のように見えた。
ある者には、それは熊足を持った犬のように見えた。

しかしその全てが偽り。全てを欺く偽りの獣は耳障りな哄笑を夜空に響かせる。
そして西行寺幽々子が獣の纏う闇の中に手を差し込んで、取り出すとその手には静かに微笑む魂魄妖夢。

「鵺様の能力は物体にも使えるのですね。生物にしか効果が無いのだと思っていました」
『やれやれ、見くびってくれたものだね』

見れば、縛られて地面に転がされていた少女はいつの間にかお地蔵様へと変化している――いや、正体を現している。

「すみませんが、魂魄の奥様を呼んできてはいただけないでしょうか?ここはもう、私だけで大丈夫ですので」

そう幽々子に穏やかな声で語りかけられて、留守を任されていた魂魄一党の男ははっと己を取り戻した。即座に把握し、頷く。
なるほど、このまま彼らを追い出すにせよ縛り上げるにせよ、人手が必要である。

「分かりました。ただ、あちらの戦闘が収束していないかもしれませんので、少々時間がかかるかもしれませんが」
「大丈夫ですよ。彼らはもう、動けませんから」

ここは西行寺の屋敷、幽々子の庭。魂魄妖忌が西行寺幽々子のために作り上げた、西行寺幽々子の神殿。この屋敷の中ならば何処にだって、幽々子は蝶を生み出せる。
既に屋敷を襲撃した者達の周囲は死蝶で完全に包囲されていた。自らが怪物の腹の中に招き入れられたことに気がつかなかった者達は、遅まきながらようやく敗北を悟ったのだ。

「そのようですね…それではしばしお待ちください」

幽々子に感嘆の表情を、男衆に侮蔑の表情を投げかけた後、魂魄一党の男は取り上げられていた己の太刀を取り戻した。
次いで念のために男集が持参した全ての弓矢飛び道具を破壊した後、ちょっと小首をかしげながらも総門を潜り抜けていく。

はて、何故棟梁ではなくて夫人を呼んで来いと幽々子は言ったのだろうか?…まあ多分、女同士で仲がいいからそういう表現になったのだろうし、
とりあえず棟梁たちに知らせねばならないのは同じ。そう彼は腑に落とすと、急ぎ林道目指して走っていった。
そして彼が去った後、総門もまた死蝶で埋め尽くされた。もはや、死者以外はこの門を潜る事は出来ない。



つまりは、最初から勝敗は決まっていたのである。



「人質を取るならば、最初から使用人一人だけで十分でした。なのに貴方達は最終的な人質として妖夢ちゃんを選びました。何故でしょうね?」

西行寺幽々子は、生きようと誓ったのだ。己が欲しいと語る、その男の胸に掻き抱かれたその時に。
かつて妖忌が「私を攫っていって欲しい」という要求を拒絶した理由を、今の幽々子は正確に把握していた。
西行寺幽々子は、死を招き、死を操る少女は、ここでしか生きる事が出来ない。
だから幽々子は賭けに出た。己の能力の全てを包み隠さず公開し、自分の存在が近づかなければ脅威とならない事を知らしめて。
親しくして欲しいとは言わない。せめて、放っておいて欲しい。それだけで十分だった。

「多分、貴方達は貴方達と同じもの以外は受け入れられないのでしょう。だから傷つけてもいい者として、妖夢ちゃんを選んだ」

もし里人が自分達を放っておいてくれるならば、もはや何も悩む必要はない。
邪魔するものは全て打ち破る。死蝶を操る幽々子と、死蝶を気にせず動ける妖忌。二人が共にいられるならば、いかなる者にも屈せずにすむ。
西行寺幽々子の幸せと、魂魄妖忌の幸せの為。連理となって何処までも。

だが幽々子は賭けに負けた。里人は幽々子の存在を拒絶し、さっきまで幽々子に侮蔑と嫌悪を、今は恐怖と嫌悪を投げつけている。
もし幽々子が魂魄一家の家族となれば、その眼差しは彼らにも向けられる。

「いずれ貴方達は私に嫌悪と恐怖を向けているように、妖夢ちゃんにもそれを向けるのでしょうね」

幽々子自身が嫌悪されるようになったのは、幽々子が屋敷を守るために、あえて死の能力を知らしめてからだ。つまりそろそろ大人になろうかという頃だった。
それまでは、早くに父を失った可哀相な子として、ある程度同情的な目線を向けられることもあった。
だが、だけどもし、自分が幼く物心つき始めた頃から嫌悪と拒絶を向けられ続ければ、自分は真っ当に成長できただろうか?
まだ赤子である魂魄妖夢にそれらが向けられたら。それに気がついたとき、幽々子は己の未来を諦めざるを得なかったのである。

「敗北が、嫌悪や恐怖、侮蔑を薄めてくれる事はない。むしろ、それを根深いものにする。ここで貴方達を解放しても、貴方達は絶対に私達を許さない。それに」

そもそも、幽々子に関わらなければ魂魄一家はこのように風当たりの強い環境に身を曝さずにすんだのだ。
棟梁は人間そっくりの妖怪であった為、いつかはばれるだろうが未だ妖怪と知られておらず、妖忌の娘もまた半分だけとは言え人間である。
そして滑稽な事に、際立った異能を持たない半人半霊は、死を操る人間、西行寺幽々子ほど人里に拒絶されていない。
阿爾に確認した所、苦い顔をしつつも包み隠さず幽々子にそう教えてくれたからそれは間違いない。

「私も貴方達を許さない。私の家族を傷付けさせはしない。まだ幼い妖夢ちゃんを躊躇い無く人質に取った貴方達を私は絶対に」

なのに幽々子と家族になったというだけで、一気にその拒絶は勢いを増す。気に留めもしなかった差異に嫌悪を感じるようになり、それを叩きつける。
彼らは絶対にそうするだろう。そして彼らはそれに正義を感じるだろう。自分達は里を守っているのだと、誇りにすら感じるだろう。

そんなことはさせはしない。そんな考えは許さない。親族が家族として幽々子を愛し、守ってくれたように幽々子もまた魂魄一家を愛し、守りたいと思っている。
家族を守る事。それこそが西行寺幽々子が生きる理由なのだから。だから西行寺幽々子は、己の家族を傷つける者達を絶対に



                              ――ユルサナイ――


声が響き渡る。
いや、それは声ではなかった。それは鼓膜に響いたのではない。神の如く魂に直接語りかけ、揺り動かす西行寺幽々子の死の宣告。
恐怖で喉が張り付いているのか、声を出すと言う思考すら覚束なくなったか、それとも声を挙げて幽々子の注意を引いてしまうことが恐ろしいのか。
がくがくと膝が震えている男たちはもはや、声をあげることすら出来ない。


そして、西行寺家の庭園に、死蝶の嵐が吹き荒れた。






  ◆   ◆   ◆







「でもね、やっぱり私は殺せないのよ。…卑怯者よね。皆が、私を守るために朱に手を染めているのに」

だって、目の前の男達にも、幽々子と同じように家族がいるのだから。
まったく、なんでそんな事を考えてしまうのだろう。彼等は敵なのに。彼らがただの血に飢えた獣だったら良かったのに。

「い、生きてる?」
「生きてるのか、俺は…」
「あ、はは、はははは…死んで、ない」

幽々子を攫いに来た者達は、皆一様に青白く血の気が引いた顔を合わせて安堵の溜息をついた。
そんな彼らを順繰りに見回した後、幽々子は胸に抱いていた妖夢を再び隣に湧き立つ闇の中へと戻した。
闇の中で、鵺は託された魂魄妖夢を抱きかかえる。

「鵺様、妖夢ちゃんを、魂魄夫妻の元まで届けていただけませんか?」
『お前、まさか…』

しわがれた様な高い様な低い様な、特定できないのにその言葉だけはしっかりと把握できる、そんな奇怪な声で鵺は問いかけようとして、そしてその先を口に出来なかった。

「お願いします…屈託無く妖忌に甘えられる鵺様にちょっと嫉妬したりもしたけれど、鵺様とともに過ごした日々はとても楽しかったです」
『…そうか』

幽々子はその闇の獣へ儚い微笑を返す。
だが、その笑顔に、彼女が反応した。闇の中から特定できない音声とは全く別の声が響いてくる。

「ゆゆ」
「あら、初めて私の名前を呼んでくれたのね。ありがとう」
「ゆゆ、ゆゆ」

闇の中から、手を伸ばす。眼下の男たちには闇に包まれて何も見えないが、幽々子にははっきりとそれが見えた。

「ゆゆ!」
「ごめんね。私は一緒には行けないの。私が一緒にいると、貴女を不幸にしてしまうから」
「ゆゆ!ゆゆ!」

いつもなら手をとってくれるはずの優しい人が、今日はなぜか悲しそうに笑って、手を伸ばしてくれない。
だからいつもよりずっと強く、魂魄妖夢はその手を伸ばす。

「鵺様、もう行って下さい。私はこの手を握れないから。だから、彼女が泣き出すその前に」
『…』

翼を、広げる。それは蝙蝠の様にも見えるし、鷹のようにも見えるし、蜻蛉のようにも見える、正体不明の翼だ。

「短い間だけど、一緒にいられて、嬉しかったわ。お祖母ちゃんって、一度呼ばれてみたかったけど、ここでさよならよ…幸せにね。妖夢」
「ゆゆ!!」
『………っく!』

振り切るように、鵺は空へと舞い上がる。そして幽々子が死蝶を消した総門目掛けて一直線に飛行して、そして門を潜ると空高く舞い上がった。
それを確認し、幽々子は再度門を死蝶で閉ざす。まだ、眼下の彼らを解放するわけにはいかない。


幽々子と鵺のやり取りを静かに見守っていた使用人の老人が、静かに口を開いた。

「…気付いて、いたのですな」

私が、裏切っていた事に。
殺されなかった老人はそう、孫のように愛しかった西行寺幽々子に問いかけた。

「貴方こそ、気付いていたのでしょう?」

自分が抱いていたのが、魂魄妖夢ではない事に。
殺さなかった西行寺幽々子はそう、祖父のように優しかった使用人に問いかけた。

老人は疲れたのだ。己の孫と、家族と、家族のような西行寺幽々子と、その家族になる魂魄一家。
誰の命を救い、誰の命を見捨てるのか。優しかった老人は突きつけられたその問題に悩み、苦しみ、絶望し。最後に選択する事を放棄した。
すなわち、どちらにも協力し、どちらをも裏切ったのだ。

「私を、殺さないのですか?」
「貴方は結局、誰も傷つけなかった。貴方がこれまでにくれた幸せは今でも、この胸の中に生きているわ」
「…ですが、私は!」
「もう止めましょう?私も、貴方も、彼らも皆等しく己と家族の幸せを願い、そして噛み合わなかった。それだけよ」

そう話を打ち切ると、幽々子は力なく座りこけている侵略者の面々に向き直った。

「さて、憎い侵略者の皆様。最後に話をいたしましょう」
「…なにをだね?」

首領格の男が、力なく言葉を返す。
最初は敵意と恐怖、そして正義に満ち溢れていた彼らの魂は急速にしぼんでしまっていた。
幻想郷に死をばら撒く、家族の生活を脅かす、恐るべき敵を追い払う。そう彼等は自分たちの正義を信じていた。
けど、敵の正体は、家族の幸せを自分達と同じように、いや自分達以上に純粋に願う一人の少女にすぎなかったわけで。

「ご覧の通り、私と魂魄一家には何の縁もございません。私は彼等の家族にはなれませんでした。ですので」

この数年、幽々子は幸せだった。己を恐れぬ友人が傍にいて、可愛らしい幼子がいて、そして何より愛すべき人がいた。
多くのものを貰った。彼らが傍にいることで、幽々子は様々なことに幸せを見出せた。だが、それに比類するだけのものを幽々子は返せていただろうか?

よく、分からない。でも妖忌の顔を思い出すと、浮かんでくるのは穏やかな微笑と、思案顔ばかり。
このところあまり普段の妖忌は笑わなくなった。幽々子の前に来ると妖忌は穏やかな表情を幽々子に向けてくれる。それは作り物ではないし、だから二人共にいるときは幸せだった。
でも、その幸せを維持する為に、一人でいる時の妖忌は延々と思案顔を続けなければならないのだろう。それは、決して、幸せな時間ではない筈。
ならばもう、答えは明白だ。西行寺幽々子は、魂魄妖忌に、魂魄一家にとって重荷以外の何者でもない。

故に西行寺幽々子は決意する。せめて、大恩ある魂魄一家にせめてもの日常だけでも返そうと。
魂魄一家から借りていた、彼らの幸せを元在るべきところへと返そうと。

後は、己がいなくなったあと西行妖がどうなるか。己と同期している西行妖は、幽々子がいなくなれば同じように枯れるのだろうか?それとも一死体として、幽々子をも糧にするのだろうか?
…それとも、やはり西行妖にとって己は特別な存在で、予想もしないことが起きるのだろうか?

それだけが心配だが、毎年の開花時期までにはまだ日がある。仮に己の死を以て西行妖が尋常ならざる力を得ても、死に誘う力など効かないと語った妖忌か棟梁夫人が開花までにけりをつけてくれるだろう。
最後まで妖忌達に頼りっぱなしね、と幽々子は悲しげな笑みを浮かべた。


――ごめんなさい、妖忌。貴方が望む限り、貴方の傍に在るって言ったのに――


胸にしまっていた、生まれたときに父から与えられた守り刀を取り出して、幽々子は鞘を地上に打ち捨てる。もうこの刀が、幽々子の手によって鞘に戻る事はない。


――私は、貴方を、裏切ります――


「どうか、私がいなくなった後は魂魄一家を里人として迎え入れてください。西行寺家の一員とみなして、彼らを里から追い出す事が無きようお願いいたします。彼等はただ、人でないだけの、人なのですから」

「いなくなった後」。だれもが、その意味を理解して息をのむ。だけど、静止をすることが出来ない。
それは、やはり誰もが心の奥底で安堵を抱いているからだ。
だがその一方で今はそう感じている自分らに侮蔑をも感じている。
少女の命を一つ儚く散らせることで平和を作り上げようとしている己に、羞恥を覚えている。
少女を止めるべきだ。自分たちがこれ以上の恥知らずになる前に、彼女の死を止めなければいけない!



…でも、ああでも、それでも!やはり、死への恐怖は拭いがたいのだ。









「旅、行きたかったな」

最後に一つ、小さな願いを口にして、少女は迷うことなくするりと刃を握った己の手を――――



















そして、息を切らして屋敷に踏みこんだ魂魄妖忌は、
守るべき者がいなくなった庭園で、
言葉にならない絶叫を上げた。






▼28.西行寺無余涅槃~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






その瞬間、幻想郷の景色が桜一色に塗り替えられた。


四重大結界が消滅するが、誰もそんなものに意識を向けられない。
己は夢でも見ているのだろうか?と、そこにいる誰もが己の目に映る現実を受け入れられない。
西行寺の屋敷へと続く林道、進撃する闖入者とそれを阻む魂魄一党は戦闘中にもかかわらず、図らずも皆一様に魂を鷲掴みにされたかのように丘の先から姿を現した西行妖へと目を向ける。

目の前で、西行妖が成長していく。根は蠕動し大地にしかと根を張り、枝が鳴動し太平を乱す旋律をかき鳴らす。巨木全体が律動して我を見よとばかりに天へ天へとそそり立つ。
西行寺家の庭園屋敷を破壊し、もともとですら人の十倍以上、十五丈はあろうかという桜は既に樹高三十丈を軽く超える巨木となり、そして満開の花を湛えた枝を誇るように宙空へと広げる。

さらに西行妖が肥大化するに伴って、夜空を桜の花が疾る。周囲の樹木が西行妖に侵食されるかのように桜の花に彩られていく。
西行寺家の周辺に群をなす樹木は当然全てが桜、などという訳ではない。むしろ松や檜に分類される樹木のほうが大多数である。
だというのに桜はそれらに伝染するかのように隣、また隣の木々へと木種を問わず広がって行き、その枝葉を塗りかえていく。
未だ葉を抱く針葉樹も、葉を散らして裸木となった広葉樹も、一切の区別なく桜を湛えて湛えてその一部となる。
そして瞬きするほどの間に西行寺家を中心とする周囲の一里近い樹木全てが満開の桜へと変貌し、咲き誇っていた。





そこは死を祝福する桜の杜。

天には闇夜と、待宵の月。

地には残雪、湛えし白光。

そして天と地の狭間に乱れしは桜花。夜空を彩る花吹雪。

空に舞い散る桜の花弁は風に揺られてふわりと踊り、光塵となって消えていく。




その目も綾な光景に心奪われる。誰もが、その風景に酔っていた。桜を纏った風が彼らの頬を撫でていく。
刀を振るう事を忘れ、目の前の敵を忘れ、己のここに居る理由すらも忘れさせる、暴力的なまでに魂を揺さぶるほどの美。
世界に冠絶する風景の前ではいかなる者とてただ息を呑むことしかできない。




その状況からいち早く我に帰ったのは魂魄の棟梁であった。彼は周囲の状況を把握すると悲鳴に近い叫び声をあげる。

「皆気を張れ!丹田に力を込めて己を保て!来るぞ!」

その声に、一度ならずして「それ」を体験したことのある魂魄一党は我にかえり、気休めと知りながらも刀弓矢を放り出して両手のひらで己の耳を塞ぎ、西行妖に背を向ける。直後、





                       ―――オイデ―――



声が響き渡る。

いや、それは声ではなかった。それは鼓膜に響いたのではない。魂に直接語りかけ、揺り動かす死神の如き死の愛撫。西行妖がもたらす死への誘惑。人を滅びへと誘う、西行妖の死滅賛歌。
敵方の棟梁の声で同じように我に帰り、武器を手放した魂魄一党に対して勝機、とばかりに刀を振るおうとしていた侵略者達が冷水でも浴びせられたかのように硬直する。
既に彼らの表情には戦の高揚も、勝利を確信したしたり顔もない。あるのは偉大なる美を前に自然とほころぶ心からの微笑のみだ。


そう、彼らの心に有るのはただ歓喜。
今死ねば、政敵を殺すために呪殺師を攫ってこい、などという下賎な任務から開放されあの美しい桜の一部となれるのだ!
生きるためとはいえ、稼ぐ為とはいえ、まったくもって魅力を感じない任務での戦死から開放され、己の赴くまま、死に至れるのだ!
ああ、それはなんて美しい死に様だろうか!


そして彼らは皆笑ったまま、己の手の内に在る刃を首へと押し当て、そしてそれが当然とばかりに刀を引いた。
白い残雪に朱の花が次々と咲いていく。魂魄一党はその様子を哀れみと悲しみの眼差しでただ見つめるのみ。
その視線の先で自ら咲かせた朱の花に覆いかぶさるかのように一人、また一人と大地に人型が倒れ伏す。

再度、西行妖が鳴動した。捧げられた供物をたいらげ、さらに力を増した西行妖は未だ足りぬとばかりにその力を振るう。




                     ―――――オイデ―――――




二度目の誘惑は一度目の比ではなかった。結界が破られたために脅威を感じつつも前進して前衛と合流し、波状攻撃を仕掛けようとしていた者達も、皆一様にするりと刃を引き抜き、恍惚の表情で己の首へと押し当てる。
次々と、人が倒れていく。今や幻想郷を襲撃した者達はその大半が骸と化していき、二度目の誘惑を耐え切ったのは十数名程度。

現在かろうじて己を維持している者達はおそらくは魂魄一党と同じ、数多の戦場を股にかけ死線を潜り抜けてきた手練であったのだろう。
そんな猛者達が今や完全に恐慌状態に陥って我先にと幻想郷から逃げ出そうとしている。魂魄一党に、いや、西行妖に背を向けて走り出していく。

だが、更なる供物を得た西行妖が己の領域を広げる速度のほうがはるかに速い。
逃げども逃げども、満開の桜吹雪が広がっていく。
走るより早く桜色に染まっていく世界を目にして、襲撃者たちは皆恐怖を顔に浮かべて疾走し、そして涙しよろばい歩き、最後には狂ったように笑い崩れた。
絶景を前に絶望する者達の心に染み込むように、三回目の声が木霊する。



三度目の誘惑で侵略者達は一人残らず大地に倒れ伏し、曇りのない笑みを浮かべた骸と成り果てた。
それを悲しげな表情で見届けて、魂魄一党の棟梁は命令を下した。

「ここまで、か。皆引け。これ以上ここにいる意味はなくなった。俺達もあの桜から距離をとる。里には入れないだろうからどこか別の所だな…」
「ですが棟梁…」
「あの屋敷には俺らが守るべき者はもう、誰も居ない」
「!…」

西行寺の屋敷から報告と召還依頼の為に彼らの元を訪れ、そして合戦に巻き込まれて退けなくなった者がびくりと固まった。
そんな彼に仕方ない、と首を振って肩を叩くと、棟梁は再度命令を下す。

「このままあの桜の餌となって喜ぶ者も誰も居ない。引くぞ、瘴気の森か竹林まで下がれ!あの二箇所はどちらもある意味では異空間だ。桜の影響も幾分和らげられるだろう」
「…応」

郷に残った魂魄一党数名が、悔しそうに、しかし安堵の表情で退却を始める。背後に退がるわけにもいかないため、林の中を抜けて大回りでの退却だ。
未踏の林ゆえ足場も悪く、顔を上げる余裕などありはしない。それ以前に顔を上げてしまえば、あの桜が目に映るのだから。
おそらくはあの、斜後方で異様な美しさを誇っているであろう西行妖本体を目にしてしまえば歴戦の猛者たる魂魄一党とて死の愛撫を拒否できるかは分からない。
肌でそれが実感できるし、何より随分とてこずらせてくれた敵方があっさりと壊滅する一部始終を目にしてしまえば顔を上げて振り返ろうという思考などわいてこよう筈もない。

だから彼らは自分達の棟梁と、その妻が一歩も退却などしていないことに気付くことなど出来もしなかったのだ。




▼29.人妖の境界~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




『馬鹿な奴だよ。人として生きられないなら妖怪になっちゃえば良かったのにさ…死を選ぶよりかは、ずっといい。そうだろう?』

さっきから延々と食い溜めとばかりに地に伏せる己の餌を咀嚼していた土蜘蛛は、遥かにそびえる西行妖を八つの目に写し、静かに虚空に問いかける。
でもそれは、多分魂魄夫婦に尋ねたものではないのだろう。そう思ったから、二人は返事をしなかった。

『…逃げないの?逃げたほうがいいと思うけど。そろそろ私は逃げるよ』

今度の言葉は二人に投げかけられたものだろう。
魂魄の棟梁は肩をすくめて首を振る。

「逃げられない理由がありましてね。この度は御協力ありがとうございました。短い間でしたが、御一緒できて楽しかったですよ」
『私は食事してただけだけどね。私も、まぁ、楽しかったよ。あんたらは面白い奴らだった。あんた達の娘もまた、あんた達みたいになるのかね?』
「それはまぁ、勿論。育ての親が一緒なのですから、多分そうなりましょう。もし再び娘に会うことがあったらよろしくしてやってください」
『あはは、気が合ったらね。…あんた達に勝利はないだろうけど、健闘を祈る。せっかく食わないでおいてやったんだからさ、無駄死にはするなよ!』
「本気なら食えた、と?」
『…友達甲斐のないこと言うねー。少しは花を持たせなよ。…まぁあんな花はいらないけどね。うん、いらない。さっさと行って刈ってきちまいな!』

声援の言葉と共に八つある複眼をくるり、と一回転させると土蜘蛛は背中に映えた七色に輝く翅をはばたかせ、『ぬお、腹が重いー』などと叫びながら宙へと浮かび上がった。

「土蜘蛛様」
『うん?』
「囲碁の勝負、まだ付いておりません。いずれ、また」
『…約束、破ったら殺すよ』

土蜘蛛は最後に一言、脅し文句のような激励を残して大空へと消えていく。
その後姿が見えなくなるまで見送った後、魂魄の棟梁は西行妖へと向き直り、そして溜息をついた。

「面白い奴はそっちだろうに…やれやれ、この有様を見たら妖忌はまた泣くんだろうな。あわせる顔がないぞ、これは」
「父上がですか?」
「ああ、そういえばお前はその時まだ小さかったな。お前の母が死んだ時、妖忌ときたらそれはもう人目を憚らずに泣き崩れたものだ」

そのときはまだ人の心など大して理解していなかったから、彼はそんな妖忌を見てみっともないと呆れたものである。
だが今ならば分かる。愛する者を失うことが、どれだけ心を千々に引き裂くか。

「さて、義母さんが妖夢のために手を打ってくれていることは間違いないだろうから、それは心配しないとしてだ…何をしている、お前は退きなさい。妖夢を一人にするつもりか?」
「まだ父上がおります。それに魂魄一党はともかく、魂魄一家に撤退など存在しませんので」

夫の願いをこともなさげに受け流しつつ、妖忌の娘は笑う。
その表情を見て彼は説得を諦めた。今と同じ表情を浮かべている時の彼女は幼い頃から現在に至るまで、一度として彼の願いを聞き入れてくれたことなどなかったのである。
彼らは既に妖忌が戻ってきている事を知らない。だが、仮に知っていたとしてもこれからとる行動は同じだったろう。

「死ぬかも、と理解しているのに引けない。俺らもまたあの桜の毒に犯されているのかな?」
「あなたは妖夢の未来を守る為に格好つけたいだけでしょう?いつも通りですよ。御安心ください」
「そしてお前が俺の言う事を聞かないのもいつも通りか…やれやれ、お互い正気でこれか。困ったものだ」

かつて魂魄妖忌の敵であり、そして敗れ、その刃閃の虜になって弟子になり友人になり、そして最後には義理の息子になった妖怪は西行妖を恐れることなく見据えて笑みを浮かべる。
魂魄一家は婿となった彼を除いて皆半人半霊、人とも妖ともつかぬ生き物である。どちらにもつくことが出来ない彼らが今後生きていく環境として八雲紫が管理する幻想郷に勝る場所はそうないだろう。
すなわち、幻想郷に死を撒き散らす西行妖を止めることは幻想郷の未来を守ることであり、それは彼らの娘の未来を守ることと同義でもある。
娘の未来の晴れの舞台に栄光あれ。男子として、格好よく生きたい彼は心からそう思う。
格好よく死ぬのではない。死の瞬間まで、格好よく生きたいのだ。と?

『ああ、いたいた。ようやく見つけたよ』
「あら?これは鵺様…ああ!妖夢!」
「約束どおり、娘を守ってくれていたのですね。ありがとうございました」

妻が愛娘を抱きしめて、頬擦りをする。
それを満足げに眺めて、夫は鵺へと頭を下げるが、闇の衣を脱ぎ捨てた鵺は苛立たしげな表情を彼にぶつけてくる。

「私は実行して、連れて来ただけ。先に合流した奴から聞いてんでしょ?その子を守ったのはあの馬鹿だ。そしてこの物騒な状況を作ったのも」
「と、なると差し引き零で文句は言えませんね。やれやれ」

彼は肩をすくめると、妻の抱く愛娘の頭をそっと撫で、娘が伸ばしてきた手を握る。

「とと、ゆゆ?」
「ああ、ようやくゆゆ以外を口にしたわねこいつ」
「…そうですか」

夫婦は顔を見合わせると、互いに悲しげに微笑んだ。妖夢もまた、彼らと同じく幽々子を家族として認識していた。そして妖夢はそれを失った事をまだ理解していないのだ。

「さ、とっとと逃げるわよ!あんなん相手にしてちゃ命が幾つあっても足りないわ」

そう二人、いや三人にまくしたてる鵺に、夫婦は静かに首を振ると、再度己の愛娘を鵺に託した。
その意味するところを理解して、ついに鵺は己のうちに溜めた怒りを抑えることが出来ずに激昂した。

「ふざけんな!あんたたちまで死ぬつもりか?ああ?そんな死にたいなら今すぐここで私が首を刎ねてやる!」
「ご冗談を。それでは無駄死にではないですか…私達の死には、意味があります」

静かに鵺を説き伏せようとした夫であったが、どうやら火に油を注いだだけのようであった。鵺は益々声を荒げ、叫び狂う。

「なんだよ!なんなんだよ!!せっかく親しくなったのに!せっかく楽しい日々だったのに!!なんであんた達はそうやって!悲しげに嬉しげに死んでいくんだ!!ふざけんなぁああああ!!!」
「ふ、ぅえぇええええ、あああああぁあぁぁぁぁぁああん!」
「黙れぇえええええええええ!!!」

鵺の叫びに脅え、泣き出した妖夢にすら当り散らす駄々っ子同然の鵺の頭に手をのせる。
さて、彼の妻は妖夢をあやす事に専念している。必然的に荒れ狂う鵺を止めるのは彼の役目だろう。
まったく、鵺の父親役なんて妖忌の役目であるが、その妖忌は今ここにはいない。ならば、妖忌の息子として妖忌の魂を受け継いだ彼は鵺に何かを言わねばならないだろう。
重要な時にはいつも居ないで、最後に美味しいとこだけ斬っていく義父に内心毒を吐きながら彼は慎重に言葉を選んだ。

「理解してください。人と妖の違いはなんだと思います?」
「知るか!」
「ああこれ、ゆかりんの受け売りなんですけどね。自らの生に全てを費やすのが妖であり、自らの生を次に繋げようと思うのが人間なんだそうです。私達は、人間なんでしょう」
「…あんたは妖怪だろう?」
「ゆかりん曰く、あらゆる種族は結局は生き方によって人と妖に二分されるそうです。妖は人を喰らう。己の生を紡ぐ為に。人は妖怪を退治する。己達の生を守るために。どちらが上でも下でもなく、どちらが善でも悪でもない。まぁそういうものだと」
「…」
「私達は、人間なんですよ。だから、「平和」を次に繋げたい。…ああ逆か、時には己の身を犠牲にしてでも次に繋げたいから、人間なんです」
「私は、妖怪だ」
「そうですね。だから私達の行動を納得するのは難しいでしょう。ですが、いつか納得できる日が来るかもしれません。こないかもしれません。…ああ、上手く説明できないな。ですがそういうことです」
「…納得は出来ないよ。でも理解した。…止められないんだね」
「ええ、そうです。死にたいわけじゃないんですよ。だって西行寺様から教わった父親の三大義務を未だ一つも果たし終えていない。死ねるわけないじゃないですか。でも、それでも貴女が貴女でいる事を止められないように、私が私である事を止められない。妖夢の未来を、守りたいんです。…義母さんもそうだったのでしょう」

声を荒げるのを止めた鵺に彼は穏やかな笑みを向ける。

「私達の愛しい娘を、貴方に託します。どうか、娘をよろしくお願いします」
「あんた達の言い分は理解した。だからその願いは受け入れるよ、約束する。だけど私の心はこう言うんだ、「自分の幸せを求めない奴なんてとっとと地獄へ落ちるがいい!」ってね」


  ◆   ◆   ◆


二、三の言伝を受けた鵺が妖夢を抱いて飛び去った後、夫は西行妖に目をやって、紫がやるように上から下まで眺めてみる。
されど形だけまねた所で目新しい情報は得られるはずもない。

「地獄行きか、困ったな…さてお前、どう見る?俺としては勝ち目は薄いけど零じゃないと思うんだが」
「そうですね、私もそう思います。多分初手から最良手だけを選び取っていければ勝てるのでしょうが…敵の弱点も分からない現状では」
「情報が欲しいが駒は無し、だな。まぁいい、あれこれ考えるのは猪の役目じゃなくてゆかりんの役目だ」
「いい加減ゆかりんとか言ってると本当に殺されますよ?貴方はすぐ調子に乗るんですから」

遠方では彼らの数十倍近い妖気を放つ巨大な鬼が西行妖に向かって突進し、そして静かに崩れ落ちるという絶望的な光景が広がっている。

「義母さんの力をあの桜は手に入れたのかな?少なくとも死蝶はないようだけど…あの鬼はどっちで倒れたのだろうか?」
「どうでしょう?ただ、あの距離ではどうやら紫様も打つ手がないようですね…ですが私達の攻撃なら、通ります」

そのまったく希望が見えない状況ですら、臆することなく妖忌の娘は答えた。

「もし義母さんの力を手に入れていないのなら、お前が衰弱死する間に身体能力で上回る俺が奴を斬る」
「もし義母さんの力を手に入れているのなら、あなたが塗り殺されている間に私が斬ります」
「お前も義母さんって言ったな?」
「家族ですので」

顔を見合わせて、笑う。彼の者の手には楼観剣。彼女の手には白楼剣。
刃を以て切り開くは、愛しい愛しい娘の未来である。

「往こうか。俺は幹と根を狙う。お前は枝と花を撃て。第三撃以降はそれらの結果次第、各個の判断で」
「心得ました。では、往きましょう」

西行妖へと歩を進める。迷いなどない。
当然である。我が子の未来を切り開くのに歩を止める理由が何処にあろうか。




▼30.受け継がれる魂~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




目を開いた先には桜幻の世界が広がっている。
頭が朦朧とする。ここで己は何をやっているのか。もしくは何をやっていたのか。まったく思い出せない。
何度思い返してみても、目に映るのは周囲を朱に染めて倒れ伏す己の愛した少女の亡骸だけだ。
西行妖の、いや幽々子の周囲を取り囲むように座りこけていた者たちは果たして妖忌が斬ったのか、それとも彼らは幽々子の能力によって、もしくは西行妖の力によって死したのか、逃げたのか。それすら定かではない。
ただ分かるのは己が異形と化した西行妖の根元、うろの様に窪んだ場所に座り込んでおり、そしてその周囲には何の気配もないという事だけだ。

妖忌は己の手の内を見やる。握っていたはずの短刀友成と背負っていた大太刀宗近はいつの間にか失われていた。
切るということは開くということである。開くということは己の手で道を作るということだ。
そう妖忌は生きてきたつもりだった。だが、結局妖忌には未来を切り開くことなど出来ず、最愛の人すら守れなかった。
妖忌の一生は、結局はただの人斬り包丁に過ぎなかった。

妖忌は己の手の甲を見やる。
それは三十路を超えたか、といった男の手ではなかった。
その手には既に皺が刻まれ、まるで老年期を迎えた者の手と言っても過言ではない。
半人半霊、常人よりはるかにゆっくりとしか歳をとらない筈の魂魄妖忌は、寿命を吸われるかのごとく短時間で初老のような外見に成り果てていて、
そして今も西行妖は妖忌の生命力を啜っている。このまま此処に座していては、いずれは枯れ木のような木乃伊になってしまうに違いない。

だというのに魂魄妖忌は動けない、動く理由がない。
天を見上げれば、匂い立つばかりの美しさを誇る花を所狭しと備えた枝は、さながら桜の天蓋のようである。
美しいな、と妖忌は独りごちる。
全ての元凶である妖樹、西行妖は己の足元に這い蹲る者達の悲喜交々全てを吸い上げて、美しく咲き誇っていた。

「ここで、死ぬるか…それもまた良いかも知れぬな」

娘を裳着まで育て上げ、その娘は良人を得、両者の間には娘がいる。親として、人としての勤めは既に果たしたと言ってもよい。
切りたいものは総じて切り捨てられるだけの技量も既に身につけた。そしてそれが何の役にも立たない事を知った。
己が最も守りたかったものは既に、この世には居ない。
だったら魂魄妖忌にはもはや必ずしも生きなければならない理由はない。

そう思い、目を閉じようとした妖忌の視界を、一筋の剣閃が切り裂いた。

魂魄一刀流、断迷剣。

その鮮やかにして鋭利、力強く速い一閃は西行妖の幹に凄まじい裂傷を刻み込む。霧のように傷口から噴出した妖気が周囲の大気を濃紅に染めた。
それとは逆に、その名が示すかのようにその剛直な剣閃は妖忌の頭に懸かっていた霧を跡形も無く吹き飛ばす。

続いて斬撃が雪崩のように西行妖へと打ち込まれ、無数の桜花を華と散らす。
しなやかにして流麗。されどそれがもたらす結果は先ほどの剛直な一閃に勝るとも劣らない。

魂魄一刀流、天星剣。

その斬撃はその名の如く、道を見失っていた妖忌に進むべき道を指し示す。
それらが誰から放たれたかなど考えるだけ無意味である。
魂魄一党、妖忌の技を盗む者は多々あれど秘剣とも呼べるそれらを身につけたものなどたった二人。
それらの技が何のために放たれたかなど考えるだけ無意味である。
戦っている。娘夫婦が、幻想郷を死の脅威から守るために。

「…まだ、死ねない」

魂魄妖忌は立ち上がる。
彼が娘を育て上げたように、魂魄夫妻もまた妖忌の孫娘たる妖夢を一人前に育て上げねばならない義務を負っているのだ。
彼らはこんなところで死んではいけない。
桜を止めねば引けぬと言うならば、その任は妖忌が負うべきものである。

辺りを注意深く見回す。己の愛刀、大太刀宗近も短刀友成も何処にもない。探す時間も惜しい。
ならば一刻も早く娘夫婦に合流し、彼らの刀を奪って、下がらせた上で西行妖を斬る。

まだ十分に間に合う。西行妖の直下、零距離でまだ妖忌は生きているのだ。十分に距離をとっているであろう娘夫婦ならばまだ二、三の歳を重ねる程度の筈。
西行妖の滅びの呼声に耳を傾けるような育て方はしていない。
老いさらばえたような身を叱咤して妖忌は走る。

魂魄妖忌にはまだ、守るべき者がいる。




  ◆   ◆   ◆



西行妖から距離をとるように疾っていた妖忌はふと、大地に転がる奇妙な物体に目をやって足を止める。未だ娘夫婦の姿は視認できていない。
はて、大地に転がるこれは一体なんだろうか?

なにやら喧しい、耳をつんざく様な音が周囲に響く。一体誰だ。このような耳障りな音を立てているのは。
魂魄妖忌は今思考を巡らしているのだから、邪魔をしないで欲しい。


目の前に干物のような死体が二つ、転がっている。ただの死体だ。数限りない死体を妖忌は目にしてきた。
人妖相手を選ばずの魂魄一党が妖怪退治に赴けば奇怪な死体を目にすることなど一度や二度ではない。
全身が柘榴のように赤く膨れ上がったもの、全身を酪の如くぐずぐずに蕩かせて崩れ落ちたもの、これまでに目にした怪死の種類は様々だ。
これと似たような乾涸びた死体だって何度も目にしてきた。
だというのに目の前の死体から目が離せない。



何故、目の前に倒れている者達は、つがいで倒れているのだ?

何故、目の前に倒れている者達は、その手に白楼剣と楼観剣を握り締めているのだ?

何故、目の前に倒れている者達は、見覚えのある娘夫婦の服を着用しているのだ?

何故、さっきから剣閃が空気を裂いて飛んでこないのだ!



「……ーーぁぁぁああああああああぁぁあああ!!!!!!!」

絶望に頭を抱えて崩れ落ち、先ほどから脳裏に響いていた耳障りな音が己の喉から発されていたことに初めて妖忌は気がついた。
全てを出し切った肺腑が息を吸えと悲鳴を上げる。されど妖忌の喉は凍りついたかのように動かない。
嘔吐するような叫びに喉奥が引きつっている。
眩暈を起こし、妖忌が意識を放棄した時点で初めて鍛え上げた武者の肉体が意思の制御から解き放たれ、生存の為に呼吸を開始する。
されど脳に酸素が送られて意識が回復するとまた絶望が身を焦がす。
無様にも何度もそんな事を繰り返してようやく妖忌は意味のある言葉を絞り出した。

「何故だ、何故死んだ!何故退がらなかった!可愛い盛りだろうに、何故妖夢を置いてお前らは逝くのだ!」

何故、何故、何故!そんなのは決まっている!妖忌が遅かったからだ!
桜の下で座して時間を浪費しなければ、娘夫婦は死なずにすんだのだ。
いや、それ以前にもっと早く妖忌が戻ってきていれば、幽々子を死なせずにすんだのだ。
いや、それ以前に守り刀であるはずの妖忌が迂闊に幽々子の元を離れたから、このような事態になったのだ。
斬る為の刀、退く事を知らない妖忌の背を見て育ったから。親に似たから、彼等は引けなかったのだ。
こんな悲劇は全て、妖忌には回避することが出来た筈なのに!

これが、報いか。
本来ならば復讐に猛るであろう状況を前に、妖忌の心はただ悲しみに打ち震える。

幼き頃から刀剣一筋で生きてきた。そうある事を望まれた。
敵対する者は人や妖を問わず切り捨てた。
愛する妻を失ってからは殺さずにすむ相手は可能な限り殺さずにやってきたが、全く殺さなくなったわけではない。
そんな人斬りが、家族を殺されて涙するなどもっての他、そんな権利が己にあるはずもない。

幽々子が己の能力の行使を病的なまでに拒んだことに、妖忌は些か理解が及ばなかった。
生きるために都合がよければ殺したほうが良い。そういうことだってある。寧ろこの平安の世ではそれが当然である。
幽々子の生き方は殺さなくてもすむだけの環境が整えられた者の奇麗事にすぎないと、主と仰ぎつつもそう思っている節が妖忌にはあった。

だが、それでも。
だがそれがただの奇麗事であっても、それでも幽々子が正しかったのだ。
死別は、ただ悲しい。たったそれだけのこと。
剣士を気取るどのような者達の誇りも、名誉も、たったそれだけのことには敵わない。
だって、人は木の股から生まれるわけではなくて、人には繋がりがあって。当人がどれだけ納得していても、剣士として死ぬ事を喜びと思っても、一人で生きてるわけではなくて。
誰かを斬るという事も、誰かに斬られるという事も、等しく悲しみを生み出すのだ。でもそんな事を考えていては、剣士として強くはなれない。
だから剣士はその事を意図的に忘れ、捨てて上を目指していく。

抜かずの剣、斬らずの剣こそが最上であるという言を妖忌もまた無視してきた。斬らなければ何のために剣を帯びるのだ。
だが今ならばそれが良く分かる。たとえどんなに修練を重ねた結果を披露できなくても、鍛錬が全て無駄になっても、抜かずの剣こそが最上である。
それが愚かだと感じるのは刀剣を以てしか斬ることが出来ないからだ。己には剣しかないなどと語るのは、自嘲でも自惚れでもなく、ただの恥に他ならない。


――抜かずの剣こそは至上。殺さぬ振るい手と斬らぬ刃、二人で一つの完成形――


今になってようやく、妖忌は西行寺幽々子の守り刀となれたようだ。妖を忌む太刀ではなくて、人を斬る為の包丁でもない。使い手の魂を宿す刀に。
しかしそれは些か遅すぎ、それに気づくまでの犠牲が多すぎた。
その刀を帯びるものはもういないけれど、それでもその魂をこの身が朽ちるその日まで宿していこう。




されど、今日だけは。

今日だけはまだ、己と、娘夫婦の望みの為、未だ修羅であろう。ありたい。あらねばならない。


西行妖。全ての元凶にして始まりたる者。

未だ死を撒き散らす、あれを斬らねばならない。娘夫婦が願ったであろう、幻想郷の未来の、いや、魂魄妖夢の未来のために。
骸の元へと屈み込み楼観剣を拾い上げようとするが、死してなお妖忌の息子は楼観剣を固く握り締めている。

「もうよい、離せ。後は己が引き受ける」

妖忌は骸と成り果てた友へ、弟子へ、そして息子へと語りかける。
ふっと、楼観剣を握る骸の指が緩んだような気がした。気がしただけだ。死者が反応する筈がないのだから。
妖忌は無駄に己を責めるのをやめる。息子の愛刀を握れば分かる。
彼らは幻想郷で暮らしていく事を選択し、そして娘の未来の為に郷の平和を守ろうとした。ただそれだけで、妖忌の在、不在など全く関係がない。

「お前達は己に似すぎたよ」

そう息子の亡骸に語りかける。

「親としてはこれほど嬉しい事はないが、しかし、これほど悲しい事はないな」

そう娘の亡骸に語りかける。

「一歩も退かずに戦った貴様らは立派だったが、それでも、どんなに無様でも退いて欲しかったよ」

白楼剣を拾い上げ、立ち上がる。
娘の未来を、守りたい。そう願う夫婦の魂を手に西行妖に向けて歩みだそうとしたその時、虚空から妖忌の耳元へと声が届いた。

「妖忌、力を貸して頂戴」




▼31.冷酷な排他的論理和~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




――緊急事態発生、四重大結界が消滅、八雲藍の行動順位変更、八雲紫の起床を第一優先――



「…なんて事、何たる無様」

西行妖が三度肥大化する様を九~十町ほど離れた位置から眺め、冬眠から目覚めた八雲紫は握り締めた拳を震わせながらぎりっと奥歯をかみ締める。

結界は予定通り作動していた。最初に幻想郷に進入した第一陣以外は全て結界に阻まれて郷内に進入できないでいた。
最初に進入した第一陣も、西行寺家の屋敷に向かうものは全て魂魄一党の働きによって足止めされていたし、郷へ向かったもの達は己の式神が始末した。

だが、結界の強化を優先した結果として式神八雲藍の構築は一旦停止していたが故に八雲藍には未だ複雑な動作が出来ない。
八雲藍は未だ命じられたことしか出来ず、命じられたことを盲目的にこなす。
すなわち、紫の命令どおり里に侵入するものを打ち倒すことはあっても、徒党を組んで里を出て行くものに対しては素通りだったのだ。

都での安定した生活でも約束したのだろうか?それともやはり死の能力への恐怖を振り払えなかったのか?…だがそんな事はどっちでもいい。
結局は紫は人の心のぶれを読みきれなかった。それだけだ。

だとしてもそれを非難するのはあまりに酷である。
紫とて類まれなる能力を持つとはいえ、一介の妖怪。幻葬郷内の全てを常時把握しているわけでもないし、それだけの余裕もない。
今回の事件も、結果だけ見れば侵略者は全て阻まれ、郷の被害は今の所、西行寺家を襲った者達十数名と幽々子のみ。郷内でだって人妖の争いで死傷者が出る事を考えれば、今回の事件は悲劇ではあるが郷の運営に支障はない。外の政治を郷に持ち込んだ敵は壊滅し、人里も妖怪の山も依然としてあり続ける。

だがしかし魂魄妖忌も、まだそこまで親しい間柄になってなかったとはいえ今回の被害者である西行寺幽々子も紫の友人であったのだ。
もっと、己は友人の為に何か出来たのではないか?見落としはないか?最善を本当に尽くしたのか?そういった感情が紫の胸を焦がす。
己の力が衰えているなど言い訳にすらならない。少なくとも、紫が幽々子の傍に常時待機していれば、このような事態は防げた筈なのだ。



やはり、早めに月に行く必要があった。紫はそう心中で後悔する。
先刻まで展開していた防壁の結界では流通が完全に遮断されてしまうし、これまで張っていた探知のみの結界ではごらんの様だ。
古くより侵入者を許したことがないという月の幻想郷の結界。その技術を己のものにする。
地上を見下し、かき回して玩具にする月人を紫は嫌っていたが、人格と技術を一絡げにするのは愚か者のやること。技術はただ技術、使えるものは柔軟に吸い上げる。
攻め込んで資料を手に入れることが出来れば最上。最悪結界にその手で触れるだけでも紫にとっては十分に成果となる。
その月の技術をも組み込み、このような外との軋轢から幻想郷を守り、その基盤を磐石のものとする。それが紫が己に課した命題である。



だが今この状況で紫がするべきことはそのような後悔に心を馳せる事ではない。幻想郷に生きる全ての生命のためにあの西行妖を打ち倒すことだ。
一時の衰弱と冬眠の影響ゆえ思考が上手く切り替わらないもどかしさに舌打ちしつつも紫はその能力を開放する。

「術式選択、卍傘、改。三重展開」

漆黒に輝く、妖気によって形成された高速回転する鋭利な刃。全てを二つに別けるもの。それは進路上にあるもの全て、一切の慈悲なく掻っ捌く。
それを三つ同時に展開し、緩やかな曲線軌道に乗せて射出する!

「悪いけど、死を撒き散らす事を辞めぬのであれば貴方の居場所は幻想郷にはありません。大人しく丸太になりなさい!」

必殺の気合を込めて放った、空気どころか空間を引き裂いて飛翔する刃はされど西行妖に近づくにつれて小さくなり、勢いを落としていく。
そして終いには、そんなものなどなかったかのようにその必殺の刃は花吹雪の夜景から跡形もなく消え去った。

「!…馬鹿な」

刃を形成していた妖気そのものが西行妖に吸い取られた?
距離がありすぎる、速さが足りない、籠めた妖気の絶対量が不足している。
だが、距離、飛翔速度、妖気量の整合という観点で見れば、現状紫にはこれより優れた攻撃は望めない。
八雲紫の攻撃の本領は、相手の周囲を覆うように放たれる回避不能の全方位飽和攻撃だ。一発一発の火力に注力していない紫ではあまりにもあの妖怪桜と相性が悪すぎる。

距離を詰めるか?そんな考えが頭をよぎるが即座にその検討を破棄する。紫を紫足らしめる力、境界を操る能力がさっきから警鐘を鳴らして続けているのだ。
すなわち、ここから先があの桜の支配領域なのだと。
これ以上の接近は致命的。この距離から、更なる威力で以てあの桜を粉砕するしかない。

「悪いわね、やはり協力してもらえるかしら?」

そう紫に声をかけられた相手は瓢箪を放り出し、不敵な笑みを浮かべる。

「ようやく出番か、待ちくたびれたよ」

幻想郷最強種族たる鬼。その鬼の最高峰。あらゆる妖怪の頂点に君臨する鬼の四天王。
酒乱の剛鬼、伊吹萃香は待ってましたとばかりにふらふらと立ち上がって不敵な笑みを浮かべた。



  ◆   ◆   ◆



一歩を踏み出す。萃香の体が一回り膨れ上がる。

「久々に請われて来てみれば、まさか樹の相手とは思わなかったけど」

二歩。さらに萃香は巨大化する。既に身長は紫の倍を超えている。

「なかなかの妖気だ。相手にとって不足はないね」

三歩。紫の三倍以上に膨れ上がった萃香は拳を握り締める。その拳には圧倒的密度を誇る妖気を燃料として燃え盛る劫火。

「さあ、松明になっちゃいな!」

握り締めた拳を、撃ち放つ。超高密度燐禍術。太陽かと見紛うほどに周囲を照らす火球は少しずつ小さくなりその威力を半減しながらも西行妖へと迫り、そして巨木の幹に命中して火花を散らす。
だというのに。

「………嘘でしょう?」

思わず、紫の口から驚愕の溜息が漏れる。
西行妖が炎上する。だが、燃え落ちる傍から西行妖は再生を始め、炭となった樹皮の下から新しい樹皮が生成される。
萃香が第二撃を放つよりも早く、西行妖は再生を終えていた。



後に残るは、寸分たがわぬ桜吹雪の光景のみ。



「はは、はははは、すげーじゃないか!樹だと思って舐めてたよ!貴様は鬼の相手にふさわしい!」

萃香が嬉しそうに喝采の声をあげるが紫はそれどころではない。今の一撃で理解してしまった。
もはや紫たちにはあの桜を止めることができないのだと。

「遠距離でちまちまやるのは趣味じゃない。接近戦といこうじゃないか!!さぁ、引きちぎってやるよー!!!!」
「え?ちょっと、待ちなさい萃香!貴女私の説明の何を聞いていたのよ!」

語ると同時に萃香が走り出す。それを見て紫は慌てて制止の声をあげるが火のついた萃香は止まらない。
そのまま土煙を上げて西行妖へと走り出し、そしてその勢いのままふらり、とよろめき大地へと突っ伏した。
やはり、西行妖は西行寺幽々子の能力を取り込んでいるのだ!

「ああもう、だから言ったのに!」

事前にあれが死をもたらす存在であると何度も口を酸っぱくして説明してあったというのに!
これ以上目の前で友人を死なせてたまるものか。紫もまたこれ以上は危険と警鐘を鳴らす理性を無視し、死線を超えて踏み込む。
纏わりつくような西行妖の放つ気配に命と妖気を吸われはじめるが、短時間ならば問題ない。倒れ伏す萃香を引きずって後退する。
そのまま西行妖の支配領域の外へと退避し、祈りを込めて友人の生と死の境界を確認した。

「大丈夫、まだ間に合う!」

萃香の生死の境界を生の側へと大きく引きなおし、されどその感覚にぞっとする。他者の内側で能力を発現させられるという事は、萃香がただの物、すなわち骸になりかけているということに他ならない。
とはいえ境界を引きなおされた萃香の青白かった頬には朱が灯り、心臓が脈打ち始めている。それを確認して紫はほっと溜息をついた。

だがそれと同時に紫の心の内に違和感が鎌首を擡げる。なぜ、同じ距離まで近づいたのに萃香は幽々子の能力で死に誘われ、されど紫は未だ生きているのだ?
偶然か?いや、しかし妖樹のような、あまり知恵を持たないような妖怪は基本的に区別や加減と言った概念を持つことはない。
ましてや西行妖は生誕してから十年も経たぬ妖樹である。あるがまま、それが全ての筈だ。ではなぜ、紫と萃香の間に差分が生じたのだ?

そう考えた紫の目に鮮やかな剣戟が閃く。

「あれは?」

その剣閃は西行妖の幹に刻み込まれ、桜の周囲に血煙のような妖気が立ち込める。
間を置かずにさらに一閃。雪崩のような斬撃が一割程度、西行妖の枝と花を落とす。

これは…魂魄夫妻の攻撃だ!
それを認識した紫は彼らの姿を探す。何処だ、何処にいる?…いた!

彼らは西行妖から四~五町程度に位置して、そこを限界と判断したかその場で刃を振るっていた。彼らが刃を振るうたびに剣閃が空を裂き幹が、根が傷つき枝が少し、また少しと落とされていく。
距離の問題もあるのだろうが、彼らの鋭く速い剣閃は西行妖へと届いている!

と、その時、紫の目の前に闇の衣を纏った少女が舞い降りてきた。

『ああいた、良かったよ、あんたを探してたんだ。あんたの式神とやらに聞こうと思ったら凄い勢いで殺りにくるんだもん。死ぬかと思ったわ」
「貴女は…鵺だったわね」
「えーそう。ゆかりんだっけ?受けとって…じゃなかった、あんたはあいつ等から目を離すな」

鵺は胸に抱いていた赤子――魂魄妖夢を紫へと差し出そうとしてしかしその手を止め、そして顎で今まさに戦に臨んだ者達を指す。

「伝言。自分たちが負けても、それを次に繋げろって。娘の未来を守る事に繋げてくれって」

その一言に戦慄する。彼らはただ単に自分達が勝つ為だけに刃を振るっているのではない。
足りない情報を補う為に、次に紫が勝つために自らが撃たれることすらも視野に入れて挑んでいる。
だがそれはしかし、紫からしてみれば彼らを捨て駒として扱う事に他ならない。

どうする?今ならまだ間に合う、隙間に手を突っ込んで引っ張り出せばいい。一人に付き、片手。二人で両手が殺されるかもしれないが、それでも二人を助けられる。
腕だって、境界を操る妖怪である紫に自己治癒の限界などないのだから、切り捨ててしばらくすればまた生えてくるだろう。どうする?どうする。どうする…隙間を、開く。

「もう一つ伝言。ゆかりんが空間を開いたら言えって言われてる。…指揮官なら、躊躇うなって」

隙間を開いた手が、止まる。
それは棟梁としての忠告。紫よりもはるかに弱く、しかし集団の統率者としては紫など比べるべくもないほどに経験を積んでいる彼等が、いずれ妖怪を率いて月に挑む紫へ残した忠告だ。
全体の勝利の為に、犠牲を受け入れろ。それに対する非難もまた受け入れろと。

「…雑魚の癖に、生意気よ」
「ほんとよね」

二者が見守る中、二人の剣士は地に花を落とすと共に一歩、また一歩と前進していく。彼らが西行妖を傷つけるたびに、西行妖の支配領域が少しずつ狭まっていくのが紫にも確認できる。
だが、ついに限界が来たのか先に妻の方が倒れた。西行妖の生命吸収に耐え切れなかったのだろう。前のめりに倒れこみ、そのまま動かなくなる。
だがもとより約束でもしてあったのだろう、夫のほうは妻の死に目もくれず、しかし前進はやめ、その場にて目標を花と定めて黙々と刃を振るう。だがその彼も全ての花を打ち落とす前に動きを止めた。
もはや隙間より伸ばしたとて、紫の手を握るものは、誰も居ない。

「…またしても!」

またしても、目の前で幽々子に続いて友人が死んだ。噛み締めた唇から一筋の血が流れる。
だがしかしその激情の裏で再度の違和感が再燃している。
そうだ、冷静になれ。死んだものは甦らない。彼らの死を無駄にしないためにも、紫は考えなければならない。彼らの死を踏み台にして、その次を考えなければいけないのだ。
圧倒的な妖気よりも、空間を支配する間隙操作よりも、思考する事こそが八雲紫を最強足らしめる要因であるのだから。

なぜ、彼らは最初から五町の距離まで接近できた?紫は其処まで近づけないという確信があったのに。
いや、それよりもただの妖怪である夫のほうより、何故半人半霊である妻の方が先に倒れたのだ?
大して特徴のない一妖怪である夫のほうは西行寺幽々子の能力を防げない筈なのに。事実最強の鬼である萃香ですら、西行妖の妖気で放たれる幽々子の能力に太刀打ちできなかったのに。

それらからもたらされる情報を分析し、検討し、そして己が導き出した回答に紫は戦慄した。
…これは、しかし、そんな馬鹿な!
そのまま西行妖に対して走査を行う。結果は紫が予想したとおり。その結末に呆然とするしかない。
一瞬身震いをした紫に、鵺が怪訝そうな顔を向けてくる。

「どうしたのよ?」
「…なんでもないわ。貴女はこれからどうするの?」
「さて、都にでも行こうかな。甘い菓子って貴族しか持ってないんでしょ?だったら貴族がいっぱい居るとこに行くべきよね。そんなわけでこの子をよろしく」

そう言うと鵺は胸に抱いていた魂魄妖夢を八雲紫へと譲り渡した。
そのほうがいい、と紫は思う。多分、この若く幼い妖怪は、この怪異の終末を見ないほうがいいだろう。
それに、妖夢も。
紫はまだ自我の弱い妖夢に介入して、起と睡の境界を操る。これでこの子は、今日はもう目を覚ます事はないだろう。

「あーあ、人間なんかに係わるんじゃなかったわ。…ねぇゆかりん。あんたは人として生きてるの?それとも妖怪として生きてるの?」

紫は思わず場違いな苦笑を漏らした。
それは己が狭間の種族に良く問いかけている質問だったが、まさかこんな時、こんな相手から廻り回って己に帰ってくるとは。

「私は、妖怪よ」
「ふーん、でも私は人間の生き方を気持ち悪いと思うけど、あんたは人間の生き方に納得できるのよね?」
「ええ勿論。これが年季の差というものよ」
「…ふん、そう。じゃあ私は行く。ちゃんと勝ちなよ?お婆ちゃん」

鵺はそういい残すや否や、翼になってない翼をはためかせて月夜へと舞い上がる。
そしてそのまま一度だけ西行妖に目を向けた後、闇の衣を纏って西の空へと消えていった。

「勝ちなさい、か。餓鬼の癖に、生意気よ」

勝つとも。勝つための解は手に入れた。だけど、この勝利は、冷酷で悲しい。



  ◆   ◆   ◆



「……ーーぁぁぁああああああああぁぁあああ!!!!!!!」


怪鳥の如き叫び声があたりに響き渡る。
つんざくような、血に濡れた刃物のような、されど聞いたことのある声色に妖夢を抱いた紫ははっとして辺りを見回し、その男を目に留めた。
距離四町、魂魄夫妻の隣に崩れ落ちる、おそらくは今日この場で誰よりも悲しみを湛えているであろう人物。
されどおそらく、この怪異を止めることができる唯一の人物を。

「彼に、これ以上の重荷を背負わせると言うの?八雲紫」

意図せず、思考が声に洩れる。それほどまでに紫が導き出した、この事態を収束させる為の解は残酷だ。
既にその心は満身創痍、西行妖に生命をも吸われ老いさらばえたような友人に更なる重苦を強いることになる。

だが、それでも。

八雲紫はやらねばならない。魂魄夫婦の攻撃によって西行妖は一時的に再生に傾注し支配領域を広げる事をやめているが、それは一時的なこと。
すぐにまた大地から力を吸い上げ、支配領域を広げて死を撒き散らすだろう。なぜならばあの桜は生命を掻き集めなければならないからだ。異様なまでの能動さで以て、奴はそれを実行する。しなければならない。
そんな力が人里や妖怪の山までそれが広がればどうなるか、想像することすらおぞましい。

「妖忌、力を貸して頂戴」

だから、八雲紫は隙間を開き、一時的に立ち直ったであろう彼に声をかける。

「紫様、おお、それに妖夢!御無事でありましたか」
「ええ…貴方の家族を救えなくて御免なさい」

消沈する紫を励ますかのように彼はやせ我慢をして笑う。

「そう御自分を責めなさいますな。娘夫婦は己の願いの為に、ただ駆け抜けただけに御座います。ただ、彼奴等めの遺志を汲んで頂けますならば、我が孫の為にこの郷の平穏に全力を注いでくださいませ」
「…約束しましょう。そのためにもまずは、この事態の収拾ね」
「ええ、お力をお貸し願えますかな?」
「残念ながら私に出来ることは何もないわ。現状、この怪異を収束できるのは貴方だけよ。私に出来るのはその方法を示唆するだけ」

解はある、と語る紫の声はその内容に対して驚くほど重い。絞り出すかのようなその口調は呪いでも口にしているかのようだ。
ここまで苦渋に満ちた紫の声を初めて妖忌は耳にした。

だが、既に最大の絶望を味わった魂魄妖忌には最早恐れるべきものは何もない。
むしろ身体を動かしていなければ何処までも悲しみに沈んでしまいそうなのだ。妖忌にしか出来ない、という事実は逆に妖忌には嬉しかった。
妖忌に出来るのは切ることだけだから、それは何かを―おそらくは西行妖を切れという依頼に違いない。暴れられるというなら寧ろ好都合。
静かに紫の言葉を待つ。















「西行妖の花を全て落としてあれに近づき、西行寺幽々子を殺害しなさい」













  ◆   ◆   ◆












「…いま、何と」

掠れたような妖忌の声が紫の耳に届く。

何を言っている?西行寺幽々子が致命傷を負って倒れてからかなりの時間が経過している筈。
幽々子が生きている筈はないのだ。

虚ろな表情の妖忌に対してもう一度それを口にすることは紫にとってもなお吐き気を催すほどの苦痛であった。

「西行寺幽々子を殺害しなさい。それこそがこの状況を打破する唯一の方法です」

だが、紫には守らなければならないものがある。西行寺幽々子一人の命と、幻想郷に暮らす全員の命。秤にかければ幻想郷の管理者たる八雲紫が取らなければいけないのはどちらか、言うまでもない。
取らなければならないのだ。管理者である紫には命の重さに比重を設けることは許されない。

魂魄妖忌の表情が歓喜と絶望の混沌に彩られる。
紫の発した言葉の意味を処理しきれていないのだ。さもあらん、やせ我慢して絶望から立ち上がった妖忌の心は既に穴だらけだ。
しかし紫には彼が完全な冷静さを取り戻すまで待っている余裕はない。時間が経てば魂魄夫妻が落としてくれた枝が再生を終えてしまう。
そうすれば紫はこの場所に位置することは出来なくなる。花が散り、西行妖の影響力が減った今だからこそ、紫は五町の位置まで接近できているのだから。

「時間があまりありませんので足早に説明します。西行妖の中央、最も枝が重なった場所を見なさい。そこに西行寺幽々子が居ます」

弾かれるように妖忌は視線を紫から外して西行妖を見る。そして半人半霊、妖には及ばねど人を上回る能力を誇る視力がそれを捕らえた。
すなわち桜に抱かれるように西行妖の枝の中で瞳を閉じて佇む、最愛の人の姿を。
その西行寺幽々子の睫がぴくりと揺れる。風に揺れたのとは明らかに異なる筋線の動き。紫の語るとおり、幽々子は未だ生きているのだ。

だが、だがしかし、首元には未だ幽々子が自傷した傷跡がはっきりと残っている。即死には至らねど致命傷、そのような深い裂傷が、はっきりと。
深々と開いた傷からはもはや血が流れ出てはいない。最早流れ出す血すら幽々子の中には残っていないのだ。であるというのに未だ幽々子は生きている。
その異様な光景に、喜びも紫の言葉も忘れて思わず妖忌の口から呟きがもれる。

「…何故」
「西行妖は今、幽々子の今際の感情のままに動いています。すなわち、己の幸せを脅かす者達への怨念。死を望み、しかし死にたくないという生への渇望。親しいものを傷つけたくないと言う愛情。それらの全てを叶える為に」

三度鳴動し、二度成長した西行妖。三度目に吸い取った力はどこへ行った?
萃香より近づける紫、紫より近づけた魂魄夫妻、そして西行妖の直下ですら死ななかった魂魄妖忌。その差分は何だ?
何故萃香は幽々子の能力で倒れたのに、妖忌の息子は幽々子の能力によって殺されなかったのだ?
そう、西行妖の妖樹らしからぬ行動はそこに幽々子の感情、思考が内在しているとするならば全て説明がつく。

「人の持つ感情。その意図も意味も分からぬままに幽々子の遺志を吸い上げ、反映している。それが今の状況でしょう」

周囲の人間を殺し、また大地から生命力を吸い上げて幽々子に注いでるから未だ幽々子は生きている。されど西行妖は殺すだけの妖樹。幽々子の傷を癒すことも出来ず、注いだ生命力は穴の開いた瓶よろしく幽々子に留まることはない。
やはり西行妖には死を操ることしか出来ないのだ。だから瀕死のまま、しかし命の灯火がかろうじて消えることなく西行寺幽々子は生き続ける。

そして紫や魂魄夫妻の夫に振るわれなかった幽々子の力。それは友人を殺したくないという幽々子の願いの表れ。その願いは西行妖へと伝わり、その生命力を吸収する西行妖の力すらも若干と言えど押さえこんだ。
何処まで西行妖に近づけるか、それこそが幽々子とその者の親しさを示しているのだ。ゆえに妖忌は西行妖の直下でもかろうじて生存し、魂魄夫妻は五里の位置で死亡した。

紫も近づける距離はここが限界。この距離では未だ有効打は望めない。
萃香はなおも昏睡中だが、目を覚ましたところで最早萃香は西行妖には挑むまい。それは臆するが故ではなく、萃香が西行妖に一度負けたが故である。
勝負を神聖なものと捉える鬼には勝者の邪魔をすることなど出来ないのだ。
この状況を打破できるのはただ一人。魂魄夫婦と同じ、いやそれ以上の神速の剣技を身につけ、西行妖の懐まで接近することが出来る魂魄妖忌をおいて外にはいない。

「魂魄夫婦の攻撃より、幹や根を狙うよりも花を落とすほうが有効であると判明しました。美しく咲く花こそがあの妖の本体なのでしょうね。花を全て打ち落とせば、さしものあの樹も一旦活動を停止するでしょう。出来ますか?」
「花を落とすことならば…ですが、ですが!」

だが、しかし、それは、

「それは、幽々子様を殺すという事ではないですか…!」

西行妖が生命を幽々子に注いでいるから、未だ幽々子は生きているのだ。ここで西行妖を止めてしまうということは!
その喘ぐような妖忌の声に、紫は一度奥歯を噛み締め、そして無慈悲に言い放つ。

「ええ、そう言いました。…妖忌、私達は選ばなくてはいけないの。この郷に生きる未来ある者達の命と、いずれ尽きる未来なき幽々子の命のどちらかを」

妖忌の立場から見てもどちらを選ばなくてはいけないかは明白だ。未来ある者達の命、その中には娘夫婦の忘れ形見、魂魄妖夢の命も含まれてるのだから。
だがしかし、それは妖忌にとってなんと残酷な選択なのだろう。

「もし、貴方に幽々子を殺せないというのであれば、貴方は全ての花を落としてくれればいいわ。それで即座に幽々子に死が訪れるわけではない。残る僅かな時間で、私が幽々子に止めを刺します」

妖忌の心情を慮り、折衷案とすら呼べない提案を紫は口にする。されど妖忌は頭を垂れたまま微動だにしない。
当然だ。幽々子を殺すことに変わりはないのだから。

「もしそれすら許せない、と言うのであるならば致し方ありません。ここで共に果てましょう。西行妖がこの国を席巻するか、それともその前に天照や須佐之男、建御雷辺りがあれを仕留めるかしらね」

ま、それもよいかもね、と半ば芝居、半ば本気で紫は呟く。時間をかければ何らかの準備は出来るかもしれないが、その頃には幻想郷は滅んでいるだろう。
苦悩に喘ぐ今の妖忌なら式を打って操るという方法もあるだろうけど、どうせ八雲藍の二の舞になるのが目に見えている。ぎこちない動きで放つ剣技など高が知れているというものだ。
幻想郷を守るためならば紫はどんな下劣な手段も厭わない覚悟があったが、現状打つ手が妖忌自身に頼るほかないのだから、それが駄目ならば潔く諦めるしかない。

「どれを選んでも私は貴方を怨みません。だから、選びなさい、妖忌。たとえ幽々子を生かす事を望むのでも、それならそうと選びなさい。選ばず惰性に流されれば、きっと後悔する」

沈黙が辺りを支配する。
魂魄夫妻がその命をかけて稼いだ時間が無駄に過ぎていく。しかし紫はそれを責める言葉を持たない。
十秒ほど沈黙し、妖忌はうつむいたまま口を開いた。

「決着は全て、己の手でつけ申す。紫様は手をお出しになられぬ様お願いいたします」
「良いの?」
「ええ」

蒼白となった面を上げ、妖忌は頷く。
紫に幽々子を殺させるわけにはいかない。どんな理由があれ、幽々子を殺した相手を妖忌は怨まずにはいられないだろう。だから紫に幽々子の止めを任せては、二人の間に待っているのは殺し合う道だけだ。
だから魂魄妖忌は覚悟する。決着は全て、妖忌ただ一人の手によって。西行寺幽々子を殺すのは、魂魄妖忌だ。他の誰にもその役目を譲れない。

斬る、と決めた男の瞳は恐ろしいまでに深く、揺るぎない。それは長らく人斬り包丁だった男の性か、それとも幽々子への独占欲か。
ただ一つ分かるのは、妖忌は幻想郷の未来の為にそれを選択したのではないという事だけだ。
それでも八雲紫は礼を述べる。

「貴方の苦渋の選択に幻想郷を代表して御礼申し上げます。今後八雲紫が貴方への恩を忘れることはありません。仮に、貴方がこの後心変わりしたとしても」

そう語り、紫は眠る妖夢と共に隙間の向こうへと消えていった。ついに西行妖が魂魄夫妻に落とされた枝を再生し終えたのだ。
再び猛威を振るわんと気勢をあげる桜を前にただ一人、楼観剣と白楼剣を手に妖忌は歩き出す。



今宵魂魄妖忌が斬り捨てるは、愛しい思い人、西行寺幽々子の命の灯火だ。








▼32.花散郷~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







半壊した西行寺家の邸宅へと向かい、妖忌は歩を進める。
三年ほど前も、こうやって西行妖を見据えて歩いていた。
三年前か、妖忌は低く呟く。もうずっと前のことのようだ。ずっと昔からここで生活していたかのような気さえする。
多分それは、幸せに包まれていたからだ。



                     ―――――オイデ―――――


                        急かすな、すぐ行く



だが、今やその幸せの残滓もない。辺りに響くは西行妖の死への誘惑、そして香り立つ桜の芳香に交じる死の香り。
どんなに景色を欺いたとて、ここは既に地獄の入口。されどそこは妖忌にとってただの庭先だ。



                     ―――――オイデ―――――


                       くどい、しばし待て



屋敷の景観が眼に入ってきた。既に屋敷の大半は崩れ、妖忌が手がけた庭もまた既に原形を留めておらず、東端に僅かに残った前栽もまた桜の花弁に彩られている。
改めて闘気を、霊気を、開放する。秘めたままならば容易に近づけるのだろうが、妖忌はあえて敵意を撒き散らした。せめて、反撃の機会くらいは相手にくれてやろう。



                     ―――――クルナ…―――――


                 つれない事を言う、誘ったのはそちらであろう



死を操り、されど死の何たるかを知らぬ西行妖は幽々子とは似て非なる存在である。
そんな相手に、妖忌は幽々子をくれてやるつもりはない。一町の距離にて、足を止める。そこは既に妖忌にとっても西行妖の支配領域。





                      ―――――シネ!―――――


                    断る。幽々子様が待っておるのでな。






淡く、蒼い光を湛えた白楼剣と、光を飲み込む楼観剣を両上段に構える。天に輝くは待宵の月。
ふ、と桜の気配を感じ、それと同時に妖忌の力が抜け始めるが、それでもその剣先はぴたりと定まり微動だにしない。



西行妖よ。
死を操ることしか知らぬ妖樹よ。
死を賛美する愚かな者よ。


先立ちとして教えてやろう。
死の悲しみを教えることは出来ないが。
せめて、死への恐怖をその身に刻むがいい。




これなるは息子の太刀。
これなるは娘の太刀。


格好つけの息子を真似て、声高らかに宣言する。


「魂魄二刀流。両上段、待宵の太刀――とくと味わえ!」



剣閃一閃。振り下ろされた楼観剣がぞぶり、と空間を裂く。その剣先は視認する事すら出来ない。
あまりの速さに、では無い。既に剣先がこの世に存在していない。

追う様に一閃。楼観剣が引き裂いた空間へと重ねるように振り下ろされる光は、あらん限りの霊力を込めた白楼剣の唐竹割り。
その剣閃は空間の裂傷へと吸い込まれて輝きを失い、されど次の瞬間には数千数百の光芒となって西行妖の周囲に現れ、ありとあらゆる枝を打つ。




                     ―――――…!―――――



西行妖には理解が及ばない。何が起こったのかすら判らず、しかし全ての枝を一瞬で落とされたその事実に戦慄した。
斬る事を極めた剣士の前では、距離も大きさも関係ない。斬ると定めた全ての物が、一切の容赦なく斬り捨てられる。それは最初から戦闘などと呼べるものではない、一方的な処刑だ。

瞬く間に美しかった桜が、無惨にも地に落ちて死桜と化す。
闘志も、気炎も、高揚もなく、ただ残酷に西行妖は無数の一太刀に全ての花を打ち落とされて沈黙する。






あまりにも、呆気ない。だがしかしそれこそが死の本質。
這い寄るように現れて、あらゆるものを無価値へと変える。そこに華など存在するものか。

心に刻め妖怪桜。死とは、そういうものである。






  ◆   ◆   ◆



「遅くなりました、幽々子様」

傍へと歩み寄り、薄く目を閉じた幽々子に囁きかける。
幽々子の目が開かれ、唇が妖忌、と動かされる。声は出ない。ただ喉から空気が漏れるばかりだ。

何か、何か言わねばならない。これが最後なのだから。
幽々子に己の思いを伝えられるのは、これが最後。

だが、何を言えばいい?
魂魄妖忌は、これから、西行寺幽々子を斬るのだ。
もはや幽々子に未来はない。ここで瀕死のまま生き続けるか、死ぬか。
本当にその二択だけしか存在せず、その他の未来を選べない。

でも、それでも、幽々子を切り捨てることに変わりはない。
誰よりも少女の味方でありたいと、そう思っていたのに。
結局妖忌も、幽々子を襲った連中と同様に、誰かを守るために、幽々子を殺すのだ。
死を撒き散らす元凶である、西行寺幽々子を。

ふと、幽々子の唇が震える。西行妖から命が注ぎ込まれなくなったからだろう、その動きは少しずつ緩慢になっていく。
ゆっくりと、唇が動いた。


――教えて?――


何を、と問おうとして、思い当たった。


―――ねえ、妖忌。死をもたらす事しか出来ない私の生を紡ぐ事に、意味はあるのかしら?―――


一度は斬ると固めた決意が、雲散霧消していく。
ここで幽々子を殺すという事は、その問いに「無い」と答える事に他ならないのではないか?
分からない。未だに分からない。命は皆等しく尊くて、それを奪う事は卑しくて、では奪うものの命は、卑しい?

「…申し訳ありませぬ、拙者には未だ幽々子様に答えを示すことができません。ですが、一つだけ」

拙い言葉で、たった一つ、これだけは間違いないと信じられる事を。

「幽々子様。貴女と共に在れて、幸せでした。この幸せは、死ぬまで胸に残りつづけるでしょう。貴女と出会えた事は、間違いなく拙者にとって、喜びにございます」

口に出来たのは、そんな単純な言葉だけ。
それでも、幽々子は満足そうに。
答えを得たとばかりに。

私も、幸せだったわ、と幽々子の唇が震え、そして静かに目を閉じる。
待っているのだ。最愛の人からもたらされる最後を。
それを、望んでいる。

そして、最後に、一言。


――御父上の様には、ならないでね?――


西行寺幽々子は、何処までも魂魄妖忌に、優しかった。













白楼剣が、そっと幽々子の心臓へと吸い込まれる。
魂魄妖忌の腕の中、西行寺幽々子は静かにその幸福だった生涯を終えた。










▼33.妖々桜霊廟~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~








「終わったわ」


娘夫婦を揃って弔い終え、その魂が共に冥界へ赴けるよう祈りを捧げていた妖忌の背後。
混沌たる空間から、八雲紫が幽々子を抱いて姿を現した。
既に幽々子の血で汚れた袿は真新しいものに着替えさせられ、首の傷は後すら残さず塞がれている。
おそらくは胸の刺傷も塞がれているのだろう。
そんなことが出来るならば、と妖忌が語る前に、紫は悲しそうに首を振る。

「残念ながら、私には幽々子を癒す力なんてなかった。自我と固有の時間を持つ生物の体内はいわば一種の異世界。故にどんな能力も他人の内側から発動することは容易ではない。私が幽々子の傷をくっつけられたのは、最早この身体に生命が宿っていないからよ」

紫はそう語って、妖忌に幽々子の亡骸を引き渡した。
薄く化粧をされた幽々子の表情はまるでただ眠っているようで、声をかければ目を覚ましてくれるのではないか。そう錯覚してしまう。
しかし既に幽々子の内に脈はなく、身体は半人半霊の妖忌よりも冷たい。

「本当に、良いの?」
「なにがでしょうか」
「西行妖を、打ち倒さなくても」

西行妖は妖怪としての中核たる桜の花を全て落とされて沈黙した。だが西行妖は樹木である。全ての枝を落とされようと、幹が、根が無傷ならいずれ復活する。
先ほどまでの暴走の引金となっていた幽々子がいない以上、そう暴れることもあるまいと思われるが、そんな保証は何処にもないのだ。
だが、それでも、

「拙者には、斬れませなんだ」

妖忌には、西行妖に止めを刺すことが出来なかった。斬って、そして理解してしまったのだ。
西行妖もまた、幽々子と同じく死を撒き散らすだけの存在である。そして何より、死を賛美する。
だが、それは果たして西行妖の罪なのだろうか?

「かの桜は、積み重なる死体の中で産声をあげた。かの桜が花をつけると、誰もが喜んでその桜の下で死を選んだ。ですが、彼奴目はただ、美しく咲いた己を讃えられたいだけだったのです」

絶賛されたいがために更に花を咲かせる、それは無垢なる童と同じ。ただ、そこに死がついてまわってしまっただけ。死を付加したのは、周囲の人間だ。
だが死が付加されたとて、西行妖が花を咲かせる事をやめる理由はない。西行妖は、死と言うものが何かを知らないのだから。

「それを責めるということは、彼の者が生を受けた事そのものを責めるということに等しい。無垢なる童に毒を吐くことが許されて良いのでしょうか?何処の誰に、彼の者の生誕を貶める権利があるのでしょうか」
「…私には、その問いに答える権利はないわね。幻想郷の管理人として、幽々子を切り捨てた私には」

寂しそうに、紫は妖忌の問いかけに答える。

「幽々子様は仰られた。命は尊ばれるべきであると。それ故に殺す事しか出来ない己の身が呪わしいと。ですが命が尊ばれるべきなら幽々子様の命も、あの桜の命も尊ばれるべきでしょう。幽々子様はもう助からなかった。しかしあの桜はまだ死に至る傷を負ったわけではない」
「だから殺さないと?仇なのよ?」
「殺せませぬ。拙者は幽々子様の剣になると誓いました。剣は振るい手の魂を宿すものなれば」

紫は溜息をついた。こいつがいれば月の兵を相手取ってもなお、有利に事を運べるだろうに。
妖忌の、西行妖への一撃。あれはまさに次元を超えた一撃だ。三次元空間を移動する物が二次元直線から見てあたかも跳躍したかのように見えるのと同じ。消えたように見えた剣撃は高次元を渉り反射し、この次元に戻ってくるその瞬間まで防御も回避も不可能。この次元での距離すらも問わない。まさに望んだもの全てを斬って捨てる能力だ。それだけの能力をあっさりと封印すると言う。
己のものにしておけばよかったな、まぁどうせ出来なかったでしょうけど。そう紫は少しだけ幽々子に嫉妬した。

「本当に、良いの?」
「なにがでしょうか」
「幽々子の魂と亡骸を、西行妖の封印に使ってしまっても」

西行妖は妖怪としての中核たる桜の花を全て落とされて沈黙した。だが西行妖は樹木である。全ての枝を落とされようと、幹が無傷ならいずれ復活する。
先ほどまでの暴走の引金となっていた幽々子がいない以上そう暴れることもあるまいと思われるが、そんな保証は何処にもないのだ。
故に、満開だけは阻止する必要がある。そのための封印が必要だ。

「お願いいたします」

これも、斬って、分かったことだが。
自尽は、美しくなかったのだ。
それがどんなに他人のためを思ってのことであっても。

殺す事を是としない幽々子の生き方は美しかった。だけどそれを完遂する為には、幽々子は幽々子自身を殺してはならなかった。
死の瞬間に自身の心を救うことが出来るのは自分自身のみ。しかし自尽はそれを放棄する。その心は、その魂は決して救われない。
妖忌の最後の言葉も、完全には幽々子には届かなかった。幽々子は生あるときの幸せをかみ締めつつも同時に己の能力を呪い、それ故に魂魄一家に迷惑をかけた事を嘆きながら死んでいったのだ。

ならば、転生などさせぬほうが良いのかも知れない。
転生した際に能力がついてまわるのかは分からない。だが、もし彼女が転生して妖忌も紫も知らぬところで、一人己を呪う少女が存在するのかと思うと妖忌には耐えられなかった。

「では、西行寺幽々子の亡骸を基点として封印結界を組みます。幽々子と西行妖が繋がっていることを鑑みれば、幽々子を通して西行妖に内側から干渉できる筈。花をつけるのは阻止できなくても、満開だけならば十分に阻止できるでしょう」

幽々子を西行妖を封印する結界に組み込むと言うことは、再び幽々子と西行妖の繋がりを強化することでもある。故に外部から強制的に満開にさせられたら問題もあろうが、よほど強力な理を持ってこなければ紫の結界を打ち破って西行妖を満開にすることは出来ないだろう。封印せずに放置するよりかははるかに安全のはずだ。


四重の方形結界が西行妖を中心に展開された。それは薄桃色の光を放ち、大地から沸き立つその光が螺旋を描いて西行妖を包み込んでいく。

「妖忌、幽々子を西行妖の元へ」

そう命じられた妖忌は己の半身たる半霊を、人型へと変貌させる。まだ鏡を見ておらず理解が追いついてない為か、それとも妖忌の内心が未だ老いていないためか、
顕現した人型の半身は三十代程度の妖忌の姿のままだった。その半身に、幽々子の亡骸を預ける。
自分自身に託しているのに、半人妖忌は間抜けにも嫉妬を覚えて苦笑した。半人半霊で意思が分かたれているわけではない為、目の前の半霊妖忌も苦笑している。
同時に先ほど発見しておいた、己の二振りの愛刀も半霊へと譲る。その意味が分からず紫は若干いぶかしんだが、先ほどの会話から刀も共に封印するのかと、問いを投げかける事無く納得した。
封印に巻き込むものが若干増えたとて、紫の封印結界に影響はない。



幽々子を胸に抱いて、魂魄妖忌は桜の絨毯を進む。
その後姿を見て、紫は夫婦のようだ、と吐息を洩らす。出来ることならば、生ける幽々子と妖忌の組み合わせでこの光景を目にし、そして祝福してやりたかった。
されどそれは最早叶わぬ夢。幻想郷の管理人たる紫には、実らぬ夢に思いをはせることよりも先にやることがある。
地獄の連中がこの異変に気付いていない筈がない。奴らに横槍を入れられる前に、紫と妖忌の独断を完遂しなくてはいけない。



半霊妖忌が西行妖の直下へと辿り着いた。そのまま彼は枝を全て失った西行妖を見上げる。夜空には待宵の月。
完成に至らぬ月がこの結末の傍観者とは何の皮肉であろうか、と妖忌は思わず苦笑した。
そして、そのまま半霊妖忌は大太刀宗近と短刀友成を手ごろな根へと突き刺して交差するように屹立させ、その背後の根が織り成す洞へどっかと腰を下ろす。

愛しい少女の亡骸を抱きしめたままに。
それはまるで、近づくものを威嚇するかのようで。

「なにをしているの?早く半身を戻しなさい」
「「いえ、これで良いのです。このままやってしまってくだされ」」

紫の傍の半人妖忌と、桜の下の半霊妖忌、一人同時に言葉を放つ。時間差を持って届いた二つの声が紫の中で木霊する。
こいつは、なにを、言っているのだ?

「何を馬鹿な事を!封印の内と外に半身ずつ置いたりしたらどうなるかなんて前例がないわ。下手をすれば結界に存在を分断されて死に至るかも知れないし、封印の影響でこちらの貴方も眠り続けるかもしれないのよ!戻りなさい!」
「戻れません。幽々子様を一人には出来ませぬゆえ」「行けません。妖夢を一人には出来ませぬゆえ」
「「だから、これでよいのです」」

ああ、と紫は悲鳴のような嘆き声を上げる。妖忌は最初からそのつもりで封印を提案してきたのだろう。
二度と離れることがないように、眠る事無き己の半身で以て幽々子を守るつもりなのだ。そう長距離を離れることが出来ない半人半霊とて、結界で分断してしまえばそこに留まり続けられるから。

説得しようとして、しかし紫はそれを諦める。二人を引き裂くべきではない。妖忌を半分に引き裂くより、二人を引き裂くほうが罪悪である、と、そう思ってしまった。
感傷と知りつつもそれを拒むすべを持たなかった紫は、黙して術式を完成させる。

桜の精の様な少女と、半霊の武人。西行妖の元に眠る彼女等に永久の安らぎがあらん事を。










                     ――――封印「妖々桜霊結界」――――















▼34.六十年目の十王裁判~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「ああもぅ、なんで俺がこんな苦労せねばならんのだ!十王だぞ!偉いんだぞ!」
「偉いから苦労しなきゃいけないんじゃないですかね?地位には、それに伴う責任が付き纏うものです」

死者を裁く十王のうちの一人、都市王は目の前に現れた魂魄夫妻の霊を前に猛り狂って愚痴を洩らす。
そんな彼を見て妖忌の義理の息子は妻と顔を見合わせて苦笑した。まったく、彼らの父親と紫は本当色々とやってくれる。
正直もうちょっとこの十王様の事を考えてやっても良いんじゃないかとも思うのだが。

あの後地獄は大変だった。死をもたらす桜が暴走したと聞いてちょっと驚き、最強である筈の鬼の四天王である萃香の霊が顔を出してまた去っていって心臓がすくみ上がるほど驚き、
そして同じ十王である五道転輪王、平等王と共に都市王が死神を率いてやってきてみれば全ては片付いている。
紫の勝手な処断で西行妖は封印され、死の少女と魂魄妖忌の寿命は吹っ飛んでしまった。また書類の書き換えが面倒だ。
しかも魂魄妖忌のような長寿の輪廻転生計画修正は涙が出そうになる程大変だというのに!
五道転輪王と平等王は若輩の同僚に後は任せたと告げてどうやら知らん顔を決め込むようだ。

更に地獄の面目を保つ為に西行妖はもともと西行寺家の持ち家である冥界白玉楼にて管理することになったが、その移管作業も紫が手伝ってくれる筈もなし。全て彼の責任だ。
全く仕組みの分からない封印結界を傷つけずに移動せよと八雲紫に凄まれての移管作業に部下の死神からは解読不能との悲鳴のような報告が連日上がってくる。
もういい加減頭にきたので、西行妖と封印を幻想郷の土地ごと削り取って冥界白玉楼に放り投げた。後のこと?知るか。それは白玉楼の園丁の仕事だ。
期待していた死神候補もとい冥界西行寺家の新当主候補は死して封印の中。
手元に置いてみた奇貨は投資の甲斐なく駄貨と成り果て、便利な手駒だった妖忌は子育てに忙殺さており、手に入ったのはくたびれだけだ。

「で、すみません都市王様。私たちは裁きを待っているんですが…」
「あぁ?冥界行き。転生は…先が詰まってるから50年後だ。その間何をしていても構わんが50年後には冥界に戻っているように」
「…よろしいのですか?」
「身体は用意してやれんぞ。幽霊のままだ。死神が文句をつけに来たら妖忌に追い払わせろ。責任は全てあいつに擦り付ける、俺は何も知らん」
「「御配慮、痛み入ります」」

二人の霊魂が法廷を去った後、都市王は深々と溜息をついた。

「…これが権力というものだ。おぬしは馬鹿にするが、そう捨てたものでもないだろう?妖忌」



  ◆   ◆   ◆


その夜に起こった事は様々な噂となって幻想郷中を飛び交った。
いきなり西行妖が巨大化し、幻想郷の東一体が桜色に染まり、そしてそれが消し飛び、数日後には西行寺家そのものが消滅したのだから無理も無い。
されど唯一の生還者である魂魄妖忌はただ、西行寺幽々子が死亡した旨だけを伝えた後、口を閉ざしてその噂話を聞き流していた。

あの出来事で家族を失った者達は二十戸近くに上ったが、彼らもまた、自分の家族が何をしに西行寺家に向かったか容易に想像が出来た為、
愛する人も、家族も、半身も失って老いさらばえた妖忌に事を訊ねるだけの胆力を持ち合わせてはいなかった。



魂魄妖忌はその後、魂魄夫妻が寝泊りしていた小屋にて生活することにした。現在の職務は稗田家の園丁である…筈なのに実態は調理師である。
そして時には人を襲う妖怪を倒し、人を襲う人も倒す、ついでに妖怪を餌にする人間も倒す、人外にして名士を目指す。
幽々子の魂を継いだ彼にとって、人にあらずして人里の信頼を得るのは義務でもあったが、元々思慮深く、しかし明快な性格。それは別段難しいことではなかった。

むしろ難しかったのは久々の慣れぬ子育てのほうだが、都市王の配慮か夫妻の霊魂が戻ってきたおかげで今では何とかなっている。
この配慮にだけは流石に都市王に深く感謝した。しばらくは大焦熱地獄に足を向けて寝られないだろう。
ただ二人は霊魂であるゆえに子育ての実作業がろくに出来るわけでもなく、結局妖忌の忙しさには変わりはなかったのだが。
棟梁を失って意気消沈していた元魂魄一党も二人の帰還に沸き、彼らの生活は魂魄一家の内情を除いてはほぼ元通りのものとなった。


戻ってきたナズーリンと星は、何も問わなかった。毘沙門天から事の顛末を聞いているのかもしれないし、ただ配慮しただけなのかもしれない。
彼女らは相変わらず時々昔の仲間を探しながら、仏神として寺に残り続けるとのことだ。封印を見つけたら斬ってやるとの提案は最後まで拒否された。まことに遺憾な話である。


土蜘蛛と鵺はそれぞれ京に戻り、向かったとの事だった。まあどっちも楽しくやっているだろうが、どちらも迂闊な点が多々あるので、
人間相手にあっさりやられているかもしれない。しかしまあ、それはそれで仕方のない話。妖怪は人間を喰らい、人間は妖怪を退治するものだ。


あのときの鴉天狗をなぜか幻想郷で時々見かけることがある。どうやらこっちに住み着くことにしたようだ。
だが二者はあの時限りの取引の仲、互いにそ知らぬふりを決め込んでいる。もっとも、向こうは年老いて半霊を失った妖忌に気がついていないだけかもしれないが。


都市王によって削り取られた西行寺家跡は、紫によって削られた丘部分だけは土が盛られ、桜が植えられて修復されたものの出入り禁止とされた。
何でも紫が言うには、西行妖が生気を吸い上げる為に気脈を書き換えたことで、幻想郷中の気脈があそこに一極集中しているという事らしい。
紫の事だ、恐らくはいずれあそこを何らかの結界の起点にするのだろう。その結界は幻想郷を守る強固な盾となるに違いない。



いつも通り、竹林近くの小屋の前で妖忌は楼観剣を振るう。斬る事を放棄した妖忌であったが、太刀を手放すつもりは未だ無かった。
抜かずの刃こそ最上。なれば別に太刀を捨てる必要はあるまい。抜かずに威圧するもまた、斬らずの一つ。
まずは太刀を佩き、しかし斬らぬ。まずはそれからだ。老いたとて半人半霊、まだまだ先は長いのだから焦る必要はない。

妖夢はすくすくと育っていた。10年もすれば妖忌をお祖父様、と呼べるくらいにもなる。
かつて義理の息子と、妖夢がどっちの名を呼んだだのと斬り合いをした過去が今は懐かしい。もう娘夫婦と刃を交えることは出来ないのだから。


20年。雇い主である阿礼乙女、稗田 阿爾が静かに息を引き取った。病床に置いても甘味を手放さなかった少女は多分、閻魔の屋敷でも甘味に埋もれているのだろう。
あの日起こった出来事は阿爾には包み隠さず説明したのだが、彼女が死の今際に発行した幻想郷縁起には、西行寺幽々子の名も、西行妖の名も、魂魄妖忌の名も記されてはいなかった。
だからといって、総勢百名近くの死者を出したあの夜の出来事が消えてなくなるわけではなく、里人達の胸に今も残り続けている。
それゆえか半霊を従える幼子魂魄妖夢が里を訪れても、内心どうかは知らないが嫌悪を向けるものはいない。疑心が暗鬼を生む事を誰もが理解したからであろう。


30年も経った頃に、妖忌は紫に乞われて月面戦争に参加した。敵方を斬るつもりは無かったが、紫には恩義もあるしまあ護衛くらいであれば、
と思って参加した妖忌だったが全く当てが外れた。結果は大敗、阿鼻叫喚とはこのことである。攻め入った側であれば文句も言いようが無い。
敵方の棟梁の片割れを足止めするためにやむなく抜刀したが、斬るつもりは無かった為防戦一方。無様にも前に出ることが出来ず後退せぬのが精一杯である。
圧して攻めれば必ず勝てた妖忌はその時初めて、己が守りながら前に出る術を持たぬことに気がついた。なんとも情けなや、未熟である。

生き残った妖怪達がかろうじて退却する時間は稼ぐことが出来、目的は果たせたものの負け戦は悔しいものである。
敵方の棟梁は「月に穢れを持ち込まんとする貴方の剣は美しい」などと賞賛したが、さりとて妖忌はそんなつもりで防戦にまわっていた訳ではないのだから見当違いもはなはだしい。
凛々しい顔立ちながらああ見えて抜けた性格であるのやも知れぬ。そう苦笑すると妖忌の悔しさも幾許か目減りして余裕も出てこよう。

とりあえず返答代わりに負けた者のお約束として捨て台詞でも残そうと考えたが、残念ながら格好よい台詞が浮かんでこない。義理の息子はこういうのは得意であるのだが。
仕方が無いので「我が孫が必ず貴様らに一泡吹かせるぞ」とだけ言い捨てて退却した。なにやら余計に悲しくなった。
されどまぁ、守るために刃を振るうことは何がしか得る物があったように妖忌には思われる。


その後意気消沈した紫が外見上だけでなく中身まで完全に立ち直るまで10年を要した。その間に自暴自棄なのか考えがあってのことなのか、一旦式にした九尾も手放してしまったようで、妖忌は月面戦争時に幻想郷にて
紫の代理を務めていた八雲藍をそれ以降見ることは無かった。出来れば一度全力で手合わせしたかった、などと考えてしまう辺り、未熟である。

妖夢は健康に育っている。妖忌が剣を振るう様を見て己もと思ったのか、剣を習いたいと言い出してきた。
されど妖忌の技は斬る為の業だ。基礎は教えたもののそれ以降は両親に任せることにした。最初から殺人剣を身につけては、軌道修正が難しかろうから。
妖夢がどのような道を選ぶかは妖夢の自由であるが、出来れば斬らずの刃であって欲しいと思う。最初からそうある事を課し続けていれば、妖忌より更なる高みへと行けるであろう。


50年。妖忌の娘夫婦と今生の別れの時が来た。妖夢は人で言えばようやく十、といった頃であろう。寂しくない筈が無い。
三大義務のうち、何とか一つだけは果たす事が出来た父親は「妖夢よ、常に格好よくあれ!」と言って笑顔で去っていった。
男集があまりに馬鹿だったので厳しくならざるを得なかった母親は「己の生き方は己で決めるように」と言って笑顔で去っていった。
両親が涙を堪えて笑顔だったから、妖夢もまた泣くまいとしていたようで、両親が逝ってからもそうやっていた。だから妖忌は一言、「泣け」と命令した。
妖夢が泣かない事を是としているのであれば、逃げ道を作ってやるべきだと、そう思った。涙は湛えるものでも耐えるものでもない。零し、流すものである。
妖夢は妖忌にしがみついて止め処もなく涙を流した。泣く事は生ける者の特権である。存分に泣くといい。


もうすぐ60年。そろそろ花の咲き乱れる季節か、そう妖忌が考えていた所、久々に背後に気配を感じた。
その直後に妖忌の背後の空が真っ二つに割れ、混沌たる空間から八卦をあしらった深衣に身を包んだ、この国では珍しい金髪の少女が顔を覗かせる。
境界の支配者、八雲紫は静かに妖忌に問いかけた。

「西行妖が目覚め始めました。封印の中にあっても年々少しずつ枝を再生しています。封印結界は正常に動作しているものの、十王達は見張りを欲しているようです。…どうしますか?魂魄妖忌」

どうやら、時が来たようである。
還ろうか。




▼35.亡我郷 -甦る魂-~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



魂魄妖忌と魂魄妖夢は連れ立って冥界白玉楼の長い階段を一歩、また一歩と登っていく。
冥界西行寺の持ち家、白玉楼は恐ろしいほど広大な敷地を持つ建造物であった。庭を歩くこと数辰刻。そして屋敷へと続く階段を上ること既に一辰刻。
事前に聞いていた二百由旬は誇張であったが、そんな噂が上がるのもまた致し方ないと思えるほどの広さである。
そして白玉楼階段のどの位置からでも目にできるのが妖忌にとっては懐かしき、妖夢にとっては驚愕を覚えるほどの桜の巨木だ。

「…大きいですね」
「ああ」

少し遅れてついてくる孫娘に妖忌は振り返る。未だ幼い妖夢には流石に堪えるようで、若干息を切らせ気味であった。
つづら折になった階段の折り返し地点で妖忌は立ち止まり、休憩を取る旨を妖夢に伝えた。
ほっとした表情で妖夢は石段に腰を下ろす。


妖夢を冥界に伴うか否かは妖忌にとっては頭を悩ませる命題だった。おそらく妖夢が友人を作る機会を失ってしまうことになると思われた所以である。
冥界には西行寺家を除いて生ける者などおらず、そして西行寺家は仕えるべき相手である。まさか主君の一族と友人となるわけにもいくまいと妖忌は考えていたが、
どうやら現界においても妖夢にはろくに友人がいないようであった。
長寿を誇る半人半霊である。彼女に対する明白な非難や誹謗中傷などはなかったが、人ならざる長寿が友誼を結ぶのはなかなかに難しい。
無論これには妖夢が未だ幼すぎ、大人になっていく周囲と己の変化の差分に柔軟に対応できる下地がない、ということも原因の一つであるのだが。
であるならば、と妖忌は妖夢を伴って冥界へ赴くことにしたのである。

されど冥界は転生を待つ幽霊が一時を過ごす場所。裁きを終えた幽霊が転生までに変化しては裁きの平等性を保てない。
故に冥界とは幽霊が変質することが無い世界であり、半人半霊もその影響を受けるだろうから妖夢の成長はこれまでにまして遅くなるだろう。
だがしかしそれもまぁ悪くなかろうと妖忌は考えていた。成長が遅くなればそれだけ剣の修練に割ける時間が増えるわけだし、そうやっている間に幻想郷が
半人半霊が暮らしやすい環境になるかもしれない。そう考えれば特に困ることも無い。


そこで追憶を打ち切り、孫娘に目をやる。どうやら十分に休憩を取れたようで呼吸も落ち着きを取り戻しているようだ。
幼いとはいえ半人半霊、妖には及ばねど人を上回るその身体能力は回復力とて例外ではない。

「歩けるか?」
「はい、お祖父様」
「良し。後一辰刻ほどだろう…疲れたらすぐに言え。虚勢は欺くべき相手にのみ張ればよい」
「…はい、お祖父様」

一度妖夢の柔らかい髪をくしゃりと撫でた後、二人は再び連れ立って西行妖を目指す。ふと、妖忌は最初に西行妖を目指して歩いていた時を思い出した。
以前西行妖を目指して歩いているときは一人だった。そこで紫と藍に出会った時には己がこんな運命を歩むとは思いもしなかった。
ならば、今回もそうなのであろうか。


妖夢と二人、階段を上り終えて白玉楼正門に辿り着く。そこには先回りしたのか紫が待ちくたびれており、その紫は呆れたような目線を妖忌に投げかけている。

「遅いわね。なんで飛んでこないのよ」
「紫様、これも修練です。ですよね?お祖父様」
「そうとも、足腰の鍛錬を怠れば打ち込みの際に軸がぶれる。刀を振るうにあたって上半身の鍛錬以上に下半身の鍛錬は重要である。よく理解しているな妖夢」
「ありがとうございます!」

そんな師弟なんだか祖父孫なんだか綯交ぜになったやり取りを眼にして紫は溜息をつく。

「…そういうのは暇なときにやって欲しいんだけど。当主もいい加減お待ちかねよ?」
「そういえば現当主について伺っておりませなんだな。どのような方でしょうか?」
「すぐに分かるわよ。…こっちよ、いらっしゃい」

紫に導かれるまま西行寺邸宅の門をくぐり、中庭へと案内される。
中庭には既に人影があった。はて、冥界西行寺のものであろうか?とその人影に目を向けた妖忌は雷に打たれたかのように手荷物を落としてその場に立ち竦んだ。


髪の色こそ黒髪ではなく桜色である。肌もかつてに比べると恐ろしいほど白く、ほとんど血の気を感じさせない。
だが、白絹の小袖と空色系統で合わせた単と衵を薄花桜の帯で纏めた装束。
ふわりとした柔らかい表情。桜の枝を煮詰めた染液のような瞳の色。

「あら紫、その人たちが白玉楼の新たな園丁なのかしら?」

冥界白玉楼の主、西行寺幽々子が春風のような笑みを浮かべて妖忌達を一瞥する。
その顔立ち、その表情を妖忌が忘れる筈がない。
知らず知らずのうちに引き込まれ、目で追わずにはいられないその表情を。











………幽々子様!












妖忌の膝が震える。湧き上がる喜びと困惑に奥歯を噛み締める。目の奥から何かが溢れそうになる。
大きく息を吸い込んでそれを堪えようとしたが一瞬で喉の奥が焼きついて空々になり、張り付いて声すら出ない。
それに反して涙腺は緩む一方だ。ここで涙を流してはただの痴れ者だ、そう思っても止められない。
止められる、筈が無い。

「幽々子、私は年長者のほうに西行妖について注意喚起してくるわ。幼子のほうの相手をよろしく」
「え?ええ。まぁいいけど」

紫の間隙が瞬時に妖忌を飲み込む。
気がついて見ればいつのまにやら西行妖の根元に妖忌は一人立ち尽くしていた。
背後から紫の声が聞こえる。

「それではまた後ほど。貴方が呼ぶまで、誰もここには近づけませんわ」

そう言い残すと紫の気配もこの場から掻き消える。誰も居ない、と分かった瞬間に妖忌の膝がかくんと落ちた。
己をただ一人にしてくれた紫に感謝し、西行妖の元、魂魄妖忌はその場で恥も外聞も無く、六十年来の思いと共に静かに嗚咽した。





  ◆   ◆   ◆





「紫様」

妖忌の声に反応するように細工でもしてあったのか、声をかけた途端に妖忌の前の空間が割れ、八雲紫が顔をのぞかせる。

「もうよろしいのかしら?」
「ええ」

それだけで、二人の間では事が済む。共に西行妖を鎮め、共に月面戦争の苦渋を味わい、共に互いの弱みを見せた二者の間に多くの言葉は必要ない。
…まぁそれはそれでおしゃべり好きな紫は残念なのだが。

「一体、何時からここに?」
「冥界の土に西行妖が馴染んだあたりからね。冥界へ西行妖が移されてから十年程度かしら」
「何故」

伝えてくれなかったのか。そう聞こうとして、既に答えを妖忌は己のうちに見出していた。
それに気付いた紫はされど念押しするように答える。

「貴方は育ち盛りの妖夢を育てなくてはいけなかったでしょうに。二つ同時に傾注できるほど貴方は器用ではないでしょう?」
「…然り」

その間妖忌はその多くの時間を妖夢の相手に費やせたのだから、妖夢がよい子に育ってくれた事を鑑みれば
寧ろおしゃべり好きな紫が五十年も我慢したことに感謝すべきかもしれない。
次の疑念に妖忌は思いをはせ、そして己が感じたままを口にする。

「幽霊ではない。亡霊ですな」
「大正解。やはり貴方の半霊のせいなのか、とも考えたけど幽霊ではないのよねぇ。…その後、半霊とは?」
「残念ながらどうなっているやら。消滅していないのは分かるのですが」
「そう」

どうやら幽々子が亡霊として甦った理由は紫にも分からないようであった。
ならば己が考えても致し方あるまいと志向を放棄しようとした妖忌だったが、不意にある事を思い出す。
甦った、か。

「不死鳥の、羽」
「なに?」
「そういえば、そんなものがあり申した。贋作だそうですが」

一度は幽々子に献上しようとし、しかし「妖忌が守ってくれる間は私は死なないでしょう?」と返され、そのまま長刀の鞘に括り付けたそれはそういえば封印の中である。

「不死鳥の羽か。死して甦る鳥の羽。成る程、その影響も考えられるわね」
「譲ってくれたものは贋作と申しておりましたが」
「本当に贋作だったかなんて今となっては確かめようが無いでしょう?それに贋作だとしても、本物と寸分違わないように作られ、そう願われたのならそれは力を持つものよ」

そう、人が仏の姿を求めて作った偶像に威厳を感じるように、そうあれかしと願われたものは力を持つのである。

「成る程。しかし、亡霊として甦るのでは些か聞いていた話と異なりますな」
「そうね、どの予想も証拠不十分。ならば愛の力とでも思っておくのが一番幸せかしら?」
「それは有り得ませんな。…記憶が無いのでしょう?」
「正解。やはり分かるのね」
「再会を喜んでもらえる程度には好かれていた、と自惚れておりますので」
「人それを謙遜と言うのよ」

こいつの謙遜は最早罪の領域である、と紫は顔をしかめるが、すぐに思い直す。
己が思っても思い人は己を思ってはくれない。だから今の妖忌は謙遜で済ませたいのかもしれない。

「辛ければ園丁を辞退しても良いのよ」
「いえ、やらせてくだされ。わりと庭弄りは好きなもので」
「そう。外見に劣らず中身まで老けたわね」

紫はちょっと悲しそうな笑顔を妖忌に向けた。

「では気をつけなさい。今の幽々子は辛く、幸せな記憶を捨てたせいか人を死に誘う事を厭わないし、それに今の幽々子の力は生前の比ではないわ。私の見立てでは、仕組みは分からないけど半人半霊でも殺せるわよ?」
「それは恐ろしいですな。気をつけるといたしましょう」

些かも恐ろしげな様子を見せずに妖忌は紫の言葉に首肯する。
まったくもう、と溜息をついて、紫は了解の意を示す。

「それでは十王代理として八雲紫が本日より魂魄妖忌を白玉楼の園丁として迎え入れる事を許可します。それに伴い魂魄妖忌ならびにその家族に関しては冥界への永住が許可されます。雇用上の条件に関しては西行寺家に裁量が割り当てられているので私たちには口出しできません…概ねこんなところでしょうか。他に質問は?」
「…冥界西行寺家は幽々子様を当主とすることに不満は無いのでしょうか?」
「彼らも長らく続いた内紛で疲れ果てていてね。そこに亡霊とはいえ圧倒的な力を持った西行寺が現れた。最早彼らには幽々子を転覆させる余裕も、欲も無いわ。以来五十年、ずっとそんな感じ」
「それは重畳」
「けどね、今も少しずつ若い者達は幽々子の能力を恐れて皆冥界を去っていっているわ。いずれ冥界西行寺は幽々子独りになるんじゃないかしら」
「…死を操る能力は、生けども死せども使い手を一人にするのですな…」

かつての、西行寺家の屋敷の再現のようである。されどここは冥界。以前のように権力欲に取り付かれた輩は地獄に落ちてここには来られない。
幽々子を脅かす存在はここには居ないのだ。
浮世浄土にて初めて、西行寺幽々子は安らぎを得られるのかもしれない。

「そうね、でも貴方達がいる。貴方達が残り続ける。そうでしょう?妖忌」
「…」

妖忌は答えなかった。
そのまま幽々子が居るであろう白玉楼邸宅のほうを遠く見やる。

「念のため言っておくけど、幽々子が忘れているならこんな老体じゃなくて外の男と幸せになるべきだ、なんて今既に考えているようならこの場で掻っ捌くわよ?そんな軟弱者は考え得る限り最も苦しみぬく方法で殺してあげる」
「拙者が考えているのは、ただ幽々子様と、妖夢と、紫様と、拙者の安寧のみなれば」

紫の恫喝に、直接妖忌は答えなかった。だが、妖忌が己の安寧を上げたため紫は追及をやめる。
妖忌は紫に嘘をつかない。ならば妖忌は幽々子のために苦しみながら身を引くことは無い筈だ。それを以て紫は渋々了承と成す。

「行きましょう、幽々子が待っているわ」
「…ええ、参りましょう」


幸せだった過去、苦しかった過去、咲き誇る未来、切り開く未来。
四者四様の思いを乗せて、季節は留まることなく軽やかに流れ行く。




▼36.雪月花~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




西行妖がかつて落とされた枝をゆるやかに再生し、参分程度の枝を修復し終えた頃。




「私の紹介した園丁はちゃんと仕事しているようね」

紫は邸宅の中庭から展望できる白玉楼の庭を俯瞰してほう、と溜息をついて杯を傾ける。
月の光に包まれて、冥界の桜が紫の瞳の中で静かに揺らめいている。それはこの世のものとは思えないような美しさだ。

「流石、紫の紹介だけあるわね。お爺ちゃんのほうは優秀だし、孫のほうはからかって飽きないし」
「…程々にしてあげなさいな」

紫は口を押さえて笑う幽々子を見やり溜息をつく。
今の幽々子の性格は生前の幽々子と比べてなんというか思慮深く、なのにいい加減になっている。
誰の影響だ?なんて問うまでもない。飄々とした顔で紫の結界を切っておいてはて?などと抜かす爺の影響に違いない。

「とはいえ不満が無い訳でもないわねぇ」
「どっちに?」
「妖忌。やたら私に『幽々子様、無闇な殺生はいけませぬ』とか、『幽々子様、然様な薄着ではしたない』とか、『幽々子様、多少は運動なさらねば肥えますぞ』とかちょっと五月蝿いのよ」

それは全て幽々子の自業自得なんじゃないかと紫は思うのだが、それはまぁ口にしないでおく。

「正直、孫娘より私のほうに注意を向けてる時間のほうが長いんじゃないかとすら思うわ。何なのかしらね?紫には心当たりはあるかしら?」

問われて、紫は戸惑う。正直にうっかり「貴女を愛しているからよ」なんて答えようものなら記憶の無い幽々子は明日っから妖忌を警戒するだろう。
とはいえ幽々子は見た目に反して他人の表情や仕草に鋭いから嘘や虚言はあっさり見抜かれる。生前からそうであり、それは今も変わらない。
だから紫は嘘にならない範囲で回答となるように慎重に言葉を選んだ。

「彼は娘と孫娘を男手一つで育て上げた漢よ。故に孫娘に手がかからなくなった故の反動ではないかしら?」
「あれ?それって私が妖夢より手間のかかる子って言ってない?」
「お姫様と小間使い、どっちが自分の事を自分で出来るかしらね?」
「ひどいわぁー」

わざとらしく嘆いてみせる幽々子の横顔を見て、紫は軽く眉をひそませる。その様子に気付いた幽々子は首をかしげた。

「どうしたの?」
「ん?…最近死臭がしないなって。悪戯に人を死に誘うのはやめたのね」
「まぁ、妖忌に約束させられちゃったからね」
「あらあら、随分素直ね。惚れちゃったのかしら?」
「…まさか。妖忌ったら、ちょっと死に誘ったくらいで烈火のごとく怒り出していきなり割腹してみせたのよ」
「…」

凄いな妖忌、相変わらずの思慮深い猪武者か。よくもまあ死ななかったものだ。
幽々子はそのときの光景を思い出したのか、顔をしかめて口に手を当てる。

「辺りを血で染めながらぬめる内臓を指して「人を殺すのにそのような力は必要ありませぬ。このように腹の一つも掻き回せば人は死ぬ、死とはそのようなものにございまする。お望みと有らば、どうぞ」って。乙女に対して臓物見せながら刀手渡してどうぞはないでしょう?」

どっちもどっちだ、と紫はあきれ返る。従者を理由もなく殺そうとする幽々子も、殺人をやめさせるために無惨と嫌悪を印象付ける妖忌も。
まぁ、悪趣味で陰鬱な方法とはいえ、それで幽々子が力を振るうのをやめたのなら妖忌も死にかけた甲斐があると言うものだろう。
成る程、他の西行寺が随分と園丁に過ぎない妖忌に敬意を払っていると思ったらそういうことか、と紫は一人首肯した。西行寺家において妖忌はその身を賭して暴君を諌めた英雄という位置づけのようである。

いつまで経っても凸凹な二人ねぇ、と紫がある意味感心していると、その二人の背後から歩み寄る気配が一つ。
中庭に面した廊下に腰掛け、風景を眺めながら杯を交わしていた二人の後ろの障子が恭しく開かれた。

現れたのは噂の渦中にある人、冥界白玉楼の園丁にして西行寺幽々子を主と仰ぐ半人、魂魄妖忌その人である。
その手には塩漬けにされた桜の葉で包まれた餅が山と盛られた盆を手にしている。それを目にした幽々子の顔がぱっと華やいだ。

「そろそろ肴が切れる頃かと思いまして、ささやかながら餅など用意いたしました。お二方のお口に合えばよろしいが」
「あらあら、妖忌の料理が口に合わなかったことは無いわー。んー甘くて美味しぃー」
「…成る程、磨り潰した干し柿で糖の不足を補った餡を包んでいるのね。貴方無駄に料理が上手くなっていくようだけど、貴方の職はなんだったかしら?」
「無論、園丁に御座います。庭にて収穫したものを有効活用するのもまた園丁の役目かと」
「…本当、よく働いているようね。過労で倒れないように注意なさいな。働けるのは貴方しか居ないのだから」
「鍛えておりますれば」

冥界白玉楼の生きた使用人は最初から2人を割っている。すなわち半人と、半人半霊である。
そのなかで実質働いているのは妖忌一人だ。妖夢も祖父の手助けにならんと頑張っているが、未だあまり役にたててはいない様であった。
白玉楼の果てしない庭を手入れしつつ、孫娘の教育と修練に時間を割き、幽々子のわがままに応え、さらにこのような心遣いまで用意する。
妖忌が休んでいる暇はあるのだろうか?他人事とはいえ紫は過労の友人を心配せずにはいられない。

「そうね、妖忌も少しは休んだらいいわ。ほら、座りなさいな」

そう言って幽々子は己と紫の間に腰を下ろすように廊下を手のひらでぽんぽんと叩く。

「いえ、拙者は…杯もありませぬし」
「当主命令です」
「…承りました」

妖忌は静かに腰を下ろす。その妖忌に紫は己の杯を手渡す。流れるようにその杯に幽々子が提子で酒を注ぐ。
紫の杯を渡され酒を満たされた妖忌は困惑するが、左右には含み笑いを浮かべた美女二人。どうやら呑まねば開放してもらえないようだ。
諦めて妖忌は紫の杯に口をつけ、一気に飲み干す。久方ぶりの酒が心地よく喉を焼いて流れていった。

「良い呑みっぷりね。もう一献」

幽々子が更に酒を注ぐ。もうどうにでもなれと妖忌は酒を呷っていく。久方ぶりの酒は少量であってもその脳を焼き、蕩かせていった。
ほろ酔い気分になった妖忌を目にして、静かに紫は微笑んで独りごちる。

「ようやく、目的が叶ったわ」
「何が?」「…何がでしょうか」

ぽつりと洩らした紫に幽々子と妖忌が問いかける。

「こうやって、三人で杯を交わせれば。そう思っていた。ようやく叶ったわね」

妖忌もまた沈黙のまま首肯した。幽々子は随分と易しい願いなのね、と微笑んだ。
幽々子の杯が紫へと渡る。妖忌の杯は幽々子へと移動した。共に、杯を乾かす。

「お二方は」
「何?」「何かしら?」
「幸せでございましょうか」

穏やかな、されどよく通る声で妖忌が問いかける。

「幸せね。日々平穏。事も無し」
「未だゆっくりと幸せには浸れないわね、犠牲を払いすぎた。でも不幸ではないし、いつか幸せになるし、幸せにする」
「微弱ながら、お声かけいただければ何時でもお手伝いいたします」「そうね」

妖忌と幽々子が、未だ月面戦争の後悔冷め遣らぬ紫を気遣う。されど紫の言葉は力強かった。
幾多の犠牲を払い、しかし得るべきものは得た。血の漆喰と笑われようと紫は歩を止めることはない。二人の心配は不要の長物と化すだろう。

紫の杯が妖忌へと移る。幽々子の杯は紫へと移動した。
なみなみと杯に酒を注ぎ、二人それを一息に流し込む。山とあった肴の餅はあっという間に残り数個にまで数を減らしていた。紫が口にしたのは1つだけ、妖忌に至っては一つも口にしていない。

「貴方達は」
「何でしょうか?」「何かしら?」
「私に、…いえ、私はどうすればいいのかしらね?どうすれば、貴方達の優しさに応えられるの?」

おそらく、己の過去を知っているであろう二人に。いや、もしかしたら。



己を、殺したのかもしれない二人に。
されど、誰よりも幽々子に優しい二人に。



何があったのか、と問わずに何をして欲しいか、と問う。
だって、今こんなにも幸せだから。何があったかなんて、どうでもいい。
彼らを動かしているのは後ろめたさではない。それが分かるから、どうでもいい。
それを訊ねる事は、多分彼らの傷を掘り返してしまう事になるのだろうから、どうでもいい。

「今幽々子が幸せであるというならば、特に何も。ただ幸せであれば良いんじゃないかしら?」
「然り。全ての生命は祝福の下に生まれてくる。己を祝福し、祝福され、そして次に生まれ出る者達を祝福しましょう」
「そう…では、そうしましょう」

幽々子は二人の言葉を胸に刻み込んだ。それは一般論であり、そして他愛の無い性善説である筈だった。
であるというのにそれらは乾いた大地に染み込む雨水の如く、幽々子の心の中に吸い込まれていった。
まるで、己が忘れていたものを取り戻すかのように。

「まぁ、さしあたっては」
「「?」」
「呑みましょうか。酒が美味い。これは幸せなことでしょう?」

紫が提子を揺らして微笑む。
つられる様に妖忌も幽々子も微笑んだ。

「違いありませんな」
「妖忌、お餅お代わり」

あっさりと空になった皿を目にして紫は信じられないとかぶりを振った。ありえない、何かの間違いではないのか?

(もう平らげたの!?…幽々子が摂取した栄養ってどこに向かうのかしら?)
(多分西行妖ではないかと)
(成る程。彼女の大食いは西行妖が力を取り戻す過程のひとつという訳ね)
(いえ、生前から幽々子様は大喰らいであります)
(…)

まあいい。幽々子は楽しそうだし、楽しそうに笑う幽々子を見る妖忌もまた楽しそうだ。

「雪見酒に花見酒。悪く無いわね」
「であるならば拙者から見れば花見酒にて月見酒ですな」
「すると私は雪見酒で、月見酒になるのね」
「…喧嘩売ってるの?貴方達」
「「いやいやご冗談を」」

…まあ、いい。幽々子は楽しそうだし、楽しそうに笑う幽々子を見る妖忌もまた楽しそうだ。
ならば己も楽しまねば面白くない。そう判断した紫は隙間に手を突っ込んで酒と肴を手繰り寄せた。
呑もうじゃないか。この幸せを噛み締めながら。




翌朝、西行寺家の者に召喚された魂魄妖夢が目の当たりにしたのは白玉楼の廊下で大の字になっていびきをかいている妖忌と、その腕を枕にすやすやと寝息を立てる紫と幽々子であった。
周囲に漂う酒の香りに魂魄妖夢は一人眉をひそめて溜息をつく。
御盛んですね、お祖父様。





▼37.風花~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





西行妖がかつて落とされた枝をゆるやかに再生し、伍分程度の枝を修復し終えた頃。


「では幽々子様からお許しが出たので、この離れの作庭をお前に任せる。修練と思って好きなようにやると良い」
「分かりました。微力なれど全力を尽くします」

硬い返事を返す妖夢の声と表情に苦笑しつつも妖忌は続ける。

「一月後に、幽々子様が様子を見に来られるとのことなので、それまでは自由にすると良い。この離れも自由に使ってよいとの仰せ。日の庭と月の庭はまた違った表情をみせるから、ここに寝泊りするのも良いだろう」
「は、はい」
「修練だ。あまり時間はないが、肩の力を抜いて色々やってみろ」
「はい!」

妖忌もまた妖夢に背を向けて去っていく。あの普段は些か厳格に過ぎる祖父が修練の為とはいえ一月もの間外泊も自由行動も許可してくれた。
自分の実力を認めてくれたのだと思うと、妖夢の内には嬉しさがこみ上げてくる。
さあどうしようか、白玉楼本宅と同様に枯山水にしようか?それとも水を引こうか?水源も近くにあるし、寝殿造様式の庭も悪くないかもしれない。
いずれにせよ、一月後は桜の季節だ。この離れには桜は無いが、咲き誇る桜に負けないような庭園にしよう。そう妖夢は頭の中で設計図を引き始め、早速道具の手入れに着手した。


妖忌は二、三日毎に妖夢の様子を確認しに来た。
庭の様相には口を出すつもりは無いようで、餅やら団子やらを土産に持って来てはただ妖夢に休憩を進めるだけである。
最初はそれを疎ましがっていた妖夢も、半月ほどで妖忌は妖夢が疲れを感じた頃を狙い済ました様にやってくるのに気がついた。
休憩を取り身体と思考を休めるのもまた業務の一環である、と無言の内に諭されたような気がして妖夢は赤面し、以後は妖忌が訪れる時間は庭のことは心身から追い払ってくつろぐ事にした。


そうやって一月後に完成した庭はやはりというかなんと言うか、白玉楼本宅に合わせたかの様な枯山水である。
山海の様式、立石三石を主山と見立て、敷き詰めた白砂を水と成す。もとよりあった苔生す低岩は島の様相。

ひとしきり庭を見回し、そして離れの縁側、室内と移動した後に幽々子は評論する。

「三分」

その評価に妖夢は内心深く落胆した。全体を見たとき、一部だけを見たとき、どの角度からの視点も問題ないはずだ。
何度も確認したのだ、せめて半分くらいはいけるだろう。そう思っていたのに。

「妖忌」
「なんでしょうか」
「一工程のみ加えて手本を示して見なさい」

幽々子の命に妖忌は腕を組んで渋面を浮かべる。困難と思っての表情ではないな、と妖夢は推測した。
妖夢に駄目出しをするのが嫌なのか、それとも園丁として他人の庭に手を加えるのを失礼と感じたか、妖夢にはその表情の真意はつかめなかったが。

さりとて当主命令。妖忌は熟考した後に妖夢の庭に、抱えられる程度の流水にて研磨された白くて丸い石を三つ、配置する。
共に自然のままの石とは言え、荒く力強い他の石と比較して明らかに場違いな石。妖夢が作り上げた絶妙の和が微妙な線で崩れてしまっている。
だが先ほどと同じようにひとしきり庭を見回した幽々子は、ちょっと感心したように回答する。

「あら、思ったより悪くないわね。六分」

恭しく、妖忌は礼をする。妖夢には訳が分からなかった。



離れにて茶を一服した後、幽々子は修練なさいな、と残してその場を後にした。

「お師匠様、私には何が足らなかったのでしょうか」

幽々子が立ち去った後に妖夢は師である祖父に教えを請うてみる。
妖忌はあまり言葉では多くを語らない。それは言葉では上手く伝えられないと捉えているようでもあり、もしくは人に物を教える器ではないと感じているようでもあり、しかし単に口下手の様でもあった。
だがそれでも孫にすこぶる甘い妖忌は何らかの形で回答はしてくれる。

「作庭、というものは」

珍しく、妖忌は言語で示す事を選んだ。それから妖忌は長いこと沈黙し、熟考し、再度口を開く。

「先に学び、現を取り入れ、主に従い、己を含ませ、然を見出すもの。二つまでは出来ておる、あと三つだ。焦らず精進せよ」

乾いた手のひらで妖夢の頭を軽くなでて妖忌は庭に踏み入る。子ども扱いしないで欲しい、と妖夢は思うのだが、未だ自分が至らぬ身であることは証明されてしまったし、
それに物心つく前から記憶に残っているこの優しい手が妖夢は好きだった。
己が配置した石をどかそうとしていた妖忌を妖夢は引き留めた。そうかと妖忌は語り、名残惜しかろうが帰ろう、と続けた後に歩き出す。
妖夢もまた、一月を過ごした離れに静かに一礼してそれに続いた。

一度だけ、離れを振り返る。早く、三分の差の意味が理解できるようになりたいものだと。


  ◆   ◆   ◆


帰り道、隣に並んで歩く祖父の機嫌が普段より良いものである様に妖夢には思われた。
幽々子の評価は厳しかったものの、妖忌は妖夢のその庭にある程度の成長を見出したのだろう。
その後の教えも妖忌にしては随分と噛み砕いたもので、妖夢にも分かりやすい提示だった。
今なら、長年の疑問に答えてもらえるかもしれない。

「お祖父様」
「何だ?」
「お祖父様は…」

言葉を切る。妖忌は急かしもせず、歩みも止めずに静かに次の言葉を待つ。

「お祖父様は、私にどうして欲しいですか?私はどうあればいいのでしょうか?」

剣を学びたいと言ったとき、妖忌は表情を変えなかった。園丁の仕事を学びたいと言ったときもそうだった。ただ、「そうか」と頷いて、激励もせず、難色を示しもしなかった。
妖夢には、妖忌が何を己に望んでいるか分からない。園丁として跡を継ぐことか、それとも剣士として大成することか、はたまた単なる幽々子の従者か。
もしかしたら、妖忌は妖夢には何も望んでいないのかもしれない。たった一人の家族にそう思われていると考えると悲しくなる。

妖忌はまた長いこと沈黙していた。そしてはたと一度歩を止めると、すまなそうな表情を妖夢に向けた。

「すまんな、妖夢」

最初の妖忌の言葉はそれだった。やはり妖夢には何も望んでいないのだろうか?妖夢は胸に棘の痛みを感じる。

「長らく刃として生きてきたゆえ、己の生き方、考え方をお前に押し付けたくなかった。お前が己のようになってしまうのが嫌だった故に何も語らずにいたが、それが口惜しかったか」

妖忌は足を止め、目を細めて妖夢を見やる。

「三つ。一つはお前の生在ること。二つはお前がお前の望む道を歩むこと。三つはその上で強く、優しい娘であって欲しい。それだけだ」

そう語るとまた手のひらで妖夢の頭を軽くなでて歩き出す。
ちょっと己の望む答えとは違ったが、愛されている、それだけは妖夢にも分かった。
小走りで妖忌に追いつき、隣を歩く。

「妖夢、どんな道を歩みたい?」
「何故、刃としての道を拒絶なさるのでしょう?刀は、刃であるのでは?」

妖夢は質問に質問で返す。その問いに妖忌は顔をしかめる。それは妖夢の無礼をとがめるのでなく、それを語るのが苦しいと言わんばかりの表情であった。
失礼しました、と続けようとした妖夢の先を制して、妖忌が口を開く。

「刃、というものは」

妖夢は静かに次の言葉を待つ。

「攻める物。責める物。傷つける物。痛みや死を以て相手を退かせるものである。痛みは人にとって必要なものではあるが、刀は些か鋭すぎる」

それだけ語ると、妖忌はそのまま口を閉ざした。
それはなんて当たり前の回答。されどそこに妖夢は師父の深い苦悩を読み取らずにはいられなかった。
多分祖父は刃として生き、そして何か失敗を犯したのだ。だから妖夢に同じ道を歩んで欲しくないと考えている。
それを妖夢は言葉ではなく、剣士の共感として感じ取った。

「それでは」

妖夢は遅まきながら妖忌の問いに回答する。半ば脊髄反射的に得た答えだったが、己の気質にも、
また己の願いにも即した回答であるように思えた。

「私は盾となりましょう。盾となって、お祖父様や幽々子様をお守りしましょう」

その回答を得た妖忌は妖夢を見つめ、目を瞬かせた。ちょっとてらい過ぎたか?と妖夢は頬を朱に染めるが、その眼差しは外さない。
妖夢の表情に決意を見た妖忌はそっと、呟く。

「三つ目の望みは、既に叶っておったか」

妖忌の呟きが妖夢の耳に入る。
気恥ずかしさに萎縮した妖夢は歩みを遅め、赤く染まった顔を見られないよう妖忌の斜め後ろを黙ってついて行った。




▼38.繋がり紡がれ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



西行妖がかつて落とされた枝をゆるやかに再生し、八分程度の枝を修復し終えた頃。



魂魄妖忌はただ一人、西行妖の下に座して眼を閉じ、静かに物思いに耽る。
このところ、そうやってすごす時間が増えてきた。それは孫娘が着々と成長する様を目にしたからでもあり、
そしてまた妖忌自信が白玉楼庭園の何たるかを理解しつくし、手入れの時間に余裕が生まれたからでもある。
ここに来ても己の半霊を感ずることは出来ないが、それとは別に失われた半身を何かが満たしているような奇妙な感覚が妖忌を包んでいる。


                          …オイデ…


                斯様な距離だと言うのに、随分としおらしくなったな。


妖忌は安心とも不満とも取れる溜息をつく。参分の再生を越えたあたりから幽かに声が聞こえるようになっていた。
だがその声は以前に比べてはるかに小さい。手加減、というものではないだろう。それをする理由が無い。
ならば封印の影響か、死の恐怖を与えた妖忌を恐れているのか、はたまた花のない今では力を発揮できないか。
いずれにせよ、西行妖は微力ながらも未だ人を死に誘い続けている。



                           …シネ…


                     …やかましい。というか己の若さを返せ。


はてさて、こやつをどうするべきか。
ここは冥界白玉楼。冥界西行寺は皆既に地上に降り、西行妖が死に誘うべき生ある相手は今や二人しか居ない。すなわち、妖忌と妖夢、この二人だけだ。
声が聞こえるようになって以降、妖夢には西行妖に近づかないように厳命してある。だからこのまま放置しても何も問題はないのだが…



                          …ヨウム?…


                         …いま、なんと?



それっきり、耳鳴りと言うよりも魂鳴りとでも言うべき西行妖の声が聞き取れないほどに小さくなる。
驚いた妖忌が目を開けると、まさに魂魄妖夢がこちらへ向かって歩み寄ってくるところだった。
ひょいひょいと軽やかに遠方まで張った西行妖の根を避けてくる様は妙に歩み馴れている。

「…危険ゆえ、ここには近づかないように厳命してあった筈だが」
「申し訳ありません。ですが幽々子様がお祖父様を探しており、お祖父様がここに座しているのが眼に入ったので」

軽く頭を下げる妖夢を見て、妖忌は苦笑した。

「正直に申せ。ここに来るのは初めてではないな」

隠していた事実を指摘されて妖夢は所在無さげに萎縮する。

「も、申し訳ありません。その…なんというか」
「叱責するつもりは無い。危険を感じなかったのであろう?…さておき、声を聞いたことは?」
「声…ですか?誰のでしょう?」
「そうか…」


西行妖は、魂魄妖夢には優しかった。

そうか。
そういうことか。


「幽々子様がお呼びとは、急ぎの用か?」
「いえ、さほど急いでいる様子はありませんでしたが」
「では、少し話がある。座れ」
「よろしいのですか?」
「構わぬ、どうせ腹が減ったとかそんなものだ。叱責は己が受けるゆえ、妖夢は知らん顔を決め込め」

腰を下ろすのを妖夢は一瞬躊躇った。妖夢にとって、西行妖の下は妖忌の居場所であったからだ。
西行妖の下に佇む妖忌は、まるでそこにあるのが当然、いないことが不自然であるとばかりに風景に溶け込んでいる。
そこには、己が介入するすべきではない。そんな風に妖夢には思えたのである。

だが片方は座し、片方は立ったままでは話がしづらい。結局は妖夢は妖忌が指差した位置―妖忌の隣―に腰を下ろして西行妖に寄りかかった。腰を下ろして、はて?と妖夢は首をかしげる。
幽々子の呼び出しを無視するくらいだから大事な話でもあるのだろうと妖夢は思ったが、この位置取りではいちいち横を向かねば相手の顔が見えない。
相手の顔を見ずに重要な話をする祖父ではなかった筈だが…

「己が死んだら、妖夢はどうする?」

…とんでもなく重要な話がきた。弾かれたように妖夢は祖父の横顔を見る。
その顔は正面を見つめたまま、茶話でもするような表情である。

「そのような…」
「必要なことだ。老いた者から先に死ぬ。ならば何時かはせねばならない話、先送りにする意味もない」
「でも」

お祖父様は、まったく年をとらないじゃないですか、という言葉を妖夢は飲み込む。
老人だから変化が分かりにくい、というような類の話ではない。現界で六十年、冥界で三百年。妖忌は妖夢と異なりまったく齢を重ねる様相をみせなかった。
半人半霊にあるべき半霊が存在していないことが原因か?などと色々推測した事もあったが、結局妖夢に分かったのは妖忌が年をとらないと言う事実だけだ。
だから妖忌が老衰で死ぬとは妖夢には思えなかったが、さりとて妖夢も妖忌も剣士である。
今が平穏とて何時戦に巻き込まれるか分からない以上、話をしておくべきかも知れないと考えた妖夢は妖忌の問いに答える。

「お祖父様の分まで、幽々子様をお守りします」
「何故」
「何故、とは?」
「妖夢には命を賭して幽々子様を守る理由はあるまい?この己が幽々子様に従っているから妖夢もまたそれに倣っているだけだろう」
「それは…」

妖夢は口篭る。

「妖夢は幽々子様に忠誠を捧げても良い、と思えるだけの何かを見出しているか?あのように我侭で大飯喰らいで後先考えず死を撒き散らそうとするわ装束は着流してろくに纏めようともせずにひどい時には…」
「も、もうその辺でやめてあげてください」

流石にこの場に居ないとはいえ幽々子が哀れになり、妖夢は何時途切れるとも知れぬ妖忌の口を遮る。
そうしたところでふと妖夢の内に一つの疑念が湧いてくる。妖忌は何故幽々子に仕えているのだろうか?
三百年前に紫と妖忌の会話を立ち聞きした時の記憶が確かならば、妖忌の目的は理由は不明なれどこの樹を見張ることのように妖夢には解釈できた。
だが妖夢には甲斐甲斐しく幽々子の世話を焼き、時には幽々子の不快を恐れずに忠言し、影に位置して幽々子を守る妖忌の様はまさしく忠臣のそれのように思われるのだ。

「お祖父様は、何故幽々子様に仕えているのでしょうか?」
「語れぬ」

そう質問されるのを予期していたのだろう。淀みなく妖忌は答えを返す。
斬って捨てられたような表情の妖夢を見て、付け足しが必要だろうと感じた妖忌は慌てて言を連ねる。

「上手く答えられぬのだ。あらゆる感情が混沌と綯交ぜになっている。卑怯な物言いをすれば命運を知った、と言うことになるのだが…」

やはり説明することが出来ぬな、と妖忌は口を閉ざす。
その綯交ぜになった感情の中で最も強い感情が何か妖忌は自覚しているが、それを妖夢に語るのはやはり気恥ずかしかった。家族とて、それくらい秘密にしたって良いだろう。

「まあつまり、己にとって幽々子様は主だが、妖夢にとっては―少なくとも今はまだ―主ではない。であるならば己の主を探すも良し、もしくは己自身を主と頼むのも良し、だ。妖夢にはそれだけの気骨がある」
「…」
「迎合するな。流されるな。両親の言葉を忘れたか?」

妖夢は長いこと沈黙していた。未だ人間で言えば十を軽く超えた程度の妖夢には難しい問題である。

「性急に答えを出す必要はない。ゆるりと考えよ」
「…ですが」
「ん?」
「主かどうかはともかく、私は幽々子様をお守りせねばならないと思います。お祖父様と同じく、上手く説明は出来ませんが」

時折、幽々子は妖忌の居ないところで沈んだ面持ちで居ることがある。それは妖夢にとって今にも散ってしまいそうな桜を連想させた。
そしてその表情は、驚くほどに妖忌が西行妖の下で浮かべている表情に似ているのだ。多分この両者には妖夢の知らない因縁があるのだろう。
家族であり、今やろくに斬らぬ刃である妖忌を未だ及ばずとはいえ守ると妖夢は定めた。その妖忌が幽々子を守りたいと願っているなら、それも含めて守ってこそ盾であろうと妖夢は考える。
そういう意味では、妖夢にとって幽々子は主ではなく家族の延長である。主を家族と公言することは出来なかったため、妖忌に倣い口を閉ざしたが。

「そうか…」

妖忌は妖夢の目を覗き込んだ後、妖夢から視線を外し、天頂を見上げる。
つられて妖夢も上を見る。二人の上に広がるのは、八部程度の枝を再生した西行妖が広げる枝葉の天蓋。
花は咲かねど、葉ずれの隙間から光を漏らす淡緑の揺らめきは、見るものに十分その美を印象づける。

「西行妖を満開にしてはならん。必ず、毎年枝を落とせ」

多分、祖父は重要な事を話し始めたのだ、と妖夢は理解し、佇まいを直してその一言一句に傾注する。
用心の為であろう、その季節に西行妖がつけた蕾全てを十と見立てたとき、必ず妖忌は一分程度の蕾を落としていた。損傷に弱い桜の枝を傷つけて大丈夫なのかと妖夢は危惧していたが、流石は妖怪桜。
蕾が花を咲かせずに散る頃には落とされた枝も修復されている。寧ろ本来ならば桜が散り終わるであろう頃に、丁度落とした分のわずかな枝の再生が終わるように妖忌が調整しているようにも思えた。

「何故でしょうか?」
「満開の西行妖は、幽々子様を殺すからだ」

祖父の言が意味するところを、妖夢は図りかねた。なにせ幽々子は亡霊であるのだから、既に死んでいる者がどうやってこれ以上死ぬと言うのだろうか?
だが妖夢が質問を投げかけるより早く、妖忌が次の言葉を発する。

「幽々子様に人を殺させるな。幽々子様本人すら気がついていないが、人を殺すたびに幽々子様は心を痛めていく」

これもまた妖夢には信じられなかった。幽々子はなんとも無しに花を摘むような感覚で人を死に誘おうとする。
もっとも事あるごとに妖忌が邪魔をしているため、妖夢自身は幽々子が殺害を完遂するところを未だ見たことがないので何を馬鹿なと言うわけにもいかないのだが。
それに妖忌の割腹以降、幽々子はその力を殆ど振るわなくなったし、既に冥界西行寺は生者は他に誰も居ない為、もはや幽々子が力を振るう対象など妖忌と妖夢しか居ない。
ちょっと主の内面を美化しすぎなんじゃないかとも思ったが、されどまぁ主に人を殺害させるな、と言う内容は至極真っ当であった為に静かに妖夢は頷いた。

「盾を志すなら、決して砕けるな。刃は折れ、曲がっても武器ではあるが、砕けた盾は最早防具ではない。その道は、刃であることより厳しい」

その言葉を妖夢は真摯な面持ちで受け止める。それは、己を超えて見せろという妖忌の願いであるのだろう。
それに関しては似た様な話を既に紫から聞かされていたので妖夢は真剣な面持ちで首肯した。曰く、大陸の西のほうでは、盾に己の家紋を刻むのだと。
それは誇りであり、決して砕かれてはならないのだと。

「最後に、お前が幸せになる事を忘れてはならぬ。幽々子様を踏み台にしてでも、妖夢は幸せにならねばならぬのだ。決して、忘れるな」

今までの事は全ておまけ、と言わんばかりの強い感情の篭った口調に、妖夢は一瞬戸惑った。

「妖夢の命は妖夢だけのものではない。己と、妖夢の両親と、紫様と、拙者の仲間達と、十王と、土蜘蛛と、鵺と、毘沙門天と、御阿礼と、そして幽々子様の願いを背負っていることを、決して忘れてはならぬ。我らが皆、等しくお前を愛している」
「…」
「忘れるな。妖夢の命は、それらの積み重ねで出来ている事を。妖夢の前に姿を現すことが無い者達とて、その想いは決して変わらない」

祖父の顔を見る。その顔は信じられないほどに澄み渡っていて、その表情が今口にしたことが誇張でない事を裏付けている。
挙げられた者達の半分近くは心当たりがないが、顔を知りもしない数限りない者達に支えられて、今妖夢は此処に生きているのだ。それだけは、理解した。
かつて祖父が自分に何も求めていないのかも、と考えていた自分が恥ずかしい。魂魄妖夢は、こんなにも祖父に、祖父達に愛されている!

「以上を忘れるな…さて、幽々子様がお待ちだ。そろそろ向かうとしようか」

話は終わった、と妖忌は立ち上がる。遅れて妖夢も立ち上がった。

「幽々子様の用が終わったら、一つ技を見せよう。己の物にしてみせよ」



                          …!?…



はて、今何か聞こえたような?と妖夢は首を傾げるが、妖忌は気にしたような風もなくそのまま妖夢に背を向けて歩き出してしまう。
気のせいか…

しかし、妖夢には色々と分からないことばかりだ。なぜ、妖忌は西行妖を危険と言っていたのか?
幽々子様が死ぬとはなんなのか?本当に幽々子様は殺人を忌避しているのか?
何故祖父は突然こんな話を始めたのか?
何故普段は技は盗むものとばかりに黙する妖忌が技を伝授してくれる、などと言い始めたのだろうか?
愛されている事は理解したけど、それ以外は何一つ分からない。
だが、それは全て己が未熟なせいであろうから、いずれ大成すれば分かるに違いない。私は、まだまだ成長するのだから。

そう未来の自分に思いを馳せ、妖夢は妖忌の背を追って歩き出した。
ふと、思った事を口にする。

「直々に伝授していただける、ということは活人剣でしょうか?」

殺人剣を厭う妖忌がわざわざ伝授してくれると言うのだから、生かす、守るための剣技かと思っての妖夢の発言だった。
だがしかし、ふむんと妖忌は顎をさすり、妖夢を振り返ることなく返答する。

「いや、どちらかというと落枝剣だな。庭の手入れに役立つだろう」

益々、妖夢は祖父の考えが分からなくなった。





▼39.墓守の夢~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




西行妖がかつて落とされた枝を完全に再生し、しかし未だ花をつけないことが判明したその年。

「やはり、来たわね」

八雲紫は白玉楼階段の麓にて魂魄妖忌を待っていた。いや、それは間違いだ。
本当は八雲紫は魂魄妖忌が視界に現れない光景をこそ、ずっと望んでいたのだから。
待ちぼうけで終わって欲しかった。されど魂魄妖忌は静々と階段を下りてくる。

「これは、紫様」
「正直に答えなさい。何故幽々子を置いて貴方は白玉楼を去ろうというのかしら?」
「幽々子様を置いていくつもりなどございませぬ」
「次に詭弁を弄したらその舌を抉り取る」

隠しきれないほどの、いや隠す気のない怒気を漂わせながら紫は静かに宣言する。

「語りなさい!何処に貴方が幽々子の下を去る理由があると言うの?!」

そんな紫を目の当たりにしてもなお、妖忌は決意を讃えた表情を揺るがせない。

「紫様、拙者は思うのです。あの日、拙者が遅れたばかりに幽々子様はその命を投げ出した。…ですが、拙者が仮に間に合っていたとしても、拙者は幽々子様の心を救うことが出来たのか?と」
「…」
「幽々子様は刀である拙者に、刃以外の存在価値を見出してくださった。ですが拙者は己には殺すことしか出来ないと語る幽々子様にかける言葉を持ち得なかった。ならば仮にあの時に間に合っていても、その後に待ち受ける結末は同じだったでしょう」
「それは…そんなこと」
「拙者はあの時、幽々子様の問いを、愛しているというその事実で塗りつぶしただけだったのです。その答えで幽々子様は拙者と、拙者の家族のために生きてくださった。ですが、幽々子様は幽々子様のためにも生きなければならなかったのです。そして、それを伝えるだけの言葉を、未だ拙者は持ちえずにいる。自らの美しさを否定する花に、どうやればそれを伝えられるのか。紫様は御存知でしょうか?」

紫には答えられない。一人一種族である紫が、自分自身を否定する事などありえないのだから。
語りえぬものについては沈黙せざるをえない。

「幽々子様にかけるべきだった言葉を未だ見つけられずにいる拙者は、然様なまま幽々子様の傍にいてもまた同じ失態を繰り返すかもしれない。だから拙者は答えを求め、広き世界へと赴くのです。今度こそ、幽々子様に正しき答えを返せる拙者であるように。これが一つ目の理由」

妖忌は己にかみ含ませるかのように語る。紫は声を発することなく、続く妖忌の声に耳を傾けている。

「二つ目に、西行妖。かの桜は幽々子様と繋がった影響か、己の心を持っている。そして一緒くたに封印したせいか、彼奴めは拙者とも繋がっているようでもあります」

背後を振り返り、そこに屹立する西行妖を一度見やって妖忌は語る。

「妖夢が彼奴に近づいたとき、彼奴は死を撒き散らすのを止め申した。つまり拙者を通して彼奴めは三百六十年間、妖夢の成長を目の当たりにしていたのでしょう。そして、妖夢の命を尊いものと理解した」

だから、西行妖は魂魄妖夢に死の誘惑を向けない。

「されど彼奴が尊いと思っているのはあくまで妖夢の命のみ。全ての命が尊いものであるとは把握してはおらぬのでしょう。生者の居らぬ冥界にあってはこれ以上は望めない」
「だから貴方が目となって、外界に赴くと言うの?」
「然様、数多くの生者を目にし、全ての命は祝福されるべきものであると知ればあの桜はただ美しいだけの桜に戻り申そう。いやはや、死さえ撒き散らさねば彼奴は美しい。誰もが彼奴を目にすればこう思うでしょう。すなわち

『来年もこの美しい桜を見るために、今年死ぬわけにはいかないな』

 と。死をもたらす筈の桜が、生をもたらす桜となる。素晴らしいことでは御座いませぬか?」
「そんなこと、実現する筈はない。妖怪が業から逃れられる筈はない」
「では、何故紫様は一度、藍殿を手放したのでしょうか?」
「…手放して、しかし彼女は私の元へと戻ってきた。それが全てよ」
「彼女は、絶望して貴方の元へと戻ってきたのですか?」

気づいていないな、と妖忌は内心で静かに嘯く。妖忌の見たところ藍は既にその業とやらを克服しているように思えたのであるが、紫は唇をかんで妖忌を睨みつけている。
心の中は己の専門外だが、あのように数多の軍勢に追い立てられてなお希望を持てるものが何処にいるというのだ!と言わんばかりに。

「…人の生が、美しいもので満たされている筈はない。幸福と不幸、どちらが多く野に転がっていると思うの?貴方が、西行妖が最も多く目にする物が希望である筈がない!」
「で、あるならば、拙者が希望を示しましょう。…もっともその方法を探す為に旅に出るのですから、最初は全て手探り体当たりになりましょうが。絶望の中にだって希望はあり申す。なんと言いましたか、そう、天地自然を表す白と黒の喰らい合う双魚。ほれあのように」

白の中の黒、黒の中の白は確かに存在する。だがそれは小さきもので、捕らえる事ははなはだ難しかろう。

「西行妖のために、貴方がそこまでする必要があるの?幽々子を差し置いてまで」

まるで幽々子よりも西行妖の方が大事である、とも取れるような発言に紫は眉を跳ね上げる。
だが、それを意にも介さずに妖忌は微笑を浮かべる。

「幽々子様を差し置いているわけではありませぬ。御存知の通り、今の幽々子様と西行妖は生前よりはるかに強い繋がりを持っている。おそらく今の幽々子様が人を死に誘うのに抵抗がないのは西行妖の影響でありましょう。拙者は、幽々子様に殺人を犯して欲しくない」

その推論は紫の推論とも一致していた為、紫は再び沈黙する。そして沈黙した紫に一度頷いて、更に妖忌は続けた。

「それに幽々子様は西行妖が人を殺す妖樹になってしまった事を嘆いておられた。あやつを人を殺さぬ桜に戻すことは幽々子様の悲願を叶える事でもありますし、もし西行妖が人に感動を、生きる力を与えられるようになればそれはそれで先に挙げた理由に対する一つの解となりましょう。能力如何に問わず、幸せをもたらすことが出来るのだと。これが二つ目の理由」

もっとも、己の言葉で幽々子様に答える事を諦めるつもりは御座いませんが、と妖忌は軽やかに笑ってみせる。

「最後にもう一つ。幽々子様と約束しておりますので。共に旅に出ようと」

そう、西行妖と幽々子は繋がっている。そして妖忌もまた、西行妖と繋がっているのだ。それの意味するところはつまり…

「ならば幽々子も連れて行けば良いでしょうに。いくら心が繋がっているからと言って、幽々子を置いていく理由にはならないわ」

そう反論する紫に妖忌は静かに首を振る。

「未だ地上には死を操る能力も、亡霊も心安らかに生活できる環境が御座いませぬ。拙者が幽々子様を伴って旅に出てしまっては幽々子様が冥界に永住する権利と共に安住の地も失われてしまうでしょう。冥界の幽霊の管理を行っているからこそ、幽々子様は冥界に永住でき、そして安らかな生活を送れるのですから」

帰る場所あってこその旅だ。帰る場所を失って、幽々子に永遠の放浪をもたらす事を妖忌は望まない。
西行寺幽々子が安寧の生活を送れる場所を維持する為に、西行寺幽々子は冥界を離れる事ができない。
だから、その心の一部だけを連れて、旅に出る。

「今しかございませぬ」

妖忌は言を重ねる。

「妖夢は、立派に成長いたしました。今の妖夢であれば万難を排して幽々子様を御守りしてくれることでしょう。ですが妖夢とていつまでも幽々子様の傍に居るとも限りませぬ。いずれ惚れた男の一人や二人出来るかもしれませぬし、己の道を見つめなおすかもしれませぬ。そうなれば一本気な娘、幽々子様のお傍には居れますまい。妖夢が未だ幼く、されど既に十分幽々子様をお守りできる力を身につけた今しかないのです」

妖忌には過去の幽々子も今の幽々子もないがしろには出来なかった。妖忌が旅立つのは、何処までも幽々子の為である。だからとて、

「だからといって、貴方がいなくなれば幽々子も妖夢も悲しむでしょう。取り残されたものの悲しみを知らぬ貴方ではないでしょう?」
「無論、それも考え申した。されど、拙者と幽々子様の安寧のために、これは譲れませぬ。拙者は、幽々子様を幸せにしたい。これは永遠の別れではございませぬし、このまま白玉楼に残るより旅に出たほうが幽々子様にとって多くのものをもたらせると判断いたしました。…であれば、留まることなど出来ませぬ。妖夢には少しばかり寂しい思いをさせてしまうかもしれませぬが、これ以上の拙者の存在は妖夢にとって足かせとなりましょう。妖夢は拙者の背を見ておりますが、拙者は刃、妖夢は盾。道が異なるのに拙者の背を見続けるのは、妖夢にとって遠回りにしかならないのですから」

もう、この男を止めることは出来ない、と紫は嘆息する。今も昔も、紫にはこの男を止める術などなかったのだから。
紫の展開するあらゆる結界、防壁をこの男は切り裂いて前へ前へと進むのだから。
だから、

「戻って、来るのよね?」

それだけを、確認する。
男は静かに微笑んだ。

「当然でございましょう。拙者の還るべき場所は、この桜の下以外に御座いませぬゆえ」

そう語り、男は再び歩を進める。
途中、耳を隠すかのような帽子をかぶり、髪を短く切りそろえた八雲藍に出会った。
にやりと笑みを交し合い、されど何も語らずにすれ違う。






そして、六つの眼差しをその背に受けて。男はただ一人冥界白玉楼を旅立っていった。






















40.…人ばっかりでうんざりよ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




季節は留まることなく軽やかに流れ行く。
春雪異変。そう名づけられた出来事がありとあらゆる者達から忘れ去られ、ただ白沢が記す文字の羅列に変わり果てた頃。

ここは冥界白玉楼。
三千世界に冠絶する桜を讃えし大庭園。
今春もまた西行妖が花をつける。

今日もまた来年への期待を皆の胸に残しつつ、西行妖が密かに咲き誇っている。その花はなぜか完全には開ききらず、決して満開にはならないのだけど、それでも他のどの桜よりも美しい。
それは西行妖が生の美しさを知っているからであろう。
生ける者も死せる者も、誰もがその美しさに酔いしれる。来年こそは満開になるかもと、次の季節に思いを馳せる。
だから冥界は常に飽和状態。また今年も転生したくないと駄々をこねる幽霊が多数現れるに違いない。
さらに結界の弱まった冥界は空を飛べる者達にとって、かつて烏の太陽神が地底に開いた花園と並んで花見の二大名所となっており、次から次へと人がやってくる。


冥界の姫君である西行寺幽々子はこの季節、いつまで経っても尽きることのない己の仕事とわらわら集まる群衆に辟易し、傍らに控える庭師に向かっていつものようにふぅと溜息をつくのである。
庭師は幸せそうに微笑みを浮かべているだけで、何も返さない。















西行妖が人を死に誘う明日は、今や永遠にやってくることはない。













―終幕―
まずは、この長文を読んでいただけたことに限りない感謝を。

いや、もう、なんと言うか…。三幕構成の予定が気づけば四話にして全四十章。しかも一幕毎に100kb近くとか。
もう完全に読み手の事を無視した自己満足の世界に突入してしまいました。設定マニアのタガを外すとこうなるという悪例ですね。
しかも需要のなさげなゆゆようきにオリキャラモブキャラ多数と来たもんで、もう完全に地雷です。
私程度の筆力でこの分量は最早申し訳ないレベルではあるのですが、書いた以上は投稿せずにはいられない我が弱さよ。
でも正直一幕書き上げた時点で先を予想して唸り声を上げ、冒頭と尻けずって過去のワンシーンでした、で終わらせようかと思ったのは本当です。ええもう、わりと本気で。
けどまぁ、もう逆に開き直ってしまえばやりたい放題出来るわけで。気合の有無の差が激しい章題つけてみたり、
平安衣装着せてみたり(胡乱な知識なので間違ってるかも)ともうやりたい放題。やっぱり十二単は黒髪ですよね!
…しかしまぁ、話の出来栄えは抜きにして、人間これ位は書けるもんなんですね。今回は推敲中の加筆はあれど削減はなし。ただ、これだけ書いても一幕三幕はかなり駆足気味です。

一幕二幕はダイジェストだけ読んで此処まで来てくれた方は神様です。
のっけからおっさん達の食事シーンという、東方SSにあるまじき冒頭に耐えて全話通して読んでいただけた方は最早唯一神クラスです。
捻りの欠片もない、延々と長い王道ストレートの本作に貴重な時間を本作に割いてくれたかと思うともうほんと感謝の念に堪えません。


で、今作。
時代恋愛小説を目指したのですが、見事に挫折しました。後半に行くに従って、時代感がおかしくなっていきます。ゆかりん関連はそれが顕著、って完全に一幕から駄目ですね。
前作がフレンズだったので、じゃあ今作はラバーズで、という相変わらずの脊髄反射が元々のコンセプト。それにいつか書きたいと思っていた妖々夢を+したのが今作。
東方SSに手を出したならば、誰もが書きたい妖々夢過去話!(私だけ?)されど立ちはだかるはあまりに奇妙で謎に包まれた西行寺家と魂魄家の数字付き公式設定!
こりゃ私程度の才能では何かをブッ千切らねば話になるまい…と言う事で。
ブッ千切りました。妖夢の年齢を。独自解釈でブッ千切りました。そこに違和感を感じた方は申し訳ありません。個人的には
・西行妖が満開だったとき、妖忌はまだガキだった。
・魂魄一家は戦闘民族なので若い時間が長い。
って設定するのが公式設定を守る上で一番違和感ないと思うのですが、どうでしょうね。

まぁ、いずれにせよ、妄想を働かせるのは楽しかった!前作を書いた後から延々と書いていた今作ですが、時間をかけて練りに練った訳ではなく、単に忙しくてキーを叩いていられる時間が短かっただけです。あんまり待っていると春が終わってしまうという事で推敲足らずな作品ですが、少しでもお楽しみいただければ幸い。御意見、御講評いただければなお幸いです。

それでは以下恒例のおまけ。



















「幽々子様、私はようやく悟りました」
「あら、何を?」
「私はずっと、死んでいたのですね」
「そうね」
「祖父がいなくなってから、ずっと、至らぬ身なれど祖父の代わりにならんと心がけてきました。その間に少しずつ、魂魄妖夢はいなくなっていったようです」
「そうね」
「あの生命に満ち溢れた四色の春一番に吹き飛ばされるまで、ずっと私は魂魄妖忌の影だったのでしょう…お恥ずかしい限りです」
「赤と黒と紺と白。実に活き活きとした暴風だったわね。盾があっさりと吹っ飛ばされたせいで酷い目にあったわ」
「申し訳ありません。…ですが、これ以降は不覚を取りませぬ。生ける魂魄妖夢が、幽々子様を御守りいたします」
「五分」
「は?」
「まだ半分よ。と、もともと半人半霊だから二分かしら?完全に活き返るまでは。分からない?」
「…ええ」
「そう、じゃ、集めた春を返してらっしゃい。ちゃんと各地に出向いて均等に春を返して、きちんと謝罪するのよ?」
「ええ!?私に春を集めるように命令したのは幽々子様じゃないですかぁ」
「そうね、悪い命令を下した私は妖夢に謝罪しなくてはね。ごめんなさい」
「は、はぁ」
「で、悪い行いをした妖夢は迷惑をかけた皆に謝罪して回る。誠意を込めて、後腐れがないように」
「…はぁ、では行ってまいります」
「お土産忘れないでね」

「そう、まだ半分。己の意思で行動するようになって初めて生きていると言える、そして」
「己の生き方で人を生かす事が出来るようになって、初めて活きていると言える。…だから、見せてきなさい、魂魄妖夢の生を」
「そして此処で待ち続ける私もまだ半分。いつになれば雪は清水となって、私を外へ運んでいってくれるのかしら。あんまりベガスとかで道草しているといい加減私も蒼天の空に攫われて行ってしまうわよ?
 …でも、それも良し、と多分貴方は言うのでしょうね」
白衣
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コメント



0.2810簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
最初に妖忌の外見が若いことに違和感を持ったまま読み始めましたが、ぐいぐいと作品世界に引き込まれ、気付いたら最後まで辿りついていました。
唐突に鵺や命蓮寺組と妖忌の繋がりが明かされることなどに多少ご都合主義的なものを感じてしまいましたが、オリキャラを含む登場した多数のキャラが短いシーンだけの登場だったとしても、しっかり登場人物として動いていたのでよかったです。
ヤマメや鵺が地上にいるからまだ地底は封印されてないのかなとか、十王が10人がかりで裁判をしてるってことは映姫様もまだ閻魔になってないのかなという風に描写されてない部分も想像出来て大変楽しかったです。
妖忌と幽々子様の再会を期待しつつ次回作も楽しみにしています!
4.90名前が無い程度の能力削除
読んでいて、一瞬U-1の匂いを感じましたが別にそんなことはなかった
と、思う。
ストーリー展開のテンポがいいし(悪くいえばややごり押し感があるとも言う)、エンタメとして十分に楽しめました。
あと、
>ゆかりん関連はそれが顕著、って完全に一幕から駄目ですね。
って後書きにありますけど、むしろときどき世界観をガン無視した砕けた雰囲気が笑えました。
6.100名前が無い程度の能力削除
最初と最後をうまく繋げて物語をしめたのはお見事
幽々子の亡骸とともに半身を埋めたのはなんとって感じでしたがそれを感傷的な1シーンで終わらせず
最後までつなげていったのが良かったです

苦言があるとしたら妖忌を巨大にしすぎた所ででしょうか
ここまで強くしなくても、またここまで出てくる人物達を知り合いにしなくても良かったような
ただこれだけの長編を破綻させず独りよがりにならず楽しめる作品にしたのは素晴らしい
次回作も楽しみにしています
8.100名前が無い程度の能力削除
後書きのベガスで寄り道ってまさか……
14.100名前が正体不明である程度の能力削除
あーうん。素晴らしかった。本当に。
あまりもう創想話にはコメントしたくなかったんだけど、それさえ忘れるくらいね。
妖忌で長編というと、どうしてもアレを思い出してしまうけど、
とても面白かった!
稚拙なコメントだけど許してね。
15.100名前が無い程度の能力削除
ゆゆ妖忌、嫌いじゃないです。何かもう、妖夢の父様が格好良すぎて惚れてしまいました。
18.70名前が無い程度の能力削除
面白かった。
しかし同時に散漫に感じた。
刈り込むべき部分が伸び放題で、その結果でかくなりすぎたように思う。
特に中盤、二章三章は半分以下で良いくらいだろう。
19.60名前が無い程度の能力削除
嫌いじゃない
25.100名前が無い程度の能力削除
kakkoii
omosirokattadesu
26.100唐笠削除
アニメでしたら凄いと思う。マジで面白かった!!
27.100名前が無い程度の能力削除
すべて読み終わった感想は「糞!終わっちまった!」です。
もう少し彼らのお話を読んでいたかったと思えるくらいの作品です。

欠点があるとすれば、やや味付けが濃いので人によっては敬遠してしまうかもしれない事ですかね。

とはいえ素晴らしい作品には変わりはありません。もってけ百点!
31.100名前が無い程度の能力削除
失礼ながら、詳細な感想は後ほどフリーレスにて書かせて頂きたく候。
いまはただ、足りなくもせめて100点を差し上げたいと思います。
34.100名前が無い程度の能力削除
これが2000点割れとかどういうこと
深刻な読み手不足
35.100名前がありそうで無い程度の能力削除
一話から一気に読みきった。
説明し難いのだが、素晴らしい作品だった。
36.100名前が無い程度の能力削除
これは素晴らしい。でも3分。もっと読みたかった。
長編が忌避されるここの空気はどうにかならないものか。
内容さえよければ文章は長ければ長い程よいのに。
41.100名前が無い程度の能力削除
いやいや、魅せられました。
上の方でも皆さん仰られておりますが、素晴らしい作品だと思います。

短編かつ甘い作風の好まれる時勢に、人気があるとは言い難い魂魄妖忌を主に据えての連作。
そういったあたりが読み手を遠ざけているのかもしれませんが……もったいない。
この作品にはそこを越えて余りあるパワーを感じました。
43.100名前が無い程度の能力削除
見事でした。
49.100名前が無い程度の能力削除
長さが気にならないくらい面白かった。しかし妖忌強すぎだろうw
50.100名前が無い程度の能力削除
実にすばらでした。
51.100名前が無い程度の能力削除
 ぶっ通して読ませていただきましたが、クラクラしますねこれ。
疲労のせいではなく、キャラの一人一人が、シーンの一つ一つが脳内で映像になってました。
一気に引きこまれ、文やそれで浮かんだ光景に酔いしれることができました。

月面侵攻のシーンは、相手も褒めた剣の腕、異次元切り(相手を切る必要はなし)の一つでも披露して
やれば良い反応が見られただろうなぁ。
52.100名前が無い程度の能力削除
どストライクでした。
たくさんキャラクターが出て来るのは私にはむしろ物語の厚みを増す要素にも感じられました。

古参ぶるのは好きではないですが、過去に幾人かが挑んだ妖々夢過去話にて個人的に『あの作品』を越えるをものがないとしていた、私の心に新しい風が吹いたのを感じられました。ありがとうございます。
53.100名前が無い程度の能力削除
面白い!いい設定でした
54.100名前が無い程度の能力削除
面白かった。
王道ですね。王道。
56.100名前が無い程度の態力削除
僕の稚拙な文章力では上手く言い表せないですが素晴らしい作品だと思います。
ぐいぐい引き込まれてあっという間に読みきってしまいました。
57.無評価名前が無い程度の能力削除
素敵な物語を見せて頂きありがとうございました
59.100名前が無い程度の能力削除
 前から読んでいましたが、最近思い出して読み返すことに。
ついでに評価とかしていなかったので、忘れないうちにしておきます。
 いや、もう、個人的にものすごい「はまった」作品で、大好きです。
全作通してしっかりとした文章だし、ところどころの冗句なども楽しいです。
 春になって桜が咲くのが楽しみです。美しい桜が咲きます事を。
64.100名前が無い程度の能力削除
読後の余韻が強烈でした。
凄くいいものを読ませていただきました。
65.無評価r削除
52→名前入れ忘れ。今更。すいません。
69.100名前が無い程度の能力削除
もうね、いろんな意味での感動ポイントが多すぎて涙腺結界が何度破壊されたことか……素晴らしい大作でしたね
テンポとかあまり気にせず感情移入出来るかどうか重視でssを読んでいる方なので長さは気になりませんでした
っていうか登場人物の数も加味したらこのぐらい長く書かないとこんなに細やかに描写出来なかったのではないでしょうか
ともあれ、生涯その悲しい宿命を背負わざるを得なかった娘の問いに一つの答えが出て、それから大団円となった事が本当に嬉しかったです
ゆゆ妖忌とかここから需要増えてくれたらいいのに……それと西行妖がシスコン裏ヒロインというのに全面的に納得しました
70.100名前が無い程度の能力削除
自分には語彙力がないので面白かったです、としか言えませんが簡易評価50では勿体無いと思ったので
76.100dai削除
長いのに読んでいても苦にならない作品に出会ったのは久しぶりです。
一人一人が輝いており、素敵な物語でした。
86.100名前が無い程度の能力削除
妖々夢過去編とっても面白かった
魂魄夫妻が個人的に好き
89.100名前が無い程度の能力削除
何故この作品にもっと早く出会えなかったのか 読みおわり、この思いと感動が心の中を占めました 遅くなってしまいましたが素晴らしい作品本当にありがとうございます