霊夢のいない博麗神社。その縁側で、魔理沙は膝をつきガックリとうな垂れる。
「霊夢のフジッコを全部食っちまった……っ!」
◇
博麗神社の台所、その棚に保管されていたフジッコを魔理沙が貪ってしまったのはつい先刻の事である。
昼も近い午前中に博麗神社を訪れた魔理沙は、そこに霊夢が居ない事に気付いた。
昼食の買い出しにでも行っているのだろうと考え、しばらく縁側に座り待機する。
「……帰ってこないなあ。腹減ったぜ」
しかし、既に正午を過ぎたというのに霊夢は一向に姿を見せない。
はあー、と間延びした溜め息をついて、ブラブラと足を揺らしていた魔理沙はすっくと立ち上がった。
足を動かし向かうは台所である。
「こうなったら、私が先に昼食を作っておいてやるか!」
彼女はグッと握った右拳を天に突き上げた。
自分の空腹に耐えられないという理由が主であったが、帰ってきた霊夢が既に用意されている昼食を目の当たりにし驚く様子を想像すると、少しだけ魔理沙にも笑顔が生まれる。
意気揚々と、魔理沙は流し台の下に設置された棚を開いた。素材次第ではどんな昼食を作れるかも変わってくるだろう。
そんな時に――それは。
その塩昆布は、ポロリと棚から落ちてきたのだ。
「……っ!」
魔理沙の思考に電撃が走る。
「これは……フジッコ!?」
視線は既にフジッコへ釘付けであった。ポップな字体で袋にペイントされている『ふじっ子』の文字は、言葉に表せない妖艶な魅力を放っていた。
よく見ると、既に袋の上部が破れている。開封済みだ。
独特の香りが、開封部分からこれでもかと漂ってくる。
「……ふ、ふん。フジッコが何だっていうんだ」
足元に落ちたうま味の宝箱を見ても、魔理沙は辛うじて虚勢を張る。
もはや正気を保つだけで精いっぱいだ。何しろ、フジッコは彼女の大好物である。
三度の飯より一度のフジッコと言わしめる彼女にとって、正気を保つだけでもそれは拷問に近かった。
「う……うぐぐ……」
しかし、そんな彼女の抵抗にも綻びが見え始める。
必死で視線を逸らすが、視界の片隅にはフジッコの放つ光がチラチラと見え隠れしていけない。
だが、それでも魔理沙は自我を持ち続けた。何しろこれは霊夢の好物でもあるのだ、それを私が、まさかこの私が手を付けるなど――笑止千万!
「あまり私を舐めるなあ、フジッコ! その程度の誘惑、私には全く通用しないぜっ!!」
駄目でした。
舐められたのは魔理沙では無くてフジッコでした。
「うああ……」
空っぽになったフジッコの袋を見つめて、彼女の心には後悔と虚無感が渦巻く。
賢者モードと化した彼女にとって、フジッコにそこまでの価値があったのかは分からない。だがこうなってはもうアフターフェスティバル、フジッコは全て魔理沙の胃の中だ。
「どうしてこんなことに……っ!」
世界の終りのような顔をして魔理沙が呟く。
元々は、彼女も霊夢を想って台所に行った筈なのだ。昼食を作って霊夢を待ち、「魔理沙が昼食を?」と驚いた顔をする霊夢を見たかっただけなのだ。
それが今では、帰ってきた霊夢に事態が露呈した瞬間処刑されそうな状況である。
前述したが、霊夢はフジッコが好きだ。勿論幻想郷には売っていないから、紫に頼んで外の世界から持ってきてもらうくらい好きだ。
少し封が開いていたのも、我慢できなかった霊夢が「ほんのちょっと」とつまみ食いをしたに違いないのだ。そんな微笑ましい光景も、魔理沙の心を追い詰める要素の1つである。
「どうすれば……」
縁側に戻って、魔理沙はううむと頭を抱えた。
普段から人の物を気兼ねなく窃盗する彼女も、霊夢から何かを窃盗するとなると気が引ける。……霊夢は特別なのだ。
こつ……
「……っ!」
と――魔理沙の耳に足音が届く。
彼女が境内に目を向けると、そこにはこちらへ歩んでくる霊夢がいた。
たいそう不機嫌そうな表情を隠さない、霊夢がいた。
(……ばれてるか)
自嘲気味に魔理沙は笑った。
まだ霊夢は何も知らない筈なのに、彼女にはフジッコの件がバレているとしか思えない。
彼女も色々と混乱していたのだろうが、それ以上に『博麗霊夢であるから』という根本的な要素も手伝っていた。
「……ねえ、魔理沙」
そして縁側に辿り着いた霊夢は、開口一番そう言葉を向ける。
逃げられない。……いいや、逃げない。逃げてはいけない。
謎なまでに強い漢気が魔理沙の心に湧いた。そして彼女は、霊夢の言葉を遮るように――その場へ土下座した。
「すまない、霊夢っ! 私が……食べちゃったんだっ!」
◇
時は僅かに遡る。
博麗神社の階段を無視し空から境内へ降り立った霊夢は、その不機嫌な表情を隠さない。
「紫の奴……どこにいるのかしら」
スタスタと歩みを進めながら、霊夢はそう独りごちる。
今日の午前中、霊夢はずっと紫を探し回っていた。少しのっぴきならない事情があった訳だが、結局午前中には見つからなかった。
「ったく……収穫なしってのはイラつくわ……」
さっさと拝殿に向かい歩みを進める。既に昼時、空腹が苛立ちを加速させていた。
と――彼女の視界に、魔理沙の姿が見える。
留守にしてたのに神社で待ってるなんて、珍しい。近づきながら霊夢は、「紫を見なかったか」と訊ねようとも思いつく。
魔理沙の顔から死に際の勇気が溢れ出ていたことには気づかなかった。
「……ねえ、魔理沙」
そして、――紫を見なかった? と。
そう言葉を続けようとする霊夢を、魔理沙は遮って。
「すまない、霊夢っ! 私が……食べちゃったんだっ!」
叫んだ魔理沙は、神速で庭の土に土下座をした。
「……は?」
突然の魔理沙の奇行に、霊夢は開けた口が塞がらない。
呆然と立ち尽くす霊夢を尻目に、魔理沙は畳みかけるような勢いで言葉を吐き続ける。
「本当にすまんっ! 霊夢の物だって分かっていたのに、どうしても我慢できなくて……」
「え、いや、ちょ」
流石に意味が分からない。霊夢の頭上がクエスチョンマークで溢れかえる。
一度落ち着こうと、霊夢は努めて考えた。
いったい、魔理沙は何を食べちゃったというのか。話の流れ的に考えると、私は紫がどこにいるのか尋ねようとして――
……え。
……まさか。
魔理沙が紫を……食べちゃった?
「……なんの冗談?」
「冗談なんかじゃない……真面目な話だぜ」
尚更意味が分からない。この際紫が霊夢の物と言われた事は横に置いて、魔理沙が紫を食べてしまったという最大意味不明点を解釈しようと霊夢は考える。
まず、そのままの意味であるとは到底思えないから、何かの比喩である事は間違いないだろう。
そう踏んだ霊夢が、土下座から土下寝へ移行する魔理沙に声をかける。
「あの……魔理沙。訊いてもいい?」
「全部私が悪いんだぜ……」
「いやまあ、その――えっと、もしかして…………性的な話?」
「どこがだよ全然性的な話じゃねーよ!!」
「いや、そんなに怒らなくても……」
土下寝から一瞬で起き上がり、魔理沙は激昂する。
手のひらを魔理沙に向けてそれを抑えつつも、霊夢はなお考えた。
性的な話じゃないとすれば……果たしてどういう意味なのだろう?
別の比喩という事だろうか。一般的に『食べる』の比喩は性的な意味の他、『生活をする』みたいな意味も無くは無いが――今回の件に該当するとは思えない。
……。
……まさかの、直球?
「……そのままの意味、なの?」
「……そうだぜ。私が食べてしまった」
「えー……」
霊夢は完全にドン引きした。まさかの霧雨魔理沙妖食民族疑惑浮上である。
霊夢の様子を見て、魔理沙は何か言い返そうと口を開くが――やっぱりやめる。
それだけ、彼女は反省の気持ちを全面に出していた。
そんな魔理沙の心とは別に、なお霊夢には色々と疑問が湧き上がってくる。
(魔理沙が紫を物理的な意味で食べた――って時点でもう話がぶっ飛んでるけど……)
「……まず、魔理沙はどうして食べたのよ? 理由を聞きたいわ」
「お腹が空いたから」
「軽っ!?」
「あと……どうしてもアイツの誘惑に耐えられなかったんだ」
「やっぱり性的な話じゃないの!!」
「なんでだよちげーつってんだろっ!!」
顔を突き合わせて口論する2人。どちらも顔が真っ赤である。
そうしてお互いの顔を見たからか、2人はハッと気づいたように離れ、恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「……と、ともかく。別の質問してもいい?」
「お……おう」
コホンと一度咳払いをし、霊夢は思考を整理した。
質問したい事は、まだまだたくさん残っている。
「……えっと。じゃあ、アイツをどうやって食べたの?」
「……そのまま貪り食ったよ。我慢できなくて」
「うっ……そ、そう……」
「浅漬けに使ってもよかったんだけどな」
「浅漬け!?」
「ああでも、お茶漬けという選択肢も捨てがたい」
霊夢のSAN値がみるみると下がっていく。いったい私の親友は何を言ってるんでしょうか……
とはいえ、ここでいちいち口論などしていては話が進まない。状況を把握するためにも、ひとまずは質問を続けよう。
「ええとじゃあ……その、どんな味だったの?」
「……え?」
魔理沙が怪訝な表情を向ける。
ああ、と霊夢は頭を抱えたくなった。一体何の地雷を踏んだと言うのだろう……いやまあ、かなり興味の先行した質問ではあるけど。
「……なに? おかしなところあった?」
「いや……つーか、どんな味だったも何もお前の好物じゃないか」
「絶 対 に 違 う !」
断言した。魔理沙の怪訝な視線は困惑のそれに変化する。
「え、ええ……? いや、そんな馬鹿な」
「もう1回言うけど絶対違うわ。三度言うけど絶対に違うわ」
「でもだってお前……我慢できなくなって、あれを破ったんじゃ」
「はい下ネター! やっぱり性的な話じゃないのっ!!」
「何でだよどこが下ネタなんだよっ!!」
またもや顔を突き合わせる。
それから、落ち着いて、離れる。
「……こほん。なんか、会話が噛みあっていないような気がするぜ」
「……そうね」
確かに『破った』というワードだけで過剰反応するのは私が悪かった。
流石に妄想が先行していたと霊夢は反省する。どちらにせよ魔理沙が下ネタでは無いと言っているのだから、そういう訳では無いのだろう。
「ともかく、どんな味だったか教えてよ」
「うーん……まあ、いいけどさ。普通にしょっぱかったぜ」
「し、しょっぱ……」
「あー、あと微妙に酸っぱかったな」
「うわあ……」
普通にしょっぱかったとか言っちゃう魔理沙も中々に酷いなと思いつつ、なんだか納得してしまう自分が悲しい。
そんな感想を残し、次の質問へ移ろうという時――不意に、2人は近くに気配を感じた。
「……っ」
「なんだ!?」
2人同時に、気配の現れた方向に目を向ける。
一見何もない空間――しかし、次の瞬間には空間に切れ目が走り。
紫色の何かが、そこからスッと現れて。
「はあい、霊夢、魔理沙。お元気かしら?」
「お化けだああああ――――――――――――ッ!?」
霊夢が腰を抜かしてひっくり返った。目を見開き物凄い形相を紫に向ける。
そんな霊夢に、紫と魔理沙は怪訝な様子で目を向けた。まさに意味が分からないといった表情だ。
「……なんか、今日の霊夢は様子がおかしいぜ」
「私は知らないけど……霊夢はこんなにビビりさんだったのね」
「い、いやいやいやそうじゃなくてっ! ゆ、紫はたたたた食べられてえ……」
「は、はあ? さっきだって、私がフジッコを食べたって謝ったら意味不明な事を言い始めるし」
「意味不明なのはこっちよっ! 普通、紫を食べたなんて言われたら……って、」
「「え?」」
視線を向けあって、霊夢と魔理沙は硬直する。
「……これはこれは、面白い事をしていたみたいねえ」
紫だけが、笑いを堪えるように扇子を口元に当てた。
一方2人は、未だに状況が把握できないといった様子で、口をパクパクさせている。
「え、いや……フジッコってなに」
「そっちこそ紫って、何の話だよ」
「だって私は魔理沙に『紫を見かけたか』って訊いてた訳で」
「え、ええ? じゃあ私がフジッコを盗み食いしたのは――あ」
思わず魔理沙は両手で口を塞いだ。自分からそれを言ってどうする!
案の定、霊夢は驚愕の表情を魔理沙に向けた。
「ちょ、魔理沙……あのフジッコ食べたの!?」
「……す、すまん」
「いや、すまんも何も、あれ賞味期限1年くらい過ぎてたわよ?」
……。
「……は?」
「私もさっき封を開けてから気付いたんだけどね……だから、こんな不良品を持ってきた紫に制裁してやろうと探し回ってたの」
「それはそれは申し訳なかったわ」
「はあ……もう、制裁する気も失せた」
今度は魔理沙が困惑する番だった。
え、賞味期限が……1年切れ? 数日とかならまだしも――い、1年?
事実を知ってしまうと、心なしか症状は発現するものである。余りにも表現し難い下品な音が、魔理沙のお腹から鳴り響く。
「う……なんかお腹が……」#$%&‘()
「うわやだ、早く厠行きなさいよ!」
「か、借りるぜえー!」
神速で魔理沙が拝殿に突っ込んでいく。さあ間に合うだろうか。
いくら魔理沙とはいえ、こればかりは返してもらわなくてもいいなあ――と切に思う霊夢であった。
◇
「酷い目にあったぜ……」
厠から出た魔理沙は、すっかり意気消沈した様子でトボトボ歩いていた。
あーあ、どうりで酸っぱいなあと思いましたよ! 腐ってるんだもん!
不貞っても自業自得である。深いため息ばかりが魔理沙から零れる。
「あ、魔理沙。収まったの」
「……霊夢」
霊夢にも、何だか気まずい視線を向けざるを得ない。結局のところ、盗み食いをしようとした罪に変わりは無いのだから。
しかし、霊夢は穏やかな笑顔を浮かべていた。怒っている様子は全くない。
魔理沙は一瞬呆然として、それから霊夢に問いかける。
「……怒らないのか?」
「なにが」
「その、フジッコのこと」
「勝手に食べた、ってこと?」
バツが悪そうに魔理沙は視線を逸らす。
ところが、それでも霊夢は笑顔を崩さない。
「……魔理沙はその時、どうして台所にいたの? いつも縁側から動こうとしないのに、」
「え……いや、昼食を作ろうと思って……私と、それから――」
「ほら、ね?」
魔理沙の言葉を霊夢が遮る。それからにっこりと、魔理沙の見とれるような笑顔を見せて。
「さ、まだお腹も調子悪いだろうし、今日の昼食はお粥よ」
「……霊夢、」
「紫も新しいフジッコを持ってきてくれたし、勿論食べるでしょ?」
そっと、霊夢は魔理沙の右手を握る。
一度握られた手を見つめた魔理沙は――しかしすぐに視線を霊夢の目に戻して、小さく笑った。
「勿論」
居間に戻れば、既にお粥の用意を終えた紫がいる。
「なんか、魔理沙は私を食べたいみたいじゃない? だから今日のお粥は、私の入ったお風呂のお湯でダシを取ってみたわ☆」
「無理」
「お出口はあちらです」
何て定形レスはともかく面白かったです。文章作法云々と突っ込むのが野暮だと思ったくらい
面白かったです。
ただ、霊夢が二人いる場面がありましたよ!
塩昆布を奪われたら発狂するぐらい好きですよ俺。
そして後書き。ちょっとどういう事かじっくり話してもらおうか…もちろん写真付きd(ピチューン
ところで、だ。後書きはいったいどういう事なのかね?少し表に出て話そうじゃないか、ん?(
せっかくゆかりんがお粥を作ってくれたのに食べないとは、もったいないから私がいただいて(ry
フジッコのステマですね作者さん!私の今晩のご飯が決まってしまいました!
やっぱりテンポだねー。
クソワロタ