この話は、拙作、「ヤクモラン」から続く、「幽香が咲かせ、幻想の花」シリーズの設定を用いています。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください。
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「よーむー、よーむー、コレ見てくれるー?」
「なんでしょうか、幽々子さ――― 何やってんですかあなたはーっ!?」
……突然大声をあげてしまい申し訳ない。誰に向かって謝っているのかがわからないが、とりあえず、目の前にいる主人に対してではないとだけ申し伝えておく。さて、私が大声をあげた理由は、主人が持ってきた一枚の写真だった。
別に、私のアレやコレといった、とても人様には言えないような姿が映っていたわけではない。むしろそんな物が映っていたならば大声のおまけに抜刀が加わっている。そこに映っていたものは、満開の西行妖だったのだ。
「わかってるんですか? わかってないんですよね? むしろわかってやってるんだったらなおさら性質が悪い。あぁもう、よく見たら幽々子様と師匠の姿まで映って――― え? 師匠? なんでいるんですか? しかもダブルピースとかどんだけノリノリなんですか。いやいや、問題はそこではなくて、幽々子様、西行妖を満開に咲かせたら、幽々子様は無事ではない、はず、で、は?」
相当動揺していたのだろう。自分の言葉に、自分が疑問を向けている。西行妖が咲いた時、封印が解けて幽々子様は消滅するはず。その幽々子様が、満開の西行妖と共に写真に映っている。道理が合わない。一体どういうことだ?
「やったぁ、妖夢だまされたぁ。実は、この西行妖は満開ではないのよ。限りなく満開に近いけど、満開では無い状態。9.9分咲き、といったところかしら。」
「……なるほど。それなら、幽々子様が無事でいるのも頷け―――」
「―――っ、もう駄目、我慢、できなっ! あはははは! もう、妖夢ったら、騙されすぎよ!」
幽々子様が、突然お腹を抱えて笑い出した。遅効性の笑い茸でも食べたのだろうか、なんて分析をしてしまうのは、とうとう私の思考回路がショートしてしまったということだろう。こんな時は頭を冷やすに限る。冷静に…… 冷製スープに…… あぁ、ヴィシソワーズ…… ドロワー―――
「よーむー、よーむー? 目がうつろよ―、かえってきなさーい。ふぅ、私の言葉を信じてくれるのは嬉しいのだけれど、鵜呑みにしすぎるのは困ったところね。」
―――はっ! どうやら向こうの世界を垣間見ていたようだ。向こうの世界? ここは冥界だから、向こうというのは、顕界ということ? どうでもいいか。ようやく気を取り直すことができたのだから。
「悪ふざけが過ぎますよ、幽々子様。とりあえず、この写真の種明かしをしてください。」
「なんでも、天狗が合成写真っていう技術を試してるって聞いたから、やってもらったの。元になる写真をいろいろと加工することで、あたかもその通りに見せるっていう技術だって聞いたけど、ここまで騙しきれるとは思ってなかったわ。」
「つまり、この写真には元になる写真があって、どういうことかはわかりませんが、このような形に加工することができた、ということなのですね。」
「そうみたいね。もちろん、元の写真の西行妖は満開ではなかったわ。あ、でも、私と妖忌の部分はそのまま切り取れるって言ってたっけ。」
切り取る? ということは、元の写真でも、師匠はこのポーズだったということなのか。……じいちゃん株、2割減。
「……ふぅ。」
「どうしたの、妖夢? 何か悟った?」
「賢者ではないです。いえ、春雪異変の時も思いましたが、やっぱり綺麗な桜だなぁと。こんな桜と共に存在出来るなんて、少しだけ、幽々子様が羨ましいと思ってしまいます。」
「ふふふ、ありがとう。でも、結構苦労するものなのよ。放っておくと西行妖が暴走するかもしれないと考えると、どんな時でも気を抜けないわけだし。」
「緩みっぱなしな気がしますが。あ、もちろん良い意味でですよ。というか、西行妖は、意志を持っているということなのでしょうか。」
「意志?」
「例えば、満開に咲きたい、という意志を、西行妖自信が願っているのではないか、ということなのですが……」
いつかの花の異変の時、花には霊が宿ると聞いた。妖力を持つようになったとはいえ、西行妖が花であることには変わりない。もしも、西行妖に霊が宿っていたとしたら。そんな思いから問いかけてみたのだが、はたして……
「幽々子様?」
「……そんなことより、桜餅が食べたいなぁ。ちょっと人里にお使いに行って来てもらえないかしら。」
「幽々子様!?」
話がすりかえられてしまった。なんでこう、重要そうな事は教えてくれないのだろうか。シリアスな空気を一瞬にして緩和させてしまう。それが幽々子様の魅力の一つなのかもしれないが、少しくらい真面目に応えてくれてもいいと思ったりする。
手を合わせてウインクしながらほほ笑みかける、お願いのポーズ。この姿を見せられると、素直に従わざるを得ないと思ってしまう。本当に、この人はずるい。
「はぁ、わかりました。その代わり、帰ってきたら、私の質問に応えてくださいよ。」
「やったぁ。じゃあ、お願いね、妖夢。」
写真で見た西行妖は、合成写真という技術を受けたまがい物だった。それでもなぜか、満開に咲いた桜というものに心魅かれた自分がいた。そういえば、人里ではもう桜が咲いているのだろうか。少しだけ期待をしつつ、私は白玉楼を出発した。
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さっくらっもち! さっくらっもち! 私だって女の子。甘いものを手にして、幸せな気持ちになるくらいの権利はあるはずだ。微かに香る甘い匂いに、油断していると涎が溢れてしまいそうだ。
「知り合いにも気付かぬままにやけ顔でスキップしてまわるとは。女の子だったら、もう少しくらいおしとやかでもいいのではないか?」
「うわぁっ!? い、いつの間に現れたのですか、慧音さん。」
「そちらの方から近付いてきたのだろう。ほら、周りを見てみろ。お前を見て笑ってる人が、結構いるようだぞ。」
我に返って周りを見渡すと、なるほど、こちらを眺めて苦笑を浮かべる者、にこにこと笑っている者、お腹を抱えて大爆笑している者、いろいろな者が目に入った。……大爆笑って何だ? あれだけは、絶対に私が原因ではないはずだ。
「みんなが笑って、お日様も笑って、今日もいい天気だ。」
「すっごくいい笑顔です。なにやら、喜ばしいことがあったと見受けましたが。」
「あぁ、ちょうど昨日、たくさんの桜が咲いたんだ。喜ばしいことじゃないか。」
「桜が? いや、そう言われても……」
桜の木こそあるが、満開の桜は見当たらなかった。百歩譲って5分咲き程度といえなくもないが…… もしかしたら、寺子屋に植えてある桜が咲いた、ということだろうか。
「いや、すまない。桜が咲いた、というのは言葉のあやでな、実際に桜が開花したということではないんだ。」
「はぁ、言葉のあや、ですか?」
「うむ。外の世界では、一つ上のステップに進むための試練に合格した時に『サクラサク』という言葉を送るそうだ。それにあやかって、私は寺子屋を卒業した者を指して、桜が咲いたと言っているのだ。」
「卒業…… つまりは、学び舎を去る、ということですね。」
ふと、西行妖が頭によぎった。桜が咲くと去っていく。開花と共に消えていく。何か、取り返しのつかない事のようで、胸が締め付けられるような感じがする。満開の姿を見たいという気持ち。咲かせたいと思う気持ち。それ以上に、別れたくないという気持ち。消えてはならないという思い。発散した考えを収縮させようとして、そうするたびに心が痛む。西行妖を咲かせよ。もし、今、幽々子様にそう言われたならば―――
「妖夢、大丈夫か? ほら、これで涙を拭いて。」
慧音の言葉で、私は泣いていることに気付いた。差し出されたハンカチを手にとり、目元を拭う。
「申し訳ありません。取り乱してしまいました。」
「いや、私の方こそ、深く考えずに桜の話をしてしまった。妖夢には、特別な桜があるんだったな。」
「お気遣い感謝します。もう、大丈夫です。」
「そうか。……フォローになるかはわからないが、こんな捉え方もあることを知っておいてほしい。桜が咲くということは、一人前になったことの証ということもできるのだ。学び舎を巣立つ、ということは、学び舎で学ぶべき事を身につけた証ということだからな。」
……そういう見方もあるかもしれない。では、西行妖を咲かせることで、私が一人前になれるというのだろうか。……そんなことはない。そもそも、慧音本人が、言葉のあやと言ったのではないか。実際に桜を咲かせたところで、一人前になれるという訳ではないだろう。
「それに、桜が咲く時というのは、新しい出会いがあるものだ。」
「新しい出会い…… もしかして、寺子屋に新しい子が通い始めたということですか。」
「その通り。これがもう、どの子もかわいくてなぁ。」
「えっと、先生、顔が緩んでますよ。これで口元を処理してください。」
「……はっ!? すまない、半分魂が抜けていたようだ。半分? おお! もしかして、私も半人半霊の仲間入りか? いや、ワーハクタクなんだから、四分の一人四分の一獣半霊、というべきか。」
「いや、もう訳わからなくなるんで、そもそも魂が抜けたりしてないですから。」
なんで私の周りには真面目な空気を維持し続ける人がいないんだ。引き締まった心がすぐに緩んでしまう。いやいや、これも修行だ。心技体でいうところの、心の鍛錬だ。
「では、私はこれで失礼します。幽々子様を待たせてしまっているので。」
「桜餅か…… なんだか、小腹が空いて来たな。私も買ってこよう。さっくらっもち! さっくらっもち!」
「あんた人の事言えないだろ!」
スキップしながら去っていく慧音の後ろ姿を見届ける。あ、みんなが笑ってる。お日様も笑ってる。るーるるるるっるー……
……心が折れる前に帰ろう。
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白玉楼に戻ると、桜の木々が満開に咲き誇っていた。出発前とは違う景色に驚いた反面、その美しさに見惚れてしまう。花見の名所として恥ずかしくない景色だと思う。しかし、一体だれがこんなことを? 答えはわかりきっている。
「あらぁ、妖夢、おかえりなさい。」
「ようやくお茶菓子の到着ね。」
幽々子様と幽香の二人が、茣蓙を広げて茶を嗜んでいる。やはり、という気持ちと、何故、という気持ちが交錯して、とりあえず、何故の方を解決しようという結論に至った。
「ただいま戻りました。……これは、一体どういうことでしょうか?」
「どういうことって、こういうことよ。」
「ですから、詳しい話を教えてください。」
「詳しい話って言っても、ねぇ。」
「ふふふ。従者をからかうのはそのくらいにしておきなさい。」
「いいじゃないの、こうしているのが楽しいのよ。」
「幽々子様、そういう発言は、出来れば私に聞こえないところで言って欲しいものなのですが。」
「聞こえてるから言うんじゃないの。」
「あなた、やっぱり見込みがあるわね。」
顔を見合わせてほほ笑む二人。どうやら、ここには私の味方はいないらしい。それでも、まだ私には奥の手がある。
「幽々子様。桜餅。返してきますよ。」
「いやーっ! それだけはダメ!」
「じゃあ、どうすればいいか、わかりますね?」
「……からかって悪かったです。ごめんなさい。」
「よく反省出来ました。それでは、どうぞ。」
「まったく、これじゃあどっちが主人だかわからないわね。あなたたち、なかなかいいバランス関係を保ってるのね。」
半泣きの幽々子様に桜餅を手渡す。何もこの程度で泣く事はないのに。……まぁ、そんな幽々子様の様子が愛おしく思えてしまうのも事実ではあるのだが。
「さて、改めて聞きますが、これは一体どういうことですか?」
「簡単な話よ。美味しい桜餅を綺麗な桜の下でお花見しながらたべたいなぁって思ったから、幽香に頼んで咲かせてもらったのよ。」
「そういうこと。報酬はきっちりいただくつもりだけれどね。」
既に桜餅を頬張っている幽々子様の横で、幽香も手を伸ばす。あ、そういえば、桜餅、2つしか買ってなかった。だって一人増えるなんて聞いてなかったし。あぁ、私の分が…… あぁ……
「あらあら、妖夢の分がなくなっちゃったわね。」
「妖夢、こういう時は、余分に買っておくくらいの気のきかせ方が必要よ。心に留めておきなさい。」
「……はい。心に刻み込んでおきます。」
「そう悲しまないの。代わりといっては何だけど、あなたの為に特別な桜を用意したから。」
特別な桜と聞いて、思わず刀に手をかける。私にとっての特別な桜。その桜が満開に咲くことだけは、決してあってはならない。あってほしくない。
「妖夢。刀を納めなさい。」
「しかし、幽々子様、特別な桜といったら……!」
「安心なさい。西行妖ではないわ。むしろ、私の力で咲かせられるほど、西行妖は甘くない。私が用意したのはこっちの桜よ。」
幽香の示した先には、確かに一本の木があった。西行妖ではなかったことに安堵する一方、いろいろと疑問が浮かび上がってきた。とりあえず、臨戦態勢を解いて、木を眺める。
「これは…… 本当に桜の木なのですか?」
「えぇ。正確には、桜の木を元にして創った花よ。」
「花が咲いていない…… いや、これは……」
「気がついたわね。この桜の花は、幽体で形作られているのよ。」
「私の能力をアレンジしてね、木に宿る霊を半分だけ実体化させる性質を持たせたのよ。言うなれば、半人半霊ならぬ、半木半霊ってことね。」
目を凝らしてよくよく見ると、花弁の部分が銀色に仄かな光を放っている。しかし、はっきりとした形は捉えられず、傍目には枝が伸びているようにしか見えない。
しばらくの間、その桜を眺め続ける。妙に親しみを感じるのは、幽々子様が言った通り、半霊という性質のせいだろうか。まさか―――
「もしかして、この花は、私の?」
「あはっ、気づいちゃった? 実はね、この桜に宿っている霊魂は、あなたの半霊の一部を元にしたものなのよ。」
「だから、特別な桜って言ったじゃない。これまでいろんな花を創ってきたけれど、正真正銘、分身の花を創ったのは、あなたが初めてよ。名前は…… そうね。西行妖にあやかって、魂魄妖、なんてどうかしら。」
「コンパク…… アヤカシ……」
幽香は分身の花と言った。生まれつき、半霊と共に暮らしてきた。ただ、これまでは半霊を自分の分身と捉えたことはなかった。むしろ、私の一部と考えていた。今、こうして半霊が宿った桜を目の前にしても、その考えは変わらない。だが、はたして、この桜自身は、私の一部と言えるのだろうか。
「いいなぁ、妖夢ばっかり。」
「いいじゃないの。むしろ、あなたには西行妖という立派な桜があるじゃないの。」
「だって、西行妖は満開には出来ないわ。魂魄妖はちゃんと満開に咲くことができるんでしょう?」
「ふふふ。それは、この子の気持ち次第かしら。」
そう言って、幽香は魂魄妖に手を触れる。魂魄妖は私の一部である。そう結論付けようとして、私が指名されると、少しばかり期待していたのは自惚れだったのだろうか。
「この子…… 私の、ではなく、魂魄妖自身の気持ち、ということですか?」
「そうね。この子が、満開に咲きたい、と思った時、この子は咲くための努力を始める。そうね、こんな話があるわ。あなた、桜色の染め物は、どうやって作るのか知っているかしら?」
「桜色の? それは…… 桜の花びらを集めて―――」
「予想通りの答えをありがとう。もちろん、答えは花びらから作るのではないわ。桜の木の皮から、というのが正解よ。花が咲く前の桜の木は、花を咲かせるだけの力で満ちている。その力は、綺麗に咲きたい、満開に咲きたい、そういう意志を受けて、桜自身が集めるものなの。……言いたいこと、わかるかしら?」
「つまり、桜自身が、意志を持っているということですよね。たとえ分身だとしても、魂魄妖は、私の意志とは違う、魂魄妖自身の意志を持っている、と。」
「さぁ? そう思いたければ、そう思えばいいわ。少なくとも、私はそういう表現をしているというだけ。実際のところ、意志があるかどうかなんて、私にだって保証はできないわよ。」
まったく。肝心なところはいつも曖昧なままだ。それでも、答えを導くための手がかりにはなった気がする。春度を集めた時は、咲かせたい、という意志のもとに行動した。そこに西行妖の意志があったかないかは、今となっては想像することしかできない。
それでも、咲くことができるチャンスがあったのならば、咲きたいという意志を持ったとしても不思議なことはない。結果として満開にはならなかったが、あれだけの開花をするだけの力が西行妖には秘められていたということだ。その力は、西行妖自身の意志から生まれたものだと考えることはできないだろうか。
……やはり、本当のところはわからない。想像の域を出ない以上、これ以上の推測は徒労に終わるだろう。
「あえて助言をするとすれば、咲いてほしいという心が強ければ、この子も応えてくれるかもしれないわよ。仮にも、あなたの一部が宿った分身なわけだし。」
「そ、そうでしょうか?」
「凄いじゃない。妖夢の思い通りに咲かせられる桜なんて、本当に羨ましいわ。」
「いえ、幽々子様、そこまでは言ってないと思いますが……」
すると、突然、幽々子様が真面目な表情になった。これまでとは違う雰囲気に、思わず気が引き締まる。じっと私の目を見つめる姿に、息をのむこともできないほどの緊張を感じる。
「妖夢。」
「はい。」
「あなたの桜を咲かせなさい。」
そう告げて、幽々子様は無言になった。
ふと、慧音の言葉を思い出す。サクラサク。それは一人前になった事の証でもある。つまり、幽々子様は、私に対して一人前になれと叱咤激励の言葉を送ったということになる。
私にとって、一人前になるということはどういうことだろう。幽々子様に認められる事がそうだとするならば、どうすれば認めてもらえるのか。剣の腕で師匠を越えること? 庭師として白玉楼を守り抜くこと? 思い当たることはいくつもあるが、どれが正解なのかはわからない。いや、どれが、という考え方は違うのだろう。どれも、私が一人前になるためには必要なことだと考えるべきだ。
「……よーむー。なに難しい顔してるのよー。はやく満開の桜を見せてー。」
……あぁ、もう。いつの間にか幽々子様が元に戻っている。せっかく真面目に一人前の定義について考えていたのに。いつもいつもこのお方は―――
「妖夢! 聞いてるの!?」
「聞こえてますよ。まったく、なんでそう幽々子様は無茶ぶりをするのですか。幽香の言ったことが本当だとしても、私は桜の咲かせ方なんてわからないですし。」
「えー? 妖夢、できないの?」
「……いえ。」
緩んだ気持ちを引き締め直して、幽々子様と向き合う。
「わかりました、いつになるかはわかりませんが、いつかきっと、満開の桜を咲かせてみせます。」
幽々子様の口元が、少しだけ緩んだ。それにつられてか、私も自然と笑顔を作る。今の私は、まだまだ未熟だ。それでも、いつの日か、桜を咲かせる。誓いを心に深く刻みこむ。
「……えぇ、と。綺麗な主従関係もいいのだけれど、綺麗な桜のお花見の方も楽しまないかしら?」
「うわぁっ!? そ、そうでした。すっかり幽香さんの事を忘れていました。」
「桜を咲かせたのは私なのに…… しくしく……」
「あーあ、妖夢ったら、幽香を泣かせた―。」
「いやいやいや、これくらいで泣かないでくださいよ。っていうか嘘泣きでしょう? あぁ、顔を伏せないでくださいよ。」
「妖夢? こういう時は?」
「……申し訳ございません。心より、お詫び申し上げます。」
「……ふふふ。お詫びの言葉、確かに承りました。」
「やっぱり嘘泣きだったんじゃないですか! 幽香さんまで私をからかって―――」
「妖夢、そんなに怖い顔しないの。新しいお茶菓子もあるんだから、機嫌を直しなさい。」
「新しいお茶菓子、ですか?」
「ほーら、これ、白玉団子よ。」
……白玉楼、だけに? というつっこみをギリギリのところでこらえて、団子を一串手にとって頬張る。うん、美味しい。おあずけになった桜餅にはかなわないだろうが、これはこれで満足だ。
改めて、魂魄妖を見上げる。仄かに光る花弁は、この世の物とは思えない。いや、冥界に咲く花なんだからこの世の物ではなくて当然ではあるのだけれど。ともかく、私はこの桜の下で、幽々子様への誓いを行った。誓いを果たすのがいつの日になるかなど、想像することもできない。それでも、私は桜を咲かせる。魂魄妖が枯れるとするならば、この意志が消えた時だろう。だが、それだけは絶対にない。あるはずがない。だって、私は幽々子様の従者なのだから。
ふと、幽々子様を見ると、口いっぱいに団子をほおばっていた。口をモグモグさせて幸せそうな顔をしている幽々子様を見ていると、引き締めた心が自然と緩んでしまう。……とりあえず、今は花見を楽しもう。次に花見ができるのは、もう一度、桜が咲いた時なのだから。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください。
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「よーむー、よーむー、コレ見てくれるー?」
「なんでしょうか、幽々子さ――― 何やってんですかあなたはーっ!?」
……突然大声をあげてしまい申し訳ない。誰に向かって謝っているのかがわからないが、とりあえず、目の前にいる主人に対してではないとだけ申し伝えておく。さて、私が大声をあげた理由は、主人が持ってきた一枚の写真だった。
別に、私のアレやコレといった、とても人様には言えないような姿が映っていたわけではない。むしろそんな物が映っていたならば大声のおまけに抜刀が加わっている。そこに映っていたものは、満開の西行妖だったのだ。
「わかってるんですか? わかってないんですよね? むしろわかってやってるんだったらなおさら性質が悪い。あぁもう、よく見たら幽々子様と師匠の姿まで映って――― え? 師匠? なんでいるんですか? しかもダブルピースとかどんだけノリノリなんですか。いやいや、問題はそこではなくて、幽々子様、西行妖を満開に咲かせたら、幽々子様は無事ではない、はず、で、は?」
相当動揺していたのだろう。自分の言葉に、自分が疑問を向けている。西行妖が咲いた時、封印が解けて幽々子様は消滅するはず。その幽々子様が、満開の西行妖と共に写真に映っている。道理が合わない。一体どういうことだ?
「やったぁ、妖夢だまされたぁ。実は、この西行妖は満開ではないのよ。限りなく満開に近いけど、満開では無い状態。9.9分咲き、といったところかしら。」
「……なるほど。それなら、幽々子様が無事でいるのも頷け―――」
「―――っ、もう駄目、我慢、できなっ! あはははは! もう、妖夢ったら、騙されすぎよ!」
幽々子様が、突然お腹を抱えて笑い出した。遅効性の笑い茸でも食べたのだろうか、なんて分析をしてしまうのは、とうとう私の思考回路がショートしてしまったということだろう。こんな時は頭を冷やすに限る。冷静に…… 冷製スープに…… あぁ、ヴィシソワーズ…… ドロワー―――
「よーむー、よーむー? 目がうつろよ―、かえってきなさーい。ふぅ、私の言葉を信じてくれるのは嬉しいのだけれど、鵜呑みにしすぎるのは困ったところね。」
―――はっ! どうやら向こうの世界を垣間見ていたようだ。向こうの世界? ここは冥界だから、向こうというのは、顕界ということ? どうでもいいか。ようやく気を取り直すことができたのだから。
「悪ふざけが過ぎますよ、幽々子様。とりあえず、この写真の種明かしをしてください。」
「なんでも、天狗が合成写真っていう技術を試してるって聞いたから、やってもらったの。元になる写真をいろいろと加工することで、あたかもその通りに見せるっていう技術だって聞いたけど、ここまで騙しきれるとは思ってなかったわ。」
「つまり、この写真には元になる写真があって、どういうことかはわかりませんが、このような形に加工することができた、ということなのですね。」
「そうみたいね。もちろん、元の写真の西行妖は満開ではなかったわ。あ、でも、私と妖忌の部分はそのまま切り取れるって言ってたっけ。」
切り取る? ということは、元の写真でも、師匠はこのポーズだったということなのか。……じいちゃん株、2割減。
「……ふぅ。」
「どうしたの、妖夢? 何か悟った?」
「賢者ではないです。いえ、春雪異変の時も思いましたが、やっぱり綺麗な桜だなぁと。こんな桜と共に存在出来るなんて、少しだけ、幽々子様が羨ましいと思ってしまいます。」
「ふふふ、ありがとう。でも、結構苦労するものなのよ。放っておくと西行妖が暴走するかもしれないと考えると、どんな時でも気を抜けないわけだし。」
「緩みっぱなしな気がしますが。あ、もちろん良い意味でですよ。というか、西行妖は、意志を持っているということなのでしょうか。」
「意志?」
「例えば、満開に咲きたい、という意志を、西行妖自信が願っているのではないか、ということなのですが……」
いつかの花の異変の時、花には霊が宿ると聞いた。妖力を持つようになったとはいえ、西行妖が花であることには変わりない。もしも、西行妖に霊が宿っていたとしたら。そんな思いから問いかけてみたのだが、はたして……
「幽々子様?」
「……そんなことより、桜餅が食べたいなぁ。ちょっと人里にお使いに行って来てもらえないかしら。」
「幽々子様!?」
話がすりかえられてしまった。なんでこう、重要そうな事は教えてくれないのだろうか。シリアスな空気を一瞬にして緩和させてしまう。それが幽々子様の魅力の一つなのかもしれないが、少しくらい真面目に応えてくれてもいいと思ったりする。
手を合わせてウインクしながらほほ笑みかける、お願いのポーズ。この姿を見せられると、素直に従わざるを得ないと思ってしまう。本当に、この人はずるい。
「はぁ、わかりました。その代わり、帰ってきたら、私の質問に応えてくださいよ。」
「やったぁ。じゃあ、お願いね、妖夢。」
写真で見た西行妖は、合成写真という技術を受けたまがい物だった。それでもなぜか、満開に咲いた桜というものに心魅かれた自分がいた。そういえば、人里ではもう桜が咲いているのだろうか。少しだけ期待をしつつ、私は白玉楼を出発した。
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さっくらっもち! さっくらっもち! 私だって女の子。甘いものを手にして、幸せな気持ちになるくらいの権利はあるはずだ。微かに香る甘い匂いに、油断していると涎が溢れてしまいそうだ。
「知り合いにも気付かぬままにやけ顔でスキップしてまわるとは。女の子だったら、もう少しくらいおしとやかでもいいのではないか?」
「うわぁっ!? い、いつの間に現れたのですか、慧音さん。」
「そちらの方から近付いてきたのだろう。ほら、周りを見てみろ。お前を見て笑ってる人が、結構いるようだぞ。」
我に返って周りを見渡すと、なるほど、こちらを眺めて苦笑を浮かべる者、にこにこと笑っている者、お腹を抱えて大爆笑している者、いろいろな者が目に入った。……大爆笑って何だ? あれだけは、絶対に私が原因ではないはずだ。
「みんなが笑って、お日様も笑って、今日もいい天気だ。」
「すっごくいい笑顔です。なにやら、喜ばしいことがあったと見受けましたが。」
「あぁ、ちょうど昨日、たくさんの桜が咲いたんだ。喜ばしいことじゃないか。」
「桜が? いや、そう言われても……」
桜の木こそあるが、満開の桜は見当たらなかった。百歩譲って5分咲き程度といえなくもないが…… もしかしたら、寺子屋に植えてある桜が咲いた、ということだろうか。
「いや、すまない。桜が咲いた、というのは言葉のあやでな、実際に桜が開花したということではないんだ。」
「はぁ、言葉のあや、ですか?」
「うむ。外の世界では、一つ上のステップに進むための試練に合格した時に『サクラサク』という言葉を送るそうだ。それにあやかって、私は寺子屋を卒業した者を指して、桜が咲いたと言っているのだ。」
「卒業…… つまりは、学び舎を去る、ということですね。」
ふと、西行妖が頭によぎった。桜が咲くと去っていく。開花と共に消えていく。何か、取り返しのつかない事のようで、胸が締め付けられるような感じがする。満開の姿を見たいという気持ち。咲かせたいと思う気持ち。それ以上に、別れたくないという気持ち。消えてはならないという思い。発散した考えを収縮させようとして、そうするたびに心が痛む。西行妖を咲かせよ。もし、今、幽々子様にそう言われたならば―――
「妖夢、大丈夫か? ほら、これで涙を拭いて。」
慧音の言葉で、私は泣いていることに気付いた。差し出されたハンカチを手にとり、目元を拭う。
「申し訳ありません。取り乱してしまいました。」
「いや、私の方こそ、深く考えずに桜の話をしてしまった。妖夢には、特別な桜があるんだったな。」
「お気遣い感謝します。もう、大丈夫です。」
「そうか。……フォローになるかはわからないが、こんな捉え方もあることを知っておいてほしい。桜が咲くということは、一人前になったことの証ということもできるのだ。学び舎を巣立つ、ということは、学び舎で学ぶべき事を身につけた証ということだからな。」
……そういう見方もあるかもしれない。では、西行妖を咲かせることで、私が一人前になれるというのだろうか。……そんなことはない。そもそも、慧音本人が、言葉のあやと言ったのではないか。実際に桜を咲かせたところで、一人前になれるという訳ではないだろう。
「それに、桜が咲く時というのは、新しい出会いがあるものだ。」
「新しい出会い…… もしかして、寺子屋に新しい子が通い始めたということですか。」
「その通り。これがもう、どの子もかわいくてなぁ。」
「えっと、先生、顔が緩んでますよ。これで口元を処理してください。」
「……はっ!? すまない、半分魂が抜けていたようだ。半分? おお! もしかして、私も半人半霊の仲間入りか? いや、ワーハクタクなんだから、四分の一人四分の一獣半霊、というべきか。」
「いや、もう訳わからなくなるんで、そもそも魂が抜けたりしてないですから。」
なんで私の周りには真面目な空気を維持し続ける人がいないんだ。引き締まった心がすぐに緩んでしまう。いやいや、これも修行だ。心技体でいうところの、心の鍛錬だ。
「では、私はこれで失礼します。幽々子様を待たせてしまっているので。」
「桜餅か…… なんだか、小腹が空いて来たな。私も買ってこよう。さっくらっもち! さっくらっもち!」
「あんた人の事言えないだろ!」
スキップしながら去っていく慧音の後ろ姿を見届ける。あ、みんなが笑ってる。お日様も笑ってる。るーるるるるっるー……
……心が折れる前に帰ろう。
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白玉楼に戻ると、桜の木々が満開に咲き誇っていた。出発前とは違う景色に驚いた反面、その美しさに見惚れてしまう。花見の名所として恥ずかしくない景色だと思う。しかし、一体だれがこんなことを? 答えはわかりきっている。
「あらぁ、妖夢、おかえりなさい。」
「ようやくお茶菓子の到着ね。」
幽々子様と幽香の二人が、茣蓙を広げて茶を嗜んでいる。やはり、という気持ちと、何故、という気持ちが交錯して、とりあえず、何故の方を解決しようという結論に至った。
「ただいま戻りました。……これは、一体どういうことでしょうか?」
「どういうことって、こういうことよ。」
「ですから、詳しい話を教えてください。」
「詳しい話って言っても、ねぇ。」
「ふふふ。従者をからかうのはそのくらいにしておきなさい。」
「いいじゃないの、こうしているのが楽しいのよ。」
「幽々子様、そういう発言は、出来れば私に聞こえないところで言って欲しいものなのですが。」
「聞こえてるから言うんじゃないの。」
「あなた、やっぱり見込みがあるわね。」
顔を見合わせてほほ笑む二人。どうやら、ここには私の味方はいないらしい。それでも、まだ私には奥の手がある。
「幽々子様。桜餅。返してきますよ。」
「いやーっ! それだけはダメ!」
「じゃあ、どうすればいいか、わかりますね?」
「……からかって悪かったです。ごめんなさい。」
「よく反省出来ました。それでは、どうぞ。」
「まったく、これじゃあどっちが主人だかわからないわね。あなたたち、なかなかいいバランス関係を保ってるのね。」
半泣きの幽々子様に桜餅を手渡す。何もこの程度で泣く事はないのに。……まぁ、そんな幽々子様の様子が愛おしく思えてしまうのも事実ではあるのだが。
「さて、改めて聞きますが、これは一体どういうことですか?」
「簡単な話よ。美味しい桜餅を綺麗な桜の下でお花見しながらたべたいなぁって思ったから、幽香に頼んで咲かせてもらったのよ。」
「そういうこと。報酬はきっちりいただくつもりだけれどね。」
既に桜餅を頬張っている幽々子様の横で、幽香も手を伸ばす。あ、そういえば、桜餅、2つしか買ってなかった。だって一人増えるなんて聞いてなかったし。あぁ、私の分が…… あぁ……
「あらあら、妖夢の分がなくなっちゃったわね。」
「妖夢、こういう時は、余分に買っておくくらいの気のきかせ方が必要よ。心に留めておきなさい。」
「……はい。心に刻み込んでおきます。」
「そう悲しまないの。代わりといっては何だけど、あなたの為に特別な桜を用意したから。」
特別な桜と聞いて、思わず刀に手をかける。私にとっての特別な桜。その桜が満開に咲くことだけは、決してあってはならない。あってほしくない。
「妖夢。刀を納めなさい。」
「しかし、幽々子様、特別な桜といったら……!」
「安心なさい。西行妖ではないわ。むしろ、私の力で咲かせられるほど、西行妖は甘くない。私が用意したのはこっちの桜よ。」
幽香の示した先には、確かに一本の木があった。西行妖ではなかったことに安堵する一方、いろいろと疑問が浮かび上がってきた。とりあえず、臨戦態勢を解いて、木を眺める。
「これは…… 本当に桜の木なのですか?」
「えぇ。正確には、桜の木を元にして創った花よ。」
「花が咲いていない…… いや、これは……」
「気がついたわね。この桜の花は、幽体で形作られているのよ。」
「私の能力をアレンジしてね、木に宿る霊を半分だけ実体化させる性質を持たせたのよ。言うなれば、半人半霊ならぬ、半木半霊ってことね。」
目を凝らしてよくよく見ると、花弁の部分が銀色に仄かな光を放っている。しかし、はっきりとした形は捉えられず、傍目には枝が伸びているようにしか見えない。
しばらくの間、その桜を眺め続ける。妙に親しみを感じるのは、幽々子様が言った通り、半霊という性質のせいだろうか。まさか―――
「もしかして、この花は、私の?」
「あはっ、気づいちゃった? 実はね、この桜に宿っている霊魂は、あなたの半霊の一部を元にしたものなのよ。」
「だから、特別な桜って言ったじゃない。これまでいろんな花を創ってきたけれど、正真正銘、分身の花を創ったのは、あなたが初めてよ。名前は…… そうね。西行妖にあやかって、魂魄妖、なんてどうかしら。」
「コンパク…… アヤカシ……」
幽香は分身の花と言った。生まれつき、半霊と共に暮らしてきた。ただ、これまでは半霊を自分の分身と捉えたことはなかった。むしろ、私の一部と考えていた。今、こうして半霊が宿った桜を目の前にしても、その考えは変わらない。だが、はたして、この桜自身は、私の一部と言えるのだろうか。
「いいなぁ、妖夢ばっかり。」
「いいじゃないの。むしろ、あなたには西行妖という立派な桜があるじゃないの。」
「だって、西行妖は満開には出来ないわ。魂魄妖はちゃんと満開に咲くことができるんでしょう?」
「ふふふ。それは、この子の気持ち次第かしら。」
そう言って、幽香は魂魄妖に手を触れる。魂魄妖は私の一部である。そう結論付けようとして、私が指名されると、少しばかり期待していたのは自惚れだったのだろうか。
「この子…… 私の、ではなく、魂魄妖自身の気持ち、ということですか?」
「そうね。この子が、満開に咲きたい、と思った時、この子は咲くための努力を始める。そうね、こんな話があるわ。あなた、桜色の染め物は、どうやって作るのか知っているかしら?」
「桜色の? それは…… 桜の花びらを集めて―――」
「予想通りの答えをありがとう。もちろん、答えは花びらから作るのではないわ。桜の木の皮から、というのが正解よ。花が咲く前の桜の木は、花を咲かせるだけの力で満ちている。その力は、綺麗に咲きたい、満開に咲きたい、そういう意志を受けて、桜自身が集めるものなの。……言いたいこと、わかるかしら?」
「つまり、桜自身が、意志を持っているということですよね。たとえ分身だとしても、魂魄妖は、私の意志とは違う、魂魄妖自身の意志を持っている、と。」
「さぁ? そう思いたければ、そう思えばいいわ。少なくとも、私はそういう表現をしているというだけ。実際のところ、意志があるかどうかなんて、私にだって保証はできないわよ。」
まったく。肝心なところはいつも曖昧なままだ。それでも、答えを導くための手がかりにはなった気がする。春度を集めた時は、咲かせたい、という意志のもとに行動した。そこに西行妖の意志があったかないかは、今となっては想像することしかできない。
それでも、咲くことができるチャンスがあったのならば、咲きたいという意志を持ったとしても不思議なことはない。結果として満開にはならなかったが、あれだけの開花をするだけの力が西行妖には秘められていたということだ。その力は、西行妖自身の意志から生まれたものだと考えることはできないだろうか。
……やはり、本当のところはわからない。想像の域を出ない以上、これ以上の推測は徒労に終わるだろう。
「あえて助言をするとすれば、咲いてほしいという心が強ければ、この子も応えてくれるかもしれないわよ。仮にも、あなたの一部が宿った分身なわけだし。」
「そ、そうでしょうか?」
「凄いじゃない。妖夢の思い通りに咲かせられる桜なんて、本当に羨ましいわ。」
「いえ、幽々子様、そこまでは言ってないと思いますが……」
すると、突然、幽々子様が真面目な表情になった。これまでとは違う雰囲気に、思わず気が引き締まる。じっと私の目を見つめる姿に、息をのむこともできないほどの緊張を感じる。
「妖夢。」
「はい。」
「あなたの桜を咲かせなさい。」
そう告げて、幽々子様は無言になった。
ふと、慧音の言葉を思い出す。サクラサク。それは一人前になった事の証でもある。つまり、幽々子様は、私に対して一人前になれと叱咤激励の言葉を送ったということになる。
私にとって、一人前になるということはどういうことだろう。幽々子様に認められる事がそうだとするならば、どうすれば認めてもらえるのか。剣の腕で師匠を越えること? 庭師として白玉楼を守り抜くこと? 思い当たることはいくつもあるが、どれが正解なのかはわからない。いや、どれが、という考え方は違うのだろう。どれも、私が一人前になるためには必要なことだと考えるべきだ。
「……よーむー。なに難しい顔してるのよー。はやく満開の桜を見せてー。」
……あぁ、もう。いつの間にか幽々子様が元に戻っている。せっかく真面目に一人前の定義について考えていたのに。いつもいつもこのお方は―――
「妖夢! 聞いてるの!?」
「聞こえてますよ。まったく、なんでそう幽々子様は無茶ぶりをするのですか。幽香の言ったことが本当だとしても、私は桜の咲かせ方なんてわからないですし。」
「えー? 妖夢、できないの?」
「……いえ。」
緩んだ気持ちを引き締め直して、幽々子様と向き合う。
「わかりました、いつになるかはわかりませんが、いつかきっと、満開の桜を咲かせてみせます。」
幽々子様の口元が、少しだけ緩んだ。それにつられてか、私も自然と笑顔を作る。今の私は、まだまだ未熟だ。それでも、いつの日か、桜を咲かせる。誓いを心に深く刻みこむ。
「……えぇ、と。綺麗な主従関係もいいのだけれど、綺麗な桜のお花見の方も楽しまないかしら?」
「うわぁっ!? そ、そうでした。すっかり幽香さんの事を忘れていました。」
「桜を咲かせたのは私なのに…… しくしく……」
「あーあ、妖夢ったら、幽香を泣かせた―。」
「いやいやいや、これくらいで泣かないでくださいよ。っていうか嘘泣きでしょう? あぁ、顔を伏せないでくださいよ。」
「妖夢? こういう時は?」
「……申し訳ございません。心より、お詫び申し上げます。」
「……ふふふ。お詫びの言葉、確かに承りました。」
「やっぱり嘘泣きだったんじゃないですか! 幽香さんまで私をからかって―――」
「妖夢、そんなに怖い顔しないの。新しいお茶菓子もあるんだから、機嫌を直しなさい。」
「新しいお茶菓子、ですか?」
「ほーら、これ、白玉団子よ。」
……白玉楼、だけに? というつっこみをギリギリのところでこらえて、団子を一串手にとって頬張る。うん、美味しい。おあずけになった桜餅にはかなわないだろうが、これはこれで満足だ。
改めて、魂魄妖を見上げる。仄かに光る花弁は、この世の物とは思えない。いや、冥界に咲く花なんだからこの世の物ではなくて当然ではあるのだけれど。ともかく、私はこの桜の下で、幽々子様への誓いを行った。誓いを果たすのがいつの日になるかなど、想像することもできない。それでも、私は桜を咲かせる。魂魄妖が枯れるとするならば、この意志が消えた時だろう。だが、それだけは絶対にない。あるはずがない。だって、私は幽々子様の従者なのだから。
ふと、幽々子様を見ると、口いっぱいに団子をほおばっていた。口をモグモグさせて幸せそうな顔をしている幽々子様を見ていると、引き締めた心が自然と緩んでしまう。……とりあえず、今は花見を楽しもう。次に花見ができるのは、もう一度、桜が咲いた時なのだから。
春らしくて良かったです
まだまだ寒い地域に居るので早くお花見したいです…
半木半霊の桜…何か格好良いww
次回作も楽しみに待ってますね~。