※この作品は、作品集152『庭師、山にて白狼天狗と相対すること』の設定を引き継いでいます。
「では、行って参ります、幽々子様。明日の夕方には戻りますので」
「行ってらっしゃい。楽しんでくるといいわ」
昼下がりの冥界。
ぺこりと下げた頭の上で揺れる黒いリボン。白いシャツに、緑を基調としたベストとスカートといういつもの服装に加えて、首にはマフラー、そして服と同じ意匠の外套に身を包んだ妖夢は、主人に見送られて白玉楼を発った。愛刀の楼観剣と白楼剣は鞘袋に入れて肩に掛け、大きな風呂敷を背負い、妖夢はゆるりと幻想郷へと続く階段を滑降してゆく。
吐く息は白く。冬も深まり、いっそう寒さを増して。
「さむ」
首に巻いた桜色のマフラーで口許を覆いながら、ぽつりと呟く。ついでに、真後ろを飛んでいる半霊を外套の中にしまってやった。お腹がふっくらとしてしまって不恰好だが、寒いのだから仕方ない。
目指すは幻想郷、妖怪の山。
今日は、夜から明け方まで友人と酒を呑む約束なのだ。なんでも、とびきり景色の良い場所があるのだとか。背の荷物は、酒盛り用に妖夢が拵えた手製の肴である。
「楽しみだな」
期待に胸を躍らせている間に白玉楼の階段を降りきり、やがて妖夢は結界の前まで辿り着いた。重厚で巨大な扉に浮かび上がった結界の印が、煌々と明滅を繰り返している。
これが、冥界と幻想郷――あの世とこの世を隔てる結界である。
「……」
の、だが。
妖夢は上昇し、結界を飛び越える。まさしく、妖夢はいま“あの世”と“この世”を越えたのだ。広義で言えば、これは“生き返った”と言ってよいのだろうか。
この、綻んで簡単に越えられるようになってしまっている結界の修復は未だに行われていない。たぶん、永劫に行われることはないのではないかと妖夢は思う。
「……まあ、いいけど」
いまとなっては、結界を直されてはかえって困る。“この世”に友達が出来てしまったのだから。
結界を越えてしばし、ようやく幻想郷が見えてきた。
そして目の前に広がった光景に、
「わあ……」
用意しておいた編み笠を被りながら、妖夢は感嘆の声をあげた。
しんしん――
静かに降りたる白。それはあらゆる彩りを覆い隠して。
雪化粧の只中にある幻想郷を、妖夢は飛ぶ。
深々と、舞い散る白に、佇んで。
「……」
赤い唐傘を差した少女はただ、山の向こうを見つめていた。
空は分厚い雲に覆われていて日の位置はわからないが、じきに夕刻だろうか。そろそろ待ち合わせの時間だ。
「大丈夫だろうか……」
ここ、守矢神社へ続く参道は天狗の監視外だ。参道を通る限り、山の天狗に捕まることはない。しかし問題は、天狗のコミュニティに属さない野生の妖怪だ。山のルールを知らない妖怪は、参道を通るものを襲ってしまうかもしれない。神社への道であるが故、守矢の二柱が妖怪避けの細工を施していると聞いたことがあるが、果たしてどれほどの効果があるものか。
「まあ、その程度の手合いならば問題はないか」
彼女も子供ではない。山のルールも理解できない野良妖怪の一匹や二匹、あしらうことは出来るはずだ。
ほうと白い息をついて、少女は神社の境内を歩く。白狼天狗は寒さに強い種ではあるが、いつもよりも着込んではいるが、やはり真冬の幻想郷は冷える。
辺りに妖怪の姿は見えず、不穏なにおいも感じられない。妖怪の時間が近いが、やはりこの寒さでは妖怪たちもあまり動きたくはないのだろう。
社の屋根の下に着いた少女は唐傘を閉じる。しんと静寂の中、バサリという音がやけに大きく聞こえた。少女は唐傘に張り付いた雪を軽く振り払い、尻尾の先に積もっていた雪も振り払ってから、賽銭箱の横にどっかと腰を下ろす。明確な時間は指定していないのだ。屋根のある場所でのんびりと待とうではないか。
ぱたぱたと、小さく尻尾を揺らしながら少女は友を待つ。
ざむ、ざむ。
妖怪の山、守矢神社への道。
人間用に整備された、雪の積もった参道に足跡一番乗りをしながら、妖夢は神社を目指す。
吐く息の残滓を点々と残しつつ、歩く、歩く。降りしきる雪は絶え間なく。ときおり編み笠に積もった雪を払いながら。
少し前までは紅葉で真っ赤に染まっていた妖怪の山。しかし、いまはその面影もなく、ただただ白く、ただただ静かで。
色も、音も、においもない、まっさらな世界を妖夢は歩く。
――この静寂は、冥界の静けさに似ている。
自分の生まれ育った場所だからだろうか。この雪の静けさに、なんとなく安らぎを覚えて。
そんなことを考えているうちに、やがて参道は終わりを告げた。
赤い鳥居、石畳の境内。そして、博麗神社よりも少し立派な、守矢神社。その賽銭箱の隣に、胡坐をかいて座っている少女を見つけた妖夢は、
「椛!」
外套の下にしまっていた半霊を外に出しながら駆けた。椛と呼ばれた少女は立ち上がり、ゆらゆらと尻尾を揺らしながらこちらに歩み寄る。その表情には、わずかに安堵の色。
「道中、危険はなかったか」
「はい。やっぱり寒いからでしょうか、動物にも妖怪にも会いませんでした。静かなものです」
「それなら良かった」
微笑みかけると椛も笑みを返し、そして踵を返して歩き出す。
「では行こうか。少し歩くが、平気か?」
「まだまだ余裕です」
「よし」
肩を並べて、天狗と少女と霊魂ひとつ。
やがて椛は、守矢神社の境内、その横手の端でひっそりと口を開いていた小さな獣道の前で足を止めた。
「ここからは少し道が険しい。気をつけて歩けよ」
「あ……椛」
ざしゃむと獣道へと踏み入る椛に、妖夢は慌てて声をあげた。
「……いいんですか?」
「何がだ?」
「だって、ここから先は……妖怪の山でしょう?」
妖怪の山は不可侵の地。決して余所者は入れてはならないルールだ。守矢神社の幻想入りによって一部の土地は開放されたが、その基本理念は変わっていないはず。
そして椛――犬走椛は、妖怪の山に所属する白狼天狗だ。山を哨戒し、侵入者を撃退する役割を担う天狗の一人。
妖夢と椛、二人の関係も、そんな“侵入者”と“哨戒天狗”という、山のルールに則った形から始まったのだ。故に、いま一度、山に侵入することに妖夢は躊躇いを覚えていた。
そんな妖夢の心情を察したか、振り返った椛はその右手を差し出して、
「心配しなくていい。この辺りはまだ守矢の領域だ。お前も、私も、山の法は犯していない」
穏やかに微笑む。
差し出された右手を見て、椛の顔を見上げて。
「では……遠慮なく」
そして妖夢は安堵の笑みを浮かべ、そっとその手を掴んで獣道へと踏み入った。
「ところで椛」
「ん?」
守矢神社から獣道に入ってしばらく。妖夢は前を歩く椛に声をかけた。心なしか、その表情は引きつっているように見える。
「その……いつもの格好とあまり変わらないですけど、寒くないんですか?」
「多少は冷えるが、今日は着込んでいるからな。それほどでもない」
「き、着込んで……?」
椛の言葉に、妖夢は訝しげな表情。
「見てわからないか?」
「いえ、わからなくもないですけど……」
妖夢は改めて椛の服装を見直す。
赤い高下駄、鮮やかな赤い楓模様が裾に散りばめられた藍のスカート。白い脇出しの装束に、その下には見慣れない、身体にぴったりとフィットした黒いシャツ。純白の髪と獣の耳を頂く頭の上には小さな赤い八角帽がちょこんと乗っている。
確かに、いつもよりも着ている量が多いが……
「いつもより一枚多いだろう?」
「あっ、着込んでるって本当にそのシャツ一枚だけですか!?」
あまりにも当然といった顔で語る椛に、思わず大きな声をあげてしまった。
対してツッコミを受けた椛は、憮然とした表情を浮かべながらシャツの肩の部分を軽くつまみ上げ、
「それだけとは失礼な。こう見えてもこのシャツは、伸縮性、保温性抜群の優れものなんだぞ。何しろ河童製だからな」
そういえば、山には河童も住んでいると椛から聞いたことがあった。河童はみな手先が器用で、日ごろからよく分からないカラクリを作っているのだとか。
「なるほど河童製……それなら納得かもしれません。それにしても、河童は繕い物も得意なんですね」
「いや、そうではないらしいのだが……こういう“服を作る機械”を作り上げたらしい」
「え、それって……」
――つまり“服”は作れないけど、服を作る“機械”は作れる、ということ?
椛は呆れたようにため息を吐きながら呟く。
「まったく、機械を挟めば何でもありなのか、河童というやつは……」
「あ、やっぱり椛もそう思いましたよね」
「誰でもそう思う」
くつくつと笑う椛につられて、妖夢もマフラーに顔を埋めて笑った。
「……と、妖夢、この辺りは少し雪が積もっている。滑らないように気を付けろよ」
木々はみな葉を散らせていたが、枯れ木も山の賑わいとはよく言ったもの。葉はなくとも、幾重にも伸びた枝が、舞い散る雪のいくらかを防いでくれていた。そのため、山間部の積雪量は他よりも僅かに少ない。
見上げれば、積もった雪の重みで大きくしなる枝が見えた。どうやら、そのしなりによって出来た隙間から入り込んだ雪が、運悪く二人の行く先に積もってしまっているらしい。
振り返って注意を促す椛に、妖夢は頬を膨らませた。
「そんなに言わなくても大丈夫ですよ。子供じゃないんですから」
「すまんすまん」
「もうっ」
――こんな程度の雪で転ぶわけないじゃないですか。
苦笑する椛の視線を受けながら、妖夢は慎重に雪の積もった道に足を伸ばした。
ざむっ、と力強く一歩を踏み出した瞬間、
ぼすんっ!
「みょわっ!?」
頭に衝撃。
中身の詰まった米袋で殴られたかのような衝撃に、妖夢はたたらを踏んで、
「わたっ、たた!」
積もった雪と、でこぼことした道に足を滑らせ、
「っと!」
危うく転倒しかかったところで腕を引かれ、椛に抱きとめられた。
「だから気を付けろと言ったろう」
「あ、ありがとうございます」
偉そうなことを言っていたというのに、この体たらく。妖夢は顔が熱くなるのを感じながら、ただ椛にすがりつくしかなかった。
「これくらい避けられないようではな」
「うう、上からは反則です、よ……!?」
ぼやきながら、ふと妖夢は気が付いてしまう。自分の顔が半ばまで“埋まっている”ことに。その柔らかな感触に。
「どうした?」
「…………いえなんでも。行きましょう」
「?……ああ」
妖夢は努めて平静を装いながら、椛から離れて被っていた笠を外した。笠に積もった雪を払いながら、内心の動揺を必死に押さえつける。
――な……なんてこと……
笠を被りなおした妖夢は、前を歩く椛に気付かれぬようこっそりと自分のふくらみに手を当てて。
「……」
そのなだらかさに、打ちのめされるのであった。
「着いたぞ」
木々の連なりが終わったところで、椛は足を止めた。かれこれ十五分は歩いただろうか。普段ならばそれほど辛い道のりではないが、雪道となると話は違う。
先の一件のこともあり、必要以上に気を付けて歩いていた妖夢は、やや息を切らせながらも森を抜け、
「うわぁー……!」
眼を輝かせて声をあげた。
少し開けた崖になっているここは、山の中腹から麓までを一望できた。視界いっぱいに広がるは妖怪の山、天狗の領域側。
雪化粧真っ只中の山はただ白く、降りたる雪でその身を更に白く染め。葉を散らせ、物寂しく雑然と佇むばかりだった木々も、いまは雪に覆われてその輪郭はおぼろげに、山に溶け込んでいる。
轟々――。
しかし山を降る大瀑布、九天の滝はその様相を変えることなく、彼方で静寂を砕き続けていた。水飛沫が霞となって漂って、山の麓は更に深い白に染まっている。
雪の白と飛沫の白と。二つの白に山は彩られていて。
「きれー……」
冥界ではなかなかお目にかかれない雪景色。その壮観さに、妖夢はほうと見惚れる。
「八百万の神々が住まうこの山は、多くの神徳に満ちている。美味い作物が採れることも然り。この美しい景色もまた、そんな神徳の一つなのだろうな」
「……神様に感謝しないとですね」
並んで二人、しばし山の景観を眺め。
しんしん。
「さて」
やがて椛は歩を進め。
「そろそろ始めようか」
そう言いながら示す先は、崖の縁近く。そこには大きな御座が何枚も重ねて敷かれていて、中心には大きな唐傘が打ち立てられていた。そして御座の上で妖夢たちを待っていたのは、赤々と焼ける炭が詰まった七輪と、一卓のちゃぶ台。
「私も寒い。早く酒でも呑んで暖まろう」
「そうですね」
吐く息は白く。
椛の後に続いて、妖夢も御座の上に腰を下ろした。背負っていた荷物を置く間に、ふるふるとその身に積もった雪を払った半霊も御座の上に。
笠とマフラーを外した妖夢は、七輪の前に手をかざし、
「はあぁぁぁ……あったかい」
緩んだ声を上げた。半人の緩みがうつったか、半霊もだらしなく七輪の近くでへばっている。
焼けた炭の発する熱が、冷えた身体にじんわりと染みこんで。
いそいそと外套の前を開き、妖夢は身体の前半分を七輪の前にさらす。
じんわり。
「あー……あったかい……」
「ほら、いつまでやっているんだ」
緩んだ頬にぴたりと何かが当てられた。じわりじわりと迫り来る灼熱感。
「熱ッ!? 熱いです!」
半霊と一緒に身をびくりと跳ねさせた妖夢の眼前に、七輪を挟んで呆れ顔の椛。その右手には二つの猪口を、左手には銚子を持っている。
「ほら、いつまでも蕩けてないで」
「あ、ありがとうございます」
差し出された猪口の一つを受け取って、椛の酌を受け、
「私、注ぎます」
「ああ、すまない」
次に銚子を受け取った妖夢は、椛の猪口にそれを傾け。
二人の猪口が液体で満たされ、ふわりと湯気が立った。なるほど、先ほど頬に受けた熱はこの銚子だったか。
熱燗で満たされた銚子をほんの少しだけ睨みつけ、妖夢はそれをちゃぶ台の上に置いた。
「二人だけの酒の席だ。堅苦しい挨拶はいらないだろう」
「そうですね。ぱぱっと始めちゃいましょう」
そして二人は杯を掲げ、
『乾杯』
キンと澄んだ音が、宴の始まりを告げる。
轟々――。
いつしか雪は止んでいて。御座を覆っていた唐傘を閉じて見上げた空には、雲の切れ間から煌々と輝く三日月の姿。
三日月と、月明かりを浴びて夜闇にうっすらと輝く白い山を肴に、二人の少女は杯を交わす。
妖夢の荷物――手製のつまみもあらかた平らげ、いまはただ、言葉を交わしては酒を遣り、景観を眺めては酒を遣り……
「妖夢」
やがて椛はおもむろに立ち上がり、妖夢にも立つよう促した。
「どうしたんですか?」
酒が回ってきているか、少しおぼつかない足取りで妖夢も腰を上げると、椛は山を指差し、
「あそこ、覚えているか?」
「?」
指先を辿って山を見つめ、
「あ……」
小さく声をあげた。
椛の示す先――そこは平坦で、少し木が少ないくらいの、何の変哲もない山の一面。
しかし、妖夢と椛にとっては思い出の場所。
「あそこは……」
「そう、私とお前が初めて出会った場所だ」
始まりは、敵同士――
あの秋の日、主の命によって妖怪の山に侵入した妖夢は、哨戒の任についていた椛と出会った。
山に侵入するものと、それを阻むもの。命のやり取りをした間柄。
彼方を見つめながら、ぽつり、ぽつりと椛は言葉を紡ぐ。
「最初は、ただの“興味”だった」
「だが……剣を交えて、言葉を交わして。やがて私の中の“興味”は大きくなっていった」
「たった一太刀。それでも、天狗の剣を凌駕した少女――」
「私は、お前の――魂魄妖夢の“未来”を見てみたくなったんだ」
「だから、妖夢……」
小さく息をついてから、椛は妖夢の瞳を静かに見つめた。ほのかに赤みを帯びた黒檀の瞳には、僅かに緊張の色が見えて。
「……椛?」
いぶかしむ妖夢と視線が交差する。
「だから……」
瞳を閉じて、深呼吸。微かに震える唇で、椛は再び言葉を紡ぐ。
「これからも、私の友でいてくれるか?」
「…………」
吐く息は白く、二人の間を漂っては消え。
揺れる瞳に映る自分は、眼を瞠り、口をぽかんと開けた姿。間の抜けた顔をしていると思いながらも、妖夢は硬直から脱することが出来なかった。
――そんなの…………
しばし呆然と黒檀の瞳を見つめていた妖夢は、やがてため息を一つ吐き、
「そんなの、当たり前じゃないですか」
その右手を差し出して、
「私はもう、椛のことを無二の友達だと思っています」
微笑む。
「私からもお願いします。これからも、ずっと私と友達でいてください」
今度は椛が呆然とする番だった。先ほどの妖夢と同じように、その眼を驚愕に瞠り、妖夢の顔を見て、差し出された右手を見て。
「…………」
轟々――。
強くて、かっこよくて、そして優しい椛が、初めて“弱さ”を見せてくれた。そのことが妖夢は嬉しかった。椛の心に、自分はいるのだと。自らの弱いところを見せられるほど深いところに、魂魄妖夢は確かにいるのだと。
交わる視線。椛は瞳を閉じて深く息を吐き、笑う。
「ああ。よろしく頼む」
そして椛は妖夢の右手を強く握り返した。
「うふふ」
「……さっきから何だ?」
再び腰を下ろして、酒盛る二人。
含み笑いを続ける妖夢に、椛は訝しげな視線を向けた。
「え、だって……」
――いつも凛としていてかっこいい椛。でも
「意外と淋しがりなんだなぁと思って」
「……いや、淋しがりと言うかだな」
椛は頬をかきながら続ける。
「もうじき春になる。春は“出会いと別れの季節”と言うから、妖夢にも新たな出会いが訪れることになるだろう。そうなった時、いつしか山に来なくなってしまうのではないかと……その、少し、気になってな。
いや、決して淋しいからとかそういう理由では」
「はいはい、わかりましたよ」
見え見えの言い訳を遮り、妖夢はつつつと椛の隣に移動する。
椛の頬が朱に染まって見えるのは、炭の火に照らされていることや、酒が入っていることだけが原因ではないだろう。
――椛、かわいい。
妖夢は、たじろぐ椛の肩に寄りかかり、
「私たちはずっと友達です。これからも、ずっと、ずっと……」
「う、うむ……」
「うふふ」
「……妖夢、お前、酔っているだろう?」
「酔ってませんよぉ」
少しふわふわで、少しぐるぐるするだけ。酔ってなどいない。
「酔ってませんよぉ」
「何で二回言った? 酔っているだろう」
呆れたような声が頭の上から降ってくる。だが、いまの妖夢にとってはそれすらも心地よく。
「うふふ、淋しがり屋さんですね、椛は」
「……まったく、違うと言っているのだがな」
「ほう、犬走は淋しがり、と」
「だから違うと――ッ!?」
唐突に降ってきた第三者の声に、妖夢はのんびりと、椛は弾かれたように天を仰いだ。
見上げた先には、黒髪の少女。赤い高下駄、赤い八角帽は椛と同じもの。襟に楓模様があしらわれた白いブラウスに、黒のスカートといった出で立ち。
「こんばんは、お二人さん」
「あー、射命丸さんだ。こんばんは」
「……パンツ見えてますよ」
「!」
椛の指摘に、少女――射命丸文は慌ててスカートを抑えながらこちらに降りてきた。
そして頬を赤らめ、上目遣いに椛を睨みながら、
「……えっち」
「そういうの要りません」
あからさまにあざといながらも、そのしぐさは非常に可愛らしいものだった。が、無論そんなものが椛に通じるわけもなく、ばっさりと切り捨てられた。
「相変わらず容赦ないわね」
「どうも。それで、どうしてこんなところにいるんです?」
「里まで取材に行ってたのよ。で、その帰りに明かりが見えたから気になって」
「雪の中、ご苦労なことで」
ひらひらと見せていた手帳をしまい込みながら、文は高下駄を脱いで御座の上へ。そして両手を七輪の前にかざしてほっと一息。
「あー、いいわね。暖かい」
「射命丸さんもどうですか?」
ぬくむ射命丸に、自分の猪口を差し出しながら妖夢は言った。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
猪口を受け取った射命丸は妖夢の酌を受け、注がれた熱燗をくいっと飲み干し、
「んーっ、冷えた身体に染みますねぇ」
じっくりと酒を味わいながら、文はぐるりと景色を見回す。
「素敵な景色。いい肴だわ。犬走はここでよく呑むの?」
「たまに。山の哨戒をする身ながら、山の全体をじっくり見る機会はあまりないですから」
「ふうん」
「それに、こんなところまでくる人妖もいない。静かに呑むにはうってつけの場所です」
椛の言葉に耳を傾けながら、文は再び取り出した手帳にさらさらとペンを走らせる。
その様子に、椛は眉間に皺を寄せた。
「記事にしてほしくはないのですが」
「ダメ?」
「個人的に気に入っている場所なので、あまり騒がしくなるのは好みません」
ここは妖怪の山の管轄から外れた場所。山に所属しない人妖も足を踏み入れることのできる地だ。文が記事にすれば、この場所を訪れるものが増えるだろう。そうなれば、この静寂を味わうことも難しくなってしまう。
文は開いた手帳を口許に当てて、考える素振りを見せて、
「うーん……ま、犬走のお気に入りを奪うのも気が引けるか」
「助かります」
ぱたん、と手帳を閉じて、椛に向かってウインクを一つ。
「いいわよ。特にスクープってものでもないし。それに、山の景色よりも面白い話を聞けたから」
「う。」
言って文はにまりと笑う。
「そぉでしたか。犬走は淋しがり屋さんでしたか」
「いや、その」
「そうなんですよ、実はさっきですねぷ」
「妖夢、黙ってなさい」
椛は、にへらと緩んだ笑みを浮かべる妖夢の口を押さえ、
「射命丸さん、妖夢は酔っています。酔っ払いの言葉を鵜呑みにするのは、真実を追究する新聞記者としていかがなものかと」
「あー、隠そうとしても無駄よ。さっきのやり取りは一字一句漏らさずメモらせてもらったから」
手帖を開いてにやりにやりと笑みを絶やさぬ文の言葉に、今度こそ椛はビシリと固まった。傍目からもよくわかるほどに、見る見る顔から血の気が引いていく。
「……どこから、見ていました?」
「『最初は、ただの“興味”だった』から」
とうとう椛は頭を抱えてうずくまってしまった。
「またっ……最初から……ッ!」
「ふふん、まだまだ修行が足りないわね」
「うぐぐ……」
先ほどの血の気が引いた様子から一転、今度はヒトの耳まで羞恥で真っ赤に染めながら椛は呻く。
そんな椛を眺めながら、妖夢はのんびりと頬を緩めて。
――恥ずかしがる椛も初めて見たな。やっぱりかわいい。
「さて、私はそろそろ帰ろうかしらね」
悶絶する椛の頭をぽんぽんと叩いてから、文は高下駄を履いて宙に舞う。
「ぐるる……!」
「もう行っちゃうんですか?」
「ええ。取材の内容をまとめないといけないですから」
怨嗟の唸りを華麗に受け流し、文はひらひらと手を振りながら離れてゆき、
「あ、そうだ」
空中でぴたりと停止して、首から提げていたカメラを構えた。
「フィルムが余っているので、お二人を撮ってもいいですか?」
「わ、いいんですか?」
「はい。このままでは無駄になってしまいますから」
「…………」
表情を輝かせる妖夢とは対照的に、椛は疑わしげな眼差しを文に送る。
「……その写真」
「現像したら犬走にも分けてあげるから安心しなさい」
「適当な理由をつけて記事に使ったりは」
「しないしない」
「では焼き増ししてどこかで売り捌いたりは」
「しないってば」
「では顔の部分を切り取っていかがわしい写真と組み合わせたり」
「しないわよ! 私ってそんなに信用無い!?」
「冗談ですよ」
さすがに涙目になった文に向かって椛は皮肉げな笑みを浮かべた。
「さっきのお返しですよ」
「……いぢわる」
「ですから、そういうのは要りません」
「ひどい。ほら、早く並んで。あ、座ったままでいいわよ」
指示に従って妖夢と椛は七輪の横に並ぶ。文はファインダーを覗き込んで、
「んー……魂魄さん、半霊が見切れてます。もっと寄せてください」
「あ、ごめんなさい」
「というか、半霊が妙に角ばってますけど……緊張してます?」
「ちょ、ちょっとだけ」
「もっとリラックスしてくれて構いませんよ。あと犬走。アンタはもっと笑いなさい。そんな仏頂面を私に撮らせる気?」
「む……」
「はいはい、二人とも笑って。撮りますよー」
…………
「それではっ! 写真は現像したら差し上げますので!」
ぴっ、と額に手をかざして敬礼のポーズをとった文は、転進して山の奥へと飛んでいってしまった。
残されたのは、疲れた様子の少女が二人と霊魂が一つ。背中合わせに座り込み、妖夢も椛もげんなりとした表情を浮かべていた。
「やれやれ、やっと終わったか」
普段から愛想笑いなどしない椛にとって、文の『笑え』という要求はなかなか骨の折れるものだった。
やれ表情が硬いもっと笑えだの、やれそんな歪んだ笑顔で睨むな怖いだの。
おかげでなかなかシャッターを切ってもらえず、顔面が筋肉痛になりそうだ。
「そんなに私は笑えていなかっただろうか……?」
「…………」
轟々――。
言葉は、彼方の瀑布に溶け消えて。
背後から反応がないことに、椛は訝しげな表情を見せた。
「妖夢?」
「……すぅ」
背から伝わるは、確かなぬくもりと規則正しい呼吸の気配。
「寝てしまったか」
無理もない。朝から昼までは広大な白玉楼庭園の剪定。そして雪の中、長い山道を歩き、獣道を歩き。挙句に酒が入れば眠気も限界を超えよう。
「片付けは……明日でいいか」
ゆっくりと身体を動かして、妖夢を御座の上に寝かせてから椛は立ち上がり、
「ンう!?」
突如として襲い掛かった衝撃に、悲鳴を上げて突っ伏した。
「う……おぉ……」
つま先から頭のてっぺんまで、もれなく痺れている。四肢の一本でも動かせば、その瞬間に再び痺れが走り。
――こ、これは……!
苦心しながら首を動かし背後に目を向ければ、そこには予想通りの光景。
臀部からたゆたう白い尾が、銀髪の少女に抱き締められていた。
尻尾は、白狼天狗に残っている数少ない“獣”たる部位。ヒトの部位よりも敏感なのである。気を張っていれば、それこそ武器として使える程度には強固になるのだが、今回は完全な不意打ち。その衝撃は、椛を行動不能に陥らせるには十分だった。
「く……妖夢、離れるんだ……!」
痺れに耐えながら、椛は妖夢の腕に手をかけて引き剥がそうとする。
が、
ぎぅ。
「ひあッ!!」
抵抗の意か、尻尾をさらにきつく締め上げられ、椛は再び悲鳴をあげた。
さらに、
ぐりぐり。
「あっ! あ……」
ダメ押しとばかりに顔を埋め、押し付けてくる。
「よっ、やめ」
弱々しくも必死に妖夢を引き剥がそうとする椛に、とどめの一撃が入る。
ぎゅぅぅぅぅぅぅ! ぐりぐりぎゅぅぅぅ!!
「んん……ッ! あああ!!」
抱擁と押し付けの連携攻撃を受けて、椛は断末魔の――あるいは絶頂の?――声をあげ、果てた。
轟々――。
「…………」
「……すぅ」
あとに残るは、止まぬ滝の音と、少女の寝息。
なお、二人が風邪を引かなかったのは、不幸中の幸いであった。
了
「では、行って参ります、幽々子様。明日の夕方には戻りますので」
「行ってらっしゃい。楽しんでくるといいわ」
昼下がりの冥界。
ぺこりと下げた頭の上で揺れる黒いリボン。白いシャツに、緑を基調としたベストとスカートといういつもの服装に加えて、首にはマフラー、そして服と同じ意匠の外套に身を包んだ妖夢は、主人に見送られて白玉楼を発った。愛刀の楼観剣と白楼剣は鞘袋に入れて肩に掛け、大きな風呂敷を背負い、妖夢はゆるりと幻想郷へと続く階段を滑降してゆく。
吐く息は白く。冬も深まり、いっそう寒さを増して。
「さむ」
首に巻いた桜色のマフラーで口許を覆いながら、ぽつりと呟く。ついでに、真後ろを飛んでいる半霊を外套の中にしまってやった。お腹がふっくらとしてしまって不恰好だが、寒いのだから仕方ない。
目指すは幻想郷、妖怪の山。
今日は、夜から明け方まで友人と酒を呑む約束なのだ。なんでも、とびきり景色の良い場所があるのだとか。背の荷物は、酒盛り用に妖夢が拵えた手製の肴である。
「楽しみだな」
期待に胸を躍らせている間に白玉楼の階段を降りきり、やがて妖夢は結界の前まで辿り着いた。重厚で巨大な扉に浮かび上がった結界の印が、煌々と明滅を繰り返している。
これが、冥界と幻想郷――あの世とこの世を隔てる結界である。
「……」
の、だが。
妖夢は上昇し、結界を飛び越える。まさしく、妖夢はいま“あの世”と“この世”を越えたのだ。広義で言えば、これは“生き返った”と言ってよいのだろうか。
この、綻んで簡単に越えられるようになってしまっている結界の修復は未だに行われていない。たぶん、永劫に行われることはないのではないかと妖夢は思う。
「……まあ、いいけど」
いまとなっては、結界を直されてはかえって困る。“この世”に友達が出来てしまったのだから。
結界を越えてしばし、ようやく幻想郷が見えてきた。
そして目の前に広がった光景に、
「わあ……」
用意しておいた編み笠を被りながら、妖夢は感嘆の声をあげた。
しんしん――
静かに降りたる白。それはあらゆる彩りを覆い隠して。
雪化粧の只中にある幻想郷を、妖夢は飛ぶ。
深々と、舞い散る白に、佇んで。
「……」
赤い唐傘を差した少女はただ、山の向こうを見つめていた。
空は分厚い雲に覆われていて日の位置はわからないが、じきに夕刻だろうか。そろそろ待ち合わせの時間だ。
「大丈夫だろうか……」
ここ、守矢神社へ続く参道は天狗の監視外だ。参道を通る限り、山の天狗に捕まることはない。しかし問題は、天狗のコミュニティに属さない野生の妖怪だ。山のルールを知らない妖怪は、参道を通るものを襲ってしまうかもしれない。神社への道であるが故、守矢の二柱が妖怪避けの細工を施していると聞いたことがあるが、果たしてどれほどの効果があるものか。
「まあ、その程度の手合いならば問題はないか」
彼女も子供ではない。山のルールも理解できない野良妖怪の一匹や二匹、あしらうことは出来るはずだ。
ほうと白い息をついて、少女は神社の境内を歩く。白狼天狗は寒さに強い種ではあるが、いつもよりも着込んではいるが、やはり真冬の幻想郷は冷える。
辺りに妖怪の姿は見えず、不穏なにおいも感じられない。妖怪の時間が近いが、やはりこの寒さでは妖怪たちもあまり動きたくはないのだろう。
社の屋根の下に着いた少女は唐傘を閉じる。しんと静寂の中、バサリという音がやけに大きく聞こえた。少女は唐傘に張り付いた雪を軽く振り払い、尻尾の先に積もっていた雪も振り払ってから、賽銭箱の横にどっかと腰を下ろす。明確な時間は指定していないのだ。屋根のある場所でのんびりと待とうではないか。
ぱたぱたと、小さく尻尾を揺らしながら少女は友を待つ。
ざむ、ざむ。
妖怪の山、守矢神社への道。
人間用に整備された、雪の積もった参道に足跡一番乗りをしながら、妖夢は神社を目指す。
吐く息の残滓を点々と残しつつ、歩く、歩く。降りしきる雪は絶え間なく。ときおり編み笠に積もった雪を払いながら。
少し前までは紅葉で真っ赤に染まっていた妖怪の山。しかし、いまはその面影もなく、ただただ白く、ただただ静かで。
色も、音も、においもない、まっさらな世界を妖夢は歩く。
――この静寂は、冥界の静けさに似ている。
自分の生まれ育った場所だからだろうか。この雪の静けさに、なんとなく安らぎを覚えて。
そんなことを考えているうちに、やがて参道は終わりを告げた。
赤い鳥居、石畳の境内。そして、博麗神社よりも少し立派な、守矢神社。その賽銭箱の隣に、胡坐をかいて座っている少女を見つけた妖夢は、
「椛!」
外套の下にしまっていた半霊を外に出しながら駆けた。椛と呼ばれた少女は立ち上がり、ゆらゆらと尻尾を揺らしながらこちらに歩み寄る。その表情には、わずかに安堵の色。
「道中、危険はなかったか」
「はい。やっぱり寒いからでしょうか、動物にも妖怪にも会いませんでした。静かなものです」
「それなら良かった」
微笑みかけると椛も笑みを返し、そして踵を返して歩き出す。
「では行こうか。少し歩くが、平気か?」
「まだまだ余裕です」
「よし」
肩を並べて、天狗と少女と霊魂ひとつ。
やがて椛は、守矢神社の境内、その横手の端でひっそりと口を開いていた小さな獣道の前で足を止めた。
「ここからは少し道が険しい。気をつけて歩けよ」
「あ……椛」
ざしゃむと獣道へと踏み入る椛に、妖夢は慌てて声をあげた。
「……いいんですか?」
「何がだ?」
「だって、ここから先は……妖怪の山でしょう?」
妖怪の山は不可侵の地。決して余所者は入れてはならないルールだ。守矢神社の幻想入りによって一部の土地は開放されたが、その基本理念は変わっていないはず。
そして椛――犬走椛は、妖怪の山に所属する白狼天狗だ。山を哨戒し、侵入者を撃退する役割を担う天狗の一人。
妖夢と椛、二人の関係も、そんな“侵入者”と“哨戒天狗”という、山のルールに則った形から始まったのだ。故に、いま一度、山に侵入することに妖夢は躊躇いを覚えていた。
そんな妖夢の心情を察したか、振り返った椛はその右手を差し出して、
「心配しなくていい。この辺りはまだ守矢の領域だ。お前も、私も、山の法は犯していない」
穏やかに微笑む。
差し出された右手を見て、椛の顔を見上げて。
「では……遠慮なく」
そして妖夢は安堵の笑みを浮かべ、そっとその手を掴んで獣道へと踏み入った。
「ところで椛」
「ん?」
守矢神社から獣道に入ってしばらく。妖夢は前を歩く椛に声をかけた。心なしか、その表情は引きつっているように見える。
「その……いつもの格好とあまり変わらないですけど、寒くないんですか?」
「多少は冷えるが、今日は着込んでいるからな。それほどでもない」
「き、着込んで……?」
椛の言葉に、妖夢は訝しげな表情。
「見てわからないか?」
「いえ、わからなくもないですけど……」
妖夢は改めて椛の服装を見直す。
赤い高下駄、鮮やかな赤い楓模様が裾に散りばめられた藍のスカート。白い脇出しの装束に、その下には見慣れない、身体にぴったりとフィットした黒いシャツ。純白の髪と獣の耳を頂く頭の上には小さな赤い八角帽がちょこんと乗っている。
確かに、いつもよりも着ている量が多いが……
「いつもより一枚多いだろう?」
「あっ、着込んでるって本当にそのシャツ一枚だけですか!?」
あまりにも当然といった顔で語る椛に、思わず大きな声をあげてしまった。
対してツッコミを受けた椛は、憮然とした表情を浮かべながらシャツの肩の部分を軽くつまみ上げ、
「それだけとは失礼な。こう見えてもこのシャツは、伸縮性、保温性抜群の優れものなんだぞ。何しろ河童製だからな」
そういえば、山には河童も住んでいると椛から聞いたことがあった。河童はみな手先が器用で、日ごろからよく分からないカラクリを作っているのだとか。
「なるほど河童製……それなら納得かもしれません。それにしても、河童は繕い物も得意なんですね」
「いや、そうではないらしいのだが……こういう“服を作る機械”を作り上げたらしい」
「え、それって……」
――つまり“服”は作れないけど、服を作る“機械”は作れる、ということ?
椛は呆れたようにため息を吐きながら呟く。
「まったく、機械を挟めば何でもありなのか、河童というやつは……」
「あ、やっぱり椛もそう思いましたよね」
「誰でもそう思う」
くつくつと笑う椛につられて、妖夢もマフラーに顔を埋めて笑った。
「……と、妖夢、この辺りは少し雪が積もっている。滑らないように気を付けろよ」
木々はみな葉を散らせていたが、枯れ木も山の賑わいとはよく言ったもの。葉はなくとも、幾重にも伸びた枝が、舞い散る雪のいくらかを防いでくれていた。そのため、山間部の積雪量は他よりも僅かに少ない。
見上げれば、積もった雪の重みで大きくしなる枝が見えた。どうやら、そのしなりによって出来た隙間から入り込んだ雪が、運悪く二人の行く先に積もってしまっているらしい。
振り返って注意を促す椛に、妖夢は頬を膨らませた。
「そんなに言わなくても大丈夫ですよ。子供じゃないんですから」
「すまんすまん」
「もうっ」
――こんな程度の雪で転ぶわけないじゃないですか。
苦笑する椛の視線を受けながら、妖夢は慎重に雪の積もった道に足を伸ばした。
ざむっ、と力強く一歩を踏み出した瞬間、
ぼすんっ!
「みょわっ!?」
頭に衝撃。
中身の詰まった米袋で殴られたかのような衝撃に、妖夢はたたらを踏んで、
「わたっ、たた!」
積もった雪と、でこぼことした道に足を滑らせ、
「っと!」
危うく転倒しかかったところで腕を引かれ、椛に抱きとめられた。
「だから気を付けろと言ったろう」
「あ、ありがとうございます」
偉そうなことを言っていたというのに、この体たらく。妖夢は顔が熱くなるのを感じながら、ただ椛にすがりつくしかなかった。
「これくらい避けられないようではな」
「うう、上からは反則です、よ……!?」
ぼやきながら、ふと妖夢は気が付いてしまう。自分の顔が半ばまで“埋まっている”ことに。その柔らかな感触に。
「どうした?」
「…………いえなんでも。行きましょう」
「?……ああ」
妖夢は努めて平静を装いながら、椛から離れて被っていた笠を外した。笠に積もった雪を払いながら、内心の動揺を必死に押さえつける。
――な……なんてこと……
笠を被りなおした妖夢は、前を歩く椛に気付かれぬようこっそりと自分のふくらみに手を当てて。
「……」
そのなだらかさに、打ちのめされるのであった。
「着いたぞ」
木々の連なりが終わったところで、椛は足を止めた。かれこれ十五分は歩いただろうか。普段ならばそれほど辛い道のりではないが、雪道となると話は違う。
先の一件のこともあり、必要以上に気を付けて歩いていた妖夢は、やや息を切らせながらも森を抜け、
「うわぁー……!」
眼を輝かせて声をあげた。
少し開けた崖になっているここは、山の中腹から麓までを一望できた。視界いっぱいに広がるは妖怪の山、天狗の領域側。
雪化粧真っ只中の山はただ白く、降りたる雪でその身を更に白く染め。葉を散らせ、物寂しく雑然と佇むばかりだった木々も、いまは雪に覆われてその輪郭はおぼろげに、山に溶け込んでいる。
轟々――。
しかし山を降る大瀑布、九天の滝はその様相を変えることなく、彼方で静寂を砕き続けていた。水飛沫が霞となって漂って、山の麓は更に深い白に染まっている。
雪の白と飛沫の白と。二つの白に山は彩られていて。
「きれー……」
冥界ではなかなかお目にかかれない雪景色。その壮観さに、妖夢はほうと見惚れる。
「八百万の神々が住まうこの山は、多くの神徳に満ちている。美味い作物が採れることも然り。この美しい景色もまた、そんな神徳の一つなのだろうな」
「……神様に感謝しないとですね」
並んで二人、しばし山の景観を眺め。
しんしん。
「さて」
やがて椛は歩を進め。
「そろそろ始めようか」
そう言いながら示す先は、崖の縁近く。そこには大きな御座が何枚も重ねて敷かれていて、中心には大きな唐傘が打ち立てられていた。そして御座の上で妖夢たちを待っていたのは、赤々と焼ける炭が詰まった七輪と、一卓のちゃぶ台。
「私も寒い。早く酒でも呑んで暖まろう」
「そうですね」
吐く息は白く。
椛の後に続いて、妖夢も御座の上に腰を下ろした。背負っていた荷物を置く間に、ふるふるとその身に積もった雪を払った半霊も御座の上に。
笠とマフラーを外した妖夢は、七輪の前に手をかざし、
「はあぁぁぁ……あったかい」
緩んだ声を上げた。半人の緩みがうつったか、半霊もだらしなく七輪の近くでへばっている。
焼けた炭の発する熱が、冷えた身体にじんわりと染みこんで。
いそいそと外套の前を開き、妖夢は身体の前半分を七輪の前にさらす。
じんわり。
「あー……あったかい……」
「ほら、いつまでやっているんだ」
緩んだ頬にぴたりと何かが当てられた。じわりじわりと迫り来る灼熱感。
「熱ッ!? 熱いです!」
半霊と一緒に身をびくりと跳ねさせた妖夢の眼前に、七輪を挟んで呆れ顔の椛。その右手には二つの猪口を、左手には銚子を持っている。
「ほら、いつまでも蕩けてないで」
「あ、ありがとうございます」
差し出された猪口の一つを受け取って、椛の酌を受け、
「私、注ぎます」
「ああ、すまない」
次に銚子を受け取った妖夢は、椛の猪口にそれを傾け。
二人の猪口が液体で満たされ、ふわりと湯気が立った。なるほど、先ほど頬に受けた熱はこの銚子だったか。
熱燗で満たされた銚子をほんの少しだけ睨みつけ、妖夢はそれをちゃぶ台の上に置いた。
「二人だけの酒の席だ。堅苦しい挨拶はいらないだろう」
「そうですね。ぱぱっと始めちゃいましょう」
そして二人は杯を掲げ、
『乾杯』
キンと澄んだ音が、宴の始まりを告げる。
轟々――。
いつしか雪は止んでいて。御座を覆っていた唐傘を閉じて見上げた空には、雲の切れ間から煌々と輝く三日月の姿。
三日月と、月明かりを浴びて夜闇にうっすらと輝く白い山を肴に、二人の少女は杯を交わす。
妖夢の荷物――手製のつまみもあらかた平らげ、いまはただ、言葉を交わしては酒を遣り、景観を眺めては酒を遣り……
「妖夢」
やがて椛はおもむろに立ち上がり、妖夢にも立つよう促した。
「どうしたんですか?」
酒が回ってきているか、少しおぼつかない足取りで妖夢も腰を上げると、椛は山を指差し、
「あそこ、覚えているか?」
「?」
指先を辿って山を見つめ、
「あ……」
小さく声をあげた。
椛の示す先――そこは平坦で、少し木が少ないくらいの、何の変哲もない山の一面。
しかし、妖夢と椛にとっては思い出の場所。
「あそこは……」
「そう、私とお前が初めて出会った場所だ」
始まりは、敵同士――
あの秋の日、主の命によって妖怪の山に侵入した妖夢は、哨戒の任についていた椛と出会った。
山に侵入するものと、それを阻むもの。命のやり取りをした間柄。
彼方を見つめながら、ぽつり、ぽつりと椛は言葉を紡ぐ。
「最初は、ただの“興味”だった」
「だが……剣を交えて、言葉を交わして。やがて私の中の“興味”は大きくなっていった」
「たった一太刀。それでも、天狗の剣を凌駕した少女――」
「私は、お前の――魂魄妖夢の“未来”を見てみたくなったんだ」
「だから、妖夢……」
小さく息をついてから、椛は妖夢の瞳を静かに見つめた。ほのかに赤みを帯びた黒檀の瞳には、僅かに緊張の色が見えて。
「……椛?」
いぶかしむ妖夢と視線が交差する。
「だから……」
瞳を閉じて、深呼吸。微かに震える唇で、椛は再び言葉を紡ぐ。
「これからも、私の友でいてくれるか?」
「…………」
吐く息は白く、二人の間を漂っては消え。
揺れる瞳に映る自分は、眼を瞠り、口をぽかんと開けた姿。間の抜けた顔をしていると思いながらも、妖夢は硬直から脱することが出来なかった。
――そんなの…………
しばし呆然と黒檀の瞳を見つめていた妖夢は、やがてため息を一つ吐き、
「そんなの、当たり前じゃないですか」
その右手を差し出して、
「私はもう、椛のことを無二の友達だと思っています」
微笑む。
「私からもお願いします。これからも、ずっと私と友達でいてください」
今度は椛が呆然とする番だった。先ほどの妖夢と同じように、その眼を驚愕に瞠り、妖夢の顔を見て、差し出された右手を見て。
「…………」
轟々――。
強くて、かっこよくて、そして優しい椛が、初めて“弱さ”を見せてくれた。そのことが妖夢は嬉しかった。椛の心に、自分はいるのだと。自らの弱いところを見せられるほど深いところに、魂魄妖夢は確かにいるのだと。
交わる視線。椛は瞳を閉じて深く息を吐き、笑う。
「ああ。よろしく頼む」
そして椛は妖夢の右手を強く握り返した。
「うふふ」
「……さっきから何だ?」
再び腰を下ろして、酒盛る二人。
含み笑いを続ける妖夢に、椛は訝しげな視線を向けた。
「え、だって……」
――いつも凛としていてかっこいい椛。でも
「意外と淋しがりなんだなぁと思って」
「……いや、淋しがりと言うかだな」
椛は頬をかきながら続ける。
「もうじき春になる。春は“出会いと別れの季節”と言うから、妖夢にも新たな出会いが訪れることになるだろう。そうなった時、いつしか山に来なくなってしまうのではないかと……その、少し、気になってな。
いや、決して淋しいからとかそういう理由では」
「はいはい、わかりましたよ」
見え見えの言い訳を遮り、妖夢はつつつと椛の隣に移動する。
椛の頬が朱に染まって見えるのは、炭の火に照らされていることや、酒が入っていることだけが原因ではないだろう。
――椛、かわいい。
妖夢は、たじろぐ椛の肩に寄りかかり、
「私たちはずっと友達です。これからも、ずっと、ずっと……」
「う、うむ……」
「うふふ」
「……妖夢、お前、酔っているだろう?」
「酔ってませんよぉ」
少しふわふわで、少しぐるぐるするだけ。酔ってなどいない。
「酔ってませんよぉ」
「何で二回言った? 酔っているだろう」
呆れたような声が頭の上から降ってくる。だが、いまの妖夢にとってはそれすらも心地よく。
「うふふ、淋しがり屋さんですね、椛は」
「……まったく、違うと言っているのだがな」
「ほう、犬走は淋しがり、と」
「だから違うと――ッ!?」
唐突に降ってきた第三者の声に、妖夢はのんびりと、椛は弾かれたように天を仰いだ。
見上げた先には、黒髪の少女。赤い高下駄、赤い八角帽は椛と同じもの。襟に楓模様があしらわれた白いブラウスに、黒のスカートといった出で立ち。
「こんばんは、お二人さん」
「あー、射命丸さんだ。こんばんは」
「……パンツ見えてますよ」
「!」
椛の指摘に、少女――射命丸文は慌ててスカートを抑えながらこちらに降りてきた。
そして頬を赤らめ、上目遣いに椛を睨みながら、
「……えっち」
「そういうの要りません」
あからさまにあざといながらも、そのしぐさは非常に可愛らしいものだった。が、無論そんなものが椛に通じるわけもなく、ばっさりと切り捨てられた。
「相変わらず容赦ないわね」
「どうも。それで、どうしてこんなところにいるんです?」
「里まで取材に行ってたのよ。で、その帰りに明かりが見えたから気になって」
「雪の中、ご苦労なことで」
ひらひらと見せていた手帳をしまい込みながら、文は高下駄を脱いで御座の上へ。そして両手を七輪の前にかざしてほっと一息。
「あー、いいわね。暖かい」
「射命丸さんもどうですか?」
ぬくむ射命丸に、自分の猪口を差し出しながら妖夢は言った。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
猪口を受け取った射命丸は妖夢の酌を受け、注がれた熱燗をくいっと飲み干し、
「んーっ、冷えた身体に染みますねぇ」
じっくりと酒を味わいながら、文はぐるりと景色を見回す。
「素敵な景色。いい肴だわ。犬走はここでよく呑むの?」
「たまに。山の哨戒をする身ながら、山の全体をじっくり見る機会はあまりないですから」
「ふうん」
「それに、こんなところまでくる人妖もいない。静かに呑むにはうってつけの場所です」
椛の言葉に耳を傾けながら、文は再び取り出した手帳にさらさらとペンを走らせる。
その様子に、椛は眉間に皺を寄せた。
「記事にしてほしくはないのですが」
「ダメ?」
「個人的に気に入っている場所なので、あまり騒がしくなるのは好みません」
ここは妖怪の山の管轄から外れた場所。山に所属しない人妖も足を踏み入れることのできる地だ。文が記事にすれば、この場所を訪れるものが増えるだろう。そうなれば、この静寂を味わうことも難しくなってしまう。
文は開いた手帳を口許に当てて、考える素振りを見せて、
「うーん……ま、犬走のお気に入りを奪うのも気が引けるか」
「助かります」
ぱたん、と手帳を閉じて、椛に向かってウインクを一つ。
「いいわよ。特にスクープってものでもないし。それに、山の景色よりも面白い話を聞けたから」
「う。」
言って文はにまりと笑う。
「そぉでしたか。犬走は淋しがり屋さんでしたか」
「いや、その」
「そうなんですよ、実はさっきですねぷ」
「妖夢、黙ってなさい」
椛は、にへらと緩んだ笑みを浮かべる妖夢の口を押さえ、
「射命丸さん、妖夢は酔っています。酔っ払いの言葉を鵜呑みにするのは、真実を追究する新聞記者としていかがなものかと」
「あー、隠そうとしても無駄よ。さっきのやり取りは一字一句漏らさずメモらせてもらったから」
手帖を開いてにやりにやりと笑みを絶やさぬ文の言葉に、今度こそ椛はビシリと固まった。傍目からもよくわかるほどに、見る見る顔から血の気が引いていく。
「……どこから、見ていました?」
「『最初は、ただの“興味”だった』から」
とうとう椛は頭を抱えてうずくまってしまった。
「またっ……最初から……ッ!」
「ふふん、まだまだ修行が足りないわね」
「うぐぐ……」
先ほどの血の気が引いた様子から一転、今度はヒトの耳まで羞恥で真っ赤に染めながら椛は呻く。
そんな椛を眺めながら、妖夢はのんびりと頬を緩めて。
――恥ずかしがる椛も初めて見たな。やっぱりかわいい。
「さて、私はそろそろ帰ろうかしらね」
悶絶する椛の頭をぽんぽんと叩いてから、文は高下駄を履いて宙に舞う。
「ぐるる……!」
「もう行っちゃうんですか?」
「ええ。取材の内容をまとめないといけないですから」
怨嗟の唸りを華麗に受け流し、文はひらひらと手を振りながら離れてゆき、
「あ、そうだ」
空中でぴたりと停止して、首から提げていたカメラを構えた。
「フィルムが余っているので、お二人を撮ってもいいですか?」
「わ、いいんですか?」
「はい。このままでは無駄になってしまいますから」
「…………」
表情を輝かせる妖夢とは対照的に、椛は疑わしげな眼差しを文に送る。
「……その写真」
「現像したら犬走にも分けてあげるから安心しなさい」
「適当な理由をつけて記事に使ったりは」
「しないしない」
「では焼き増ししてどこかで売り捌いたりは」
「しないってば」
「では顔の部分を切り取っていかがわしい写真と組み合わせたり」
「しないわよ! 私ってそんなに信用無い!?」
「冗談ですよ」
さすがに涙目になった文に向かって椛は皮肉げな笑みを浮かべた。
「さっきのお返しですよ」
「……いぢわる」
「ですから、そういうのは要りません」
「ひどい。ほら、早く並んで。あ、座ったままでいいわよ」
指示に従って妖夢と椛は七輪の横に並ぶ。文はファインダーを覗き込んで、
「んー……魂魄さん、半霊が見切れてます。もっと寄せてください」
「あ、ごめんなさい」
「というか、半霊が妙に角ばってますけど……緊張してます?」
「ちょ、ちょっとだけ」
「もっとリラックスしてくれて構いませんよ。あと犬走。アンタはもっと笑いなさい。そんな仏頂面を私に撮らせる気?」
「む……」
「はいはい、二人とも笑って。撮りますよー」
…………
「それではっ! 写真は現像したら差し上げますので!」
ぴっ、と額に手をかざして敬礼のポーズをとった文は、転進して山の奥へと飛んでいってしまった。
残されたのは、疲れた様子の少女が二人と霊魂が一つ。背中合わせに座り込み、妖夢も椛もげんなりとした表情を浮かべていた。
「やれやれ、やっと終わったか」
普段から愛想笑いなどしない椛にとって、文の『笑え』という要求はなかなか骨の折れるものだった。
やれ表情が硬いもっと笑えだの、やれそんな歪んだ笑顔で睨むな怖いだの。
おかげでなかなかシャッターを切ってもらえず、顔面が筋肉痛になりそうだ。
「そんなに私は笑えていなかっただろうか……?」
「…………」
轟々――。
言葉は、彼方の瀑布に溶け消えて。
背後から反応がないことに、椛は訝しげな表情を見せた。
「妖夢?」
「……すぅ」
背から伝わるは、確かなぬくもりと規則正しい呼吸の気配。
「寝てしまったか」
無理もない。朝から昼までは広大な白玉楼庭園の剪定。そして雪の中、長い山道を歩き、獣道を歩き。挙句に酒が入れば眠気も限界を超えよう。
「片付けは……明日でいいか」
ゆっくりと身体を動かして、妖夢を御座の上に寝かせてから椛は立ち上がり、
「ンう!?」
突如として襲い掛かった衝撃に、悲鳴を上げて突っ伏した。
「う……おぉ……」
つま先から頭のてっぺんまで、もれなく痺れている。四肢の一本でも動かせば、その瞬間に再び痺れが走り。
――こ、これは……!
苦心しながら首を動かし背後に目を向ければ、そこには予想通りの光景。
臀部からたゆたう白い尾が、銀髪の少女に抱き締められていた。
尻尾は、白狼天狗に残っている数少ない“獣”たる部位。ヒトの部位よりも敏感なのである。気を張っていれば、それこそ武器として使える程度には強固になるのだが、今回は完全な不意打ち。その衝撃は、椛を行動不能に陥らせるには十分だった。
「く……妖夢、離れるんだ……!」
痺れに耐えながら、椛は妖夢の腕に手をかけて引き剥がそうとする。
が、
ぎぅ。
「ひあッ!!」
抵抗の意か、尻尾をさらにきつく締め上げられ、椛は再び悲鳴をあげた。
さらに、
ぐりぐり。
「あっ! あ……」
ダメ押しとばかりに顔を埋め、押し付けてくる。
「よっ、やめ」
弱々しくも必死に妖夢を引き剥がそうとする椛に、とどめの一撃が入る。
ぎゅぅぅぅぅぅぅ! ぐりぐりぎゅぅぅぅ!!
「んん……ッ! あああ!!」
抱擁と押し付けの連携攻撃を受けて、椛は断末魔の――あるいは絶頂の?――声をあげ、果てた。
轟々――。
「…………」
「……すぅ」
あとに残るは、止まぬ滝の音と、少女の寝息。
なお、二人が風邪を引かなかったのは、不幸中の幸いであった。
了
椛のしっぽもふもふしたい…
ところどころの誤変換に、楽しくなって一気に書いた感が見えるwww
良い雰囲気を感じさせてもらいました。
規模は劣るとはいえ、自分が冬の間に何度か訪れる場所もこんな感じなので、
かなりイメージし易い、つまりは感情移入が出来る景色でありました。
一面の銀世界に、これは意識的なのでしょうね、時折視界に挟み込まれる赤が良いコントラストとなっている。
椛と文などは、配色も相まって雪景色で戯れる丹頂鶴のようだ。
それと前作でも感じたのですが、何気ない描写でキャラの魅力を引き立たせるのがお上手だなぁ、と。
半霊ちゃんを外套にしまってあげる妖夢だとか、尻尾の雪を落とす椛などはとても好ましいです。
それにしても、なるほど。個人的にはスレンダー美人な印象の犬走さんなのですが、
妖夢を無名の丘としたら、やっぱり妖怪の山レベルに達するのでしょうか? ひょ、標高は如何ほど?
ラストは酔う妖夢と尻尾が弱点椛さんで可愛らしく、そしてそこはかとなくエロティックに〆ってことで、
うん、良い感じだ。
素敵なお話をありがとうございました。
ちょっと前作読んできますね~
>>1, 2, 3
みんなもふもふ大好きさん。
>> 深夜2時な程度の能力さん
実のところ、一ヶ月かけてのんびり書いた作品なのでした。
お察しの通り、書いていてとても楽しかったのですが、しかし誤字、誤変換が減らないことは大いに反省する点です。
>>6
つまり、日本海側ではギリギリ季節はずれではなかった、ということ。
……いえやっぱり季節はずれですね。
雰囲気が伝わってよかったです。
>> コチドリさん
椛の標高は実際に飛び込んで確かめてみましょう!
今回も誤字の指摘ありがとうございます。修正させていただきます。
>> 白銀狼さん
前作もよろしくお願いします。
椛と妖夢のやりとりが可愛いのは勿論のこと、文もとっても可愛くて、読んでいて思わず頬が緩んじゃいました。
あぁもうっ、みんな可愛いなぁっ!
コメントありがとうございます!
これからも少女たちの可愛いところ、かっこいいところをピックして描いていけたらなと思います。
冬山で友と共に呑むお酒、そして相変わらずの横槍っぷりを発揮する文。
シリーズの二話目を思い出すような短編でした。視点が近づいた分だけ
二人の親密になった距離感が好く表されていましたね。
読ませて頂きまして、ありがとうございます。
個人的に冬山というものは死んでいる、眠っていると言ったイメージがあったのですが、こうして見ると降り積もる雪やそれに厚みを与える枯れ木など、静的でありながらも観るべきところは多いのだなあと、冬山の印象が覆されてしまいました。
そして何より二人の絡みがとても好きです、このシリーズを知った時点で完結間近だったのですが、花に嵐とばかり、忙しない二人が静かな山でしっとりとした時間を過ごすこの話が実は一番好きだったりかもしれません。
いつもは落ち着いている椛がふと感傷的になるのも、それを受けた妖夢がここぞとばかりにグイグイ行くのも、大変ごちそうさまです。今回は酒がとてもいい仕事をしてくれました、本音を語るには効果的ですものね、お酒。