「私が先にお姉ちゃんのからだ流してあげるね!」
「じゃあ、お願いするわ」
私ーー古明地さとりは今、妹のこいしと、地霊殿のとある温泉で憩いのひと時を楽しんでいる。憩いと言っても、隣に可愛い妹がいると、どうしてもソワソワしてしまう性分の私。肩にお湯を掛け、珍しくバシャバシャと音をたてないこいしに目を配り続けることで精一杯だ。
初春の幻想郷。まだ寒さが残る今宵は、月の見えない地霊殿露天風呂を少し拝借している。地霊殿の権限が全て、この私が掌握してる。とは言っても、ここは結局門前雀羅の温泉郷。たまに地底の醜悪な妖怪が訪れる程度で、今ではもう繁盛の痕跡すら確認できなかった。
名声は関係ない。私はこいしと温泉にただただ来たかっただけなのだ。
湯気が立ち込め、視界がだんだんと悪くなってきたころ、露天風呂ーー露天風呂と言ってもここは地底なので、別に星や夜空が一望できるわけではないーーには、ぼわぁんと映る姉の背中があった。そこには、妹の握るスポンジがたっぷりと泡を立てて、わしゃわしゃと上下に丁寧に動いていた。
泡が背中から落ちようとすると、すぐにこいしの手がそれを掬い、丁寧にスポンジに染み込ませる。こいしなりの気遣いらしい。
「こいし、背中洗いとても上手よ。まるで魔法でも使ってるみたい」
「えへへ」
ほんとうに、滑るように優しい。魔法でも使ってるかのような、可愛らしい優しさよ。
でも、ちょっと泡たてすぎかも。おかげで前が見えないわ。
「こいし、前が見えないからシャワー浴びせてくれる?」
「はーい」
こいしの手の感じが消え、数秒の間はもの寂しかった。妹の温もりと言うものか、首を上げても何も見えなかった。
忽ち心地良いお湯が項から流れ、私の視界に光を差す。でも、相変わらず立ち込める湯気で、視界は悪かった。
手にまだ残ってる泡を拭い、髪を下ろした。私の髪、ちょっと癖っ毛ね。
「お姉ちゃん。ちょっと万歳してみて」
……急に何かしら?
この子は急によくわからないことを言い出す。ときには、常識の範疇をぶった斬る。でも私はこの子だけとは、自然に優しく話せるのだ。それはやはり、彼女の持つ無意識のほかならない助けによる安堵感のおかげであった。
会話で、嫌でも心が読めてしまう私にとって、心の読めない人との会話は心に安らぎを与える。ただ、その会話が成り立つ条件は、こいしであること。或いは相当なおバカさんである必要がある。お空なんかは……先がまったく読めないもの。
そしてたまにこの読めない言動により、私が苦痛を噛みしめることになる。
「万歳?これでいいかしら?」
私がゆっくりと両手を天に掲げたとき、サーッと横風が冷たく感じられた。腋下がぬるい。支えるものがなにもなくなり、露わになったからだに自然と羞恥はなかった。後ろにいるのは妹。ただそれだけのこと。それだけで私はなんの危機感も感じないのだ。
しかし、ふと胸に違和感が奔った。
むにっ。
「きゃふん!」
こいしの手が私の胸に触れたのだった。その優しい手で揉まれてしまっていた私は、しばらく動けなかった。目を瞑り、こらえた。でも不思議と嫌じゃない。赤面した私に訪れたのは、快感だった。
やがて手が離れ、私はこいしに訴える。
「なにするのよこいし!」
後ろを見て怒鳴った私に映ったこいしは、両手をわきわきと動かしていた。
なに……その動き?
「お姉ちゃん……私と同じくらい」
「へっ?」
「良かったぁ。こいしとお姉ちゃん、同じくらい!」
羞恥というよりむしろ、悲哀が私を襲った。女にとってそれは、それ以上に姉としてその言葉は、とてもとても深く傷ついた。
妹と同じサイズ……妹と同じサイズ……妹と同じサイズ……そんな言葉がずっと頭を廻る。
迂闊だった。こいしはもう私の思ってるよりも遙かに成長していた。
「……気にしてたこと、サラッと言っちゃうんだから」
「え?お姉ちゃん気にしてたの?」
ちょっとね、と呟くと、こいしは深々と頭を下げて、「ごめんねお姉ちゃん!」と言った。
そこに映ったこいしは、ハッキリと私の視界にいた。この通りと言わんばかりに、頭の上に合掌している。
たぶん下を向いているこいしはニヤニヤしてるのだろうが、ここで叱るわけにはいかなかった。無意識なら、しかたないーーいや、今のは意識か。
こう謝られては、姉として妹を匿うべきだと自らに戒める……と、こいしに思わせるように優しく語りかけた。
「いいのよこいし。そんなに頭下げないで」
「許してくれる?お姉ちゃん、こいしのこと許してくれる?」
「ええ、もちろん許すわよ。可愛い妹だもの」
こいしは突発的で予測不能だが、純粋無垢な幼さを私には見せてくれる。単純だし、複雑。許してあげれば、笑顔を見せてくれるし、逆に叱ると、顔を顰めてムスッとしたり、泣き出したりしてしまう。幼いころの私によく似ていた。
「こら!お風呂には飛び込まないの!」
許したと同時にこいしは風呂に飛び込んでいた。飛沫が四方八方に散り、蒸気となって更に視界を悪くした。
まったく、こいしの行動はよくわからない。でも、私がおかしいのかも。物静かな私より、妙に行動的な彼女のほうが……
静かに湯船に身を鎮めた私の隣に、すっとこいしが寄り添ってきた。
「お姉ちゃんの隣、あったかい……」
「貴方の姉ですもの」
綺麗な素肌が触れ、丁寧に洗われたからだに私はこいしに感謝する。恥ずかしいので、心の中で、小声で。ありがと、こいし。
私はこいしに話したかった話題を持ち出した。
「昨日ね、スカーレットのお姉様が地霊殿にいらしたの」
「スカーレットって、あの立派なお屋敷の主さん?」
「そうよ」
「へぇ、全然気づかなかった」
「そりゃそうよ。貴方、いきなりふらーっと外に出かけちゃうんだもの」
無意識。彼女は時折無意識的に外に出かけては、いつのまにか帰ってきている。
昨日も何かに誘われるように地霊殿を出るのを、他の妖怪が見たそうだ。
私はペットの世話で手一杯だった。お空専用のお世話マシン、河童に作ってもらおうかしら。あの子はこいしよりも……よくわかんないわ。
「そうなの?全然気づかなかったよ」
「自分の行動も把握してないのね……」
「無意識はこいしにもわからないよ。わかったらそれは、意識だもの」
「うっ……」
確かにその通りだ。妹が話すことは、たまに的を射るので困る。ごくまれだが。
「とにかく、レミリアさんがいらしたの」
「まさか、弾幕勝負なんてしてないよね!?」
「そんな物騒なことはしてないわ。まあ、昔はちょっと“イザコザ”があったけどね」
「そんなに仲良くできなかったもんね……」
かつて地底と地上では、ちょっとしたイザコザがあった。そこでさとりとレミリアが対立したのだった。尤も、今では良き思い出である。
レミリアにも妹がいると言うので、今度是非会ってみたいものだ。
「でね、相談だったのよ」
「相談?」
「ほら、レミリアさんにも妹がいるじゃない?」
「会ったことはないけど、聞いたことはあるよ!」
嘘だーーいや、厳密には嘘ではない。昨日レミリアがやって来たとき、少し前にこいしが妹と遊んでくれたと言ってきた。つまりこいしとフランは対面済みなのだ。
彼女には珍しい、とても喜色満面の笑顔で妹の話をしていた。少なくとも、それが私が見たレミリアの初めての“笑顔”だった。
彼女の妹……きっとお姉ちゃん思いで、可愛らしいに違いない。こいしとも仲良くなれるだろうか。
「で、どんな相談だったの?」
「妹さんのことなんだけど」
「それはさっき聞いたよ」
あらやだと、口に手をかざしてごまかす。ボケてる。温泉で頭がのぼせてしまったのかも。
「彼女の妹、フランドールって言うのだけれど、レミリアさんはフランって呼んでたわ」
「フランちゃん……フランちゃん……」
ブツブツと呟くこいしをみて、私の頭では過去の暗い思い出が……
「お姉ちゃん?大丈夫?」
ハッと我に返ると、こいしは私の目を覗き込んで心配そうに見つめていた。
姉である私がそんなにマイナスではいけないーーせめてこいしの前では明るく保ちたいの。そう、心に誓ったのだ。
「ええ、大丈夫よ。少しのぼせたみたい」
「心配だよ。そろそろお風呂あがろう?」
「……そうね。もう少し浸かりたかったのだけれど」
この話はまたの機会にしよう。こいしの気遣いを無視したくない。
そのこいしの心配そうな顔を見て、昨日の会話がフラッシュバックした。
ゾクゾクと脳裏を廻る会話に私は耳を傾けた。
『相談事?貴方に限って珍しいですね』
『そうなのよ。だから相談しにきたの』
『ところで内容は?』
『私には妹がいてね……フランって言うの。とっても可愛いのよ。そういえば少し前に貴方の妹がフランと遊んでくれていたわ』
『こいしが!?』
『ええ。あの子は力が強くて、いつも遊び相手を粉々にしちゃうから、どうしても一人ぼっちになってしまうの。でも、そんなとき貴方の妹がふらーっとやってきて、フランと遊んでくれた。それがとっても嬉しいの』
『なんだか、貴方と私って、似てますね』
『なっ、何言ってるのよ!貴方と似てるって、冗談もほどほどにしなさいよ!』
『そんなに照れることないじゃないですか。本当は安堵してるんでしょ?』
『だからそんなことは……』
『私には“第三の眼”があって、これで相手の心が読めてしまうのです。嫌でもね』
『便利な魔法ね』
『不便な能力です』
『それで私は、せめてフランの前では笑顔でありたいと、そう心に誓ったの』
『なら、私に相談なんていらないじゃないですか』
『そこが問題なんじゃないの』
『全然問題なんかじゃありませんよ』
『え?』
『顔は笑ってなくても、心が笑ってる。貴方はきっと、世界中の何よりも妹さんを愛してる。私に対してそこまで明るくできるのならば、妹さんの前では簡単なことではなくて?』
『…………』
レミリアさんも言っていた。
せめて妹の前では明るく、笑顔でありたい、と。
それが、今の私にできてるだろうか?こいしに安心してもらえるよう、ずっと笑顔でいてあげてるかしら?
私にはわからない。相手の心が読めても、自分の心が読めなければ、しかたのないことだ。
こいしは、私のことをどう思ってるのだろうか?ふと、そんな疑問が浮かぶ。
「お姉ちゃんって、いつも優しい顔してるよね」
「えっ?」
青天の霹靂。
フルフルと顔を振って、髪の水を払いながらこいしがそう呟いた。
理解するのに時間がかかった。
理解しても、よくわからない気分になった。
「こいしはね、お姉ちゃんの顔を見てると安心できるんだ」
「………………」
どんな感情なんだ、私は。恥ずかしいし、嬉しいし、抵抗もしたい。
不意にムスッと頬を膨らませた自分が可愛かった。
「あ、お姉ちゃん照れてる~」
「てっ、照れてなんかないわよ!」
「照れ隠ししないの!」
ほら早く来てと言うが早いが、こいしは私の手を引っ張って浴場から連れ出した。
浴場のドアをこいしがガラガラとスライドさせる。スーッと立ち込めた湯気が外に逃げようとして、私とこいしを追い抜いて流れ出した。
少なくとも、私の小さな気遣いはこいしに伝わってるらしい。それが何よりも嬉しかった。
私の手からこいしの手がスルリと抜け、温もりを失った手が赤に染まる。
「お姉ちゃん早く早く!風邪引いちゃうよ!」
ーー少し、こいしの前でもデレようかな……ほんのちょっぴりだけ……
私が不意に後ろを向くと、薄くなった湯気に仄かな影が二つ、にんまりと笑った気がした。大きいのと、小さいの。
咳払いを一つして振り返り、足元を確認して段をまたいでから、私は久々の“憩いのひと時”を後にした。
「じゃあ、お願いするわ」
私ーー古明地さとりは今、妹のこいしと、地霊殿のとある温泉で憩いのひと時を楽しんでいる。憩いと言っても、隣に可愛い妹がいると、どうしてもソワソワしてしまう性分の私。肩にお湯を掛け、珍しくバシャバシャと音をたてないこいしに目を配り続けることで精一杯だ。
初春の幻想郷。まだ寒さが残る今宵は、月の見えない地霊殿露天風呂を少し拝借している。地霊殿の権限が全て、この私が掌握してる。とは言っても、ここは結局門前雀羅の温泉郷。たまに地底の醜悪な妖怪が訪れる程度で、今ではもう繁盛の痕跡すら確認できなかった。
名声は関係ない。私はこいしと温泉にただただ来たかっただけなのだ。
湯気が立ち込め、視界がだんだんと悪くなってきたころ、露天風呂ーー露天風呂と言ってもここは地底なので、別に星や夜空が一望できるわけではないーーには、ぼわぁんと映る姉の背中があった。そこには、妹の握るスポンジがたっぷりと泡を立てて、わしゃわしゃと上下に丁寧に動いていた。
泡が背中から落ちようとすると、すぐにこいしの手がそれを掬い、丁寧にスポンジに染み込ませる。こいしなりの気遣いらしい。
「こいし、背中洗いとても上手よ。まるで魔法でも使ってるみたい」
「えへへ」
ほんとうに、滑るように優しい。魔法でも使ってるかのような、可愛らしい優しさよ。
でも、ちょっと泡たてすぎかも。おかげで前が見えないわ。
「こいし、前が見えないからシャワー浴びせてくれる?」
「はーい」
こいしの手の感じが消え、数秒の間はもの寂しかった。妹の温もりと言うものか、首を上げても何も見えなかった。
忽ち心地良いお湯が項から流れ、私の視界に光を差す。でも、相変わらず立ち込める湯気で、視界は悪かった。
手にまだ残ってる泡を拭い、髪を下ろした。私の髪、ちょっと癖っ毛ね。
「お姉ちゃん。ちょっと万歳してみて」
……急に何かしら?
この子は急によくわからないことを言い出す。ときには、常識の範疇をぶった斬る。でも私はこの子だけとは、自然に優しく話せるのだ。それはやはり、彼女の持つ無意識のほかならない助けによる安堵感のおかげであった。
会話で、嫌でも心が読めてしまう私にとって、心の読めない人との会話は心に安らぎを与える。ただ、その会話が成り立つ条件は、こいしであること。或いは相当なおバカさんである必要がある。お空なんかは……先がまったく読めないもの。
そしてたまにこの読めない言動により、私が苦痛を噛みしめることになる。
「万歳?これでいいかしら?」
私がゆっくりと両手を天に掲げたとき、サーッと横風が冷たく感じられた。腋下がぬるい。支えるものがなにもなくなり、露わになったからだに自然と羞恥はなかった。後ろにいるのは妹。ただそれだけのこと。それだけで私はなんの危機感も感じないのだ。
しかし、ふと胸に違和感が奔った。
むにっ。
「きゃふん!」
こいしの手が私の胸に触れたのだった。その優しい手で揉まれてしまっていた私は、しばらく動けなかった。目を瞑り、こらえた。でも不思議と嫌じゃない。赤面した私に訪れたのは、快感だった。
やがて手が離れ、私はこいしに訴える。
「なにするのよこいし!」
後ろを見て怒鳴った私に映ったこいしは、両手をわきわきと動かしていた。
なに……その動き?
「お姉ちゃん……私と同じくらい」
「へっ?」
「良かったぁ。こいしとお姉ちゃん、同じくらい!」
羞恥というよりむしろ、悲哀が私を襲った。女にとってそれは、それ以上に姉としてその言葉は、とてもとても深く傷ついた。
妹と同じサイズ……妹と同じサイズ……妹と同じサイズ……そんな言葉がずっと頭を廻る。
迂闊だった。こいしはもう私の思ってるよりも遙かに成長していた。
「……気にしてたこと、サラッと言っちゃうんだから」
「え?お姉ちゃん気にしてたの?」
ちょっとね、と呟くと、こいしは深々と頭を下げて、「ごめんねお姉ちゃん!」と言った。
そこに映ったこいしは、ハッキリと私の視界にいた。この通りと言わんばかりに、頭の上に合掌している。
たぶん下を向いているこいしはニヤニヤしてるのだろうが、ここで叱るわけにはいかなかった。無意識なら、しかたないーーいや、今のは意識か。
こう謝られては、姉として妹を匿うべきだと自らに戒める……と、こいしに思わせるように優しく語りかけた。
「いいのよこいし。そんなに頭下げないで」
「許してくれる?お姉ちゃん、こいしのこと許してくれる?」
「ええ、もちろん許すわよ。可愛い妹だもの」
こいしは突発的で予測不能だが、純粋無垢な幼さを私には見せてくれる。単純だし、複雑。許してあげれば、笑顔を見せてくれるし、逆に叱ると、顔を顰めてムスッとしたり、泣き出したりしてしまう。幼いころの私によく似ていた。
「こら!お風呂には飛び込まないの!」
許したと同時にこいしは風呂に飛び込んでいた。飛沫が四方八方に散り、蒸気となって更に視界を悪くした。
まったく、こいしの行動はよくわからない。でも、私がおかしいのかも。物静かな私より、妙に行動的な彼女のほうが……
静かに湯船に身を鎮めた私の隣に、すっとこいしが寄り添ってきた。
「お姉ちゃんの隣、あったかい……」
「貴方の姉ですもの」
綺麗な素肌が触れ、丁寧に洗われたからだに私はこいしに感謝する。恥ずかしいので、心の中で、小声で。ありがと、こいし。
私はこいしに話したかった話題を持ち出した。
「昨日ね、スカーレットのお姉様が地霊殿にいらしたの」
「スカーレットって、あの立派なお屋敷の主さん?」
「そうよ」
「へぇ、全然気づかなかった」
「そりゃそうよ。貴方、いきなりふらーっと外に出かけちゃうんだもの」
無意識。彼女は時折無意識的に外に出かけては、いつのまにか帰ってきている。
昨日も何かに誘われるように地霊殿を出るのを、他の妖怪が見たそうだ。
私はペットの世話で手一杯だった。お空専用のお世話マシン、河童に作ってもらおうかしら。あの子はこいしよりも……よくわかんないわ。
「そうなの?全然気づかなかったよ」
「自分の行動も把握してないのね……」
「無意識はこいしにもわからないよ。わかったらそれは、意識だもの」
「うっ……」
確かにその通りだ。妹が話すことは、たまに的を射るので困る。ごくまれだが。
「とにかく、レミリアさんがいらしたの」
「まさか、弾幕勝負なんてしてないよね!?」
「そんな物騒なことはしてないわ。まあ、昔はちょっと“イザコザ”があったけどね」
「そんなに仲良くできなかったもんね……」
かつて地底と地上では、ちょっとしたイザコザがあった。そこでさとりとレミリアが対立したのだった。尤も、今では良き思い出である。
レミリアにも妹がいると言うので、今度是非会ってみたいものだ。
「でね、相談だったのよ」
「相談?」
「ほら、レミリアさんにも妹がいるじゃない?」
「会ったことはないけど、聞いたことはあるよ!」
嘘だーーいや、厳密には嘘ではない。昨日レミリアがやって来たとき、少し前にこいしが妹と遊んでくれたと言ってきた。つまりこいしとフランは対面済みなのだ。
彼女には珍しい、とても喜色満面の笑顔で妹の話をしていた。少なくとも、それが私が見たレミリアの初めての“笑顔”だった。
彼女の妹……きっとお姉ちゃん思いで、可愛らしいに違いない。こいしとも仲良くなれるだろうか。
「で、どんな相談だったの?」
「妹さんのことなんだけど」
「それはさっき聞いたよ」
あらやだと、口に手をかざしてごまかす。ボケてる。温泉で頭がのぼせてしまったのかも。
「彼女の妹、フランドールって言うのだけれど、レミリアさんはフランって呼んでたわ」
「フランちゃん……フランちゃん……」
ブツブツと呟くこいしをみて、私の頭では過去の暗い思い出が……
「お姉ちゃん?大丈夫?」
ハッと我に返ると、こいしは私の目を覗き込んで心配そうに見つめていた。
姉である私がそんなにマイナスではいけないーーせめてこいしの前では明るく保ちたいの。そう、心に誓ったのだ。
「ええ、大丈夫よ。少しのぼせたみたい」
「心配だよ。そろそろお風呂あがろう?」
「……そうね。もう少し浸かりたかったのだけれど」
この話はまたの機会にしよう。こいしの気遣いを無視したくない。
そのこいしの心配そうな顔を見て、昨日の会話がフラッシュバックした。
ゾクゾクと脳裏を廻る会話に私は耳を傾けた。
『相談事?貴方に限って珍しいですね』
『そうなのよ。だから相談しにきたの』
『ところで内容は?』
『私には妹がいてね……フランって言うの。とっても可愛いのよ。そういえば少し前に貴方の妹がフランと遊んでくれていたわ』
『こいしが!?』
『ええ。あの子は力が強くて、いつも遊び相手を粉々にしちゃうから、どうしても一人ぼっちになってしまうの。でも、そんなとき貴方の妹がふらーっとやってきて、フランと遊んでくれた。それがとっても嬉しいの』
『なんだか、貴方と私って、似てますね』
『なっ、何言ってるのよ!貴方と似てるって、冗談もほどほどにしなさいよ!』
『そんなに照れることないじゃないですか。本当は安堵してるんでしょ?』
『だからそんなことは……』
『私には“第三の眼”があって、これで相手の心が読めてしまうのです。嫌でもね』
『便利な魔法ね』
『不便な能力です』
『それで私は、せめてフランの前では笑顔でありたいと、そう心に誓ったの』
『なら、私に相談なんていらないじゃないですか』
『そこが問題なんじゃないの』
『全然問題なんかじゃありませんよ』
『え?』
『顔は笑ってなくても、心が笑ってる。貴方はきっと、世界中の何よりも妹さんを愛してる。私に対してそこまで明るくできるのならば、妹さんの前では簡単なことではなくて?』
『…………』
レミリアさんも言っていた。
せめて妹の前では明るく、笑顔でありたい、と。
それが、今の私にできてるだろうか?こいしに安心してもらえるよう、ずっと笑顔でいてあげてるかしら?
私にはわからない。相手の心が読めても、自分の心が読めなければ、しかたのないことだ。
こいしは、私のことをどう思ってるのだろうか?ふと、そんな疑問が浮かぶ。
「お姉ちゃんって、いつも優しい顔してるよね」
「えっ?」
青天の霹靂。
フルフルと顔を振って、髪の水を払いながらこいしがそう呟いた。
理解するのに時間がかかった。
理解しても、よくわからない気分になった。
「こいしはね、お姉ちゃんの顔を見てると安心できるんだ」
「………………」
どんな感情なんだ、私は。恥ずかしいし、嬉しいし、抵抗もしたい。
不意にムスッと頬を膨らませた自分が可愛かった。
「あ、お姉ちゃん照れてる~」
「てっ、照れてなんかないわよ!」
「照れ隠ししないの!」
ほら早く来てと言うが早いが、こいしは私の手を引っ張って浴場から連れ出した。
浴場のドアをこいしがガラガラとスライドさせる。スーッと立ち込めた湯気が外に逃げようとして、私とこいしを追い抜いて流れ出した。
少なくとも、私の小さな気遣いはこいしに伝わってるらしい。それが何よりも嬉しかった。
私の手からこいしの手がスルリと抜け、温もりを失った手が赤に染まる。
「お姉ちゃん早く早く!風邪引いちゃうよ!」
ーー少し、こいしの前でもデレようかな……ほんのちょっぴりだけ……
私が不意に後ろを向くと、薄くなった湯気に仄かな影が二つ、にんまりと笑った気がした。大きいのと、小さいの。
咳払いを一つして振り返り、足元を確認して段をまたいでから、私は久々の“憩いのひと時”を後にした。
古明地姉妹は仲良し!
素晴らしい愛ですね。頬が緩みました。
文章の纏まり方も読んでいて、読みやすかったし、良い作品。
とても気持ちの良い作品でした
さとりさんも他人の心は読めるくせに、自分のことはわからないんやね
でも意識しなくても気持ちが表に出てるぐらいだから、情の深いお姉さんやでぇ