ギィ、ギィシ、ギッ。
「……ナズーリン、何してるんですか?」
サァァ……サァァ……。
「……いや、どちらかというと、ご主人様が何をしているのかを聞きたいかな」
「ナズーリンが外を見ながら黄昏ていたので、どうしたのかな、と」
「……そうかい」
パタッ、タッ、ポツッ、タタッ。
「別に、どうもしてはいないよ。ただ何となく、雨をぼんやりと眺めていただけさ」
「……そうですか」
「強いて言うなら……そうだね。雨音はどうして、こんなにもシン、と染み入るのか。……そんなことを考えていたくらいだよ」
「相変わらず、なんだか難しいことを考えてますね」
ギィッ、ギッ。
チャッ、ピピッ、ピチャッ、チャンッ。
「仏教の真理に比べれば容易いほうである気もするけどね。何せそちらは、極めるのに困苦を伴う」
「わからない物事を考える、という行為には、少なからず困苦が付き纏うものだと思いますよ?」
「頭でっかちの阿呆にとって、考えるという行為は快楽にも近いよ。私も例に漏れない。だから、悟りを目指した無を志せない」
ポッ、タタッ、ピチャン、チャッ。
サアァ……タタタタタタッ。
「……でも本当に、考えてみるとそうですね。雨音……いえ、水音でしょうか。どうして水がもたらす音は、染み入る響きを持つのでしょうか」
「雨音然り、小川のせせらぎ然り、水面の波紋もまた然り。まあ、瀑布の轟音や激流の水が砕ける音なんかのように、例外もまた存在するけれども。何故だろうね。何というか……土に染むように入ってきて、荒んだ想いも傷付いた心も、すべてを静謐の平穏に戻してくれるような……」
「……ナズーリン。やっぱり何か、考えてませんか?」
サァァ、サア、ザァァ……サァ……。
ピチャン、チャッ、チャチャッ、チャンッ。
タタッ、タッ、パタッ、タッ、タタタタタッ。
ポッ、ポツッ、ポッ、ポポッ。
「……少し、夢をね」
「夢?」
ヒュゥ……タタンッ、タンッ、タタッ。
ギギッ、キィーィ、ギッ。
「んー……っ、はあっ。別段話すほどのことでもないよ。それよりご主人様。私は不意に茶でも飲もうかなという気分になったのだけれど、どうする?」
「露骨に話を逸らしましたね……」
「どうかしたかい?」
「……いいえ、何も? 私の分もお願いできますか?」
「そのつもりで聞いたからね。折角だし、茶菓子も適当に見繕ってこようか。何となく、村雨餡の和菓子でも食べたいところだが」
「ああ、いいですねえ、村雨の棹物。久しく食べてない気がしますし、ちょうど、名前に『村雨』と入りますし」
「今降っている雨は、村雨というには淑やかだけどね。それじゃあ、少し待っていてくれ」
ギッ、ギッ、ギッ、ギッ、ギッ……。
サァァアアアァァァ……。
「……夢、か」
キィィッ……。
パタッ、パタタッ。
「…………」
ポツッ、ポッ、ポッ、ポツッ。
「…………」
……ピチャン。
「……っ」
ギイ、ィ、ギッ。
「……ご主人様、何をしてるんだい?」
ギッ!
「……いえ、何も?」
「……そうかい。お茶を淹れてきたよ。緑茶でよかったかな?」
「ええ、ありがとうございます」
ギギッ、ギッ。ギュッ、ギュゥ。
カタンッ。カチャ、カチャ、コトッ。
「残念ながら、村雨餡の菓子はなかったよ」
「おや、少し残念ですね……」
「代わりに、水羊羹を見つけた」
「おや。……水羊羹にも『水』と入りますし、甘さも染み入るような柔らかさで、これもまたいい菓子ですよね」
「理由付けが適当になってるね、ご主人様。しかし、ふむ……私は水羊羹の甘さを表すとき、『染み入る』よりは『溶け入る』とでも表したいところだがね」
「いえ、染み入るでしょう」
「いや、溶け入るだろう」
カチャ、カ、トッ……。
……トッ。
「あっ!」
「わっ!?」
ドタッ! バタン! ガチャッ、ガタン!
「な、なにをやってるんだご主人様! 吃驚しただろう!?」
「ご、ごめんなさい……まさかお皿が手から飛ぶなんて……」
「ただでさえ抜けてるんだから、もう少し気を付けてだね……っと、まあ、説教はやめておこうか」
パタッ、パタッ、タタッ、タッ。
サアァ……サァ……。
「……ん、美味いね」
「ええ。程よい甘さが染み入るような……やっぱり、そんな感じでしょう?」
「いや、私はやっぱり溶け入るだと思うが……」
ピチョン……ピチャン……。
「……まあ、どちらでも構わないね」
「ですね」
ズズ、ズズッ……。
「……う」
「?」
ズズッ、コトッ。
「……ナズーリン。お茶、ちょっと苦いです」
「おや、濃くしすぎてしまったかな? 私はこれくらいが好きなんだが、甘党のご主人様には苦かったかもしれないね」
ズズズ、ズズゥ……コトッ。
「まあ、甘い水羊羹と合わせてるんだ。甘さと苦さ、ちょうどいい取り合わせだと思って納得してほしい」
「飲めないほどではないですし、いいんですけどね……」
カチャッ、ット……。
ズズッ、ズッ、コトッ。
「…………」
「…………」
ピチャン、ピチョン。
タッ、パタッ、パタタッ、タタッ。
ポッ、ポツッ、ポポッ、ポッ。
「……雨、止んできましたね」
「ん、そうだね。あちらのほうでは雲の切れ間も見えだした」
パタッ、タッ、タッ……。
チャッ、ピチャッ、チャッ、ピチャン。
「……そのうちのんびり、川まで歩いてみたりしようかな」
「染み入る響きの、その理由を知るために?」
タッ、……タタッ。
ヒュゥゥォォォゥゥォ……。
「……考えるために、さ」
ギュッ、キュゥッ。
「それなら行くときは、私も誘ってくださいね?」
「ご主人様が暇だったら、ね。穀潰しの私なんかと違って、ご主人様は忙しいだろう? なにせ本尊代理だ」
「ええ、忙しいのはそうですけれど……暇でない時を見計らうのは、駄目ですよ?」
フゥゥゥゥゥ……。
ザァァァァァ、ザワ、ザワワァザアァ……。
「……勿論だよ」
「そうするつもりでしたね?」
「いやいや何を言ってるのかな? 部下を疑うなんて悪いご主人様だな。いやあ、雨は止んだが風が少し強くなったかもしれないねえ」
ガチャッガチャッ、カチャン、カタッ。
「さ、さあ、それじゃあ片付けてくるよ」
「あ、私がやりますよ。用意してもらいましたし」
「いやいや、こういう仕事は部下に任せてくれて構わないんだよ。それよりも、今はお茶していたくらいだし、暇だろう?」
「? ええ、はい」
「誘ったほうがいいのなら、いっそこれから行ってしまおう。幸いなことに、雨もちょうど止んだしね」
…………。
……ピチャン。
「っは、はい!」
音から二人が語り合う空間まで想像できて素敵でした。