―1―
私とパチュリー・ノーレッジがレズビアンである。
などという事実は一切ありません。
―2―
「それなら、貴方がここに来てはいけなかったんじゃない?」
「どう足掻いても、噂は広まっちゃってるもの。急に行かなくなっても不自然だし」
「元々が不自然だったとも言えるわよ……そういえば自立式人形を作る場合、最適なコア素材についてだけれど」
「え、考えていてくれたんだ」
「書籍を読む理由になるから。けれど、銀に魔力を持たせて可動後に自ら充電する半永久式で作る他ないわね」
「そうなっちゃうのかなぁ」
「私ならば、そうするというだけよ。それ以上の方法を期待している」
やっぱり効率を求めるんだ、と少しアンニュイになる。
人形という物質が絡む事にロマンを、パチュリーは見出さない。
そのあり様は図書館の内部を見ても良くわかる。
本の置かれ方や明かりの灯し方、本から発せられるインキの匂いが感じられるほど閉じた空調まで、全てが本を読む環境に徹底されていた。
リアリストなのよね、魔女なのに。
賢人足りえようとするから、無駄を省きたがる。
そこが、色と曜の決定的な違いだ。勿論、その差こそ面白いのだけれど。
さておき。
パチュリー・ノーレッジとこの私、アリス・マーガトロイドが同姓でありながら付き合っている、と天狗新聞に掲載されて4日すぎた。
ゴシップ。
天狗の新聞が突然報じたもので、写真もしっかりついていた。
私が紅魔館に入っていくところと、図書館内で会話している場面がとられている。
何れも少しボケていた。念写だろうか。
とにかく記事の内容はチープだし、私が紅魔館に行くこと事態が昔から少なくないので、今更感溢れる内容だった。
私達の事をまるで知らない、というよりは苦し紛れ。
何も閃かない時ほど、ロクでもない事をしがちなのが生物だと思う。
私も藁人形なんて作ってた時がありました。
記事を作った天狗も、同じような心持ちなのかしら。
こんな記事が出回ったというのに、紅魔館内部の図書館でお茶をいただいているのは何故か。
プライドだった。
借り物をしたら、すぐに出ればいいのに片意地を張っているのは承知で、あえてパチュリーに話しかけた。
そもそも、今日来た理由の大部分はパチュリーがどう思っているか探るためだ。
小さなことでも影響がある以上、キッチリとしておきたい。
しかし、どうやらパチュリーの方はあまり深く考えていないようだ。
メイド長の咲夜を呼び出して二人だけのティーパーティーを催すのも普段どおり。
弾幕ごっこでもしよう、といえば気安く応じてくれるだろう。
それほど記事に対して危機感がないのか、それとも私に価値を見出していないのか。
後者だとしたら、腹が立つ。
私はふと、自分でも唐突だけれど
「この報道って、外の世界でいうパチンコスロットに似てるわよね」
と、呟いた。
パチュリーは少し考えるように、手元の本にしおりを挟んでから口元に手を当てる。
サイドをリボンでまとめたラベンダー色の髪と、知的で端整のとれた魔女らしい顔立ち。
クールビューティーの権化は、表情を変えることなく
「それは失礼な表現だけれど、部分的に該当するかもしれないわね」
落ち着いた声で答えた。
「私も実物を見たことはないから推測だけれど。ガラの悪さと遊び感覚は近しい」
「終えてみると稼ぎがない遊び、っていうのもそっくりでしょ」
「決定的に違うのは、新聞はあくまで創作である事と公への発表媒体である事ね。伝達物であるというのはあまりに大きすぎる違いだわ」
「そうよ。多くに発表されているのは問題だと思わないの?」
パチュリーはカップに入ったダージリンティーを音をたてずに飲む。
「伝達の正確さを見極めるなら、神社にでも行ってみなさい」
「ああ、そういう計り方があるわね」
「それにしても、私は貴方がそんなに気にしているなんて思ってなかった。人形以外にも興味あるのね」
「だ、だって私達、その、レズビアン扱いされているのよ?」
……ミステイク。
ストレートに言いすぎだわ。
魔道書から炎を出されてもおかしくないかな。
もしくは侮辱的に今後は見られるかもしれない。
二度と図書館に近づくな、なんて言われたら本を借り出せなくなって困る……
と思考していたら、パチュリーは読んでいた本をおもむろに開きなおし、
「事実とは異なるから、興味がないわ。大きな損失のある虚言とは思えない」
といい、顔を隠すようにして読み始めた。
でも、挟まっているしおりのページとは違う。
しおりの紐が見えっぱなしになっている。
その事を指摘すると、少し間が空いて、しおりは机の上に投げられた。
「動揺してくれるなんて、嬉しいわ」
「これは拒絶よ。性的で自制の無い話しは私には合わないし答える義理もない」
「やっぱり嫌よね。同性愛自体が悪いことではないけれど……幾ら良い男性がいないからって、ねぇ?」
「私としては、貴方と仲が良い扱いされているのが一番勘弁願いたい。新人とペアを組んだって教育期間の方が長くかかりそう」
嫌な言い方だわ。やっぱり怒っているのか。
私は紅茶に口をつける。
アールグレイ特有の、ひっかかるティストが口の中を通り抜けた。
パチュリーは相変わらず本を顔の前から離さず、話を続ける。
「ジェンダーを超えた恋愛、というのは古来から戒められてきた禁忌なのよ。生殖の輪からは大きく外れているし、少数派である事は変わりない」
「人間にとっては、子孫繁栄は大事な事だものね」
「そう、人間にとっては。長寿や不老不死である私達魔女や繁殖を必要としない妖怪には、そもそもラブについて語るのが趣味の世界でしかない。くだらないわ」
「あら、本の虫なのに、ラブロマンスは嫌いなの?」
「むきゅ」
「シェイクスピアの時代から、クロニクルとラブロマンスはポピュラリティーじゃない。私達が勝手にロマンスの住人にされているのだから、もう少し悩んだって……」
「紅茶、おかわりはいるかしら?」
「え?」
「喉が渇いたわ。咲夜、ダージリンでお願い。甘くないのがいい」
パチュリーは片手に本を持ち替えて、指をならした。
即座に銀髪のメイドが笑顔で白いカップを差し出す。
私も一杯もらった。
少し渋みがあって、森の親縁を感じさせる香りが美味しい。
それっきり、パチュリーは声を出すことはなかった。
本もずっと顔の前を陣取っていた。
もしかすると赤面していたのかもしれない。
何故そう思うかって、私もずっとはにかんでいたから。
―3―
「おい、お前パチュリーと如何わしい事してるんだって!?」
単刀直入に訊いてきたのはマリサだ。
博麗神社の縁側につくなり、第一声がそんな大声。恥知らずにも程があるでしょうに。
日差しが程よく、あたたかな縁側付近のノスタルジックなのどかさも台無しだわ。
第一、この神社は妖怪のたまり場になっているから、誰に聞かれているかわかったものじゃない。
私は呆れ、ため息混じりに無視する事にした。
「なんだ、怒ってるのか?」
そんな言葉もスルー。
マリサはニヤニヤしながら、縁側に腰をかけお茶をすすっている。
ズズーッと一気飲みをして、お茶まだあるかー! と口に手をあてながら叫んだ。
すると、箒をもって霊夢がやってきた。
姿が見えないと思ったら、掃除の最中か……マリサ一人でお茶をすすってた理由もわかった。
主人が作業をしているのに、暢気にも程がある。
更に、そんなマリサにお茶を出してやる霊夢も霊夢よね。
老後の夫婦の貫禄すら感じさせるなぁ。
霊夢は私に気づくと手を上げて挨拶、私はスカートの端をもって軽くお辞儀をして答えた。
このままボケっとして隣の無頓着な魔法使いと一緒にされるてもストレスがたまる。
私は人形操術用のサックをはめる。
「掃除、手伝おっか?」
「人形使ってくれるなら、あんた達が座っている下を掃除して欲しいかな」
「縁の下って、綺麗にしない方がいいんじゃなかったかしら」
「どこの風習よそれ。後でお茶だすから、お願いね」
「私のお茶はー!」
「それも後!!」
霊夢は艶やかな黒髪と紅いリボンを揺らしながら、鳥居の方に向かって歩いていった。
軽く尋ねただけで、全部決定してくるのが彼女らしい。
私は手を前にかざし、糸を引いて人形を4体取り出す。
どこから出しているかは、ないしょ。
人形達のアタッチメントを掃除用のキットに瞬時に挿げ替えて、横一列に並べ縁の下を走らせる。
神社ひとつ分はあるので、それなりに時間はかかりそうだ。
私は指をピアノを弾くように動かす。
早く終わらせたいから、アレグロで。
隣でマリサがじーっと眺めている。あんたも雑巾がけぐらいしたら? と言いたいところだが無視。
指にひっかかりを感じない。ホコリなどは多量かもしれないが、柱以外に障害物はなさそうだ。
と、突然マリサがボソッと呟いた。
「なぁ、パチュリーとさ、おっぱい揉みあったりするのか?」
あ、コケた。
露西亜と仏蘭西と名づけた人形を操る指が、ピンッと引っ張られる。
上海と和蘭もストップ。
そして、コケた。
私の頭の中で、パチュリーがポーズをとる。
胸を前に押し出した格好。
何故か服を着ていない。
セクシー……って!
「触ってないわ!」
立ち上がってマリサをにらみつける。
したり顔で口笛を吹くマリサ。
ぷゅー。
すっごい腹立つ唇の形だ。
「ムキになることないだろ。なんだよ、実はお前ら本当に……」
「なに言ってるのよバァカ。本当低俗だから困るわ。まさに情報弱者のパターンね、すぐにそんな方向に考えちゃって」
「祝福するぜ、二人とも」
「お祝いの花、あんたの頭に刺して飾るから」
「怖いので、お祝いはシャンプーを持っていく。頭にかけてくれよな」
白い歯を見せてニコニコするマリサの顔に、洗剤を投げ入れたい。
イライラが頂点に達しようとしていると、湯飲みがサッと目の前に現れた。
霊夢が近づいているのに、私は気が付かなかったらしい。
掃除は終わったようで、湯飲みを二つもっているだけだった。
手がシルクのように柔らかそうでキュート。
「飲む?」
「……うん」
私は深呼吸を一度して、お茶を受け取った。
霊夢が座った隣に私も腰掛ける。マリサとは距離がとりたい。
「訊かなくてもアンタが来た理由はわかるわ。新聞の話しでしょ」
「そう。やっぱり知ってるのね」
「はたてって天狗、文と部数で張り合ってるから、やたらと配っているのよ」
「あの鴉天狗と……配り方も同じだとしたら想像以上に不味いなぁ」
「人里に行ったら、レズだーって指さされること間違いなしだ」
「バァカ、人里では『文々。新聞』は流行ってないわ。妖怪新聞なんて人間が読みたがるのはレアケース」
「問題なのは、コレね」
霊夢は自分とマリサを指差す。
意味を解していないのはマリサだけだ。眉根をひそめている。
「異変を解決している私達周辺の記事を、文は良く書くわ。更に、私達を知っている連中に配っている」
「そういうこと。異変を起こせるほどの有力者に届くって事は、幻想郷の大多数に知れているのに近しい。下手したら外界にすら露見されてしまうわ」
マリサは一言、あっそ、とだけ言って大きく伸びをした。
「どっちみち、私には関係ないぜ。せいぜい傍から見て楽しませてもらう」
「悪いけど、私も弁明は出来ないわね。実際、あんた図書館に行くこと多いし」
「それならマリサだって盗みに良く行ってるし、霊夢だってたまに行くじゃない。二人とも同じように扱われて噂される可能性が……」
「ないぜ」
「ないわね」
え?
「ほら、借りたまま返さないからさ、仲があからさまに悪いんだよ。入っただけで、警戒バリバリだぜ。盗んでるわけじゃないのにな。盗んでるわけじゃない」
「私は本しか興味ないようなもやしっ子と、お茶飲んだりしないわ。それに魔女同士って仲悪いって聞いてたけど、新聞じゃ険悪に見えなかった」
「えぇ!? 図書館で紅茶を飲んだり本について話したりスイーツ食べたり魔術について議論したりデザート食べたりしないの?」
二人して肩をすくめた。
縫う糸の色を間違えていたような気分。
ショック。
カフェテリアもしくは古典のサロンのような利用をしてたのは、私だけだったのか。
「あんた達、ひょっとしてレズ――」
「違うわ! 霊夢まで何言ってるのよもう!!」
「パチュリーのおっぱいってさ、大きいの?」
「なんでさっきからアンタは胸ばっかりなのよ!!!」
「いや、こういう時って胸の話にするだろ。おいおいアリス、お前らまさかもっとそのなんだ……なのか?」
ブレインでパチュリーがポーズする。
綺麗な顔、豊かな曲線の集合体。
艶やかでなまめかしい。
微かに息を吐く音。
ヘアヌード。
……ああ、もう!!!!
その後、珍しく霊夢とマリサに弾幕ごっこで勝った。
マリサの帽子が、ボロ雑巾になるまで切り刻んだ。
なのに、逃げるように帰ったのは私だ。
自宅に帰って一人になると、余計にソワソワする。
夕飯なんて食べる気にならなかったし、人形制作を進めようとしたら、久々に縫っている最中に針で手を刺した。
シャワーを浴びながら、自分の胸を包むように触り、自己嫌悪を抱えた。
水の音がぴちゃぴちゃと滴りおちる。
落ち着かない。
白いシャツだけはおって、ベッドで横になる。
心音が普段より感じられて、それも早いから余計に焦ってしまう。
見たこともない、裸のパチュリーがポーズ。
私は最低だ。
マリサを散々下品だと罵っておきながら、これは酷い。
テラス付近でウロウロと気色の悪い戯言をのたまうロミオ並の愚かさ。
ジュリエットがパチュリー?
ジョークにしたって、白けるのに、今日の私はそう比喩してしまう。
あぁ、都会に住みたいなぁ。
きっと、この渇望を解消する手段が沢山ある。
―4―
「それで、付き合ってるって本当なの?」
「こういう事に無頓着そうなアナタにまで言われるなんて……」
「花言葉には、恋愛に関する項目が多いの。生きている限り、興味のある話題ではなくて?」
それもそうだけど、と私は答える。
風見幽香にまで言われるなんて、ブルー。
それも、濃い紺色ね。
霊夢とマリサをボロボロにした次の日、久々に幽香が住むコテージに私はやってきた。
昔からの縁で、たまにお茶を飲みに行く。
花の周期にあわせて移動する、なんて優雅な生活をしていて幾つかコテージを持っている。
フラワーマスターと呼ばれるだけあって、良いお茶の葉を持っていたので遊びに行くことが少なからずあった。
今日もブレンドされた紅茶と、季節にぴったりの桜葉を練りこんだクッキーを出してくれた。
一口、手元のティーカップに口づけすれば、鼻だけでなく舌にもフルーティーなエッセンスが香る。
カントリーな内装にもぴったりの、牧歌的な味わい。
昼過ぎの日差しが、レースのカーテン越しに入ってくる。窓から入ってくる風も室内なのに心地いい。
まぁ、都会派としては毎日楽しみたいものではないのだけれど。
別荘に丁度良い。
幽香は樹齢何百年の木で作くられたテーブルに頬杖をつき、緑の髪を少しいじりながら、私の様子を観察している。
他者なんて眼中にないってオーラのある幽香だけれど、相手を花言葉で例えたり、話してみると意外とフランクだ。
学はないけれど、頭は良いってタイプかなぁ。
そんな彼女だけに、私が気にしている事を直感で理解するのかもしれない。
「アリス、あなたが私に会いにくる時って、大体落ち込んでいるときよね」
「断定的に言うわね。どうして?」
「普段はわざわざ強い妖怪に会おうとしないじゃない。私のところにだけ来るのは、私が目的じゃないからよ」
「うーん、正しいかも」
「そうやって、ちゃんと認めないのは変わらないわね。はぐらかしすぎるのが誤解を生むのよ」
仰るとおりで。
私は紅茶を飲みきり、正しいわと返事をした。
幽香は手を軽くこちらにかざして、
「人形劇やってみせてよ。久々に見たくなった」
と、突然無茶を申し立てる。
結構仕込みが必要なんだけれどなぁ。
でも、断ったら弾幕ごっこと証した暴力沙汰が始まりかねない。
幻想郷最強のパワー、という説もあるぐらいで、あまり相手にしたくない。
本気でやらないといけない『ごっこ』なんて、遊びの域を超えてしまっている。
だったら、人形劇の方が楽しいぐらいだ。
「持ち合わせの即興でよければ、いいわよ」
「私、見たい演目があるのだけれど」
「あら、なにかしら?」
「真夏の夜の夢」
微笑みながら、そう言った。
恋愛喜劇。
私は人形用のワイヤを引っ込め、苦笑いをする。
ブラックジョークすぎて、あんまり笑顔になっていなかったかもしれない。
それにしても、彼女の口から古典劇の名前が出るとは。
「真夏の夜の夢は、恋人同士が相手を取り違える物語だけれど……アリスが取り違えるのは不思議とか鏡とかでしょ。世界を間違えてる方が貴方らしいのに」
「そのアリスと私は別人。喩えとしてはありがちね」
「知識の魔女は、もっといい表現をしてくれるの?」
「あの記事はゴシップ! どうして皆からかうのよ!!」
「そうやって、怒ってる所がみたいの」
幽香の微笑みは全く変わらない。
つい立ち上がってしまった私のほうが見下ろされているイメージ。
紅茶のおかわりをすすめられ、ポットから豊かな香りがまた溢れる。
軽く息を吸ってから、座りなおす。
「自分で気が付いていないんでしょ? 貴方、自分が考えている以上に可愛い反応してるの」
「そんな事考えて生きちゃいないわ、おかしなことしてるつもりもない」
「そうやって反論しようと必死な所が、オジギ草みたい」
どんな例えよ、と返事をしてノってしまった自分が情けない。
言われたとおりみたいだ。
黙っておかわりの紅茶を口に入れようとしたら、
「ねぇ、貴方、私の事は好きなの?」
飲んでたら吹き出しそうな発言をする幽香。
なにそれ?
ハッキリ言って意味がわからない。
ジョーク? 何色の? ピンク?
「え、どうしてそんな、何がしたいの?」
「アリスさん、風見幽香はお好きですか」
「ふざけるのはやめてよ……」
サディスティックな笑みを浮かべた。
楽しんでる。
「紅茶を一緒に飲んでる仲じゃない。それに貴方、さっきから人の胸ばっかりみて……」
「見てません!」
「いいから、答えてよ。好きなの? 嫌いなの?」
「……ふつう」
「それは嫌いって事でもいいかしら」
「どちらかといえば、他の妖怪に比べれば好意的だと思ってたけれど、今は嫌いよ。大嫌い」
そういって、私は紅茶を飲みきった。
クッキーを一枚もらう。桜の匂いがセンチメンタル。
幽香もクッキーを手に取り、口にする。
食べていても、紅茶を飲む姿にもどこかアダルトの魅惑があった。
「アリス、貴方にからかいがいがあるのってね、どことなく壁を作っているからなのよ。ローズガーデンにバラの壁やアーチがあるでしょう。見せびらかすように美しいオブジェクト。今の貴方にお似合いだと思うわ」
「ノンナチュラルって事?」
「もっと複雑なニュアンスよ。キレイなんだけれど、一本抜いてみたくなるの。アーチの向こう側で生き生き咲き誇るバラがみたくなるわ」
「さっきから、薔薇だなんて、結局私がホモティックだっていいたいだけなんでしょ!」
「ふふ、それだってニュアンスのひとつにすぎない。ほら、今の怒った表情。そういう貴方がみたいのよ、みんな」
あぁ、もう……
完全にペースを握られている。
これ以上喋らないほうがいいかな。
私は空になったティーカップに目を向けた。それだけで、彼女は理解してくれた。
ローズヒップを薦められたが、私はジャスミンを頼んだ。
立ち上がりながら幽香は、
「もう少し、貴方は素直に感情表現をしてもいいんじゃなくて? 言いたい事は隠さず言ってみなさいな」
といい、また微笑みかけて背をむける。
女性にしては大きく見える背中。
紅いチェックのベストに向かって、私はつぶやいた。
「さっき、大嫌いって言ったの、嘘だから」
彼女は横顔を見せながら立ち止まり、
「じゃ、私も嫌いではない、ということで」
お茶を用意しにいった。鼻歌まじりに。
―5―
すっかり夜になっていた。
暖色の蛍光灯が湯気を照らす。
ボディソープの匂いが心地いい。
いくつかの花の香りをブレンドした、オリーブソープは何もかも洗い流してくれるみたい。
シャワーで泡を流して、お風呂に入る。
昨日神社から帰った時は、人形を作っていた時ぶりに、シャワーだけで済ましてしまった。
今日は、もらったばかりのフラワーエッセンスを湯船に入れている。
お湯の色が濃いピンク色に代わり、ローズの香りが立ち込めた。湯気ごと私を包んでくれる。
「それにしてもローズって、完全にあてつけよね……」
苛立ってもしょうがないので、足先から薔薇の泉にチェックイン。
肩までゆったりと入って、目をつぶる。
思わず深呼吸をしちゃう。
私のためだけに世界がまわっているかのような、優雅な時間。
「素直にかぁ」
今日は独り言が多いかもしれない。
誰も聞いてはいないだろうから、別に構わないのだけれど。
自分に素直に、と言われると、理解していない事は沢山あった。
私はパチュリーの事をなんだと思っているのだろう?
考えたりする事はなかった。
違う、考えることじゃなかった、というのが正しいかな。
ごくごく当たり前になってしまっていて、思考する必要性がなかった。
それは霊夢やマリサや幽香に対しても、同様だわ。
それに、私自身は何なんだろう?
基本として人形を研究する魔法使い、というのは間違いがない。
では、私は本当にレズビアンなんだろうか……
確かに知り合いは女性ばかりだ。多様な人型の種族がありながら、性別に限ればほぼ女性と言っていい。
考えてみれば、道具屋の主人ぐらいしか男性の名前を言えないだろう。
それってひょっとして……
「いや、ないない!」
キャンセル!
目を見開いて全力で自分自身の思考を止めた。
いけない、変な方向にまたいってしまいそうだ。
ピンク色のお湯の香りはまだまだ消える気配はないけれど、お風呂の栓を抜いてしまう。
少し長く入りすぎたかしら。
上海人形にタオルを持ってこさせ、全身を拭いてもらう。
といっても、操作しているのは私自身なのだけれど。
少しのぼせているみたいだから、急がせる。
こうして動かしていると、人形達のほうがよっぽど私らしいのかもしれない。
ショーツだけはいて、パジャマをはおった。
スカイブルーのチェック柄。パジャマパーティーを着て女子会、というのに憧れてた時に買ったものだった。
会を開いたことは一度もない。
頭が乾ききらないので、人形を3体動員してタオルとドライヤーとヘアブラシをいっぺんにこなす。
これは結構大変な動作で、丁寧にかつスマートに行わないと元々ある癖っ毛が翌日チリチリになってしまう。
のぼせたままだった脳髄が、すばやく回転をはじめる。
よくお風呂の中で名案を思いつく、なんて聞くけれど、それは田舎的発想だと私は思う。
のんびりしている時間は、徹底的に身を休めるべき。
さっきまでの、湯気のようにモヤモヤとした自分自身もまとめて否定する。
都会派ならば、アクティヴな時にこそ考えるの。
パジャマまで着てしまっていたけれど、私は書斎のイスに座った。
机には原稿用紙と万年筆。
思いついた時すぐに行動にうつしてこそ、都会派だ。
スピーディーでなくっちゃ、生きていけない。
―6―
『第4章―私の知る彼女達―』
私とパチュリー・ノーレッジがレズビアンである。
などという事実は一切ありません。
烏天狗の新聞に、私達がそのような関係にある、という記事が出たときは呆れたものでした。
その件の内容が読みたかった貴方には、とても残念なお知らせかもしれませんね。
けれど、新聞は考えるのにいい機会になりました。
全力のパロディが、考えるきっかけになるみたい。
今後の私の人形作りにも活かしてみたいと思います。
では、私と彼女達とは、一体私にとって何であるのか。
弾幕ごっこなどという危険でスイートな世界の法則に則って私達が戦う理由は何であるのか。
ライバル。
それが一番正しいでしょう。
フレンド、というには少し感覚がズレてしまう。
ましてや、ラブという訳ではありません。
目指すべきものはそれぞれに違いますが、幻想郷の魔女や妖怪、そして人間は種族を超えてライバル同士ではないでしょうか。
つい最近、宗教戦争というような代物もあったそうですが、その事からも明白なのです。
私達は常に近づいては、その存在を示しあう。
それは仲間意識や性的なメタファーを含むものではない。
あくまでも、好敵手だから私達は仲がよくて仲がよくないのです。
これはきっと、他の妖怪に聞いても同じ答えをしてくれると思います。
では、私のライバル達が一体普段どんなライフスタイルをおくっているのか。
この本でもっとも過激な部分になるかも。
この部分だけ立ち読みしてる貴方は、他の部分も読んでみてくださいね。
(前後略)
―7―
パチュリーは私の書いた本を読み終えた。
既に発行されている暴露本『人形師が見る幻想郷というガーデン』だ。
図書館に似つかわしくない、私の写真が表紙である。
薔薇柄の壁紙を背にしていて、白いチェアと手にした人形は新しく自作したものだった。
帯の激白! というポップな文字が恥ずかしい。
この写真は射命丸文に頼んだら、
「はたてにギャフンと言わせる、最高の一枚をとりますよ!」
と意気込んで沢山撮ってくれた中のひとつ。
表紙の一枚は文にとってはイマイチだったらしいけれど、私がどうしてもコレにしてほしいと頼んだショットだった。
人形的な微笑みが、私にはベスト。
文推奨のスマイル全快で、顔の前で両手でピースをしたものは相応しくない。
今日の3時のおやつセットは、紅茶でなくコーヒーだった。
図書館に香ばしい匂いが立ちこめラテンへ行ったような気分にさせてくれる。
ブラジル産の労働基準に反した豆を使っているから是非ストレートで、と咲夜は解説して消えたが、通常の豆と何が違うんだろう?
一緒に出されたポン・デ・ケージョの食感が楽しいけれど、この噛みごたえまで合わせてコンセプトなのかしら。
そんな過酷らしいコーヒーを、これまた苦々しい表情で飲むパチュリー。
本の感想が未だに出てこない。
「どうだった?」
「苦い。炭をそのまま齧っているかのよう」
そのことじゃないわ、と釘をさしてから私は砂糖を2つ自分のコーヒーに入れる。
パチュリーはもう一口コーヒーを飲んでから、ため息をついた。
「暴露本の中でも、すこぶる酷い本。読み手を選びすぎているのは、おこがましい行為よ。自伝から発せられるエンターテイメント要素よりも、ただただ書きたいことを優先しただけに思えてならない」
「貴方ならそういうと思ったわ」
「そして、何よりも酷いのは、私に割かれているページ量が69ページで1番多い」
「あら、そんなにあったの」
「これじゃ、弁明になってないじゃない。貴方はもう少し気の利いた内容に出来るハズなのにね」
「でも、ハッキリと伝わってるのはいいでしょ」
「ニッチな新聞記事に対抗している事自体が、シュールすぎて笑えないわね」
私とパチュリーは、フレンチトーストを切り分けて黙々と食べた。
話題につまってしまうと、もうパチュリーはフローズンアイスみたいにカチコチで喋る事は無い。
つまらない感想を聞いただけで、今日は帰ることになりそうだ。
少しガッカリしていると、パチュリーと目があった。
チャンス。
私はフォークをおいて、手を組んだ。
「せっかくライバル宣言したのに、そんな反応じゃ寂しいわ」
「そう思っているのは、貴方だけなんだから仕方ないじゃない」
「ふーん、貴方が推奨する銀と魔力よりも、優れた原動力を考えたんだけど、それでも私は役不足かしら?」
「ええ。人形は貴方の専門でしょう。仮に私より優れていなかったのなら、この世から消失すべき」
「そういえば、貴方ってこういう暴露本というか、自伝って書いた事あるの?」
パチュリーが目を真ん丸にした。首が後ずさりする。
パニック?
彼女もこんな顔が出来るのか。コーヒーを飲んだときよりも苦しそうだ。
沈黙が時計の針を60回ならした頃にパチュリーは小さく、一度だけと呟いた。
「それも、何百年も前にね。黒歴史というヤツよ」
「ぶっちゃけ凄く読んでみたいわ」
「ぶっちゃけ?」
「都会で流行っているんですって」
「それ、方言じゃないの。逆輸入されて変なムーブメントを生んでいるのか……」
「肝心なのは、貴方も暴露本を書いていたという事実よ」
私はミルクをたっぷり入れてから、コーヒーに口をつけた。
それでもなお、ザラつくような飲み応え。
砂漠で飲むコーヒーって、何でもこうなっちゃいそう。
「あまり流行なんて考えない、交流を持たない文学少女たる貴方が暴露する内容って知りたいなぁ」
「歴史は掘り起こすものではないわ。そっと眠らせておいたほうが身の為よ」
「慧音が聞いたら怒りそうな台詞ね、それ」
「その点は認めましょう」
「どの棚にあるの?」
「……しつこいのは嫌われるわよ」
「ライバルなんだから、少しぐらい嫌がられて丁度いいの」
「探究心旺盛な貴方に教えてあげるわ」
パチュリーは音をならさず立ち上がると、私のすぐ傍でかがんだ。
すると、頬に柔らかい感触。
――キス。
耳元で、彼女の息を吸う音。私の想像以上に、か細い少女の吐息。
パチュリー自身の甘くて淡いインクが混じった匂いと、ほのかなコーヒーの余韻。
「こういうのを黒歴史というの。お互いの胸のうちにしまっておきましょう」
私がようやく顔を向けると、パチュリーは微笑んでからサッと背を向けた。
本棚のジャングルの遠くにラベンダー色の髪の毛が消えていく。
私はキスされた部分を人差し指でなぞり、もう一度コーヒーカップを手に取った。
口に含んだコーヒーは苦い。角砂糖をまたひとつ加えて、スプーンでかき混ぜる。
砂糖が溶け込んでも、渦が途切れないようにクルクルとまわし続けた。
私は、レズビアンではない。
でも、もしも私が男性だったらどうなっていたのかな?
勿論、そうなれば今と同じような接し方を、パチュリーも霊夢達も幽香もしない。
性別、それは本質的に私達には無意味かもしれないけれど、確実にポリシーはあるんだわ。
では、もしも私が男性だったら……
ラブロマンスは、このキスから始まっても可笑しくない。
―fin―
妙に穿った会話ばかりで私は読みにくかったな
その二人がレズって言われててもおかしくないのに、それにノータッチなのが気になった。
良かったですよ、穿った感想は書けませんがね……
パチュリーって何百年も生きてたっけ?
パチュリー様あなた100ちょいでしょw
幽香が魅力的で良かった