Coolier - 新生・東方創想話

手を伸ばさなくても触れられる距離

2012/03/17 09:11:43
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 人によって、他人だとか知り合いだとか、友達だとか親友だとか、線引きは違うと思う。基準も何もかも本人依存で、時にはその線引きを間違うこともあると思う。流石に家族は間違えはしないだろうが。
 境界線。常に相手を分析し分類しようとする人間の悪い癖とも言えるけど、それは人間には必要な行為なのだろう。それにより“自分”が、明確になるからだと私は考えている。不確かだから、確立したくなるんだ。
 そう、例えばあいつのテリトリーと私のテリトリーの境界とか。譲れないものとか、心を許してもいいと思える人だとか。…………私の、気持ちだとか。
 前に読んだとある人の論文で、個人的領域について述べていたのを覚えている。論文の常として用語についてぐちゃぐちゃと書いてあったり一つの事を掘り下げてぐだぐだ書いてあったりした訳だが、内容を要約すると以下の通り。
 曰く、人間は他者に対する精神的テリトリーを持っていて、あまり親しくない人に近付かれると不快な気持ちになるのはこれが関係している。無意識の内に置いてしまう距離で、それを見れば関係が判る。一般的には知り合いや友達に対する距離は45cm~120cmで、それ以上は他人に対するもの、とのこと。
 私が気付いたのは、この距離は、やはり線引きである、ということだ。無意識の内に人は線を引いている、距離を置いてる。
 距離に気を付けて人を観察すれば見えてくるものもあるかと思ったのだけど、幻想郷の住人はあまり気にしない奴が多くて論文に書いてある距離はあまり当てにならなかった。つまらない。かく言う私も他人との距離は結構近かった。
 ならば距離も境界も、結局は曖昧なものでしかないのかもしれない。曖昧ならまだしも、本当にそこに境界はあるのか。無かったとしたら、私が悩んでいる意味はあるのか。首をひねらざるをえない。
 曖昧な線は、いや明確であったとしても境界線が見えることはないのだけれど、目に見えないから困るのだ。目に見えれば、こんなに悩むことも無いのだろうけど、そしたらあいつの、霊夢の側に、もっと近くに行けるのかと訊かれると、やっぱりそこもあやふやで。
 思考の行き詰まり、行き止まり、堂々巡り。困った。
 困ったら他人に聞いて見ればいい。一つの頭では出ない答えが見付かる筈だから。
「霊夢、霊夢。ちょっとした質疑応答に応えて貰いたいんだが」
 という訳で、私、霧雨魔理沙は相も変わらず薄い茶を飲みながら煎餅をかじる巫女に会いに来ていた。本日の博麗神社の境内掃除は一段落付いたようだ。と言っても、こいつはいつもぼーっとしてるか掃除してるかくらいしかしないが。
「面倒」
 対面、無表情で煎餅をかじる巫女、もとい霊夢は気だるそうに呻く。本当に面倒臭そうだ。そんなの私は無視するけど。
「まあまあ、そう言わずに。どうせその煎餅もう湿気てるだろ? 今更ちょっとおいた程度で湿っ気やしないって」
 霊夢は煎餅をお茶うけの皿に置いた。話を聞いてくれる気になったのか、それとも煎餅が実際に湿気ていたのか。
「じゃあ、私がこれからお前と関係ある人の名前を適当に挙げていくから、お前は“そいつを何と呼んでいるか”“そいつとの関係”“そいつとはどのくらいの頻度で会うか”“そいつのことをどう思っているか”を端的に答えてくれ」
「答えるから夕飯作って」
「任された」
 お前の所の台所に十分な量食材があればだけどな。自分が食べないのに作るなんて私の流儀じゃないのだ。となると結果として夕飯は神社でか。まだ夕時まで四時間はあるのだけど、私はどうすればいいのやら。
 夕飯の話は置いといて、私は霊夢の目を正面から見るようにして向かい合った。なんだか無感情な瞳と向かい合うと気恥ずかしさが先に立つ。萎縮、まではいかないのだけど、それに似た何かを、感じる。
 霊夢は大概のものを平等に見る。人間も、妖怪も、博麗霊夢にとっては大した違いがある訳じゃないのだ。その所為かいつも私はこいつの眼を覗き込むと、“霧雨魔理沙”がちゃんとそこにいるのか不安になってしまう。どこまでも沈んでいける透明度の高い水面のような、こいつの瞳と向かい合う度に。
 そう、線引きが本当にされているか不安になるんだ。博麗霊夢の中で、霧雨魔理沙は他の奴等と線引きが明確にあるのかどうか、不安定に思うのだ。私はここにいるけどお前には見えているのかと、そう叫びたくなる。
 普段は表に出ないそんな感情が、こうして静かな時間になると顔を出して、私を苛む。私の線引きが曖昧だからだろうか。それは表に出さない物だと、定義出来ていないからだろうか。
 …………くそ、何で私がこんな気持ちにならなきゃいけない。
「始めるぞ、“八雲紫”」
 半ば自棄になって、声をかけた。唐突過ぎる気もしたが、私は乱暴にそう言った。
「えっと、隙間妖怪、博麗の巫女と怪しい妖怪、良く会うと言うか家の中から出てくるわ。そう言えばそろそろ冬眠の季節ね」
 ちょっと戸惑ったようだが、霊夢は普通に返して来た。だから私は直ぐに問いを返す。
「次、“レミリア・スカーレット”」
「紅い吸血鬼、良く騒いでるのを鎮圧する、結構会う。実はあいつ咲夜いないと何も出来ないんじゃないかと私は睨んでるわ」
「“十六夜咲夜”」
「紅魔館の所のメイド長、ご飯たかりに行く、結構会う。あのナイフは時を止めてから持って来てるのかしら」
「“パチュリー・ノーレッジ”」
「引きこもり魔法使い、特に関係はない、ほとんど会わない。なんか自室でもやしでも栽培してそう」
「“紅美鈴”」
「門番、門を通して貰うわね、たまに会う。…………特に無いわ」
 結構さくさくと返してくる。かけあいにリズム感があって、何だか楽しくなってきた。私の中で本来の目的が若干迷子だ。
「“蓬莱山輝夜”」
「月の姫様、なんか偉そうでムカつく、ほとんど会わない。なんかゲームでなめこでも栽培してそう」
「“八意永琳”」
「薬剤師、たまに身体を診てもらう、あんまり会わない。苦くない薬、飲んでみたけど後味はやっぱり薬だったわ」
「“鈴仙・優曇華院・イナバ”」
「名前長い方の兎、特に関係は無い、あんまり会わない。気苦労者だとは思う」
「“因幡てゐ”」
「名前短い方の兎、賽銭ねだられたのがムカついた、ほとんど会わない。どこに罠作ったのか分かんなくならないのかしら」
「“藤原妹紅”」
「不死身、筍を貰う、ほとんど会わない。焚き火はいいけど放火は止めろ」
 そこで霊夢はお茶を啜る。私は彼女が湯飲みを置くのを待ってから、続けた。
「“アリス・マーガトロイド”」
「人形師、里で芝居を見る、たまに会う。人形の部品片手に歩き回るな、不審者」
「“プリズムリバー三姉妹”」
「名前じゃないわよそれ。ポルターガイスト、演奏はたまに聞く、あまり会わない。本気で煩い時は煩いから止めて欲しい」
「“魂魄妖夢”」
「庭師、白玉楼に行くと斬られる、あまり会わない。無理はしない方がいいと思う」
「“西行寺幽々子”」
「白玉楼のお嬢様、花見の時は色々と打ち合わせる、たまに会う。食事も行き過ぎれば毒にしかならないわよ」
 霊夢の声が良く聞き取れないのでちゃぶ台に手を突いて、身を前に乗り出す。それを見た霊夢が目を細めてちょっと前へ出たが、私が続けると彼女もまた返してきた。
「“チルノ”」
「⑨、悪戯被害、たまに会う。妖精の中でも群を抜いてるわよね、色んな意味で」
「“風見幽香”」
「フラワーマスター、喧嘩仲間、結構会う。昔からあまり変わっていなくて安心する」
「“ミスティアローレライ”」
「どう見ても雀ではない夜雀、特に関係は無し、ほとんど会わない。あいつ本当に煩い」
「“射命丸文”」
「文屋、取材、良く会う。新聞を無理矢理配るのは止めて欲しい」
「“小野塚小町”」
「死神、たまに説教臭いことを言われる、たまに会う。サボりもほどほどにね」
「“四季映姫・ヤマザナドゥ”」
「閻魔様、たまに説教を食らう、たまに会う。私悪いことしてないです」
 こいつの言う、他人との関係は、どこか無機質に感じられた。いや、私がそう感じているだけなのかもしれないけど。そこに込められている感情が希薄過ぎて、違和感があった。
 わざと、淡白に言っているだけなんじゃないかって、そう少なからず感じた。
 だからという訳じゃないけれど、私はかけあいのリズムを崩さないままに、
「“霧雨魔理沙”」
 自分の名前を差し込んだ。ほんの悪戯みたいなものだ。私とこいつの、関係。こいつは、博麗霊夢は私のことをどう思ってくれているのか。
 霊夢は先程までのリズムのまま口を開いて、
「     え?」
 止まった。そのまま二の句は告げられなくて、私は霊夢が硬直しているのを見ていた。
 そこに境界線は存在したと、そう悟るのは、私には難しかった。でもそれが事実だった。
「……………………」
「お、おい、霊夢?」
 何も言わないどころか、完全に黙ってしまった霊夢を前に、どうすることも出来なくて。伸ばしかけた手を、机の上に戻して握る。嫌な汗をかいているなと自分でも判った。
 霊夢は目線を机の上に注いだまま、何かを考えているようだ。いつもの表情でもあるけど、なんとなく焦っているような、困っているような、怖がっているような、そんな感じだ。…………なんでそんな印象を受けたのか、分からないけど。
 どうして霊夢は私のところで止まったのだろう。今までのリズムでそのまま続ければ良かったのに。線引きか、境界がそこにはあるのか。心を許して貰わないと踏み込め無い個人的領域が、阻んでいるのか。博麗霊夢にとっての霧雨魔理沙は、
 …………なんだって言うんだよ。
「魔理沙」
「お、おう」
 顔を上げないままに、霊夢は呟く。低いトーンに、机の上で握った手を強く握り直す。
「何て、言って欲しい?」
 抑揚の無い声に、ぞわりと背中をなぜられたような心持ちがした。
「それは…………どういう、意味だ?」
 本気で意味が分からない。何を言っているんだこいつは。先程までの問いかけの話か、それしか無いが、そこに私の意志を問う必要性が感じられない。自然と問い詰めるような口調になってしまう。
 しかしちらりとこちらを見た彼女の瞳が揺れていて。それに気付いて、息を飲む。冷徹、何事にも動じず、表情をあまり顔に出さない霊夢だからか、相変わらず表情は無かったけど。その眼は隠しようもないほど揺れていた。
 正直に言うと、嬉しかった。
 だってあんな無表情で、全てを同じに見ているようにしか見えない霊夢が私を見ているって判ったから。見えないものではない、目に見える事実として博麗霊夢は霧雨魔理沙を見ている。その事実を喜んだ。
「知り合い? 友達? 親友? どれがいいの? どこまでなら、“普通の距離”なの?」
 感情の針が今にも振り切りそうな、危うい口調。唸るような言葉は、やっぱり真意が掴みきれなくて先を見失う。
「だから、どういう意味だよ」
 私がそう言うと霊夢はまた視線を落としてしまった。逃げるようなその行動に、僅かに苛立ちを感じた。
「博麗の巫女は、幻想郷を囲う博麗大結界を守護する者。代を継ぎ、繋いでいく永遠の巫女」
 それは既に知っている文句だ。何故それを今更に言うのか。疑問に、じゃあ、と彼女は続ける。
「巫女は“人間”かしら? 何か他のものでも、構わないわよね? じゃあ人間である意味は?」
「…………何が言いたいのか、私には分からないな」
「本当に?」
 本当は分かってるんじゃない? そう言って、霊夢は顔を上げた。久しぶりに顔を合わせた気がして、私は意外に思う。最初に霊夢に声をかけてから、随分と経っているような気がした。
 その眼はいつもの鏡のような、境界線すら曖昧になるどこまでも深い水面ではない。普通の、感情を映した少女の瞳だ。揺れ動く、人間らしい、瞳。
「私は、今まで嘘を吐いてきた。嘘を、偽りを。他の誰へでもなく、自分自身へ」
 私を前にしてのその台詞はどうかと思うが。私はその台詞の真意を、漸く悟る。
「ふざけんな」
 唸る。牙をむくように、噛み付くように。
「今まで、わざと距離を置いてたって言うのかよっ!」
 やはり感じた無機質さは間違いでは無かったようだ。霊夢は自分は巫女だからと理由を付けて、自ら無機質、淡白であろうとしてたんだ。
 霊夢は俯いて、息を吐くように叫んだ。それを形容するなら、悲痛、それしかない。
「博麗の巫女の寿命は極端だって、どちらにせよ公平であるべきだって! そう、言われたのよ」
 誰にだとは聞かなかった。大体の予想はつく。それに予想が外れていたとしても私には関係無い。あっても気になんてしない。
 博麗の巫女は極端に長生きか、早死にかのどちらかだとは死神が言っていた。巫女であるというだけで他の誰にも負けず、だからこそ公平であることを強いる。公平って言うのは、誰にでも優しさや気持ちを配れる訳じゃないのだから、自然と誰にでも無関心でいることになる。
 そんな理由で。その程度の、理由で。
「じゃあお前の本音はどこにある、霊夢? 関係を全て偽っても、理由に孤独を任せても、お前の本音は無くならないだろ!?」
 感情に任せて叫んだ。
「“博麗の巫女”じゃなくて“霊夢”として言ってみろ、お前と私の間の線引きはどこだ!?」
 そもそもそんな生活、他人との関係を単純化しておこうと予防線を引いたままに過ごす暮らしなんて、最早“人間”のものでは無い。仙人でも目指しているのでもなければ、酷なだけだ。
 でもそれは、博麗霊夢の今までだった。
「わ、私は」
 その“今まで”が、
「魔理沙の」
 決壊する。
「魔理沙の近くにいたい! 側に、いつも伸ばした手が届くような所にいたい! わざとでもなく演技でもなく計算でもなく打算でもなく、ただ心の底から、貴女に向き合いたい!」
 そんな霊夢の言葉を正面から受けて、私は何故か笑った。やっと本音が聞けたのが嬉しかったのか、それとも自分に対する気持ちが聞けたのが喜ばしかったのかは分からない。
「だから、…………“霧雨魔理沙”、普通の魔法使い、親友、ほぼ毎日会う。…………仲はいいと勝手に思ってるわ」
 問いかけの答えはそんなものだった。前に示してくれた感情から導かれるにしては、随分といつも通りに。少し拍子抜けして、私は帽子の鍔をちょっと上げて立ち上がる。いや、拍子抜けしたというか、苛ついたかな。
 私が去ってしまうのではないかと思ったのか、霊夢は弾かれたように顔を上げる。でも私は彼女の目の前、ちゃぶ台の上に座った。悲痛に見える彼女の頬に手を伸ばして、苛立ちも隠さずに言う。
「もっと踏み込めよ。線引きしろとは言ったけど、そんな境界は無意味なだけだ」
 結局、曖昧なんだから。霊夢の交友関係は参考にはならなかったけど、親密さとどれくらい会っているかは必ずしも比例するとは限らないことは分かった。それにその線引きは、淡白な霊夢でも曖昧にならざるを得ないって。
 霊夢は私の腕のところを掴んで、引き寄せた。ほとんど抱き締めるような距離に、互いの息すらかかる距離に、心臓が驚いて居心地を悪くする。でもこれだけ近付いても、相手が霊夢なら全然不快にならない。
「いいの?」
 掠れた声で彼女は聞いてくる。
「いい。お前がちゃんと」
 言い終わる前に、唇で遮られた。触れるだけの僅かな感触は直ぐに離れてしまうけど、熱だけは残ったままで。
「…………ちゃんと私には素直でいてくれるならな」
 そう続けはしたものの、きっと私の顔は真っ赤になっていることだろう。霊夢はくすりと嬉しそうに笑って、私の腰に手を回して引き寄せた。そのままちゃぶ台の上からずり落とされ、彼女の腕の中に抱き止められる。
「私、止まれなくなりそう」
 耳元で囁かれて、身が意識せずともすくんだ。相変わらず、彼女の声には色がほとんど付いていなかったけど、少し熱が含まれている。
 流されないようにするのが精一杯だけど、私は何とか彼女の瞳と向き合って、頷いた。今にもキスしそうだと考えて、気恥ずかしくなった。
「遠慮はいらないぜ。どこまでも踏み込んで来い、覚悟はしてる」
 そこはきっと、他の誰よりも何よりも近い、線引きすら要らない距離で。
「“博麗霊夢”、神社の巫女、手を伸ばさなくても触れられるほどの距離、ほとんど毎日会う。…………霊夢、私はお前が好きだ」
どうも、また気付いたらレイマリレイ書いていた虎です
理屈っぽい魔理沙さんと無表情霊夢さん、あんまり甘くならなかったのが残念
くそ、もっと砂糖入れろよ!
砂糖ましましな作品を読んで萌えをチャージすべきなのか

個人的領域が関係するから、人はエレベーターの中では上とか下とか向くんだよって話だったような気がした
例として分かりやすいのは信号待ち
詳しくは知らない

レイマリレイとマリアリが多いのはジャスティスってだけじゃなくて、ネタがキャラに縛られない、書きやすさがあるんだろうなとちょっと思った
では、ここまで読んでくれた人に
感謝!
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コメント



0.1380簡易評価
2.80奇声を発する程度の能力削除
良い雰囲気でした
14.100名前が無い程度の能力削除
砂糖入れすぎだろおおお(°□°;)
魔理沙かっけぇ
16.100名前が無い程度の能力削除
これはいいレイマリだ。
23.100名前を忘れた程度の能力削除
糖死しそう・・・レイマリ(逆も可)最高。
26.90名前が無い程度の能力削除
二人の感情が真っ直ぐなのはいいんですが、如何せん読みにくくて入りこめない。
35.100名前が無い程度の能力削除
二人とも可愛すぎますな
レイマリ最高です
40.100非現実世界に棲む者削除
ああこういうレイマリはすっごく好みだ。
可愛いらしい。