<シリーズ各話リンク>
「人間の里の豚カルビ丼と豚汁」(作品集162)
「命蓮寺のスープカレー」(作品集162)
「妖怪の山ふもとの焼き芋とスイートポテト」(作品集163)
「中有の道出店のモダン焼き」(作品集164)
「博麗神社の温泉卵かけご飯」(ここ)
「魔法の森のキノコスパゲッティ弁当」(作品集164)
「旧地獄街道の一人焼肉」(作品集165)
「夜雀の屋台の串焼きとおでん」(作品集165)
「人間の里のきつねうどんといなり寿司」(作品集166)
「八雲紫の牛丼と焼き餃子」(作品集166)
昨晩からの大雪で、幻想郷はすっかり白銀に染まっていた。
昼間も気温は上がらず、夕刻になっても雪が消える気配は無かった。いよいよ本格的に冬の到来だ。私は白く息を吐き出して、さく、さくと雪の上を歩く。しんと静まりかえった雪道に、私の足音も吸い込まれていくようだ。
見慣れた石段と、その上に佇む鳥居を見上げる。石段はきちんと雪かきされていた。上っていくと、ほどなく神社が見えてくる。博麗神社だ。
境内には相変わらず人影はなく、賽銭箱も寒そうに身を縮こまらせているように見える。一応覗いてみたが、例によって空っぽだった。やれやれ、と私は肩を竦めて、小銭を放る。からんからんと鈴を鳴らして、二礼二拍。さて、御利益があるとも思えないが、何を祈るか。
びゅう、と冷たい風が吹いて、私は手を合わせたままぶるりと身を竦ませる。
――今日は温かくて美味しいものが食べられますように。
気付けば、そんなことをお願いしていた。一礼して、私は踵を返す。まあ、博麗神社に祈るのはこのぐらいのことでいいだろう。
そのまま、神社の裏手に回る。縁側には、やはり巫女の姿があった。この寒さでも相変わらず腋を出した格好で、ずずずとお茶を啜っている。
「やあ」
私が声を掛けると、博麗霊夢は顔を上げて、「なんだ、藍か」と白く溜息をついた。
「なんだとは、またずいぶんな言いぐさだな」
「鈴の音がしたから、珍しく参拝客かと思ったのに。ま、そんなとこだろうとは思ったけど。何の用?」
「賽銭を入れてお参りしたんだから、参拝客扱いして欲しいところだが」
「あら、それはありがと。で、何しに来たの?」
「様子を見に、な。ほれ」
私が野菜と果物を入れた袋を差し出すと、霊夢は受け取って中身を覗き、顔をほころばせる。いつも通り、この巫女を釣るなら賽銭と食べ物に限る。
「ちゃんと食べているか? 居候も増えたんだろう」
「保護者みたいなこと言わないでよ。ご飯ぐらいちゃんと食べてるわよ」
「紫様が冬眠されている間、面倒を見るように仰せつかっているからな」
「紫に面倒見られた記憶は無いんだけどね」
苦笑して、霊夢は袋を手に立ち上がる。「お茶出すから、そこ座って待ってて」と言い残して、ぱたぱたと廊下の向こうへ消えていった。「おかまいなく」と答える暇もない。
また冷たい風が吹き、私はマフラーの中で首をすくめて、縁側に腰を下ろした。霊夢はよく、この冬場にもあんな寒そうな格好で平気なものだ。人間のくせに、どこか鈍いのだろう。
そういえば、居候はどこだろう。伊吹萃香と、今はもうひとり居候がいるはずだが。
「お待たせ。はい、お茶」
「これはどうも」
霊夢が戻ってきて、湯気を立てる湯飲みが差し出される。ずずぅ、と一口啜ると、冷え切った身体に熱が染み渡るように広がって、私は思わず安堵の吐息を漏らした。
ふと横を見ると、隣に腰を下ろした霊夢が、ぼんやりと頬杖を突いた姿勢から、ちらちらと横目にこちらを伺っていた。私の視線に気付いて、霊夢は慌てた様子で目を逸らす。
ははあ、と私は得心した。まるでその視線は、寺子屋で私にじゃれつく子供たちとそっくりである。こういうところは霊夢も子供だ、と私は心の中だけで苦笑する。
「その格好で寒くないのか?」
「……別に」
そう素っ気なく答えつつ、小さく鼻を啜る音がしたのを、私は聞き逃さない。
素直じゃないな。私は苦笑して、尻尾の一本で霊夢の二の腕をくすぐった。
「ひゃっ、な、何するのよ」
「ん、ああ、すまない。尻尾が当たってしまったか」
小さく悲鳴をあげた霊夢に、私はしれっとそう返して、お茶を啜る。
むう、と霊夢は半眼でこちらを見つめ、それからまた私の尻尾に視線を向けた。
もさもさと尻尾をさりげなく揺する。九尾の妖狐一流のチャーミング。ほれほれ。
ぐぬぬ、と霊夢は肩を震わせて、それからまた視線を逸らし――けれど、その手をさりげなく私の尻尾の方へ伸ばしてきた。――はい、一丁上がり。
「ふぁっ!? ひっ、ひぁっ、ひゃぁぁぁぁっ」
霊夢が悲鳴をあげて、私の尻尾の中に埋もれた。私が尻尾で引きずり込んだのだ。
――全く、モフりたいならそう言えばいいものを。紫様のようにスキマで突然背後に現れてモフってくるのもそれはそれで困りものだが。
ともかく。普段はみだりに他人に触らせはしない尻尾も、紫様と、橙と、霊夢は別なのだ。
「ふあ……はふぅ」
私の尻尾に顔を埋めて、霊夢が幸せそうに息を吐く。
「……頼んでないわよ、ここまでは」
「そうか? 触りたそうに見えたが」
「寒かったのよ」
「やっぱり寒いんじゃないか。ほれほれ」
私は尻尾を揺すって、霊夢の腋の下をくすぐる。
「ひゃっ、ひ、や、やめ、らめえっ――はっ、ふぁっ、ふぇっ」
もさもさもさ。私の尻尾に取り込まれて、変な悲鳴をあげる霊夢。
その反応が可笑しくて、私はつい調子に乗ってくすぐり続け――。
「――ふぇっくしょん!」
盛大なくしゃみの音が、博麗神社の縁側に響き渡った。
誰にも邪魔されず、気を遣わずにものを食べるという、孤高の行為。
この行為こそが、人と妖に平等に与えられた、最高の“癒し”と言えるのである。
狐独のグルメ
「博麗神社の温泉卵かけご飯」
「あー……なんていうか、ごめん」
「いや、うん、不可抗力だから気にしないでくれ……」
べっとりと粘っこいものが毛並みにまとわりつく感触で、何が起こったのかは見えなくても理解していた。ちーん、と鼻をかんで、霊夢は恥ずかしそうに顔を伏せる。
ちょっと私も調子に乗りすぎたか。ううむ、自業自得だ。
「とりあえず、風邪をひかないようにもう少し厚着した方がいいぞ」
「そうするわ……あ、温泉入ってく?」
「温泉? ああ――あれか」
そういえば、いつぞや神社の近所に間欠泉が噴き出したことがあった。あのときは冬眠直前の紫様が、珍しく私を伴わずに動いていたので、私はあまり詳しいことは知らないのだが、あれ以来神社の近くには温泉が湧いているのだ。
「入浴料はサービスしとくわよ。賽銭入れてくれたし」
「それはどうも。じゃあ、浸からせてもらおうかな」
私は立ち上がる。神社の周りに広がる森、その一角から白く湯気が上がっているのが見える。温泉はあそこだろう。
「――そういえば、居候たちはどうしたんだ?」
歩き出しかけて、ふと私は振り返って訊ねた。居候の姿をそういえば見ていない。萃香などはよく縁側でごろ寝しているものだが――さすがに今はそういう季節でもないか。
「ん? ああ、今はあっち」
霊夢はそう言って、湯気の上がっている方を指さす。
「温泉に?」
「浸かってるわけじゃないわよ」
「ああ、なるほど」
温泉で働かせているわけだ。ちゃっかりしたことである。
「じゃあ、私はこれで。お大事に」
「はいはい」
二の腕をさすりながら、見送りもせずに神社の中に引っ込んでいく霊夢の姿を見送って、私は小さく苦笑すると、温泉の方へと向かった。
温泉といっても、宿を兼ねているわけでもなく、風呂は全て露天なためか、脱衣所と休憩所を兼ねる建物は簡素なものだ。《博麗の湯》と大書された看板だけが妙に立派で不釣り合いである。からからと扉を開けると、番台で退屈そうに杯を傾けていた鬼が顔を上げた。
「おん? 藍じゃん。珍しいね」
「まあ、たまにはな」
「入浴料はそこの賽銭箱ね」
「向こうにもう入れてきたよ」
「あ、そ。でもタオルと石鹸は別料金ね」
「こっちもちゃっかりしてるな」
ちゃりん、と小銭を賽銭箱に放ると、黄色いタオルと小さな石鹸が手渡された。
やれやれ、温泉もそういえば久しぶりだな。今日はこの後特に予定も無いし、少しゆっくり浸かって日頃の疲れを癒そうか。
《女湯》の暖簾をくぐって、脱衣所に入る。ロッカーがふたつほどふさがっていた。先客がいるらしい。霧雨魔理沙あたりだろうか?
服を脱いで、タオルと石鹸を手に浴場への扉を開ける。途端、視界が真っ白な湯気に覆われた。風は冷たいが、温泉の熱の気配が気を逸らせる。私はかけ湯を浴びて、手早く身体を洗う。九尾の尻尾の不便なところは、風呂に入るときに洗うのが手間なところだ。
「へくしっ」
六本目をわしわしと石鹸で洗っているところで、思わずくしゃみが漏れた。ああもう、この冬場に露天で一本一本丁寧に洗っていたらさすがに私も風邪を引く。幸い被害の部分はもう洗ったし、残りはざっと洗って、私は湯船に向かった。
ごつごつした岩石で仕切られた湯船に身を沈めると、ほっと吐息が漏れた。ああ、身体の芯まで温まる。八雲の家の風呂場も、橙を呼んで紫様と三人でゆっくり入れるぐらいには広いが、温泉、とりわけ露天風呂の開放感はまた格別だ。
しかし、湯気のせいで視界がきかない。そういえば、先客はどこだろう?
きょろきょろと視線を彷徨わせると、湯気の向こうから声がした。
「こらおくう、ちゃんと百まで数えてからだよ」
「うにゅー」
見やれば、赤毛の猫と黒髪の鴉が一緒に湯船に浸かっていた。あの鴉は確か、守矢の連中がちょっかいを出した地底の地獄鴉ではなかったか。
「さんじゅうご、さんじゅうろく、さんじゅうなな」と、一匹と一羽は一緒になって数を数えている。というより、早く上がりたくて仕方ない様子の鴉を、猫の方がなんとか言い聞かせているという感じだ。橙を風呂に入れているときは私もあんな感じだな、と私は苦笑する。
「ごじゅうご、ごじゅうろく、うにゅ……えと、ひゃく!」
「こらこら、だめだってば」
「お燐のいじわる……」
「ちゃんと百まで数えたら、ゆで卵買ってあげるからさ、ほら」
「ゆでたまご!」
「はい、だからほら、ごじゅうなな、ごじゅうはち」
「ごじゅうきゅう、ろくじゅう」
全く、微笑ましい光景である。しかし、ゆで卵か。休憩所の方で売っているのだろうか。
ゆで卵……ああ、しまった、お腹がすいてきたぞ。いやいや、今は温泉だ。ゆっくり浸かって、食事はそれからでも遅くない。
ゆで卵があるなら、温泉卵もあるかな。温泉卵をご飯にかけて出汁醤油で……ああ、いかん、よだれが出てきそうだ。いや、ご飯がある保証は無い。過度な期待は禁物だ。
ううむ、しかしお腹がすいてしまったぞ。もう少しゆっくり浸かっていたいものだが。
「きゅうじゅうきゅう……ひゃく!」
「はい、よくできました。じゃ、あがろっか」
「ゆでたまご♪ ゆでたまご♪」
「ああ、こら、走ったら転ぶよ!」
湯船から飛び出すように、鴉の方が駆けていく。その姿に溜息を漏らした猫が、私の方を振り返って、気まずそうに小さく会釈した。
「すいませんね、おくうったら騒がしくて」
「いえいえ、お気になさらず」
「じゃあ、あたいもお先に」
猫の方も湯船からあがろうとしたところで、「あ」と思わず私は呼び止めていた。二本の尻尾を揺らして、「うん?」と猫が振り返る。
「何です?」
「ああ、いや……ゆで卵は、休憩所で売ってるのかな」
「あ、そうですよ」
「食事はできるのだろうか」
「出来たと思いますけど」
「そうか。ありがとう」
私が会釈すると、猫は少し不思議そうな顔をしながら脱衣所の方に消えていった。そうか、これはご飯もあると見ていいな。よし、温泉卵かけご飯だ。決定。
気が付けば、湯船の中でそわそわと動き回っている自分がいた。いかんいかん、落ち着け。とりあえず髪を洗って、尻尾ももう一度ちゃんと洗い直すか。
湯気の中に白い吐息を吐き出して、私は湯船から立ち上がった。
結局、なんだかんだで一時間以上浸かってしまった。
風呂上がり、尻尾を丁寧にドライヤーで乾かしていると、なんだか日常のぐしゃぐしゃから解き放たれたような気分になる。適度にお腹も空いたし、怪我の功名というか、尻尾に鼻水をつけてくれた霊夢に感謝すべきかもしれない。
「よしよし」
綺麗になった尻尾を撫でて、私は満足して頷く。脱衣所を出ると、番台では相変わらず萃香が酒を飲んでいた。あれで仕事になるのだろうか、とは思うが、そんなに客も多くなさそうだからいいのかもしれない。何しろ博麗神社だ、妖怪ぐらいしか浸かりに来ないのだろう。
「瓶牛乳はあるかい?」
「ん? ああ、ほい。お代はそこね」
賽銭箱に小銭を放って、萃香から瓶牛乳を受け取る。風呂上がりと言えばやっぱりこれだろう。休憩所に向かって、座敷の座布団に腰を下ろした。
「くーっ」
口をつければ、牛乳の冷たさとほのかな甘みが、ほかほかと温まった身体に心地よく染み渡っていく。風呂上がりの瓶牛乳という方程式の美しさは特筆に値する。この味のために温泉に浸かっていると言ってもいいぐらいだ。
牛乳瓶を片手に視線を巡らせれば、隅の方に先ほどの鴉と猫がいた。猫の膝枕で、鴉が心地よさそうに寝息を立てている。猫は慈愛の微笑を浮かべて、その黒髪を梳いていた。鴉の方が身体が大きいのに、先ほどの風呂での様子といい、猫の方が母親のようだ。
こういうの無かったな、最近。ゆったりとした気分で、天井に向かって大きく息を吐く。
紫様が冬眠したとはいえ、色々忙しいのには変わりない。忙しなく過ごす時間の中で、ふとこういう安らぎを忘れそうになる。ああ、何も考えずにぼんやりとするって、なんて貴重な時間だろう。
「っと、そうだそうだ、温泉卵」
しかし、そんな思考とは裏腹に、胃の方は現実的に空腹を訴えてくる。温泉卵を食べよう。私は立ち上がって、カウンターの方へ向かう。
「いらっしゃいませ~」
カウンターに居たのは、博麗神社のもうひとりの居候。冬妖怪のレティ・ホワイトロックだった。萃香と同じく、ここで働いているのだろう。
レティは私の姿に、ひとつ不思議そうに首を傾げた。
「あら、珍しいわね~」
「萃香にも言われたよ。ええと……」
頭上に貼り出されたメニューを見上げる。温泉卵、温泉卵……あ、あった。温泉卵かけご飯(漬け物・吸い物つき)。そうそう、そういうのでいいんだよ。期待通りだ。
メニューは他に、だし巻き卵や目玉焼きも出すらしい。卵しかないのか? 卵と卵でダブらせるのもな……。お、肉じゃががあるのか。きんぴらごぼうもある。いいぞいいぞ。
「温泉卵かけご飯ください。あと、肉じゃがときんぴらごぼうで」
「は~い。そこで待っててくださいね~」
レティがぱたぱたと奥に下がっていく。あの冬妖怪が神社に居候し始めたと聞いたときには不思議に思ったものだが、今となってはそんなに違和感も無くなった。どういう経緯で居候することになったのかは知らないが、居候仲間の萃香とも仲良くやっているようである。
しかし本当に、霊夢はよく妖怪に好かれるものだ。まあ、私も霊夢のことはわりと気に入ってるのだが。
「お待たせしました~」
お、きたきた。お盆を受け取って、座敷のテーブルに戻る。
ほかほかの白いご飯に、温泉卵がひとつ。出汁醤油なところがよく解っているじゃないか。大根の漬け物と……お吸い物は、と。蓋を取る。
「……油揚げ! 油揚げじゃないか!」
きゃー。嬉しい悲鳴だ。こんなところで油揚げに巡り会えるとは。こうしちゃいられん。
「いただきます」
温泉卵を器に割ると、とろりとした白身に包まれた半熟の黄身が、赤ん坊の肌の様なピンク色をぷるんと露わにする。ううん、これぞ温泉卵。さっと出汁醤油をかけて、軽く箸でかき混ぜる。半熟の黄身が割れて崩れ、白身と混ざり合っていく。
溶いた卵をご飯にかける。白身と黄身がご飯の中にゆっくりと染みこんでいく様がますます食欲をそそる。軽く箸で混ぜ合わせて、かきこむように口へ運んだ。
ううん、実にほっとする味だ。卵が米に染みこみすぎると美味しくない。この、それぞれが別々のままに寄り添っているぐらいの時間がベストなのだ。
「おっと、おかずもあるんだった」
一気にかきこみそうになったが、きんぴらと肉じゃがの存在を思い出して箸を止める。すまんすまん、忘れるところだったよ。
きんぴらごぼうは、ごま油と唐辛子の風味がぴりりと利いている。温泉卵が無くても、これだけでご飯がいくらでも食べられそうだ。ゴマがたっぷりなところが、実に心憎い。
肉じゃがも、この溶けかけた感じのじゃがいもが、実にあったかい。これが正しい肉じゃがだよ、うん。汁と一緒に、じゃがいものかけらがドゥルドゥルっと入ってくる感じがたまらない。肉は……まあ、感じ感じ。
ああ、外で食べているのに、なんだかすごく家庭の味って感じがする。昔、まだ私が式になったばかりの頃、紫様が作ってくれた肉じゃがの味を思い出すな。懐かしい……。
「さあ、油揚げだ」
お吸い物をすする。出汁のよく利いた、優しい味だ。そして油揚げ。何はさておき油揚げ。ああ、美味い。汁をよく吸ったこの油揚げのふかふかの食感がたまらなく心に染みる。いかん、なんだか感極まってきたぞ。落ち着け。温泉卵かけご飯の続きだ。
ご飯をまた茶碗からかきこむ。出汁醤油の味が、卵とご飯をまぁるく包み込んでいる。ご飯と、卵と、醤油と。まさに黄金の組み合わせだ。
「あぁ……」
思わず恍惚の声が漏れた。肉じゃがを汁ごとかきこみ、きんぴらごぼうの刺激を楽しんで、温泉卵かけご飯がそれらを優しく包み込み、最後は吸い物の油揚げが柔らかく締める。ううん、至福。少し量が物足りないが……まあ、夕飯には少し早い時間だし、いいか。
「ごちそうさまでした」
温泉で、瓶牛乳で、卵かけご飯で、油揚げで、きんぴらと肉じゃが。ううん、これ以上の幸福があろうか。本当に霊夢さまさまである。これから、もう少し頻繁に様子を見に来ることにしよう、そうしよう。そう心に決める。
「うにゅ……うでたまご、もうたべられないよぉ……」
猫の膝の上で眠る鴉が、そんな寝言をたてていた。猫の方も、うつらうつらと船を漕いでいる。ああ、なんだか私も眠くなってきたぞ。心も身体もぽかぽかで、ああ……眠い……。
思わずあくびが漏れる。ちょっとだけ、ほんの少しだけ横になろう。私は畳の上に身体を横たえた。ああ、瞼が重い。三十分、いや十五分だけ……おやすみなさい。そう考えたときには、もう睡魔が私の意識を刈り取ろうとしていた。
「こら、いつまで寝てんのよ」
耳を引っ張られて目を覚ました。目を擦って顔を上げると、霊夢が呆れ顔で私を見下ろしていた。あれ、ここは……ああ、博麗神社の温泉か。しまった、すっかり寝こけていた。
「ここは寝る場所じゃないっての」
「あ、ああ……すまない」
しまった。いつまで寝ていたんだ私は。時計を探すと、温泉卵かけご飯食べ終えてから二時間ほどが経過していた。ああ、三十分だけのつもりだったのに……。不覚である。猫と鴉の姿ももう見当たらなかった。既に帰ったのだろう。
「閉めるから、さっさと帰った帰った」
「うん? 夜は開けてないのか、ここ」
「夜も開けてるけど、今は私らが風呂に入るの」
ああ、なるほど、そういうことか。私は笑って立ち上がる。
「れいむ~、お待たせ~」
「はいはい。さっさと風呂入るわよ」
レティがぱたぱたと霊夢の元に駆け寄っていく。女湯の暖簾の下では、萃香が三人分の風呂道具を抱えて「おーい、早くしなよー」と声をあげていた。仲良く三人一緒か。冬妖怪は温泉に入って大丈夫なのだろうか?
「霊夢、背中流してあげる~」
「あ、レティずるい! 私も!」
「んなことで喧嘩してんじゃないの。私があんたの髪洗ってあげるわよ」
「お? えへへ、それならいいや」
「ふふ、霊夢ってば最近萃香にだだ甘よね~」
「うっさい馬鹿黙れ」
「い、いひゃいいひゃい、ひっぱらないへ~」
霊夢とじゃれ合う萃香とレティ。三人のそんな会話を聞きながら、私も外に出た。すっかり陽の沈みきり、夜のとばりが下りた空に、白く息を吐き出す。
囲いの向こうからあがる、温泉の湯気を振り返って、私は小さく笑みを漏らす。
温泉卵がご飯に染みこむように、お風呂と食事の温かさは、冬の冷たい空気に晒された身体に、本当に心地よく染みこんでいく。それは寄り添っているとほっとする、家族の温もりだ。
「仲良きことは、美しきかな、か」
紫様が冬眠しているので、このまま家に帰っても実質ひとりだ。今は無性に、誰かがそばにいる温もりが恋しい。ちょっと遅いが、マヨヒガに寄って橙を家に連れて行こう。そうして一緒にお風呂に入って、晩ご飯を食べて、今日は橙と一緒に寝よう。そうしよう。
ひとりの時間、家族の時間。それもまた、混ざり合いすぎずに、寄り添っているべきものだ。美味しい卵かけご飯の、ご飯と卵のように、互いに包みこみ合うように。
「あ」
そこでふと気付いて、私は振り返った。
「温泉卵、持ち帰りで買っておけば良かったな……」
まあ、いいか。家でも作れるし。またお腹も空いてきたから、橙にも温泉卵かけご飯を食べさせてやろう。それと肉じゃがと、油揚げの味噌汁だな。
よし、急いでマヨヒガに向かおう。私は雪道の上、足跡をつけながら帰路を急いだ。
相変わらずお腹が空くシリーズだなぁ。
ごちそうさまでした
だがひねくれている私は、油揚げの描写にやられてきつねうどんが食べたくなったぞ・・・
うん、ちょっとコンビニ行ってくる
藍さま可愛い。
グルメ泥棒が炎なら、この孤独のグルメはまさに水と表現できます。
ですが共通点もあります。それは……どっちも読むとお腹が空くんですよぉ!!
TKGは、日本が世界に誇る食べ物です!
油揚げでテンション上がってる藍さまも可愛いし、微笑ましいおりんくうにも思わず2828。そして文芸賞の時間軸でもくろまくみこすいか成立キタコレ!! 予想外の大歓喜でした。
次回も楽しみにさせて頂きます。
この時間に読むんじゃなかった…
卵かけご飯食べたくなってきたじゃないですか…。
ごちそうさまでした。
とんだ飯テロだぜ・・・
お吸い物は豆腐と油揚げが究極だと思うのですよ
猛烈に卵かけご飯が食べたくなってきた!
次も楽しみに待ってます。
とても安定したおもしろさです。
醤油をかけまして 卵をときます そのこころは 美味い。
料理はもちろんですが、温かい博麗神社がまた良いですね
温玉ごはんとか……!!
相変わらず食事描写やら料理と内容の絡ませ方やらがお上手…。自分もこんな素敵な文を書いてみたいですな。面白かったです
あ、あと霊夢達の風呂描写h(ry