「へっくしっ!」
ずずず、と鼻をすすって不貞腐れているのは蓬莱の人の形、竹林に住む藤原妹紅。
慧音に会うため、妹紅ははるばる……というほど離れてはいないが、とにかく人里に来ていた。
そうして慧音に会ったは良いが、妹紅はどうにも鼻水が出るのを抑えられない。くしゃみも出て、不機嫌極まる様子である。
慧音は仕方なさそうに苦笑して、ティッシュを渡す。ティッシュを受け取った妹紅は鼻をかみ、柔らかい材質のそれをゴミ箱へ捨てる。こういう時に、外の世界の技術は凄いものだと地味に感心する妹紅である。
「なんだ、もうそんな季節か……私のところに来たってことは、薬か?」
「ズズ……うん、ぞうなんだよ。いづもわ゛るいけど、くれないがな゛」
「鼻声鼻声……分かった、ちょっと取りに行くよ」
そう言って、どこへしまったかな。と呟きながら退室する慧音を見送り、妹紅は毎年毎年訪れるこの季節この症状を毎年のように呪う。
昔はこうではなかった。そう、昔々も大昔。妹紅がまだお嬢様をしていた頃は、全く気にならなかったこの季節。あぁ桜が咲くじゃないか、楽しみだなぁとしか思わなかったような覚えが……あるような。ないような。妹紅はよく覚えてはいない。何せ本当に昔の頃なのだ。
さて、この症状に悩まされるようになったのはいつ頃からだったかと思案する妹紅。確かどこぞの妖怪を燃やした近くに杉の木があったような、いや無かったような。まぁ多分その頃、とあたりを付けた。
とにかく妬ましいのは暢気に桜見などしているどこぞの姫様とかどこぞの亡霊とか。くそうあいつらに移せたら、そう思わずにいられないほど鼻水が出てつらい思いをする妹紅である。
つまり、花粉症だった。
「……杉の木一本残らず燃やしたい」
◇
「ックチュン!」
なんとも可愛らしくくしゃみをするのは、ここ紅魔館のお嬢様。永遠に幼き紅い月、レミリア・スカーレットその人(吸血鬼だが)である。
椅子に座りながらも、いつものように尊大に振舞えていないのは、傍の三脚テーブルに置かれているティッシュ箱が原因であろう。あと、従者である十六夜咲夜に鼻をかませているのもある。上を向いて目をつぶり、鼻をかむ姿は明らかに子供そのものであり、夜の王とは到底思えない。
「んうー……も゛ー、この時期ば本当に嫌だね゛! ざぐや、ちょっとスギ壊しできで」
「申し訳ありませんがお嬢様の傍を離れる事は出来かねます」
「まぁわだしもごまるけどね゛」
ふん、とふんぞり返りながら勢いよく背もたれに体重を寄せるが、赤い鼻頭のせいでどこか滑稽である。
と、そこで部屋の扉が開いた。大きな扉で分厚いので開かない限り鉄壁なのだが、これでも花粉が入ってくるのは謎である。
入ってくるのは二人。大きな影と小さな影、小さな影の方は印象的な翼が見えた。
「うあー……目が…かゆいぃ……」
「ほらフランお嬢様、咲夜さんから薬を分けてもらいましょうね」
紅美鈴とフランドール・スカーレット。彼女らがなぜここに来たかと言うと、館中の花粉症の薬を咲夜が主の為に持っていったので、分けてもらうためだ。
フランドールは目を左手でこすりながら、右手を美鈴と繋いでいる。こすると悪化する、と言ってるのになぁ。と美鈴は困った様に苦笑した。
「だってかゆいんだもんー」
「仕方ないですねぇ。あ、咲夜さん。フランお嬢様が御覧の通りなので、少し薬を分けてもらえませんか?」
「えぇ良いわよ。悪かったわね、全部持って行っちゃって」
フランドールは故あって地下にいたため、今年になって花粉症である事が発覚した。レミリアが鼻詰まりであるが、フランドールは目の痒みだという。
「しかし、薬が無くなっちゃったわね……美鈴、ちょっとお嬢様も見ていてくれる?」
「えぇ良いですが……」
「い゛や、私はもう薬を飲んだし、いいよ。だからいでちょうだい咲夜」
「めーりーん、治らないよー。もっとぉ」
薬が切れてしまった為、外に買い出しに行こうと咲夜が提案するが、レミリアによって引きとめられる。しかし直後にフランからの不満から、どうしようかと咲夜は迷った。
「うーん。即効性じゃないですからねぇ」
「やっぱり、買いに行った方が……」
「クチン! ……ざぐやー、ティッシュー」
「めぇりん、痒いー!」
どうしましょう。どうしましょうかとアイコンタクトする従者二人。とりあえずティッシュ片手に咲夜がレミリアの鼻をかんだ時、美鈴が思いついたように言い出した。
「そうだ! 私が薬を作りましょうか?」
「突然何を言い出すの美鈴。そんなこと、どこの公式にも載ってないわよ」
「えっ」
「何でもないわ。それで、どういうこと?」
なんともおかしな事を咲夜が言ったような気もするが、美鈴は空気を読んだ。彼女はどこぞの竜宮の使いを差し置いて空気が読めて気も遣える女なのである。
「まぁ長いこと生きてると色々と手を出しましてね。武術の片手間に薬学を嗜むんですよ私。勿論母国の薬です。私の母国の薬は『漢方』と言いまして、即効性の効き目なら定評があるんですよ!」
「まぁなんとも都合の良い。それを今まで言い出さなかったこともさて置いて、今作れるの?」
「えぇ勿論。材料とか道具とかも、ちゃんと門に置いてあります!」
「へぇ、門のどこに?」
「えぇ門柱の中に……あっ」
そういうことで、美鈴は額にナイフを突き刺したまま薬を造ることになった。
美鈴が門に去る時、入れ替わるように入室するのは薄紫のネグリジェを来た少女。パチュリー・ノーレッジである。
彼女は元気よく、ナイフが刺さっているのに元気よく退室する美鈴を見やり、咲夜に質問をした。
「ナイフは別に良いけど、あれどうしたの?」
「『漢方』という薬を作ってくる、って意気込んでいましたよ。美鈴って多才なんですね」
「……漢方?」
「えぇ漢方」
「誰に?」
「お嬢様方に」
咲夜が言うや否や、即行で何かしらの術式を組み始めたパチュリー。そんな彼女を訝しむような目線を向けた咲夜は、やはり気になって聞いてみた。
「……何をなさっておいでで?」
「雨の術式。まぁ、室内をちょっと濡らすから、貴女は部屋を乾かす用意をしなさいな」
「何故?」
「すぐ分かるわ」
それ以上は言わないことが分かったので、咲夜は怪訝ながらも言われた通りに用意した。
「うー」
「うー」
あと、あまりの症状の辛さにお嬢様姉妹は退行した。
「できましたよ!」
勢いよく飛び込んできたのは先程の美鈴。手には小さな包みが二つ。何故かボロボロの美鈴は嬉しそうにそれを咲夜に手渡した。
「さぁ、これを飲めばとりあえず問題解決! こちらがレミリアお嬢様、鼻の通りが良くなります。こちらがフランお嬢様、目の痒みが無くなります」
「……粉? 粉末状の薬なのね、久しぶりに見たわ。最近はカプセルしか飲んでいないし」
包みを開くと色が違った粉末の小山が二つ。あまりに味気無いその粉末を懐かしく思うと、咲夜は主二人に近寄った。
「さぁ、お嬢様。飲んでみてくださいな」
「うー」
「うー」
もはや条件反射の様に薬を受け取り、飲もうとしたところでパチュリーに止められる。
「いえ、咲夜が飲ませなさい。最初は少量、それから私が合図したら渡すのよ」
「えー信用ないですねー」
「美鈴は黙る」
おかしな指示にまたもや訝しみながらも、やはり咲夜は言う通りにした。なんというか、パチュリーからは凄味を感じる。
二人に水を口にふくませ、上を向かせてその中に少量のみ薬を投入。
すぐにゴクンと飲むかと思いきや、二人は目を見開いて同時に噴出した。
「げほ、えほっ……め゛いりん! 苦いなんて聞いでないわよ!」
「うえぇ、苦い」
「いえ、薬は苦いものなんですが……」
「全く、レミィも妹様も味覚が子供なのよ。吸血鬼が甘い物好きなんてねぇ」
パチュリーがはぁ、と溜息を零す。甘い物を好む子供吸血鬼など、どこのラブコメディの登場人物なのだろうかと思い、ならその友人の私は、と憂鬱になったのだ。
「そんなの別に、い……クシュンっ、いいだろう? ごんな苦いの飲める゛わけが無いんだ」
「美鈴、もっと甘いの頂戴よ。私が苦いの嫌いなの知ってるでしょ!」
そう言って駄々をこね、吸血鬼姉妹は薬を吹き飛ばそうとして腕を振り上げたところで、その腕にチリっと焼けるような痛みが襲いかかる。
なんだろう、と見てみると、水滴が付いていた。水。それも、吸血鬼がダメージを受ける水と言えば……。
上を見る。小規模な雲が漂う。
前を見る。薬を飲まそうとする咲夜が居る。
周りを見渡す。部屋の中で雨が降り出した。
「ざんねん。まわりこまれてしまった」
魔女が呟くと、吸血鬼姉妹は絶望に青白く染まった。
◇
「ぶえっくしょーい、あんちくしょうめ!」
「チルノちゃんがおっさんみたい」
所変わって霧の湖。年中ひんやりとした霧に包まれていることで有名なこの湖は、現在氷精とその友の縄張りとなっている。いや大体氷精の縄張りである。
くしゃみをした氷精チルノは、ずずずと鼻をすするとキョロキョロ周りを見回しこう言った。
「誰かがあたいのうわさをしているようね!」
「チルノちゃん鼻垂れてるよ」
チルノは友である大妖精に突っ込みをいれられたが、全く気にせずまだ見回している。勿論鼻も少しすすってそのままなので、鼻水がまるで漫画の様に雫の形で垂れていた。奇跡的に落ちていない。
「ずずず、いや大ちゃんずず、仕方ないよ。ずずずさいきょーのずずあたいのことは話のタネになっちゃうんだずずずず」
「チルノちゃん汚いよ……もぅ」
あまりにもチルノが連続的に鼻をすするので、見かねた大妖精がどこからか布を取り出して拭ってやる
が、しかしまたダラーンと垂れてきたので大妖精は諦めた。
「チルノちゃん、それ花粉症だよ。いつもはそんなことないけど、もしかしたら今日からかかっちゃったのかもね」
去年まではチルノはこの時期何ともなかった。むしろ春が来たと騒ぐか、レティが去ったと寂しがるかのどちらかなのだ。そんなチルノが今年から花粉症デビューしてしまい、大妖精は妖精なのに花粉症になるのかと思った。
「違うよ大ちゃん」
「ん?」
が、否定はチルノから来た。花粉症を知っているかどうかも怪しいチルノであるが、何かを言い出す雰囲気だったので大妖精は言葉を待つ。
「これ、ずずず……花粉じゃなくって、違う粉だよ」
「違う粉? 違う粉……って、他にどんな粉があるの……」
大妖精は不思議に思った。春、しかもスギ花粉が飛ぶこの時期だ。花粉以外にどんな粉が飛んでいると言うのか。またチルノが突飛な事を言い始めた、と半ば呆れていた。大妖精はどんな変な事を言うのか、と構えるが、しかしチルノの言葉は予想の斜め上である。
「これ大ちゃん粉だよ大ちゃん粉。なんかずっと春になると大ちゃんから粉が飛んでくるんだ。毎年我慢してたけど、多分今日から耐えきれなくなって大ちゃん症になっちゃったんだよ」
「なにそれ!?」
真に驚愕。大妖精は心の底から驚いた。まさか花粉ではなく自分から飛んでくる謎の粉だと言うとは相手があのチルノであっても驚いた。と同時に、あまりに真剣に言うので大妖精は混乱した。
「だだだ大ちゃん粉!? 私の粉……って、そんなの無いよ! チルノちゃん冗談やめて!」
「ほんとだって。だってほら、そことそことそこになんか黄色いの飛んでるし」
「いやいやいや…………えっ…………こ、これは私じゃないもん! ち、違うもん。私はそんな粉出してないもんーッ!」
大妖精は飛び去った。
「………うん? あ、これが花粉か」
◇
「ふ…っ、フィクション!」
「この小説は東方プロジェクトの二次創作であり……って何言わすのさ、お空」
「うにゅ?」
ここは地底である。
決してスギ花粉など飛ぶ筈のない地であるが、地獄鴉の霊鳥路 空は何故か鼻詰まりに困っていた。風邪かと思った火焔猫 燐であるが、鼻水は透明で風邪特有の濁った色では決してない。というかそもそも鴉が風邪って。いや花粉症もおかしいのだが。
「その鼻詰まりとくしゃみ、なんなんだろうねぇ。軽いものだから別に気にしなくてもいいけどね」
「うんー。大丈夫じゃないかな。お仕事に問題はないよ! 今日も元気に核融合するからね!」
いや別に元気にやらなくても普通にやってくれれば良いのだが、仕事に意欲を持つ状態に水を差すのも何なのでお燐は黙っておいた。
「まぁ問題無いなら良いけどね。それで、他に苦しいとことかあるかい?」
「んーん。別にー、大丈夫だよお燐ってば。なんだか心配しょーだね」
「ほんとにねーぐしぐし」
「うにゃっ! ……こいし様いたんですか」
「いたよーもー。失礼しちゃうよねぇ、ちょっと無意識になってたからって」
「いや分からないですって」
お空に少し辟易されながらも心配していたお燐の傍から声がした。無意識となって認識されづらくなった古明地こいしである。にょきっ、と頭を伸ばしてお燐の視界に入ってくる登場の仕方はまるで茸のようだ。
「それで、お空が花粉症だって? ぐしぐし。大変だね」
「えぇまぁそうなんですが……こいし様? どうしたんですか目なんてこすって」
「いやー、地上に出たら何だか目が痒くなってーこすってもこすっても痒くなってーぐしぐし」
花粉症である。
「地上って怖いね」
「いやだからって花粉を地底に持って来ないでくださいよぉ。ちゃんと地底の入り口でパンパンって払わなきゃ、お空が感染しちゃったじゃないですか」
「良い経験だよね」
「そうですよねー」
「ちょ、お空アンタ何賛同してんのさ」
なんともマイペースな主人の妹とそれに賛同する鳥頭の同僚に翻弄されてしまうのはお燐が苦労性なせいなのか。お燐は何だか主人の元へ帰りたくなった。
「もぅ……それで、地上に行って何してきたんです今度は」
「いやぁちょっと巫女さんの所にぶらぶらしてこよーかなーって思ったんだけどね。目が痒くなったからすぐ帰ってきちゃった。でもお蔭でやりたいことが出来たよ、やったね!」
「良かったですねぇ」
ぴょんぴょんと子供の様に飛び跳ねて喜びを表現するのはこいし。それを真似してヴァッサヴァッサと大きな翼を羽ばたかせながら飛び跳ねるのはお空。
もうお燐は色々どうでもよくなってきた。
「それで、何がしたいんです?」
「杉の木一本残らず燃やしたい」
「えっ」
所々に入るボケが良かったです
とにかく最近は目薬とパブロンが手放せないです。
あぁ、杉の木を一本残らず殲滅したい。
この季節は何かとイライラしますなぁ。まぁ、気温的には最適だと思うのですが。
花粉症さえなければ…。特にスギ花粉は絶滅してほしいです。
あ、すでに大ちゃん症か
それはそうと花粉症。
幻想郷も外の世界も大変そうだなぁ。スギ花粉とは無縁の北の大地から、衷心よりお悔やみ申し上げます。
そういや何げに『杉』という字、花粉を飛ばしているように見えなくも無いですね。
お話の中ではチルノパートが俺のお気に入り。
大ちゃん粉。俺はあえてダイチャンゴナと読ませてもらうぜ。
いいっすね、ダイチャンゴナ。カンボジアあたりの村の名前で実際ありそうだ。
とりとめのない感想で申し訳ありません。
前作とは打って変わってのコメディ作品、楽しく読ませて頂きました。
誤字報告ありがとうございました。他にも自分で気づいた箇所も直しました。申し訳ございません。
「霊路歩」ってだぁれ……!なんでこんな字にしたし…!