この話は、拙作、「ヤクモラン」から続く、「幽香が咲かせ、幻想の花」シリーズの設定を用いています。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください。
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もうそろそろ、春告精の羽音が聞こえてきても良い時期なのではないだろうか。一面の雪景色を眺めながら、ふと、そんなことを考える。なんとなく物悲しさを感じるのは、静かに降り積もる雪のせいだけではないらしい。
「……」
「……」
無言のまま、白い境内を見つめる霊夢と私。茶を啜る音に続いて、和みの声が上がる。
「……ふぅ。」
「……縁側で茶を一服、か。いい身分だねぇ。」
「昼間から瓢箪の酒を呷ってるあなたには、言われたくない言葉ね。」
「あぁ、これはあれだよ。暖をとるための酒さ。おかげで、ちょっとくらいの寒さなら、全然問題にならないのさ。」
「見てる方は寒くなるわよね。何よ、雪の降る中ノースリーブって。」
「霊夢だって、私のことを言えた義理じゃないだろう?」
「私は袖があるからいいのよ。……でも、こんなに寒い日は、働く気が起きないわねぇ。」
「霊夢さぁ、雪が積もってて掃除ができないのはわかるよ。でも、だったら雪かきでもすればいいんじゃないか? 足跡一つ無い雪景色を見ていると、あぁ、本当に参拝客がいないんだなって、考えざるを得なくなるよ。」
「うちの神社に来る連中は、大抵空を飛んでくるから良いのよ。」
「そういう奴らは、お賽銭を入れていくことなどないだろうに―――」
ごんっ、という音が頭に響く。何も、湯のみで殴りつけることはあるまい。私が人間だったら重傷を負っていたはずだ。
「いたた…… 不意打ちは卑怯だぞ。それに、凶器を使っての殴打なんて、それが巫女のすることか?」
「神社を冒涜する言葉を吐いた鬼を懲らしめただけよ。妖怪を懲らしめるのは、巫女の仕事でしょう。」
「とても都合のよい考え方が出来るようで、私は羨ましいよ。」
言い終わると同時に、霊夢の一撃が迫ってきた。さすがに二度目は簡単には喰らわない。ひゅんっ、という風切り音を立てながらすばやく身を引く。だが、その刹那、ごつんっ、という鈍い衝撃が後頭部にもたらされた。人間だったら致命傷クラスの攻撃だ。涙で潤む視界に、コロコロと転がる陰陽玉が映る。
「痛いなぁ…… 何もそこまで本気にならなくても良いじゃないか。」
「巫女を冒涜した罪は、神社を冒涜した罪よりも重い。」
「酷い話だなぁ。」
じんじんと痛む頭を撫でながら溜め息をつく。普段の霊夢は、ここまで酷い仕打ちをすることはない。やはり、なかなか訪れない春にしびれを切らしていらいらしている、ということなのだろうか。何か春の兆しは見つからないものかと辺りを見回すと、境内の端、林の入り口辺りに、ちょうどいい物を見つけることが出来た。
「霊夢、あれ、あの木の根元辺りに、面白いものがあるんだけれど、見えるかい?」
「面白いもの? ……むむむ。うん? あの辺りって、雪が少しだけ盛り上がってるところ?」
「そう、その辺り。雪に隠れて見えないけれど、たぶん、あの下には面白いものが埋まっているよ。」
「もったいぶらないで、何なのか教えなさいよ。」
「まぁまぁ、そう言わずに、雪を掘ってごらんよ。どうせ何もすることが無いんだったら、ちょっとくらい身体を動かしても良いだろう。」
めんどくさそうな顔をしながらも、教えたところまで歩いていく霊夢。言われた通りに手で雪を掘っていく。しばらくして、小さな驚きの声が上がった。
「―――あら。」
「どうだい? 春の息吹を感じることができたんじゃないか?」
「えぇ、こんなに寒いのに、春は少しづつ近付いて来ているっていうことなのね。」
戻ってきた霊夢の手元には、ふきのとうがあった。まだ小振りとはいえ、春を感じるには十分だ。私としてはこれで満足だったのだが、霊夢はこの程度では満足しなかったようだ。手の中にあるふきのとうを恨めしそうに見つめている。
「どうした? そんなに睨みつけたら、ふきのとうが逃げちゃうぞ。」
「むむむ…… 逃げられるのは困るわね。でも、萃香? これを見て、思うことは何もないっていうの?」
「春が近いなぁ、とは思うけれど、それ以外に何を思うのさ。」
意図が読めずに首をかしげると、どこからともなく、ぐぅ、という音が響いて来る。……うむ。なるほど。そういうことか。
「……気持ちは伝わってきた。ただ、これ一つだけじゃあお腹一杯にはならないだろうな。」
「そこで、あなたの出番よ。あなたの力で、ふきのとうを萃めることって出来ないかしら。」
「出来なくはないだろうが…… 萃めたところで、まだまだ小さいのばっかりだろう。どうせなら、それなりの大きさのものがいいだろう?」
「それもそうね…… あぁ、それなら、幽香にでも頼んで、成長したふきのとうをもらってきて。それなら、問題はないでしょう。」
「……季節感も何もない気がするねぇ。もう少し、春の訪れを待ってみてもいいんじゃないか?」
「私は、今日食べたいって思ったの。そのための手段があるなら、使わない手はないわ。という訳で、お使いに行って来て。……今夜は、ふきのとうの天麩羅よ。」
軽く鼻歌を歌いながら、部屋の中に入ってしまった。自分で行こうという気持ちにはならなかったのだろうか。まぁ、私としても、このままじっとしているのは退屈だと思っていたところだ。瓢箪からぐっと酒を呷り、私は太陽の畑へと飛び立った。
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幻想郷の四季はどうなってしまったのだろうか。私の目の前には、雪化粧をしたひまわりの花が、一面に咲き誇っている。春を飛び越して、夏を呼び寄せたかのような奇妙な光景。こんなことが出来るのも、花を操る能力のおかげということだろうか。小さな疑問を抱きつつ、家のドアをノックする。
トントン―――
「……」
返事が無い。軽くドアノブを回すと、鍵の手ごたえはなく、簡単にドアが開いてしまった。中に入ると、奥の方から何かが跳ねるようなパチパチとした音が聞こえてくる。少なくとも、留守にしているわけではないらしい。
「ふふっふふーん、ふーん―――」
どうやら、幽香は機嫌がいいようだ。音のする部屋のドアを静かに開いて覗き込むと、エプロン姿で鼻歌を歌っている姿が目に映った。料理をしているらしいが、ここからでは何を作っているのか良くわからない。
「ふふっふふーん、ふーん―――」
幽香が軽快に身を翻したおかげで、隠れていたものが見えてきた。霊夢がこの場にいたならば、ドアを蹴り破ってでも手に入れようとするであろう代物がそこに在った。ちょうど鶏の卵くらいの大きさの形が整ったふきのとうが、お皿の上に並んでいたのだ。パチパチという音を立てている鍋と衣があるところを見ると、これから天麩羅にでもするつもりなのだろう。
「春の皿には苦みを盛れ、ってね。」
ふきのとうを一つ、菜箸でつまんで衣にくぐらせる。そのまま、火にかけられた鍋の中に落とし込むと、しゅわっ、という小気味のいい音が響いた。菜箸が動くごとに、しゅわっ、しゅわっ、という音が鳴る。油断するとこぼれそうな涎をこらえつつ眺めていると、ようやく最初の一つが揚がったようだ。うっすらと狐色に色づいた天麩羅が次々に鍋から取り出されていく。
(……一つくらい味見しても、罰は当たらないんじゃないかな)
小さな分身を創り、部屋の中に静かに潜入させる。幽香が目を逸らした隙を狙って、揚げたてのふきのとうに身を乗り出す。その中の一つを両手で抱え込むようにして掴み、こちらに持ってくる…… 予定だったのだが―――
「うわっちぃっ!」
あたりまえのことではあるが、揚げたての天麩羅は非常に熱い。食欲に翻弄されて、そんな初歩的なことすらも忘れていたらしい。思わず上がった叫び声に対して、私の口を押さえても意味がない。叫び声を上げているのは、皿の上でぴょんぴょんと飛び跳ねている分身の方なのだから。
「―――誰? と、聞くまでもないわね。出て来なさい、覗きんぼの小鬼さん。」
ここまでしておいて、ばれないでいる方が無理な話だ。頭を掻きながら、こそこそと部屋の中に入っていく。
「ははは、面目無い。今度から、つまみ食いをするときはちゃんと熱さを確認してから手を伸ばすことにするよ。」
「問題はそこじゃないと思うんだけれど。まぁ、今回の件については、気持ちはわかる気がするわ。」
粗熱が取れてきた天麩羅に塩をふりながら話す幽香。つまみ食いが失敗したことも手伝って、ますます食欲がそそられてしまう。
「あなたも、春が待ち遠しいクチなのかしら?」
「いや、私としては、もう少しくらい待ってやってもいいと思っていたところなのだけれど、霊夢はそうでもなかったらしくてね。」
「なるほど。……でも、けしかけたのはあなたじゃないの? あぁ見えて、何かきっかけがないとなかなか動かない子だからね、霊夢は。」
「鋭いねぇ。私は、ちょっとした退屈しのぎのつもりだったのだけれど。そう考えると、霊夢のせいにしてばかりというのも悪いかもしれないな。」
「つまみ食い未遂が動かぬ証拠ね。さて、せっかくだから一緒に食べていく? 作ったのはいいけれど、私一人では持て余しちゃいそうだし。」
誘いを断る理由はない。霊夢には悪いけれど、ここは一足先に春を頂いてしまおう。……後が怖い気もするが、ちゃんと目的の品を持って帰れば問題ないはずだ。とりあえず、今は目の前の春を堪能することにしよう。
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「わっはっはっはっは。」
「もしかして、初物を食べた時には西を向いて笑うっていうやつ?」
「そんなところさ。西だったか東だったか、とにかく笑って幸福を呼び寄せられるなら安いものじゃないか。」
まぁ、縁起云々を抜きにしても、自然と笑いがこみあげてしまう美味しさだ。口に拡がる苦みと甘みを感じながら、そんなことを思う。
「それにしても、花を操る能力とは便利なものだねぇ。春の幸を呼びこんでみたり、冬と夏を共演させてみたり……」
「冬と夏の共演?」
「ほら、外に咲いてるひまわり。あんな事が出来るのも、その能力のおかげなんだろう?」
「あぁ、あのひまわりのことね。たしかに、私が少しだけ元気をあげてる部分はあるんだけれど、あの子たちはもともと冬咲きのひまわりなのよ。」
「冬咲きのひまわりなんてあるのかい?」
「えぇ、寒さに強くて、夏と比べてのんびりと咲くから、かえって綺麗な花を咲かせたりするのよ。」
「へぇ、じゃあ、能力を乱用してるってわけでもないんだな。」
「それなりに、理にかなった範囲で使っているつもりよ。本来の花期と違う時に無理やり咲かせちゃったら、花もびっくりしちゃうだろうからね。」
ということは、その気になれば秋に満開の桜を咲かせたりなんて芸当も出来るのだろう。わざわざそれをしないということは、件の理由もあるだろうが、いつぞやの花の異変のような騒ぎになることを警戒しているということか。
「さて、そろそろ本題に移りたいところだが。」
「霊夢からの御使いで、ふきのとうを神社に持って帰りたい、だったわよね。」
「そういうこと。さくっと咲かせてもらえると、嬉しいんだけれどねぇ。」
「そうねぇ……」
だんだんと意地の悪い表情に変わっていく幽香。ただでは済まないと思っていたが、一体どのような条件を出されるのだろうか。
「酒虫一匹、というのはいかがかしら。」
「これはこれは、大きな交換条件を持ち出してきたものだ。」
「あなたなら手に入れるのはそう難しくはないでしょう? そもそも、目的のものを持って帰れなかったら、霊夢はどんな顔をするでしょうねぇ……」
「足元を見るのがうまいねぇ。私は、その条件を呑むしかないということか。」
「それじゃあ、契約成立ということでいいわね。大丈夫よ、悪いようにはしないから。すぐに準備するから、少しだけ待ってて。」
幽香の言葉には嘘が無いはずだ。契約条件はともかく、下手な事をしたら、怒った霊夢に何をされるかわかったものじゃない。目的の品が完成するまで、のんびりと酒を飲みながら待つことにした。
しばらくして、幽香は少し大きめの皿を抱えながら戻ってきた。布で覆われているせいで中身はわからないが、おそらくふきのとうが盛られているのだろう。
「御苦労さん。意外と早く出来たんだな。」
「えぇ、私としては、それほど特徴を変える必要はなかったから、苦労しないで作ることが出来たわ。」
「特徴を変える? 何のことだ? ふきのとうを作ってくれたんじゃないのか?」
「ふふふ。一応言っておくけれど、驚いちゃだめよ。」
そういって、幽香は皿にかけられた布を取り去った。そこに在ったのは確かにふきのとうに見えた。ただ一か所だけ、さっき料理に使っていたふきのとうと違う部分が気になった。
「なぁ、ふきのとうは赤いものだったか?」
「いいえ、本来のふきのとうは、花の部分が苞という緑色をした葉で包まれているわ。つまり、これはただのふきのとうではないということ。」
「ただのふきのとうではないということは、まさか、お前さん―――」
「あなたのイメージを投影した花。シュテンイブキを創ってみたの。フキをベースにして創ったから、同じように扱えば問題ないはずよ。」
皿の上から一つを摘み取って、くるくると回して眺めてみる。鮮やかな赤、いや、名前のイメージからすると、これは朱色と言うべきか。
「もしかして、こいつも酒が好きだったりするのかい?」
「あら、どういうことかしら。」
「だって、頬を朱く染めるってことは、酔っ払ってる証拠ってことだろう。」
「あははは、苞と頬をかけたのね。なるほど。私も、そこまでは考えていなかったわ。でもそう考えると、ますますあなたにピッタリの花になったってことね。」
軽い冗談をかわしつつ皿を受け取る。とりあえず、これだけの量があれば満足するだろう。ただ、少しばかり多すぎる気もするのだが。
「なぁ、用意してもらっておいてなんだが、こんなに持っていっても、2人じゃ食べきれないぞ。」
「何言ってるの。まさか、2人だけで楽しむつもりだったの?」
言葉の意図が読み切れずに首をかしげると、幽香は右手の人差指と親指で小さな輪っかをつくり、口元に持って行った。顔をのけぞらせる仕草をする頃になって、ようやく言わんとする事が理解できた。
「……なるほど、お前さん、そこまで考えているとはね。」
「今晩が楽しみね。」
「あぁ、任せておきな。あぁ、報酬の方は、また後で納めるから、心配しないでおくれ。」
「鬼は嘘をつかないものね。期待しているわ。」
少しばかり遅くなってしまったが、目的のものを見せれば機嫌もなおるだろう。もう一つのみやげの方は歓迎されるかわからないが、これについてはいつものことだ。私は、のんびりと神社への帰路に着いた。
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「シュテンイブキの事は理解したつもりだし、ちゃんとお使いを済ませたことも評価出来るのだけれど、宴会を開くなんて話はしていなかったはずよ。」
今の私は、博麗神社の炊事場で正座をさせられている。目の前にいる霊夢は、手際良く料理をつくりながら説教をするという器用な真似をしている。
「せっかく一足早く春を楽しめるんだから、大勢で楽しんだ方がいいだろう。」
「そのための準備をするのは私なのよ。あなたにも手伝ってもらえれば、どれだけ助かるか……」
「料理くらいなら、私だって手伝えるぞ。」
「前にその言葉を信じてやらせてみたら、見事に炊事場を崩壊させたじゃないの。あの時の始末にどれだけかかったことか、覚えてないとは言わせないわよ。包丁を振ればまな板ごと叩き切るわ、火の調節を任せれば火柱が上がるわ、とてもじゃないけれど、2度目の機会を与えようとは思えないわ。」
散々な言われ方だが、実際にやらかしてしまったのだから仕方ない。でも、その時の霊夢の説明にも問題があっただろうと私は思っている。魚の骨は固いから力を込めて切ってと言われたからその通りにした。火力が足りないからもっと強くと言われたからその通りにした。それが、件の結果につながったのだ。
「何事も加減って言うものがあるでしょう。いくら鬼だからって、力の加減ができないなんて言い訳は通らないわ。」
「それを言うなら、霊夢? 私、そろそろ足がしびれてきたんだけれど、説教も、ちょうどいい加減なんじゃないかな?」
「へぇ? 足がしびれた? そう……」
いやらしい笑みを浮かべて、霊夢が私の背後に回る。直後―――
「ひやぁっ!?」
つま先から脳天まで、ジーンという感覚が突き抜ける。思わず正座を解いて転げ回るものの、感覚はすぐには抜けてくれない。じわじわと拡がる感覚と戦っていると、霊夢ではない誰かの声が聞こえてきた。
「あらあら、博麗の巫女にそんな趣向があったなんて。天狗に教えてあげたらどんな顔をするかしら。」
「幽香! あなたのおかげで、私の仕事が増えちゃったじゃないの。なんてことしてくれるのよ。」
「……否定しないところを見ると、まんざらでもないというところなのかしら。」
「何か言った?」
「いいえ、何も。それより、こんなことになってるだろうと思って、少しばかり差し入れを持ってきたわ。」
ようやく治まってきた痺れに耐えつつ顔をあげると、皿を持った幽香の姿が目に映った。皿の上には、何やら佃煮らしきものが盛られている。
「これは、伽羅蕗かしら。それにしては、なんだか筋の形がおかしいけれど…… もしかして、これも例の?」
「えぇ、シュテンイブキで作った伽羅蕗。普通のフキと違って筋が螺旋状に通っているから、初めは違和感を感じるかもしれないけれど、味は保証するわよ。」
おもむろに手を伸ばし、伽羅蕗を口にする霊夢。一瞬驚きの表情を見せた後、だんだんと顔がほころんでいき、頼もしげな視線を幽香に送りはじめた。
「えぇと、何かを期待しているのかしら?」
「確か、今夜の宴会の原因はあなたの言葉よね。だったら、集まってくるみんなに対して、存分に腕をふるう義務はあるんじゃないかしら?」
困ったような顔をしてこちらを向く幽香に、黙って首を振る。こうなってしまったら、素直に言うことを聞いていた方が物事はうまく運ぶというものだ。幽香もそれほど抵抗する気にはならなかったようで、苦笑を浮かべつつ、静かに頷いていた。
「それじゃあ、料理の準備を続けるわよ。萃香がどれだけ集めるんだか知らないけれど、こんなんじゃ全然足りないわ。みんなが集まるまで、出来る限り用意を整えるのよ。幽香は私と一緒にここで支度をして、萃香は、そうね、お酒を準備しておきなさい。ただし、抜け駆けして呑み始めるなんてことはしちゃダメよ。」
はいよ、と返事をして、私は炊事場を後にした。向かう先は酒蔵。神事に使うからという理由で、酒だけは豊富に蓄えがあるのがこの神社の取り柄だろうか。もしや、神社が宴会場になる理由の一つは、充分な量の酒があるということなのだろうか。
……いや、きっと、そんなことは関係ないだろう。霊夢が言った通り、ここに来る連中は空を飛んでくる。それは、人外の者が多いということの証明でもあるのだ。幻想郷の妖怪が気兼ねなく集うことができる場所。ひとたび宴会が始まれば、集まった者はみんな頬を赤く染めて、飽きるまで呑み明かす。
萃えや萃え御社に
香る御神酒に誘われて
酒や呑め呑め頬染めて
酔って朱色の花咲かせ
酒蔵の前に胡坐をかいて、瓢箪の酒をぐいっと流し込む。宴会用の酒には手を出していないから、これくらいはいいだろう。みんなが集まるまで、しばらくここで一人酒だ。今宵は、どれだけの花が咲くのだろうか。答えは、始まってしまえばわかる。星が輝き始めた空を見上げながら、ふと、そんなことを思う。春が近付いてきたとはいえ、まだまだ夜の時間は長い。酒宴の様子を思い浮かべつつ、私は心を躍らせるのだった。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください。
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もうそろそろ、春告精の羽音が聞こえてきても良い時期なのではないだろうか。一面の雪景色を眺めながら、ふと、そんなことを考える。なんとなく物悲しさを感じるのは、静かに降り積もる雪のせいだけではないらしい。
「……」
「……」
無言のまま、白い境内を見つめる霊夢と私。茶を啜る音に続いて、和みの声が上がる。
「……ふぅ。」
「……縁側で茶を一服、か。いい身分だねぇ。」
「昼間から瓢箪の酒を呷ってるあなたには、言われたくない言葉ね。」
「あぁ、これはあれだよ。暖をとるための酒さ。おかげで、ちょっとくらいの寒さなら、全然問題にならないのさ。」
「見てる方は寒くなるわよね。何よ、雪の降る中ノースリーブって。」
「霊夢だって、私のことを言えた義理じゃないだろう?」
「私は袖があるからいいのよ。……でも、こんなに寒い日は、働く気が起きないわねぇ。」
「霊夢さぁ、雪が積もってて掃除ができないのはわかるよ。でも、だったら雪かきでもすればいいんじゃないか? 足跡一つ無い雪景色を見ていると、あぁ、本当に参拝客がいないんだなって、考えざるを得なくなるよ。」
「うちの神社に来る連中は、大抵空を飛んでくるから良いのよ。」
「そういう奴らは、お賽銭を入れていくことなどないだろうに―――」
ごんっ、という音が頭に響く。何も、湯のみで殴りつけることはあるまい。私が人間だったら重傷を負っていたはずだ。
「いたた…… 不意打ちは卑怯だぞ。それに、凶器を使っての殴打なんて、それが巫女のすることか?」
「神社を冒涜する言葉を吐いた鬼を懲らしめただけよ。妖怪を懲らしめるのは、巫女の仕事でしょう。」
「とても都合のよい考え方が出来るようで、私は羨ましいよ。」
言い終わると同時に、霊夢の一撃が迫ってきた。さすがに二度目は簡単には喰らわない。ひゅんっ、という風切り音を立てながらすばやく身を引く。だが、その刹那、ごつんっ、という鈍い衝撃が後頭部にもたらされた。人間だったら致命傷クラスの攻撃だ。涙で潤む視界に、コロコロと転がる陰陽玉が映る。
「痛いなぁ…… 何もそこまで本気にならなくても良いじゃないか。」
「巫女を冒涜した罪は、神社を冒涜した罪よりも重い。」
「酷い話だなぁ。」
じんじんと痛む頭を撫でながら溜め息をつく。普段の霊夢は、ここまで酷い仕打ちをすることはない。やはり、なかなか訪れない春にしびれを切らしていらいらしている、ということなのだろうか。何か春の兆しは見つからないものかと辺りを見回すと、境内の端、林の入り口辺りに、ちょうどいい物を見つけることが出来た。
「霊夢、あれ、あの木の根元辺りに、面白いものがあるんだけれど、見えるかい?」
「面白いもの? ……むむむ。うん? あの辺りって、雪が少しだけ盛り上がってるところ?」
「そう、その辺り。雪に隠れて見えないけれど、たぶん、あの下には面白いものが埋まっているよ。」
「もったいぶらないで、何なのか教えなさいよ。」
「まぁまぁ、そう言わずに、雪を掘ってごらんよ。どうせ何もすることが無いんだったら、ちょっとくらい身体を動かしても良いだろう。」
めんどくさそうな顔をしながらも、教えたところまで歩いていく霊夢。言われた通りに手で雪を掘っていく。しばらくして、小さな驚きの声が上がった。
「―――あら。」
「どうだい? 春の息吹を感じることができたんじゃないか?」
「えぇ、こんなに寒いのに、春は少しづつ近付いて来ているっていうことなのね。」
戻ってきた霊夢の手元には、ふきのとうがあった。まだ小振りとはいえ、春を感じるには十分だ。私としてはこれで満足だったのだが、霊夢はこの程度では満足しなかったようだ。手の中にあるふきのとうを恨めしそうに見つめている。
「どうした? そんなに睨みつけたら、ふきのとうが逃げちゃうぞ。」
「むむむ…… 逃げられるのは困るわね。でも、萃香? これを見て、思うことは何もないっていうの?」
「春が近いなぁ、とは思うけれど、それ以外に何を思うのさ。」
意図が読めずに首をかしげると、どこからともなく、ぐぅ、という音が響いて来る。……うむ。なるほど。そういうことか。
「……気持ちは伝わってきた。ただ、これ一つだけじゃあお腹一杯にはならないだろうな。」
「そこで、あなたの出番よ。あなたの力で、ふきのとうを萃めることって出来ないかしら。」
「出来なくはないだろうが…… 萃めたところで、まだまだ小さいのばっかりだろう。どうせなら、それなりの大きさのものがいいだろう?」
「それもそうね…… あぁ、それなら、幽香にでも頼んで、成長したふきのとうをもらってきて。それなら、問題はないでしょう。」
「……季節感も何もない気がするねぇ。もう少し、春の訪れを待ってみてもいいんじゃないか?」
「私は、今日食べたいって思ったの。そのための手段があるなら、使わない手はないわ。という訳で、お使いに行って来て。……今夜は、ふきのとうの天麩羅よ。」
軽く鼻歌を歌いながら、部屋の中に入ってしまった。自分で行こうという気持ちにはならなかったのだろうか。まぁ、私としても、このままじっとしているのは退屈だと思っていたところだ。瓢箪からぐっと酒を呷り、私は太陽の畑へと飛び立った。
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幻想郷の四季はどうなってしまったのだろうか。私の目の前には、雪化粧をしたひまわりの花が、一面に咲き誇っている。春を飛び越して、夏を呼び寄せたかのような奇妙な光景。こんなことが出来るのも、花を操る能力のおかげということだろうか。小さな疑問を抱きつつ、家のドアをノックする。
トントン―――
「……」
返事が無い。軽くドアノブを回すと、鍵の手ごたえはなく、簡単にドアが開いてしまった。中に入ると、奥の方から何かが跳ねるようなパチパチとした音が聞こえてくる。少なくとも、留守にしているわけではないらしい。
「ふふっふふーん、ふーん―――」
どうやら、幽香は機嫌がいいようだ。音のする部屋のドアを静かに開いて覗き込むと、エプロン姿で鼻歌を歌っている姿が目に映った。料理をしているらしいが、ここからでは何を作っているのか良くわからない。
「ふふっふふーん、ふーん―――」
幽香が軽快に身を翻したおかげで、隠れていたものが見えてきた。霊夢がこの場にいたならば、ドアを蹴り破ってでも手に入れようとするであろう代物がそこに在った。ちょうど鶏の卵くらいの大きさの形が整ったふきのとうが、お皿の上に並んでいたのだ。パチパチという音を立てている鍋と衣があるところを見ると、これから天麩羅にでもするつもりなのだろう。
「春の皿には苦みを盛れ、ってね。」
ふきのとうを一つ、菜箸でつまんで衣にくぐらせる。そのまま、火にかけられた鍋の中に落とし込むと、しゅわっ、という小気味のいい音が響いた。菜箸が動くごとに、しゅわっ、しゅわっ、という音が鳴る。油断するとこぼれそうな涎をこらえつつ眺めていると、ようやく最初の一つが揚がったようだ。うっすらと狐色に色づいた天麩羅が次々に鍋から取り出されていく。
(……一つくらい味見しても、罰は当たらないんじゃないかな)
小さな分身を創り、部屋の中に静かに潜入させる。幽香が目を逸らした隙を狙って、揚げたてのふきのとうに身を乗り出す。その中の一つを両手で抱え込むようにして掴み、こちらに持ってくる…… 予定だったのだが―――
「うわっちぃっ!」
あたりまえのことではあるが、揚げたての天麩羅は非常に熱い。食欲に翻弄されて、そんな初歩的なことすらも忘れていたらしい。思わず上がった叫び声に対して、私の口を押さえても意味がない。叫び声を上げているのは、皿の上でぴょんぴょんと飛び跳ねている分身の方なのだから。
「―――誰? と、聞くまでもないわね。出て来なさい、覗きんぼの小鬼さん。」
ここまでしておいて、ばれないでいる方が無理な話だ。頭を掻きながら、こそこそと部屋の中に入っていく。
「ははは、面目無い。今度から、つまみ食いをするときはちゃんと熱さを確認してから手を伸ばすことにするよ。」
「問題はそこじゃないと思うんだけれど。まぁ、今回の件については、気持ちはわかる気がするわ。」
粗熱が取れてきた天麩羅に塩をふりながら話す幽香。つまみ食いが失敗したことも手伝って、ますます食欲がそそられてしまう。
「あなたも、春が待ち遠しいクチなのかしら?」
「いや、私としては、もう少しくらい待ってやってもいいと思っていたところなのだけれど、霊夢はそうでもなかったらしくてね。」
「なるほど。……でも、けしかけたのはあなたじゃないの? あぁ見えて、何かきっかけがないとなかなか動かない子だからね、霊夢は。」
「鋭いねぇ。私は、ちょっとした退屈しのぎのつもりだったのだけれど。そう考えると、霊夢のせいにしてばかりというのも悪いかもしれないな。」
「つまみ食い未遂が動かぬ証拠ね。さて、せっかくだから一緒に食べていく? 作ったのはいいけれど、私一人では持て余しちゃいそうだし。」
誘いを断る理由はない。霊夢には悪いけれど、ここは一足先に春を頂いてしまおう。……後が怖い気もするが、ちゃんと目的の品を持って帰れば問題ないはずだ。とりあえず、今は目の前の春を堪能することにしよう。
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「わっはっはっはっは。」
「もしかして、初物を食べた時には西を向いて笑うっていうやつ?」
「そんなところさ。西だったか東だったか、とにかく笑って幸福を呼び寄せられるなら安いものじゃないか。」
まぁ、縁起云々を抜きにしても、自然と笑いがこみあげてしまう美味しさだ。口に拡がる苦みと甘みを感じながら、そんなことを思う。
「それにしても、花を操る能力とは便利なものだねぇ。春の幸を呼びこんでみたり、冬と夏を共演させてみたり……」
「冬と夏の共演?」
「ほら、外に咲いてるひまわり。あんな事が出来るのも、その能力のおかげなんだろう?」
「あぁ、あのひまわりのことね。たしかに、私が少しだけ元気をあげてる部分はあるんだけれど、あの子たちはもともと冬咲きのひまわりなのよ。」
「冬咲きのひまわりなんてあるのかい?」
「えぇ、寒さに強くて、夏と比べてのんびりと咲くから、かえって綺麗な花を咲かせたりするのよ。」
「へぇ、じゃあ、能力を乱用してるってわけでもないんだな。」
「それなりに、理にかなった範囲で使っているつもりよ。本来の花期と違う時に無理やり咲かせちゃったら、花もびっくりしちゃうだろうからね。」
ということは、その気になれば秋に満開の桜を咲かせたりなんて芸当も出来るのだろう。わざわざそれをしないということは、件の理由もあるだろうが、いつぞやの花の異変のような騒ぎになることを警戒しているということか。
「さて、そろそろ本題に移りたいところだが。」
「霊夢からの御使いで、ふきのとうを神社に持って帰りたい、だったわよね。」
「そういうこと。さくっと咲かせてもらえると、嬉しいんだけれどねぇ。」
「そうねぇ……」
だんだんと意地の悪い表情に変わっていく幽香。ただでは済まないと思っていたが、一体どのような条件を出されるのだろうか。
「酒虫一匹、というのはいかがかしら。」
「これはこれは、大きな交換条件を持ち出してきたものだ。」
「あなたなら手に入れるのはそう難しくはないでしょう? そもそも、目的のものを持って帰れなかったら、霊夢はどんな顔をするでしょうねぇ……」
「足元を見るのがうまいねぇ。私は、その条件を呑むしかないということか。」
「それじゃあ、契約成立ということでいいわね。大丈夫よ、悪いようにはしないから。すぐに準備するから、少しだけ待ってて。」
幽香の言葉には嘘が無いはずだ。契約条件はともかく、下手な事をしたら、怒った霊夢に何をされるかわかったものじゃない。目的の品が完成するまで、のんびりと酒を飲みながら待つことにした。
しばらくして、幽香は少し大きめの皿を抱えながら戻ってきた。布で覆われているせいで中身はわからないが、おそらくふきのとうが盛られているのだろう。
「御苦労さん。意外と早く出来たんだな。」
「えぇ、私としては、それほど特徴を変える必要はなかったから、苦労しないで作ることが出来たわ。」
「特徴を変える? 何のことだ? ふきのとうを作ってくれたんじゃないのか?」
「ふふふ。一応言っておくけれど、驚いちゃだめよ。」
そういって、幽香は皿にかけられた布を取り去った。そこに在ったのは確かにふきのとうに見えた。ただ一か所だけ、さっき料理に使っていたふきのとうと違う部分が気になった。
「なぁ、ふきのとうは赤いものだったか?」
「いいえ、本来のふきのとうは、花の部分が苞という緑色をした葉で包まれているわ。つまり、これはただのふきのとうではないということ。」
「ただのふきのとうではないということは、まさか、お前さん―――」
「あなたのイメージを投影した花。シュテンイブキを創ってみたの。フキをベースにして創ったから、同じように扱えば問題ないはずよ。」
皿の上から一つを摘み取って、くるくると回して眺めてみる。鮮やかな赤、いや、名前のイメージからすると、これは朱色と言うべきか。
「もしかして、こいつも酒が好きだったりするのかい?」
「あら、どういうことかしら。」
「だって、頬を朱く染めるってことは、酔っ払ってる証拠ってことだろう。」
「あははは、苞と頬をかけたのね。なるほど。私も、そこまでは考えていなかったわ。でもそう考えると、ますますあなたにピッタリの花になったってことね。」
軽い冗談をかわしつつ皿を受け取る。とりあえず、これだけの量があれば満足するだろう。ただ、少しばかり多すぎる気もするのだが。
「なぁ、用意してもらっておいてなんだが、こんなに持っていっても、2人じゃ食べきれないぞ。」
「何言ってるの。まさか、2人だけで楽しむつもりだったの?」
言葉の意図が読み切れずに首をかしげると、幽香は右手の人差指と親指で小さな輪っかをつくり、口元に持って行った。顔をのけぞらせる仕草をする頃になって、ようやく言わんとする事が理解できた。
「……なるほど、お前さん、そこまで考えているとはね。」
「今晩が楽しみね。」
「あぁ、任せておきな。あぁ、報酬の方は、また後で納めるから、心配しないでおくれ。」
「鬼は嘘をつかないものね。期待しているわ。」
少しばかり遅くなってしまったが、目的のものを見せれば機嫌もなおるだろう。もう一つのみやげの方は歓迎されるかわからないが、これについてはいつものことだ。私は、のんびりと神社への帰路に着いた。
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「シュテンイブキの事は理解したつもりだし、ちゃんとお使いを済ませたことも評価出来るのだけれど、宴会を開くなんて話はしていなかったはずよ。」
今の私は、博麗神社の炊事場で正座をさせられている。目の前にいる霊夢は、手際良く料理をつくりながら説教をするという器用な真似をしている。
「せっかく一足早く春を楽しめるんだから、大勢で楽しんだ方がいいだろう。」
「そのための準備をするのは私なのよ。あなたにも手伝ってもらえれば、どれだけ助かるか……」
「料理くらいなら、私だって手伝えるぞ。」
「前にその言葉を信じてやらせてみたら、見事に炊事場を崩壊させたじゃないの。あの時の始末にどれだけかかったことか、覚えてないとは言わせないわよ。包丁を振ればまな板ごと叩き切るわ、火の調節を任せれば火柱が上がるわ、とてもじゃないけれど、2度目の機会を与えようとは思えないわ。」
散々な言われ方だが、実際にやらかしてしまったのだから仕方ない。でも、その時の霊夢の説明にも問題があっただろうと私は思っている。魚の骨は固いから力を込めて切ってと言われたからその通りにした。火力が足りないからもっと強くと言われたからその通りにした。それが、件の結果につながったのだ。
「何事も加減って言うものがあるでしょう。いくら鬼だからって、力の加減ができないなんて言い訳は通らないわ。」
「それを言うなら、霊夢? 私、そろそろ足がしびれてきたんだけれど、説教も、ちょうどいい加減なんじゃないかな?」
「へぇ? 足がしびれた? そう……」
いやらしい笑みを浮かべて、霊夢が私の背後に回る。直後―――
「ひやぁっ!?」
つま先から脳天まで、ジーンという感覚が突き抜ける。思わず正座を解いて転げ回るものの、感覚はすぐには抜けてくれない。じわじわと拡がる感覚と戦っていると、霊夢ではない誰かの声が聞こえてきた。
「あらあら、博麗の巫女にそんな趣向があったなんて。天狗に教えてあげたらどんな顔をするかしら。」
「幽香! あなたのおかげで、私の仕事が増えちゃったじゃないの。なんてことしてくれるのよ。」
「……否定しないところを見ると、まんざらでもないというところなのかしら。」
「何か言った?」
「いいえ、何も。それより、こんなことになってるだろうと思って、少しばかり差し入れを持ってきたわ。」
ようやく治まってきた痺れに耐えつつ顔をあげると、皿を持った幽香の姿が目に映った。皿の上には、何やら佃煮らしきものが盛られている。
「これは、伽羅蕗かしら。それにしては、なんだか筋の形がおかしいけれど…… もしかして、これも例の?」
「えぇ、シュテンイブキで作った伽羅蕗。普通のフキと違って筋が螺旋状に通っているから、初めは違和感を感じるかもしれないけれど、味は保証するわよ。」
おもむろに手を伸ばし、伽羅蕗を口にする霊夢。一瞬驚きの表情を見せた後、だんだんと顔がほころんでいき、頼もしげな視線を幽香に送りはじめた。
「えぇと、何かを期待しているのかしら?」
「確か、今夜の宴会の原因はあなたの言葉よね。だったら、集まってくるみんなに対して、存分に腕をふるう義務はあるんじゃないかしら?」
困ったような顔をしてこちらを向く幽香に、黙って首を振る。こうなってしまったら、素直に言うことを聞いていた方が物事はうまく運ぶというものだ。幽香もそれほど抵抗する気にはならなかったようで、苦笑を浮かべつつ、静かに頷いていた。
「それじゃあ、料理の準備を続けるわよ。萃香がどれだけ集めるんだか知らないけれど、こんなんじゃ全然足りないわ。みんなが集まるまで、出来る限り用意を整えるのよ。幽香は私と一緒にここで支度をして、萃香は、そうね、お酒を準備しておきなさい。ただし、抜け駆けして呑み始めるなんてことはしちゃダメよ。」
はいよ、と返事をして、私は炊事場を後にした。向かう先は酒蔵。神事に使うからという理由で、酒だけは豊富に蓄えがあるのがこの神社の取り柄だろうか。もしや、神社が宴会場になる理由の一つは、充分な量の酒があるということなのだろうか。
……いや、きっと、そんなことは関係ないだろう。霊夢が言った通り、ここに来る連中は空を飛んでくる。それは、人外の者が多いということの証明でもあるのだ。幻想郷の妖怪が気兼ねなく集うことができる場所。ひとたび宴会が始まれば、集まった者はみんな頬を赤く染めて、飽きるまで呑み明かす。
萃えや萃え御社に
香る御神酒に誘われて
酒や呑め呑め頬染めて
酔って朱色の花咲かせ
酒蔵の前に胡坐をかいて、瓢箪の酒をぐいっと流し込む。宴会用の酒には手を出していないから、これくらいはいいだろう。みんなが集まるまで、しばらくここで一人酒だ。今宵は、どれだけの花が咲くのだろうか。答えは、始まってしまえばわかる。星が輝き始めた空を見上げながら、ふと、そんなことを思う。春が近付いてきたとはいえ、まだまだ夜の時間は長い。酒宴の様子を思い浮かべつつ、私は心を躍らせるのだった。
今作は腹が減るような良いお話でしたね。
ふきのとうを天麩羅に…か。いつもおひたしにしてたので今度試して見ますね~
そして霊夢ww最後に持ってかれましたw
オリジナル設定、面白いですが、それがもっと話の軸として映えるよう捻ってみてもいいかもしれませんね。