冬の寒さも峠を越え、春の到来を予期させる風が幻想郷の地を撫でる。梅の花も咲き始めた。もうすぐ春の妖精が無駄に高いテンションで人里に桜の花びらを撒き散らすのだろう。
「幻想郷しりとり大会……なにこれ?」
「霊夢も気になるだろ? 一緒に参加しようぜ?」
陽がだいぶ昇り、11時を過ぎた頃だろうか。縁側で朝刊に目を配る霊夢に、魔理沙は片手煎餅で勧誘する。なんでも守矢神社が花見宴会の催しの一つとして開催するらしい。
「絶対に嫌よ」
「妖夢も早苗も出るって言ってたぜ?」
「全員暇なのねえ……おめでたいことだわ」
霊夢は溜め息一つで新聞を畳み、魔理沙の膝に置き捨てた。一言で言えば面倒だ、霊夢はそう言いたげに誘いを断る。しかし魔理沙は引き下がらない。
「私は霊夢と行きたいんだ!」
「だから嫌って言ってるでしょ。魔理沙一人で参加すりゃいいじゃない」
「いや、そうはいかない。なんたって今回は二人一組のチーム戦だからな」
再び新聞を開き、魔理沙は記事を押し付ける。成る程確かにそこには、二人ペアで交代しながらしりとりを回すとある。どれ程の天才でも、相方が馬鹿なら初戦負け、なんてことも十分あり得るということだ。なかなかよくできたルールである。
「ならアリスとかパチュリーに頼めば?」
「馬鹿言うな。あいつら本と人形以外は興味ないんだよ。ほら見てみろ」
そう言って魔理沙は記事の端を指差す。そこには今度の大会の優勝賞品が掲示されていた。
「ロールケーキに定評のあるケーキ屋『シュガーレス』のケーキのタダ券が五枚も……!?」
「勿論、参加するよな?」
食い付いた。魔理沙はそう思い、頬を緩める。
「ないわね。私達が参加するメリットがない」
しかし、霊夢の反応は冷ややかなものだった。
「いや、ちょっと待てよ! タダ券なんだぜタダ券! しかも五枚も! 欲しくないのかよ!?」
まさか断られるとは思っていなかったのだろう。魔理沙は語気を強く訴えるが、霊夢は眉一つ動じずじっとりと魔理沙を見つめた。
「よーく考えてみなさいよ魔理沙。仮に紫や藍がペアを組んで、私達で勝てると思う?」
「う、運がよければ……」
「馬鹿」
目を泳がす魔理沙の頭を、霊夢は新聞でペチリと叩く。
「か、勝てないって決まったわけじゃないだろ! 今までだって、私達で妖怪も幽霊も鬼も天人も、全部相手にして勝ってきたたんだぜ!? 弾幕勝負じゃないからって尻尾巻いて逃げるのか!?」
馬鹿と言われちゃ、流石の魔理沙も黙っちゃいられない。新聞一枚、丸めてパンパンと霊夢の頭に反撃した。
「勝てないから出ない。勝負の場にすら立ってないんだから、逃げたことにはならないわ」
「私はそんなこと言いたいわけじゃ――」
「じゃあ妖怪の頭脳に勝てるとでも言うわけ? 相手は妖怪の賢者と超天才の九尾の狐よ?」
流石の霊夢も不快を露に、新聞紙を魔理沙の顔に押し付けた。霊夢の言うことはもっともだ。種類にもよるが、人間と妖怪では場数が違う、経験が違う、年期が違う、回転が違う、スペックが違う、全てが違うのだ。一見平等に見えるルールだが、最初から土俵が違う。無駄な戦いに挑み恥をかくのは嫌だし、そんな魔理沙も見たくない。それが霊夢の本音だった。
しかし、その対応が悪かった。
「よーく分かったぜ……私の知らないうちに、霊夢が腰抜けになったってのがな!」
新聞紙を乱暴に払いのけ、魔理沙はキッと霊夢を睨む。ここまで言われちゃ霊夢も引き下がることが出来ない。
「なんにも考えてないあんたが悪いんでしょ! 後先考えない癖に腰抜け呼ばわりされちゃたまったもんじゃないわ!」
ビシッと新聞紙を魔理沙に差し向け、霊夢も一歩も退かない。
「悪いが、私ぁここに口喧嘩しに来たわけじゃないんだ。このままじゃ埒が明かないな……」
これしかないだろ? と言わんばかりに魔理沙がポケットから取り出したもの、それは魔理沙を象徴する、魔理沙の唯一無二の相棒。
「……泣いて謝ることになるわよ?」
八卦炉を見せつけられたら、霊夢もそれに応えるしかない。懐から札を取り出した瞬間、それが合図になった。
「妖怪どもと一緒にしないでほしいぜ!」
「全部一緒よ。私にとっては!」
二人は同時に飛び上がり、空中で間合いを取る。春の風は和やかなのに、その空間だけが嵐を予感させる冷気を孕んでいた。
「はじめっから全力でいくぜ!」
箒に跨がった魔理沙が霊夢の周りを駆け回る。箒はたちまち星をちりばめ、ぐるっと箒星が五周半を描いた頃には、白昼の空に星空が出来上がっていた。
しかし花びらのように舞う弾幕に囲まれながらも霊夢はじっとりとした様子で溜め息を吐いた。
「全然本気じゃない……」
手を抜くと言えば本気を出し、本気と言えば手を抜き、自らを博麗霊夢とすら名乗る。霧雨魔理沙がそういう人間であることを、霊夢は理解していた。
そして、霊夢は駆けた。いや、舞ったと表現した方が適当か。幅を狭め押し寄せる流星群の中を、楽しんでいるかのように舞い踊るその姿はまさに幻想の少女を象徴するかのように華麗だ。
魔理沙も霊夢の回避には思わず目を奪われるが、気をとられている場合ではない。
「いちゃもんつけてる暇はないぜ! 恋符「マスタースパーク」!!」
隙間を潜るなら隙間ごと埋めればいい。魔理沙の思考は至ってシンプルかつ合理的なものだった。
蛇行しながら近付いてくる霊夢に照準を合わせ、魔理沙の八卦炉から七色に輝く大砲が発射された。そして一本の柱となった光は瞬きをする間もなく、霊夢がいた空間を引き裂いた。
手応えあり。魔理沙がニッと歯を見せたその瞬間だった。
「苦し紛れの一発で私を墜とそうだなんて!」
既に霊夢は魔理沙の背後にまわっていた。亜空穴からの奇襲は、霊夢の得意とするところだ。
切り返しが遅れた。振り返った魔理沙の視界は、霊夢に蹴りあげられ強制的に蒼天を映す。連続サマーソルトの打撃技。これは魔理沙にとっては意外な攻めだった。
「天覇風神脚とは……随分と積極的じゃないか霊夢……!」
一瞬飛びそうになった意識を掴み放さず、魔理沙は体を一回転させ空中に留まって見せたが、その表情に既に余裕はなかった。
「無駄弾は撃たない主義なのよ」
「よく言うぜ……!」
笑って見せる魔理沙の頬に汗が伝う。逃れられない緊張感、目を閉じたくなる輝き。霊夢の周囲には、既に虹色に彩られた弾幕が踊っていた。夢想封印……彼女は決める気だ。
「絶体絶命ね……完全決着よ、これで!」
霊夢の手が魔理沙に向けられる。飴玉のように美しいそれは上下左右に拡散し、放物線を描いて魔理沙に襲い掛かってきた。
しかし魔理沙は動かない。普段ならば慌てて回避行動を取るはずの魔理沙が取った不自然な待ちに、霊夢は初めて悪寒を覚えた。それは、遅すぎる警戒だった。
「……デッド・オア・アライヴだぜ!!」
魔理沙は待っていたのだ。自らに極限の危機が迫るこの状況を。霊夢が勝利を確信し、油断する瞬間を。霊夢の弾幕が目先1メートルに満たない距離まで迫った瞬間、魔理沙はカタパルトの如く刹那の加速を生み出し、その速度を爆発させた。弾幕が頬を掠める紙一重の直線勝負。それは確実に霊夢を捉え、瞬く間もなくその距離を詰めた。回避行動を取ろうとした霊夢の目の前に映ったのは、魔理沙の八卦炉だった。
「零距離からのファイナルスパーク――!」
「苦し紛れの……大どんでん返しだ!!」
霊夢の夢想封印が放たれた時点で、魔理沙の八卦炉は既にチャージを終えていたのだ。一撃で難敵を吹き飛ばす魔理沙の切り札は、巨大な七色の咆哮へと姿を変え、霊夢を包み込んだ。
「弾幕勝負で油断するなんて……私も焼きが回ったかしら」
「ラッキーパンチも、馬鹿に出来ないもんだな」
神社で大の字になったままの霊夢に、魔理沙はどんなもんだと鼻息を吹きながら歩み寄る。霊夢は、絶対に負けることはないと思っていた。誰よりも魔理沙の弾幕や行動パターンを知っていたからだ。しかしそれは、魔理沙もまた同じだった。
「慰めの一言くらいあってもいいんじゃない?」
「一敗したくらいでしょげるような友人を持った覚えはない」
霊夢にとってはそれなりにこの敗北はショックが大きかったのかも知れない。それは強者だからこそのショックなのだろう。しかし強者だからこそ、強敵だからこそ魔理沙は、霊夢にこの程度の痴話喧嘩を後々引きずるような小物に成り下がって欲しくなかった。
「……いいわ、負けは負け。しりとり大会にはちゃんと出てあげるわ。ただし……」
「出場するからには優勝狙い、だろ?」
「ロールケーキには興味ないけど」
「どの口が言ってるんだか」
「カップケーキが好きなのよ、私は」
「腹減ってきたなそう言えば。蕎麦でも食いに行かないか? いい店があるんだ。大根卸しが絶妙でさあ」
「あんたまた私に奢らせる気でしょ」
手を差し伸べる魔理沙に無愛想に応えながら、霊夢はその手を取った。
結局、何で魔理沙はここまでして霊夢と組みたかったのだろう? それは霊夢には分からない。ただひとつ言えることは、タッグマッチで必要なのはチームワークと相互理解だということだ。
不毛な喧嘩をしていた二人は、かたや笑い、かたや頬を膨らませながらも、同じ足取りで博麗神社を後にしたのだった。
そこは、幻想郷のどこかに必ずあり、誰からも見つけることが出来ない場所。幻想郷の賢者、八雲紫が住まうと言われる住居。
美しくも質素な居間には、三人の妖怪がいた。八雲紫、藍、橙の三人である。その視線の先にあるのは、個人的に購入したい32型の薄型テレビよりも大きな、大きな空間。その空間に映っていたのは、つい先程まで弾幕勝負を繰り広げていた霊夢と魔理沙の姿があった。
「正直どう思います? 紫様……」
ゴクリと唾を飲み、藍は主に問いかける。
「全くもって勝てる気がしないわ……」
ヒクヒクと頬を痙攣させながら、紫は目の前で起こった出来事を信じられずにいた。
「私だったら……大会出場は辞退します……」
半ば呆れた様子で、橙は深く溜息を吐く。
「素でやっているならば、どれだけ天文学的確率なのか興味はあります」
「すごくどうでもいいわ」
会話の趣旨から外れかけている藍の額を軽く小突き、紫はそのスキマを閉じた。
「分かったことは、このままじゃしりとり大会は負けるってことでしょうか」
たかだか宴会の余興の商品とはいえ、橙はケーキのタダ券が手に入る望みが薄くなったことに失望を覚えたようだ。
「考えるのは止しましょう。藍、とりあえずご飯の準備よ。栄養が足りないわ……特に脳の」
「脳ですか……」
三人は同時に溜息を吐き、昼食の準備に取り掛かるのだった。
さて、これは果たして異変なのだろうか?
~「完」~
大変驚かされました。
これはすごい。しりとり大会関係ねーじゃんとか思ってたらまさかのあとがき。
当然100点……
…を付けさせていただきます
いやはや、凄まじいまでの縛りプレイ、お疲れ様ですw
感嘆した
凄かったです
霊夢も紫も全員、らしさが出ている感じ。すばらしいです
凄すぎる。
まったく違和感がないじゃないですか
ルール事態は良く出来ているし技巧的でもあり、また案外読みやすいシステムになっているなぁと。
とはいえ、作品的な面白さに連結しきっているか、というと難しい気も。
もう一歩の踏み込みが私的には欲しかった所です。
ただ大会本編まで見たいところでしたが、さすがにそれは苦行ですね。
さり気なく藍の原作設定も絡めてるところもgood. 面白い変態でした。
ただ他の方も書かれているのですが、話そのものの面白さに少し物足りなさがあるかなあ。
ぶっちゃけた話、会話が全部しりとりだと気付かず読んでいた時はんー? って感じでした。
とはいえ、全部しりとりの時点でそこまで求めるのは酷なのかもしれませんがw
これはお見事
どれだけ苦労してせりふをあれこれ考えられたのか・・・・すげい!
純粋に作者の努力と手腕を評価したい
ちょっと無理してるというか、しりとりという点を除けば節々に違和感ががが。
ある程度は仕方ないけどやっぱり気になる。
お見事…
あまりにも自然に繋がっていて違和感が全くありませんでした
これは凄い!
できることならば150点つけたいくらいです。
愉しかったです。
もう少し頑張ってほしかったなぁ。アイディアと構成の妙は素晴らしいのですが……
やっぱり、面白くないんですよね・・・
そりゃ紫さんたちも戦意喪失しますって
良いものを読ませてもらいました。大変、後書きを読んでハッとなった作品でした!
……たったこれだけでも、まともに繋がらない(汗
話自体が面白いかどうかっつったら微妙
霊夢たちの様子をみて驚いている感じが薄れてしまうように思えます
↑必勝法
それはさておき素晴らしかった。
続きがあればもっとおいしかったです
何気ない日常会話の中にレイマリの無二の夫婦としての繋がりを感じさせられてとてもほっこりしましたw
多少違和感がありましたが、縛りの難しさを考えると仕方ないですしねw
最後は「完」の「ん」で終わってるんだね。
きれいにまとめられてて何から何まで素晴らしい
八雲一家もつながってる所がよりすげぇ…