Coolier - 新生・東方創想話

この夏の空よりも青い貴方に捧ぐ4(完)

2012/03/06 03:18:16
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『この夏の空よりも青い貴方に捧ぐ3』の続編となっています。
ご注意下さい。




春―――



の、筈だった。

時は弥生も中旬。

幻想郷は深い雪に覆われたまま、いつ終わるとも分からぬ極寒の空気に包まれていた。

『春雪異変』の再来かと―――博麗の巫女である霊夢や霧雨魔理沙らは、前科犯である白玉楼の主をまっ先に槍玉に挙げたが、西行妖に変化はなく、またその主も異変への関与を否定した。

異変、となればその元を知るのは思うよりも簡単な事である。
即ち、妖力や魔術といったある種の波動が最も大きくうねる箇所を探せば良い。

だが、今回の異変では、それが見つからなかった。

いつものように夏が過ぎ、秋が訪れ、冬となり、そのまま春に移ろわなかった。

この異変がいつ起こったか知る術は無く、何者かが春度を奪っているでもない。
それが故に原因が何であるかを未だ突き止められずに居た。

本来冬眠に就いたままのスキマを操る大妖、八雲紫もその身を起こし、楽園の裁判長、四季映姫もがこの異変に対して動き出す。


本来の弥生の月ともなれば、三寒四温を繰り返し、ゆっくりと迫る春を感じる季節である。

木々は新芽を出す準備を為し、冬眠に就いた動物達も腹を空かせて起き出さなくてはならない。

誰もが求めた春が未だ訪れぬまま時だけが過ぎ、このままでは多くの生物が死に至る事は想像に難しくなかった。


力による解決にまで至らない。
かつて無かった、解決に乗り出したにも関わらず長期に渡る原因不明の異変。

幻想郷で、これだけの大異変を起こせるだけの力を持つ妖怪や神は限られている。

既に当たれるだけ、その力を持ち合わせていると考えられる者達に、霊夢達は当たっていた。

それでも異変の原因は見つからず、いつからかまことしやかに、ある噂が囁かれるようになった。


この『極寒の異変』は、外の世界からの流れてきた強大な妖怪によるものなのでは、と。


もしもそうであれば話し合いなど望むまでもなく、これだけの大異変を起こす敵に対して警戒感を高めらざるを得ない。



発見次第、即討伐すべし。



いつまでも続く極寒の冬に巻き込まれるように、幻想郷では張り詰めた空気が満ちていた。

姿形が見えぬ原因に、どの陣営も神経を尖らせ、そして博麗を筆頭とする幻想郷の管理者達への不審感は高まっていた―――










―― ・ ―― ・ ―― ・ ――











「何もいないね……文」
「ええ……ここも外れ、ですね」


妖怪の山の奥、マヨヒガ上空。
雪に埋もれた廃村を眼下に眺めつつ、氷精チルノと鴉天狗の射命丸文は言葉を交わしていた。

並び、空に佇んだまま、文は軽く肩を竦めて見せる。


長引く異変に際し、文は妖怪の山からの指示を受けて連日寒空の下を飛び回っていたが、原因と思わしき物は何も見つからない。
正式な指令が降りてから早数週間が経っている。


「でもさー……これだけ探しても見つからないって、何でなんだろう?すっごい強い妖怪なんでしょ?」
「ええ、そう言われていますが……まだまだ情報不足は否めません」


未だ、ほとんど収穫ゼロの状態に不審げに眉を顰める。
現在主流となっている外からの流れ者という説だが、文はその説に懐疑的だった。

この世界の住人ではない、ということは、それだけこの世界に不慣れである、ということだ。
いきなりやってきた世界で、ここまで上手く尻尾を見せずに異変を起こせるのだろうか―――?

異変の原因調査に加わってからその疑問は心にあり、紫に対してその事を尋ねてみたりしたのだが、のらりくらりとはぐらかされてしまった。
正直、現状は大妖八雲紫といえどもお手上げ状態なのだろうが、こちらも上司への報告をしなくてはならない。

しかし、しつこく聞きすぎたのか、最近では人の顔を見た途端嫌そうな表情を浮かべてスキマに逃げ込むようになってしまった―――まったくもって失礼な話だ。


「んー……どんな奴なんだろ?」
「さぁ……。どちらにせよ、こんな寒い思いをさせられていますからねー……早くどうにかしたいものです」


声に出し、首を捻るチルノを見ながら、ぼんやりと辺を見渡してみる。
本来なら雪解けしている頃合にも関わらず、未だ一面の銀世界。
気温は真冬並みの冷たさを毎日維持し続けていた。

如月中旬に大雪が降って以来ここ最近は快晴続きだが、空を飛んでいれば風も強い。
髪は乱れ、せめての足掻きと首に巻いたマフラーもパタパタと宙に揺れる。

今回の異変に対して、河童が外の世界の兵器を模して作った最新防衛兵器―――なる何とも如何わしいものを支給されていたが、正直そんなもの支給されるくらいならホッカイロの方が嬉しい。

手を口に当て、はぁ―――と息を吹きかけ暖を取りながら、文は肌を突き刺すほどの寒風に眉を顰め、傍らに浮遊するチルノをチラリと見遣った。

冷気を制御する事を覚え、その体から発せられる冷たさは無くなったが流石は氷精。
これだけの寒風に曝されていても、頬の一つも赤らめる事なく平然としている。
流石にシャツは長袖だが、防寒具の類は一切無い。

見ている方が寒くなりそうな格好だ。


「……ん?どうしたの、文?」


ジッと見詰める視線に気付いたチルノが、不思議そうに首を傾げる。
そんな所作を見て僅かに苦笑した。


「ああ、いえ……これだけ寒いのに流石チルノさんだな、と思いまして」
「? うん、なんたって最強だからねっ!」


えへん、と胸を張るチルノ。
別に褒めた訳じゃないんだけどな……と内心思いながら、知らず笑みを浮かべれば腕を伸ばして恋人の柔らかな髪を優しく撫でた。


「あ……えへへっ」


擽ったそうに目を細めながら、チルノは嬉しそうに笑う。
そんな様子に笑みを零しながら、さぁ、と声をかけ


「ここにはもう何も無さそうですし、移動しましょう?」
「うん、そうだねっ」


元気よく頷く妖精を微笑ましく思いつつ、そっと手を差し出す。


「では―――はい」
「え……?」
「手、繋ぎましょう?」
「あ―――うん!」


不思議そうな表情が一変、途端に笑顔となったチルノは差し出した手へ飛びついた。
ふふふーん、と鼻歌を歌いながら両手でギュッと握りしめる手に頬を緩める。

冷え症ほどには冷たいが、誰かを凍傷させるほどの冷気はない。
その、数ヶ月前の勘違いから始まった特訓の成果を、愛おしそうに握りしめる。

それは誰でもない、自分の為に頑張ってくれた証なのだから。


「とりあえず、本山を迂回して行きましょう。他の天狗に見つかると厄介なので」


そう告げると、小さな手を導くようにゆっくりと飛び始める。
しっかりと手を握り締めたまま、うん!と力強く頷き、遅れまいとチルノも後に続いた。


今回の異変が認識されて以降、調査を行う際は、なるべく行動を共にしていた。
それは何よりも、その身を心配しての事だった。

チルノも異変の原因を突き止めようと調査をするつもりだったらしいが、原因が巷で囁かれている程の強大な妖怪の類であった場合、にべもなく攻撃を受ける可能性だってありうる。
そんな危険と隣り合わせの状況で、ただ一人にさせ『いつ襲われるんじゃなかろうか』と心配し続けるよりも、共に動いた方が心の負担は少ない。

常に妖精といる、という事もあり天狗達からはより疑いのまなざしを受ける羽目になるが、幸か不幸か今は誰もが異変に手一杯という事情もあってか、何かしらの弊害が起きたという訳でもなかった。

未だ妖精と天狗、という立場の違う恋人関係について明確な答えがある訳ではない。
同族から嫌がらせ等の弊害を受けてチルノが傷つく可能性がある事だって、未だどうするべきなのか分からない。

それでも、もし仮に、共にいることで己が何かしら肩身の狭い思いをするだけならば構わない―――文はそう思っていた。

チルノは、自分の為に冷気の制御を覚えてくれた―――即ち、己を変えてくれたのだ。
だから、これは彼女の為に自分も変わる第一歩でもある。


それに何より―――


「よし、じゃあ早く次行こうッ!!犯人捕まえなきゃ!」
「あ、ちょ、ちょっと!?チルノさん何処へ行こうとしてるんですか!」


途端に元気になり、明後日の方向へすっ飛んで行こうとした体を繋いだ手で引き留めた。


「ふぇ?―――あ、そうだね……ごめん、文。何処行くの?」
「やれやれ……チルノさんはもうちょっと落ち着く事が必要ですね……」


そう。
これだから一人で居させると不安なのだ。
この猪突猛進な性格は、もし異変の原因といわれる妖怪と遭遇した時に後先考えずに突っ込んでいきかねない。

えへへ、とバツが悪そうに笑うチルノに、文はまったく、と肩を落とした。


「人里ですよ?」
「人里?」
「ええ、慧音さんと情報交換をして、その内容を妖怪の山に報告しますので」
「人里……」
「……チルノさん?どうしました?」


なぜか人里の言葉を口にしながら難しそうに眉を潜める。
そんな不思議な恋人の行動に首を傾げる。

何かあるんだろうか?

お互いに黙りあった状態が数秒間続いたが


「―――うんん、なんでもない!」
「そうですか?では行きましょう」


一転、晴れやかな笑顔になったチルノを誘導するよう飛翔する。


「そういえば、チルノさん。お友達は大丈夫ですか?」
「ん―――大ちゃん?あんまり……ずっと調子悪そうにしてる」


小さな掌を引きながら。
ふと、ついこの間チルノから聞いた友人の容態について尋ねると、すぐにその顔色が曇った。

大ちゃん、こと大妖精。
妖精の中でもチルノと同じく強い力を持つ個体であるが、やはりそこは自然の権化。
何が彼女の母体であるかは定かではないが、元々寒さに関する自然現象ではないため、続く異常気象の煽りを受けて現在調子を落としているらしい。

同じ妖精で力の強い者同士、チルノと大妖精の仲は良好だ。
大切な友人の一人がずっと調子が悪いのだから、心配する気持ちも当然だろう。


「―――やはり、一刻も早く異変を解決しなくてはなりませんね……」
「うん……」


言葉少ないまま、不安げな表情で頷くチルノ。
ちらり、とその姿を見ると勇気付けるように、ギュッと握り締める手に力を入れた。


「―――大丈夫です」
「……え?」
「妖怪の山でもそれなりの人数を動員していますし、きっと直ぐに異変も解決できますよ。それに、チルノさんがそんな顔をしていては、大妖精さんも心配してしまいますよ?」
「……うん、そうだね。ありがと、文」


不安気な表情を少しだけ引っ込め、顔を上げると笑みを浮かべる。
応えるように繋いだ手に力を込められると、勝手に頬が緩む。


「だけど、大ちゃん……大丈夫かな」
「何か他に心配な事があるんですか?」
「うん……大ちゃん真面目だから」


そう言うと眉を潜めるチルノに、はて、首を傾げる。


「真面目、ですか……」
「うん……あのね、他の子はもっと調子悪いから、大ちゃん色々な子のところにお見舞いに行ってるんだ」
「ああ、なるほど―――」
「あたいも一緒に行ける時は一緒にお見舞いに行ってるんだけど……」
「つまり、大妖精さんが無理をしてないかどうか心配なんですね?」
「うん……だから、レティは長く一緒にいてくれるけど、早く異変を解決したいんだ」


そっか―――

本来ならば、冷たいことは氷精にとって喜ばしい環境のはずである。
にも関わらず、チルノが前のめり気味に異変解決に奔走していた訳が、ようやく分かった。

友達の為―――だったんですね。


「ねぇ、文?」
「はい、どうしました?チルノさん」
「大ちゃんの様子見てきていい……?」


恐らく、当の人の話題を口に出した所為で余計に心配になってしまったのだろう。
繋いだ指先から、何処かうずうずとする気配を感じれば、思わずクスッと笑みを零した。

恋人となり、チルノは多くの面で変化をしていたが、そういう何処までも真っ直ぐな所は相変わらず変わっていない。
それこそが彼女の美徳であり、また自分が惚れた所だと自覚のある文は、ええ、と頷いた。


「私は一人で回れますから、チルノさんは大妖精さんの容態を見てきてあげてください。とりあえず此処から霧の湖に帰るなら人里を経由しますし、その後一旦お別れしましょう?」
「うん、妹紅や慧音にも会いたいし、それでいいよっ!あ、でも……」
「?」


言い淀み、表情を曇らせるチルノに、軽く首を傾げて見せる。


「……ごめんね、文。一緒に調査する、って約束だったのに……」


しょんぼり、と。
何処か申し訳なさそうに頭を下げる様子に文は目を瞬かせたが、まったく、と一つ息を吐く。

チルノは思い込みが割と激しく、それは正に猪突猛進の言葉通りである。
故に、きっと今この小さな恋人は約束を破る事に対する呵責でも起こしているのだろうが―――


「……えいっ」
「ふぇ?!ふぁ、ふぁに?!」


搗きたての餅ほどに柔らかな頬を指で挟むと、むぎゅーっ、と痛くない程度の強さで伸ばした。
突然の暴挙に何事かと慌てるチルノを見て、ふにふに、と頬を突っつきながら笑いかける。


「チルノさんが大妖精さんを大切にするのは当たり前ですよ?ましてや、今調子があまり良くないなら、傍にいて上げるべきです」
「でも……」
「まぁ、あれです。どうしても約束を破ることが気になる、というなら今度お詫びとしてチルノさんの時間を一日下さい」
「え……?あたいの時間って………どうやって上げればいいの?」


分からない、という風に首を傾げる姿に思わず笑いを零す。


「そんな難しいことじゃないですよ?ただ、一日私に付き合って欲しい、という事です」
「? そんなのでいいの……?」
「そんなの、とは失礼ですね。私にとっては、何よりも大切な事ですよ?」


ぽかん、としている瞳を覗き込みながら、ひょっとして………と態とらしく呟き


「チルノさんは、私と一緒の時間は“そんなの”ですか?」
「え?!ち、違う!?そんなことないよっ?!」
「なら―――そういう事です。私も、チルノさんと一緒ですよ?」


飛びながら慌てふためくチルノへと、安心させるように笑みを浮かべて頷いて見せると、あ―――と小さく声を出して目を丸め、すぐに何時もの満面の笑みを浮かべた。


「えへへっ!文とお揃いだねっ!」
「ええ、そうですよー?」


ぐるん、と。
真横を飛んでいたチルノが、手を繋いだまま体勢を入れ替えるように真下へと移動して、嬉しそうな笑顔で見上げてくる。

雪化粧した木々が次々に視界に入っては過ぎていくのを背景に、チルノが「んっ!」という声と共に空いていたもう一方の手を差し出した。
唐突なその行為にも、直ぐにその意図を理解しそっと伸ばされた手を取ってそのまま抱き寄せる。

ぎゅっ、と。
腕の中に小さな体を納めると、ふふふ、と笑いを零しながらながら尋ねた。


「正解でしたか?」
「うんっ!大正解だよっ!」
「あー……チルノさんは可愛いですねー……おや?」
「……ん?どうしたの?」


そんな可愛らしい言葉と共に強く頷く姿を見て、より強く抱きしめていると、ふと眼下を通り過ぎる景色に違和感を覚え飛び止むと、つられてチルノも足元の風景を見つめる為に首を捻っている。
それまで森林地帯が広がっていたにも関わらず、突如としてまっ平らな雪原が広がっていたのだ。

こんな場所に、こんな開けたとこあったかな……?

バサバサと羽ばたきつつ、軽く首を傾げる。
ある程度の広さがあるその雪原の隅々に改めて目を凝らすと、僅かながら雪から突き出すように幾つもの倒木があるのを見て取れた。
まるでドミノ倒しのように一方向に向かって倒れているそれは、いつかの夏の景色を彷彿とさせるものだったが、勿論マスタースパークによる大破壊でもなければ、大量の氷が降り積もっているわけでもない。

ただ一面の雪が広がるそれは―――


「雪崩―――か」


降り続けた雪の影響で、山の中腹にある雪が一気に滑落したのだろう。
自然現象による大破壊を目の当たりすれば、その規模の大きさに思わず顔を顰める。

このような被害がここだけで終わるとも思えない。
今までも小規模な雪崩は観測されていたが、ここまで大規模なものは初めてだった。

―――これは妖怪の山の方にも注意を促す必要があるかもしれない。

心にそう留めておくと、傍らのチルノが、わぁー……と感嘆の声を上げた。


「すっごいね、こんなに雪がたくさんっ」


無邪気に声を上げるチルノを見て、ふと思った。

氷の妖精だからこそ、雪や氷は好むべき対象なのだろう。
だが、もしこの雪崩の影響で薙ぎ倒された木々に宿っていた妖精達が死んだのだ、と知ったらどう思うのだろうか―――と。


「はぁ、らしくもない……」
「え?」
「何でもないですよ、チルノさん」


疑問符を浮かべ、見上げてくるチルノの頭をよしよし、と撫でる。

自然現象の全てに宿るのが妖精である以上、道を歩けばそれだけで妖精を殺す事に繋がってしまう。
草を踏み潰しても、水溜まりの水を蹴り上げても、それだけで妖精は一回休みに成りかねないのだ。

妖精であるチルノを恋人として以降、そういった事にもなるべく気を配るようになりはしたが、どだい全て防ぐというのは無理な話だし、しょうがないと思っている。
生きるという事は、多かれ少なかれ自然の居場所を奪うという事でもあるのだから。


「巻き込まれたら、ひとたまりもないですが……どうやら、ただの雪崩のようですね」
「え?文は何を探してたの?」
「いえ、ひょっとしたら異変の原因が何かあるのかと思いましてね」


軽く肩を竦めて見せると、あ、そっか、と目を丸め


「犯人が居たら文と一緒に捕まえられたのにね!」


残念、と言わんばかりの言葉に思わず苦笑を浮かべた。

無邪気というか何というか。
異変の早期解決は望むところだったが、もしもその犯人が自分たちだけでは対処できない程の力を持った妖怪だ、とは一切考えていないらしい。


「まぁ、そういう所もチルノさんの美徳ではありますよね……」
「? びとく?」
「チルノさんの良いところ、という意味ですよ―――さぁ、早く人里に向かいましょう」
「あ、うん!」


チルノの元気な掛け声を聞けば繋いだ手に改めて力を込め。
再び寒空の下、人里を目指そうと翼を一つ強めに羽ばたかせた。





そんな二人が空中に佇んでいた、その丁度真下。
雪崩によって出来上がった雪原のすぐ傍に、一つの影があった。


「……」


いつの間にか現れ、文の視力からも逃れたその影は、完全に気配を消している。
ただ何をするでもなく、雪崩に巻き込まれなかった木立に身を隠すように佇みながら、何も発する事無くジッと空を見上げ続けていた。


「―――」


去り行く二人の背中が空から消えれば、ふぅ、と微かに息を吐き出し

ヴンッ―――

微かな羽音のような音を立てると同時にその姿は霧のように消えてしまった―――










―― ・ ―― ・ ―― ・ ――











「とーちゃく!」
「ああ、ほらほら……急ぎすぎると転びますよー?」


人里に降り立つと同時にトタタ!と走り始めるチルノの背に声をかけつつ周囲を見渡してみた。

家の戸口に数人で集まって、優先的に雪下ろしをする場所を話し合う人々。
スコップで道に積もった雪を路肩へと避ける壮齢の男性。

数か月前から相変わらず降り積もった雪を掻き出す作業に精を出す人々が見受けられるが―――以前と比べると活気がなく、何処となく暗い雰囲気に満ちている。
人里も―――いや、人もまた、長引く異変にダメージを受けているのが見て取れた、


「ほらほら、文!早く行こうッ」


ふと、声の方へと視線を戻すと、大分離れた道の真ん中で振り返ってチルノが手をブンブンと振りながら走っている。

ああ、前を見ないで走ると人にぶつかる―――


「って、うわっ!なんだ?!」
「あたっ!?」


そんな事を考えていたら、見事に実現してしまった。

若い男にぶつかったチルノは反動ですっ転んで尻餅をついてしまい、タックルを受けた男も、丁度雪掻きという重労働から戻ってきたのだろう。本来ならチルノに体当たりされてもビクともしなさそうな体格をしているが、フラフラと二歩、三歩と後ずさっている。


「あー……やれやれ」


言わんこっちゃない、と頭を抱えた。
このままトラブルに発展したらマズイことになりかねない。

慌てて二人へと駆け寄ろうとした文は―――


「―――何だ妖精か?」


その耳で、男性の苛立ちに満ちた声を捉えた。


「おい、そこの妖精」
「あたた……なんだよっ!」
「お前、まさか悪戯しにきたのか?ただでさえ今人里は人手が足りなくて大変なんだぞ?」
「え?な、何言ってんのさ………あたい、そんなこと……!」
「いつもいつも懲りずに悪さばかりして……!」
「ち、違うったら……!」


必死で弁明しようとするチルノに、どうだか、と男は疑念の目で見つめる。


「異変の所為で妖精も増えてるし、この前も雪下ろししてて向かいの旦那が悪戯されて怪我したばっかりなんだよ」
「あ、あたいは関係ないじゃん……!」
「何言ってんだ、妖精のくせに」
「ッ」


その言葉に、近寄ろうとした文は思わず歩みを止めてしまった。
言葉に込められた明らかな悪意を察したのだろう、息を飲んだチルノは何かを堪えるように顔を伏せて地面を睨み付けている。


「何度だって蘇られるからって、あんまり調子に乗るなよ?」


確かに、異変に伴って一部の妖精達は活発になり、結果的に人里で些細なトラブルを巻き起こしていた。
異変で誰もが神経を尖らしている時である。
だからこそ、人里における妖精への感情が決して良いものでは無いことは承知していたし、住民の対応も致し方ないとはいえる。

寺子屋にも出入りし最近はスッカリ物事の分別を知ったチルノの存在は人里でも十分に周知されている、と信じていた文の落ち度といえば落ち度だった。


「―――」


しかし、それは本来チルノと関連無い事だ。
致し方ないと理解は出来ても共感は出来ない。

恋人をそう言われれば苛立ちを覚えたが、それ以上に問題なのが―――


「……ッ!!」


男に見下ろされたままキツク唇を結んだチルノが肩を震わせ、普段抑制している冷気が陽炎のように空気を揺らしていた。

(まずい―――!)

ここでもし人に危害を加えれば、このギスギスとした空気の中だ―――下手をすれば、討伐対象として認識されてしまう。


「チルノさん、待って……ッ!」


慌ててチルノの下へと駆けだした瞬間―――


「こらこら、お待ちなさい」
「……え?」
「あ、呉服屋の旦那……?」


どこか落ち着いた雰囲気の声が響き、二人の間に割って入る恰幅の良い中年男性。
夏祭りの時、縁あって知り合ったその人の突然の登場に、チルノは座り込んだまま目を丸め、若い男もまた一瞬たじろいだようだった。


「その子を私は知っているがね。人に危害を与える存在でないはないよ」
「いや、ですけど最近は妖精も狂暴化してますし……!」
「その子は大丈夫だ。私が保障するし、恐らくあそこにいる天狗様も寺子屋の先生殿も保障するよ」


ちらり、と目配せし柔和な笑みを浮かべた呉服屋の店主に文は静かに心で礼を述べつつ、足早に近寄った。


「チルノさんも、大丈夫ですか?」
「あ、うん……」
「いやはや、連れが不注意でぶつかってしまったようで申し訳ありません。お怪我は……ないですよね?」
「え、あ、ああ……」


手を差し出すと、チルノが大人しくその手を取り立ち上がっる。
しっかりと一人で立っている事を確認したのち、既に毒気を抜かれた若い男に軽く儀礼的に頭を下げると、何処か地に足着かぬような反応が返ってきた。

やはり、妖精の肩を持つということは珍しいのだろう―――


「少々私の監督不届きでした。すみません」


どこか物憂げな表情のまま、パンパン、とワンピースを叩くチルノに、ゆっくりと腰を下ろすと視線を合わせ


「ねぇ、チルノさん」
「ん、文……?」
「意図しなかったとはいえ、ぶつかってしまったのはチルノさんが先です」
「……うん」
「誰かを傷つけてしまったらどうすべきなのか、分かりますよね?」


チルノは俯いたまま、ジッ、動かない。
本来なら妖精である彼女に対して酷な事を要求しているという事は分かっている。
ましてや、今回に関して言えば相手も言い過ぎてる。

それでも―――


「……ごめんなさい」
「え、ああ……」


俯かせていた顔を上げ、男へと向き直って頭を下げたチルノに、ホッと息を吐いた。

ちらり、と男を盗み見ると、まるで鳩が豆鉄砲を食らったように目を丸めている。


「そうギスギスしてはいかんよ。その子に当たったからといって異変が解決されるわけじゃないんだ」
「……いや、こっちこそ言い過ぎた。悪かったな」


呉服屋の主人の諭すような言葉に促された男の謝罪に、うん、とチルノが素直に頷いた。

頑張りましたね―――

そんな思いを込めて近い視線の頭を優しく撫でる。
口を真一文字に結んだまま視線を落としていたチルノも、その感触に気付いて顔を上げ、視線を合わせると恥ずかしそうに微笑んだ。


「しかし君が苛立ちを露わにするのは珍しいね……何かあったのかい?」
「あ、ええ……うちの息子が一人で落ち枝を取りに行ってまして」
「一人で行かせたのか?この異変の中、いくらなんでも不用心過ぎやしないかな?」
「あ、いや……勝手に行っちまったみたいなんですよ。うちは昨日でかまど用の薪が尽きちまって……俺は雪かきの当番でしたし、ここのところは快晴続きだったんで……」
「そうか……ご子息は何時くらいに出たんだ?」
「午前中なんで、もうすぐ一時間くらいになりますね……」
「ふむ……まだ日は高い。何か厄介事に巻き込まれたと決まった訳ではないが、後一時間待とう。それで戻らなければ最悪は捜索隊を組む必要もある……慧音先生に相談しておくよ」
「すんません……」
「仕方ないことだ……さ、とりあえずまだ戻ってきてないか家の方に戻って確認しなさい」
「はい……じゃあ、俺はこれで」


すれ違い様にもう一度。
小さく頭を下げた男の小さくなる背中を見送りながら、軽く肩を落とした。

人里は、その人数比率の割に戦力として数えられる頭数は圧倒的に不足している。
だからこそ、原因不明の異変、ましてや強力な妖怪の存在が噂される中では、幻想郷に存在する他のどの陣営よりも無力だ。
常に襲われるのではないか、と警戒を強めれば精神的な疲弊は増大する。


「―――済まないね」
「え?」


申し訳なさそうに、軽く頭を下げた呉服屋の主人を見上げ、何で?とチルノが首を傾げた。


「いや、嫌な思いをさせてしまっただろうと思ってね……皆、春が訪れない事で気が立っているんだ。許してやってくれ」
「―――ううん。あたいは、だいじょぶ……」
「そうか―――ありがとう」


笑みを浮かべた店主もまた、疲労が色濃く現れていた。


「大変そうですね」
「あ、ええ……一応、人里の世話役を任せられているもので」
「そうだったんですか……。それより、止めて下さってありがとうございます」
「いえいえ。彼は大工の棟梁の跡取りでして……本来なら、思いやりある誰からも信用されるような人なんです。寒さは、人の心も冷やすものですね」


ふぅ、と店主はため息を吐くと疲れた笑みを浮かべ、では、と小さく告げた。


「私は他にも回らなくてはいけないので、これで」
「あ、はい。お疲れ様です」
「いえ、天狗様も。それでは失礼します―――」
「あ、あのっ!」


立ち去ろうとした背中に、チルノが慌てたように声をかけた。
何事かと店主が振り返り首を傾げると、言い辛そうに2,3回、口を開け閉めしたが


「あ……ありがとうッ!」


必死に、顔を赤らめながらもその言葉を告げると、店主もまた穏やかな笑みを浮かべた。


「―――いや、どういたしまして」


一言。
チルノの言葉に十分な言葉を返すと、可笑しそうに笑いながら、そのまま大通りを歩いて行った。


「……」


何を思ってか去る背中を静かに見送るチルノを間近で見守りながら、文は何処か心が温まる思いだった。

チルノもまた先ほどの店主の行為によって、己が助けられた、ということを感じていたのだろう。
普段なら彼女のプライドが許さないであろう、あのシチュエーションでの感謝の言葉。

成長―――しているんだな、チルノさんは。

そんな事を改めて実感していると、突如チルノがクルリ、と首を動かして見上げてきた。


「―――あたい、もう行くね」
「大妖精さんのお見舞い、ですか?」
「うん、それもあるし―――」
「?」


言いよどむチルノに、はて、と文は首を傾げた。

何か他にあるのだろうか―――?


「―――ううん、なんでもない」
「そうですか……?あ、妹紅さんや慧音さんに顔を見せなくてもいいので?」
「うん、あたい急ぐからっ!」


しかし、フルフル、と。
首を横に振って言葉を濁すと、すぐに笑顔を浮かべ、ピョン―――と飛翔した。


「じゃあ大ちゃんのところに行ってくるね、文!」
「ええ―――あ、チルノさん?!変な奴を見かけたら、無理しないでちゃんと逃げるんですよ?!」
「大丈夫、あたい最強だからっ!文も気を付けてねっ!?」
「いや、そういう―――あ、れ?」


ブンブンと手を振りながら遠ざかる背中は、霧の湖ではなく、人里の裏山の方へと飛んで行った。
一瞬、そのチルノの行動に疑問を抱き首を傾げたが、なんとなくその理由を察すれば、なるほど、と小さく頷いた。


「男の子を探すんですか……」


それ自体は誉めるべき事、なのだろう。
けれども、チルノの成長を喜ばしく思いながら、言いようも無い違和感が心に引っかかっていた。

それがなんであるのか、しっかりと言い表すことが出来ない。
恐らくチルノが一人でいるという事に対する不安もあろうと思うのが―――


「……」


―――そう。
もし、仮に、である。
その異変の原因と遭遇すれば、一人で戦おうとするだろう―――

次第に遠くなる背中を見送りながら、ポツリと文は知らずに呟いていた。


「少し、心配ですね……」


妖怪の山への報告はあるが、今ここでチルノを一人にするべきか否か。
逡巡の後、不安が勝り翼をバサリ、と広げ後を追おうとし―――


「ん?あれチルノか?」
「え?」


突然話しかけられ振り返ると、遠い空で青い点になっているチルノの姿を見ようとして掌を翳している魔理沙がいた。


「……はぁ」
「いや、おい、待て。人の顔見てため息吐くたぁ、どういうつもりだ」
「ご自分の胸に手を当ててジックリ考えれば分かるのでは?」
「なるほど、私に会えたあまりの嬉しさ故の溜息だった、と」


はぁ―――魔理沙のまったく悪びれぬ様子に、文は本日二度目の盛大なため息を吐き出した。


「どれだけ幸せな脳みそになれば、そうやって考えられるんですかねー……」
「誉めるなよ」
「貶してます」
「やれやれ、素直じゃない奴め」


肩を竦める魔理沙をジトッと見詰めつつ、それより、と尋ねた。


「魔理沙さんは何で人里に?」
「いんや、じっ……慧音の様子を見に、な」


何か言いかけて無理やり止められた言葉に片眉が上がった。
しかし、そんなことより、と覗き込んでくる魔理沙が茶化すようにニヤリと笑みを浮かべ


「文はチルノに愛想でも着かされたか?」
「なんですか、それ……そんな訳ありませんよ」
「じゃあ、どうしてそんなアンニュイな感じでチルノを見送ってたんだよ?」
「どんな感じですか、それ……」
「そのまんまだと思うけどな?あいつの事で何か心配事でもあんのか?」
「―――いや、まぁ。チルノさんが一人で動くのが……不安なだけです」
「は?」


きょとん、と目を丸くした相手に、大したことではない、と手を振ってみせた。


「ほら、チルノさん好奇心旺盛ですから……異変の原因に巻き込まれやしないか、ちょっと不安でして……」
「はぁ?おいおい、いくらなんでも、そりゃ過保護過ぎるだろ。チルノだって場数は踏んでるんだ。相手の力量くらいしっかり見極められる。やばくなったら、ちゃんと逃げるさ」
「まぁ……」


心配いらない、と頷く魔理沙を見て、納得いかないままに、確かにそうだよな……と小さく頷く。
かつて何度か幻想郷を襲った異変に際し、チルノは幻想郷屈指の猛者相手に戦いを繰り広げてきた。

勿論、それらの猛者と対等に渡り合えるか、といえば嘘になるが、何よりも戦い慣れはしている。
恐らく、自分の実力では到底及ばぬ相手、と分かれば無理せず逃げるとは思うが―――


「それに、あいつは妖精だ。文にとっちゃ嬉しい事じゃないだろうが、例え死んでも蘇る」
「……本当に、嬉しくないですね。それは」


軽く肩を竦めて告げられた言葉に思わず眉を顰めて睨みつけた。

例え再び復活できるとしても、誰が恋人の死など見たいものか。

そんな、不機嫌である事を隠さないでいると、悪い悪い、と魔理沙は苦笑を浮かべた。


「まぁ、チルノがやばくなりそうなら私もちゃんと助けるさ。そう、怒るなよ」
「―――ったく、本当に魔理沙さんの冗談は時々笑えませんよ」
「はっはっは、本気な訳ないだろ?なんたって私はお前らの恋のキューピットなんだからなっ」
「疫病神の間違いでしょうに……」


愉快そうに笑い声を上げる相手を見て、思わず手で顔を覆って深い溜息を吐く。
何故だか知らないがドッと疲れたのだが、その原因と思わしき相手は無駄に愉快そうだから腹立つというものだ。

恨めし気に見つめていたら、ははは、と魔理沙が笑った。


「しっかし、チルノも悪運が大分強いな」
「―――え?何がですか?」
「いや、慧音がな?どうやらあいつ、提出してない宿題があったみたいで、『見つけたら私の所に顔を見せるように伝えてくれ』と鬼の形相で言われてな」
「……あー」


なるほど、と苦笑した。
人里に向かうと話した時の、あの何か引っかかっている様子だったのはその所為だったのか。


「チルノさん……すっかり忘れてたんですね……」
「あの様子じゃ頭突き2,3発はくらわなきゃならんだろうからな。それより、文はこの後どうすんだ?チルノの後を追うのか?」
「……いえ、慧音さんの所に行きますよ。確かに、過保護はよくないですからね」
「そっか」
「ええ―――ああ?!でもせめて河童の発明品でも持たせるべきだったかもしれません……」


ふと、支給されていた例の物を思い出せばゴソゴソとポケットを探って掌サイズの細長い筒状の防衛兵器なるものを取り出し、何で別れる時に気付かなかったのか、と頭を抱えた。

正直河童製なので、色々な意味で信用性に欠ける物ではあるのだが、無いよりあったほうがマシだったかもしれない―――

そんな思いで絶賛後悔中の文を、過保護というより子離れ出来ない親のようだ、と内心思いながら魔理沙は興味深げにそれを覗き込んだ。


「こんなちっさいのが河童の兵器なのか?」
「あー……ええ、何でも閃光手榴弾なるものをモデルに作ったそうです」
「せんこうしゅりゅうだん?何だそれ、どうなるんだよ」
「何でも目くらましに使うものらしいですよ?ここのピンを引くと三秒後に物凄い光が放出されて、相手の視界を奪うそうです」
「へー……」


魔理沙は、ジッ、と手の上にある河童製兵器を見詰めていたが、ニヤリ、と笑みを浮かべると素早く手を伸ばし―――


「頂きっ!」
「え?ちょ、魔理沙さん?!何勝手に持ってこうとしてるんですか?!」
「いいじゃんか、どうせ文は使う予定ないんだろ?これ」


ぽーん、ぽーん、と奪い取ったそれを掌で弄びながら、魔理沙は肩を竦めて見せた。

その相変わらずの傍若無人な態度に、文は腰に手を当て呆れかえった。


「いや、確かに仰る通りですけど、だからこそチルノさんに与えようと―――」
「だから、さ。私はこの後博麗神社に行く予定なんだが、途中でチルノに会うことがあれば渡しとくよ。もし渡せなきゃ後で返すし―――な、いいだろ?」
「……」


絶対渡さないだろうな―――と確信した。
魔理沙の目の輝きようは、新しいおもちゃを手に入れた子供のそれだ。恐らく、どんなものなのか自分で使ってみたいのだろう。

拝むように両手を合わせ期待に満ちている瞳を胡散臭げに見返しながら眉間に皺を寄せる。

こういう状態になった魔理沙はどんな手を使っても持っていく。下手に押し問答を繰り返せば無駄に時間だけが過ぎゆくだけだ。


「……分かりました、いいですよ」
「本当か?さっすが文!話がわかるじゃないか!」


あはは!と楽しそうに笑いながら、そそくさと模擬閃光手榴弾を仕舞い込む魔理沙を見て、はぁ―――とこれ見よがしに嘆息した。

まぁ、別にもう一個あるからいいんだけどさ―――


「ふふふ、何処で試してみるかな、これ……」
「魔理沙さん、チルノさんに渡すって約束ちゃんと覚えてますか……?」
「ん?ああ、覚えてる覚えてる!じゃあ、またで会おうぜ!」
「出来れば当分会いたくない気分ですが……」
「ははは、私の用事が終わったら絶対あってやるぜ!“何事”も無ければこれも返さなくちゃならんからな!」


じゃあな、と楽しげな声と共に箒にまたがるとトンッ―――と軽く地面を蹴って空へと舞う魔法使い。
チルノが向かったとは逆の方向へと飛んでいく後姿を見送れば、やれやれ、と肩を落とした。

相変わらず強引な人だ―――


「ま、殊勝な魔理沙さんなんて居たら、むしろ怖いですけどね……」


自らの想像に、思わずブルリと体を震わせると頭を軽く振った。
もう、とにかくさっさと行こう―――魔理沙の事はとりあえず考えない事にして寺子屋へと向けて歩き出した。










―― ・ ―― ・ ―― ・ ――











「うーん……」


人里付近にある割と急な山の麓上空。
白銀の世界に目を凝らしながら、チルノは思わず唸った。


「目、疲れた……」


ゴシゴシ、と目を擦る。
奇しくも今日は快晴であり、雪は太陽の光を良く反射していた。

どうにも全然目当てのものが見つからない現状に、はぁ―――と辟易したようにため息を吐き出す。


「どうしよっかな……」


探し始めて未だ数分だが早速途方に暮れて、キョロキョロと視線を彷徨わせる。

正直言ってチルノとて嫌な思いだったし、呉服屋の店主が間に入っていなければ能力を解放していたと思う。
だが同時に今のチルノには、あの人間が何故そこまで気を荒くしたのか、ということを理解できていた。


「早く大ちゃんのとこにも行きたいけど……」
「―――あら?チルノ一人?」
「え―――?!」


ここは空の上だ。
突然声をかけられる事なんてそうそうあろうはずもない。

驚き、振り返ると―――


「はろー」
「あ、紫!」


空中から開かれたスキマから半身を乗り出すように顔を出したのは、八雲紫だった。
何処か眠そうに目を細めながら、ひらひらと手を振っている。


「久しぶりだね、紫ッ!」
「ええ、秋にチルノと会ってから直ぐに眠ったからね……数ヶ月ぶりかしら?文とは上手くいったみたいじゃない」


良かったわね、と笑う紫に、うんっ!と強く頷いたチルノだったが、ふと不思議そうに首を傾げた。


「紫どうしたの?こんなところで」
「それは貴方にも言える事だと思うけど……文はどうしたの?さっきまで一緒だったじゃない」
「文は今慧音のとこにお話しにいったよ?」
「あ、そうなの……」


なら良かった……と小さく呟く紫の声に、チルノはきょとん、と首を傾げた。


「紫は文が苦手なの?」
「別に苦手ではないわ?ただ、今は異変の真っただ中だからね」
「? だから?」
「文は妖怪の山から情報の収集を命じられてるわ。だから仕事上、私と顔を合わせると結構しつこく聞いてくるのよね……」
「ふーん……ならよかった!」
「あら?何で良かったのかしら?」


途端に笑顔になった様子に、不思議そうに首を傾げ尋ねると、だって、とチルノが呟き


「紫は文の事、嫌いな訳じゃないんでしょ?」
「ええ、そうね」
「だから、文が嫌われてなくてよかったなって!」
「ああ―――なるほどね。ふふ、しばらく見ない間に大分ませたわね」
「ませ……?」
「なんでもないわ。それより、チルノはこんなところで何をしているのかしら?」
「あ、うん。人を探してるんだよ!この辺りうろうろしてるみたいなの!」
「人を……?知り合いかしら?」
「ううん、知らない奴。皆忙しそうだったから、あたいが探してやってるのよ!さっさと見つけて大ちゃんのお見舞いに行くんだっ」


えへん、と胸を張る姿に、訝しげに眉を潜めた。


「見ず知らずの人間の為に……?」
「うん!そうすれば、きっと文も褒めてくれるし!」
「そうなの。でも、貴方はまだ妖精よね……?」
「? 紫?」
「ああ、なんでもないわ。それより貴方の先程の質問に対する返答は、私が雪崩を追ってたからよ」
「雪崩を?」
「ええ、ここ最近雪崩が頻発しているからね。異変と関係があるかもしれないから、念のために、ね」


スッ―――と紫は人差し指を真下へと向けた。


「私の計算だと、そろそろこの辺りで起こるはずなんだけどね……」
「ここで……?あっ」


伸ばされた指を追って、チルノが真下に視線を動かすと、小さく声を上げた。
雪の上で動く小さな影。
両手に枯れ枝を抱え、深い雪を辛そうに掻き分け歩く子供の姿があった。


「あいつかな?」
「あら、本当にいたのね……でも、このままだと―――あぁ、やっぱり。マズイわね」
「え―――?」


マズイ、という言葉にチルノが不思議そうに首を傾げた。

丁度その時だった。

突如として山の斜面に降り積もっていた雪が滑落しすると周囲の積雪を巻き込み、巨大な雪崩となって一直線に山肌を下り始めた。
ギシギシ、と木々を薙ぎ倒しながらスピードを増していく白煙の先には―――人里の子がいる。


「大変だッ!」
「大丈夫よ。私がスキマで拾うから―――」
「ッ―――!!」
「―――って、あらあら……人の話は相変わらず聞かないのね」


呆れたような声を遠くに聞きながら、チルノは落ちるように一気に地面へと飛んだ。

先ほど妖怪の山で見た巨大な破壊跡。
もし、あれに巻き込まれれば人が助かろうはずもない。

―――このままじゃ、死んじゃう!

ただ、チルノの思考を占めていたのは、それだけだった。

―――間に合えッ!

ここ最近では使うこともなかった、最大パワーの能力に、指先がビリビリと震える。
掌をまっすぐと地面へと向け、血管が浮き出んばかりに力を込め―――


「―――いっけぇぇ!!」


己の中に描いたイメージと共に、掌に込めていた力を瞬間的に解放した。


キンッ―――!!


「えっ―――」


刹那、紫は己の目を疑った。

突如として金属音のような高い音が響き、一瞬にして高さ数メートルにも達する巨大な氷の壁が山肌から突き出したのだ。
遠目だが、その氷の厚さも50センチ以上はあるようで、頑丈さは折り紙つきだろう。
まるで、人里の子を守るバリケードのように左右に十数メートルの幅で展開された氷壁によって、迫り来ていた雪崩は進行方向をずらされて左右へと流れていく。

眠気も吹っ飛んだ紫は思わずパチパチと目を瞬かせ、それを発生させたであろう妖精をただ茫然と見遣っていると―――


「―――!」


ぞくり、と嫌な感覚が背筋を走った。

遥か彼方―――山の一つや二つは越えているかもしれない。
そこから、こちらの様子を伺うような視線を、感じたのだ。


「これは―――!!」


その正体を察すれば、ギンッ!と、その方向へ並みの妖怪ならば気を失うであろうほどの殺気を飛ばした。

視線の持ち主も、幻想郷随一の実力者の殺気に気付いたのか、瞬間的にその視線を外して身を隠したようだった。
直ぐにその“見られている”という感覚が消えたのを感じながら、いつもの彼女らしからぬ焦りさえ伺える落ち着きの無い表情を浮かべ


「……しくじったわ」


紫は、苦々しく呟き、事態が最悪な方へと向かっている事を確信した。

もし、視線の持ち主が今の出来事を見ていたら、最悪―――


「やったーッ!!」


紫が密やかに臍を噛んでいる中、ザクッ!と雪原に降り立ったチルノは、上手くいったことに、ぐっ!と大きく拳を突き上げた。

もう一人の当事者。
少年はといえば、どうやら突然目の前に発生した氷に腰を抜かしたようで、ぽかん、とそれを見上げている。

そんな、全身で驚きを表現をしている少年を見て、ふふふ!とチルノは笑みを深めた。


「おーい、お前!」
「―――え、よ、妖精?」


周囲に枯れ枝をばら撒いたまま地面に蹲っている少年へと意気揚々と近付き声を掛け、未だ目が点になっている相手を見下ろしながら、ふふん!と不敵に笑った。


「まったく、あたいが助けてやらなきゃ今頃死んでたぞ?」
「え、な、なんでさ」
「ふふふ、あたいが氷を作ってお前を守ってやったからに決まってるだろ!」
「え―――」


どうだ、まいったか!と腰に手をあて踏ん反り返るチルノを、少年は信じられないものを見る目つきになり―――


「どうせ妖精は悪戯しかしないし、嘘つくなよ!」
「うーっ!嘘じゃない!!」
「っていうか、妖精がそんな事できる訳ないだろ!」
「だから、あたいがやったんだってば!!」


疑いの眼差しと言葉に、むきーっ、噛み付かんばかりに不満を露わにするチルノだが、子供の反応は、当然と言えば当然だ。
高さ5メートル、幅30メートル、厚さ50センチ。大雑把な計算でチルノは瞬間的に70トン以上の氷の壁を作り上げたのだ。

そんな妖精居るはずがない、と考えるのは至って自然だった。


「―――初めまして」
「うわ、誰?!」
「妖怪よ」
「あ、紫!」


ヴン―――と、虫の羽音のような音と共に突然開かれた紫色の亜空間。
そこからでろん、と上半身を曝け出した妖怪に、今度こそ少年は尻餅をついて後ずさった。


「ひょ、ひょっとして俺食べられる……?」
「ふふふ、私はそんなに食べない妖怪だから大丈夫よ……それより、この妖精が言った事は本当よ?貴方を救ったのは、この子だわ」
「え……」
「ほら見ろ!折り紙つきだぞ!」
「……」


紫が口走った本来聞き捨てならない台詞を聞き捨てる程の衝撃だったらしい。
ふん、と腕を組んで胸を張るチルノを見て、本当なのか、と視線で問う少年に静かに頷いてみせた。


「間違いないわ。そして、貴方が寺子屋でしっかりと教育を受けているならば、こういった時にどうすべきか諭すまでもないはずよね?」
「え……と……」


紫の言い回しにたじろぎながらも、ぎこちなく一つ頷くと、少年はチルノへと視線を移し


「え、と……助けてくれて、ありがとう」
「ふん!あたいはさいきょーだから、当然よっ!」
「あと、疑ってごめん……」
「あたいの空よりも広い心に感謝するのね!」


腕を組んだまま、偉そうに言い放つチルノであるが、命を救ったという事実を考えればその態度も致し方ない。
少年も、妖精に雪崩から救われた、という事実が未だ信じられぬのか、傲慢不遜の言葉にも目をぱちくり、と瞬かせるだけだった。


「さて。周りの枯れ木を見る限り、貴方は薪の代わりになるものでも取りに山に入ったのかしら?」
「―――え?あ、うん……」
「今は異変の真っただ中。大人がそれを了承するはずが無いわ……自分の判断で来たのね?でも、いくらかそれは軽率過ぎたわね」
「で、でも……!」
「でも、ではないわ。御蔭で収穫はあったけど、多くの人に心配をかけているでしょうね」
「―――ッ」
「まぁ……私のスキマで貴方を人里まで送るから、後は大人たちに叱って貰いなさい」
「え―――う、わっ?!」


ずるり、と少年が座り込んでいた地面に紫色の亀裂が入ると、ズズズ―――と音を立ててその入り口が広がり

スポンッ!

と、綺麗な音と共に、その少年を飲み込んだ。


「あ―――おーい、次からは気をつけろよーっ!」


地面に空いた穴に向かって、手を添えてチルノが叫んだが、勿論少年に言葉を返す余裕などなく、スキマの奥のほうから「うわぁぁぁぁ~……!」と、長引く絶叫が聞こえるだけだった。


「むー……何も言わないなんて失礼なやつだ」
「ねぇ、チルノ―――?」
「え―――と、何?」


返答が絶叫だったことに不満を隠さない妖精へと声をかけると、ジッ、とその青い瞳を見詰めた。
その、何時になく真剣な表情に思わずチルノは目を丸めつつ、首を傾げ尋ねると


「貴方はこれからお友達のお見舞いに行くのよね?」
「え、う、うん」
「お見舞いが済んだら―――今日は自宅から離れないようにしていなさい」
「え―――?なんで?」
「異変の事もあるから、ね」


紫の言葉に、きょとん、と目を丸くしたチルノだったが、途端に可笑しそうに、あはは!と笑った。


「文と同じこと言ってる!あたい、そんなに弱くないよっ!」
「ええ―――分かってるわ。でも、そうしてくれると、助かるのよ」
「変な紫……」
「約束してちょうだい?」
「……うん、分かった。じゃあ、あたい大ちゃんの所に行ってくるね!」


不承不承ながらも、いつもと雰囲気に頷くと、ばいばーい!と手を振りながら無邪気な声を青空に響かせた。
人里の子供を助けるのも大切だが、友人の方がもっと大切だ。

(そうだっ!大ちゃんに、あたいのぶゆーでんを教えなくちゃ!)

霧の湖を目指して、青い空を真っ直ぐに飛びながら、先程人里の子を救った話を親友にどう話そうかと、ウキウキしながら考える。


「―――貴方が雪崩を止めてくれた御蔭で、異変の解決の糸口が見えそうだわ」


楽しいお喋りの時間を思って、くふふ、と含み笑いするチルノに、紫が小さく呟いた言葉が届く事はなかった。










―― ・ ―― ・ ―― ・ ――











「人里の調子はどうですか?慧音さん」
「見た通り変わりなしさ、射命丸。良くも悪くも、な」


寺子屋の教師は難しい顔をしたまま、俯く。
正座をし、机を挟んで向かい合ったまま、そうですか……と小さく文は呟いた。

人里にある慧音の自宅に招かれたものの、結局新たに書き加える事の無いメモ帳へと視線を落として静かに嘆息した。
焦れば事態が進展するというものではないが、それでも遅々として進まぬ現状は更なる焦りを煽り立てる。

なんとなく、どんよりとした空気が部屋に立ち込める中、それよりも……、と慧音が申し訳なさそうに眉を歪めた。


「呉服屋の御仁から聞いたよ。なんでもトラブルに巻き込まれたらしいな……済まない」
「ああ―――いえ、元を辿ればこちらに非がありました。慧音さんが心を痛めることではありませんよ」
「そういってくれると助かるよ。……まぁ、どこもそうだろうが皆ピリピリしている。異変の原因も気掛かりだが、下手な衝突が起きないか私は心配だよ……」


疲れたように方を落とす慧音に、確かに、と頷いた。


「今幻想郷を覆っている空気は芳しくないですね。早めに解決しなければ、実際そういった衝突が起こる可能性があるかもしれません……」
「そういったトラブルは何も起こっていないのか?それこそ天狗達の情報網の本領発揮かと思うが……」
「そうですねー……まぁ、紅魔館と永遠亭とで若干いがみ合っているようです。けどまぁ、むしろ……」
「……むしろ?」


敢えて言葉を濁せば、慧音は不思議そうに首を傾げた。
教師からの不審げな視線に、いやはや、と思わず苦笑する。


「妖怪の山、内部でのいがみ合いが激しさを増してまして……ね」
「山の内部……?確か天狗の社会には改革推進と保守の2つの派閥が在ったな……その関係か?」
「あまり部外者に話せた事ではありませんがね。霊夢さんや紫さんが動いているのに解決されない異変―――保守の守旧派は、これを自分達の手で解決する事で妖怪の山、ひいては幻想郷における復権を狙っていましてね……」
「―――なるほど。これだけの異変を解決した、となれば幻想郷内で無視できない存在になる。本来の幻想郷の守護者達が手を焼いているとあっては尚更だな。それでお互いの派閥で情報を抱え込んで対立している、ということか」
「ははは……犠牲無き道を目指し手を取り合って進む、ということは難しいものですよ。どうしたって、自分達が有利に立ちたいと思いますからね」


お恥ずかしい、と肩を竦めた。

どうせならばその余ったエネルギーを異変解決に注げば良いものを、先に消耗しては内部抗争で負けると考えているのだろう。
それぞれの派閥が勝手に調査を進める為に情報の統合すら出来ずに、未だ対立を続けるトップは、文にとって憂いの種でもあった。

あとどれだけ同じ事を繰り返せば変わるのだろうか―――


「―――それより、チルノは?一緒じゃないのか?」
「え?ああ―――チルノさんは、大妖精さんのお見舞いと、ついでに……」
「ついでに?」
「いえ、まぁ色々と思うところがあったようで、先程別れましたよ」
「そうか……提出していない課題があったから、来たなら問い詰めようと思っていたんだが……」


逃げたか、と忌々しげに呟く顔はすっかりと教師のそれだ。
この異変の真っ只中においても変わらぬそのスタンスに思わず苦笑を浮かべてしまった。

しかし、それも無理なからぬことだろう、と思う。
戦力は少ないのに守るべき人数は多い―――それが人里だ。
その守護を一手に引き受けている慧音にとっては息つく暇もない思いである事は想像に難しくない。

そういう所だけでも、日常であろうとしているのだろう―――


「……そういえば、居ないといえば妹紅さんは?お姿見えませんが……」


不審げに首を傾げる。
妹紅は、異変発生時より慧音の手伝いの為に人里に待機しており、ここに顔を出すたびに何度か顔を合わせていた。
それが何故今日はいないのか?と首を傾げると、ああ……と慧音は顔を上げ


「妹紅なら今、水を作ってるところだ」
「…………は?」


唐突な発言に思わず、どうかしてしまったのだろうか、と思った。
恐らくそれが表情に出たのだろう、慧音は苦笑しながらなんてことはない、と肩を竦めてみせる。


「井戸の水も凍結しているからな。飲水の確保の為に雪を解かしているとこさ」
「ああ、そういう……これは失礼しました」
「いや、構わないさ。妖怪の山なら、先進技術でそんな事はないんだろうがな」
「まぁ……そうですね」


はぁ―――。
腕を組み、深い溜息を吐くと慧音は言葉を選ぶように宙を見据えた。


「昨年の猛暑の所為で備蓄の食料も万全とは言えないが、まだ何とかなる。問題は燃料と水だな」
「雪を水に戻すにも暖を取るにも燃料が必要になりますからね……」
「ああ。妹紅にも今最大限働いて貰っているが、正直焼け石に水さ。どれほどで春になるか分からないが……そろそろ厳しいというのが人里の実情だ」
「なるほど……それなら山から多少の供給は可能かもしれません。上には報告しておきます」
「ああ、そうしてもらえるとありがたい……だが―――」


ふと。
寺子屋の教師は遠い目で雪の反射で白く輝いている障子を見詰めた。


「それも根本的な解決には至らない。一日も早く異変が解決されないことには、な」
「ええ、そうですね」


未だに訪れぬ春に思いを馳せながら、恐らく障子の向こう側にある、降り積もった雪を見ているのだろう。

だが、疲れ切った中でも強い光を携えたその瞳を見れば、文は安心したように一つ頷いた。

ただ不毛なまでに毎日のように繰り返される雪下ろし。
既に人里の多くの人が精神的にも肉体的にも追い詰められている。
恐らく、慧音が人里にいなければ、とうの昔に力尽きていただろう。

どこもギリギリだ―――それでも、人里はまだ持つだろう。


「なら、せめてもの手を差し伸べるとしますか……」
「ん?」
「ああ、独り言です」


不審げに見詰めてくる慧音に苦笑を浮かべると、内ポケットから短冊のような薄い紙を取り出しテーブルへと広げた。

縦20センチ、横5センチ程度、中央部に薄く鴉の模様が描かれている、妖怪の山で簡易的な報告の為に使用されている物だ。
それほど多くを書き込める訳ではないが、緊急報告用としては非常に重宝されている。

人里への燃料の供給―――

直属の上司である大天狗の意向のみで決定されるものではないが、恐らく聞き入れられるだろう。
台所事情に直撃するとはいえ妖怪の山では余裕がまだある。

で、あるならば。
管理者達に売れる恩義は売っておく、という考えに至るのは難しくない。

さて、書くか―――とボールペンを片手に文字を書こうとした瞬間―――


ブンッ―――


「は?」
「ん?」


虫の羽音のような僅かな音。
部屋に響いたその場違いな音に、思わず文と慧音はその音の発生源を求めて部屋中に視線を彷徨わせると―――


「……」
「……」


思わず、二人とも目を丸くした。
襖障子の丁度ど真ん中。
頑丈な和紙と竹林が描かれた襖絵を割って、紫色の亜空間が顔を覗かせていたのだ。
二人ともそれを初めて見る、という訳ではないのだが


「……紫さん、一体何がしたいんでしょうか」
「……さぁ……?」


いきなり人家をスキマジャックなど聞いたことがない。
一体何が始まるのか、とそのスキマを見詰めていると―――


「―――ぅわあああああああぁっ?!!」
「ぅえ?!」
「な、何だ?!」


絶叫と共にゴロゴロゴロッ!と何かが凄い勢いで雪崩れ込んできたと思ったら、ガンッ!と丁度二人が向き合っていた机の足にぶつかって盛大に机を揺らして、謎の物体は動きを止めた。


「……あ」


丁度文字を書こうとしていたのが運の尽き。
ふと、文が手元を見ると机に直撃した何かの振動で、報告書には横線が一本走っている。

これはもう使い物にならないな……。

とりあえず今度裏紙にでも使おうか、と考えつつ慧音へと視線を遣ると、視線が合った寺子屋の教師は困ったように肩を竦めてみせた。
どうやら同じように何が何だか分からないようだ。


「ぅ……うぅ……」
「はぁ……さてはて。最近逃げ回ってくれている紫さんは一体何を放り込んできたんですかね?」


このまま静観していても進展はなさそうだ。
小さく愚痴を呟きながら、恐る恐る、と小さな唸り声を上げるその何かを見ようとテーブルから身を乗り出すと―――


「……え?」


思わず、目が点になった。
子供が、畳の上で大の字になって目を回して伸びている。


「ん、こいつは……さっき連絡があった大工の息子だな」
「え……?ってことは……」


改めて見ると、周囲には枯れ枝が散乱している。
先ほどチルノと一悶着を起こした男の息子を雪山で発見したからここに送り込んだ、ということか―――?

ふむ、と小さく言葉にしながら、慧音は大の字に伸びている少年へと近寄り、その肩を手で掴むとゆさゆさと揺すった。


「おい、大丈夫か?しっかりしろ、何があったんだ?」
「うぅ……あ、れ?慧音先生……?ここ……どこ……?」


気分の悪そうな呻き声を上げる少年だが、揺すられた感覚にぐるぐると回っていた目に焦点が戻ると、慧音を見上げて間の抜けた声を上げる。
どうにも現状を把握できていない様子に、落ち着けるようにトントンと軽く叩くと慧音が静かに喋り出した。


「ここは私の家だよ?先ほどスキマから出てきたようだが……紫色の服を着た見た目妙齢の女性に会ったのかい?」
「え……あ、は、はい。多分その人?だと思う……」


よいしょ、と小さく声を出しながら体を起こすのを慧音が背中に手を添えて手伝った。
しっかりと手を床に着いているにも関わらず、上半身はふらふらと安定感無くふら付いており、顔色も蒼白だ。

顔色が悪いのは寒かったからなのかそれともスキマという本来なら見る事のない亜空間を通ってしまった所為なのか―――比重としては後者が重そうだ。


「それで、何があったんだ?いきなりスキマに放り込まれた、という訳ではないだろう?」


慧音が厳しい顔をしながら尋ねる。
確かに、いきなりスキマに放り込むなど、妖精でもやらなさそうな悪意に満ちた悪戯だ。
あの大妖がそんなことをするとは思えない。

すると、うん、と少年が頷き、言葉を選びながら喋りだした。


「えっと……助けてもらったんだ」
「助けて……?」
「うん。俺、家の薪が足りないから、それを取りに行こうと山に入ったんだけど……」
「ああ、それは聞いているよ。後でキッチリ説教だな」
「うぇ……もう勘弁してよ、先生……」
「まぁ、とりあえずそれはいい。それで?」
「いきなり、地面がグラグラ揺れたと思ったら、雪崩が目の前に来て……」
「雪崩……ですか」


まさか早速それに巻き込まれそうになった命があるとは……。
眉を顰めていると、でも、と少年が顔を上げて続けた。


「いきなり目の前に壁が出来たんだ」
「壁?」
「うん。それで、何が何だか分からなくてそれを見てたら、いきなり妖精が来て、守ってやった、って言われた」
「……妖精が」


思わず慧音へ視線をやると、同じことを思ったのか驚きの色を隠さずにジッと見つめ返された。
それは、おそらく―――


「ひょっとして、その妖精は青いワンピースを着て、背中に氷の羽を持ってましたか?」
「え、うん。そうだよ」
「チルノか……」


やはり―――。

文は自分の考えが正しかった事を確信した。
あの時の考える素振りは、やはりこの少年を探しに行こうとしていたのか、と。


「それで、その後妖怪に変な穴に落とされて……」
「気付いたらここ、という訳か……。しかしまぁ、本当に運が良かったな、お前は。下手をすれば死んでいたし、お父さんやお母さんに悲しい思いをさせているところだったんだぞ?」
「……ごめんなさい」
「一つ聞きたいのですが……」


呆れ顔で諌める慧音に対して素直に頭を下げる少年に、一つ気になっている事を尋ねることにした。


「チルノさん―――いえ、貴方を救った妖精が、その後どこにいったか分かりますか?」
「え?ううん、いきなり穴に落とされちゃったから……」
「……そうですか」


致し方なし、か。
恐らく残念そうな表情が伝わったのだろう、少年がどこか申し訳なさそうに身を縮ませた。


「えと、ごめん……」
「あ、いえいえ。こちらこそ突然済みません……何はともあれ、ご無事でなによりでした」
「ああ、まったくだ。命があっただけ奇跡に近い……早く親御さんの所に行って、顔を見せておいで。大分心配をかけているはずだ」
「はい……分かりました」


立てるか?と慧音が手を差し伸べると、素直にそれを掴んで少年はいそいそと立ち上がり散らかした枯れ木を手早く集めようとして、小さく、あ、と叫んだ。
座り込んでいた場所は、靴や服に着いていた雪でビショビショになっており、畳が変色してしまっている。


「ご、ごめんなさい!」
「ん?ああ、まぁ仕方ないさ。元々これは八雲殿の所為でもあるからな……」

「―――慧音」


慌てて靴を脱ごうとワタワタする少年に、構わん、と慧音が首を振っていると突然ガラッ―――と障子が開かれ、疲れた表情を浮かべたもんぺの少女が入ってきた。


「東地区分の水は確保したぞ―――って、ん?」


いつも綺麗に整っている銀髪を多少乱しながら、眠そうに細めた目で部屋の中を見渡すと不思議そうに首を傾げた。


「千客万来だな……何かあったのか?」
「まぁ色々と、な。ご苦労さん、妹紅」


慧音が苦笑を浮かべながら労いの言葉を掛け、ああ、と妹紅が頷くのを待ってから少年の手を取った。


「帰ってきてところで申し訳ないが、私はこれからこの少年を親御さんのところまで送り届けてくる」
「ん?ああ、まぁ……後で何があったか教えてくれ」
「それは射命丸にでも聞いておいてくれ。じゃあ私はちょっと出てくるよ」


さぁ、行こう―――そう声をかけると少年は素直に頷き、丁度入り口にいた妹紅は二人が通りやすいように場所を譲った。

パタン―――

二人の気配と共に静かに障子が閉じられると、文は部屋の入り口でどうしたものか、とぼんやりしている妹紅を見遣った。


「えーと……お帰りなさい、でしょうか?」
「ん?ああ、そうだな」


その言葉に可笑しそうに苦笑を浮かべつつ、ポリポリと頬を掻きながら濡れていない畳の部分に腰を下ろすと、それで?と妹紅は肩を竦めて見せた。


「チルノと一緒じゃないんだな」
「皆さんそれを言いますね……」
「そりゃあ、もうセットみたいなもんだろ、お前らは」


可笑しそうに笑う妹紅に、まぁ確かに、と苦笑を浮かべた。


「まぁ、なんといいますか。今チルノさんはお友達のお見舞いに行ってる筈ですが……先ほどの少年はチルノさん関連でひと悶着ありましてね」
「ひと悶着?」


ええ、と文は頷いて見せた。
ここの家主が再び戻ってくる前に勝手にお暇するのも失礼だし、説明役を先ほど仰せつかってしまったのだ。


「実は―――」


神社には後で行けばいいや、と思いつつ、新しい報告書を取り出しながら、何があったのか事の顛末を一から説明することにした。










―― ・ ―― ・ ―― ・ ――











「寒いだろ、馬鹿か霊夢」
「ならそこへ態々来るあんたは大馬鹿ね、魔理沙」
「霧雨魔理沙、どうでもいいのでそのミニ八卦炉で暖を!早く……ッ!!」


はぁ―――。
呆れ顔で、魔理沙は溜息を吐き出せばゴソゴソと服の中を探り、ミニ八卦炉を取り出せば微かに魔術を込めて炬燵のテーブルの上へと投げやりにポイっと放り出した。
カタン、という音を立ててテーブルの中央に着地すると、ボゥ―――と軽い音と立てると僅かな明かりが灯る。

途端に、完全に冷えきっていた部屋の空気が追いやられ暖気が頬を撫でるのが分かれば、炬燵を囲んでいた霊夢、四季映姫はホッ―――と漸く一息吐いた。


博麗神社でも燃料やら何やらは不足しているために掘り炬燵にくべる炭など無く、とにかく厚着をして寒さを凌いでいる―――という状況だった。
いつもの巫女服に半纏を纏い、漸く手に入れた部屋を暖める方法に霊夢は満足そうに笑顔を浮かべ、映姫は捨てられた子犬が拾われる瞬間のようにウルウルと瞳を滲ませている。

そんな何とも悲惨な状態の二人を見下ろしつつ、魔理沙はこの空間にいるもう一人へと、チラリ、と視線を寄越す。


「つか、こいつは良くこんな寒い部屋で寝られるな……」


テーブルに頬をくっ付け、ぐーすかと眠る赤い髪の死神、小野塚小町。
完全に冷えきった部屋の空気もなんのその、幸せそうな寝顔を浮かべるその姿は寧ろあっぱれとしか言いようがない。


―――きっとこいつの脳内は睡眠欲が9割を超えているんだろうなー


部屋にいる三者の視線が集中しても一切起きる気配の無い死神への興味を失えば、そろそろっ、と魔理沙も空いている炬燵の一角へと近付き、相棒でもある箒と靴を部屋の隅に置いた―――


「って、ちょっと。何普通に箒と靴を部屋の中に持ち込んでるのよ、あんたは」
「ん?ああ、これか?まぁいいじゃないか、減るもんじゃないんだし」
「そういう問題じゃないでしょ、一体何考えてんのよ」
「いやいや、外に置いとくと冷え切っちまって履くのも跨るのも苦痛なんでな?」


部屋の中に持ち込まれたそれらに霊夢は不機嫌を隠さぬまま顔を顰めたが、そんなことより、と二人に魔理沙が尋ねる。


「紫はどうしたんだ?」
「原因調査の為に動いてるわ」
「……え、一人でか?」


まさか寒いのが嫌で遂に任務を放棄したか、と思わず映姫を見遣る。
だが、未だ小さくカタカタと体を震わせている映姫は、むっ、と顔を顰めた。


「勝手に勘違いしないでください、霧雨魔理沙。私も午前中、あちらこちらを調査していて、つい先ほど戻ってきたばかりなのです」
「へー……そうかい」
「ええ、そうです。まったく……貴方には分からないでしょう!寒い中飛び回り、とりあえず情報の整理の為にと戻ってきた部屋がこれほどまでに冷たかった時の絶望感がっ!」
「いや、今まさに私はそれを味わったんだがな……」


寒風を全身に受けて博麗神社まで飛び、冷えた体を暖めようと部屋に入った瞬間、外気と変わらぬ程度の温度と震えながらさほども暖かくない炬燵に寄り添う三つの影を見たときの絶望感は中々凄かった。


「まぁ、それよりも。何かめぼしい情報はあったのか?」
「無くは無いですが、無きに等しいですね」
「なんだそりゃ?結局無いって事でいいのか?」



かじかむ手を炬燵の中で擦り合わせ、何気なく尋ねれば要領を得ない答えが返ってくる。
魔理沙がジト目で尋ねると、ええ、と映姫は素直に頷いた。


「解決に至る有力な情報は未だ皆無です。妖怪の山等の他の勢力に情報提供の協力を求めましたが、正直当てにはできないでしょう」
「あいつ等が態々情報くれるなんて無いわよ。それに元から有限の世界なんだから、同じところを人を変えて何度見たって何も変わりはしないわ」


やってられない、とばかりに呟く霊夢の言葉に映姫は僅かに眉を顰める。


「とはいえ、現状では他にやりようがありません。とにかく、どこも神経を尖らせています。下手に刺激をしない方が賢明です」
「何言ってんだか……妖怪の山なんて、自分達で解決したがってるんでしょ?守矢も人里の信仰を目当てにしてそろそろ動こうとしてるとか聞いたし、こっちが刺激しなくたって時間が経てば勝手に暴れ出すわ。ほっときゃいいのよ」
「確かにそいつらに気を配るくらいなら、さっさと異変を解決しちまったほうが良さそうだな。紫も映姫も、他の誰かが解決するってのは避けたいんだろ?」


突き放すような霊夢の言葉に同調しつつ、魔理沙はぼんやりと天井を見上げた。

異変の長期化が濃厚になった段階で様々な陣営が各々の理由で動き出すことは目に見えていた。
元来、異変の解決は博麗を中心とした管理者達の手で行われるのが望ましい―――それは偏に、異変を解決したという名分を各陣営が得る事で幻想郷のパワーバランスが崩れる可能性があるからだ。

一例を上げるならば、博麗に解決不能であった異変を守矢が解決したとなれば人里の関心は守矢へと移る。
それは、信仰の増大に繋がり結果的に守矢の神々の神徳が上がってしまう。

幻想郷は、明確な集権はなく、いわば烏合の衆の集まりである。
それでも、多くの場合において各陣営が勝手に争いを巻き起こさないのは、一つにそれぞれの陣営の力が拮抗しており、またそれらと比較して幻想郷の管理者でもある博麗や八雲が頭一つも二つも抜きんでている為である。

もし博麗と並び立つ程の力を得れば、混沌としながらも安定していた幻想郷の平和機構が崩れる可能性がある―――当初、紫が異変の長期化に際して最も危険視していたのはそれだった。

とはいえ、それはあくまで紫の憂慮であり、魔理沙には関わり無きこと。

雨漏りの跡か、僅かに黒い染みが出来た木目を見詰めつつ、あー……と小さく呻けば思わず愚痴を零した。


「さっさと終わらせて、あの二人をからかって遊びてぇなー……」










―― ・ ―― ・ ―― ・ ――











カツン―――


スキマによるショートカットで、紫はそこに降り立った。
靴が硬い音を響かせると、それは周囲の壁へと反響し、何処か遠くの方で更に鳴っている。

周囲は一段と強い冷気に包まれており、一つ息を吐き出せば真っ白なそれはすぐに凍りつくほどだった。
基本的に寒さの苦手な紫は嫌そうに顔を顰めたが、直ぐにそれを消せばスッ―――と右手を持ち上げ集中する。



ボゥ―――


掌に凝縮させた弾幕の塊を生み出すと、巨大な竪穴から注ぎ込む光の輪以外の場所を支配する漆黒の闇を淡い光が切り裂いた。
少しでも見やすいようにと手を天に翳し、周囲を見渡せば、ふと目を細める。

探すでも無く、目的の物は変わらずに鎮座していた。


「直接ここに降り立って見るのは初めてね……」


ポツリ、と呟いた声が先程の足音と同じように壁を反響し、二重三重になって響き渡った。

紫は、以前もこの場所に何かが身を潜めているのではないのかと勘ぐり、スキマ越しに何か生物の気配があるかどうか調査をしたことはあった。
だが、何かしらの生物の気配は無く、また元からここに居た主がこれほどの大規模な異変を起こせるはずが無いとして、早々に調査対象から外していた。


カツカツ―――


数歩。
地面に広がった氷に足を取られぬよう、しっかりと踏みしめながら近づき、仰ぎ見る。
そこには、秋と比較するのも躊躇うほどに成長した氷の塊が聳え立っていた。


大樹の枝葉の如く、あちらこちらへと伸びた氷の筋が氷穴内の殆どを覆い尽くし、まるで全てを飲み込まんとしている。
時と場が整えば、神へと成れる程に成長したかもしれない、その母体。

冬場であるならば、夏と比較して大きく成長して当然だろうと考えていたけれども―――


「―――確かめさせてもらうわよ」


トン―――

氷柱のように真横に突き出た氷柱にそっと左手を添える。
瞬間的に掌の水分が氷結し鋭い痛みが走ったが、紫は表情一つ変える事無く力を込め―――


「ごめんなさいね……」


パキンッ―――!

間も無く、抵抗少なく折れ掌に収まった氷柱は、一見すれば、ただ透明度の高い氷の塊。

だが、その温度は通常の氷とは比べ物にならぬほど冷たい。
手元に収めた、強烈な冷気が湧き出てくる折れ口を、紫は何かを探るように、ただ静かにジッと見詰めた。










―― ・ ―― ・ ―― ・ ――











「あ……れ……?」


森の中を歩いて大妖精の自宅を目指していたチルノは、突然歩を止めると空を見上げた。
ぼんやり、と青い空を見上げながら不思議そうに首を傾げる。


「あたい……何してたんだっけ……?」


顎に手を当て首を傾げると小さく、んー……と唸るような声を出す。


「えっと……朝起きたら文と会って、一緒に妖怪の山の奥に調査しに行って……」


それから―――


「…………忘れちゃった」


何で文と別れたんだろう?
何で今、ここを歩いているんだろう?

とめどなく溢れ出す疑問にチルノは暫く立ち止まっていたが


「ま、いっか」


きっと忘れる程度の物だったのだ、と結論付ければフンフンと鼻歌を歌いながら来た道を戻り始める。


「あれ?でも、文は今何処にいるんだろ……?」


きっと仕事中なのだろう、と思いつつも何処か納得がいかずに、また歩みを止めた。

前は物事を忘れる事が多々あったが、文と恋人関係になってから、少なくとも恋人との事を忘れた事はなかった。


「……」


喉に魚の骨がつかえたような違和感に眉を顰める。

チルノにとって文といる時間の全てが特別だった。
だからこそ、それを忘れるという事は有り得ないし、あってはならない。

一緒に夏祭りを回った事も、告白した事も、愛してると言われてキスをくれた事も全て細部に至るまで覚えているし、昨日の別れ際にかけてくれた言葉だってちゃんと記憶している。
なのに、何故、そんな文との事を思い出せないのか―――と。


「……忘れ……た?」


ぼんやり、とチルノは再び空を仰ぎ見た。
あの、青い空を切るように飛ぶ、漆黒の姿を求めて。

しかし、いくら待てどもその姿が現れる事は無い。

チルノは、自分がそんなに頭の良い方でない事は自覚していたが、ただ忘れたとはどうしても思えなかった。

何かあったんだろうか?

心に沸き起こる不安を解消しようと、会えぬ時の恋人の代わりとも言うべき大切な宝物を求めてポケットを弄り、真鍮製の簪を抜き出すとそれをジッと見詰めた。


「文……」


しかし、当然だが紫蘭の簪は何も語らない。
買い与えられたその時同様、ただただ枯れぬ花が咲いているだけだった。


「……約束だし、とりあえず家に戻ろう」


記憶の闇に恐れるように、ぶるり、と体を震わせると、異変が顕著になって以降の恋人との約束を履行する為に来た道を足早に戻り始めた。










―― ・ ―― ・ ―― ・ ――











「―――あ゛?」


最近、文は大分耐性を付けてきたからやるなら意表を付く一手じゃなきゃ意味がない。

神社の天井を見詰めながら、相変わらず文とチルノをからかう事に関して全力を出して考えていた魔理沙は思わず声を上げた。
丁度炬燵の真上に一本の黒い線が入ったかと思えば、ズズズ―――と音を立ててそれが開き、紫色の亜空間が出現したのだ。
そんな非常識な物を展開出来るのは少なくとも魔理沙が知る限りこの世に一人だけであったが、何でまたそんな炬燵の真上などという場違いな所にスキマを展開したのか?

ただ単に寝ぼけのか、それとも寄る年には大妖八雲紫といえど勝てなかったのか―――


「やっぱりボケが始まったか、紫……」


長く生きてるもんなー……。
そんな同情を込めた思いを素直に吐露すれば、それに応えるかのようにスキマからズルリ、とテーブルの上へ長さ20センチ程の何かが迫り出して―――

ガンッ!


「うおッ?!」
「何ですか?!」
「はいぃ?!」


三者三様。
突如として静寂を突き破った何かに対し、映姫、霊夢とほぼ同時に声を上げれば、それをしばし見詰める。

鈍い音と共に落下して現在テーブルの上に転がっている物を一言で言えば―――氷柱であった。
落下によるダメージはほぼ皆無なのか皹一つ入らず、透明度は恐ろしい程に高いために水晶だと力説されれば思わず信じてしまいそうなほどである。

突然そんな氷柱を部屋の中へと放り込んでくる意図は全く不明だったが、一体何なのかと疑問に思いつつ恐る恐るとそれを持ち上げようと手で触れると―――


「って、痛ぇぇぇ?!!」


掴んだ瞬間、指先に走る鋭い痛み。
慌てて指を離すと、皮膚はまるで長く湯に浸かったような、若干いけない方向へと変色しかかっている。

―――瞬間的に凍傷したのだ

そうだと分かれば、テーブル中央に安置しておいたミニ八卦炉を魔理沙は慌てて掴んだ。
未だ暖かな空気を排出している八卦炉がじんわりと手全体を温め、徐々にではあるが、薄らいだ感覚が指先に戻ってくるのを感じた。


「~~~っ!何なんだよ、これ?!」


憎々しげにテーブルに転がった氷を、痛みで若干涙を浮かべながら睨みつける。

触ったのは一瞬だというのに一体どういう事か。
それは氷というには生易しく、例えるならば液体窒素のような超低温のものに等しかった。

突然悲鳴を上げ悪態をつく様子に、霊夢、映姫共にポカンと目を丸めていたが、ミニ八卦炉という携帯型ストーブが氷柱の傍から消失した弊害は二人にもすぐに襲ってきた。


「って、さ、さささ寒いッ?!」
「え、この氷なの?!一体なんなのよ、これ?!」


まるでドライアイスのように冷えた空気がモクモクと白い煙となってテーブルを伝い、二人を直撃した。

映姫は肩をガタガタと震わせ、霊夢もまた悲鳴を上げて逃げるように立ち上がる。
そして慌ただしくなり始めた部屋の中でも未だに大人しくグゥグゥと眠り続けている小町。


「一体、なんなんだよ……」
「ッ、ええいッ!」


そんなカオスな状況を一人ミニ八卦炉を握り締めたまま遠目に見詰めながらポツリと呟くと、暖かさを取り上げられ痺れを切らした映姫は手に持っていた悔悟棒を一気に振り上げ―――


「 断 罪 ッ ! ! 」


気合一閃。
ブゥン!!と風切り音を響かせながら氷目掛けてそれは振り下ろされ


キシャァァァァン―――!!


と、まるでガラスを叩き割ったかのような高い音が響き渡り氷が幾千もの破片へと粉砕されると同時に、それが振りまいていた冷気も同時に消失した。


「…………」
「…………」
「…………」
「zzz」


はぁはぁ、と肩で息をする映姫に若干引きながら、一体なんなんだ?と呆然と立ち尽くしていた霊夢へと目配せしてみると訳が分からない、と肩を竦められた。
再び部屋には静寂が訪れ、真意が分からぬままに何とも言えぬ空気が満ちる中、小町の寝息は無駄に響いている。


「あら、早速破壊したのね」
「って、うわ?!」
「……ちょっと紫、今のはどういうことよ……」


突如として耳元から聞こえた声と共にヌイッと紫の顔がすぐ真横に出てくれば魔理沙は飛び上がらんばかりに驚いた。
どうやら、すぐ背後にスキマを展開して身を乗り出していたらしく、淵の部分に肘を掛け、どこか面白くなさそうにしている。

何処となく不満げのその様子に首を捻りつつ、突然氷を投げ込んできたその意図を考えようと三秒ほど努力はしてみたが、全く意味が分からない。
霊夢の呆れたような言葉も、まったくだった。

しかし、彼岸の裁判長は悔悟棒を握り締めたたままプルプルと体を震わせるとギンッ!と諸悪の根源であるスキマ妖怪を睨みつけた。


「紫……今のは私が寒いのが苦手ということを知っていての狼藉ですか……?」
「あら四季様、申し訳ありません。私も寒いのは苦手でして思わず私の苦しみも味わって頂こうかと思いまして」


ほほほ、とスキマから上半身を出したまま扇子で口元を隠しつつ紫は上品な笑みを浮かべる。
その明らかに挑発的な言葉に、おいおい、と魔理沙は冷や汗が背筋を伝った気がした。
案の定、更に機嫌を悪化させた映姫は頬をひくつかせている。


「ッ、貴方という人は……一度きっちりしっかり説教をせねばならぬようですね……ッ!」
「あら、素敵なデートのお誘い方ですこと……ですがそのようなやり方では、意中の人は振り向きもしないでしょうね?」
「誰がそんな話を今してますかッ!!」


ガンッ―――!!

テーブルに悔悟棒を強く振りおろされ響く打撃音に、思わず霊夢へと視線をやると、壊したら弁償しなさいよ、とでも言いたげなジト目の家主がいる。
とりあえず迷惑そうだが止める気は更々無い様子に、はぁ……と溜息を一つ吐き、既に火花をバチバチと迸らせながら睨み合う二人をチラリと盗み見る。

私が止めろってか―――


「あー…………おい紫!今のなんだ?一瞬で凍傷になるかと思ったぞ?」
「あら、わざわざ説明が必要かしら、魔理沙?」
「いきなり氷を部屋に放り込んで一体何を察しろってんだよ……」


無茶言うな、と眉を顰めて見詰めると、それまでの巫山戯た雰囲気を封じ、スッ―――と紫は目を細めた。


「今のが異変の原因よ」
「―――は?」
「ちょっと、氷が原因ってどういう事よ……」
「………」


異変の原因?
一体どういう事かと首を傾げる。
どうやら霊夢も同じ思いであったらしく、紫を問い詰めている。

だが、まさか……と映姫が目を見張り、その察した様子に、ええ、と紫は一つ頷き、ポツリと呟いた。


「今回の異変は今の氷が溜め込んだ冷気をばら蒔いている所為よ。そして、その氷はチルノの母体の一部」
「……え?」
「原因は、チルノ―――いえ、彼女を具現化している自然そのものよ」


沈黙に支配された部屋に重々しい紫の言葉が響いた。

信じられない、と霊夢は目を見張り
そんなことが、と映姫は難しい顔で俯き

そして


「ははは、なんだそりゃ」


笑いを浮かべ、魔理沙はスキマから飛び出ている紫へと詰め寄りながら、有り得ぬと首を振った。


「おいおい紫、冗談はやめてくれ。チルノが異変の原因?あの力も頭も弱いチルノが?いくらその母体?とはいえ、こんな大規模な異変を妖精に起こせる訳ないだろ?」


何を言っているんだ、と肩を竦めてみせる。

魔理沙は何度かチルノとの弾幕勝負を行なった事があったが、一度たりとて負けた事はなかった。
だから、そんな相手がこれほどの異変を起こせる訳がない。


「―――霧雨魔理沙。今の話が本当であるなら、異変を起こしたのはあの氷精自身ではありません。彼女の母体である“自然”なのです」
「だからって……」


静かに諭すような声に、僅かに眉を顰めた。


「洪水を考えてごらんなさい。川の水かさが増え堤防を越せば際限なく水が流れ込むように、自然とはいとも簡単に暴走するものなのです」
「いや、それはそうかもしれないけどさ……」


そんな事が起こりうるのか?
口元を手で抑えたまま淡々と告げる映姫を疑念に満ちた視線で見詰める。


「……ねぇ、魔理沙?」


だが、紫に静かに名を呼ばれ、ふと振り返ると探るような目付き。
どうにも居心地の悪いその視線に、僅かに身動ぎしながら首を傾げた。


「なんだよ、紫……」
「貴方がチルノと最後に弾幕勝負したのは何時のことかしら?」
「……え?ええと……たしか去年の夏だったな……」
「夏……まさかとは思うけど、霧の湖傍に馬鹿デカイ大穴を開けた時の?あの時の貴方の相手はチルノだったの?」
「あ、ああ……」


はぁ―――
肩を落としながら深い溜息を吐くと、その時に気付くべきだったわ……と紫は小さく呟く。

大分古い話を突然尋ねられる一方で全てを察した様子の大妖の様子。
一体何なんだよ……と、苦虫を潰した表情で魔理沙が見返すと、何処か億劫そうに紫は告げた。


「魔理沙、その時の事を覚えているかしら?」
「え、いや……あの時の記憶はちょっとあやふやで―――」


一度失った記憶は戻らない。
その歴史は既に寺子屋の教師に処理を行なって貰い、既にその日の出来事の殆どが魔理沙は記憶になかった。

うろ覚えの記憶を探られれば戸惑い眉を顰めたが、パチン、と音を立てて扇子を閉じて紫は告げる。


「あの時、貴方は地面にあれだけの大穴を開ける程の全力を出さなくてはチルノに勝てなかった、という事よ。力も頭も弱いはずのチルノに、ね」
「―――いや、でも!実りは少ないのは確かだが、あいつだって私に勝つために色々と努力してきてだな……ッ!」
「妖精の力は本人の努力でどうにかなるものではなく、母体となる自然現象の大きさに由来するものなのよ。戦い方の工夫は出来たとしても、例えチルノがどれほどの努力を重ねたところで力自体が急激に増加することは有り得ないわ」


粛々と。
全てを否定するが如く、一切視線を逸らす事なく、宣告がなされた。


「妖精―――なのだからね」


その一言に、開いた口が塞がらなかった。
淡々と告げられた言葉に、ハンマーで殴られたかのような衝撃を受け、呆然と考える。

怒りに我を忘れ理性を取り零し、幸か不幸か全力で相対したあの夏。
最早戦いの細部とまでになれば記憶の片隅にしか無かったが、確かにあの時のチルノからの反撃は凄まじかったのだ。
夏にも関わらず大量の氷が周辺に蓄積するほどに。

そんな茫然自失の魔理沙に反し、納得いかぬ、と声をあげたのは霊夢だった。


「紫。異変の原因がチルノの母体の氷だとして、どうしてその氷は暴走を引き起こしたの?」
「厳密には暴走を引き起こした理由は不明よ、霊夢。ただ半年ほど前―――恐らく魔理沙がチルノと戦う数日程前だと思うけれど、氷が異常に発達していた形跡があったわ」
「氷が異常に発達……?」
「何者かが意図してかせずか、大量の冷気を氷穴かその付近に流し込み、それをチルノの母体が取り込んだ―――もしくは、その冷気にチルノの母体が取り込まれた可能性が高いわ」
「取り込まれたって……百歩譲って氷が冷気を吸収するとしても、真夏に冷気を地下に流し込む?一体誰がそんな事をするのよ、バカバカしい」
「さぁ―――でも、去年の夏は猛暑よ。大方、暑いのが我慢できずに何かしらの手段を講じてみたものの失敗して地下に冷気を流し込んだ、とかじゃないかしらね」
「そんな馬鹿な事がある?」


あまりに骨董無形な推測に思わず霊夢は眉を顰めたが、一切取り合わぬ、と紫はフルフルと首を振った。


「どちらにせよ何らかの影響によって暴走したチルノの母体が今現在も強烈な冷気を伴っているのは事実だわ」
「そしてその氷に伴う冷気が幻想郷の地下を網羅する氷穴を介して未だにゆっくりと冷やし続けている、という訳ですか」


ふむ、と口に手を当てたまま考え込んでいた映姫が呟けば、ええ、と紫が頷く。


「そういう事ですわ、四季様。前回、幽々子が起こした異変の印象が強く、また今までの異変も背後には強大な力を持った妖怪なり神なりが居た。誰も“自然が暴走した”なんて考えもしませんでしたし、その具現した存在である妖精は取るに足らない存在、としてでしか認識されていなかった。暴走も急激に進行しなかった為に長らく原因不明が続くことになってしまった……今思えば、霧の湖周辺の紅葉が早まっていたのも、あの大穴が開けられた事で冷気が地上に漏れ出した為、だったのでしょう。そして―――」


紫が、チラリと魔理沙を盗み見るような視線を寄越した。


「異変を解決する為には、先程の通り。映姫様の能力で冷気を氷もろとも破壊するか、私の能力で遥か遠くへと移送させるか、となります」
「なるほど。確かに、本来携えるはずがないほどの冷気は黒ですね。癪ではありましたが、先ほどの事でそれは実証できました」


映姫が忌々しげに呟けば、微かに水滴が残った炬燵机へと顔を向ける。
魔理沙もそれに倣うように視線を移すと、先ほどそこに落下したはずの氷柱は微かな水滴のみを残して綺麗に消えていた。

ギュッ―――と握り拳を作り、そこから視線を外さぬまま、ポツリと尋ねた。


「……氷を破壊したら、チルノは―――どうなるんだ?」
「今までと同じく一回休み、ですよ霧雨魔理沙。復活に多少時間はかかるでしょうが、季節が巡り、その氷穴に氷が再び出来れば彼女は甦ります」
「ただし―――」
「紫ッ」


映姫の制止するような鋭い声に、紫が言葉を噤んだ。

厳しい表情で睨み付ける彼岸の裁判長と静かに佇む大妖の二人。

そのただならぬ様子に不審そうな瞳で霊夢は紫を見詰め、魔理沙もまたその言葉の裏側にまだ隠されている“何か”がある事を察した。


「……どうなるんだ、紫?」


静かに、有無を言わさぬ視線で睨み付け問い詰めると、紫は扇子で口元を覆い隠したまま静かに告げた。


「チルノはこれまでの記憶をほぼ全て失うわ」
「は―――?どういうことだよ、それ」
「妖精とはそういうもの、としか言いようがないわね」
「え、ま、待て!じゃあさっき壊した氷は……!」
「どれ程か分からないけれど、私が本体から回収した時点で今日の事は忘れたかもしれないわね。異変の解決には、全ての破壊が必要よ……少なくとも、ここ一年の事は綺麗サッパリ忘れる筈」
「お、おい!それじゃあ―――」


文との事も、忘れるのか―――?

信じられぬ思いでそれを尋ねようとしたが、紫は聞く耳を持たず、話を進める。


「どちらにせよ急がなくてはならないわ……チルノの妖精から逸脱した力を、天狗に見られた可能性があるからね」
「待てよッ。全部忘れて一回休み……死ぬのと変わらないじゃないか!あいつは何も悪くないのに、全てを負わせるのか?!ふざけてるだろッ!!」
「致し方ありませんよ。霧雨魔理沙」
「なんだと……ッ?!」


淡々とした言葉に思わず噛み付かんばかりの勢いで睨み付けたが、映姫はそれに一切動じる事も無く粛々と言葉を続けた。


「多くの者は悪だから罪を負う、という認識をしません。多く場合、罪を背負うものこそが悪なのです。そこに釈明の余地は無い。彼岸ならばいざ知らず、此岸では過ちを起こしていなくとも許されない事とてあるのです」
「だからってな!もし罪を背負う必要があるなら、チルノの母体を暴走させた奴が負うべきだろ?!」
「確かにそれは一理あります。ですが誰にも知られる事無く異変を終えることが出来ず、今回の異変の原因が彼女であると知られれば自然の死へと追い込もうとする者が現れるでしょう。それは守矢かもしれない、妖怪の山かもしれない、もしくは―――」


珍しく、一瞬言葉を選ぶように口を閉ざし


「人里かもしれない」
「な―――」


言い放たれた言葉に、思わず言葉を失った。

だが我に返ると、おいおい!と慌てて映姫に詰め寄る。


「慧音や妹紅達が、そんな選択するって本気で思ってんのか?!」
「人里は異変に対して非常に無力です。洪水であれば堰を作って流れを制御しようとすることと同じ。その者達が必ずその選択をする、とは言いませんが、同じ被害が起きぬようにと彼女の母体を―――そして、彼女自身の存在の拠り所である氷穴の破壊を企てる者は、耐性を持たないが故に現れますよ?」


ぐっ、と魔理沙は唇を噛み締める。

つまり、チルノが今回の大規模な異変の原因だと―――危険な存在だと認識されればそれを排除しようとする者が現れる。
確かに、その可能性は無いとは言い切れなかった。


「彼女は妖精です。何度でも甦ることが許された、特異な存在……だからこそ、多くの者は許さないでしょう。他の命よりも妖精の命を優先させる、ということを」
「だとしても……んな奴がいるなら、私らが守ってやればいいだろ!幻想郷には色々な能力を使える奴等がいるんだ。そいつらを頼ればチルノを巻き込まないで異変を解決する事だって出来るかもしれないじゃないか……!」
「人の善意を元より当てにしていれば痛い目にあいますよ?人はみな、それぞれ別の生き物です。霧雨魔理沙、貴方の善意を当てにするという行為は、尊いようで己と同じ価値観を他人に強要することに他ならない。その考えは、業が深すぎる。あの氷精の為に何かを犠牲にする可能性があるならば、世界の為に彼女を犠牲にするという言葉をどうして否定できますか?」
「ッ……!」


今度こそ、返すべき言葉が見つからなかった。
その様子を見詰めたまま、まるで畳み掛けるように続ける映姫の言葉に容赦など一切ありはしなかった。


「彼女が再び甦る為には、誰にも知られる事があってはなりません。情報をいつまでも隠し通せるものではありませんし、紫の話では妖怪の山に知られた可能性もある……他の解決方法を探っている間に、天狗達に氷穴を破壊されてしまえばどうします。もしそうなれば、異変解決という大義名分がある彼らに分がありますし、下手に彼女を隠し立て、例え記憶を犠牲にせずに済んだとしても、その段階で誰かが犠牲になれば幻想郷の住人は彼女を受け入れませんよ。彼女を思うのであれば、一刻の猶予もありません」
「……氷を破壊する事無く冷気を和らげる事はできないの?妹紅の炎とかでゆっくり冷気を解放するのは?」


沈黙を守っていた霊夢がそう尋ねると、紫はフルフルと首を横に振った。


「今彼女は連日の能力の使役で疲れきっているわ……あの冷気全てを暖める事は不可能だし、どちらにせよチルノの記憶は水と共に流れる。更に言ってしまえば、あの氷穴で火を起してしまえば、氷穴内の環境が著しく変貌する可能性があるわ。それは、下手をすればチルノが自然の死に至ることにもなる。チルノを本気で守るというのであれば、選択肢としてはあり得ないわ」
「妖精だから記憶を母体に依存しているのよね?あんたの境界を弄る能力でチルノと母体を強制的に切り離すことは出来ないの?」
「それはチルノを強制的に妖精から他のものへと昇華させるという事になるわね。結局殆どの記憶は継続されないし、不完全なまま母体から切り離せばチルノ自身がどのような状態になるか分からない。万が一、それで命を落とせば二度と復活も出来なくなってしまうわ」
「……そう」
「……霊夢。どうするのかしら?」


腕を組み、何かを考えるように俯いた霊夢に対し、紫が結論を促す。

最早魔理沙にとってそれが最後の頼みの綱だった。
もし、霊夢が本気でチルノ諸共の異変の解決を拒絶すれば、映姫はともかく紫は動かない。
一縷の望みを、腐れ縁の友人に賭けていた。



―――が




「是非もないわ。異変を解決するだけよ……あいつの為だというなら、尚更ね」
「霊夢……」


迷いなく言い切った友人の事を、半ば茫然と、信じられぬ思いで見詰めた。

何処かやる気なく縁側でお茶を啜っている何時もの表情は鳴りを潜め、覚悟を決めた硬い表情のまま、ただジッと足元を睨み付けるように立っている。


「それは―――チルノを犠牲にするってとっていいんだな?」


霊夢を。
紫を。
映姫を。

一切表情を変えぬ各々へと視線を遣ると、はぁ、と短く息を吐き出してポツリと呟いた。


「チルノの為―――ね」


見方を変えれば、そうなのだろう。
別に霊夢達がチルノが憎くてそのような選択を取ろうとしている訳では無い事は重々承知していた。

他に手は無い―――おそらく、リスクを踏まえた上での損得勘定は、その通りなのだろう。
紫がそう言うのであるのだから。

だが魔理沙は、ハッ―――と鼻で笑い飛ばして三人を睨み付けた。


「詭弁だ。私は納得できない」
「―――そうですか」


スッ―――と映姫は静かに立ち上がると、高さの近づいた視線を逸らすことなく、静かに告げた。


「残念です」


カチャリ―――

言葉と共に、魔理沙は背筋に鋭く硬い、何かを突きつけられた感覚に振り返ると、いつの間に目覚めたのか、上半身を起こした小町が鎌の切っ先を突きつけていた。


「……寝覚めの悪い奴だな」
「悪いね。あたいはこれでも仕事と相思相愛なもんでね」
「そりゃまた冗談が下手なこって……」
「お喋りも良いですが、四対一です。勝つつもりですか?霧雨魔理沙」


引き攣りそうな頬を必死で抑え、淡々と告げる映姫を鋭く見据えながら、冷静に分析してみる。

正面に映姫がおり、背後は小町に取られている。
霊夢も紫も、積極的に攻撃してくるかどうか定かでは無いが、いつでも動ける位置にいた。


「―――そうだな。確かにここで四対一じゃ、この魔理沙さんでも骨が折れるぜ」


魔理沙は今まで何度も異変を解決してきた。
その判断力でもって、まさに今自分が袋のネズミである事を確信させられた。


「ならば、諦めなさい。一刻も早く解決しないことには、幻想郷の為にもあの氷精の為にもなりません。妨害出来ぬようスキマに拘束させて頂きますよ」


彼岸の裁判長による静かな宣告と共に、ヴン―――という小さな音を立ててスキマへの入り口が開かれる。
進退窮まった現状に、だがそれでも、魔理沙は右手でミニ八卦炉を弄ばせながら口元に笑みを浮かべた。


「映姫。私がこの世で嫌いな物が三つある。一つが黒歴史で二つが地道、そして三つ目が―――諦めだ」


ゴソリ―――と空いている左手で魔理沙が懐を漁ると、途端に緊張が部屋に走った。
目の前の映姫も、表情を硬くしたまま視線を逸らすことなく、ジッと出方を伺っている。


「ははは!そんなに緊張すんなよ、お前らが圧倒的に有利な立場なんだからさ。ところで―――これなんだと思う?」


高らかに笑い飛ばすと、懐から取り出した掌サイズの黒い筒状の物を見せつけた。
今回の異変に際して河童が作成した新製品。
当然、映姫がその存在を知る由も無く、怪しげにそれを見詰めながら首を横に振った。


「……分かりかねますね」
「ふふふ、そうだろ?実はな―――私も良くわからんのだ」


キンッ―――
バレぬよう、最新の注意を払いつつ魔理沙は安全ピンを片手で外すと、心の中でカウントを開始し始めた。


「だから、さ。悪いが―――試させてもらうぜ?」


ポロッ―――

掌の上から転がすように落とすと同時に、きつく目を閉じる。

しかし、部屋にいた魔理沙以外の誰もが、何事だと、その手を離れて落下する見慣れぬ物体を目で追った。

重力に従ってそれは落下し、畳の上でドンッ―――!と重い音を立てて跳ね―――


「? 一体何を―――」


映姫が不審の言葉を口にした、その瞬間


カッ――――――!!


「ッな?!」
「っく?!」
「うわっ?!」
「何ッ?!」


きつく閉じた瞼ですら突き破るほどの閃光だった。
暗闇に閉ざされた魔理沙の視界ですら一瞬で真っ白にされると、同時に四人の悲鳴が上がる。
背中から冷たい感触が外れたのが分かれば、目を閉じたまま部屋の隅に置いておいた箒と靴を、前のめりに転ぶようにして掴んだ。

硬い節の感触―――使い慣れた、正に相棒と呼べるその箒をしっかりと握れば、縁側へ通じる障子を目がけて立ち上がり様に駆けだす。

まさか寒いから―――なんて理由で室内に箒と靴を持ち込んだ事が此処で功を奏すとは思っていなかったが、それよりも問題なのが―――


「くっそ、河童の奴等!明らか欠陥商品だろ、これ?!」


忌々しげに叫びながら、薄目を開けると白く焼かれた視界。
未だにホワイトアウトし、薄暗い斑紋が所々視界を覆っている事に舌打ちし、そういえば―――と後ろを振り返ると


「―――お?」


目を覆ったまま蹲り、微かに呻く四人の姿を捉えニヤリ、と笑みを浮かべた。

どうやら最低限上手くはいったようだ―――


「悪いな、霊夢!弁償はしないぜっ!!」


払いざまに障子を開け放ち、縁側の重い引き戸をダンッ!!と勢いに任せて蹴破ると、冬の冷たい空気が頬を撫でた。
一面の銀世界を視界に収めつつ、煩雑に靴を廊下に投げ出せば両足にひっかけ、流れるような動作で箒に跨ると―――


「あばよっ!」


タンッ――――

床を蹴りあげて、まっすぐ空へと飛翔する。
冬の冷たい空気が頬を突き刺すなか、段々と戻ってきた視力を感じながら内心愚痴を零した。

(いくらなんでも一対四じゃ勝てっこない―――)

言い分は、嫌になるくらい映姫に分があった。
それでも引けない思いがある。

何か明確な、全てを上手く解決する手段がある訳ではない。
それでも―――

(早く、文に―――!)

もう一人の当事者に伝えなくては、と。
その思いだけで、魔理沙は全力で人里を目指して飛んだ。










「―――っ」


小さく呻き、顔を覆っていた手を退けると、しぱしぱと霊夢は瞼を瞬かせた。
未だに視界は回復しきっておらず、視界の端以外はボンヤリとした世界が広がっている。

手探りで炬燵机を探り当てると、ずるずると移動して体を預けた。


「皆、大丈夫?」
「ええ、なんとか……」
「ひぃー……一体なんだったんだい、今のは」
「恐らく河童の発明品ってところかしらね……」


ゆっくりと戻ってきた視界が、同じく目を細めて膝をついている映姫たちを捉え、ホッと一息吐いた。
どうやら一時的に視力を奪われただけで、失明に至るといった事はないようだった。

段々とハッキリとしてきた視界が破壊された引き戸を捉えれば、忌々しげに舌打ちした。


「……魔理沙のやつ」
「―――追いますか?四季様」


いち早く回復した小町は鎌を持ったまま立ち上がると、寒風吹き付ける縁側に近寄り、白黒の魔法使いの姿を追おうと空を見上げると、紫がフルフルと首を振り


「魔理沙も手練れよ。今から追っても逃げ切られてしまう……放っておきましょう」


代わりに淡々と答えたその言葉に、彼岸の裁判長は不服そうに眉を顰めた。


「しかし―――これで誰にも知られぬうちに事を終えるのは不可能になりましたね。恐らく霧雨魔理沙は射命丸文の元へと向かったのでしょう……少々軽率だったのではないですか、紫」
「映姫。あんた、文を見くびりすぎてない?あいつは馬鹿じゃないわ。もし仮に誰にも知られる前に原因を除去できたとしても、異変の解決とチルノの消滅になんらかの因果関係を見出すわよ」
「ええ―――そうね、霊夢。そうなれば、異変解決後でも彼女が私たちに攻勢に出てもおかしくは無いわ……どちらにせよ、いずれ相対さなくてはならない相手よ。それに目的はチルノの母体。何処にも移すことも出来なければ、破壊は容易いわ」
「確かに、紫の言う通りではありますが―――」


ふむ、と映姫は難しい表情を浮かべると、顎に手を当てた。


「……で、あるならば、です。氷精―――彼女を説得する他ありませんね」
「はぁ?説得、って……」


信じられない、と霊夢が目を見張ると詰め寄った。


「映姫、あんた正気?チルノに、世界の為に死にます、って言わせるとでも言うの?」
「無益な犠牲は避けるべきです。あの氷精を失いたくない、と思う面々も本人が決断したならば何も言えなくなるでしょう」
「それこそふざけてる……」
「どうかしましたか、霊夢」
「なんでもないわっ」


苛立ちを露わに映姫から視線を逸らすと、馬鹿げてる、と内心悪態をついた。

ただでさえ全てを失う相手に一体何を望んでいるのか―――と。

しかし、その心境を知ってか知らずか、沈黙を守っていた紫が急かすように告げた。


「とりあえず、今は時間が惜しいわ……私は妖怪の山に釘を刺してくる。皆は、先に霧の湖へ。直ぐに追いつきますわ」
「妖怪の山……天魔が取引に応じるとも思えませんが?勝算はあるのですか、紫?」
「さぁ……ですが、保守派の台頭も幻想郷のパワーバランスの喪失も指を咥えて見ている程、天魔は無能ではない。それだけはハッキリしていますわ」


紫と映姫、二人のやり取りを聞きながら唇を噛み締めていた霊夢は、ポツリと尋ねた。


「……紫。一つだけ確認させて」
「何かしら?」
「チルノを、自然の死には追いやらない。それが、最低条件で構わないのね?」
「ええ―――約束するわ」


恐らく尋ねたかった真意が伝わったのだろう、真剣な表情で紫が頷くのを確認すると、そう……と小さく呟き立ち上がると小町が立つ縁側へ向かってゆっくりと歩きだす。


「霊夢?」
「お札を補充してくるわ。魔理沙と本気でやりあうんだから、ね」


紫の声に振り返ることなく、自らに言い聞かせるように答えると、そのまま部屋を後にする。

ギシッギシッ―――と音を立てて板張りの廊下が鳴り、その気配が次第に遠くなるのを待って、紫は素早く映姫へと目配せした。


「四季様」
「なんですか、紫」
「射命丸文を―――殺せますか?」


声を潜めて告げられた言葉に、映姫は不審そうに眼を細め、小町もギョッと目を見張った。


「無用な殺生はお断りです。その質問の意図がどのようなものかによりますね」
「意図も何も、四季様と同じ目的ですわ。長引かせる事は論外だし、チルノを好いている者達から後々攻撃されれば他の誰かをも巻き込む可能性だってあります。犠牲を、最も少なくさせる方法ですわ」
「―――なるほど」


真剣みを帯びた紫の表情から言葉の意味を察した映姫は一瞬嫌そうに眉を潜めたが、まぁいいでしょう、と頷いた。


「黒は何を染めても黒のままですが、命を無駄にする事もないでしょう。貴方のくだらぬ策に乗るのは癪ですが、最善をつくすと約束しましょう」
「では、その体でよろしくお願いしま―――」
「但し。まずは説得ありき、です。ギリギリまで私は直接あの氷精の説得しますが、よろしいですね?」
「ええ―――結構ですわ。では、私は天魔の下へ行って参ります」


言うや否や。
紫はスキマに身を潜めると、その亜空間の入り口が素早く閉じられた。

それを見送ると、小町が上司の背中へと不可解そうに声をかけた。


「……映姫様。一体、さっきのはどういう……?」
「いずれ分かる事です。それより、小町も覚悟はいいですね?今回の相手は、少々骨が折れるかもしれませんよ」
「はぁ、魔理沙がですか?」
「魔理沙もですが、後二,三人、あの氷精の味方に付く可能性がある者がいます。その中で最も力があるのが―――射命丸文です」


はて、とその名を聞くと小町は不思議そうに首を傾げた。


「そういえばさっきも魔理沙が射命丸のところに行ったとか何とか……あの天狗、何か因縁でもあるんですか?」
「恋人ですよ」
「え?」
「あの氷精のね」
「……それはまた、何とも……」
「臆しましたか?小町」
「―――いえ?それが仕事なら、あたいはやりますよ。あの妖精も哀れだとは思うし、それを守りたいって思う奴等の心境も分からなくもないですけどね」


コトン―――。
鎌の柄を床に落とし、体重を乗せると躊躇い無く言い放った。


「それでも、今回は事が大事だ。怨まれても結構です。迷う理由は、ありやしません」
「そうですか。なら、良かった」
「ただ―――四季様、一つ聞いていいですかい?」
「何ですか?」


ぽりぽり、と頬を掻きながら、いやその……と小町は言いよどみ


「どっちにしろ、あの妖精は記憶を全部失くして一旦消えるんですよね?」
「ええ、そうです」
「なら―――何も知らさずに往かせてやるのも、優しさ、なんじゃないんですか?」
「確かに、その決断をした、という事すら本人は忘れるでしょう。ですが、それでは残された者に問題が生じます。犠牲を最低限に留める為には、あの氷精に決断をして貰わねばなりません」
「そういうもんですか」
「ええ、そういうものです」


静かに目を伏せ頷くと、彼岸の裁判長は己の右腕を見上げ、抑揚なく告げる。


「何時でも出れますね、小町?霊夢の準備が整い次第、行きますよ」
「了解です……でも、四季様?妖精を説得―――なんて上手くいきますかね?」
「どうでしょうね。犠牲者は少ないに越したことはないけれど、その時は一人が四人程になるだけよ」


ふと、映姫は蹴破られた引き戸の奥に広がる銀世界を見詰めると、ポツリと呟いた。


「どんなに哀れであっても、それを理由に多くの者が死んで良い理由にはならないわ」










―― ・ ―― ・ ―― ・ ――











慧音の自宅の玄関口。
文は指を口に当て一気に息を吐き出すと、ピーッ、という高い音が響く。

途端、どこかに控えていたのか、バサバサッ!と黒い翼を羽ばたかせて大きな鴉がゆっくりと肩へと舞い降りた。

妖怪の山との連絡係を務める子飼いの鴉である。
素直に現れた黒い鳥の頭を指の腹で軽く撫でると小さくカーッ、と鳴いた。

どうやら今日も元気なようだ。

文が手慣れた手つきで鴉の足に細く丸めた簡易報告書を括りつけると、全てを理解しているのか、バサバサッ!とすぐさま鴉は再び天高く舞い上がり、妖怪の山を目指してその姿を小さくしていった。


「……便利なものだな」
「慣れれば案外簡単ですよ?」


すぐ後ろで感嘆の声を上げる慧音に、苦笑を浮かべながら振り返った。


「いやはやすっかり長居してしまって……お邪魔しました」
「ああ、いや。異変が解決しない事には落ち着いてもてなしも出来ないが、いつでも来てくれ」


人の良い笑顔を浮かべる寺子屋の教師に、ええ、と頷き返す。
そして―――


「妹紅さんも大変だとは思いますが、お気をつけて」
「……ああ……」


この場にいるもう一人へと声を掛けると、何処か上の空の返事。

そう。
先ほど一悶着の事情を説明しきると、チルノが……と、小さく呟きながら、何か思いつめたように黙りこくってしまったのだ。
何事か気になることがあったのだろうが、それを問い詰める前に慧音が帰宅したため、その話は流れてしまったのだが―――


「なぁ、文。チルノの事なんだが……」
「はい?なんですか、妹紅さん」


伏せていた顔を上げ、妹紅が何事か心に決めたような厳しい表情で見詰めてきた。
その表情に押されながらも尋ね返すと、いや……と一瞬言いよどみ


「あいつ、前にも同じような事があったんだ」
「え―――?」
「……どういう事だ、妹紅」


慧音も不可思議そうに首を傾げると、妹紅は腕を組み、言い辛そうに続けた。


「数日前にも人里で人から邪険に扱われたんだよ、あいつ」
「え、待って下さい。その話、私聞いてませんよ……?」
「多分そうだろ……心配かけたくないって、あいつから口止めされてたからな。その時は本当にただ妖精だから何か悪戯しに来たと思われたみたいでな……たまたま通りかかって仲裁したんだ」
「……まさか」


思わず言葉を失った。

それで、人里へと訪れる事を一瞬躊躇っていたのか―――?
嫌な思いをし、また妖精として人里へと赴く事で私に迷惑を掛ける事を嫌って―――

だが、そこまで考えて、はた―――と、何かがひっかかった。
それは、人里でチルノを見送った時に感じたのと同じ、微かな違和感。

そう、違和感だ。
チルノは確かに成長している。
恋人として喜ばしいほどに。
けれど―――

(妖精として考えると思慮が足りすぎている)

元々妖精はその記憶を母体に依存するが為に多くの事を記憶することが出来ず、それ故に過ちから学ぶ事が出来ずに多くの個体は幼い思考のままだ。
その幼稚さから、軽んじられ、その死んでも蘇るという性質やらも相まってストレス解消に使われたりもする。
例外は、チルノを筆頭としたごく一部の妖精だけだ―――が、果たしてチルノは今までもあれほどの思慮を有していたのか?
恋人として、隣にいることで良い方向に作用していると考えられない事も無いが、それにしても―――


「まぁ、妖精の地位が低いのは今さらだしな……けど、あいつ、その時も少し情緒不安定になりかけてたからな……数ヶ月前にお前の為に力の制御を覚えようとしたり、最近は何故かしら繊細な部分ある。もしまだ気にしているようなら、何かフォローしてやってくれ」
「―――ええ、勿論です……ありがとうございます、妹紅さん」
「いや、大したことじゃない」
「しかしまぁ……呉服屋の御仁ではないが、大分皆の心を蝕んでいるな、この寒さは。妹紅が通りかからなかった如何なっていた事やら……」


はぁ―――と深い溜息と共に気難しい表情でぼやく慧音の言葉を聞き流しながら、そうだ、と思った。

よくよく考えればあの制御とておかしい。
当事者で、己の為を思ってやってくれた事は素直に嬉しく、それだけ頑張ってくれたんだ、と都合良く考えていたが―――

一日で制御を会得した?それを、記憶した?

それは、妖精にとって可能なことなのか―――?


「……」
「……おい、どうかしたのか?」


声を掛けられ、ハッとした。
どうやら考えすぎてボンヤリとしていたようで、妹紅が不審そうな瞳で見ている。


「いえ……済みません、ちょっと思うところがあって……」


嫌な予感がする―――。

心に湧き上がったそれに戸惑いつつも、己の勘に逆らうことなく漆黒の翼を広げた。


「では、私はそろそろ行きます」
「ああ、また何かあったら教えてくれ。妹紅はともかく、私は基本的に人里を離れないからな」
「チルノによろしくな」


二人に挨拶を交わしつつ、空を見据えた。
本当はこの後博麗神社へ行く予定だったが、先に霧の湖によってチルノの様子を見よう―――そう決意し、飛び立とうとしたところで


「―――文ッ!!」
「え?」


突然、叫び程の勢いで名を呼ばれた事に驚き、飛び立とうとした姿勢のまま固まる。
その声は、ここ最近では聞きなれたモノで―――


「魔理沙さん……?」
「―――ッ!」


声の出処を求めて空を見上げると、屋根程の高さで魔理沙が箒の柄を握りしめて丁度急停止したところだった。

普段の飄々とした彼女らしくもなく、髪は風で乱れ、呼吸も荒く肩で息をしている。
そんな、らしくない様子に、軽く首を傾げた。


「どうしました、確か博麗神社に行くって……」
「―――ッチルノがヤバイ!」
「え―――」


しかし、息を整える間もなく叫ばれた言葉に言葉を失った。

何故?何が?
様々な疑問の言葉が脳内を駆け巡ったが―――


「とにかく着いてこい、移動しながら話す!」


そう言うと、魔理沙は途端に体の向きを変えて再び箒を疾駆させ始めてしまい、慌てて地面を蹴って空へと舞いあがり、白黒の魔法使いの背中を追いながら叫んだ。


「ちょ、ちょっと!何処に行くんですかっ?!」
「霧の湖、あいつの母体がある場所だっ!!」
「ぇ―――」
「お、おい待て!私も―――!!」


背後から妹紅の叫びが聞こえてきたが、最早それどころではなかった。
ただ、母体、という単語に言いようもないほどの怖気が背中を走り、サァ―――と血の気が引くのを感じながら、ただ無心のままに置いてかれまいと翼を強く羽ばたかせた。










―― ・ ―― ・ ―― ・ ――











妖怪の山、本殿。
今回の異変に対する対策室が置かれた一室には、数日前から多くの天狗達が出入りを繰り返していたが、その波も今は落ち着き、20畳ほどの一室には今現在、天魔のみ座していた。
本来ここは妖怪の山の幹部が詰めるべき場所なのだが、つい先程、守旧派のメンバーが何か真新しい情報を掴んだらしく慌ただしく動き始め、その内容を知るために革新派のメンバーも続々と部屋を後にした結果、だだっ広い部屋に天魔が一人、ポツンと取り残されていた。


「……どいつもこいつも、詰まらぬ妄執に憑りつかれおって」


ポツリ、と。
天魔は面白くなさそうな呟きがガランとした部屋に響いた。

守旧派は、かつて幻想郷随一の力を誇った強き妖怪の山を夢見て、その復興を掲げた。
革新派は、そんな守旧派の台頭によって身を落とされる事を恐れていた。

守旧派の甘言は正に蜜よりも甘いが、時代は鬼を山より追い出した時とは変わった。
全てを受け入れる幻想郷は今なお多くの勢力受け入れ続けている。
妖怪の山がその頂点に君臨するには絶望的な程に力が足りず、あくまで、それを支える一角以上の何物にもなれはしなかった。

妖怪の山を守るため。
守矢の神々を受け入れ、守旧派と対立をしてでも天魔が天狗達へと見せようとしたのが、その過去とは違う新しい幻想郷であったが―――それを正しく理解している者は、同派閥内でも少ないという事が今回の異変で露呈した。

時代が変わっても本質は変わらない。特に、それは追い詰められた時にこそ本性を現す。
大きな変化を好まず、面子を重んじ、プライドが高い。
手柄は近くの他人よりも遠くの敵が得るほうが遥かに心には喜ばしい、というその天狗の本質は派閥の名を変えたところで変えようもなかった。

それが、面白くない最大の理由だった。

しかも、痺れを切らし始めた守矢も、異変解決を信仰の確保と考えたのか、解決に乗り出そうとする動きが報告されている。
もし、それでまた力を付ければ、間欠泉センターのような面倒事を抱え込む羽目になり兼ねない。

やれやれ―――と背凭れに背中を預けると、ぼそり、と天魔は険のある声を上げた。


「異変が長引けば民意が先鋭化する事とて予想できたであろうに。八雲よ、貴様何をグズグズしておるのじゃ」
「あら、居るのがバレていましたか」


ヴン―――と、静かに音が鳴ると、天魔の直ぐ左横にスキマが生じ、その淵に両肘を着いた紫が上半身を覗かせた。
例によって扇で口元を隠し、余裕ともとれる微笑を浮かべている。

そんなマジックのような一連の挙動に、ふむ、と天魔は一つ頷く。


「相変わらず面妖よのぅ」
「あらあら、ご挨拶ですこと。こんな美人を捕まえて面妖とは」
「よくいうわい。見てくれがどれだけ好くても心が違えば一銭の価値とてありはせんて」
「……喧嘩売られてるんですか?」


ひくり、と頬を引きつらせる紫に、そんなことよりも、と続ける。


「異変の解決、いつまで遅らせる気じゃ?眠りこけ過ぎて頭だけでなく眼も腐ったのかのぅ?」
「ほほほ、言いたい様に言ってくださいますね、くそじじい。天魔様こそ、寒さに負けてずっと引き籠っておいででしょうに、おやつまで常備とは羨ましい限りですわ」
「む?ああ、このことか」


テーブルの上に転がっていた幾つかの笹団子の一つを手に取ると、ほれ、と放り投げると、片手でそれを捉えた紫が物珍しそうにその笹団子を見詰めた。


「欲しければくれてやるわい」
「あらあら、甘いもの好きの天魔様にしては太っ腹―――」
「毒入りじゃがのう」
「……何て物を寄越してくれてるんですか、くそじじい」


頬を引くつかせながらも何とか笑顔を崩さないままに暴言を口にした紫に、いやなに、と天魔は肩を竦めると面倒くさそうに呟いた。


「致死ではないが、守旧派が異変解決の主導権を握りたいが為に盛ったんじゃよ。精々手足がしびれるくらいじゃろうがのぅ」
「随分性急な行動に出ましたわね……それでは色々と問題になるのでは?」
「その通り。実際に毒を盛った、としては体裁が悪いからのぅ……態々解毒作用のある笹を巻いておるのよ、阿呆どもは、な」
「ああ、なるほど……両方一緒に食べるものだ、と主張すれば確かに毒を盛ったとはなりませんわね。正直子供だましよりも酷い言い訳ですが……天狗の社会もいよいよキナ臭くなりましたわね……」
「じゃからのぅ、それはお主らが異変を未だ解決出来ておらんからじゃろうが」
「まったく、水掛け論ですわね……本日お伺いしたのは、その件についてですわ」
「ほう?」


一つ頷く紫に、天魔は目を見張った。


「当ては見つかったのか?」
「ええ、その通りですわ」
「して、原因は?」
「お伝えできません」
「なに―――?」


肘掛けに手を乗せ、僅かに紫へと身を乗り出せば天魔は顔を顰める。


「八雲よ―――お主こそ喧嘩を売っておるのか?これほどまでの異変の原因、分かっておきながら知らせぬとはどういう了見じゃ」
「貴方様にお伝えすることで一つの命が無駄に散る可能性がありますゆえ、内々にて処理したいと考えております」
「内々に―――のぅ……」


ふむ、と小さく呟くと、どこか面白そうに天魔は顔を歪めた。


「分かっておるのか?八雲。今回の異変、解決が遅れに遅れた故、各陣営のお主らへの信頼が落ち込んでいる事をのぅ?」
「ええ―――皆々、もう少し余裕を持って頂きたいものですわね」
「過度な期待は他人から嫌われるだけじゃて。ましてや、異変の原因を伏せる等……もし事の真相が他に漏れれば元より不足気味のお主の信頼は地に落ちる。必死に作り上げたパワーバランスも崩壊しかねんぞ?」
「あら、それは困りましたわね……ならば、私は天魔様が悪戯に争いを誘発しないという良心を願うしかありませんわ」
「言うに事欠いて良心とくるか……確かにその通りではあるが、こちらがそちらの要望を飲む以上は、そちらもこちらの要望を飲んでもらうしかないのう」
「強欲な殿方は嫌われますわよ?」
「お主に嫌われたところで困る事などありはせんよ。お主、確か守矢の神々ともそれなりの親交はあったな?」
「ええ、最低限のものですが、ね」
「かつての異変で風祝が動いた実績もあるのぅ。我の要求は、奴を今回の異変の解決に関わらせぬことじゃ」
「早苗を?」


微かに首を傾げる紫に、そうじゃ、と頷いた。


「昨年の夏に僅かながら信仰が薄れ守矢の神々は焦っておるからのう……あまり勢い付かれては、また間欠泉センターのような面倒事を抱え込む羽目になりかねん」
「ああ、そういう事ですか……人里に寺も出来ましたからね。限りある資源(人里の信仰)の確保の為には躍起にもなるでしょう」
「その通りじゃ。根底が違うとはいえ、どちらも本来信仰されることで成り立つ存在。宗教対立が起こらんだけで奇跡に近いが、元より相容れぬ両者よ。しかし、我としては神は神らしく、社に鎮座していて欲しくてのぅ……汲んでいただけるかな?大妖八雲紫よ」
「ええ、その程度でよろしければ―――」


従順に頷く紫に、よろしい、と頷くと探るように目つきで口を開き―――


「それで?」
「それで、とは?」
「お主が態々不利になることのみを伝える道理があるまい?一体我に何を望んでおるのだ?」
「ふふふ……流石は天魔様。妖怪の山も後千年は安泰というものですわね」
「心にも無い世辞など何の足しにはならんのう。はよ申すだけ申してみよ」
「では遠慮なく……」


スッ―――と。
それまでのゆったりとした雰囲気を封じると、途端に真剣みを帯びた表情でジッと天魔を見詰めた。


「30分で片を付けます。その間、天狗達の哨戒を解いて頂きたいのです」
「それはまた豪気なことじゃ……簡単に言ってくれるが、そこまで我が危険を冒す事に意味はあるのかのぅ?」
「そうですわね―――ここ数十分で守旧派に何か動きはありませんでしたか、天魔様?」
「む―――?」
「守旧派の目の効く天狗が尻尾を掴みかけました……このままでは守旧派の台頭を許す事になるかと?」
「……ふむ、なるほど。取引という訳か……。しかし、まぁお主がそこまでして人の目に触れさせたく無い理由とは、一体なんなんじゃろうのう?」
「私はこの幻想郷を愛しておりますゆえ」
「ほぅ?その愛する幻想郷に住まう一つの命とて、愛しておると申すか」
「ええ―――精精足掻きましたが、パーフェクトゲームには力及びそうにありませんので、ね。せめてもの出来る事をするだけですわ」
「ふむ―――」


紫の言葉に、何事か考えるように顎に手を当てた天魔は、しかし興味を失ったように手をひらひらと振ってあしらった。


「まぁ、勝手にせい。貸しとしておこうぞ」
「あら、早苗には伏せる、という事で貸し借りはないのでは?守旧派も抑えられる……ウィンウィンですわよ?」
「あっはっは!馬鹿を申せ、守矢の除外は手付金というものじゃ。こちとら山と守矢を抑えねばならんのだぞ?老骨に鞭を入れる以上はそれ相応の見返りでなくては困る。それに……我の口も封じておきたいのじゃろう?」


ニヤリ、と笑みを浮かべた天魔を見て、やれやれ、と紫は肩を竦めた。


「ふぅ……やはり天魔様と政治の真似事をすれば火傷は必至ですね」
「何を申すか。これでも最低限じゃよ、八雲。お主だからこそこれだけの事で我も目を瞑るというものじゃ」
「それがご厚意であることを信じておきましょう……では、よろしくお願いしますわね」


言うや否や。
スキマの中へと身を翻した紫は―――そうそう、と何事かを思い出せば再び頭だけをスキマから覗かせた。


「もうすぐお抱えの射命丸から御誂え向きの報告が届きますわ……精々時間をしっかりと稼いで下さいね?御老体」
「余計な世話じゃな、スキマババァが」
「ふふふ……聞かなかった事にして差し上げますわ。では―――」


軽やかな笑い声と共に、今度こそ、その身をスキマの中へと潜らせると紫色の亜空間の入り口もスッ―――と消えた。

途端に静けさを取り戻した部屋の中で、その消えた場所を見詰めながら天魔はポツリと呟いた。


「……随分と焦っておるではないか、八雲め……」


静寂が支配する部屋にその声は無駄に響き、僅かに目を細めて宙空を見上げ、さてはて……と困ったように顎に手を当てた。


「……さて、どうしたものかのぅ」
「天魔様、失礼致します!」


威勢の良い声と共に、突如ガチャリ!と音を立てて扉が開けられると、小さな紙を手に持った若い天狗が入室し、スタスタスタ―――と足早に近づいてきた。


「射命丸様からの報告です」
「ふむ……ご苦労じゃったな。これ以外に何か真新しい情報は入ったか?」
「はっ。いえ……守旧派の動きも未だ掴めておりません」
「まぁ、そう簡単に大天狗とて尻尾は見せんか……さて」


若天狗から薄紙を受け取り、ペラペラとしているそれを滑る指先で開くと、途端に片眉を上げた。


「……全ては掌の上か、八雲め」
「? 天魔様?」
「いや、独り言じゃ」
「は、はぁ……」
「……申し訳ないが、もう一仕事頼んで構わんな?」
「はっ、何でしょうか」


姿勢を正した傍らに立つ若い天狗をジロリ、と見上げ静かに告げる。


「両派閥に勅令じゃ。人里への支援物資のリストアップを至急済ませ、いつでも輸送出来るよう人員を整えよ。哨戒に出ている天狗も一度呼び戻せ」
「は?!で、ですがそれでは警戒網に穴が……」
「ここまで尻尾を見せぬ異変の原因じゃ。今さら警戒網を解いたところで何も変わるまいよ……それよりも確実に管理者どもに売れる恩を売っておいた方が賢明じゃ。守旧派に勝手に動かれるのも困るし、のぅ」


まさかの警戒網を解けという指令に、ぽかんと口を開けている様子にククク―――と笑みを殺す。


「後、守矢の動きはどうじゃ?」
「は……未だ静観を保っていますが、やはりそろそろ動き出す可能性があります」
「ふむ……では、神々には申し訳ないが、こちらまでご足労願うとしよう。現状で、我らが手中に収めた情報を開示する、とでも言っておけ」
「情報の開示に従うのですか……?なんとして、こちらに呼ぶ御つもりで?」
「何、人里への支援ともなれば守矢の神々も一口は噛みたいだろうて。落ちた知名を盛り返す先駆けになりうるからのぅ。それに関する会議を開くとでも申しておけ、守旧派の主要メンバーも逃すな?」
「は、では早速―――」
「ああ、後、一つ」


背を向けて部屋を後にしようとした天狗へと更に声を掛けると、今度はなんですか、と言わんばかりに眉を顰め、その様子に天魔は更に笑みを深くした。


「お主は素直で良いが社会には適応出来んかもしれんのぅ」
「え、何がでしょうか……?」
「いやなに、こちらの話よ。それよりも会議を詰めている間に守旧派が裏でコソコソ動かれても敵わん。妖怪の山の内部―――守旧派の天狗達への監視の目を強めよ」
「それは……下手に守旧派を刺激すると内乱へと発展する恐れもありますが……」
「大天狗とて馬鹿ではない。どうかなったところ睨み合って終わりじゃ。笹団子の礼とでも申せば文句も言えんだろうて」


言い終れば、不可解な表情を浮かべる相手に、はよいけ、と言わんばかりに手を振り退室促す。

先ほどから無茶苦茶な注文を立て続けに告げられた若天狗は、どこか腑に落ちないといった表情のまま、促されるままに全ての伝達を終える為に、足早に部屋を後にする。

ガチャリ―――と閉められた扉を見据えたまま、ポツリと呟いた。


「……さて、これで30分稼げるかどうか……」


全ての天狗の目を内側に集中させる―――分の悪い賭けであることには変わりない。

まいったのぅ、と小さく零しながらも可笑しそうな表情を浮かべ静かに腕を組めば、更なる攪乱をどのように行うか、だだっ広い部屋に一人で考えを巡らせた。


「急げよ……あまり時間はないぞ、八雲よ」










―― ・ ―― ・ ―― ・ ――











「氷精チルノ」
「―――え?」


霧の湖の湖畔。
ポッカリと抜け落ちた記憶に、腑に落ちない思いを抱えたままトボトボと自宅へと向かって歩いていたチルノは、突如、降ってきた声に空を仰ぎ見た。


「あ―――」


快晴の突き抜けんばかりの青空に居たのは、四季映姫、小野塚小町、そして博麗霊夢。

この幻想郷における猛者達の中でも頭一つ抜きんでる錚々たるメンバーに思わず目を丸めた。


「閻魔……?」
「はい、四季映姫ヤマザナドゥです」


ゆっくりと降下し、サクッ、という軽い音と共に雪原に降り立つ三人を見ながら、不思議そうに首を傾げる。


「あたい、あんたとあんまり話したい気分じゃないんだけど……」
「それでも、貴方は聞かなくてはなりません」


相変わらず訳の分からない事を言う奴だ、とチルノは不機嫌に眉を顰めながら、何ともなしに映姫に付き従うように沈黙を守る二人へと見遣った。

トレードマークとも言える大鎌を肩に担ぐ小町はいつもと変わらず飄々とした表情を浮かべているが、何処となく硬い。
そして霊夢は、何処か思いつめたような暗い表情を浮かべており、顔色も良いとは言えなかった。


「霊夢……?どうかしたの、顔色、悪いよ……?」
「……気の所為よ、チルノ」


視線を合わせないまま、静かに否定された言葉に、あれ?と首を傾げた。
時には邪険に扱われた事もあるが、まるで腫物をさわるような霊夢の態度は一体何なのか、と。


「―――っと、お待たせ」
「え……?」


微かな羽音と共に空間に走った裂け目から上半身をぬいっ、と出した新たな顔見知りに、知らず声が上がった。


「あ、紫!久しぶりだね!」
「―――ええ、そうね」


一瞬、紫は微かに眉を顰めたが、何時もと変わらぬ微笑を浮かべると静かに頷いて見せる。

その様子を、探るような目つきで眺めていた映姫は不審そうに眉を顰めた。


「随分遅かったですね、紫。一体何処で油を売っていたんですか?」
「いえ、少し……色々と手間取ってしまいましてね」
「また、面倒な仕込みでもしていたんですか?」


険のある声で追及する映姫だが、紫は、ほほほ、と扇子で口元を覆うと何処かへと視線を逸らしてはぐらかす。

そんな険悪なムードの二人を尻目に、声をかけておきながら放っておかれたチルノは、むぅ、と頬を膨らませた。


「っていうか、結局なんなのさ!何でもないなら、あたい帰りたいんだけど」
「ああ、済みません。話が逸れてしまいましたね……貴方にとって重要な事です」
「重要なこと……?何なのさ」


はたして自分に重要な事とは一体なんなのか。

皆目見当つかず、訝しげに首を傾げるチルノを見て、ねぇチルノ?と紫が声をかけるとスッ―――と目を細めた。


「貴方、ここ最近の事で何か思い出せない事とかないかしら?」
「え―――」


バッ―――、と。
突然かけられたその言葉に、慌てて紫へ顔を向けると信じられない思いで見詰めた。


「な、なんで……」
「その答えを、私達は教える事が出来るわ……」
「……」


ジッ、と真剣な表情で佇む相手の表情を、ただ無言で見詰めた。

先ほどまでの事を思い出せない―――それは、何よりも勝る恐怖だった。

だが、心の奥底で何かが囁いていた。
それを聞けば後戻りは不可能だ、と。

更なる恐怖を目の当たりにするだろう―――と。

それでも―――


「大人しく話を聞く気になりましたか?」
「……ぅん」


先ほどまでの胸をつかえたような違和感の正体を―――何よりも、思い出せぬ文との過去を知るために。

映姫の言葉に押されるように、チルノは小さく声に出しながら一つ頷いた。









―― ・ ―― ・ ―― ・ ――











完全凍結した湖上空を全力で駆る二つの黒い影。
お互いに全力のスピードで飛ぶ中で、文は魔理沙から聞かされた話に絶叫した


「ッ本当、なんですか?!チルノさんの母体が今回の異変の原因というのはっ?!」
「出来れば嘘であってほしいけどな!けど、映姫も紫も、霊夢も!そう判断した!」


僅かに先行して飛ぶ魔理沙が、顔だけ振り向かせ叫び返す。
その内容に、文は血の気の引いた顔で高速で流れていく風景を呆然と見つめながら考えていた。

夏にも関わらず、一時的に肌寒かった霧の湖と本来天敵ともいえる暑さを物ともしなかったチルノ。
本来標高が高い妖怪の山以上に早かった湖周辺の森の紅葉と、油断したとはいえ弾幕ごっこにおいて負かされた事実。
そして、妖精としては異様といえる物覚えの良さ。

確かにあったのだ、異変の片鱗が。
日常の中に。


「チルノの母体が暴走して冷気を振り撒いてる!だから、紫達は異変解決の為に母体を破壊するつもりだ!氷が出来れば復活するらしいが、そうなればチルノは……!」
「―――記憶を、失う」
「知ってたのか?!」


こくり、と顔面蒼白のまま頷いた。

天狗の社会に長らく生きてきたからこそ、理解していた。

もし、チルノが異変の原因と周知された時、どのような事が起こるのか―――と。
そして、既に疲弊しきっている幻想郷はそう長く持たず、異変の解決を遅らせる事がどれだけの被害を齎すのか、と。

だが、それでも―――


「そんなの、ふざけてる……ッ!」
「ああ、全くだぜッ!」


怒りを露わに叫んだ。
世界の為に、恋人を犠牲にするなど許せるはずが無い。

何よりも、これまでチルノと積み上げてきた時間。
その、全てを喪失して安穏と生きる事など、出来はしない。


「……ッ!」


ギリッ、と己の不甲斐なさに唇を噛み締めると、仄かに口の中に鉄の味が広がった。

何故今まで気付かなかったのか、気付こうとしなかったのか。

彼女の、異変に。

ここまで追い詰められる前に気付けていれば、世界か彼女かという二者択一以外の選択肢もあった筈だ。


「くそ……ッ!!」


悔しさを露わに罵声が口から出れば、ギュッ!ときつく拳を握った。

一秒でも、早く―――

その想いに駆られ、強く羽ばたこう―――とした瞬間。


「ッあ、れは?!」


文の眼が湖岸の上空でキラリ、と無数の何かが光ったのを捉えた。


「おい、文!今何か光らなかったか?!」


帽子を手で押さえた魔理沙もまた、その何かに気付き叫ぶ。

怒声を聞きながら、はた、と文は規模は違えど、それに見覚えがあることを思い出した。

そう、あれは、あの秋に―――


「チルノさんッ?!」
「あ、おい?!文ッ!!」


ヴン―――

それが何であるかを悟れば、大きく羽ばたき一気に加速する。
背後からかけられた魔理沙の叫びと微かな音すらも置いていき、ただ一直線に湖畔を目指して千切れんばかりに翼を強く空気の層に叩きつけた。









―― ・ ―― ・ ―― ・ ――











「…………え?」


映姫と対峙したチルノは目を丸め、今告げられた言葉をゆっくりと反芻した。

もしかしたら自分には分からない何か意味があるのかもしれない―――そう思い、何度も何度も同じ言葉を頭の中で繰り返してみたが、分からなかった。
そして、何よりも信じられなかった。

何度考えても同じ意味しか成さない映姫の言葉に、呆然としたままチルノは自然と言葉を発していた。


「嘘……だ」
「嘘ではありません。今回の異変、解決するには貴方が全ての記憶を失う必要があります」
「だって……全部って……」
「―――そうです。あの天狗との事も全て忘れることになります」


躊躇いなく映姫は頷いた。
無慈悲に告げられたその言葉に、だって……と小さく呟き、フルフルと弱く首を横に振る。


「あたいは、何もしてない……」
「それでも、です」
「何もしてない……あたいは何もしてないったらしてない!!」


激昂し、叩きつけるように叫ぶチルノから目を逸らすこと無く、ザッ―――と一歩近寄りながら、映姫は言い聞かせるように続ける。


「貴方が何もしていない事は分かっています。それでも異変を解決するには、他に手はありません」


泣きそうな表情で、どうする事も出来ずに佇む痛ましいまでのチルノから霊夢は自然と視線を逸らした。


「そんな事を言われて納得する奴がいるわけないじゃない……」


ポツリ、と非難を込めて呟いた言葉にチラリと小町が視線を寄越したのが分かったが、敢えてそれを無視して視線を彷徨わせると、ふと、紫がジッと口元を覆った扇子を見詰めているのに気が付いた。


「……ん?」


ただ、何をするでもなく、そこにある何かをただひたすら真剣な表情で見詰めている。
常に余裕のある態度を崩さない、紫にしては非常に珍しい事だった。


「このままでは多くの命が危険にさらされてしまいます。納得しきれるものではないと思いますが、それでも貴方は決断しなければなりません―――」


紫の様子を注視し続けていた霊夢は、上の空で映姫の言葉を右から左へと聞き流していた。

だが―――



「―――妖精、だからか」



いつもと違う、暗く重い声にハッ!と視線を戻した。
チルノが、項垂れるように視線を地面に落としたまま、きつく握りこんだ拳を戦慄かせて呟いたのだ。

あえてそれを言葉にするならば正に憎悪と呼ぶ以外に他なく、妖精らしい、いつもの天真爛漫な姿とは遠くかけ離れた姿だった。


「え?」


映姫もまた、その突然の変貌に一瞬言葉を失い、呆然、と目の前の妖精を見詰める。
だが、チルノは伏せていた顔を上げ、ギンッ、と彼岸の裁判長を睨み付けると感情に任せたままに叫んだ。


「あたいが妖精だから……何度死んだって蘇るからって、お前らも馬鹿にするのか……ッ!!」
「チルノ、あんた何言って……」


らしくもない言葉に、呆然と目の前の妖精を見詰める。

一体何がチルノにそんな言葉を吐かせたのか、皆目見当がつかなかった。
ただ、息が追い付かずに、ひぅ、ねじれた吐息を飲み込みながらただ叫ぶに任せて放たれ言葉に頭を殴られたような衝撃を覚えただけだった。

映姫もまた一瞬呆気にとられていたが、すぐに、いいえ!と強くそれを否定するように首を横に振った。


「それは違います!例え今回の異変の原因が妖精―――貴方でなかったとしても、同じです!」

「うるさいうるさいうるさいッ!!妖精だから、妖精のくせに!!どうせお前らだってそう思っている癖に!!」


グッ―――と拳に力を込めると、チルノが纏う冷気が瞬く間に強大なものとなり―――


「あたいはこんな異変知らない!!あたいから文を―――」


刹那―――
音が消えた。


「ッ! 皆、跳んでッ!!」


いち早く異変を察知し叫ぶと同時に空に舞い、他の三人もそれに習って地を蹴ると―――


「大好きな文を取ろうとするなッ!!!」


ギンッ―――!!

チルノの叫び。
それと共に、映姫の足があった場所から鋭利な氷が幾重も重なり、彼岸の裁判長を狙って天を突き刺さんと突如伸びた。


「なるほどね……確かにこれは、妖精の力じゃない……」


天へと向けて伸びる氷の槍を一瞥し、空に舞いながら霊夢が小さく呟く。
その妖精という種族から逸脱した力を見て、誰もが目を顰めた。


「話を聞きなさいッ!貴方が決意しなければ、一体どうなるのか分かっているのですか?!」


負けじと、映姫もまた大声を上げる。
だが、その空から掛けられた声にギリッ、とチルノは睨みつけ、その両手を映姫へと突き出す。


「黙れっ!だまれだまれだまれっ!!文の事を忘れるなんて、そんなの―――ッ」


あらん限りの力をその両手に込めると、パキパキ―――という空がひび割れるような音が響き渡る。
周囲を覆う空のスカイブルーにキラキラと光る無数の氷が生み出されるが、太陽の光を乱反射させるそれはダイヤモンドダストと称するにはあまりにも巨大だった。

怒りに任せ、ただ己の能力の全てを解放しようとしているチルノの周囲からは強力な冷気がまき散らされ、温度差から光の屈折が起き、空から眺める霊夢の眼にはボンヤリとした青いシルエットだけが見えている。


「あたいは嫌だ―――ッ!?」


絶叫と共に、空を覆った無数の氷が一気に長さにして2メートルを超える程の何本もの氷の槍へと成り―――その切っ先は、すべて一様に映姫達の体を捉えた。


「……これはっ?!」
「マズイですね」


その規模の大きさ。
スペルカードではない、単純な能力としての強大さを目の当たりにし、霊夢は愕然とし、映姫もまた難しそうに眉を顰めた。

それだけの氷の槍を、全くの無抵抗で受けるとすれば負傷は必至。
これ以上の対話の継続は、無傷での異変解決の可能性を実質否定していた。


「だから無理だって言ったじゃない……!」


そもそも、妖精に人の都合の倫理やら何やらを説くこと自体が間違っていたんだ、と苦々しく顔を歪めた。

結局、それはチルノに回避不能な苦悩を与えただけなのだから。
そして、何よりもこれだけの大規模な氷が展開された以上、遅々とした交渉を続ければ人目に付かぬうちに全てを終えるという目的を―――チルノを自然の死に追い込まない、という最大の目的を達成できない―――

(どうすれば……!)

微かな焦りを感じながら、全ての氷を叩き落とそうと懐の御札を手に取った時―――


「死神、殺りなさい」


凛とした声が響いた。


「え―――紫?!」
「待ちなさい、紫!まだ私は諦めませんよ!」


情け容赦ないその声に霊夢が思わず振り向き、映姫もまた不愉快そうに声の主を睨み付けた。

だが、そんなものどこ吹く風、といわんばかりに涼しい表情をした紫は起伏に乏しい声で告げる。


「時間がありませんわ。ここからは私のやりたい様にやらさせて頂きます……それに、あれだけの氷。妖怪の山の目を潰しても、誰かに見られるかもしれませんわね?」
「ッ、ま、た!貴方という人はなんと白々と……!」
「え、と……四季様。どうしますか?」


怒りに肩を震わせる映姫へと小町は困惑気味に尋ね、眼下の妖精と上司とを交互に見ながら、ギュッ、と鎌を握りしめる。
それは、何時でも紫の求めた行動に移せる状態を意味していた。


「四季様。どちらにせよ、中途半端では意味が無い―――承知して頂けますね?」
「―――致し方ありません。小町、攻撃を許可します!」
「え、ちょっと映姫!?」
「……了解しました」


しばしの逡巡の後、映姫が頷くのを確認すると、途端に小町の姿が空から掻き消え、制止する為に伸ばされた霊夢の手は空を切った。





一方。
チルノもまた、空を覆う大量の氷を見て呆然としていた。


「―――あたいがやったの……?」


本来なら決して発生させる事が出来る筈もないほどの大量の氷。
しかし、それを生み出してもなお、自らの力に余裕がある事を感じていた。

そう、それは本来ならばあり得ない力のはずだ。
妖精であるならば。



―――異変の原因は、貴方です



「―――ッ?!」


映姫の言葉を思い出すと、必死に否定しようとして激しく頭を振る。


「違う……ッ」


そうだ、何も自分はしていない。
異変の原因になど、なるはずがない。

ただ必死に、頭に響くその言葉を拒絶するように声を絞り出した。


―――貴方が、原因


「ッ! 黙れっ! だまれだまれだまれっ!!」


告げられた、つい先ほどまでの記憶を失った経緯。
もし、全ての氷を破壊されれば、文との全てを失う。


「そんなの……ッ」


ギッ!と空に悠々と佇む映姫を睨み付け、己の中のイメージ通りに宙にたゆたう氷の動きを把握すれば、チルノは絶叫した。


「あたいは嫌だ―――ッ!?」


数百の氷の槍―――その溜めた力を開放しようとした、その瞬間だった。

すぐ目の前で紅い影が舞うのを捉えた。


「―――ぇ」


ヴン―――

突然現れたそれに、チルノは何かに導かれるように思わず一歩後ずさったのが功を奏し、一瞬にして頬に鋭い痛みが走ったかと思えば数本の青い髪が宙を舞った。


「ぁ………」


力なく、そのままペタンと雪の上に尻餅を着き、その影を見上げた。
紅の髪を揺らし、大きな鎌を振り抜いた体勢でジッと見据える小町―――それはまさに、死神と称するに十分な姿だった。

途切れた集中力では氷の槍を維持する事は出来ず、その殆どは空中で粉々に砕け散り氷の雨粒となって次々と雪原へと降り落ちてしまった。


一方、その能力によって一瞬で距離を詰めた小町は、必殺の一撃を外した事に微かに舌打ちした。


「動かすなよ……痛みも後悔も無く、あたいは一瞬で終わらせてやりたかったんだ―――」


ポツリ、とそう呟くと、振り抜いた鎌を再び構え直し、雪に腰を下ろしたチルノを静かに見据え、告げた。


「悪いな、妖精。恨んでくれ」
「ぅ、あ……」


頬を流れる一筋の血すらも気付かず、呆然と、チルノは死神の鎌の切っ先を見詰める。


「あんたにゃ、その資格がある」
「……ぃゃ」


知らず震える声でチルノは呟いていた。
小町が、鎌の柄を強く握りしめるのを見詰めながら確信した。

後数秒もすれば、その鎌が己の命を刈り取る。

このままでは、壊される。

大切な恋人の記憶が―――壊される、と。


「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「―――ッ!!!」
「待って、小町ッ!!?」


振り翳された鎌の切っ先が再び動き出すと同時に、チルノは反射的に目を瞑って絶叫した。


「―――ッ!?」
「―――ッ!!」


誰のとも分からぬ怒号が飛び交う中。
チルノの耳が、ヒュン―――という鋭利な刃物が空を切る音を捉えると、キツく唇を噛み締めた。

思い起こすのは、ただ1つだけ。

(文―――!!!)

やがて来るであろう衝撃に耐えるように体を竦め、チルノは最愛の名を心で叫んだ。










「……………?」


が、何秒待とうとも、己を襲うであろう衝撃が来ない。

ひょっとしてもう死んだのだろうか?
もしかしたら、一度死んで目が醒めたのかもしれない―――

そう思い、チルノがキツく閉じた目を恐る恐る開くと、そこには―――


「―――ぇ」


漆黒が飛び込んできた。

一枚一枚、綺麗な羽が生え揃った対の翼が、目の前にあった。
ただ呆然と、その黒から視線を上げていくと、激しく肩を上下させている、誰よりも知っている背中が見える。

そう、それは―――


「ッ大丈夫でしたか?チルノさんッ」
「ぁ、や………?」
「はい、文ですよ?チルノさん……」


振り向いたのは、少し疲れたような笑みを浮かべた文だった。
顔を見、声を聞き、それが最愛の人のそれであると分かれば、


「文ぁ!!」


強ばった顔を解いてチルノは叫び、恋人の体へと飛び込んだ。





「―――っと」


文は反射的に飛びついてきたチルノを抱き留めた。


とりあえず鎌を振りかざしていた小町を吹き飛ばしたまではいいものの、確固たる考えがあった訳ではなかった。

チルノの母体が暴走したのが異変の原因だ―――

異変解決の為にはその母体の完全破壊意外に方法が無いと結論付けられた、と魔理沙に聞かされた時には思わず眩暈がした。

異変を解決しなければ多くの命が危機に瀕し、かといって異変を解決すればチルノが全ての記憶を失う。

世界か恋人の命か―――

双方を救う起死回生の一手があるわけではない。
未だ、片方を選べばもう片方を失う、という状況に変わりは無かった。

だが―――


「文……文、文あやあやあや……ッ!!」
「ええ、文ですから……もう大丈夫です、チルノさん……」


泣きながら抱きつくチルノを抱き返し、あやす様に背中を撫でる。


「ねぇ、あや……ッ!」
「はい……なんですか?チルノさん」
「あたい、が……あたいが異変なの……ッ?!」


見上げ、涙を流しながら尋ねるチルノ。
頬に走った横一文字の斬り傷に気付けば、思わず顔を顰めた。


「閻魔が言ってた……あたいが、死んで、全部忘れなきゃ異変が解決しないって……ッ!」
「……」


振り返り、宙に浮かぶ映姫を無言で見遣った。
彼岸の裁判長は、常と同じくただ悠然とした態度でこちらを見下ろしている。


「ねぇ、文……ッ!あたい……は、文を忘れたくない……ッ!!」


グイッ、と。
掴んだシャツが一際強く握り締められれば、ぼろぼろと涙を零しながらチルノが叫ぶ。

視線を腕の中へと戻すと、安心させるように頭をそっと撫でながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「……大丈夫です、チルノさん」
「……え?」
「私だって一緒……チルノさんに忘れられて欲しくないし、一緒にいたいです」


そう、それは嘘偽り無い想いだった。


「例え……世界の全てが貴方を否定しても、私は貴方を守ります」


ギュッ、と強く青色の頭を抱きしめれば、自らに言い聞かせるように呟いた。


「必ず守ります」


そう。

例え―――死を賭してでも。


「―――さ、チルノさん。危ないですから下がっていてください」
「え……?」


抱きしめていた腕を解けば、呆然とするチルノの頭を一撫でして、ゆっくりと文は映姫と小町へと振り返った。

彼岸の裁判長と渡し守―――相手にとって不足が無いどころではない。おつりがくるほどだ。

(さて、どうやって戦いましょうかね……)

ふぅ、と小さく息を吐き、腰に吊るしていた葉団扇をしっかりと握り締めると厳しい表情で空を見上げた。
元々好戦的ではなく、本気を出したことなど遥か昔の出来事―――正直手練れ二人を相手にどこまでやれるか。


「文……」


ふと、裾をクイッと引かれる感触に振り向けば、不安気な表情のチルノが見上げてきている。


「大丈夫です、私を信じて下さい」
「あ……」


ふ―――と笑みを浮かべると、ポカン、とチルノが赤い目を丸め


「……うん」


こくり、と一つ頷き、握っていた裾を離して数歩、チルノが後ろへと下がる。

その素直な動きに笑みを浮かべたが、すぐさまその表情を引き締めれば地と空、双方に相対する敵を注意深く見据えたまま、バサリ―――と翼を一つ羽ばたかせると空へと飛びあがった。










「―――っぃて……そういうことかい」


プラプラ、と。
小町は文の攻撃で痛めた右手を軽く振りながら、やれやれ、とため息を吐いた。

唐突に凄まじいスピードで突っ込まれたと思ったら力の限り殴られたのだ。
柄で防いだとはいえ、掌が未だにピリピリとして僅かに痙攣している。

そして―――


「結局、間に合っちまったか……」


ゆっくりと空へと昇る鴉天狗の姿を見上げながら、いや違うか……とポリポリと頬を掻くと面倒くさそうに溜息を再度吐いた。

文は、千年も生きた幻想郷でも屈指の実力者だ。
その力は、もしかすれば映姫にすら匹敵するかもしれない。

だとするならば―――


「まぁ、四季様のお手伝い、かね……」


今回の最終的な標的が母体であることからも、チルノを拘束することに然したる意味は無い。
他にする事がないのだから―――と雪をザクザクと踏みしめて歩き始め


「ちょっと、そこの死神」
「―――ん?」


突如として背後から声をかけられた。
何事かと振り返ると、髪を覆う白い帽子に銀世界に目立つ濃い青の服、白いマフラーを棚引かせた妖怪が、ザッザッ―――と雪を掻き分けてゆっくりと近付いてくるところだった。


「えーと……お前さんは?」


見覚えのあるような無いような―――

はて、と小町は困ったように首を傾げ


「レティ・ホワイトロック……まぁ、あの子の保護者、といったところかしらね」


あの子、とチルノを静かに指差したのを確認すれば一瞬目を見張り、なるほど……と小さく頷いた。


「お前さんが、四季様が言ってた二,三人の一人って訳かい……」
「そんな事より……チルノに傷が付いてるわね。貴方がやったのかしら?」
「……だとしたら?」
「あら、わざわざ言わせるのかしら?」


ザッ―――

距離にして十数メートル。
間合いを保ったまま雪原に仁王立ちになると、レティは怒りを露わに睨み付けた。


「捨て置けないわね……」
「いやいや、一応あれには深い訳があるんだが―――」
「関係ないわ」
「……さいですか」


スッパリと言い切られれば、やれやれ、と肩を落とした。

これはひょっとすると天狗よりも面倒な相手かもしれないな―――


「―――ま、そうだとしても……やることは一つだわな」


切り替えるように、ふぅ、と一つ息を吐き出せば鎌を両手に持って構え直し、レティの一挙手一投足を見逃しまいとジッと見据える。


「とりあえず叩き伏せてでも、理由を一から説明させてもらうよ」
「そう……やってみれば?悪いけれど、負けるつもりはないわよ?」
「悪いね……こちらとら怖い怖い上司の目の前なもんでな……退けないのは、お互い様ってやつ―――さッ!!」
「ッ!?」


言い終わるや否や。
小町は能力を発動させ瞬間的に距離を詰めると、息をのみ体を強張らせたレティ目がけ、振りかざした鎌を一気に振り抜いた。


「クッ!!」


反射的にしゃがみ込んだレティの頭上を、ヒュン―――という風切り音を鳴らした鎌が空を切った。


「へー、避けるかい」


間一髪で避けた相手を見遣れば、小町はニヤッと笑みを浮かべた。

苦々しい表情を浮かべ、慌てて間合いを取ろうと後ろに跳んだレティを深追いせず、ただ佇んだままそれを見守る。

ザッ―――と改めて雪原を踏みしめ、再び距離を空けて対峙した相手を、鎌を肩に担いだまま余裕ともとれる笑みを浮かべて見詰めた。


「……今のが貴方の能力、といったところかしら?」
「ああ、そういうこと。まぁ、こんな風に―――」


再び、レティの視界から小町の姿が消え


「―――ね」


すぐ真横―――耳元で聞こえた声と頬に感じる金属の冷たい切っ先を感じた。

一瞬で距離を詰められ、鎌を突きつける―――その事実に、レティは背筋に薄ら寒いものが走った。


全てを悟り、体を強張らせている様子に気付けば、からから、と笑い声を上げる。


「ま、そういう事だ。あたいから間合いをとろうとしても、無駄だよ?」
「……そのようね」


憮然とした表情で、微動だにすることなく視線で睨み付けてくるレティを見て、怖い怖い、と内心苦笑を浮かべた。


「まぁ、あたいとしても一方的に叩き伏せるのは好きじゃないんだ……このままでよければ、少し話をしないかい?」
「話……?先ほどの深い訳、ってやつかしら?」


互いに微動だにしないまま、レティの視線が不可解そうに揺れるのを見れば、ああ、と小町は頷いた。










「間に合った……」


チルノを庇うために立ちはだかり、突き飛ばした小町へと気を配るのを怠らない天狗を見て、霊夢は静かに息を吐き、その自分の行動に気付けば、ハハッ、と自嘲的な笑みを浮かべた。


「これから直接手を下そうってのに、何やってるんだか……」


まいったわね……。

小さく愚痴を零しながら、直接相対せば揺らぐ決意に苦笑を浮かべて髪を掻いていると


「―――霊夢、来たわよ」
「……そう」


誰、と問うまでも無い。


「それがあんたの答えね―――」


紫の言葉に、小さく頷くとゆっくりと振り返り、呟いた。


「―――魔理沙」
「おぅ……来たぜ、霊夢」


丁度背後。
箒の柄をしっかりと握りしめたまま跨り、肩で息をしている腐れ縁の、友人。


「いきなり満身創痍じゃない。そんなんで、勝てるとでも思ってるの?」
「何言ってんだ、ハンデだろ?」
「粋がっちゃって、まぁ……」


呆れたように肩を竦めると、ハハッ、と魔理沙は笑い飛ばし


「やっぱり、やるなら弱いものイジメより強いものイジメ―――だろ?」


ニヤリ、と魔理沙は不敵な笑みを浮かべ、懐からミニ八卦炉を取り出すとギュッ、と右手で握り締める。

そんな臨戦態勢の相手に片眉を上げつつ、倣って懐からお札を取り出し


「これは、異変よ?それに立ちはだかるというなら、例えあんたでも容赦はしないわよ?」
「ほほう、異変解決に支払う代償を全てチルノに負わせるとしてもか?容赦しないのは、望むところだぜ」
「そう……そのために、沢山の命が犠牲になるとしても?」
「悪いな、霊夢。チルノも文も、私の友人だ。二人をくっつけたキューピットとしては、そう簡単には―――引き下がれないぜ?」
「そんな下らない理由で?」


到底理解しきれない理由を口にした相手を、不愉快そうに眉を顰めると糾弾の声を上げた。


「下らないか?」
「―――ええ。さっきも言ったけど、これは異変よ。是非もない、わ」
「なぁ、霊夢。お前、さっきその所為で沢山の命が犠牲になる、って言ったよな?」
「ええ、言ったわね」
「私はな、霊夢。命の重さなんて分からん。ただ、異変の解決の為にチルノが全てを忘れるのが気に食わない。それだけだ」


にやり、と不敵な笑みを深めると魔理沙は迷いなく言い放った。


「下らないっていうなら言いたいだけ言え。悪いが、私は友達を裏切れない」
「そう―――」


時間の無駄―――だ。

フワリ、と御札が宙に舞い、ゆっくりと己を守るように周囲を回り始め


「なら、叩き潰すだけだわ」


同じく、ジロリ、と魔理沙を正面に見据えたまま静かに宣告をした。

それは紛うこと無き、異変に対する博麗の巫女のそれだった。


「手助けは必要かしら?霊夢」
「必要ないわ」


ただ一言で紫の言葉を否定すれば、そう―――と紫は小さく呟き扇を口元で覆い目を細め


「小町も相手が出来たみたいだし……それじゃあ、私はもう一人の相手をする事にするわ」


負けないようにね、と言い残せばヴン―――と音を立ててスキマが閉じられ


「……ふん、余計なお世話ね、紫」


掛けられた言葉を吐き捨てるように呟けば、静かに相対する魔法使いを見据えた。


「おいおい、いいのか?霊夢。折角の二対一で戦えたチャンスだってのに……」
「随分と口が回るじゃない、魔理沙。これが本当の手加減ってもんよ。まぁ、それでも―――」


笑みを浮かべたまま軽口を叩く魔理沙を睨み付け


「勝つのは私だけどね」
「はっはっは、そうなるといいな?霊夢」


余裕、ともとれる笑いを上げると、さて、と小さく魔理沙は呟き


「ちゃっちゃとやろうぜ?文の手伝いしてやらんと、あいつも辛いだろうしな」
「もう勝つつもりでいるの?相変わらず口だけは大きく出るわね」
「最後に勝てばそれでいいのさ。それに―――」


スッ―――
ミニ八卦炉をまっすぐ霊夢へと突きつけ、言い放った。


「言いたい事は分からんでもないが、やっぱり私は納得できない。お前とは同じ道を歩けない―――ぜッ!!」
「―――ッ!」


直後、魔理沙と霊夢は互いの武器を構えたまま同時に動いた。










「レティ……魔理沙……」


身を潜めるように木立の陰に立ち、チルノは空を見上げて新たに戦いへと与した二人の名を呟いた。

どんな思いをもって戦っているのかは分からない。
それでも


「あたいの為……なんだよね……」


ポツリ、と零すとギッと悔しげに唇を噛み締めた。

恐らく、あの四人の中で一番弱い筈の小町―――隙を突かれたとはいえ、その相手に圧倒されたという事は実質的に戦力外という以外の何ものでもなかった。


「あたいは……」


以前と比較すれば天と地程の力を有していても、今それを解放すれば力に振り回されて、三人も巻き込む可能性がある。

結局、ただ大人しく守られているしかないという事が、ただひたすらに悔しかった。


「―――チルノッ!!」
「―――え?」


爪が皮膚を突き破らんばかりにきつく拳を握りしめていると、ふと聞き覚えのある声に振り返り


「妹紅?!」
「大丈夫か、チルノ?!」


大慌てで近寄ってきた赤いモンペの少女を見て、驚きに目を丸めた。
何で……?と声にならない疑問が零れる落ちるなか、全力でここまでやって来た為に息を荒くした妹紅に、ガシッと肩を掴まれ


「おい、一体何があったんだ?!怪我してるぞ、お前!」
「え、あ―――これは……」
「魔理沙も文も人の事を待たないし、一体全体何が―――」
「―――人を待たないのはお前もだろう、妹紅?!」
「ぐぬッ!?」


スパーン!と小気味よい音が妹紅の頭から響くと、まったく、と額に汗を浮かべた慧音が呆れ顔で腰に手を当てていた。


「慧音も……」
「はぁ……何とか追いついた……。チルノ、大丈夫か?手当が必要なら今するが―――」
「ううん―――大丈夫……」


頬の傷を見据え、微かに眉を顰めた慧音に、ふるふる、と弱く首を振った。


「~ッ……!慧音、頼むからもう少し加減ってもんをだな―――って、今はそれは良い!チルノ、結局何があったんだよ」


割と容赦の無い勢いで殴られた事に抗議の声を上げつつも、今はそれどころではないと詰め寄ると、チルノは、ぐっ、と顔を強張らせ


「あ、あたいは―――!」
「―――もしよければ、私が説明しましょうか?」
「ッ!?」


ヴン―――という音と共にスキマが開かれると、サクッ、と雪を踏みしめた紫が身を表し声をかけた。


「紫……?」


突然の登場に妹紅は訝しげに眉を潜めたが、ふと、傍らのチルノが顔面蒼白のままブルリと体を震わせ紫を見詰めている事に気付き


「紫……まさかとは思うが、お前がチルノをやったのか……?」
「だとしたら、どうだというのかしら?」
「言わぬが花―――だろ?」


余裕の笑みを崩さない紫に、皮肉めいた笑みを浮かべる。

だが、扇子で口元を隠した紫は、ふぅん、と何処か面白そうに微かに目を細め


「止めておきなさい、妹紅。貴方は連日の能力の使役で疲れ切っている……正直、戦うのであれば、今の貴方よりもチルノの方がよっぽど強いわ」
「……」


チッ、と微かに舌打ちをした。
確かに、ここ最近能力を使い過ぎた結果、どうにも風邪を引いたような何処かふわふわとした感覚が抜けきらない。
この状態で戦ったとしても、その結果は火を見るよりも明らかだった。

そんな妹紅を見かね、ズイ―――と慧音が一歩前に出る。


「なぁ、八雲殿。先ほど貴方は説明、と言ったな。一体何を説明してくれるというのだ?」
「この異変の原因とその解決方法よ」
「原因が分かったのか?!」


長らく不明だったその原因と聞かされ、食って掛かる慧音に、ええ、と紫は静かに頷き


「ッ」


その言葉に体を硬くしたチルノを見据えると、囁くように声をかけた。


「チルノ……貴方が耳を塞ぎたい気持ちは分かるわ。でも、ちゃんと聞いてちょうだい」
「……あ、たいは……!!」
「私は、貴方に直接危害を加えるつもりはないし、もし、霊夢達が負けたなら―――私も引き下がるわ」
「……ッ!!」


地面を睨み付けたまま、今すぐにでも逃げ出したいという欲求を押さえつけるチルノに、スッ―――と身を屈めて手を伸ばし


「お願いだから、貴方も私の話を聞いてちょうだい、チルノ。これは誰でもない、貴方にとって一番重要な事―――もし、ここで話を聞かなければ、きっといつか貴方は後悔するわ」
「ぁ―――」


ふわり、と。
秋の時と同じく、ゆっくりと妖精の頭を撫でた。
変わらぬ優しい手つきに、一瞬呆けたようにチルノは手の持ち主を見上げ


「……うん」
「ありがとう……チルノ」


力無く、頭を垂れると小さく頷くチルノにホッと一息吐いて、人里の賢者と不老の少女へと向き直った。


「じゃあ、現状までに分かっている事を教えるわね」
「……ああ、頼む」


二人の様子に憮然としない表情のまま妹紅が頷くのを待って、紫は口を開いた


「まず、今回の異変の原因は―――チルノの母体よ」










「……レティさん」
「やはり来ましたか、レティ・ホワイトロック」


眼下の雪原で、小町と戦闘に入った知り合いの妖怪を見て、文はポツリと呟いた。

映姫もまた、彼女の参戦は想定の範囲内であったのだろう。
些かも意外性を感じさせない淡々とした言葉に思わず苦笑を浮かべ、やはり―――と思った。


魔理沙が上手く立ち回ったとしても、あの紫が本気で妨害したとすればそう簡単に逃れるはずが無い。
であるならば、恐らく紫は魔理沙をわざと逃がしたのだ。
チルノの母体を破壊するにあたって障害となる可能性のある人物を一堂に会させ、一網打尽にする為に。

すなわち―――チルノを囮とした、罠。


「想定の範囲内、ですか」
「そうね、不服だけれども。万に一つ、貴方がこうして相対さなくても、彼女だけは障壁になると思っていましたよ」
「おやおや……私は、チルノさんを置いて逃げ出すとでも思われていたのでしょうかね?」


茶化すように軽口を叩くと、途端、射竦めるように目を細め彼岸の裁判長が言葉を発した。


「射命丸文。数ヶ月前に、私が貴方に問い掛けた言葉を覚えていますか?」
「ええ―――」


頷きながら、文は考えた。

忘れるはずもない―――


「“覚悟”を持て―――ですね?」
「ええ、その通りです。では、敢えて聞かさせて頂きますが……それが、貴方の覚悟なのですか?」


映姫の探るような視線に逡巡した。

己の覚悟を―――その、意味を。


「はい。例え世界の敵になってでも―――」


グッ、と葉団扇を握りしめ、彼岸の裁判長を―――眼前の敵をしかと見据え


「あの子は守りますッ!!」


叫びと共に、それを振り抜いた。


「ッ!」


ゴゥ―――!!

と、一瞬で圧縮された空気の塊が衝撃波となって一直線に迫りくるのを見て映姫もまた息をのんだ。
気圧の急激な変化により僅かに歪んだ景色が迫り来るのを見て、慌てて身を躱す。


その一瞬の隙を、見逃す文ではない。

自らが作り出した衝撃波よりも尚早く映姫との距離を詰めると、空気塊を避ける為に不安定な体制になっている彼岸の裁判長の頭を背後から抑え


「済みませんね―――閻魔様ッ!!」


葉団扇を振りかざし、地面へと叩きつけんとして振り抜いた。

元より、持久戦ともなれば元が地蔵とあってか映姫の耐久力は異常な程―――まともに正面から殴り合って勝てる相手ではない。

で、あるならば己の最大の武器―――スピードを活かす以外に活路を見出す事は出来ない。
奇襲によって重い一撃を入れ、その後の戦闘を有利に進める。

だから、その一撃を決定打とさせねばならなかった―――が


ガンッ!!


「ッ?!」


本来であるならば、圧縮させた空気塊によって地面へと叩き落とす筈だった。


「舐められたものです……その程度の浅知恵でこの閻魔に土を着ける事、叶うと思いましたか?」


しかし、それを発生させる為の葉団扇を、右手一本で支える悔悟棒によって防がれていた。

スピードは、確実に圧倒していた。
で、あるならば―――

(読んでいたか……ッ!)

改めて認識させられたその強さに、苦々しく顔を歪めた。


「射命丸文。貴方は先ほど覚悟を持った、と言いましたね?」


戦闘状態に入ったにも関わらず相変わらずの淡々とした口調のまま、映姫が首を捻って見上げてくる。


「ならば―――貴方は、この異変を解決しないままで多くの者を死に至らしめる覚悟もした―――という事で相違ありませんね?」
「ッ、違います!ただ、魔理沙さんの言う通り、まだ解決の手段が全て無いと決まった訳じゃない!私は、あの子に全ての犠牲を強いる事なんて、到底受け入れられないだけです!」
「つまり、貴方も他の勢力に協力を要請すれば、何も失わずに済む手立てがあると思っているのですか?」


ほぅ、と映姫は興味深そうに目を細める。


「それが如何に絵空事であるか、貴方に説くまでもないでしょう。それでもし人が死ねば、何故、何度でも蘇る妖精の為に人が死ぬのか、と誰もが思いますよ?そうなれば、この幻想郷で彼の妖精が暮らせる場所など、何処にもなくなります―――!」
「ッ?!」


振り向きざま、映姫が左手を払うと途端、すぐ間近に鮮やかなオレンジ色の弾幕が展開されたのに気づき、慌てて距離を取る。

まるで囲い込むかのように展開された棒状の弾幕の位置を素早く確認する。

獲物を狙う獣の如く、迷うことなく迫るそれをギリギリまで引き寄せて体を捻る。
徐々に後退しながら紙一重で躱し続け


「ッ、これが取材なら決定的な写真が撮れたんでしょうが―――」


ビッ!と最後の弾幕が髪を掠めるのを感じながら、口惜しげに呟いた。

でも


「取材とチルノさんなら―――迷う必要すらありませんけどね」


最後の弾幕を首だけの動きで躱せば、強制的に空けられた距離のまま、ジッと彼岸の裁判長を見据える。
映姫もまた、今の攻撃を決定打にするつもりはなかったのだろう、完全に躱しきった様子を眺めながら静かに口を開いた。


「異変の解決に犠牲はつきものです。これまでも、そしてこれからも、ね」
「だからって………ッ!」


淡々と告げられた言葉に、腸が煮えくり返る思いで声を荒げた。


「何も悪くないあの子に全てを背負わせるんですかっ?!」


激昂しながら叫び返すと映姫はスッと悔悟棒を天へと振りかざし


「ならば問いましょう。どうすれば幻想郷と氷精の記憶、共に救う手だてがあるというのですか」
「それは……ッ!」
「最早、ここまで長引いた異変です。幻想郷と彼女自身の命を救える確実な手がないのなら、その迷う時間すら私は惜しいッ!」


瞬間、白い球状の弾幕が映姫の背後に現れた。

嘘言『タン・オブ・ウルフ』

ビュン!とまるでオーケストラの指揮者の如く悔悟棒が振り下ろされると、手綱の切れた荒馬のように弾幕が軽い曲線を描きながら迫り来るのを見て文は翼を強く叩きつけた。


「ッ!」


ビュン―――と耳元で唸る弾幕の擦過音。
先ほどとは比べ物にならない本格的な弾幕だったが、それでもジッと標的を見据え続けた。

ただ一点。
この弾幕が途切れた瞬間に距離を詰めて彼岸の裁判長に再び全力を叩きこむ。

虎視眈々とそのチャンスを探りながら、体勢を崩さぬよう気を配りつつ次第に色彩を変える弾幕の間隙を縫って飛んでいると、射命丸文、と再び映姫が声をあげ


「この幻想郷を長きに渡り見守ってきたという自負のある天狗の貴方が、幻想郷を滅ぼす選択を成すのですか?」
「違うッ!誰がこの世界を滅ぼしたいなどと思いますか!」


余裕からか、その場を一歩も動くことなく悠然と宙に留まりながら発せられた言葉に、反射的に噛み付いた。

だが、分かりませんか、と小さく呟くと映姫は目を細め


「では、言い方を変えましょう―――貴方は、彼女にこの幻想郷を滅ぼさせるつもりですが?」
「一体何を言って……?!」
「このままでは、多くの生物が死に、多くの自然が死ぬ。貴方は愛しいと思う彼女に、この幻想郷屈指の殺戮者としての汚名を着せるつもりですか?」
「そんなつもりじゃないッ!!」


(考えるな―――!)


弾幕を必死で避けながら、ギリッ、と奥歯を食いしばりながら自らに強く言い聞かせた。

そう、それは何度も何度も繰り返した思考だ。

チルノに犠牲を強いる、という事が許せないのは事実。
でも、それと同時にやはり―――


「―――射命丸文。貴方、迷っていますね?」


その声は、戦場にも関わらず酷く響いた。


「な、にを!」
「閻魔の眼は誤魔化せませんよ?やはり貴方は幻想郷を滅ぼす選択は出来ないし、何よりも下手をすれば彼女が自然の死に追い込まれるということに―――恐怖を感じていますね?」


弾幕の壁の向こうから射竦める程の厳しい視線に、文は悔しげに唇を噛み締めた。










「そう……あの子の母体が原因だったのね……」
「そういう事さ……このまま放置すれば沢山の命が散る。あたいの仕事は暇な方が皆幸せなんだ……このままじゃ仕事漬けの毎日になっちまう」


はぁ、とレティは深い溜息を吐いた。
まさか、妖精が異変の原因となる日がこようとは、チルノの実力を評価していたレティとて思いもよらなかった。


「退いてくれるかい?妖精の保護者さん。正直、このまま解決しないで原因がバレれば、下手をすればあの妖精を三途の川を渡らせることになっちまうかもしれないよ?」
「そうね―――」


互いに微動だにしないまま、まるで世間話のような口調で尋ねられた言葉に、レティは一瞬迷うような素振りを見せ


「それでも、断るわ」


言い切った。
その答えが意外でもなかったのか、小町はさして驚きもせず、へぇ……と小さく呟き尋ねる。


「理由を聞いても?」
「大したことではないわ。あの子が嫌だと言った……私が戦う理由はそれで十分よ」


突きつけられた鎌を無視して顔を動かし、しっかりと視界の正面に小町を捉え告げた。


「貴方の考えを否定しないわ―――ただし、私の考えも否定させないけれどね」
「なるほどね……そいつぁ、いい。お互い言いたい事言い続けたって水掛け論さ……本気の勝負ってのは、あんまり好きじゃないんだけどね」


そういうと、スッ―――当てられていた鎌が外された。

完全に有利な状況を敢えて崩すとは何事かと、腑に落ちない表情で振り返るも、そんな事はどこ吹く風と言わんばかりに小町は雪原を歩いて行き、十分な距離を取るとクルリ、と振り返った。


「手加減してくれてるのかしら?」
「いんや?ただ、さっきのは原因を話をしておきたかったってだけさ……それで退いてくれるなら万々歳だったがね」
「それはイニシアチブを敢えて放棄する事とは無関係だと思うけど?」
「そうかい?まぁ―――敢えて言うなら、だけどね。筋書き通りに動くのは楽で良いんだが、それだとまだなのさ……まどろっこしくて、あたいには向かないねぇ、こういうのは。四季様が苛立つ理由も最もだったよ」
「一体何を訳の分からない事を―――」
「それに流石にさっきのはちょっとばかり、あたいに有利すぎたからね……無抵抗な奴の首を刈るなんて趣味じゃないんだよ」
「それはまた高尚な趣味だこと……」


嫌味を込めて、そう呟くと、はははっ!と小町は高らかに笑った。


「分かってくれて嬉しいよ!んじゃ、まぁ―――」
「……っ」


ゾクリ、とレティは冬の妖怪らしからぬ事に寒気が走ったのを感じた。


「やるとするかね」


それまでの軽い雰囲気を一切失くした小町の鋭い視線に、慌ててスペルカードを手にしつつ己の周囲に弾幕を張った。


「行かせてもらうよ、妖怪―――」


来る―――!

瞬間、小町の姿が掻き消えるのを見て反射的に右に跳び―――

ヒュン―――!

それまで立っていた場所を、鎌が容赦なく薙いだのを見て眉を潜めた。


「厄介ね―――でも」


入れ替わるように、先ほどまで自分が立っていた場所に立っている赤い死神を見据えると、展開させていた弾幕をカウンター気味に打ち込んだ。
白い、雪のような弾幕がレティを中心に広がりながら小町を目指して一気に迫るが―――


「お―――っと!」


すぐさま、小町は体勢を整えぬまま能力を発動させれば即座に弾幕の外側まで跳び、サクッ、という音を立てて雪原に立てばニヤリと笑みを浮かべた。


「なるほど……あんたのは、全体的にばら撒く感じかい」
「ええ―――あなたも、その能力を多発させれば自分から私の弾幕に突っ込む事になるわよ?」
「ははは、ご忠告どうも!確かに一面真っ白であんたの弾幕を把握するのは骨が折れるね……じゃあ―――」


ジャラリ―――

鎌を構える代わりに、懐から小銭を取り出し掌に乗せたそれをジャラリジャラリ、と音を立てて弄ぶ小町が、チラリ、と視線を逸らした。


「……ん?」
「あたいも大人しく弾幕を張るとするか―――ねっ!」


ブンッ!

無造作―――としか言いようが無いほど適当に投げられた。

小銭が弾幕、というのにも虚を突かれたが、その殆どが直撃を逸れて大分頭の上の方へとすっ飛んでいけば尚更だ。


「? 死神、貴方ふざけて―――」


そこまで口から言葉が出て、はっ!と目を見張り


「まさかっ?!」


慌てて後ろを振り返る。

レティの後方上空。
そこでは文と映姫とが戦いを繰り広げており、映姫の弾幕が途切れたところを狙って文が攻勢に出ているところだった。


「しまった―――文ッ!!」


遥か上空で交戦中の相手に迫る弾幕の存在を知らせようと、その名を叫ぶと


「おいおい―――あんたの相手は、あたいだよ?」


ひんやり、とした感触が首筋に走った。

驚き、視線を動かすと、いつの間にか再び距離を詰めた小町が白刃をピタリと突きつけている。


「余所見はいけないねぇ……寿命を短くするよ?」
「―――チッ!」


己の不用心さに舌打ち一つし、手にしていたスペルカードを握り締めると、それが消えて無数の弾幕が発現する。

冬符『フラワーウィザラウェイ』

丁度レティを中心として一気に花咲くように白い弾幕が広がり―――


「って、うわわわ?!」


小町は慌てて鎌を外して後方へと飛び、密度の濃い弾幕を必死で避け続けながら叫んだ。


「おい、自爆覚悟かよ?!」
「自爆でも、出来れば御の字だったけどね……」


未だに冷たい感触が残る首筋を反射的に手で覆いつつ、ふぅ―――と一息吐いた。

最悪、相打ち覚悟で弾幕を放ったが、どうやら小町は共倒れるつもりはサラサラ無いようだ。


「これは―――何か策がいるわね」


再び開いた距離で、必死に弾幕を避け続けている小町を見詰めながら必死に考えを巡らせる。
直線距離上に何も無い状態で距離を操られてしまえば、またいとも簡単にあの鎌の間合いに収められてしまう。

で、あるならば。

何かしら有効な策が思いつかない限り、その間合いに入れさせない事が負けない最低条件。


「本当に……厄介なものね、死神というのは」


苛立ちを露わに呟けば首筋に当てていた手を懐に忍ばせ、更に数枚のスペルカードを手にすると、レティは己が纏う冷気を徐々に強めていった。










「……くっ」


ミニ八卦炉を握りしめたまま箒を細かく制御して空を疾駆し、襲い来る数々の御札を躱しながら魔理沙は最適な攻撃のタイミングを測っていた。

一見すればただ霊夢の攻撃から逃げ惑うだけ―――実際、その通りであり、空を縦横無尽に駆け巡る魔理沙を目で追う博麗の巫女は、既にその場から一歩すらも動く気配を見せずに御札を制御し続けている。

だが―――


「これでいい……!」


自らを鼓舞するように呟き、正面から襲ってきた御札が服を掠めればニヤリ、と笑みを浮かべた。

元より、霊夢の実力は嫌というほど知っている。
その霊夢に勝つ見込みがあるのは二つの方法―――それは、至近距離で防御結界もろとも己の弾幕で打ち破るか、御札を散らした上でアウトレンジからの遠距離攻撃を加えるか。

前者ならば恐らく一瞬で勝負がつくだろうが、あの御札の群れに自ら突っ込む事を考えれば勝率は五分五分でも高すぎる。

ならば、時間をかけてでも霊夢が集中力を切らす瞬間を狙って、マスタースパークを打ち込む。

周囲の空を覆っている数多の御札を視界にしっかりと捉えながら、一切止まる事無くひたすらに飛び続けていた。


「―――魔理沙、あんたそれで勝つつもりあるの?」


顔を顰めた霊夢が呆れ気味の声を上げれば、ハハハッ!と笑って答えた。


「当たり前だぜ、霊夢!待ってろよ!直ぐに痛い目合わせてやるぜ!」
「ただ逃げてるだけで何言ってんのよ……」


ある意味消極的な戦い方を積極的に展開する魔理沙を不審に思いながらも、腐れ縁の相手へと問いかけた。


「あんた、本当に分かってるの?魔理沙」
「ああッ?!何がだ、霊夢!」


ビュンビュンと風音が響く中、声を耳ざとく聞きつけ魔理沙が怒鳴り返すと、霊夢が苛立ちを隠さずに顔を歪ませる。


「あんたは納得できない、って言ってたけど……もし本当にチルノが自然の死に追い込まれたらどうするのよ。あんた、責任とれるの?」
「責任だぁ?!んなもん、私の知ったこっちゃないね!」
「ちょっと」


霊夢は不愉快そうに眉を顰めた。


「それは無責任じゃない?」
「全部の責任をチルノに負わせるほうがよっぽど都合が良さすぎるぜッ!!」


右、左、左、下―――

次々と現れる御札を目で追い、高速で移動する箒を制御しながら体を躱し続け、叫んだ。


「少なくとも私はあいつに落ち度が無かったのを知っている!それで、もし誰かがあいつを自然の死に追い込もうってんなら全力で守ってやるだけだ!!」
「物好きね……何でそこまでするのよ」


泣きそうな声だな―――

ふと、そんな事を思いながら、チラリ、と霊夢を見遣る。
周囲を守るように浮いていた御札の数も既に大分少なくなってきていた。

そろそろ、か―――


「一度首を突っ込んだ以上は最後まで―――」


妖精の地位が低いから?知ったことか!

振り返り、霊夢との距離感を目視で探りながら心で吐き捨てた。

努力を見せるのは嫌いだ―――既に高みにいる奴からとれば、それはただ遥か下のほうで無様で足掻いているだけだから。

でも、それ以上に


「それが―――」


全てを諦めて誰かにそれを強要するのだとすれば。
例えそれが正しかったとしても、仕方ないの一言で最後の最後まで足掻こうとさえしないのならば―――いつまで経っても変わらない。

それが、凡人であるが故に高みを目指して誰よりも長い階段を登り続けてきた魔理沙にとって譲れない一線だった。

舞い散る御札を追い越し、霊夢と距離を取るように一直線に飛ぶ。
無数の御札が後ろから追撃してくるのを肌で感じながら、ギュッ、と一際強く箒の柄を握り締め


「―――ッ!」


グルン―――!!

180度を無理やり回転させれば、後を追って迫ったきた御札と―――その直線状に霊夢がいるのを捉え、魔理沙は笑った。


既に悠久の時を過ごした紫や映姫にとっては、もしかすればただの聞き分けの無い愚行なのかもしれない。
だが、己の行動全てをもってして絶対の間違いが無いというなら、それを本気で強要すればいいではないか。

それが出来ない理由はただ一つ―――それが善行であったとしても正しくはないのだ。
本当にそれが悪だというならば、その全力を持って滅ぼせば良い。

紫も、映姫も、小町も、霊夢も。
誰もがそうではないと分かっているからこそ、まっ先に氷を破壊して、こちらがぐうの音が出ないまでに圧倒的な力でもって叩き潰せないのだ。

自分の為に世界があるのではないように、世界の為に自分がいるわけじゃない。
勿論共存する以上は互いに退くところは退くべきだ。
時には自ら何らかの犠牲を受け入れるべきなのかもしれない。

でも、その犠牲が命だとして、自ら差し出すのではなく差し出せと詰め寄るのは―――絶対に違う。


「私の生き様なんでなぁぁぁああ!!」


絶叫と共に、右手と―――握りしめたミニ八卦炉を霊夢目がけて突き出す。
その先端に魔力が瞬間的に充填され、指先がビリビリと電気が走るかのように痺れるのを感じた。

手加減など一切ない―――己の今出せる全力の一撃。


「マスタ―――」


受け取れ、霊夢!


「スパァァァァァァァァクッ!!!」


カッ―――――――!!!

反動で跳ね上がりそうになる腕を必死で押さえながら、打ち出された青白く輝く極太のレーザーが追撃してきていた御札を打ち破り―――


「ッ!!」


それが直撃のコースであると察した霊夢が、周囲に浮遊させていた心許ない数の御札を正面に集めた瞬間

ドンッ――――――!!!

と、高エネルギーの物が何かにぶつかったような直撃音が響き渡った。





「―――ッくぅ!!」


最大級の一撃を撃ち終え、痺れる腕をプラプラと揺らしながら、痛みに顔を歪めた。


「やれやれ……まさかここまで肉体的に負担が掛かるとは思わなかったぜ……」


はぁ―――とため息を吐きながら、痛む右腕を憂鬱な気分で見遣った。

間違いなく明日は筋肉痛だな、こりゃ。


「―――つか、霊夢の奴。消し炭になってないよな……?」


焼け落ち、焦げ付いた御札が幾多も空を舞い落ちている。
正直、自身が考える以上の威力を発揮したマスタースパークの標的、御札の操作主はどうしたのか、と視線を向けると―――


「……おいおい」


マジかよ、と思わず乾いた笑いが込み上げてきた。


「―――ってくれるじゃない……魔理沙」


防御結界を形成していた御札の殆どを破壊し、戦力的には丸裸―――には出来た。
だが、全ての御札を打ち破った事に苛立ちを隠さない博麗の巫女は、五体満足の状態で未だ悠然と空に揺蕩っており


「まぁ……あんたにしちゃ上出来よ。但し―――」


バッ―――と霊夢が腕を振ると、袖口に仕舞い込まれていた御札がその手に握られた。


「それでも足りなかったわね」
「―――ったく。本当に厄介な奴だな、霊夢は……」


新たに展開される御札を仰ぎ見ながら、参ったなー、と額に手を当て深くため息を吐いた。

今の攻撃が駄目ならば、もう残された選択肢は一つしかない。


「でも、まぁ……しょうがない。乗りかかった船だ―――」


風圧で多少浮いた帽子を目深にかぶると、グッ、と再び箒の柄を握りしめ


「精々沈没するまで足掻くとするさ!」


新たに襲い来た御札を掻い潜りながら、再び全力で箒を飛ばした。










「……俄かには信じられんな……」


紫の話を聞き終え、戸惑いの声を上げながらチラリと慧音は不安げな表情で空を見上げているチルノを盗み見た。

空と地上。
双方で開始させられた戦闘を見詰めながらも、しっかりと会話は聞いているようで、慧音の言葉にはピクッと肩を動かしていた。


「……どうにもならないのか?いや、どうにかなるのなら、既に手を打っているのだと思うが……」
「残念ながら……既に何も犠牲を生まずに解決する手段はありませんわ」
「……」


慧音は静かに肩を落とすと苦悩の表情を浮かべた。

人里の守護者として、既に人里がそう長くはもたない事を嫌というほど把握していた。
一刻も早い終結―――それが何よりも求められている。

そしてまた、幻想郷全体を包むピリピリとした空気だ。
もし異変の原因が妖精―――と分かれば、その結末は火を見るより明らか。
特に、異変に際して無抵抗である里はチルノを受け入れられないだろうし、プライドの高い多くの妖怪もまたこれほどの異変を作り上げた妖精をただ指を咥えて見ているとは思えない。

冷静に考えて、八方塞だった。

そして何よりも―――人里の守護者として、これ以上の異変の長期化という選択は選べない。


「……紫。妖精の記憶は母体に依存するって、さっき言ったな?」


思い悩む慧音に変わるように、妹紅が尋ねると、ええ、と紫は頷き


「そうよ、妹紅」
「じゃあ―――記憶の拠り所が巨大化する、ってことは……」
「色々な物覚えが良くなるでしょうね、恐らく」
「……クソッ」


小さく舌打ちをした。

(馬鹿か、私は……っ)

未だ激戦が続く空を呆然と見上げる姿を横目で見ながら、気付けなかった己を罵倒した。
突如として身に着けた妖精としては不釣合いなほどの力、そしてそれを制御するだけの能力。

愛の力、等という


「都合の良い奇跡なんて起こりっこないってのに……な」


じくじたる思いで呟いた。

そう、分かりきっていたはずだった。
長い年月を生きてきたからこそ、そんなものは起こるはずはない、と。


「ところで……八雲殿。一つ根本的に聞きたい事があるんだが……」
「何かしら?」


ふと、慧音が不安そうな表情を作ると、くいっ、と空で弾幕を展開させている三組を顎で指した。


「あんなに派手に戦ってて平気なのか?貴方達はチルノの存在を知られる前に片を付けたい、と言っていたが……あれだけ派手にやれば、誰も気付か無いとは思えないが……」
「ええ―――問題ありませんわ。最初から簡易的な結界を張っておきましたから、ね。少なくとも、意図して内側に入るか私が結界を解かなければ、外からは何も見えないはずですよ」


当然のように言い放った紫の言葉に、ん?妹紅は首を傾げた。


「……じゃあ、私と慧音が中に入れたのは……」
「ご想像の通りですわ」


つまり、態々中へと招き入れたという事か―――

何とも面倒なプロセスを辿っている紫を胡散臭く眺めた。
紫は余計な事を一切しない―――即ち、ここに招き入れられたのにも、何かしらの意味があってのことだろう。

(一体何を……)

いつもと変わらぬ余裕のある笑みを目元に浮かべながら、口元は扇子で覆っている紫を静かに観察する。
その心の内側を全く読まさせてくれない姿に、不信感を覚えた。

(こいつは何を私たちに求めているんだ……?)


「ぁ……」
「ん?」


妹紅がドップリと思考の海に漬かっていると、チルノが蚊の鳴くような声を上げた。
一体何事かと、視線を遣ると、相変わらず妖精の視線は空を見上げたまま、動こうとさえしていない。


「文もやはり強いわね……でも、流石は閻魔といったところかしら」


口元を扇子で覆い隠した紫が、ポツリと呟いた。


「注文通り、というわけね……」
「何―――?」


その言葉に首を傾げつつ、妹紅もつられるように空を見上げてみる。

そこでは文と映姫とが戦いを繰り広げており、丁度文が攻勢に出ているところだった―――が。
畳み掛けるように文は攻撃を加えていたが、閻魔である映姫はそのことごとくをかわし、手傷一つ負わぬ状態で涼しい表情を浮かべている。

誰もが見てとれた。

圧倒されている、と。
あの鴉天狗に一縷でも勝利の可能性は無い―――と。


「……文の奴―――」


劣勢の天狗を見て、妹紅は目を細め小さく呟いた。

―――迷ってる。

文の攻撃の筋の一々に、千年近くに渡り生き永らえ、多くの戦いに身を投じてき故にそれが見てとれた。
そして、恐らく彼女が悩む理由もまた―――察せられた。

チルノを助けたい―――けれども、それは多くの犠牲を強いる可能性があり、最悪は守りたいチルノを世界の敵としてしまう。

世界か友か。

そのどちらかを選ぶ事が出来ないからこそ、味方にも敵にもなれずにこうして傍観者として立ち尽くす事しか出来ていない己と、恐らく同じ迷い。

迷いは力を半減させる。
例え元が互角であっても、決して迷うこと無い閻魔を相手に迷いを抱えたまま挑めばどうなるか―――

恐らく勝算が低い事は誰よりも本人が認識しているだろう。
にも関わらず、ああして戦いを継続している、ということは―――


「……そうだよ、な」


自嘲的に、妹紅は笑みを浮かべた。

考えるまでもなく、自分とは立場が違うのだ。
退ける筈がないのだ―――と。


「……文」
「―――ねぇ、チルノ」


不安気に揺れる声で小さく恋人の名を口にしたチルノに思わず視線を遣ると、丁度紫がジッとその青い瞳を覗き込んだ。


「これだけは、知っておいて欲しいの」
「……何を?」


相変わらず蒼白な表情でチルノが紫を仰ぎ見る。


「霊夢も。四季映姫も。小町も。誰も、貴方の事が憎くて、嫌いだから戦ってるんじゃないの。ただ―――」


言葉を選ぶように言いよどむと、初めてその表情に感情を表し、悲痛な面持ちで告げた。


「ただ、私達の立場で―――貴方がまた蘇られる場所を絶対に守る事以外……して上げる事が他には、無いの。貴方にとっては、勝手な事だろうけど……」
「……」


沈黙を保ち、静かに俯くチルノの肩に、そっと紫が手を置いた。


「チルノ―――もし、貴方が文だったら、どうする?」
「―――え?」
「もし、文が皆から追われ―――貴方が守ろうとする立場だったら……退くかしら?」
「……ううん」
「そうでしょうね」


唐突な言葉に、目を白黒させながら首を横に振ったチルノを見て、頷き


「そして、ね、チルノ。それは、文も一緒よ」
「―――え?」
「例え、勝つ見込みがなくても、貴方の為に退くことはしないわ」
「……」
「貴方は決断しなくてはならないわ」
「決断……?」
「ええ……このままでは最悪貴方は自然の死を迎え、そして貴方が大好きな多くの者も死ぬ事になる……お友達の大妖精、彼女の容態はどうだったかしら?」
「え?! な、なんで、紫が大ちゃんのことを……」
「貴方が覚悟を決めねば、このままでは彼女も死ぬ事になるでしょうね」
「―――え」


呆然と。
言葉を失ったチルノを見て、妹紅は唇を噛み締めた。

これじゃあ、誘導尋問だ―――!

ここに来て、紫の目的を察した。
犠牲無き異変の解決はありえない―――それは紫本人から告げられた言葉だ。
ならば、次に何を考えるか?

紫は―――犠牲を最小限に留める方法の為に動く。


「そして―――」


紫が、スッ、と目を細め間を取った。

チルノにとって一番影響を与える事実を告げるつもりだ―――

妹紅は思わず制止のために右手を出しそうになり


「―――ッ!」


反射的に左手で押さえ、その自らの行為に思わず心の中で己を叱咤した。

止めてどうする―――
敵にも味方にも成れず、傍観者に徹する自分が、一体どんな言葉をかけれるというのか―――と。


チラリ、と慧音へと視線を遣ると、同じく何かを言いたそうな、それでも何も言えないままで立ちつくしている。

何者も制止の声を上げる事が出来ず、何事を言われるのかと呆然と紫の言葉に耳を傾けるチルノに、決定的な言葉が告げられた。


「あの鴉天狗も―――ね」










「クッ?!」


映姫のスペルカードがブレイクしたのを好機と見た文は、いくつものパターンで攻撃を試みていた。

だが

風を操り、風圧で押しながら放った弾幕も

近距離で生み出した衝撃波も

高速で移動し四方から繰り出した攻撃も


そのこと如くを彼岸の裁判長は紙一重で避け続けていた。


「何で……!」


当たらないのか、と。
苛立ちを隠せないままに再び葉団扇を振り抜くも、まるで空気の流れが見えているかのように、ひらり、と彼岸の裁判長は身を翻してそれを躱した。


「それは貴方が迷っているからですよ、射命丸文。恋愛は善悪の彼岸を歩む者に変える、とはよく言ったものです―――けれど、貴方はやはり社会に属する常識人ですね」


責めるでもなく淡々と告げる映姫に、ただ焦った。
こうまで攻め手に欠くという事は、如何様にしても勝つ見込みがない、という事に他ならない。

そして何よりも―――


「いかに恋人の為とはいえ、貴方は世界を滅ぼす可能性に賭け、恋人が真の意味で死ぬ可能性がある選択肢を選べないでしょう」
「ッ!!」


まるで人の心を覗きこんでいるかのような、的確な指摘。

それを振り払うように手に力を込めれば色鮮やかな弾幕を形成し、彼岸の裁判長に向けて放つも―――


「同じことを繰り返したところで、結果は変わりませんよ?」


静かな声と共に、最低限の動きで避けられ、唇を噛み締めた。


「貴方は霧雨魔理沙よりも理解しているはずです。幻想郷において妖精がどれほど低い地位にいるか―――ということを」


空中に留まりながら、スッ―――と目を細めると、初めて文を責めるような視線で映姫は告げた


「それでも、未だ立ち塞がるというのは……体裁が悪いとでも思っているのですか?」
「一体……何の話ですかッ!!」
「恋人を死へと突き落とす選択も出来ない、かといって恋人を世界の敵とする事すら出来ない。私は以前告げた筈です“覚悟を持て”と―――」
「それは―――「文ッ!!」ッ?!」


突如として響いた焦燥に満ちたレティの叫びに、反射的に振り返ると


「しまった―――ッ?!」


小銭の形をした弾幕―――スペルカード程の密度ではないが、一直線に己を狙っているそれが目前に迫っている。


「くそっ!!」


慌てて弾幕の隙間に体をねじ込むように体勢を崩しながら避ける。
耳元をビュンビュンと小銭が通り過ぎるのを横目に、ホッと息を吐いた。

元から小町も必殺の一撃にするつもりは無かったのだろう、比較的穴の大きなそれを、きりもみしながら何とか凌ぎきり―――


「―――え?」


フッ―――と。
突如視界が暗くなった。

今日は快晴で、ここは上空。

一体何が―――と考えるまでもない。


「貴方には、絶対的にその覚悟が不足している―――」


声につられ、空を仰ぎ見た。
太陽を背に、静かな表情のまま悔悟棒を掲げる裁判長を―――


「戦いを手段ではなく目的とした―――これが貴方の罪の重さッ!」


ガンッ―――!!

力の限りに振り下ろされた悔悟棒を反射的に葉団扇で防ぎながら、息を呑んだ。

―――重い!


「恋人か世界か―――今ここで選んでみなさい」
「クッ―――!」


不十分な体勢で重い一撃を耐えたが、そのままでは圧倒的な形勢不利である。
なんとか逃げの一手を打とう、と懐のスペルカードに手を伸ばし―――


「―――ッ?!」


発動しない。


―――しまった!


あの冬と同じく、それが封じられている。
その事に愕然としながら信じられない思いで映姫を見詰めると、同じようなカードを一枚、手にし―――


「さもなくば無駄に血が流れるだけです!」


審判『ラストジャッジメント』

高らかな宣言と共にカードが失せると、その名に恥じぬ一条の光が目に焼き付いた。

ごく近距離で穿たれた一撃。
全身を強く殴られるような感覚と共に飛翔能力を逸して重力に任せるままに落下しながら、更に追撃してくる弾幕の存在を肌で感じた。










ドンッ!という衝撃音と共に幾重もの弾幕が雪原に突き刺さり雪煙を上げるのを見て、チルノは悲鳴を上げた。


「文ぁ!!」


押されている。
それは勝利するには相当に厳しい状況ということだ。
万が一にでも四季映姫達に勝つことが出来たとしても―――まだ境界を操る紫が無傷で控えている。

―――勝てない

文やレティ、魔理沙の強さを信じていない訳じゃない。
それでも、力量の差は、なんども戦いに身を晒してきたチルノには見て取れた。

―――このままじゃ、みんなが―――!!


「あたいが、生きてるから―――?」


青ざめた顔で、ポツリ、と呟かれた言葉。
否定したい考えが口から溢れると、何かに縋るように声が出た。


「ねぇ、慧音……」
「……なんだ?チルノ」


心に掛かる重圧から顔を伏せたまま、寺子屋の教師へと言葉をかける。
背を向けられたままの名を呼ばれた慧音は、生徒に対した時のように静かに尋ねた。


「あたいのせい?」
「……チルノ」
「あたいが全部忘れて一回休めば、全部解決するの……?」
「チルノ、それは―――」


喉まで言葉が出かかり、躊躇した。
目の前で繰り広げられている戦闘―――それはある種、チルノの為の代理戦争でもある。

だが、と慧音は眉を顰めた。

その小さい体に全てを託していいのだろうか、と。
幻想郷のために死んでくれという理屈が正しいことなのか、と。


「……え?」


苦渋の末に口を開きかけたところで、グイッ、と肩が引かれた。
何事かと驚き振り向くと、妹紅が静かな表情で見詰めている。


「妹紅……?」
「―――」


フルフル、と妹紅が首を振り、肩から手を離すと紫へと顔を向け


「―――紫」
「何かしら?妹紅」
「もう一度だけ、確認させてくれ。他に、選択肢は無いんだな?」
「―――ええ。そんなものがあれば、直ぐにその手をとっているわ」


そうか、と一つ頷くと紫から顔を背け、ただ一人、雪原に心細く佇むチルノへと近づいていく。
ザク、ザク、と雪を踏み締め、顔を下に向けたまま動かないチルノの前へに立つと、ゆっくりと腰を下ろして視線の高さを合わせた。


「なぁ、チルノ?」
「妹紅……?」
「私はな、難しい事は分からないんだ」
「……え?」
「だから、お前が全部を忘れて、一回休む事が正しい事なのか、間違った事なのか、私じゃお前に答えてやれない」
「じゃあ―――」
「―――だけどな?」


妹紅が、両手をチルノの肩に乗せ、力を込める。
え?と、チルノが顔を上げると、真剣な紅い瞳がのぞき込んでいた。


「これだけは言える。お前が大好きな天狗―――文を救えるのは、お前だけだ」
「―――ッ?!」


息を呑み、弾かれるようにチルノは文を見た。

叩きつけられた雪原で身を起こし、肩で息をして腹部を押さえるその表情は、満身創痍そのもの。
普段は綺麗な黒い翼も、羽が乱れている。

それでも、宙に浮かぶ四季映姫を睨むその瞳は、決して引くことを考えていなかった。


「あ、や………」


紫に告げられた通りなのだ、とチルノは察した。
このままでは文が死ぬ、と。

例え勝てなくても、一矢でも報いてから、彼女は散るのだと。


「ねえ、妹紅……あたいは、文を忘れたくない……慧音も、妹紅も、魔理沙も、レティも、霊夢も忘れたくない……ッ! 全部忘れるちゃうのが怖いあたいに……文を助けられるの……?」


恐怖に身を震わすチルノから視線を逸らすように瞳を閉じた。

大切な人々に関する記憶の喪失。
それは、残される者も辛いだろうが、それを宣告された本人は更に辛いことだろう。

それでも―――


「全部を忘れてしまうのは怖いことだと思う。だから、お前が文を救えるかどうか―――それを決めるのは私じゃない。ただ、私は知ってるだけだ」
「……何を?」
「お前が『最強』ってことだ」
「?!」


驚きの表情で、振り返るチルノを見て、微かに頷いた。

もし、ここで文が死ねばチルノは大切な物を同時に二つとも失ってしまう。
それだけは、避けなくては―――守ってやらなくては、友人とさえ呼べる筈も無い。

よいせ、と声を出して立ち上がると、わしゃわしゃ、と力強くチルノを撫でた。


「大丈夫だ、お前は『最強』だ。あの天狗の為に変わりたいって思って、変われたんだろう?この、私が保証してやる。お前は『最強』だ」
「妹紅…………」


泣きそうな青い瞳を紅い瞳が見つめ返すと


「―――ッ」


ダッ―――と

チルノは、瞳の端に溜まっていた涙を袖でぬぐい去り、未だ戦意を失っていない鴉の元へと駆け出した。


「…………」


自ら押した背中を、目を逸らすことなく見送り続ける。

その距離が5メートル程に広がったところで、ふと、チルノが足を止め―――


「妹紅ッ!」


雪原に立ち尽くし、妖精は己の背中を押した友人の名を叫んだ。

なんだ?と声に出さずにその背を見詰めると、チルノは振り返ることなく―――


「―――ありがとッ!」


―――バイバイ

高らかに告げられた言葉に一瞬目を見張り、再び走り出したその姿から、思わず目を背けた。

言葉にしない想いを感じ取った妹紅は、瞳を閉じれば空へ顔を向け


「……ああ、またな。チルノ」


再会の約束の言葉は、妖精に届く事無く宙に消えた。











「……っく」


下が雪原とはいえ、映姫の弾幕に叩きつけられた衝撃は体を突き抜けていた。
ギシリ、と軋む背中を庇いながら何とか体を起こし、バサリ、と一度羽ばたかせ翼に着いた雪を吹き飛ばし

(これは―――駄目かしら、ね)

憎々しげに、宙に浮かんだままの敵を睨んだまま、心で小さく弱音を吐いた。


元より、勝算は無かった。


(いや、駄目だ―――弱気になるな、射命丸文!)


弱気になる心を必死に叱咤する。

それでも、異変の原因を告げられた時から心に纏わりつく考えが離れてはくれない。

勝ってどうする―――確実な解決の手段すら見いだせず、下手をすれば彼女を永遠の死へと追い込むこの状況で

負けてどうする―――全てを彼女に背負わせ、のうのうとその後の世界を生きろというのか

負けることも勝つことも決められぬ、文の心は確実に中途半端であった。


それでも―――


「私はチルノさんに、まだ何も返せていない……!」


想いのままに一つ叫び、冷静に現状を分析する。

彼岸の裁判長は悠然と空に留まり、眼下の鴉の出方を見詰めている。
本来空中がバトルフィールドである文にとって、頭を抑えられたのは圧倒的な不利を意味した。

(……それでも)

地面に着いた膝に力を込める。

(退けない……ッ!)

あの子が嫌だといった。
そして、己もまたそれを善しとは思わない。
ならば、やれることは一つ。

それは0と1の間にあるか無いかの一縷の望みを信じて、彼女の為に戦う―――それ以外に恋人を守る術はありはしなかった。

例え負けるとしても一矢は報いる―――その思いに突き動かされ、漆黒の翼を広げた。
それを見た映姫は、微かに眉を顰めたが何処か諦めの表情を浮かべ悔悟棒を粛々と持ち上げる。

文は、膝に力を込めた。
ゆっくりと呼吸を整え、膝をバネのように弾かせて空へと舞い上がらんとした―――



その時



「えッ?」
「え……?」



すぐ目の前に夏の空の如くの青が広がった。



チルノが、文を攻撃から庇うように両手を広げて映姫との間に割って入ったのだ。

映姫も文も、まさかの乱入者に思わず呆気に取られたが、先に我を取り戻した文が慌てて声を荒らげ


「チルノさん?!何やってるんですか!!危ないですからさがって―――」
「もういい!!!」


その言葉は、氷精の叫びに遮られた。
「え…」と驚きに目を丸くしていると、ゆっくりと振り向いたチルノがジッ、と見詰め


「もう、いいよ……あたいは、文が傷つくとこ、見たくない……」


泣きそうな顔で、全てを悟ったかのような静かな声が、響いた。










「くっ………!」


魔理沙は正面から襲い来る札をひたすら掻い潜り続けていた。
遠方からのマスタースパークによる狙撃は霊夢の防御結界によって防がれた事から、アウトレンジでの攻撃は事実上封じられた。

―――霊夢は強い。

それはある種この幻想郷においては最強に近い力だ。
それを知っているからこそ手持ちの技の中で、パワー、スピード、攻撃可能距離でどの技よりも優れるマスタースパークを出し惜しむつもりは毛頭なかった。

そのマスタースパークが封じられた今、取れる戦略はただ一つ。


即ち、高速で接近し、近距離で最大パワーでのマスタースパークを叩き込み、防御結界を打ち破る。


もはやそれ以外の手段は考えつかなかった。

―――もっと、早く……ッ!

視界を覆うほどの数の札。

無秩序に襲い来るその全ての札を、魔理沙は驚異的な動体視力で追いつつ、掻い潜れる最適な隙間を見出して最短ルートを脳内に描く。

―――もっと、もっとッ!

箒を左手で握り締め、コースを整える。

ギリギリで躱した札が、ジッ――と、頬を掠り、紅が舞う。

右手で、グッとミニ八卦炉を構え直し―――時すら翔けんとばかりに加速した。



霊夢は、攻撃を交わしながらも怯むことなく向い来る魔理沙を不動のまま静かに眺めている。

それを視界の端で捉えながら、へっ、と笑い飛ばした。

―――余裕ってか、霊夢の奴……ッ!

知らず、口の端が持ち上げながら、左手を思いっきり引き、札が直撃する寸前に箒のコースを無理やり上向かせる。


箒の切っ先が、霊夢の正面を捉えた。


―――これでッ!!


札の空白地帯。

そこを目指して箒に魔力を込め、一気に加速する。

急激な接近をしつつ、右手を思いっきり霊夢に突き出した。

ミニ八卦炉を握り締め、霊夢に狙いを定めた最大パワーのマスタースパークを放とうとした―――その時



「もういい!!!」



「ぇっ?!」
「んなっ?!」


突如戦場に響きわたったチルノの叫びに、霊夢、魔理沙共に呆気に取られた。

―――が


「って、うぉぉおおおお?!」
「っちょ、待っ?!」


加速した箒は急には止まれない。
魔理沙のすぐ目の前には無防備な霊夢の姿が迫っている。
また、チルノの声に気が逸れていた霊夢も、弾丸の如く突っ込んでくる魔理沙を結界で防ぐ事が間に合う距離ではなかった。


「下行け霊夢ッ!!」「魔理沙、上ッ!!」


魔理沙が全力で箒の柄を握り、上へと逸らし―――
霊夢が後方下に向かって全力で落ちる。

腐れ縁の息の良さが、噛み合った瞬間だった。


「「ッ?!」」


ビッ!!と、魔理沙の膝が霊夢の髪を掠った。

僅かな距離を交錯した後、箒に急ブレーキをかけると長い制動距離を移動した後に停止した。


「………っはぁー………」


かなりギリギリだった事を思えば、深い溜息とて出るというもの。
疲れた表情で魔理沙が霊夢へと視線を遣れば、かなりの距離がある霊夢も同じような表情で魔理沙を見上げている。

二人とも戦闘状態を逸したと感じれば、大人しく攻撃態勢を解いた。


「ったく、流石に心臓に悪いぜ……」


ミニ八卦炉を懐に仕舞いつつ、先程の叫びを上げた影へと視線を送る。


「…………」


まるで文を庇うように両手を広げ、とうせんぼをしているチルノを無言で見つめ


「霊夢ッ!」
「何?魔理沙」


激闘を繰り広げた相手へと視線を遣ると不敵な笑みを浮かべ、魔力の使い過ぎで震える手を抑え込むように握りしめた。


「とりあえず、引き分けだぜ」
「ふーん……ま、私はどっちでもいいけどね」


興味なさそうに返す霊夢を、ははっ、と乾いた声で笑いながら、チルノの元へとゆっくりと向かった。










「三枚目―――とっ!」


スペルブレイクした弾幕の残渣を目で追いながら、小町は霞む目をゴシゴシと擦って上空に陣取ったレティを見上げる。
どうにも、先程の魔理沙の閃光弾のせいで未だに視力はふわついていたし、何よりもレティがばら撒いた重厚な弾幕を目で追うことで既に視力は限界に達してきていた。


「ったく、霞んでしょうがないね……」


相対する冬の妖怪もまた、うっすらと歪んで見える事に苦笑を浮かべた。

だが―――


「もう、終わり―――だろ?」


既にレティはその手にスペルカードを持っていない。
即ち、小町の能力を介する高速接近を邪魔するモノは、通常の弾幕以外ないという事だ。


「……」


レティもまた、新たに弾幕を展開するでもなく、ただジッと出方を見守っているようで新たな動きを見せようとはしていない。


「……諦めている訳じゃないんだろうけどね……」


上空でマフラーをたなびかせながら動かぬ相手に微かに眉を顰める。
それでも、もう手段は無い筈だし、何よりも近付かないままで互いに弾幕を展開し続けるだけでは勝負が着くことはないだろう。


「ったく、あの天狗よりかはマシだが―――あんたも十分強いねぇ」


ポツリ、と呟くとゆっくりと息を吐き出し、考えた。

―――仕留められるか、一撃で

小町の最大の攻撃手段は、死神が持つその大鎌での近接攻撃。
カウンターを恐れて踏み込まないままでは決定打不足は否めない。

(……しゃあない。腹括るか)

ゆっくりと息を吐き出し、改めて鎌を構え直す。
その一挙一動を逃すまいと、レティは睨み続けている。


―――そう、条件は互角だ。


カウンターを狙うレティは、小町の動き全てに対応しなくてはならない。
常に気を張り続けるその戦い方は、精神力を異様に消耗する。

(そろそろ、疲れてきたろ?あんたもさ)

へへっ、と小町は笑った。

(終わらそうぜ?あたいはもう―――)


「疲れたんでなッ!!」


瞬間、鎌を振りかざすと同時に能力を発動させた。

レティが居た場所の手前、4尺程の距離―――丁度、鎌の間合い。
そこまでの距離を一瞬で詰め


「ぅおりゃあぁぁぁ!!」


振りかざした鎌を一気に振り下ろす。
空気を切り裂き、重厚な鎌がその重さに任せてレティを打ち砕く―――はずだった。


「―――ぇ?」


鎌の切っ先は、レティを捉えていなかった。
それどころか、視線ですらレティを捉えていなかった。

(―――何処に……?)

重力に任せるままに鎌を振り下ろしながら考える。

視界に入っていないということは、己の死角にいるということ。
それは、頭上か、足元か、それとも両脇か――――


「―――上手くタイミングが合ったわね」


ドクン、と心臓が嫌な跳ね方をした。

声は、背後から聞こえた――――


「ッ?!」


慌てて振り向こうとするも、それを阻むようにガシィ、と背後から両腕を取られる形で羽交い絞めにされる。
完全に身動きの自由を奪われ冷や汗が頬を伝うのが分かった。


「一体、どんなマジックを使ったってんだい……?冬の妖怪さんよ」
「大した事じゃないわ?貴方が能力を使った瞬間に、全力で貴方が居た方向へ移動しただけよ?」


まさか、と小町は眉を顰めた。
いかにタイミングを計ろうと距離を操る能力は一瞬だ。
その瞬間に背後へと移動するなど、いかに短い距離だったとしても瞬間移動をするか、距離の目測を誤るでもなければ―――


「まぁ、後はちょっと冷気を弄って模擬的に蜃気楼のような物を作り出しはしたけどね?」
「―――はんっ!それであたいの目測をズラした、ってことかい?」


(なぁるほど、それであたいの背後に―――)

納得を得られる答えだったが、言う程に容易い事ではない。
よもや、短い間で小町の戦いの癖を見抜き、ただの一度のチャンスに全て賭けていたその妖怪を笑えなかった。


「この距離なら―――あなたの能力も関係ないわね?」


レティが、手のひらに力を込めると途端に凝縮された弾幕が発生する。
それを、そっと小町の首筋に添え―――

(こいつぁ、無理、だな)

肌が粟立つのを感じながら、観念して瞳を閉じた。

その時―――



「もういい!!!」



「……へ?」
「……」


チルノの叫びが聞こえ、何事かと瞳を開けて声がした方へと視線を動かした。

今回の標的―――チルノが、両手を広げて映姫と対峙している。

その姿を見て、なんだぁ?と首を傾げていると―――


「お?」


トン、という軽い衝撃と共に、体の自由が戻った。
レティが発生させた弾幕を消し去り拘束を解いたのだ、と小町が気付いた時には既にレティは、ふわふわ、とチルノの元へと飛んでいくところだった。


「……はぁ、やれやれ」


突然の幕引きに頭をガシガシと掻きながら、気を取り直すと倣うように上司の元へと向かうことにした。










泣きそうなチルノの表情を見上げ、まさか!と文は木立の傍に控える紫へと視線を向けた。
スキマを操る大妖は扇子で口元を隠したまま、ジッとこちらを伺うように見詰めている。

先にチルノの母体を破壊した場合―――後々にそれが露呈した際、自分も含めてそれに納得しない者が管理者達に対して攻勢に出る。
万全の態勢とさせない為にも、チルノを囮として使って、今日ここで全ての決着を着ける―――それが紫の描いたシナリオだと思っていた。


「チルノさんじゃ、ない……」


全てを察し、呆然とした。

根底から読み違えていたのだ。


「囮は―――私だ」


紫は、四人ですらこの異変の幕引きには多い、と考えていたのだろう。
そして、最小限の犠牲で済ませる為に、このシナリオを描いた―――


「文……」
「ッ?!」


小さく名を呼ばれ、慌ててチルノへと振り返った。


「待って……待って下さい、チルノさん!!」


今ここで幕引きとなれば紫の思惑通り―――チルノが全ての責任を負い異変は終結する。


「私はまだ戦えます!!」


だが、まだ一縷の望みが絶たれた訳ではないはず―――


「だから待って―――ッ?!」


トンッ―――と、軽い衝撃に襲われ思わず尻餅をつく。
尚も言い募ろうとする文を抑え込むように、チルノが首へと抱きついたのだ。

反射的に抱き留め、その背中へ腕が回しながら、驚きに目を見張って恐る恐るとその名を口にした。


「ち、るのさん……?」
「もう、いい……文は、もう、あたいの事守ってくれたから……」
「な、何が、ですか……まったく、こんな時まで馬鹿な事を言わないでくださいよ。私は、まだチルノさんのこと、守れてませんよ?」


引き攣りそうになる頬を必死で抑えながら告げる言葉。
普段なら過剰に反応するであろう台詞に、だが、首に顔を埋めたチルノは小さく首を振り、静かに顔を上げた。

黒と青、二色の瞳が交われば、チルノが泣きそうな笑顔を作り


「もう、守ってもらったの……あたいの為に戦ってくれたんでしょ?」


そっ、と小さな掌が額に出来た擦過傷を撫でられ


「あたいの為に、怪我してくれたんで、しょ……?」


首に回された腕に力を込められ、ギュっ、とチルノに抱きしめられ


「だからね、お願い……ッ!もう、いいから……もう、戦わないで……」
「チルノ………」


己の意思に反して肩から力が抜けた。

守る為の、戦う為の意味を失った心に虚無感が広がる。
チルノの背中に添えていた手と、まさに飛び立とうと広げられていた翼は力無く地面へと垂れた。





「氷精チルノ」


凛と響く声。
その声にチルノは抱きしめていた腕を解き、ゆっくりと振り返った。
いつの間にか地面へと降り来てた映姫が、まっすぐに見詰めてきている。


「いいのですね?」
「……うん……嫌だけど、いい」


微かな躊躇いを残したままであったが、はっきりと頷くと、そうですか……、と小さく呟いた映姫は、どこか悲しそうな笑みを浮かべて頷いた。


「良く決意しましたね……良い善行です」
「別に……あんたの為じゃないわよ」


顔を逸らし、不機嫌そうに呟く姿を映姫は眺めていたが、ふぅ、と一つ息を吐くと静かに己の背後へと声を掛けた。


「霊夢、紫、小町。行きましょう」
「え、ちょ!四季様待ってくださいよっ!」


悔悟棒を握り締めて告げると早々に歩き出す上司を追って、ちょうど映姫の傍に辿り着いた小町は慌ててザクザクザク!と雪をかき分けて走っていき


「―――悪いな、妖精」


一瞬。
横を通り過ぎる瞬間、小町が小さく呟くと、それに合わせるようにチルノが視線を落とした。


「………」


その様子を眺めていた霊夢は、ふと、ただジッと足元の雪原を見つめる妖精の姿に、何か掛けようと口を開きかけ―――


「―――」


ギッ!と唇を噛み締めると、札を懐に仕舞いながら、二度と振り返る事なく氷穴を目指して飛んだ。










「終わりましたわね」
「ええ……そのようで。これが、八雲殿の筋書きなのですか?」
「いえいえ、まさか。運命を操る悪魔でもなくては予知は出来ませんわ?」


扇子で口元を隠しつつ意味深な言葉を発する紫を見て、食えぬお方だ……と慧音は内心呟いた。


「それで?今すぐにでもこの異変を―――氷を破壊するのか?紫」


チルノを見送った場所で戦いの行方を見守っていた妹紅が二人の元へと近寄りながら尋ねる。
口元を隠したまま、ええ、と目を細めて頷き


「誰もが春の訪れを望んでいる。一刻の猶予もない、といったのは嘘偽りない事実よ」


ただ―――、と扇子をパチッと音を立てて閉じると、ヴンッ―――という羽音と共に、何も無い空間に無数の目玉が渦巻くスキマを展開させ、呟く。


「今回の異変は原因をただ取り除けばいいというものでもなく、環境にも配慮しデリケートに対処しなくてはいけない……少々時間もかかるでしょうから、チルノとの別れの時間くらいなら、十分に取れるでしょう」


スキマに身を滑り込ませながら、紫は慧音と妹紅へと振り返ると、その顔にはいつも通りの笑みを浮かべていた。


「では、私はその後に永遠亭へ行ったりと忙しいので……人里の賢者に不老不死のご友人。ご機嫌よう」





「……相変わらず胡散臭い奴だな、紫は」
「そういうな妹紅。八雲殿も八雲殿で思うところがあるのだろう」


閉じて消えたスキマを一瞥し、肩を竦めた妹紅を嗜める。
ふと、慧音がチルノへと目を向けると、先ほどまで戦闘を繰り広げていた魔理沙とレティが丁度彼女の傍に降り立つところだった。


「…………」
「帰ろう、慧音。これで異変は解決。ここでの私達の役目も、終わった」


チルノ元へ行くかどうするか逡巡する慧音を察し、妹紅は促すように人里へと向けて歩きだした。


「……そうだな」


先に行く友の背に、静かに声をかける。
追うように、一歩、二歩と歩きだしたところで、名残惜しげに妖精を振り向き、小さく呟いた。


―――済まない。


「チルノ―――特別に宿題の期限は延長してやる」









「チルノッ!」
「………」


魔理沙とレティがすぐ傍へと降り立つと、ゆっくりとチルノが見上げた。

魔理沙もレティも、多くのかすり傷が体や服に残されている。
それを見て、微かにチルノは表情を曇らせた。


「……怪我」
「あ?」
「あたいのせいで怪我、させちゃったね……」


その言葉を聞き、一瞬驚き魔理沙は目を見張ったが、はっ、と息を吐き出すように笑えば右手をチルノの頭へと伸ばし、わしゃわしゃ!と荒っぽく髪を掻き乱した。


「わ、ちょっと!?何なの、魔理沙、いたっ、痛いッ!」
「うるせぇ!お前が変な事いうからだろーがっ」
「あたい、何も変なこと言ってないよ……ッ?!」


涙目で、非難するように魔理沙を見上げるチルノ。




「言ってんだよ、このバーカ!」
「ひ、ひひゃいッ?!はーかっへひふなー!!」
「バーカ、バーカ!」


頭から手を離すと、今度は思いっきりチルノの頬をぐにーっ!と引っ張った。
面白いほど伸びる頬からの痛みにもはや涙を流し、手足をバタつかせながらも「バカって言うなー!!」とチルノはいつものように叫ぶ。


「……情緒ないわねー……」


そんなやり取りを眺めながらレティが呆れた声を上げるのを尻目に、パッ、と頬から手を離し、いいか!と魔理沙はチルノを指さした。


「私は私の意思で戦ったんだ!だからこの怪我は誰の所為でもない、私の責任だ!チルノのくせに変な気を使うな、気持ち悪い」
「き、気持ち悪いとかっ?!それに変な気って何さッ!あたいは、あたいなりに考えて―――!!」
「ほう、まだ言うか」


ガシッ!

チルノの頭を締めつけんとばかりに鷲掴む。
ひぃ、という小さな悲鳴と共にチルノはギュッと目を瞑り、やがて来るであろう痛みに堪えようとし―――




ぽふっ




「………ぇ?」


柔らかな衝撃に、目を丸くした。

魔理沙に頭を支えられたまま抱き寄せられたのだ―――

そう気付けば、考えていた痛みでない事に戸惑いつつ、真意を探ろうと魔理沙の顔を見ようと顔を上げようとするが、強く頭を抑えられて叶わない。


「……魔理沙……?」
「お前が謝ったら、私も謝らなくちゃならないだろ?」
「え……なんで?魔理沙は何も―――」
「悪い、チルノ」
「え?」
「……霊夢に勝てなかった」


ぎゅ、と一際強く抱き寄せられた。
その言葉の意味を理解すれば、肩が僅かに震えたが、おずおずとその腰に手を回し、そのまま強く抱き着いた。


「なぁ、チルノ」


それまではとは違う、静かな声で魔理沙は問う。


「お前……それで本当によかったのかよ」
「……うん」


胸の中で、静かに、首を縦に振った。


「大丈夫……誰も恨まない……」


その言葉に、そうかよ、と呟くとチルノの頭を抑えていた手を離し、帽子を目深に被り直した。


「ったく、弱いくせに変なとこで達観しやがって……」
「……あたい、弱くないもん」


抱き着いていた腕を解き不服そうに呟くチルノを、はっ、と笑い飛ばした。


「何処がだよ。一回だって私に勝てたことないくせに!」
「か、勝てるもん!絶対魔理沙に勝って、ぎゃふんって言わせるんだからっ!」

「ほー? この魔理沙様にぎゃふんとな?ははは、やめとけやめとけ!叶わない夢は見るもんじゃないぜっ!」
「夢じゃないっ!絶対、絶対に!あたいは魔理沙に勝つんだから!!」

「ふふん、言ったな?ならさっさと今すぐ証明してみせろや」
「へ?!で、でも、もう……!!」
「なんだ、やっぱり出来ないんじゃないか?」
「だ、だって、だって……!」


無理難題に、だって、と泣きそうな表情で繰り返すと、それを遮るよう、バッ!とチルノに向かって掌を向けニヤリと笑みを浮かべた。


「5年だ!」
「へ?」
「残念だが私は人間様でね。そう長く待ってやる程、気は長くないんだ……5年待ってやるから、精々強くなって見せろ」
「ぁ……」


いつもと変わらない不敵な笑みを浮かべる魔理沙を見て、チルノは呆気に取られたように頬を一筋の涙が流れた。

(悪いな、私は捻くれ者なんだ)

小さく、心で一言呟くと、クルリ、とチルノに背を向けた。


「さてと!いい加減冷えちまったから私は帰るぜ」


チルノの涙も、己の心も見ない振りをして。

わざとらしい程の声を出して箒に跨った。


「じゃあな!」


トン、と雪を足で蹴ると一気に空へと登り、そのまま箒にありったけの魔力を込めて加速する。
帽子が飛ばぬように手で抑えたまま、普通の魔法使いは全力で寒空を飛んだ。





魔理沙の姿が消えてなくなるまで、チルノはずっと空から視線を離さないまま静かに佇み続けた。

空を見つめ続けるその背中をしばらく見守っていたレティは、ゆっくりと歩み寄り


「チルノ―――」


優しく、その名を呼んだ。

幾度となく、冬になれば聞こえたその声にピクッと体を震わせると、チルノは目元を袖でゴシゴシと擦り、振り返る。


「……レティ」


目を赤くしたまま名前を呼ぶその姿。
悔しくても、悲しくても、強がって泣きを見せようとはしない、レティが長年見てきたチルノだった。

クスリ、と懐かしむように笑みを零しながら、ザッ、ザッ、と。
わざとゆっくりと近付けば、よいしょ、と声に出して視線に合わせるように腰を落とし


「チルノ」
「―――レティ」


そっと手を伸ばすと、その小さな肩に手を置き抱き寄せ、チルノもまた母のような優しい抱擁に、首元に顔を埋めるようにして抱きついた。


「いいのよ、チルノ」
「……レティ、何が?」
「私の事を忘れることに負い目を感じないで?」


優しい微笑みを浮かべながら、慈しむように優しく頭を撫でる。
それに合せ、何かを隠すようにより強くレティへと顔を埋めながら、呟いた。


「―――やだ、ょ」
「チルノ」
「忘れたくないよ―――あたいも、レティを覚えてたい………!」


絞り出すような声で告げ、肩を震わせるチルノを受け止めるように強く抱きしめる。


「チルノ、私の話を聞いて?」
「―――ッ」
「貴方が決意したことは、凄いことなのよ、チルノ。その答えを出すことは生半可な事ではないもの……だからこそ、私はチルノに全てを負わせたりしないわ」
「れ、てぃ……?」


抱擁を解き、肩に手を置いたまま涙ぐむチルノを瞳を覗き込み


「例えチルノが私を忘れても、私がチルノを覚えてるわ」


涙で濡れるチルノの目元を指で拭いながら、冬の忘れ物は優しく微笑んだ。


「だから大丈夫。また、会えるわ―――」
「―――ッ、う、んッ……!」


―――コツッ

泣くのを必死に我慢するチルノの額に、己の額を寄せる。

伝わってくる確かな温もりに、レティは、幸せそうに瞳を閉じた。


「ほら、泣き止んで?チルノ。貴方は最強なんでしょう?一旦とはいえ、お別れが泣き顔なんて悲しすぎるわ?」
「――ッ、うん……ッ! あたいは、最強だもん、ね……ッ!!」
「ええ、それでこそチルノよ」


泣き顔のまま、最高の笑顔を浮かべるチルノ。
レティは、愛おしげに、柔らかな髪を一無でした後、立ち上がり


「なら、私もそろそろ行くわね?」
「もう、行っちゃうの……?」
「ええ、それに―――」


チラリ、と未だ雪の上に腰を落としたまま、呆然と地面を見つめ続けている文へと視線を遣る。
それに気付いたチルノは、ぁ、と小さく声を出し


「……うん、大丈夫だよ、あたい分かってる」


涙を拭いながらチルノが頷くのを見て、ふわ、と嬉しそうにレティは笑みを浮かべた。


「本当に―――強くなったわね、チルノ」
「うん、レティ―――ありがとう」
「ええ―――また、会いましょう」


ふわり、と宙へと浮かぶと、冬の忘れ物は我が子のような妖精へと声をかけ―――


「――――――」


振り返る事もなく、飛び去った。





「…………」


レティの背が空に消えるまで見送ると、チルノは静かに視線を足元に落とした。

先ほどから沈黙を保ち続ける、もう一人へと。
躊躇うようにゆっくりと体を向きなおすと、ギュッと拳を握りしめ


「ッ!」


ザッザッザッ―――と、雪を掻き分け愛しい恋人へ向かって駆け出し


「文ッ!!」
「ッ?!」


その胸へと飛び込んだ。










「霊夢。あなた負けてもいい、と思っていなかったかしら?」


大穴の底。
映姫と小町が周辺への影響を最も少なく破壊する方法を検討している中、異変の元凶である巨大な質量の氷を目の前にして紫は霊夢へと声をかけた。


「何を馬鹿な事を言ってるの?紫」


はぁ?とまるで馬鹿にするように、最強の妖怪を見上げれば不愉快そうに眉を顰める。
だが、スキマから半身だけ覗かせた紫は、いえね?と口元を扇子で隠しながら何処か楽しそうに続けた。


「魔理沙と戦っている時、あまりにも貴方が消極的だったものだから、つい、ね。勘ぐってしまったわ」
「……ふん」


余計な世話よ、と小さく呟くと、ジロリ、と今度は逆に霊夢が探るような目付きで見詰めた。


「そんな事より紫。あんた、小町をけしかけておいてチルノを守ったのはどういうことよ」
「はて、何のことかしら?」
「ふざけないで。私の目だって節穴じゃないのよ……小町の鎌を紙一重でチルノは躱したけど、あれ、あんたが後ろからチルノを引っ張ってたわよね?」
「……」


口元を扇子で覆い隠したまま目を細める紫へと、不信感を露に詰め寄り


「その前もスキマで常に何処かを気にしてたじゃない……あんた」


スッ―――と目を細め、非難するように告げた。


「わざとチルノが死にそうな場面を文に見せつけたのね。常に何処かを見てたのは文が丁度間に合うように計算でもしてたのかしら?」
「―――ねぇ、霊夢?そんなことをして何か得があるのかしら?」
「文を映姫と戦わせて、文が絶対に勝てないし退けないってところをチルノに見せたかったんでしょ?恋人を死なせたくなかったチルノは自ら進んで世界の為に死ぬことを選び、めでたしめでたし、ってところかしら?」


嫌そうに顔を顰めながら腕を組むと、そもそも、と睨み付ける。


「神社で魔理沙を前にして随分ご丁寧に今回の異変の原因とその解決方法を解説してたじゃない……いつもは沈黙こそ雄弁なあんたが、なんでそんなまどろっこしいことしたの?あんたは、魔理沙が異変の解決にチルノが犠牲になる事を良しとしない事を見越してたのね。直ぐに文を連れて来る事も含めて」
「―――」


視線を逸らさぬまま厳しい糾弾を受けた紫は、フッ―――と口元に笑みを浮かべた。


「ご明察、流石は博麗の巫女ね」
「ふざけないで!一体なんでそんなまどろっこしい事をしたのよ」
「分からないかしら?」


パチン、と扇子を閉じると静かな表情で見詰めてきた紫に、霊夢は僅かにたじろいだ。


「どう転ぶにしても、あのままチルノが全ての記憶と共に消えれば文に多大な心の傷を残す事になるわ。それこそ、変に生真面目なあの天狗はチルノ共々心中でもしたかもしれないわね」
「だから態々チルノを説得したの?あれじゃあ文に余計な心の傷を残しそうだけど?」
「チルノが上手くやってくれてるでしょう。良くも悪くも素直な彼女だからこそ、余計な事は言わない筈よ」
「どうだか……ッ」


どいつもこいつも!

霊夢は心で激しく罵った。


「ねぇ、霊夢?私だって鬼じゃないのよ?守れる命はどんな手を使ってでも守っておくわ」
「それでも……チルノは全てを失うわ」


救いの無い相手に全てを託す―――それがどれだけ愚かしい事か。
全てを奪おうとしながら、あまつさえ、その相手の善意を信じるなど。

言いたい事は山とあったし、恐らくそれを察したのだろう、紫は申し訳なさそうに目を伏せながら頷いた。


「そうね……チルノが全てを失う事で、被害は最低限に留まり、異変解決の為の無用な血が流れる事は防げたわ。そして全てを失って、チルノはもう一度蘇える……」
「残酷ね。いっそ一思いに死んだ方が楽なんじゃない?」
「それこそチルノが蘇った時に、あの子が哀れだと思わない?全てを忘れ、恋人は死に、更にはそれを知らずに生きていかねばならないのだからね」
「……知らないからこその幸せだってあるはずよ」
「そうね……チルノがいずれそれを知る日が来るのかどうなのかは分からないわ。でも、あの子の過去を奪う以上は未来を与えなくては、それこそ不公平というものだわ」


言葉を切れば、一瞬迷うように口を開きかけ、小さく言い切った。


「あの子自身に落ち度は無かった、のだからね」










(終わってしまった……な)


魔理沙とレティ、二人と別れの言葉を交わすチルノの姿をぼんやりと見詰めながら、文は心で呟いた。

ズキリ、と体のあちこちと心が軋む。
痛いな……、と深いため息を吐きながら呟いた。

どこもかしこもボロボロで、もはや立てる気がしなかった。

―――しかし


「文ッ!!」
「ッ?!」


伏せ気味だった視界に、青が舞い込んだ。
どん、という衝撃と共に抱き着かれ、反射的にそれを抱き返して気が付いた。

―――チルノ、さんだ

いつもと変わらぬ可愛らしい声に柔らかな髪を持つ、暖かな、愛しい恋人が腕の中にいるという事に。

ぎゅう、と首に強く抱きつきながら、ねぇ、とチルノは声をかける。


「文……大丈夫?凄い、顔色悪いよ……」


ずきり、と心が痛んだ。

これから全てを失う相手に気を使わせてどうするのか……と。


「―――ええ、大丈夫ですとも。なんといっても清く正しい射命丸ですからね」


貼り付けたような笑みを浮かべ、そっか……とチルノが傍目に無理と分かる笑顔を浮かべる。

抱きしめていた腕を緩め、ふとチルノが顔を向けた。
すぐ間近で交差する視線のまま、チルノはどこか恐れるように、言い辛そうに言葉を連ねた時


「あやは、さ……あたいを恋人にしたこと、後悔してる……?」


貼り付けた笑みが罅割れた。

そんな事――――


「……して、ない」
「え?」
「後悔なんて、するわけ……ないじゃないですかっ?!」


その言葉を掛けられたという事に、心が苛立った。

誰よりも大好きだから守ろうとした、というのに。
何故そのような事を聞かれなければならないのか?自分はそこまで薄情な人物だと思われていたのか?

だが、心に渦巻く負の感情に任せ静かに激昂する文とは対照的に、チルノは視線を逸らすことなく、そっか、と小さく呟いた。


「あのね、あや……あたいはね、ちょっとだけ……後悔してる」
「―――ぇ」


瞳の端に涙を溜めたまま告げられたその言葉に、ガン、と文は頭を殴られたような衝撃に襲われた。

後悔―――してるんですか?

呆然と、その言葉を反芻すれば、思い至る事は幾つもあった。

自らの目的の為に彼女を囮に使った事も
自らの思うがままに彼女を馬鹿にした事も
自らの覚悟の無さから彼女を拒絶してしまった事も


「ぁ………」


思えば、チルノに何一つしてあげられた、と思える事がなかった。
そして、今回に至ってはその命を救うことすら叶わなかった。

こんなの、チルノさんが後悔して当たり前だ―――

絶望的な程の想いが心を穿たれ小さく声を漏らせば、まるで貧血のように、ふらり、と目の前が暗くなった。


「だって、ね」


そっと、チルノが文の頬に両手を添える。
柔らかい手が、頬を慈しむように撫でながら泣きそうな顔を更に歪め


「だって、あたいのせいで、文に辛い思いをさせちゃってる……ッ!」
「……え?」
「だけど、ごめんね……あや。多分ね、あたい……100回やり直しても、きっと…!100回あやを傷つけちゃうって分かって、ても…ッ!好きになっちゃう、と思う……ッ」


泣くのを必死に堪え、歯を食いしばりながら、まるで懺悔のようにチルノは文の首筋に額を寄せた。


「な、にを勝手なことを言ってるの……!」
「ご、ごめ、んね…ッ! あ、や…ッ!」


眼前で、泣くのを抑えながら必死に謝罪する恋人を見詰めていると、しらず声が荒らいでいく。

だって、そんなの―――


「私もに決まってるじゃない……!例え何回やり直したって、私だってチルノを100回でも1000回でも好きになるに決まってるじゃないっ!!」


いつもの口調が壊れ、ただ心からの声が口から割って出た。


「私が、チルノを失いたくなかった……ッ!!」


彼女への愛に偽りは無かった。
だからこそ―――失いたくなかった。


「だから、私が辛いのはチルノの所為じゃない……ッ!!」


結局それは、チルノの事を想う以上に、文自身の願いでもあった。


皆、覚悟の上だったのだ。

異変ならば誰が相手であろうと容赦はしない、という霊夢の覚悟。

世界の為でも本人の意思に関わらず犠牲にするという事を決して許せなかった、魔理沙の覚悟。

世界も友も、どちらかを選ぶ事が出来なかったからこそ、味方にも敵にもならず傍観者としての立場を貫いた、妹紅の覚悟。

世界など関係無しに、本人が成したい事を成させる為に戦った、レティの覚悟。


自らの想いを恥じるように、キツく目を閉じてチルノの体を掻き抱いた。

自分には、そのどの覚悟もありはしなかったのだ、と。


だが、チルノは


「え、へへ……ありがとう、あ、やぁ」


泣きそうな顔のまま、幸せそうに呟いた。
違う、とチルノを抱きしめたまま思った。

お礼を言うのは、自分のほうだ、と。


誰よりも辛いはずで

本当なら声に出して泣いてしまいたい筈なのだから―――


「ねぇ、あやッ!あたいね、あやがあたいの為に戦って、くれて……幸せだよ?」
「でも……私は……ッ」
「で、もね!」


一際強く、チルノが回した腕に力を込める。
一筋、二筋と―――ダムが決壊したかのように流れ出す涙を隠すように、肩口に顔を埋めながら


「こうして、ね?文に抱きしめられているのは、もっと、幸せ、なんだよ?」

「夏祭りに、連れて行ってくれたの、も!楽しかった……幸せだった、よッ!」

「いっぱい、いっぱい……!あたいに、幸せをッ!くれて、ぁりがとう―――!!」

「―――ッ」


告げられた想いに、チルノとのこれまでの事を、思い起こした。
戸惑いも躊躇いもあった。
それでも


「私も、ですよ……ッ」


―――幸せだった


「チルノさん、とッ!一緒にいることが幸せなんです……ッ!」


誰かを好きになるということが、これほどまでに心を満たし


「え、へへ………大好きだよ、文」


これほどまでに心を苛ますものだと知らなかった―――。





――――ドンッ!





地面から、突き上げるような振動が走る。


それは、全ての終わりを告げる、報せだった。


ピキッ―――


小さな音を立てて、チルノの羽に亀裂が走り


「ち、るの……それ……」
「ね、ぇ……ッ!」


呆然、と。
文は呟いた。

だが、胸の中で涙を流すチルノは、それを遮るように声を上げ


「あ、やぁ………!!最後、にッ!わがま、ま、言って、も、い……い……?」
「何、言ってるのよ…ッ!最後なんかじゃない!これからもずっと!!チルノは私に我侭を言っていいの!チルノだけが!!」


ぇ、へへ……とチルノは涙を流しながら幸せそうに笑う。
そんな、今にも消えてしまいそうな姿を見て、決して離すまい、と力強く抱き締めた。
それに応えるように、文の胸へと顔を押し当てながら、チルノは―――


「も、し……! も、しも!! あたいが、消えて、全部忘れて……ッ! また、ぅ、出会えたらッ……!!」


嗚咽に混じりながら、苦しそうな声で言葉を続ける。
グッ、と唇を噛み締めながら先を促すように更に強く抱く腕に力を込めた。


ピキッ―――


「ま、た……ッ!! 文を、好きになって、いぃ……ッ?!」
「ッたりまえじゃない!もしも!仮に!!そんな事が起こったとして!!チルノが私を好きにならなかったとしても私からチルノを攫いに行くわよ?!」


ピキィッ―――


一言一言を叩きつけるように叫ぶ。
次第に大きくなる亀裂と音に、絶対に離してなるものか、とチルノの頭を抱き締めたまま焦燥感に駆られた。


「ぅ、あ……ぅん……!!あ、や……ぁ!!」
「チルノッ!?」
「ずっと……ずっと……ッ!信じてる、から、ね……ッ!!」
「―――ッ!待って―――」
「あ、りが、とう……ッ!!す、きになってくれて……ッ!すきで、いさせてくれて……ッ!!」





――――――バイ、バイ――――――





「―――ッ!!」


キィィィン――――!


硝子が砕けるような高い音が辺に響いた。

その瞬間、腕の中から重みが消え、チルノの体がダイヤモンドダストのような細かな氷となって宙に霧散する。

それはまるで、早咲きの桜が花を散らすかのような、幻想的な風景だった。


「―――!」


抱きしめるべき相手が居なくなった腕は、空を切って己の肩を抱き

サクッ―――

それとほぼ同時に、軽い音共にチルノが居た地面に紫蘭の簪が突き刺さった。


「……………」


辺りは、静寂だった。

そこにはもう、嗚咽を堪えながら言葉を紡ぐ愛しい存在は、何処にも居なかった。










何を発するでもなくいつまでも己を抱き締めながら、見開かれた目で雪原に咲く銀色の紫蘭を見つめ続ける。

茫然自失のまま、長いこと雪の上に腰を降ろしていた。

だが、己を抱いていた手をやっとの思いで離すと、震える手で恐る恐ると雪に突き刺さったままの簪を手に取り、雪に冷やされ極限まで冷たくなったそれを指で挟み


「…………」


何の抵抗もなく、スッ、と持ち上がった簪を無言のまま眺める。

それはプレゼントした、あの夏祭りの日と同じ色で変わること無く咲いていた。

ギュッ―――

強く握りしめると、ふと、立ち上がり


「……………」


ザッ、ザッ、ザッ―――

雪の中、足を引きずるようにして歩き始める。
まるで何かに取り憑かれたかのような足取りで氷穴へと続く巨大な縦穴を覗ける場所まで歩み寄り

バサァ――――

翼を広げると静かに羽ばたき、ゆっくりと漆黒の穴の中へと降りていった。










氷穴の中は、外気と変わらない程に冷えている。
口から微かに漏れる白い息が、現れては消えていく。

差し込む陽の光が作る輪から外れれば、直ぐに深い闇へと誘われる。
あの夏と変わらぬ闇の底を目指した。


次第に深い底へと近付くと、大穴の底にポツリと一人の影があるのが見える。
既に映姫や紫は去った後なのか、霊夢一人だけが差し込む明かりの中央で佇んでいた。


―――――――タッ。


一つ羽ばたけば、軽い着地音と共に底へに辿り着いた。
霊夢の背中を無言のまま見つめた後、文は見上げる程の高さがあった氷を探して首を回すが、その面影すらも、既に見当たらなかった。


「チルノは往ったのかしら?」
「…………ええ」


唐突に。
振り向く事なく尋ねられた言葉に、長い時間を使って答えると、そう、と小さく呟きながら霊夢が振り返り、コツコツ―――という無機質な音を立てて距離を詰めてきた。

その様子を、何の感情も映し出さない漆黒の瞳で眺め返す。

臆することなく、いつもと変わらない表情を浮かべたままの霊夢は3メートルほどの距離に近づくと、ふと、歩みを止めた。


「許して―――とは、あんたにもチルノにも言わないわ」

「………………」


文の無機質な視線を返し、はぁ、と霊夢は軽く溜息を吐いた。


「私は例え同じことが100回起きたとしても、同じ状況なら同じことを繰り返すだけだからね。恋人の為に戦った―――あんたが間違ってた、とは言わないわ。私も間違った事をしたとは全く思っていないけれどね……」


文がそうであったように、霊夢もまた、退くことは出来なかった。
幻想郷の守護者の一人として課せられた宿命。
看過すれば多くの者の命に関わる異変を解決せざる得なかった。

その言葉を聞き、ククッ、と微かに笑い声を漏らす。

下手な慰めだな、と思いつつ、ゆっくりと歩きだし、霊夢の隣を粛々と通り過ぎ氷穴の中央まで移動すると、歩を止める。

ふ、と空を見上げればぽっかりと空いた青い空が広がっている。
そこから差し込む陽の明かりの暖かさを感じながら、ポツリ、と言葉が溢れた。


「私は……妖精について多くを知っているつもりでした」


自然の具現であり、自然の盛衰―――季節の移ろいに合わせて、現れ、消える妖精。


「だから、妖精という種族が如何に儚いものかということを知っていた」


例外は、ごく稀に、チルノや大妖精といった大きな力を有している個体のみ。


「でも、こうも思ってたんです……」


しかし、それさえも妖精という理から外れることはなかった。


「妖精としての規格を大きく外れたチルノさんだけは違う。ずっと傍にいる―――なんて―――ッ!」


簪ごと、己の掌を強く握り締めた。
爪が手の皮膚を破り、紅い血が一雫、指を伝って地に落ちる。


「ねぇ、文」


その姿を、言葉を聞いていた霊夢が、ゆっくりと口を開いた。


「……なんですか」


記事のネタを求めて威風堂々と空を舞う、そんないつもより、ずっと小さな背中を霊夢は見詰めた。


「私がこんな事を言うのは変かもしれないけど、ありがとう」

「………」

「最後まで、チルノの味方でいてくれて」


自らの役目を放棄出来ずとも、霊夢も少なからずチルノと縁があった。

だからこそ、分かっていた。
チルノは救われたのだ、と。

無為に、世界の為―――などという理由ではなく、大切な人を守る為に決断することで。


「………お礼なら、チルノさんに言ったらどう、ですか?」

「………そんなの、言える訳ないじゃない」


チラリ、と。
握り締められている紫蘭の簪に一瞬視線を遣れば言い放ち、霊夢は飛翔した。
巫女服を風にたなびかせながら、その姿は洞窟を突き抜けた円形の青天へと吸い込まれ、消えた。





「――――――」


文は、再び一人きりになった。
洞窟内を通り抜ける、ゴォォ、という風の音以外何も聞こえない。


「まるで、私みたい……」


心をくり抜かれたような洞窟を思えば小さく呟き、トンッ、と膝から崩れ落ちた。
酷い疲労感と虚無感が心を苛ませ、深い、深い溜息を一つ吐き出す。

暗い地面を眺めていると、ふと、思い出した。


「……ここで、チルノさんが……ぶっ倒れていたんだっけね……」


あの夏の日。
己の身代わりに使ったチルノが、倒れていた場所。
その場に再び膝を着いているとは何という因果か、と人知れず自虐の笑みを浮かべた。

思えば、色々な事があった。

1年にも満たない期間で、恋をして、望まぬ形で失った。


それでも、心に浮かぶのはチルノとの思い出ばかりだった。


一緒に夏祭りに行った―――

割と真面目に戦ったのに一蹴された―――

彼女が別の人と笑っている事を心苦しく思った―――

謝罪され、告白された―――


そして


「また好きになっていい?だなんて―――」


チルノとの最後の思い出。

泣きながら笑っていた、彼女の最後の顔。


「―――ッとにッ!」


ぼやけ始めた瞳をキツく閉じた。

堪えなくては溢れてしまう想いを塞ぐように、掌で顔を覆い―――


「チルノ、さんはぁ…!!お馬鹿ですね……ッ!!」


口癖のように繰り返したチルノへの言葉を漏らせば、熱い液体が頬を伝った。



―――誰かの為に頑張れる、という事は偉い事なんですよ?



ふと。

かつて、共に回った夏祭りでチルノへと伝えた言葉が、胸に蘇った。


「―――ッがう!!」


ガンッ―――!!

虚空に響く打撃音。
文が、その言葉を否定するように岩を殴り付けた音。


「こんなの違うッ!!」


ガンッ―――!!
ガンッ―――!!!

振り上げては、降ろし。
幾度となく岩を殴り付け、傷ついた拳からは赤い血が滴り落ちる。


「そんな頑張りなんていらないッ!!なんで…どう、して……ッ!!!」



―――そんなに“偉い子”になってしまったんですか―――!!



彼女の成長を、ただ喜んだ。
自分が傍にいることで、きっとそれが良い方へと導けているのだと、慢心していた。



「私が……ッ!!」



彼女を、殺したんだ。



「く、ぁ………ッ!!」



嗚咽を漏らしながら、それでも心に湧いたその思いを否定するように、激しく頭を振った。

本当は、恋人の為にとはいえ本気で幻想郷を犠牲になど出来なかった。



「あ、ぁぁ……く……ッ!!」



けれども、幻想郷の為とはいえ彼女を犠牲にするなどはもっての外だった。



「う、あぁ……くぅ……ッ!!!」



チルノの言葉が―――想いがあったからこそ、世界か恋人か、という板挟みの心が救われた。

彼女の命で、己は救われたのだ―――




「うあぁぁぁぁぁあぁああああああああ!!!!」




悲痛に満ちた鴉の叫びが誰も居ない天へと木霊する。


ぽたぽた―――と。


とめどなく溢れる涙が岩の地面に小さな水溜まりを作り続け、その声が枯れるまで絶叫は鳴り止む事はなかった――――――




















= = = 終幕 = = =






















―――幻想郷の、季節は巡る。


極寒の異変終結から既に一年を越え、二度目の夏を迎えた。




煌々と照りつける太陽が地面を焼き、蒸し暑い風が漂っている。



いつもと変わらない、いつもの夏。



そんな中を、文々。新聞の記者、射命丸文は紅魔館傍にある霧の湖の畔をゆっくりとした歩調で歩いている。



柔らかな土を踏みしめて、ふぅ、と息を吐くとジリジリと太陽を見上げ、ポケットから取り出したハンカチで額に浮いた汗を拭った。






誰からかの指図か、永遠亭の兎たちの手によって魔理沙が開けた大穴は塞がれ、かの異変の真相もまた闇へと葬られた。


異変に巻き込まれ死んだ、哀れな妖精が一人いた―――という話だけが残されて。


喉元過ぎれば熱さも忘る。


極寒の異変は、当事者達を除いて次第に忘れ去られていった。



人々は安定して巡る四季を思う。


春に生命の息吹を感じ

       夏の日差しに草木の成長を眺め

                  秋の実りの豊作を祈り

                         冬は寒さを耐え忍ぶ


常に流れる時に抗う事なく、自然と共に過ぎ行く、日常だった。




氷の妖精は、秋の初めに氷が再び出来て直ぐに幻想郷へと現れた。


奇跡などは起こる事もなく、全てを忘れた、真っ白な状態で。


それでも幻想郷は、彼女の友人であった少女達は再び彼女を受け入れた。



ただ一人、漆黒の翼を持った鴉を除いて。








数ヶ月間。


ただひたすらに、失った記憶を取り戻す方法があるのでは―――と寝る間も惜しんで奔走した。


だが、結果は振るわず。


深い絶望の淵にいた文にとって、氷の妖精が再び現れたその時間だけでは、心の傷を癒すのは十分ではなかった。


何度か、霧の湖へと赴いたが、湖畔近くで遊ぶ氷精の目の前に自らを晒すのは躊躇われた。


幾度となく繰り返す、自分が悪かったのではないか、という自問自答。

己という存在が彼女に関わらなければ、このような結末を迎える事はなかったのではないか、と―――。

不甲斐ない命を自ら絶ってやろうと考えたことも、一度や二度ではなかった。

もう、二度と会わない方がいいのかもしれない―――そんな想いが何度となく心に湧いたが、チルノとの最後の約束が心を繋ぎとめていた。



―――鴉は想う。


あるがままに生きることを罪とされた彼女

そんな彼女を愛した自分は、どんな罰を受ければいいのだろう


二度と彼女の前に姿を見せず、この命続く限り見守ることだろうか?

それとも、かつての彼女を想いつつ、隣に立つことなのだろうか?


湖の漣の音を聞きながら、幾度となく繰り返したその問答に、いや、と文は首を振った。


それは愚問か、と。






ふと立ち止まり、広大に広がる湖をぼんやりと眺めてみた。

今まで、会うことを躊躇していたにも関わらず、今こうしているのは本当に小さな事だった。


一週間後。


人里で夏祭りが行われる。
かつて、共に回った、あの夏祭りが。

彼女がいる夏に行われる、二年ぶりの夏祭りが。



―――誘ってみよう。



深い意味も無く、何ともなしに、そう思った。

ただ、それだけだった。



「…………」



ふ、と。

夏に似付かわない冷気を感じ、振り向く。


そこには、不思議そうな表情をした氷の妖精がジッと見詰めていた。


想い出の中と同じ、青い瞳を見つめ返し、そっと目を伏せ、考える。



彼女が消えるとき告げられた言葉

―――もし、また出会えたら、また好きになっていい?

それはなんの根拠もない言葉で

出会ったとしても己の事なんて完全に忘れているだろうけども

それでも、彼女は救ってくれた



最初から分かっていた。

あの選択をしなくては多くの命が奪われてしまう可能性があったことを。
そして、あのまま戦い続けていたとしても、自分が四季映姫には絶対に敵わなかったことを。

彼女に殺戮者としての烙印を押させずに済んだのだ。
自らの力が及ばず、弾幕の嵐に消えていく彼女を見ずに済んだのだ、と。


結局それは己の実力不足に対する言い訳でしかなかったが、それでも、彼女は身も心も救ってくれたのだ、と。


ならば、今度は自分の番だ。

自責の念にとらわれ続ける事は、贖罪になりはしないのだから―――



「………」
「………」



二人、向き合ったまま、生ぬるい風が通り抜ける。


周辺に新たに芽吹いていた若木がざわざわと鳴った。


互いに言葉を発さないまま暫く見詰めあっていたが、にこり、と笑顔を浮かべる。




今は無き彼女の願いと己の想い

ただ、もう一度出会い、恋をする

そんな、小説のような約束を履行する為に、会いに来た―――




「こんにちは」




もし


もし、それで




文は考える。
何度も自らに問いかけた“もしも”を。



彼女が私を好きになり、今の彼女を私が愛したなら


天狗だとか 妖精だとかと


今度は二度と迷わない


彼女がしてくれたように、私もまた彼女に全てを捧げよう






そう



この身も



この心も



この命さえ







氷の妖精は、きょとん、と首を傾げる。

夏の青空を背に、真っ青なリボンとセミショートよりも伸びた髪が、風に揺れた。






誰よりも愛した、たった一人の貴方に







「文々。新聞の記者、射命丸文と申します」






この夏の空よりも青い貴方に捧げよう―――







「はじめまして―――チルノさん」






――それは、一欠片の氷を愛した一羽の鴉の物語――
紫蘭の花言葉「あなたを忘れない」「お互い忘れないように」「変わらぬ愛」「薄れゆく愛」

このような話でしたが如何だったでしょうか?

どうにかして過去の話の結末をバレないようにするかと考え、読者の皆様のミスリードを誘うような表現を多用した結果が、先に投稿した文チルタグが付いている短編(未来)です。
改めて読み直すと文体が変わってたり何だりと問題がありましたが、何よりもとんでもない騙し討ちだなー……と我ながら思いました。不快に思われた方がいらっしゃいましたら、大変申し訳ございませんでした。

これまで馬鹿みたいに文チルの話を書き続け、短い話も含めて途中増えたり減ったり減ったり増えたりしましたが、当初文チルで想定していた作品数をこれで無事に完成させることが出来ました。
短編をはじめとして拙作に暖かなコメントを下さった方々、また本作の長編を完成させるにあたりアドバイスや校正等でお力添え頂いた方々、そして何よりもここまで読んで下さった皆様方に深く御礼申し上げます。

今後も、文チルが増える事を祈りつつ―――本当に、ありがとうございました。

追記:
誤字報告して頂き、ありがとうございます!訂正致しました。


12/11/23
諸事情により、Twitterへのリンクを表示致しました。
不知火
http://twitter.com/Unknown_fire
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コメント



0.1410簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
救われない結末かと思いきや過去作と繋がってるんですかー!? やったー!!

これって元凶ぐーやですよね……?
6.100名前が無い程度の能力削除
こんなかっこいいロリコンは見たことがない
長編執筆、お疲れ様でした。ナイス文チル!
7.100名前が無い程度の能力削除
ディ・モールト・ベネ

誤字報告を
》私の事を忘ることに負い目を感じないで?

忘「れ」る
8.100名前が無い程度の能力削除
ご都合主義の結末にはならなかったか・・・
でも短編の二人を見ればハッピーエンドでいいのかな?
9.100奇声を発する程度の能力削除
大長編本当にお疲れ様でした
とても素晴らしかったです
10.100名前が無い程度の能力削除
社会と個人の狭間で揺れる文と、社会の体現たる四季様との対比が良かったです。
続編を見るに、文はちゃんと覚悟ができたようで何より。

蛇足ですが…レティと小町の戦いで

( 0M0) この距離ならバリアは張れないな!

を思い出した…
11.100名前が無い程度の能力削除
なにこれ切ない。でも未来で二人が救われてなにより
14.100名前が無い程度の能力削除
やっべぇ…
めっちゃいいじゃんこれ
21.100名前が無い程度の能力削除
おい何血迷ったBADENDとか聴いてねぇぞ

と思ったら過去作のラブイチャに繋がるのね。過去作読んでなかったら即死だった。
22.100名前が無い程度の能力削除
まさかの複線回収でした。
面白かったです。
23.100名前が無い程度の能力削除
1から一気に読みました。
ハッピーエンドじゃないのにいい話で不覚にもうるっときました。
28.100愚迂多良童子削除
うぐぁ・・・切ない・・・
これは過去作とやらを読んで幸福成分を補給するしかあるまいて。

>>言う事欠いて
言うに事欠いて
>>笹団子の例
礼?
30.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい
33.90うぃの削除
文チル素晴らしかったです。

とても悲しかったですが既に次の物語が紡がれてますので、
ここから幸せになったんだと文の努力に感動しています。

ただ!!個人的には紫様には絶対的な権力者でいてほしかった。

異変の前兆に気づけず幻想郷の強者を囲った上で、
チルノだけに解決策を求めた紫様・・・

これだけならまだしも幻想郷の遊びでない本物の大異変に、
周りに権利が及ばないどころか「さぁそろそろ行こうか」などと、
チャンスに代えようとしている神様に、幻想郷の管理者として権利主張出来ない有様・・・

そもそも永遠亭にも遠因があるきがしますので、
こっちにも怒鳴り込んでほしかったです。

今も続いている文チルの世界。
好きで恋人になり1年で異変が起きたという事は数年後また起きると思います。

私は紫様が天狗と手を結ばざる得ず、
神様や永遠亭に協力を仰げないというのであれば、

チルノには二度と近づくな幻想郷が壊れる!!
と、厳しい態度を取ってほしいと思います。
それが幻想郷を守る為の手段として当然な姿なきもします。

チルノにスナック菓子の食べ方を教えている場合ではありません。
幻想郷の本物の異変を助長してしまってます。

そしてそこから再度異変が起きたときに、
文は今回の思いを踏まえて一体どうするのか・・・みてみたいです。



もしくは!今回だけは本当にもう時間が無くてどうしようもなかったのであれば、
二回目の大異変時に、前回何もしなかった兎を不眠不休で働かせ、
神様の信仰を前回動かなかった「滞納分」としてあらん限り搾り取り、
フェニックスには何度でも復活させて、鬼でも神でも、嫌なら「幻想郷から追い出すカード」でもちらつかせながら、
狡猾な絡め手を出し、存分に幸せをバックアップする紫様が見たいです。

最後にあなたの文チルは大好きです。
これからも是非よろしくお願いいたします。
35.100名前が無い程度の能力削除
満足のボリュームとストーリーでした。。

これから作者様の過去作巡りに行ってきます!
37.100名前が無い程度の能力削除
泣ける…。この二人には幸せになってほしい。
42.100ロドルフ削除
この二人が幸せにならなければ、俺はこの幻想を破壊し尽くすだけだ!
44.無評価名前が無い程度の能力削除
ん?これって、冷気の制御やめればよかったんじゃ?
45.無評価名前が無い程度の能力削除
ん?これって、冷気の制御やめればよかったんじゃ?
46.無評価名前が無い程度の能力削除
ん?これって、冷気の制御やめればよかったんじゃ?