幻想郷という場所はその名の通り、あらゆる幻想となった存在が流れ着く場所である。
そこを楽園と表するものも入れば、また閉じられた檻だと口にする者もいるだろう。
故にこそ、この世界ではあらゆる超常現象が許容され、外では迷信であったものやありえないものとされたものが、ここでは当たり前のように形を持つ。
では、非現実、非日常的な現象、事象、生物が闊歩するこの幻想郷、果たして目の前の光景は許容するべきなのか否か。
「あら、華扇じゃない。いらっしゃい」
まぁ具体的に言うと、立ち上がったら3mぐらいありそうな巨大熊に、ベアーハックかましつつ和かに挨拶してくる紅白の巫女とか。
はたして、その光景を目撃した華扇の胸の内はいかなものであっただろうか。
己の常識とかそういったもんが木っ端微塵に粉砕される音を聞きながら、何かの見間違いであってほしいと言わんばかりにゴシゴシとなんども目をこする。
しかしやしかし、目の前の現実は無情にも変わることはなく、むしろそろそろ熊の方がヤバイのか泡をぶくぶくと吹き始めている始末である。
いやいやねーよ。ここが幻想郷であってもこりゃねーよっていうか、熊だけにベアーハックかよ。技が古ぃよなどと次々とツッコミが浮かんでは消える華扇をよそに、霊夢はにっこりと笑みをみせ。
「ちょっとまってね、今終わらせるから。……ヌゥンッ!!!」
――ゴボキベキィッ!!
骨の砕ける凄まじい音が境内に鳴り響き、紅白の巫女こと博麗霊夢の腕から解放された熊は力なく崩れ落ちたのであった。
ビクンビクンと力なく痙攣を起こす大熊のそばで、嬉しそうに顔を綻ばせている少女という図はなんかアンマッチすぎて突っ込みどころ満載である。
一体、この少女の細腕と華奢な体のどこにこんな力が隠されているというのだろうか。
これが何かの術式で打倒したというのであれば、それもまぁ納得しよう。そもそも彼女は妖怪退治を生業にする巫女なのだし。
しかし、だがしかしである。
細腕の少女が素手で熊の背骨をへし折るなどという事があっていいのだろうか?
いいやない! 断じてないっ!!
いくらあらゆるものを許容する幻想郷とて、何事にも最低限の常識ってもんがあるのだ!
「うふふ、今日は熊鍋ねぇ~。一ヶ月ぶりのタンパク質だわぁ~」
ある……のだけれど、霊夢の神社に通い始めて幾星霜、ちょっぴり自分の常識に自信が持てなくなってきた華扇なのであった。
まぁ、それも目の前の光景を見てしまえば無理らしからぬというもの。未だ子供らしさの残る人間(ここ重要)の少女が熊の背骨をへし折るなどと、いったい誰が想像できよう。
なんというかこう、幻想郷だから仕方ないで済ましちゃいけないと、華扇的には思ってしまうわけで。
鼻歌交じりにスキップしながら台所に向かう様は、やはり年相応の少女らしい姿だ。その手に引きずるのが血泡を吹いている巨大熊でなければだが。
「私はこれ食料庫に置いてくるから、あんたは縁側で座っててよ」
「え? ……あ、うん」
よっぽど機嫌がいいのか、めずらしく満面の笑顔でそう言葉にする霊夢にも、華扇は生返事を返すことしか出来ず。
結局、霊夢の姿が見えなくなるまで立ち尽くしていた華扇は、疲れたようにため息をついてとぼとぼと神社の縁側に座り込んだ。
ぴよぴよと小鳥がさえずり、頬を撫でる風も暖かで優しく心地よい。
ふと空を見上げれば、昇る太陽にも雲による陰りもなく、暖かな春特有の日差しを届けていた。
なんとも素晴らしく、心地よい一日にはふさわしい天気であろう。先ほどのショッキングな光景さえ見なければの話だが。
「あら、仙人様ではないですか」
そんなふうに若干現実逃避していた華扇に向けて、鈴の音を転がすような少女の声が耳に届いた。
ここ最近でずいぶんと耳に馴染んだその声の方に視線を向ければ、やはり、想像通りの人物がにこやかな笑顔を浮かべてこちらに歩いてくるところだった。
東風谷早苗という風祝の少女は、すっかり幻想郷にも馴染んだようでその表情は柔らかい。その手には大きなカゴがあり、生憎とここからでは中身は確認できなかった。
元々、幻想郷の外の世界の住人であったという彼女だ。こちらに来て、色々とそのギャップに戸惑うことも多かっただろうに、今ではそんな様子は微塵もない。
「こんにちは、早苗。霊夢ならもう少ししたらくるでしょうから、ここで待っていてはどうですか? まぁ、私が言うのもおかしい話ですが」
「いえいえ、そんなことないですよ。なんというかこう、華扇さんは霊夢さんのお姉さんみたいに見えることありますし、あんまり違和感ないんですよね」
「……そうですか?」
「そうですよ」
そんな風ににこやかに言われてしまっては少々気恥ずかしくて、華扇は少し視線をそらして頬をかいた。
うっすらと赤みを帯びたその表情に、早苗は微笑ましいものを感じてクスクスと笑みを一つ。
「隣座りますね」とことわりを入れてから、風祝の少女は静かな物腰で華扇の隣に腰を下ろした。
なんとなく、沈黙が気まずい。
先ほどの早苗の言葉のせいなのか、こうしているのがなんだか落ち着かない。
予想以上に、「霊夢さんのお姉さんみたい」という発言が効いているようで、恥ずかしさをごまかすように何か話題はないのかと頭を巡らせる。
顔が熱く火照っている中で、ふと目についた早苗の持つカゴに気づいて、華扇はこれ幸いと話題転換することに。
「そういえば、そのカゴには何が入っているの?」
「あ、これですか? よくぞ聞いてくれました!!」
どうやら、この話題は思っていた以上に正解だったらしい。
なんとなく気まずいと思っていた華扇はホッと無でを撫で下ろし、その間に早苗はカゴの中に手をつっこみ――
「先ほど素手で仕留めたトラの毛皮です!」
そこから出てきた代物を見て、再び自分の常識がぶち壊される音を脳裏で聞いた華扇であった。
「……え、素手……え?」
「ふふ、まだまだ霊夢さんのようにはいきませんね。私ではこれが精一杯です」
なんかアンニュイな表情しているところ悪いのだが、普通の人間はトラを素手で倒せませんと言葉にしたかったのだが、口が壊れたみたいにパクパクと動くだけで声が出やしない。
そんな華扇の様子になど気づきもしないまま、早苗は次々と戦利品を取り出してくる。
トラの手とかトラの肉とかトラのマスクとかトラ竹刀とか。
最後の方に関してはトラつながりってだけで全く別物じゃねーかと思いもしたが、相変わらず言葉が凍りついたように出てきやしない。
そんなふうに呆然としていると、霊夢が戻ってきたようで早苗がいたことに一瞬驚いたようだったが、「まぁ、いつものことか」と華扇の隣に腰掛ける。
華扇を中心に、素手でトラや熊を仕留める巫女がサンドイッチ。
あれ、これ地味に命の危機じゃね? と思いもしたが、気のせいということにしておいた。
主に己の心の安定のために。
「どうですか霊夢さん、この毛皮、なかなかのものでしょう?」
「ふーん、やるようになったわねぇ。ここに来た頃は素手じゃ何も出来なかったくせに。やっぱり、私の教えが良かったのかしら?」
「って、この子がこうなった元凶あなたですか霊夢!!?」
今度ばっかりはさすがにツッコミが口に出た。
思わず立ち上がって霊夢に言葉を投げかけてみたものの、なぜか「何言ってんのこいつ」みたいな視線が非常に心をえぐる。
まて私、負けるな私、正しいのは私なんだ! とかなんとか負けそうな自分自身に叱咤しながら、射抜くような視線で霊夢を捉え続けている。
ちょっと涙目だったりするのだが……まぁ、そこは指摘してあげないのが優しさというものなのかもしれない。
「なによ。妖怪退治だってやるんだし、いざというときに素手で戦えなかったら問題でしょう?」
「限度があるでしょう限度が!! なんですか、あなたスーパーサイヤ人にでもなるつもりですか!!?」
「オッス、オラ早苗。ワクワクしてきたぞ!」
「早苗は黙ってて! ていうかそのそっくりなものまねが余計に腹立つんですが!!?」
「とーにーかーく!」と言葉を紡ぎながら、パンパンと手を叩いて二人の前に立つ。
二人とも興味なさげなのが実に腹立たしいことこの上ないのだが、今はそこを怒っても仕方がない。
というか、いちいち怒ってたら話が進まないので、今はそこは置いておく。
「いいですか二人とも。確かに素手で戦えるようになることは悪いことではありませんが、限度というものがあるでしょう? あなたたちは巫女なのよ? 常識ってものはないの!?」
「常識でメシは食えないわ」
「常識は投げ捨てるものです仙人様!」
駄目だこいつ等、早く何とかしないと。
めまいを覚えてふらりとよろけた華扇の心中はいかなものであっただろうか。
もう何か早くも心が折れかけそうな仙人を見やり、巫女二人は何を思ったのかにやりと笑い、縁側から立つと奇妙なポーズを二人揃って取り始めていたりする。
「いいわ、アンタが何でも」
「常識で語るっていうのでしたら」
『まずはそのふざけた常識をぶち殺す!』
――うわ、こいつらぶん殴りてぇ!!
思わず乱暴な考えが浮かんでしまった華扇だったが、理性を総動員してなんとかその考えを押しとどめる。
わなわなと震える腕とか、青筋の浮かぶ顔とか、もうなんか青いんだか赤いんだかよくわかんない表情とか。
そんな様子を見れば、いかに彼女がその衝動を押さえ込むのに苦労したかがうかがい知れるというものである。
そこでその衝動を抑えきったあたり、彼女もまた精神的なものでは十分大人であったのだろう。なかなかできるようなことではない。
ようやくどす黒い衝動が収まったことで、自分自身を手放しで褒めたくなった華扇であったが、それはひとまずさておいて。
「いいですか、二人とも。私はあくまで二人を心配して言っているのですよ? お二人はあくまで人間なんですから、そんなことでは嫁の貰い手がないじゃないですか」
「うぐっ!?」
どうやら痛いところ突かれたようで、早苗の方はうめき声をこぼしてそろーっと視線をそらす。
流石に、今の自分が女性として色々とアレな自覚はあるらしい。冷や汗流して知らん顔である。
問題は、肝心の霊夢が涼しい顔で席に座りつつ、持ってきていた茶を啜る始末。
まぁ、何事にも動じないのは霊夢らしくて大変結構なのであるが、今のには動じて欲しかったなぁと思わなくもない華扇なのである。
「霊夢、あなた私の話聞いてました?」
「聞いてたわよ。私には何の関係もない話じゃない。だって――」
――私のことは、アンタがもらってくれるんでしょう?――
そんな言葉を、恥ずかしげもなく、穏やかな声で霊夢は口にした。
一瞬、何を言われたのか華扇は理解できず、その言葉の意味を理解した瞬間、瞬く間に顔をゆでダコのように真っ赤にさせて狼狽した。
当人が言われたわけでもないというのに、早苗の方も若干頬を赤くして「わぁ~」と感嘆の言葉をこぼしているあたり、その言葉の破壊力というものがうかがい知れるというものだろう。
何しろ、聞きようによってはそれはプロポーズの言葉に聞こえないこともないわけであるからして。
陸で溺死する魚のように、口をパクパクと開閉させることしか出来ずにいる華扇の様子を見れば、それは十分な破壊力であったかもしれないが。
「ば、ばばばばばばばばかものぉー!! そんな他人任せでどうするのですかあなたは!!?」
「あ、否定はしないのね」
「あ、あう!? あうあうあぅ~……」
誰の目から見ても先ほどの剣幕はどこにもなく、怒りを露わにしてはいるようだがそれもどこか可愛らしく映ってしまう。
珍しく華扇が口が回らないあたり、先ほどの言葉がよっぽど聞いているというのが妥当なところであろうか。
結局、華扇は納得がいかない表情は浮かべて「ぅーぅー」唸ってはいたが、先ほどのように説教をしようという気は失せてしまったようだった。
そんな不機嫌な華扇と、どこ吹く風な霊夢の二人を見やり、早苗はクスクスと笑みを一つ。
「やっぱり、二人とも姉妹みたいですよね」
早苗は誰にも聞こえないようにそんなことをつぶやきながら、隣り合って縁側に座る二人から少しだけ距離をとって、ゆっくりと腰を下ろした。
そんな彼女の心遣いに感謝しながら、華扇が空を見上げてみれば、澄み渡った青空が広がっている。
先ほどの発言のせいでまだ心臓は早鐘のようで、顔に熱が集まってしまったかのように火照っている。
霊夢のことだから、もしかしたらそういう意味での言葉ではないのかもしれないけれど、不覚にも、嬉しいと思ってしまった自分が悔しい。
「霊夢はずるいわ」
拗ねたように呟いてため息をつけば、それに気づいた霊夢がけらけらと笑う。
そんな彼女の眩しい笑顔から逃れるように、華扇は淹れたばかりのお茶に口を付けるのだった。
口にしたお茶は少しほろ苦くて――けれど、どこか甘いような気がした。
それにしても一体何を教えたら外の世界の生身の人間に素手で虎をしとめられるようになるのよw
そして霊華分補充させていただきました、ゴチです!
顔真っ赤の華扇ちゃん可愛い
いいssでした
魔理沙も人間だけどこんなことしないよね?大丈夫だよね?
華扇ちゃんかわいい
ばかものぉー!満点もってけー!
何を言ってるのか(ry
あと、
よっぽど聞いて→よっぽど効いて
ではないかと……細かいですが一応報告です
でも常識は仕事しろwww
でも貰い手がいてよかったね霊夢さん!
そして早苗さんはどこへ行こうとしているのか……?
とりあえず華扇がかわいいってことだけはよくわかった。