まだ、魅魔様に魔法の基礎を教えてもらっていた頃の話だ。
私は、人にしては珍しく魔力というものを持っていて、とにかく魔法に興味があった。当時の私は深く考えず、しかし全力で自分は正義の魔法使いになってみんなを守るものなのだと考えていた。しかし、当然のように親父は反対していた。親父は、魔法使い、特に魔女というものは邪なもので、一度そちら側のものとなってしまえば人とともに生きることはできず、平穏な暮らしもできないという考えを持っていたからだ(後で知ったことだが、魔法の研究には水銀など有害な物質を扱うことが多々あり、人の身では若くして死んでしまうことが多い。親父が反対した理由は、そういったことのほうが大きかったらしい。そうならば、ちょっとだけであるが、悪いことをしたと思う)。だが、私も親父譲りの頑固者であるため、絶えずそのことで親子喧嘩をしていた。親父のアイアンクローに対し、空中腕エビ折りで対抗する日々。そしてついには家出、勘当されることになったのである。
これでも人里ではそれなりに大きな商人の一人娘であった私が、いきなり一人で暮らしていくというのはそれはもう大変なことであった。しかし、二度目だが私は頑固者である。親父譲りの。だからおめおめと逃げ帰るのは絶対に避けたかった。しかし、このままではのたれ死んでしまう。
そんなときに出会ったのが、霊夢である。あと魅魔様。
出会ったわけはここでは省かせてもらう。本筋とはどうにも関係ないが、やや長くなるからだ。余分なものは物事の本質を鈍くさせる。例えるならば乳である。おっぱいのことだ。どこぞのあれそれのように無駄にでかい乳は弾幕ごっこのとき邪魔になるだけではないか。私くらい、あるいは霊夢くらいがベスト・バストだと思われる。
まぁ、ともかく私と霊夢は出会った。
***
霊夢という奴は変わった女の子であった。
まずあいつはお金の意味を、否、私たちの考えるお金の価値観を理解していなかった。なにせ、泥棒に金貨数枚を自らあげてしまうのだ。
一度、神社に空き巣が入ったことがあった。その年はやけに夏が涼しい年で、秋になると人里でも収穫が少ないと大騒ぎしていた。それに加え山の実りも少なくよくイノシシや熊が人里までおりてきていた。そんなある日のことである。
霊夢が用事から帰ってくると、なにやら中でごそごそと音がする。私か誰かかと思いそのまま障子を開けると、中には見知らぬ男がタンスをあさっていた。ずいぶん痩せていて、服はボロボロ、何日も風呂に入っていないらしく臭かった。男は驚いて振り返ったが、霊夢を見た途端ほっとしたような顔になったらしい。子供と思い安心したのだろう。
結果的に、その判断は間違いで、力づくで押しと通ろうとした男は逆に力ずくで霊夢に締め上げられることとなる。
「すみませんすみません」
男は謝りながらわけを話す。今年の冷害のせいで山の生活をしている自分は食うのに困り、出来心でやってしまったと。神社ならばなにか食べるものもあるだろうと考えたと。また、山には怪我をして動けぬ仲間がいて、そいつの薬を買うお金が欲しかったと。
疑り深い人ならわかったかもしれないが、これは空き巣の嘘である。泥棒はこの手の嘘をよくつく。涙話をすれば人は案外簡単に騙されて「そうか、もうやるなよ」と言って許してくれることがあるからだ。人とは意外に優しいものなのだ。
霊夢の場合も結果だけ見ればその通りになった。ただ、規模が違った。
「わかったわ。じゃあこれをあげるから帰りなさい」
そういって霊夢は無造作に手元の皮袋を投げてよこした。皮袋はずしりと重く、空き巣が中を覗くと古い金貨が数枚入っていた。これが用事、つまり来年こそ不作にならぬよう神に祈る神事、それの対価であった。
もちろん男は驚いた。罠かとも思った。しかし、もらえるものはもらったほうがいいというおばちゃん的精神で、言う通りにして帰ったのであった。私はその話を聞いたときなぜそんなことをしたのか疑問に思った。するとあいつは茶をすすりながら「私が持っててもお賽銭にはならないもの。ほかの人が持てば、まわりまわってお賽銭になるかもしれないでしょ」と言った。
これが、霊夢がお金に対する価値観がずれている具体例だ。こいつは別に空き巣の嘘に同情したわけではない。霊夢のお金に対する感覚とはこうである。
たとえば、十円と五百円では五百円のほうが価値があることはリクツではわかる。しかし、どうしてもそう感じれない。皆も経験があるのではないだろうか。とても有名な芸術品、すごく価値のあるものらしく、説明を聞くと確かに深い意味がこめられていることがわかる。しかし、根本的なところでは納得できないようなことが。
こんな話でもいい。
マツタケという高級食材がある。なかなか食べることのできないキノコだ。しかし、紫の話によると外の世界の特定の場所ではマツタケが沢山採れ、普通のキノコのように食べられる地域があり、別に高級でもなんでもないらしい。彼らからすれば、私たちがなぜここまでマツタケを高級扱いするのかわからない。まぁ、美味いのはわかるし、希少だからというのも理解できる。だが、なにかの宗教かのごとくマツタケに対しなにやら価値のあるイメージを持っている意味がわからないのだ。彼らは、豊かだから貧乏の気持ちがわからないというわけではない。マツタケ教の信者でないだけだ。
あいつにとってのお金とは、神社のお賽銭程度の意味しかなく、いわゆる人里でおいしい和菓子決定戦とかの人気投票の評価点のようなものでしかないのだろう。
またあいつは、人とあまり関わりたがらない。関わる場合にはなんかしらの理由があり、理由がなくなればそれまでなのだ。人に良く見られようともしないが、悪く見られても気にしない。先ほどの空き巣の話がよい具体例だろう。あいつは気遣いや同情から金貨を渡したのではない。もし本当に気を使ったのならば、その怪我をした仲間とやらの看病についていこうと考えるだろう。少なくとも、当時の霊夢でもそれができるだけの知識と力がある。だが実際は、金貨を渡してすぐ縁を切った。はたから見たら美談だ。それだけに危うい。実際の霊夢と、周りから見た霊夢が真逆と言っていいほど食い違うということ、そして霊夢が人間関係をあまり深く考えていないこと、これは下手をすれば小さな勘違いから恐るべき事件へ発展しかねないということだからだ。
そんな霊夢を私は畏敬していたこともあった。変わった人間や変わった価値観を、イコールすごい人間であると勘違いしていたのだ。その頃は霊夢をなにかよくわからないもの……まるで妖か物の怪のようだと感じていた。
それらが、私の抱いていた出会ったころの霊夢のイメージと感想のすべてである。
つまり、私はあいつをよく知らなかったのだな。
***
ある冬先の日、霊夢と人里へ行く用事があった。言い換えるならば、デートだ。私の研究が正しければこの時が霊夢の初デートである。言わせてもらってもいいだろうか。霊夢のはじめてはこの私だ。
用事は早々にすんだので、久しぶりの人里を満喫することにした。神社近隣や魔法の森とは違う平坦で均された道をゆっくり歩く。夕暮れ時で、どこからかおいしそうな匂いがしてくる。等間隔で並ぶ街灯が火の玉みたいだと、霊夢が言ったのを覚えている。ちらほら知り合いに会い、そのたびに挨拶をした。5、6人に会ったあたりだろうか、霊夢が言った。
「魔理沙は知り合いが多いわね」
視線は合わせず、前を向いたまま、何の気なしに言ったようだった。
「人里の生まれだから」
私はちょっと嘘をつく。いくら人里の生まれだからと言って、普通はこんなに知り合いが多いわけはない。私が霧雨家の娘だからだ。しかし、それをそのまま言うとこの関係が変わる気がして、そう言った。霊夢がそんなことを気にしないとわかっていても、嫌だったのだ。長年の生活で身についた悪癖だった。
そしてそのとき、霊夢の生まれの話もした。不覚ながらその時の会話をよく覚えていない。だが、遠くに住んでいて、ずっと先代の巫女のもとで修行していたと話していたはずだ。毎日修行だったから、修行が嫌いになったと言っていた。そして、私が初めての友人だとも。そこは詳細までよく記憶している。ちょっと生意気な感じに、でも可愛らしく微笑んでいた。頬は寒さのためかやや赤かった。白い顔に黒い髪の毛がよく映えていた。それでちょっと照れた風に「初めての友達」と発音した。言わせてもらってもいいだろうか。
霊夢のはじめてはこの私だ。
今でこそそのことを喜べる私だが、その時は違った。この年まで友達と呼べる人がいなく、毎日修行三昧。私はどこか、大きな家の娘というだけで周りから孤立しがちだった自身を見ているような気持ちになった。私はどうしようもなくなって、霊夢を抱きしめたのを覚えている。
帰り道、団子屋によった。あまり金はないが腹が減って死にそうだったのだ。どれを頼もうかという話になったとき、霊夢が言った。
「いくつか買って半分ずつにしましょ。いろんな味が食べれるわ」
なるほどと思って、その通りにする。店の前の長椅子に二人並んで腰掛け、団子を頬張った。だんごは一本で三つついているため、最後の一つはいつもじゃんけんだった。
霊夢がこのとき異様に燃えていたのが印象深かった。普通の子供みたいに食い意地を張る霊夢。
二人で名物の栗団子を食べたときだ。毎回一発勝負で決めていたじゃんけんで霊夢が負けてしまい、三番勝負にしろとわがままを言いだした。こいつが必死になるのが珍しかったのでそれを受けたら、なんと三回連続で私が勝った。喜ぶ私の横で、霊夢が悲しそうな顔をしていた。何かに目覚めそうだった。
勝利の栗団子を食べようとした時、ふと霊夢を見ると、ふてくされていた。口を真一文字にして、あたかも団子なんぞに興味ないといった風に髪をいじる霊夢がなんだかかわいく思えて、団子を食べるのをためらった。
「そんなに欲しいならあげるよ」
「ほんと?」
その時だった。私が、この変わった妖怪じみた巫女を、自分と同じ人間に思えたのは。
あいつは嬉しそうに笑っていた。普通の子供みたいに。私の中の霊夢が一気に意味の分からない奴から、意味の分からない友達に変わっていくのがわかった。
そのことがあってから私は、霊夢を雲のようだと感じるようになった。真夏の濃い青空に浮かぶ白い雲だ。なにやらやわらかくて、ふわふわしていて、つかめなくて、自由で、それでいて存在感のあるもの。
ただただ、あいつといるのが面白かった。
私はいつしか、霊夢が好きになっていた。
以降、幾度となくその団子屋にいった。毎回半分ずつしていた。霊夢が珍しくお金をたくさん持っている日でも同じだった。理由を聞くと、「私、小食なのよ」とそっけなく言われた。あんな食い意地張っているのに、と少し違和感があった。でもあまり気にしなかった。この違和感は、しばらくしたのち解消されることになる。
では、次はその話でもしようか。
***
しばらくたったころだ。
その頃の私は、口調を変えることに傾倒していた。最近読んだ本に、言霊についての話があったからだ。それによると、言葉には言霊という不思議な力があって、人は言霊の影響を受けるらしい。言霊の力には発せられた他人よりも、発した本人のほうに強く作用するのだという。いろいろ考えたのち、私は弾幕勝負に強くなるため強そうな口調に変えるようと思った。語尾は男らしい「だぜ」をつけるようにして、少しさばさばした物言いにした。これは、普段の霊夢がちょっとさばさばしていたからだと、今になって思う。
霊夢には似合わないと笑われたが、似合わないのはまだ私が言霊の影響で『似合う女』になってないからだと信じ、続けることにした。
そんなとき、私は一人で人里に行く用事があった。お母さんに会うのだ。少し霊夢ではなく私の家の話をするが、我慢してほしい。
勘当されたと言ったが、厳密には私に反対しているのは親父だけで、その他の人は母や従業員を含め皆私の味方であった。それでも私が勘当され、家を出たのは分からず屋の親父のせいであり、分からず屋の私のせいである。だから、たまにこうやってほぼ公認の帰省をするわけである。それは近況を報告し、お母さんのおせっかいを聞くだけだったが、私は楽しみだった。
会う場所は親父の目がある家ではなくどこかの店で、毎回変わるのだが、その日はあの団子屋だった。遅れてやってきたお母さんに、いつものように霊夢との話をした。お母さんはいつも基本的にうなずいているだけだが、私が先走って、言葉をまとめずしゃべってしまったときは、落ち着いた声で「魔理沙。それはこういうことかしら」と言って笑う。その優しい笑顔は親父でさえ和んだ表情をする。
また、私の口調の話にもなった。お母さんは女の子がそんな言い方しちゃいけませんと諭してきたが、その声は本気度50%くらいだった。ちなみに、本気度というのは私がお母さんとの間でよく使う表現で、真剣みとか、思い入れなどといった割と広い意味で使われる。
それは唐突だった。きっかけはたしか、お母さんか、店のおばさんだったと思う。霊夢と団子の話になった。私が霊夢と毎回半分ずつする、あいつは小食なんだという話をすると、それを奥で聞いていたらしい店のおばさんが首をひねった。
「おかしいね。あの博麗のお嬢ちゃん、一人で来るときがあるのだけど、そのときは全部平らげるよ」
私の目がお母さんからおばさんに移る。
「そんなはずないぜ。ひとりだから、一本や二本しか食べないんだろ」
しかし、おばさんはそんなことはないという。それには私も首をひねった。あいつのことはよくわからんと言ってしまえばそれまでだが、最近はちょっとずつわかりかけているだけに悔しい。どういうカラクリだろうかと考えたが、何も浮かばない。
うーんと唸る私に、お母さんがもしかして、と言った。
「霊夢ちゃんは、友達の魔理沙に大食いだと思われたくないのよ。小食の、かわいい女の子と思われたいの」
私は笑いそうになった。まさか。と思う。あの霊夢が私の視線を気にしたとでもいうのか。あの他人にまったく興味がない、人とのつながりに興味を持てない霊夢が。浮世離れしたあの巫女が。
しかし、その一方でそうなのかもしれない、とも思った。あいつはあれで人間らしいところがある。団子を美味しそうに食う様。負けん気の強さ。どれも心がある。
私はあいつが以前「知り合いが多いのね」と言ったのを思い出す。あいつは知り合いが少ない。あまりにも少なすぎる。それはもはや、人としての価値観を形成できるレベルにないほどに。もしかして、お金の価値観が違うのも、他人とのつながりを重要視しないのも、今まで俗世と縁がなかったからで、霊夢本来の人格とは違うのではないのか。あいつはまだ、ただの博麗の巫女で、人間・博麗霊夢になっていないのではないのか。
つまり――
***
「――つまりあいつは、これから人間らしくなっていくのかもしれない。ってな!」
そこで魔理沙はカップに残った酒を一気に飲み干した。わあっと小さい歓声が起こる。
ここは博麗神社境内。宴会の真っ最中である。今魔理沙たちは、出会ったころ、という話題で盛り上がっていた。熱く語る魔理沙の横には霊夢がやや赤面して座っている。その二人の周りを、冷やかすように友人たちが囲んでいた。
「なんだよ結局のろけかー」
自己陶酔中の魔理沙を見て妹紅がため息をつく。長い髪がパサリと肩から落ちた。横に座っている慧音が妹紅の失言をフォローする。
「いや、面白かったよ。魔理沙、おまえは意外に他人を観察しているんだね。記憶力もいい、……霊夢に関してのみだが」
「そーだろ? そーなんだよ!」
魔理沙は笑いながら、ばしんばしんと二回ほど慧音の肩を強く叩いた。やや慧音の顔が歪んだ。
そこへ紫が赤い頬をして魔理沙に近づいてきた。ゆらゆらしていて、目がすわっている。かなり酒に酔っているようだ。
「でも確かに、魔理沙は友人という役どころをよくわかってると思うわ。時に本人が気づきえないことを友人は見抜く。そうやって新しい自分を発掘してくれる人間こそが、真の友人なのです。ねえ、藍?」
そういって紫は後ろを振りむき、切り株と話し始めた。かなり酒に酔っているようだ。それをだれも止めない。
まぶしいばかりの光景を、霊夢はぼんやり見ていた。
(……本人が気づきえない、ね)
確かにそう思った。自覚していない自分を、魔理沙は見ていた。そうか、昔の自分はそうだったのかと今更ながら感じる。ちょっと恥ずかしい。
だがアラも多い。あのときだって別に、小食だと思ってほしかったわけではない。ただ単純に、二人で分け合いたかった。二人で一個の団子を取り合いっこをして、くだらないことで喧嘩して、仲直りしたかったのだ。ただただ、ああしていることが面白かった。
紫の言う真の友人はよくわからなかったが、霊夢の大好きな友人は、魔理沙という奴は、霊夢にとってそういう存在だから。
(それにしても)
魔理沙が、自分をあんなに見ているとは知らなかった。まさか、自分と同じくらい見ているとは。
魔理沙のことは、ずっと一緒にいるというのに、知らないことだらけだ。しかし、嫌ではない。これからの人生をかけて、あいつを知っていけばいいのだから。
そう考えると、少しうれしい。
なぜか、こんなフレーズが思い浮かんだ。
(私はあいつをよく知らない)
すくなくとも、今はまだ。
おわり
とおもったら、切り株に話しかける紫に全部持ってかれたw
私のノリツッコミはおもしろくないですが、この作品はとってもおもしろかったです
少し恥ずかしくも、その恥ずかしさが美しい。なんと表現すべきかこれは。
とにかく上手く言い表せないくらいにいい作品でした。
そして紫しっかりしろ(笑)
どの場面も的確に想像する事が可能で、
平易でしかし確実な言葉選びにより読む事を飽きさせません。
ところで体に教え込んじゃうゆかりんの話はまだですか????
霊夢の初めては自分だ、と内心言い張る魔理沙が可愛すぎてたまりません
何かに目覚めそうだった←
おいwww
すごく面白かったから次も期待してる
所々でてくる魔理沙の実家のエピソードがよかった。
霊夢が可愛いです。
レイマリいいですね
ごちそうさまでした