この話は、拙作、「ヤクモラン」から続く、「幽香が咲かせ、幻想の花」シリーズの設定を用いています。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください。
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感覚というものはあまり当てにならないもので、いわゆる五感を外れた認識を説明するために、第六感、さらにはセブンセンシズなんて概念を語る者もいるらしい。だが、今の私にとって、そのような概念を持ち出す必要はない。自分が見た光景を見間違えではないかと疑うことを、目を疑う、と言ったりするらしいが、私は今、まさに、自分の視覚を疑っていた。
「花が…… 咲いている……」
私の視覚は、両手で抱えるくらいの量の花を捉えている。普通ならば、別段驚きもしない。私は花を操ることが出来るのだから、時折、こうやって花を咲かせて観賞したりもする。問題なのは、目の前にある花は、『私が咲かせた覚えの無い』花であることだ。
……いや、問題の本質はそこではない。わざわざ私が咲かせなくとも、自然の中には花が咲き誇っている。そのような花が目の前にあるのならば、私はこれほどまでに困惑することはない。
「感覚が…… ある……?」
視線を自分の手のひらに移す。開いていた手を静かに握り、もう一度開く。……改めて、その動作を繰り返す。結果は、わたしの中に在った困惑の種を育てただけだ。誰だって、自分がした覚えのないことの感覚が残っていたら戸惑うものだろう。『咲かせた覚えの無い』花を、『咲かせた感覚』が残っている。もう一度、花を確認しようと顔をあげた時、私の心の中には新しい困惑の種が植え付けられた。
「……消えた?」
花が、消えた。あれだけの量の花が、ちょっと目を逸らした隙に消えてしまった。少なくとも、私の視覚は花を捉えていない。誰かが出入りしたような物音も聞こえていない。幻覚だったとでもいうのか? 花の在った場所に手を伸ばしてみても、返ってくる感触はない。しかし……
「……花の香りが、残っている。」
残り香、とでもいうのだろうか。たしかに、そこには花が在った。では、誰が、何のためにこんなことをしたのだろうか。答えは、この香りが教えてくれる。香りの指し示す方向を見ると、ご丁寧なことに部屋の入口のドアが開きっぱなしだった。いや、ここは部屋の中なのだから、部屋の出口と言うべきだろうか。
ともかく、これで、こんなことをした犯人が存在することが確定した。後のことは、そいつを捕まえて聞けばいい。私は、まだ見ぬ犯人を追って、花の香りを辿りはじめた。
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地底の都を想像しろ、と言われても、こんな風景をイメージできる者はそうそういないだろう。旧都と呼ばれていたその場所は、人間の里の風景と遜色のないもので、そっくりそのまま地上に出てきてもおかしくないほどのものだった。地上との違いと言えば、妖怪が多いという点、そして、もう一つ。
「花が、咲いていない。」
地底への入り口をくぐってから、目に入る色は茶色がほとんど。極稀に、緑色の草葉が混じっていたりもするのだが、色とりどりの花を見かけたことは無かった。旧都に着くころには、緑色さえも、ついに消えてしまったのだ。
賑わいがあっても、どこか寂しげに感じる原因はそこにあるのだろうか。他の花が無い分、花の香りを追うという、今の状況にはうってつけではあるのだが、なんとなく居心地の悪さを感じてしまう。
と、そうこうしているうちに、どうやら目的の場所に着いたらしい。花の香りは、旧都の中でも最も大きな屋敷の中に続いていた。
「門番はいないみたいだし…… お邪魔しましょうか。」
屋敷の中は、稗田家のような純粋な和風という訳ではなく、どちらかと言えば、紅魔館に近い印象を受けた。さすがに、壁を紅色に染めていたり、妖精メイドが働いているという場面には出会わなかったが。
しばらく歩いていくと、他とは違った装飾の扉の部屋が目に映った。中から話し声が聞こえる事を考えると、ここが今回の探索の目的地なのだろう。扉の前で息をひそめて、部屋の中の声に耳を傾ける。
「―――また、あなたはそんなものを持ってきて。」
「そんなものって言うのは、お花さん達に失礼だよ。それに、お姉ちゃんの為に持って来たんだから、むしろ感謝してほしいくらいなんだけどなぁ。」
「私の為に、という部分は、感謝したいところなのだけれど、結局は、前と同じことになるだけよ。」
「そんなことはないって。だって、今度は前よりもたくさん持って来たんだから。絶対に大丈夫。」
「……ところで、こいし? その花は、どうやって集めてきたのかしら?」
「えっとね、地上には、花の妖怪さんが住んでいてね、その人の力を借りて、これだけの花を咲かせてもらったの。」
なるほど。つまり、姉の為に花を持っていこうとして、私の力を利用した、ということなのか。しかし、どうやって? それに、前、とは、一体?
「あなた、また無意識を―――」
「だって! お姉ちゃん、いつも寂しそうな顔してるんだもん。綺麗な花を見れば、きっと気分も良くなるだろうって思ったのに。なのに―――」
どうやら、片方が泣き出してしまったらしい。……うむ、いまひとつ、状況が判断しきれない。さすがに、聞き耳をたてているだけでは、そろそろ限界だろうか。
「……わかったわ。私のために、いろいろと手を尽くしてくれていることは伝わってきたから。きっと、外で聞き耳を立てている花の妖怪さんも、許してくれるはずだわ。」
「……え?」
「……え?」
思わず声をあげてしまう。まさか、気づかれている? 戸惑っていると、部屋の中から声をかけられた。
「あぁ、驚かないでください。私は、この地霊殿の主、古明地さとりと申します。詳しい話は、部屋の中で。」
声に促されて、私は扉を開く。家の中で見た、両手で抱えるほどの花を抱えた黄緑の髪と、憂いを帯びた目でそれを眺める紫の髪。双子ではないかと疑うほど、そっくりな姿をした二人の少女がそこにいた。黄緑の方の目が少し腫れているところを見ると、こちらが妹なのだろう。
「改めて、古明地さとりと申します。こちらは、私の妹で、古明地こいしです。妹が迷惑をかけてしまったようで、申し訳ありません。」
「いえ…… 私は、ただ、私が咲かせた覚えの無い花を追っていたら、ここに着いたというだけよ。姉思いの妹。いい子じゃないの。……あぁ、私の名前は風見幽香よ。ご存じの通り、花の妖怪だわ。」
「そう言っていただけると安心です、幽香さん。ほら、こいしも、勝手に力を借りたことを謝りなさい。」
「……ごめんなさい。なにか、一言言っておくべきだったかも。」
「まぁ、理由が理由だからね。私も、そこまで怒っているわけではないから、もう謝らなくても良いわ。むしろ、私の方がくすぐったくなってくるから。」
「幽香お姉さん、言葉でくすぐったくなるの?」
「こら! こいし!」
さとりが慌ててこいしを嗜める。無邪気な妹と誠実な姉。不思議とバランスのとれたやり取りを見ていると、思わず笑みがこぼれてしまう。くすくすと笑っていると、さとりがそれに気づいたらしく頭を下げてきた。
「重ね重ね、申し訳ございません。この子、思ったことをすぐに口にする癖があるみたいで……」
「いいのよ、なかなか面白い物を見せてもらっているのだから。……さて、本題に入りたいところなのだけれど―――」
軽く目を閉じて、気を引き締める。
「―――妹の方の能力、一体どういうものなの? まさか、人を操る、なんていうのではないでしょうね。」
「直接的にはそうではないのですが、間接的には、そう言えなくもないのでしょう。」
「どうもはっきりしないわね。簡単には説明出来ないということなの?」
「……私たちは、人の心を読むことができる、さとりの妖怪なのです。意識を向ければ、相手が今何を考えているのかがわかってしまう。幽香さんが外にいる事を感じ取れたのも、この能力のおかげです。」
「でも、読む、ということは、受けるということなのだから、相手に影響を与える事は出来ないのでは……」
「相手の心を知る、ということは、相手の心を再現する手がかりを得る、ということでもあるのです。嬉しいこと、悲しいこと、二度と思い出したくないような出来事さえ、読み取れさえすれば、そっくりと再現することが出来る。私は、それを想起と呼んでいます。」
「つまり、私は、自分の心の中にあるイメージを再現されたことによって、花を咲かせたのだと?」
「いえ…… 私の能力と、こいしの能力は違いがあって、こいしは、私には見えない部分の心を把握出来るようなのです。心の中の、表と裏。私が見ているものは、表の心。こいしは、裏の心を見ているようで、いわゆる、無意識の部分を認識しているようなのです。」
説明してもらったものの、どうにも勝手がわからない。ただ、妖怪を相手にするならば、非常に有利な能力であることは感じ取れる。肉体的に耐性の高い妖怪は、精神的には脆い場合が多いという。心、つまり、精神に干渉する彼女達は、人だけでなく、妖怪からも怖れられていたのだろう。
「えぇ、こいしが、今の能力を得たのも、他の妖怪からの恐れという感情が原因だったようですから。」
「―――ごめんなさい。……迂闊に、失礼なことを考えてしまった。」
「仕方のないことなのです。自分へ向けられている感情を知ってしまうことは、心を読む能力を持つ私たちの宿命とも言うべきこと。それに、こいしは、最近はよく地上に遊びに出かけるようになっているし、良い方向への変化が起きているようですから。」
「とにかく、私は無意識の状態で花を咲かせた。その結果として、感覚は残っているのに覚えがない、ということになったのね。」
「どうやら、そのようです。普段はこんな大掛かりなことをしたりしないのに。なぜ、こんなことになったのかしら。」
ふと、こいしに視線を移すと、私たちの話に興味を示す様子はなく、両手に抱えたままの花に顔を埋もれさせて、幸せそうな顔をしていた。私に向けられる恐れと、彼女達に向けられる恐れの質は違うものだろう。それでも、恐れと言う感情は克服することが出来る。だだ、その過程では、互いを知るという行為が必要不可欠なものになってくるだろう。地上に出てくるということは、そのきっかけになるのかもしれない。
「ところで、あなたたちの会話の中に、前、という言葉があったわね。こういうことは、初めてではないということなの?」
「えぇ、実は、こいしは地上に出かけるたびに、地上の花を摘んでくるのです。初めておみやげとして摘んできたのは、赤くて綺麗なバラの花でした。とても嬉しかった。私は、その花を花瓶に入れて、毎日大切に世話をしていましたが、やがて、花は萎れ、枯れてしまった。」
「花にも、寿命というものがあるわ。生命力に満ちた花であっても、やがては枯れる。それは、仕方のないこと。」
「それからも、こいしは花を摘んで来てくれた。でも、そのたびに、花が萎れていく姿を目の当たりにする。地上に咲いていたのであれば、もっと長い間咲き続けたはずなのに、地底に持ち込まれたばかりに…… そう思うと、私は、これ以上花を持ちこませたくはないのです。」
「……まさか、私の能力で花を咲かせた理由って―――」
「花の妖怪の力なら、枯れない花を咲かせてくれる。そういったところなのでしょうか。」
視線を自分の手に移す。まだ、僅かながら、花を咲かせた時の感覚が残っている。残念ながら、私の能力でも、枯れない花など咲かせることは出来ない。その意味では、こいしの期待を裏切ってしまったということになるのだろう。責任を感じる必要はないのかもしれないが、このまま帰ってしまうのは、なんとなく気分が悪い。
「さとり、私の提案を聞き入れなさい。これから、あなたの花を創ってあげる。その代わり、あなたは地底一杯に、これから創る花を広めるのよ。」
「!? いきなり、何を言い出すのですか。そもそも、地底の環境で花は咲かない。あなたも、ここに来るまでに見ているでしょう。」
「地底には、妖精は住んでいないの?」
「妖精は…… ペットが、よく連れているし、全くいないという訳では……」
「だったら問題ないわ。自然現象の正体である妖精がいるのであれば、花が咲かないはずがない。」
そして、私はこいしが抱えていた花の中から目的の花を選び手にとった。意識を集中させると、花弁が一枚、また一枚と散っていった。
「枯れた……」
「いえ、枯らしたわけではないわ。よく見なさい。」
「……まさか、実が出来ている?」
親指大ほどの丸い実。それを摘み取ると、今度は手の平で握りしめてから意識を集中させる。頃合いを見て握っていた手を広げると、そこには二つの実があった。片方は目を開いた模様が浮かんでいる。そして、もう片方は―――
「―――あら?」
「驚かなくてもいいよ。さっき、お姉ちゃんの花を創るって聞いたから、せっかくだから私の花も一緒に創ってもらおうって思って、幽香お姉さんの無意識を少しいじっちゃった。」
創ろうと意識したわけではないのに、目を閉じたような模様が浮かぶ実が出来ている。少しだけ背筋が冷やりとしたものの、ここは許容範囲として認めても良いだろうという気分になってしまった。こんなことをしなくても、素直に頼めば創ってやることは出来ると言うのに。微笑混じりの溜め息をついて、私は気を取り直す。
「また! こいし、なんてことを―――」
「良いのよ。ただ、さっきの提案に追加させてもらうわよ。地底一杯に、あなたたちの花を広めなさい。」
「うん! 約束するよ、幽香お姉さん!」
「だから勝手に…… もう、こいしったら……」
さとりが頭を抱えている。もしかしたら、さとりの悩みの種は能力の事よりも妹の事の方が大きいのではないだろうか。まぁ、あまり詮索しすぎるのも失礼だろうし、花を咲かせる作業を進めよう。
こいしが抱えていた花の中から、植木鉢に咲いている花を探し出すと、一旦その花を土から引き抜く。代わりに、さっき創った二つの実を植えて意識を集中させる。数秒後には、植木鉢の中に二輪の花が咲いていた。小さめの植木鉢だったせいか、互いに寄り添って咲いているようにも見える。
「こちらのピンク色の花が、さとり。こっちの黄緑色の花が、こいし。無意識だったとはいえ、案外うまく創れるものね。名前は、サブタレイニアンローズ。互いに亜種の関係にあたる花になったわね。」
「ハートの形の花弁…… なんだか、ちょっと恥ずかしいですね。」
「ふふふ。この花は、じっと眺めていると面白いことが起こるのよ。」
不思議そうな顔をして、さとりは花に視線を送る。すると、だんだんと花が俯きだした。
「これは?」
「心を読む、というほどではないけれど、じっと眺めていると、その視線を花が感じ取るの。そして、恥ずかしがるように顔を伏せてしまう。サブタレイニアンローズ、verシャイローズ、といったところかしら。」
しばらくの間、花を眺め続けるさとり。彼女は、決して花が嫌いだというわけではないのだろう。むしろ、花が傷つくのは心が痛むという感覚を持っている。彼女になら、この花をまかせる事が出来るはずだ。
「ねえねえ、わたしの花は、どんな特徴があるの?」
「そうね…… 意識して特徴を持たせたわけではないから、よく観察してみないと、私にもわからないわね。」
「むむむ……」
こいしが睨みつけるように自分の花と向き合う。じっと見つめていても、花が俯くことはない。おそらく、外見が変化するという特徴はないはずだ。
「……わかった! これ、右と左の形がおんなじだよ!」
「あら…… ほんとう。よく気がついたわね。」
「私、こういうの見たことがあるんだ。なんて言ったっけ…… 確か…… ロールシャッハ? 左右対称の形を見て、何に見えるかっていう遊びらしいんだけど。」
「……最近の遊びは、なんだか高度なものになってきているのね。かくれんぼで楽しんでいる妖精たちとはレベルが違うわ。」
「そんなことないよ。私だって、お燐と、お空と一緒にかくれんぼで遊んだりするもん。」
「おりんと、おくう?」
「あぁ、それは、わたしのペットの名前です。少し前に、地上に間欠泉を噴き出したせいで迷惑をかけたこともあったりして、なかなかおてんばな子たちでして……」
そういえば、博麗神社に温泉が湧いたという話があった。その時の異変で、霊夢たちが地底に行ったと聞いていたが、そうか、その原因がその子たちだということか。
「お姉ちゃん、そんなことより、早く私たちの花を植えに行こうよ。」
「え、えぇ、でも……」
「どうしたの? ここまでさせておいて、まだ何か気になることでもあるの?」
「確かに、地底にも妖精はいます。ですが、妖精たちは自然現象に宿るのであって、自然現象に逆らうようなことはしないはず。だとしたら、花を咲かせる条件が満たされていない以上、地底に花を咲かせることなど……」
「へぇ…… じゃあ、あなたの言う、花を咲かせる条件って、一体何なのかしら。」
「土、水、光。この三つの条件が整わない限り、花が咲くとは思えない。土や水はともかく、光だけは、どうしようもない。日の光が届かない地底では、やはり、過ぎた望みだと言わざるを得ません。」
「そんな…… お姉ちゃん、やる前から、そんな諦めたような事を言うなんて。私、そんなお姉ちゃんは嫌い!」
「こいし……」
「嫌い! 嫌い! 大っ嫌い! もう、お姉ちゃんのことなんて知らない!」
拗ねた顔をしてそっぽを向くこいし。その眼は、少しだけ潤んでいるように見えた。まったく、地霊殿の主は、どこぞの閻魔と比べても良いくらい頭が固いのかもしれない。だが、そんなことはどうでもいい。私は、絶対に花を咲かせることが出来ると確信が持てているのだから。
「騒がしくなってきたようだから、私はこの辺で失礼するわ。せいぜい、約束を破るようなことが無いようにね。」
ゆっくりと、扉にむかって歩を進める。部屋を出る直前、さとりへの心のメッセージを残す。扉の閉まる、パタンという音が響く中、私は地上への道を引き返して行った。
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静かな部屋に、扉の閉まる音が響く。風見幽香という花の妖怪が残して行った、二輪の花。私は、改めてその姿を見つめる。綺麗な花だと思う。でも、地底という環境では、その美しさもすぐに失われてしまうだろう。しかし―――
「―――えぇ、そうね。もしかしたら、心を読むことに頼って、自分の目で周りを見るということをしていなかったのかもしれない。」
彼女は、帰り際に一言だけ残して行った。直接語ることはなかった。いや、直接語るまでもないことだった。ただ、私に、あることを気づかせてくれた。
「こいし。」
「……」
「こいし。あなたの言うとおり、やる前から諦めるなんて、どうかしているわ。言ってしまった事実は消せないけれど、言ってしまった時の心を入れ替えることは出来るわ。だから―――」
こいしの目元を、指先で軽く拭って、そのまま頬を抱えるように手のひらで包み込む。
「お姉ちゃ―――」
「一緒に、花を咲かせに行きましょう。地底一杯に、私たちの花を咲かせましょう。」
「―――うん。」
こいしが胸の中に顔をうずめてくる。肩を震わせているところを見ると、どうやらまた泣いてしまっているようだ。帽子を外して、そっと頭を撫でてなだめてあげる。
「―――だいすき。」
小さな声で、こいしがそう呟いたのが聞こえた。軽く微笑みを浮かべつつ、私は幽香のメッセージを想起する。
「……地底にも、太陽はある、ね。たしかに、その通りだわ。」
「どうしたの? お姉ちゃん。」
「ふふふ、なんでもない。」
涙でうるんだ目で見上げるこいしに微笑みかける。不思議そうな表情を浮かべるものの、もう、笑ってごまかしてしまってもいいだろう。しばらくそうやってにらめっこをしていると、扉を開けて部屋に入ってくる気配を感じた。
「さとり様ー、今日の分のノルマは達成しましたよー、って、もしかして、お邪魔でしたか?」
「あー! こいしさまずるい! 私もさとりさまになでなでしてもらいたいっ!」
「ちょっ、お空! いきなり飛びついたらさとり様が、って、遅かったか……」
見事なまでのお空のボディープレスを喰らい、下敷きになる私とこいし。せめてもの救いは、こいしが私の上にいる事くらいだろう。
「いたたた…… こいし、大丈夫?」
「むぅう、お空! 不意打ちは反則だぞ! お返しだぁっ!」
起き上がって早々にお空に飛びかかろうとするこいしだったが、寸前のところでなだめる。かるく頭を抱えつつ、私は三人に声をかける。
「……さて、お燐、お空、こいし、少しばかり手伝ってちょうだい。地霊殿の入り口に、花壇を造りに行くわ。」
「花壇ですか? ……もしかして、その花を植えるために?」
「えぇ、少しばかり肉体労働になりそうだから、みんなで力を合わせてやりましょう。」
「力仕事なら任せて! どっかーんとやっちゃうから!」
「いやいや、花壇を造るんだから、どっかーんはあまり必要ないんじゃないかな。」
「さて、じゃあ早速始めるわよ。」
おー! という声と共に右手を高く掲げるこいしとお空。腰に手を当てたお燐が、微笑を浮かべながらその様子を見つめている。そう。これが、地底の太陽なんだ。物理的な光は届かないかもしれないけれど、精神の光が輝いてさえいれば、心を読む私の花ならば、きっと咲くはずだ。自然とほころんできた表情を引き締めつつ、私は地霊殿の入口へと向かっていくのだった。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください。
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感覚というものはあまり当てにならないもので、いわゆる五感を外れた認識を説明するために、第六感、さらにはセブンセンシズなんて概念を語る者もいるらしい。だが、今の私にとって、そのような概念を持ち出す必要はない。自分が見た光景を見間違えではないかと疑うことを、目を疑う、と言ったりするらしいが、私は今、まさに、自分の視覚を疑っていた。
「花が…… 咲いている……」
私の視覚は、両手で抱えるくらいの量の花を捉えている。普通ならば、別段驚きもしない。私は花を操ることが出来るのだから、時折、こうやって花を咲かせて観賞したりもする。問題なのは、目の前にある花は、『私が咲かせた覚えの無い』花であることだ。
……いや、問題の本質はそこではない。わざわざ私が咲かせなくとも、自然の中には花が咲き誇っている。そのような花が目の前にあるのならば、私はこれほどまでに困惑することはない。
「感覚が…… ある……?」
視線を自分の手のひらに移す。開いていた手を静かに握り、もう一度開く。……改めて、その動作を繰り返す。結果は、わたしの中に在った困惑の種を育てただけだ。誰だって、自分がした覚えのないことの感覚が残っていたら戸惑うものだろう。『咲かせた覚えの無い』花を、『咲かせた感覚』が残っている。もう一度、花を確認しようと顔をあげた時、私の心の中には新しい困惑の種が植え付けられた。
「……消えた?」
花が、消えた。あれだけの量の花が、ちょっと目を逸らした隙に消えてしまった。少なくとも、私の視覚は花を捉えていない。誰かが出入りしたような物音も聞こえていない。幻覚だったとでもいうのか? 花の在った場所に手を伸ばしてみても、返ってくる感触はない。しかし……
「……花の香りが、残っている。」
残り香、とでもいうのだろうか。たしかに、そこには花が在った。では、誰が、何のためにこんなことをしたのだろうか。答えは、この香りが教えてくれる。香りの指し示す方向を見ると、ご丁寧なことに部屋の入口のドアが開きっぱなしだった。いや、ここは部屋の中なのだから、部屋の出口と言うべきだろうか。
ともかく、これで、こんなことをした犯人が存在することが確定した。後のことは、そいつを捕まえて聞けばいい。私は、まだ見ぬ犯人を追って、花の香りを辿りはじめた。
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地底の都を想像しろ、と言われても、こんな風景をイメージできる者はそうそういないだろう。旧都と呼ばれていたその場所は、人間の里の風景と遜色のないもので、そっくりそのまま地上に出てきてもおかしくないほどのものだった。地上との違いと言えば、妖怪が多いという点、そして、もう一つ。
「花が、咲いていない。」
地底への入り口をくぐってから、目に入る色は茶色がほとんど。極稀に、緑色の草葉が混じっていたりもするのだが、色とりどりの花を見かけたことは無かった。旧都に着くころには、緑色さえも、ついに消えてしまったのだ。
賑わいがあっても、どこか寂しげに感じる原因はそこにあるのだろうか。他の花が無い分、花の香りを追うという、今の状況にはうってつけではあるのだが、なんとなく居心地の悪さを感じてしまう。
と、そうこうしているうちに、どうやら目的の場所に着いたらしい。花の香りは、旧都の中でも最も大きな屋敷の中に続いていた。
「門番はいないみたいだし…… お邪魔しましょうか。」
屋敷の中は、稗田家のような純粋な和風という訳ではなく、どちらかと言えば、紅魔館に近い印象を受けた。さすがに、壁を紅色に染めていたり、妖精メイドが働いているという場面には出会わなかったが。
しばらく歩いていくと、他とは違った装飾の扉の部屋が目に映った。中から話し声が聞こえる事を考えると、ここが今回の探索の目的地なのだろう。扉の前で息をひそめて、部屋の中の声に耳を傾ける。
「―――また、あなたはそんなものを持ってきて。」
「そんなものって言うのは、お花さん達に失礼だよ。それに、お姉ちゃんの為に持って来たんだから、むしろ感謝してほしいくらいなんだけどなぁ。」
「私の為に、という部分は、感謝したいところなのだけれど、結局は、前と同じことになるだけよ。」
「そんなことはないって。だって、今度は前よりもたくさん持って来たんだから。絶対に大丈夫。」
「……ところで、こいし? その花は、どうやって集めてきたのかしら?」
「えっとね、地上には、花の妖怪さんが住んでいてね、その人の力を借りて、これだけの花を咲かせてもらったの。」
なるほど。つまり、姉の為に花を持っていこうとして、私の力を利用した、ということなのか。しかし、どうやって? それに、前、とは、一体?
「あなた、また無意識を―――」
「だって! お姉ちゃん、いつも寂しそうな顔してるんだもん。綺麗な花を見れば、きっと気分も良くなるだろうって思ったのに。なのに―――」
どうやら、片方が泣き出してしまったらしい。……うむ、いまひとつ、状況が判断しきれない。さすがに、聞き耳をたてているだけでは、そろそろ限界だろうか。
「……わかったわ。私のために、いろいろと手を尽くしてくれていることは伝わってきたから。きっと、外で聞き耳を立てている花の妖怪さんも、許してくれるはずだわ。」
「……え?」
「……え?」
思わず声をあげてしまう。まさか、気づかれている? 戸惑っていると、部屋の中から声をかけられた。
「あぁ、驚かないでください。私は、この地霊殿の主、古明地さとりと申します。詳しい話は、部屋の中で。」
声に促されて、私は扉を開く。家の中で見た、両手で抱えるほどの花を抱えた黄緑の髪と、憂いを帯びた目でそれを眺める紫の髪。双子ではないかと疑うほど、そっくりな姿をした二人の少女がそこにいた。黄緑の方の目が少し腫れているところを見ると、こちらが妹なのだろう。
「改めて、古明地さとりと申します。こちらは、私の妹で、古明地こいしです。妹が迷惑をかけてしまったようで、申し訳ありません。」
「いえ…… 私は、ただ、私が咲かせた覚えの無い花を追っていたら、ここに着いたというだけよ。姉思いの妹。いい子じゃないの。……あぁ、私の名前は風見幽香よ。ご存じの通り、花の妖怪だわ。」
「そう言っていただけると安心です、幽香さん。ほら、こいしも、勝手に力を借りたことを謝りなさい。」
「……ごめんなさい。なにか、一言言っておくべきだったかも。」
「まぁ、理由が理由だからね。私も、そこまで怒っているわけではないから、もう謝らなくても良いわ。むしろ、私の方がくすぐったくなってくるから。」
「幽香お姉さん、言葉でくすぐったくなるの?」
「こら! こいし!」
さとりが慌ててこいしを嗜める。無邪気な妹と誠実な姉。不思議とバランスのとれたやり取りを見ていると、思わず笑みがこぼれてしまう。くすくすと笑っていると、さとりがそれに気づいたらしく頭を下げてきた。
「重ね重ね、申し訳ございません。この子、思ったことをすぐに口にする癖があるみたいで……」
「いいのよ、なかなか面白い物を見せてもらっているのだから。……さて、本題に入りたいところなのだけれど―――」
軽く目を閉じて、気を引き締める。
「―――妹の方の能力、一体どういうものなの? まさか、人を操る、なんていうのではないでしょうね。」
「直接的にはそうではないのですが、間接的には、そう言えなくもないのでしょう。」
「どうもはっきりしないわね。簡単には説明出来ないということなの?」
「……私たちは、人の心を読むことができる、さとりの妖怪なのです。意識を向ければ、相手が今何を考えているのかがわかってしまう。幽香さんが外にいる事を感じ取れたのも、この能力のおかげです。」
「でも、読む、ということは、受けるということなのだから、相手に影響を与える事は出来ないのでは……」
「相手の心を知る、ということは、相手の心を再現する手がかりを得る、ということでもあるのです。嬉しいこと、悲しいこと、二度と思い出したくないような出来事さえ、読み取れさえすれば、そっくりと再現することが出来る。私は、それを想起と呼んでいます。」
「つまり、私は、自分の心の中にあるイメージを再現されたことによって、花を咲かせたのだと?」
「いえ…… 私の能力と、こいしの能力は違いがあって、こいしは、私には見えない部分の心を把握出来るようなのです。心の中の、表と裏。私が見ているものは、表の心。こいしは、裏の心を見ているようで、いわゆる、無意識の部分を認識しているようなのです。」
説明してもらったものの、どうにも勝手がわからない。ただ、妖怪を相手にするならば、非常に有利な能力であることは感じ取れる。肉体的に耐性の高い妖怪は、精神的には脆い場合が多いという。心、つまり、精神に干渉する彼女達は、人だけでなく、妖怪からも怖れられていたのだろう。
「えぇ、こいしが、今の能力を得たのも、他の妖怪からの恐れという感情が原因だったようですから。」
「―――ごめんなさい。……迂闊に、失礼なことを考えてしまった。」
「仕方のないことなのです。自分へ向けられている感情を知ってしまうことは、心を読む能力を持つ私たちの宿命とも言うべきこと。それに、こいしは、最近はよく地上に遊びに出かけるようになっているし、良い方向への変化が起きているようですから。」
「とにかく、私は無意識の状態で花を咲かせた。その結果として、感覚は残っているのに覚えがない、ということになったのね。」
「どうやら、そのようです。普段はこんな大掛かりなことをしたりしないのに。なぜ、こんなことになったのかしら。」
ふと、こいしに視線を移すと、私たちの話に興味を示す様子はなく、両手に抱えたままの花に顔を埋もれさせて、幸せそうな顔をしていた。私に向けられる恐れと、彼女達に向けられる恐れの質は違うものだろう。それでも、恐れと言う感情は克服することが出来る。だだ、その過程では、互いを知るという行為が必要不可欠なものになってくるだろう。地上に出てくるということは、そのきっかけになるのかもしれない。
「ところで、あなたたちの会話の中に、前、という言葉があったわね。こういうことは、初めてではないということなの?」
「えぇ、実は、こいしは地上に出かけるたびに、地上の花を摘んでくるのです。初めておみやげとして摘んできたのは、赤くて綺麗なバラの花でした。とても嬉しかった。私は、その花を花瓶に入れて、毎日大切に世話をしていましたが、やがて、花は萎れ、枯れてしまった。」
「花にも、寿命というものがあるわ。生命力に満ちた花であっても、やがては枯れる。それは、仕方のないこと。」
「それからも、こいしは花を摘んで来てくれた。でも、そのたびに、花が萎れていく姿を目の当たりにする。地上に咲いていたのであれば、もっと長い間咲き続けたはずなのに、地底に持ち込まれたばかりに…… そう思うと、私は、これ以上花を持ちこませたくはないのです。」
「……まさか、私の能力で花を咲かせた理由って―――」
「花の妖怪の力なら、枯れない花を咲かせてくれる。そういったところなのでしょうか。」
視線を自分の手に移す。まだ、僅かながら、花を咲かせた時の感覚が残っている。残念ながら、私の能力でも、枯れない花など咲かせることは出来ない。その意味では、こいしの期待を裏切ってしまったということになるのだろう。責任を感じる必要はないのかもしれないが、このまま帰ってしまうのは、なんとなく気分が悪い。
「さとり、私の提案を聞き入れなさい。これから、あなたの花を創ってあげる。その代わり、あなたは地底一杯に、これから創る花を広めるのよ。」
「!? いきなり、何を言い出すのですか。そもそも、地底の環境で花は咲かない。あなたも、ここに来るまでに見ているでしょう。」
「地底には、妖精は住んでいないの?」
「妖精は…… ペットが、よく連れているし、全くいないという訳では……」
「だったら問題ないわ。自然現象の正体である妖精がいるのであれば、花が咲かないはずがない。」
そして、私はこいしが抱えていた花の中から目的の花を選び手にとった。意識を集中させると、花弁が一枚、また一枚と散っていった。
「枯れた……」
「いえ、枯らしたわけではないわ。よく見なさい。」
「……まさか、実が出来ている?」
親指大ほどの丸い実。それを摘み取ると、今度は手の平で握りしめてから意識を集中させる。頃合いを見て握っていた手を広げると、そこには二つの実があった。片方は目を開いた模様が浮かんでいる。そして、もう片方は―――
「―――あら?」
「驚かなくてもいいよ。さっき、お姉ちゃんの花を創るって聞いたから、せっかくだから私の花も一緒に創ってもらおうって思って、幽香お姉さんの無意識を少しいじっちゃった。」
創ろうと意識したわけではないのに、目を閉じたような模様が浮かぶ実が出来ている。少しだけ背筋が冷やりとしたものの、ここは許容範囲として認めても良いだろうという気分になってしまった。こんなことをしなくても、素直に頼めば創ってやることは出来ると言うのに。微笑混じりの溜め息をついて、私は気を取り直す。
「また! こいし、なんてことを―――」
「良いのよ。ただ、さっきの提案に追加させてもらうわよ。地底一杯に、あなたたちの花を広めなさい。」
「うん! 約束するよ、幽香お姉さん!」
「だから勝手に…… もう、こいしったら……」
さとりが頭を抱えている。もしかしたら、さとりの悩みの種は能力の事よりも妹の事の方が大きいのではないだろうか。まぁ、あまり詮索しすぎるのも失礼だろうし、花を咲かせる作業を進めよう。
こいしが抱えていた花の中から、植木鉢に咲いている花を探し出すと、一旦その花を土から引き抜く。代わりに、さっき創った二つの実を植えて意識を集中させる。数秒後には、植木鉢の中に二輪の花が咲いていた。小さめの植木鉢だったせいか、互いに寄り添って咲いているようにも見える。
「こちらのピンク色の花が、さとり。こっちの黄緑色の花が、こいし。無意識だったとはいえ、案外うまく創れるものね。名前は、サブタレイニアンローズ。互いに亜種の関係にあたる花になったわね。」
「ハートの形の花弁…… なんだか、ちょっと恥ずかしいですね。」
「ふふふ。この花は、じっと眺めていると面白いことが起こるのよ。」
不思議そうな顔をして、さとりは花に視線を送る。すると、だんだんと花が俯きだした。
「これは?」
「心を読む、というほどではないけれど、じっと眺めていると、その視線を花が感じ取るの。そして、恥ずかしがるように顔を伏せてしまう。サブタレイニアンローズ、verシャイローズ、といったところかしら。」
しばらくの間、花を眺め続けるさとり。彼女は、決して花が嫌いだというわけではないのだろう。むしろ、花が傷つくのは心が痛むという感覚を持っている。彼女になら、この花をまかせる事が出来るはずだ。
「ねえねえ、わたしの花は、どんな特徴があるの?」
「そうね…… 意識して特徴を持たせたわけではないから、よく観察してみないと、私にもわからないわね。」
「むむむ……」
こいしが睨みつけるように自分の花と向き合う。じっと見つめていても、花が俯くことはない。おそらく、外見が変化するという特徴はないはずだ。
「……わかった! これ、右と左の形がおんなじだよ!」
「あら…… ほんとう。よく気がついたわね。」
「私、こういうの見たことがあるんだ。なんて言ったっけ…… 確か…… ロールシャッハ? 左右対称の形を見て、何に見えるかっていう遊びらしいんだけど。」
「……最近の遊びは、なんだか高度なものになってきているのね。かくれんぼで楽しんでいる妖精たちとはレベルが違うわ。」
「そんなことないよ。私だって、お燐と、お空と一緒にかくれんぼで遊んだりするもん。」
「おりんと、おくう?」
「あぁ、それは、わたしのペットの名前です。少し前に、地上に間欠泉を噴き出したせいで迷惑をかけたこともあったりして、なかなかおてんばな子たちでして……」
そういえば、博麗神社に温泉が湧いたという話があった。その時の異変で、霊夢たちが地底に行ったと聞いていたが、そうか、その原因がその子たちだということか。
「お姉ちゃん、そんなことより、早く私たちの花を植えに行こうよ。」
「え、えぇ、でも……」
「どうしたの? ここまでさせておいて、まだ何か気になることでもあるの?」
「確かに、地底にも妖精はいます。ですが、妖精たちは自然現象に宿るのであって、自然現象に逆らうようなことはしないはず。だとしたら、花を咲かせる条件が満たされていない以上、地底に花を咲かせることなど……」
「へぇ…… じゃあ、あなたの言う、花を咲かせる条件って、一体何なのかしら。」
「土、水、光。この三つの条件が整わない限り、花が咲くとは思えない。土や水はともかく、光だけは、どうしようもない。日の光が届かない地底では、やはり、過ぎた望みだと言わざるを得ません。」
「そんな…… お姉ちゃん、やる前から、そんな諦めたような事を言うなんて。私、そんなお姉ちゃんは嫌い!」
「こいし……」
「嫌い! 嫌い! 大っ嫌い! もう、お姉ちゃんのことなんて知らない!」
拗ねた顔をしてそっぽを向くこいし。その眼は、少しだけ潤んでいるように見えた。まったく、地霊殿の主は、どこぞの閻魔と比べても良いくらい頭が固いのかもしれない。だが、そんなことはどうでもいい。私は、絶対に花を咲かせることが出来ると確信が持てているのだから。
「騒がしくなってきたようだから、私はこの辺で失礼するわ。せいぜい、約束を破るようなことが無いようにね。」
ゆっくりと、扉にむかって歩を進める。部屋を出る直前、さとりへの心のメッセージを残す。扉の閉まる、パタンという音が響く中、私は地上への道を引き返して行った。
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静かな部屋に、扉の閉まる音が響く。風見幽香という花の妖怪が残して行った、二輪の花。私は、改めてその姿を見つめる。綺麗な花だと思う。でも、地底という環境では、その美しさもすぐに失われてしまうだろう。しかし―――
「―――えぇ、そうね。もしかしたら、心を読むことに頼って、自分の目で周りを見るということをしていなかったのかもしれない。」
彼女は、帰り際に一言だけ残して行った。直接語ることはなかった。いや、直接語るまでもないことだった。ただ、私に、あることを気づかせてくれた。
「こいし。」
「……」
「こいし。あなたの言うとおり、やる前から諦めるなんて、どうかしているわ。言ってしまった事実は消せないけれど、言ってしまった時の心を入れ替えることは出来るわ。だから―――」
こいしの目元を、指先で軽く拭って、そのまま頬を抱えるように手のひらで包み込む。
「お姉ちゃ―――」
「一緒に、花を咲かせに行きましょう。地底一杯に、私たちの花を咲かせましょう。」
「―――うん。」
こいしが胸の中に顔をうずめてくる。肩を震わせているところを見ると、どうやらまた泣いてしまっているようだ。帽子を外して、そっと頭を撫でてなだめてあげる。
「―――だいすき。」
小さな声で、こいしがそう呟いたのが聞こえた。軽く微笑みを浮かべつつ、私は幽香のメッセージを想起する。
「……地底にも、太陽はある、ね。たしかに、その通りだわ。」
「どうしたの? お姉ちゃん。」
「ふふふ、なんでもない。」
涙でうるんだ目で見上げるこいしに微笑みかける。不思議そうな表情を浮かべるものの、もう、笑ってごまかしてしまってもいいだろう。しばらくそうやってにらめっこをしていると、扉を開けて部屋に入ってくる気配を感じた。
「さとり様ー、今日の分のノルマは達成しましたよー、って、もしかして、お邪魔でしたか?」
「あー! こいしさまずるい! 私もさとりさまになでなでしてもらいたいっ!」
「ちょっ、お空! いきなり飛びついたらさとり様が、って、遅かったか……」
見事なまでのお空のボディープレスを喰らい、下敷きになる私とこいし。せめてもの救いは、こいしが私の上にいる事くらいだろう。
「いたたた…… こいし、大丈夫?」
「むぅう、お空! 不意打ちは反則だぞ! お返しだぁっ!」
起き上がって早々にお空に飛びかかろうとするこいしだったが、寸前のところでなだめる。かるく頭を抱えつつ、私は三人に声をかける。
「……さて、お燐、お空、こいし、少しばかり手伝ってちょうだい。地霊殿の入り口に、花壇を造りに行くわ。」
「花壇ですか? ……もしかして、その花を植えるために?」
「えぇ、少しばかり肉体労働になりそうだから、みんなで力を合わせてやりましょう。」
「力仕事なら任せて! どっかーんとやっちゃうから!」
「いやいや、花壇を造るんだから、どっかーんはあまり必要ないんじゃないかな。」
「さて、じゃあ早速始めるわよ。」
おー! という声と共に右手を高く掲げるこいしとお空。腰に手を当てたお燐が、微笑を浮かべながらその様子を見つめている。そう。これが、地底の太陽なんだ。物理的な光は届かないかもしれないけれど、精神の光が輝いてさえいれば、心を読む私の花ならば、きっと咲くはずだ。自然とほころんできた表情を引き締めつつ、私は地霊殿の入口へと向かっていくのだった。
本当にに感謝感激!
次回も期待しています!
単純に薔薇だと布都ちゃんみたいなノリした紅魔のメンツが似合いそうだよね
ロールシャッハの方は蕾の期間が凄く短くていつの間にか咲いてそうなイメージ
次回作も楽しみに待ってます!!!