早苗は自分の髪と似たような色したメロンを抱えていた。
それは丸くて大きくて良い香りでとてもじゅうしいそうであった。
綻ぶ早苗の口の端からは、一筋の唾液が線となっている。
そんな乙女要素はさておいて、風を操ることで軽々メロンを運んでいた少女は、自分の暮らす神社へと文字通り飛んで戻った。
「ただいま戻りました!」
そして片手を上げて定型句。
すると、部屋から神奈子が首だけを覗かせて早苗を見た。見よこのカリスマ。さながら日曜日の大黒柱の様である。大体普段からその認識を外れることはあまりない。
「おかえり早苗。おや、なんだいそれ?」
「メルンです」
堂々と噛んだ。
「メルン?」
「メロンです」
そして何事もなく言い直す。
すると、ほぅと神奈子の首が引っ込んだ。
「どれ、好さそうなメロンじゃないかい」
声と共にゆっくりと神奈子が姿を見せる。微妙な寝癖が格好悪い。というか髪型が部分的に平になっていて早苗は噴き出しそうなのを堪えるのが大変であった。
粘土細工を床に落とした様な髪型の神奈子は、そんな些事気にせずメロンを見やる。潰れた面が早苗の顔面に広がり、早苗は噴き出すのを必死に堪えて「へひょい」と変なうめき声を上げてしまった。
「ふぅん。そうだ、早苗、これで生ハムメロンってやつを作ってくれないかい?」
神奈子の目がキラキラと輝いた。見た目に反する少女の様な目の輝きと、微妙に頬に付いた畳の後とが、噴き出しかけている早苗の心を抉る。
「へひょ、わ、わたひひゃ」
全然云えてない。
「どした?」
「ひゃんでも! ない、です……」
顔を背け深呼吸。
「ひゃい。大丈夫です」
最初また少し噛んだが心は落ち着いた。
まだ消えていない畳の後と、少し崩れてきた髪型は間一髪のところで目を閉じてスルーする。
「はぁ。しかし、なんでまた生ハムメロンなんて?」
「さっきドラマで見た」
もの凄い良いタイミングだったらしい。だから飛び起きてきたのらしい。
「なるほど。でも、そんなに美味しいものじゃないですよ。私そこまで好きじゃないですし」
その言葉に、神奈子は凄い衝撃を覚える。
「……あるのか、あんなお洒落なものを食べたことが」
神奈子がどういうドラマを見て知ったのか若干気になるほどの衝撃面であった。
「えっと、ホテルとかレストランとかで食べたわけじゃないですよ。駅の近くにフルーツ食べ放題であったので、ちょっと摘んだだけですよ」
「あ、なんだい。そういうところでもあったのか。まぁ、それもそうか」
ちょっとしょんぼりしている神奈子が可愛かった。
少し幻滅している神奈子に、なんとなくフォローせねばと苦笑いで早苗は言葉を続ける。
「私、酢豚のパイナップルとか苦手なので、あの甘さとしょっぱさの感じが駄目でした」
「そういえば、西瓜にも塩かけないね。そういうもんかな」
ふむふむと納得する神奈子。
そんな神奈子はポークステーキとパイナップルの組み合わせが好物であった。
「たっだいまー。って、どしたの二人とも廊下で。密談?」
飛び込んできた幼女。もとい神。
「二人しか居ない神社で話してるのに、密談もないだろう」
「それもそっか。で、何この甘い匂い……お! 西瓜じゃない!」
ケロ子が食い付いた。もとい神が興味を示した。
「西瓜じゃなくてメロンですよ」
「そうだった。どしたのこれ。私好きだよ」
訊かれていない内に自分の好みを口にするのは、要求と同じことだと早苗はずっと前にテレビの雑学で習ったのを思い出した。
どうやらこの諏訪子、メロン食べたいらしい。もといケロ子。
「いいですよ。神奈子様、どうします? 生ハム乗せます?」
「んー。一度は食べてみたいね」
「判りました。確か買い置きがありましたので出してきます」
そして早苗は台所へと向かっていった。
去っていく背中を眺めながら、そわそわとしている神奈子の袖を諏訪子が引く。
「ん?」
「ねぇねぇ。生ハムメロンって何?」
「あぁ、メロンに生ハム乗っけたものだよ」
「美味いの?」
「早苗は嫌いらしい」
「へぇ」
すると諏訪子は、ポケットから取り出したあいふぉんとかすまーとふぉんとかぎゃらくしーとか何かそんな感じの名前で呼ばれている物に酷似したタッチパネルの何かをついついと操作し始める。
「何してんの?」
「どんなもんなのかなぁって」
慣れた手付きで諏訪子は生ハムメロンについての情報を収集し始めた。
Wi-Fiなので速い速い。
「生ハムありましたよー……あの、諏訪子様。その素敵そうな最新機器はなんですか?」
「ん? あぁ、この前河童に奉納されたんだよ。Kappaleっていう名義で開発してるらしい」
「……どっかのパチものみたいな社名ですね」
覗き込んでみると、確かに形も酷似していた。
なお、これは後に裏面に囓られた胡瓜のマークがあったのを見て恣意的に似せたものだと判明する。
さておいて、早苗の前に腕組みした神奈子が不敵に笑う。
その顔は、覚えたばかりの雑学を披露したがっている男子高校生のそれであった。
「早苗。いっこ面白いことが判ったよ」
「なんですか?」
それが何か調理方法だったら聞いておいた方が良いのだろうと思って、早苗は心のメモ帳を開きシャーペンを用意する。
「忘れた」
早苗は心のシャーペンをへし折ってメモ帳をソッと閉じた。
せめてあっけらかんと云わないで欲しかった。
「なんだっけ諏訪子。細かいとこ忘れちゃったよ」
「えっと、生ハムメロンってさ、元々塩気のキツい生ハムを食べる為に、例えば今日早苗が貰った様なあまぁいメロンじゃなくて、もっと甘味の薄い真桑瓜みたいなのに巻いて食べたものなんだってさ」
へぇ、と早苗が目を丸くする。
するとなぜか自慢げな神奈子が鼻を高くする。
「つまるところ、早苗が嫌っているのも道理で、しょっぱくもない生ハムと甘いメロンじゃ合わないってことなんだね」
うんうんと神奈子は一人満足そうに頷いていた。
「へぇ、そうなんですか。それは知らなかったです。変な料理だと思ってましたが……あれですか。腐った肉の匂い消しに胡椒を使ったとかそういうことだったんですね」
「うん、それ知らないけどたぶんそんな感じだったんじゃないかな」
歴史の教科書に書いてあった気がしないでもない、というレベルの認識である。
「と、すると、やっぱり生ハム乗せるのやめておきます?」
「いや、それはそれで食べたい」
「判りました」
そんなわけで、三人はのんびりとメロンを食べることになった。
男らしいというか少年くさくかぶりつく神奈子と諏訪子を見ながら、早苗はスプーンで丁寧にすくいながら食べる。
丁寧に一口大に切り分けたメロンに生ハムを乗せたものは置いて一分と立たない内に蛇と蛙が取り合って瞬時になくなってしまった。どうにもここの神は食事に関して行儀が悪い。
「美味しかったですか? 生ハムメロン」
「あぁ、結構好みだね。あの甘じょっぱいのは好い」
満足そうな神奈子の顔に、早苗はくすりと楽しげに笑った。
「私はまぁまぁかな。普通に食べた方が美味しく思うよ」
そんな諏訪子の横顔に「「じゃあなんで取り合った」」という二人の視線が真っ直ぐに突き刺さった。
しかしそんなものは蛙の面に……なんとやらである。
そんなわけで、今日も今日とて、守矢の家族は平和に過ごしている。
寒い日でも、三人の間を抜けていく風はとても温かいものであった。
しかし見事なまでにやおい
会話のテンポもよく、時々入るギャグも抜群の安定感でした。
こういう日常を描いた作品は良いなあ
片方だけ真ッ平らな神奈子さまを直視して耐えた早苗さんの精神力は凄いと思うww
たとえば
>もの凄い良いタイミングだったらしい。だから飛び起きてきたのらしい。
なら
もの凄い良いタイミングだったらしく、飛び起きてきたようだ。
とか
上でも書かれていますが、作品の雰囲気が良いので逆に文章の拙さが目についてしまいました。
乱筆乱文にて失礼します。
kappaleの製品が欲しいです。きゅうり何本で買えるでしょうか?
読んでいて幸せな気持ちになれる良い作品でした。
なんとも掴み所のない諏訪子と大黒柱な神奈子様、そして\早苗さん/
とても朗らかで楽しい、良い守矢神社でした。面白かったです。
メルンw