ゆっくりと意識を起こす。
段々と視界が鮮明になっていく。
そうして完全に意識を覚醒させて、私は私という個を認識する。
足の裏には靴を通して伝わる硬い石の感触。見回せば燭台の灯りに照らされたそこは、石造りの壁の見慣れた地下室。決して狭くはないけれど、何処か寂しい部屋。
しゃがみ込み寄りかかっていた壁から背を離してその場で立ち上がる。
自身の姿を目視で確認すれば、何時もの紅の洋服。これで構わないだろうと頷いて、静かに部屋の出入口へと歩み寄ると、扉の脇に立掛けられた白い日傘を手に取る。
さあ、今日は久し振りに彼女に会いに行こう。
「行ってきます」
小さく、囁くように言葉を紡いで、私は部屋を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
玄関ホールを抜けて、部屋から持ち出した日傘を開いて少しだけ空を仰ぎ見れば曇り空。
絶好のお出かけ日和だ。
「お出かけですか?」
抜き足差し足、細心の注意をして門を開いたところで、私に声をかけられた。
「……残念、見つかっちゃった」
知った声に振り向いてみれば、そこにはジョウロを片手に私を見る門番の姿。この時間帯は庭園の手入れをしているはずだから、大丈夫だと思ったんだけどな。
「どうする、私を連れ戻す?」
「連れ戻されたいのですか?」
聞き返されてしまった。
「いや、そんなことされるくらいなら全力で抵抗するわ」
「それでは、私じゃあなたを止められそうにありませんね」
「ずいぶんあっさり引き下がるじゃない」
「私はあなたを連れ戻すようには、言いつけられていませんから」
それでいいのか門番。
「あなたはお姉様の味方じゃないの?」
「確かにそうですが、私は同時にフラン様の味方でもあります」
そう言って笑う姿は実に綺麗で、メイド妖精達の間で非公式ながら、ファンクラブが存在するのもうなずける。私はこの門番の魅力は知っているし、ファンクラブなんてものに所属する気も無いのだけれど。
「じゃあ、あなたが邪魔をしないというなら、私はこのまま出かけてくるわ」
「行き先は霊夢の所ですね。……お迎えは必要ありませんね」
それは確認ではなく、確信。何かを見透かすように、私を見る彼女の瞳は真っ直ぐにこちらへと向けられていた。
「……うん、いらないよ。たぶん」
私は逃げるように視線を逸らして彼女に背を向ける。
「分かりました。行ってらっしゃいませ」
耳に入る彼女の声は何処までも何時も通りで、その何時も通りの優しい声で私の背中を押す。
門へと足を向けつつ視線を彼女にやると、帽子を取って頭を下げる姿が眼に入った。
重い音を響かせる鉄門を開くと、私は身体の動きを確かめるように大きく翼を広げ、空を目指して羽ばたいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
久しぶりに訪れた博麗神社はこれまでと変わらない様子だった。
和室に霊夢がいて、彼女の傍に誰かがいる。
日傘を畳んで縁側に横に置いて、靴を脱いで上がる。
「久しぶりね、霊夢。元気にしていた? それと、早苗……だっけ?」
「はい、東風谷早苗です。前の宴会でお会いしましたね。確か……フランドールさん」
「うん、フランドール・スカーレット、宜しく」
「フランドール……?」
早苗の隣を見れば、霊夢は見えないものを見る時のように目を細めて私に視線を向けている。
「なに、霊夢。もう老眼鏡が必要なの」
「まだそんな歳じゃないわよ」
そうよね、まだ十代だものね。
「ところで、ここ暫く私と会いに来てくれなかったけど何してたの? 私から会いに来ても留守だったし」
「巫女のお仕事よ」
「……異変解決?」
「そういうこと」
「私と魔理沙も異変解決に動いていましたよ」
「ふうん、そういうこと。なら許してあげる。そうでない下らない理由だったらこの場でキュってしているところだったわ」
「物騒なことね」
それでも、お茶を啜る霊夢の姿はいつもと変わらない。
「私もお茶が欲しいわ」
「だったら自分で用意することね」
いつも通りという事だ。
「それなら、台所使わせてもらうわね」
「好きにしなさい」
好きに使わせてもらおう。
ギシリと板の軋む音を響かせて、私は台所へと向かった。
「フランドールさんと霊夢はどんな関係なんですか?」
緑茶をの用意をして、お盆に急須と湯呑を三つ載せて和室に戻ると早苗が話しかけてきた。
「私は以前、霊夢と魔理沙に退治された妖怪よ。退治した側と退治された側」
「ああ、いえそういうわけではなくて。あ、ありがとうございます」
お盆をちゃぶ台に置いて、お茶を注いだ湯呑を受け取ると、早苗はどこか言辛そうに口を開いた。
「さっきのふたりの様子を見ていたら、何だか熟年夫婦のような雰囲気を醸し出していたので、ちょっと気になって」
「あら、よく解ったわね」
「え?」
「私は霊夢のものだし、霊夢は私のものなのよ」
呆気にとられる早苗に見せ付けるように、私は霊夢に絡み付いてみせる。
「……それって、つまり」
「私達は好き合っているってことよ。私たちの馴れ初めから話してあげようか?」
あ、今霊夢嫌な顔したでしょう。
「……霊夢はロリコンですか?」
早苗が重々しく言葉を零す。
「フランドールさんがいくら吸血鬼で私達よりも遥かに長生きをしているとはいえ、こんなに見た目の幼い娘と付き合っているなんて、霊夢はロリコンとしか言えません!」
「別にいいじゃない、私は霊夢のこと好きだもの」
霊夢の片眉が上がってる。怒ってるわね。
「あんた等ねえ、黙らないとその口に陰陽玉突っ込むわよ」
「私も!?」
実際に陰陽玉を取り出した霊夢に、早苗とふたり、両手で自分の口を抑える。
退治されちゃたまらない。
その後、お茶を飲み干してから、次来た時には霊夢を更正させる、とか言いつつ早苗は帰っていった。別にそんな必要ないのに。
「やっとふたりっきりね霊夢」
これで好きなだけ愛を囁けるわけね。
霊夢の首に腕を回す。
グッと近づいた顔を吐息が顔にかかるほどに近い。
霊夢の瞳が私を捉える。けれど、その瞳は私を探すように細められている。
「私はここにいるよ」
悔しくて、こぼれ落ちた言葉は霊夢に届いたのか。
霊夢の唇に唇を寄せて、
「そこまで」
「うぎゅっ」
霊夢に顔を抑えられた。
霊夢が初めて私を捉えた気がした。
「あんた、フランドールじゃ無いでしょう」
「あー、ばれた?」
「ずっと気にはなっていたのよ。あんた、実態があるのに存在が希薄すぎるの。まるで魔力の塊みたいにね」
「正解。よく分かったね。魔力なんてモノも使わないし、魔法使いでも無いのに。本当だったら、魔法使いでも私の身体の構成なんて気付かないはずなのよ。それほど私の中身は密度が濃いの」
「そういうもの?」
「そういうものなの。今日、私の本質を見抜いたのはあなたでふたり目ね。美鈴もそうだけど、あなたは博麗としての資質かしら。魔法少女の端くれとしては今後研究してみたいテーマね」
パチュリーに話せば興味を示すかしら。
「変な研究に付き合わせるのはやめて頂戴。それで、もうひとりのあんたは何処にいるわけ?」
「そんなに“私”が心配?」
「質問で返すのは感心しないわよ」
「分かったわよ。そんなに睨んでお札まで構えなくても教えるわよ」
降参と両手を上げてみせると、霊夢は取り出していたお札を懐に仕舞い込んだ。
彼女のそんな行為につい舌打ちをしてしまいそうになったのを無理矢理押さえ込む。
「“私”なら、今頃はまだ自室で寝ているんじゃないかしら。私は、“私”から無意識に漏れ出した魔力の残滓がたまたま形を成して意識を持っているだけの存在なの。だから、“私”が目を覚ませば、今ここにいる私は形を保てずに消滅する。あるいは、私がそう望んでも消滅する。要するに、私は“私”が生きていなければこうして存在することも出来ないのよ。つまり、私がここにこうしているって事は」
「フランドールには何の害も無いって事ね」
「そういうこと。私は無意識のうちに発動されたツーオブアカインドの片割れってところね」
「まったく、あの娘も随分と面倒臭いことするものね」
そう言ってのっそりと立ち上がると、霊夢は玄関へと足を向けた。
「何処行くの?」
「眠り姫の顔を見に行くのよ」
「私には付き合ってくれないの?」
「あんた偽物じゃない」
「私の人格と記憶は引き継いでいるから、本物と遜色ないはずなんだけどなあ」
だからこうして、“私”の会いたいという気持ちを体現して、霊夢に会いに来たんだし。
けれど、霊夢が私から離れていく。ほとんど同じだというのに、私では届かないのが悔しくてしかたが無い。
ふと、開け放した障子の先、縁側を下りたところで霊夢が手招きをしているのが見えた。
何かと思って近寄ってみれば、突然額に柔らかな感触。
「あんたは、これで我慢しなさい」
やっぱり、霊夢はずるい。私の気持ちを知っていて、こういうこと平然とするんだもの。
額を押さえて、霊夢を見る。
「それじゃ、行ってくるわ」
「……あ、うん、行ってらっしゃい。“私”によろしく」
それ以上の言葉が出てこないまま、私は空を飛んでいく霊夢を見送った。
そういえばと縁側に置いたままの日傘を思い出して、取り上げようと右手を伸ばす。
けれど、その手で日傘を掴むことは出来なかった。
「……ああ、もうおしまいなのね」
伸ばした右手が空気に溶けるように透けていた。
たぶん、私が起きたのだろう。だから、これ以上私はこの世界にいられないということ。
特に恐怖といった感情は無かった。私はそういうモノだと理解しているからだろう。
しかし困った。これじゃ、私の元に日傘が返せない。やっぱり美鈴に向かえと称して持って帰るように言うべきだっただろうか。まあ今更後悔しても後の祭りだ。こうなったら霊夢に持って行ってもらうしかない。
一筆書いておいた方が良いのだろうけれど、残念ながらもう両手ともほとんど消えてしまっていて、書けそうに無い。気が付いたら持って行ってくれると信じておくことにする。
こうしている間にも徐々に身体が消えていく。大分眠くなってきた。
次にこの身体がこうして構成されるのは何時になるかは分からない。明日かもしれないし、もうこの先無いかもしれない。だけど、願わくばまたこうして呑気に消えたいなと思う。誰かの腕の中なんてのもいいけどね。
ああ、本当に眠い。そのまま縁側に横になる。ゆっくりと瞼が下りていく。もうこれで最後みたい。
それじゃ、次に会う時まで。おやすみ。
こうして、私の意識は深い闇へと落ちた。
END
段々と視界が鮮明になっていく。
そうして完全に意識を覚醒させて、私は私という個を認識する。
足の裏には靴を通して伝わる硬い石の感触。見回せば燭台の灯りに照らされたそこは、石造りの壁の見慣れた地下室。決して狭くはないけれど、何処か寂しい部屋。
しゃがみ込み寄りかかっていた壁から背を離してその場で立ち上がる。
自身の姿を目視で確認すれば、何時もの紅の洋服。これで構わないだろうと頷いて、静かに部屋の出入口へと歩み寄ると、扉の脇に立掛けられた白い日傘を手に取る。
さあ、今日は久し振りに彼女に会いに行こう。
「行ってきます」
小さく、囁くように言葉を紡いで、私は部屋を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
玄関ホールを抜けて、部屋から持ち出した日傘を開いて少しだけ空を仰ぎ見れば曇り空。
絶好のお出かけ日和だ。
「お出かけですか?」
抜き足差し足、細心の注意をして門を開いたところで、私に声をかけられた。
「……残念、見つかっちゃった」
知った声に振り向いてみれば、そこにはジョウロを片手に私を見る門番の姿。この時間帯は庭園の手入れをしているはずだから、大丈夫だと思ったんだけどな。
「どうする、私を連れ戻す?」
「連れ戻されたいのですか?」
聞き返されてしまった。
「いや、そんなことされるくらいなら全力で抵抗するわ」
「それでは、私じゃあなたを止められそうにありませんね」
「ずいぶんあっさり引き下がるじゃない」
「私はあなたを連れ戻すようには、言いつけられていませんから」
それでいいのか門番。
「あなたはお姉様の味方じゃないの?」
「確かにそうですが、私は同時にフラン様の味方でもあります」
そう言って笑う姿は実に綺麗で、メイド妖精達の間で非公式ながら、ファンクラブが存在するのもうなずける。私はこの門番の魅力は知っているし、ファンクラブなんてものに所属する気も無いのだけれど。
「じゃあ、あなたが邪魔をしないというなら、私はこのまま出かけてくるわ」
「行き先は霊夢の所ですね。……お迎えは必要ありませんね」
それは確認ではなく、確信。何かを見透かすように、私を見る彼女の瞳は真っ直ぐにこちらへと向けられていた。
「……うん、いらないよ。たぶん」
私は逃げるように視線を逸らして彼女に背を向ける。
「分かりました。行ってらっしゃいませ」
耳に入る彼女の声は何処までも何時も通りで、その何時も通りの優しい声で私の背中を押す。
門へと足を向けつつ視線を彼女にやると、帽子を取って頭を下げる姿が眼に入った。
重い音を響かせる鉄門を開くと、私は身体の動きを確かめるように大きく翼を広げ、空を目指して羽ばたいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
久しぶりに訪れた博麗神社はこれまでと変わらない様子だった。
和室に霊夢がいて、彼女の傍に誰かがいる。
日傘を畳んで縁側に横に置いて、靴を脱いで上がる。
「久しぶりね、霊夢。元気にしていた? それと、早苗……だっけ?」
「はい、東風谷早苗です。前の宴会でお会いしましたね。確か……フランドールさん」
「うん、フランドール・スカーレット、宜しく」
「フランドール……?」
早苗の隣を見れば、霊夢は見えないものを見る時のように目を細めて私に視線を向けている。
「なに、霊夢。もう老眼鏡が必要なの」
「まだそんな歳じゃないわよ」
そうよね、まだ十代だものね。
「ところで、ここ暫く私と会いに来てくれなかったけど何してたの? 私から会いに来ても留守だったし」
「巫女のお仕事よ」
「……異変解決?」
「そういうこと」
「私と魔理沙も異変解決に動いていましたよ」
「ふうん、そういうこと。なら許してあげる。そうでない下らない理由だったらこの場でキュってしているところだったわ」
「物騒なことね」
それでも、お茶を啜る霊夢の姿はいつもと変わらない。
「私もお茶が欲しいわ」
「だったら自分で用意することね」
いつも通りという事だ。
「それなら、台所使わせてもらうわね」
「好きにしなさい」
好きに使わせてもらおう。
ギシリと板の軋む音を響かせて、私は台所へと向かった。
「フランドールさんと霊夢はどんな関係なんですか?」
緑茶をの用意をして、お盆に急須と湯呑を三つ載せて和室に戻ると早苗が話しかけてきた。
「私は以前、霊夢と魔理沙に退治された妖怪よ。退治した側と退治された側」
「ああ、いえそういうわけではなくて。あ、ありがとうございます」
お盆をちゃぶ台に置いて、お茶を注いだ湯呑を受け取ると、早苗はどこか言辛そうに口を開いた。
「さっきのふたりの様子を見ていたら、何だか熟年夫婦のような雰囲気を醸し出していたので、ちょっと気になって」
「あら、よく解ったわね」
「え?」
「私は霊夢のものだし、霊夢は私のものなのよ」
呆気にとられる早苗に見せ付けるように、私は霊夢に絡み付いてみせる。
「……それって、つまり」
「私達は好き合っているってことよ。私たちの馴れ初めから話してあげようか?」
あ、今霊夢嫌な顔したでしょう。
「……霊夢はロリコンですか?」
早苗が重々しく言葉を零す。
「フランドールさんがいくら吸血鬼で私達よりも遥かに長生きをしているとはいえ、こんなに見た目の幼い娘と付き合っているなんて、霊夢はロリコンとしか言えません!」
「別にいいじゃない、私は霊夢のこと好きだもの」
霊夢の片眉が上がってる。怒ってるわね。
「あんた等ねえ、黙らないとその口に陰陽玉突っ込むわよ」
「私も!?」
実際に陰陽玉を取り出した霊夢に、早苗とふたり、両手で自分の口を抑える。
退治されちゃたまらない。
その後、お茶を飲み干してから、次来た時には霊夢を更正させる、とか言いつつ早苗は帰っていった。別にそんな必要ないのに。
「やっとふたりっきりね霊夢」
これで好きなだけ愛を囁けるわけね。
霊夢の首に腕を回す。
グッと近づいた顔を吐息が顔にかかるほどに近い。
霊夢の瞳が私を捉える。けれど、その瞳は私を探すように細められている。
「私はここにいるよ」
悔しくて、こぼれ落ちた言葉は霊夢に届いたのか。
霊夢の唇に唇を寄せて、
「そこまで」
「うぎゅっ」
霊夢に顔を抑えられた。
霊夢が初めて私を捉えた気がした。
「あんた、フランドールじゃ無いでしょう」
「あー、ばれた?」
「ずっと気にはなっていたのよ。あんた、実態があるのに存在が希薄すぎるの。まるで魔力の塊みたいにね」
「正解。よく分かったね。魔力なんてモノも使わないし、魔法使いでも無いのに。本当だったら、魔法使いでも私の身体の構成なんて気付かないはずなのよ。それほど私の中身は密度が濃いの」
「そういうもの?」
「そういうものなの。今日、私の本質を見抜いたのはあなたでふたり目ね。美鈴もそうだけど、あなたは博麗としての資質かしら。魔法少女の端くれとしては今後研究してみたいテーマね」
パチュリーに話せば興味を示すかしら。
「変な研究に付き合わせるのはやめて頂戴。それで、もうひとりのあんたは何処にいるわけ?」
「そんなに“私”が心配?」
「質問で返すのは感心しないわよ」
「分かったわよ。そんなに睨んでお札まで構えなくても教えるわよ」
降参と両手を上げてみせると、霊夢は取り出していたお札を懐に仕舞い込んだ。
彼女のそんな行為につい舌打ちをしてしまいそうになったのを無理矢理押さえ込む。
「“私”なら、今頃はまだ自室で寝ているんじゃないかしら。私は、“私”から無意識に漏れ出した魔力の残滓がたまたま形を成して意識を持っているだけの存在なの。だから、“私”が目を覚ませば、今ここにいる私は形を保てずに消滅する。あるいは、私がそう望んでも消滅する。要するに、私は“私”が生きていなければこうして存在することも出来ないのよ。つまり、私がここにこうしているって事は」
「フランドールには何の害も無いって事ね」
「そういうこと。私は無意識のうちに発動されたツーオブアカインドの片割れってところね」
「まったく、あの娘も随分と面倒臭いことするものね」
そう言ってのっそりと立ち上がると、霊夢は玄関へと足を向けた。
「何処行くの?」
「眠り姫の顔を見に行くのよ」
「私には付き合ってくれないの?」
「あんた偽物じゃない」
「私の人格と記憶は引き継いでいるから、本物と遜色ないはずなんだけどなあ」
だからこうして、“私”の会いたいという気持ちを体現して、霊夢に会いに来たんだし。
けれど、霊夢が私から離れていく。ほとんど同じだというのに、私では届かないのが悔しくてしかたが無い。
ふと、開け放した障子の先、縁側を下りたところで霊夢が手招きをしているのが見えた。
何かと思って近寄ってみれば、突然額に柔らかな感触。
「あんたは、これで我慢しなさい」
やっぱり、霊夢はずるい。私の気持ちを知っていて、こういうこと平然とするんだもの。
額を押さえて、霊夢を見る。
「それじゃ、行ってくるわ」
「……あ、うん、行ってらっしゃい。“私”によろしく」
それ以上の言葉が出てこないまま、私は空を飛んでいく霊夢を見送った。
そういえばと縁側に置いたままの日傘を思い出して、取り上げようと右手を伸ばす。
けれど、その手で日傘を掴むことは出来なかった。
「……ああ、もうおしまいなのね」
伸ばした右手が空気に溶けるように透けていた。
たぶん、私が起きたのだろう。だから、これ以上私はこの世界にいられないということ。
特に恐怖といった感情は無かった。私はそういうモノだと理解しているからだろう。
しかし困った。これじゃ、私の元に日傘が返せない。やっぱり美鈴に向かえと称して持って帰るように言うべきだっただろうか。まあ今更後悔しても後の祭りだ。こうなったら霊夢に持って行ってもらうしかない。
一筆書いておいた方が良いのだろうけれど、残念ながらもう両手ともほとんど消えてしまっていて、書けそうに無い。気が付いたら持って行ってくれると信じておくことにする。
こうしている間にも徐々に身体が消えていく。大分眠くなってきた。
次にこの身体がこうして構成されるのは何時になるかは分からない。明日かもしれないし、もうこの先無いかもしれない。だけど、願わくばまたこうして呑気に消えたいなと思う。誰かの腕の中なんてのもいいけどね。
ああ、本当に眠い。そのまま縁側に横になる。ゆっくりと瞼が下りていく。もうこれで最後みたい。
それじゃ、次に会う時まで。おやすみ。
こうして、私の意識は深い闇へと落ちた。
END
イイネッ
以前、後書きで予告されたドキドキ人里編、待ってます
元は同じなのに片方はこうして消えちゃうのかと思うとセンチメンタルに。