―1―
コーヒーを飲む。
暗い黒い液体に自分の顔がうっすらと浮かび上がり、やはり紅茶を――もっといえば、咲夜がいれるベルガモットティー――を飲みたいと口に含めもせずに思った。
匂いからして、けたたましい狂騒というか、敗北感を感じる。
所詮は下級層が飲むのがコーヒーというこの豆から抽出されるもので、由緒正しき吸血鬼が飲むには相応しくない。
この私、レミリア・スカーレットが飲むには、格好わるい。おじさん臭い。
そもそも、豆から出ている訳で、飲んだらヤバイ。
鬼には豆はダメージとなりうる成分なのだから、コーヒーも当然危険だと思われている。
実際にダメージがどの程度あるのかはわからない。
試したことがないし試す価値がそもそもなかった。
そこまでして、飲む必要性がなかったんだ。
今は、ある。
私はこの液体を飲まなければならない。
図書館の一角はもうコーヒーの匂いで息苦しい程だ。
我が友人、パチュリー・ノーレッジが固唾を呑んで……はいないようだが、見届け人として微笑みながらみている。
さながら貴重なモノが見られる事にワクワクしている、そんな嘲笑。
パチェの癖に、なまいきだ。
けれども、パチェほどしっかりとあの阿呆共に伝えてくれそうなヤツがいなかったのも事実だった。
または、私が死にそうになっても術式で何とかしてくれそうな魔法使いが。
「それじゃ、飲むわよ」
「ええ、どうぞ」
あっさりとした会話だ。何の感慨もないな。
もう一度黒い液体に目を向ける。
沼地よりも遥かに深い、それでいて透き通ったエキスが、再度私に恐怖心を植え付けた。
月の光が図書館内にうっすらと、このナイトメアに一筋の光を照らす。けれど、液体の中に黄色は差さない。
こんなに月が黒かったら、きっと何も見えないわね。
私は紫の髪を親指で撫でつけ、頬杖をつくパチェのほうをみて、
「飲むから、その目にハッキリと焼き付けなさい」
「コーヒーひとつ飲むのに20分かけるレミリアお嬢様、どうぞさっさと召し上がれ」
「うぐぐ……お前、事の重大さがわかっていないだろう?」
「知識としてだけなら、これは危険の域を超えている。吸血鬼がする自殺行為としては随分カジュアルだけれど」
「友人の自殺を、随分暢気に見てるのね」
「カジュアルな死に様、期待しているわ」
ハッ! その期待、裏切ってみせるんだから!!
と、力強く断言して帽子を強く抑えながら静寂の中を15分程恍惚に満ち満ちて生の喜びをかみ締め――
私は冷めたコーヒーを飲んだ。
―2―
あ、これ走馬灯だわ。
今日の情景がクッキリ爽やかに浮かぶ。私はあっさりと死んでいる真っ最中なんだな。
ムカつく場面だけれど事の発端なんだから思い返してしまうんだろう。
少し夕焼けが赤々と見え始めた頃だった。
私に唯一ふさわしいカリスマあふるる日中だ。
博麗神社に咲夜を連れて、ボンソワールとでも言うように軽くお辞儀をしつつ居間に入ってみたら先客がいた。
伊吹萃香が私の特等席である、コタツのポジションの中でもテレビが一番見やすい右側面をガッツリ陣取っている。
そのガッツリぶりは、日本酒と焼酎の瓶がその一帯だけ縦横無尽に並んでいることからしても明白だった。
アルコールの臭いが、もう化学薬品ってぐらいに混ぜ混ぜになっていて近づきがたい。
こいつ、このまま寝過ごす気だ。
霊夢がテレビと対面した位置で蜜柑を口に放っている。
咲夜は私が呆然としているのを無視して
「この頃は冷えますわね。メイド服だと特に大変ですわ」
と、マフラーを脱ぎながら左側を埋めた。
主人よりそそくさとコタツに入るほど寒いなら、ロングスカート履いてこい。
もうテレビが見えない位置しかコタツは空いていない。
そもそも、私はこの後に放映される再放送の特撮モノを見に来たのであって、霊夢を見に着た訳じゃない。
いや、確かに和モノ美人を絵に描いたような霊夢も、そりゃ紅魔館にはない代物だから貴重な見ものではあるが……
まぁ、それはいい。
咲夜にわざわざどいてもらう、というのも大人気なく見られて不服だ。
何よりも我が最愛の右ポジションが、ビンの要塞と化している事が許せない。
伊吹は私に気が付くと手をあげながら、
「おいーす、元気か吸血鬼」
「今、不機嫌になったわ」
「苦そうな顔してどーしたぁ?インディアンペールエールでも飲んだかぁ?」
「私の不機嫌の原因が酒臭い口を開くもんだから、今度は不愉快になった」
「おーおー、なんか知らないけど、弾幕ごっこの流れ?」
赤らんだ顔でニヤニヤと笑いながら、しかし一向に動こうって気配はない。
霊夢がさりげなく、弾幕やるなら外でやってね、と警告をする。
咲夜はいつの間にか自分の前と誰も座っていない唯一空いた面に、アールグレイティーを添えて瀟洒に手を差し出す。
追い討ちかけてくるなぁ、このメイド。
館に帰ったら鎖で縛って一日放置決定。
私はふんぞり返って伊吹を見下ろし、目を見開いて語りかける。
「ねぇ、前々から思っていたけれど、そろそろ鬼とヴァンパイアはどちらが優れているか確かめようとは思わない?」
前々から神社に居座っているのが気に入らなかった相手だ。
ピリオドをうついい機会だろう。
伊吹もそれなりに喧嘩好きだから、こっちを見る目が段々と酔っ払いの虚ろから、まるでボクサーの相手を捉える目に変わる。
殴りかかる、ではなくパンチを正確にどこに当てようか判断する鋭さだ。
「そうかー。メイドまで従えて、その決まりきった結果に泣きながら帰りたかったんだな」
「泣きながら帰るアホな鬼を見たいのよ」
「ふーん」
伊吹がスペルカードを出す――のを、霊夢が手で押さえて捻った。
いてててて、という声に、それ以上はいけないと忠告だけする咲夜。
霊夢が離すとそのまま仰向けに倒れた。惜しい、もう少しで外に蹴飛ばせそうなのに。
足はコタツに入れたまま、丸出しのヘソが柔らかそうな肌を見せている。
随分とアンバランスだな。
いや、そもそもミニスカメイドに腋だし巫女にベスト一丁の鬼が、寒い寒い言ってコタツに入っているのがナンセンスだ。
伊吹は腕が三個になりそうだよー、と意味が良くわからない例えをしながら手をぶるぶると振っている。
「こういうわけで、弾幕ごっこは出来ないんだけどさ、どうするよ?」
「それでは、こんなのはいかがでしょう?」
と、咲夜はいかにも仕切り大好きお姉さんな口調で続けた。
「お嬢様は少し前に、幻想郷中を紅い霧で包む事に成功しています」
「紅霧異変か。随分懐かしい気がするわね」
「私が地上に出る前だなぁソレ。んで、霊夢が解決したんだろ当然」
「専門家ですから」
「さておき、これがお嬢様ならびに紅魔館を世間に知らしめた要因になっています」
そう、私の実力は宴会ばっかりやらせるという良くわからない鬼の異変とは桁が違うのだ。
私が腕組みして立っているのを、霊夢と伊吹は物凄い冷ややかで乾いた視線で見つめている。
なぜ。
「あー、何となくわかってきた」
と、伊吹がニヤニヤする。赤らみが段々とうっすらしてきていた。
もう酔ってないなこいつ。
霊夢が立ち上がって、壁の四方に御札を張り始めた。
「つまりさ、わたしの力で、その霧とやらを集められるか勝負しろっーて感じだろ」
「察しがいいのは助かりますわ。幻想郷を紅に染める霧、まとめられますか?」
大笑い。
ゲラゲラと何がおかしいのかわからないぐらいだ。
咲夜がムッとしてもう一度口を開こうとすると笑いを収め、
「余興にもなんないからさ、メイドはツマミでも買っといで」
「もう勝ったつもりみたいね。随分と舐められたものだわ」
「そうだねぇ」
伊吹はもう一度、口を横に開いてこう言った。
「お嬢ちゃんは、葡萄飴でも舐めてたらいい」
―3―
コタツの上が赤いスーパーボールで満たされた。
「もうめんどくさいなー、そろそろお酒飲みたいんだけれど」
「私はまだまだ出せるんだ、勝負はついてない!」
と、とつぜん霊夢に頭を叩かれる。
流石だ、吸血鬼である私をして、じっとりと痛い!
「れ、霊夢! にゃにする!!」
「にゃにって何よ? もうアンタの負けって事でおしまいよ。この赤いの片付けなさいよ」
「いまどき猫語ってはっずかしいねぇー」
伊吹はボールをひとつ手に取り、指の上に器用に乗せると、ボールが弾けて霧状になる。
そしてもう一度手を握ると、手のひらから赤いスーパーボールが出てきた。
咲夜のやるマジックみたいに、種も仕掛けもある。
私の出した赤い霧をこいつの能力でまとめて濃縮し、ボール状の固体にしているんだ。
私の指先からいくらだしても、伊吹が指をくるくると回すと、風が吹いてるワケでもないのに赤道が出来上がった。
人差し指の上にうっすら白いものが出ていて、霧が吸い込まれていく。
綿あめが出来るみたいにもわもわと集まって、手を握ると一丁上がり。
ボールの数だけまとめられた。数えたくない。
完全に私の敗北だった。
運命を操る能力を使ったとしても、伊吹がまとめられない理由がないから、失敗の運命に切り替える事が出来ない。
楽勝すぎたなー、と言いながら伊吹は作ったボールを空瓶の中に詰め込んでいる。
霊夢は伊吹が負けた時の予防に張っていた御札をめんどくさそうに剥がすと、コタツにいそいそと戻った。
咲夜はいつの間にかいなくなっていた。どこいったあいつ。
「猫語を使うお嬢様、敗北の感想は?」
私はきっと赤い顔をしていたに違いない。
酔ったんじゃなくて、悔しくって。
「答えられにゃいかー。まぁ、プライド高そうだもんね。さてと、なんか罰ゲームしようよ」
「……はぁ?」
「そこはにゃぁ? って言わなくっちゃさー。酔いが覚めちゃうよ」
くっそぅ!
霊夢がいなけりゃ、八つ裂きにしてやるのにっ!!
「睨むなよー。負けたのが悪いんだろ、負けたのが」
「そんな条件出した覚えはないわ!」
「むしろ、あんな喧嘩ふっかけておいて、その後がなーんにも無いなんて思ってたのが驚きだよ」
「ぐっ……」
「うーん、どうしよっかなー」
ひとしきり瓶の中にボールをつめこんで、伊吹がグッと指で押すと、瓶ごとみるみる小さくなってミニチュアのボトルが出来上がった。
まとめる力の応用で圧縮したって事か。
出来上がったミニチュアを霊夢に投げ渡した。
霊夢は割れたらどうするのよ、とアンニュイに答えながら、さらにゴミ箱へと渡す。
「お嬢にゃんもさぁ、負けっぱなしは悔しくって夜も眠れなくなっちゃうでしょ? 挽回のチャンスあげるよ」
「貴様にもらわなくても私はっ!」
「あー、はいはい。ひとつ訊くけど、吸血鬼はコーヒーって飲めるの?」
「……いや、飲んだことはないね」
「だろうなー。私もお酒は色々飲むけど、アイリッシュコーヒーとかを飲んだ事がない」
「アイリッシュ?」
「コーヒーにウイスキーを淹れて飲むカクテルですわ、お嬢様」
いつの間にか、うちのメイドが戻ってきていた。
逃げ出したんじゃなかったのか。
「そそ。元々甘いカクテルは守備範囲外なんだけどさー。鬼の私がなんで飲んでないか、わかるよな」
「コーヒー豆が使われているから」
「そういうワケだ。レミリア・スカーレット、お前コーヒー飲んでよ」
「なっ……?」
「そしたら、私よりも種族として優っているって事になるだろ」
トンデモないことを平気で提案してくる。
酔っぱらいめ……と、私が思案していると咲夜の顔が殺気立っているのがわかった。
誰にでもすぐにわかる。目が赤くなった時の咲夜はヤバめだ。
このまま大暴れさせるべきだろうか?
いや、従者もロクに扱えないとなってはかえって威厳に傷がつくし、霊夢という絶対のアバターに怒られる方が危険度が高い。
私は咲夜を壮大な音楽を奏でるかのように手で制して、
「いいわ、その程度容易い事よ」
といい、意味深に笑う。
フーッフフフフフ。
咲夜が何か褒めたたえた気がするけれど、気恥ずかしいので忘れてしまった。
霊夢に早速コーヒーを持てい、と命令するが緑茶と麦茶しかないし爆発四散したりしたら片付けが面倒くさいから自宅でやれ、と突っ返されてしまった。
今日中に飲む事を約束し、私は咲夜に日傘を差させて居間を後にする。
結局、テレビを見るどころではなかった。
悔しさしか残らない夕暮れの参道に涼しい風がふく。
横をチラリと見ると、寒そうな白い太ももを晒しながら、赤いマフラーをした咲夜が心配そうに私を見ている。
「お嬢様、本当に大丈夫なんですか? 今からでも、運命操作でなかったことにすれば……」
「心配無用だよ。少なくとも、死ぬことはないだろうから。館に戻ったら自分の仕事をするように」
「承知しました」
「それよりもさ、ちょっといなくなってたろお前。どこに行ってたの?」
「カプレーゼを作っていました」
……へ?
「何をしてたって?」
「オツマミを作っていました。トマトとチーズをスライスし、オリーブオイルをドパァッと」
「質問の仕方を間違えた。何をしてるんだお前は」
「あ、そういえば出しそびれてしまいましたね。食べに戻りますか」
「……私はね、咲夜にオリーブオイルをドパァッとかけて、食べてしまいたい気分だよ」
「召し上がりますか? 自身はありますけど」
メイドの種なしジョークに苦々しい顔をした覚えがある。
けれど、今の私の顔はもっと、ひどく苦いだろう。
―4―
苦い。苦すぎる。
あまりにも苦いじゃないか、色々と。
ああ、私の最後はこんなにも……いや待て、結構意識がしっかりしているぞ。
ゆっくりと、目を開ける。
という事は生きている?
口の中のスモーキーな苦々しさと記憶を除けば、体に変化がない。
むしろ、バッチリと冴えわたるようだわ。脳の回転を感じる。血がめぐっているのが手に取るようにわかる。
これはもしかして……
月の明かりと余計に面白くなさそうな顔をしているパチェが見える。時間もそれほど経っていないようだ。
ガッカリ、とメモをとりながらパチェがうなづいた。
私はコーヒー飲めるんだな。
「ハッ! 完全勝利ッ!!」
「異常がここまで見られないと、データにしても簡素すぎてつまらないわ。追い打ちをかける準備が無駄になっちゃった」
「さり気なく野望が潰えたみたいだが、とにかく私にこの一般庶民の飲み物は無力! ビビリの鬼なんてやっぱり敵じゃないのよ!!」
「これ一杯舐めれたぐらいで、そんなに威張られてもね」
パチェが砂糖とミルクを薦めてきたので、シュガースティック5本分とミルクを半分程度で割る事にした。
ガキの飲み物ね、とパチェが呟いたが、このぐらいで丁度いいではないか。
それにしても、コーヒーがこれほど優雅に飲めるものだとは思わなかった。
そのまま飲むと苦い泥水みたいなモノだけれど、砂糖とミルクで飲むと丁度よい刺激的な味だ。
大人の気品ってやつかしら?
お酒をただただ飲んでいるだけの鬼には到底味わえないだろう!
フーッフッフッフッフ!!
私の笑い声が響く。私のコーヒーをズズーッと飲む音が響く。
ああ、コレほどまでに美味しかったのかコーヒー!
パチェはしばらくの間、コーヒーの匂いでむせるようになるだろう。
何故って、私がここでコーヒーを飲むからだ!
フゥゥーッフッフフフッフ!!
―5―
今日も既にコーヒーを10杯ほど飲んでいる。
とりあえず図書館でコーヒーは飲むことに決めている。
陰湿な空気で飲むのがいい。パチェがいい加減にして欲しいって顔をしているのも少し見ものだ。
何よりも、トイレが近いのがいい。
咲夜には最高級の白砂糖とクリープという凄いミルキーな粉を用意させた。
この二種類でジョッキを半分程満たしてから、コーヒーを注いで飲むのがベスト!
そういえば、伊吹の奴も私がコーヒーを飲んでいるのをどうやってか見ていたようで、今ではアイリッシュコーヒーをガブガブ飲んでいるらしい。
元気な事だ。
今日のコーヒータイムは何回目だったか、正確に覚えていない。
まぁ、いいのだ。美味ければ。
コップに並々と注いだ全世界レミリアスペシャルブレンド!!
腰に手を当て、勢い良く一気に飲む。
……ん? あ、あれ……? 何か、痛いぞ。
ほ、ほわぁあああ!?
―Epilogue―
『吸血鬼がコーヒーを飲んだ場合の影響についての続き。
豆が原材料という事で何らかの身体的な影響があると思われたが、全く効果なし。
常人と同じように飲むことが可能。
サンプルとして見ていたレミィには少なくとも変化は見られなかった』
『その後、一週間程毎日レミィは私の目の前でコーヒーを飲んではドヤ顔をしていたが、これは恐らくカフェインの作用が人間同様に働いたもので極めて高い興奮状態にあった為と思われる。
または、新境地を開いたことによる開放感からなるものかもしれない。
何れにしても、通常通りのコーヒーの過剰摂取でレミィは頭痛を催し、吐き気と腹痛を訴えて棺桶とトイレを行き来している。
今日で、二日目になるが、それでも自室でコーヒーを飲んでいるようだ』
『コーヒーが原因であることを説明するタイミングを検討中』
私は毎日日記のようにつけているメモに一文を付け加え、時刻を確認する。
丑三つ時を過ぎているようだ。
冬は寒冷の季節で、この時刻は本の匂いも凍るほどだ。それなりに本を読む体制は整えているけれど、息が少し白く見えた。
暖房はつけずにテーブルに灯したランプだけが温かみを出している。
客人がいる時は魔法で最適な温度を創りだすが、魔力がいるし、暖房器具は本へのダメージがイヤだった。
その昔、ホタルの光や月明かりだけで本を読み、立派に成長したという偉人もいるという。
それだけ、本とは尊く面白いものだと、私は長年読み続けていても思う。
そうした本質的な趣向性というか、味わいの良さは食べ物でも読み物でも同じね。
だから、私は咲夜を指をならして呼びつける。
彼女の気品と自信に満ちた、沢山の花を集めたブーケのような匂いがする。
「まだ、レミィはピィピィ泣いているの?」
「ええ、とても可愛い甘えようですわ。風邪を引いた子供みたいで。パチュリー様も見にいらしては如何でしょう」
「貴方も結構、あくどいことするわよね」
いいえとんでもない、と咲夜は手をふった。
瀟洒で完璧主義な割に、結構感情的だから、この子も人間なのだなと感じる。
「さて、用意してくれたかしら」
「ええ。ハワイコナです。少し強めに淹れてみました。サイフォン式で初めて淹れましたので、ご感想いただければ嬉しいですわ」
「その珍品趣味はいいけれど、あんまり探しまわって新聞屋なんかに記事にされないでよ」
「あら、パチュリー様にご迷惑はかけません」
「レミィが寝込んでるのがバレたら、貴方が面白くないでしょう」
「それは、確かに」
そう言いながら、咲夜は私の前に何も入っていないコーヒーカップを差し出した――と思った次の瞬間には、墨色をしたコーヒーが注がれている。
カップは紫のラインが白いベースに映えたデザイン性のあるもので、ティースプーンと黒い角砂糖が二つ添えられていた。
日中よりも砂糖が一つ多い。
睡眠を取る前に飲む、というのをわかってくれているようだ。
こうわかっている従者が下についているんだから、逆にレミィは遊ばれているようなものね。
咲夜はそのままお辞儀をして何処かに行こうとしている。
「咲夜、貴方も一杯飲んでいきなさい」
「……あら、あまりパチュリー様は話したがらない方かと思っていましたけど」
「一杯分ぐらい、楽になってみた方が仕事の効率が上がるって事よ」
それでは、と言うと咲夜の手元に銀色のマグカップが現れた。
湯気に顔を近づけ、音も立てずにカップを傾けた。
まだ仕事が残っているんだろう。無糖に違いない。
「お疲れ様」
「ええ、お疲れ様でした」
折角淹れてくれたコーヒー。私も冷める前にいただくとしよう。
レミィはクリームや砂糖で雰囲気を気にせずふんだんに飲んでいたけれど、コーヒーは香りや味わいを楽しめるものだ。
それは反抗精神たっぷりな庶民にもわかりやすい、力強い香り。
このパワーに後押しされるように、先人たちは仕事をなし、書を記し、夜の読書の供として愛してきた。
ただ苦い辛さを彷彿とさせるだけじゃなくて、遠くにやさしい甘さがある。
生き方が見える、などと語っては大げさかしら。
そういえば、机の真ん中に咲夜からもらったミニチュアのボトルがある。
赤いボールのようなものが瓶詰めされていて、まるで焙煎する前のコーヒー豆のようだ。
何が入っているのか訪ねても、咲夜は秘密だといって答えなかった。
飲みながら、話させるとしよう。
……それとなく、苦々しい話かもしれないけれど。
咲夜と私はお互いに微笑みあい、
コーヒーを飲む。
―Good Taste―
吸血鬼がコーヒーダメという発想は面白かったです。
あれも煎り豆ですもんね。
ちなみに私はグアテマラ派。
手回しミルで豆をドヤ顔で惹いていた事を思い出しました。
確かにハワイコナは何処か甘みを感じますね。
手軽に手に入る範囲で美味しいと思った豆はスタバのスマトラでした。
百点。
佐藤は私
苦くてなんぼ
苦くてなんぼ
苦くてなんぼのコーヒー豆ェェ
コーヒー美味しい。
コーヒー豆のエキスは鬼を殺すに至らぬまでも、鬼を狂わせる魔力があったのかもしれませんね。