旧暦では一月から三月は春の季節に当たる。
既に立春も過ぎて、次第に春めいて来た幻想郷。
そしてこの香霖堂にも、特に呼んでもいない春の足音がやってきた。
「ほら見て、霖之助さん。タンポポの綿毛」
「店の中では吹き散らさないでくれよ」
珍しくもなく香霖堂にやってきた霊夢が、珍しく土産をもってきた。
といっても大したものではない。なんの変哲も無い綿毛付きのタンポポだった。
文字通り吹けば飛んでしまいそうな綿毛が球状に茎にくっついている。春先の風物詩だ。
「この綿毛って、種なのよね。とてもそうは見えないけど」
「ああ、そうだね」
「どうしてこんなひょろっちいのかしら。これじゃ芽が出ても簡単にしなびちゃいそうじゃない?」
霊夢は綿毛を指先で突っついたりして遊んでいる。
毎度思うのだが、どうして彼女はわざわざここに来ておいて一人で遊んでいるのだろう。
僕はカウンターで本を読みつつ霊夢の疑問に答えてやった。
「軽い方が風で遠くに飛ぶだろ。なるべく大きく生息範囲を広げるためさ。それにタンポポは案外生命力が強いぞ」
「ふーん。まあそんなことはどうでもいいんだけど」
質問したのは君だろ。そう言ったが無視された。
カランカランッ、バンッ。
「よう、香霖!土産を持って来てやったぜ」
「あら、タンポポの綿毛」
「お?霊夢も持って来てたのか」
元気よく扉を開けて魔理沙が店の中に入って来た。
霊夢と同じくタンポポの綿毛を持っている。最も、その本数が霊夢とは大きく違っていたが。
「どうしたんだそんなにもってきて」
「いっぱい生えてたから持って来ただけだぜ。どうせタダだしな」
そう言って魔理沙は手にしたおよそ二十本もの綿毛をひとまとめにすると、ふーっと口で吹いた。
すると魔理沙の息にゆらりと煽られた綿毛達が茎から手を離し、一斉に店の中を飛び回り始める。
いくつもの小さな綿毛が僕の顔やら眼鏡やらに体当たりしてきて僕は顔をしかめた。
「うわっ……おい、吹くなと言っただろう」
「あー?聞いてないぜ、そんなこと」
「霖之助さん、さっきは魔理沙はいなかったわよ」
そうだったかな。僕は本に降って来た綿毛を手で払いのける。
だが魔理沙が吹いた大量の綿毛は止む事無くふんわりふわふわ僕の手元に舞ってくる。
やれやれ、このまま本を閉じたら押し花ならぬ押し綿毛だな。僕はしばらく綿毛を払う作業に専念した。
「まだまだ寒いけど、やっぱり春なのね。そこらでタンポポが目にはいるもの」
霊夢が自分の髪の毛にくっついた綿毛をつまんで取りつつ口を開いた。
その言葉に魔理沙が綿毛が無くなって寂しくなったタンポポの茎で手遊びしながら答えた。
「タンポポなんて年がら年中咲いてるだろ?」
「そりゃあ、そういう種類もあるわ。でも本来の日本のタンポポは春にしか咲かないの」
「そうなのか?」
魔理沙が僕に水を向ける。
僕は魔理沙の疑問を明らかにしてやった。
「そうとも。基本的に現在日本に生息するタンポポには二種類ある。カントウタンポポとセイヨウタンポポだ。
そしてこのうち、日本に古くから生息しているカントウタンポポは春にしか咲かないのさ」
「へえ。タンポポなんて一種類しかないのかと思ってたぜ。どれも同じに見えるしな」
「ちなみに見分けるポイントはだね」
「ああ、そういうのはいらないぜ」
更なる知識を披露しようとしたら、却下された。なんだか空しい。
店にある樽に腰掛けた霊夢が足をぶらぶらさせながら口を開く。
「それにしたって、今年の春はいつもよりタンポポが多い気がするわ」
「私もそう思った。だから持って来たんだけどな。あんだけありゃあ少しくらい減ってもバレないし怒られない」
「誰にバレて誰が怒るのよ」
「そりゃあ……タンポポの神様だぜ」
「たくさんタンポポがあるのに、なんだかもったいないわね。食べられないのかしら?」
「そうだな。天ぷらとかイケると思うぜ?小さいけど」
「天ぷらかぁ。それもいいわね。魔理沙、ちょっと行きましょ」
「おう。香霖、後で台所借りるぜ」
僕の返事を聞こうとする素振りも見せず、二人はいそいそと出て行った。
後に残されたのは店中に散った大量のタンポポの綿毛達だ。
まったく、あとで一つ残らず掃除させようか。僕は机にのっかった綿毛の一つを指で弾いて息をついた。
一刻後、僕らはタンポポ料理に舌鼓を打っていた。
タンポポの花の天ぷら、タンポポの茎のきんぴら。タンポポの花と茎のサラダ。
どれもこれも大量にタンポポを収穫した霊夢と魔理沙が僕の台所で好き勝手に作ったものだ。
如何せん元々が小さいのでメインにするには物足りないが、どれもお八ツには丁度良いボリュームだった。
「結構美味しいわね、タンポポ。もぐもぐ」
「ちょっとしたヒット作だぜ。もぐもぐ」
「あまり慌てて食うなよ、二人とも」
ニコニコ顔でタンポポにぱくつく二人に僕はタンポポの根っこを使ったタンポポ茶を出してやった。
わざわざ言わずとも、まさに根こそぎ採って来た彼女らには色んな意味で感服させられる。
根っこを洗って灰汁抜きをして細かく刻み、ミニ八卦炉で乾燥させた後に焙煎して煮出す。
タンポポで淹れたお茶は胃や肝臓などの臓器、または冷え性などに効力を発揮するという。
「ちょっと苦いわね、このタンポポ茶」
「ある地方では漢方としても使われるらしいからね。少しは苦いかも」
「私は好きだぜ、こういうの」
「ところでタンポポという名の由来だが、これは江戸時代には花の形を見立てて鼓草と呼ばれていたらしくてね。
鼓を叩く時の「タン」とか「ポン」とかいう音から変化していったという説が…」
「へぇ~」
「なるほどな~」
霊夢と魔理沙はタンポポ尽くしに夢中だ。
二人があまり話を聞いてない様なので、僕も話を中断し二人に倣ってタンポポを口に放り込んではタンポポ茶を飲む。
そして頭の中では少し別の事を考えていた。
先ほど二人は、今年はいつもよりタンポポが多いと言っていた。
二人が取って来たタンポポを調理される前に観察してみたが、それらは全て日本のカントウタンポポだった。
この幻想郷はご存知の通り、外の世界で幻想になったものが結界を超えて舞い込んでくる場所だ。
その幻想郷でカントウタンポポが増えているという事は、外の世界では日本古来のタンポポは減っているのではあるまいか。
魔理沙の言う通り、カントウタンポポとセイヨウタンポポは見分けがつきにくく、違いを知らないと同一の種類にしか見えない。
仮にどちらか一つが消えてなくなったとしても、多くの人々はそれには気づかないで変わらずタンポポを愛でるのだろう。
しかし、日本に古くから生息している植物がひっそりと姿を消してゆくのを思うと…なんだかちょっぴり寂しい気がする。
ふわりと風に揺られたタンポポの綿毛が僕の湯呑みの中に落ちたのを見て、僕は魔理沙に掃除をするよう言いつけた。
暖かく、穏やかな雰囲気なのに、ほんのりと哀愁を漂わせる見せ方が上手だと感じました。
子供の頃はよく見たのに、最近では見かけなくなった花。もしかしたらひっそりと、幻想郷に咲いているのかもしれませんね。
タンポポか…そういえば、最近は見つけようともしてなかったですね。
スバルさんの作品はやっぱ安定して面白いですね、これからも期待してます
原作が次回作を出さない今こうやって霖之助タグを巡るのが楽しいですね
あぁ、確かに幻想郷にならたくさんありそうですね。
中学生の頃テーマ研究みたいなので色々調べたっけ
がくの形がちょっとちがうんだったか・・・
タンポポの根と言えばタンポポコーヒーなんてのもあったな
大好きです、こんなふんいき