―1―
チョコレートは、危険な誘惑。
アリス・マーガトロイドというフランスチックな名前だから、私はバレンタインデーにトリュフを作る。
チョコ菓子の方のトリュフで、某キノコフェチ魔法使いとは関係がない。
トリュフは人形に丸めて作らせる時の可愛らしさ、食べやすく持ち運びやラッピングのしやすさが贈り物にマッチしている。
パリッとしたコーティングの中から、チョコレート菓子らしいなめらかで上品な甘さとカカオの香りが広がる。
喜ばれる事間違いなし、まるで幸せの卵。
私のトリュフはラムにお菓子用の単調なモノなのではなく、ロンサカパを使って仕上げる。アダルティー。
味見しようと思って、自身で3つ食べてしまう程度には美味しいつもり。
もう1個は食べても大丈夫よね。
うん、やっぱり美味しい。
幻想郷ではあまり広まっていないバレンタインデーというイベントだけど、私は毎年知り合いに配る事にしていた。
紅魔館、博麗神社、守矢神社などの人間や魔法使いがいて、バレンタインの習慣の認知がある所には必ず向かう。
大体彼女達は、自身でもチョコレートを作っている事が多いから。
スイーツは女性の文化だし、披露する絶好のチャンスが2月14日というワケだ。
例え渡さなくても作っておかなくちゃねぇ。
今年もトリュフと彼女達のチョコレートを等価交換することが出来た。
十六夜咲夜は例年通り、チョコフレーバーのティーパックをリボンを結んでいて瀟洒だなぁと思う。
パチュリーは理論は完璧なのに手際が悪いのかチョコとバターが分離した物体をくれた。
毎年、パチュリーが恥ずかしそうに言い訳するのが見もので、紅魔館にはまっさきに向かう。
インテリジェンスの動揺って一生懸命な見栄の積み重ねで、可愛い。
続いて守矢神社に行って東風谷早苗の生チョコをもらう。
「本当は本命チョコを作りたいんですけどねー。本命チョコあげる人、アリスさん可愛いからいるんじゃないですか?」
面倒でドロドロしてそうな話の流れになったので、無言のままその場でもらった生チョコを食べて感想を言って逃げた。
ミラクルフルーツのトッピングが相変わらずエキセントリック。
命蓮寺に住む聖白蓮も魔法使いという事で、チェックリストに加えてあった。
まだ知り合いといえる程ではないけれど、彼女の身体向上という内に向けた術式は、私の研究する魔導人形の技工と正反対で、それなりに面白い。
特に美容の保ち方は気になる。ディ・モールト。
抹茶チョコをいただきながらガールズトークに花を咲かせていたら、3時を過ぎていた。
白蓮と別れ、命蓮寺の門前にいたヤマビコ妖怪にもトリュフをあげながら、この後の予定を確認。
トートバッグの中には既にもらったチョコレートと、トリュフ袋が今日中に食べきったら肌に悪そうなぐらい入っている。
人形劇を見せに行っている子供達にあげつつ、博麗神社に行ってトリュフを配りきってしまおう。
……と、ここでもう一度目の前のヤマビコ妖怪を見つめる。
この子も割りと最近見るようになった顔だけれど、そういえば大きな霊廟と一緒に、新たに幻想郷に来た仙人連中がいたのだっけ。
命蓮寺のすぐ近くに、神霊廟と呼ばれる場所が出来ているらしい。
「ねぇあなた、神霊廟って何処にあるかご存知かしら?」
「あちらの墓地に向かえばわかりますよー!」
元気で素直な子ねぇ。マザーグースの主人公にぴったり。
ちょっと自分がお母さんみたいな感覚になってしまう無邪気な反応に、トリュフをもう1つ口に入れてあげちゃう。
底抜けに顔が明るくなってくれるから、ついついもっとあげてしまいそうになるけれど、無駄弾は禁物だ。
「ありがとう、それじゃまたね。」
「ありがとー!」
私は踵を返して、お墓の方へゆったりと飛んで行く。
少し緊張もするけれど、初めて挨拶するのにコレほどいい機会もないだろう。
何よりも、都会では挨拶は最重要コミュニケーションなのだから。
―2―
「ちーかよーるなー! これから先はお前達が入って良い場所ではない!!」
「あら、そうだったの、失礼いたしました」
「まてー! 甘い匂いがするぞ!! そのカバンの中はなんだ!!!」
「チョコレート、貴方も食べる?」
「うまいのかー!!!!」
入り口付近からこの調子では、先行きが不安でしょうがない。
命蓮寺の広大な墓地を進んでいたら、前に見たことがない洞窟があったので入ろう……と思ったら、この子が現れた。
星のパッチワークがついた紫色のキャスケット、黒いショートヘアにミニチャイナとレースのついたスカートという格好は、大正ロマン風なのかしら。
オリエンタル系の香水の匂いが、相当強めにつけられている。
肌は死んだように色白だけれど、カサついてはいないようで、ボディークリームはしっかり使っているみたいねぇ。
それらよりも、最大の特徴がオデコに御札がついている事だ。
そのせいで顔をハッキリ見れないけれど、アジア人っぽい可愛いロリチックな顔立ち。
やたらと大きく口をあけて話す。
この子はきっと阿呆の子。
トリュフをひとつラッピングをといて、まっすぐに伸ばした手に出してあげる。
すると、瞳孔を開いて驚いた。うぉー! なんだー!! って子供でもそこまでびっくりしないでしょに。
「これはトリュフって言ってね、外の世界ではフランスのスイーツなのよ」
「フランス? なんだそれは」
「欧州のお菓子って言えばわかるかしら」
「とにかく食べさせてくれー!」
「え、あの、食べていいのよ。そのまま召し上がれ」
「私は起床したばかりだから、腕を曲げると痛いのである!」
「そうなんだ……」
不憫というか、こんな可哀想な子を門番にしてるって神霊廟って相当スパルタン?
彼女の手にのっていたトリュフを一粒、口に入れてあげる。ここまで近づくと、香水以外にも何か嫌な甘い匂いがする。
もぐもぐと見ているこっちが驚くぐらいに口を動かして、ニッコリして腕を伸ばしたまま私に抱きついてきた。
服ごしでもわかるぐらい、冷ややかな体で女の子にしては硬い。
筋肉のせいじゃなくて、動物性を感じない。まるでコールドアイスみたい。
「うーまーいーぞー! なんだこれは!!」
「トリュフよトリュフ。フレンチだから美味しいのよ」
「フレンチだから美味しい!」
「そうそう、フレンチが作れる私はアリス・マーガトロイド。よろしくね」
「アリスはフレンチ! 美味しいのか!!」
「生き物としては美味しいけれど、魔法使いだから食べちゃだめよ」
「そうかー、食べれないのかー」
人間を食べるタイプの妖怪だったか、危なっかしいわねぇ。
抱いていた体を少し離して、帽子ごしに頭を撫でてあげていると思い出したようにポケットから何か取り出しす。
これは笹かしら? 緑の葉を茶色い紐で縛って三角形の袋になっている。
中華ちまきを思い出した。この子もバレンタインデーに何か作っていたという事ね。
「これをさし上げよう! 受け取ってくれー」
「ええ、ありがとう」
私は彼女の手にラッピングしたままトリュフを渡し、後でみんなで食べてね、と伝えた。
うなづき方がキュート。ちゃんとわかっているとは思えないほど良く振ってくれる。
手を振って彼女が守る洞窟とは反対方向に飛翔した。
戦略的撤退。
初めからあんな子が待ち構えているなんて、神霊廟はもう少し調べてからでないと何が出てくるかわからない。
バレンタインに戦闘モードなんて、男性諸君にやらせておけばいいのよ。
―3―
「おいおいアリス、一体何もらったんだよ……」
「私もわからないから見せてるんでしょ、バァカ」
「とりあえず、もらったお茶入れてくるけど、煎餅しかないからね」
里の子供達にトリュフを配ってから、博麗神社に着ていた。
縁側では予想通り、白黒の服をきたマリサと霊夢が例年通りのお茶をすする場面を見て、まるで理想的な老後像を思わせる。
そこで、二人と一緒に神霊廟前でもらった謎の笹巻きを解明しようと紐を解いてみた。
まずスパイシーな香りが鼻に飛び込んできて、早速ブレインパニック。
一粒がBB弾よりも小さい、少し緑がかった茶色い殻のようなものと黒い粒が大量に入っていた。
奇っ怪だわ。
そもそもチョコレートらしい甘い匂いがしない。
チャイナではこういうお菓子というか、そのまま食べる習慣みたいなものがあるのかしら?
二人で悩んでいると、霊夢がお茶をもってきてくれた。
咲夜からもらったチョコフレーバーティーを淹れてくれたけれど、湯のみでもってくるからロマンスに欠ける。
紅茶を飲む時はアンティークに限るわ。
霊夢は笹の上に広がる粒をつまんでマジマジと見つめる。
「なんかヘンなもの広げてるわね。これ、どっちが食べるの?」
早速自分を選択から外している辺り、伊達に巫女をやっていないなぁと感心する。
「もらったのはアリスだぜ? わたしは食べない」
「ふーん、私は貴方にトリュフあげたんだけれどなぁ」
「わ、忘れてたのはしょうがないだろ。第一もらったら必ず返せってルールはない」
「ホワイトデーになると、3倍返しなのって知ってる?」
「利子がつくのかよ」
「女の子のキモチを待たせるのは、それだけ罪が重いって事よ。いい習慣だと思うわ」
「わたしは同意しな……んぐっ!?」
霊夢がサッと謎の粒を数個手に取り、マリサの口に投げつけた。
ナイスシュート。
チョコレート菓子の弾丸は撃ち落とせない。
観念したらしく、マリサは口を動かす。
すると、突然顔がクシャクシャになって
「ハブゥゥウウッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
と奇声を発しながら地面に吐き出し、お茶を飲み干しながら過呼吸になってそれでもなお、水が足りないらしく台所の方に走っていった。
セーフ。
霊夢は、良くある話よね、と言って不敵に笑った。
私も釣られてニヒルに笑う。
「ハブゥゥ、って何かね?」
「HUBっていう酒場の形式がブリティッシュにあるそうよ。ラフな社交場なんですって」
「へぇー。日本酒はあるのかしら」
遠くに聞こえるマリサの絶叫をツマミに、お茶を飲む。
味としては面白いけれど、やっぱりこの手のフレーバーは好んで買ったりはしないかな。
霊夢と目があったので、少し絶叫の方角にズラしながら囁く。
「マリサは慌ててるのが似合うわよねぇ」
「アリスも食べなさいよ。アンタあんまり似合わないから見てみたい」
キャンセルさせていただきます。
霊夢にとられない内にサッと得体の知れない物体を包みなおしてバッグにしまう。
ドタバタとうるさい音、戻ってきたマリサは泣いていた。
ちょっと、そんなにスゴかったの?
「舌が痺れるよぉ……まだヒリヒリするんだけど、これ毒じゃないか? わたし死んじゃうかもしれない」
霊夢が背中をさすってあげる。
私はハンカチを常に持ち歩いている人形に持たせて、涙を拭わせる。
額から汗まで流れていた。
エマージェンシー? ナースコールが必要?
「ごめんね。死なないとは思うけど、そこまで危険だと思わなかったの」
「謝ってすまないぞ! ああ、ヒリヒリ止まらない、わたし死んじゃうかもしれないぞ」
ヒリヒリと死ぬを連続して言うオートマティックと化してきたマリサ。
私はトリュフをマリサの口に入れてあげる。
甘いけどヒリヒリするぜー、と感想を言えるから、命に別状はないだろう。
これはホワイトデーに3倍返しするべきなのは私かもしれない。
……それにしても、一体何をもらったの?
エクスクラメーションマークは結局とれなかった。
―4―
家につくと、自宅特有の安心感があってとっても落ち着く。
ブーツの紐をときながら誰かがいるわけでもないのに、ただいまーと声を出す。
防犯対策には有効な手段だと雑誌で読んだから、習慣づけている。
だから、
「おかえりなさい」
なんて声が返ってくるのはおかしい。
声のする方へ急いで向かい、槍の装備されている人形をフル稼働。
人影を確認し、槍術人形8体で囲う。
人形たちの先に、青い髪を結わえた少女がリビングに座っていた。
髪の色よりは薄い水色のブラウスと白い紋様入りのベスト。羽衣を背負っているって事は仙女かしら?
青い女性は、手に持っていた私の本をゆっくりと机の上においてからお辞儀をした。
余裕がある物腰、この状況下でも動揺していないって事はそれなりに修練を積んでいるのかもしれない。
私が警戒の目をむけていると、微笑みながら
「私は霍青娥と申します。鍵がかかっていたものですから、壁から入らせていただきました」
「壁から? それが貴方の能力なの」
「ええ、邪仙ですから。今日は私の可愛い芳香がお世話になりました。その御礼に参りました」
「……神霊廟の方なのね。あの御札がついた子の主かしら」
「キョンシーです、腐っていて可愛かったでしょう」
私は人形包囲網を解除し、対面の赤いストライプ柄のソファーに腰をかける。
勝手に入ってくるあたり信用ならない身勝手さがあるけれども、理由を聞く限り物騒な事にはならなそう。
キッチンの方に人形を向かわせ、セイロン茶葉を用意させる。
「あらあら人形操術、お見事ですわ。槍も正確にこっちに向けられてましたし」
「大分ご承知のようですが改めて。アリス・マーガトロイドよ、よろしくね」
とりあえず挨拶をしてみたが、華麗にスルーされ、胸元から笹の包みをとりだす。
「昼すぎに、芳香にトリフとやらをくださった時、あの子お返しにこんなモノを渡しませんでしたか」
「トリュフね。確かに受けとって早速食べさせたら、ヒリヒリ死ぬ死ぬロボットが出来あったけれど、そういう中国4000年の秘術なのコレ?」
私はトートバッグの中から笹の包みを取り出した。
青娥は、あらあらやっぱり、と困った顔をする。
「これは青花椒と言いまして、中華料理に使われる山椒です」
なるほど……スパイシーな香りがするワケよねぇ。スパイスそのものだったのか。
青花椒をひとつ手に取って匂いを嗅ぐ。考えてみれば、チョコレートだと錯覚する方がおかしかったのかもしれない。
「芳香には味覚がちゃんと維持出来ているか、発汗機能が復元されているか、確認の為にたまに持たせているんです」
「メンテナンスアイテム」
「そういう事になりますね。私が頭を撫でにいったら、まるごと金髪のお人形さんに渡した、というので驚きましたわ」
私自身は人形じゃないですよ、とフォローしたら、でも人形みたいにお綺麗ですわ、なんてお世辞を言われる。
ちょっと嬉しい。
上海人形がまるでメイドのように優雅にセイロンティーをもってきた。
ホワイトに金の縁が高級感のあるティーセット。私のお気に入りだ。チョコレートの黒とのコントラストがとってもいい。
飲みながら、本日何度目かのガールズトークをする。
どうやらこの邪仙は結構悪女なんじゃないかなと直感、褒め方が上手だ。
こちらの話を何とか引きずりだして話を聞きつつ、自分のイイ方に持っていく話術ね。
初対面にもかかわらず、私らしくもなく20分ぐらいは会話をしてしまった。
それも、結構ブラックな話。あんまり人にはいえないHな話もしてしまったので、思い返すのは今はやめておこう。
そろそろ夕ごはんになりますので、と言いながら青娥は立ち上がりながら
「それと、こちらお茶のお返しということで、どうぞ」
山椒とは別の笹の包みを渡される。これはずっしりと重たい。
「中華ちまきです。チョコレートは作った事がないものですから」
「ええ、ありがとう」
最後のひとつになったトリュフを受け取って、青娥は窓側の壁をすり抜けて帰った。
いや、私がいるんだし、ドアを使って欲しいんですけど。
通った後の壁を触ってみたけれど、それは何時も通り無機質で冷たい壁に違いなかった。
うーん、神霊廟の連中は何時も以上にワケがわからなそうだ。
「ふぅ……」
と、思わず口に出してしまう。
スイーツの為とはいえ、一日でこう飛び回って別の誰かに会うというのは非常に疲れる。
ましてや、くつろげると思ったら、初対面の仙人とご対面――なんて、余計にクタクタになっちゃった。
シャワーを浴びてラベンダーの香りに包まれた後、ピンクのネグリジェに着替えてベッドの上に座る。
サイドボードの上は、勿論チョコレートの山だ。紅茶とコーヒーを定期的に人形たちに運ばせよう。
カカオの香りがフレグランスよりも強くて、ここだけまるでお菓子の家みたい。
ゴロゴロしながら、読書をしつつ、ゆっくりと崩していくつもり。
ちまきは明日の朝にでも食べよう。
だって、今日はバレンタインデーだもの。
砂糖の過剰摂取だって許される。
チョコレートは、危険な誘惑。
虫歯、ニキビにご用心。
ね!
―fin―
羨ましいバレンタインだ。
kwsk
でも中華ちまきって炊き込みご飯的なものじゃなかったっけ…?
なんとなくレトロな雰囲気も感じました。