事の発端は博麗神社に舞い降りた一切れのビラだった。
‐ベストカップル目指しませんか?
○月△日□時 紅魔館にて‐
「今度は何を始めるつもりなのかしら、あのお嬢様は。」
紅白の衣装を身にまとった少女は何とも気怠そうに言った。
心底あきれた様子だった。
「ほっとけばいいんじゃないか?どうせひまなだけだろ。」
紅白とは対称的に白黒の衣装を身にまとった少女が返事を返す。
こちらもさほど興味はなさそうだった。
あることに気付く次の瞬間までは。
初め、二人ともビラは見出しと日時とさまざまなイラストが刷られた片面だけだと思っていた。
しかし、ビラには裏面があった。
そこに書かれていたことは、
‐見事ベストカップルに選ばれた一組には豪華景品をプレゼント!‐
二人の目の色が変わったのはまさしくそれを見た瞬間であった。
「ねぇ、魔理沙。私たちってとても仲が良いわよね。」
「そうだな。それはもうカップルと呼べるほどのものかもしれないな。」
「そうよね。もうベストカップルとも言えるわよね。」
「よし、じゃあ、私たちの仲の良さを幻想郷に示そうか。」
「素晴らしいアイディアね。」
こうして、一組の利己的なカップルが誕生した。
しかし、彼女たちは気付かなかった。
そのビラは内容について全く触れていないことに。
いや、あえて考えないようにしていたのかもしれない。
*****
そして、カップルたちの決戦の時が訪れた!
紅魔館には、数えきれないほどのカップルが集まっていた。
霊夢と魔理沙のカップルのように明らかに景品狙いのカップルも少なくはなかった。
「しかし、ずいぶんな数が集まっているが、どうして女同士のカップルばかりなんだろうな。」
魔理沙の言うように、周りは百合な状態だった。
チルノと大妖精、妹紅と慧音などなど。
というか、一部は景品とかよりも本気でベストカップルの称号を狙っているのだと考えるととても恐ろしい。
特に上の二組とか。
いや、チルノはいまいち分からないが。
…これ以上考えるのはやめておこう。
「気にする必要はないわ。私たちは景品を頂く。それだけでしょ?」
さすがに声をひそめて霊夢が言う。
「確かにその通りだ。」
もともとそこまで気にしていなかったのか、魔理沙はこの話題を終わりにした。
そうこうしているうちにレミリアによる挨拶が始まった。
「今日はよく来てくれたわね。
企画考案者のレミリア・スカーレットよ。
今回の企画を実施しようと思った理由は幻想郷で最もつながりの深い一組を見てみた いと思ったからよ。
だから、ぜひともあなたたちの絆を私に示してちょうだい。
そして、きっと面白い企画になるはずだから楽しんでいってちょうだい
以上。長ったらしい挨拶は好きじゃないから終わりにするわ。」
レミリアの短い挨拶が終わり、次いで咲夜の企画説明が始まる。
「では、本日の企画について話させていただきます。
本日の企画では皆さんに絆を示してもらうためにいくつかのアトラクションを用意し てあります。
全てのアトラクションに共通して言えることは、クリア条件が設定してあって、それ をクリアしたものだけが次のアトラクションに進めるということです。
個別のアトラクションの内容については随時説明させていただきます。
そして、全てのアトラクションを見事クリアした一組にはベストカップルの称号と豪 華景品が与えられます。
以上で説明は終わりです。
何か質問はありますか?」
会場全体が少しざわつき、やがて一つの質問が投げつけられた。
「豪華景品はなんですか?」
…明らかに景品狙い宣言だ!
「ベストカップルにのみ公開されます。」
咲夜はあえてそれに気付かないかのように淡々と答える。
「他に質問はありませんか?」
他に質問はないようだった。
それにしても景品について教えてもらえなかった射命丸は不服そうだ。
あいつ、さては記事の素材にしようとしただけだな。
一緒の椛はガチっぽいのに…
哀れだ。
「他に質問はないようですね。
では、さっそくアトラクションに移ります。」
質問を打ち切り咲夜が始める。
「アトラクションA
ディープキス1分間。」
タイトルを聞いただけで会場は凍りついた。
キス?1分間?何それ?
主催者たち以外全員固まってるよ?
新しい●●程度の能力か何か?
早く解放してよ。
そして、体感的にとても長い時間が流れた後、咲夜は空気を読まずに続ける。
「その名の通りディープキスを1分間し続けるだけです。
それ以上の説明は必要ないかと。
まあ、簡単なアトラクションでよかったですね。
いつもやっていることをやればいいのですから。」
いろいろとこのメイドは疲れているのではないかと思う。
案の定、会場ほぼ全員から抗議の声が上がる。
それに対し、企画考案者はこう答えた。
「文句があるなら、帰ってけっこうよ。
絆を示すためにおかしなことだとは思わないわ。
それに、私には私の企画に対する信念があるわ。
それは…」
レミリアは溜めて言い放つ!!
「出し物はよりハァァァァドにッ!エンターテインメントは過激じゃないとネ!」
力説のあまりか完全に口調がおかしい。
さっきの発言は訂正しよう。
疲れているのはメイドじゃない。
確実にこいつだ。
「さあアトラクションはこれからよ!!
お楽しみはこれからよ!!
早く!早く早く!!早く早く早く!!!」
化け物め…
「では、アトラクションを開始します。」
会場の流れとか空気とか全無視かよ!?
このメイド…空気を読まない程度の能力の使い手か…!
騒然とする会場。
困惑してその場で固まるカップルや逃げるように門から出るカップル。
「なぁ、霊夢。どうするんだ?」
魔理沙が話しかけてきて、はっとした。
私も周り見てる場合じゃなかった…。
どうするか考えないと…。
景品は欲しい、しかし…。
となると……。
私は魔理沙に意を決して話しかけようとした。
「わた…」
「れ、霊夢となら!…いいぜ。」
一瞬の出来事だった。
私たちは帰りましょう。と続くはずの言葉が遮られた。
魔理沙の驚愕の言葉によって。
決して大きくなく尻すぼみした言葉によって。
今になってやっと言葉の意味が理解できてきた。
そして、意識した瞬間私の顔は熱くなってきた。
「な、な、何を言っているのよ!?
わ、わた、私は…」
言葉が出ない。
私は…何なのだろうか?
私は、魔理沙となんてしたくない?
違う。
これだけは絶対に違うと思えた。
「私じゃ、嫌か…?」
そんなことを考えているうちに魔理沙がこう言った。
ちょっと待ってよ。
そのセリフは反則…。
「私も魔理沙となら…。」
言葉は勝手に出ていた。
昔から胸の奥に秘めていた思いがじんわりと熱を持つ。
そして、そのセリフと同時に二人は激しく求めあった。
ルールで示された1分間を過ぎても私たちはキスをし続けた。
とても長いキスだった。
キスをしているうちに胸が切なくなって、もっと求めあう。
魔理沙…。
愛しい魔理沙…。
声が。髪が。顔が。性格が。
全てが愛おしい。
いつまでもこうしていたい。
ずっと、こうなることを望んでいた。
でも、怖かった。
告白して、魔理沙に拒絶されるのが。
ねぇ、魔理沙。
私、魔理沙が先に言ってくれたとき。
本当に嬉しかった。
それでも、まだ臆病な私は逃げようとしたけど、もう嘘はつかない。
私は
「私は」
魔理沙が
「魔理沙が」
大好き
「大好き」
*****
長いキスが終わった。
気が付いたら、周りのカップルも主催者たちもみなこちらを見ていた。
我に返った私たちはとても恥ずかしくなった。
しかし、決してさっきまでの行為を否定するようなことはしない。
間違ったことをしているわけではないのだから。
そのうちにレミリアが口を開く。
「ベストカップル成立ね。」
は?
まだアトラクションAだよね?
心を読んだかのようにレミリアは続ける。
「アトラクションAこなしたのあなたたちしかいないの。」
マジすか?
それじゃ、私たちただいちゃついてただけ?
………
……
…
「いやあああああぁ!」
本気で恥ずかしさが頂点に達した。
いくら、間違ってなくても場所は選びたかった。
景品とか全部無視して逃げた。
でも、魔理沙は連れてきた。
大切な…人だから。
…もっとも、そのせいか後ろから歓声が聞こえて…
こない。うん、きっと聞こえてこないさ。
この日、私たちは幻想郷唯一の公認カップルになった。
こうして、レミリアの企画はあっけなく終わった。
景品もけっきょくはもらえなかったし、本当に何がしたかったのかよく分からなかった。
しかし、私たちはあの企画がなければ、ずっと切ない気持ちを胸に秘めたままだっただろう。
もしかしたら、自意識過剰かもしれないが、あの企画は幻想郷のみんなが私たち二人のために考案してくれたものだったのかもしれない。
真相は分からないが、感謝しようと思う。
だって…私たちはいまこんなにも幸せなのだから…
私たちはいつまでも求めあう。
お互いを愛す限り。
いつまでも、いつまでも。
口の端吊り上ってそんまま戻んないのさ。
きっと今自分ひどい顔してるw