Coolier - 新生・東方創想話

老いては子に従がわず『六夜』

2012/02/08 15:13:00
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この作品は東方プロジェクトの二次創作小説です。

この作品は老いては子に従わず『五夜』の続編となっています。
この作品には、キャラ崩壊、原作崩壊などの成分が多く含まれています
これを見て危機感を覚えた人は戻るをクリック!

******************











雨がほつほつと縁側の縁をたたき始め、床を黒く染める。
私は、淀んだ空を見上げた。

「雨か」
もしかすると、守矢神社の連中がへそでも曲げているのかもしれない。

今晩の支度をしながら、私は、私とそっくりなあの人間を思い出す。
「あの人、雨に濡れてるのかな?」

私はこうして、与えられた屋根の下でこの景色を眺めている。
けど、もしかしたらあの人はこの銀色の雲の下で寒さに震えているのだろうか。

私には帰るべき場所がある。
だけど、わたしと、あの人は何が違うというのだろう?










**********************

老いては子に従わず「六夜」

















「ったく、妖夢のやつ、なんだってんだよ!」


私は、妖夢に掴みあげられた胸倉をさすって、頭に次々と浮かぶ罵詈雑言をぶちまけた。

「そうね」

霊夢のやつは、私の言葉を相槌を打って、適当に返事をしている。
今し方、けがをした咲夜を永楽亭に運び込んだ、その帰りだ。

「せっかく怪我する覚悟で助太刀したってのによ!」
「うん・・・」

霊夢は、藪の中の草をざくざくと蹴転がして、俯く。
「わけ、わかんないわよね」
「だよなぁ!」

霊夢の肯定の返事に、大きく肯定で返すのだが、
「・・・・」


霊夢の語気の弱さにつられて、私も自分の靴のつま先に視線を落とした。

「わけわかんないよな」
ごしごしと、自分の胸元をさすりなおした。
――妖夢のやつ、あんなに力入れて掴みあげやがって

日が高くなるほどに、時間がたったのに、
まだ掴みあげられた胸元がじりじりする。

よくよく自分の手を観察すると、
襟を擦った手に、紅いインクのようなものがこびりついていた。

それから、霊夢の後をつけるように、お互いに口を開かないまま黙って歩き続けた。

「・・・・」
「ね、魔理沙」
「なんだよ、霊夢」
「今日は家でおとなしくしてましょ」
「・・・・」

霊夢の提案に私は、口を噤んでいることしかできなかったけど、霊夢はそれで「うん」と、一回頷いてから、空に飛んで行った。
きっと私の沈黙を賛成だと思ったんだ。
霊夢が行ってしまった後でも、納得できるもんじゃない。

「わけ、わかんないぜ」
霊夢に何度も喚き散らした言葉を、自分に吐きかける。


私も、そこまでおつむがおめでたいわけじゃない。
さっきのやり取りで、霊夢が暗に何を言いたかったのかってことぐらいは、なんとなく予想はつくさ。

だけど、いきなり、納得しろって言われても無理だ。
私が、全然お門違いの事言ってることも分かってる。
あの場所で、私だけ場違いな奴だったってのももう十分理解してるさ。

私が、まんまと敵を取り逃がして、皆の足手まといになったっていうんだろ?

そんなこと、言われなくても分かってる。

妖夢が、あの場所で体張ってたのもすぐにわかるよ。
けど、それで、「はいそうですね」って言えるわけないぜ。

袖で、頬をぐいっと拭うと、またあの紅いのが私の袖にべったりくっついた。

「・・・・くそ」

『おまえに、なにがわかる!』
妖夢のでかい声が今でも頭のなかで二日酔いの時みたいにがんがん頭で響いてる。

「わかるわけないぜ」
霊夢に言った言葉は、全然、嘘でもなんでもない。
私の心の底からの本心だ。



そんな簡単に、人が死んじゃっていいわけないじゃんか。


「そんな風に死んで、なんかいいことでもあんのかよ・・・」

もし死んじまったら、今までの人生が、全部なくなっちまうんだぜ?

妖夢が死んだら、今まで練習してきた弾幕とか、剣の練習とかが全部無駄になっちまうんだろ? 
あの大男だってそうだ。
あんなにおっかない声で叫んで、とびかかって。
死んだらそれで何もかもおしまいなのに、なんで剣で喧嘩なんてするのだろう?

あいつらは自分のことなんてどうでもいいと思ってるのか?


いくら考えても、堂々巡りの迷路にいるみたいで、答えが出そうにない。

「ん?」
どのくらい、考えていたんだろう。
晴れていた空は、いつの間にか黒くなって、陰鬱な雰囲気に変わっていた。
帽子を軽くぽつぽつとたたく音。

「雨かよ」
帽子を深くかぶって、箒にまたがる。

土砂降りになる前に家に帰ろう。
もやもやした、解けない魔法の本を読んでる時みたいな気持ちで滑空する。
普段は、スカッとするのに、当然というかなんというか、私の心の曇り空は晴れそうになかった。


********************






「たそがれすぎてや、うたげにつどえや」


霊夢が境内に入ると、中々にとうとうとした謡声が流れてくる。

萃香が縁側で琵琶を抱えている。
「れいむ、おかえりー」
「うん、ただいま萃香、お留守番お疲れ様」

萃香が小さい体をいっぱいに伸ばして、霊夢を出迎えてきた。
ご機嫌な様子を見る限りでは、宴会用の唄もなかなかうまくいっているらしい。

霊夢を無理やり付き合わせていた時とは雲泥の差だ。

「おかえりなさい、霊夢」
「・・・・」
紫が縁側でお茶をすすっている。

「なぁなぁマヨヒガの、この後はどう唄おうかね?」
「ん~? こう、なんていうのかしら? ひっそりとした、お月様にぴったりの哀愁漂う素敵な雰囲気がほしいわねぇ」
「んー?」
「私ばっかりじゃないの、貴女も考えなさいよ」
「ん~、じゃあ・・・」

萃香が琵琶を持ち上げるようにして抱えた。
萃香の体だと、米俵を抱えてるように見えなくもない。


   ダンチョネ、ダンチョネ
   
   なくもわすれね、うたげにつどえね
   
   いぶきなけれど、くすんでうたえや
   
   ダンチョネ、ダンチョネ


「やぁねぇ、泥臭い、もっと綺麗なのにしなさいな」
「なにおぅ! あたしの唄にけちつけんのかぃ!?」

こんな感じで、唄で遊んでいる。
「あんたら、いつの間にそんなに仲良くなったのよ?」
「うんにゃ、仲良くなった覚えはないよ」
「私もないわね」

霊夢はこめかみを抑え、渋い顔をする。
結構な懸案事項を抱えている霊夢にとって、この老獪な妖怪どもの遊び相手をしてる暇はない。

「ああ、ところで霊夢」
「なによ?」
「チャンバラの物見遊山、たのしかったかしら?」

紫がへらへらと、くすくす含み笑いしながらそんなことを言ってきた。
少々カチンとくる。
にこにこしながら、しれっとあんなことを言ってくるのだ。


これにむかっ腹が立たないでほかの何に立つというのだろう?


ずるずると音を立ててお茶をすすっている。
不作法極まりない。

霊夢としては、まさか、
『あなたの言いつけを守らなかったせいで犯人を取り逃がしちゃったわ』

などといえばさらにご機嫌な紫の顔をご尊顔しなければならなくなるだろう。
断じて口にするものか、と固く心に誓う。

「まったく、勝手に人様の家のお茶飲まないでよね」

適当に会話のお茶を濁して、話をそらしてやろうと決め込んだ。

「しくしく、ねぇ萃香、霊夢が私の事いじめるの」
紫は「よよよ」と哀れっぽく目じりを擦りながら萃香にすり寄った。
「おー、よしよし」
萃香ががしがしと紫の頭を撫でまわす。
みるみる紫の梳かされた髪が乱れていく。

「あ、ちょっとやめてよ、髪が乱れちゃうじゃないの」
「えー?」
すっと萃香から距離をとり、髪を指で梳かす。
「なんなのよあんた達」


   今晩どうするか、一人で考えたかったのに、この連中は・・・


魔理沙には、ああはいったものの、本当に神社でおとなしくしているかを決め込むにはまだ霊夢の興奮も収まっていなかったのだ。

「なぁマヨヒガの、ほら、あれあれ」
「え? ああ、あれ?」
萃香が紫の服をくいくいと引っ張って何かを催促している。

紫が手のひらをひらひらと漂わせて、「こっちにこい」と霊夢に催促。
「なに?」
「どうもこうもないわよ、お仕事よ、お仕事」
「お仕事・・・?」
「私、ちゃんとお留守番してたよ!」
萃香が小さい胸を張った。
「あなたがいない間に、里からお仕事の依頼よ」
どうやら、萃香が留守番の最中に伝言を預かっていたということだろうか。

紫が小さい紙切れを霊夢に差し出す。
「妖怪退治のね、ふらふら遊ぶのもいいけど、ちゃんと自分の領分を果たしなさいな」
「・・・・」


    あーなんか無性に腹がたつわねー


「別に遊んでたわけじゃ」
「言い訳しない、あんまりさぼっていると、ほかの人に仕事を横取りされるわよ?」
「わたしもいくよ!」
萃香が跳んで、あっというまに霊夢の足元にまとわりつき、裾を引っ張り出す。昨日の暗い表情とは打って変わったような猫のような態度だ。

「なんで妖怪退治するのに、妖怪連れて歩かなきゃけないのよ」
「かたいこというねぇ」
「別に平気よ、里の人達、萃香見ても平気だったわよ?」

里一帯では、もはや博麗神社は妖怪のたまり場として公認されているらしい。
この調子では、賽銭の具合も危ぶまれる。

「なんでも畑の作物を盗んでるらしいわ、すごく困ってるらしいからさっさと退治してほしいとのことよ」
「ケチな仕事ね、妖精退治の間違いじゃないの?」
「きゅうりを奪っては逃げてくらしいわ」
「まさか、にとりじゃないでしょうね」
「ほらほら、さっさと行きなさいな、これ以上お仕事減らされたら博麗の巫女の意味がなくなっちゃうわよ?」

紫は手のひらの動きを返して霊夢に「さっさといけ」と催促、足元の萃香も服を引っ張って非常にうっとうしい。
「あー、はいはい、行けばいいんでしょ! 全く、こっちは幻想郷の平和を守るのに忙しいってのに!」
先ほどの白刃騒ぎの血生臭さも覚めないうちに今度は、ケチな泥棒を捕まえてこいということらしい、霊夢にとってはなんとも調子の狂うような日ではないだろうか。

「早くいかないと、ほかの妖怪退治にお仕事とられるわよー」
遠目になっていく霊夢たちを見送りながら、紫は手を振った。



*****************



「あー・・・、魔理沙、着替えは奥の部屋に置いてあるから、そこで服の水を絞るのを止めてくれないか」
「わかった、わかった・・・っと」
「それと、ここで着替えるのもやめてもらえると嬉しいね」
「注文の多い店ってのは嫌われるぜ」

突然のにわか、私は雨に近くにあった馴染みの店に駆け込んだ。
何せここには私の言うことを何でも聞く、昔なじみの店主が閑古鳥の鳴く店で店番をしているからだ。

めんどくさいが、服をその辺に放り捨てて、隣の部屋にあがりこむと、おあつらえ向きの服がいくつか並んでいる。
「これで、頭拭いて」
と戸の向こうから香霖の声がして、手ぬぐいが一つ放り込まれた。

「風呂はないのかよ?」
「君はどこまでずうずうしいんだ?」
香霖の笑い声がちょっと心地よくて、私もつられてにやけちまう。
「まぁ、いいか、少し待っていてくれ、風呂を用意してくるよ」
がしがしと濡れた髪を拭っていると、気分が少し晴れてくる。
気味の悪い色になってしまった服を脱いだのもそれなりに関係してるかもしれない。

しばらくすると、「沸いたよ」と声が聞こえきた。
「早いな」
「なんとなく、予感がしてたものでね」

そのまま、香霖を横切り、浴室に入ると、湯気だった湯船がある。

なにやら戸、を隔てて香霖がお説教じみたことを言っているようだが。
普段はうっとおしいと思うだけなのに、それでもなにかほっとする。

ろくに体の汚れも落とさないけど、そのままさぶんと湯船に飛び込んだ。
「おーい、魔理沙。ちゃんと体を洗ってから湯船に入ったかい?」
「もちろんだぜ」
「嘘つけ」

小言を並び立てていたけど、しばらくするとそれも止んで、
本を捲る音が浴室に静かに響き渡ってくる。

湯船から上がって、適当な石鹸を手に取ると、石鹸からいい匂いがする。
それをボディタオルに擦りつけると泡立って、いよいよ乳製品っぽい匂いがあらわになってきた。
石鹸を、埃っぽく匂いのべたつく体に擦り付けて泡立てるとなかなか気分がいい。

よそ様の風呂のにおいってのは、なかなか面白い発見があるってもんだ。
発想が逆なんだろうけど、石鹸から香霖のにおいがしてくる。
もちろん、香霖が石鹸のにおいをつけているだけなんだけど、妙に面白い。

適当に体を洗って、特別長湯することもなく、さっさと風呂から上がる。

「おや、ずいぶん早いね、鴉の行水だ」
香霖が本の向こうから、顔をのぞかせている。
「私は鴉天狗になった覚えはないぜ」
「しっかり入らないと、後で風邪をひくぞ」
香霖は「どっこらしょ」と、本を置いて腰を上げた。

ごちゃごちゃとした棚を探っている。
私からいわせりゃ、ちょっとした家探しの様相なのだが。
香霖に言わせると「これが一番効率的な配置なんだ」らしい。

「ほら、魔理沙、こっちにこい」
その手には、薬箱。空いた手で目の前の椅子を指さしている。「座れ」ということなんだろうか?
「? なんだそれ?」
「なにって、君は怪我をしてるんじゃないのか?」

香霖は私がさっき脱ぎ捨てた服を手に取って、襟についた赤黒くなった汚れを指さした。

妖夢に胸ぐらをつかみあげられた時の、私のじゃない、妖夢の血の跡だ。
「・・・・」
「けっこう、出血してるね? 全く君はいつになったら慎ましさを覚えてくれるんだい? 喧嘩もそろそろ卒業してほしいね」

「・・・・」
「ほらほら、早くしてくれ、僕は本の続きが早く見たいんだよ」

椅子をぺしぺしと叩いて、私に優しくあやすように、香霖は笑いかけてくる。

なんだか、よくわからないけど、それを見てると。
「・・・え、ま、魔理沙? どうした?」

なんだか、泣けてきた。

「え! な、なんだ? そんなに痛かったのか?」
この、すっとこどっこいは何をいってやがる。



私は、そんなに時間もかからずに落ち着いて、今日、昨日在ったことを洗いざらい香霖に話した。
いつもの、噂話をするようじゃなくて、香霖にしかしない、心配の悩み事を相談する、そんな時みたいに、自分でもうるさい女ってわかるくらいに、やかましく喚き散らした。

私はいったいどうすればよかったんだろう?

「・・・ふむ、それは、穏やかじゃなかったね」
私が、香霖堂に来るまでのいきさつを終えた。
香霖はお茶を私に突き出して、一息入れるように催促する。

「どうすりゃ、いいんだよ」
あの場所で、私が明らかに足手まといになってしまったことがどうしても悔やまれる。
そして、最後の妖夢の「お前は何もわかってない」発言。
挙句霊夢にも、暗にお前は来るなと言われたようなものだ。

「うーん・・・・、そうだなぁ」
香霖の奴は白刃騒ぎの話を聞いても、普段通りの間抜けた顔してる。
「なんで、妖夢は死ぬかもしれないのに、怖くないんだ・・?」
「いや、きっと彼女は死ぬほど怖がってると思うよ」

「嘘つけよ、だったらとっくに逃げてるだろ、あいつら、絶対にどうかしてるぜ!」

香霖はお茶をずるずるすすって、「飲まないと覚めるよ」と私にも何度もお茶を飲ませようとしてくる。
別にのどなんか乾いてないってのに。

香霖はしばらく「うんうん」と唸っていたが、
拍手を打った。

何か、また妙なことを思いついたらしい。


「そうだね、じゃあ、少したとえ話をしようか」
「私はたとえ話って好きじゃないぜ」
後に「なんか説教くさいし」と付け加えると、香霖も苦笑いして「僕もだ」と笑った。

「じゃあ、霧雨道具店に急ぎ働きの強盗が押し入ったとしよう」
「ずいぶんだな! いきなりどんな例えだよ?!」
「わかりやすいと思ってね、それと、話を最後まで聞いてくれるとありがたい。 それでだ、霧雨の旦那、まあ魔理沙のお父さんだな、彼はその急ぎ働きの強盗と戦うために剣をとって戦うことにした」

いきなりよくわからない香霖のたとえ話が始まった。
けど、香霖がこういう話し方をするのは結構稀だ。普段はわけのわからない道具の説明に瞳を輝かせてばかりだから。

「あの親父じゃ、勝てっこないぜ、運動不足だし」
「そうだね、霧雨の旦那じゃそんなチャンバラなんてできないかもしれないね」
「やられちゃうじゃんか」
さすがにたとえ話でも、そんな話を聞かされて、いい気分がするわけがない。
「十中八九、そうなる。 けど、旦那は逃げるわけにはいかないのさ、なんで逃げられないか、魔理沙にはわかるかい?」

とっとと逃げろよ、と思いながらも、逃げられない理由があるといわれると、なんで逃げないのかわからない。

「・・・・うーん、・・・・男だから?」
適当な頭に浮かんだ答えを言ってみる。

「違うね、ある意味ではそうだが、それは本質的な答えじゃない」
「じゃあ、なんだよ、親父はチャンバラが好きだったとでもいいたいのか?」

「違うに決まってるだろ」と呆れ顔で言ってきやがった、腹立たしい。

「それはね、魔理沙、家に君がいるからだ、もっと言うなら旦那が養っている家族がいるからさ」
いきなりたとえ話をしたかと思えば、そのたとえ話に私の事まで組み込まれているとなると面食らう。

「・・・・・私はもう勘当されてるぜ、第一、私ならそんな奴らすぐに追い払ってやる」
香霖の話に素直に頷くのが気に食わなくて、天邪鬼なことを続けて言うことにした。

「それも、本質的な答えじゃない。 魔理沙、もしも旦那が君や家族をほっぽりだして一人だけで逃げたとしたら、君は旦那の事をどう思う?」
「甲斐性なしの、臆病者だぜ」
「そうなるね、そして一度家を逃げだしてしまった男には、たとえ逃げ延びたとしても、そういう臆病者の風評を一生背負っていかなければならなくなる」

香霖は付け加えて「里の人間から指を差されて暮らさなきゃならない」といった。
「一人前の男を名乗る以上は、そういう風評は命取りだ、もしかすると店の沽券にもかかわってくるかもしれない」

だから、旦那は君たち家族を押入れに押し込んででも、戦わなくてはならないんだといった。

「彼らにはね、後戻りがないんだよ、たとえ自分が危険にさらされるとわかっていてもやらなくちゃいけない時があるんだ」
香霖の言いたいことはなんとなくわかる、けどどうしても何か拭えないものが残る。

「それで、妖夢の話かよ」
「彼女の話はもっと単純だ、彼女は最近になって一人前に認められた剣士だ、そういう稼業の人間が敵から逃げれば、臆病者の烙印を押されて、仕事ができなくなる」
「それでも、死ぬよりはマシだぜ」


そうだ、どんなことがあっても、死んだら何もかもおしまいだ。
それに比べれば、ほかの事なんてなんでもないじゃないか。


「その場は逃げられるだろう、けど彼女は贅沢な白玉楼の暮らしから去って、結局は里の人間に少ない賃金で妖怪にけしかけられる、惨めな、乱暴者の仕事をしなくてはならなくなるんだ」

「だから逃げられない」と香霖はいう。

「・・・里で普通に暮らせばいいだろ、農業とかしてさ」
「そんな得体の知れない剣客を、里の人が素直に受け入れてくれると思うかい」


香霖は意地悪だ。
これじゃあ、妖夢がどうやったって不幸になるしかないじゃないか。

「けど・・・、妖夢は、女だ」
「だから僕は最初に『穏やかじゃない』と言ったんだ、そもそも、剣客なんて女の子が生業にする仕事じゃない。もっと命知らずで、乱暴者の大兵の仕事さ」

私の頭の中で、妖夢の握っていた投げナイフと、胸倉をつかみあげられたときの怖い顔、怒鳴り声がなんどもチカチカとうつったり消えたりする。

「だからね、魔理沙、君は最初にそういう世界を理解できないって言ったね? それは至極あたりまえなことなんだ」
香霖は私の頭をがしがしと撫でまわした。

「そんなものは、本や噂話の中だけで知っていれば済むことなんだよ、そんなきったはったの乱暴ごとなんて、乱暴者にまかせて見知らぬふりをするんだ」

「・・・・」
「今度から、そんなことにかかわっちゃいけない」
肩を軽く撫でて「いいね?」と釘をさす。

「けど・・・妖夢は、友達だ」
「彼女の事を心配するのも、哀れに思うのも自由だ、けど君が巻き込まれて怪我でもしたら僕は悲しいし、妖夢だって悲しむだろ?」

これでこの話は終わりだとでもいうように、香霖は本を手に取って、文字に目を落とし始めた。

久しぶりに説教くさいことを話して照れくさいのか、たびたび鼻の頭をかいてみたりと、どうも落ち着かない様子だ。

私も、妙にもやもやした心をどうにもできなくて、香霖にちょっかいをかけては暇をつぶした。

「おい、魔理沙、文字がみえない」
「知ってる、なんせ私が香霖の膝の上に乗ってるんだからな」

体を香霖の腕の輪の中にすべり込ませて、暖かい体温のなかで雨の音を聞きながらしばらく昼寝をきめこむことにした。






**********************






霊夢は、依頼のあった農家の軒先で話を聞き終わったところだ。


「はぁ・・・・」
軽い溜息。

「なーなーれいむ、腹へったぞ?」
「うるさい萃香、そこの草でも食べてなさい」
不機嫌そうに萃香の申し出を一蹴した。
その無慈悲さに萃香が衝撃を受けて、しょんぼりと、近くの草をむしって遊び始める。

霊夢が不機嫌であるのにもそれなりの理由がある。
「あー、誰よ私の仕事を横取りしたのは」
「よこどりされたなー」
「ちょっと萃香黙ってて」

何気ない一言だったが、霊夢の八つ当たりでそれすらも拒否される萃香。
もう怒られたくないので、黙って近くの蟻の行列にちょっかいをかけて遊び始める。

農家の話では、ついさっき、ほかの妖怪退治がやってきて、仕事を片付けたのだそうだ。
魔除けのお札も置いていったというのだから、妖怪退治としては真面目なほうだろう。
じっさい、博麗の巫女に頼むよりも安上がりになるから、農家もまんざらでもないような風だった。

「へぇ、妖怪退治できるなんて人間のくせに大したもんだねぇ」
と、萃香が妙に驚いた風にしていると、
「うるさいわよ!」
と霊夢から一発げんこつをもらった。
萃香が「痛い痛い」と頭を押さえる。

「はぁ・・・・、この調子じゃあの紫からなんて言われるか・・・・」
別にこれで、博麗失格というわけでは全くないのだが、それでも腹がたつではないか。
おまけにこの話をすれば、紫が、
「じゃあ、最近たるんでるから、これから稽古ね、きつーいのを」
などと言い出しかねないのだ。

いまでこそ、スペルカードの導入で、妖怪と人間の争いが形式化してきたとはいえ、いまだに妖怪退治という仕事は存在する。
そういう意味では、スペルカードで妖怪退治の仕事が減っているのは確かだろうから、霊夢の妖怪退治の仕事をほかの妖怪退治が横取りするのは正しい図なのかもしれない。

「博麗の巫女を飢えさせようなんて、いい度胸じゃないの! 見つけ出して因縁つけてやるわ!」
「逆恨みだねぇ」
「黙れ」
萃香の茶々に呼応して、霊夢の頭突きが萃香の頭に入った。
萃香がひんひん泣きながら涙目で霊夢を見上げる。


そんなわけで、やるべき仕事もなくなり、気ままに里の風景でも楽しもうかなと思い立ち、ぶらぶらと散歩することにした。

久しぶりに、里をうろつきまわっていると、里の人々から手を合わせられたりと、なかなか霊夢自身も照れくさくなるようなことが多い。


  博麗さまだ


と人々が口々に言うのだ。


信心深い老婦人、その小さな孫などが、手を合わせて神棚に祈るように頭を下げていると、柄にもなく清ました笑顔で手などふってしまう。
「なぁなぁれいむ? なんでそんなに笑ってんだい?」
「うっさい、こういうもんなのよ」

さしづめ、萃香は博麗の巫女の式神とでも思われているのかもしれない。
鬼はもともと土着神だから、そういう認識でも間違ってはいないもかもしれない、
萃香にいったら間違いなく怒るだろうが。


ある、里にある大手の道具屋に差し掛かった時だった。
「あ! なぁなぁれいむ!」
萃香がぐいぐいと霊夢の裾を引っ張る。
「そんなに引っ張んないでよ、伸びちゃうじゃないの」
「ほら! あれあれ!」

萃香の指さすほうは、日用品などが取り扱われている店。
大手、道具店、霧雨道具店の軒先の小売店だ。

そこに、深く、人目を避けるように手ぬぐいを深くかぶって、なにやら店先で交渉している人影があった。
「なぁれいむ、あれじゃないかい? さっきの仕事を横取りしたやつ」
「・・・・」

どうやら、店先で、魔除けの札やらを買ってくれるように交渉してるようだ。
「あれは・・・・」
店先で交渉をしているのは、女。



歩き巫女である。


平たく言えば妖怪退治、守矢や博麗と違い、本拠とする神殿を持たない、正式な巫女ではない妖怪退治の女のことを指す。
たいていは、あのように、民家に魔除けの札を売ったりすることを生業とする巫女である。

スペルカードの導入から、彼らの様な妖怪退治を見かけることも少なくなった。

「・・・・」
どうやら、交渉がうまくいったようで、歩き巫女は頭を下げて商品を受け取っている、先ほど儲けた金で簡単な日用品と交換する。
姿恰好は華やかな霊夢の姿と違って、質素なもの、言い換えればみすぼらしい。


時に彼女らは、生活がままならなければ、体を売らないこともない。
だから正式な巫女ではないのだが。


「おい、れいむ? いかないのかい?」
萃香が霊夢の足元でついてくるように催促する。
妖怪退治の能力としては、あの歩き巫女は、まぁ下の上といったところ。
先ほど上げた理由からも、普段の霊夢なら鼻にも掛けない連中だ。
そこには、体を売るということに対して、少女らしい、生理的な嫌悪も付随してる。


     穢わらしい


普段なら、見向きもしないで無視するのが常行だったが、仕事を横取りされてしまった手前、無視するというわけにもいかない。


それに、霊夢の胸中に、妙な胸騒ぎがしていた。


「ちょっと、そこの貴女!」
顔を隠すように深くかぶった手ぬぐいで、振り返った歩き巫女の顔をすべて見たわけではない。
「――あっ」


   似てる


いきなり声をかけてきたのが博麗の巫女だったことに仰天したのか、歩き巫女は顔を長い袖で隠して、足早に駆けていく。

「あ、ちょっと待ってよ!」
「ありゃ、にげたよ」

霊夢もそのあとを追って、巫女の逃げた路地の中に入っていく。
別に追う必要などみじんもないのだが、
霊夢はどうしてもその歩き巫女の顔を見なくてはならない気がした。

くねくねと、蛇が這うような細い道を女がひらひらと通っていく。

「なんで逃げるのよ!」
と、霊夢は後を追う。

霊夢自身もなんでこんなに息を巻いて追いかけているのかわからなかった。
ただ、歩き巫女の後ろ姿は、黒い髪がひらひらと舞って、妖しい美しさがあった。

その後ろ姿を見ていると、走るのとは別に、霊夢の胸はばくばくと嫌な音をたてる。

しばらくかけると、霊夢は路地の突き当りにぶつかった。
要は、見失ったのだ。

「・・・・」

    あの顔、似てた気がする

肩で息をして、額からにじむ汗をぬぐった。
黒い髪の毛と、少し幼さが残る顔立ち、年のころも似ている。

当たりの気配を探るが、もう何かが移動している気配はない。
しばらくすると、霊夢の足元で地面がほつほつと雨でぬれてきた。

霊夢の髪の毛の少し濡れてくる。

   もしかして、化かされたのかしら?

「おーい、れいむ」
と後ろから、萃香がのそのそとのんびり歩いてきた。

霊夢が一人だけのところをみて、納得したような顔で、


「似てたねぇ、あの女の子」
と「うんうん」と何度も一人で頷いた。



これにはさすがに霊夢も閉口した。
「私、もしかして化かされてた?」
「うんにゃ、化かされてなんてないよ」

萃香が「私も化かされてたなら違うんだろうけど」とからからと笑っていた。


「誰だったんだろう・・・」
「誰でもないさね、ただの人間さ、れいむと同じね」


萃香が意味ありげなことを言う。
腰に下げていた瓢箪をあけて、中のものをぐいぐい飲み込む。



「もしかすると、妙見様が、れいむにもっとしゃんとしろって言いに来たのかもしれないねぃ」



と、萃香が説教くさいことを言い始めた。
鼻歌交じりでおふざけの雰囲気は拭えていなかったが。


霊夢はこうも思う。

    もしかしたら、そうかもしれない




普段から、飄々とした態度を貫いている霊夢も、そこは巫女である。
ほかの人間よりも妙に信心深いというか、実際、神が自分にだけなにか得のあることをしてくれるなどとは微塵も思ってはいない。
しかし、今日昨日の自分の締まらない体たらくを見かねて妙見様がなにか伝言を残してきたのかもしれない。

そう考えてしまうだけのことが、昨日起こっていた。


『貴女が、自分は以前の博麗達よりも強いと思ってるとこ』
紫が昨日、紅魔館の前で自分に言ったこと、それがふっと脳裏をよぎる。


    私は、もしかして、奢っているのだろうか


霊夢は「いや」と頭を振った。
そうだとしてもそんなことを考えても仕方が無いし、一銭の得にもならないからだ。


ほつほつ雨だったのが、少しずつ強くなってきた。
じきに大降りの雨になるだろう


「帰ろうかぃ」
淀んだ空を見上げて、萃香がぽつりと言う。

なにやら、口惜しいような、ほっとしたような、肩の力がどっと抜けて、萃香に言われるままにその場を後にした。



帰りの最中に、霊夢は手近な店、霧雨店でこじゃれた傘を買うように萃香に催促された。

霊夢は「気分じゃない」とそれをやんわり断ろうとしたが。
店の店員からえらく値段をまけてもらい、手ごろな値段で傘を買うことになった。


傘を差して帰っている途中途中で、おしゃれな傘に気分を良くしたのか
萃香はずっと唄を唄いながら、歩き続けた。








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家にやっとこさ帰ってきた私は、土砂降りの雨を景色として見ている。
あの人は、今どんな風に雨の中を過ごしているのだろうか?

私のように、屋根の下で雨を眺めているのだろうか?
それとも、土砂降りの中で雨に体をさらしているのだろうか?

もし、そうだとするなら、あの人に帰る家がないのだとしたら、
私とあの人の違いとはいったいなんだのだろう?

もしかすると、あの人は、私の事を羨んで、恨んでいるのかもしれない。

安穏と、平和に暮らす私を脅かすために、あの人はやってきたのかもしれない。

湿気でうずく、腕の傷を感じながらそう思った。
こっそりあげています、作者のねおです


   前回、次回決着だといったな?  あれは嘘だ!


はい、というわけで今回は今までのまとめ回みたいな感じです。
作者、何いいたいのよ? というのをなんとなーくまとめてみました。

書く前は、物語のうちで一日たつごとに区切ろうと思ってたのにこのざまだよ。


と言うわけで、次こそ決着!
誤字脱字など表現の不適切など指摘くださるとありがたいです。
あと思い出したように修正するでしょう。

ではノシ
ねお
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コメント



0.480簡易評価
4.100名前が正体不明である程度の能力削除
次で最後か!
5.90愚迂多良童子削除
おや、今回は霊夢に何かしらフラグが・・・?
まだ見えない部分が多いなあ。次がラストってことは結構長くなるのかしらん?

>>うっとおしい
うっとうしい
9.100名前が無い程度の能力削除
読んでるこっちもアドレナリンどばどば出てきます。前話の妖夢はすごくかっこよかった
13.無評価ねお削除
作者のねおでございます
誤字の修正を行いました。
ありがとうございます、さらに精進できるようにがんばります!
15.100名前が無い程度の能力削除
凄く面白い話を発掘出来ました!いい作品をありがとうございます。なんか大人と子供の境界がテーマなんですかね?