三日ほど前に積もった雪が未だに溶けず残っている、とてもとても寒い日の出来事。
魔理沙は博麗神社にお茶を飲みに出かけた。
寒いのだから炬燵に潜ってじっとしていれば良いのだが、部屋が散乱しすぎていて炬燵を探すのに苦労するのが目に見えていた。
さらには炬燵の上の物を退ける苦労まで考えると、少しの間寒い思いをしてでも神社に行く方が賢明だった。
神社で炬燵に入りながらお茶を飲み、あわよくば鍋でも突きながら熱燗を頂こうと悪戯な笑みを浮かべ愛用の箒に乗り空に浮かぶ。
いつもより厚着をしているのにもかかわらず、冷気を纏った風が魔理沙に容赦なく吹き付ける。
「だぁぁ、寒い!さっさと神社でお茶を飲まないと死んじまうぜ」
覚悟を決めると身を震わせながら彼女は全速力で神社を目指した。
雪で覆われた境内には真っ赤な鳥居が存在感を増してそびえ立っている。
「なんだ、雪かきもしてないのかよ」
屋根はもちろんだが、境内のどこを見渡しても雪かきをした形跡すら見当たらない。
比較的積雪の少ない本堂の裏口に回ると箒から飛び降り、扉を開け中に入っていく。
「おーい、霊夢。邪魔するぜー」
「……」
返事は無く、魔理沙の声が室内にむなしく反響する。
「はは、寒さと飢えで息絶えたか?」
苦笑いをしながら廊下を進み、居間へと向かう。
居間の襖を開けると毛布に包まり、座り込んでる霊夢を発見した。
「何だよ、いるなら返事位しろよ、凍死したかと思ったぜ」
返事は返ってこない。
「おーい、霊夢具合でも悪いのか?」
「……」
あまりに無反応の霊夢が心配になり、顔を覗き込む魔理沙。
焦点は定まっておらず、小声で何かを呟いている。
「おいおい、こりゃ重症だな」
数分前に口にした冗談が現実になりかけている事に呆れる魔理沙だった。
やれやれと頭に手を当て、大きく息を吸い込み口を開く。
「れ い むっ!」
「おわっ!ま、魔理沙!あんたいつの間に?」
「いつの間にじゃないぜ。さっきからいたろ。それよりこんな寒いんだ。炬燵でお茶でも飲もうぜ」
「炬燵なら壊れたわ。お茶を入れたくても買い置きの薪が切れてお湯も沸かせないの」
絶望。
今まさに霊夢の顔は、そんなタイトルの絵画になりそうな表情をしていた。
「踏んだり蹴ったりだな。八卦炉で部屋を暖めるついでにお湯も沸かすから何か茶菓子でも食おうぜ」
「茶菓子なんてあったらこんなにひもじい思いしてないわよ」
「食い物もないのかよ?」
「ない。四日前から雪を一口と爪を齧ったくらい。それよりも魔理沙、あんたの持ってるクッキー美味しそうね……」
気付けば霊夢の視線は魔理沙の手の中にある八卦炉を捉えていた。
――駄目だ。この貧乏巫女どうにかしないと。
「目を覚ませ、これは八卦炉だ。食える訳がないだろ!雪と爪ってどこぞの美食屋だよっ!」
ボケてるのか本気で言っているのか、おそらく後者だとは思うが魔理沙は心配になり霊夢の肩を掴み揺すりはじめる。
「おーい、目を覚ませ!何か変な物でも食ったのか?」
「だから!何も食べてないって言ってるでしょ!」
「だーもう、悪かったよ!空腹で死にそうなんだな?」
「そうよ、里に妖怪寺が出来てから神社への貢物が年々減っていくのよ。例年なら貢物だけで冬を越せるはずなのに……あれ、魔理沙?」
「な、なんだよ?」
「あんたの頭におっきな手巻き寿司があるわ」
今度は魔理沙の帽子を見つめ涎を垂らす霊夢。
――こいつ少し黙っててくれないかな。
「ごめんな、手巻き寿司に見えるかもしれないがこれは帽子なんだ。代わりに林檎ジュースならあるぜ。腹の足しになるかわからんが」
そういうと魔理沙はスカートのポケットから試験管に入った琥珀色の液体を取り出し霊夢に渡した。
「あぁ、魔理沙あんたっていい奴ね。やっぱり持つべきものは友達ね」
希望
今まさに霊夢の顔は、そんなタイトルの絵画になりそうな表情をしていた。
手渡された液体を霊夢は勢い良く飲み干す。
「ぷはぁ、美味い!もう一杯!」
「悪いが一本しかやれないな。それ以上飲むとさすがのお前でも危ない」
「何言ってるのよ!もう一本……よこ…し…な…さ……」
霊夢はその場に倒れこむ。
「空腹は最大の調味料ってやつか?あんなに苦い睡眠薬を笑顔で飲みきるなんて」
すやすやと寝息を立てはじめた霊夢に毛布を掛けなおすと魔理沙は神社を後にした。
「ったく!世話の焼ける奴だ。でもまぁさすがにあんな状態の奴を放っておけないしな」
ぶつぶつと文句を言いながら魔理沙が歩いているのは人里の商店街。
寒さと飢えで頭がおかしくなってしまった友人の為に食材の買い出しに来ていた。
「えーっと野菜も肉も一通り揃えたから、後は米か。おっと薪も忘れないようにしないと」
「魔理沙?」
背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返るとそこには白蓮が立っていた。
「おぉ!白蓮、久しぶりだな」
「えぇ、お久しぶりです。お買い物ですか?」
その名の通り白い蓮の花のように美しい笑顔を浮かべる白蓮。
「まあそんなところだ、白蓮もか?」
「私はお正月に貢物を頂いた皆様の所へお礼しに回っていたんです。今はその帰りです。」
「へぇ、貢物なのにお礼なんかするのか」
「貢物だろうとなんだろうと、人から物を頂いたらお礼するのは当然ですよ?」
「律儀だな」
「当然です」
命蓮寺が妖怪向けの寺にも関わらず里の人間たちから信仰される理由がなんとなくわかった魔理沙だった。
両手を合わせ何かを思い付いた様な表情を浮かべる白蓮が口を開く。
「ねぇ魔理沙?お米も買う予定ってあるかしら?」
「あぁ、これから丁度米屋に行くところだが」
魔理沙は持っている荷物の重さに手先が痺れはじめ、浮かべた箒の柄にぶら下げながら答える。
「でしたらお寺に寄って行ってください。差し上げますよ」
「貢物だろ?何か悪いぜ」
「うちの食べ盛りの子達でも食べきれない位頂いちゃったし、残して腐らしてしまっても悪いじゃない?」
――信仰の格差恐るべし。霊夢は飢え死にしそうだってのに。
「わかったよ。買い物が一通り終わったら寺に寄るよ」
「えぇ、ぜひそうして下さい」
「それじゃあまた後でな」
「はい。お待ちしてます」
白蓮と別れた後、雑貨屋に立ち寄り目的の物をすべて買い揃えた魔理沙は命蓮寺へと向かっていた。
『この先妖怪寺。注意せよ』
塀に書かれた落書きを見つけた。
「おいおい、こんな陰険な事する奴がいるのか」
その時は特に気にも留めず、寺の連中に教えといてやるかと思いその場を後にした。
命蓮寺の門を潜ると目を疑った。
参道に積もった雪は綺麗に取り除かれ、屋根や植木に積もった雪も綺麗に取り除かれていた。
そして年が明けてそろそろ一ヶ月経とうというのに、境内は参拝に訪れた人妖で賑わっていた。
石畳に沿って並ぶ屋台に集まる者もいれば、宝船の小さな玩具を手に取り喜ぶ子供や妖精、更には写経教室に訪れた者もいるようだ。
――こりゃ博麗神社が潰れるのも時間の問題だな。霊夢、頑張れよ。
心の中で友人にエールを送る魔理沙だった。
賑わう参道を抜け、本堂入り口へと辿り着くと白蓮がが手招きをしているのが見えた。
「寒かったでしょう?お茶でも飲んでいきますか?」
「いや、ちょっと急ぎの用なんでな。米貰ったらすぐ行くぜ」
「あらあら、何かあったのですか?」
「実はな……」
本堂横の細い道を進みながら魔理沙は白蓮に事情を説明する。
「それは大変ですねぇ」
苦笑いを浮かべながら白蓮が答える。
「いや、命蓮寺を見て分かったぜ。あいつの自業自得だ。ろくに仕事もしないでお茶飲んで日々を過ごしてたあいつが悪い」
「そ、そうかもしれませんが。私に協力できる事があれば言ってくださいね」
「ああ、頼りにしてるぜ。おっとそろそろ行くぜ。あいつが餓死してても笑えないしな」
「はい、霊夢に宜しくお伝えください」
「おう、米ありがとなー」
たくさんの荷物をぶら下げた箒にまたがり魔理沙は博麗神社へと戻って行った。
霊夢が目を覚ますと目の前の食卓には食事が用意されていた。
「なにこれ?夢?」
目の前に広がる光景が信じられず辺りを見渡す。
「お、目が覚めたか?」
背後の襖が開くと魔理沙がお櫃を持って現れた。
「魔理沙ぁぁ」
友人の優しさに心打たれ霊夢は大声で泣き始めてしまった。
「おいおい、泣くな。それよりも早く食わないと冷めちまうぜ」
ニヤっと白い歯を覗かせ魔理沙は微笑んでいた。
「ぐすんっ、い、いただきます」
その一言を言い終えると霊夢は食べた。無我夢中で食べた。
野菜炒めを豪快にご飯の上に乗せ勢いよくかきこむ。
「おかわり」
空いた茶碗を魔理沙に突き出す。
「へいへい、ちったぁ味わえよ。魔理沙さん特製の手料理だぜ?」
茶碗にご飯を山盛りにして霊夢に返す。
鶏肉の香草焼きに箸を突き立てるとそのまま口に詰め込む。
――なにが楽園の素敵な巫女だ。二つ名改名しろ。
十分もしないうちに山盛り用意した料理を平らげ、幸せそうな表情を浮かべる霊夢。
「はぁ、生き返った気分だわ」
「ははは、そうだろうな、死にかけてたし」
笑いながら湯呑にお茶を注ぐ。
「さて、これで妖怪寺を襲撃に行けるわ」
「おいおい!ちょっと待て!」
「何よ、人里に妖怪が巣食ってるのよ。退治しないといけないじゃない?それに、あの妖怪寺が出来てから参拝客がめっきり来なくなったし」
「お前なぁ。さっき食ってた米、白蓮に貰ったんもんだぞ?」
呆れ果て頭に手をやる魔理沙。
「それを先に言いなさいよ。きっと毒でも入ってたに違いないわ。白蓮の奴、仕返しのチャンスを狙ってたのね」
「仕返し?」
「里中の塀に命蓮寺は妖怪寺だーって落書きして回ったのよ」
「子供かっ!ってお前か、あれ書いた奴」
「そうよ。しかもすぐ消されたら意味ないから数か所は結界で保護してあるわ」
なぜか自信満々に親指を立てる霊夢。
――本当に駄目だ、この巫女。救いようがない。
「なぁ、霊夢。参拝客が来なくなったのはお前のせいだと思うぜ?」
「どういうことかしら?まったく理解ができないわ?」
何言ってんのこいつ?そんな表情で魔理沙を見つめる霊夢。
「お前、今まで貢物貰ってお礼しに行ったことあるか?」
「あるわけないじゃない。だって貢物よ?あ、せびりに行ったことならあるわ」
「白蓮は貢物くれた連中にお礼しに回ってたぞ?それに、境内も綺麗に雪かきしてあったし、屋台の手配もちゃんとしてあった。お土産物なんかも売ってたぜ?」
「や、やるわね」
「お前は毎日縁側でお茶飲んでるだけだろ?」
「うるさいわねー」
「子供じみた嫌がらせしたところで参拝客が取られちまうのは目に見えてるぜ」
魔理沙がもっともな事を言う度に、霊夢は口を尖らせ拗ねる。
「じゃあどうすればいいのよ?」
「まずは落書きを消して、白蓮に謝りに行ったらどうだ?」
「た、確かに魔理沙の言うとおり、落書きは子供じみてたわね……でも謝るのはちょっとなぁ」
「でだ、その後に上手い信仰の集め方でも教えてもらえばいいじゃないか」
「い、嫌よ!なんで商売敵に頭下げなきゃいけないのよ!」
「じゃあ早苗にでも教えてもらうか?」
大きく首を左右に振りながら霊夢は答える。
「無理無理っ!あんな2Pカラーに頭下げるくらいなら白蓮の方がよっぽどまし!」
「じゃあ決まりだな」
飲み終えた湯呑を机に置くと魔理沙は笑みを浮かべる。
「そもそもなんであんたが神社の経営を真剣に考えてるのよ?」
「……今日な、命蓮寺の賑わい振りを見て思ったんだ。このままじゃ神社は潰れるって」
真剣な目つきで口を開く魔理沙。
「そんなに?」
「ああ、大賑わい。このままじゃ私の第二の我が家が消えると思ってな」
「何よ、入り浸る場所が減ったら困るってことでしょ?」
「あはは、まあそんなところだ」
霊夢は決心したらしく湯呑を置くと立ち上がった。
「ちょっと白蓮の所に行ってくるから留守番してて」
「あぁ、ちゃんと謝るんだぞ」
「あんたは私の保護者か!」
少しだけ赤くなった頬を両手で二回叩き気合を入れると霊夢は神社から出て行った。
結局、霊夢は落書きの件について謝りはしたが、信仰の集め方については聞かなかった。
暇な時は命蓮寺に訪れ、人や妖怪に親しまれている白蓮の様子を観察するようになった。
最初はこうすればひもじい思いをしなくて済むのかと真似ていたが、次第に人からお礼を言われたり頼られるのが嬉しく思えるようになった。
月日が流れ新しい年を何回か迎えた。
少しだけ大人になった霊夢は人里に来ていた。
命蓮寺に新年の挨拶に来た帰り道、霊夢は賑やかな商店街を歩いていた。
「あっ、八百屋のおばちゃん!この間は貢物ありがとう。とっても美味しかったわ」
「なに、霊夢ちゃんにはいつも助けてもらってるし、あれくらいしてあげないと悪いじゃない」
「また困った事あったら神社来てね」
「頼りにしてるわ」
「さてと、帰ったら境内の雪かきとおみくじの発注しないと」
そう言い霊夢はふわりと宙に舞い神社へと帰って行った。
魔理沙は博麗神社にお茶を飲みに出かけた。
寒いのだから炬燵に潜ってじっとしていれば良いのだが、部屋が散乱しすぎていて炬燵を探すのに苦労するのが目に見えていた。
さらには炬燵の上の物を退ける苦労まで考えると、少しの間寒い思いをしてでも神社に行く方が賢明だった。
神社で炬燵に入りながらお茶を飲み、あわよくば鍋でも突きながら熱燗を頂こうと悪戯な笑みを浮かべ愛用の箒に乗り空に浮かぶ。
いつもより厚着をしているのにもかかわらず、冷気を纏った風が魔理沙に容赦なく吹き付ける。
「だぁぁ、寒い!さっさと神社でお茶を飲まないと死んじまうぜ」
覚悟を決めると身を震わせながら彼女は全速力で神社を目指した。
雪で覆われた境内には真っ赤な鳥居が存在感を増してそびえ立っている。
「なんだ、雪かきもしてないのかよ」
屋根はもちろんだが、境内のどこを見渡しても雪かきをした形跡すら見当たらない。
比較的積雪の少ない本堂の裏口に回ると箒から飛び降り、扉を開け中に入っていく。
「おーい、霊夢。邪魔するぜー」
「……」
返事は無く、魔理沙の声が室内にむなしく反響する。
「はは、寒さと飢えで息絶えたか?」
苦笑いをしながら廊下を進み、居間へと向かう。
居間の襖を開けると毛布に包まり、座り込んでる霊夢を発見した。
「何だよ、いるなら返事位しろよ、凍死したかと思ったぜ」
返事は返ってこない。
「おーい、霊夢具合でも悪いのか?」
「……」
あまりに無反応の霊夢が心配になり、顔を覗き込む魔理沙。
焦点は定まっておらず、小声で何かを呟いている。
「おいおい、こりゃ重症だな」
数分前に口にした冗談が現実になりかけている事に呆れる魔理沙だった。
やれやれと頭に手を当て、大きく息を吸い込み口を開く。
「れ い むっ!」
「おわっ!ま、魔理沙!あんたいつの間に?」
「いつの間にじゃないぜ。さっきからいたろ。それよりこんな寒いんだ。炬燵でお茶でも飲もうぜ」
「炬燵なら壊れたわ。お茶を入れたくても買い置きの薪が切れてお湯も沸かせないの」
絶望。
今まさに霊夢の顔は、そんなタイトルの絵画になりそうな表情をしていた。
「踏んだり蹴ったりだな。八卦炉で部屋を暖めるついでにお湯も沸かすから何か茶菓子でも食おうぜ」
「茶菓子なんてあったらこんなにひもじい思いしてないわよ」
「食い物もないのかよ?」
「ない。四日前から雪を一口と爪を齧ったくらい。それよりも魔理沙、あんたの持ってるクッキー美味しそうね……」
気付けば霊夢の視線は魔理沙の手の中にある八卦炉を捉えていた。
――駄目だ。この貧乏巫女どうにかしないと。
「目を覚ませ、これは八卦炉だ。食える訳がないだろ!雪と爪ってどこぞの美食屋だよっ!」
ボケてるのか本気で言っているのか、おそらく後者だとは思うが魔理沙は心配になり霊夢の肩を掴み揺すりはじめる。
「おーい、目を覚ませ!何か変な物でも食ったのか?」
「だから!何も食べてないって言ってるでしょ!」
「だーもう、悪かったよ!空腹で死にそうなんだな?」
「そうよ、里に妖怪寺が出来てから神社への貢物が年々減っていくのよ。例年なら貢物だけで冬を越せるはずなのに……あれ、魔理沙?」
「な、なんだよ?」
「あんたの頭におっきな手巻き寿司があるわ」
今度は魔理沙の帽子を見つめ涎を垂らす霊夢。
――こいつ少し黙っててくれないかな。
「ごめんな、手巻き寿司に見えるかもしれないがこれは帽子なんだ。代わりに林檎ジュースならあるぜ。腹の足しになるかわからんが」
そういうと魔理沙はスカートのポケットから試験管に入った琥珀色の液体を取り出し霊夢に渡した。
「あぁ、魔理沙あんたっていい奴ね。やっぱり持つべきものは友達ね」
希望
今まさに霊夢の顔は、そんなタイトルの絵画になりそうな表情をしていた。
手渡された液体を霊夢は勢い良く飲み干す。
「ぷはぁ、美味い!もう一杯!」
「悪いが一本しかやれないな。それ以上飲むとさすがのお前でも危ない」
「何言ってるのよ!もう一本……よこ…し…な…さ……」
霊夢はその場に倒れこむ。
「空腹は最大の調味料ってやつか?あんなに苦い睡眠薬を笑顔で飲みきるなんて」
すやすやと寝息を立てはじめた霊夢に毛布を掛けなおすと魔理沙は神社を後にした。
「ったく!世話の焼ける奴だ。でもまぁさすがにあんな状態の奴を放っておけないしな」
ぶつぶつと文句を言いながら魔理沙が歩いているのは人里の商店街。
寒さと飢えで頭がおかしくなってしまった友人の為に食材の買い出しに来ていた。
「えーっと野菜も肉も一通り揃えたから、後は米か。おっと薪も忘れないようにしないと」
「魔理沙?」
背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返るとそこには白蓮が立っていた。
「おぉ!白蓮、久しぶりだな」
「えぇ、お久しぶりです。お買い物ですか?」
その名の通り白い蓮の花のように美しい笑顔を浮かべる白蓮。
「まあそんなところだ、白蓮もか?」
「私はお正月に貢物を頂いた皆様の所へお礼しに回っていたんです。今はその帰りです。」
「へぇ、貢物なのにお礼なんかするのか」
「貢物だろうとなんだろうと、人から物を頂いたらお礼するのは当然ですよ?」
「律儀だな」
「当然です」
命蓮寺が妖怪向けの寺にも関わらず里の人間たちから信仰される理由がなんとなくわかった魔理沙だった。
両手を合わせ何かを思い付いた様な表情を浮かべる白蓮が口を開く。
「ねぇ魔理沙?お米も買う予定ってあるかしら?」
「あぁ、これから丁度米屋に行くところだが」
魔理沙は持っている荷物の重さに手先が痺れはじめ、浮かべた箒の柄にぶら下げながら答える。
「でしたらお寺に寄って行ってください。差し上げますよ」
「貢物だろ?何か悪いぜ」
「うちの食べ盛りの子達でも食べきれない位頂いちゃったし、残して腐らしてしまっても悪いじゃない?」
――信仰の格差恐るべし。霊夢は飢え死にしそうだってのに。
「わかったよ。買い物が一通り終わったら寺に寄るよ」
「えぇ、ぜひそうして下さい」
「それじゃあまた後でな」
「はい。お待ちしてます」
白蓮と別れた後、雑貨屋に立ち寄り目的の物をすべて買い揃えた魔理沙は命蓮寺へと向かっていた。
『この先妖怪寺。注意せよ』
塀に書かれた落書きを見つけた。
「おいおい、こんな陰険な事する奴がいるのか」
その時は特に気にも留めず、寺の連中に教えといてやるかと思いその場を後にした。
命蓮寺の門を潜ると目を疑った。
参道に積もった雪は綺麗に取り除かれ、屋根や植木に積もった雪も綺麗に取り除かれていた。
そして年が明けてそろそろ一ヶ月経とうというのに、境内は参拝に訪れた人妖で賑わっていた。
石畳に沿って並ぶ屋台に集まる者もいれば、宝船の小さな玩具を手に取り喜ぶ子供や妖精、更には写経教室に訪れた者もいるようだ。
――こりゃ博麗神社が潰れるのも時間の問題だな。霊夢、頑張れよ。
心の中で友人にエールを送る魔理沙だった。
賑わう参道を抜け、本堂入り口へと辿り着くと白蓮がが手招きをしているのが見えた。
「寒かったでしょう?お茶でも飲んでいきますか?」
「いや、ちょっと急ぎの用なんでな。米貰ったらすぐ行くぜ」
「あらあら、何かあったのですか?」
「実はな……」
本堂横の細い道を進みながら魔理沙は白蓮に事情を説明する。
「それは大変ですねぇ」
苦笑いを浮かべながら白蓮が答える。
「いや、命蓮寺を見て分かったぜ。あいつの自業自得だ。ろくに仕事もしないでお茶飲んで日々を過ごしてたあいつが悪い」
「そ、そうかもしれませんが。私に協力できる事があれば言ってくださいね」
「ああ、頼りにしてるぜ。おっとそろそろ行くぜ。あいつが餓死してても笑えないしな」
「はい、霊夢に宜しくお伝えください」
「おう、米ありがとなー」
たくさんの荷物をぶら下げた箒にまたがり魔理沙は博麗神社へと戻って行った。
霊夢が目を覚ますと目の前の食卓には食事が用意されていた。
「なにこれ?夢?」
目の前に広がる光景が信じられず辺りを見渡す。
「お、目が覚めたか?」
背後の襖が開くと魔理沙がお櫃を持って現れた。
「魔理沙ぁぁ」
友人の優しさに心打たれ霊夢は大声で泣き始めてしまった。
「おいおい、泣くな。それよりも早く食わないと冷めちまうぜ」
ニヤっと白い歯を覗かせ魔理沙は微笑んでいた。
「ぐすんっ、い、いただきます」
その一言を言い終えると霊夢は食べた。無我夢中で食べた。
野菜炒めを豪快にご飯の上に乗せ勢いよくかきこむ。
「おかわり」
空いた茶碗を魔理沙に突き出す。
「へいへい、ちったぁ味わえよ。魔理沙さん特製の手料理だぜ?」
茶碗にご飯を山盛りにして霊夢に返す。
鶏肉の香草焼きに箸を突き立てるとそのまま口に詰め込む。
――なにが楽園の素敵な巫女だ。二つ名改名しろ。
十分もしないうちに山盛り用意した料理を平らげ、幸せそうな表情を浮かべる霊夢。
「はぁ、生き返った気分だわ」
「ははは、そうだろうな、死にかけてたし」
笑いながら湯呑にお茶を注ぐ。
「さて、これで妖怪寺を襲撃に行けるわ」
「おいおい!ちょっと待て!」
「何よ、人里に妖怪が巣食ってるのよ。退治しないといけないじゃない?それに、あの妖怪寺が出来てから参拝客がめっきり来なくなったし」
「お前なぁ。さっき食ってた米、白蓮に貰ったんもんだぞ?」
呆れ果て頭に手をやる魔理沙。
「それを先に言いなさいよ。きっと毒でも入ってたに違いないわ。白蓮の奴、仕返しのチャンスを狙ってたのね」
「仕返し?」
「里中の塀に命蓮寺は妖怪寺だーって落書きして回ったのよ」
「子供かっ!ってお前か、あれ書いた奴」
「そうよ。しかもすぐ消されたら意味ないから数か所は結界で保護してあるわ」
なぜか自信満々に親指を立てる霊夢。
――本当に駄目だ、この巫女。救いようがない。
「なぁ、霊夢。参拝客が来なくなったのはお前のせいだと思うぜ?」
「どういうことかしら?まったく理解ができないわ?」
何言ってんのこいつ?そんな表情で魔理沙を見つめる霊夢。
「お前、今まで貢物貰ってお礼しに行ったことあるか?」
「あるわけないじゃない。だって貢物よ?あ、せびりに行ったことならあるわ」
「白蓮は貢物くれた連中にお礼しに回ってたぞ?それに、境内も綺麗に雪かきしてあったし、屋台の手配もちゃんとしてあった。お土産物なんかも売ってたぜ?」
「や、やるわね」
「お前は毎日縁側でお茶飲んでるだけだろ?」
「うるさいわねー」
「子供じみた嫌がらせしたところで参拝客が取られちまうのは目に見えてるぜ」
魔理沙がもっともな事を言う度に、霊夢は口を尖らせ拗ねる。
「じゃあどうすればいいのよ?」
「まずは落書きを消して、白蓮に謝りに行ったらどうだ?」
「た、確かに魔理沙の言うとおり、落書きは子供じみてたわね……でも謝るのはちょっとなぁ」
「でだ、その後に上手い信仰の集め方でも教えてもらえばいいじゃないか」
「い、嫌よ!なんで商売敵に頭下げなきゃいけないのよ!」
「じゃあ早苗にでも教えてもらうか?」
大きく首を左右に振りながら霊夢は答える。
「無理無理っ!あんな2Pカラーに頭下げるくらいなら白蓮の方がよっぽどまし!」
「じゃあ決まりだな」
飲み終えた湯呑を机に置くと魔理沙は笑みを浮かべる。
「そもそもなんであんたが神社の経営を真剣に考えてるのよ?」
「……今日な、命蓮寺の賑わい振りを見て思ったんだ。このままじゃ神社は潰れるって」
真剣な目つきで口を開く魔理沙。
「そんなに?」
「ああ、大賑わい。このままじゃ私の第二の我が家が消えると思ってな」
「何よ、入り浸る場所が減ったら困るってことでしょ?」
「あはは、まあそんなところだ」
霊夢は決心したらしく湯呑を置くと立ち上がった。
「ちょっと白蓮の所に行ってくるから留守番してて」
「あぁ、ちゃんと謝るんだぞ」
「あんたは私の保護者か!」
少しだけ赤くなった頬を両手で二回叩き気合を入れると霊夢は神社から出て行った。
結局、霊夢は落書きの件について謝りはしたが、信仰の集め方については聞かなかった。
暇な時は命蓮寺に訪れ、人や妖怪に親しまれている白蓮の様子を観察するようになった。
最初はこうすればひもじい思いをしなくて済むのかと真似ていたが、次第に人からお礼を言われたり頼られるのが嬉しく思えるようになった。
月日が流れ新しい年を何回か迎えた。
少しだけ大人になった霊夢は人里に来ていた。
命蓮寺に新年の挨拶に来た帰り道、霊夢は賑やかな商店街を歩いていた。
「あっ、八百屋のおばちゃん!この間は貢物ありがとう。とっても美味しかったわ」
「なに、霊夢ちゃんにはいつも助けてもらってるし、あれくらいしてあげないと悪いじゃない」
「また困った事あったら神社来てね」
「頼りにしてるわ」
「さてと、帰ったら境内の雪かきとおみくじの発注しないと」
そう言い霊夢はふわりと宙に舞い神社へと帰って行った。
ところどころ笑わさしてもらいました。
喜捨、寄進、供物などが適当かな、と
捩くれた競争心は子供っぽさが現れていていいですね
途中までの流れや、魔理沙のお母さんっぷりには力が入っていたのに、話の土台が出来上がって、盛り上げるべき『起承転結の転』で終わっている印象。
まあ、書き終わらないよりは数百倍素晴らしいんですが。
それはさておき。
霊夢も可愛いけど、魔理沙お母さんの甲斐甲斐しさに全俺が泣いた。
もう一緒に住んじゃえよ。神社と霊夢を私物化しても許す!
序盤の流れは良かった
魔理沙のお母さんっぷりに惚れる
もっと一捻り二捻りはあっても良かったんじゃないか。霊夢を改心させるにあたって何かイベントを挟むとか。
ともあれ、最終的に霊夢も成長したようで一安心。
厳しい意見、アドバイスも頂けて要勉強ということで頑張ります。