Coolier - 新生・東方創想話

賑やかな居候

2012/01/29 19:13:03
最終更新
サイズ
36.15KB
ページ数
1
閲覧数
1572
評価数
5/19
POINT
1060
Rate
10.85

分類タグ

※タグにもある通り、博麗神社の先代巫女が出てきます。そのうえ、魔理沙と知りあいだったりします。








『どうだった?マスタースパーク!ばっちり決まってただろ?』

『ええ、そうね。あのタイミングで使ってくるとは思いもしなかったわ。かなり上達してる』

『まぁ、才能だな!』

『神社に来る以外でも朝から晩まで修行してるってアリスに聞いたわよ?』

『ぐ、あいつまた余計なことを!』

『頑張ってるのね』

『…やらなきゃ強くなれないんだから仕方ないだろ』

『ふふ、あなたの頑張り屋なところ、良いと思うわ』

『本当か?』

『本当。さて、お茶にしようかしら。魔理沙も飲むでしょ?』

『もちろん!美味しいのを淹れてくれ。あぁ、茶菓子もな!』


*********
 私が『博麗の巫女』に初めて会ったのは、五つの頃。
 妖怪に襲われそうになっていたところを偶然通りかかった彼女が助けてくれた。
妖怪退治を生業としている彼女にしてみれば、雑魚妖怪の一匹や二匹倒すなんて朝飯前。あっという間に叩きのめして、「大丈夫?」と私に手を差しのべたのだった。
 その姿は、私の心に『英雄』の二文字と共に深く刻み込まれた。

 彼女につきまとうようになったのはそれからだ。
 最初は人里にやって来る度に構ってもらっていたのだが、独学で魔法を学び始めてからは、自分で博麗神社へ行くようになった。実家に勘当され、魔法の森で一人暮らしを始めてからも、弾幕ごっこの相手になってくれたり、食事を振る舞ってくれたりと一回り以上も年の離れた私に対して実の姉のように世話を焼いてくれた。
 本当の名前すら知らない、こちらが一方的に近づいていったことで始まった付き合いだったが、私は彼女を心から尊敬していた。憧れだった。
 どれだけ手合わせをしても勝てる気は微塵もしなかったが、それでも、いつかは。





――そう思っていたのに。



「博麗の巫女が引退したわ」
「…は?」
 突然訪れてきた来客は、挨拶もそこそこにとんでもないことを言い放った。

「どういうことだよ、紫」
「そのままの意味よ。彼女は博麗の巫女ではなくなったの」
「…そんな……」


 いつかは引退するだろうとは思っていたが、まだ若かっただろう。巫女ってこんなに引退が早いものなのか?

 間抜け面の私に構うことなく、八雲紫は淡々と語り続ける。

「最近、力が弱まってきていたみたいだし、潮時だったのでしょうね」
「そうか…」

 あからさまに落ち込む姿は見られたくなかったのだが、仕方ない。後頭部を思いきり殴られたような気分なのだ。

「そう気を落とさないで。今日はあなたに頼みたいことがあって来たのだから」
「あー?…悪いが、今日の霧雨魔法店は臨時休業だ」
「仕事の依頼じゃないわ。この子のことよ」

 ずい、と私の前に小さな女の子がつき出される。
 肩にかかる程度に伸びた黒髪に、少し赤みがかった黒い瞳。
 知り合いだっただろうか、と脳内検索をかけてみたが、該当なし。
つまり、『はじめまして』だ。
人里から拐ってきたのか、と不吉な推測をしてみたが、少女に怯えている様子はない。どうやら誘拐の線はなさそうだ。


 ふむ、だとすると――

「紫、あまり似てないな。お前の娘――」
「この子は今代の博麗の巫女よ」

「へ?」

 博麗の巫女?

 腑抜け状態を続行させている私を女の子は黙って見つめている。
 私も未だ収拾のつかない頭のまま彼女を見つめ返す。

 彼女が着ている紅白の巫女服は、確かに博麗の巫女が着ていたものとよく似ている。しかし、その顔つきは先代にも全く似ていない。先代の血縁というわけでもなさそうだ。
 そして、幼いながらも器量はかなり整っている。成長すれば美人になる顔立ちだ。率直に言うと、すごくかわいい。

「ふぅん、今代の巫女か。名前は?」

 努めて優しく声をかけてみる。
 しかし、少女は黙ったまま。

「なぁ、おい「うるさい」

 へ?

「うるさいのよ、あんた。なんで自分から名乗ろうともしないヤツに、名乗らなきゃいけないのよ、バカ妖怪」

驚いた。初対面の相手にここまで失礼な態度をとる子供はそうそういない。

「おい、こんな美少女に向かって誰が妖怪だ?」
「こんなに日が高く昇っているというのに、今起きましたと言わんばかりの顔で出てくるやつは、少なくとも人間じゃないわ」
「ぐ、このガキ――」
「ガキじゃない。わたしは霊夢。博麗霊夢よ」

堂々とした態度でそう言い放ち、フンと鼻を鳴らした。

「なら、こちらも名乗らせてもらおう。私は霧雨魔理沙。魔法使いをやってる人間だ」

『人間』のところを最大限に強調した。妖怪だと思われてたまるか。それにしても、見たところ五つくらいなのに物言いが全く子供らしくない。私がこのくらいの頃はもうちょっと可愛げがあった気がする。
しかし、一応は初対面の相手。とりあえずよろしく、ということで右手を差し出す。しかし、霊夢は私の手を握り返すことなく、不思議そうに見つめるばかり。

「何やってんだ?握手だよ、ほら、」
「あっ…」

小さな手を軽く握って二、三度揺さぶった。決して大きくはない私の手の中にすっぽり収まってしまうような小さな手だった。

手を離すと、今度は握られた自分の手をまじまじと見つめている。それから、手を開いたり閉じたり。そのしぐさは何だか年相応で可愛らしい。

「なんだよ。握手するの初めてだったのか?」
「あんた…手、きれいなの?」


やはり、容赦がなかった。

「…なあ、紫。何で私は初対面の相手にここまで言われなきゃならないんだ?」
「あら、仲良くなれたみたいで良かったですわ」
「今までのやりとりをすぐそばで見ていて何でそんなセリフが吐けるんだろうな!?」
「まあ、それはさておき」
「さておくなよ」
「あなたには霊夢と一緒に博麗神社に住んでもらうわ」

(・・・)

「はぁ!?」
「だから、この子と一緒に博麗神社に住んでって――」
「聞こえてる!聞き間違いだったら良かったんだけどな…」

思わず頭を抱える。霊夢はというと、大して驚いた様子はない。きっとここに来る前に紫から事情を聞いていたのだろう。さっきの物言いはこれから一緒に暮らす人間に対しては不適切極まりないものだったが。

「なぁ、紫。私にも質問する権利はあるよな?何で私なんだ?」
「一つ、霊夢はまだ幼い。一人であの神社に住むのは難しい。保護者がいた方が良い。あなたは普段から博麗神社に出入りしていたから、建物の中のことはよく知っているだろうし、ちょうどいいでしょう?」
「ちょうどいいってお前…」
「二つ、あなたは霊夢と年が近い。その方がこの子も気が楽だと思うわ」
「おいおい、私は今年で十、」
「子供でしょう?」
「…」

しまった。何も言い返せない。こいつら妖怪にとっては同い年も同然なのだろう。

「でも、私にも私の生活がある!ほら、この通り自分の家もあるし――」
「三つ、」

私の声に被せるようにして発された声に、何だかとても嫌な予感がした。

ミシッ…ミシィ…ッ…!!

不吉な音が聞こえる。どこからって?ほかでもない。マイホームからだ。

ギギ、ギシィ…ッ!

「おおおおお!?」

数秒前まで真っ直ぐに建っていたはずの我が家が、突如大きく傾いた。

「あなたの家、欠陥住宅だったみたいだから、住めそうにないわ。残念ね」

にっこり笑ってそう告げる紫。手段を選ぶつもりはないようだ。

「ねぇ、魔理沙。お願いできるかしら?」
「お願いも何も…私はたった今、家なしになっちまったわけだろう?神社に行くしかないじゃないか…」

力なく項垂れてそう答える。もうどうにでもなれ、だ。

「ありがとう。そう言ってくれるって信じてたわ。この家の修理費はこっちで建て替えておくわね。それと、」
「…?」
「引越し手伝い。あなたの荷物を根こそぎ博麗神社までスキマ送りにしておいたわ」

もう家の中には入れそうにないものね、と朗らかに笑う紫。私は苦笑いするしかなかった。

*********
 我が家が欠陥住宅になって(されて)しまったのは残念だったが、実のところ神社に住むこと自体は嫌ではない。先代の巫女に会うために通い詰めた場所だ。それなりに気に入っている。
 そのことを紫や霊夢に感づかれたくはなかったので、何でもない風を装うことにしたが。

「さて、仕方ないからさっさと行こうぜ、ほら」
「…ん?」
箒に乗り、霊夢にも後ろに乗るよう促したのだが、首を傾げられた。
「どうした?もしかして、空飛んだことないのか?私は安全運転だから落としはしないぜ?」
いつもはかなりとばすけど、とは言わないでおこう。しかし、霊夢はそれに可愛げのない溜め息で応じてみせた。

「な、何だよそのため息は!お前本当にかわいくな…え?」
 驚いた。いや、私じゃなくても驚くだろう。さっきまでずっと眼下にあった霊夢の顔が、突然目の前にきたのだから。
 博麗霊夢は宙に浮かんでいた。その背に鳥や妖精のような翼があるわけではないが、当然のように空中で腕を組んでいる。
「お前…飛べるのか…?」
「だって巫女だもの」
「『巫女だもの』ってお前…」
 …いや、これ以上のツッコミはやめよう。巫女とはそういうもの。あり得ないことを容易くやってのけたとしても、黙って受け入れるのが一番なのだ。
「じゃ、行きましょうか」
 ふわりふわりと上昇していく霊夢に続き、いつもの要領で地を蹴って空中へ。
 地上では紫が嬉しそうに手を振っている。
「あのスキマ妖怪…」
「ほら、魔理沙。はやく!」
「…ああ、」
 なんだろう、出会ったばかりなのにこいつに振り回される未来しか見えない。

*********
 霊夢が博麗神社に来るのは今日が初めてだったらしく、私が神社の案内をしてやった。この時期は山の落ち葉が大量にたまっているのが常だが、先代の巫女がちゃんと掃除をしておいてくれたようで、気にする必要はなさそうだった。霊夢は興味を持って私の案内を聞いていたが、ひととおり案内が済むと眠たそうにあくびをした。
「なんだよ、眠いのか?」
「んー…なんか疲れた」
 巫女とはいってもまだまだ小さな子供。休まずに飛びまわっていたから疲れが出たのだろう。
「昼寝するか?魔理沙様が特別に布団を敷いてやるぞ?」
「べつに、眠くないわよ」
 明らかに眠そうだ。眠くて不機嫌になっている子供だ。
「いいから寝ろ。ガキは無理するもんじゃないぜ?」
「うるっさい…」
ごねる霊夢をよそに押入れから布団を取り出し、敷き始める。先代がマメに干していたためか布団はふかふかだった。
「よし、敷けた。ほら来い。ふかふかだぞー?」
「寝ないったら」
「でもほら、こんなにふかふか。触ってみろよ」
「う…」
渋々といった様子で霊夢が布団に触れる。しかし、
「ほんとだ…」
「だろ?まだほんのりおひさまの匂いがするし、寝転んだら絶対に気持ちいいぜ」
「…」
 ころんと布団に寝転がる霊夢。
「ほーら、寝ろ寝ろー」
「うう…」
 おでこを優しく撫でてやると、瞼が徐々に下がっていった。寝る体制に入ってきている。
「よーしよし、良い子良い子~」
「ん…」
 もともと寝つきは良い方なのか、はたまた疲れていたのか。霊夢は予想より早く眠った。掛け布団の上に寝てしまったので、細心の注意を払って掛け布団を抜き取り、身体の上にかけ直してやった。
「やれやれ、強がってはいてもガキはガキだな」
 すうすうと寝息を立てる姿はやはり子供だった。
「こいつも妖怪退治をするようになるのか」
普通の人間である私からしてみれば信じられないような話だ。あの紫が選んだ子供だし、巫女としての素質は十二分にあるのだろうが。

霊夢が寝てしまって手持ち無沙汰になったので、紫が送っておいてくれた荷物を探した。…あいつ、引越し屋でも開けば儲かりそうだな。

 荷物はすぐに見つかった。神社の一番広い部屋に、綺麗に整頓された状態で置かれていた。読みかけだった本を何冊か持って霊夢が眠っている部屋に戻った。
 日がすっかり暮れてしまっても霊夢はまだ眠っていた。よく寝るやつだ。夕飯時だし、何か食べようかとも思ったが、準備が面倒なのともう少し本を読んでいたかったのとで結局やめた。押入れからもう一組布団を取り出し、霊夢の布団から少し離れたところに敷いた。そうして布団に潜り込み、再び本を開く。眠りにおちるまで本を読んでいよう。

*********
 腹部に重みを感じて目が覚めた。金縛りかと思いきやそうではないらしい。
「何やってんだよ、霊夢」
 原因はむすっとした顔の巫女だったようだ。私の上に馬乗りになっている。
「…ついてきて」
「は?」
「いいから起きてよ」
寝起きの悪い私を、子供にしてはかなり強い力で揺すり起こした。なんだというのだ。
「どこ行くんだよ」
「…」
霊夢は黙り込んで私の質問に答えない。しかし、私はその様子にピンときた。
「あぁ、なるほどな」
ニヤリと笑ってみせると、思い切り嫌な顔をされた。
「なに笑ってんのよ!」
「いやいや、笑っちゃいないぜ。ただ、お前も年相応なところはあるんだなって安心したんだ。ほら、ついてってやるからさ」
霊夢は無言で私の上から下りると、ぱたぱたと小走りに手洗いへ駆けていった。

*********
「絶対そこにいてよね」
「分かってるって」
「勝手に帰って寝てたら針投げるからね?」
「ははは…冗談に聞こえないな」
強く強く念を押してから霊夢は手洗いに入っていった。
待てと命じられた私は、することも無いので縁側に座り込んで空を見上げた。
私の家から見るよりもずっと綺麗な夜空。星が零れてきそうだ。

「何見てるの?」
気が付くと、背後に霊夢が立っていた。
「いや、星が綺麗だなと思って」
「ふうん…」
「星を見るのは好きか?」
「あんまり見たことない。朝が早かったから夜はすぐに寝てたもの」
「巫女ってのは大変だな。よし、じゃあ私が星の名前を教えてやろう」
「星…って一つ一つに名前があるの?」
「もちろん!それに、星と星とを結んだ『星座』ってのもあるんだ。教えてやるから、ほら、座れ座れ!」
隣に座るように促すと、霊夢は渋い顔をして首を振った。
「今、寝なかったら明日の朝起きられないわ」
「そんなもの知るか。どうせ朝早くからこの神社に来るやつなんていないし、ちょっとくらい夜更かししたっていいんだよ。保護者が言うんだ、間違いない」
「…あんた、そんなだから夜ふかし癖がついちゃったんじゃないの?」
 図星だ。痛いところばかりついてくる。
「ぐ…いや、でも見てみろ!今日は天気が良いから星が特別良く見えるだろ?」
「まあ、そうね」
「だろう?よし、ちょっと待ってろ。星座の本を持ってくる」
 最初は興味なさそうに聞いていた霊夢だったが、しばらくするとそれなりに興味深そうに私の星座の話に耳を傾けていた。

*********
「で、その隣、ちょっと赤っぽく光ってる星が、」
「…くしゅ、」
「あ、悪い。冷えちゃったか?もう寝たほうがいいな」
「…魔理沙はどうするの?」
「私か?うーん…私も今日は疲れたからもう寝るかな」
「そう…」
「さ、早いとこ寝ようぜ。早寝早起きは大事だからな」
「さっきと言ってることが違うじゃない」
「意見なんて常に変わっていくもんなんだよ」
へ理屈を言いながら、霊夢を布団まで連れて行った。
「子守唄とか歌ってやった方が良いのか?」
「遠慮しとく。音痴だったら嫌だし」
「本当に可愛くないな」
「そっちこそ」
今日一日ですっかり慣れた憎まれ口の応酬をしてから、お互いニヤリと笑った。
「じゃ、おやすみ。また明日な」
軽く霊夢の頭を撫でて、枕元を立つ。
「…うん」
心なしか元気のない返事を背中で聞いて、自分の布団に潜った。

布団はすっかり熱を失っている。布団の中でぶるりと身震いし、明かりを消そうと身を起こした。
と、
「…どうした?」
寝かしつけたはずの霊夢が布団から出ていた。
「また手洗いか?」
「違う」
むすっとした顔で答え、そのままこちらに近づいてきた。
「お、おお?」
小さく私の布団を捲りあげたかと思ったら、もぞもぞと私の布団の中に潜り込んできた。
「へ…って、うわ!お前、足!!」
冷え切った足が寝間着のはだけている部分に触れ、私は悲鳴をあげた。
「…ごめん」
狭い布団の中で、霊夢が申し訳なさそうに小さく端に寄った。流石に少しかわいそうになって、身体をずらして場所をあけてやる。
「ほら、今度は大丈夫だから。もっと真ん中来いよ」
再び霊夢はもぞもぞと動き、少しだけ私に寄ったところで落ち着いた。
「寒かったから、来たのか」
「…そうよ」
「そっか」
軽く目を瞑って、自分が一人暮らしを始めた時のことを思い出す。
妙に大きく聞こえる物音や、ちっとも来ない眠気。そして――

――どうしようもない心細さ。

「良かった」
「え?」
「私もさ、寒くて眠れそうになかったんだ。だから、お前が来てくれて良かった」
「…そう」
ごろりと寝がえりをうって、背中に小さな背中の温もりを感じ、小さく笑う。
「おやすみ、霊夢」
「うん…」

*********
*********
 部屋に差し込む朝日で目が覚めた。正確な現在時刻は分からないが、おそらく紫や藍と暮らしていた時と変わらないだろう。あちらでは起こされずに起きたことはほとんどなかったが、今朝は一人で起きられた。
 躊躇うことなく布団から這い出ると、隣で寝ていた魔法使いが小さく身じろぎした。案外寝相は良いようで、昨晩と同じ格好ですやすやと寝息を立てていた。
「まだねてる…」
 とはいえ、寝坊というほどの時間でもない。夜更かし癖のあるらしいこの魔法使いは、普段であればまだ寝ている時間なのだろう。
 枕元に座りこんでその寝顔を観察してみるが、気づいて起きる様子は全くない。試しにその髪に触れてみると、予想に違わずふわふわとした手触り。私の直毛とは全然違う。何度も何度も手櫛で梳いた。
「打ち解けたみたいね」
背後から聴き慣れた声。完全に不意打ちのタイミングだったが、驚くことはない。もう慣れっこだ。
「なによ。だれが入ってきていいなんて言ったの?」
「相変わらず不遜な態度ね。歴代の巫女たちはもっと敬意を持って接してくれたものなのだけど」
「どんな態度をとろうと、巫女としての役割をはたせば文句はないでしょ?」
「かわいくないわね。魔理沙にも言われなかった?」
紫は、ニマニマと鬱陶しい笑みを浮かべていた。
「何でこいつが出てくるのよ」
「あら、もしかして照れてる?」
「誰が!」
 …わざと相手を腹立たせるように話すのはこいつの癖みたいなものだ。まともに相手をしても疲れるだけなので、聞き流してしまおう。
「で、なんの用なの?」
「もう本題に入るの?せっかちねえ…あ、お札はやめて頂戴。ちゃんと話すから」
 わかればいいんだ、わかれば。
「今日からの話をしに来たのよ」
「今日からの話?」
「そう。今日からあなたは博麗の巫女としての務めを果たさなければならない。だから、その話をね」
「務めって…妖怪退治とたまに頼まれる神事くらいでしょ。今からやらなきゃいけないことなんてあるの?」
「まずは里の人達に挨拶をして回るのよ。妖怪退治を生業にするとはいっても、あなたは人間。里の人間の力を借りなければならないこともたくさんあるわ」
「そういうもんなの?」
「そう。身支度ができたら、そこで寝てる魔法使いと一緒に人里に行ってらっしゃい。その子はもともと里の人間だから、案内をしてくれるはずよ」
そうしてスキマ妖怪は空間の狭間に消えていった。

*********
「ったく、なんで私が道案内なんか…」
「だってあんた里の人間だったんでしょ?」
「ぐ、紫のやつか」
「つべこべ言わずに案内してよ。朝ごはんにありつけないじゃない!」
「だけどなぁ」

 魔理沙は行きの道中では終始気の乗らない風であったが、いざ里に着くと道行く人たちから頻繁に絡まれていた。

『霧雨さんとこのお嬢さんじゃないか!久しぶりだねぇ!』

『おっ、魔理沙ちゃん!またそんな真っ黒な服を着て…もっと可愛い着物があるだろうに』

『親父さんとはまだ仲直りしないのかい?たまには里にも顔を出しにおいで』

『おや、魔理沙ちゃん。大きく…なってないねぇ、あまり。うん、これあげるから持ってって食べな』

……なんだこいつ、人気者なんじゃないか。
ぞんざいな言葉を返しながらも、持たされる食べ物の類にはちゃんと礼を言っているみたいだ……っていうか、
「当分は食料の買い出しに行かなくてよさそうね…」
 里を少し歩いただけで、魔理沙の両手は山盛りの食料で塞がっていた。
「お節介なやつが多いからな。もらえるものはもらっておこうぜ。それより、お前も挨拶しないと」
「ちゃんとしてるじゃない」
「今まで会ったようなやつらじゃなくて、里の重鎮になってるような、そうだな…寺子屋の慧音には挨拶しておいたほうがいいな」
「けーね?」
「白沢と人間のハーフ。寺子屋で先生をやってるんだ。困ったときには色々と助けになってくれる良いやつだぜ。村の上の連中にも顔が利くから、一度会っておこう」

*********
「おーい、慧音はいるか?」

 寺子屋の入口で魔理沙が呼びかけると、退屈そうに授業を聴いていた子ども達が一斉に振り返った。
「まりさ!?」
「まりさだ!」
「まりさちゃんひさしぶりー!あそんであそんでー!!」

 机を蹴り飛ばすようにしてやって来て、すぐさま魔理沙と私を取り囲む。
私がびっくりして宙に浮かぶと
「わ、飛んだ」
「すげー!妖怪だ!」
「違うよ、私知ってる!あれは、はくれいのみこだよ!」
「みこさまだー!」

 と、これまた大騒ぎ。
 この調子では「けーね」に会えるのは当分先か、と思っていた矢先。


「静かにしろ!まだ授業中だ!」

 寺子屋の奥から凛とした声が響く。途端、騒がしかった子どもたちの声がぴたりと止んだ。

「おう、慧音。いたのか」
「いたのかじゃないだろう…授業妨害だぞ。魔理沙」

 困ったような顔のこの女性が「けーね」であるらしい。
 腰まで届きそうな長い銀髪に、六面体と三角錐の間に板を挟んだような不思議な形の帽子。生真面目そうな表情は如何にも「先生」といった風格だ。

「まぁまぁ…見たところ、子どもたちの集中力も切れちまったみたいだし。どうだ?近くの茶屋でも。奢るぞ?」
「教壇に立つ者が子どもに奢ってもらうわけにはいかないだろう…しかし、この子たちが勉強に集中できる状態にないのも事実、か」

 ううむ、と腕を組んで考え込むけーね。そして、固唾を飲んで彼女を見守る子どもたち。

「仕方ない。この後の授業は休講だ!各自よく今日の授業内容を復習しておくように!」

 歓声をあげ、子どもたちは我先にと寺子屋を出ていく。


「けーね先生ばいばーい!」
「ちゃんと家で復習するんだぞー」

一人一人に手を振って、最後の一人の姿が見えなくなるまで見送った後、くるりとこちらを向いた。


「さて、行くか」


*********
 寺子屋の近所の小さな茶屋に入る。そこの主人も例によって魔理沙を知る人であったらしくお約束のように絡まれたが、慧音と話をするから、と言ったらどうにか引きさがってくれたようだった。
運ばれてきた茶をすすって一息つくと、慧音がにこりと微笑みかけてきた。

「さて、君が博麗神社の今代の巫女か?」
「あぁ。ほら、霊夢」
「今代の巫女になった、博麗霊夢、です」

よろしくお願いします、と頭を下げた。

「あまりかしこまらないでくれ、敬語はいらない。私は上白沢慧音。こちらこそよろしく、霊夢」

そう言って笑顔で握手を求めてきた。

「(おい、握手だぞ握手!手を引っこめたりするなよ!)」
「(分かってるわよ!!)」

 横から小言を言ってくる魔理沙に素早く言い返しつつ、慧音と握手をした。

「ふふ…二人は友人だったのか?」
「いや、昨日会ったばかりだ」
「それにしては随分と仲が良いんだな。姉妹のようだぞ」

お茶を飲もうとしていた魔理沙が、お茶を噴き出した。
「ご、ほっ…くっ、ははは!私にこんな礼儀知らずの妹はいないぜ!」
「ちょっと!私だってあんたみたいな姉はごめんよ!」
「あんたみたいなってなんだよ!」
「そのまんまの意味よ」
「はあ!?」
「まあ、落ち着け、二人とも」

慧音に宥められて、ようやく落ち着いた。今のは魔理沙が悪いんだけど。
せっかく顔合わせができたので、先代の巫女がどのように人里と関わってきたかも聞いておくことにした。

「先代の巫女か。それだったら魔理沙に聞くのが一番じゃないか?」
「私は飯をたかったり弾幕勝負をふっかけたりしてただけだからな。残念ながら教えられることはあまりないぜ」
「そっか…」
「しかし、先代は魔理沙が付きまとうようになってから、里の人間たちに対しても心を開いてきたように見えたな。その前は必要最低限の会話だけであまり関わろうとしてこなかったんだが。少しずつ笑顔も増えて、口数も増えてきていた」
「そ、そうだったか?」
「ああ、あれは魔理沙のおかげだ」
慧音に褒められて、魔理沙は照れ臭そうに帽子を目深にかぶった。店内なのに。

「先代の巫女」という人に私も一度だけ会ったことがある。代が替わる時のことだ。
生真面目そうな顔が、私を見つけた途端、ふわりとほころんだのがとても印象的だった。優しそうな人だな、と思った。
軽く会釈をしたら、かがんで私の頭を撫でてくれた。女の人にしては少し硬いその掌はとても温かかったのを覚えている。
 魔理沙は昔、その人に助けられ、それから何かつきまとうようになったらしい。
先代は最初こそ鬱陶しそうにしていたようだが、魔理沙の人懐こさに絆されて、いつの間にか本当の姉妹のように世話を焼いていた…というのは慧音の談。
「じゃあ、あんたは前から神社に出入りしてたのね」
「そういうこと。ま、紫に押しつけられた子守りとはいえ、博麗とは縁があるのかもしれないな」
 そう言いながら魔理沙は私の分の団子に手を伸ばした。
 見逃すものか。あらん限りの力でもってその手をはたき落した。
「いってええええ!!」
「いじきたないわね」
「ははは!魔理沙は霊夢に頭が上がらないのか」
「な!?こいつの世話をしてるのは私だぜ!?」
「そういう割にはしっかり尻に敷かれてるじゃないか」
「う、」
 気まずそうに、そっぽを向いて茶をすする魔理沙。それを見て私と慧音はくすくすと笑った。
「ともかく。これからよろしく、霊夢。巫女としての仕事も大変だろうが、気が向いたらいつでも人里に来てくれ。」
「うん、ありがとう」

*********
神社に帰ってから大まかな仕事分担を決めた。私は、基本的に博麗の巫女の仕事である博麗大結界の管理と妖怪退治。魔理沙は魔法実験の傍ら、料理やら洗濯やらの家事を担当してくれることになった。最初は実験に必要な化け茸を取りにいったりするからと家事を引き受けるのを渋ったが、突然現れた紫が魔法の森に通じるスキマを境内に発生させてくれたことでその問題は解決した。魔理沙は片づけができない(というか無意識に身の回りを散らかしている)点を除けば家事はそこそこにできるようだった。料理もなかなかに美味しい。
それでも、生来の外向的な性格のためか実験や読書に没頭している時以外は自慢の箒で飛びまわっていることが多かった。


*********
*********
霊夢と一緒に暮らし始めて二週間。この生活にも慣れてきた。家事はもともと嫌いではないし(片づけ以外)、なかなか茸を食べようとしない霊夢にどうやって茸を食べさせるかを考えるのは楽しい。
 しかし、だ。
 外出好きの私にとって四六時中神社に籠りきりというのは耐えられない。なにかと理由をつけて幻想郷中を飛び回っていた。あまり外出ばかりしていると「料理が適当になった」と文句を言って、霊夢が神社の周りに結界を張ってしまう(一度、気付かずに結界に突っ込んだときは気絶して墜落し、その後半日寝込んだ)ので、控えてはいるが。

「よう、香霖」
「久しぶりだね。巫女に飼われ始めたって聞いたけど」
 食料を大量につっ込んだ背負いかごを乱暴に下ろして椅子に腰かけた。というか、なんだ「飼われ始めた」ってのは。
「失礼だな。誰が言ってんだよそれ」
 不機嫌なのを隠しもせずに尋ねると、香霖は黙って数日前の日付の「文々。新聞」を渡してきた。
 新聞の一面記事には霊夢の世話を焼く私の写真がでかでかと載せられ、見出しには『お騒がせ魔法使い、巫女のペットに!』という聞き捨てならない文言が踊っていた。

「神社の住み心地はどうだい?お騒がせ魔法使いさん」
「誰がお騒がせ魔法使いだ!大体、私は紫に霊夢の世話を頼まれたから住んでやってるんだよ」
「ほう…」
 大して興味も無さそうな様子で香霖は茶をすすっていたが、ふと何か思いついたように湯呑を置いた。
「ん?どうした」
「客が来たみたいだ」
そう言って香霖は店先に出ていった。一応、店主としての自覚はあるらしい。
これ幸いと客用の湯呑を引っ張り出してきて、急須に残っていた茶を注いだ。まったく、客に茶の一つも無いのだから。相変わらず気が付かないやつだ。
「魔理沙!」
「ぶふぉお!?」
突然現れた紅白に驚いて私は茶を誤嚥した。恐ろしい勘の良さだ。買い物終了予定時刻からまだ四半刻も経っていないというのに。
「帰るわよ」
「お、おう…」
 そう言われてしまったら返す言葉がない。飛び立つ霊夢につき従って箒に跨るしかなかった。

二人で並んで神社に帰る。霊夢がいつもより少し速く飛んでいる気がした。何だか急いでいるような感じだ。
「で?何か用事があったのか?昼飯は作ってあったし、他の家事も大体午前中に片付けてあるし」
「…別に、用事はないわ」
「あ、もしかして寂しかったのか?ははは、まだまだ子供だな!霊夢ちゃ、」
メリィ…
陰陽玉が容赦のない勢いで私の側頭部を強打した。眼前をチカチカと星が飛ぶ。当然だが、私の魔法ではない。
「~~~~~ったぁーーーっ…なにすんだよ霊夢!」
 思わず涙目になったのを見られないように涙を素早く袖で拭ってから顔を上げた。しかし、霊夢はずっと先を一人でふよふよと飛んでいた。

*********
その晩、霊夢と二人で夕飯を食べているときに紫が現れた。毎度のことながら、何の前触れも無しに。
「こんばんは」
「…急に出てくるなよ。本当心臓に悪いから、それ」
「あら、ごめんなさいね」
こちらは心から困っているのだが、少しも悪びれることなくころころと笑ってみせられては、怒る気が失せてしまう。霊夢はもう慣れっこなのか、紫が現れても眉一つ動かさずに夕飯のおかずを食べていた。
「で、何の用だよ?悪いが夕飯は私と霊夢の分しか作ってないぜ?」
「御夕飯をごちそうになりたかったわけではないわ。霊夢の返事を聞かせてもらいに来たのよ」
「霊夢に?何の返事だよ」
「修行のよ」
紫の代わりに霊夢が答えた。一足早く夕飯を食べ終えていたらしい。
「修行って…巫女の修行か?」
「正確には、神降ろしの修行よ。この子は歴代の巫女の中でも卓越した才能を持っているから、もう始めてもいいと思ったの。先代の巫女たちはもっと大きくなってから始めていたんだけどね」
「へえ…お前ってやっぱすごいんだな」
「…」
昼間の寄り道で機嫌を損ねたのか、霊夢は私と目を合わせようとしない。帰ってきてからずっと。夕飯を食べても機嫌が直らないなんて前代未聞だ。寄り道がそんなに気に食わなかったのか?
「昼間に聞いた時には少し考えさせて、って言われたから時間をおいてまた来たのよ。どう?結論は出たかしら?」
穏やかな物腰で尋ねかける紫、と口を真一文字に結んで黙り込む霊夢。
…こんなに硬い表情、初めて見た。

「やるわ、修行」
 小さな声でぽつり、と。
「そう…なら、出かける仕度をしておきなさい。出発は明日の朝でいい?」
「いや、今から行くわ」
「えっ?もう行くのか!?」
 そりゃ、紫のことだ。着替えも何もかもしっかり用意してあるだろうから、霊夢の仕度なんて実質必要無いんだろうけど。
「良いのか?心の準備とか色々あるんじゃ「いい」
 ぴしゃり、と。聞いたこともないような冷たい声。思わず、伸ばしかけた手が下りる。
「もう、行くから」
 私の側を離れ、紫を急かした。
声がかけられなかった。
「魔理沙、神降ろしの修行は巫女の修行の中でも最も過酷なものなの。しばらく留守にすると思うけど、霊夢がいない間、神社をよろしく頼むわね」
「本当に今から行くのか?今日じゃなくて明日でもいいんじゃ、」
「行きましょう、紫」
再び、霊夢が紫を急かした。先ほどよりも強い口調。
紫は静かに溜め息をついた後、スキマを出現させて霊夢と共に消えてしまった。
霊夢は、一度もこちらを振り返らなかった。

「本当に行っちゃったのか…」
ちゃぶ台には夕飯のおかずが載っていたはずの空っぽの皿と、まだご飯の残っている私の茶碗、そして米一粒ついていない小さな茶碗だけが残っていた。
「ったく、何度言っても片づけやしねえんだからな」
独り言は、びっくりするほど弱弱しかった。

*********
その次の日から神社での一人暮らしが始まった。といっても私の生活が大きく変わるわけではないが。
「邪魔するぞ」
「ああ、魔理沙か。いらっしゃい」
香霖堂の店主は今日も愛想が悪い。指摘したところで治りそうにないし、そもそもそんな気分ではなかったが。
「巫女は一緒じゃないんだね」
「昨日から神降ろしの修行だとかで、今はスキマ妖怪と一緒なんだよ」
「そうか、それじゃ魔理沙は寂しくなるな」
否定する気になれなかった。
「…なぁ、香霖」
「なんだい?」
「巫女の修行ってどれくらいかかるもんなんだ?」
「そうだなあ。修行の種類や巫女の能力にもよるだろうね。短ければ一週間ということもあるかもしれないし、複雑なものなら一年近くかかることもあるかもしれない」
「そんなに!?」
「僕も巫女から直接聞いたことは無いし憶測でしかないけどね。しかし、留守を任されたんだろう?紫やその式もいるとはいっても…神社の方は大丈夫か?」
「ああ、それはあまり問題ない。紫が期限付きでスキマを使わせてくれてるからな。遠い所に行く時はそれを使ってるから長い時間神社を空けることはしてないぜ」
「賢明だね。それで、一人暮らしはどうだい?」
「一人で暮らすこと自体はもう慣れてるからな。神社の勝手も分かってるし。不便を感じることはないぜ。ただ、」
「ただ?」
「霊夢がいる生活に慣れていたから違和感を感じることは多いな。飯をついつい二人分作っちゃったり、布団を余計に敷きそうになったり。たまに帰りが遅くなっても小言を言ってくるやつがいないのは調子が狂うぜ」
 知り合って間もないが、同じ屋根の下で寝食を共にしていた者がいなくなるとなんとなく落ち着かない。ありていに言ってしまえば、寂しいのだ。
「うーん、しかし八雲紫と一緒にいるんじゃ呼び戻すわけにもいかないしなあ…。」
「まぁ、一人暮らしに戻っただけだ。気ままにやるさ。じゃあな!」
 これ以上話していても香霖を困らせるだけだと思ったので、ふらりと店を出た。今までであれば、腹が減ったと催促する霊夢に昼飯を作ってやる時間だったが、今は私一人だからその必要もない。
「…研究でも、するか」
 時間はたっぷりあったが、無性に神社に帰りたくなった。

*********
*********
「ごきげんよう、霊夢。調子はどうかしら?」
「見ればわかるでしょ…何も降りてきてないわよ」
声のする方を一瞥もせずに、額の汗を拭った。
「あら残念。でも、修行を始めた時よりはずっと良いわ。成功も近いはずよ」
「…そう」
自分ではよく分からないけど、先代の巫女たちにも修行をつけていた紫が言うのだから、おそらくそうなのだろう。
「今回はずいぶん根を詰めているのね。修行嫌いな霊夢ちゃんはどこに行ったのかしら?」
「早く帰りたいだけよ」
「魔理沙に会いたい?」
 ついこの間まで毎日呼んでいた名前を、久しぶりに聞いた。二カッと笑う顔が思い浮かんで…危うく集中力が切れそうになった。
「別に。面倒だから早く片付けたいだけ…それに、私がいなくたってあいつは何とも思わないだろうし」
 意識したわけではなかったが、つっけんどんな口調になった。
「ふふ…魔理沙が寄り道してたから拗ねてるのね?」
「!?何言ってんのよ!」
「私が修行のことを話した日、あなたはそれをすぐにでも魔理沙に話したかった。だけど、なかなか帰ってこないものだから痺れを切らして探しに行った…」
「違う!」
努めて険しい顔をして睨みつけたが、紫は笑みを強めただけだった。
「はいはい、そういうことにしておいてあげるわ」
「ちょっと!」
「じゃ、引き続き頑張ってちょうだい。お腹が空いたら藍に頼んで何か作ってもらうのよ?」
「…ん」
私が適当に返事をしたのを見届けて、紫は消えていった。
実際、紫の言うとおりだった。魔理沙に修行のことを教えたらなんと言うか。
驚くか。質問攻めにしてくるか。反応はだいたい想像できたけど、そのときの私は一刻も早く魔理沙に話したかった。…なのに、あいつときたら香霖堂の主人のところで油を売っていて。
ほんの少し、腹が立った。
 そして、長々とへそを曲げていたら謝るタイミングを逃し、修行に入ってしまったのだった。
「どうしてるかな」
いざ離れてみると、そればかりが気になる。修行に入らなかったら、次の日の朝には二人ともけろっとして、一緒に朝ごはんを食べていただろう。
「魔理沙のご飯、食べたいな…」
 何気なく呟いてみたら、本当に食べたくなってきた。
 おいしくないから茸は要らないって言ってるのに無理やり食べさせようとして。それでも、頑なに嫌がったら、私が残した茸をしょんぼりしながら自分で食べて…翌日は微塵切りにしてハンバーグに仕込んできた。茸が入っていることに気付かないまま私がハンバーグを平らげたら、『全部食べたな。美味いもんだろ?茸』と笑っていた。私が仕方なく頷いたら、魔理沙は心底嬉しそうにガッツポーズをしてみせた。
『食べたくなったらいつでも言えよ!また作ってやるから!』


「…よし、」
深呼吸したら、集中力が戻ってきた。
――早く帰ろう。
 修行に臨む巫女の心構えとしてはあまり良いとは言えないかもしれないが、そう思ったら出来る気がしてきた。
 
しかし、その前に。
――腹が減っては修行は出来ぬ。
「らーん!藍、いるー?」

*********
*********
「藍」
「…あぁ、紫さまですか」
突然現れた主に八雲藍が驚くことはない。慣れとは残酷なものだ。特に驚かそうとする側の者にとって。
「なんだかお疲れのようね。霊夢のこと?」
「…そうなんですよ」
 結界の監視作業だけでなく、日常生活における雑務までもほぼ全て完璧にこなす藍が疲れた顔をしているのを見て紫は俄然興味を持った。藍は瞳を怪しく輝かせている主を見て、溜め息をつきながら話し始めた。
「先ほど、霊夢に呼ばれまして。行ってみたら『お腹が空いたから何か作ってくれ』と」
「パシリ扱いね」
「紫さまが連れてきた巫女の中では桁違いに横柄な態度です。しかし、そうは言っても一応育ち盛りの子供。食事を与えないわけにもいかないので、要望を聞いて作ったんです」
「藍の料理は美味しいわよね」
「ありがとうございます…あの子はそうは思わなかったみたいですけど」
「霊夢が?」
「…ええ。言われた通りのものを作ったのですが、あまり満足してない様子でした」
「霊夢は、何か言ってた?」
「ええと、『あれが入ってない』とか、なんとか…」
「あぁ!」
 紫は笑う。
「そういうことね」
「何か心当たりが?」
藍は皆目見当のつかない様子で首をかしげている。
紫は答えない。ただ楽しそうに笑うだけだ。
「何もないわ。これは霊夢自身の問題。あなたは何も気にしなくていいの」
「はぁ…?」
 藍は腑に落ちない様子で再度紫に視線を送ったが、ついに紫が応じることはなかった。

*********
*********
「ふぁあ…げ、寝ちゃってたか」
 目を覚ますと、そこはちゃぶ台だった…もとい、ちゃぶ台に突っ伏して眠っていた、らしい。下敷きにされていた腕が痺れて力が入らない。寝る直前まで読んでいた本には涎で水たまりができていた。
「…っあーくそっ!」
 ほとんど意味がないことは分かっていたが、湿りきったページにちり紙を押し当てる。少々紙が歪んでしまったが、まぁ、何もしないよりはましだろう。腕の感覚も戻ってきたので茶でも飲もうと立ち上がった。

――お茶っぱはどこにしまったんだっけ?
 よくよく考えてみると、霊夢が修行に出かけてから茶を飲むことはなくなっていた。私にとって茶は誰かと語らう時に一緒に飲むものだから、当然と言えば当然である。喉を潤すだけなら井戸水で十分だ。
 見つからないのなら仕方がない、とお茶っぱ探しをものの数秒で諦め、私は閉めっぱなしにしていた雨戸を開けることにした。
 雨戸を開けていたら、少しだけ開いた隙間に向かって「文々。新聞です!」という声とともに新聞が投げ込まれた。確認するまでもない。ブン屋が新聞を届けに来たのだ。
 文句を言おうにも既にブン屋の姿は見えず。新聞はそのまま屑かごに叩き込んでもよかったのだが、暇を持て余していたので目を通してみることにした。
 神社の縁側に腰かけ、新聞を大きく広げる。縁側の採光は最高だ。少々眩しすぎて目がチカチカするが。
――人里で新しく開店したカフェの話に、河童の新発明(センタクキ?とかなんとか)。あとは、妖怪の山のゴシップ。
――大した事件がない、ってことか。
「つまらんなぁ」
「あら、まだ寝るの?」
「~~~~~~っなぁ!?」
 寝転がろうとした瞬間、驚いて飛び起きた。決して私がビビりなわけじゃない。誰もいないと思っていたところで自分以外の声がすれば、誰だって驚くはずだ。
 顔をあげた私の視界に飛び込んできたのは、
真っ赤な巫女服、白い袖。さらさらの黒い髪に、少し赤みがかった黒い瞳。
 どこからどう見ても、紛うかたなき博麗霊夢だった。
 眉間にしわが寄り、少し疲れた様子だったが、目が合うとふっと相好を崩した。
「修行は終わったのか?」
「うん。紫が合格点をくれるまで中々大変だったけど、どうにか」
「そっか」
霊夢はふわりと浮いて、縁側に腰掛ける。
「おいおい、玄関から入れよ」
「開いてなかったからわざわざこっちに回ったのよ」
「あ。…悪い」
「留守番失格。ちゃんと仕事しなさいよ」
 言葉と裏腹に霊夢の表情は柔らかく、話しているとなんだか安心する。
「…あんた、なんか埃っぽい匂いがする。」
「これは本の匂いだぜ。ずっと読んでるから匂いが移ったんだろ」
「ふうん…」
「あー、でもそろそろ洗濯するかな。一人分しか洗濯ものがないと思うとつい洗濯ものを溜めちまう」
「だらしないわね」
「そう言うなって。忙しかったんだよ」
「忙しい人は縁側で昼寝なんてしないわよ?」
くすくす笑いながら寄りかかってきた。それだけではない。さらに体勢を崩して私の膝を枕にして寝転んできた。
「んだよ、もう」
「ふふ、やっぱり魔理沙、埃っぽい」
「なんだと「でも、」
霊夢は寝転がったまま身体を少し捻り、顔を上げた。…あまり膝の上で動かないで欲しい。くすぐったくてたまらないのだ。
「なんかほっとする」
「…そうか」
 実のところ、私もほっとしていた。ぽっかりと開いていた穴が埋まったような安心感。

やっと帰ってきたのだ。

「ね、」
「んー?」
「あんたも、ほっとした?」
「さあな。まあ、これで退屈しなくなりそうだとは思ってるぜ」
「なにそれ?」
「そのまんまの意味。また騒がしくなるなってことだよ」
「うるさいのはあんたでしょ!」
「お前だってうるさい時はうるさいぜ?」
「なんですって!?」
しかめっ面で十秒ほど見つめあった後、堪え切れなくなって同時に噴き出した。何が面白いのか自分でも分からないけど、笑いが込み上げて来てしまったのだから仕方ない。

「ははは…あー苦し。ね、魔理沙」
「何だよ?」
「お腹空いちゃった。何か作ってよ」
「おう、いいぜ。何が食べたい?」
「ハンバーグ」
「了解。美味しいの作ってやるから待ってろよ!」
 ニヤリと笑って台所へ向かう。ようやく帰ってきた腹ペコ巫女に魔理沙特製きのこづくしハンバーグを振舞ってやろう。
 今日は二人分だ。張り切って作ってやろうじゃないか!
最後までご覧いただきありがとうございました。
甘食
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.630簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
微笑ましくとても良かったです
4.70名前が無い程度の能力削除
少々……か?
ほのぼのしてていいけど
5.100名前が正体不明である程度の能力削除
なるほど。こういう可能性もあるんだね。
7.100心は紅削除
好きです・・・こういうお話。
11.70名前が無い程度の能力削除
賑やかなのはどちらになるんでしょうか。温かい日常を予感させる素敵なお話でした
折角登場させた先代の巫女に、思い出以上のものがなかったのは少しもったいなかったかな、と感じました