Coolier - 新生・東方創想話

咲夜の愛

2012/01/24 00:31:00
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悪魔の館紅魔館。
外装は紅く彩られ、館の主であるスカーレットを表現している。
およそ幻想郷で最大の館は、幻想郷屈指の勢力である。
館の主は500年以上も生きているであろう小さな少女。
外見から見るととても可愛らしく、とてもじゃないが一つの勢力をまとめてるとは思えない。
しかし、そのカリスマ性、威厳から館の主として君臨しているのである。
そのカリスマ性から、忠誠を誓う者も少なくない。


十六夜咲夜もその一人である。



紅魔館は立派な門を構えており、そこには紅美鈴が今日も居眠りしながら平常運転で門番をしていた。

その様子を見て洗濯物を干していた咲夜は溜息をつき、ナイフを一瞬で手元に持ち、美鈴に向かって投げた。

ナイフは寸分も狂わずに美鈴のこめかみに向かってヒュンッと音を立て空気を裂き、そして美鈴のこめかみに刺さった―――――




かに思われたが、美鈴も妖怪である。瞬時に目覚め、こめかみに触れるまで5mmの所で人差し指と中指で刃を挟んだ。

「何するんですか!咲夜さん!居眠り中にナイフ投げるなんて!」

「見事な白刃取りね、尊敬しますわ」

「白刃取りはちょっと違う気がしますけど…」

「黙りなさい、貴方どういう立場か分かってるの?」

「分かってますって、だから居眠りしてるんですよ」

「ごめんなさい、日本語をしゃべって頂戴」

「ちょっとちゃんと聞いてくださいよ!理由はあるんですから」

「どんな言い訳なのかしら楽しみね」

「ちょちょっと!私が居眠りしてるのは相手を油断させてるからです!
 油断してるところを攻撃するんですよ!
 ほら、さっきナイフ取ったときみたいにすぐ起きれますし」

「へぇ、そんな完璧な作戦なのに、魔理沙は通しちゃうのね」

「そ、それは、魔理沙が門ごとぶっ飛ばすからですよ!」

「ほとんどの侵入者は魔理沙なのに、その魔理沙に効かないなんて、無能な作戦ね」

「うわぁぁ咲夜さんがいじめるぅぅ」

「うるさい、いい加減にしないと損害分を請求するわよ」

「えぇっと、大体幾ら分ですかねぇ...?」

「そうねぇ、門の修理29回分、窓ガラス54枚分、パチュリー様の本143冊、紅茶198杯分、茶菓子119食分
 私のストレス300殺分、100年分のただ働きをしないとダメね」

「そ、そんなに損害があるんですか!というか
 所々可笑しいところがあるんですが!何ですか咲夜さんのストレス300殺分って!本じゃあるまいし」

「いいえ、その”冊”じゃなくて殺る方の”殺”よ
 ストレスを全て解消するためには美鈴を300回殺さないといけないと言う意味よ」

「何ですかそれ!私の命は咲夜さんのストレスにも劣るんですか!」

「寧ろその命が私のストレスを解消させる為に役立つことを誇りに思いなさい」

「嫌ですよそんな誇り!あ、でも咲夜さんの為に死ぬのは嫌じゃないかもです」

「はぁ…救いようが無い子ね哀れだわ」

「ところで、咲夜さんは仕事の途中じゃないんですか?
 今ここで話をしていることはサボっている事になりますよね、人の事言えないんじゃないですか~?」

「美鈴への説教は業務の内よ、お嬢様公認のね。
 全く何でお嬢様はこの子を門番として置いてるのか不思議だわ」

「人をダメな子みたいに言わないでください、これでもやるときはやるんですから」

「ダメな子じゃなかったら何なのよ」

「ドジッ子です」
「却下よ」

「早い!山の天狗をも凌駕する早さ!」

「ドジっ子ねぇ、確かに認めても良いかもね」

「ですよね、だから今回もドジやっちゃいましたてへっ」

「そうね、そのまま人生もドジれば良いのに」

「どういう事ですかそれ!死ねってか!死ねって言いたいんですか!?」

「あら、はっきりそう言ったつもりなんだけど耳も死んでいるのかしら」

「咲夜さんからは、本当に愛が感じられないです…」

「私は仕事一筋の女よ、愛なんか要らないわ」

「クールですね、でも恋愛位したことはあるでしょう?」

「ないわね。恋愛なんて興味がないわ、心が乱れるだけだわ」

「相当ですね…確かにナイフみたいな人ですもんね」

「それは失礼ね、恋愛以外の愛は人並みにあるし、人は傷つけないもの」

「さっきから私の心は傷ついてるんですが」

「貴方は例外よ喜びなさい」

「喜んで良いような良くないような…複雑な気分です…」

「じゃぁ、私はお買い物もあるからそろそろ戻るわね
 今度居眠りしたら分かってるわね」

「はぃ…分かりました…」




美鈴と他愛の無い会話をし、咲夜は仕事へと戻った。
一見、愛無いの内容に見える会話だが、咲夜にとってこういう会話は楽しいのだ。
短い時間でも、日々のストレスなどを解消してくれる。


私はこれでも私と仲良くしてくれる貴方に感謝してるのよ。




昼食を済ませ、咲夜は人里へ買い物へ行っていた。
紅魔館には、ある程度の食材は倉庫に保存してあるのだが、それでも足りない食材があったりするので
こうして度々人里へと食材を買いに行くのである。


「えぇっと、これを6つとそれを9つ下さいな」

「どうぞっお嬢ちゃん!これはオマケだ!
 いつも買い物に来てもらってるからね」

「ありがとうございます。では」

「おうっまたなお嬢ちゃん!」


こんなに卵貰っちゃった。帰ってホットケーキでも美鈴と食べようかしら、パンケーキもいいかも。

砂糖を控えめにして、甘いミルクティーと一緒に食べれば美味しいわね。

と、ご機嫌で歩いてると背中に違和感を感じた。

背中から強烈な気配!いやこれは何かの力!?

とにかく何か恐ろしいものを感じる!


あまりの緊張で冷や汗が頬を撫でる。
そして、彼女が恐る恐る後ろを振り向くと


「おねぇさん!落し物だよ!」


そこにはおそらく8,9歳位の子供が咲夜の財布を手に握り立っていた。
その子供は短髪の男の子で、とても元気がよかった。
とてもこの気配がこの子のものだとは思えない。
彼女は思わず動揺して、たじろいでしまった。


「あ、ありがとう」

「どうしたのおねぇさん?顔色悪いよ」

「だ、大丈夫よ、財布が無くて困ってたの」

「はい!どーぞ!」

「ありがとう…」

「それじゃぁね!おねぇさん!」


少年が走って行った後も、彼女はその場をしばらく動けずにいた。
足が震えているのだ。それ程、感じた気配は恐ろしいものであったのだ。

何だったのかしら、あの気配は。

あの子のものとは思えないし…

気のせい…ではないわね…

異変だったら霊夢や魔理沙が解決してくれるから、私が手を出す必要なないわね



少し考えた後、彼女は歩みを再開し、買い物を続けた。





人里で一通りの買い物を済ませたあとに、香霖堂へと向かった。
香霖堂には人里では中々手に入らないものがある。
基本食事は洋風なので人里では手に入らないものもある。
だから、咲夜は香霖堂の常連客である。
戸を叩き香霖堂に入るとそこには―――


「あら、霊夢と魔理沙じゃない」

「よぉ、咲夜」

「咲夜、ちょうど良かったわ
 貴方よく人里へいくでしょう、はいこれ」


そう言った霊夢の手には、御札が五枚あった。
咲夜はこれを受け取って、釈然としない様子で御札を見つめた。


「…これは?」

「見ての通り、御札よ」

「どうして、私に?」

「慧音が最近人里に妙な気配を感じると伝えてきてな
 これは人里へ行く実力者に渡せって紫がな」

「で、これはどういう使い方をすればいいのかしら?」

「紫が言うにはおそらく妖怪に似た何かが原因らしいわ
 まだその何かが見つかっていないから
 もし、人里で暴れ出したら、これを貼って抑え込んで欲しいって」

「普通にねじ伏せるのではなくて?」

「一応だぜ、その気配ってのは恐ろしく黒いものらしい
 単純な実力では、私や霊夢よりかなり強力かもしれないってな」


八雲紫―――。

この人物が動くということは、この案件は幻想郷に危害が及ぶ可能性があるということを意味する。

異変に近いものかしら。どっちにしろ注意は必要ね。


「黒い気配ねぇ…」

「心当たりはある?」

「さっき人里へ行ったとき、ゾッとする気配は感じたわ。ほんの一瞬だけれども」

「本当か!?どこからだ!」

「さぁ、そこまではわからなかったわ」


正直に言えば、それを感じた時、近くにいたのはあの少年だった。

でも、あの少年と気配では全く正反対の気質だ。有り得ない。

確証がない今、言うのは止めて置こう。


「分かったわ。そう言えば咲夜ってよくここに来るの?」

「ええ、他では売ってない商品があるもの」

「へぇ、で、今日は何を買っていくんだ?」

「バニラエッセンスよ」

「何それ、横文字はよく分からないわ」

「まぁ、外の世界の物だから知らないもの無理ないわね
 バニラアイスなどのデザートに使うものよ
 あら…そういえば店主が居ないわね」

「香霖ならどこか出かけたぞ。まぁ、また道具を収拾してるんだろうけど」

「ふぅん、ならバニラエッセンスは持っていくから、お金はまた今度払うと店主に伝えて置いて」

「店にお金を置いていけばいいじゃない。私たちがいるんだし」

「貴方たちだから置いていかないのよ。特に魔理沙」

「いくらなんでも、人のお金を盗ったりはしないぜ」

「寝言は寝てから言いなさい。あと、いい加減本を盗るのを止めなさい。
 紅魔館で働いて貰うわよ」

「死んだら返すって言ってるだろ。私は嘘はつかないんだぜ」

「早く死ねばいいのに」

「愛のないツッコミだな
 そんな事言っても、私は死にましぇん!」

「プロポーズでもするのかアンタは」

「いいや!私は誰のものでもない束縛されない女だぜ!」

「そうね、脳味噌が頭から自由に飛び出してるようにしか思えない行動ばかりしてるものね」

「それは帽子の中が気持ち悪いな…」

「もしかしたら、アンタは常に脊髄反射で行動してるのかもね」

「ぐっそこまで言うかよお前ら!私にだってプライドってもんがあるんだぜ!」

「ほうほう、じゃぁ貴方がちゃんと清楚な少女らしく振る舞えるのか見せてもらおうかしら」

「分かったよ!やってやるよ!」

「今からやってみせなさいよ」


「よし!行くぞ!」





 オ、オホホホ、アナタタチ、キョウモイイテンキデスワネ





「何か怖いわね」

「うん、何かぞっとするわ」

「お前ら!ここまでやらせておいてそれは酷いぞ!
 クソッ!こうなったらアリスに清楚少女としての振る舞い方を教わりに行ってやる!
 今度見せてやるからな!覚えとけよ!お前ら!」


捨て台詞を残して魔理沙は店の入口に掛けてあった箒を乱暴に取り、猛スピードで魔法の森の方向へ飛んでいった。


「行っちゃったわね」

「そうね、私も用を済ませた訳だし、もう帰るわね」

バニラエッセンスを買い物袋に入れ、入口を開けて帰ろうとすると霊夢が呼び止めた。

「咲夜」

「何かしら?」

「今回のは、気を付けておいたほうが良いわよ」

「分かってるわ、十分ね」

「なら良いわ」

「霊夢はどうするの?」

「私はしばらくできるだけ人里へ赴くようにするわ」

「貴方は勘が良いから早めに解決しそうね、それじゃあ」


そう言って、香霖堂を出た。


分かってる。

それは私自身が体験したから。

身をもって体感したから。

もし、気配のままの実力であったとしたら、勝てるかどうかは分からない。

勝ったとしても、確実に傷なしでは済まない。

そのためにこの御札がある、八雲紫がわざわざ配っているのである。

でも、一つ気がかりなのは、あの少年。

本当にあの少年が気配の元ではないのか。

妖怪にも人間に寄生するのも少なからずいる。

やはり、今回も妖怪なのかしら。

どちらにしろ、今は手が出せないわね。










――――二週間後―――――









咲夜はいつも通りに業務をこなし、人里へと買い物へ出かけていた。



「はい、どうぞお嬢ちゃん」

食材を受け取り、振り向くとふと、あの少年が見えた。
何か困った様子で、キョロキョロと辺りを見回していた。
その顔は、この前の元気な様子とは違って、涙目でとても暗い表情をしていた。

「お嬢ちゃん、あの子が気になるのかい」

「えぇ、ちょっと落し物を届けてくれまして」

「あの子は父親が病死してしまってね、母親と二人暮らしなんだよ」

「母親が近くに居ないって事は迷子かしら?」


あの子が困っているのなら、今度は私が助けるべきね。

それに、あの件も確かめたいし。



咲夜は、少年へと近づき

「坊や、どうしたの?」

咲夜の呼び掛けに気づいた少年は、暗く小さな声で

「この前のおねぇさん…
 薬屋を探していたら、ここがどこか分からなくなって…」

「分かったわ、私が薬屋まで案内してあげるわ」

「ありがとう…おねぇさん…」

少年は頷くと、少し元気を取り戻した。

「さぁ、行きましょう」


咲夜は薬屋の方角へ歩きだした。
少年はそのあとをついて行った。
目的地は永遠亭。
人里にも薬屋はあるのだけれど、永遠亭の方が患者にあった薬を提供してくれるからだ。


「薬が必要ということは、誰かが病気なの?」

「うん…お母さんが二週間位前から体調が悪いんだ」

「お母さんは今どういう様子?」

「すっと家で寝込んでて、咳きもたくさんしてて
 前よりずっと痩せてるんだ…
 もうあんな苦しそうなお母さんは見たくないよ…っ」

少年は、泣きながら声をかすらせて言った。

「大丈夫よ。永遠亭に行けばきっとお母さんを良くする薬を貰えるわ」

「…っ…うん…」

しかし、咲夜は内心不安を覚えていた。


間違いない、この気配はこの子から出ているもの。

でも、何が原因なのかしら。

妖怪より黒いわ、この気配。

正直この場に居るだけでも恐ろしい。


しばらく無言で歩いていると、永遠亭が見えた。









「で、どういう症状なのかしら」

白衣を身に纏った永琳は紙とペンを持ちながら、咲夜と少年を見つめていた。
少年はかすかな声で

「あの…二週間前からお母さんが体調悪くなってて…」

彼女はそれだけ聞いてさっさと診察を終えた。

「成程、分かったわ。薬を出すわね」


咲夜は訝しげに彼女を見た。

彼女はその視線に気が付き、首を振った。


咲夜と少年が診察室から出ようとしたとき、彼女は咲夜だけに聞こえるよう小さな声で


「あの子…危ないわ。私では無理だわ、貴方が救ってあげて」


咲夜は彼女が言った言葉の意味を察すると


「ええ」


と小さく言った。


彼女が言った意味。

それは少年が間違いなく何か悪いものが憑いていて、それはいつ出てくるか分からないということだった。

それは永遠亭を破壊してしまう程の力を持っていて、もしあの場で戦闘が起これば住民はおろか患者までをも危険に晒してしまう。

咲夜はそれを理解していた。


今すぐにでも、やらなければならない。

それはもう体感で分かる。

確実にやるためには霊夢と魔理沙を呼ばなければならない。

家まで送り届けたらすぐに霊夢と魔理沙を呼びに行こう。


焦燥感と恐怖で、汗が体中から出る。

今は汗をかく季節でもないのに、嫌な汗だ。

緊張でまた無言になり、行きより速く足を進めていた。






目の前には、少し年季が入った木造の家があった。


「ここが僕の家だよ…」


そう言って、少年は玄関を開け、乱雑に靴を履き捨てすぐさま母親が寝ている部屋へと駆けていった。

咲夜も少年のあとについて行った。

すると


「おかああああぁぁさああああぁぁぁぁん!!!!!!」


耳を突くような大きな声に咲夜は一瞬怯んだが、咲夜はすぐに母親が寝ている部屋へ走った。


勢い良く扉を開けると、そこには冷たくなって動けなくなっていた母親の姿があった。

髪の毛は全て白くなっており、身体にはもう脂肪がほとんどなく皮と骨だけで、目も背けてしまいたくなるような痛々しい姿だった。

少年は母親の胸元で泣き叫んでいた。

しかし、様子がおかしい。

少年の身体を黒いオーラのようなものが包もうとしていた。


しまった!

最悪だ!ここで戦えるのは私だけ、しかもここは家の中だ!


咲夜は即座に買い物袋を床におき身構え、懐から御札を取り出した。


いや、今ならまだ間に合うかもしれない!


咲夜を御札の一枚を握りしめ、少年の背中へと貼り付けた。

少年は、さっきまでの少し高い声とは違うまるで地鳴りのような低い声で唸り声をあげた。


《ウォォォォオオオオォォオォオォォォオ!!!!!!!》


効いてる。いけるわ!

咲夜は二枚目、三枚目を貼り付けた。


《ぴjふぁfにおえあのいfなんふぃfにえんfぱあfd!!!!!!!!》


さっきより大きく声にもならないような叫びを上げた。

すると、御札は燃え一瞬のうちに炭へと化した。


嘘!…力が強大すぎる!

絶句した。


そして、みるみる黒いオーラを少年を覆いそして、完全に少年を包み込んだ。

もうそれは、少年ではなく黒いなにかだった。



何…これ

恐ろしい、怖い



感じるものが悪意悪意悪意悪意悪意悪意悪意悪意悪意悪意悪意悪意悪意!!!!!!



こんな悪意見たことないわ…


身体が震えて動けない、私だめかもしれない…






いや!少年を助けられるのは私しか居ない!

悪意に負けてはだめだ!私は偉大なる吸血鬼に遣える者!



咲夜は、自らは奮い立たせ、震えを止めた。

時を止め、体中に仕込んであるナイフで黒い悪意を囲む。

時が進み始め、ナイフが悪意に向かっていく。


《ウオオォォオオオオオオオオオオォォォオ!!!!!》


だが、悪意が叫ぶとナイフは全て弾き飛ばされた。


やっぱり正面から行ったら勝てないわ。

なにか考えないと。




咲夜が考えを巡らせていると、悪意は黒い触手を目で追うのがやっとな速さで咲夜にめがけ伸ばした。反撃。


身体を素早い動きで触手から逃れる。回避。


触手は壁に激突し壁を深く抉った。破壊。


瞬間横から第二波が来た。追撃。


これには、時を止め下に潜り込んで回避した。刹那。


そのままの動作で後ろに回り込み、ナイフを投げる。簡単に弾き飛ばされてしまう。無意味。


時を止め、ナイフを逆手で握り突っ込む。家を震わす程の咆哮によって咲夜に壁に打ち付けられた。浅はか。


力を絞り、弾幕を浴びせる。全く動じず。無力。



今のままじゃ回避する事しか出来ないわ。

能力にも限度はある、そうたくさんは使えない。

この家も長くは持たないし長期戦は不利だわ。

だけど、どうやって倒せばいいのか全く分からない。

初めて見るものだ、妖怪でも人間でもないただの"悪意"

御札も効かない、物理攻撃も効かない。


もう他に咲夜には悪意を止める術が無かった。



次々に迫りくる触手の乱れ打ちを時を止めながら回避する、それでも回避できずに当たってしまう攻撃もある。

その時に、咲夜の心の中に悪意が入り込んで心を犯してくる。

また、触手は咲夜を狙い迫り来る。




もう咲夜は体力的にも精神的にも限界であった。  

動けない咲夜にトドメを刺そうと悪意が触手を振り下ろした。





瞬間


閃光が触手の攻撃を阻止した。

閃光が放たれた方を見ると


「霊…夢…」


「全く…だから言ったじゃない…気を付けなさいって
 いいわ、後は私に任せなさい。」

「霊夢…気を付けて…」

「分かってるわ、一気に決める」

霊夢はスペルカードを取り出し力を込める。

「霊符"夢想封印"!!」

夥しい数のカラフルな光の弾が悪意に向かっていく。
光の弾は悪意に直撃し、爆発した。
衝撃波が伝わり、攻撃の凄まじさを感じる。



しかし、黒々として彼女たちより大きな体には傷一つついていなかった。



「あれだけやって何で無傷なのよ!」

動揺を隠しきれない。
だが、そんな暇を与えずに、触手は向かってくる。
霊夢は、それを飛びながら回避する。

「だから気を付けなさいって言ったじゃない…
 攻撃はおろか、御札も効かないわ」

「どういう事よ、じゃぁどうやって倒すのよ」

「分からないから、こうなってるんじゃない」


本当にどうすれば…


悪意…悪意…もしアレが悪意そのものだとしたら…


咲夜は気づいた。

悪意は心にできるもの、だったら!


「霊夢!少しだけアレの動きを止めることができかしら?」

「出来るけど…アンタその体で動けるの?」

「少しなら大丈夫よ、霊夢頼むわ」

「分かったわ、でも長く持つかは分からないわ」

「少しで十分よ」


霊夢はスペルカードをかざす。

「夢符"封魔陣"!!」

すると、悪意の下に結界が現れ動きを封じた。


咲夜は足をおぼつかせながら黒いものに近づく。

目の前に来ると、息を呑み少年を見透すように黒を見つめた。


大丈夫。私にだってちゃんとできるはず。



――――「咲夜さんからは、本当に愛が感じられないです…」――――


――――「愛のないツッコミだな」―――


確かに、私には愛を感じられないかもしれないわ。

でも、私の心にもちゃんと愛はある。




覚悟を決めた咲夜は黒い悪意をそっと抱きしめた。

そして、柔らかく慈愛に満ちた声で

「大丈夫よ受け入れてあげる。」


悪意が入ってくる。


気持ち悪い。

悲しい。

苦しい。

痛い。


しかし、その中に微かに、幽かにだが小さな温かさを感じた。

「坊や、一人で背負わなくても良いのよ
 苦しかったでしょう、悲しかったでしょう」


体が悪意に犯され傷ついていく。
もうとっくに痛覚は麻痺している。
どれだけ傷つこうと咲夜は抱きしめることを止めない。

悪意を滅するため。少年を救うために。


《ウォウォウゥオオオオオウウォ!!!!》


黒い悪意は唸り声を上げる。
確実にそれは悪意に対して効果があり、少年を包む黒いオーラは弱まっていた。


いける!

霊夢は、さらに結界に力をこめる。

悪意の中で咲夜は祈り続けた。


助けて…助けて…お母さん…


今…確かに声が!


「坊や、お母さんよ…お母さんはここに居るわよ…」


坊やが好きなお母さんの愛には勝ることは無い、それでも咲夜は坊やを母親としての愛で包む。

黒いオーラは少年がうっすら見えるまでに弱まった。


「坊や、頑張るのよ!耐えるのよ!あともう少しだから!」


咲夜の叫びに応えるように、どんどん黒いオーラが剥がれついに少年の顔が見えるほどまでになった。


「霊夢!今よ!」

「分かったわ!」


咲夜と霊夢は自分の持ってる御札全てを少年へと貼り付ける。

黒いオーラは御札に吸収されるように消えていった。


「や…った…の…ね…」


咲夜は少年を抱きながら、その場に倒れ意識は闇に落ちた。








――――数日後――――







「ん……」

咲夜は差し込める日差しに眩しさを覚えながら、目を覚ました。

目に入るのは紅く塗られた天井。窓からは美鈴が花壇の花に水をやっているのが見える。

この景色が見えるのは、間違いなく私の部屋だ。

そう確信し視線を横へと移すと,そこには偉大なる我が主"レミリア・スカーレット"がベッドの側に立っていた。

「お嬢様…うっ!」

起き上がろうとするが体中に鋭い痛みが走る。

「主を放ったらかしにして熟睡した気分はどうかしら」

声音を低くしてレミリアは咲夜に言い放つ。

「…申し訳ございません」

「冗談よ…でも、業務を放ったらかしにして遊んでる悪い子には御仕置きが必要ね」

「…はい」

「10日、10日休みなさい」

「分かりま…え?」

「だから10日休みなさいと言ってるの
 その間にケガを治して、頭を冷やしない」

「お嬢様!」

「これは罰よ、勘違いしないことね」

「はい、有難う御座います」

レミリアは優雅な歩みで部屋から出る。


廊下には友であり、この紅魔館の大図書館の主パチュリーがいた。

「貴方にしては甘やかすじゃない」

「良いのよ、あの子は頑張ったんだから
 それに、あの子表情が柔らかくなったわ」

「あの事件の中で何かあったのかしら」

「さあね、でもそれは咲夜にとってとても大切な経験になった事は言えるわ
 そう言えば、魔理沙が図書館に来てたわよ」

「全く…懲りないわね本当」

「全く…美鈴はいつになったら魔理沙の侵入を止めてくれるのか」

「一番そう思ってるのは咲夜だわ
 門や窓ガラスの修理、物凄い数よ」

「あの子も苦労者ね」

「そうね、じゃあ私は魔理沙を懲らしめてくるわ」

「私は美鈴に喝でも入れようかしら」






――――三日後――――




「咲夜さん、もう動けるようになったんですか?」

「ええ、まだ完全には治ってないけどね」

「今日はどこかに出掛けるんですか?」

「ちょっと私事でね、門番頼んだわよ」

「はい!お嬢様にこっぴどくやられましたから今日はちゃんとやります!」

「それがずっと続けば良いけどね」

「…大丈夫ですよ、そうしないと後でどうなるか分かりませんから」

「じゃぁ行ってくるわ」

「行ってらっしゃい、お気を付けて」


咲夜さん、笑顔が素敵になりましたね。

咲夜の後ろ姿を見ながら美鈴は一人思った。







昨日私の部屋に来た八雲紫によると、今回の原因であの黒い悪意は人間の悪意らしい。

本来人間の悪意は悪意を向けられた人、向けた人が発散・消化するものだが、

少年は悪意を寄せやすい体質であり、他人の悪意を長年溜め続けていたのだ。

少年は子供の純粋さで悪意には押しつぶされなかった。

母親も何とか悪意には押しつぶされないでいたが、少年の中に溜まり続ける悪意についには負けてしまったのだ。

そして、母親は死んでしまった。

不幸なことにもそれがきっかけとなり少年の中に溜まりに溜まった悪意が放出し、黒いオーラとなって少年を包んだのだ。 
 
そして、悪意の唯一の弱点、それが愛だった。私はそれに気づくことができ、少年を救うことが出来たのだ。

今、少年は今里親が見つかるまで慧音の家に居させてもらうらしい。


ドンドン

咲夜は目の前にある戸を叩く。

しばらくした後、戸奥に影が見えた。

「今、開けるぞ」

戸が開けられた中から出てきたのは慧音だった。

「おお咲夜だったか。よく来たな
 傷はもう癒えてるのか?」

「完全とは言えないけど大体ね」

「あの子なら縁側に居るぞ
 まぁ入ってくれ」

「ええ、おじゃまさせてもらうわ」

咲夜は靴を脱ぎ、きっちり揃えて玄関に置き、二人はそのまま縁側に向かった。


あの子大丈夫かしら。

いや、母を亡くしてしまったもの大丈夫なはずがないわ。


少年は縁側に座っていた。
その顔には笑顔はなく、俯き、陰を落としていた。

やがて、咲夜に気づくと

「おねぇさん…」

と力ない声を出した。

咲夜は、あの時と同じ優しく慈愛に満ち溢れた顔を見せ、優しく抱きしめた。


「坊や…」


「…お母…さん…」



私は少年の母親ではない。母親の愛に勝ることはない。

だから、こうする事しか出来ない。

でも、だから、これが、これこそが愛なのだと思う。

誰の愛でもなく私の愛。

これが愛。








やがて、少年は泣き出し、目が腫れるまで泣き止まかった。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
自身二作目にして初めての中編(?)です。
まだまだ他の作者さんには到底及びませんが、作品を通して文章力を鍛えていきたいです。
指摘も遠慮なく下さい。
ブラックホールの月
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コメント



0.340簡易評価
6.70コチドリ削除
一つ断りを入れておきます。逃げを打つ、ともいう。
以下に述べる指摘はあくまでも俺個人の主観であり、鵜呑みにする必要は全くありません。
取捨選択は作者様に委ねられており、例えば貴方が我が道を突き進んだ結果、とても味のある物語を創作する可能性も否定できない。
気楽に目を通して下さい、というにはちょっと辛い感想かもしれないですが、それでもよろしければ。

まずは作品全体の感想。
普段は冷たい印象のある十六夜咲夜ではあるが、心の奥底には誰にも負けない愛が一杯詰まっているのだ。
こんな感じのお話だと自分は解釈しました。良いっすね、王道は大好きさ。
ならば咲夜が愛によって少年から悪意を解き放つシーンに感動したか? と問われると、ちょっと首を傾げてしまうかな。
唐突な印象、説得力の不足をまず感じてしまうというか。
少年との交流が足りない気がする。咲夜の母性本能を刺激するエピソードをもっと描いて下さればありがたかったです。
冒頭における美鈴との会話でちらりと覗く優しさ、みたいな描写を積み重ねるのも良いかもしれません。

細かい突っ込みいきます。
詳しい病状を聞かないうちに八歳程度の少年を連れて行けるほど永遠亭は気軽な場所にあるとは思えません。
悪意との戦闘。いつのまにか室内戦という条件が忘れ去られている気がしました。
『てにをは』に若干の不安定さを感じます。
同じような表現を繰り返す文章がちらほらと。


ここから全力でフォロータイム。
二作目、というのが投稿か執筆回数なのかはわかりませんが、どちらにしても上々の出来だと思いますよ。
物語を一つ仕上げて創想話に投稿する。凄いことだと俺は思う。
なによりも、駄文(俺のことね)とはいえ長々とコメントしようとする気になるほどの一生懸命さを作品から感じた。
その印象は錯覚かもしれないけれど、俺の中では確かに真実なのだ。

次作品も読む、とは確約できませんが執筆頑張って。応援しています。
7.無評価コチドリ削除
参考程度に

>一見、愛無いの内容に見える会話だが、咲夜にとってこういう会話は楽しいのだ →愛の無い内容?
>まぁ、外の世界の物だから知らないもの無理ないわね →知らないのも
>食材を受け取り、振り向くとふと、あの少年が見えた →ふと振り向くと、が自然かと
>そこには冷たくなって動けなくなっていた母親の姿があった →亡くなっていることを表現するならば、
 冷たくなって動〝か〟なくなっていた、の方が自然かもです
>悪意に負けてはだめだ!私は偉大なる吸血鬼に遣える者 →仕える者
>咲夜は足をおぼつかせながら黒いものに近づく →おぼつかな・い 【覚束無い】で一つの形容詞、
 〝咲夜はおぼつかない足取りで〟〝咲夜は足をふらつかせながらも〟とかなら納得
>さあね、でもそれは咲夜にとってとても大切な経験になった事は言えるわ →少し違和感が
 〝大切な経験になった、とは言えるわ〟〝大切な経験になった事は間違いないわ〟など如何でしょう
>昨日私の部屋に来た八雲紫によると、今回の原因であの黒い悪意は人間の悪意らしい →今回の原因であるあの黒い悪意は
>今、少年は今里親が見つかるまで慧音の家に居させてもらうらしい →どちらかの〝今〟は削ってもよろしいかと
9.無評価名前が無い程度の能力削除
御愁傷様です。なんせ彼に目を掛けられた時点で「お前の作品は香ばしい」と言われてるようなものですから。
15.100名前が無い程度の能力削除
いいと思いますよ。作者さんの次回作は凄い楽しみ。
今は期待も込めて100点だけど、次は作品の完成度含めて150点くらい入れてみたい。
17.100名前が正体不明である程度の能力削除
次も期待して…
19.無評価名前が無い程度の能力削除
なんとなく言いたいことは分かるが、面白くはないし、感動するところもないな。どこぞの少年がどうなろうと盛り上がりに欠ける。永琳が匙投げたにしてはしょぼすぎる上に、まず少年を助ける理由があるとも感じない。
20.80名前が無い程度の能力削除
今後に期待!