「今日で世界が滅ぶとしたら何をする!」
昼過ぎの博麗神社。霧雨魔理沙は、いきなり立ち上り、そう切り出した。先ほどまで、お茶請けの羊羹について話していた筈なのに。しかし、彼女の話しが急に飛ぶのは、いつもの事である。
ここにいるのは、私アリス・マーガトロイドを含め4人。1人はもちろん霧雨魔理沙だ。他の二人は、この神社の持ち主である博麗霊夢と、別の神社の風祝兼巫女である東風谷早苗である。そして、みんなが魔理沙を見上げている。 テーブルを置いて、魔理沙の両隣に座っている私と早苗は、首に疲労を蓄積しながら見上げているが、唯一、霊夢だけは魔理沙の正面なので、軽く顎と目を上げる程度で済んでいる。ちなみに、何かの用事があるので集まったわけではない。自然と、予定調和の様に集まり、今日と言う日の午後をくつろいでいるのだ。
「なぁ、誰か返事位してくれよ…」
先ほどの質問に誰も反応しなかった為、魔理沙がしょげている。そして、そのまま元の場所に腰を下ろした。
「嫌よ、面倒くさい。どうせくだらない事にしかならないわ」
霊夢が羊かんを頬張りながら、だらしなく机に肘をつけ怠そうに応える。ちなみに、この羊かんは早苗が持ってきた物らしい。
「おいおい、そりゃないぜ。いくら何でもそれくらいの元気はあるだろ。現に糖分を摂取しているところじゃないか、霊夢。そんなんじゃ、ぶくぶく太って飛べなくなっちまうぜ?それに日常的にありふれた、到る所で行われているただの会話だろ。面倒なことあるもんか。と言うことで答えて貰おうかな。じゃあ、早苗から」
「え!?私からですか!?」
突然に話しを振られ、早苗は驚きを隠せない顔をしている。彼女はまだ、魔理沙との会話のこのテンポに慣れていないらしい。しかし、今回は仕方がないだろう。そこそこの付き合いがある私ですら、まさか早苗に飛ぶとは思ってもいなかったのだから。しかし、早苗の姿勢は驚愕で体が揺れようとも、ピンと背筋は伸ばされたままで、まさに背中に針金でも差し込まれているかのようである。とてもいい姿勢だ。彼女がそれなりの作法を身に付けている事が伺える。それは、神社の跡取りだからだろうか。恐らくはそうなのだろう。しかし、その直線的な背筋と引き替えに、胸部は前へと突き出されてしまっている。それが気になってしまうのは、醜い嫉妬か単純な羨望か。どちらにしても、礼儀から来る奥ゆかしさは帳消しだ。
「そうだぜ、お前からだ。早苗、今日で世界が滅ぶなら何して過ごす?」
「え~、は~、そうですねぇ。…ぱっと思いつく限りでは…ベタですけど、やっぱり恋人と最後を過ごしたいですかね」
「ほほう!恋人…恋人かぁ!いや、悪くない。なぁ、もうちょっと詳しく話してくれよ」
驚愕の後も、さほど動じず答える早苗。そして、その答えに魔理沙が食いついた。少し意外だけれど彼女も年頃なのか。それとも、恋の魔法を使うからなのか。どちらにしても、魔理沙が恋の話しだなんて。
「似合わないわ…」
「あ?なんだって?」
思わず考えが口をついてしまったらしく、魔理沙がこちら向いてきた。私は少し慌てたけれど、別に気にする相手でも無いことに気づき、冷静にそして素直に対処することにする。
「いやね、思ったのよ。魔理沙が恋の話しだなんて、似合わないって」
私は流し目で魔理沙を見ながら言った。別に色目を使ったわけではない。単純に、私のミステイクを悟られない為だ。割と、顔に出やすい質なので。
「確かに、アリスの言う通りね。あんたがこの中で、一番そう言った事に関係が無さそうだわ」
霊夢が笑いながら話しに入って来た。それは嘲笑に近いもので、魔理沙のプライドをくすぐっただろう。案の定、魔理沙は悔しそうな顔を浮かべている。
「私だって年頃の乙女だぜ。そういった話の一つや二つ、したって良いだろ。第一お前等だって人の事を言えるのかよ!?」
「したって良いけれど、実体験は無いのでしょ?でもきっと、乙女な魔理沙ちゃんは人の話だけで満足なのね」
吹きそうな顔で言う霊夢に、魔理沙は己の歯を噛み砕きそうな顔をしている。しかし何を言っても無駄だと思ったらしく、「ふんっ」と早苗の方に向き直った。
「邪魔が入って悪かったな。続きを聞かせてくれ」
「あっ、もういいのですか?」
やはり早苗は魔理沙との会話に慣れていないらしく、このテンポに戸惑っている様だ。それでも普通に話し始めた。
「ん~世界がどんな終わり方をするかは分からないですけど、その崩壊の瞬間を最愛の人と観るのですよ。だって綺麗
そうじゃありませんか?世界の壊れる時って。それをどこか小高い丘の上で、二人並んで座って遠くを眺めるのです。手を繋ぎながらね。そして、ほとんど会話も無く、ぼーっと過ごした後で二人同時に見つめ合うのです。そう、同時に!何かの合図があったわけでもないのに!まさに以心伝心、相思相愛ですよ!それから、お互いの愛を確認し合う二人!!「好きだよ」「好きです」って感じで!その後に軽く触れ合う程度のキスをします!後は、世界の崩壊への興味を完全に失った2人は、お互い見つめ合い続けるのです!終わりの時まで!!」
話している内に熱を帯び、興奮した早苗は自身の妄想が口に出ているだけだった。妄想演説だ。霊夢と魔理沙はその話しを笑いながら聞いている。しかし、霊夢は馬鹿にしたような笑い方、魔理沙は楽しんでいる笑い方と違いはある。
「早苗らしい考えだな。ロマンチックだが、故に現実感はないな。しかし、私は気に入った!そういう話が聞きたかったんだよ」
「魔理沙の言うとおり現実感は毛ほども無いわね、最初から最後まで早苗の妄想。そもそも、世界の崩壊ってそんなに幻想的な物では無いと思うわよ。普通に地割れや噴火とかで、眺める余裕なんかないでしょ。それに、正直に言って、最後の最後に軽い口付けで満足する男なんているのかしらね」
霊夢がチャチャを入れてきた。それに早苗はムっとし、唇を尖らせる。
「いますよ!ていうか、見つけます。キス以上を平気で望む男性なんて…早苗はそんな人とは付き合いたくありません。はぁ…なんて言うか、霊夢さんは現実的すぎますよ。幻想郷の巫女だとは、とても思えません」
「別に私の人間性とこの郷には、何の因果関係も無いわよ。それに人間、いつまでも夢見る乙女じゃいられないわ。コウノトリは卵を生んで、キャベツ畑は収穫待ちよ。蛙の子は蛙でしょ?」
「その口振りだと、霊夢はさぞかし経験豊富なのかしら?」
霊夢があまりにも得意そうに話すものだから、私はついつい揶揄ってしまった。しかし、私は知っている。この中で霊夢が一番、男に興味がない事を。そもそも彼女は、生まれてからかつて、そしてこれから、恋をすることがあるのだろうか。きっと、博麗の巫女として、後継ぎを作らなければならないだろうから、結婚はするのだろうけれど。口には出さないが、正直に言うと霊夢が最も恋とは無縁に思える。結婚はする、されど恋はせず。
「そんなもん無いわよ。あくまでも想像。でも、正解なはずよ」
やはり、あくまで当てずっぽうの様だ。それにしても、魔理沙と違い、こうもあっさり認めるところ、やはり霊夢だ。こういう点も彼女に恋が似合わない要因なのだろう。
「霊夢はこれだから困るぜ。リアリストの鏡だな。そんなお前はどうなんだよ。今日世界が滅ぶとしたら何をする?」
「私も困るわ、そんな質問されても」
霊夢は自分の皿の最後の羊かんを頬張ると、それをゆっくりと味わい始めた。そして最後にお茶を啜り、怠そうに魔理沙を見つめる。
「おそらく、いやしっかりと考えて無いからかもしれないけど、多分、私は変わらないわ。いつも通りよ。朝起きたら顔洗って、朝食を取って境内の掃除。お昼を食べたら今みたいにだらだらするわ。そうね、最後の宴会くらいならしても良いけれど、しないならそれで構わないわ。いつも通り」
霊夢の言葉が、ただの返答を面倒くさがっているだけでも、斜に構えているわけでも無いことは、私は分かっていた。恐らく、他の二人もそう思っているはずだ。彼女がこう言うからには、本当にこうなのだろうという事を。言わなくとも、何となくそんな気はしていた。霊夢が世界の崩壊如きで人が変わる所など、想像できないからだ。彼女の中には、彼女しかいない。これほど太い鉄の様な芯を持った少女が、ふわふわと空を飛ぶのだ。これだから、幻想郷は面白い。
しかし、魔理沙は霊夢の考えが理解できないのか、訝しげな表情をしている。それに気付いた霊夢はまたもやあの表情、揶揄う様な笑みをした。
「早苗みたいに笑える回答じゃなくて悪かったわね」
「ちょっ!?笑えるとか言わないで下さいよ!」
てっきり魔理沙を揶揄うのだと思えば、標的は早苗だった。揶揄われた本人は、いきなり自分がターゲットにされた事と、先ほどの自分の回答が恥ずかしいものと指摘された事で、挙動がおかしくなっている。どことなく顔も赤い。まさに穴があったらと言った様子だ。
「まぁまぁ、落ち着け。私は早苗の考えは嫌いじゃないぜ?逆に、霊夢の方がつまらん。まぁ、霊夢らしいとは思うけ
れど、私には思っても絶対に実行しない答えだな。そもそも思いつかんだろうな。いいや、事実しなかった。だからこそ斬新で面白いかのか?」
魔理沙が「ん~」と唸っている。自分の言った事で悩むとは、何とも言い難い。
「やっぱり、霊夢の考えは理解出来ないな。だって最後だぜ?何かしなきゃ損だろ」
「まぁ、あなたはそうでしょうね。でも、私は違うわ。全然違う。まったく違う。最後だからって何かするのは、それだけ毎日を大切に生きていない証拠じゃないかしら」
「いや!私は毎日を全力だぜ!」とすぐさま否定する魔理沙。私としても、霊夢の意見には賛成出来ないが、これは霊夢が誰よりも異才で異質だという証拠なのだろうか。
それにしても、ロマンチストな外の巫女とリアリストな幻想郷の巫女。早苗と霊夢は、まさに対照的と言えるかもしれない。いや、実際にそうなのだろう。私は、外の世界に出たことがないので、書物や人から聞いた話でしか知らない。しかし、早苗を見る分、よっぽど外の世界は幻想に飢えているのではないだろうか。夢や理想、ロマンを求め続けなければ、自分を満たせない程に。それはそれで、物事の本質や無駄の無い結果、強いては真理に迫れるようで、私には羨ましく思える。
「まぁ、他人の考えはどこまでも他人。これ以上の言い合いはナンセンスだな。じゃあ、次にアリス。お前は今日で世界が終わるとしたら何をするんだ?」
魔理沙が話題を変え、次に私が指名された。順番的にそろそろだろうと思い、回答を考えていたので困りはしない。しかし、普通に話したのではつまらない。ここは少し比喩的に話そう。私にだって、それぐらいのユーモアはある。
「そうね。私は、時間を早めるわ」
…沈黙。本当に時間が止まってしまったかの様な沈黙。3人はキョトンとしている。霊夢に至ってはしかめっ面だ。流石に伝わらなかったからしい。慌てて私は補足をした。
「じ、時間と言っても、どこかのメイド長みたいに世界の時間をっていう話じゃないわよ?私自身の時間を早めるの」
しかし、それでも場の空気は変わらず、どこか不可解な雰囲気のままだ。どこからともなく「頭に蛆でもわいた?」という声が聞こえてきそうな。どうやら私は、やってしまったらしい…。
「アリス、お前そんなことも出来るのか?なんて魔法だよ。今度教えろ。ていうか、最後に老婆になりたいのか?」
おまけに魔理沙に大きく勘違いされてしまった。
「ち、違う!違うわ。あなた勘違いしている。そうじゃ無いわよ。私は老婆なんかになりたくない。そうじゃなくて、1から説明するわね。いい?私は死ぬ瞬間に後悔したくないの。それには死の前に何かを残してはいけない。だから、私が一生でやりたいことをその日に全てやる。例えば、まずなにより自動人形を作る。それから、グリモワールを完全なものへ。他にも…知り合いへの別れの挨拶や、もしいるのなら、好きな人へ告白とかかしら」
結局、普通に説明することになってしまった。まるで、笑いをとろうとした発言がスベったどころか、その発言の意味を解説させられるという状況のようだ。というか、そのまんまその状況だ。霊夢辺り、自身を揶揄った私の失態を見て、内心ほくそ笑んでいる事だろう。って、内心どころか、普通にほくそ笑んでいるし。
どうやら、私にはユーモアはあっても、そのセンスは無かったらしい。赤面、とても恥ずかしい…。今なら、アグニシャインが使えそうだわ。
「おうおう、流石は完璧主義のアリスさんだぜ。ところで、その好きな人って誰だ?私の知っている奴か?」
まさかの反撃。あくまで補足の例えとして出したに過ぎないのに、まさか自分の首を絞めることになるとは。しかし、冷静に考えれば話の流れ上、そうなるに決まっている。これは単純に私のミス。冷静にならないと。
「い、いないわよ。聞いてなかったの?それは例え話で、いたらの話よ」
「いやいや、恋の似合わない私なんかと違って、経験豊富のアリスさんに想い人がいないわけがないだろ。あれだけ人にレッテル貼ったんだから、いないじゃすまないぜ?」
まさかの追撃。こんなすぐに先ほどの失言のツケが回ってくるとは思わなかった。口は災いの元とはよく言ったものだ。魔理沙がニタニタとイヤらしい笑みを浮かべている。これは私のプライベートを探ることへの笑みじゃない。私に浮いた話が無いことを知った上で質問をし、笑い者にする事を楽しんでいる笑みだ。恐らく、反論しても裏目にしかならないだろう。ダメ元で、話を逸らしてみるしかない。
「そ、そう言うあんたはどうなのよ。今日で世界が終わるとしたら何をするつもり!?」
「おっ!私か?聞きたいのか?聞きたいなら仕方がないな!」
あっさりと話しが流れた。いつもの魔理沙なら、スッポンの様に噛みついて離れようとしない筈だ。これは何かがおかしい。
「ふふ~ん、聞いてくるなら早苗だと思ったんだがな。まさか、アリスの方が聞きたいとは意外だったぜ」
…しまった。なるほど、私としたことが、またやってしまった。話を逸らすことには成功したものの、これは明らかなミスでしかない。隣で霊夢が不満そうな顔を私に向けてくる。その原因は、もちろん魔理沙。その表情は「待ってました!」と叫ばん限りの満足した顔。何故、私は気付けなかったのか。魔理沙は、自身にも同じ質問をさせる為に、その話を振り続けていたという事に。いや、気付いていた。魔理沙の思惑には、何となくだけれど気付いていた。しかし、私は私への挑発に耐えられず、その罠に嵌ってしまったのだ。あんな安い挑発如きで。まさに、ミスでしかない。
「ふっ、私がどうするか教えてやるよ」
立ち上がる魔理沙。
腰に手を当て、息を大きく吸い込む魔理沙。
目を見開く魔理沙。
「いいか!よく聞け!今日!世界が滅ぶというなら!」
肺に溜めていた酸素を全て吐き出した様な声。今の魔理沙は、コップに表面張力の限界まで注がれた水だ。一滴の水、小さな溜息、誰かの足音。そんな小さな要因ですら、耐えられない程の限界。いや、もはや必然と言える。こぼれる運命。私はそれを見ていることしか出来やしない。はぁ、思わず溜息が出てしまう。
「…救ってやるぜぇ。この世界を…この私が…」
…沈黙。いや停止か。またもや、この場は一瞬停止した。その原因である魔理沙は、私の時とは大きく違い、やりきったと言った顔。見事なまでの決め顔だ。絶頂的な表情、あれは自分に酔っている。それに反して、私は冷めた顔をしているだろう。霊夢は呆れ尽し、早苗は妙に楽しそうだ。しかし、表情のバラバラな3人であるけれど、今考えている事は同じだろう。少しでも魔理沙と付き合いがあるのなら、こう思うしかない。
世界が滅ぶなら
救ってみせる?
あぁ、それはなんとも
『魔理沙らしい』
「だからさ、今日で世界が滅んだらとか、お前等そんな無意味なこと考えなくていいんだぜ?安心して、今日を生きろよな」
博麗神社
本当に魔理沙らしいなと思いましたw
早苗の乙女具合がはまりました。
この魔理沙のオチが先に思いついて話を作ったので、そう言って貰えると本望です。
>7さん 私の中で、やはり早苗はスイーツというか、妄想乙女と言ったイメージなのでww
魔理沙の答えってありそうでなかったなー
誤字報告を
》それぐらいのユモーモアはある。
「ユーモア」
誰が喋ってるか分かりにくいとこあった
それも含めて魔理沙らしさだと思います。
>12さん 誤字指摘ありがとうございます。
それなりに推敲&校閲したつもりが、結構あるものですねww
皆それぞれ、らしくて。
>22さん 捻くれ者ですからねwww
魔理沙さんヒューッ!
楽しく読ませていただきました。
>45さん ありがとうございます。楽しめて貰えて、心から至福に感じます。
というか、作者の中の、彼女達らしさってのがふんだんに滲みでてて良かった。
ただ、前のコメントで言っていたように誰のセリフなのか少しわかりにくく感じてしまいました。
あと、早苗が自分のことを「早苗」と言っていた点が少し気になりました。(自分の中だと「私」とかって言ってそうなイメージなのでw)
他には特に気になる点はなく、スルスルと文章の世界に入り込むことが出来ましたw
次作にも期待して待ってます!w
この話の早苗は、現代っ子で、割と自分しか見てない性格なので、対外的には普段「私」を使っていますが、激昂してついつい「早苗」と言ってしまったというわけです。
私自身も早苗の一人称は「私」がしっくりくると思います。
しかし、そこに気付いてもらって、嬉しいですねwww