「そういえば、アンタって右腕探してるんだっけ?」
思えば、そんな唐突な巫女の一言が始まりだったのではないかと、後の華扇は思い返す。
青々と澄み渡った晴天の下、神社の境内でそう言葉を紡いだ巫女の言葉に、華扇は「えぇ」と言葉を返した。
巫女――博麗霊夢の視線は、包帯の巻かれた華扇の右腕へ。
一見、華扇には右腕が存在しているように見えるものの、それは何らかの術で補っているだけに過ぎない。
以前、霊夢が彼女の右腕を握った時はあっさりと潰れてしまい、中身の煙が漏れ出すという事態が起こっている。
同情するわけではないが、それでは不便だろうなと思わなくもない。
だから、こんなことを聞いてしまったのだろうかと思ったが、だからといって彼女に解決する方法があるわけもなく。
結局「ふーん」と、曖昧な言葉を返しただけで視線をそらしてしまった。
不躾な質問をしてしまった気がして、なんだか気分が落ち着かない。
そんな巫女の気持ちに気がついたのか、当の華扇はというと小さな笑をこぼしながら、ぽんぽんと彼女の頭を撫でてやる。
「……なによ?」
「いえ、ただ――……そうですね、なんとなくです」
「なにそれ」
ふんっとはなを鳴らしてそっぽをむいた巫女だったが、その僅かに朱色に染まった頬を見るにまんざらでもないらしい。
そんな光景を一部始終眺めていた魔法使いはのんきにお茶などを嗜んでいたのだが、なにやら妙なことでも思いついたのかにやりと笑を一つ。
「何よ、魔理沙。悪い顔してるわねぇ」
「失礼な。せっかく魔理沙さんがいいことを思いついたのに、相変わらず巫女は冷たいな」
「いいこと……ですか?」
華扇の不思議そうな言葉に、「おう」と勢い良く頷く魔理沙の顔は、どこからどうみてもいたずら小僧そのものだ。
そこはかとなく不安を煽る表情には間違いないのだが、そんなこととはつゆ知らず、魔法使いの少女はにやりと笑い。
「お前の右腕、この魔理沙さんが見つけてやるぜ!」
そんな言葉を、自信満々に言い放ったのであった。
▼
「そう……それがたしか、一週間前だったかしら」
過去を思い返しながら、「華扇さま指定席」と書かれた椅子に座っている彼女は遠い目でつぶやいた。
思えば、なぜあの時止めておかなかったのか。なぜ、そのままスルーしてしまったのか。
悔やんでも悔やみきれない後悔ばかりが華扇の胸を締め付け、苛んだ。
なぜならば。
「博麗神社杯争奪、華扇ちゃんの右腕なうぅぅぅぅぅぅ!!」
『イィエエェェェェェェェェェェェェェェェイッ!!!!』
なんか知らないけれど、目の前で繰り広げられるバカ騒ぎの渦中に、なぜか自分が巻き込まれているのだから。
魔理沙の言葉に応えて湧き上がる元気いっぱいの掛け声。
まぁ、いるわいるわ、幻想郷中の暇人たちが我先にとこの博麗神社の境内に集まっているのである。
もうなんというか、色々と不安しか感じないメンツなのはご愛嬌。華扇が遠い目をするのも仕方のない不可抗力というものだろう。
「さぁさぁ、始まりましたのぜ! 第一回、博麗神社杯争奪、華扇ちゃんの右腕なうっ! 司会はこの私、霧雨魔理沙と!」
「面倒だけど私、博麗霊夢でお送りするわ。それじゃ、華扇、あなたからも何か一言」
「……うん、知ってた。私、放っておいたらこうなるって、なんとなくわかってた」
賽銭箱前の司会席からの二人の言葉にも、華扇の声に覇気がない。
死んだ魚のような目とはこういうものをいうのだろうかというほどに澱んだ瞳は、一体どこをむいているのやら。
無論、そんな彼女に頓着するわけでもなく、司会二人はてきぱきと進行を進めていくのである。
「ルールはいたって簡単、全員が持ち寄った右腕の中から、華扇に一番気に入られたものが勝者だ!」
「ちなみに、参加費の1000円は賽銭箱へ。最下位の奴には罰ゲームとして私に毎月1万円支給すること」
「……うわぁ、もうどこからツッコミ入れていいのかわからない。あと霊夢、あなた後で説教」
何やら汚い方法でお金を得ようとしている巫女にはしっかりと釘を刺しつつ、深いため息をついた華扇は疲れたように空を仰いだ。
もうどうにでもなれという気持ちの表れだったのか、あくまでも自分のためにと動いている二人の行動に口を挟めない自分が恨めしい。
それがたとえ、二人が面白半分であったとしてもだ。
我ながら、この二人に甘いような気がしないでもないが……、本当は、二人が自分のためにこうして動いてくれたことが、ほんのちょっとだけではあるが……嬉しかったのだ。
「さぁ、張り切っていくぞお前等ぁぁぁぁぁぁ!!」
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
まぁ……、それとこれとは別にして、不安を大いに感じることとはまったくもって別問題ではあるのだが。
▼一組目『神々の東風谷』チーム▼
「ふふ、水臭いではないですか淫乱ピンクの仙人様! 私に言って頂ければ、すぐさま腕ぐらい用意したというのに」
「誰が淫乱ピンクですか!? やめてくれませんかその呼び方!!?」
「何をおっしゃいますか淫乱ピンクさん。古今東西、青髪はクール、黄色は派手orツンデレと相場が決まっていましてですね――」
「ち・が・い・ま・す!!」
両腕をわなわなと震わせ怒りに燃える華扇を見やり、風祝こと東風谷早苗は「ちぇー」と唇を尖らせながらもがさごそと袋から目的のものをあさり始めた。
ちなみに、彼女の後ろにいた神様二名も同じように唇を尖らせているあたり、華扇の反応には色々とご不満らしい。
非常に腹立たしいことこの上ないのだが、ここで怒っても仕方がないと自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる。
一度、二度と仙人が深呼吸をしている間に、早苗は目的のものを取り出し――。
「私のドリルが優勝を突くぅッ!!」
「なんでドリルゥ!!?」
華扇が落ち着くまもなくツッコミを入れさせるのであった、マル。
果たして、それはなんと形容するべきであろうか。
鈍く銀色に輝く渦巻きの形状をしたそれは、貫けぬものなどないと語るかのようにギンギラギンに輝いている。
「おぉっとぉ!? さすが常識にとらわれない東風谷早苗!! 腕を持ってこいって言ったのにまさかのドリルだぁぁぁぁー!!」
「まぁ、あの子らしいっちゃらしいわよね」
そしてそんな状況をノリノリで解説する司会二人。
会場のどよめきもなんのその、ふふんっと勝ち誇ったように胸をそらす早苗を見やり、頭痛をこらえるように華扇は額を抑える。
いやまぁ、ただの大会じゃすまないだろうなぁとは思ってはいたのだが……よもや、しょっぱなから腕以外のものを目の当たりにするとは思わなんだ。
「え、ダメですか?」
「なんでそんなに不思議そうな顔してるんですか!? ダメに決まってるでしょう!!」
「えー、でもドリルはロマンですよ? 僕らの大好きなギュインギュイン回転するスペシャルウェポンなんですよ!!?」
「私が探してるのは右腕です。決してドリルじゃありません!!」
実にもっともな事を口にされ、しょんぼりと肩を落としながら去っていく早苗だった。
▼二組目『運命的な吸血鬼』チーム▼
「さーって、いきなり混迷を極めてきた今回の大会。ふふ、不覚にもこの魔理沙さんもブルっときちまったぜ」
「そーねー」
いきなりなインパクトを残していった一組目の退場のあと、不敵な笑みを浮かべる魔理沙とは対照的に、すでに飽きてきたのかやる気のない霊夢。
何しろ、そのやる気の無さと言ったら緑茶をすすり、あまつさえ煎餅を頬張る始末。
できればこのまんま中止にならないかなーなどという華扇の淡い期待を叩き潰すかのように、次の組が前に歩を進めたのだった。
「ふ、感謝するのね仙人。今日は優勝狙いで取って置きを持ってきてあげたわ。……咲夜!」
「はい、お嬢様」
パチンと指を鳴らした吸血鬼――レミリアの言葉に応え、彼女に仕えるメイドの十六夜咲夜が赤い布に包まれた腕を持って現れた。
それを受け取った華扇はまじまじと見つめてみるものの、なにやら強い力を感じるのだがその全容がつかめない。
ただの腕ではない。それだけは確かであり、真意を問いただそうと目の前の吸血鬼に視線を投げかける。
「吸血鬼、これは――」
「ふ、そうよ。それはただの腕ではない。かの正義の味方の道を追いかけた赤い弓兵の腕よ!」
「って、精神ぶっこわれるッ!!」
あんまりといえばあんまりなシロモノに、思わず地面に腕を叩きつけた。
スパァァァンッ! と小気味のいい音を響かせる腕を目の当たりにし、「あぁぁぁ!!?」と声を荒げる吸血鬼は、大事そうに腕を拾い上げて後ずさる。
そこはかとなく、涙目になっているような気がするのは気のせいではあるまい。
「なんてことするのよ!?」
「そりゃこっちのセリフです! なんてもの人の腕にしようとしてるんですか!!?」
「いいじゃないか! 剣とか作り放題だぞ!? 戦闘技術だって思いのままだぞ!? やるたびに精神がぶっこわれるけど!!」
「そこが一番の問題でしょうが! 張り倒しますよ!!? あとこれ男の腕!! 私女!!」
ぎゃーぎゃー言い争いをはじめ、そろそろ取っ組み合いになろうかといった頃、その二人の間に入るように、ギャラリーから一人の少女が飛び出して止めにはいった。
一体何事かと介入者に視線を向けたレミリアだったが、それが己の身内であったのであれば言い争いも中断せねばならぬというもの。
「こ、小悪魔?」
「落ち着いてください、お二人とも。それからお嬢様、お嬢様の品物には根本的な欠陥があります」
「なに?」
小悪魔の言葉に納得がいかないのか、レミリアは鋭い眼光で小悪魔を睨む。
突然の乱入者に困惑している華扇をよそに、小悪魔は「えぇ」と神妙な面持ちで頷いていた。
その一触即発にも似た雰囲気に、会場がわずかに緊張感に包まれる。
もし、ここで小悪魔が選択肢を誤れば、それだけで彼女の命が消えてしまうのではないかと錯覚してしまいそうなほどに。
やがて、小悪魔が口を開く。
いたって真面目な顔で、ただ一言。
「その腕、右腕じゃなくて左腕です」
「なん……だと?」
まさかの事実だった。
▼三組目『カッパが一晩でやってくれました!』チーム▼
あまりの恥ずかしい根本的な間違いに、吸血鬼が境内の隅で「の」の字を書き始めても、大会は滞りなく続いていくわけで。
続いてのチームが持ってきた右腕を装着し、華扇は感動に打ち震えたように言葉を紡ぎ出していた。
「おぉ……、これは……まさか!?」
「ふふ、気に入ってもらえたかい仙人さん。これが私の最高傑作さ」
自信満々に言葉を紡ぐ河童の河城にとりの言葉を聞きながら、華扇はうっとりしたように己の右腕に装着されたものを見つめている。
赤と黒に塗装された鋼の腕はしかし、指に当たる部分はオレンジ色に。
試しに力を込めてみれば、体の芯から勇気が沸き起こり、手の部分と腕の部分がそれぞれ逆回転をはじめ、凄まじい音を響かせながらイナズマがほとばしる。
「さぁ、叫ぶんだ仙人!! その腕の名は!!」
「ブロゥ○ン・マグナァァァァァァアムッて、馬鹿ッ!!」
ギュドムッ!!
「光になるッ!!?」
見事なノリツッコミで河童がロケットパンチの要領ですっ飛んできた拳に吹き飛ばされた。
その威力やいかほどのものか。
ずったんばったんときりもみ回転しながら吹き飛んだ河童はそれだけでは飽き足らず、大木に激突したあたりでようやく止まった。
一見するとやりすぎに見えるこのツッコミだが、だがしかし、相手は妖怪である。
ケロリとした様子で何事もなく華扇のいた場所に戻ってくる辺り、にとりの頑丈さが伺えるというものである。
「もう、いったいなぁ。何かまずかった? せっかくのジェネシック仕様なのに」
「どこもかしこもマズイだらけでしょうが! 大丈夫なところが一つもありませんけども!!?」
「うーん、そっかぁ。他には月まで伸びる無限拳的な腕もあるんだけど?」
「結構です!!」
しょんぼりする河童であった。
▼四組目『人里の愉快な子供たち』チーム▼
そんなこんなで四組目。
いい加減まともな奴はいないのだろうかとげんなりしていた華扇の前に現れたのは、人里の寺子屋の子供たちと、その先生である上白沢慧音である。
意外といえば意外な人物の登場に目を丸くしていた華扇だったが、子供たちが抱えていたものを見て驚きをあらわにした。
それは、木材を削り取って作られた人形の腕のような義手だった。
ところどころ不出来ではあるが、それでも子供たちが一生懸命に作ったのだとわかるもので。
「受け取ってくれないか、仙人様。子供たちが、どうしてもというのでな」
「慧音先生の言うとおりだよ仙人様!」
「僕も、仙人様にお世話になったことあるから、受け取って欲しいな!」
「……みんな」
だからこそ、それは華扇の心を強く打った。
それは、形こそ不出来なものいではあるけれども、他の者たちが持ってきたものよりも輝いて見える。
自然と口元がほころんで、義手を持ってきてくれた子供たちの頭を撫でて、「ありがとう」と、ただそれだけ。
「よかったな、みんな。彼女に喜んでもらえて」
「はい先生!!」
「みんなで爆肉鋼体を駆使して大木を薙ぎ倒して作っただけのことはあるね、みんな!!」
『うん!!』
「そうですか。それは――……」
「よかったですね」と言いかけた仙人の言葉が、なんかとてつもなく聞き捨てならないセリフを聞いてピタリと止まる。
ギギギと錆びた鉄のような音を鳴らしながら子供たちに視線を向ければ、みんな嬉しそうにキャッキャと騒いでいる。
それだけ見れば、本当に平和な光景である。それだけ見ればの話だが。
「爆肉……? え? 薙ぎ倒……? へ? みんなって……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
「……どうしたの? 仙人様?」
「どうしたのも何も、あなたたちまさかッ………!?
……………………いやその、やっぱり、なんでもないです」
問いただそうとした言葉が、あまりのおぞましい結末を予測してしりすぼみに消えていく。
それは、己の常識が砕けぬようにという自己防衛だったのか、あるいはまた別の理由だったのか。
嬉しそうに先生に駆け寄る子供たち。
その無邪気な子供たちが一瞬、2m超の屈強な筋肉だるまに見えてしまい、砕け散れ幻影とばかりに己の頭を地面に打ち付ける華扇だった。
▼
その後もなお、大会は滞りなく続いていった。
まぁ出るわ出るわ、サイコガン的なものや、ゴッド○ィンガー的なものやら、はてはロッ○バスター的なものまで。
古今東西ありとあらゆる腕が集い、どれもこれもが華扇のために集められたというのだから凄まじいものである。
まぁもっとも、大半の者たちが「面白半分」で訪れているのはご愛嬌。
これもまた、幻想郷ではよくあるいつもどおりの瑣末事である。
そんなわけで、いよいよ大会も佳境を迎え、すべての腕が出尽くした頃。
「さぁ、もう腕を持って来てる奴はいないな? 名乗りをあげるなら今のうちだぞ?」
「もう出尽くした感じよねぇ。相変わらずよく持ってくるもんだわ。……で、あんた大丈夫なの?」
「だ……大丈夫……ですとも」
ワクワクとした様子の魔理沙の言葉とは正反対に、あまりやる気のない霊夢の声。
そして彼女の視線の先には、ぐったりとした様子で疲れ果てている華扇の姿があった。
まぁ、それも無理のない話だ。
あれからずっと、あれやこれやと個性的な腕をとっかえひっかえと人形のような扱いを受けたのである。
それはそれは、大層疲れのたまる作業であったことだろうことは想像するに難くない。
何はともあれ、もうそろそろ終わりだろう。そう華扇が思った瞬間――。
「こぁーっこぁっこぁっこぁっこぁっ! ちょーっと待ったぁー!!」
そんな、どこかで聞き覚えのある声が境内に木霊した。
「こ、このそこはかとなく腹立たしい声は、まさか、小悪魔!!?」
「イエェッス、ウィーキャン!! とぅ!!」
レミリアのひどい言葉にもなんのその、色々間違った英語を口走りつつ一本の大木からキレイに跳躍した小悪魔は、これまた華麗に境内に降り立った。
威風堂々という言葉はこういう時のために使うものなのか、自信に満ち溢れたその姿は見るものに威圧感を与えるような気がしたが……やっぱ気のせいだろう、うん。
一体今の今までどこにいたのか、レミリアの順番の時に少しだけ姿を現し、あとはどこかに消えていた彼女が、なぜ今になって戻ってきたのか。
その疑問に答えるかのように、小悪魔は言葉を紡ぎ出していた。
「主の失敗を補うは部下の役目! 今一度、私に再審の機会をいただけませんか!?」
「ば、馬鹿な!? この短時間に新たな腕を見つけてきたっていうのか!!? そんなの、時間を止めない限り――ッ!!?」
言いかけた魔理沙の言葉が、自身の発言の意味に気がついてかピタリと止まる。
そう、確かに彼女の言うとおり、普通に考えればこの短時間で新しい腕を用意するなど不可能なことだ。
彼女の言うとおり、『時間でも止めない』限りは。
だが、いるのだ、紅魔館には。
ただ一人だけ、それを可能にする人間が!!
「そうか、咲夜か!!」
「そのとおりです魔理沙さん!! 私達には咲夜さんがいて、そしてほんのわずかな時間だけ時間を止めることができればよかったのです!
……そう、走って幻想郷を飛び越え、大間産のマグロを堪能し、福岡で博多ラーメンを味わい、北海道で海産物を堪能したあと、某所のあるお方に義手を作ってもらう時間さえあればね!!」
『どのへんがちょっとぉっ!!?』
とんでもねぇ大暴走に会場のツッコミが満場一致。まさかのまさかの寄り道満載もなんのその、とうの小悪魔は「てへ、ペロ☆」などと舌を出してごまかしていたりする。
誰も彼もが、彼女の大暴走に付き合わされた咲夜の姿を探し――そして、見つけた。
彼女は、相当疲労しているのか木に頭をあずけて寄りかかっていた。角度15°ぐらいに。
もうほとんど横である。
「あ、あの……咲夜、大丈夫なの?」
「だ、大丈夫ぜひゅーですおぜびゅー様……この咲夜、お嬢様の汚名を返上するためならばごひゅー……」
「呼吸音がやばい!!? ちっとも大丈夫じゃないじゃない!!?」
「だ、だいぜうふでひゅよおぜひゅーさま。博多ラーメンが鼻から飛び出そうなぐらい元気でひゅ!」
「咲夜あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
要するにちっとも大丈夫じゃねぇことを遠まわしに告げられ、レミリアはここまで自分に忠してくれたメイド長に泣きついた。
ついでにグワングワン体を揺すり、それに比例した顔が青くなっていくメイド長。
ちょっとお見せできない状態になるのも時間の問題である。
「咲夜さんがあれほど頑張ってくれたのです。この小悪魔、不甲斐ない結果を残せば自爆する所存!!」
「うわ、めんどくさいこの子」
「なるほど、自爆か……新しい、惹かれるな」
「何言ってるんですか魔理沙!?」
小悪魔の決意にげんなりとした言葉をこぼした華扇だったが、続く魔理沙の言葉でまたツッコミを強いられる。
何はともあれ、どうやら彼女が最後であることはかわりはないらしい。
自信満々に足を踏み出した小悪魔が袋から取り出したそれは――誰もが、息を呑むほどの出来栄えのものだった。
「色々な意味で名前は言えませんが、某所の廃ビルを事務所にしてる封印指定されちゃった人形師の渾身の逸品です!
形、ツヤ、質感、サイズ、そのどれもが華扇さん自身の腕と変わらないシロモノですよ!!」
「なんか、本当にいろんな意味で名前言えない人から作ってもらってるし。……ていうか、なんで人の腕のサイズ知ってるんですか」
「ふ、甘いですね華扇さん。私のこのリトルデビルアイにかかれば、出会う人物(女性限定)の体格からスリーサイズまで全てを看破してみせます!」
「なんか嫌なスキル持ってるんですけどこの人!?」
「華扇さんってさ、……すごく、大きいです」
「どこ見て言ってるんですかあなた!!?」
胸のあたりガン見している小悪魔から、己の体を隠すように腕を交差する華扇。
そんな様子が心底おかしかったのか、「冗談ですよ」とくすくすと笑う小悪魔に、仙人はげんなりとため息をついた。
なんというか、ペースがつかめないというか、翻弄されるというか。
とにもかくにも、目の前の彼女は雲のようにつかみどころがなくて、なんだか苦手だ。
小悪魔から腕が手渡され、それをまじまじと見つめてみれば確かに、それがつくりものとは思えぬ程の一品だった。
今、ここで接続してみれば、あたかも自分の腕と同じように違和感なく動くだろうと、そんな確信すら抱かせる。
「オプション機能として霊体も掴めるようになってます。さぁ、いかがでしょうか、仙人様?」
問いかけてくる悪魔の言葉。
人を惑わし、悪に墜とさんとする魔性の声が、己の耳にするりと入り込んできた。
自身が持ち込んだ代物に絶対の自信があるのか、余裕の笑を崩さない。
小さく、仙人は息を吐く。
そして、静かに笑みを浮かべた。
もう、答えは決まっているのだと、そう告げるかのように。
「残念ですが、遠慮しておきます。私にはもっと、素敵な腕が見つかりましたから」
そう言葉にして、華扇が取り出したのは歪な形をした木材の腕だった。
人形のような球体関節、とても出来がいいとは言えないそれは、人里の子供たちが華扇のためにと作ったもの。
形は歪で、とても義手としての役割は果たせそうにはない代物だけれど。
それでも――華扇にとっては、こちらのほうがより輝いて見えるのだ。
子供たちの、わずかな息を呑む声。
それだけで、大方の理由を察したらしい小悪魔は「そうですか」と、静かに言葉を紡いでいた。
負けはしたけれど、けれどもどこか嬉しそうな顔で。
「なるほど、確かにそれは子供たちの愛が詰まっています。この勝負、私の負けですね」
「小悪魔、……あなた」
「何も言わなくていいのですよ、華扇さん。最後にひとつだけ、私のお願いを聞いてくださいませんか?」
そこにあったのは、同性の華扇から見てもドキリとするような、綺麗な笑顔だった。
心の底から相手をたたえるような、優しい視線を子供たちに向ける小悪魔に、華扇も自然と笑顔を浮かべることができた。
色々はた迷惑で、ぶっとんだ行動をしたり騒がしかったり、時々イラっとすることもあるけれど――それでも、悪い妖怪ではないのだなと、それだけは感じることができたから。
「……えぇ、私に出来ることなら」
だからだろうか、紡いだ言葉は自分でも驚くほど柔らかい。
相手をいたわるようなそんな言葉に、彼女は何を思っただろう。
小さく笑をこぼして、クスクスと子供のように笑みを浮かべる小悪魔は、外見相応に愛らしかった。
「ふふ、簡単なことですよ。私が持ち込んだその義手、肘のところを押してもらえませんか?」
「ここを? 何かあるのですか?」
華扇の不思議そうな言葉に、小悪魔は「えぇ」と笑顔で答えた。
だんだんと辺りが喧騒に包まれ、司会の魔理沙が優勝者を告げている中、華扇が言われた通りに義手の肘を押した瞬間。
「自爆スイッチがあります」
「え゛?」
▼
――その日、博麗神社の境内で小さなキノコ雲が立ち上った。
律儀に周りに被害が出ないように、宣言通り自分だけ爆発した律儀な小悪魔なのであった。マル。
思えば、そんな唐突な巫女の一言が始まりだったのではないかと、後の華扇は思い返す。
青々と澄み渡った晴天の下、神社の境内でそう言葉を紡いだ巫女の言葉に、華扇は「えぇ」と言葉を返した。
巫女――博麗霊夢の視線は、包帯の巻かれた華扇の右腕へ。
一見、華扇には右腕が存在しているように見えるものの、それは何らかの術で補っているだけに過ぎない。
以前、霊夢が彼女の右腕を握った時はあっさりと潰れてしまい、中身の煙が漏れ出すという事態が起こっている。
同情するわけではないが、それでは不便だろうなと思わなくもない。
だから、こんなことを聞いてしまったのだろうかと思ったが、だからといって彼女に解決する方法があるわけもなく。
結局「ふーん」と、曖昧な言葉を返しただけで視線をそらしてしまった。
不躾な質問をしてしまった気がして、なんだか気分が落ち着かない。
そんな巫女の気持ちに気がついたのか、当の華扇はというと小さな笑をこぼしながら、ぽんぽんと彼女の頭を撫でてやる。
「……なによ?」
「いえ、ただ――……そうですね、なんとなくです」
「なにそれ」
ふんっとはなを鳴らしてそっぽをむいた巫女だったが、その僅かに朱色に染まった頬を見るにまんざらでもないらしい。
そんな光景を一部始終眺めていた魔法使いはのんきにお茶などを嗜んでいたのだが、なにやら妙なことでも思いついたのかにやりと笑を一つ。
「何よ、魔理沙。悪い顔してるわねぇ」
「失礼な。せっかく魔理沙さんがいいことを思いついたのに、相変わらず巫女は冷たいな」
「いいこと……ですか?」
華扇の不思議そうな言葉に、「おう」と勢い良く頷く魔理沙の顔は、どこからどうみてもいたずら小僧そのものだ。
そこはかとなく不安を煽る表情には間違いないのだが、そんなこととはつゆ知らず、魔法使いの少女はにやりと笑い。
「お前の右腕、この魔理沙さんが見つけてやるぜ!」
そんな言葉を、自信満々に言い放ったのであった。
▼
「そう……それがたしか、一週間前だったかしら」
過去を思い返しながら、「華扇さま指定席」と書かれた椅子に座っている彼女は遠い目でつぶやいた。
思えば、なぜあの時止めておかなかったのか。なぜ、そのままスルーしてしまったのか。
悔やんでも悔やみきれない後悔ばかりが華扇の胸を締め付け、苛んだ。
なぜならば。
「博麗神社杯争奪、華扇ちゃんの右腕なうぅぅぅぅぅぅ!!」
『イィエエェェェェェェェェェェェェェェェイッ!!!!』
なんか知らないけれど、目の前で繰り広げられるバカ騒ぎの渦中に、なぜか自分が巻き込まれているのだから。
魔理沙の言葉に応えて湧き上がる元気いっぱいの掛け声。
まぁ、いるわいるわ、幻想郷中の暇人たちが我先にとこの博麗神社の境内に集まっているのである。
もうなんというか、色々と不安しか感じないメンツなのはご愛嬌。華扇が遠い目をするのも仕方のない不可抗力というものだろう。
「さぁさぁ、始まりましたのぜ! 第一回、博麗神社杯争奪、華扇ちゃんの右腕なうっ! 司会はこの私、霧雨魔理沙と!」
「面倒だけど私、博麗霊夢でお送りするわ。それじゃ、華扇、あなたからも何か一言」
「……うん、知ってた。私、放っておいたらこうなるって、なんとなくわかってた」
賽銭箱前の司会席からの二人の言葉にも、華扇の声に覇気がない。
死んだ魚のような目とはこういうものをいうのだろうかというほどに澱んだ瞳は、一体どこをむいているのやら。
無論、そんな彼女に頓着するわけでもなく、司会二人はてきぱきと進行を進めていくのである。
「ルールはいたって簡単、全員が持ち寄った右腕の中から、華扇に一番気に入られたものが勝者だ!」
「ちなみに、参加費の1000円は賽銭箱へ。最下位の奴には罰ゲームとして私に毎月1万円支給すること」
「……うわぁ、もうどこからツッコミ入れていいのかわからない。あと霊夢、あなた後で説教」
何やら汚い方法でお金を得ようとしている巫女にはしっかりと釘を刺しつつ、深いため息をついた華扇は疲れたように空を仰いだ。
もうどうにでもなれという気持ちの表れだったのか、あくまでも自分のためにと動いている二人の行動に口を挟めない自分が恨めしい。
それがたとえ、二人が面白半分であったとしてもだ。
我ながら、この二人に甘いような気がしないでもないが……、本当は、二人が自分のためにこうして動いてくれたことが、ほんのちょっとだけではあるが……嬉しかったのだ。
「さぁ、張り切っていくぞお前等ぁぁぁぁぁぁ!!」
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
まぁ……、それとこれとは別にして、不安を大いに感じることとはまったくもって別問題ではあるのだが。
▼一組目『神々の東風谷』チーム▼
「ふふ、水臭いではないですか淫乱ピンクの仙人様! 私に言って頂ければ、すぐさま腕ぐらい用意したというのに」
「誰が淫乱ピンクですか!? やめてくれませんかその呼び方!!?」
「何をおっしゃいますか淫乱ピンクさん。古今東西、青髪はクール、黄色は派手orツンデレと相場が決まっていましてですね――」
「ち・が・い・ま・す!!」
両腕をわなわなと震わせ怒りに燃える華扇を見やり、風祝こと東風谷早苗は「ちぇー」と唇を尖らせながらもがさごそと袋から目的のものをあさり始めた。
ちなみに、彼女の後ろにいた神様二名も同じように唇を尖らせているあたり、華扇の反応には色々とご不満らしい。
非常に腹立たしいことこの上ないのだが、ここで怒っても仕方がないと自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる。
一度、二度と仙人が深呼吸をしている間に、早苗は目的のものを取り出し――。
「私のドリルが優勝を突くぅッ!!」
「なんでドリルゥ!!?」
華扇が落ち着くまもなくツッコミを入れさせるのであった、マル。
果たして、それはなんと形容するべきであろうか。
鈍く銀色に輝く渦巻きの形状をしたそれは、貫けぬものなどないと語るかのようにギンギラギンに輝いている。
「おぉっとぉ!? さすが常識にとらわれない東風谷早苗!! 腕を持ってこいって言ったのにまさかのドリルだぁぁぁぁー!!」
「まぁ、あの子らしいっちゃらしいわよね」
そしてそんな状況をノリノリで解説する司会二人。
会場のどよめきもなんのその、ふふんっと勝ち誇ったように胸をそらす早苗を見やり、頭痛をこらえるように華扇は額を抑える。
いやまぁ、ただの大会じゃすまないだろうなぁとは思ってはいたのだが……よもや、しょっぱなから腕以外のものを目の当たりにするとは思わなんだ。
「え、ダメですか?」
「なんでそんなに不思議そうな顔してるんですか!? ダメに決まってるでしょう!!」
「えー、でもドリルはロマンですよ? 僕らの大好きなギュインギュイン回転するスペシャルウェポンなんですよ!!?」
「私が探してるのは右腕です。決してドリルじゃありません!!」
実にもっともな事を口にされ、しょんぼりと肩を落としながら去っていく早苗だった。
▼二組目『運命的な吸血鬼』チーム▼
「さーって、いきなり混迷を極めてきた今回の大会。ふふ、不覚にもこの魔理沙さんもブルっときちまったぜ」
「そーねー」
いきなりなインパクトを残していった一組目の退場のあと、不敵な笑みを浮かべる魔理沙とは対照的に、すでに飽きてきたのかやる気のない霊夢。
何しろ、そのやる気の無さと言ったら緑茶をすすり、あまつさえ煎餅を頬張る始末。
できればこのまんま中止にならないかなーなどという華扇の淡い期待を叩き潰すかのように、次の組が前に歩を進めたのだった。
「ふ、感謝するのね仙人。今日は優勝狙いで取って置きを持ってきてあげたわ。……咲夜!」
「はい、お嬢様」
パチンと指を鳴らした吸血鬼――レミリアの言葉に応え、彼女に仕えるメイドの十六夜咲夜が赤い布に包まれた腕を持って現れた。
それを受け取った華扇はまじまじと見つめてみるものの、なにやら強い力を感じるのだがその全容がつかめない。
ただの腕ではない。それだけは確かであり、真意を問いただそうと目の前の吸血鬼に視線を投げかける。
「吸血鬼、これは――」
「ふ、そうよ。それはただの腕ではない。かの正義の味方の道を追いかけた赤い弓兵の腕よ!」
「って、精神ぶっこわれるッ!!」
あんまりといえばあんまりなシロモノに、思わず地面に腕を叩きつけた。
スパァァァンッ! と小気味のいい音を響かせる腕を目の当たりにし、「あぁぁぁ!!?」と声を荒げる吸血鬼は、大事そうに腕を拾い上げて後ずさる。
そこはかとなく、涙目になっているような気がするのは気のせいではあるまい。
「なんてことするのよ!?」
「そりゃこっちのセリフです! なんてもの人の腕にしようとしてるんですか!!?」
「いいじゃないか! 剣とか作り放題だぞ!? 戦闘技術だって思いのままだぞ!? やるたびに精神がぶっこわれるけど!!」
「そこが一番の問題でしょうが! 張り倒しますよ!!? あとこれ男の腕!! 私女!!」
ぎゃーぎゃー言い争いをはじめ、そろそろ取っ組み合いになろうかといった頃、その二人の間に入るように、ギャラリーから一人の少女が飛び出して止めにはいった。
一体何事かと介入者に視線を向けたレミリアだったが、それが己の身内であったのであれば言い争いも中断せねばならぬというもの。
「こ、小悪魔?」
「落ち着いてください、お二人とも。それからお嬢様、お嬢様の品物には根本的な欠陥があります」
「なに?」
小悪魔の言葉に納得がいかないのか、レミリアは鋭い眼光で小悪魔を睨む。
突然の乱入者に困惑している華扇をよそに、小悪魔は「えぇ」と神妙な面持ちで頷いていた。
その一触即発にも似た雰囲気に、会場がわずかに緊張感に包まれる。
もし、ここで小悪魔が選択肢を誤れば、それだけで彼女の命が消えてしまうのではないかと錯覚してしまいそうなほどに。
やがて、小悪魔が口を開く。
いたって真面目な顔で、ただ一言。
「その腕、右腕じゃなくて左腕です」
「なん……だと?」
まさかの事実だった。
▼三組目『カッパが一晩でやってくれました!』チーム▼
あまりの恥ずかしい根本的な間違いに、吸血鬼が境内の隅で「の」の字を書き始めても、大会は滞りなく続いていくわけで。
続いてのチームが持ってきた右腕を装着し、華扇は感動に打ち震えたように言葉を紡ぎ出していた。
「おぉ……、これは……まさか!?」
「ふふ、気に入ってもらえたかい仙人さん。これが私の最高傑作さ」
自信満々に言葉を紡ぐ河童の河城にとりの言葉を聞きながら、華扇はうっとりしたように己の右腕に装着されたものを見つめている。
赤と黒に塗装された鋼の腕はしかし、指に当たる部分はオレンジ色に。
試しに力を込めてみれば、体の芯から勇気が沸き起こり、手の部分と腕の部分がそれぞれ逆回転をはじめ、凄まじい音を響かせながらイナズマがほとばしる。
「さぁ、叫ぶんだ仙人!! その腕の名は!!」
「ブロゥ○ン・マグナァァァァァァアムッて、馬鹿ッ!!」
ギュドムッ!!
「光になるッ!!?」
見事なノリツッコミで河童がロケットパンチの要領ですっ飛んできた拳に吹き飛ばされた。
その威力やいかほどのものか。
ずったんばったんときりもみ回転しながら吹き飛んだ河童はそれだけでは飽き足らず、大木に激突したあたりでようやく止まった。
一見するとやりすぎに見えるこのツッコミだが、だがしかし、相手は妖怪である。
ケロリとした様子で何事もなく華扇のいた場所に戻ってくる辺り、にとりの頑丈さが伺えるというものである。
「もう、いったいなぁ。何かまずかった? せっかくのジェネシック仕様なのに」
「どこもかしこもマズイだらけでしょうが! 大丈夫なところが一つもありませんけども!!?」
「うーん、そっかぁ。他には月まで伸びる無限拳的な腕もあるんだけど?」
「結構です!!」
しょんぼりする河童であった。
▼四組目『人里の愉快な子供たち』チーム▼
そんなこんなで四組目。
いい加減まともな奴はいないのだろうかとげんなりしていた華扇の前に現れたのは、人里の寺子屋の子供たちと、その先生である上白沢慧音である。
意外といえば意外な人物の登場に目を丸くしていた華扇だったが、子供たちが抱えていたものを見て驚きをあらわにした。
それは、木材を削り取って作られた人形の腕のような義手だった。
ところどころ不出来ではあるが、それでも子供たちが一生懸命に作ったのだとわかるもので。
「受け取ってくれないか、仙人様。子供たちが、どうしてもというのでな」
「慧音先生の言うとおりだよ仙人様!」
「僕も、仙人様にお世話になったことあるから、受け取って欲しいな!」
「……みんな」
だからこそ、それは華扇の心を強く打った。
それは、形こそ不出来なものいではあるけれども、他の者たちが持ってきたものよりも輝いて見える。
自然と口元がほころんで、義手を持ってきてくれた子供たちの頭を撫でて、「ありがとう」と、ただそれだけ。
「よかったな、みんな。彼女に喜んでもらえて」
「はい先生!!」
「みんなで爆肉鋼体を駆使して大木を薙ぎ倒して作っただけのことはあるね、みんな!!」
『うん!!』
「そうですか。それは――……」
「よかったですね」と言いかけた仙人の言葉が、なんかとてつもなく聞き捨てならないセリフを聞いてピタリと止まる。
ギギギと錆びた鉄のような音を鳴らしながら子供たちに視線を向ければ、みんな嬉しそうにキャッキャと騒いでいる。
それだけ見れば、本当に平和な光景である。それだけ見ればの話だが。
「爆肉……? え? 薙ぎ倒……? へ? みんなって……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
「……どうしたの? 仙人様?」
「どうしたのも何も、あなたたちまさかッ………!?
……………………いやその、やっぱり、なんでもないです」
問いただそうとした言葉が、あまりのおぞましい結末を予測してしりすぼみに消えていく。
それは、己の常識が砕けぬようにという自己防衛だったのか、あるいはまた別の理由だったのか。
嬉しそうに先生に駆け寄る子供たち。
その無邪気な子供たちが一瞬、2m超の屈強な筋肉だるまに見えてしまい、砕け散れ幻影とばかりに己の頭を地面に打ち付ける華扇だった。
▼
その後もなお、大会は滞りなく続いていった。
まぁ出るわ出るわ、サイコガン的なものや、ゴッド○ィンガー的なものやら、はてはロッ○バスター的なものまで。
古今東西ありとあらゆる腕が集い、どれもこれもが華扇のために集められたというのだから凄まじいものである。
まぁもっとも、大半の者たちが「面白半分」で訪れているのはご愛嬌。
これもまた、幻想郷ではよくあるいつもどおりの瑣末事である。
そんなわけで、いよいよ大会も佳境を迎え、すべての腕が出尽くした頃。
「さぁ、もう腕を持って来てる奴はいないな? 名乗りをあげるなら今のうちだぞ?」
「もう出尽くした感じよねぇ。相変わらずよく持ってくるもんだわ。……で、あんた大丈夫なの?」
「だ……大丈夫……ですとも」
ワクワクとした様子の魔理沙の言葉とは正反対に、あまりやる気のない霊夢の声。
そして彼女の視線の先には、ぐったりとした様子で疲れ果てている華扇の姿があった。
まぁ、それも無理のない話だ。
あれからずっと、あれやこれやと個性的な腕をとっかえひっかえと人形のような扱いを受けたのである。
それはそれは、大層疲れのたまる作業であったことだろうことは想像するに難くない。
何はともあれ、もうそろそろ終わりだろう。そう華扇が思った瞬間――。
「こぁーっこぁっこぁっこぁっこぁっ! ちょーっと待ったぁー!!」
そんな、どこかで聞き覚えのある声が境内に木霊した。
「こ、このそこはかとなく腹立たしい声は、まさか、小悪魔!!?」
「イエェッス、ウィーキャン!! とぅ!!」
レミリアのひどい言葉にもなんのその、色々間違った英語を口走りつつ一本の大木からキレイに跳躍した小悪魔は、これまた華麗に境内に降り立った。
威風堂々という言葉はこういう時のために使うものなのか、自信に満ち溢れたその姿は見るものに威圧感を与えるような気がしたが……やっぱ気のせいだろう、うん。
一体今の今までどこにいたのか、レミリアの順番の時に少しだけ姿を現し、あとはどこかに消えていた彼女が、なぜ今になって戻ってきたのか。
その疑問に答えるかのように、小悪魔は言葉を紡ぎ出していた。
「主の失敗を補うは部下の役目! 今一度、私に再審の機会をいただけませんか!?」
「ば、馬鹿な!? この短時間に新たな腕を見つけてきたっていうのか!!? そんなの、時間を止めない限り――ッ!!?」
言いかけた魔理沙の言葉が、自身の発言の意味に気がついてかピタリと止まる。
そう、確かに彼女の言うとおり、普通に考えればこの短時間で新しい腕を用意するなど不可能なことだ。
彼女の言うとおり、『時間でも止めない』限りは。
だが、いるのだ、紅魔館には。
ただ一人だけ、それを可能にする人間が!!
「そうか、咲夜か!!」
「そのとおりです魔理沙さん!! 私達には咲夜さんがいて、そしてほんのわずかな時間だけ時間を止めることができればよかったのです!
……そう、走って幻想郷を飛び越え、大間産のマグロを堪能し、福岡で博多ラーメンを味わい、北海道で海産物を堪能したあと、某所のあるお方に義手を作ってもらう時間さえあればね!!」
『どのへんがちょっとぉっ!!?』
とんでもねぇ大暴走に会場のツッコミが満場一致。まさかのまさかの寄り道満載もなんのその、とうの小悪魔は「てへ、ペロ☆」などと舌を出してごまかしていたりする。
誰も彼もが、彼女の大暴走に付き合わされた咲夜の姿を探し――そして、見つけた。
彼女は、相当疲労しているのか木に頭をあずけて寄りかかっていた。角度15°ぐらいに。
もうほとんど横である。
「あ、あの……咲夜、大丈夫なの?」
「だ、大丈夫ぜひゅーですおぜびゅー様……この咲夜、お嬢様の汚名を返上するためならばごひゅー……」
「呼吸音がやばい!!? ちっとも大丈夫じゃないじゃない!!?」
「だ、だいぜうふでひゅよおぜひゅーさま。博多ラーメンが鼻から飛び出そうなぐらい元気でひゅ!」
「咲夜あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
要するにちっとも大丈夫じゃねぇことを遠まわしに告げられ、レミリアはここまで自分に忠してくれたメイド長に泣きついた。
ついでにグワングワン体を揺すり、それに比例した顔が青くなっていくメイド長。
ちょっとお見せできない状態になるのも時間の問題である。
「咲夜さんがあれほど頑張ってくれたのです。この小悪魔、不甲斐ない結果を残せば自爆する所存!!」
「うわ、めんどくさいこの子」
「なるほど、自爆か……新しい、惹かれるな」
「何言ってるんですか魔理沙!?」
小悪魔の決意にげんなりとした言葉をこぼした華扇だったが、続く魔理沙の言葉でまたツッコミを強いられる。
何はともあれ、どうやら彼女が最後であることはかわりはないらしい。
自信満々に足を踏み出した小悪魔が袋から取り出したそれは――誰もが、息を呑むほどの出来栄えのものだった。
「色々な意味で名前は言えませんが、某所の廃ビルを事務所にしてる封印指定されちゃった人形師の渾身の逸品です!
形、ツヤ、質感、サイズ、そのどれもが華扇さん自身の腕と変わらないシロモノですよ!!」
「なんか、本当にいろんな意味で名前言えない人から作ってもらってるし。……ていうか、なんで人の腕のサイズ知ってるんですか」
「ふ、甘いですね華扇さん。私のこのリトルデビルアイにかかれば、出会う人物(女性限定)の体格からスリーサイズまで全てを看破してみせます!」
「なんか嫌なスキル持ってるんですけどこの人!?」
「華扇さんってさ、……すごく、大きいです」
「どこ見て言ってるんですかあなた!!?」
胸のあたりガン見している小悪魔から、己の体を隠すように腕を交差する華扇。
そんな様子が心底おかしかったのか、「冗談ですよ」とくすくすと笑う小悪魔に、仙人はげんなりとため息をついた。
なんというか、ペースがつかめないというか、翻弄されるというか。
とにもかくにも、目の前の彼女は雲のようにつかみどころがなくて、なんだか苦手だ。
小悪魔から腕が手渡され、それをまじまじと見つめてみれば確かに、それがつくりものとは思えぬ程の一品だった。
今、ここで接続してみれば、あたかも自分の腕と同じように違和感なく動くだろうと、そんな確信すら抱かせる。
「オプション機能として霊体も掴めるようになってます。さぁ、いかがでしょうか、仙人様?」
問いかけてくる悪魔の言葉。
人を惑わし、悪に墜とさんとする魔性の声が、己の耳にするりと入り込んできた。
自身が持ち込んだ代物に絶対の自信があるのか、余裕の笑を崩さない。
小さく、仙人は息を吐く。
そして、静かに笑みを浮かべた。
もう、答えは決まっているのだと、そう告げるかのように。
「残念ですが、遠慮しておきます。私にはもっと、素敵な腕が見つかりましたから」
そう言葉にして、華扇が取り出したのは歪な形をした木材の腕だった。
人形のような球体関節、とても出来がいいとは言えないそれは、人里の子供たちが華扇のためにと作ったもの。
形は歪で、とても義手としての役割は果たせそうにはない代物だけれど。
それでも――華扇にとっては、こちらのほうがより輝いて見えるのだ。
子供たちの、わずかな息を呑む声。
それだけで、大方の理由を察したらしい小悪魔は「そうですか」と、静かに言葉を紡いでいた。
負けはしたけれど、けれどもどこか嬉しそうな顔で。
「なるほど、確かにそれは子供たちの愛が詰まっています。この勝負、私の負けですね」
「小悪魔、……あなた」
「何も言わなくていいのですよ、華扇さん。最後にひとつだけ、私のお願いを聞いてくださいませんか?」
そこにあったのは、同性の華扇から見てもドキリとするような、綺麗な笑顔だった。
心の底から相手をたたえるような、優しい視線を子供たちに向ける小悪魔に、華扇も自然と笑顔を浮かべることができた。
色々はた迷惑で、ぶっとんだ行動をしたり騒がしかったり、時々イラっとすることもあるけれど――それでも、悪い妖怪ではないのだなと、それだけは感じることができたから。
「……えぇ、私に出来ることなら」
だからだろうか、紡いだ言葉は自分でも驚くほど柔らかい。
相手をいたわるようなそんな言葉に、彼女は何を思っただろう。
小さく笑をこぼして、クスクスと子供のように笑みを浮かべる小悪魔は、外見相応に愛らしかった。
「ふふ、簡単なことですよ。私が持ち込んだその義手、肘のところを押してもらえませんか?」
「ここを? 何かあるのですか?」
華扇の不思議そうな言葉に、小悪魔は「えぇ」と笑顔で答えた。
だんだんと辺りが喧騒に包まれ、司会の魔理沙が優勝者を告げている中、華扇が言われた通りに義手の肘を押した瞬間。
「自爆スイッチがあります」
「え゛?」
▼
――その日、博麗神社の境内で小さなキノコ雲が立ち上った。
律儀に周りに被害が出ないように、宣言通り自分だけ爆発した律儀な小悪魔なのであった。マル。
エミヤwww
今後も華扇ちゃんのおっぱいの人として頑張っていただきたい!
律儀に大部分は付けたのね…w
オートメイルも出るべき
それにしてもテンポ良いなぁw
ふぃんがあああぁぁぁぁ!
あなたはどちらかと言うと小悪魔の人ですはい
最初から最後まで飽きさせないテンポと、盛り込まれた小ネタ。
それから、ちょっといい話かも知れないと思わせる緩急。
どれをとっても非常に面白く、とても楽しい時間でした!
自分としては「フランと小悪魔のひと」だね。
>あとがき
それでも貴方は小悪魔の人だっ!
作者名見なくてもこあこあ笑いで特定余裕だっ!
随所の小ネタも面白かったです。
華扇さんの腕は色々と妄想できるんで楽しいですね。
まさか貴方がパロネタ多様の勢いだけで走り抜ける話を投稿されるとは思いませんでした。
昔はネタを使っても地の文があって面白かったのに残念です。
スパロボときのこ先生を抜いたら殆ど残らないしのぅ。
華仙ちゃんを淫乱ピンク扱いした早苗さんは、自機ドリル戦艦縛りで超兵器と戦ってくる事。
私はひとつも元ネタがわからなかったので全く面白くなかったです。
まあ、元ネタがわかったとしてもこの作品が面白いかと言えば微妙ですが……。
貴方の書く華仙ちゃんは大好きだったのですが、今回は残念です。
ただ、「元ネタがわからない」というのは作品の内容の直接的な評価とはあまり関係がなく、それだけで低評価をつける理由にはならないと思いましたのでこの点数で。