……夜、それは私の時間。
妖怪たちが好む時間でもある。
あるいは狼男、幻想郷では白沢が変身し、活動を活発にするのだろう。
だが、やはり譲れない。夜は吸血鬼のものだ。
吸血鬼と夜はとても関係している。
吸血鬼は、夜がとても活動しやすい。それは本能的なものであり、それで本質的なものだ。
だから、今は夜、私はキッチンに居る。
『牛丼を戴くツェペシュの末裔 』
元来、吸血鬼は血を好む。
血は、とても幽香(ゆうこう)であり、甘露い(うまい)。中でも処女の血は格別だ。
幻想郷に来てからは、自ら血を求め彷徨なくても、あちらから私のもとに来るようになった。
それに伴い血の量は毎月一定数で窮屈だが、まぁ許そう。契約は曲げられない。
吸血鬼の威厳と役割として、人を襲わないのはどうかと思うが、それも許そう。
血の制限によって私は、新たな楽しみを覚えた。
第一が、紅茶である。
血を液体に溶かし、かさ増しするとは少々小狡い感じもするが美味いものは美味い。
それに吸血鬼の好みである薔薇をも紅茶にするとは、人間もやるものだ。
第二に、その名の通りの『食事』。
吸血鬼は大蒜が弱点だ、とは鬼が豆を嫌いなどと同様によく広まっている知識である。
だがこれには少し間違いがあり、そもそも吸血鬼は血さえあれば他の食事は必要ない。
よって私たち吸血鬼にとっては大蒜が弱点、というよりは大蒜が弱点だと言われているらしい、が正解だ。
実際、人間である私のメイドに聞くまでは大蒜がどのようなものだとは知らなかった。
まぁ匂い嗅いだら少し嫌だったけど。
だが味覚は人一倍優れているのは確かだ。
血を飲んだだけでその持ち主の性別、年齢、体格などはわかる。
前述した通り、血は制限されているので私は他の食事にも手を出している。
それは私のメイドが作る食事が美味いからでもある。
メイドの名は、咲夜。
咲夜は料理にしろ掃除にしろ饗しにしろ手を抜かない。
完全である。他のメイド妖精は咲夜のことを瀟洒とも呼ぶな。
咲夜は人間であるが、私のメイドである以上、人間とは少し異なった生活スタイルで行動させている。
それはもちろん私に合わせ、朝眠り、夜活動する生活だ。
なので今は私に奉仕しているのがいつも通りだ。
だが、やはり人間というものは本能的に朝昼中心の生活というものがすり込まれているのだろう。
今日は神社で祭があったので咲夜も酒を飲んだ。今は部屋で寝息を立てているはずだ。
だがいい。咲夜にも休息が必要だ。人間なのだから。
ふふん、従者にも気遣いできる私は夜の王にふさわしいな。
しかしやはり、咲夜。
「お嬢様と私が酒を飲んでいい気分で帰ったがいいが、万が一私が寝てしまい、私の愛しいお嬢様がお腹をすかしてしまったときのため」用に食事を用意したとは。
いやはや、流石完全であり、瀟洒である。恐れいったよ。
しかもそのメニューが、なんと
『牛丼』
……くくく、わかっている。実に分かっているぞ咲夜は。
豚丼でも、鶏丼でもカツ丼でも玉子丼でもなく、『牛丼』。
先刻私が、お酒も飲んだしちょっとなんかおなかに入れたいなー、とキッチンに訪れることをまるで知っていたかと思うほど私の目の前にうまく配置されている魅力的な丼容器。
フタを開けると、そう。『牛丼』
……ここで少し、牛丼の魅力について語ろうかな。いいよね、脳内だし。
まず牛肉。豚肉よりは上品な脂を控えめに持ち、鶏肉よりはジューシーな油を持つ、いわば攻守最強の肉だ。
咲夜はまず、煮こむ前に牛肉を強火で焼く。これは肉汁を閉じ込めるためである。
咲夜の牛丼は玉ねぎを少し大きめに切ってから長時間煮こむので形が大分残る。なので玉ねぎは歯ごたえを残しそれでいて、味が染みている。
そして最後に長ねぎも上からふりかける。長ねぎはとても風味を良くし、甘辛い汁を全体的に整えてくれる。
それで出来上がったのが牛丼。
できたてほやほやが一番美味いのだが、そんな贅沢はいってられない。
なにせ咲夜がものすごく、ものすごーく気を効かせて私の舌に合うように苦労し工夫してくれた牛丼だ。
じっくり味わっていただくとしよう。たとえそれが冷めてたとしても、だ。
「いただきます」
咲夜と、材料に感謝を込めて、一口。
……うん、美味い。牛肉の肉汁が口いっぱいに広がる。
この肉汁は豚や鶏には出せまい。私の肥えた口にも合う最高の夜食だ。
ご飯、ねぎ、肉をバランスよく取り、二口、三口。
そしてここからが牛丼の真骨頂だ。
丼全般に言えることだが、なぜ丼はこの形をしているか。
それはもちろん、「具も、飯も全て」掻き込みやすくするためだ。
そばは音を立てて食べるのがマナーだ、というように丼は掻き込んで食べるのがマナーだ。
まぁ持論だが。
よし、味わったことだし、ここからだ。
「ふーっ……はぐっ、ん、がむ、うん、んぐんぐんぐんぐ、はむっ、がむっ」
私は一心不乱に牛丼を掻き込む。
この姿を誰かに見られたら、とは考えない。
なぜなら、目の前に丼があったからだ。
しかも、咲夜が私のために作った、牛丼が。
「っぐ、ん、うん、もぬもぬ、んぐ、……くはぁ。ご馳走様」
ありがとう。
誰にこの言葉を送るか分からないが自然と頭の中に浮かんできた。
……もうキッチンに用はない。
最高の、食事だった。
さぁ、寝よう。今日くらい人間に合わせて寝てやろうじゃないか。
今の私は、何だってしてやれる気がする。
流しに食器を置き、キッチンをあとにする。
すると向こうの方から歩いて来るのは……
「あ、お嬢様。ひょっとしてお嬢様もお食事ですか?」
「『も』ってことは貴方もなのね、美鈴。門番は一時休憩?」
「えぇ。少しの間、メイド妖精に見てもらっています」
「そう、私は寝るから、門番を頼むわね」
「任せてください! では」
自室に向かう。
門番にも賛美の言葉をかけ、優雅に自室に戻る。
くくく、これが私、レミリア・スカーレット。
あらゆる物に感動し、今宵眠るとしよう。
「あ、お嬢様ー」
「……何? 美鈴」
「咲夜さんが、お嬢様と神社の祭りに行くのでもし帰って来れなかった時の為に作っておくわね、って言って
用意してくれた『豚丼』、どこにあるか知りません?」
「え?」
『牛丼を戴くツェペシュの末裔』
終わり
妖怪たちが好む時間でもある。
あるいは狼男、幻想郷では白沢が変身し、活動を活発にするのだろう。
だが、やはり譲れない。夜は吸血鬼のものだ。
吸血鬼と夜はとても関係している。
吸血鬼は、夜がとても活動しやすい。それは本能的なものであり、それで本質的なものだ。
だから、今は夜、私はキッチンに居る。
『牛丼を戴くツェペシュの末裔 』
元来、吸血鬼は血を好む。
血は、とても幽香(ゆうこう)であり、甘露い(うまい)。中でも処女の血は格別だ。
幻想郷に来てからは、自ら血を求め彷徨なくても、あちらから私のもとに来るようになった。
それに伴い血の量は毎月一定数で窮屈だが、まぁ許そう。契約は曲げられない。
吸血鬼の威厳と役割として、人を襲わないのはどうかと思うが、それも許そう。
血の制限によって私は、新たな楽しみを覚えた。
第一が、紅茶である。
血を液体に溶かし、かさ増しするとは少々小狡い感じもするが美味いものは美味い。
それに吸血鬼の好みである薔薇をも紅茶にするとは、人間もやるものだ。
第二に、その名の通りの『食事』。
吸血鬼は大蒜が弱点だ、とは鬼が豆を嫌いなどと同様によく広まっている知識である。
だがこれには少し間違いがあり、そもそも吸血鬼は血さえあれば他の食事は必要ない。
よって私たち吸血鬼にとっては大蒜が弱点、というよりは大蒜が弱点だと言われているらしい、が正解だ。
実際、人間である私のメイドに聞くまでは大蒜がどのようなものだとは知らなかった。
まぁ匂い嗅いだら少し嫌だったけど。
だが味覚は人一倍優れているのは確かだ。
血を飲んだだけでその持ち主の性別、年齢、体格などはわかる。
前述した通り、血は制限されているので私は他の食事にも手を出している。
それは私のメイドが作る食事が美味いからでもある。
メイドの名は、咲夜。
咲夜は料理にしろ掃除にしろ饗しにしろ手を抜かない。
完全である。他のメイド妖精は咲夜のことを瀟洒とも呼ぶな。
咲夜は人間であるが、私のメイドである以上、人間とは少し異なった生活スタイルで行動させている。
それはもちろん私に合わせ、朝眠り、夜活動する生活だ。
なので今は私に奉仕しているのがいつも通りだ。
だが、やはり人間というものは本能的に朝昼中心の生活というものがすり込まれているのだろう。
今日は神社で祭があったので咲夜も酒を飲んだ。今は部屋で寝息を立てているはずだ。
だがいい。咲夜にも休息が必要だ。人間なのだから。
ふふん、従者にも気遣いできる私は夜の王にふさわしいな。
しかしやはり、咲夜。
「お嬢様と私が酒を飲んでいい気分で帰ったがいいが、万が一私が寝てしまい、私の愛しいお嬢様がお腹をすかしてしまったときのため」用に食事を用意したとは。
いやはや、流石完全であり、瀟洒である。恐れいったよ。
しかもそのメニューが、なんと
『牛丼』
……くくく、わかっている。実に分かっているぞ咲夜は。
豚丼でも、鶏丼でもカツ丼でも玉子丼でもなく、『牛丼』。
先刻私が、お酒も飲んだしちょっとなんかおなかに入れたいなー、とキッチンに訪れることをまるで知っていたかと思うほど私の目の前にうまく配置されている魅力的な丼容器。
フタを開けると、そう。『牛丼』
……ここで少し、牛丼の魅力について語ろうかな。いいよね、脳内だし。
まず牛肉。豚肉よりは上品な脂を控えめに持ち、鶏肉よりはジューシーな油を持つ、いわば攻守最強の肉だ。
咲夜はまず、煮こむ前に牛肉を強火で焼く。これは肉汁を閉じ込めるためである。
咲夜の牛丼は玉ねぎを少し大きめに切ってから長時間煮こむので形が大分残る。なので玉ねぎは歯ごたえを残しそれでいて、味が染みている。
そして最後に長ねぎも上からふりかける。長ねぎはとても風味を良くし、甘辛い汁を全体的に整えてくれる。
それで出来上がったのが牛丼。
できたてほやほやが一番美味いのだが、そんな贅沢はいってられない。
なにせ咲夜がものすごく、ものすごーく気を効かせて私の舌に合うように苦労し工夫してくれた牛丼だ。
じっくり味わっていただくとしよう。たとえそれが冷めてたとしても、だ。
「いただきます」
咲夜と、材料に感謝を込めて、一口。
……うん、美味い。牛肉の肉汁が口いっぱいに広がる。
この肉汁は豚や鶏には出せまい。私の肥えた口にも合う最高の夜食だ。
ご飯、ねぎ、肉をバランスよく取り、二口、三口。
そしてここからが牛丼の真骨頂だ。
丼全般に言えることだが、なぜ丼はこの形をしているか。
それはもちろん、「具も、飯も全て」掻き込みやすくするためだ。
そばは音を立てて食べるのがマナーだ、というように丼は掻き込んで食べるのがマナーだ。
まぁ持論だが。
よし、味わったことだし、ここからだ。
「ふーっ……はぐっ、ん、がむ、うん、んぐんぐんぐんぐ、はむっ、がむっ」
私は一心不乱に牛丼を掻き込む。
この姿を誰かに見られたら、とは考えない。
なぜなら、目の前に丼があったからだ。
しかも、咲夜が私のために作った、牛丼が。
「っぐ、ん、うん、もぬもぬ、んぐ、……くはぁ。ご馳走様」
ありがとう。
誰にこの言葉を送るか分からないが自然と頭の中に浮かんできた。
……もうキッチンに用はない。
最高の、食事だった。
さぁ、寝よう。今日くらい人間に合わせて寝てやろうじゃないか。
今の私は、何だってしてやれる気がする。
流しに食器を置き、キッチンをあとにする。
すると向こうの方から歩いて来るのは……
「あ、お嬢様。ひょっとしてお嬢様もお食事ですか?」
「『も』ってことは貴方もなのね、美鈴。門番は一時休憩?」
「えぇ。少しの間、メイド妖精に見てもらっています」
「そう、私は寝るから、門番を頼むわね」
「任せてください! では」
自室に向かう。
門番にも賛美の言葉をかけ、優雅に自室に戻る。
くくく、これが私、レミリア・スカーレット。
あらゆる物に感動し、今宵眠るとしよう。
「あ、お嬢様ー」
「……何? 美鈴」
「咲夜さんが、お嬢様と神社の祭りに行くのでもし帰って来れなかった時の為に作っておくわね、って言って
用意してくれた『豚丼』、どこにあるか知りません?」
「え?」
『牛丼を戴くツェペシュの末裔』
終わり
豚かぁ~ッ……してやられましたわ。
牛丼の素晴らしさを描写しつつ見事なオチでしたぜ。
豚丼だっておいしいじゃないですかー!
この時間帯にこういうお話は危険過ぎる…
参りました。降参しますよ。貴方にも腹の音にもw
けど腹減った時点で俺の負けだ!
色んな意味でわがままなお嬢様らしいですね
改行直しました。わーい評価いっぱい。
私は牛丼一回だけ食べに行った事があります。でもあのアウェー感は異常でした。ガキんちょの行く所じゃ無いですね~ お嬢様
豚と牛間違えたってことですか? 何それ!?お嬢様味音・・・(r 超門番
米20氏の言うとおりだったら……
味音痴にしろ、咲夜さんが偽っているにしろ、お嬢様が不憫だwww
あんなに勢いよくかっ食らってたのに、これは恥ずかしい。
不意打ちずるい
お嬢が間違えたオチか
二人の趣向の違いオチか