この作品は「老いては子に従わず「三夜」」の続編です
この作品は東方プロジェクトの二次創作小説です
この作品には捏造、キャラ崩壊、オリジナル設定などが多分に含まれます
これを見て危機感を覚えた人はもどるをくりっく
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準備を終えて自室から出た私は、紅い夕暮れを見た。
耳元で爺様の怒鳴り声が聞こえた。
全ては斬ってから識れ
私は、ひとりぼっちのまま、夕暮れの中に飛び出した。
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『老いては子に従わず「四夜」』
「むっ! 来ましたか白黒!」
「よーう、美鈴」
「美鈴、ひさしぶりね」
湖の近辺を散策しながら進んでいくと、紅い屋根と大きな時計が次第に大きく見えてくる。
そこには里でも噂される、悪魔の棲むというお屋敷がある。
その門の片隅にはいつも、美しい赤毛の少女がひっそりと眠りについているという
里ではこんな美化された、ミステリックで優雅な噂が行き来している。
魔理沙と霊夢はそれが単に下っ端の従業員が外でサボタージュしているだけだというのはよくよく知っているので、別にその赤毛の少女がしっかり起きていて、太極拳の稽古をしていてもなんら驚くことはなかった。
「今日は良い天気だからお昼寝しててもおかしくないと思ったけれど」
「寒くもなく暑くもなく、この季節ってほんとすごしやすいよなぁ」
「そうなんですよー」
まだ上がりきってない、太陽を仰いで、長い影の中で昼寝をするのは実に気持ちがいいだろう。
「実はですね、私も今日はいいお天気だなぁって思って、咲夜さんと外でお弁当食べようねってお誘いしたんですよぅ」
のほほんと、双天手を構えながら初夏の陽気の中でおしゃべりするのは、ちょっと変な画だった。
「ああ、だから今日は珍しく真面目に起きてたの」
「咲夜が来る前くらいは起きてないとまずいよな」
「そうそう、だから今日は頑張って・・・・」
美鈴がはたと、気づいたように突然押し黙る。
「あら?」
「ん? どうしたんだよ、美鈴?」
おしゃべりを中断されて、少女たちもやや物足りなさそうに美鈴の様子を伺う。
「ちょわーっ!」
門の前で、美鈴は大きく叫び、普段通りの招かれざる客に突如として臨戦態勢をとった。
大地を踏みしめて、「どしん」と大きな気が植木や花を震わせた。
美鈴は肩を怒らせて、腰を低く溜めて両手を前に構える。
見事な震脚だった。
「おお~」
魔理沙がちょっと感心して、美鈴を称えるように適当にぺちぺちと手を鳴らした。
魔理沙と連れ立っていた霊夢はその様子をどうでもよさげに一瞥して、偶然眼に留まった近くの紅いザクロの花をむしり始めた。
「だから今日は、絶対にこの門は通させませんよー! ちょっと咲夜さんにいいとこ見せてやるんですからっ!」
「へー」
魔理沙が振り返って霊夢の様子を見ると、霊夢がまだ熟れていないザクロの実をむしろうと小柄な体から手を伸ばしている。
魔理沙が「それ、なんだ?」と尋ねると、「今日の昼ごはんよ」と簡潔に霊夢が返答した。
「ふふふ、今日の私は一味違います! 咲夜さんのお弁当以上に、これ以上本を踏み倒されると私の髪の毛が危険にさらされますからね!」
「何の話だよ?」
「・・・うるさいうるさいうるさいーっ! この前貴女に負けて本を盗られたときに大目玉を食らったんですっ!」
美鈴がじだんだを踏むと、辺りの木々が揺れて、ばさばさと鳥がそこらじゅうで舞い上がっていった。
「人聞きの悪いこと言うなよ、後で返すって」
魔理沙は紅魔館の図書館から本を強奪しては「死んだら返すぜ」といい加減極まりないポリシーをふりまいて、自分のものにしているのだ。
美鈴が暖かそうな紅い髪をふり乱して、悲鳴の篭った声で語り始めた。
「だって! パチュリー様が『次に負けたら、本の代金は貴女の体で払ってもらうわ』っていうんです!」
「エロいな」
「いやねぇ」
少女達が美鈴を穢わらしいモノを見る目で見下しながら、こしょこしょと耳打ちをし合った。
「ち、違いますっ! そーいうのじゃなくて! 私の髪の毛を本の代金代わりに売りさばいてやるって脅されているんですよ!」
「なーんだ、そういうことかよ」
「『なーんだ』、じゃありませんっ!」
「綺麗な髪してるものねぇ」
魔理沙が「暖かそうで綺麗だよな」と付け足すと、美鈴が「えへへ」とだらしなく笑うが、はっとさっきまでの自分を思い出して、またしてもヒステリックに叫びなおした。
「長い友達と書いて髪! この髪が切られたら死んでやるーっ!」
「遺髪は私がもらってやるぜ」
「誰のせいだと思ってんですかーっ!!」
門先でやいのやいのと騒いでいると、
「こんにちは、二人とも。 楽しそうね、私も混ぜてくれない?」
と瀟洒な佇まいで微笑みながら、日陰の中で咲夜が挨拶した。
「よっ、咲夜 遊びに来たぜ」
「ごきげんよう魔理沙、霊夢 今日は良い天気ね」
「ちょっと待っててくださいねっ咲夜さん! 今からこの狼藉者どもを追っ払いますから!」
咲夜の抱えている重箱を見て、ますます息を巻く美鈴。
「これからお昼にするけど、一緒にどうかしら?」
「あら、いいの?」
腹をすかせた巫女が、色取り取りの弁当箱を前にして、柄にも無く瀟洒な笑みを真似てみる。
「いやー、こういう日はピクニック気分もわるくないよな」
「断固拒否します! 我々がこいつらと馴れ合う必要はありませんっ! それは私と咲夜さんのお弁当ですっ!」
美鈴が臨戦態勢の猫を思わせる必死の形相で抗議した、このままでは気だるい昼、二人きりのお楽しみ時間が霧散してしまう。
断じて、この新参二人に邪魔されてなるものかと、「アチョー!」と気合いも甚だしく霊夢と魔理沙を威嚇する姿勢は崩さない。
「美鈴、私の友達に対してなんて態度なの? あんまり無茶が過ぎるとシフトを増やすわよ?」
「ぬがぁ!?」
「もー、わがままな中国はほっといて昼にしようぜ!」
「美鈴、はやく食べないとなくなっちゃうわよ?」
「中国って言った! 今、中国って言いましたね!?」
魔理沙が広げられたごちそうを前にして、うきうきとそれを頬をいっぱいにぱくつき始める。
いつの間にか、咲夜が手にしていたポットから甘い紅茶の匂いが漂い始めていた。
「うう~」
「メイド長をやってるだけはあるわよね」
「あー旨い こりゃ三ツ星だな、いくらでも入るぜ」
魔理沙がにやにやと美鈴に微笑みかけながら、サンドイッチをほおばった。
「甘い紅茶はいかが?」
「ありがと」
「糖分は乙女の燃料だぜ」
「ほら、美鈴、貴女も飲みなさい」
ポットを持ちながら手招きする咲夜、少女たちが和気藹々と陽だまりの中で食事するのは非常に画になる。
悔しそうに棒立ちしていた美鈴もとうとう昼の食欲に負け、輪に入って食事を囲んだ。
「はー、ご馳走様」
腹を満足そうに撫でて、近くの腰掛に座り込む霊夢。
「お粗末様でした」
咲夜が空になった重箱に手を伸ばすと、少女らの目にはそれがふっと消えて、代わりに甘いお菓子が並んでいた。
もちろん、時を止める力がそうさせている。
それに、驚く要因はすでに彼女らにはない。
甘いお菓子と飲み物が出てきたことろで、新たな話題が必要になる。
少女たちは別の話題に興じはじめた。
「決闘・・・ですか」
「そうそう、決闘だぜ、白玉楼御庭番、魂魄妖夢の真剣勝負ってやつだ」
妖夢には公言を一応は禁じられていたが、最初から少女の口に戸など立てられない。
ご機嫌な昼を一緒にした魔理沙が、美鈴に自分たちの懸案事項を話そうとしたのも自然なことだった。
「昨日一緒に話を聞いてた咲夜を誘おうってわけだ、だから今日は本を借りにきたわけじゃないぜ」
「ってわけよ、咲夜 どお? 一緒に来る?」
咲夜は霊夢と魔理沙の申し出に多少は驚いたものの、嫌な感触は無かった。
妖夢が無事であること、その手伝いを出来るかもしれないと思うと、気分も少しながら高揚してくる。
有り体に言えば、彼女もまたこの申し出に乗り気になった。
「ええ、いいわよ」
「よーし、決まりだ! 今から出発だぜ」
魔理沙が景気よく拍手を打ち、立ち上がった。
「よかったな美鈴、髪の毛の寿命も延びたってわけだ」
適当に茶化すように魔理沙が肩をすくめて笑うと、美鈴がわなわなと唇をあけたり閉じたりしていた。
「よ・・・」
「ん?」
美鈴がわなわなと肩を震わせて、叫んだ。
「よくありませんっ! 絶対駄目です! そんな危ないことさせるわけにはいきません!」
美鈴がやおら立ち上がる。
「うわっ!?」
「美鈴?」
「どうしてそんな安受けしちゃうんですか! 絶対に駄目です!」
「大丈夫よ、美鈴」
「大丈夫じゃありません! 絶対いけませんからね!」
普段、咲夜の言うがままの美鈴がこうして抗議するのは咲夜にとっては珍事だった。
美鈴の大声に少しばかり驚く。
「どうしてもというなら、私も行きます! 咲夜さん一人で危ないことなんてさせません!」
「貴女が言っても説得力に欠けるわね」
「ぬがぁ! それはそれ、これはこれです!」
美鈴は梃子でも意見を変えない、話がややこしくなってきたところで霊夢が「はぁ」と気だるそうにため息をついた。
「魔理沙の口が軽いのがいけないのよ、話がややこしくなったじゃない」
「えー」
霊夢がちょいちょいと魔理沙を小突いた、魔理沙は大して悪びれる風も無く頭を掻く。
「だ、第一お嬢様がそんなこと許すはずがありません!」
そこで、咲夜はちょっと戸惑った声で「あう」とたじろいだ。
美鈴はこの咲夜の反応に「しめた」とでも思ったのか、
「そ、そうだ! そうですよ、お嬢様が許すはずありません!」
と自分で言ったはずのことを何度も頷いて繰り返しつぶやいた。
「いやー、どうかな、あいつも妖怪の端くれだぜ? そういうの結構好きそうだけどな」
「ともかくも、お嬢様にお伺いしないと、そんな私闘に首を突っ込んでお休みなんてゆるされません!」
美鈴が「そうでしょう!」と声を荒げて、あわただしく咲夜に詰め寄った。
「そうだけど・・・、ねぇ美鈴? 何もそこまで気張らなくても」
「だよなぁ」
「あー、ったく、そんなんでいちいち大騒ぎしてたら日が暮れちまうぜ」
気づけば、日が傾きかけている。
そろそろ、決闘の場所を特定しなくてはならない。
「咲夜はお前よりずっと強いじゃんか、そんなにアワくって、みっともないったらないぜ」
魔理沙がまったく興冷めしたと言わんばかりに
手のひらをひらひらと漂わせて、
「そんなだから、美鈴はいつまでも弱いままなんだよ」
と、美鈴をあざけった。
「・・・・」
咲夜が背筋を、水が這っていくような感覚にはっとして美鈴を見ると、赤毛の妖怪が眼を細めて、表情を強張らせている。
「ま、魔理沙」
咲夜は視線を二人の間にさまよわせて、気配の豹変に慌てふためく。
「弱いですか」
「そうさ! 白刃だか乱痴気騒ぎだかしらないけどよ、そんなもんにビビッてちゃお話にならないぜ」
場の、暖かな空気が一気に険悪なものに変わった。
普段、美鈴を監督する立場の咲夜は常日頃から、この赤毛の妖怪をあたまごなしに叱り付けることをしている。
しかしそれは、美鈴がレミリアの「紅くてかわいい」から、お気に入りという点で嫉ましいから、というだけのものだ。
「本当に危ないですよ? 首突っ込んでいいことなんかなにもありません」
「よく言うぜ、私に勝てるようになってから言えってんだ」
弾幕勝負ではそれなりの能力しか持たない美鈴ではあるが、それでも咲夜は、紅魔にやってきた当初はともかくも、なんだかんだと美鈴の精神力と能力を買っていたのだ。
紅魔館では妖怪の中でも特に強いとされる吸血鬼、魔法使い、時間を止めることの出来る人間とがたむろしている中で、美鈴はそれほど異彩を放てる存在ではない。
それでもいざ戦うとなると、美鈴は人間の力では恐ろしい妖怪になりえた。
「これから、ひと騒ぎしようってんだ、弱いくせに、しゃしゃり出てきて水を差すなよ」
まがりなりにも武術家を名乗る美鈴に、真剣勝負の場で「弱い」と言う言葉は、紅魔館の幹部以外には相当に危険な言葉だった。
「美鈴、とりあえず、お嬢様にお伺いして、それで駄目だったらあきらめるわ」
咲夜はしどろもどろになりながらも、なんとか、宥めるようなこれ以上美鈴を刺激しないような、ささやき声で話しかけて、魔理沙と美鈴の間に入った。
今にも美鈴が「じゃあ、今すぐ勝負でもしましょうか」と言いだしそうだったからだ。
美鈴にはさっきまでの会話の流れも忘れきって、間に入った咲夜を、大きな手でぐいと押しのける。
「ん? なんだよ、やるってか」
そういう美鈴の強面の内側を知ってか、魔理沙も挑発的な態度を崩さない。
魔理沙にとっては、美鈴は連戦連勝の格下の弱い奴。
一人暮らしの魔法使いは舐められたらやっていけないというのもあるには、ある。
だが普段の定型化した、おままごとの勝負とは少しだけ雰囲気が異なっていた。
息を呑んだ。
美鈴の瞳がらんらんと輝いて
紅い髪が不気味に、魔理沙を包み込むように浮かび上がった。
「魔理沙、言いすぎよ」
霊夢がぴしりと言った。
美鈴の膨れ上がっていた妖気が、ふっと萎みきる。
紅い髪も「すとん」と情けなく萎れた。
霊夢が先ほど捥いだザクロの実をぽんぽんと手のひらの上で遊ばせながら、魔理沙の肩に軽く手を置いた。
「駄目じゃない、そんな風に言っちゃ」
「あ・・・ああ」
魔理沙は霊夢の言葉に気を取り戻して、短く返答する。
魔理沙は、先に見た妖怪の瞳の妖しさに、一瞬心を奪われていたのだ。
「弾幕ごっこじゃ、あんたに勝てる奴なんてそうそういないわよ」
「そ・・・うだな」
「美鈴も多少は気にしてるみたいだし、謝っときなさい。 それこそこんなことでいちいち喧嘩してちゃ、時間がいくらあっても足りないわよ」
霊夢が「ね?」と美鈴にも視線をやる。
美鈴は目を細めて逡巡するような気配だったが、あっという間にいつもの柔和な顔に戻った。
「あ・・・、うん、そうだ、悪かった美鈴」
「ふーんだ、どうぜ私は弱いですよー」
唇を尖らせて、腕を組んでいじけてみせる美鈴。
事の成り行きを不安げに見守っていた咲夜もほっとして、胸をなでおろした。
「あの・・・すいません咲夜さん・・・・、さっきは乱暴にしちゃって」
さっき、咲夜を乱暴に押しのけたことを言っているのだろう。
上目遣いで、腰を低くして見上げるように咲夜を覗き込む。
普段通りの低姿勢な美鈴に安心した咲夜はいつもの調子をようやく取り戻せた。
「どういうつもりかしら? 私を突き飛ばして、それなりの覚悟あってのことよね?」
「え、別に突き飛ばしては」
「お嬢様にお伺いするついでに、貴女の処遇についても話してあげるわ、ついてきなさい」
「ひええええぇえええ!?」
咲夜が美鈴の耳を摘んで紅魔館の中に入っていく。
「私はここで待ってるわ」
「えー? なんでだよ、一緒に直訴しようぜ」
「長居すると、夕暮れに間に合わなくなるじゃない、気になるなら魔理沙行ってきなさいよ」
魔理沙は「おう」と答えて、足取り軽く紅魔館の中に入っていった。
「はぁ」
軽くため息をつく。
好奇心旺盛なのはいいが、魔理沙はあの性格でいつか危険を招きこむのではないだろうか。
どうやら、あの美鈴も妖怪の端くれということなのか
霊夢は、美鈴がおとなしく引き下がったことに安堵していた。
決闘という響きに彼女の心もまた、妖しく燻ったのだろうか。
まぁ、咲夜が来れなくても、別にいいけどね
口には出さないもののそんな態度を通している。
霊夢が思うところは、
妖夢の話を直接聞いた奴だから、誘った。
事を解決するだけなら咲夜はおろか魔理沙も必要ではないだろう。
普段から暇をしている、友人達にちょっとした眼の覚める開放的な暇つぶしを提供しているだけだ、都合がつかないのなら、それは仕方が無い。
日が、高く上り始め、風が青い葉っぱがざわざわと、五月蝿く、しかし優しげな音を立てていく。
「楽しそうねぇ」
「そう?」
どこからとなく、声が聞こえたので、霊夢は適当に相槌を打った。
「楽しそうにしてたから、口を挟む気になれなくてね」
「普段から空気なんて読んでないくせに」
霊夢の背後の声は、「まぁひどい」と鼻をくすぐるような嗤い声を立てている。
「それで何か用なの、紫?」
「用がないと逢いに来ちゃいけないの?」
振り向くと、神秘的な容貌をした女が、くるくる日傘をまわして遊んでいた。
「あいつらとはあんなに仲良くしているのに、私だけのけ者にするなんて、寂しいわ」
何をいってやがるか
万事、白々しい、人を食ったような態度をしている。
いつも、紫の言葉は、周りを煙にまくのだ。
いまさら気にするほどのことでもないが、霊夢にとってやりにくい相手の一人ではあった。
「友達で集まって、甘いお菓子に舌鼓、元気におしゃべりして」
「乱闘騒ぎになるところだったけどね」
霊夢が適当に茶々を入れる。
「これから、白刃騒ぎを物見遊山」
「その通りね」
なるほど、妖夢のことか
霊夢は紫がどんな小言を言いに来たのか、見当が付いた。
「妖夢の事なら大丈夫よ」
「あら?」
皆まで紫に言わせるのも癪だったので、先に言い切ってしまうことにした。
「これから行って、犯人をとっちめるわ、紫はおとなしくしてなさいよ」
そこまで、一気に言い切って、轟然と腕を組みなおす。
「ふふふふ」
あいも変わらず、紫は含みわらいをしているばかりだ。
紫が
「やぁっぱり」
と笑って、霊夢に手招きした。
「何よ?」
「手を出しては駄目よ」
霊夢が「はぁ?」と紫の真意を疑った。
「最後まで、どちらかが斃れるまで、見守りなさい」
「なんでよ?」
「貴女のためよ」
紫が紅魔館のほうを向いた。
聞き耳を立てているようだ。
どうやら、議論が白熱しているらしい。
「私が負けるとでも?」
霊夢は顎をあげて、尊大な声色になる。
「・・・いいえ、負けないでしょう」
「じゃあ、なんでよ?」
紫はくすくす嗤いながらも、目元を厳しくした。
「後学のため・・・・じゃ、駄目?」
小首を傾げて、霊夢ににこにこと微笑みかける。
「ちょっとはわかるように話なさいよ」
そもそも、白刃騒ぎを見て勉強になることってなに?
こいつの話はいつもそうだ
話の肝要をうやむやにしてから話す
私がまるで物分りが悪い小娘みたいじゃないの
「貴女が、自分は以前の博麗達よりも強いと思ってるとこ」
紫はもう一度紅魔館のほうに眼を向けた。
どうやら、話し合いがまとまってきたらしい。
「・・・・」
霊夢の息が一瞬詰まる。
「あら、図星ね」
「事実よ」
「それを決めるのすら、博麗である貴女自身」
紅魔館の中の話し声が聞こえなくなった。
話し合いが終わったのかもしれない。
「じゃあ、何がまずいってのよ」
「けれどそれは今晩を終えてからにしなさい」
霊夢の質問を無視する形で、さらに紫は言葉を続ける。
「あの、妖夢という半人前が貴女に出来ないことを教えてくれるわ」
紫が霊夢の髪を梳かすように撫でた。
「綺麗な髪ね、あの子とは大違い」
紫が優しく微笑む。
「おーい、霊夢」
魔理沙の声に反応して、振り向くと。
咲夜と連れ添って美鈴とレミリアが日傘をさして歩いていた。
「こんにちは、霊夢、今晩は良い夜になりそうね」
「・・・・まさか、あんたまで来るつもりじゃないでしょうね」
レミリアは小さい体を近くの腰掛におろして、脚をぶらつかせて遊びだす。
「っふ・・・、貴族たる私はそんなお馬鹿な乱痴気騒ぎには興味が無いのよ」
「乱痴気騒ぎの元がよく言うぜ」
「ねぇ・・・ゆかり」
と先ほど話していた紫のほうに首を向けたが、
「どうしたんだよ、霊夢」
「・・・いえ」
誰もいなかった。
二人だけの話にしろということかしら?
霊夢は姿を消した紫の行動をそう捉えることにした。
「興味がないならなんで出てきたのよ」
レミリアは「うー」と唸っているだけで霊夢を睨んでいるだけだ。
「のけ者にされてたのが寂しかったんじゃないか?」
「あー」
美鈴が納得いったと言わんばかりにうんうんと頷いた。
どうやら、直に霊夢に顔を合わせておしゃべりに参加したかったらしい。
「ち、違うわ!」
小さい手足をじたばたさせてレミリアが抗議するが、誰も耳を貸さない。
咲夜がその光景に恍惚としながら「今度は私と一緒にお出かけいたしましょう」と一言付け加えた。
「まだ日が高いけど、大丈夫かよレミリア」
「ふ・・・・、太陽を克服した私にとって太陽などそよ風も同じことよ」
そういいつつも、日傘からはみ出た翼が太陽で焦げ始めると、レミリアはあわてて近くの木陰にもぐりこんだ。
「お嬢様、日焼け止めのクリームでございます」
「うん」
「過保護だなぁ・・・」
咲夜が手際よくレミリアの深紅の翼に恭しくクリームを塗りこんでいく、レミリアもまんざらでもないすまし顔で、なすがままにされていた。
「紅魔館の敷地で、私をのけ者にしておしゃべりとはなかなか良い度胸ね」
「やっぱり寂しかったんですか」
「おだまり! ・・・それと、咲夜」
「はい、お嬢様」
「貴女には、今晩暇をだすわ」
レミリアは優雅に、傘を舞わして咲夜を指差す。
「はい」
「その決闘だかチャンバラだか知らないけれど、そいつを軽くノしてしましなさいな」
「仔細ないですわ、お嬢様」
瀟洒な立ち振るまいで頭を下げる。
「ええ!? ちょっと待ってくださいよ!」
まったく自分の意見を無視された形の美鈴が仰天する。
「危ないですよ! 怪我したら大変です!」
「五月蝿いわ、美鈴 第一貴女にそれを言う資格はないわよ」
「そーそ、私に勝てるようになってから言えってんだ!」
「大丈夫よ、美鈴 時間を止められる私なら、いざというとき、どうとでもなるわ」
「け、けど」
少女たちが非難轟々と、美鈴を攻め立てている。
それでも、美鈴が頑として譲らないので
「まったく、美鈴、貴女には再教育が必要ね! 美鈴は私が直々にお仕置きしておくから、 咲夜はとっとといってらっしゃい」
と雇用主からの鶴の一声。
「そ、そんなぁ・・・」
肩をあからさまに落としてがっくりする美鈴を背にして「いってくるわ」と颯爽と霊夢達と連れ立って、空に飛翔していく。
「気をつけてくださいねー!」
必死に腕を振り回して、主張する美鈴。
それをおかしそうに、ちょっと微笑み返して咲夜達は空の中で小さくなっていった。
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今から決闘に行くんだ
そう、思うだけで、肝が縮み上がる思いがする。
だが、爺様の言葉を思い出した。
力むな、妖夢
力めばそれだけ余分な力が出来る、それでは敵は斬れんぞ
まるで、耳元で叱られているようにはっきりと聞こえて、思わず振り返った。
もちろん、そこには誰もいない。
いてくれれば、どれだけよかったかわからない。
初めて木剣を握った。
途方もなく大きい掌が私の手を取って、木剣を握らせてくれた。
そのときは、木剣でも恐ろしいものを握らされていると感じた。
重く、冷たい木剣を握らされると、手が勝手に震えた。
それでも、なんとかしようと、必死に剣を振り回したのが良かったのか、そのときは拳骨を落とされなかった。
「決して、私が戻るまでお部屋を出ませんように」
幽々子さまの部屋の前で、そう告げる。
中から、返事とも付かないよな、小さな声が返ってきたのを良しとした。
逃げれば助かるぞ
今度は、私とそっくりな声で、誰かが耳元でささやいた。
森の中で、逃げている最中に大声で私に向かって叫んでいた奴だ。
私は、
嫌だ
とつっぱねると、そいつはそれきり黙りこんだ。
爺様がいない間も、私は自分で言うのも難だが、くそ真面目に稽古をしていた。
それだけに、先日の爺様との立会いで勝ったときは嬉しかった。
そして、免許皆伝をもらったときはさらに嬉しかった。
自分が一人前に認められることが、嬉しかった、他ならない、爺様に認められることが嬉しかったのだ。
あの、入道雲のような体が、はねるように笑うと、嬉しくなった。
だが、今はこんなにも苦しく辛い。
眼のくらむ様な不安と、先行きの見えない夕暮れがこんなにも恐ろしいものに見える。
自分が思っていた一人前とは、もっと輝かしくて、華やかなものだった。
強い私が、敵を屠って、皆が私を褒めちぎって、そして認めると夢想していた。
やはり、私は弱いままなのか
私は、結局一人前になどなれていないのだ
爺様が高齢になられたから、勝てたというだけで、私は弱い不心得者の半人前の剣士なのではないのか。
全ては斬ってから識れ
またしても、耳元で怒鳴り声が響いた。
「うわっ」
私は思わず、丸めていた背筋を、叩かれるように伸ばす羽目になった。
もう一度、後ろを振り返る。
当然、そこには誰もいない、わたしの影法師が長く寝そべっているだけだ。
「そうだ」
爺様なら、なにか良い知恵を聞かせてくれるかもしれない。
どうせなら、本物から聞いたほうがいいに決まっている。
爺様の部屋の前に急いだ。
この際、もう何でもいい、一声かけてくれるだけでもいい
あの怒鳴り声だけで、いつもの私に戻れる。
障子が、爺様と私を分け隔てている。
そっと、障子に触れようとしたが、手が動かなくなる。
「・・・・」
「・・・・」
中にいることは、息遣いでわかる。
少々、部屋で物音がしている。
爺様も私がいるのはわかっているはずだ。
だが、爺様はいつまでも私に話しかけてくることはない。
私の志はどんどん低くなり、せめて一声かけてから出立しようと思った。
「し・・・」
ししょう
そう呼びたかったが、ぐっと喉から息が途絶えてしまう。
今の、昨晩逃げてきてしまった卑怯者の私には、それを口にすることさえ憚られるような気がした。
「・・・・行ってまいります」
やっとのことで、それだけ言って。
私は障子の前でお辞儀してから、白玉楼を飛び出した。
最近は誤字もすくなくなってきたみたいで、上達したのだろうか?
次回はギスギスしているのでどうも、受けは悪くなるかもですが、がんばります。