時は丑三つ時。
誰も彼もが寝静まるその時間は、ここ博麗神社の主も例にもれずグッスリと夢の中。
天井に輝く満月が唯一の光源として君臨し、妖怪の時間であることを告げるそんな真夜中に、境内にひとつの人影があった。
「……まったく、私はこんなところで何をしているのやら」
深々と呆れるようにため息をついた人影――茨木華扇の背には、一抱えほどもあろうかという風呂敷がある。
中身はなんてことはない、日持ちのする食材ばかりが詰められており、それらは全てこの神社の巫女、博麗霊夢のために彼女自らが集めたものだ。
さて、それを渡すのがなぜこのような丑三つ時なのか。
多くの人々はさぞ疑問に思うことであろう。
それには、少々複雑かつ奇天烈怪奇な事情があった。
……とまぁ、大仰に言ったところで、その実はというとだ。
「そ、そうです! これはただ、いつも空腹な巫女を哀れに思ったが故の、仙人らしく人助けしようという気持ちの表れです!
け、決して面と向かって渡すのが恥ずかしいとか、そういうのではないのよ! ないんだったら!」
なにやら顔を真っ赤にしつつ、小声でうんうんと頷く仙人。
ようするにこのお方、面と向かって彼女の助けになるのが気恥ずかしいのである。
だからといって、このような時間に無断侵入もどうかと良心が咎めたが、これは人助けなのだと都合のいいように自己完結。
決意を固め、握りこぶしを作った彼女は意気揚々に、けれども霊夢を起こさぬようにこっそりと神社に近づいて――。
「……へっへっへ、年貢の納めどきよ霊夢ぅ! 今日という今日は私の――」
……なんか、賽銭箱前にいたはないき荒いほっかむりの不審者とバッチリ目があってしまった。
はたして、その沈黙はいかなものだったのか。
華扇の目の前にいる不審者は赤い目をぱちくりと瞬かせ、背中のコウモリの羽がパタパタと落ち着きなく動いている。
一瞬だったのか、それともあるいは数刻はたっただろうか。
もはや完璧に変質者を見るような白い目を向けている華扇に、不審者はビッと勢い良く指をさし。
「何者だ不審者!?」
「それこっちのセリフですけど!? なにそのものすっごいブーメラン!!?」
完全に自分のこと棚に上げてとんでもねぇこと口走りやがったのである。
華扇の反論という名のツッコミもなんのその、不審者は「ふふん」と得意げに腕を組み、その背の翼を大きく広げてみせた。
「何を言うかこの不届きものめ! 己の姿を今一度考えてみるといいわ。もう完膚なきまでに不審者だから!」
「ちょっとぉー!? 帰ってきてますよ!? セリフのことごとくが自分に帰ってきてますよ!!? ドリフトしながらUターンするがごとき勢いなんですけどぉ!!?」
「その様子からして物取りの類ね。でも諦めなさい、霊夢の家には悲しいくらいに何もないから!」
「そしてなんかすっごい失礼なこと口走ってるし!!? いや、何もないのは否定しませんけども!! そもそも私はそんなんじゃありません!!」
なんか微妙に噛み合わない会話を繰り広げつつ、華扇の言葉が気になったのか首をかしげる不審者。
ツッコミの連続で切らした息を整えるように深呼吸をしてから、華扇はあらためて言葉を続ける。
「私は、霊夢に荷物を届けに来ただけです! やましい気持ちなどは決してありません」
「ふーん、じゃあなんでこんな夜遅くに?」
「そ……それは」
もっともな指摘を受けて、うぐぅっと言葉を詰まらせる華扇。
恥ずかしそうに視線をそらし、人差し指をつきあわせてもじもじと落ち着かない。
やがて、このままでは自分の身の潔白は証明できぬと悟ったか、トマトみたいに顔を赤く染めた彼女は、気恥ずかしそうに、ぽつりと言葉をこぼした。
「だって、……私のキャラじゃないというか、その……恥ずかしいじゃないですか」
何しろ、普段は霊夢に説教ばかりしている華扇である。
堅物というか融通が利かないというか、ともかく生真面目な彼女にしてみれば、今の自分の行為は巫女を甘やかしているのではないかと思ってしまうのだ。
今の貧乏な現状は霊夢のやる気の無さや、その他もろもろが遠からずの原因であると考える華扇にしてみれば、今の自分の行いはやはり余分ではないかと思ってしまうわけだ。
きっと、霊夢が今の彼女を見れば目を丸くしたあと、クスクスと「らしくないわねぇ」なんて笑うことだろう。
それが、なんとも恥ずかしいと思ってしまうのである。
そんな彼女の言葉に、不審者は何を思っただろう。
おもむろにほっかむりを脱ぎ捨て、その素顔をあらわにすれば、紅魔館の主、レミリア・スカーレットが意味深な笑みを浮かべていた。
けれど、その表情はどこか優しい。暖かく、包み込んで癒すかのような、そんな笑みであった。
「そうか、お前も私と同じなのね。私も、普段のあの子にこういうことするのが恥ずかしくて、こんなみっともないマネをしてる」
「あなたも?」
華扇の問いに、吸血鬼は「えぇ」と静かに返す。
静かに目をつむり、想いを馳せるかのように静かに笑う姿の、なんと幻想的なことか。
先ほどまで不審な姿は微塵もなく、緩やかな風が蒼色の髪を撫でる姿は、強者としての風格がたしかにそこにあった。
知らず、息を呑む。
いま初めて、華扇は己の目の前にいる存在が、かの運命を操る吸血鬼だと気がついたのだ。
やがて、レミリアは瞳を開けた。
憂いを秘めた、そんな瞳のまま。
「霊夢をね、ペロペロするためにここに来たのよ」
「フンッ!!」
ズドンッ!!
「おごぉっ!!?」
……訂正、やっぱガチの変質者だった。
振り抜いた華扇の右腕は深々とレミリアのみぞおちに突き刺さり、幼い姿の吸血鬼の体がくの字に折れ曲がる。
ズシャリと地面に崩れ落ちたレミリアの体は、ビクンビクンと危ない痙攣を繰り返してはいたものの、それでも視線を華扇に向ける辺りは、さすが吸血鬼というべきか。
「ふ、ふふふふふ。いい右を持ってるじゃないか。その右腕、包帯を解くと邪王炎殺的な黒い龍が飛び出すのでしょう?
……やっべ、超見てぇ。ちょっとやってみせなさい」
「出ません。ていうか、なんの話ですか」
「いいじゃない、同類のよしみでしょう?」
「誰が同類ですか!? あなたみたいな変質者と一緒にしないでください!」
「いや、厨二的な意味で」
その後、神社の壁で世紀末バスケをされる吸血鬼の姿が目撃されたとかなんとか。
無論、噂の真意は不明であるということにしていただきたい。
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ギシギシと廊下の軋む音が、やけに大きく感じる。
普段は気にもしないそんな音が、夜だと一段と響くように聞こえるのはその静寂のせいなのか。
目的の台所に到着したところでぴたりと足を止め、重々しくため息をついた彼女は後ろをついてくる吸血鬼に視線を向けた。
「なんでついてくるんですか?」
「いや、お前があやしいんで――」
「それはこっちのセリフです!」
お前が言うなといわんばかりの言動に反論しつつ、華扇は頭痛をこらえるように頭を押さえながら中に足を踏み入れる。
気配からしてレミリアも入ってきたのだと分かった彼女はゲンナリとした気分になりながらも、食料を保存している場所にまで足を進めた。
そこはあまり大きくはない小部屋ではあったが、一人分の食料を保存するとすれば十分な大きさだろう。
風呂敷を広げれば、数日分の食料が顔をだし、最後に悪くなっているものがないか確認を済ませる。
そんな彼女の様子を見て、「ほー」と感心したように言葉をこぼしたのはレミリアである。
「なんだ。本当に荷物届けに来ただけだったのね」
「最初からそう言ってるじゃないですか」
「いや何、最近はペロリストを名乗る変態が増殖してるらしいしねぇ」
「あなたのことですよね、それ」
「……え?」
「なぜそこで疑問符!!?」
「ダメだこいつ、早く何とかしないと!」
「こっちのセリフですよそれ!? なにこの吸血鬼、すっごい腹立つ!!?」
腹立たしいことこの上ないが、ここで騒いでいても仕方がない。
というか、もしも仮に霊夢が起きてきたらどう言い訳すればいいのかも見当がつかない。
本当のことを話せば済む話なのかもしれないが、なぜかこの吸血鬼がいると話が明後日の方向に飛び去ってややこしくなるような気しかしないのである。
なので騒ぐわけにもいかず、華扇は怒りを静めるように大きく深呼吸をし、それからあらためて食料を保存するための部屋を開けると。
――なんか、竜宮の使いがすっからかんの部屋の中でひとり正座してた。
「空気読んで、一週間前からスタンバッてま――」
皆まで言わせる間もなく、無言のまま華扇はそっと部屋を閉めた。
何も見ていない。何も見ていないったら見ていない。
そこはかとなく一週間も前からアレがそこにいたということは、すくなくとも一週間は巫女が絶食状態だったという恐ろしい事実に行き当たったが、とりあえずそれは無視。
巫女が一週間や一ヶ月飲まず食わずだなんて今更な事実だし、それを解消するために華扇が食材を運んできたのである。
うん、だからそれはいい。いや、あんまりよくないけどそれはとにかく置いておく。
問題は――。
「……なんでこの神社、こんな変人ばっかり集まってくるんですか?」
「心配するな。お前も直にあぁなる」
「何が!!?」
ここに集まっているのが変人ばかりだということである。
しかも、なんかいつの間にか仲間と思われているあたりたまったもんじゃない。
「さ、建前の仕事はおしまいよね? 私もあなたも一緒に巫女をペロリしに行きましょう」
「何『近所のコンビニでアイス食おうぜ!』みたいなノリで誘ってんですか!? ていうか、私のはこっちが本来の目的なんです! あなたと一緒にしないでください!!?」
「ふふふ、恥ずかしがらなくてもいいのよ。最初はみんなそういうの」
「うわ、この吸血鬼話を全然聞かない!!?」
「いざ行かん!! まだ見ぬ巫女の薔薇園(脇)へ!!」
「って、あぁ!!? 待ちなさいそこのダメ吸血鬼――って速ッ!!?」
華扇が止めるようとしてもそんな言葉には耳も貸さず、凄まじい勢いで台所から飛び出す吸血鬼。
やはり腐っても夜の王、ヴァンパイアの力は伊達ではないということなのか。
恐ろしいほどの力の無駄遣いを目の当たりにしながら、華扇はレミリアを止めようと足を進めようとした、その瞬間。
「――首位打者剣(レーヴァテインVer)!!」
「クワバラッ!!?」
「あ」
台所から飛び出た吸血鬼が、第三者の炎の剣でものの見事にホームランされた。
果たして、その威力はいかほどのものだったのか。
あれほど頑丈でしぶとかったレミリアを、まさかの一撃ノックアウトである。
ピクピクと痙攣するレミリアに歩み寄ったのは、先ほどの一撃の主、フランドール・スカーレット。
「……ったく、やっぱりここにいたわ。お姉さま、お願いだからその変態趣味を身内以外に向けないでよね。まったくもう」
疲れたようにため息をひとつついた少女の背中は、何か色あせててちょっぴり切ない。
なんかこう、常識を持っちゃったが故の気苦労というかなんというか、そんなオーラをひしひしと感じるのである。
なぜだろうか。なんだかものすごく、他人の気がしない華扇であった。
「ごめんなさいね、うちの姉が迷惑かけたみたいで」
「い、いえ」
「ふーん、巫女に食材を届けてあげたんだ。相変わらず、霊夢は愛されてるなぁ」
台所の一角を見ながら言葉を紡ぐ少女の言葉に、華扇は気恥しくなって顔を朱色に染める。
そんな様子がおかしかったのか、フランはクスクスと笑みをこぼして華扇の顔を覗き込む。
吸血鬼の赤い瞳は宝石のようで、そんな愛らしい瞳が自身を覗き込んでいることに、どうしてか気後れを感じてしまう。
心の内を見透かされているような気がして、暴かれてるような気がして、ひどく落ち着かない。
「巫女のこと、大事にしてあげてね。私もお姉さまも、霊夢のことは気に入ってるから」
「は……はぁ」
「それじゃ、私はこれで帰るね。今度、機会があれば紅魔館にいらっしゃいな。なんていうか、あなたとはすごく気が合いそうな気がするの……苦労人的な意味で」
あぁ、やっぱ気のせいじゃなかったんだ。という感想は飲み込んで、「えぇ」とだけ返すだけ。
それ以上の言葉は、この場には不粋だと感じたからか。
少なくとも、それだけで気持ちは通じたらしい。
少女は「楽しみにしてるわ」と笑顔を浮かべて、意気揚々といった様子で帰っていった。姉を引きずりながら。
その際、「やだぁ、霊夢ペロペロするのぉ」だとか「はいはい、あとで私がペロペロさせてあげるから」だとか聞こえたが、全力できかなかったことにする。
合掌。
そんな二人を見送る華扇の肩をぽんぽんと叩く誰か。
そちらに彼女が振り向いてみれば。
「……」
「……あ」
ものすんごく目の座りまくった博麗霊夢が、恐ろしい形相でこちらを見ていた。
▼
時は変わって翌日の博麗神社。
そこにはいつものようにお茶をすすり、いつもとは違う豪勢な食事を楽しむ巫女の姿。
そのテーブルの向かい側には、恥ずかしそうに肩をすくめて丸くなっている華扇の姿があった。
「まったく、こんな回りくどいマネしなくても、直に渡しにくればよかったのに」
「むぐぅ」
まったくもってその通りなので反論もできず、華扇としては黙るしかない。
散々な騒動でたたき起こされてしまった霊夢はしばらく不機嫌ではあったが、彼女が食材を持ってきたと知って大いに喜んだ。
なんとも現金なものである。
幸か不幸か、レミリアのこともバレてはいないらしく、本人は特に気にする素振りもない。
あらためて霊夢に視線を向ければ、なんとも幸せそうな表情でご飯を食べる霊夢の姿。
それだけで、「あぁ、悪くないのかもなぁ」と、そう思っている自分の心に、華扇は気づいてしまう。
結局バレてしまい恥ずかしい思いをしたが、それでも、この笑顔を見れたのなら、それでいいと思うのだ。
「うん、うまい。あんたの料理はやっぱおいしいわ」
「ふふ、ありがとうございます。といっても、無理やり作らせたのはあなたですが」
「当たり前でしょ。無断侵入したんだから、それぐらいはやっていきなさい」
ふと、気が付けばいつもの調子で言葉を紡いでいる自分。
先ほどまでは恥ずかしさでろくに顔も上げられなかったというのに、我がことながら不思議だ。
いや、あるいはその不思議な空気こそ――博麗霊夢のもつ特性の一つ、なのかもしれない。
そこでふと、とあることを思い出した。
今朝に帰っていったが、この少女は一週間もあそこに妖怪がいたというのに気がつかなかったのだろうか?
相手が人畜無害に近い妖怪とはいえ、巫女ともあろうものがそれではいかがなものか。
「霊夢、あなた台所の食料庫について話があるのだけれど」
「ん? あぁ、もしかして竜宮の使いのこと?」
「……あれ、気がついていたのですか?」
「いや、気がつくもなにも、だってさぁ」
もきゅもきゅと食事をほおばりながら、霊夢はあいもかわらず幸せそうな表情で、もう一言。
「あれ、一応非常食だし」
今度から、定期的に食事を持ってこようと心に誓う華扇であった。
ワンチャン物理的な意味で衣玖さんが食われたのか…マジ震えて来やがった
妖怪を非常食にするとは食物連鎖の頂点だよこの巫女!
そして邂逅した苦労人二人のこれからが凄く楽しみです!
面白かったです。
(食べる体力が無くなる、急に食べると胃が驚くので)
お嬢様は妹様が美味しく頂いて、霊夢はご飯を美味しく頂いて、衣玖さんは出落ちを美味しく頂いて、華仙ちゃんは霊夢の笑顔を頂いて。
なんだ、八方丸く収まってるじゃないか。めでたしめでたし。
おぜう? 知らん、フランに聞け。
フランちゃんホントお疲れ様です。
あと衣玖さんは早く逃げてー
最後の霊夢の幸せそうな顔が見れてよかったです。
紅魔館はいつも通りで安心しました
幽白ネタは大好物です
華扇ちゃんかわいいなぁ
取り敢えずレミフラの続きをば
いじられ華扇ちゃん可愛いよ
まあ味までは保証しませんがww
>>巫女の薔薇園(脇)
この吸血鬼分かっておる……しかし惜しむらくは、それは薔薇ではなく百合であることか。
誤字脱字
ツッコミもまんのその→ツッコミもなんのその
それでも視線を華扇に向ける辺は→それでも視線を華扇に向ける辺りは
頭痛をこらえるように頭を抑えながら→頭痛をこらえるように頭を押さえながら
霊夢が起きてきたら同言い訳→霊夢が起きてきたらどう言い訳
怒りを沈めるように大きく深呼吸→怒りを静めるように大きく深呼吸
クスクスと笑をこぼして→クスクスと笑みをこぼして
愛らしい瞳が自信を覗き込んでいる→愛らしい瞳が自身を覗き込んでいる
ろくに顔も挙げられなかった→ろくに顔も上げられなかった
レミリアの壊れっぷりに笑いましたw
それにしても、相変わらず白々燈さんの華霊は素晴らしいですね。
これからも楽しみにしてます。
>その右腕、包帯を解くと邪王炎殺的な黒い龍が飛び出すのでしょう?
お嬢様ネタバレやめろよ!
オチまでしっかり用意してるのずるい