「西行寺幽々子主催、幻想郷一料理人決定戦。第一回戦の勝者を改めて発表いたします! 皆さん、拍手をお願いします」
「決まり手は豆腐の照り焼きハンバーグ丼。庶民の食材知恵袋、博麗霊夢!」
「密と疎を操ったくりまんじゅうで勝利しました。力と技の二本角が際立つ、伊吹萃香!」
「こんなのありか!? 決まり手は、トマト。ザ・農作物、秋穣子!」
「ワイルドに、キノコの味噌ポン酢串でした。アウトドアクッキングの伝道師、霧雨魔理沙!」
「うま辛さが鍵の、冷やしつけ坦々麺で決めた。炎の料理人、紅美鈴!」
「決まり手はポトフでした。今なお黒いベールに包まれる、ルナサ・プリズムリバー!」
「コーヒーゼリーを作ってきた。料理のできる妖精、ルナチャイルド!」
「数百年の技術が産んだ生ハムが絶品でした。職人の炎が燃え上がる、藤原妹紅!」
「以上、八名が第二回戦に進出したわ。誰が勝ち上がるのか、楽しみね」
「では、そろそろお時間のようですね。司会は射命丸文と!」
「解説の八雲紫でお送りいたしましたわ」
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うまいもんが勝ちというシンプルなルール、幻想郷一料理人決定戦。とうとう第二回戦を迎えようとしていた。
その、前日。
博麗神社では霊夢と萃香が作戦会議という名のもと、だべにだべっていた。
「しっかし、どうにも怪しいわよね。この大会」
「うん? ああ、幽々子のことかい?」
「結局、会場に一度も顔を出していないじゃない。あいつのための大会だってのに、どういうことなのかしらね」
それは、本大会最大の謎であった。
うまいもんが食べたいという幽々子の鶴の一声から始まったのが、本大会であったはず。
当の本人が、どこにもいなかったというのである。
霊夢の勘が、何か怪しいと告げていた。眉毛が曲がって仕方が無い。
「ま、考えたって仕方ないかー。どうせ勝てば分かることだし」
「おうともさ。勝つことが全てだよ!」
「もちろん。……でも、一筋縄ではいきそうにないかもね」
「おん? ……ひょっとして、魔理沙が気になってるのかい?」
萃香が首を傾げると共に、その長髪もぷらんと垂れた。
触り心地が良さそうなもので、霊夢は何となしにそいつをいじりながら答えてやった。
「ん。最近見なかったしねー。料理の研究でもしてたんじゃないかなって」
「まあ、関係ないね。今更あいつが頑張ったところで遅いんじゃないの? ……というか、勝手に毛づくろいしてんじゃないよ」
「毛づくろいされる方がボス猿なのよ? ……まあ、何にもしないってのもあれだし、ちょっと共同研究する? 予行演習ってことで」
「ほいきた! ふふん、腕がなるよー。というか、いい加減に私の髪から離れなよ」
なんとものん気な二人は、のん気なまんま髪の毛いじいじと台所へ向かうのであった。
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同じく第二回戦前日の、夕刻。
妖怪の山の麓の、何でもない平原に魔理沙と穣子が座っていた。
春であるにも関わらず、白や桃色の花たちが夕日を浴びて、秋のように紅く色づいていた。
少しばかりの会話を交わしては、沈黙。中々に慣れない二人であった。
そうしていると、なんとなしにといった風に穣子は問いかけた。
「どうして、そんなに霊夢にこだわっているのかしら」
一回戦から様子がおかしかった。「霊夢に勝たなくては」だのと言い続けて、今日まで。
異常なまでの魔理沙の執着心はどこから来ているのか。
春風がそよぎ、夕焼け色の草花がそろって傾く。少しの間があってから、魔理沙が口を開いた。
「もとから、妙に対抗意識みたいなのはあったと思うんだよ。だけど……」
「だけど?」
「あの時から、どうしても霊夢を見返してやりたいって思ってて。それで、この大会が、いい機会だって思って」
「うん? 何がなんだかよ。ちゃちゃっと教えなさいな」
「……ここだけの話だぞ?」
さして身近でない相手だからこそ、話せることだったのかもしれない。
魔理沙はぼんやりと空を眺めながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「香霖堂って、知っているか? うちの森のはずれにあるんだが……」
「あら、有名よ。変な主人がいるって」
「ん、まあ、そいつがさ。いわば古い付き合いっていうか、要するにただのダチなのよ」
「あら、そうだったの? へえ~。古い付き合い、ねえ」
興味津々、にやにや成分無調整100%の眼差しが穣子からだだ漏れた。
「いやいや」と、魔理沙は若干の否定を込めて続ける。
「そんな期待するような仲でもないぜ。別にどってことない。ちょっとばかり会ってる時間が長い友人ってぐらいで」
「そんな空気のような彼でしたが、いなくなった途端に息苦しくなったのでした、とか?」
「ん。案外、そんな感じなのかもしれないな……」
「あらあら」
魔理沙の表情が、ずんと険しくなった。
その様子を見守る穣子は、姉というか母というか、保護者の顔をしている。
それを見て、ちょっとばかり魔理沙の頬が緩まった。
「誕生日。あいつが誕生日のとき、いつも適当な手土産持って遊び行っててな。だけど別に、おめでとうとか、言うでもなしにさ」
「え、それのどこが『ちょっとばかり会ってる時間が長い友人』なの?」
「私がそういう風習持ってるだけなんだってば! 本人も自分の誕生日なんて忘れてるような奴だし、どってことないぜ」
「分かった分かった。で、誕生日のときに?」
「そう。誕生日だよ。キノコ持ってってな。あいつんちで焼いて食おうって思ってたんだ」
「持ってきといて自分で食べるの!?」
「そのほうが面白いじゃん。食べたそうにしてりゃ食わせてやってもいいがな。そんで、あいつの店に入ったんだけど……」
魔理沙の視線が、地面に落ちた。
あまり思い出したくないらしく、沈黙が続く。
はあ、とため息を一つついてから、小さな声で再開された。
「別によくあるんだけど、霊夢が先にいてな。で、香霖もいてな。なんか、うまそうに弁当食ってやがるんだ」
「うん、うん」
「こう、何でなのか、自分でも分からないけれど。誕生日じゃん。それで、なんか嫌な感じでさ」
「んー。分かるかも」
「というのもさ。あいつ、すんごく楽しそうで。霊夢の料理食ってる時のあいつの顔。改めて見ると、妙に幸せそうでさ」
「あらま」
「卵焼きでさ。色とりどりでさ。なんか、みょーに家庭的な感じでさ。ちょっと、悔しくってさ」
一度話し始めれば、出てくる出てくる言葉のマシンガン。
言いたいことはどんどん、口に任せて言ってやりたいという程である。
吹っ切れてしまいたい、というやけな気持ちが声となる。
「あいつ、もっとぶすっとした顔なんだよ。無表情でさ。顔に出さないタイプなんだよ。それが、ちょっと、にひゃーってしてて」
「にひゃー」
「私だってこーりんに料理作ってあげたことなんか、いくらでもあるけどさ。あんなの、見たこと無くって。
あの時の顔、見てるとさ。なんか、キノコ持ってきたのが急に馬鹿らしくなって。ちょっと、自信無くなって」
「嫉妬ってやつですかい?」
「そんなわけあるもんかい。というより、敵対心だよ。霊夢のやつ、何やっても上手くてさ。ちょっと、見返してやりたいんだ」
「天才肌ってやつ?」
「その癖にのん気でさ。あんときだって、『魔理沙も一緒にどう?』なんて聞きやがった。
お腹いっぱいだからいらないつって、後は適当に話あわせて、さっさと帰って。初めて何にもしない誕生日になっちゃったさ」
霊夢の料理に対する、並々ならぬ対抗心。その源が明かされた。
魔理沙はこの大会を、霊夢に打ち勝つ場と捉えているのだ。
「それが、なんとしても勝ちたい訳ね。……でも、勝算はあるの?」
「ああ。あいつら、絶対に油断してるぜ。一回戦で私はキノコ焼き。お前はトマトで、料理なんかまるで出来ないと思ってるはずだ」
「んー。そうかしら」
「実はな。練習してるんだよ。私だって、勝ちたくって。霊夢のような料理をずっと、密かに練習してきたんだ!」
「おお、それは心強い!」
「優勝なんかしてみろ。幻想郷一の料理人、魔理沙様の料理となれば、香霖なんか『にひゃー』どころか『にひゃひょへー』ってなるに違いない。
だから……。霊夢にも香霖にも、やっぱり魔理沙ってすごいってとこ、見せたいんだよ!」
「……いい顔、してるわね」
並々ならぬ熱意を秘めた魔理沙は、その瞳をぎらぎらと光らせていた。
その光を目に受けて、穣子は大きく頷いた。
「あい分かった。この穣子、全力であなたをサポートするわ!」
「改めてよろしくな! 霊夢なんかちょちょいのちょいだぜ!」
「ええ。よろしく」
その心は、敵対心なのか、嫉妬心なのか、はたまた恋心なのか。
ごちゃまぜな乙女心と秋の神は、明日へと臨む。
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「さてさてやって参りました! 幻想郷一料理人決定戦、第二回戦! ……とと、随分と観客が減りましたね」
「第一回戦が随分長かったからねー。今残っているのは余程の物好きではないかしら」
「そんな、観客に失礼な! でも実際、料理好きなのは事実なんでしょうねー」
残った観客こそ、貪欲に貪欲さを重ねた、グルメの探求者。
よりうまいを求めて、どこにでもついてくる!
二回戦であるが、紫も文も声が疲れていない。彼女達もまた、幻想郷一の料理人の誕生を見守っていた。
「えと、それではそろそろ、選手の入場ね。アナウンス、よろしく」
「一戦目! いつもの神社チーム対ワイルド料理チーム!」
「先攻は霊夢萃香ペアね」
一回戦よりは小さくなったものの、それでも割れんばかりの拍手でむかえられる。
霊夢萃香ペアは、ともに意気揚々に登場だ。
魔理沙穣子ペアも、負けじと胸を張っている。タンクトップ軍団の手拍子が鳴り響く。
「では、審査員を紹介いたします。第二回戦は、森近霖之助が務めます!」
「どうぞ、よろしく」
「な、なんだってー!?」
ステージ中央。そこに、すまし顔でめがねっ面の店主がいた。
まさかの事態に、霧雨魔理沙、混乱。
「第二回戦は、『二人あわせてチキチキチームバトル ~ 堅物店主の心を揺さぶれ!』を行うわ」
「そのチキチキっての本当にいりませんよね」
「今からペアの料理人は、持ち寄った食材を元に料理をしてもらうわ。一チームで二品作ってもらいますわ」
「制限時間は一時間。その後、先攻と後攻の順にそれぞれのチームの料理を食べてもらいます」
「で、うまかった方の勝ち。一回戦よりは考えることが多いかもね?」
「それでは早速参りましょうか。クッキングタイム、スタート!」
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「さあ、霊夢さんサイドに潜入取材いたします。ああっと、萃香さん、一体これは何を!?」
霊夢サイドの台所。
萃香が、物凄い勢いで、真っ白いスライムのような何かを投げつけては飛び蹴りをかましている!
「うどんだよ。うどん、こねてるのさ!」
ベターンベターンと、恐ろしいほどの力を生地に加える。
投げつけては、踏みつけて。投げつけては、踏みつけて。
鬼の力によって、たちまちのうちに鍛えられてしまうだろう。
「で、でも! 今からうどんをこねるのって、遅すぎません!?」
こねては、寝かせ。こねては、寝かせ。それが、コシと切れのある、しっとり感を持つうどんの秘訣であるはずだった。
寝かせる時間が必要であるため、一時間では到底うどんなどできるはずがない。
にも関わらず、萃香はどこ吹く風。
「え? そんなの、小麦粉と水分の密度、うまいこと調整すりゃいいじゃん。勝手につやつやになるよ?」
「さ、さすが。この私の頭では何をおっしゃっているのかさっぱりです!」
「なんにせよ、うまけりゃそれでいいのよ」
能力使用を躊躇わない。それが伊吹萃香!
力と技からできるうどんに、勝負をかける。
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「はいはーい。こちら、魔理沙サイドね。料理時間も半ばを超えちゃったけど、何をしているのかしらー」
「お米を蒸らすだけの簡単な仕事をしているよ」
一方、魔理沙サイド。ここでは、穣子が釜戸と対峙していた。
ご飯の面倒なら穣子に任せろ。飯炊き女と呼んでくれても構わない。それが、穣子の生きがいであった。
「穀物のおいしさが伝えられるなら、私は全力を尽くすわよ。そうすれば、みんなはもっと秋を好きになってくれると思うの」
釜戸からはくつくつと気泡の揺れる音がしている。
台所には米の炊けるふっくらとした香りが漂っていた。
「でも、今回ばかりはどうなるか……」
「あら? いいんじゃないかしら。白米はチーム戦で輝きそうなメニューだと思うわよ。で、魔理沙の方は……」
「そうでもあるない。緊張なんて、わたくしはいつもの魔理沙ですことよがはは」
ぶっ壊れてた。思いも寄らぬ審査員とめぐり合って、極度の緊張状態に陥ってしまったのだ!
無闇矢鱈に小麦粉をこね回す姿は、ある意味いつもより魔法使いらしかった。
何を作っているのか全く想像できない。イヒイヒ笑いながら練っているだけである。
練れば練るほど色が変わる。食べ物とは思えない。
「しっかりせんかーい!」
穣子、大地を蹴り上げる。と同時に、ジャイロ回転。
その姿はまさに、秋の颱風を思い起こさせる。
颱風の目こと穣子の頭が、魔理沙の腹部にコークスクリューブロー!
曰く、この技をもってして畑を耕しているとか。
「霖之助がなんぼのもんじゃい! あの人ために今まで練習してきたんでしょうが!」
「ちょ、おま、くるし……」
そのドリル回転たるや、一度食らいついたら話さない。
スクリューの摩擦熱から、魔理沙の服から煙が出始めている。
穣子は地面と水平になったまま、魔理沙に語り続ける。
「そんなヘタレな子に育てた覚えはないわ!」
「育てられた覚えもないぜ!? というかそろそろ止めてくれよ!」
「止めない! あんたの気持ちがはっきりするまで、止めない! このまま貫通してもいいくらいだわ!」
「さらっと恐ろしいこと言うなよ! 分かった、分かったから、まずは止まってくれ!」
「……仕方ないわね」
魔理沙のお腹のスクリューがピタリと止まる。
しかし、今なお穣子は突き刺さったままであった。器用なものである。
そこから、ぐりぐりぐりっとゆっくりと回転し、仰向けに。魔理沙をぎょろりと見据える。怖い。
「何があって取り乱してるのよ。いいからこの優しいお姉さんに話してみなさいな」
「……その、さ。香霖と会うの、やつの誕生日以来なんだよ。パッと逃げたっきりでさ。今更、なんて顔して会えばいいのか……」
「あーもう。なんかもう。向こうは何にも意識していないと思うわよ? だからこそ審査員なんてやってられる」
「それだ。それが、嫌というか、なんというか。私の気も知らないで、平然と料理評論家やりはじめるに決まってる」
料理の努力が報われないかもしれない。悩んでいるのに、霖之助は何も見てくれないかもしれない。
うまいまずいそのものよりも、頑張ったところを見てほしい。悩んでいることに気づいてほしい。
それでもあのミスター鈍感は、料理をただ客観的に評価して終わりになってしまうだろう。
魔理沙自身にも説明できない感情が、ごちゃごちゃとなって膨らんでしまっていた。
「霊夢みたいに、あいつの新鮮な顔を見てやりたいって思って。それで、色々練習したんだよ。でも、あいつはそんなこと、知ったこっちゃなくて!」
「要するに、『私の気持ちを知ってくれよー。こっち見てよー。でも自信ないぜー。あと香霖ラブ。』ってこと?」
「最後は置いといてさ。うん。まあ、大体はそう、だと思う。でも、私の気持ちなんて……?」
「うん?」
魔理沙の様子がおかしい。
眉間にシワが寄って、目をぎゅっと閉じて。
「私の、気持ち」
その時、くすぶっていた魔理沙に、ようやく電流が走り抜けた!
繋がる。悩みが一つの結論に結びつく!
「これだあ! そうだよ! 料理を作ればいいんじゃないか!」
喜びのあまり、魔理沙、大回転!
そのまま、穣子はジャイアントスイングの要領で振り回される!
「え、あ、ちょ、止めて……」
「ナイスだ穣子! これで存分に腕を振るってやるぜ!」
「な、なんだかよく分からないけれどやる気になってくれればそれでいいのよー!」
「待ってろよ香霖! 絶対に霊夢には作れない料理を作ってみせる!」
なんだかすごいことになってきてしまった二人を置いて、紫は会場に戻っていくのであった。
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「さて、一時間が経過しました」
「タイムアップね。どちらも、きちんと料理ができているみたいで安心したわ」
「では早速、料理人の登場です。まずは、いつもの神社チーム!」
「二人とも料理の基本的なスキルが高くて、安定感抜群ね。萃香の能力使用が鍵になるかと思うわ」
威風堂々。ミトンを装着した萃香は、土鍋を持ってきている。
霊夢もすっきりとした笑みを浮かべながら、お盆を手にしている。
「対するは、ワイルド料理チーム!」
「料理よりも食材を追究するタイプね。技術対食材の対決を期待しているわ」
一騒動あったペアとは思えないほど、静かに登場。
魔理沙の目は、まっすぐに霖之助を射ぬいている。しっかりと彼を直視するその目は、戦うためのものに見える。
「さて、審査員の霖之助さん。試合前に一言、お願いします」
「うん。料理の料は食を表す米と斗を合わせている。北斗や南斗という言葉にも使われていることから分かるように、斗は天体用語でね。
実はこの斗、ひつき星を意味しているんだよ。これは日、月、星と書ける。
この斗を理するということは、食をもってすれば宇宙をも支配できると解釈できる。そんな料理の一番を決めるとあって僕は」
「ではでは、いつもの神社チームから料理を紹介してもらいましょう。どうぞ!」
「じゃ、私からいくね。ずばり、『鍋焼きうどん』さ!」
萃香が蓋を開けると、湯気がぼわんと飛び出した。途端に、霖之助の眼鏡が曇る。
ぼんやりと、卵や水菜の色とりどりの鍋が見えてくる。
一時間という短時間で、麺から作った上に鍋焼きうどんという離れ業。萃香ならではである。
「では、私もオープンするわ。『かき揚げ』よ!」
「ふっふっふー。二人あわせて……」
「刮目せよ! 『ザ・天ぷらうどん』を召し上がれ!」
かき揚げ。これまた家庭料理では重宝するメニューである。余った野菜の処分にはもってこい。
さらに、何の野菜でも、どんな量でも適当に混ぜて揚げてしまえばよい。家庭料理のプロこと霊夢らしい料理であった。
さて、この大ぶりのかき揚げ。紫蘇とそら豆の青と人参の赤がよく映える。
ざく切りの玉ねぎにゴボウといった、かき揚げの主役も欠かさず入っている。
さらに目を凝らしてみれば、ジャコもあちらこちらに混ざっている。
「なるほど。チーム戦の定石をついてきた、といったところだね」
このチーム戦。一つ一つの料理の質が高いだけでは、勝てない。
例えばお好み焼きとピザというペアがあったとすれば、いかにもノーセンスである。そこには何の秩序も存在しない。ただ、くどい炭水化物の世界が繰り返されるだけである。
だが、何を合わせればいいのかという議論は尽きない。
お好み焼きと白米は味覚的には意外と合っているのに、それでも否定する輩が絶えないのと同じ。
二つの料理を合わせるというのは、存外に難しい。
ならば、一つの料理にすればよい。これならば、誰も文句を言わないだろう。
かき揚げ+鍋焼きうどん。独立した料理にもなり得、組み合わせることもできる妙手である。
「ふむ……。それでは、いただこうか」
霖之助、かき揚げに箸を伸ばす。そいつを摘み、躊躇なく真っ二つ! 半分に切ってしまった。
だが、これでこそ審査員が務まるというものである。
一つは、最初から汁に付けてしまい、ふやけたかき揚げを食すパターン。
もう一つは、揚げたてのかき揚げそのままを食すというパターンである。
半分のかき揚げをうどんに入れて、土鍋の蓋をする。それから、霖之助はもう半分のかき揚げを摘んだ。
まず、揚げたてを楽しみたい。だから真っ先に、かき揚げ。
「軽い……!」
それが、第一印象。
空気がしっかり入っている。それでいて、揚げたて。湿気とは無縁。
薄い衣が何層にも重なっていて、さっくり。なんせ、噛む度に音が鳴るほどだ。下手な具よりも、それだけで食っていける。
一度噛めば、潰されたそら豆とジャコの香りが立ち上り、ますます食欲をそそる。
そして、まだ噛み切れぬゴボウの群れへ向かって、もう一太刀浴びせたくなるのである。
ゴボウを衣から引きずり出すように、噛み千切る。この、歯ごたえ。
丸焼きの動物の肉を骨から噛みはがすような、ワイルドな食感。これぞ、かき揚げ。
「さすがだよ。天ぷらうどんだったら、天ぷらの存在感が少し薄いかもと思ったが……。どうやら間違いかもしれないね」
「ふふふ、それはどうかなー。ささ、うどんもいっちゃいな?」
蓋を開けて、鍋焼きうどんへ再び挑戦する。
今度は大量の湿気を浴びて、かき揚げはじゅっくりとしている。
これでいい。これはこれで、天ぷらうどんとしての楽しみができる。
が、そいつはまず置いておく。まずは麺に箸を伸ばす。
熱で麺がどろどろになってしまわない内に、霖之助は真っ先に麺を食すことにした。
太めの麺の弾力が箸に伝わる。軽く息を吹きかけてから、一息ですする。
「嘘、だろう?」
霖之助の表情が一転。麺を睨んで、もう一すすり。鍋の中を、目が出るほどに覗いている。
いかにも、信じられないといった風である。
「密度が違えば、ここまで変わるものなのかい?」
「あったりまえさね。鬼の力で鍛えた麺。そう簡単にふやけてたまるかっての」
「いや、にわかには信じられなくてね。鍋焼きうどんに、コシがあるなんて!」
コシ。それも、冷やしうどんのレベル。ずるりとした喉ごしすら備えている。
このコシを求めるため、生醤油うどんやぶっかけこそが本当のうどんと言い張る者もいるほどである。
今回のは、かけうどんどころか鍋焼きうどんである。その煮込み時間から、うどんのコシは普通、犠牲になってしまうものである。
それを、力技でコシを戻している。伊吹萃香が関われば、無法地帯の料理と化すのだ。
熱々であるにも関わらず、表面はもちもちとしていて、芯はしっかりとしている。
とろけてしまっていないので、心地よい弾力を喉に与えてくれる。
「しっとりかき揚げも、やっぱりいいものだ」
忘れないうちに、具に移る。
出汁をたっぷり含んだかき揚げを、すするようにして頬張る。
鍋焼きならではの、煮詰められた醤油と野菜のエキスが溢れ出る。
「……さて、お楽しみにとっておいたんだが」
最終兵器、半熟卵。
一度箸で切れば、次から次にうまみの根源が溢れ出す。
これを、かき揚げに、青菜に、かまぼこに、まんべんなくかける。
うまくかかった具材を鍋の隅に寄せて、取れるだけの具を欲張って箸に収めて。そのまま、口に放り込む。
とろけた黄身を、野菜たちと共に口の中で何度も何度も咀嚼するのは、幸せ以外の何者でもなかった。
「い、いかん。一気に食べてしまった。気を抜くと夢中になってしまうな……」
「お粗末さまでしたー」
確かな手応えのある反応であった。萃香はおろか、霊夢さえも頬を上げて喜んでいた。
「香霖。そろそろ、いいか?」
「あ、ああ」
気に入らない、と言わんばかりに霧雨魔理沙が立ちはだかる。
と、その前に。司会の文が水を差す。
「あの、すみません。魔理沙さん穣子さんペア、会場向けの料理のほうは……」
「そんなもの、ない!」
「え、ちょっと待ってくださいよ!」
困惑によどむ会場。しかし、無茶を通し得る問答無用の語気が、今の魔理沙には備わっていた。
「こいつは、私と香霖の、直接対決なんだよ!」
むしろ、予想外の展開に会場は沸き立った!
何かと噂の絶えないこの二人が、直接対決! 詳しい状況は抜きにして、会場はこの状況を楽しんでいる。
「ま、待ってくれないか? 状況があまり理解できないんだが……」
「そうだろう。きっとそうだろうよ。だから、理解させにきたんだ!」
箱のようなそいつを掲げて、霖之助の机に振り下ろす。
「こいつを、使ってな!」
片手で帽子のつばをぎゅっと握って、口角をにっと曲げさせる。
本来、魔理沙がスペルカードを宣言するときの癖であった。
いつしか、会場は不気味なほどに静まり返っている。どのような決着がつくのか、見守っているのであった。
「『弁当』か。魔理沙が作ってくるとは、面白いね。最近は、霊夢が作ってくれているんだよ。商品の代金がわりとして、ね」
霖之助にしては大盤振る舞いに見えるが、彼なりの商売であった。
外に出ることなしに極上の料理をただで食べることができる。霖之助にとっては悪くない話であった。
「それで、魔理沙が弁当か。何か理解しなくてはならないこと、あっただろうか?」
問うが、魔理沙は何も答えない。
霖之助を、その目線でもって真っ直ぐに貫くだけである。どこか、睨んでいるようにすら見える。
霖之助を責めるような、そういった眼差しにすら見える。
「こいつで理解させる、か。ただし、言葉は使わない。なかなか酔狂で面白そうじゃないか」
頭を働かせ、推測し、考察する。霖之助は脳みそを働かせることを何よりの楽しみとしていた。
さて、弁当の蓋を開ける。
俵形の小さなおにぎりがちょこんと三つ、その隣に黄色な塊がどでんと存在を主張していた。
かなり大ぶりに切られた卵焼きにみえる。なにやらハート型。
黄色なハートが、ただ一つ。
「おにぎりと卵焼き。ふむ、霊夢も時々こんな弁当を作るね。本当はもっと品数が多いんだが、ルールだから仕方ないね」
と、言うことは。魔理沙は霊夢の弁当を意識して作ってきたのではないだろうか。
確か、ちょうど霊夢の弁当をもらっているときに魔理沙が来たときがあったはず。
霖之助はそこまで思考を巡らせてから、ひとまずおにぎりをいただくことにした。
「む……?」
粘り強い。いや、強すぎるかもしれない。それが第一印象だった。
しっとりと粘っているが、決してべたつかない。香りも高い。炊き方は最高。
しかし、握り方。不自然なまでに強く握られている。米と米ががっちりと手を結びあって、硬い。
具は、無し。塩味だけで十分うまいが、どこか寂しい印象を受ける。
「やはり、こちらが主役だということか」
黄色なハート。その可愛らしさからか、箸で切るのは何となく躊躇われる。
柔らかな卵焼きをつまむと、自重で形が崩れそうになる。
慌てて、弁当に顔を近づけて、ひとっかじり。
「ふあっ!」
そこには、雲が浮かんでいた。
柔らかいどころの騒ぎではない。溶ける! 口にした瞬間、自重で、卵全体が舌にのしかかる!
噛むまでもない。口蓋からの圧力で、雪のように卵のジュースが溶け出す。
そのジュースの正体は、きのこ出汁。香り高く、濃厚。卵との相性も抜群。
強火で焼いているのだろう、卵の焼けた香りがいい。また、卵にしっかりと気泡ができている。
スポンジとなった卵の生地から、出汁がしみ出て止まらない。
「驚きだな。この二品だけで、コンビネーションができている」
添えられている醤油つきの大根おろしを載せて、もう一口。
口内で出汁と醤油の塩気が少しずつ混じり合い、卵の甘みが加わって、濃厚な水たまりの出来上がり。
砂糖は特に使っていないのだろう。ほどよく、すっきりとした卵だけの甘みが、口の中に残るだけ。
もう一度、おにぎりへ。今度ばかりは、この歯ごたえが快感である。
米本来のふっくらとした食感は消えているが、噛む動作そのものが心地よい。だし巻き玉子をうまくカバーしている。
口の中を一端リセットしてから、もう一度玉子へ対峙する。
「……ん?」
魔理沙はまだ、霖之助を凝視している。表情ひとつ、変えていない。険しい、眼差し。
今は気にせず、霖之助は残った黄色なハートを大根おろしとともに、一口で放り込んだ。
黄色といえば、魔理沙をイメージするのは明白な事実であった。
その、ハート。魔理沙の心を表しているとみて間違いないだろう。
と、なると。こんなにもふわふわしていて、出汁の深みがあって、甘い心というのは……。
そこまで考えたところで。
舌が、何か柔らかいものに当たる。
柔らかい卵の中に、さらに柔らかい膜状の何か。今度は、少しざらりとしたような気がする。
餃子の皮のようなそいつを、噛み切る。
すると、中から電流がはじけ飛んだ!
「ぐぎゅぐばあ!」
泡が弾ける。勝手に泡が舌に飛び込んできて、炸裂する!
発泡して、発砲してくるのだ。
おそらく、炭酸。何かの、炭酸。
ここ幻想郷では珍しい刺激に、霖之助、思わず椅子から飛び上がってしまう。
椅子に着地して、一息ついて何とか咀嚼しようとしたその時。
ガリッという、何かを齧ってしまう音を聞いた。
「だあああああ!」
口内に、小さな太陽が生まれた。
万物を照らし、舌を焼く。熱くてたまらない。
ひとことで言うと、辛い。針のような刺激が、口内の粘膜という粘膜を刺しにくる。
舌を喉の奥に引っ込めるも、辛さが炭酸と共にやってきて、爆竹のように暴れて仕方ない。
おにぎりが残っているのを思い出し、霖之助はとっさに食らいつく。
舌が依然ひりひりするものの、ようやく口を利く余裕がでてきた。
「ま、魔理沙……! 君はなんてものを!」
「あっはは! 香霖もそんな顔ができるんだな。目をくるくるしちゃって、面白いったらありゃしないぞ?」
あまりにひどい仕打ちだが、霖之助は、その時の魔理沙の表情を見逃さなかった。
今日、この会場に入ってきてから、魔理沙はずっと冷たい暗がりのような顔であった。そこに、灯りがぱっとついたのだ。
ただ、それが何故なのか、霖之助はまだ理解できなかった。
「全く、攻撃してくる料理なんて初めてだよ! 一体、どうしたらこんなもの作れるんだ……」
「小麦粉で練ってできた皮に、穣子からもらったスパークリングワイン。ついでに、穣子特性激辛唐辛子もあるぜ」
「そういうことじゃなくてだな。何か、僕が悪いことでもしたのかっていうことだよ」
「そんなこと気にしないでいいぜ。ちょっとくらいは気にしたほうがいいかもしれないがな」
「……ますます謎が深まるばかりじゃないか」
霖之助は、謎解きの手がかりの整理を始めた。
黄色のハートのだし巻き玉子に、攻撃的な中身。何らかの、責める気持ちがあったのだろう。しかし、それが何故なのか、分からない。
「恨みを晴らしに来た? ……としても、ここまでまどろっこしい手段にはでないだろう」
さらなる手がかりはないか、考える。
中身を食べた直後。魔理沙が明るくなったのは確かだ。その後にも手がかりがある。
霖之助の顔が変わったことに、彼女は言及していたのだ。答えが近い。霖之助は直感していた。
「悪いことをしたというより、もしかしてこれは……」
無反応の罪。霖之助は魔理沙から「無表情」だの「無愛想」だの言われたことがあって、少しばかり気にしていた。
もし、今まで魔理沙の料理を口にして、普段通りのしかめっ面をしていたとしたら。
ふと、料理の研究に励む魔理沙の姿を、霖之助は幻視した。心の肉を削がれ、苦々しく涙を浮かべる魔理沙が、台所にいる。
「……では、そろそろ判定に移ろう」
霖之助の声だけが残る。いつしか、会場の目は霖之助に集まっていた。
「まず、いつもの神社チームの鍋焼き天ぷらうどん。一つ一つの料理としても十分うまいが、コンビネーションがよく働いていた。
天ぷらのぱりぱりとした食感が、うどんの張りとコシを引き立てている。一方で、うどんの出汁が天ぷらのうまみをさらに引き立てていた。
互いに互いを引き立てる、お手本のような料理だったよ」
お手本のような料理という霖之助であるが、その解説自体があまりにお手本らしい。台本のような喋り方である。
そう。こちらのチームではない。
魔理沙も、霖之助も、タンクトップ集団も。次の解説こそが本命であると気づいている。
「さて、ワイルド料理チームの弁当。おにぎりのアシストも見事だが、やはり注目すべきはだし巻き玉子だろう」
凍ったように音の消えたステージで、魔理沙がぐっと目に力を入れた。首を伸ばして、霖之助の声を待ち構える。
「残念だ。とても残念だったよ、魔理沙」
乾いた言葉を受けた魔理沙の視線が、初めて霖之助から斜め下に逸れた。
「よく、理解できたんだ。君の料理から、そして君の心から、自信の無さというものが隠しきれていない」
「……そんなこと、あるわけ無い」
「全力を出すのが、怖かったのかい? それじゃ、君のライバルと同じじゃないか」
それでも、霖之助の声は暖かさを失っていなかった。
静かに、抑揚のつかない言い回しで、魔理沙を責めるような鋭さを持っていない。
それに気がついて、魔理沙は再び霖之助に目を向けた。
「君の全力の料理が、食べたかった。それが本当に心残りというか、残念で仕方ないんだ」
霖之助の声が、むしろ熱を帯びてくる。
それでも、感情の抑えられた声で、なだめるように語る。
「途中まで、最高だったんだよ。玉子とキノコの香りがなんともとろけて……。
でも、あんなことされたら、『おいしかった』の一言も伝えられないじゃないか」
それは、自分自身を悔いるような言葉だった。
「この勝負は、いつもの神社チームの勝ちとする。もし君が再審を望むなら、いつでも来店すればいい。
きちんとした料理を持ってきてくれれば、それなりに評価するよ」
霖之助なりに、精一杯の笑みを込めている。
今度はちょっと違う意味で、魔理沙はもう一度霖之助から目を離した。
「どんなのでも、構わないか?」
「ああ。だし巻きでも、目玉焼きでもスクランブルエッグでもオムレツでも。何の料理でも構わないよ」
「言ったな? 楽しみに待っていな。ただし、命の保証は無いと思え」
「おいおい、ちょっと待ってくれ。一体、どういう……?」
「香霖が驚くの、見てて楽しかったぜ。これから、もっとたっくさん驚かせてやるよ。ダイナマイトとか入ってても文句いうなよ?」
だし巻き玉子の反抗的な味が思い起こされる。
黄色なハートのいたずらな気持ちが、霖之助を攻撃しようとしている。
早くも霖之助は、自分の言動を後悔し始めていた。
「香霖の癖に、かっこつけんなよ。ばーか」
捨て台詞を残して、そそくさとステージから引っ込もうとする魔理沙であった。
そのとき、霖之助の脳裏に一つの仮説がよぎった。
あの料理は、ついついあの炭酸スパイスに注目してしまう。
しかし、それでも黄色のハートを作っているのは、甘いだし巻き玉子の方なのではないか、と。
「いやいや、まさかね」
魔理沙の背中の小ささが、いたずら心真っ盛りであることを示している。有り余るいたずら心の証拠に、今も口中に痛みが広がっている。
卵のように甘い心と見せかけて、唐辛子が待ち構えている。甘く見ると痛い目を見る。それが魔理沙という者である。
霖之助はそう結論付けて、水をコップ一杯飲み干した。
=========
「ごめんな、私のわがままで道連れにしてしまって」
「ううん。気にしてないわ。むしろ、これが最高の形じゃないの」
「まあな。霊夢が絶対しないことができたし、霖之助の件もうまくいった。でも、穣子は、これで良かったのか?」
「試合には負けちゃったけど、あなたとしてはこれでいいんでしょ?」
「……ん。そりゃあな」
「なら、最高じゃない。神として、すごいことよ?」
「あいにく私は神じゃないから何も分かんないぞ」
「勝負って、一方しか幸せになれない世界じゃない。でも、今のは両方幸せ。みんながハッピーで、神様としてはいい仕事したってとこよ」
「……そんなもんかな」
「そうよー。だからもっと私を崇めなさい!」
「ま、ありがとうの一つでも言っておこうかな」
「ふふ。まいどありー」
一戦を終えた二人は、名残り惜しくその会場を後にするのであった。
最後に、穣子がぽつんとつぶやいた。
「どうか、実りますように」
「神が祈ってどうすんだよ」
「こればっかりは私の管轄外だからねー」
「おいおい。何が言いたいんだ?」
「ひみつー」
にやまりとした笑みを浮かべる穣子が、魔理沙には何ともくすぐったかった。
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照明の届かぬステージの袖。ここでは、次なる料理人達の控えとなっている。
左側の袖には、美鈴妹紅ペア。出場を今か今かと待ち望んでいる。
「必ずや、勝ちましょう。勝って、私と戦いましょう。そして、咲夜さんよりも、あなたよりも強いことを証明してみせます」
「ああ。私も勝つつもりだよ。この試合にも、そしてお前にも、ぶっちぎりで勝ってやる」
「だからこそ、全力を尽くしましょう」
「ああ。最高の料理を作ろうじゃないか。炎の料理人の名にかけて!」
戦いを約束に、二人はその結束を固めていた。
それは友情の炎か、敵対の炎か。ともかく、二人の目は燃えに燃える。
「どうだった? サニー」
「うん、自信満々勝つ気満々だったよー。」
変わって、ステージ右袖。こちらにはルナサルナチャイルドペアが、それはそれは静かに控えておった。
「で、ルナは? 大丈夫そう?」
「それが……。見ての通り聞いての通りよ」
肩、振動パックで痺れちゃうと言わんばかりの震えっぷり。手の先にまでブルブルが伝わっていて、何かの禁断症状を起こしているかのようだ。
さらに息も、荒い。いかにも深呼吸してますと言わんばかりに、すーはーすーはー。
「が、がんばるからー……」
「う、うん。がんばれー……」
がんばれとしか言いようのないサニーとスター。
しかし、そこに救いの手を差し伸べる者もおったそうな。
「大丈夫。何とかしてあげる。あなたはあなたのできることをすればいい」
「し、師匠……!」
「ししょう!?」
ルナサに手を取られて、ルナチャイルドの血相がみるみるとよくなっていく。目に輝きが取り戻された。
そのまま、二人は手を繋ぎながらステージに向かうのであった。
その姿はまるで親子のよう。
「ちくしょう! あいつらいつの間にあんな関係に!」
「修行……。効果あったのかしらね?」
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「ニ戦目! 第二回戦が早くも終わろうとしています。紅炎の料理人チーム対ルナ=ルナチーム!」
「先攻は美鈴と妹紅の異色ペアね。二人とも料理の火力にはうるさいとか」
美鈴も妹紅も、オーラが違う。二人揃って、背筋を張りつつ腕組み。どこか達観した眼差しをしている。
戦いという戦いを知っている二人は、拳と料理を極めし者であった。
「一方のルナ=ルナチーム。二人とも沈黙が多く、その腕については、まだまだ謎が多いですよね」
「特にルナサの底、未だに見えないのよー。注目したいチームね」
熱と冷、動と静。対照的なチームの対決となった。
口数少ないルナサとルナチャイルドは、どこまで実力が隠されているのか。
ただし、落ち着きなく辺りをきょろきょろするルナチャイルドの様子からは小物臭が感じられる。
「では、クッキングタイムスタートですよー」
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「ルナ、大丈夫かしらねえ……。昨日ちょっとがんばったからって、そんなうまくなるわけでもないと思うし」
調理開始。まずは野菜を洗い始めるルナであったが、手がおぼつかない。
その様子を見て、スターはため息が漏れた。
「そんな心配することかなー? ルナだって、さっさと負けて家に帰って、ほっと一息したいんじゃない?」
「確かに一回戦の時はそんなことも言ってたけど……。今はどうも違うと思うのよ」
一回戦に辛勝した後、いつもの三妖精はこれまで犯してきた不正勝利を悔やんでいた。
特にルナチャイルドは、早く負けたいという一心であったはずだ。
にも関わらず、未だに緊張などしている。額に汗を浮かんでいる。
「見てサニー。負けて帰るだけなら、あんな緊張するわけないわ。きっと勝ちにいく気よ。ルナは」
「え、うそ!? ほんとに!? すごいじゃん!」
「ルナサさん家にわざわざ修行しに行くほどだしね。……何をしてたのかは、分からないけど」
一回戦終了後、三妖精はさらなる不測の事態に出会ってしまった。
二回戦はチームバトル。実力の無いルナチャイルドでは、チームの仲間に迷惑がかかってしまう。
どうすればいいのか分からないものの、とにかく謝りに行こうということで満開一致。
会場に残るルナサを発見し、決死の思いのルナチャイルドはこれまでの経緯を語るのであった。
皆、怒られるのではないかと冷や冷や。ところが、ルナサの返答は至ってシンプルだったのだ。
「『あなたは料理するの、好き?』とか言ってたね、あの人。でも、あの時のルナがまた、変な顔してて……」
サニーがルナに目をやると、ルナもまたこちらを見ていた。
「あの時」と比べると、目の色が変わっているような気がした。
前はもっと、どんよりとしていたのに。今はサニーをまっすぐと見ている。
「ルナ、分かんないとか言ってたわよね。そしたら『じゃあ、料理が好きになる方法、教えてあげる』とか言われて。ほいほい着いていってしまったのよねぇ……」
「あの子は誘拐されやすいタイプだもんねえ」
「ちょっとちょっと、何言ってくれてんの。全く、二人だけにしておくと何を言い出すか分からないよ」
ルナチャイルドが二人の輪に加わって、めでたく光の三妖精が完成した。
ルナの後ろにはルナサがそっと控えている。
「え、ルナ!? 今、料理中なんじゃ……。って、もう料理できているじゃない!」
ルナの手には既に簡単な料理が載せられていた。
ふわふわの丸っこいパン生地が特徴のサンドイッチであった。
「これ、二人に」
「……はい?」
「審査員ならあっちよ?」
「あんたらに食べてほしいって言ってるの! はい、こっちサニー。こっちスターね」
なんだかよく分からないうちに、サニーとスターにサンドイッチが手渡される。
二人は顔を見合わせて、首をかしげてからひとっかじり。
「……あら、ルナにしては上出来じゃない?」
「おお! おいしいじゃん! 甘いし苺だし!」
生クリームと苺のたっぷり入った、甘酸っぱいサンドイッチであった。
鼻孔をくすぐるフレッシュな味に、甘党のサニーはご満悦。
「苺? こっちはシンプルなやつだったわよ? 私はこういう方が好きだけどね」
一方、スターのサンドイッチはトマトにレタス、それからスクランブルエッグのあっさりとしたサンドイッチである。
レモンのドレッシングが効いていて、さっぱり派のスターも満足。
「よかったー。てっきりルナのサンドだから、苦いやつだと思ってたよ」
「うんうん。どうしたのよ急に、こんなに上手になっちゃって!」
友人たちの見せる初めての反応に、ルナは思わず目を丸くして、口をぱっくりと正三角形にしてしまう。
「し、師匠! やりましたよ! 私、初めて、褒めてもらえた!」
「ええ。……料理、好きになれそう?」
「も、もちろんです! おいしいって言ってもらえるなら、がんばれます!」
「それが聞けて、よかったわ」
硬くて暗いばかりであったルナサが、その目を溶けるように垂れさせる。
「二回戦進出であんなに嫌がってたのに。今は、いい顔してる」
「ちょっとだけ、自信が持てましたから。師匠のお陰です」
「うんうん。じゃあ、そろそろ本番と行きましょうか」
「はい!」
調理場にルナとルナサが向かってしまって、残る二人は置いてけぼりをくらってしまった。
未だに状況が飲み込めていなかった。
「なんか、勝手に士気上がっちゃってテンション上がってやる気になっちゃったね……」
「ええ。でも、なんだかいい感じよね。これでルナも自信持って戦えるみたいだし」
「うん。だけど、なんか、ちょっと後悔してるんだよねー……」
「後悔?」
普段から明るいサニーの顔が、少しだけ曇ってしまっていた。
「うん。私、今まであんまりルナの料理、おいしいって言ったこと無かったからさ」
「それは仕方ないんじゃない? 苦手な料理を出されて喜んでいたらただのマゾサニーじゃない。あらやだおいしそう」
「……ん? ん?」
「いつものサニーらしくないってことよ。前のことなんか気にしない。今は心置きなくルナを応援できるじゃない」
「そ、それもそうね!」
いつもよりきらきらとした瞳で料理をするルナの姿を見て、サニーはなんだか自分のことのように嬉しくなってしまった。
なんだか自分も料理をしたくなってくるような、明るいキッチンになっていた。
=========
「おかしいわサニー。全然、動きがないの!」
「動きがないって、どういうこと?」
「相手サイドの台所! 対戦相手はいるはずなのに、微動だにしていないの!」
「え? それっていいことじゃないの? 料理していなかったら失格なんじゃない?」
「でも、さすがにそんなことはないはずで……」
「よおし、分かった。ちょっと見てみようよ! 様子くらい見ても大丈夫でしょ!」
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「残り時間、あと3分! 紅炎の料理人チーム、残りの料理ができていません!」
「しかも全く動かないわね……。何か作戦があるのでしょう」
妹紅も美鈴も、微動だにしていない。
料理ができていないにも関わらず、ただ目を閉じて正座。
「残り時間、1分! 失格で確定といったところでしょうか!?」
「待って! 今、二人に動きがあったわ」
美鈴、開眼! と同時に、ネギを数束掴み取って、放り投げる。
「奥義、回転微塵斬り!」
剣の舞。踊り狂う包丁が、落下するネギを粗めに切り刻んでいく。
木っ端微塵となった刻みネギは、ザルの中にすとんと落ちていく。
「妹紅、いくわよ!」
「準備オーケー!」
妹紅も開眼! 四つん這いの姿勢のまま、背中から紅蓮の炎を噴き上げる。
対する美鈴は中華鍋を妹紅にセット!
「うおおおおお、火力全開! 来いよ美鈴!」
「行きます! これぞ最速最熱最高の合体料理!」
「至宝のベーコン炒飯だ!」
まずはベーコン、それから溶き卵を鍋に投入。あまりの熱気に、一瞬で半熟状態と化す。
息もつかぬ間に、白飯! 会場の20人分、10キロを軽く超える量である。
そいつを、片手で振り回す。
活気に満ちた春の川魚のように、勢い良く鍋から飛び跳ねる。
「妹紅! もっと強くできる?」
「オーケー! 美鈴も、もっと振れるか!?」
「よし、こうなったら全力でいくよ!」
燃え盛る炎をバックに、一秒に四回は鍋から波頭ができる。
今、二人はまさに燃えている。
「こいつで終わり!」
青々とした新鮮なネギを最後に投入。
餌に食いつく魚達のように、炒飯が具材を咥えこんでいく。
「残り時間は!?」
「10秒ほど!」
「よし! それだけあれば十分だ!」
天井に炎が移るほどの大噴火。
その熱気により、美鈴の額と腕から汗が溢れ出る。
片手で鍋を振るって、もう片方で塩、胡椒。それから鍋肌に醤油。一瞬で蒸発して、豊かな香りが立ち昇った。
「完成です!」
炒め時間、30秒。
その驚異的な調理に、会場は狂喜乱舞に彩光乱舞。その興奮はフジヤマヴォルケイノであったという。
=========
「さてさて、二回戦もこれで最後! 先攻は紅炎の料理人チームです!」
「ではではオープンしましょう。『ベーコン炒飯』よ」
「私の方もオープンしようか。『野草のサラダ』だね」
できたて熱々の炒飯がそこにあった。
一回戦とは打って変わって、美鈴のメニューは新鮮そのものである。
「ふむ。こういうパターンも来ると思っていたよ」
チャーハンに対し、野草のサラダは特に目立っていない。あくまでもサイドメニューである。
主役の一品に注目させて、もう片方を脇役に留めるという作戦である。
二品とも良い料理にしようとし、労力を分散させるのは効率的とはいえない。
二品分の労力を一品に注力すれば、印象深いメニューになるだろう。
「では、まずは炒飯からいただこうか」
まだ熱いほどの湯気が昇る炒飯に、霖之助はレンゲを差し入れた。
全く、抵抗が無い。レンゲを入れただけで、炒飯にしっかりと空気が入っていることが分かる。
見るからに、パラパラの炒飯。
「なかなかにシンプルだが、どうだろうね」
具はネギとベーコン、そして卵。味付けは塩コショウに醤油と、極めてシンプルな炒飯である。
醤油はにんにく醤油だろうか。食欲をそそる風味が湯気と共にやってくる。
レンゲを鼻に近づけて、その香りを存分に楽しんでから、口を開ける。
だが、焼ける。舌が、焼ける! 強烈な熱気が霖之助を襲う。
熱い! 焼けただれるほどに熱い! だが、それでいい!
終了時間ぎりぎりに作った炒飯である。この、熱さこそが最大の売りなのだ。
熱くない炒飯など、ゴミ同然である。
仮にむせようと、口を開けてまでハフハフする羽目になったとしても、それが炒飯!
炒めたばかりだからこそ、空気が入ったままの、ふわふわでパラパラの炒飯を口にすることができるのだ。
「は、はは、あははは!」
その舌触り、食感に、霖之助は思わず笑い始める。まさしく、狂気そのものであるかのように見える。
だが、しかし。
この炒飯を口にしたもの、会場の全員が、気でも狂ったかのように笑い始めるのだ!
「すまない。いや、今まで食べた炒飯とやらが、あまりに馬鹿馬鹿しくなったものでね!」
炒飯ほど、作りやすい料理はない。しかし、炒飯ほど極めるのに難しい料理はないとも言われている。
通常、だし汁や具の種類を変えることによってでしか、炒飯という料理のクオリティのアップを図ることはできない。
しかし、今回の炒飯は至ってシンプル。本人の力量と火力のみの、いわばゴリ押しによって頂きを狙ったメニューであった。
「ベーコンの脂。これがうまい具合に飯に絡んでいるね!」
「生ハムだけが脳じゃないってね。こいつも妹紅炭で燻煙してあげたんだ」
美鈴の力量に加え、妹紅の情熱が産んだベーコンがそこに絡んでいる。
燻煙の香りそのものに加え、肉汁の焦げたジューシーな香りが湧き出ている。
そのベーコンから溢れた脂が炒飯と絡み、クリーミーで柔らかく、かつうま味溢れる飯に化けたのだ。
ベーコンはカリカリに焦げているが、これがまたいいアクセントとなっている。
「ふむ。このサラダで、うまいこと口がさっぱりするね」
紫蘇を中心とする野草に、お酢で味付けした簡単なサラダである。
口をさっぱりとさせて、もう一度炒飯に臨むことができる。
「やはり、短時間というのがポイントなんだろうね」
米同士はひっつかず、かつ米の内部はしっとりと水分を保っている。
パサパサではなく、かつパラパラ。
一見矛盾するかのような食感を、高火力かつ短時間の製法により、実現したのである。
「いやあ、生きていて良かったと久々に実感したよ」
「私たちがほしいのは、高評価というよりも勝利だけどね」
「おっと、手厳しいね」
妹紅も美鈴も、気を緩めない。勝負はまだ終わっていない。
炎の料理人の二人は己の矜持をかけるため、次なる戦いを望んでいるである。
「では、そろそろ私たちの番ね」
「よおし。まず、私から。『なすのチーズ味噌焼き』」
ルナチャイルドの料理は、ちょっとしたおつまみのような料理であった。
縦半分に切られたナスの上に、こんがりと焼けたチーズ。その上に味噌が乗っていて、さらに薬味として紫蘇が千切られていた。
「もう一つ。私の方は『コーヒーケーキ』よ」
一方、ルナサの料理はちょっとしたティータイムに出てきそうな菓子であった。
焦げ茶色の生地にセピア色のクリームが眩しい、いかにも直方体なケーキである。
「……ふむ?」
一見どころか、かなりミスマッチに見える組み合わせであった。
これまでの料理を振り返ると、天ぷらうどん、弁当、炒飯とサラダといった具合に、まとまりがあった。
しかし、今回の料理はおつまみとケーキ。これといってまとまりが感じられない。
さらに、どちらかがメイン料理というようにも見えない。
「どういった作戦だろうね。では、なすのチーズ味噌焼きからいただこうか」
まず、一口。紫蘇の香りと共に、どこか春らしい香りが鼻をくすぐる。
ジューシーな春茄子と共に、厚い味噌の層、そしてチーズの薄い層を噛み千切る。
と、舌に何かが襲ってくる。痺れるような、エグ味、渋味、つまりはあの、山菜特有の苦味!
「ふうきみそ、だね?」
「はい! 私の得意料理なんです!」
「ふむ、悪くないね」
霖之助にとって、少々苦いのはむしろ好物であった。
ただ、チーズ味噌に混じって苦い。という程度の料理。
取り立てて珍しいものでもなく、特筆すべき点もないと思えた。
「む……?」
なすのチーズ味噌焼きは、苦味をうりにしたメニューであった。
しかし、次なるメニューはコーヒーケーキ。おそらく、こちらも苦い系。
被せてきている。
「とにかく、こちらもいただこうか」
一口で分かるほどに、こちらも苦い系!
コーヒークリームというよりは、ほとんどコーヒー。生地もまた、ほとんどコーヒー。
コーヒーの香りと共に、酸味の効いた奥深い苦味が溢れ出る。
「おやおや、どういうことだい?」
もう一度、チーズ味噌焼きにチャレンジ。
やはり、苦い。苦いが、こちらは舌をピリピリと刺すような苦味である。
その中にも味噌のしょっぱさとまろやかさが加わって、春の目覚めを予感させる。
飲み込んだ後には、ほのかにフレッシュな春の植物の香が残る。
「じゃあ、こちらは……」
ケーキの方は甘い。想像以上に、甘い。
コーヒーが多めとはいえ、それでもクリーム。砂糖と牛乳の甘みが一層強く感じられる。
まどろむようなマイルドさの後に、鋭めの苦味と爽やかな酸味が心を落ち着かせる。
飲み込んだ後には、ほのかにコーヒーの甘い香が残る。
「どういうことだ、一体……」
確かに、どちらも苦い食べ物である。
にも関わらず、互いを食すごとに、一層味覚に鋭くなっていくような錯覚を覚えるのである。
霖之助、長考。一口、料理を交互に食べては長考。
「そうか、君が鍵になっているんだな!」
「わ、私?」
「そう、君だ。確か……。ルナサといったね。確か、音楽家の……」
「ええ、そうだけど」
「なるほど、合点がいくというものだ」
霖之助、大いにうんうんと頷く。一人で考えて、一人で納得。
この霖之助という男にはよくあることである。
「答えを聞きたいかい?」
「え、ええ。どうぞ」
「よし、それでは……」
彼の鼻が、ずずいと息を吸い込んだ。
その時、誰もが嫌な予感をせずにはいられなかったという。
「いや、どうも変だと思ったんだよ。味噌焼きの方を食べた時、苦いものだったからね。だって、コーヒーの方も苦そうだろう?
この手のメニューでは、同種類の志向の物を並べるというのはあり得ないと思っていたんだよ。
極端な話、栗まんじゅうが二つ並んで出てきたらくどいにもほどがあるというものだ。
それで、苦いものが二つというのは失敗だなと思っていたんだ」
「え、ええ」
ここまで、一息。霖之助の勢いは、未だ留まることを知らない。
「味噌チーズとコーヒーケーキ。交互に食べる度に、不思議なことに、苦味が映えてくるんだよ!
同じ苦味の中にも、焼けた味噌とチーズのまろやかさがあって、コーヒーの深みがあって!
香りについても、春のフレッシュな香りと、コーヒーのまどろんだ香りがあって!
同じ苦味でも、全然違うんだ。この繊細な違いを、知ることができたんだ。
これは、苦味と苦味同士でなければ分からなかっただろう。片方が甘いものだったとすると、もう片方は苦いだけで終わるはずだ。
お互いに苦いからこそ、それぞれの違いに気がつくことができたんだ!
これを食べて僕はね、音楽を連想したんだ。ルナサがヴァイオリンを、ルナチャイルドが二胡を弾く様子が目に浮かんだんだ。
例えばティンパニーとバイオリンの二重奏というものは、種類が違いすぎてよく分からないことになりそうだね。
これがもし、バイオリンと二胡だったらどうだろう。ただ、単体で聞いても互いの違いには気が付きにくいだろう。
しかし、この似たもの同士を二重奏にするからこそ、東洋と西洋のハーモニーが生まれるんだ。
ルナサ。きっと君はマリアージュの天才に違いない。知っての通り、マリアージュとは結婚のことさ。
食材と食材のベストの結婚、つまりは組み合わせを、まるでセッションするかのようにうまく結びつけてしまうのさ。
それでいて、ひとつひとつの食材の個性が引き立っている! まさにプリズムリバー楽団のセッションではないか!
マリアージュの天才だからこそ、あの個性派揃いのプリズムリバー楽団をまとめあげることができる。そうに違いないよ。
一回戦の料理だってそうだ。僕は客席で食べたんだがね、これにも感動していたよ。
多くの具材をしっかりとまとめあげて出来上げた、交響楽団のような作品だったさ!
今回の料理もそうだ。一見ミスマッチな二つの食材、しかし苦味を鍵にデュオを奏でていた。互いを引き立てあっていたんだ!
食材のハーモニーを追求しつつ、個性を残す。素晴らしい一曲を聞かせてもらったと言える。
一方、紅炎の料理人チーム。炒飯単体でみると、今回のどの料理にも勝る出来であったと言えるだろう。
超高温と極上のベーコンを提供した妹紅の力と、それに見合う美鈴の中華料理の技術の双方がうまく噛み合っていた。
おそらく、これほどの炒飯はもう二度と食べられないだろうね。
しかし、サラダによって口をさっぱりさせるというのは、今考えるとどうも合点がいかないんだ。
要するにこれは、口内の炒飯の味をかき消しているのではないかと考えられるんだ。
そうではなくて、より炒飯の味を引き立てるような……。そう、敢えて餃子あたりをぶつけるという道もあったかもしれない。
そう考えると、あの炒飯がどうしても勿体無く感じられてしまってね。
紅炎の料理人チームは、炒飯が120点でサラダが50点、合計180点といったところだろう。
一方、ルナ=ルナチームは味噌チーズが80点、コーヒーケーキ80点といった具合だ。
しかしだね、これを足し合わせることで、不思議と200点満点になった。そういう料理を見せてくれたんだ。
手短なジャッジで申し訳ないが、この勝負はルナ=ルナチームの勝利ということでお願いするよ」
こうして、第二回戦の幕が降ろされた、かのように見えた。
「えーっと、すみません。今、ジャッジを聞いていた人、誰かいました……?」
出場者も観客も、誰も手を挙げない。どころか、船を漕ぐものがほとんどであった。
「では、すみません。もう一度判定をお願いします」
「味噌チーズとコーヒーケーキ。交互に食べる度に、不思議なことに、苦味が映えてくるんだよ!
同じ苦味の中にも、焼けた味噌とチーズのまろやかさがあって、コーヒーの深みがあって!
香りについても、春のフレッシュな香りと、コーヒーのまどろんだ香りがあって!
同じ苦味でも……」
「あ、あのー……。すみません、もうちょっと手短に……」
「ええっと要するに勝者は、ルナ」
「はい、おめでとうございましたー!」
日がそろそろ傾こうかという頃合い。
会場は霖之助の魔の口によって疲弊したまま、準決勝に突入しようとしていた。
=========
「よくやったわ、ルナ!」
「あはは、師匠のお陰だよー」
「一体どんなこと教えてもらったのよ。私ももっと料理が上手になりたいわ」
「うん。でも、思ってたより簡単なことだったわ」
「どんな?」
「相手の好きなものを作ってあげるんだって」
「え、それって普通のことじゃあ……」
「そうでもないらしいのよ。ほら、私だって自分が好きな苦いものばかり作ってたし……」
「むむむ。自分が好きなものは相手も好きとは限らない、か……」
「うん。だから、相手をよく見てよく知る練習とかやってた。あの店主とか理屈っぽいし、今回みたいにすればいけるって師匠が言ってた」
「それでほんとにおいしい料理ができるのかなー」
「うん。だから、好きな料理を出して、喜んでもらいなさいって。そしたら料理がもっと好きになるし、好きになったらもっと頑張れるって」
「ふーん……」
「おっと、次は師匠の番だった! 応援しにいかなくっちゃ!」
「ちょ、ちょっとルナ、待って!」
「すっかり元気になっちゃったわねぇ……」
=========
「さーて、とうとう準決勝ですね!」
「準決勝は『グルメな主催にガチンコバトル ~ チキチキ四天王対決!』を行うわ」
「そのチキチキってのやめないと訴訟も辞さないですよ」
「と、言う訳で! 今回の審査員は西行寺幽々子! 今回の主催者よー」
ステージの真ん中。幽々子がちょこんと席に付いている。
心なしか、いつもより小さくなっているように見える。
「よろしくお願いします」
「ルールは基本通りよ。料理を食べさせて、うまかった方の勝ち! ただし、審査員が幽々子よ」
「森近氏よりは素直だと思いますけどねー」
「では早速、一戦目を始めるわ」
うまいもんを極めに極めて勝ち上った四天王が、さらなる高みに上ろうとしている。
「先攻! 庶民の食材知恵袋、博麗霊夢!」
「後攻はマリアージュ交響楽団、ルナサ・プリズムリバーです」
霊夢とルナサが揃って、幽々子のテーブルにお盆をセット。
……しかし、どうも様子がおかしい。
眼の前に料理があるにも関わらず、幽々子の視線はずっと床をなぞっている。
どんよりとした空気が、晴れない。
「まずは私からね。『ピリ辛魚骨せんべい』を作ってきたわ」
会場からは感嘆のため息が聞こえる。
素材は質素さを極めているが、魚と青海苔が香ばしくて食べやすい。それでいて唐辛子のアクセントの効いたおやつとなっている。
幽々子の好みと思われるメニューであったが、彼女はすぐに目を逸らしてしまった。
「……もう一つは?」
「あ、私は『オムドリア』よ」
「んー……」
まず、魚骨せんべいをひとっかじり。
そして、オムドリアをスプーンですくって、一口。
オムドリアも負けていない。
オム生地の中に、チーズのほどよくかかったライスと野菜が顔を覗かせる。
卵にかかったデミグラスソースが料理全体にまろやかなうまみをつけている。
ほっと一息つけるこの料理も、幽々子にとっては何でもない。沈んだ顔のまんまであった。
うんうんとうなってから、幽々子はぼそりと告げた。
「じゃあ、霊夢の勝ちってことで」
あまりにあっさりとした判定に、司会の文は驚きを隠せなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください! そんな、あっさりと!? なにかコメントは!? 理由はないんですか!?」
「んー……。強いていうなら、霊夢の方が量が少ないし、頑張れば食べきれるかなって」
あまりのことに、もはや誰もが口を開いたままになってしまった。
あの幽々子の変貌に、ただただ目を丸くするだけである。
彼女は今も、つまらなさそうに俯いていた。
「次も、あるの?」
「え、ええ。じゃあ、準決勝二回戦、そろそろします?」
=========
「なんてこった、ルナの師匠が負けちゃった!」
「なんて審査員なの! ろくに食べてないじゃない! ルナ、大丈夫? こんなのどうやって勝つっていうのよ?」
「わ、わかんないよ! し、師匠!」
「あ、ちょっとルナったら!」
早速と言わんばかりに帰ろうとするルナサに、ルナチャイルドが駆け寄る。
ルナサは負けたことがさも当然であるかのようで、表情ひとつ変わらない。いつもの細い目をしていた。
「ルナじゃないの。次はあなたの番よ。早く準備しないと」
「そんなこと、分かっています! で、でも、師匠が! 師匠が負けるなんて!」
「……私が、負けないとでも?」
「も、もちろんです! 今回のは、審査員さんの方がおかしかったですもん!」
ルナサの優しい目が、急に鋭く尖ったように見えた。
初めて、ピンと張ったような高い声が飛んできた。
「駄目よ、ルナ。それは言ってはならない」
「だ、だって、師匠の料理、いつもおいしかったのに!」
「言ったじゃない。相手の望む物こそが、一番おいしいものよ。誰でもおいしいものなんて、無い」
「それじゃあ、師匠でも出来なかったってことになっちゃうじゃないですか!」
相手の望む物を見極めて、それを与えること。これこそがルナサの料理創作論であったはず。
ルナの心は、師匠の敗北によってかき回されていた。
ルナサもまた、いつにもまして声が暗くなっていた。
「私が教えたことは、私の願望だもの。相手の望むものを与えるには、もう大きくなりすぎた」
「な、なんですと!?」
これまでの教示の全てをひっくり返すような発言に、ルナは軽く跳び上がってしまった。
「心静まる料理が好き。心静まる音楽が好き。それを求めてくれる人もいる。だから、もう私はこういったものしか作れない」
「そんなこと、ないですってば」
「結局は、自分が好きな料理しか出せないの。自分がおいしいと思えない料理を出すなんて、失礼でしかない」
相手が好きな料理が、自分にとっては嫌いな料理かもしれない。
そんなとき、ベストな料理を提供できるわけがない。嗜好性が、ベストな創作を妨げることがある。
ルナは考えるので一生懸命。師匠に対し、涙の含んだ眼差しで見ることしかできなかった。
「大丈夫。あなたなら、私を超えられる」
「わ、私がですか!?」
「たくさんの料理を創って、たくさん好きになればいい。妖精の好奇心なら、世界中の料理なんてあっという間かもね?」
励ますように、ルナサの手がルナの頭に伸びた。
くしくしと撫でられるのが子ども扱いされているみたいで、ルナはなんだか恥ずかしくなってしまった。
「無数の好きの果てに、最高の創作物がある。そう思わない?」
「は、はい……」
「よーし。自信を持って! 大丈夫。あなたなら、彼女の求める料理を作ることができるはず!」
頭に置いてあった手が肩に伸びて、ルナは回れ右されられた。そして、背中をぽんと叩かれる。
「がんばってね」
強い期待をこめた手であった。自分のことは気にせず、先に行けというメッセージであった。
それでも、ルナは立ち止まってしまう。
ルナサが、自分を犠牲にして歩ませているような、そんな声に聞こえてしまったのだ。
だから、ルナは体を捻る。もう一度だけ、ルナサに対峙する。
「師匠こそ、がんばってください!」
「免許皆伝。その師匠っての、そろそろやめにしない?」
「じゃあ、ルナサさん!」
言いたいことがまとまらない。何を言うべきか、忘れてしまう。
それでも、ルナは自身の感情を、そのままルナサにぶつけた。
「ルナサさんの料理、私は好きです! ルナサさんだって、好きなものは好きなはずです!
だから……。ルナサさんはルナサさんの中で、なんというか、最高のものが作れる、はずなんです!
えっと、いつか、ルナサさんのもっと美味しい料理を食べさせてください! お願いします!」
ルナサの言葉に含まれる、どこか自虐な心をルナは汲み取っていた。
好きなものが固定化されているかもしれない。しかし、その好きなものを追求すればいい。
思いもよらない弟子のエールに、師匠は笑顔を隠すことができなかった。
「ありがとう。私なら、大丈夫。いつか、とっておきのディナーコンサートを開いてあげる」
「あ、ありがとうございます!」
「では、お互いにがんばりましょう。期待しているわ」
「はい! ここまできたら師匠、いや、ルナサさんのために優勝してみせます!」
師匠から弟子に、バトンタッチ。
ルナチャイルドの目は、もう小物のものなんかではなくなっていた。
上へ上へと駆け上がる、上昇気流を臨んでいる。
若き魂に、とうとう火が着いたのである。
「まずはあの亡霊さん。絶対に目を覚まさせてあげるんだから!」
=========
「準決勝の二戦目! 幽々子さんを崩すことができるのか? 想像以上に難しい戦いとなりました」
「先攻は力と技の二本角、伊吹萃香よ」
「後攻は年中夢中の好奇心、ルナチャイルドです」
一戦目の影響からか、観客はもうすっかりいなくなってしまった。
サニーとスター、紫と文に加え、少数の料理マニアだけが勝利の行方を見守っている。
勝利の行方を決めるのは、幽々子。今もまだ、影に影を重ねたような暗い空気が漂っている。
「じゃ、私からー。『豚とろ丼』だよ」
密と疎の力を活かし、箸で切れるほどに柔らかになった豚とろがウリである。
醤油ベースのソースが豚とろに、しいたけに、そして大根にかかっている。
白米が進むメニューであったが、これにも幽々子は特に反応を示さない。
一口食べて、沈黙するだけであった。
「私もオープン。『コーヒー』を淹れてきたわ」
かなり濃い目に淹れられていて、眉をしかめるものがほとんどである。
観客のリグルに至っては、砂糖を限度いっぱいまで投入。底にじゃりじゃりと残るほどの異様なコーヒーとなってしまった。
ただし、あくまで濃いだけ。雑味が少なく、香りが高い。舌に残るどっぷりと深い苦味は、人によっては心地よい。
それでも幽々子は、一口飲んで、二口飲んで終わってしまう。
少し目をぱちくりさせるだけで、大きな反応は示さなかった。
「それじゃあ、今回はルナチャイルドさんの勝ちね」
「な!? 私が負けただとう!? 審査員! 説明を!」
「んー。失礼だけど、どちらもおいしいとは思えないの。でも、強いて言えばこのコーヒー、すごく苦くて、目がちょっと覚めたから……?」
審査員本人もよく分かっていなかった。
ただ分かるのは、コーヒーが通常よりずっと濃い目のブラックであるということだけ。
その刺激に幽々子の目が覚めた。ただ、それだけであるように思われた。
「ううー。くそう! 審査員がそう言うなら仕方が無い! 私の負けだよ! 私の分まで戦ってくれよ、小さな料理人さんよう」
潔い鬼であった。いかに格下に見える相手であっても、負けは負けと認めてしまう。
あまりにあっけなく勝利してしまい、ルナチャイルドは目の前の出来事が理解できなかった。
料理から逃げるようにしていた一妖精が、いまや決勝進出を目前に控えている。
妖精界隈の一大偉業とあって、サニーとスターがルナに飛びついてきた。
「やった! やったわねルナ! 決勝進出よ!」
「か、勝っちゃった……」
全くといって実感が沸かないルナであったが、ふと我に返った。
会場の奥の奥のほう、白玉楼のふすまの一つに、彼女がいた。かつての師匠の背中が見えたのだ。
ようやっと勝利を実感したルナの背中に、ぞわぞわと鳥肌が立ち始めた。
「師匠……。優勝まで、がんばります!」
ルナは初めて、自分だけの力で勝利を手にすることができた。
ルナサの手を離れ、巣立ち。一人前の料理人へ、ひと羽ばたきしたところであった。
「さあ、決勝進出を決めた二人には特別ステージを用意しているわ」
「あの、紫さん? ここから先の台本は……?」
「お疲れ様。ここから先は、秘密の世界。ジャーナリストはごめんなさいよ?」
「そんなこと言われると、余計行きたくなっちゃうじゃないですかー。ぶー」
頬を膨らませる文をよそに、紫は勝者に向けてアナウンスし始めた。
その声が、解説者の時よりずっと低い。
「さあ、決戦のバトルフィールドへ向かいましょう。本当においしい料理を、よろしく頼むわよ」
そのただならぬ空気には、並大抵の者はひるんでしまうだろう。
しかし、歴戦の覇者の霊夢もルナも、全く動じない。
準備万端と見た紫は、人差し指で空を切った。ぽっかりと開いたスキマからは、これまた紫の腕がおいでおいでしていた。
意を決し、まずは霊夢、それからルナが決戦の地へ飛び込んだ。
「ルナ、待ってよ!」
「ちょっとサニー! ここはこっそりと行ったほうがいいわよ?」
「よ、よーし。それじゃ、見えないように行くよ?」
サニーが光を操って、ステルスモード。
準備完了のルナ親衛隊二人は、恐る恐るスキマをくぐった。
紫はまるでそれを見計らったかのように、直後にスキマをぱたんと閉じた。
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桜並木の薄桃色と枯山水の石英色が、穏やかな湖のように広がっていた。
白玉楼の一大庭園が見渡せる、縁側付きの四畳半部屋。彼女たちは、ここで待っていた。
「お待ちしていました。霊夢さん。そして、ルナチャイルドさん」
改まって正座をしている妖夢が、深々と一礼。隣の幽々子も、それを見て一礼。
落ち着かない霊夢とルナチャイルドに、妖夢はさっとお茶を差し出した。
「どうぞ、召し上がってください」
「えっと、そんなことより決勝は?」
そんなことを言いながらも、湯のみに手を伸ばしてしまうのが霊夢という人間であった。
茶道など分からないもので、とりあえず湯のみをくるくると回してみてから霊夢は茶に口付けた。
「ちょっと! これ、絶対に高いやつじゃない! こんなまろやかなお抹茶なんて、飲んだことない!」
「うん。私、あんまりこういうの飲んだことないけど。すごくおいしい……」
「あ、やっぱり分かってくれます? よかった、変なのじゃなくて……」
妙に自身のない妖夢のひょんな発言に、ルナと霊夢は互いの顔を見合わせた。
「いやいや。あんた、これだけ出来れば上等じゃないの? 私が教えてもらいたいほどよ」
「いえ、私はまだまだです。本当だったら、私が幽々子様を満足させられる料理を作らなければならないのですが……」
幽々子は準決勝の時と変わらず、暗く頑なな表情を崩していない。
申し訳なさそうな小さな声で、口を開く。
「妖夢が頑張ってくれているのは分かるの。でも、どうしても駄目で……!」
「どうしても駄目っていうのは?」
「幽々子さまは、日に日に食欲が無くなってしまってしまったんです。もう、何を食べてもおいしくないと言うほどに!」
「みんな一生懸命作ってくれているのはわかるの。でも、何を食べても。それこそ、準決勝の料理だって、おいしくもなんともないの!」
うまいもんが食べたい。うまいもんが食べたくて仕方ないという亡霊嬢の鶴の一声から本大会は始まった。
何を食べてもうまいと感じない。だからこそ、うまいもんが食べたくて仕方ない。
彼女の苦悩が、この大会を生んだのであった。
「決勝戦は、至って簡単です。幽々子様に、おいしいと言わせたほうが勝ち。簡単なチキチキバトルです」
そのとき、どこからか強烈な春風が舞い込み、妖夢の頬を激しく撫で回したという。
「なかなか難しそうだけど……。じゃあ、質問。幽々子はどうしてそんなことになったのかしら?」
「原因不明の病にかかってしまったのよー」
「えー。じゃ、どんなのを食べてきたの? ほんとに、どんなのも駄目だったの?」
「それが、本当に。和食も洋食も中華も。おかしもスープもご飯もおかずも猫もしゃくしも、駄目で……」
「私自身、幽々子様に何を差し上げればいいのか、もう分からなくなっているんです」
原因不明のおいしくない病は、想像以上に重症であった。
そんな彼女においしいものを食べさせるには、どうすればいいか。
「何か好きなものは、ないんですか?」
うんうんと考えこんでいたルナチャイルドが、とうとう動き出す。
「昔は和菓子が好きだったんだけど、今はもう、全然……。これといって好きなのは、もう無いかもしれないわね」
「じゃあ、どんな料理を作るのが好きなんですか!?」
「ううん。私は、妖夢の料理を食べさせてもらっているだけなの」
「幽々子様においしいものを食べてほしくって、色々試しているんですが……」
「じゃあじゃあ、普段、何して過ごしてるんですかー?」
聞き覚えのあるような、明るく幼い、甲高い声が響いた。
ルナの質問ラッシュに交えて、いつの間にやらサニーが参戦!
「普段? といっても、最近は怨霊ブームで幽霊のお仕事なんて少なくて。お料理食べて、のんびりやってるだけよ?」
「ちょっとサニー! スターも! いつの間についてきてたの!?」
ルナにはお構いなく、サニーはノリノリ。いけいけどんどんで幽々子に対峙。
勢いでごり押してしまう。
「そんなんだから駄目! 引き篭もってちゃ、何食べたっておいしくないよ!」
「サニーの言う通りね。つまらない生活してちゃ、何をしてもつまらないに決まってるわ。ねえ、ルナ」
「え、私!? えっとー……」
料理そのものが嫌いな彼女に、料理を好きになってもらうには、どうすればよいのか。
肝心なときに、ルナチャイルドの脳みそが働かない。処理落ちしてしまう。ヒートアップしてファンが回ってしまう。
頭の中に砂時計を作って、考えて考えて、そうしていると。
ふっと、彼女の脳裏にルナサの声が舞い降りて。
「料理を作って。おいしいって言ってもらって。そうしたら、きっと、料理が好きになれる! おいしいって、思えるはず!」
「そうだよルナ! さあ、幽々子さん! こんなところはおさらば! 一緒に料理しよう!」
サニーが幽々子の手を、がっちりと掴んだ。
彼女の行動力が、ルナの背中を後押しする。
「免許皆伝とか言ってたし。もうルナも料理の先生できるわよねー」
スターがルナに、ウィンクする。
冷静ながら場の流れをつかめる彼女の頼もしさが、ルナの行動を決定付ける。
「私だって、おいしい料理を教えることができるはず! それじゃあ皆、レッツゴー!」
すっかり自信のついたルナの底力が、全ての原動力であった。彼女がいなければ、全て始まらなかった。
あっという間に三妖精が幽々子を抱きかかえ、そのまま拉致。外へ飛びたってしまったのであった。
「いいんですか? 霊夢さん。このままじゃ、出し抜かれますよ?」
「いいんじゃないの? あんな淀んだ空気は、ああいう新鮮な馬鹿が換気してくれるんだから」
自分の勝敗なんてまるで気にしないかのような口ぶりであった。
問題を解決できさえすればいいという霊夢のスタンスである。
「淀んだ空気……?」
「いただきますっていう言葉がうんぬんってのは、もう知ってるわよね?」
「ああ、命をいただくっていう。時々聞きますね」
「それそれ。命パワーを充填するんだから、料理ってのはとっても生き生きしてるじゃない」
「い、命パワー?」
巫女だからか、話がどこかうさんくさい。
それでも、彼女は核心を貫きにやってきている。
「生きるために料理を食べるから、おいしいの。でも、彼女はちょっと死に近づきすぎたみたいね」
「ちょっと待ってください! それじゃ、幽々子様がもうすぐ死んでしまうかのような言い方じゃないですか!」
「死ぬわけないじゃないの。でも、死んだような毎日だったんじゃないの? だらだらーってして、面白みの無い毎日なんて」
同じような事を繰り返し、餌を与えられるかのように過ごす毎日。
どんなうまいものを与えられたとしても、これではきっとおいしくないだろう。
何をしてもつまらない、おいしくない、感動しない。
そんなときは、死んだような日々を過ごしているのかもしれない。
「妖精はここで一番生き生きしているから。幽々子はあいつらに任せればいいんじゃない? 紫だってそれを狙ってたんじゃない?」
「そういう、ものでしょうか……?」
「そういうもんよ。後はあんたを何とかするだけ」
突然に矛先が向いて、妖夢はどっきり。あわあわしてしまう。
「わ、私に何か、間違いでも!?」
「間違いどころか諸悪の根源じゃないの。幽々子の生き生き度を奪った張本人じゃないの?」
「私がですか!? 何が、悪かったんでしょうか……」
「主人に少しくらい、仕事をあげてもよかったんじゃない?」
「うー。でも、それでは従者として悪いような……」
「せめて、一緒に料理すればよかったのになーと霊夢は思います」
得意気にちょっぴりおどけて、霊夢は人差し指を立てた。
にっこり爽やか笑顔で、先生気分である。
「みんなで作って、みんなで食べる料理が一番おいしいの。これが一番、生き生きしているんだから」
一人よりは二人。二人よりは三人。三人よりは宴会会場貸切満員で食べるほうが、おいしいというものだ。
大勢の人妖に囲まれる彼女は、なんだかんだで囲まれるのが好きなのかもしれない。
「……最近、魔理沙が一緒に料理してくれなくて残念なんだけどね」
「一緒に作る、か。幽々子様も妖精たちと一緒で、楽しくやれるのでしょうか?」
「やれると思うけど……。多分、そろそろ無理かもしれないわね」
幽々子は妖精に任せるのが最善。しかし、それだけで解決できる問題ではないというのだ。
「あいつらだけでまともに料理できるわけがないじゃない。そう思わない?」
「確かに、そう思いますけど。どうするんです?」
「私たちが動くしかないじゃない。さ、一仕事よ!」
幽々子のおいしいのために、いや、皆のおいしいのために。
博麗霊夢、今立ち上がる。
太陽は霊夢を称えるように、赤く輝き始めていた。
=========
野草を取っては芋を掘り。川へ行っては魚取り。
川には夕日が照らされて、黄金色にまぶしく輝いている。
三妖精と幽々子は大自然の中、食材収集に勤しんでいた。
着物の裾を膝までまくって、幽々子は清流に足を踏み入れていた。
「取ったどー!」
「すごい! 幽々子さん、もう三匹目じゃないですか!」
「久しぶりのいい運動だわー」
山を駆け回って、すでに大根や筍に加え、多少のキノコを取っている。
幽々子の着物はすっかりどろんこになってしまっていた。
夕方まで子どものように遊んだのは、幽々子にとっては遠い昔の話のように感じられていた。
「でも、ちょっと少ないかもしれませんね……」
「大丈夫よ。私がみんなの分まで、取ってあげるわー」
「うう、力になれず、すみませんー」
野草を取る、ここまでは簡単。しかし、生きた魚を取るというのは想定以上に難しかった。
三妖精も川へ手をつっこんでみるものの、どうしても逃げられてしまう。何といっても要領が悪い。
と、上空からばっさばっさという羽ばたきの音とともに、水面が揺らぐ。
小鳥が慌てふためき急降下、四人に人差し指を突きつける!
「ちょっとちょっとー! ここ、私の狩場よ? 勝手に使わないでよー」
ミスティア・ローレライが、いちゃもんつけにやってきた!
川魚あるところに彼女あり。
ここは八目鰻を含む良質な川魚が取れるポイントであるとか。
「あらあら、いいじゃないの、ちょっとくらい」
「げえ、幽々子! いやいや、でも駄目だってば! たくさん取られちゃ、屋台ができなくなっちゃうよ!」
「ち、違うんですミスティアさん! 私たち、ミスティアさんのお手伝いをしようと思ってたんです!」
咄嗟に嘘をつけるサニーミルクは、まさしく妖精の鑑であろう。
ルナもスターもしゃっくりするように驚いてしまったが、そこはいつもの三人組。話をうまく合わせてくる。
「そ、そうなんです! えっと……。料理大会の打ち上げで、ミスティアさんの屋台に行こうと思ってたんです!」
「そうね。それで、手ぶらじゃ悪いかなと思って、差し入れに持っていこうかなーと」
「あらそうなの? ありがたいわー」
妖精にすっかり騙されてしまうミスティアの明日は、どっちだろう。
それでも、鳥の目は鋭い。一見とぼけているようでも、気になるところにはイルスタードダイブの一撃が待っている。
「……それにしてはお魚、全然取れていないじゃない」
「え? あー。あははー。いやあ、なかなかうまくいかないものでしてー」
「ふふん。こういうのは私に任せなさいって! この道一筋のプロなんだからー」
一気に靴下までぽぽぽぽーんと脱ぎ捨てて、裸足みすちーに大変身。
白く透き通った足が、川へずんずん沈んでいく。
スカートを軽く折り曲げながら、目指すは岩陰の絶好ポイント。
「魚はねー。こうやってとるのよ!」
鋭い爪を天に向けたかと思った次の瞬間。水面めがけてドリルクロー!
ミスティアの爪にはフナがしっかりと突き刺さっていた。
「へっへーん。ね、簡単でしょ? やってみると案外できるわよ?」
「いやいや、それは私たちには荷が重いですよー……」
「ミスティアちゃんかっくいいー! 私たちの分までよろしく頼むわよー」
「ほいきた! がんばるよー」
この日、幽々子に励まされるミスティアが魚を取り続けるという異様な光景が広がっていたという。
「なんだなんだ? 見慣れない連中が揃いも揃って川遊びか?」
何でもない光景のようにも見えるが、あの西行寺幽々子が妖精に交じって、きゃっきゃうふふと川遊び。
何が起きているのか気になってしまい、通りすがりの魔理沙もついつい覗きに行ってしまった。
「妖精が遊ぶのはいいとして。幽々子はとうとうボケでも始まったのか? えらい楽しそうだけど」
「いらっしゃーい。今日はね、私の屋台で打ち上げをするのよー。それで魚取り大会実施中ってとこ」
「打ち上げっていうと、あれか? 料理人決定戦ってやつのか? ちょうどいい、私もまぜてくれよ!」
霧雨魔理沙、参戦。
ちょうど川から上がってきた幽々子に寄って、状況を確認する。
「今回はアウトドアってやつかい? それなら色々と役に立てると思うぜ」
「あらあら。そうねー。お魚を取るだけ取ったんだけど、次はどうしようって思ってたところなのよー」
「よしきた。私の八卦炉ならいつでもどこでもお手軽焼き魚だ。やってみるか?」
八卦炉に網をセット。火力の調整は魔理沙にお願い。
幽々子は緊張の面持ちで、お魚をそっと網に載せる。だんだんと黒い煙が魚から沸き立ってくる。
幽々子の目は、落ち行く日の光を受けてきらきらと輝き始めていた。
「あら、こんな川辺で何か焼いてるじゃない。これはお芋も投入しないとね!」
「一年中焼き芋で飽きない?」
「いいじゃない。おいしいって評判なんだしー」
さらに秋の神様たちまでやってくる。今度は姉もセットでついてきた!
「おいしそうな匂いがしてるじゃない、魔理沙」
「おうおう、今日は世話になったな。ちょうどこれから打ち上げだ。焼き芋でもしてくれるのか?」
「じゃ、遠慮なくやりましょうか。でもまだ火が少ないわね。姉さん、お願いしていい?」
「あんたも一緒にするの。焚き火、二つ三つあったほうが後々便利じゃない?」
気がつけば八人。
幽々子に料理を教えるつもりが、ひょんな嘘から人が続々増えていく。
予想外の事態に、ルナチャイルド、困惑。
「ちょっとサニー! どうなってんの!? いくらなんでも人が来すぎじゃない!?」
「分かんないよ! まあ、人が多いほうが楽しいからいいんじゃない?」
「ああ、まだ決勝戦の途中なのにー」
「ルナ、大丈夫なの? 焼き魚で終わっちゃ、魔理沙さんが優勝しちゃう感じにならない?」
「いっけない! せめて煮魚くらいは教えなくっちゃ、あ、でも鍋も何にもない! ど、どうしよう!?」
妖精ならではの行き当たりばったりでは、焼き魚がいいところであった。
もっとうまい料理を追及してほしい、そんなルナチャイルドの願いは幽々子には届かない。
妖精だけの力では、到底叶わない願いであっただろう。
だが、ここにもう一人の料理のスペシャリストが、いたとしたら。
「あらあら、もうそこそこ集まっているじゃん?」
「魔理沙もいるじゃないの。今日はお疲れ様」
百戦錬磨の萃香と霊夢がそろって降臨!
彼女たちがいて、初めて宴が始まるというものである。
「待ってくださいよ、これ、中々重いんですよー」
妖夢も遅れて、汗を垂れ流しながら飛んできた。
萃香と妖夢の背中にどでんと大きな風呂敷。その中には鍋に包丁にお玉などなどなど、ありったけの調理器具が用意されていた。
ルナチャイルドも、これで一安心。
霊夢はすっかりエプロン姿で、料理する気まんまんである。
突然のライバルの登場に、魔理沙は目をぱちくりとさせた。
「おいおい、一体何事だ? そんなたくさん持ってきて、どうするんだよ」
「決まってるじゃない。ここの皆は、戦うのが大好きなんだから。一緒に作って、一緒に食べる。これぞ幻想郷流!」
「要するに、いつもの宴会ってことじゃないのか?」
「まあまあ、そう言わずに。せっかく萃香が持ってきてるんだし、やることはもう決まってるでしょう?」
魔理沙が帽子のつばをきゅっと掴んで、口元をにやりと曲げた。
魔理沙にとっての、決闘開始の合図である。
「まだ、決着はついていないってか。いいだろう。お前にはガチンコの料理を見せてやるよ!」
「そうこなくっちゃね! 絶対にうまいって言わせてあげる!」
幻想郷一料理人決定戦は、終わらない。
今、火蓋が切って落とされたのだ!
=========
「目ん玉ひん剥いて食べなさい! 『激辛キーマカレー船長スペシャル』をくらえ!」
「ふふふ。そんなものではまだまだ家庭的とは言えませんよ。『奇跡のデミグラスハンバーグ』こそ至高!」
「あらあら。手軽さ無くして家庭的なものなどありえないわ。『絶望の伊太利亜スパゲッティ・ぺペロンチーノ』の奥深さに酔いなさい!」
遠き山に日は落ちて。満月の明かりが満開の桜を照らす、お花火日和の夜となった。
川のほとりの大宴会場では、あちらこちらで料理バトルが繰り広げられていた。
村紗に早苗、アリスの三人は「最も家庭的なのは誰かバトル」という死闘を繰り広げていた。
「おっと、パスタなら負けないよ。『卵とベーコンのカルボナーラ』なんて、いかがかな?」
「私ほど家庭的と呼ばれた者はいない。『教科書通りの肉じゃが』が一番だ!」
「うふふ、妖精の真打参上! 『キノコとシャケの雑炊』はどう?」
家庭料理バトルにナズーリンと上白沢慧音、いつのまにやらスターも乱入。
なんでもありの無形式バトルである。
霊夢の力か萃香の力か、あちらこちらに、ありとあらゆる人妖が入り乱れては手料理を食べあっている。
「紫様のおつまみを作るのは私の役目だ。『熱々揚げ出汁豆腐』に勝てるわけがない」
「そんなものより、あなたの主人は甘いものが好きみたいですよ? 『チョコサンドビスケット』なんていかがかしら?」
「おつまみで私に勝とうなどと思わないことだー! 『萃香のくりまんじゅう』、再誕だよ!」
料理が進めば酒が進む。酒が進めば料理が進む。
藍にさとり、萃香の三人はおつまみ対戦の真っ最中である。
「炎の力をなめるなよ! 『ベーコンの炭火焼』のとろみに酔いしれるがいい!」
「さらに、中華の力を合わせます! 『熱々水餃子』で目を覚ましなさい!」
「炎の料理人なんぞに負けてたまりますか! 創作中華『鳥チリ春巻き』でチェックメイトよ」
「今度は全力勝負といこうじゃないか! 海鮮どんぶりならぬ『河川どんぶり』はどうだい?」
炎の料理人たちはすっかりコンビと化してしまった。
敵の敵は味方。妹紅、美鈴に負けた咲夜と小町が手を組んだ。
炎の料理人対刃の料理人の夢の対決が実現した。
「……うん。やっぱり私のコーヒーとは違うわね。フルーティーな香りにさっぱりとした酸味、すっきりするわ」
「ルナサさんのコーヒーも好きですよ。後からずーんって苦いのが来るのに、どこか甘くって。なんだか落ち着きます」
かつての師匠と弟子は、コーヒーブレイク。
少しばかり寒さの残る春の夜には、温かなコーヒーが欲しくなる。
二人はようやく大会の話は抜きで、ゆっくりと語り合えたのだ。
「あら? あなたのお弟子さんの料理、そろそろできたみたいよ?」
「そんな、まだまだ師匠じゃないですってばー」
焚き火の上に吊るされた鍋からは、白い湯気がしきりに昇っている。
ミトンをつけた幽々子が、待ちかねた様子で鍋を取りに走る。
その背中には妖夢が、火傷しはしないかと心配そうに構えていた。
「一口目は、食べさせてくださいね?」
「ええ。おいしかったらいいんだけど……」
心配そうな言葉であるが、その実、幽々子の目はぱっちり開いて爛々と輝いている。
皆が皆、楽しく勝負する輪を作っている。
皆と料理を作りあって、食べあって、感想をいいあって。そんな輝かしい輪に、飛び込むことができるのである。
その期待が胸いっぱいに膨らんで、隠すことなどできないのだ。
「さあさ、最終決戦の始まりよー。『煮込み魚に散らし桜』、どうぞ召し上がれ!」
川で取れたての白身魚、それに山で取れた大根や榎を、醤油と少しの酒で煮込む。そして桜の花びらをアクセントとして飾ってあった。
シンプルな一品であったが、幽々子はそれなりに苦労して食材を手にし、調理したものである。
「……なんというか。綺麗な味ですね、幽々子様。」
妖夢をはじめに、食べた人が次々と笑顔に変わっていく。
それはもちろん、幽々子自身だって。
=========
月もとうとう高くなって、皆が満腹になった頃。
静寂に包まれようとしていた宴会場に、幽々子の声が響き渡った。
「いっけない! 優勝者のこと、すっかり忘れていたわ!」
「なんだって? 打ち上げだっていうもんだから、すっかり霊夢あたりが優勝してるもんかと思ってたぜ」
「じゃあ、ここは公平にしましょう。一人一票で、勝ったと思う人を指差すの」
会場にざわめきが走るも、すぐに収まってしまう。
いつからいたのか、本大会のアナウンサーが最後のしめにやってきた。
「ではでは、アナウンスならお任せください! 第一回、幻想郷一料理人決定戦の優勝者は、こちらです!」
皆が皆、その答えは決まりきっていた。
指の向かう先は、同じ。
「……おや?」
アナウンサー、困惑。これでは、アナウンスできっこないのである。
霊夢、ルナチャイルドはもちろん。
ルナサも、萃香も、魔理沙も、穣子も、美鈴や妹紅だって。
村紗も、早苗も、ミスティアも、アリスも、小町も、さとりも、藍も、咲夜だって。
そして、幽々子でさえも。
指差すのは、みんな自分の鼻先であった。
「優勝者は、私!」
なんだかおかしくなって、料理人たちは一斉に笑い出してしまう。
それが静まった頃。十七人分の拍手が、春の夜空に広く広く膨らんだ。
「決まり手は豆腐の照り焼きハンバーグ丼。庶民の食材知恵袋、博麗霊夢!」
「密と疎を操ったくりまんじゅうで勝利しました。力と技の二本角が際立つ、伊吹萃香!」
「こんなのありか!? 決まり手は、トマト。ザ・農作物、秋穣子!」
「ワイルドに、キノコの味噌ポン酢串でした。アウトドアクッキングの伝道師、霧雨魔理沙!」
「うま辛さが鍵の、冷やしつけ坦々麺で決めた。炎の料理人、紅美鈴!」
「決まり手はポトフでした。今なお黒いベールに包まれる、ルナサ・プリズムリバー!」
「コーヒーゼリーを作ってきた。料理のできる妖精、ルナチャイルド!」
「数百年の技術が産んだ生ハムが絶品でした。職人の炎が燃え上がる、藤原妹紅!」
「以上、八名が第二回戦に進出したわ。誰が勝ち上がるのか、楽しみね」
「では、そろそろお時間のようですね。司会は射命丸文と!」
「解説の八雲紫でお送りいたしましたわ」
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うまいもんが勝ちというシンプルなルール、幻想郷一料理人決定戦。とうとう第二回戦を迎えようとしていた。
その、前日。
博麗神社では霊夢と萃香が作戦会議という名のもと、だべにだべっていた。
「しっかし、どうにも怪しいわよね。この大会」
「うん? ああ、幽々子のことかい?」
「結局、会場に一度も顔を出していないじゃない。あいつのための大会だってのに、どういうことなのかしらね」
それは、本大会最大の謎であった。
うまいもんが食べたいという幽々子の鶴の一声から始まったのが、本大会であったはず。
当の本人が、どこにもいなかったというのである。
霊夢の勘が、何か怪しいと告げていた。眉毛が曲がって仕方が無い。
「ま、考えたって仕方ないかー。どうせ勝てば分かることだし」
「おうともさ。勝つことが全てだよ!」
「もちろん。……でも、一筋縄ではいきそうにないかもね」
「おん? ……ひょっとして、魔理沙が気になってるのかい?」
萃香が首を傾げると共に、その長髪もぷらんと垂れた。
触り心地が良さそうなもので、霊夢は何となしにそいつをいじりながら答えてやった。
「ん。最近見なかったしねー。料理の研究でもしてたんじゃないかなって」
「まあ、関係ないね。今更あいつが頑張ったところで遅いんじゃないの? ……というか、勝手に毛づくろいしてんじゃないよ」
「毛づくろいされる方がボス猿なのよ? ……まあ、何にもしないってのもあれだし、ちょっと共同研究する? 予行演習ってことで」
「ほいきた! ふふん、腕がなるよー。というか、いい加減に私の髪から離れなよ」
なんとものん気な二人は、のん気なまんま髪の毛いじいじと台所へ向かうのであった。
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同じく第二回戦前日の、夕刻。
妖怪の山の麓の、何でもない平原に魔理沙と穣子が座っていた。
春であるにも関わらず、白や桃色の花たちが夕日を浴びて、秋のように紅く色づいていた。
少しばかりの会話を交わしては、沈黙。中々に慣れない二人であった。
そうしていると、なんとなしにといった風に穣子は問いかけた。
「どうして、そんなに霊夢にこだわっているのかしら」
一回戦から様子がおかしかった。「霊夢に勝たなくては」だのと言い続けて、今日まで。
異常なまでの魔理沙の執着心はどこから来ているのか。
春風がそよぎ、夕焼け色の草花がそろって傾く。少しの間があってから、魔理沙が口を開いた。
「もとから、妙に対抗意識みたいなのはあったと思うんだよ。だけど……」
「だけど?」
「あの時から、どうしても霊夢を見返してやりたいって思ってて。それで、この大会が、いい機会だって思って」
「うん? 何がなんだかよ。ちゃちゃっと教えなさいな」
「……ここだけの話だぞ?」
さして身近でない相手だからこそ、話せることだったのかもしれない。
魔理沙はぼんやりと空を眺めながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「香霖堂って、知っているか? うちの森のはずれにあるんだが……」
「あら、有名よ。変な主人がいるって」
「ん、まあ、そいつがさ。いわば古い付き合いっていうか、要するにただのダチなのよ」
「あら、そうだったの? へえ~。古い付き合い、ねえ」
興味津々、にやにや成分無調整100%の眼差しが穣子からだだ漏れた。
「いやいや」と、魔理沙は若干の否定を込めて続ける。
「そんな期待するような仲でもないぜ。別にどってことない。ちょっとばかり会ってる時間が長い友人ってぐらいで」
「そんな空気のような彼でしたが、いなくなった途端に息苦しくなったのでした、とか?」
「ん。案外、そんな感じなのかもしれないな……」
「あらあら」
魔理沙の表情が、ずんと険しくなった。
その様子を見守る穣子は、姉というか母というか、保護者の顔をしている。
それを見て、ちょっとばかり魔理沙の頬が緩まった。
「誕生日。あいつが誕生日のとき、いつも適当な手土産持って遊び行っててな。だけど別に、おめでとうとか、言うでもなしにさ」
「え、それのどこが『ちょっとばかり会ってる時間が長い友人』なの?」
「私がそういう風習持ってるだけなんだってば! 本人も自分の誕生日なんて忘れてるような奴だし、どってことないぜ」
「分かった分かった。で、誕生日のときに?」
「そう。誕生日だよ。キノコ持ってってな。あいつんちで焼いて食おうって思ってたんだ」
「持ってきといて自分で食べるの!?」
「そのほうが面白いじゃん。食べたそうにしてりゃ食わせてやってもいいがな。そんで、あいつの店に入ったんだけど……」
魔理沙の視線が、地面に落ちた。
あまり思い出したくないらしく、沈黙が続く。
はあ、とため息を一つついてから、小さな声で再開された。
「別によくあるんだけど、霊夢が先にいてな。で、香霖もいてな。なんか、うまそうに弁当食ってやがるんだ」
「うん、うん」
「こう、何でなのか、自分でも分からないけれど。誕生日じゃん。それで、なんか嫌な感じでさ」
「んー。分かるかも」
「というのもさ。あいつ、すんごく楽しそうで。霊夢の料理食ってる時のあいつの顔。改めて見ると、妙に幸せそうでさ」
「あらま」
「卵焼きでさ。色とりどりでさ。なんか、みょーに家庭的な感じでさ。ちょっと、悔しくってさ」
一度話し始めれば、出てくる出てくる言葉のマシンガン。
言いたいことはどんどん、口に任せて言ってやりたいという程である。
吹っ切れてしまいたい、というやけな気持ちが声となる。
「あいつ、もっとぶすっとした顔なんだよ。無表情でさ。顔に出さないタイプなんだよ。それが、ちょっと、にひゃーってしてて」
「にひゃー」
「私だってこーりんに料理作ってあげたことなんか、いくらでもあるけどさ。あんなの、見たこと無くって。
あの時の顔、見てるとさ。なんか、キノコ持ってきたのが急に馬鹿らしくなって。ちょっと、自信無くなって」
「嫉妬ってやつですかい?」
「そんなわけあるもんかい。というより、敵対心だよ。霊夢のやつ、何やっても上手くてさ。ちょっと、見返してやりたいんだ」
「天才肌ってやつ?」
「その癖にのん気でさ。あんときだって、『魔理沙も一緒にどう?』なんて聞きやがった。
お腹いっぱいだからいらないつって、後は適当に話あわせて、さっさと帰って。初めて何にもしない誕生日になっちゃったさ」
霊夢の料理に対する、並々ならぬ対抗心。その源が明かされた。
魔理沙はこの大会を、霊夢に打ち勝つ場と捉えているのだ。
「それが、なんとしても勝ちたい訳ね。……でも、勝算はあるの?」
「ああ。あいつら、絶対に油断してるぜ。一回戦で私はキノコ焼き。お前はトマトで、料理なんかまるで出来ないと思ってるはずだ」
「んー。そうかしら」
「実はな。練習してるんだよ。私だって、勝ちたくって。霊夢のような料理をずっと、密かに練習してきたんだ!」
「おお、それは心強い!」
「優勝なんかしてみろ。幻想郷一の料理人、魔理沙様の料理となれば、香霖なんか『にひゃー』どころか『にひゃひょへー』ってなるに違いない。
だから……。霊夢にも香霖にも、やっぱり魔理沙ってすごいってとこ、見せたいんだよ!」
「……いい顔、してるわね」
並々ならぬ熱意を秘めた魔理沙は、その瞳をぎらぎらと光らせていた。
その光を目に受けて、穣子は大きく頷いた。
「あい分かった。この穣子、全力であなたをサポートするわ!」
「改めてよろしくな! 霊夢なんかちょちょいのちょいだぜ!」
「ええ。よろしく」
その心は、敵対心なのか、嫉妬心なのか、はたまた恋心なのか。
ごちゃまぜな乙女心と秋の神は、明日へと臨む。
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「さてさてやって参りました! 幻想郷一料理人決定戦、第二回戦! ……とと、随分と観客が減りましたね」
「第一回戦が随分長かったからねー。今残っているのは余程の物好きではないかしら」
「そんな、観客に失礼な! でも実際、料理好きなのは事実なんでしょうねー」
残った観客こそ、貪欲に貪欲さを重ねた、グルメの探求者。
よりうまいを求めて、どこにでもついてくる!
二回戦であるが、紫も文も声が疲れていない。彼女達もまた、幻想郷一の料理人の誕生を見守っていた。
「えと、それではそろそろ、選手の入場ね。アナウンス、よろしく」
「一戦目! いつもの神社チーム対ワイルド料理チーム!」
「先攻は霊夢萃香ペアね」
一回戦よりは小さくなったものの、それでも割れんばかりの拍手でむかえられる。
霊夢萃香ペアは、ともに意気揚々に登場だ。
魔理沙穣子ペアも、負けじと胸を張っている。タンクトップ軍団の手拍子が鳴り響く。
「では、審査員を紹介いたします。第二回戦は、森近霖之助が務めます!」
「どうぞ、よろしく」
「な、なんだってー!?」
ステージ中央。そこに、すまし顔でめがねっ面の店主がいた。
まさかの事態に、霧雨魔理沙、混乱。
「第二回戦は、『二人あわせてチキチキチームバトル ~ 堅物店主の心を揺さぶれ!』を行うわ」
「そのチキチキっての本当にいりませんよね」
「今からペアの料理人は、持ち寄った食材を元に料理をしてもらうわ。一チームで二品作ってもらいますわ」
「制限時間は一時間。その後、先攻と後攻の順にそれぞれのチームの料理を食べてもらいます」
「で、うまかった方の勝ち。一回戦よりは考えることが多いかもね?」
「それでは早速参りましょうか。クッキングタイム、スタート!」
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「さあ、霊夢さんサイドに潜入取材いたします。ああっと、萃香さん、一体これは何を!?」
霊夢サイドの台所。
萃香が、物凄い勢いで、真っ白いスライムのような何かを投げつけては飛び蹴りをかましている!
「うどんだよ。うどん、こねてるのさ!」
ベターンベターンと、恐ろしいほどの力を生地に加える。
投げつけては、踏みつけて。投げつけては、踏みつけて。
鬼の力によって、たちまちのうちに鍛えられてしまうだろう。
「で、でも! 今からうどんをこねるのって、遅すぎません!?」
こねては、寝かせ。こねては、寝かせ。それが、コシと切れのある、しっとり感を持つうどんの秘訣であるはずだった。
寝かせる時間が必要であるため、一時間では到底うどんなどできるはずがない。
にも関わらず、萃香はどこ吹く風。
「え? そんなの、小麦粉と水分の密度、うまいこと調整すりゃいいじゃん。勝手につやつやになるよ?」
「さ、さすが。この私の頭では何をおっしゃっているのかさっぱりです!」
「なんにせよ、うまけりゃそれでいいのよ」
能力使用を躊躇わない。それが伊吹萃香!
力と技からできるうどんに、勝負をかける。
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「はいはーい。こちら、魔理沙サイドね。料理時間も半ばを超えちゃったけど、何をしているのかしらー」
「お米を蒸らすだけの簡単な仕事をしているよ」
一方、魔理沙サイド。ここでは、穣子が釜戸と対峙していた。
ご飯の面倒なら穣子に任せろ。飯炊き女と呼んでくれても構わない。それが、穣子の生きがいであった。
「穀物のおいしさが伝えられるなら、私は全力を尽くすわよ。そうすれば、みんなはもっと秋を好きになってくれると思うの」
釜戸からはくつくつと気泡の揺れる音がしている。
台所には米の炊けるふっくらとした香りが漂っていた。
「でも、今回ばかりはどうなるか……」
「あら? いいんじゃないかしら。白米はチーム戦で輝きそうなメニューだと思うわよ。で、魔理沙の方は……」
「そうでもあるない。緊張なんて、わたくしはいつもの魔理沙ですことよがはは」
ぶっ壊れてた。思いも寄らぬ審査員とめぐり合って、極度の緊張状態に陥ってしまったのだ!
無闇矢鱈に小麦粉をこね回す姿は、ある意味いつもより魔法使いらしかった。
何を作っているのか全く想像できない。イヒイヒ笑いながら練っているだけである。
練れば練るほど色が変わる。食べ物とは思えない。
「しっかりせんかーい!」
穣子、大地を蹴り上げる。と同時に、ジャイロ回転。
その姿はまさに、秋の颱風を思い起こさせる。
颱風の目こと穣子の頭が、魔理沙の腹部にコークスクリューブロー!
曰く、この技をもってして畑を耕しているとか。
「霖之助がなんぼのもんじゃい! あの人ために今まで練習してきたんでしょうが!」
「ちょ、おま、くるし……」
そのドリル回転たるや、一度食らいついたら話さない。
スクリューの摩擦熱から、魔理沙の服から煙が出始めている。
穣子は地面と水平になったまま、魔理沙に語り続ける。
「そんなヘタレな子に育てた覚えはないわ!」
「育てられた覚えもないぜ!? というかそろそろ止めてくれよ!」
「止めない! あんたの気持ちがはっきりするまで、止めない! このまま貫通してもいいくらいだわ!」
「さらっと恐ろしいこと言うなよ! 分かった、分かったから、まずは止まってくれ!」
「……仕方ないわね」
魔理沙のお腹のスクリューがピタリと止まる。
しかし、今なお穣子は突き刺さったままであった。器用なものである。
そこから、ぐりぐりぐりっとゆっくりと回転し、仰向けに。魔理沙をぎょろりと見据える。怖い。
「何があって取り乱してるのよ。いいからこの優しいお姉さんに話してみなさいな」
「……その、さ。香霖と会うの、やつの誕生日以来なんだよ。パッと逃げたっきりでさ。今更、なんて顔して会えばいいのか……」
「あーもう。なんかもう。向こうは何にも意識していないと思うわよ? だからこそ審査員なんてやってられる」
「それだ。それが、嫌というか、なんというか。私の気も知らないで、平然と料理評論家やりはじめるに決まってる」
料理の努力が報われないかもしれない。悩んでいるのに、霖之助は何も見てくれないかもしれない。
うまいまずいそのものよりも、頑張ったところを見てほしい。悩んでいることに気づいてほしい。
それでもあのミスター鈍感は、料理をただ客観的に評価して終わりになってしまうだろう。
魔理沙自身にも説明できない感情が、ごちゃごちゃとなって膨らんでしまっていた。
「霊夢みたいに、あいつの新鮮な顔を見てやりたいって思って。それで、色々練習したんだよ。でも、あいつはそんなこと、知ったこっちゃなくて!」
「要するに、『私の気持ちを知ってくれよー。こっち見てよー。でも自信ないぜー。あと香霖ラブ。』ってこと?」
「最後は置いといてさ。うん。まあ、大体はそう、だと思う。でも、私の気持ちなんて……?」
「うん?」
魔理沙の様子がおかしい。
眉間にシワが寄って、目をぎゅっと閉じて。
「私の、気持ち」
その時、くすぶっていた魔理沙に、ようやく電流が走り抜けた!
繋がる。悩みが一つの結論に結びつく!
「これだあ! そうだよ! 料理を作ればいいんじゃないか!」
喜びのあまり、魔理沙、大回転!
そのまま、穣子はジャイアントスイングの要領で振り回される!
「え、あ、ちょ、止めて……」
「ナイスだ穣子! これで存分に腕を振るってやるぜ!」
「な、なんだかよく分からないけれどやる気になってくれればそれでいいのよー!」
「待ってろよ香霖! 絶対に霊夢には作れない料理を作ってみせる!」
なんだかすごいことになってきてしまった二人を置いて、紫は会場に戻っていくのであった。
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「さて、一時間が経過しました」
「タイムアップね。どちらも、きちんと料理ができているみたいで安心したわ」
「では早速、料理人の登場です。まずは、いつもの神社チーム!」
「二人とも料理の基本的なスキルが高くて、安定感抜群ね。萃香の能力使用が鍵になるかと思うわ」
威風堂々。ミトンを装着した萃香は、土鍋を持ってきている。
霊夢もすっきりとした笑みを浮かべながら、お盆を手にしている。
「対するは、ワイルド料理チーム!」
「料理よりも食材を追究するタイプね。技術対食材の対決を期待しているわ」
一騒動あったペアとは思えないほど、静かに登場。
魔理沙の目は、まっすぐに霖之助を射ぬいている。しっかりと彼を直視するその目は、戦うためのものに見える。
「さて、審査員の霖之助さん。試合前に一言、お願いします」
「うん。料理の料は食を表す米と斗を合わせている。北斗や南斗という言葉にも使われていることから分かるように、斗は天体用語でね。
実はこの斗、ひつき星を意味しているんだよ。これは日、月、星と書ける。
この斗を理するということは、食をもってすれば宇宙をも支配できると解釈できる。そんな料理の一番を決めるとあって僕は」
「ではでは、いつもの神社チームから料理を紹介してもらいましょう。どうぞ!」
「じゃ、私からいくね。ずばり、『鍋焼きうどん』さ!」
萃香が蓋を開けると、湯気がぼわんと飛び出した。途端に、霖之助の眼鏡が曇る。
ぼんやりと、卵や水菜の色とりどりの鍋が見えてくる。
一時間という短時間で、麺から作った上に鍋焼きうどんという離れ業。萃香ならではである。
「では、私もオープンするわ。『かき揚げ』よ!」
「ふっふっふー。二人あわせて……」
「刮目せよ! 『ザ・天ぷらうどん』を召し上がれ!」
かき揚げ。これまた家庭料理では重宝するメニューである。余った野菜の処分にはもってこい。
さらに、何の野菜でも、どんな量でも適当に混ぜて揚げてしまえばよい。家庭料理のプロこと霊夢らしい料理であった。
さて、この大ぶりのかき揚げ。紫蘇とそら豆の青と人参の赤がよく映える。
ざく切りの玉ねぎにゴボウといった、かき揚げの主役も欠かさず入っている。
さらに目を凝らしてみれば、ジャコもあちらこちらに混ざっている。
「なるほど。チーム戦の定石をついてきた、といったところだね」
このチーム戦。一つ一つの料理の質が高いだけでは、勝てない。
例えばお好み焼きとピザというペアがあったとすれば、いかにもノーセンスである。そこには何の秩序も存在しない。ただ、くどい炭水化物の世界が繰り返されるだけである。
だが、何を合わせればいいのかという議論は尽きない。
お好み焼きと白米は味覚的には意外と合っているのに、それでも否定する輩が絶えないのと同じ。
二つの料理を合わせるというのは、存外に難しい。
ならば、一つの料理にすればよい。これならば、誰も文句を言わないだろう。
かき揚げ+鍋焼きうどん。独立した料理にもなり得、組み合わせることもできる妙手である。
「ふむ……。それでは、いただこうか」
霖之助、かき揚げに箸を伸ばす。そいつを摘み、躊躇なく真っ二つ! 半分に切ってしまった。
だが、これでこそ審査員が務まるというものである。
一つは、最初から汁に付けてしまい、ふやけたかき揚げを食すパターン。
もう一つは、揚げたてのかき揚げそのままを食すというパターンである。
半分のかき揚げをうどんに入れて、土鍋の蓋をする。それから、霖之助はもう半分のかき揚げを摘んだ。
まず、揚げたてを楽しみたい。だから真っ先に、かき揚げ。
「軽い……!」
それが、第一印象。
空気がしっかり入っている。それでいて、揚げたて。湿気とは無縁。
薄い衣が何層にも重なっていて、さっくり。なんせ、噛む度に音が鳴るほどだ。下手な具よりも、それだけで食っていける。
一度噛めば、潰されたそら豆とジャコの香りが立ち上り、ますます食欲をそそる。
そして、まだ噛み切れぬゴボウの群れへ向かって、もう一太刀浴びせたくなるのである。
ゴボウを衣から引きずり出すように、噛み千切る。この、歯ごたえ。
丸焼きの動物の肉を骨から噛みはがすような、ワイルドな食感。これぞ、かき揚げ。
「さすがだよ。天ぷらうどんだったら、天ぷらの存在感が少し薄いかもと思ったが……。どうやら間違いかもしれないね」
「ふふふ、それはどうかなー。ささ、うどんもいっちゃいな?」
蓋を開けて、鍋焼きうどんへ再び挑戦する。
今度は大量の湿気を浴びて、かき揚げはじゅっくりとしている。
これでいい。これはこれで、天ぷらうどんとしての楽しみができる。
が、そいつはまず置いておく。まずは麺に箸を伸ばす。
熱で麺がどろどろになってしまわない内に、霖之助は真っ先に麺を食すことにした。
太めの麺の弾力が箸に伝わる。軽く息を吹きかけてから、一息ですする。
「嘘、だろう?」
霖之助の表情が一転。麺を睨んで、もう一すすり。鍋の中を、目が出るほどに覗いている。
いかにも、信じられないといった風である。
「密度が違えば、ここまで変わるものなのかい?」
「あったりまえさね。鬼の力で鍛えた麺。そう簡単にふやけてたまるかっての」
「いや、にわかには信じられなくてね。鍋焼きうどんに、コシがあるなんて!」
コシ。それも、冷やしうどんのレベル。ずるりとした喉ごしすら備えている。
このコシを求めるため、生醤油うどんやぶっかけこそが本当のうどんと言い張る者もいるほどである。
今回のは、かけうどんどころか鍋焼きうどんである。その煮込み時間から、うどんのコシは普通、犠牲になってしまうものである。
それを、力技でコシを戻している。伊吹萃香が関われば、無法地帯の料理と化すのだ。
熱々であるにも関わらず、表面はもちもちとしていて、芯はしっかりとしている。
とろけてしまっていないので、心地よい弾力を喉に与えてくれる。
「しっとりかき揚げも、やっぱりいいものだ」
忘れないうちに、具に移る。
出汁をたっぷり含んだかき揚げを、すするようにして頬張る。
鍋焼きならではの、煮詰められた醤油と野菜のエキスが溢れ出る。
「……さて、お楽しみにとっておいたんだが」
最終兵器、半熟卵。
一度箸で切れば、次から次にうまみの根源が溢れ出す。
これを、かき揚げに、青菜に、かまぼこに、まんべんなくかける。
うまくかかった具材を鍋の隅に寄せて、取れるだけの具を欲張って箸に収めて。そのまま、口に放り込む。
とろけた黄身を、野菜たちと共に口の中で何度も何度も咀嚼するのは、幸せ以外の何者でもなかった。
「い、いかん。一気に食べてしまった。気を抜くと夢中になってしまうな……」
「お粗末さまでしたー」
確かな手応えのある反応であった。萃香はおろか、霊夢さえも頬を上げて喜んでいた。
「香霖。そろそろ、いいか?」
「あ、ああ」
気に入らない、と言わんばかりに霧雨魔理沙が立ちはだかる。
と、その前に。司会の文が水を差す。
「あの、すみません。魔理沙さん穣子さんペア、会場向けの料理のほうは……」
「そんなもの、ない!」
「え、ちょっと待ってくださいよ!」
困惑によどむ会場。しかし、無茶を通し得る問答無用の語気が、今の魔理沙には備わっていた。
「こいつは、私と香霖の、直接対決なんだよ!」
むしろ、予想外の展開に会場は沸き立った!
何かと噂の絶えないこの二人が、直接対決! 詳しい状況は抜きにして、会場はこの状況を楽しんでいる。
「ま、待ってくれないか? 状況があまり理解できないんだが……」
「そうだろう。きっとそうだろうよ。だから、理解させにきたんだ!」
箱のようなそいつを掲げて、霖之助の机に振り下ろす。
「こいつを、使ってな!」
片手で帽子のつばをぎゅっと握って、口角をにっと曲げさせる。
本来、魔理沙がスペルカードを宣言するときの癖であった。
いつしか、会場は不気味なほどに静まり返っている。どのような決着がつくのか、見守っているのであった。
「『弁当』か。魔理沙が作ってくるとは、面白いね。最近は、霊夢が作ってくれているんだよ。商品の代金がわりとして、ね」
霖之助にしては大盤振る舞いに見えるが、彼なりの商売であった。
外に出ることなしに極上の料理をただで食べることができる。霖之助にとっては悪くない話であった。
「それで、魔理沙が弁当か。何か理解しなくてはならないこと、あっただろうか?」
問うが、魔理沙は何も答えない。
霖之助を、その目線でもって真っ直ぐに貫くだけである。どこか、睨んでいるようにすら見える。
霖之助を責めるような、そういった眼差しにすら見える。
「こいつで理解させる、か。ただし、言葉は使わない。なかなか酔狂で面白そうじゃないか」
頭を働かせ、推測し、考察する。霖之助は脳みそを働かせることを何よりの楽しみとしていた。
さて、弁当の蓋を開ける。
俵形の小さなおにぎりがちょこんと三つ、その隣に黄色な塊がどでんと存在を主張していた。
かなり大ぶりに切られた卵焼きにみえる。なにやらハート型。
黄色なハートが、ただ一つ。
「おにぎりと卵焼き。ふむ、霊夢も時々こんな弁当を作るね。本当はもっと品数が多いんだが、ルールだから仕方ないね」
と、言うことは。魔理沙は霊夢の弁当を意識して作ってきたのではないだろうか。
確か、ちょうど霊夢の弁当をもらっているときに魔理沙が来たときがあったはず。
霖之助はそこまで思考を巡らせてから、ひとまずおにぎりをいただくことにした。
「む……?」
粘り強い。いや、強すぎるかもしれない。それが第一印象だった。
しっとりと粘っているが、決してべたつかない。香りも高い。炊き方は最高。
しかし、握り方。不自然なまでに強く握られている。米と米ががっちりと手を結びあって、硬い。
具は、無し。塩味だけで十分うまいが、どこか寂しい印象を受ける。
「やはり、こちらが主役だということか」
黄色なハート。その可愛らしさからか、箸で切るのは何となく躊躇われる。
柔らかな卵焼きをつまむと、自重で形が崩れそうになる。
慌てて、弁当に顔を近づけて、ひとっかじり。
「ふあっ!」
そこには、雲が浮かんでいた。
柔らかいどころの騒ぎではない。溶ける! 口にした瞬間、自重で、卵全体が舌にのしかかる!
噛むまでもない。口蓋からの圧力で、雪のように卵のジュースが溶け出す。
そのジュースの正体は、きのこ出汁。香り高く、濃厚。卵との相性も抜群。
強火で焼いているのだろう、卵の焼けた香りがいい。また、卵にしっかりと気泡ができている。
スポンジとなった卵の生地から、出汁がしみ出て止まらない。
「驚きだな。この二品だけで、コンビネーションができている」
添えられている醤油つきの大根おろしを載せて、もう一口。
口内で出汁と醤油の塩気が少しずつ混じり合い、卵の甘みが加わって、濃厚な水たまりの出来上がり。
砂糖は特に使っていないのだろう。ほどよく、すっきりとした卵だけの甘みが、口の中に残るだけ。
もう一度、おにぎりへ。今度ばかりは、この歯ごたえが快感である。
米本来のふっくらとした食感は消えているが、噛む動作そのものが心地よい。だし巻き玉子をうまくカバーしている。
口の中を一端リセットしてから、もう一度玉子へ対峙する。
「……ん?」
魔理沙はまだ、霖之助を凝視している。表情ひとつ、変えていない。険しい、眼差し。
今は気にせず、霖之助は残った黄色なハートを大根おろしとともに、一口で放り込んだ。
黄色といえば、魔理沙をイメージするのは明白な事実であった。
その、ハート。魔理沙の心を表しているとみて間違いないだろう。
と、なると。こんなにもふわふわしていて、出汁の深みがあって、甘い心というのは……。
そこまで考えたところで。
舌が、何か柔らかいものに当たる。
柔らかい卵の中に、さらに柔らかい膜状の何か。今度は、少しざらりとしたような気がする。
餃子の皮のようなそいつを、噛み切る。
すると、中から電流がはじけ飛んだ!
「ぐぎゅぐばあ!」
泡が弾ける。勝手に泡が舌に飛び込んできて、炸裂する!
発泡して、発砲してくるのだ。
おそらく、炭酸。何かの、炭酸。
ここ幻想郷では珍しい刺激に、霖之助、思わず椅子から飛び上がってしまう。
椅子に着地して、一息ついて何とか咀嚼しようとしたその時。
ガリッという、何かを齧ってしまう音を聞いた。
「だあああああ!」
口内に、小さな太陽が生まれた。
万物を照らし、舌を焼く。熱くてたまらない。
ひとことで言うと、辛い。針のような刺激が、口内の粘膜という粘膜を刺しにくる。
舌を喉の奥に引っ込めるも、辛さが炭酸と共にやってきて、爆竹のように暴れて仕方ない。
おにぎりが残っているのを思い出し、霖之助はとっさに食らいつく。
舌が依然ひりひりするものの、ようやく口を利く余裕がでてきた。
「ま、魔理沙……! 君はなんてものを!」
「あっはは! 香霖もそんな顔ができるんだな。目をくるくるしちゃって、面白いったらありゃしないぞ?」
あまりにひどい仕打ちだが、霖之助は、その時の魔理沙の表情を見逃さなかった。
今日、この会場に入ってきてから、魔理沙はずっと冷たい暗がりのような顔であった。そこに、灯りがぱっとついたのだ。
ただ、それが何故なのか、霖之助はまだ理解できなかった。
「全く、攻撃してくる料理なんて初めてだよ! 一体、どうしたらこんなもの作れるんだ……」
「小麦粉で練ってできた皮に、穣子からもらったスパークリングワイン。ついでに、穣子特性激辛唐辛子もあるぜ」
「そういうことじゃなくてだな。何か、僕が悪いことでもしたのかっていうことだよ」
「そんなこと気にしないでいいぜ。ちょっとくらいは気にしたほうがいいかもしれないがな」
「……ますます謎が深まるばかりじゃないか」
霖之助は、謎解きの手がかりの整理を始めた。
黄色のハートのだし巻き玉子に、攻撃的な中身。何らかの、責める気持ちがあったのだろう。しかし、それが何故なのか、分からない。
「恨みを晴らしに来た? ……としても、ここまでまどろっこしい手段にはでないだろう」
さらなる手がかりはないか、考える。
中身を食べた直後。魔理沙が明るくなったのは確かだ。その後にも手がかりがある。
霖之助の顔が変わったことに、彼女は言及していたのだ。答えが近い。霖之助は直感していた。
「悪いことをしたというより、もしかしてこれは……」
無反応の罪。霖之助は魔理沙から「無表情」だの「無愛想」だの言われたことがあって、少しばかり気にしていた。
もし、今まで魔理沙の料理を口にして、普段通りのしかめっ面をしていたとしたら。
ふと、料理の研究に励む魔理沙の姿を、霖之助は幻視した。心の肉を削がれ、苦々しく涙を浮かべる魔理沙が、台所にいる。
「……では、そろそろ判定に移ろう」
霖之助の声だけが残る。いつしか、会場の目は霖之助に集まっていた。
「まず、いつもの神社チームの鍋焼き天ぷらうどん。一つ一つの料理としても十分うまいが、コンビネーションがよく働いていた。
天ぷらのぱりぱりとした食感が、うどんの張りとコシを引き立てている。一方で、うどんの出汁が天ぷらのうまみをさらに引き立てていた。
互いに互いを引き立てる、お手本のような料理だったよ」
お手本のような料理という霖之助であるが、その解説自体があまりにお手本らしい。台本のような喋り方である。
そう。こちらのチームではない。
魔理沙も、霖之助も、タンクトップ集団も。次の解説こそが本命であると気づいている。
「さて、ワイルド料理チームの弁当。おにぎりのアシストも見事だが、やはり注目すべきはだし巻き玉子だろう」
凍ったように音の消えたステージで、魔理沙がぐっと目に力を入れた。首を伸ばして、霖之助の声を待ち構える。
「残念だ。とても残念だったよ、魔理沙」
乾いた言葉を受けた魔理沙の視線が、初めて霖之助から斜め下に逸れた。
「よく、理解できたんだ。君の料理から、そして君の心から、自信の無さというものが隠しきれていない」
「……そんなこと、あるわけ無い」
「全力を出すのが、怖かったのかい? それじゃ、君のライバルと同じじゃないか」
それでも、霖之助の声は暖かさを失っていなかった。
静かに、抑揚のつかない言い回しで、魔理沙を責めるような鋭さを持っていない。
それに気がついて、魔理沙は再び霖之助に目を向けた。
「君の全力の料理が、食べたかった。それが本当に心残りというか、残念で仕方ないんだ」
霖之助の声が、むしろ熱を帯びてくる。
それでも、感情の抑えられた声で、なだめるように語る。
「途中まで、最高だったんだよ。玉子とキノコの香りがなんともとろけて……。
でも、あんなことされたら、『おいしかった』の一言も伝えられないじゃないか」
それは、自分自身を悔いるような言葉だった。
「この勝負は、いつもの神社チームの勝ちとする。もし君が再審を望むなら、いつでも来店すればいい。
きちんとした料理を持ってきてくれれば、それなりに評価するよ」
霖之助なりに、精一杯の笑みを込めている。
今度はちょっと違う意味で、魔理沙はもう一度霖之助から目を離した。
「どんなのでも、構わないか?」
「ああ。だし巻きでも、目玉焼きでもスクランブルエッグでもオムレツでも。何の料理でも構わないよ」
「言ったな? 楽しみに待っていな。ただし、命の保証は無いと思え」
「おいおい、ちょっと待ってくれ。一体、どういう……?」
「香霖が驚くの、見てて楽しかったぜ。これから、もっとたっくさん驚かせてやるよ。ダイナマイトとか入ってても文句いうなよ?」
だし巻き玉子の反抗的な味が思い起こされる。
黄色なハートのいたずらな気持ちが、霖之助を攻撃しようとしている。
早くも霖之助は、自分の言動を後悔し始めていた。
「香霖の癖に、かっこつけんなよ。ばーか」
捨て台詞を残して、そそくさとステージから引っ込もうとする魔理沙であった。
そのとき、霖之助の脳裏に一つの仮説がよぎった。
あの料理は、ついついあの炭酸スパイスに注目してしまう。
しかし、それでも黄色のハートを作っているのは、甘いだし巻き玉子の方なのではないか、と。
「いやいや、まさかね」
魔理沙の背中の小ささが、いたずら心真っ盛りであることを示している。有り余るいたずら心の証拠に、今も口中に痛みが広がっている。
卵のように甘い心と見せかけて、唐辛子が待ち構えている。甘く見ると痛い目を見る。それが魔理沙という者である。
霖之助はそう結論付けて、水をコップ一杯飲み干した。
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「ごめんな、私のわがままで道連れにしてしまって」
「ううん。気にしてないわ。むしろ、これが最高の形じゃないの」
「まあな。霊夢が絶対しないことができたし、霖之助の件もうまくいった。でも、穣子は、これで良かったのか?」
「試合には負けちゃったけど、あなたとしてはこれでいいんでしょ?」
「……ん。そりゃあな」
「なら、最高じゃない。神として、すごいことよ?」
「あいにく私は神じゃないから何も分かんないぞ」
「勝負って、一方しか幸せになれない世界じゃない。でも、今のは両方幸せ。みんながハッピーで、神様としてはいい仕事したってとこよ」
「……そんなもんかな」
「そうよー。だからもっと私を崇めなさい!」
「ま、ありがとうの一つでも言っておこうかな」
「ふふ。まいどありー」
一戦を終えた二人は、名残り惜しくその会場を後にするのであった。
最後に、穣子がぽつんとつぶやいた。
「どうか、実りますように」
「神が祈ってどうすんだよ」
「こればっかりは私の管轄外だからねー」
「おいおい。何が言いたいんだ?」
「ひみつー」
にやまりとした笑みを浮かべる穣子が、魔理沙には何ともくすぐったかった。
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照明の届かぬステージの袖。ここでは、次なる料理人達の控えとなっている。
左側の袖には、美鈴妹紅ペア。出場を今か今かと待ち望んでいる。
「必ずや、勝ちましょう。勝って、私と戦いましょう。そして、咲夜さんよりも、あなたよりも強いことを証明してみせます」
「ああ。私も勝つつもりだよ。この試合にも、そしてお前にも、ぶっちぎりで勝ってやる」
「だからこそ、全力を尽くしましょう」
「ああ。最高の料理を作ろうじゃないか。炎の料理人の名にかけて!」
戦いを約束に、二人はその結束を固めていた。
それは友情の炎か、敵対の炎か。ともかく、二人の目は燃えに燃える。
「どうだった? サニー」
「うん、自信満々勝つ気満々だったよー。」
変わって、ステージ右袖。こちらにはルナサルナチャイルドペアが、それはそれは静かに控えておった。
「で、ルナは? 大丈夫そう?」
「それが……。見ての通り聞いての通りよ」
肩、振動パックで痺れちゃうと言わんばかりの震えっぷり。手の先にまでブルブルが伝わっていて、何かの禁断症状を起こしているかのようだ。
さらに息も、荒い。いかにも深呼吸してますと言わんばかりに、すーはーすーはー。
「が、がんばるからー……」
「う、うん。がんばれー……」
がんばれとしか言いようのないサニーとスター。
しかし、そこに救いの手を差し伸べる者もおったそうな。
「大丈夫。何とかしてあげる。あなたはあなたのできることをすればいい」
「し、師匠……!」
「ししょう!?」
ルナサに手を取られて、ルナチャイルドの血相がみるみるとよくなっていく。目に輝きが取り戻された。
そのまま、二人は手を繋ぎながらステージに向かうのであった。
その姿はまるで親子のよう。
「ちくしょう! あいつらいつの間にあんな関係に!」
「修行……。効果あったのかしらね?」
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「ニ戦目! 第二回戦が早くも終わろうとしています。紅炎の料理人チーム対ルナ=ルナチーム!」
「先攻は美鈴と妹紅の異色ペアね。二人とも料理の火力にはうるさいとか」
美鈴も妹紅も、オーラが違う。二人揃って、背筋を張りつつ腕組み。どこか達観した眼差しをしている。
戦いという戦いを知っている二人は、拳と料理を極めし者であった。
「一方のルナ=ルナチーム。二人とも沈黙が多く、その腕については、まだまだ謎が多いですよね」
「特にルナサの底、未だに見えないのよー。注目したいチームね」
熱と冷、動と静。対照的なチームの対決となった。
口数少ないルナサとルナチャイルドは、どこまで実力が隠されているのか。
ただし、落ち着きなく辺りをきょろきょろするルナチャイルドの様子からは小物臭が感じられる。
「では、クッキングタイムスタートですよー」
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「ルナ、大丈夫かしらねえ……。昨日ちょっとがんばったからって、そんなうまくなるわけでもないと思うし」
調理開始。まずは野菜を洗い始めるルナであったが、手がおぼつかない。
その様子を見て、スターはため息が漏れた。
「そんな心配することかなー? ルナだって、さっさと負けて家に帰って、ほっと一息したいんじゃない?」
「確かに一回戦の時はそんなことも言ってたけど……。今はどうも違うと思うのよ」
一回戦に辛勝した後、いつもの三妖精はこれまで犯してきた不正勝利を悔やんでいた。
特にルナチャイルドは、早く負けたいという一心であったはずだ。
にも関わらず、未だに緊張などしている。額に汗を浮かんでいる。
「見てサニー。負けて帰るだけなら、あんな緊張するわけないわ。きっと勝ちにいく気よ。ルナは」
「え、うそ!? ほんとに!? すごいじゃん!」
「ルナサさん家にわざわざ修行しに行くほどだしね。……何をしてたのかは、分からないけど」
一回戦終了後、三妖精はさらなる不測の事態に出会ってしまった。
二回戦はチームバトル。実力の無いルナチャイルドでは、チームの仲間に迷惑がかかってしまう。
どうすればいいのか分からないものの、とにかく謝りに行こうということで満開一致。
会場に残るルナサを発見し、決死の思いのルナチャイルドはこれまでの経緯を語るのであった。
皆、怒られるのではないかと冷や冷や。ところが、ルナサの返答は至ってシンプルだったのだ。
「『あなたは料理するの、好き?』とか言ってたね、あの人。でも、あの時のルナがまた、変な顔してて……」
サニーがルナに目をやると、ルナもまたこちらを見ていた。
「あの時」と比べると、目の色が変わっているような気がした。
前はもっと、どんよりとしていたのに。今はサニーをまっすぐと見ている。
「ルナ、分かんないとか言ってたわよね。そしたら『じゃあ、料理が好きになる方法、教えてあげる』とか言われて。ほいほい着いていってしまったのよねぇ……」
「あの子は誘拐されやすいタイプだもんねえ」
「ちょっとちょっと、何言ってくれてんの。全く、二人だけにしておくと何を言い出すか分からないよ」
ルナチャイルドが二人の輪に加わって、めでたく光の三妖精が完成した。
ルナの後ろにはルナサがそっと控えている。
「え、ルナ!? 今、料理中なんじゃ……。って、もう料理できているじゃない!」
ルナの手には既に簡単な料理が載せられていた。
ふわふわの丸っこいパン生地が特徴のサンドイッチであった。
「これ、二人に」
「……はい?」
「審査員ならあっちよ?」
「あんたらに食べてほしいって言ってるの! はい、こっちサニー。こっちスターね」
なんだかよく分からないうちに、サニーとスターにサンドイッチが手渡される。
二人は顔を見合わせて、首をかしげてからひとっかじり。
「……あら、ルナにしては上出来じゃない?」
「おお! おいしいじゃん! 甘いし苺だし!」
生クリームと苺のたっぷり入った、甘酸っぱいサンドイッチであった。
鼻孔をくすぐるフレッシュな味に、甘党のサニーはご満悦。
「苺? こっちはシンプルなやつだったわよ? 私はこういう方が好きだけどね」
一方、スターのサンドイッチはトマトにレタス、それからスクランブルエッグのあっさりとしたサンドイッチである。
レモンのドレッシングが効いていて、さっぱり派のスターも満足。
「よかったー。てっきりルナのサンドだから、苦いやつだと思ってたよ」
「うんうん。どうしたのよ急に、こんなに上手になっちゃって!」
友人たちの見せる初めての反応に、ルナは思わず目を丸くして、口をぱっくりと正三角形にしてしまう。
「し、師匠! やりましたよ! 私、初めて、褒めてもらえた!」
「ええ。……料理、好きになれそう?」
「も、もちろんです! おいしいって言ってもらえるなら、がんばれます!」
「それが聞けて、よかったわ」
硬くて暗いばかりであったルナサが、その目を溶けるように垂れさせる。
「二回戦進出であんなに嫌がってたのに。今は、いい顔してる」
「ちょっとだけ、自信が持てましたから。師匠のお陰です」
「うんうん。じゃあ、そろそろ本番と行きましょうか」
「はい!」
調理場にルナとルナサが向かってしまって、残る二人は置いてけぼりをくらってしまった。
未だに状況が飲み込めていなかった。
「なんか、勝手に士気上がっちゃってテンション上がってやる気になっちゃったね……」
「ええ。でも、なんだかいい感じよね。これでルナも自信持って戦えるみたいだし」
「うん。だけど、なんか、ちょっと後悔してるんだよねー……」
「後悔?」
普段から明るいサニーの顔が、少しだけ曇ってしまっていた。
「うん。私、今まであんまりルナの料理、おいしいって言ったこと無かったからさ」
「それは仕方ないんじゃない? 苦手な料理を出されて喜んでいたらただのマゾサニーじゃない。あらやだおいしそう」
「……ん? ん?」
「いつものサニーらしくないってことよ。前のことなんか気にしない。今は心置きなくルナを応援できるじゃない」
「そ、それもそうね!」
いつもよりきらきらとした瞳で料理をするルナの姿を見て、サニーはなんだか自分のことのように嬉しくなってしまった。
なんだか自分も料理をしたくなってくるような、明るいキッチンになっていた。
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「おかしいわサニー。全然、動きがないの!」
「動きがないって、どういうこと?」
「相手サイドの台所! 対戦相手はいるはずなのに、微動だにしていないの!」
「え? それっていいことじゃないの? 料理していなかったら失格なんじゃない?」
「でも、さすがにそんなことはないはずで……」
「よおし、分かった。ちょっと見てみようよ! 様子くらい見ても大丈夫でしょ!」
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「残り時間、あと3分! 紅炎の料理人チーム、残りの料理ができていません!」
「しかも全く動かないわね……。何か作戦があるのでしょう」
妹紅も美鈴も、微動だにしていない。
料理ができていないにも関わらず、ただ目を閉じて正座。
「残り時間、1分! 失格で確定といったところでしょうか!?」
「待って! 今、二人に動きがあったわ」
美鈴、開眼! と同時に、ネギを数束掴み取って、放り投げる。
「奥義、回転微塵斬り!」
剣の舞。踊り狂う包丁が、落下するネギを粗めに切り刻んでいく。
木っ端微塵となった刻みネギは、ザルの中にすとんと落ちていく。
「妹紅、いくわよ!」
「準備オーケー!」
妹紅も開眼! 四つん這いの姿勢のまま、背中から紅蓮の炎を噴き上げる。
対する美鈴は中華鍋を妹紅にセット!
「うおおおおお、火力全開! 来いよ美鈴!」
「行きます! これぞ最速最熱最高の合体料理!」
「至宝のベーコン炒飯だ!」
まずはベーコン、それから溶き卵を鍋に投入。あまりの熱気に、一瞬で半熟状態と化す。
息もつかぬ間に、白飯! 会場の20人分、10キロを軽く超える量である。
そいつを、片手で振り回す。
活気に満ちた春の川魚のように、勢い良く鍋から飛び跳ねる。
「妹紅! もっと強くできる?」
「オーケー! 美鈴も、もっと振れるか!?」
「よし、こうなったら全力でいくよ!」
燃え盛る炎をバックに、一秒に四回は鍋から波頭ができる。
今、二人はまさに燃えている。
「こいつで終わり!」
青々とした新鮮なネギを最後に投入。
餌に食いつく魚達のように、炒飯が具材を咥えこんでいく。
「残り時間は!?」
「10秒ほど!」
「よし! それだけあれば十分だ!」
天井に炎が移るほどの大噴火。
その熱気により、美鈴の額と腕から汗が溢れ出る。
片手で鍋を振るって、もう片方で塩、胡椒。それから鍋肌に醤油。一瞬で蒸発して、豊かな香りが立ち昇った。
「完成です!」
炒め時間、30秒。
その驚異的な調理に、会場は狂喜乱舞に彩光乱舞。その興奮はフジヤマヴォルケイノであったという。
=========
「さてさて、二回戦もこれで最後! 先攻は紅炎の料理人チームです!」
「ではではオープンしましょう。『ベーコン炒飯』よ」
「私の方もオープンしようか。『野草のサラダ』だね」
できたて熱々の炒飯がそこにあった。
一回戦とは打って変わって、美鈴のメニューは新鮮そのものである。
「ふむ。こういうパターンも来ると思っていたよ」
チャーハンに対し、野草のサラダは特に目立っていない。あくまでもサイドメニューである。
主役の一品に注目させて、もう片方を脇役に留めるという作戦である。
二品とも良い料理にしようとし、労力を分散させるのは効率的とはいえない。
二品分の労力を一品に注力すれば、印象深いメニューになるだろう。
「では、まずは炒飯からいただこうか」
まだ熱いほどの湯気が昇る炒飯に、霖之助はレンゲを差し入れた。
全く、抵抗が無い。レンゲを入れただけで、炒飯にしっかりと空気が入っていることが分かる。
見るからに、パラパラの炒飯。
「なかなかにシンプルだが、どうだろうね」
具はネギとベーコン、そして卵。味付けは塩コショウに醤油と、極めてシンプルな炒飯である。
醤油はにんにく醤油だろうか。食欲をそそる風味が湯気と共にやってくる。
レンゲを鼻に近づけて、その香りを存分に楽しんでから、口を開ける。
だが、焼ける。舌が、焼ける! 強烈な熱気が霖之助を襲う。
熱い! 焼けただれるほどに熱い! だが、それでいい!
終了時間ぎりぎりに作った炒飯である。この、熱さこそが最大の売りなのだ。
熱くない炒飯など、ゴミ同然である。
仮にむせようと、口を開けてまでハフハフする羽目になったとしても、それが炒飯!
炒めたばかりだからこそ、空気が入ったままの、ふわふわでパラパラの炒飯を口にすることができるのだ。
「は、はは、あははは!」
その舌触り、食感に、霖之助は思わず笑い始める。まさしく、狂気そのものであるかのように見える。
だが、しかし。
この炒飯を口にしたもの、会場の全員が、気でも狂ったかのように笑い始めるのだ!
「すまない。いや、今まで食べた炒飯とやらが、あまりに馬鹿馬鹿しくなったものでね!」
炒飯ほど、作りやすい料理はない。しかし、炒飯ほど極めるのに難しい料理はないとも言われている。
通常、だし汁や具の種類を変えることによってでしか、炒飯という料理のクオリティのアップを図ることはできない。
しかし、今回の炒飯は至ってシンプル。本人の力量と火力のみの、いわばゴリ押しによって頂きを狙ったメニューであった。
「ベーコンの脂。これがうまい具合に飯に絡んでいるね!」
「生ハムだけが脳じゃないってね。こいつも妹紅炭で燻煙してあげたんだ」
美鈴の力量に加え、妹紅の情熱が産んだベーコンがそこに絡んでいる。
燻煙の香りそのものに加え、肉汁の焦げたジューシーな香りが湧き出ている。
そのベーコンから溢れた脂が炒飯と絡み、クリーミーで柔らかく、かつうま味溢れる飯に化けたのだ。
ベーコンはカリカリに焦げているが、これがまたいいアクセントとなっている。
「ふむ。このサラダで、うまいこと口がさっぱりするね」
紫蘇を中心とする野草に、お酢で味付けした簡単なサラダである。
口をさっぱりとさせて、もう一度炒飯に臨むことができる。
「やはり、短時間というのがポイントなんだろうね」
米同士はひっつかず、かつ米の内部はしっとりと水分を保っている。
パサパサではなく、かつパラパラ。
一見矛盾するかのような食感を、高火力かつ短時間の製法により、実現したのである。
「いやあ、生きていて良かったと久々に実感したよ」
「私たちがほしいのは、高評価というよりも勝利だけどね」
「おっと、手厳しいね」
妹紅も美鈴も、気を緩めない。勝負はまだ終わっていない。
炎の料理人の二人は己の矜持をかけるため、次なる戦いを望んでいるである。
「では、そろそろ私たちの番ね」
「よおし。まず、私から。『なすのチーズ味噌焼き』」
ルナチャイルドの料理は、ちょっとしたおつまみのような料理であった。
縦半分に切られたナスの上に、こんがりと焼けたチーズ。その上に味噌が乗っていて、さらに薬味として紫蘇が千切られていた。
「もう一つ。私の方は『コーヒーケーキ』よ」
一方、ルナサの料理はちょっとしたティータイムに出てきそうな菓子であった。
焦げ茶色の生地にセピア色のクリームが眩しい、いかにも直方体なケーキである。
「……ふむ?」
一見どころか、かなりミスマッチに見える組み合わせであった。
これまでの料理を振り返ると、天ぷらうどん、弁当、炒飯とサラダといった具合に、まとまりがあった。
しかし、今回の料理はおつまみとケーキ。これといってまとまりが感じられない。
さらに、どちらかがメイン料理というようにも見えない。
「どういった作戦だろうね。では、なすのチーズ味噌焼きからいただこうか」
まず、一口。紫蘇の香りと共に、どこか春らしい香りが鼻をくすぐる。
ジューシーな春茄子と共に、厚い味噌の層、そしてチーズの薄い層を噛み千切る。
と、舌に何かが襲ってくる。痺れるような、エグ味、渋味、つまりはあの、山菜特有の苦味!
「ふうきみそ、だね?」
「はい! 私の得意料理なんです!」
「ふむ、悪くないね」
霖之助にとって、少々苦いのはむしろ好物であった。
ただ、チーズ味噌に混じって苦い。という程度の料理。
取り立てて珍しいものでもなく、特筆すべき点もないと思えた。
「む……?」
なすのチーズ味噌焼きは、苦味をうりにしたメニューであった。
しかし、次なるメニューはコーヒーケーキ。おそらく、こちらも苦い系。
被せてきている。
「とにかく、こちらもいただこうか」
一口で分かるほどに、こちらも苦い系!
コーヒークリームというよりは、ほとんどコーヒー。生地もまた、ほとんどコーヒー。
コーヒーの香りと共に、酸味の効いた奥深い苦味が溢れ出る。
「おやおや、どういうことだい?」
もう一度、チーズ味噌焼きにチャレンジ。
やはり、苦い。苦いが、こちらは舌をピリピリと刺すような苦味である。
その中にも味噌のしょっぱさとまろやかさが加わって、春の目覚めを予感させる。
飲み込んだ後には、ほのかにフレッシュな春の植物の香が残る。
「じゃあ、こちらは……」
ケーキの方は甘い。想像以上に、甘い。
コーヒーが多めとはいえ、それでもクリーム。砂糖と牛乳の甘みが一層強く感じられる。
まどろむようなマイルドさの後に、鋭めの苦味と爽やかな酸味が心を落ち着かせる。
飲み込んだ後には、ほのかにコーヒーの甘い香が残る。
「どういうことだ、一体……」
確かに、どちらも苦い食べ物である。
にも関わらず、互いを食すごとに、一層味覚に鋭くなっていくような錯覚を覚えるのである。
霖之助、長考。一口、料理を交互に食べては長考。
「そうか、君が鍵になっているんだな!」
「わ、私?」
「そう、君だ。確か……。ルナサといったね。確か、音楽家の……」
「ええ、そうだけど」
「なるほど、合点がいくというものだ」
霖之助、大いにうんうんと頷く。一人で考えて、一人で納得。
この霖之助という男にはよくあることである。
「答えを聞きたいかい?」
「え、ええ。どうぞ」
「よし、それでは……」
彼の鼻が、ずずいと息を吸い込んだ。
その時、誰もが嫌な予感をせずにはいられなかったという。
「いや、どうも変だと思ったんだよ。味噌焼きの方を食べた時、苦いものだったからね。だって、コーヒーの方も苦そうだろう?
この手のメニューでは、同種類の志向の物を並べるというのはあり得ないと思っていたんだよ。
極端な話、栗まんじゅうが二つ並んで出てきたらくどいにもほどがあるというものだ。
それで、苦いものが二つというのは失敗だなと思っていたんだ」
「え、ええ」
ここまで、一息。霖之助の勢いは、未だ留まることを知らない。
「味噌チーズとコーヒーケーキ。交互に食べる度に、不思議なことに、苦味が映えてくるんだよ!
同じ苦味の中にも、焼けた味噌とチーズのまろやかさがあって、コーヒーの深みがあって!
香りについても、春のフレッシュな香りと、コーヒーのまどろんだ香りがあって!
同じ苦味でも、全然違うんだ。この繊細な違いを、知ることができたんだ。
これは、苦味と苦味同士でなければ分からなかっただろう。片方が甘いものだったとすると、もう片方は苦いだけで終わるはずだ。
お互いに苦いからこそ、それぞれの違いに気がつくことができたんだ!
これを食べて僕はね、音楽を連想したんだ。ルナサがヴァイオリンを、ルナチャイルドが二胡を弾く様子が目に浮かんだんだ。
例えばティンパニーとバイオリンの二重奏というものは、種類が違いすぎてよく分からないことになりそうだね。
これがもし、バイオリンと二胡だったらどうだろう。ただ、単体で聞いても互いの違いには気が付きにくいだろう。
しかし、この似たもの同士を二重奏にするからこそ、東洋と西洋のハーモニーが生まれるんだ。
ルナサ。きっと君はマリアージュの天才に違いない。知っての通り、マリアージュとは結婚のことさ。
食材と食材のベストの結婚、つまりは組み合わせを、まるでセッションするかのようにうまく結びつけてしまうのさ。
それでいて、ひとつひとつの食材の個性が引き立っている! まさにプリズムリバー楽団のセッションではないか!
マリアージュの天才だからこそ、あの個性派揃いのプリズムリバー楽団をまとめあげることができる。そうに違いないよ。
一回戦の料理だってそうだ。僕は客席で食べたんだがね、これにも感動していたよ。
多くの具材をしっかりとまとめあげて出来上げた、交響楽団のような作品だったさ!
今回の料理もそうだ。一見ミスマッチな二つの食材、しかし苦味を鍵にデュオを奏でていた。互いを引き立てあっていたんだ!
食材のハーモニーを追求しつつ、個性を残す。素晴らしい一曲を聞かせてもらったと言える。
一方、紅炎の料理人チーム。炒飯単体でみると、今回のどの料理にも勝る出来であったと言えるだろう。
超高温と極上のベーコンを提供した妹紅の力と、それに見合う美鈴の中華料理の技術の双方がうまく噛み合っていた。
おそらく、これほどの炒飯はもう二度と食べられないだろうね。
しかし、サラダによって口をさっぱりさせるというのは、今考えるとどうも合点がいかないんだ。
要するにこれは、口内の炒飯の味をかき消しているのではないかと考えられるんだ。
そうではなくて、より炒飯の味を引き立てるような……。そう、敢えて餃子あたりをぶつけるという道もあったかもしれない。
そう考えると、あの炒飯がどうしても勿体無く感じられてしまってね。
紅炎の料理人チームは、炒飯が120点でサラダが50点、合計180点といったところだろう。
一方、ルナ=ルナチームは味噌チーズが80点、コーヒーケーキ80点といった具合だ。
しかしだね、これを足し合わせることで、不思議と200点満点になった。そういう料理を見せてくれたんだ。
手短なジャッジで申し訳ないが、この勝負はルナ=ルナチームの勝利ということでお願いするよ」
こうして、第二回戦の幕が降ろされた、かのように見えた。
「えーっと、すみません。今、ジャッジを聞いていた人、誰かいました……?」
出場者も観客も、誰も手を挙げない。どころか、船を漕ぐものがほとんどであった。
「では、すみません。もう一度判定をお願いします」
「味噌チーズとコーヒーケーキ。交互に食べる度に、不思議なことに、苦味が映えてくるんだよ!
同じ苦味の中にも、焼けた味噌とチーズのまろやかさがあって、コーヒーの深みがあって!
香りについても、春のフレッシュな香りと、コーヒーのまどろんだ香りがあって!
同じ苦味でも……」
「あ、あのー……。すみません、もうちょっと手短に……」
「ええっと要するに勝者は、ルナ」
「はい、おめでとうございましたー!」
日がそろそろ傾こうかという頃合い。
会場は霖之助の魔の口によって疲弊したまま、準決勝に突入しようとしていた。
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「よくやったわ、ルナ!」
「あはは、師匠のお陰だよー」
「一体どんなこと教えてもらったのよ。私ももっと料理が上手になりたいわ」
「うん。でも、思ってたより簡単なことだったわ」
「どんな?」
「相手の好きなものを作ってあげるんだって」
「え、それって普通のことじゃあ……」
「そうでもないらしいのよ。ほら、私だって自分が好きな苦いものばかり作ってたし……」
「むむむ。自分が好きなものは相手も好きとは限らない、か……」
「うん。だから、相手をよく見てよく知る練習とかやってた。あの店主とか理屈っぽいし、今回みたいにすればいけるって師匠が言ってた」
「それでほんとにおいしい料理ができるのかなー」
「うん。だから、好きな料理を出して、喜んでもらいなさいって。そしたら料理がもっと好きになるし、好きになったらもっと頑張れるって」
「ふーん……」
「おっと、次は師匠の番だった! 応援しにいかなくっちゃ!」
「ちょ、ちょっとルナ、待って!」
「すっかり元気になっちゃったわねぇ……」
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「さーて、とうとう準決勝ですね!」
「準決勝は『グルメな主催にガチンコバトル ~ チキチキ四天王対決!』を行うわ」
「そのチキチキってのやめないと訴訟も辞さないですよ」
「と、言う訳で! 今回の審査員は西行寺幽々子! 今回の主催者よー」
ステージの真ん中。幽々子がちょこんと席に付いている。
心なしか、いつもより小さくなっているように見える。
「よろしくお願いします」
「ルールは基本通りよ。料理を食べさせて、うまかった方の勝ち! ただし、審査員が幽々子よ」
「森近氏よりは素直だと思いますけどねー」
「では早速、一戦目を始めるわ」
うまいもんを極めに極めて勝ち上った四天王が、さらなる高みに上ろうとしている。
「先攻! 庶民の食材知恵袋、博麗霊夢!」
「後攻はマリアージュ交響楽団、ルナサ・プリズムリバーです」
霊夢とルナサが揃って、幽々子のテーブルにお盆をセット。
……しかし、どうも様子がおかしい。
眼の前に料理があるにも関わらず、幽々子の視線はずっと床をなぞっている。
どんよりとした空気が、晴れない。
「まずは私からね。『ピリ辛魚骨せんべい』を作ってきたわ」
会場からは感嘆のため息が聞こえる。
素材は質素さを極めているが、魚と青海苔が香ばしくて食べやすい。それでいて唐辛子のアクセントの効いたおやつとなっている。
幽々子の好みと思われるメニューであったが、彼女はすぐに目を逸らしてしまった。
「……もう一つは?」
「あ、私は『オムドリア』よ」
「んー……」
まず、魚骨せんべいをひとっかじり。
そして、オムドリアをスプーンですくって、一口。
オムドリアも負けていない。
オム生地の中に、チーズのほどよくかかったライスと野菜が顔を覗かせる。
卵にかかったデミグラスソースが料理全体にまろやかなうまみをつけている。
ほっと一息つけるこの料理も、幽々子にとっては何でもない。沈んだ顔のまんまであった。
うんうんとうなってから、幽々子はぼそりと告げた。
「じゃあ、霊夢の勝ちってことで」
あまりにあっさりとした判定に、司会の文は驚きを隠せなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください! そんな、あっさりと!? なにかコメントは!? 理由はないんですか!?」
「んー……。強いていうなら、霊夢の方が量が少ないし、頑張れば食べきれるかなって」
あまりのことに、もはや誰もが口を開いたままになってしまった。
あの幽々子の変貌に、ただただ目を丸くするだけである。
彼女は今も、つまらなさそうに俯いていた。
「次も、あるの?」
「え、ええ。じゃあ、準決勝二回戦、そろそろします?」
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「なんてこった、ルナの師匠が負けちゃった!」
「なんて審査員なの! ろくに食べてないじゃない! ルナ、大丈夫? こんなのどうやって勝つっていうのよ?」
「わ、わかんないよ! し、師匠!」
「あ、ちょっとルナったら!」
早速と言わんばかりに帰ろうとするルナサに、ルナチャイルドが駆け寄る。
ルナサは負けたことがさも当然であるかのようで、表情ひとつ変わらない。いつもの細い目をしていた。
「ルナじゃないの。次はあなたの番よ。早く準備しないと」
「そんなこと、分かっています! で、でも、師匠が! 師匠が負けるなんて!」
「……私が、負けないとでも?」
「も、もちろんです! 今回のは、審査員さんの方がおかしかったですもん!」
ルナサの優しい目が、急に鋭く尖ったように見えた。
初めて、ピンと張ったような高い声が飛んできた。
「駄目よ、ルナ。それは言ってはならない」
「だ、だって、師匠の料理、いつもおいしかったのに!」
「言ったじゃない。相手の望む物こそが、一番おいしいものよ。誰でもおいしいものなんて、無い」
「それじゃあ、師匠でも出来なかったってことになっちゃうじゃないですか!」
相手の望む物を見極めて、それを与えること。これこそがルナサの料理創作論であったはず。
ルナの心は、師匠の敗北によってかき回されていた。
ルナサもまた、いつにもまして声が暗くなっていた。
「私が教えたことは、私の願望だもの。相手の望むものを与えるには、もう大きくなりすぎた」
「な、なんですと!?」
これまでの教示の全てをひっくり返すような発言に、ルナは軽く跳び上がってしまった。
「心静まる料理が好き。心静まる音楽が好き。それを求めてくれる人もいる。だから、もう私はこういったものしか作れない」
「そんなこと、ないですってば」
「結局は、自分が好きな料理しか出せないの。自分がおいしいと思えない料理を出すなんて、失礼でしかない」
相手が好きな料理が、自分にとっては嫌いな料理かもしれない。
そんなとき、ベストな料理を提供できるわけがない。嗜好性が、ベストな創作を妨げることがある。
ルナは考えるので一生懸命。師匠に対し、涙の含んだ眼差しで見ることしかできなかった。
「大丈夫。あなたなら、私を超えられる」
「わ、私がですか!?」
「たくさんの料理を創って、たくさん好きになればいい。妖精の好奇心なら、世界中の料理なんてあっという間かもね?」
励ますように、ルナサの手がルナの頭に伸びた。
くしくしと撫でられるのが子ども扱いされているみたいで、ルナはなんだか恥ずかしくなってしまった。
「無数の好きの果てに、最高の創作物がある。そう思わない?」
「は、はい……」
「よーし。自信を持って! 大丈夫。あなたなら、彼女の求める料理を作ることができるはず!」
頭に置いてあった手が肩に伸びて、ルナは回れ右されられた。そして、背中をぽんと叩かれる。
「がんばってね」
強い期待をこめた手であった。自分のことは気にせず、先に行けというメッセージであった。
それでも、ルナは立ち止まってしまう。
ルナサが、自分を犠牲にして歩ませているような、そんな声に聞こえてしまったのだ。
だから、ルナは体を捻る。もう一度だけ、ルナサに対峙する。
「師匠こそ、がんばってください!」
「免許皆伝。その師匠っての、そろそろやめにしない?」
「じゃあ、ルナサさん!」
言いたいことがまとまらない。何を言うべきか、忘れてしまう。
それでも、ルナは自身の感情を、そのままルナサにぶつけた。
「ルナサさんの料理、私は好きです! ルナサさんだって、好きなものは好きなはずです!
だから……。ルナサさんはルナサさんの中で、なんというか、最高のものが作れる、はずなんです!
えっと、いつか、ルナサさんのもっと美味しい料理を食べさせてください! お願いします!」
ルナサの言葉に含まれる、どこか自虐な心をルナは汲み取っていた。
好きなものが固定化されているかもしれない。しかし、その好きなものを追求すればいい。
思いもよらない弟子のエールに、師匠は笑顔を隠すことができなかった。
「ありがとう。私なら、大丈夫。いつか、とっておきのディナーコンサートを開いてあげる」
「あ、ありがとうございます!」
「では、お互いにがんばりましょう。期待しているわ」
「はい! ここまできたら師匠、いや、ルナサさんのために優勝してみせます!」
師匠から弟子に、バトンタッチ。
ルナチャイルドの目は、もう小物のものなんかではなくなっていた。
上へ上へと駆け上がる、上昇気流を臨んでいる。
若き魂に、とうとう火が着いたのである。
「まずはあの亡霊さん。絶対に目を覚まさせてあげるんだから!」
=========
「準決勝の二戦目! 幽々子さんを崩すことができるのか? 想像以上に難しい戦いとなりました」
「先攻は力と技の二本角、伊吹萃香よ」
「後攻は年中夢中の好奇心、ルナチャイルドです」
一戦目の影響からか、観客はもうすっかりいなくなってしまった。
サニーとスター、紫と文に加え、少数の料理マニアだけが勝利の行方を見守っている。
勝利の行方を決めるのは、幽々子。今もまだ、影に影を重ねたような暗い空気が漂っている。
「じゃ、私からー。『豚とろ丼』だよ」
密と疎の力を活かし、箸で切れるほどに柔らかになった豚とろがウリである。
醤油ベースのソースが豚とろに、しいたけに、そして大根にかかっている。
白米が進むメニューであったが、これにも幽々子は特に反応を示さない。
一口食べて、沈黙するだけであった。
「私もオープン。『コーヒー』を淹れてきたわ」
かなり濃い目に淹れられていて、眉をしかめるものがほとんどである。
観客のリグルに至っては、砂糖を限度いっぱいまで投入。底にじゃりじゃりと残るほどの異様なコーヒーとなってしまった。
ただし、あくまで濃いだけ。雑味が少なく、香りが高い。舌に残るどっぷりと深い苦味は、人によっては心地よい。
それでも幽々子は、一口飲んで、二口飲んで終わってしまう。
少し目をぱちくりさせるだけで、大きな反応は示さなかった。
「それじゃあ、今回はルナチャイルドさんの勝ちね」
「な!? 私が負けただとう!? 審査員! 説明を!」
「んー。失礼だけど、どちらもおいしいとは思えないの。でも、強いて言えばこのコーヒー、すごく苦くて、目がちょっと覚めたから……?」
審査員本人もよく分かっていなかった。
ただ分かるのは、コーヒーが通常よりずっと濃い目のブラックであるということだけ。
その刺激に幽々子の目が覚めた。ただ、それだけであるように思われた。
「ううー。くそう! 審査員がそう言うなら仕方が無い! 私の負けだよ! 私の分まで戦ってくれよ、小さな料理人さんよう」
潔い鬼であった。いかに格下に見える相手であっても、負けは負けと認めてしまう。
あまりにあっけなく勝利してしまい、ルナチャイルドは目の前の出来事が理解できなかった。
料理から逃げるようにしていた一妖精が、いまや決勝進出を目前に控えている。
妖精界隈の一大偉業とあって、サニーとスターがルナに飛びついてきた。
「やった! やったわねルナ! 決勝進出よ!」
「か、勝っちゃった……」
全くといって実感が沸かないルナであったが、ふと我に返った。
会場の奥の奥のほう、白玉楼のふすまの一つに、彼女がいた。かつての師匠の背中が見えたのだ。
ようやっと勝利を実感したルナの背中に、ぞわぞわと鳥肌が立ち始めた。
「師匠……。優勝まで、がんばります!」
ルナは初めて、自分だけの力で勝利を手にすることができた。
ルナサの手を離れ、巣立ち。一人前の料理人へ、ひと羽ばたきしたところであった。
「さあ、決勝進出を決めた二人には特別ステージを用意しているわ」
「あの、紫さん? ここから先の台本は……?」
「お疲れ様。ここから先は、秘密の世界。ジャーナリストはごめんなさいよ?」
「そんなこと言われると、余計行きたくなっちゃうじゃないですかー。ぶー」
頬を膨らませる文をよそに、紫は勝者に向けてアナウンスし始めた。
その声が、解説者の時よりずっと低い。
「さあ、決戦のバトルフィールドへ向かいましょう。本当においしい料理を、よろしく頼むわよ」
そのただならぬ空気には、並大抵の者はひるんでしまうだろう。
しかし、歴戦の覇者の霊夢もルナも、全く動じない。
準備万端と見た紫は、人差し指で空を切った。ぽっかりと開いたスキマからは、これまた紫の腕がおいでおいでしていた。
意を決し、まずは霊夢、それからルナが決戦の地へ飛び込んだ。
「ルナ、待ってよ!」
「ちょっとサニー! ここはこっそりと行ったほうがいいわよ?」
「よ、よーし。それじゃ、見えないように行くよ?」
サニーが光を操って、ステルスモード。
準備完了のルナ親衛隊二人は、恐る恐るスキマをくぐった。
紫はまるでそれを見計らったかのように、直後にスキマをぱたんと閉じた。
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桜並木の薄桃色と枯山水の石英色が、穏やかな湖のように広がっていた。
白玉楼の一大庭園が見渡せる、縁側付きの四畳半部屋。彼女たちは、ここで待っていた。
「お待ちしていました。霊夢さん。そして、ルナチャイルドさん」
改まって正座をしている妖夢が、深々と一礼。隣の幽々子も、それを見て一礼。
落ち着かない霊夢とルナチャイルドに、妖夢はさっとお茶を差し出した。
「どうぞ、召し上がってください」
「えっと、そんなことより決勝は?」
そんなことを言いながらも、湯のみに手を伸ばしてしまうのが霊夢という人間であった。
茶道など分からないもので、とりあえず湯のみをくるくると回してみてから霊夢は茶に口付けた。
「ちょっと! これ、絶対に高いやつじゃない! こんなまろやかなお抹茶なんて、飲んだことない!」
「うん。私、あんまりこういうの飲んだことないけど。すごくおいしい……」
「あ、やっぱり分かってくれます? よかった、変なのじゃなくて……」
妙に自身のない妖夢のひょんな発言に、ルナと霊夢は互いの顔を見合わせた。
「いやいや。あんた、これだけ出来れば上等じゃないの? 私が教えてもらいたいほどよ」
「いえ、私はまだまだです。本当だったら、私が幽々子様を満足させられる料理を作らなければならないのですが……」
幽々子は準決勝の時と変わらず、暗く頑なな表情を崩していない。
申し訳なさそうな小さな声で、口を開く。
「妖夢が頑張ってくれているのは分かるの。でも、どうしても駄目で……!」
「どうしても駄目っていうのは?」
「幽々子さまは、日に日に食欲が無くなってしまってしまったんです。もう、何を食べてもおいしくないと言うほどに!」
「みんな一生懸命作ってくれているのはわかるの。でも、何を食べても。それこそ、準決勝の料理だって、おいしくもなんともないの!」
うまいもんが食べたい。うまいもんが食べたくて仕方ないという亡霊嬢の鶴の一声から本大会は始まった。
何を食べてもうまいと感じない。だからこそ、うまいもんが食べたくて仕方ない。
彼女の苦悩が、この大会を生んだのであった。
「決勝戦は、至って簡単です。幽々子様に、おいしいと言わせたほうが勝ち。簡単なチキチキバトルです」
そのとき、どこからか強烈な春風が舞い込み、妖夢の頬を激しく撫で回したという。
「なかなか難しそうだけど……。じゃあ、質問。幽々子はどうしてそんなことになったのかしら?」
「原因不明の病にかかってしまったのよー」
「えー。じゃ、どんなのを食べてきたの? ほんとに、どんなのも駄目だったの?」
「それが、本当に。和食も洋食も中華も。おかしもスープもご飯もおかずも猫もしゃくしも、駄目で……」
「私自身、幽々子様に何を差し上げればいいのか、もう分からなくなっているんです」
原因不明のおいしくない病は、想像以上に重症であった。
そんな彼女においしいものを食べさせるには、どうすればいいか。
「何か好きなものは、ないんですか?」
うんうんと考えこんでいたルナチャイルドが、とうとう動き出す。
「昔は和菓子が好きだったんだけど、今はもう、全然……。これといって好きなのは、もう無いかもしれないわね」
「じゃあ、どんな料理を作るのが好きなんですか!?」
「ううん。私は、妖夢の料理を食べさせてもらっているだけなの」
「幽々子様においしいものを食べてほしくって、色々試しているんですが……」
「じゃあじゃあ、普段、何して過ごしてるんですかー?」
聞き覚えのあるような、明るく幼い、甲高い声が響いた。
ルナの質問ラッシュに交えて、いつの間にやらサニーが参戦!
「普段? といっても、最近は怨霊ブームで幽霊のお仕事なんて少なくて。お料理食べて、のんびりやってるだけよ?」
「ちょっとサニー! スターも! いつの間についてきてたの!?」
ルナにはお構いなく、サニーはノリノリ。いけいけどんどんで幽々子に対峙。
勢いでごり押してしまう。
「そんなんだから駄目! 引き篭もってちゃ、何食べたっておいしくないよ!」
「サニーの言う通りね。つまらない生活してちゃ、何をしてもつまらないに決まってるわ。ねえ、ルナ」
「え、私!? えっとー……」
料理そのものが嫌いな彼女に、料理を好きになってもらうには、どうすればよいのか。
肝心なときに、ルナチャイルドの脳みそが働かない。処理落ちしてしまう。ヒートアップしてファンが回ってしまう。
頭の中に砂時計を作って、考えて考えて、そうしていると。
ふっと、彼女の脳裏にルナサの声が舞い降りて。
「料理を作って。おいしいって言ってもらって。そうしたら、きっと、料理が好きになれる! おいしいって、思えるはず!」
「そうだよルナ! さあ、幽々子さん! こんなところはおさらば! 一緒に料理しよう!」
サニーが幽々子の手を、がっちりと掴んだ。
彼女の行動力が、ルナの背中を後押しする。
「免許皆伝とか言ってたし。もうルナも料理の先生できるわよねー」
スターがルナに、ウィンクする。
冷静ながら場の流れをつかめる彼女の頼もしさが、ルナの行動を決定付ける。
「私だって、おいしい料理を教えることができるはず! それじゃあ皆、レッツゴー!」
すっかり自信のついたルナの底力が、全ての原動力であった。彼女がいなければ、全て始まらなかった。
あっという間に三妖精が幽々子を抱きかかえ、そのまま拉致。外へ飛びたってしまったのであった。
「いいんですか? 霊夢さん。このままじゃ、出し抜かれますよ?」
「いいんじゃないの? あんな淀んだ空気は、ああいう新鮮な馬鹿が換気してくれるんだから」
自分の勝敗なんてまるで気にしないかのような口ぶりであった。
問題を解決できさえすればいいという霊夢のスタンスである。
「淀んだ空気……?」
「いただきますっていう言葉がうんぬんってのは、もう知ってるわよね?」
「ああ、命をいただくっていう。時々聞きますね」
「それそれ。命パワーを充填するんだから、料理ってのはとっても生き生きしてるじゃない」
「い、命パワー?」
巫女だからか、話がどこかうさんくさい。
それでも、彼女は核心を貫きにやってきている。
「生きるために料理を食べるから、おいしいの。でも、彼女はちょっと死に近づきすぎたみたいね」
「ちょっと待ってください! それじゃ、幽々子様がもうすぐ死んでしまうかのような言い方じゃないですか!」
「死ぬわけないじゃないの。でも、死んだような毎日だったんじゃないの? だらだらーってして、面白みの無い毎日なんて」
同じような事を繰り返し、餌を与えられるかのように過ごす毎日。
どんなうまいものを与えられたとしても、これではきっとおいしくないだろう。
何をしてもつまらない、おいしくない、感動しない。
そんなときは、死んだような日々を過ごしているのかもしれない。
「妖精はここで一番生き生きしているから。幽々子はあいつらに任せればいいんじゃない? 紫だってそれを狙ってたんじゃない?」
「そういう、ものでしょうか……?」
「そういうもんよ。後はあんたを何とかするだけ」
突然に矛先が向いて、妖夢はどっきり。あわあわしてしまう。
「わ、私に何か、間違いでも!?」
「間違いどころか諸悪の根源じゃないの。幽々子の生き生き度を奪った張本人じゃないの?」
「私がですか!? 何が、悪かったんでしょうか……」
「主人に少しくらい、仕事をあげてもよかったんじゃない?」
「うー。でも、それでは従者として悪いような……」
「せめて、一緒に料理すればよかったのになーと霊夢は思います」
得意気にちょっぴりおどけて、霊夢は人差し指を立てた。
にっこり爽やか笑顔で、先生気分である。
「みんなで作って、みんなで食べる料理が一番おいしいの。これが一番、生き生きしているんだから」
一人よりは二人。二人よりは三人。三人よりは宴会会場貸切満員で食べるほうが、おいしいというものだ。
大勢の人妖に囲まれる彼女は、なんだかんだで囲まれるのが好きなのかもしれない。
「……最近、魔理沙が一緒に料理してくれなくて残念なんだけどね」
「一緒に作る、か。幽々子様も妖精たちと一緒で、楽しくやれるのでしょうか?」
「やれると思うけど……。多分、そろそろ無理かもしれないわね」
幽々子は妖精に任せるのが最善。しかし、それだけで解決できる問題ではないというのだ。
「あいつらだけでまともに料理できるわけがないじゃない。そう思わない?」
「確かに、そう思いますけど。どうするんです?」
「私たちが動くしかないじゃない。さ、一仕事よ!」
幽々子のおいしいのために、いや、皆のおいしいのために。
博麗霊夢、今立ち上がる。
太陽は霊夢を称えるように、赤く輝き始めていた。
=========
野草を取っては芋を掘り。川へ行っては魚取り。
川には夕日が照らされて、黄金色にまぶしく輝いている。
三妖精と幽々子は大自然の中、食材収集に勤しんでいた。
着物の裾を膝までまくって、幽々子は清流に足を踏み入れていた。
「取ったどー!」
「すごい! 幽々子さん、もう三匹目じゃないですか!」
「久しぶりのいい運動だわー」
山を駆け回って、すでに大根や筍に加え、多少のキノコを取っている。
幽々子の着物はすっかりどろんこになってしまっていた。
夕方まで子どものように遊んだのは、幽々子にとっては遠い昔の話のように感じられていた。
「でも、ちょっと少ないかもしれませんね……」
「大丈夫よ。私がみんなの分まで、取ってあげるわー」
「うう、力になれず、すみませんー」
野草を取る、ここまでは簡単。しかし、生きた魚を取るというのは想定以上に難しかった。
三妖精も川へ手をつっこんでみるものの、どうしても逃げられてしまう。何といっても要領が悪い。
と、上空からばっさばっさという羽ばたきの音とともに、水面が揺らぐ。
小鳥が慌てふためき急降下、四人に人差し指を突きつける!
「ちょっとちょっとー! ここ、私の狩場よ? 勝手に使わないでよー」
ミスティア・ローレライが、いちゃもんつけにやってきた!
川魚あるところに彼女あり。
ここは八目鰻を含む良質な川魚が取れるポイントであるとか。
「あらあら、いいじゃないの、ちょっとくらい」
「げえ、幽々子! いやいや、でも駄目だってば! たくさん取られちゃ、屋台ができなくなっちゃうよ!」
「ち、違うんですミスティアさん! 私たち、ミスティアさんのお手伝いをしようと思ってたんです!」
咄嗟に嘘をつけるサニーミルクは、まさしく妖精の鑑であろう。
ルナもスターもしゃっくりするように驚いてしまったが、そこはいつもの三人組。話をうまく合わせてくる。
「そ、そうなんです! えっと……。料理大会の打ち上げで、ミスティアさんの屋台に行こうと思ってたんです!」
「そうね。それで、手ぶらじゃ悪いかなと思って、差し入れに持っていこうかなーと」
「あらそうなの? ありがたいわー」
妖精にすっかり騙されてしまうミスティアの明日は、どっちだろう。
それでも、鳥の目は鋭い。一見とぼけているようでも、気になるところにはイルスタードダイブの一撃が待っている。
「……それにしてはお魚、全然取れていないじゃない」
「え? あー。あははー。いやあ、なかなかうまくいかないものでしてー」
「ふふん。こういうのは私に任せなさいって! この道一筋のプロなんだからー」
一気に靴下までぽぽぽぽーんと脱ぎ捨てて、裸足みすちーに大変身。
白く透き通った足が、川へずんずん沈んでいく。
スカートを軽く折り曲げながら、目指すは岩陰の絶好ポイント。
「魚はねー。こうやってとるのよ!」
鋭い爪を天に向けたかと思った次の瞬間。水面めがけてドリルクロー!
ミスティアの爪にはフナがしっかりと突き刺さっていた。
「へっへーん。ね、簡単でしょ? やってみると案外できるわよ?」
「いやいや、それは私たちには荷が重いですよー……」
「ミスティアちゃんかっくいいー! 私たちの分までよろしく頼むわよー」
「ほいきた! がんばるよー」
この日、幽々子に励まされるミスティアが魚を取り続けるという異様な光景が広がっていたという。
「なんだなんだ? 見慣れない連中が揃いも揃って川遊びか?」
何でもない光景のようにも見えるが、あの西行寺幽々子が妖精に交じって、きゃっきゃうふふと川遊び。
何が起きているのか気になってしまい、通りすがりの魔理沙もついつい覗きに行ってしまった。
「妖精が遊ぶのはいいとして。幽々子はとうとうボケでも始まったのか? えらい楽しそうだけど」
「いらっしゃーい。今日はね、私の屋台で打ち上げをするのよー。それで魚取り大会実施中ってとこ」
「打ち上げっていうと、あれか? 料理人決定戦ってやつのか? ちょうどいい、私もまぜてくれよ!」
霧雨魔理沙、参戦。
ちょうど川から上がってきた幽々子に寄って、状況を確認する。
「今回はアウトドアってやつかい? それなら色々と役に立てると思うぜ」
「あらあら。そうねー。お魚を取るだけ取ったんだけど、次はどうしようって思ってたところなのよー」
「よしきた。私の八卦炉ならいつでもどこでもお手軽焼き魚だ。やってみるか?」
八卦炉に網をセット。火力の調整は魔理沙にお願い。
幽々子は緊張の面持ちで、お魚をそっと網に載せる。だんだんと黒い煙が魚から沸き立ってくる。
幽々子の目は、落ち行く日の光を受けてきらきらと輝き始めていた。
「あら、こんな川辺で何か焼いてるじゃない。これはお芋も投入しないとね!」
「一年中焼き芋で飽きない?」
「いいじゃない。おいしいって評判なんだしー」
さらに秋の神様たちまでやってくる。今度は姉もセットでついてきた!
「おいしそうな匂いがしてるじゃない、魔理沙」
「おうおう、今日は世話になったな。ちょうどこれから打ち上げだ。焼き芋でもしてくれるのか?」
「じゃ、遠慮なくやりましょうか。でもまだ火が少ないわね。姉さん、お願いしていい?」
「あんたも一緒にするの。焚き火、二つ三つあったほうが後々便利じゃない?」
気がつけば八人。
幽々子に料理を教えるつもりが、ひょんな嘘から人が続々増えていく。
予想外の事態に、ルナチャイルド、困惑。
「ちょっとサニー! どうなってんの!? いくらなんでも人が来すぎじゃない!?」
「分かんないよ! まあ、人が多いほうが楽しいからいいんじゃない?」
「ああ、まだ決勝戦の途中なのにー」
「ルナ、大丈夫なの? 焼き魚で終わっちゃ、魔理沙さんが優勝しちゃう感じにならない?」
「いっけない! せめて煮魚くらいは教えなくっちゃ、あ、でも鍋も何にもない! ど、どうしよう!?」
妖精ならではの行き当たりばったりでは、焼き魚がいいところであった。
もっとうまい料理を追及してほしい、そんなルナチャイルドの願いは幽々子には届かない。
妖精だけの力では、到底叶わない願いであっただろう。
だが、ここにもう一人の料理のスペシャリストが、いたとしたら。
「あらあら、もうそこそこ集まっているじゃん?」
「魔理沙もいるじゃないの。今日はお疲れ様」
百戦錬磨の萃香と霊夢がそろって降臨!
彼女たちがいて、初めて宴が始まるというものである。
「待ってくださいよ、これ、中々重いんですよー」
妖夢も遅れて、汗を垂れ流しながら飛んできた。
萃香と妖夢の背中にどでんと大きな風呂敷。その中には鍋に包丁にお玉などなどなど、ありったけの調理器具が用意されていた。
ルナチャイルドも、これで一安心。
霊夢はすっかりエプロン姿で、料理する気まんまんである。
突然のライバルの登場に、魔理沙は目をぱちくりとさせた。
「おいおい、一体何事だ? そんなたくさん持ってきて、どうするんだよ」
「決まってるじゃない。ここの皆は、戦うのが大好きなんだから。一緒に作って、一緒に食べる。これぞ幻想郷流!」
「要するに、いつもの宴会ってことじゃないのか?」
「まあまあ、そう言わずに。せっかく萃香が持ってきてるんだし、やることはもう決まってるでしょう?」
魔理沙が帽子のつばをきゅっと掴んで、口元をにやりと曲げた。
魔理沙にとっての、決闘開始の合図である。
「まだ、決着はついていないってか。いいだろう。お前にはガチンコの料理を見せてやるよ!」
「そうこなくっちゃね! 絶対にうまいって言わせてあげる!」
幻想郷一料理人決定戦は、終わらない。
今、火蓋が切って落とされたのだ!
=========
「目ん玉ひん剥いて食べなさい! 『激辛キーマカレー船長スペシャル』をくらえ!」
「ふふふ。そんなものではまだまだ家庭的とは言えませんよ。『奇跡のデミグラスハンバーグ』こそ至高!」
「あらあら。手軽さ無くして家庭的なものなどありえないわ。『絶望の伊太利亜スパゲッティ・ぺペロンチーノ』の奥深さに酔いなさい!」
遠き山に日は落ちて。満月の明かりが満開の桜を照らす、お花火日和の夜となった。
川のほとりの大宴会場では、あちらこちらで料理バトルが繰り広げられていた。
村紗に早苗、アリスの三人は「最も家庭的なのは誰かバトル」という死闘を繰り広げていた。
「おっと、パスタなら負けないよ。『卵とベーコンのカルボナーラ』なんて、いかがかな?」
「私ほど家庭的と呼ばれた者はいない。『教科書通りの肉じゃが』が一番だ!」
「うふふ、妖精の真打参上! 『キノコとシャケの雑炊』はどう?」
家庭料理バトルにナズーリンと上白沢慧音、いつのまにやらスターも乱入。
なんでもありの無形式バトルである。
霊夢の力か萃香の力か、あちらこちらに、ありとあらゆる人妖が入り乱れては手料理を食べあっている。
「紫様のおつまみを作るのは私の役目だ。『熱々揚げ出汁豆腐』に勝てるわけがない」
「そんなものより、あなたの主人は甘いものが好きみたいですよ? 『チョコサンドビスケット』なんていかがかしら?」
「おつまみで私に勝とうなどと思わないことだー! 『萃香のくりまんじゅう』、再誕だよ!」
料理が進めば酒が進む。酒が進めば料理が進む。
藍にさとり、萃香の三人はおつまみ対戦の真っ最中である。
「炎の力をなめるなよ! 『ベーコンの炭火焼』のとろみに酔いしれるがいい!」
「さらに、中華の力を合わせます! 『熱々水餃子』で目を覚ましなさい!」
「炎の料理人なんぞに負けてたまりますか! 創作中華『鳥チリ春巻き』でチェックメイトよ」
「今度は全力勝負といこうじゃないか! 海鮮どんぶりならぬ『河川どんぶり』はどうだい?」
炎の料理人たちはすっかりコンビと化してしまった。
敵の敵は味方。妹紅、美鈴に負けた咲夜と小町が手を組んだ。
炎の料理人対刃の料理人の夢の対決が実現した。
「……うん。やっぱり私のコーヒーとは違うわね。フルーティーな香りにさっぱりとした酸味、すっきりするわ」
「ルナサさんのコーヒーも好きですよ。後からずーんって苦いのが来るのに、どこか甘くって。なんだか落ち着きます」
かつての師匠と弟子は、コーヒーブレイク。
少しばかり寒さの残る春の夜には、温かなコーヒーが欲しくなる。
二人はようやく大会の話は抜きで、ゆっくりと語り合えたのだ。
「あら? あなたのお弟子さんの料理、そろそろできたみたいよ?」
「そんな、まだまだ師匠じゃないですってばー」
焚き火の上に吊るされた鍋からは、白い湯気がしきりに昇っている。
ミトンをつけた幽々子が、待ちかねた様子で鍋を取りに走る。
その背中には妖夢が、火傷しはしないかと心配そうに構えていた。
「一口目は、食べさせてくださいね?」
「ええ。おいしかったらいいんだけど……」
心配そうな言葉であるが、その実、幽々子の目はぱっちり開いて爛々と輝いている。
皆が皆、楽しく勝負する輪を作っている。
皆と料理を作りあって、食べあって、感想をいいあって。そんな輝かしい輪に、飛び込むことができるのである。
その期待が胸いっぱいに膨らんで、隠すことなどできないのだ。
「さあさ、最終決戦の始まりよー。『煮込み魚に散らし桜』、どうぞ召し上がれ!」
川で取れたての白身魚、それに山で取れた大根や榎を、醤油と少しの酒で煮込む。そして桜の花びらをアクセントとして飾ってあった。
シンプルな一品であったが、幽々子はそれなりに苦労して食材を手にし、調理したものである。
「……なんというか。綺麗な味ですね、幽々子様。」
妖夢をはじめに、食べた人が次々と笑顔に変わっていく。
それはもちろん、幽々子自身だって。
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月もとうとう高くなって、皆が満腹になった頃。
静寂に包まれようとしていた宴会場に、幽々子の声が響き渡った。
「いっけない! 優勝者のこと、すっかり忘れていたわ!」
「なんだって? 打ち上げだっていうもんだから、すっかり霊夢あたりが優勝してるもんかと思ってたぜ」
「じゃあ、ここは公平にしましょう。一人一票で、勝ったと思う人を指差すの」
会場にざわめきが走るも、すぐに収まってしまう。
いつからいたのか、本大会のアナウンサーが最後のしめにやってきた。
「ではでは、アナウンスならお任せください! 第一回、幻想郷一料理人決定戦の優勝者は、こちらです!」
皆が皆、その答えは決まりきっていた。
指の向かう先は、同じ。
「……おや?」
アナウンサー、困惑。これでは、アナウンスできっこないのである。
霊夢、ルナチャイルドはもちろん。
ルナサも、萃香も、魔理沙も、穣子も、美鈴や妹紅だって。
村紗も、早苗も、ミスティアも、アリスも、小町も、さとりも、藍も、咲夜だって。
そして、幽々子でさえも。
指差すのは、みんな自分の鼻先であった。
「優勝者は、私!」
なんだかおかしくなって、料理人たちは一斉に笑い出してしまう。
それが静まった頃。十七人分の拍手が、春の夜空に広く広く膨らんだ。
こいつほど審査員に向いてるか向いてないか判断の難しい奴見たことねぇよ!w
それはさて置き、前編は説明を聞いてるだけで腹が減るナイス料理共でした。
個人的にポトフと生ハムが食べたいと思いました。
タッグバトルも同じく。霖之助の珍解説と相まって自分的に一番盛り上がりました。
個人的にチャーハンが食べたいです。
後編は審査員が幽々子になってから、仕方ないとはいえテンションダウン。
ラストは言うことなしのベストエンドだと思いますけどね。
個人的にペペロンチーノと水餃子が食べたいです。
まぁ御馳走様でしたってことで。
食後のルナ姉のコーヒーうめぇ。
腹減ってきた……
恋愛要素が入ってたのは驚いた。百合はタグあるけど異性はないからなー。
それを差し引いても良かったです。haruka氏のを思い出しました。
開催理由をちゃんと示してきれいにまとめたのは高評価。
色々あっても最後は皆で笑って終わるのが幻想郷的でよかったです。
後ちょっと長すぎかなーと思ったけど後書きの刃牙の地下闘技場編でなんか納得した。
料理と料理人、勝敗の行方、合間のエピソード、ひとつひとつが予想を超えた展開を見せてくれました。
感動的な結末も合わせて、文句なしに百点です。
俺ほんと中国の炒飯食べたいわ。
コーヒー頂きますね。
ごちそうさま
いいね、こういうの。
食後のコーヒーとは…、消化を助けるにはもってこいな一品。
みたいなノリかと思ったら、意外とまともなストーリーが展開されててびっくり
主役はルナチャで、影の主役がルナサだったんやな…
オチもいかにも幻想郷って感じですね