Coolier - 新生・東方創想話

新春特別警戒スペシャル 麻厄取締官・鍵山 雛

2012/01/08 11:05:00
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「ここで麻厄をやってるわね!?」


紅魔館の面々が優雅に午後のティータイムと洒落込んでいたところ、勢い良くドアを開け放ちながら現れた女。
赤いゴスロリドレスに身を包んだ彼女は、お供にカラスと犬(正しくは狼)を従えていた。
ここに猿が加われば、桃太郎になりそうなところだが……桃太郎のお供はキジだったか。

「私は麻厄取締官(ヤクバライザー)・鍵山 雛。付近をパトロールしていたところ、探知犬がひときわ強い反応を示しました。さあ、隠している厄を出しなさい」
「びょおーびょお」
「ぱしゃっ! じー、ぱしゃっ!」

隙間風のような鳴き声を発するのはお供の麻厄探知犬・椛。
そして、まだ何も起きていないのに熱心にシャッターを切っているのは従軍記者の文である(軍?)。
三人揃えば挙げられぬホシは無し。
ゲンソウキョー・ポリスのヨウカイ・マウンテン署を根城に、日夜犯罪者を狩り続ける敏腕トリオである。

突然の闖入者に呆然としていたスカーレット・ファミリーの皆さんであったが、数秒の間を置いてようやく我に返った様子。
カップを持ち上げたまま固まっていたレミリアが、ぎこちなく雛に言葉をかけた。

「……え? あの、何かのドッキリかしら?」
「不意打ちでガサ入れをかけられた連中は、みんなそう言うものよ。残念だけど、今日が年貢の納め時ね」
「びょおーびょお」
「ちょっと何言ってるのか分からないけど、今はお茶の時間なの。それに室内にペットを入れちゃ駄目よ」
「ふふ……麻厄捜査犬の鼻を恐れているのね」
「ぱしゃっ! じー、ぱしゃっ!」
「あの、もしもし?」

会話になっていない。

言葉のキャッチボールが不可能と見るや否や、早々に席を立ってさり気なく部屋を去ろうとしたパチュリー。
しかしダラダラと延びていたネグリジェもどきの裾を咲夜にがっちりと掴まれてしまい、離脱は叶わなかった。
敵前逃亡は士道不覚悟。
紅い館の結束が、いま試されている。
ハラハラした表情を浮かべながら、美鈴がクッキー(最後の一枚)に手をかけた。

主の応戦は失敗に終わる気配が濃厚。
と、ここで立ち上がったのは出来る女・メイド長の咲夜であった。
キャッチボールが出来ないならば、ここはドッジボールを仕掛けるべきか。
適当に小難しい言葉でも捏ね繰り回して抗議して、さっさとお帰り願おう。
先手必勝、それっぽい単語を口にしてそれっぽい抗議をすれば大丈夫なはずだ。

「いきなりそんな事を言われましても。捜査令状はあるのですか?」
「なに? この期に及んでゴネるの? そんな事をしても刑期は短くならないわよ」
「何なんですか、さっきから黙っていれば言いたい放題……そもそも麻厄なんて知りません。言いがかりです」
「不意打ちでガサ入れをかけられた連中は、みんなそう言うものよ。残念だけど、今日が年貢の納め時ね」
「その台詞はさっきも聞きましたよ。だいたい、誰の許可を得てここへ来たんですか? 不法侵入じゃないですか」
「ぱしゃっ! じー、ぱしゃっ!」



「……美鈴、どう? あんなやつ見た? 門番長として通るの許可した?」
「いいえ。私はここで午後ティーしていたものですから、そもそも警備などしてません。あの人も初めて見ましたね」
「そうか、それもそうね」
「はい!(もぐもぐ)」

早くも泥仕合の様相を呈しつつある咲夜 vs. 雛の「言葉のドッジボール」。
館の警備がまったくのザルである原因は、それを観戦しつつ呑気に紅茶を啜りながらクッキーを齧っている。
しかも館の主がそれをとがめる様子もない。
紅魔館のセキュリティーの将来は、暗いと言わざるを得ないだろう。
安い虫取り網よりも目の粗い警備網――悲しい限りである。



「証拠なら見せるって……何ですか、この捜査令状。レポート用紙に手書きじゃないですか!」
「捜査令状をみs(上空をヘリコプターが通り過ぎる)あなたは納得すr(湖で妖精たちがはしゃぐ声)」
「びょおーびょお」
「言葉が通じない相手と話すのは、これだから嫌なんです。お嬢様、妹様の使用を許可してください」

“妹様”
その単語を耳にした途端、レミリアの額に冷たい汗が浮かんだ。
確かにここで使用を許可すれば、目の前の厄介事はさらっと流せる可能性が高い。
だが……しかし……
逡巡して俯くレミリアに、友が暖かなエールを投げかける。

「良いんじゃないかしら? このまま様子を見ていても、丸く収まる気配はないし」
「パチェ……フランはそんなに気軽な気持ちで扱って良いものじゃないの。下手をしたら、この館が」
「ええ、良いんじゃないかしら? 正直なところ、私は図書館さえ無事ならそれで――」

レミリアは苦悩の表情を顔面に貼り付けたまま、パチュリーに激しい暴行を加え始めた。



レミリアが関節技をキメ始めた辺りで、小悪魔は紅茶のお代わりを淹れるために席を立った。
パチュリーは顔まで紫色にしながら倒れ付し、アクロバティックな方向に手足を折り曲げている。
美鈴はそんな様子を見つめながら、胸の谷間に仕込んでいた短刀に手をかけ――

「びょおー! びょびょお!」
「くっ……!」
「びょおおおおおお!」
「救命阿! 救命阿ッ!」
「ぱしゃっ! じー、ぱしゃっ!」

そっと引き抜いた短刀を雛に投げつけようとした次の刹那、椛が激しく吼えながら美鈴に飛び掛る。
恐るべし野生の勘、と言った所か。
美鈴の不意打ちは、あと少しのところで阻まれてしまった。
取り落とされた短刀が床に転がり、乾いた音を立ててくるくると回転する。
それを横目で見た雛は厄い笑みを浮かべながら、自らもぐるぐると廻り始めた。
役目を果たせず空しく転がった短刀の傍らでは、美鈴が椛に噛み付かれて転げ回っている。

色んなものが、突然回り始めた――まるで何かの予兆のように。

ティーカップがカタカタと小刻みに震え、床も天井も何かに慄いたように揺れ始める。
明らかに尋常ではない空気が、部屋に充満しつつあった。

「全ての希望は“回転”の動きの中にある! あなた達がどこまでもシラを切るというのなら――」
「まずい、これは!」
「知っているの美鈴!?」
「……でも、民明書房ネタってもう使い古された手垢の付いたものですよね。笑いを取るには押しが弱い」
「もったいぶらないで教えて!」



そのとき、紅茶のお代わりを淹れるために席を外していた小悪魔が戻ってきた。

「はい、紅茶の追加分ですよ。あれ、どうしたんですパチュリーさま? 顔まで紫色にして……」
「\(^o^)/」
「お身体があまり丈夫ではないのですから、あまり羽目を外されてはいけませんよ」
「(゜∀。)」
「それにしても、のどかなお茶の時間だったのに急に騒がしくなりましたね」
「/(^o^)\」

目と目で通じ合う~♪とは誰の歌だったか。
阿吽の呼吸にツーカーの仲、図書館コンビは片方が喋れないような状況でも余裕で意思の疎通が可能だ。
なお、どうでも良い情報かもしれないが、小悪魔は“魔界公式愛想笑い検定・準二級”の資格所持者である。

物言わぬオブジェと化した旧友と小悪魔のやりとりを無言で見つめていたレミリアは、ここでようやく決断した。
多少の損害には目を瞑ろう。
今は館と、そこに住む皆を守ることを優先すべきだ、と――

「咲夜、やむを得ないわ。フランドールの使用を許可する!」
「承知致しましたっ!」

雛お手製の手書き捜査令状で鶴を折っていた咲夜は、華麗なステップで壁際へ駆け寄ると「非常用」と書かれた赤いボタンに掌を叩き付けた。

「見苦しいわよ犯罪者ども! 大人しくお縄につきなさ……っ、何なの、この気配は!?」
「びょびゅびょびょびょびょびょ」
「ぱしゃっ! じー、ぱしゃっ!」

半ば勝利を確信していた雛が、咲夜が非常ボタンを押した途端に膨れ上がった異様な気配に回転を止めて立ちすくむ。
ふと足元に目をやると、先ほどまで勇敢に美鈴と取っ組み合っていた椛が尻尾を丸めてうずくまっているではないか!
訓練所でも「勇敢な性格だ」と評価の高かった椛がここまで脅えるなど、初めてのことだった。
文については普段と特に変わりが無いので、描写を割愛させて頂く。

「な、何をしたの!」
「私はただ、非常ボタンを押しただけですわ。言葉で分かって頂けないなら、不本意ですが武力行使をするほかない」
「強硬手段に出た、と判断させてもらうわよ。やはりやましい事があるのね!」
「そう思いたいならご自由に……ただ、おゆはんの時間までには必ずお引取り願いますよ!」

咲夜が「びしっ!」と擬音が付きそうな勢いで雛を指差し、胸の内で「あ、私ちょっとカッコイイかも」と思ったその時。
歴史が動いた……じゃなかった、紅魔館が動いた。



「 わ た し で す 」



室内に猛スピードで転がり込んできた漆黒の影。
ヤケクソになったのか、牙を剥き出しにした椛が影に飛び掛る。

「ばうわう!」
「なんですか この いぬは? あぶないですね」
「びょお!」
「なんという噛み付き……歯茎を見ただけでワクワクしてしまった この犬は間違いなく捜査犬」

しかし、謎の影は軽やかに身を翻して攻撃をことごとく避け続ける。
時間にしてみればほんの数秒の攻防だったが、両者の差は歴然としていることは誰の目にも明らかだった。
ぜえぜえと息を荒らげる椛に対して、影は息一つ乱していない。

「っびょ……びょ……お」
「まだ やるのですか? あまり わたしを 怒らせないほうがいい」
「びょお!」
「勇気と 無謀は にているようで ちがうのですよ」
「ぱしゃっ! じー、ぱしゃっ!」

両者の手荒なファースト・コンタクトを間近で見つめていた雛は、謎の影が尋常ではない量の厄を溜め込んでいることに気付いた。
パトロール中に椛が反応した厄の塊は、きっとコレだったのだ。

「な、なんなのよコイツ……」
「紅魔館のリーサル・ウェポン、あるいは“手足の生えた核弾頭”。私の妹、フランドール・スカーレットよ」
「とんでもない濃度の厄だわ。常習者ね!」
「人の妹に向かって失礼ね。この娘はご禁制のクスリに手を出したことなど一度も無いわ」
「精神がほとんど崩壊しているじゃない。言い逃れは出来ないわよ」
「そう言われても……もともと、ちょっと情緒不安定なところがあったから」
「ちょっとってレベルじゃねーぞ! くっ、荒事担当の椛が敵わないとなってはどうすれば」

数度の交錯で、どうしようもない実力の差を感じ取った椛。
耳は垂れ、尾はバームクーヘンのように美しいカーブを描いて後足の間に巻き込まれている。
既に勝敗は決していた。

「椛の霊圧が……消えた……?」
「ぱしゃっ! じー、ぱしゃっ!」

文はあくまでカメラマン。
悲しいかな、厄物中毒者と直接戦い検挙することは出来ない。
彼女も歯がゆい思いをしているのだろう、シャッター音が泣いている。

雛は震える拳をぎゅっと握り締めると、フランドールの前に歩み出た。

「このまま引き下がれるものですか。私はヨウカイ・マウンテン署にその人ありと謳われた麻厄取締官……必ずあなたを更正させる!」
「やめてください しんでしまいます(あなたが)」

勝者の余裕という奴か、反復横とびしながら雛を気遣う優しさを見せるフランドール。
しかし、雛にも捜査官としての意地がある。
いったいどうなってしまうのか?

「もちろん、あなたと戦う気はないわ。もしやりあったとしても、2ボスの私がEXボスに敵う道理はない」
「ほう では どうするというのかね」
「あなたの心に沈殿した、大量の厄……それだけを抽出して抜き取るわ」
「そうですか がんばってください」
「ぬぅん!」

気合一発。
勇ましい掛け声とともに、掌をフランドールの薄い胸板に叩きつける雛。
そのまま目を閉じて、何やらいわく有り気な呪文を唱え始める。

「↑↑↓↓←→←→BA……↑↑↓↓←→←→BA……ッ!」

いつの間にかお茶の時間を再開した紅魔館の皆さん(意識が戻らないパチュリーを除く)も、
心配そうにその様子を見守っている。
パチュリーは力なく両腕を挙げた姿勢のまま、あらぬ方向を向いて首をかしげている。
案外シャレにならない状況なのかも知れない。
いや、そもそも生きているかどうかも怪しいのでは――

おや? フランドールの ようすが……

「正直、フラン=キ○ガイキャラみたいな描写だけのSS(※当作品のことです)は底が浅いと思う。
 フランドール、つまり私のキャラクター性というのはそのような単純かつ一面的なものではなく、
 もっと多様な解釈や物語中での活かし方が可能な、フレキシブルかつ――」

急激に正気に戻りつつあるようだ。
何やらメタくて小難しいことをブツブツと呟き続けるフランドールをよそに、
雛は奇妙なステップを踏みながらくるくると回り始めた。

「アーケードのCAFEで コーヒー かってきて。おかねは たてかえて おいてね」

と、ガクガクと震えるフランドールの身体がまばゆい光を発し……

「だいじょうぶだ……おれは しょうきに もどった!」
「ぱしゃっ! じー、ぱしゃっ!」

オペは無事に成功したらしい。
撮影を続ける文のシャッター音にも軽やかなキレが戻ったようだ。
これにて一件落着である。
いま、麻厄取締官・鍵山 雛は前代未聞の偉業(完全に末期だった麻厄中毒者を更正させる)を成し遂げた。
これはゲンソウキョー・ポリスの幹部から表彰されること間違いなしの功績である。
まだぼんやりとしたままのフランドールに、レミリアが恐る恐る歩み寄って声を掛けた。

「フランドール、私がわかる?」
「6ボス!」
「そうよっ! ……ん?」

どこか釈然としない表情で首をかしげるレミリアの背後から、今度は咲夜が問いかける。

「……では、私のことはお分かりになりますか?」
「5ボス!」

眉を顰める咲夜の隣に立っていた美鈴が、続けて問いかける。

「私のこと、覚えてらっしゃいますかー?」
「3ボス!」
「え、ええっと……じゃあ、あそこに転がっているのは?」

困ったような表情を浮かべたまま、美鈴がテーブルの脇に放置されているパチュリーを指差して尋ねた。

「4ボス!」

朗らかな笑みを浮かべ、鈴の鳴るような声でフランドールは住人たちの質問に答えるのであった。







<エピローグ / 捜査反省会>

「今回の厄中は、ひときわ手強かったわね……」
「ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ(タイマー)」
「びょ」
「二人も、あれだけの相手を前にして本当によくやってくれたわ。有難う!」
「ぱしゃぱしゃぱしゃぱしゃぱしゃぱしゃっ!(高速連写モード)」
「びょおーびょお!」
「……でも、幻想郷から全ての麻厄が消えたわけではないわ。まだ多くのシンジケートや厄中が、闇に潜んでいる」
「じー、ぱしゃっ!」
「びょおー!」
「ええ、行きましょう。麻厄のない世界を実現させるために!」

三人の戦いは、まだ終わらない。
幻想郷社会から麻厄を根絶やしにするその時まで、真の安息は訪れないのだ。

麻厄取締官・鍵山 雛。
彼女の次なる戦場はいずこに……

ダメ、ゼッタイ!



"HINA the Yakubaraiser" is End.
ほぼ一年ぶりの投稿ということで、もはや「はじめまして」レベルのブランクです。
それにしても、年明け早々に私は何を書いているのでしょうか。

書いてから思ったのですが、厄がテーマのお話だから8月9日に投稿すればぴったりなのでは……
まあいいや、今できたからもう投稿しちゃおっと(いつもこんな調子)。
しかばね
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コメント



0.950簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
新年早々キマッてますねえ……
でも妹様が単なるキチキャラじゃないってのは同意。
むしろイカレてるのは姉のほ(ry

個人的には射命丸がツボに入りました。特に最後のやりとり(?)とか。
4.80奇声を発する程度の能力削除
かなり色々ぶっ飛んでますねw
7.90名前が無い程度の能力削除
ヤクバライザーという語の響きのよさといったら
10.80名前が無い程度の能力削除
>アーケードのCAFEで~
おいやめろ
11.100名前が無い程度の能力削除
どういうことなのw
12.90とーなす削除
よくわからんが勢いで押し切られたww
15.100名前が無い程度の能力削除
飛ばしてますねw
よう分からんが面白かったw
18.100名前が正体不明である程度の能力削除
フランが狂ってるだけではないことには賛成する。
しかし、このSSは間違いなく狂ってるww
19.100名前が無い程度の能力削除
えっ
25.70名前が無い程度の能力削除
むかしの文学では、犬はびょうと鳴いたらしいですね。
それはそうと、誰かパチュリー蘇生させろw。
26.80爆撃!削除
AAの小ネタが多くて好きでした。
椛、どういうことなの・・・
35.100ぐい井戸・御簾田削除
>救命阿! 救命阿ッ!
海王!海王じゃないか!
相変わらずの作風、笑うと共に安心しました。
36.90名前が無い程度の能力削除
もっとやるのです。
37.100名前が無い程度の能力削除
6ボス!ってwww

挟まれたネタの嵐に耐えきれないw