歴史書を書くこと。
僕にとって、非常に重要なことであり、人生の目的とさえ言えるだろう。
しかし、最近流入してくる外の書物を読む限り、事実のみを記述するような歴史書は時代遅れのようだ。
その人物のエピソードなどを含めて、読みやすさや覚えやすさを向上させるのが現代の流行らしい。
写真や絵を付けるのも有効とのことだ。
なるほど、一理ある。
阿求も体験談などを載せることで、より内容の信憑性を上げ、読み物として面白いものに仕上げていた。
僕もそれに倣い、各人のエピソードも歴史書に載せることにした。
ここまでは何の問題も無い。
問題があるとすれば、
歴史書に載せても良いかどうか迷うような、どちらかと言えば失敗談などに当たるエピソードをまとめて書き綴った手帳をどこかに落としてしまったことくらいか。
まあ、写しがあるので、気にするほどのことでもない。
里に着いたときには、すでになかったので里の人間に渡ることもないだろう。
それに彼女達には、あの手帳に書かれた欠点以上に素晴らしい部分がある。
手帳を見たとしても、誰かの悪戯とでも思うはずだ。
だから、気にするほどのことでもない、些細な問題だ。
「いやー、それにしても凄いですねぇ」
「あんたね……嫌味のつもり?」
文が神社の境内を見渡しながら感嘆とも呆れともとれる呟きをもらしたのを、霊夢は聞き逃さなかった。
宴会の準備が着々と進んでいるにも関わらず、霊夢の機嫌は悪かった。
「いえいえ、嫌味のつもりはありませんよ。
ただ、集まってきたメンバーの豪華さを、素直に『凄い』と思っていただけです」
「……それが嫌味、ってことなんだけどね」
はぁ、とため息をつく霊夢に覇気は感じられなかった。
無理もない。
「えぇ、確かに凄いわね。
鬼に吸血鬼に天狗に妖精に妖精に妖怪に妖怪に妖怪に妖怪に――――――妖怪ばかりなのよ!
壮観で当たり前じゃない!!」
「見事に人間がいませんね。
いやー、良い記事になります」
「するんじゃないわよっ!!」
神社は妖怪に乗っ取られたという噂が人里でまことしやかに囁かれているらしいが、無理もない。
何の用事か魔理沙が席を外している今、咲夜以外の人間は一人もいなかった。
「こんなことなら早苗でもいいから、呼んでおくんだったわ」
「でも、とは酷い扱いですね」
「……ふんっ!!」
「それにしても、参拝客を増やすためにイベントを企画したのに、これでは逆効果になっているような?
なんでしたっけ……ああ、『厄呼び神事』でしたか」
「違うわ。『厄祓い』よ。
これ以上、厄を呼んでどうするの」
月は師走。
冬に入り参拝客が遠のいた神社に参拝客を呼び戻すため、霊夢は神事を行おうとした。
新年を迎える前に、博麗神社を意識付けておけば、年始にも期待ができるというもの。
もちろん単純な厄祓いでは目新しさが無いし、人は呼べないだろう。
そこで、神事に祭りの要素も取り入れようと、人里で屋台の手配などを行ってきた。
上白沢慧音にも相談し、もし祭りをするのであれば子ども達を連れてきてくれるという確約を取った。
霊夢は本気だった。
萃香の目の前で開けた賽銭箱に、4週連続で何も入っていなかった時のことは、決して忘れないだろう。
『今年は今一つだけど、来年は凄いわよ』
そう言いながら、4度開いた。
一回目。『来年のことを言うと、ってよく言うじゃないか』、鬼は笑っていた。
……二回目。『次は七五三のご祝儀か何かでもあるだろうね』、鬼は未来を見据えながら、ほろ苦い笑みを浮かべていた。
…………三度目の正直と挑んだその後に『……萃めた方が良いのかな』、鬼は悲しげに微笑み、独り言を呟いた。
………………最後の一回、鬼はもう笑わなくなっていた。
未だに、萃香に聞けなかったことがある。
最後の一回、萃香は賽銭を萃めようとしたのか、しなかったのか―――それとも、萃めようにも元々無いから萃められなかったのか、聞けなかった。
霊夢は本気だった。
しかし、本気で準備したことが祟り、神社を開けがちになっていたのが拙かった。
どこで情報が漏れたのか妖怪や妖精が集まってきてしまい、勝手に祭りの準備を始めてしまう。
そこに、人里から手ぶらでやって来た屋台の主達は石段の下から神社を見上げ、ため息をつき、頷き合うと義理は果たしたとばかりに全員帰ってしまった。
こうなっては祭りどころではなく、各自が持ち寄っていたものを基に、宴会の準備に移行したのは当然だった。
「うぅ……今回は割と本気だったのよ……。
わかるかしら……この気持ちが?」
「気持ちはわかりませんが、同情はしますよ」
そう嘯いて、宴会の準備が終わるのを待ちつつ、シャッターを切るのは忘れない。
今日は新聞記者の顔で宴会に参加するようだ。
霊夢にとってはもう厄介事が起きなければ、新聞記者だろうが天狗だろうがどちらでも良かった。
そして、宴会が始まった。
魔理沙はまだ来ていなかった。
魔理沙が来たのは、宴会が始まってから半刻経ってからだった。
「あら、あんたにしては遅かったじゃない」
「ああ、きっとそうなんだぜ」
「何かあった?」
普段は『私だからこの程度の遅れなんだぜ』とでも返してくるところを、どうにも暗い。
訝しむ霊夢に対して、魔理沙は何も答えず、まず酒を一杯呷った。
霊夢を囲んでいたのは、レミリア、咲夜、妖夢、慧音、文だった。
尤も、霊夢の周りは入れ替わりも激しく、たまたま居たのがその5人というだけである。
ともあれ、魔理沙は周囲の目も気にせず、もう一杯呷ってから一冊の手帳を取り出した。
「手帳じゃない。
それがどうしたの?」
「……人里での評判でも妖怪間でもいいが、私たちの悪い噂について知ってる奴はいるか?」
直接、手帳が何なのか答えないまま、魔理沙は問いを発した。
知らない、気にしていない、よくわからない、などそれぞれの返答を聞いた後、手帳が開かれた。
「博麗霊夢。
常に金欠である。
妖怪に神社を乗っ取られた博麗の巫女という噂だが、実は妖精も神社に住み着いているらしい。
また―――」
「ちょっと待ちなさい。
何よ、いきなり」
「この手帳に書いてあるんだぜ」
霊夢は魔理沙から手帳を奪い、自身の項目に目を通していく。
「……また、人里で評判の饅頭が売り切れていた時は、饅頭を買いに来ていた妖怪から強奪―――って、
な、何、これ!!!」
「事実なのか?」
「いや、あれはリグルが……」
「事実なんだな」
「何よ。悪い?
博麗の巫女だもの。人里までのこのこ降りてくる妖怪は、きちんと退治しないと」
「『強奪するなどした後、妖怪に饅頭は贅沢すぎる、と言い訳していた』って書かれてなかったか?」
「………………虫の居所でも悪かったのよ」
はぁ、と息を漏らして、魔理沙は俯いた。
「どうやら、まるっきり心当たりのないことが書かれているわけじゃないみたいだな」
「それで、この手帳は何なのよ」
魔理沙は霊夢に手帳を破り捨てられる前に取り返した。
そして、大きく息を吸った後、全員が聞き取れるようにゆっくりと、それでいてしっかりと区切りながら告げる。
「この手帳の名前は『黒歴史帳』らしい」
最初に反応したのは慧音だった。
「『黒歴史』とは穏やかな単語ではないな」
「ああ。
根も葉も無いものなら気にもしないが、こいつには噂とかを基にしたある程度真実に近いことが書かれているんだ。
それも、読まれたら恥ずかしいと思うようなことがな」
自然と魔理沙の持つ手帳に、車座になっていたメンバーの目線が吸い寄せられる。
気にしなかったのはレミリアと咲夜。
レミリアは思ったより面白くなりそうもないので、手帳に関する会話を打ち切ろうとした。
「全く。
気にするほどのものじゃ……」
「レミリア・スカーレット。
妙に月の色を気にしている吸血鬼。
月に攻め込み、大敗したらしい。月には都があるようだが、入ることすらままならなかったともっぱらの噂である。
紅茶に砂糖を大量に入れており――――――」
レミリアの手にしていたグラスが粉々に砕け散った。
「あら―――こんなにも月が紅いのに―――」
「い、言いたくて言ってるわけじゃないんだぜ」
手帳をひらひらさせながら、魔理沙は殺気だっているレミリアから離れようとした。
と、そこで今まで主の隣で黙していた咲夜が口を開いた。
「その手帳。私達のことが書かれているの?」
「ああ、少なくとも、私を入れてここにいる7人全員の記述はあるな。
他にもチルノみたいな妖精とかミスティアみたいな妖怪の記述もあるぜ」
「なるほど」
「ちなみに霊夢とレミリアの記述は、まだほんの一部しか言ってない。
今みたいな内容が1人当たり、手帳2ページ分以上、びっしりと書かれているんだ」
「……私の記述は?」
「ああ……ちょっと待ってくれ。
あった、あった……ええと、ピー・エー・ディーって何の「もう十分よ」」
かつてないほど冷ややかな目をした咲夜に、全員腰が引けていた。
憮然としたレミリアを遠慮なく撮っていた文が、シャッターを押せないほどの威圧。
もはや誰が動かなかったとしても、下手人は咲夜の手によって果てることになるだろう。
そんな冷ややかな雰囲気を払うように、今度は慧音が魔理沙に話しかけたが、
「ふむ、その持ち主は誰なのかな。
私の記述もあるということだったが―――」
「妖獣の項目にあったぜ」
「……ほう」
「持ち主は名前が書いてないからわからん」
「……卑怯な」
さらに冷え込むだけであった。
「そこまで言われると、自分の記述が気になってきますね」
「妖夢は妖怪だな。
あとやたら半人前とか未熟者ってのが目につくぜ。
読んだ方が良いか?」
「とりあえず切ってみましょうか、その呪いの書」
もはや先ほどまでの和やかなムードは無い。
魔理沙は『黒歴史』と称していたが、確かに書かれた方にとって愉快なものではないらしい。
「天狗。あんたは気にならないのか?」
と問うレミリアに
「あやややや。私は取材があるので、聞くとしても一番最後が良いのですが……」
と答え、文はいつのまにか取り出していた文花帖に何やらメモを取っていた。
「流石にここにいない連中の記述を読む気はないぜ」
「……まあ、そうでしょうねぇ」
手帳を覗き込もうとする文からも距離を取りながら、魔理沙はきっぱりと言い切った。
「では、最後は私ですか。
まあ、傾向は掴めました。要は悪いことばかり書かれている手帳なんでしょう。
なら、初めからどんな部分を突かれるか、意識しておけば―――」
「見出しから強烈だぜ。
『売れない捏造新聞記者。百年の恋も冷めさせる千年の行き遅れ』」
「決して許せないわね。
幻想郷最速からどうあっても逃れ得ないことを教えてあげましょう」
ふふふ、と怪しく笑う文からも目を逸らすしかなかった。
魔理沙は手帳を見つめ、あらためて実感した。
これを書いた奴はまともじゃないと。
幻想郷にいる限り、生き残る術はないだろう。
魔理沙自身、里に居たころ「うふふふふ」などと言っていたことが、エピソード混じりで書かれているのを見たときは、どうしてやろうかと思った。
だが、犯人探しは難しい。
魔理沙は最初、闇雲に犯人を捜していたが、一旦諦めている。
ぐりん、と獣じみた独特の動きで、魔理沙に視線を向けた文が、低い声で問いかける。
「確か、書いたやつ……方の名前はわからないのですよね?」
「あ、……ああ、そうだぜ」
「ほう。
単純に考えれば、その中に書かれておらず、我々全員と面識のある人物では?
かつ、力の強い妖怪や神であれば、そのような命知らずなことを書きそうなものですが」
「あら、犯人が自分すら悪く書いている可能性もあると思うけど」
「……それでも、自身の知られては困るようなことは書かないと思いますよ」
「面倒ね。
犬か何かに匂いでも嗅がせれば良いんじゃないの」
皆、頭に血が上っているのかいるのか、一向に建設的な意見は出なかった。
各々が手帳に書いてあることをじっくりと読めば、知っていそうな者を割出すこともできるのだろうが、自身の黒歴史帳を読みたがる者はいなかった。
そして、犯人探しの際にある程度手帳を詳しく読んだ魔理沙には、事実を伝える義務が発生していた。
「ああ、それとな。
この手帳とは別に―――写しがあるらしいんだぜ」
ぴたり、と話し合いが止まった。
「写し?」
「何人かの記述に、手帳は破られたり盗られたりしても大丈夫なようにしてある、って書かれていたんだぜ。
万一、誰かに読まれて破り捨てられても良い様にしてあるんだろうな」
「始めに聞くべきだったわね。
この手帳……どこで拾ったの?」
「人里の近くだ。
霊夢が祭りをやるっていうから、仕方なく行った時だな」
頭痛でもするのか、慧音がこめかみをとんとん、と人差し指で刺激する。
「つまり、人間が触れるかもしれないところに落ちていたわけか。
……私たちが知らないだけで、もう人間が手帳の内容を知っている可能性もあるというわけだな?」
「……そうなるな」
「いえ、それは無いわね」
否定は霊夢からだった。
「私が里に行った時にはいつもと何も変わらなかったもの。
魔理沙も里で犯人探しくらいしたんでしょ。
何か気になることでもあったの?」
「いや、いつもと変わらなかったな」
「だったら、まだ知られてないわ。
そう考えた方が楽ね」
場の雰囲気が一層冷たくなった。
まだ情報が広まっていないのならば、広まる前にヤるしかない。
しかし、犯人はわからない。
切羽詰まった状況だったが、現実は容赦無く、無慈悲に彼女達に襲い掛かる。
「あら、集まって何の相談かしら?」
風見幽香が微笑んでいた。
このタイミングでもっとも来て欲しくなかった妖怪。
手帳の情報を知られたが最後、延々とネタにされるだろう。
「いや、何でも無いんだぜ」
「後ろに隠したものは何かしら?」
隠しきれない。
そして幽香が一度気にしたものを、そのままにしておくこともない。
いっそ弾幕勝負でも申し込むか、と覚悟を決めた魔理沙だったが、
「全部聞いていたから、見せてくれなくても良いけどね」
幽香はどこまでも無慈悲だった。
「あら、あんな怪しい情報を信じるの?」
「あれだけ動揺しておいて、それは通じないわ」
「盗み聞きしていた癖によく言うわ」
「言いたいことはそれだけかしら」
揺れることもない。
やむを得ない。
魔理沙は決断する。
「聞いていたならわかると思うが、この手帳は最悪の悪口帳だ。
わかっているとは思うが、風見幽香の項目もある」
「それがどうかしたのかしら。
そんなものに何が書かれていたとしても、私には無意味なことだわ」
「……」
そう返されると思った。
魔理沙は幽香の項にも目を通していたが、彼女が気にするほどの記述だとは考えていない。
だが、ここまで来ては、幽香の琴線に触れる何かが書かれていることに賭けてみるしかない。
「いじめを行う花妖怪。実際の性格は非常にひねくれており―――」
「そうね」
「服のセンスが古く、また―――」
「ええ、それが何か?」
「実際にはそれほど強くないという説も―――」
「あらあら」
(駄目……なのか?)
魔理沙は諦めかけていた。
あと数行しか残っていないが、幽香には効いていない。
それでも、希望は捨てずに最後まで読み切る。
「なお、今までに彼女が発した最も可愛らしい言葉は、
『待って。花が見ているところでは恥ずかしいの』だろ―――」
ぴしり、と幽香が凍りついた。
それには気づかず、ページの最後まで読みきったところで、魔理沙はあることを思い出していた。
『だろ』で結んでいるのは、明らかにおかしい。
そう、幽香は2ページではなく、もっと――――――
「待ちなさいっ!!」
声を無視して、ページをめくる。
「だろう。その後に『2人だけになれるところに―――』と言っ「待ちなさいと言っているでしょう!?」」
すぐ目の前に、レミリア達にまとわりつかれながら、顔を真っ赤にした風見幽香がいた。
沈黙が落ちる。
幽香は俯き、その表情を窺い知ることはできなくなった。
ややあって、口を開いた。
「ねえ、書いた奴がわからない、って言っていたわよね」
「あ、ぅ……あ、あぁ……」
怖い。
これが本当の意味での恐怖なのだろうか。
「心当たり、あるわ」
僕は穏やかな気持ちで緑茶を飲んでいた。
今日は神社で祭りがあるということで、この一時を霊夢達に邪魔される心配はない。
久しぶりの人里で手に入れたお菓子と質の良い緑茶。
加えて、阿求が外の世界から流れ着いたと思われる本を取っておいてくれたため、興味の持てるものを最高の環境で読むことが出来る。
これ以上の幸せは、そうそうあるものではない。
小雨が降っているのも素晴らしい。
適度な雨は外の雑多な音を抑えてくれる。
雨は天と読み取れる。
これだけの環境が整うということは、僕が草薙の剣に認められてきた証左だろう。
幸せだった。それを疑う必要もなかった。
そう、僕はこの時まで、今日だけはこの幸せを甘受できることに、何の疑いも持っていなかった。
窓の外に、「枯れない花」が咲いていることに気付くまでは。
僕にとって、非常に重要なことであり、人生の目的とさえ言えるだろう。
しかし、最近流入してくる外の書物を読む限り、事実のみを記述するような歴史書は時代遅れのようだ。
その人物のエピソードなどを含めて、読みやすさや覚えやすさを向上させるのが現代の流行らしい。
写真や絵を付けるのも有効とのことだ。
なるほど、一理ある。
阿求も体験談などを載せることで、より内容の信憑性を上げ、読み物として面白いものに仕上げていた。
僕もそれに倣い、各人のエピソードも歴史書に載せることにした。
ここまでは何の問題も無い。
問題があるとすれば、
歴史書に載せても良いかどうか迷うような、どちらかと言えば失敗談などに当たるエピソードをまとめて書き綴った手帳をどこかに落としてしまったことくらいか。
まあ、写しがあるので、気にするほどのことでもない。
里に着いたときには、すでになかったので里の人間に渡ることもないだろう。
それに彼女達には、あの手帳に書かれた欠点以上に素晴らしい部分がある。
手帳を見たとしても、誰かの悪戯とでも思うはずだ。
だから、気にするほどのことでもない、些細な問題だ。
「いやー、それにしても凄いですねぇ」
「あんたね……嫌味のつもり?」
文が神社の境内を見渡しながら感嘆とも呆れともとれる呟きをもらしたのを、霊夢は聞き逃さなかった。
宴会の準備が着々と進んでいるにも関わらず、霊夢の機嫌は悪かった。
「いえいえ、嫌味のつもりはありませんよ。
ただ、集まってきたメンバーの豪華さを、素直に『凄い』と思っていただけです」
「……それが嫌味、ってことなんだけどね」
はぁ、とため息をつく霊夢に覇気は感じられなかった。
無理もない。
「えぇ、確かに凄いわね。
鬼に吸血鬼に天狗に妖精に妖精に妖怪に妖怪に妖怪に妖怪に――――――妖怪ばかりなのよ!
壮観で当たり前じゃない!!」
「見事に人間がいませんね。
いやー、良い記事になります」
「するんじゃないわよっ!!」
神社は妖怪に乗っ取られたという噂が人里でまことしやかに囁かれているらしいが、無理もない。
何の用事か魔理沙が席を外している今、咲夜以外の人間は一人もいなかった。
「こんなことなら早苗でもいいから、呼んでおくんだったわ」
「でも、とは酷い扱いですね」
「……ふんっ!!」
「それにしても、参拝客を増やすためにイベントを企画したのに、これでは逆効果になっているような?
なんでしたっけ……ああ、『厄呼び神事』でしたか」
「違うわ。『厄祓い』よ。
これ以上、厄を呼んでどうするの」
月は師走。
冬に入り参拝客が遠のいた神社に参拝客を呼び戻すため、霊夢は神事を行おうとした。
新年を迎える前に、博麗神社を意識付けておけば、年始にも期待ができるというもの。
もちろん単純な厄祓いでは目新しさが無いし、人は呼べないだろう。
そこで、神事に祭りの要素も取り入れようと、人里で屋台の手配などを行ってきた。
上白沢慧音にも相談し、もし祭りをするのであれば子ども達を連れてきてくれるという確約を取った。
霊夢は本気だった。
萃香の目の前で開けた賽銭箱に、4週連続で何も入っていなかった時のことは、決して忘れないだろう。
『今年は今一つだけど、来年は凄いわよ』
そう言いながら、4度開いた。
一回目。『来年のことを言うと、ってよく言うじゃないか』、鬼は笑っていた。
……二回目。『次は七五三のご祝儀か何かでもあるだろうね』、鬼は未来を見据えながら、ほろ苦い笑みを浮かべていた。
…………三度目の正直と挑んだその後に『……萃めた方が良いのかな』、鬼は悲しげに微笑み、独り言を呟いた。
………………最後の一回、鬼はもう笑わなくなっていた。
未だに、萃香に聞けなかったことがある。
最後の一回、萃香は賽銭を萃めようとしたのか、しなかったのか―――それとも、萃めようにも元々無いから萃められなかったのか、聞けなかった。
霊夢は本気だった。
しかし、本気で準備したことが祟り、神社を開けがちになっていたのが拙かった。
どこで情報が漏れたのか妖怪や妖精が集まってきてしまい、勝手に祭りの準備を始めてしまう。
そこに、人里から手ぶらでやって来た屋台の主達は石段の下から神社を見上げ、ため息をつき、頷き合うと義理は果たしたとばかりに全員帰ってしまった。
こうなっては祭りどころではなく、各自が持ち寄っていたものを基に、宴会の準備に移行したのは当然だった。
「うぅ……今回は割と本気だったのよ……。
わかるかしら……この気持ちが?」
「気持ちはわかりませんが、同情はしますよ」
そう嘯いて、宴会の準備が終わるのを待ちつつ、シャッターを切るのは忘れない。
今日は新聞記者の顔で宴会に参加するようだ。
霊夢にとってはもう厄介事が起きなければ、新聞記者だろうが天狗だろうがどちらでも良かった。
そして、宴会が始まった。
魔理沙はまだ来ていなかった。
魔理沙が来たのは、宴会が始まってから半刻経ってからだった。
「あら、あんたにしては遅かったじゃない」
「ああ、きっとそうなんだぜ」
「何かあった?」
普段は『私だからこの程度の遅れなんだぜ』とでも返してくるところを、どうにも暗い。
訝しむ霊夢に対して、魔理沙は何も答えず、まず酒を一杯呷った。
霊夢を囲んでいたのは、レミリア、咲夜、妖夢、慧音、文だった。
尤も、霊夢の周りは入れ替わりも激しく、たまたま居たのがその5人というだけである。
ともあれ、魔理沙は周囲の目も気にせず、もう一杯呷ってから一冊の手帳を取り出した。
「手帳じゃない。
それがどうしたの?」
「……人里での評判でも妖怪間でもいいが、私たちの悪い噂について知ってる奴はいるか?」
直接、手帳が何なのか答えないまま、魔理沙は問いを発した。
知らない、気にしていない、よくわからない、などそれぞれの返答を聞いた後、手帳が開かれた。
「博麗霊夢。
常に金欠である。
妖怪に神社を乗っ取られた博麗の巫女という噂だが、実は妖精も神社に住み着いているらしい。
また―――」
「ちょっと待ちなさい。
何よ、いきなり」
「この手帳に書いてあるんだぜ」
霊夢は魔理沙から手帳を奪い、自身の項目に目を通していく。
「……また、人里で評判の饅頭が売り切れていた時は、饅頭を買いに来ていた妖怪から強奪―――って、
な、何、これ!!!」
「事実なのか?」
「いや、あれはリグルが……」
「事実なんだな」
「何よ。悪い?
博麗の巫女だもの。人里までのこのこ降りてくる妖怪は、きちんと退治しないと」
「『強奪するなどした後、妖怪に饅頭は贅沢すぎる、と言い訳していた』って書かれてなかったか?」
「………………虫の居所でも悪かったのよ」
はぁ、と息を漏らして、魔理沙は俯いた。
「どうやら、まるっきり心当たりのないことが書かれているわけじゃないみたいだな」
「それで、この手帳は何なのよ」
魔理沙は霊夢に手帳を破り捨てられる前に取り返した。
そして、大きく息を吸った後、全員が聞き取れるようにゆっくりと、それでいてしっかりと区切りながら告げる。
「この手帳の名前は『黒歴史帳』らしい」
最初に反応したのは慧音だった。
「『黒歴史』とは穏やかな単語ではないな」
「ああ。
根も葉も無いものなら気にもしないが、こいつには噂とかを基にしたある程度真実に近いことが書かれているんだ。
それも、読まれたら恥ずかしいと思うようなことがな」
自然と魔理沙の持つ手帳に、車座になっていたメンバーの目線が吸い寄せられる。
気にしなかったのはレミリアと咲夜。
レミリアは思ったより面白くなりそうもないので、手帳に関する会話を打ち切ろうとした。
「全く。
気にするほどのものじゃ……」
「レミリア・スカーレット。
妙に月の色を気にしている吸血鬼。
月に攻め込み、大敗したらしい。月には都があるようだが、入ることすらままならなかったともっぱらの噂である。
紅茶に砂糖を大量に入れており――――――」
レミリアの手にしていたグラスが粉々に砕け散った。
「あら―――こんなにも月が紅いのに―――」
「い、言いたくて言ってるわけじゃないんだぜ」
手帳をひらひらさせながら、魔理沙は殺気だっているレミリアから離れようとした。
と、そこで今まで主の隣で黙していた咲夜が口を開いた。
「その手帳。私達のことが書かれているの?」
「ああ、少なくとも、私を入れてここにいる7人全員の記述はあるな。
他にもチルノみたいな妖精とかミスティアみたいな妖怪の記述もあるぜ」
「なるほど」
「ちなみに霊夢とレミリアの記述は、まだほんの一部しか言ってない。
今みたいな内容が1人当たり、手帳2ページ分以上、びっしりと書かれているんだ」
「……私の記述は?」
「ああ……ちょっと待ってくれ。
あった、あった……ええと、ピー・エー・ディーって何の「もう十分よ」」
かつてないほど冷ややかな目をした咲夜に、全員腰が引けていた。
憮然としたレミリアを遠慮なく撮っていた文が、シャッターを押せないほどの威圧。
もはや誰が動かなかったとしても、下手人は咲夜の手によって果てることになるだろう。
そんな冷ややかな雰囲気を払うように、今度は慧音が魔理沙に話しかけたが、
「ふむ、その持ち主は誰なのかな。
私の記述もあるということだったが―――」
「妖獣の項目にあったぜ」
「……ほう」
「持ち主は名前が書いてないからわからん」
「……卑怯な」
さらに冷え込むだけであった。
「そこまで言われると、自分の記述が気になってきますね」
「妖夢は妖怪だな。
あとやたら半人前とか未熟者ってのが目につくぜ。
読んだ方が良いか?」
「とりあえず切ってみましょうか、その呪いの書」
もはや先ほどまでの和やかなムードは無い。
魔理沙は『黒歴史』と称していたが、確かに書かれた方にとって愉快なものではないらしい。
「天狗。あんたは気にならないのか?」
と問うレミリアに
「あやややや。私は取材があるので、聞くとしても一番最後が良いのですが……」
と答え、文はいつのまにか取り出していた文花帖に何やらメモを取っていた。
「流石にここにいない連中の記述を読む気はないぜ」
「……まあ、そうでしょうねぇ」
手帳を覗き込もうとする文からも距離を取りながら、魔理沙はきっぱりと言い切った。
「では、最後は私ですか。
まあ、傾向は掴めました。要は悪いことばかり書かれている手帳なんでしょう。
なら、初めからどんな部分を突かれるか、意識しておけば―――」
「見出しから強烈だぜ。
『売れない捏造新聞記者。百年の恋も冷めさせる千年の行き遅れ』」
「決して許せないわね。
幻想郷最速からどうあっても逃れ得ないことを教えてあげましょう」
ふふふ、と怪しく笑う文からも目を逸らすしかなかった。
魔理沙は手帳を見つめ、あらためて実感した。
これを書いた奴はまともじゃないと。
幻想郷にいる限り、生き残る術はないだろう。
魔理沙自身、里に居たころ「うふふふふ」などと言っていたことが、エピソード混じりで書かれているのを見たときは、どうしてやろうかと思った。
だが、犯人探しは難しい。
魔理沙は最初、闇雲に犯人を捜していたが、一旦諦めている。
ぐりん、と獣じみた独特の動きで、魔理沙に視線を向けた文が、低い声で問いかける。
「確か、書いたやつ……方の名前はわからないのですよね?」
「あ、……ああ、そうだぜ」
「ほう。
単純に考えれば、その中に書かれておらず、我々全員と面識のある人物では?
かつ、力の強い妖怪や神であれば、そのような命知らずなことを書きそうなものですが」
「あら、犯人が自分すら悪く書いている可能性もあると思うけど」
「……それでも、自身の知られては困るようなことは書かないと思いますよ」
「面倒ね。
犬か何かに匂いでも嗅がせれば良いんじゃないの」
皆、頭に血が上っているのかいるのか、一向に建設的な意見は出なかった。
各々が手帳に書いてあることをじっくりと読めば、知っていそうな者を割出すこともできるのだろうが、自身の黒歴史帳を読みたがる者はいなかった。
そして、犯人探しの際にある程度手帳を詳しく読んだ魔理沙には、事実を伝える義務が発生していた。
「ああ、それとな。
この手帳とは別に―――写しがあるらしいんだぜ」
ぴたり、と話し合いが止まった。
「写し?」
「何人かの記述に、手帳は破られたり盗られたりしても大丈夫なようにしてある、って書かれていたんだぜ。
万一、誰かに読まれて破り捨てられても良い様にしてあるんだろうな」
「始めに聞くべきだったわね。
この手帳……どこで拾ったの?」
「人里の近くだ。
霊夢が祭りをやるっていうから、仕方なく行った時だな」
頭痛でもするのか、慧音がこめかみをとんとん、と人差し指で刺激する。
「つまり、人間が触れるかもしれないところに落ちていたわけか。
……私たちが知らないだけで、もう人間が手帳の内容を知っている可能性もあるというわけだな?」
「……そうなるな」
「いえ、それは無いわね」
否定は霊夢からだった。
「私が里に行った時にはいつもと何も変わらなかったもの。
魔理沙も里で犯人探しくらいしたんでしょ。
何か気になることでもあったの?」
「いや、いつもと変わらなかったな」
「だったら、まだ知られてないわ。
そう考えた方が楽ね」
場の雰囲気が一層冷たくなった。
まだ情報が広まっていないのならば、広まる前にヤるしかない。
しかし、犯人はわからない。
切羽詰まった状況だったが、現実は容赦無く、無慈悲に彼女達に襲い掛かる。
「あら、集まって何の相談かしら?」
風見幽香が微笑んでいた。
このタイミングでもっとも来て欲しくなかった妖怪。
手帳の情報を知られたが最後、延々とネタにされるだろう。
「いや、何でも無いんだぜ」
「後ろに隠したものは何かしら?」
隠しきれない。
そして幽香が一度気にしたものを、そのままにしておくこともない。
いっそ弾幕勝負でも申し込むか、と覚悟を決めた魔理沙だったが、
「全部聞いていたから、見せてくれなくても良いけどね」
幽香はどこまでも無慈悲だった。
「あら、あんな怪しい情報を信じるの?」
「あれだけ動揺しておいて、それは通じないわ」
「盗み聞きしていた癖によく言うわ」
「言いたいことはそれだけかしら」
揺れることもない。
やむを得ない。
魔理沙は決断する。
「聞いていたならわかると思うが、この手帳は最悪の悪口帳だ。
わかっているとは思うが、風見幽香の項目もある」
「それがどうかしたのかしら。
そんなものに何が書かれていたとしても、私には無意味なことだわ」
「……」
そう返されると思った。
魔理沙は幽香の項にも目を通していたが、彼女が気にするほどの記述だとは考えていない。
だが、ここまで来ては、幽香の琴線に触れる何かが書かれていることに賭けてみるしかない。
「いじめを行う花妖怪。実際の性格は非常にひねくれており―――」
「そうね」
「服のセンスが古く、また―――」
「ええ、それが何か?」
「実際にはそれほど強くないという説も―――」
「あらあら」
(駄目……なのか?)
魔理沙は諦めかけていた。
あと数行しか残っていないが、幽香には効いていない。
それでも、希望は捨てずに最後まで読み切る。
「なお、今までに彼女が発した最も可愛らしい言葉は、
『待って。花が見ているところでは恥ずかしいの』だろ―――」
ぴしり、と幽香が凍りついた。
それには気づかず、ページの最後まで読みきったところで、魔理沙はあることを思い出していた。
『だろ』で結んでいるのは、明らかにおかしい。
そう、幽香は2ページではなく、もっと――――――
「待ちなさいっ!!」
声を無視して、ページをめくる。
「だろう。その後に『2人だけになれるところに―――』と言っ「待ちなさいと言っているでしょう!?」」
すぐ目の前に、レミリア達にまとわりつかれながら、顔を真っ赤にした風見幽香がいた。
沈黙が落ちる。
幽香は俯き、その表情を窺い知ることはできなくなった。
ややあって、口を開いた。
「ねえ、書いた奴がわからない、って言っていたわよね」
「あ、ぅ……あ、あぁ……」
怖い。
これが本当の意味での恐怖なのだろうか。
「心当たり、あるわ」
僕は穏やかな気持ちで緑茶を飲んでいた。
今日は神社で祭りがあるということで、この一時を霊夢達に邪魔される心配はない。
久しぶりの人里で手に入れたお菓子と質の良い緑茶。
加えて、阿求が外の世界から流れ着いたと思われる本を取っておいてくれたため、興味の持てるものを最高の環境で読むことが出来る。
これ以上の幸せは、そうそうあるものではない。
小雨が降っているのも素晴らしい。
適度な雨は外の雑多な音を抑えてくれる。
雨は天と読み取れる。
これだけの環境が整うということは、僕が草薙の剣に認められてきた証左だろう。
幸せだった。それを疑う必要もなかった。
そう、僕はこの時まで、今日だけはこの幸せを甘受できることに、何の疑いも持っていなかった。
窓の外に、「枯れない花」が咲いていることに気付くまでは。
霖之助逃げてー!!wwwww
落とす奴が悪い(脱兎)
若気の至りってやつですね。
恋愛好きの友人、非常にGJだ!!
幽香が可愛かったです。
どっちにしろ霖之助の死亡フラグ立ちすぎだが……w
さぁて2828しながら傍観してた俺は早々に逃げるとするk(ピチューン
花以外はね!
魔理沙、霊夢、妖夢は犯人が霖之助と知って怒るというより納得して呆れちゃうかもw
と言いますか霖之助は直に言いそうw
お節介でしょうが一言。
友人といえども自分の創作作品に口を出させることは双方にとって良くないのでやめたほうがいいかと。
理想が違うのならその人が自分の理想を書けばよいのですから。
客観的に正しく見ることはできてるけど、評価されてる本人達にとっては溜まったものじゃないですね
歴史上の人達も同じようなことをあの世で思ってるかもしれませんね
後できれば没になったものも見てみたいなあ、なんて
己の創作に関して他者に意見を求めるのは至極当たり前の事。
私らがここで評価し感想を述べてるのと何ら変わりありません。
最終的にその意見を容れるかどうかは自分の判断な訳ですしね。
この手の意見交換が出来る友は得難きものです。
どうかご友人を大事になさって下さい。
当たり前すぎるよ
霖之助さようなら
なにげに文も結構キツイなw