「夢子ちゃん!大晦日!大晦日!」
「いや、確かに今日は大晦日ですけど、何で朝からそんなハイテンションなんですか……?」
魔界、パンデモニウム。
いつものように魔界神である神綺を起こすため、夢子は神綺の自室へと足を踏み入れる。するとパジャマ姿の神綺が勢いよく飛び込んでくる。
夢子はそれに戸惑うことも無く、馴れた風に優しく身体で受け止めた。
寝起きの為、トレードマークのサイドテールが無い頭は夢子の頭より低い位置にある。そのちょうど良い高さにより、夢子の鼻には幼少期から馴れ親しんだ母親の香りが届く。
「だってアリスちゃんもルイズちゃんも帰ってくるし、一家揃い踏みじゃない!」
「……アリスもルイズも結構定期的に帰ってきてるような気がするんですが」
そんな言葉もお構いなし、神綺は夢子の胸から離れると、部屋中をくるくると跳び回る。
「今年も笑ってはいけないパンデモニウム24時やりましょーね!」
「嫌です」
「えー……」
「去年はやったんですし、いつの間にかそれを生放送までしてやりたい放題だったんですから、今年は大人しくして下さい」
神綺は唇を尖らせ、「視聴率は取れたんだからいーじゃん」と文句を言う。そこはあまり問題では無い気がするが。
「なら白蓮ちゃんのお寺行ってみましょーよ!ほら、去年は行けなかったし」
「いつも言っていますが、魔界の神である神綺様が魔界を留守にするなどあってはならない行為です」
「そこを何とか……。ほら、私はいっつも仕事でなかなか外に出られないし。……行って良いなら今夜は一緒に寝てあげるから!」
「…………」
しばし沈黙。
その間、夢子は頭を抱えて考え込んでいる。
「…………分かりました、今年も終わりますし特別に年明け、初詣なら許可します。魔界神として、新年の挨拶とかもありますから。……一緒に寝れるのに釣られた訳じゃ無いんですからね!」
「わーい、夢子ちゃんありがとう。愛してるわよ」
「ただ一つだけ言っておくことがあります。神綺様は仕事でなかなか外に出られないと言っていましたが、仕事を抜け出した回数は今年だけで192日ですからね?しかもそのうち確認出来ているだけで36日は魔界を出てアリスの家に向かってます。それを忘れないように」
「我が娘ながら几帳面ねぇ」
「神綺様がルーズ過ぎるんですよ」
そう夢子が念を押すが、神綺はまるで人事のようにしている。
夢子はそれに対しため息をつきながら神綺を捕まえ、椅子に座らせた。
「でもその割にはいっつも案外簡単に抜け出せるわよね」
「お望みなら拘束して私が付きっきりで監視するのでも構わないんですよ。それをしないのは、神綺様を信頼してるからなんですが……」
「……ごめんなさい。これからは脱走も控えます」
あくまでも控えるだけで止める気は無いらしい。
それに気付きながらも夢子は深く追求せず、馴れた手つきで神綺の頭にサイドテールをセットする。
「はい、出来ました」
「うん、ありがとう夢子ちゃん」
「それでは、今日の業務内容のお話になります」
「……いつもより多い?」
「例年通り、たくさんありますよ」
その言葉に勢いよく立ち上がった神綺の肩を掴み、再び椅子に座らせる夢子。その行動は既に予測済みだったようで動きに迷いが無かった。
「ちゃんとやらないと、夜にゆっくりなんて出来ませんよ?」
「うぅ~……わ、分かったわよ。一家団欒の為に私、頑張るわ!」
「その調子です。まずは着替えて朝食にしましょう」
「うん!頑張るよ!」
「もう無理……」
「薄々分かってはいましたが……早いですから。まだ一時間経ってないですよ」
「我が最愛の娘達……ママは頑張ったけど駄目だったわ……。後は姉妹、仲良くね……」
机に突っ伏し、経のように呟く神綺。
「ほら、お仕事終われば娘達と気兼ね無く遊べますよ」
「う~……」
「アリスが帰ってきますよ」
「ん~……」
「お仕事は年内に終わらせましょうよ」
「分かってはいるんだけど~……」
「なら、ちゃんと終わればその……わ、私がその、あの、えっと……そ、添い寝……しちゃいます」
「さぁ夢子ちゃん、あと30分で終わらせるわよ」
すでに先程とは比べものにならぬスピードで書類に目を通し、サインをし、時折何か細かい字で書き込む。
その姿は完全に仕事の出来る女性だ。顔も心なしかいつもより引き締まって見える。
「…………そんなにやる気になってもらうと、嬉しいやら恥ずかしいやら……」
「ふっ……この程度私の前には容易いわね」
「本当に30分で終わりましたね……」
「当然よ。魔界神である私がこのような紙の束にそれ以上の時間をかけるとでも?」
落ち着いた仕種で書類を夢子に渡す。その優雅な姿。普段では有り得ないくらい真面目に仕事をやったせいでカリスマスイッチが入ってしまったらしい。
「し、神綺様がかっこいい……」
「夢子ちゃん、どうかした?顔が赤いわ」
「い、いえ……大丈夫です」
「そう?なら良いのだけど。……ところで夢子ちゃん」
「は、はいっ!?」
仕種の一つ一つが全て優雅。呼吸すら優雅。まぁそれは夢子の過大評価だとしても、今の神綺にはラスボスに相応しい風格がある。恐らくもうラスボスをすることは無いだろうが。
そんな神綺は、緊張している夢子を見てくすっと小さく笑い、頭を撫でた。
「約束は、忘れないでよ?」
「あ……は、はいっ!」
「さぁ、仕事も終えたことだし、娘達が集まるのを待つとしましょうか」
「そ、そうですね。私も自分の仕事を終わらせてきます」
「ア・リ・ス・ちゃ~ん!おかえりおかえり!ママすっごく会いたかったわよ~!最近はどう?ちゃんとご飯食べてる?魔法の練習してる?お友達できた?寝るときにお布団かけてる?私のこと思い出してる?私は寝るときいっつもアリスちゃんの顔を思い浮かべてるわよ。あ、夢子ちゃんだって忘れてないからね?それにサラちゃんルイズちゃんユキちゃんマイちゃんだってそう。それだけじゃない、私は魔界神だもの。この世界の住民みんなを愛してるわ。それでね話は戻るけどアリスちゃん、一人で暮らしてて寂しくなったりしない?するわよね、末っ子は甘えん坊になっちゃうって言うし、だからねアリスちゃん。寂しくなったらいつでもうちに帰ってきて、アリスちゃんの部屋は今も綺麗にして残してるし、眠れない時はママが子守歌だって歌っちゃうからそうそう最近夢子ちゃんに歌ってあげようと思って新しい子守歌練習中なの。聴きたい?ん~……まだ秘密にしちゃうだってアリスちゃんには完璧な形で聴いてほし」
「毎度の事ながら長いよ!息継ぎしないで喋んないでよ!」
「カリスマも長くは続かったですね……」
パンデモニウム玄関ホールにて。
腰に抱き着く神綺を振り払おうとするアリスとその隣でため息をつく夢子。
神綺のカリスマはアリスが帰宅した途端にブレイクした。夢子としてはカリスマ神綺は知らない人のようで落ち着かなかったので、戻ってくれて一安心と言うところではあるが、カリスマ神綺の方も素敵だったので複雑な心境である。
「毎回毎回、帰ってきてはいっつも神綺様に抱き着かれて大変ねぇ」
「夢子姉さんこそ何も無いのに急に抱き着かれたりするんでしょ?」
「……お互い苦労するわね」
「……夢子姉さん程じゃないわ」
二人でため息。
「おやおやお二人さん。ため息なんかついちゃって」
「せっかく捕まえた幸せが逃げるわよ」
「サラ、帰ってたのね。それにルイズも。おかえりなさい」
手を頭の後ろで組んで、けらけら笑うのは姉妹三女のサラ。その隣で大きなキャリーバッグを引いてにこにこ笑うのは次女のルイズ。
「今日は仕事が早めに上がりだったから魔界の入り口でルイズ姉を待ってたんだよ」
「健気に姉の帰りを待ってくれている妹だなんて、ロマンティックよね。雪なんて降ってたらシチュエーション的に最高だったわ」
「それだったら寒いから帰ってたよ」
「あらら、私はその程度なのね」
軽口をたたき合う二人はどこか楽しげであり、この姉妹の中で一番姉妹らしい。
「サラちゃん!ルイズちゃん!おかえりー!」
「ただいまです!」
「神綺様、只今帰りました。これ、お土産です」
「いつもありがと~。後でみんなで食べましょうね。夢子ちゃん、冷蔵庫にしまっておいて~」
ルイズからのお土産を夢子は神綺から受けとる。箱には整った字で『YO!KAN!』と書かれている。買ってからルイズが書いたのだろうが、何故わざわざ私をイラッとさせるのだろうかと夢子はルイズを見るが、当のルイズはにこにこと掴み所の無い笑顔で見つめ返して来るだけだ。
「そういえば、ユキとマイは?」
「ユキマイならさっき廊下で遊んでたからそろそろ来ると……」
夢子が言いかけた所で小さな二つの人影が視界に飛び込んでくる。
「……見ていられないわユキ、歳をとったわね」
「お前は……マイ!」
軽やかなステップでサラとルイズの影に隠れる二つの人影、ユキとマイは何やらごっこ遊びの最中のようだ。
「ほらほら暴れないの」
「もー、盛り上がってる所なのにー」
「……空気読むべき」
「貴方達朝から遊んでたでしょうに」
「朝からずっと続いてるんだよ。今ようやくラスボスだったのにー……」
腰に手を当て頬を膨らませるユキとその後ろにぴったりくっついているマイ。
「あらユキマイ姉さん。ただいま」
「お!アリス、久しぶりだね」
「……おっきくなっちゃって」
ユキマイアリスの三人はハイタッチを交わして再開を喜ぶ。ハイタッチと言ってもアリスの手の平に向かってユキとマイが手を伸ばしてジャンプしているのだが。
「よぅし!我が子も全員揃ったわよ、夢子ちゃん!」
「え?私に振られても……」
「うん!私も特に何も考えてなかった!」
「このノリも久しぶりねぇ……」
神綺と夢子のやり取りを見て、懐かしそうにするアリス。
「そうだ!今日の為になんと、リビングを模様替えしてみました(主に夢子ちゃんが)!」
「おぉ!どんな感じに!?」
ここですかさず乗ってくるのはサラ。乗りの良さは姉妹一だ。
「それは見てからのお楽しみ。それではさっそくご案内します(夢子ちゃんが)!」
「この子達に案内する必要も無い気がしますけど……」
夢子の先導で進む一家、七名。七名もいれば、七名もいれば……うん、特に七名で出来ることは無い。野球をしよう、ってな展開にもなれない。
「はい、到着よ」
「夢子姉さん、来るまでにメイドがいなかったけど……?」
「今日は大晦日だしね、業務を早めに終わらせといたわ」
「その辺は何と言うか、相変わらずね」
「誰だって何かある日は大切な人といたいものよ。アリスも、そして私もね」
夢子がちらっと神綺の方を見たのをアリスは見逃さなかった。
夢子姉さんも私と同じ気持ちなのかな、と思いながら、アリスもまた神綺を見るのだった。
「今日は大晦日ということで、じゃじ~ん!コタツを用意してみました!」
神綺が勢いよく開け放ったその部屋の中心には炬燵が置いてあった。
西洋風の部屋の雰囲気の中にある炬燵は完全に景観から浮いている。
だが魔界神の娘達はお気に召したようだ。
「わぉ!神綺様わかってる!」
「炬燵で年明け……風情があって良いわね」
「マイ!隣通しで座ろ!」
「……もちろん」
「夢子ちゃんは私の隣ね!」
「え?な、何でです?」
「四角なんだからそうやんないとみんな入れないのよ」
「わ、分かりましたからそんなに引っ張らないで下さいよ……」
炬燵で一家団欒。
良い事だと思う。
久しぶりに里帰りしてきた私にとっては家族と触れ合えるのは凄く嬉しい。
でも……
「何で私だけ一人なのよ……」
私は今現在、炬燵に入っている。私が入っている場所から見て、正面にはママと夢子姉さん。夢子姉さんがママの肩にもたれ掛かっている。見ていて微笑ましい。
左にはサラ姉さんとルイズ姉さん。新聞のテレビ欄を見て話し合っている。チャンネル権は二人だけのものじゃないのに。
右にはユキマイ姉さん。ユキ姉さんが炬燵に頭から潜っていて、マイ姉さんがユキ姉さんの足を意味も無く掴んでいる。やはりこの二人はたまにどうしようもなく言動が謎だ。
そして、私。私は隣に誰もいない。私だけ。アリスオンリー状態だ。
「良いじゃない、広々使えるし」
「そうそう、私はルイズ姉さんとキツキツだよー」
「私は……この方が良いかな」
「夢子ちゃんがデレ期に入ってきたわね。今後が楽しみ」
みんな楽しそうに好き勝手言うけど、私は気になる。
昔から姉妹間で浮いているんじゃないかって思っているし……。もちろんそれは気のせいで、私が勝手にそう感じてるだけなのだ。だけ、一人だけ疎外されるとやっぱり気になってしまう。
しょうがないから上海と蓬莱でも置いておこう。
「シャンハーイ」
「ホウラーイ」
私に左右から抱き着くようにくっついてくる上海と蓬莱。ふっ、可愛いやつめ……動かしてるの私だけど。
「そうだ夢子ちゃん、おそば用意してくれてた?」
「はい、もちろんですよ。すぐにでもご用意できます」
「じゃあ、お腹空いた人!」
「はい!はいはい!」
「うん、旅行帰りだし」
「コタツの中はあっついね!あはは、なんで私潜ってたんだろ!?」
「……ユキと私もお腹すいたー」
「まぁ、じゃあ私も」
「それではご用意しますよ」
私達の声を聞くと立ち上がる夢子姉さん。
「あ、夢子姉さん。私も手伝うよ」
「あら、ありがとう。アリスは気が利くわね、他の妹達と違って」
一斉に夢子姉さんの視線から目を逸らす他の姉さん達。
「神綺様は今晩のテレビ、何が見たいですか?」
「あら、良いポエムが思い付きそう」
「マイ!組体操の練習しようか!」
「…オッケィ、じゃああれやろう、鳳凰」
「全くこの子達は……」
「まぁまぁ……私は手伝うからさ……」
「ところで夢子姉さん、ママのとな」「嫌よ、神綺様の隣は譲らないわ」
「まだ言い終えて無かったのに……」
蕎麦をお盆で運びつつ、さりげなく話題を切り出そうと思ったが、切り出す前に切り落とされた。流石は夢子姉さん、神綺様に対する愛が桁レベルで違う。
「アリス、貴方は自分が一人だからって気にしてるみたいだけど、そんなこと無いわよ?」
「それは分かっての。だけど、やっぱりさ……私って拾われっ子じゃない?だからどうしても気になっちゃって」
私は魔界人……ママの本当の娘じゃない。
元は幻想郷の捨て子。運良く拾われて、運良く魔界神に育てられただけの子供。
だからやっぱり姉さん達との差を感じてしまう。
「貴方は気にしすぎなのよ」
優しく頭が撫でられる。見ると夢子姉さんはお盆を片手で持ち、もう片方の手で私の頭を撫でている。相変わらず器用だ。
「私達は貴方を可愛い妹だとは思っているけど、特別扱いはしていない。悪いことをしたら怒るし、変に気を使ったりはしない。それじゃ不満?」
「……ありがと」
「いいのよ。妹達で悩みらしい悩みがあるのは貴方だけだからね。私でよければいつでも相談に乗るわ」
確かに姉さん達は悩みがあるってイメージが無いなぁ……。あとママも。
そんな環境にいる中で一人で悩んでても馬鹿みたいだ。
「来年はもう少しポジティブに生きてみようかしらね」
「ポジティブも程々にしときなさいね……神綺様ぐらいになると大変よ。主に私が」
「そうね……」
夢子姉さんと顔を見合わせて笑う。
「さぁ、みんながお待ちかねよ」
「うん。二度目だけどありがと、元気出たよ」
「それは何よりよ」
「これが魔界神の力!革命あがり!」
「それ!革命返しだぁ!あがりっ!」
「……なんの、革命返し返し。あがり」
「えっと、革命返し返し返し。……あがり」
「あらあら、なら革命返し返し返し返しで。私も終わり」
「甘いなっ!革命返し返し返し返し返し!勝った!第三部完!」
「えっ?えっ?」
蕎麦を食べ終えた後、トランプの流れになった。ママから時計周りに大富豪。自分もこの流れに参加しておいて何だが、これはひどい。
「はい夢子姉の負けー。罰ゲーム!」
「私も革命したかったのに……」
夢子姉さんも文句言うとこそこで良いの?
「はい夢子ちゃん。この箱の中から一枚引いて~」
ママがごそごそと炬燵の中から取り出した四角い箱。上には穴が開いていて、形はくじ引きのそれだが、箱の側面にはやたら禍々しい字で『罰』と書いてある。この辺でフィクションでよく見るような魔界らしさを演出しないで欲しい。
夢子姉さんはその禍々しい箱に渋々手を入れ、一枚の畳まれた紙を取り出す。
「えっと……『自室の机の上に美少女フィギュアを置く』?」
「はい!という訳で用意しておきました!『七色人形使い アリス・マーガトロイド 1/8スケール』!」
そういて罰箱より一回り大きい箱を炬燵から意気揚々と取り出す。
「ちょっ!な・ん・で、私のフィギュアがあるの!?」
「特注だけど?」
「さも当然のように言うの止めてくれる!?」
「まぁまぁ、ともかく夢子ちゃんはこれを飾ることね」
うぅ、軽く流された……。
しかしまぁ、またよく出来たフィギュアだ。上海と蓬莱まで付いてる。
「そうだアリスちゃん、パンツはスタンダードに白にしといたけど大丈夫だった?」
「…………うん、大丈夫」
なんかもう、怒る気すら起きないよ……。
「それじゃ、二回戦やりましょ?」
「……また大富豪?」
「次は神経衰弱にしよ!」
「し、神経衰弱は苦手なんだよね」
「サラは既に脳みそが衰弱してるものね」
「返す言葉も無いよ……」
「サラ姉さん、今の怒っていいとこだよ……」
「ほら負けたー!」
「最初からあんな諦めムードだったら勝てるものも勝てなくなるって」
「……軟弱者」
「ユキマイめ……一応姉さんだぞ?」
「一応ね」
「……一応」
「くっ……」
行き場の無い悔しさを発散するためかサラ姉さんは手足をばたばたさせる。
「はい、サラちゃん罰ゲーム」
「はーい…………えー、『鏡の向こう側の自分とお話する』!?」
「なんだー、楽そうじゃん」
「……ずるーい」
「そうでも無いわよ。サラはこういう乙女チックなの苦手だから」
ルイズ姉さんの言う通りらしく、サラ姉さんは紙を見ながら顔を赤くする。
「はいサラちゃん、鏡」
ママは炬燵から鏡を取り出してサラ姉さんに手渡す。
「あ、う……えと、ね。……私、サラあっ、貴方もサラよね……えっとそのぉ……今日は、大晦日よね。来年もその……自分らしく、じゃなくて……仕事をしっかり?ううん、えっと……あのね…………に゛ゃあ゛あ゛あ゛!!!もう無理!!!」
顔を覆い倒れるサラ姉さん。指の隙間から見える顔は真っ赤だ。
「よし!三回戦やろう三回戦!私については何も言わないで!」
「可愛かったよー!」
「……かーわいー」
「あー!あー!聞こえなーいー!」
「負けたっ!」
「ざまぁないぜ、ユキさんよぉ!」
「サラ、まるで悪役のようよ」
「……どんまい」
三回戦はトランプタワーをどれだけ高くできるかだった。正直もうみんなトランプ飽きてきてるらしい。
夢子姉さんはトランプタワー作りに熱中して現在進行形で作っている。
「はいはいユキちゃん」
「わかりましたよー……なになにー、『お尻にタイキック』」
「……ユキ、そこに立って」
「マイ姉さんがやる気満々!」
炬燵から飛び出すとキックの素振りを始める。風を切る音がする。かなり早い。
「や、優しくしてよ……?」
「そぉい!」
「目覚めるっ!」
バチィィンと痛々しい音がしてユキ姉さんが不穏なことを叫ぶ。
「……やり過ぎた」
「マイがインドア派だと思ってた頃が私にもありました……」
「ざまぁないぜユキさんよぉ!」
「サラ、無理しなくていいわよ」
「あっ!今揺らしたの神綺様ですか!?崩れたじゃないですか!」
夢子姉さん、トランプタワーまだ作ってたんだ……。
「えへへっ、創造とは違った美しさが破壊にもあるのよ?」
「もう!今回ばっかりは私も怒りましたよ!神綺様であろうと今「はい四回戦四回戦!」
「また私ですか……」
「この流れを断ち切るとは、さっすが夢子姉さん!」
「……私達に出来ないことを平然とやってのける」
「そこに痺れる憧れるゥ!」
夢子姉さんのため息混じりの言葉にユキマイサラ姉さんと続ける。そしてそれを笑顔で見つめるルイズ姉さん。
夢子姉さんはふて腐れた顔で神綺様の肩にもたれ掛かっている。その頭をよしよしと撫でる神綺様。
「はいどうぞ、夢子ちゃん」
「『脱ぐ』。……ってちょっとちょっとちょっと!?」
「脱げ脱げ!」
「姉さん、脱いじゃえば?」
夢子姉さん、たった二文字なのに強烈なの引いちゃったな……。
「これ、全部脱ぐんですか!?」
「ん~……全部だと寒いから、ノーパンでいいよ!」
「えっ?」
「ノーパンでいいよ!」
「……………………次行きましょう!五回戦!」
「……年末なのにこんなことばっかやって飽きてこね?」
「あ、マイが逃げるわよ」
七並べで負け、罰箱から紙を引いたマイ姉さんが炬燵から飛び出し、それを人事の様に指摘するルイズ姉さん。
「逃がさないよ!マイ、私と一緒に良いことしよ!?」
「……くっ、流石ユキ、行動が読まれてる……」
「さってと、マイ。何引いたのかな♪」
マイ姉さんの手からユキ姉さんは紙を引ったくる。
「なになに……『一曲熱唱』かぁ。はっはぁ~」
「マイ姉さん、そんな熱唱が嫌なの?」
「違う違う、マイは~」
「……ユキ、いいから」
見るとママや他の姉さん達も首を傾げている。
「……マイ、歌います」
「……以上。どうせ音痴ですよ!」
マイ姉さんが珍しく怒ったような口調で言う。
マイ姉さんの歌は自分で言った通り……凄く音痴だった。
「あはは、やっぱりマイの歌は最高!」
「逆に芸術的よ」
「敵と戦えそうじゃん!」
「独創的でママは好きよ?」
「下半身がすーすーする……」
本当に夢子姉さんについてはお気の毒としか言えない。
というか……
「もう年明けまで一時間切ってるじゃない!何この過ごし方!?大晦日にやる必要無いじゃない!」
「あら本当ね。みんなでいると時間があっという間」
ママは手を合わせて微笑む。
「良いじゃないアリス、なかなかみんな集まれないんだし」
ルイズ姉さんは頬杖をつきながらにこにこしている。
本当にこの二人はマイペースというか何というか……。
「うん、なら来年に向けての抱負でも言って貰おうかな~。じゃあサラちゃんから!」
「よしきた!」
サラ姉さんは立ち上がったが、「寒っ!」と言ってまた炬燵に戻った。
「えー、私は門番だしね!皆様方の安心と安全を約束します!」
「うん、信頼してるわね。次、ルイズちゃん!」
「私は、特に変わらず静かに暮らしたいけども……うん、もっと視野を広げたいかしらね」
「じゃあ次は私かな……」
「アリスちゃんはラストね。次ユキちゃんマイちゃん!」
「えっ?」
なんで私をわざわざ最後に回したの?
「私はねー、マイともっと仲良くしたいかな。今以上に」
「……私もユキと仲良く。あと歌が上手になりたい」
「多分治らないと思うなー」
「……ユキ、後で話がある」
なんだかんだ言ってもやっぱりこの二人は仲良しだ。
「仲良しで羨ましいわね~。じゃあ夢子ちゃん、頑張って」
「すーすーしますが、はい……。このパンデモニウムのメイドとして、神綺様はもちろん妹達にも快適に過ごしてもらうのを第一に仕事を続けていこうと思います」
「うん、いい子いい子。来年もお家のことはよろしくね」
ママに頭を撫でてもらい至福の表示で頷く夢子姉さん。
「よし、じゃあ私ね。ママは今年もみんなをたっぷり愛します!あとお仕事も……ちゃ、ちゃんと……や、やるよ?」
「ママ、目が泳いでるわよ」
「やるよ?って、疑問を投げかけないで下さいよ……」
「いいのいいの!次、アリスちゃん!良い感じに締めて!」
そう言い残してママは炬燵に潜ってしまった。
「えっ?あー、私の抱負は……」
「みんな、年明け目前だから街の方でなんか騒いでるよ!」
「本当!?行ってみようよ!」
「……ごー」
瞬く間に姉さん達は炬燵から飛び出す。
「お祭り事には魔界神の出番ね!」
「神綺様!いい加減パンツ返してくださいよ!」
「あらあら、やっぱり魔界の忙しなさは他の世界とは違うわね」
「振っておいて誰も聞かないのね……」
私はため息をつきながら炬燵の電源を切る。
「……来年も、こんな風に騒げたら良いかな」
「アリスちゃ~ん!行きましょ~!」
そんなママの声も既に遠くから聞える。
「うん、今行く!」
そして騒がしい家族を追いかける。
来年もきっと私の家族は変わらない。
だから、いい年になるだろう。
凄く疲れるだろうけど
「いや、確かに今日は大晦日ですけど、何で朝からそんなハイテンションなんですか……?」
魔界、パンデモニウム。
いつものように魔界神である神綺を起こすため、夢子は神綺の自室へと足を踏み入れる。するとパジャマ姿の神綺が勢いよく飛び込んでくる。
夢子はそれに戸惑うことも無く、馴れた風に優しく身体で受け止めた。
寝起きの為、トレードマークのサイドテールが無い頭は夢子の頭より低い位置にある。そのちょうど良い高さにより、夢子の鼻には幼少期から馴れ親しんだ母親の香りが届く。
「だってアリスちゃんもルイズちゃんも帰ってくるし、一家揃い踏みじゃない!」
「……アリスもルイズも結構定期的に帰ってきてるような気がするんですが」
そんな言葉もお構いなし、神綺は夢子の胸から離れると、部屋中をくるくると跳び回る。
「今年も笑ってはいけないパンデモニウム24時やりましょーね!」
「嫌です」
「えー……」
「去年はやったんですし、いつの間にかそれを生放送までしてやりたい放題だったんですから、今年は大人しくして下さい」
神綺は唇を尖らせ、「視聴率は取れたんだからいーじゃん」と文句を言う。そこはあまり問題では無い気がするが。
「なら白蓮ちゃんのお寺行ってみましょーよ!ほら、去年は行けなかったし」
「いつも言っていますが、魔界の神である神綺様が魔界を留守にするなどあってはならない行為です」
「そこを何とか……。ほら、私はいっつも仕事でなかなか外に出られないし。……行って良いなら今夜は一緒に寝てあげるから!」
「…………」
しばし沈黙。
その間、夢子は頭を抱えて考え込んでいる。
「…………分かりました、今年も終わりますし特別に年明け、初詣なら許可します。魔界神として、新年の挨拶とかもありますから。……一緒に寝れるのに釣られた訳じゃ無いんですからね!」
「わーい、夢子ちゃんありがとう。愛してるわよ」
「ただ一つだけ言っておくことがあります。神綺様は仕事でなかなか外に出られないと言っていましたが、仕事を抜け出した回数は今年だけで192日ですからね?しかもそのうち確認出来ているだけで36日は魔界を出てアリスの家に向かってます。それを忘れないように」
「我が娘ながら几帳面ねぇ」
「神綺様がルーズ過ぎるんですよ」
そう夢子が念を押すが、神綺はまるで人事のようにしている。
夢子はそれに対しため息をつきながら神綺を捕まえ、椅子に座らせた。
「でもその割にはいっつも案外簡単に抜け出せるわよね」
「お望みなら拘束して私が付きっきりで監視するのでも構わないんですよ。それをしないのは、神綺様を信頼してるからなんですが……」
「……ごめんなさい。これからは脱走も控えます」
あくまでも控えるだけで止める気は無いらしい。
それに気付きながらも夢子は深く追求せず、馴れた手つきで神綺の頭にサイドテールをセットする。
「はい、出来ました」
「うん、ありがとう夢子ちゃん」
「それでは、今日の業務内容のお話になります」
「……いつもより多い?」
「例年通り、たくさんありますよ」
その言葉に勢いよく立ち上がった神綺の肩を掴み、再び椅子に座らせる夢子。その行動は既に予測済みだったようで動きに迷いが無かった。
「ちゃんとやらないと、夜にゆっくりなんて出来ませんよ?」
「うぅ~……わ、分かったわよ。一家団欒の為に私、頑張るわ!」
「その調子です。まずは着替えて朝食にしましょう」
「うん!頑張るよ!」
「もう無理……」
「薄々分かってはいましたが……早いですから。まだ一時間経ってないですよ」
「我が最愛の娘達……ママは頑張ったけど駄目だったわ……。後は姉妹、仲良くね……」
机に突っ伏し、経のように呟く神綺。
「ほら、お仕事終われば娘達と気兼ね無く遊べますよ」
「う~……」
「アリスが帰ってきますよ」
「ん~……」
「お仕事は年内に終わらせましょうよ」
「分かってはいるんだけど~……」
「なら、ちゃんと終わればその……わ、私がその、あの、えっと……そ、添い寝……しちゃいます」
「さぁ夢子ちゃん、あと30分で終わらせるわよ」
すでに先程とは比べものにならぬスピードで書類に目を通し、サインをし、時折何か細かい字で書き込む。
その姿は完全に仕事の出来る女性だ。顔も心なしかいつもより引き締まって見える。
「…………そんなにやる気になってもらうと、嬉しいやら恥ずかしいやら……」
「ふっ……この程度私の前には容易いわね」
「本当に30分で終わりましたね……」
「当然よ。魔界神である私がこのような紙の束にそれ以上の時間をかけるとでも?」
落ち着いた仕種で書類を夢子に渡す。その優雅な姿。普段では有り得ないくらい真面目に仕事をやったせいでカリスマスイッチが入ってしまったらしい。
「し、神綺様がかっこいい……」
「夢子ちゃん、どうかした?顔が赤いわ」
「い、いえ……大丈夫です」
「そう?なら良いのだけど。……ところで夢子ちゃん」
「は、はいっ!?」
仕種の一つ一つが全て優雅。呼吸すら優雅。まぁそれは夢子の過大評価だとしても、今の神綺にはラスボスに相応しい風格がある。恐らくもうラスボスをすることは無いだろうが。
そんな神綺は、緊張している夢子を見てくすっと小さく笑い、頭を撫でた。
「約束は、忘れないでよ?」
「あ……は、はいっ!」
「さぁ、仕事も終えたことだし、娘達が集まるのを待つとしましょうか」
「そ、そうですね。私も自分の仕事を終わらせてきます」
「ア・リ・ス・ちゃ~ん!おかえりおかえり!ママすっごく会いたかったわよ~!最近はどう?ちゃんとご飯食べてる?魔法の練習してる?お友達できた?寝るときにお布団かけてる?私のこと思い出してる?私は寝るときいっつもアリスちゃんの顔を思い浮かべてるわよ。あ、夢子ちゃんだって忘れてないからね?それにサラちゃんルイズちゃんユキちゃんマイちゃんだってそう。それだけじゃない、私は魔界神だもの。この世界の住民みんなを愛してるわ。それでね話は戻るけどアリスちゃん、一人で暮らしてて寂しくなったりしない?するわよね、末っ子は甘えん坊になっちゃうって言うし、だからねアリスちゃん。寂しくなったらいつでもうちに帰ってきて、アリスちゃんの部屋は今も綺麗にして残してるし、眠れない時はママが子守歌だって歌っちゃうからそうそう最近夢子ちゃんに歌ってあげようと思って新しい子守歌練習中なの。聴きたい?ん~……まだ秘密にしちゃうだってアリスちゃんには完璧な形で聴いてほし」
「毎度の事ながら長いよ!息継ぎしないで喋んないでよ!」
「カリスマも長くは続かったですね……」
パンデモニウム玄関ホールにて。
腰に抱き着く神綺を振り払おうとするアリスとその隣でため息をつく夢子。
神綺のカリスマはアリスが帰宅した途端にブレイクした。夢子としてはカリスマ神綺は知らない人のようで落ち着かなかったので、戻ってくれて一安心と言うところではあるが、カリスマ神綺の方も素敵だったので複雑な心境である。
「毎回毎回、帰ってきてはいっつも神綺様に抱き着かれて大変ねぇ」
「夢子姉さんこそ何も無いのに急に抱き着かれたりするんでしょ?」
「……お互い苦労するわね」
「……夢子姉さん程じゃないわ」
二人でため息。
「おやおやお二人さん。ため息なんかついちゃって」
「せっかく捕まえた幸せが逃げるわよ」
「サラ、帰ってたのね。それにルイズも。おかえりなさい」
手を頭の後ろで組んで、けらけら笑うのは姉妹三女のサラ。その隣で大きなキャリーバッグを引いてにこにこ笑うのは次女のルイズ。
「今日は仕事が早めに上がりだったから魔界の入り口でルイズ姉を待ってたんだよ」
「健気に姉の帰りを待ってくれている妹だなんて、ロマンティックよね。雪なんて降ってたらシチュエーション的に最高だったわ」
「それだったら寒いから帰ってたよ」
「あらら、私はその程度なのね」
軽口をたたき合う二人はどこか楽しげであり、この姉妹の中で一番姉妹らしい。
「サラちゃん!ルイズちゃん!おかえりー!」
「ただいまです!」
「神綺様、只今帰りました。これ、お土産です」
「いつもありがと~。後でみんなで食べましょうね。夢子ちゃん、冷蔵庫にしまっておいて~」
ルイズからのお土産を夢子は神綺から受けとる。箱には整った字で『YO!KAN!』と書かれている。買ってからルイズが書いたのだろうが、何故わざわざ私をイラッとさせるのだろうかと夢子はルイズを見るが、当のルイズはにこにこと掴み所の無い笑顔で見つめ返して来るだけだ。
「そういえば、ユキとマイは?」
「ユキマイならさっき廊下で遊んでたからそろそろ来ると……」
夢子が言いかけた所で小さな二つの人影が視界に飛び込んでくる。
「……見ていられないわユキ、歳をとったわね」
「お前は……マイ!」
軽やかなステップでサラとルイズの影に隠れる二つの人影、ユキとマイは何やらごっこ遊びの最中のようだ。
「ほらほら暴れないの」
「もー、盛り上がってる所なのにー」
「……空気読むべき」
「貴方達朝から遊んでたでしょうに」
「朝からずっと続いてるんだよ。今ようやくラスボスだったのにー……」
腰に手を当て頬を膨らませるユキとその後ろにぴったりくっついているマイ。
「あらユキマイ姉さん。ただいま」
「お!アリス、久しぶりだね」
「……おっきくなっちゃって」
ユキマイアリスの三人はハイタッチを交わして再開を喜ぶ。ハイタッチと言ってもアリスの手の平に向かってユキとマイが手を伸ばしてジャンプしているのだが。
「よぅし!我が子も全員揃ったわよ、夢子ちゃん!」
「え?私に振られても……」
「うん!私も特に何も考えてなかった!」
「このノリも久しぶりねぇ……」
神綺と夢子のやり取りを見て、懐かしそうにするアリス。
「そうだ!今日の為になんと、リビングを模様替えしてみました(主に夢子ちゃんが)!」
「おぉ!どんな感じに!?」
ここですかさず乗ってくるのはサラ。乗りの良さは姉妹一だ。
「それは見てからのお楽しみ。それではさっそくご案内します(夢子ちゃんが)!」
「この子達に案内する必要も無い気がしますけど……」
夢子の先導で進む一家、七名。七名もいれば、七名もいれば……うん、特に七名で出来ることは無い。野球をしよう、ってな展開にもなれない。
「はい、到着よ」
「夢子姉さん、来るまでにメイドがいなかったけど……?」
「今日は大晦日だしね、業務を早めに終わらせといたわ」
「その辺は何と言うか、相変わらずね」
「誰だって何かある日は大切な人といたいものよ。アリスも、そして私もね」
夢子がちらっと神綺の方を見たのをアリスは見逃さなかった。
夢子姉さんも私と同じ気持ちなのかな、と思いながら、アリスもまた神綺を見るのだった。
「今日は大晦日ということで、じゃじ~ん!コタツを用意してみました!」
神綺が勢いよく開け放ったその部屋の中心には炬燵が置いてあった。
西洋風の部屋の雰囲気の中にある炬燵は完全に景観から浮いている。
だが魔界神の娘達はお気に召したようだ。
「わぉ!神綺様わかってる!」
「炬燵で年明け……風情があって良いわね」
「マイ!隣通しで座ろ!」
「……もちろん」
「夢子ちゃんは私の隣ね!」
「え?な、何でです?」
「四角なんだからそうやんないとみんな入れないのよ」
「わ、分かりましたからそんなに引っ張らないで下さいよ……」
炬燵で一家団欒。
良い事だと思う。
久しぶりに里帰りしてきた私にとっては家族と触れ合えるのは凄く嬉しい。
でも……
「何で私だけ一人なのよ……」
私は今現在、炬燵に入っている。私が入っている場所から見て、正面にはママと夢子姉さん。夢子姉さんがママの肩にもたれ掛かっている。見ていて微笑ましい。
左にはサラ姉さんとルイズ姉さん。新聞のテレビ欄を見て話し合っている。チャンネル権は二人だけのものじゃないのに。
右にはユキマイ姉さん。ユキ姉さんが炬燵に頭から潜っていて、マイ姉さんがユキ姉さんの足を意味も無く掴んでいる。やはりこの二人はたまにどうしようもなく言動が謎だ。
そして、私。私は隣に誰もいない。私だけ。アリスオンリー状態だ。
「良いじゃない、広々使えるし」
「そうそう、私はルイズ姉さんとキツキツだよー」
「私は……この方が良いかな」
「夢子ちゃんがデレ期に入ってきたわね。今後が楽しみ」
みんな楽しそうに好き勝手言うけど、私は気になる。
昔から姉妹間で浮いているんじゃないかって思っているし……。もちろんそれは気のせいで、私が勝手にそう感じてるだけなのだ。だけ、一人だけ疎外されるとやっぱり気になってしまう。
しょうがないから上海と蓬莱でも置いておこう。
「シャンハーイ」
「ホウラーイ」
私に左右から抱き着くようにくっついてくる上海と蓬莱。ふっ、可愛いやつめ……動かしてるの私だけど。
「そうだ夢子ちゃん、おそば用意してくれてた?」
「はい、もちろんですよ。すぐにでもご用意できます」
「じゃあ、お腹空いた人!」
「はい!はいはい!」
「うん、旅行帰りだし」
「コタツの中はあっついね!あはは、なんで私潜ってたんだろ!?」
「……ユキと私もお腹すいたー」
「まぁ、じゃあ私も」
「それではご用意しますよ」
私達の声を聞くと立ち上がる夢子姉さん。
「あ、夢子姉さん。私も手伝うよ」
「あら、ありがとう。アリスは気が利くわね、他の妹達と違って」
一斉に夢子姉さんの視線から目を逸らす他の姉さん達。
「神綺様は今晩のテレビ、何が見たいですか?」
「あら、良いポエムが思い付きそう」
「マイ!組体操の練習しようか!」
「…オッケィ、じゃああれやろう、鳳凰」
「全くこの子達は……」
「まぁまぁ……私は手伝うからさ……」
「ところで夢子姉さん、ママのとな」「嫌よ、神綺様の隣は譲らないわ」
「まだ言い終えて無かったのに……」
蕎麦をお盆で運びつつ、さりげなく話題を切り出そうと思ったが、切り出す前に切り落とされた。流石は夢子姉さん、神綺様に対する愛が桁レベルで違う。
「アリス、貴方は自分が一人だからって気にしてるみたいだけど、そんなこと無いわよ?」
「それは分かっての。だけど、やっぱりさ……私って拾われっ子じゃない?だからどうしても気になっちゃって」
私は魔界人……ママの本当の娘じゃない。
元は幻想郷の捨て子。運良く拾われて、運良く魔界神に育てられただけの子供。
だからやっぱり姉さん達との差を感じてしまう。
「貴方は気にしすぎなのよ」
優しく頭が撫でられる。見ると夢子姉さんはお盆を片手で持ち、もう片方の手で私の頭を撫でている。相変わらず器用だ。
「私達は貴方を可愛い妹だとは思っているけど、特別扱いはしていない。悪いことをしたら怒るし、変に気を使ったりはしない。それじゃ不満?」
「……ありがと」
「いいのよ。妹達で悩みらしい悩みがあるのは貴方だけだからね。私でよければいつでも相談に乗るわ」
確かに姉さん達は悩みがあるってイメージが無いなぁ……。あとママも。
そんな環境にいる中で一人で悩んでても馬鹿みたいだ。
「来年はもう少しポジティブに生きてみようかしらね」
「ポジティブも程々にしときなさいね……神綺様ぐらいになると大変よ。主に私が」
「そうね……」
夢子姉さんと顔を見合わせて笑う。
「さぁ、みんながお待ちかねよ」
「うん。二度目だけどありがと、元気出たよ」
「それは何よりよ」
「これが魔界神の力!革命あがり!」
「それ!革命返しだぁ!あがりっ!」
「……なんの、革命返し返し。あがり」
「えっと、革命返し返し返し。……あがり」
「あらあら、なら革命返し返し返し返しで。私も終わり」
「甘いなっ!革命返し返し返し返し返し!勝った!第三部完!」
「えっ?えっ?」
蕎麦を食べ終えた後、トランプの流れになった。ママから時計周りに大富豪。自分もこの流れに参加しておいて何だが、これはひどい。
「はい夢子姉の負けー。罰ゲーム!」
「私も革命したかったのに……」
夢子姉さんも文句言うとこそこで良いの?
「はい夢子ちゃん。この箱の中から一枚引いて~」
ママがごそごそと炬燵の中から取り出した四角い箱。上には穴が開いていて、形はくじ引きのそれだが、箱の側面にはやたら禍々しい字で『罰』と書いてある。この辺でフィクションでよく見るような魔界らしさを演出しないで欲しい。
夢子姉さんはその禍々しい箱に渋々手を入れ、一枚の畳まれた紙を取り出す。
「えっと……『自室の机の上に美少女フィギュアを置く』?」
「はい!という訳で用意しておきました!『七色人形使い アリス・マーガトロイド 1/8スケール』!」
そういて罰箱より一回り大きい箱を炬燵から意気揚々と取り出す。
「ちょっ!な・ん・で、私のフィギュアがあるの!?」
「特注だけど?」
「さも当然のように言うの止めてくれる!?」
「まぁまぁ、ともかく夢子ちゃんはこれを飾ることね」
うぅ、軽く流された……。
しかしまぁ、またよく出来たフィギュアだ。上海と蓬莱まで付いてる。
「そうだアリスちゃん、パンツはスタンダードに白にしといたけど大丈夫だった?」
「…………うん、大丈夫」
なんかもう、怒る気すら起きないよ……。
「それじゃ、二回戦やりましょ?」
「……また大富豪?」
「次は神経衰弱にしよ!」
「し、神経衰弱は苦手なんだよね」
「サラは既に脳みそが衰弱してるものね」
「返す言葉も無いよ……」
「サラ姉さん、今の怒っていいとこだよ……」
「ほら負けたー!」
「最初からあんな諦めムードだったら勝てるものも勝てなくなるって」
「……軟弱者」
「ユキマイめ……一応姉さんだぞ?」
「一応ね」
「……一応」
「くっ……」
行き場の無い悔しさを発散するためかサラ姉さんは手足をばたばたさせる。
「はい、サラちゃん罰ゲーム」
「はーい…………えー、『鏡の向こう側の自分とお話する』!?」
「なんだー、楽そうじゃん」
「……ずるーい」
「そうでも無いわよ。サラはこういう乙女チックなの苦手だから」
ルイズ姉さんの言う通りらしく、サラ姉さんは紙を見ながら顔を赤くする。
「はいサラちゃん、鏡」
ママは炬燵から鏡を取り出してサラ姉さんに手渡す。
「あ、う……えと、ね。……私、サラあっ、貴方もサラよね……えっとそのぉ……今日は、大晦日よね。来年もその……自分らしく、じゃなくて……仕事をしっかり?ううん、えっと……あのね…………に゛ゃあ゛あ゛あ゛!!!もう無理!!!」
顔を覆い倒れるサラ姉さん。指の隙間から見える顔は真っ赤だ。
「よし!三回戦やろう三回戦!私については何も言わないで!」
「可愛かったよー!」
「……かーわいー」
「あー!あー!聞こえなーいー!」
「負けたっ!」
「ざまぁないぜ、ユキさんよぉ!」
「サラ、まるで悪役のようよ」
「……どんまい」
三回戦はトランプタワーをどれだけ高くできるかだった。正直もうみんなトランプ飽きてきてるらしい。
夢子姉さんはトランプタワー作りに熱中して現在進行形で作っている。
「はいはいユキちゃん」
「わかりましたよー……なになにー、『お尻にタイキック』」
「……ユキ、そこに立って」
「マイ姉さんがやる気満々!」
炬燵から飛び出すとキックの素振りを始める。風を切る音がする。かなり早い。
「や、優しくしてよ……?」
「そぉい!」
「目覚めるっ!」
バチィィンと痛々しい音がしてユキ姉さんが不穏なことを叫ぶ。
「……やり過ぎた」
「マイがインドア派だと思ってた頃が私にもありました……」
「ざまぁないぜユキさんよぉ!」
「サラ、無理しなくていいわよ」
「あっ!今揺らしたの神綺様ですか!?崩れたじゃないですか!」
夢子姉さん、トランプタワーまだ作ってたんだ……。
「えへへっ、創造とは違った美しさが破壊にもあるのよ?」
「もう!今回ばっかりは私も怒りましたよ!神綺様であろうと今「はい四回戦四回戦!」
「また私ですか……」
「この流れを断ち切るとは、さっすが夢子姉さん!」
「……私達に出来ないことを平然とやってのける」
「そこに痺れる憧れるゥ!」
夢子姉さんのため息混じりの言葉にユキマイサラ姉さんと続ける。そしてそれを笑顔で見つめるルイズ姉さん。
夢子姉さんはふて腐れた顔で神綺様の肩にもたれ掛かっている。その頭をよしよしと撫でる神綺様。
「はいどうぞ、夢子ちゃん」
「『脱ぐ』。……ってちょっとちょっとちょっと!?」
「脱げ脱げ!」
「姉さん、脱いじゃえば?」
夢子姉さん、たった二文字なのに強烈なの引いちゃったな……。
「これ、全部脱ぐんですか!?」
「ん~……全部だと寒いから、ノーパンでいいよ!」
「えっ?」
「ノーパンでいいよ!」
「……………………次行きましょう!五回戦!」
「……年末なのにこんなことばっかやって飽きてこね?」
「あ、マイが逃げるわよ」
七並べで負け、罰箱から紙を引いたマイ姉さんが炬燵から飛び出し、それを人事の様に指摘するルイズ姉さん。
「逃がさないよ!マイ、私と一緒に良いことしよ!?」
「……くっ、流石ユキ、行動が読まれてる……」
「さってと、マイ。何引いたのかな♪」
マイ姉さんの手からユキ姉さんは紙を引ったくる。
「なになに……『一曲熱唱』かぁ。はっはぁ~」
「マイ姉さん、そんな熱唱が嫌なの?」
「違う違う、マイは~」
「……ユキ、いいから」
見るとママや他の姉さん達も首を傾げている。
「……マイ、歌います」
「……以上。どうせ音痴ですよ!」
マイ姉さんが珍しく怒ったような口調で言う。
マイ姉さんの歌は自分で言った通り……凄く音痴だった。
「あはは、やっぱりマイの歌は最高!」
「逆に芸術的よ」
「敵と戦えそうじゃん!」
「独創的でママは好きよ?」
「下半身がすーすーする……」
本当に夢子姉さんについてはお気の毒としか言えない。
というか……
「もう年明けまで一時間切ってるじゃない!何この過ごし方!?大晦日にやる必要無いじゃない!」
「あら本当ね。みんなでいると時間があっという間」
ママは手を合わせて微笑む。
「良いじゃないアリス、なかなかみんな集まれないんだし」
ルイズ姉さんは頬杖をつきながらにこにこしている。
本当にこの二人はマイペースというか何というか……。
「うん、なら来年に向けての抱負でも言って貰おうかな~。じゃあサラちゃんから!」
「よしきた!」
サラ姉さんは立ち上がったが、「寒っ!」と言ってまた炬燵に戻った。
「えー、私は門番だしね!皆様方の安心と安全を約束します!」
「うん、信頼してるわね。次、ルイズちゃん!」
「私は、特に変わらず静かに暮らしたいけども……うん、もっと視野を広げたいかしらね」
「じゃあ次は私かな……」
「アリスちゃんはラストね。次ユキちゃんマイちゃん!」
「えっ?」
なんで私をわざわざ最後に回したの?
「私はねー、マイともっと仲良くしたいかな。今以上に」
「……私もユキと仲良く。あと歌が上手になりたい」
「多分治らないと思うなー」
「……ユキ、後で話がある」
なんだかんだ言ってもやっぱりこの二人は仲良しだ。
「仲良しで羨ましいわね~。じゃあ夢子ちゃん、頑張って」
「すーすーしますが、はい……。このパンデモニウムのメイドとして、神綺様はもちろん妹達にも快適に過ごしてもらうのを第一に仕事を続けていこうと思います」
「うん、いい子いい子。来年もお家のことはよろしくね」
ママに頭を撫でてもらい至福の表示で頷く夢子姉さん。
「よし、じゃあ私ね。ママは今年もみんなをたっぷり愛します!あとお仕事も……ちゃ、ちゃんと……や、やるよ?」
「ママ、目が泳いでるわよ」
「やるよ?って、疑問を投げかけないで下さいよ……」
「いいのいいの!次、アリスちゃん!良い感じに締めて!」
そう言い残してママは炬燵に潜ってしまった。
「えっ?あー、私の抱負は……」
「みんな、年明け目前だから街の方でなんか騒いでるよ!」
「本当!?行ってみようよ!」
「……ごー」
瞬く間に姉さん達は炬燵から飛び出す。
「お祭り事には魔界神の出番ね!」
「神綺様!いい加減パンツ返してくださいよ!」
「あらあら、やっぱり魔界の忙しなさは他の世界とは違うわね」
「振っておいて誰も聞かないのね……」
私はため息をつきながら炬燵の電源を切る。
「……来年も、こんな風に騒げたら良いかな」
「アリスちゃ~ん!行きましょ~!」
そんなママの声も既に遠くから聞える。
「うん、今行く!」
そして騒がしい家族を追いかける。
来年もきっと私の家族は変わらない。
だから、いい年になるだろう。
凄く疲れるだろうけど
この輪の中に凄く入りたい!
夢子ちゃんLoveな神綺様も最高です!
やっぱり家族ですよね!
恋人も、家族です
正月じゃないと一族全員で遊べないですよね