お仕置きということで、永遠亭からほうり出されてしまった。てゐの告げ口で、携帯の師匠からの着信音を『超魔界村』のBGMにしていたのがばれてしまったのだ。
年越しを意図せず屋外ですごすなんて、縁起が悪いことこのうえない。吹雪いてはいないが雪がわんさか降っていて、とにかく寒い。このままでは凍死してしまう。私はがたがた震えながら、いちばん近い心当たりに向かった。
妹紅さんが両手で自分の体を抱きかかえて、ぶるぶる震えていた。横には、消し炭になった超藤原亭がある。
「どうしたんですか」
「何、暖をとろうとして」
「わかりました」
わかった。妹紅さんにかぎって、よくあることだった。慧音さんの家に行きましょうか、と提案すると、今夜は満月で、性欲ゴッドスピードになってるからだめだ、とのことだった。
しかたない。今夜を乗り切れば、きっと師匠のご機嫌も治るだろう。それまでに死なないことが肝要だ。
私たちは雪の降りしきる中、迷いの竹林を抜けて、人里に向かった。それほど親しくはないが、最寄りの知り合いの家がある。ぎゅっぎゅっと音を立てて、雪の上にふたつの足跡が残ったが、みちみち振り返ると、積もる雪ですぐに消されていくようだった。
◆
四方を塀で囲まれた、大きなお屋敷のまわりをぐるりとまわると、内側の一角から黒い煙が上がっていた。台所で何か焼いているのかと思った。
大晦日だから、ごちそうをつくっているんだろうか。ぜひともご相伴にあずかりたかった。
私たちの身長の二倍くらいの高さのある、立派な門の前に立つ。私は妹紅さんとうなずきあって、扉を叩いた。
「あっきゅーうちゃーん!」
「あーそびーましょー!」
しばらくやっていると、内側からごそごそ音が聞こえて、扉が内向きに引っ張られて開いた。見知った顔の女中さんが、こんなときにに来るなんてほんとに迷惑ですけど、かわいそうなので入れてあげます、と言って家にあげてくれた。失礼にもほどがある言い草だったが、大晦日だし、何かといそがしいんだろう。阿求の部屋に案内される。阿求はこたつにうつ伏せて、よだれを垂らして寝こけていた。
私たちもこたつに入った。両側から、阿求の脚に私たちの冷たい脚を同時にぺたっとくっつけてやった。いたずらのつもりだったが、阿求も入ったばかりなのか、私たちと同じくらい肌が冷たかった。それでも、ひゃわあああ、と色っぽいマスオさんみたいな声を出して阿求は起きた。
ありゃ、何しに来たんですか。
世界の混沌と上司の理不尽について語りにきたのよ。
紅魔館の話ですか。妹紅さんは何用で?
みかんない? あとチョコレートと、おもち食べたい。
おもちは明日までがまんしてくださいね。ていうか、泊まる気なんですかね。
などなど話しながら、テレビで歌番組を見た。ふだんは阿求はテレビを見ないそうだが、最近歌を研究しているので、特別だという。けっこう真剣に画面を見ている。ふだん見ないわりに、でかいテレビがあるので何故かと訊いたら、ゲーム用だそうだ。なるほどレグザだった。
LED高画質ハイビジョン液晶に映る、AKB48の某国のマスゲームのような様子をぼーっと見ていると、ふと、疑問が湧いてきた。
「ねえねえ」
「ええ。篠田麻里子さんは、あの背の高いショートカットですよ」
「そうね。じゃなくて。ちょっと不思議に思ったんだけどさ」
「何でしょう。私の若さの秘訣ですか?」
「年取る前に死ぬからでしょう。そんなんじゃなくってさ」
「鈴仙」
「はい?」
「いや、えーと……みかんのすじはちゃんと取らないと、体によくないぞ」
「妹紅さんに言われても。そうじゃなくて、何で、幻想郷なのにテレビがあるの?」
ふたりとも黙ってしまった。私としても、何をいまさら、という気はするが、こういうところをきっちりしていかないと、ギャグ作品だと思われてしまう。
阿求はしばし、考え込んだみたいだった。そのあと、ぼそっと「稗田パワーです」と言った。
稗田パワーか。
成る程、納得だ。
夕食の時間になった。阿求は頭をかいた。なんだか照れくさそうな様子だった。
ほんとうは家のものとみんなで食べるつもりでしたが、そうもいかなくなりました。急な話でして。
すいませんね。
しかし、これもご縁ということで、ごちそうしてあげます。
三人で入っているこたつの上に、食べ物がならんだ。お刺身に、豆腐とかきの入ったお吸い物、肉団子と、くるみ入りのごまめ、里芋の煮っ転がしなんかだった。私と妹紅さんでぱくぱく食べた。阿求はお腹が減っていないのか、まったく箸をつけなかったが、私たちが食べているのを見ると、うれしそうに顔をほころばせた。
焼いたものが一品もなかったので、来るときに塀の外から見た煙は、明日の料理の下拵えなのかと思った。
「いや、あれはちがうよ」
妹紅さんが言った。
「あれは料理じゃない。私にはわかるよ。あれは女を焼く煙だよ」
女。
何の隠語だろう。私は軍隊用語や、薬品関係の専門語なら少しわかるが、それ以外はからっきしだ。教えてもらおうと、口を開きかけたところで、
「妹紅さん、わかるんですか」
「ああ慣れてるからね。自分でね。いちばん近くで嗅ぐから、自然ににおいも覚える。でも、ちょっとちがうみたいだ」
「妹紅さんのにおいとは、ちょっとちがうと思いますよ」
阿求はくすくす笑った。新鮮味がちがうんじゃないですか、何をこやつ、とか何とか言ってじゃれている。意味がわからなくて、私は取り残されたような気持ちになった。面白くなくて、こたつに入ったまま背中を伸ばして寝転がった。食べたばっかりなので、お腹のなかの食べ物がごろごろして、おとなしくしていないと痛くなりそうだ。
お風呂の用意ができるまで、そのまま眠ってしまおうかと思ったが、何故だか寝ようとすると妹紅さんが邪魔をして、私を無理矢理に起こしつづけた。
◆
お風呂には、私と妹紅さんの二人で入った。ひとばんくらい入らなくても死にはしない、と妹紅さんはしぶったが、私と阿求で説得した。せっかくきれいにできているんだから、じゅうぶんなお手入れをするべきだ。
白い、何の色もついていない髪の毛を洗っていると、師匠を思い出す。師匠はもう少し、銀色が強い。
永遠亭ではみんなお風呂が好きで、とくに姫様と師匠のお二人は、とても長風呂だ。軽くセクハラされるので、いっしょに入るのはちょっと嫌なのだが。
交代して、私の髪を妹紅さんに洗ってもらおうとしたが、断られた。早くあがりたいみたいだった。
「もう、だめですよ。女性は皆、お風呂で自分を磨き上げることを学ぶんです。すべての雌型生命体の義務です」
「馬鹿」
「なにが馬鹿なんですか。花の命は短いんですよ。そうでなくても妹紅さんは屋外生活なんですから、しみそばかすなどが心配なんです。今はよくっても、年取ってから後悔するんですよ」
「お前、私が蓬莱人なの忘れてるだろ。……いいから、さっさと出よう。風呂なんていつでも入れる」
「いつでも入れる、いつでも入れる、って言って、いつもはあんまり入らないんでしょう」
私はため息をついた。本格的に風呂嫌いみたいだ。平安時代から生きてるそうだから、毎日風呂にはいる習慣がないのかもしれない。知らないけど。
しかたなく、私は自分で髪を洗った。トリートメントをつけたまま(阿求のだろう、良いものが用意してあった)、ゴムで髪を縛り、入念に体を洗った。妹紅さんはだんだんいらいらしてきたようだった。
すべてを終えて、風呂を出て洗面所で服を着る。適当な寝間着を用意してもらっていた。鏡を見ながら、化粧水をつけていると、待ちきれなくなったのか、妹紅さんが先に出ていった。
気が短いんだなあ、と思った。怒らせてしまっただろうか。
阿求の部屋に戻ると、真剣な顔をして妹紅さんが阿求を見つめていた。その視線の先で、阿求がゆっくり首を振った。
小野塚小町がこたつにあたっていた。
「あ、巨乳」
「第一声でセクハラとは、いたみいるね。風呂で頭もふやけたのかい」
「あなたも追い出されたんですか?」
「あなたも、ってなんだい。仕事だよ。あたいは勤勉だからね……こら、阿求まで失礼な顔するんじゃない。お前さんのために働いてるんだ」
「あはは、すいません」
「よろし。じゃ、そろそろ行こうか」
「はい」
それで終わりだった。阿求はこちらを向いて、それじゃあ、と言った。大人のようにも子どものようにも見える、不思議な表情だった。それから小町さんと連れ立って、庭に出ていった。どこに行くのか、訊こうとして、後を追いかけると、雪が降って白と黒が混ぜあわさった夜の中に、二人の姿が溶けていった。いなくなったあたりを注意してながめると、足跡も消えていたので、距離を操る能力を使ったのかと思った。まあ、死神の能力だね、と妹紅さんが言った。
その日の昼に、阿求が死んでしまっていたのだ、ということを知ったのは、年が明けてからだった。
お正月を祝う気分になれないまま、私は永遠亭に戻り、お師匠様に謝って、あったことを報告した。携帯の着信音の件は不問になった。泣きはらした私の目を見て、同情したのだろう。てゐも姫様も、私をほっておいてくれた。
妹紅さんは、こたつで足をくっつけたときに、わかったのだそうだ。あのときの阿求がどういう存在だったのかはわからないけれど、とにかく生きていないのはわかった。だからあの煙も、煙のにおいのことも、考え合わせて見当がついた。
はじめてじゃないんだ、と言って、妹紅さんは困ったような顔をした。
先代のことも、その先代のことも知っている。だからといって、どうすればいいのか、どんな態度を取るのが正解なのか、わかるわけじゃないんだ。長生きしてるけど、私は役に立たないな。
きっと、私と同じくらい落ち込んでいるんだ、と思った。朝になると、私たちは別れて、妹紅さんは慧音さんの家に向かった。稗田家の門の前で、少しだけ立ち止まって、話をした。
「お風呂といっしょでさ」
「え?」
「いや、お前、いつでも風呂に入れると思って、あんまり入らないんだ、って言っただろ。そうなんだよ。でも、いつでも、が、いつでもじゃなくなる時がやって来るんだ」
だから、と言いかけて、妹紅さんは黙った。私はこくん、とうなずいた。おさまった涙が、またこぼれそうになってしまった。
三が日を過ぎて、ふつうに働きはじめてからも、私の気持ちは晴れないままだった。ぼーっとしてすごしていると、ついつい薬の調合をまちがえて、超劇毒回復を作るつもりが技術強化の劇薬を作ってしまったりしてしまう。ミンサガなんてそこまでメジャーではないんだから、モンハンかFF5のネタにすれば良いのに、と思うが、師匠のやることに口は出せない。
白衣のポケットから、のりPの『蒼いうさぎ』のメロディーが流れだした。てゐからの電話だった。
「はい、もしもし」
「どこにいるの? お客さんだよ」
玄関に向かうと、小町さんと妹紅さんが連れ立って来ていた。小町さんはいつもどおり、堂々としたサボり魔の顔をしているが、妹紅さんはなんだか、憮然としているようで、その上なんだかそわそわしているように見える。
とりあえず挨拶した。
「こんにちわ。あけましておめでとうございます」
「おめでとさん。今日、これからひまかな」
「えっと」
「理由はさ」
もんぺのポケットに手を突っ込んだまま、妹紅さんが口を開いた。小町さんが、くっくっと笑っている。
「道々話してやるから、とにかくおいでよ。永琳や輝夜には、私があとで話をしてやるよ」
あの日のお風呂で聞いたような口調で、待ち切れないのを我慢している感じだった。とにかく、靴を履いて家を出た。今日は、プリズムリバー三姉妹の新春ライブがあるという。
「四季様は先に向かっているよ。ああ見えて、大ファンなんだよ。かわいいだろう。フルーツ(笑)」
会場に着くと、最前列で閻魔様がぴょんぴょん跳ねているのが見えた。ちょうど一曲目が終わったところで、ほどよい熱気が広がっている。私たちは聴衆をかき分けて、いちばん前まで行った。
顔をほんのり赤くした閻魔様が、今回の稗田には、ちょっと趣向を変えた奉仕をしてもらうことにしました、と言った。
ルナサ・プリズムリバーが、ふだんよりも一ミリくらい高いテンションで、ゲストがいることを告げた。スポットライトが当たる。
ステージの奥から、大晦日に会ったときと同じ姿をした阿求がちょこちょこ出てきて、緊張した面持ちで、マイクの前でぺこりと御辞儀をした。そのままはじまった曲に合わせて、歌をうたった。ものすごく下手だったが、二曲目、三曲目とうたううちに、だんだん上手くなった。
おもしろかったです
あっきゅんはこのために歌を研究してたのか。だとしたら、いつから自分の死期を悟っていたんだろう。
ぴょんぴょん跳ねる四季さまかわいい。
読み終えた時には不思議な気持ちになっていました
阿求はどうあがいても死ぬしかないわけでそれを当人も周辺も了解してるのだから、必要なのはこういう話なんだろう。