旧地獄の奥のまたさらに深いところにある場所には静かで、それでいてなぜかちょっと賑やかなカフェがある。
知る人ぞ知る、隠れた名店といったところらしく、客はあまり多くない。お店の外見もそこら辺に建っている小屋と一緒で中身はクラシック感溢れる内装になっている。
そこには幻想郷でちょっぴり有名な者から大物までが稀に楽しげに、誰かと会話をしながら飲食を嗜んでいるそうだ。
旧地獄というだけあって、地霊殿の主人から妖怪の山に住んでいる天狗も客として来店している。
ではなぜ店は繁盛しないのか?それはそれはまた別のお話で今回はそのお店でちょっぴり薄いお洒落な会話をしている二人さんを見てみましょうか。
丸く、チェック柄の模様を施されたテーブルの上には二杯のコーヒー、ラテとモカ、それに、二体の可愛げある人形が背中合わせのままで座るように置かれていた。
「珍しいわね、あなたと一緒だなんて。私に自慢のカラクリでも見せてくれるのかしら」
金髪の髪、赤いカチューシャ、西洋風の衣装を身に纏い、無感情で不敵な笑いを浮かべ、机に置かれた人形以上に人形らしいその容姿の少女は妖怪の森の中に建っている洋館の家主だそうだ。
その手前には、蒼い瞳と髪を持ち、レインコートらしき服装の割と特殊な感じの少女が暢気に音を立てながらラテを啜る。
暢気に音を立てながらラテを啜るその相手に少女は非難と疑問を持った。
「飲み物を飲むときは大きな音を立てちゃいけないって、誰かから教わらなかった?川の河童さん」
「それは人間たちが勝手に決めたルールってもんじゃない。私は気にしないよ。……それに、大きな音を立てたからといって飲み物の質が落ちるわけじゃないからね」
自分はどうでもいいと言う素振りを見せ、返事をする。
「ふーん。でも、飲み物飲むときに音が出る輩って五月蝿いと思わないかしら」
そう言うと、河童は少しばかりか動きが止まったように見えた。
「…そんなもんなの?聞いたこと無いからなー。」
「ねぇ…失礼かもしれないけど、あなたは友達とか持っているのかしら?」
少女は引きつつな態度で河童に質問をしてみる。
さすがに失礼すぎたと心配してしまったがそんなことはなく河童はあっさり答えた。
「あはは、友達なんてそんなご大層な関係持っていないよ。腐れ縁はいっぱいいるけど」
「あらそう。私は年がら年中ずっとこの人形たちと一緒で友達とかそういう、そんな事考えたことはないわ。だって面倒だもの」
洒落たピアノのアダージョが優雅に流れる店内。一息つくには最上と感じさせるそのカフェは時折、相性が合わない客が来店することもある。特に旧地獄ということもあって鬼などの妖怪がそこかしこに存在しているのだ、酒が飲み足りないが故にそのままこの店へとやってくる。
そうなったときはもう手が付けられないのだから貸切のまま店を閉めるのだ。
しかし、それは鬼の場合だけに限らず、とにかく迷惑な奴がやってきた場合はすべて貸切のまま閉店する。
「でもさ、人形作るだけなら自分の家でも十二分に可能なのになんでこんなところまで?私は慈善事業の終わりでここへ寛ぎに来ているだけだよ」
と、肘を机につきながら手のひらを頬を支え、素朴な問いをした。それに対して金髪の少女は人形を手に取り、呟いた。
「私はあまり自分の家へは帰らないのよ。便利な小規模魔法を行使するために使う材料を幻想郷中回って集めているの」
へぇー、と安い返事をした河童だったが話を聞く限りでは物を集めているということは使えない材料も出てくるそこを踏まえて河童はひとつ、提案を出した。
「じゃぁさ、もしさ、材料集めで使えないヤツとか余ったヤツがあったら私にちょうだい!」
「ん~…。それは、ありがたいわ。お願いしましょうか」
表情の変化をあまり見せない金髪の少女とは反対に蒼髪の少女は笑顔など喜怒哀楽の変化が多種多様だった。
「……それにしても、外は寒いねぇ」
ガラス張りの窓の外を見ながら。
「旧地獄だものね、寂寥感が尋常じゃないもの。太陽も当たらないし」
オーナーがせっせと作業にとりかかる最中、二人はヒソヒソ話にも似たような感じで小声で喋っていた。暗い店内を見渡せばそれほど客は居ないどころか、オーナーを含めてもたった5人程度しか居なく、席にはまだまだ沢山の空きがあった。
「貴方、普段はカラクリを作っては何をしているの?」
「…ん、さっきも言ったように慈善事業をしているのさ」
「慈善事業って自分から言うものではないんじゃないのかしら」
「えー、そうなの…」
心に浅い傷を負ってしまったらしい。
「…っふふ、素直な子ね」
「き、君よりは何倍も年上だよ!」
それから、他愛のない身の上話や幻想郷で有名な人物の話を続けていくうちにすっかり店は閉店時間を迎えた。
オーナーそれぞれの客に、
『店を閉めますよー』
と、呼びかける。
もうじきここにもオーナーが来るだろうとアリスと河城は席から立ち上がる。
二体の人形を懐に優しく抱え、代金を机の上に。
「…あれ?一杯しか頼んでないのになんで多めに払うん――――」
「貴方のも含めてよ」
軽く指をピッと指されて。
すかさず河城は言った。
「え、いやそんな…いいよ自分の分は自分で払うからさ」
「…気にしなくていいわよ、慈善事業ってものだから」
それでもやんわりと飲まれてしまった。
(うっへー…。なんで断れないんだろう……私のほうが年上なのに…)
口を不味そうに歪めながら思う河城。
「年上だからって、貴方の分も払っちゃダメって誰がそう決めたの?」
そこへオーナーがやって来た。机に置かれた代金を見て確認を取る。
『お代金はこちらでよろしいですか?』
「ええ、お願いするわ」
そう返すと代金を精算し、お釣りをアリスに渡すとオーナーは引き続き閉店作業の続きを始めた。
河城は何も言えないまま、アリスと共に店を出る。店の外はもはや街道というにはあまりに荒々しく、灯籠が各所にぽつんと置かれている程度だった。
「帰りは一緒よね、一緒に行きましょうか?それとも、他に用事はあるのかしら」
「…あ、ないよ。行こっか」
本当にこれでよかったのか迷ったままの河城には、面白みのある返事を返す自信など到底なかった。
そんな河城の暗い表情にアリスはじーっと見つめた。
「どうしたの、まだ気にしているの?」
「ひゅいっ!?ち、違うよ!こんな事初めてだからさ…」
「友達居ないものね」
「っそ、それは…!…そうなんだけど…さ」
するとアリスはちょっとばかりか深呼吸をすると、
「私も、他人に『奢る』ってしたの、初めてよ」
そう言うと、河城は言葉の意味を理解し、
「…っ!ありがとう!」
その後二人は洞窟を出て何事も無く、楽しく別れたのだった。