幻想郷の空を覆う分厚い雲は、星も月をも覆い隠し、世界のすべてを黒く染めている。
雲はそれだけでは飽きたらず、その内に包する水を、大地へ存分に振り落とし続けていた。
そんな寒々しい、晩秋の雨夜のこと。
闇の空を、ぼんやりとした淡い光が飛んでいる。
「う〜、さっびぃ……」
その光は、普通の魔法使い、霧雨魔理沙。彼女は体をぶるりと一つ震わせてからそう呟いた。
箒の先に魔法のカンテラをくくりつけ、いつもの魔女服の上には水をはじく厚手のコートを羽織っている。
左手には特大の蝙蝠傘を握り、器用にも箒を右手だけで操る片手運転だ。
そして背中には大きく膨れた風呂敷。その中には魔法書が何冊か詰め込まれている。
「ったく、パチュリーめ。本を借りるくらいいいじゃないかよ」
そう。魔理沙は先刻、紅魔館の図書館から、命からがらやっとのことで逃げてきた。
その理由はもちろん、背中の魔法書を「借りる」という名のドロボーをしたためである。
夕方のころに紅魔館へ突貫し、門番の美鈴を破り、メイド妖精たちを破り、図書館の主のパチュリーを破り、彼女たちの猛追を振り切ったのが現在。秋の日はすっかり西の地に落ちていた。それどころか、日が落ちてから数時間以上も経っている。
しかし、その苦労の成果は十二分。思わず頬が緩むほどに、良質な魔法書を借りられた。それも、"聖なる呪い"の専門書だ。
鼻歌を口ずさみながら、帰宅したらどの本から読み始めようか、魔理沙はその算段を脳内で始め――ふと。
「……ん?」
カンテラの照らしだす前方。その光の領内に、黒い一部分が浮かんでいた。
その黒い一部分――闇の球体は、あちらへふらふら、こちらへよろよろ。
実に危なっかしい動きで、空を飛んでいる。
その球体に魔理沙は見覚えがあった。
「……ありゃ、ルーミアか?」
覚えず、その名を呟いた。
ルーミア。闇を操る能力を持つ、宵闇の妖怪である。
能力と二つ名の通り、彼女は暗い場所を好む。昼間は自身の体を闇の球体で覆い隠し、光から身を守っている姿を魔理沙はよく見かけていた。
しかし、夜――しかもこんなに暗く冷たい夜にまで――そんなことをしている所は、今まで魔理沙は見たことがない。
しかも、あの妙に不規則な飛び方。
「……なにやってんだ、あいつは」
魔理沙はあきれたように呟き、その球体のほうへと向かっていった。
近づくほど、球体の飛び方がおかしいことが分かっていく。
バランスがとれていないのだろう。今にも重力に捕まり、大地へと引きずりおろされそうだ。
「おい、お前ルーミアだろ? どうしたんだ」
声のかかる距離まで近づいた魔理沙はそう呼び掛けた。
その声で向こうはようやく魔理沙の存在に気がついたのか、球体は闇を解き――予想通り、ルーミアが現れた。
金の髪に赤いリボンを結わえ、黒のドレスを身に纏っている、いつも通りの姿……
「ふぇわ……まりしゃにゃのかー……?」
前言撤回。全くいつも通りではなかった。
あまりの無防備なその返事にかくーんと魔理沙のアゴが落ちる。
いつも通りに「そーなのかー!」と、元気の良い返事が返ってくるとばかり思っていた矢先のことであったから、その衝撃はなおさら大きかった。
なんだなんだイメチェンかイメチェンなのか!? ……と魔理沙は混乱したが、ふと冷静さを取り戻す。
凍てつく夜、しかも雨。そんな中でルーミアは傘もさしていない。
なるほど、魔理沙は合点が行った。
相変わらずふらふらと浮いているルーミアのそばに魔理沙は箒を寄せる。
「ルーミア、こっち入れ」
「ぁう?」
二人は入れる特大の蝙蝠傘の中に、魔理沙はルーミアを引っ張りこんだ。
カンテラに照らされたルーミアの顔はホオズキのように赤い。さらに魔理沙はルーミアの額に手を当てる。
魔理沙の推測が確信に変わった。
「おいこのコート着とけ」
「ふみゅい?」
「後ろに乗れ。安全運転するが、飛ばすからしっかりつかまってろ」
「はへ?」
「んじゃ行くぞ!」
「ふわわぁぁ――――っ!?」
夜の闇をカンテラの光が、流星のように引き裂いて行った。
◆◇◆
時間は少し飛び、魔法の森の魔理沙宅。
魔理沙の部屋のベッドは、おでこに冷えたタオルを載せたルーミアが占拠していた。
「ったく、こんな寒いってのに、傘も差さずに飛ぶからそうなるんだよ。このあほたれ」
「そーにゃのかー……?」
ルーミアは顔を真っ赤にして、へくちっとくしゃみを一つ。
その様子に、魔理沙はリンゴをむきながらやれやれとため息をついた。
結論から言うと、ルーミアは風邪を引いていた。
あれだけ寒い中雨ざらしでいれば、妖怪といえど調子を崩して当然であろう。全く、阿呆としか言いようがない。
家に連れて帰り、ぐしょぬれの全身をタオルで拭き、服を着替えさせ、ミルクを飲ませ、ベッドに寝かしつけ……
やっとこ落ち着いたのが先ほどの事だった。
「ほれ食べろ」
「あんむ」
うさぎの形に切ったリンゴをルーミアに食べさせる。
雛鳥が親から餌を受け取るように、ぱくりとルーミアはそれを銜えた。もぐもぐもぐ、と実に幸せそうに噛みしめている。
こいつはつくづく食べ物をうまそうに食うなぁ。魔理沙は素直に思った。
「しっかし、なんだってこんな雨なのに飛んでたんだよ」
「うー……なんとなくかなぁ……」
「なんとなくで風邪をひくようなことを損と思わないのかお前は……ほれ、食えリンゴ」
「……ん」
ひょいぱくひょいぱくと、ウサギのリンゴはルーミアのお腹の中へと消えていく。
調子こそまだ戻っていないようだが、だいぶ食欲はあるようだった。
この調子なら後は寝ていれば大丈夫だろうと魔理沙は思い、最後のうさぎリンゴをルーミアに食べさせると、かたりとイスを立つ。
「私はまだちょっと研究が残ってるから、下に戻るぞ」
「……ふえ?」
「大人しく寝てろよ。じゃ……」
「まっ、待ってっ」
「んぁ? なん……」
「……ひとりで寝るのやだよぅ」
……レポート進むのが1日遅れるな、と。
魔理沙は頭をかいた。
◆◇◆
カチコチ、カチコチ。ざぁざぁ、びゅうびゅう。
時計の針は進んで進む。夜の雨は降り続く。
時刻は子の刻をとうに過ぎ、丑の三つを迎えようかという頃。雨は嵐となり激しさを増してきた頃。
魔理沙は眠っていた。ルーミアの隣で眠っていた。
ルーミアに呼び止められ、結局同じベッドで寝る羽目になったからだ。
今日の紅魔館への襲撃や、ルーミアの看病の疲れもあったのだろう。
魔理沙は穏やかな寝息をたてて眠っていた。
ルーミアは、その魔理沙を、見下ろしている。
にこやかで穏やかな、笑みを浮かべて。
「ねぇ魔理沙」
ルーミアは魔理沙のやわらかな金髪をなでる。
魔理沙が目を覚ます様子はない。
「私のこと、あほたれなんて言ってたけど、魔理沙も大概なんじゃない?」
――人食い妖怪を、家にあげるなんて。
これほど闇の濃い夜に、「宵闇の妖怪」が風邪を引くなど、本気で思っていたのだろうか。
気も狂わんという闇の火照りを、雨如きが冷ませるとでも、本気で思っていたのだろうか。
そんな夜に、一人ぼっちで眠るのは、寂しいものだ。
胎(はら)に何かを入れでもしない限り。
月も星もない夜と闇が、人食いの性(さが)を騒がせる。
「――そんなお人よしを食べちゃっても、いいよね?」
ひとつ、舌舐めずりをして。
その赤い瞳を、ぎらぎらと光らせて。
ゆっくりと、その牙を、魔理沙へ。
「やーめたっ」
ぱたっとベッドにルーミアは寝転んだ。
寝転んだ宵闇の妖怪を、たちまちのうちに睡魔が襲い、ルーミアはまどろみの中へと沈んでいく。
「――リンゴ食べたから、いいや」
そう、独りごちて。
ルーミアは、魔理沙と同じ眠りの闇へと、落ちて行った。
◆◇◆
瞼の裏に光を感じ、魔理沙は眩しげに眼を開いた。
閉じたカーテンの隙間から、陽光が差し込んできている。
朝であることを理解し、魔理沙は身を起こした。
思考をゆっくり回転させながら、記憶を整理する。
そして昨日の事を思い出し、隣に居るであろう宵闇の妖怪を呼んだ。
「おいルーミア、朝だから起き……あ?」
返事はない。
そこで魔理沙は気づいた。
ベッドに寝ているのが自分ひとりであることに。
厠にでも行っているのか、と推測を巡らせた直後。
「まぁーりさぁーっ!」
窓の外から大音声(だいおんじょう)。
ビリビリと窓ガラスが震えるかのような声の大きさに、魔理沙の思考は一気に覚醒した。
なんだなんだと魔理沙はカーテンをどかし、窓を開く。
「わはー! 魔理沙はお寝坊さんなのか―!」
そこには、宙に浮かぶルーミアの姿。
光と闇の交わる明けの空を背景に、とびっきりの笑顔を顔に浮かべていた。
昨日の様子などどこ吹く風だ。
「……ずいぶんと元気になったみたいだな」
「もー元気いっぱーい! あっはははー!」
ルーミアはくるくると空中で回転して見せる。
やれやれとそのはしゃぎっぷりに呆れつつも、魔理沙はルーミアの回復した様子に、思わず頬が綻んだ。
「そんだけ調子が戻ったならこっちとしても一安心だぜ。昨日は結構きつそうだったみたいだったしな」
「……うん。……だからさ、ちょっと目、閉じてくれる?」
「……?」
少し様子の変わったルーミアに訝しみつつも、魔理沙は目を閉じる。
――頬に柔らかい物が触れた。
「……っ!?」
魔理沙が驚いて目を見開いたその瞬間には、既にルーミアは窓をはるかに離れた空。
得意げに胸を張り、実に愉快そうに笑みを浮かべている。
「えっへへー! お礼だよっ、まりさー!」
「ててて、てめっ、こんにゃろっ……」
「りんご、ありがとねー! 魔理沙に"魔の加護"がありますよーに! ばいばーい!」
ぶんぶんと手を振りながらルーミアは、魔理沙にそんなセリフを残し――明けの空へと消えていった
「……ったく、あいつ……」
全く、なんてものを置いていきやがったんだと、魔理沙は思う。
「宵闇の妖怪」による魔の加護なんて、どれだけ不吉で、どれだけ御利益があることやら、想像もつかない。
……それに加えて、頬に、あんなものを。
それなのに、不快な気分にはならないのが、むずむずとする妙な感覚だった。
――してやられたとは、このことなのだろう。
「……"あっかんべー"、だ。こんちくしょうめ」
とうに見えなくなったルーミアに向けてそんな台詞を吐いたのは、魔理沙の最後の意地だった。
(了)
雲はそれだけでは飽きたらず、その内に包する水を、大地へ存分に振り落とし続けていた。
そんな寒々しい、晩秋の雨夜のこと。
闇の空を、ぼんやりとした淡い光が飛んでいる。
「う〜、さっびぃ……」
その光は、普通の魔法使い、霧雨魔理沙。彼女は体をぶるりと一つ震わせてからそう呟いた。
箒の先に魔法のカンテラをくくりつけ、いつもの魔女服の上には水をはじく厚手のコートを羽織っている。
左手には特大の蝙蝠傘を握り、器用にも箒を右手だけで操る片手運転だ。
そして背中には大きく膨れた風呂敷。その中には魔法書が何冊か詰め込まれている。
「ったく、パチュリーめ。本を借りるくらいいいじゃないかよ」
そう。魔理沙は先刻、紅魔館の図書館から、命からがらやっとのことで逃げてきた。
その理由はもちろん、背中の魔法書を「借りる」という名のドロボーをしたためである。
夕方のころに紅魔館へ突貫し、門番の美鈴を破り、メイド妖精たちを破り、図書館の主のパチュリーを破り、彼女たちの猛追を振り切ったのが現在。秋の日はすっかり西の地に落ちていた。それどころか、日が落ちてから数時間以上も経っている。
しかし、その苦労の成果は十二分。思わず頬が緩むほどに、良質な魔法書を借りられた。それも、"聖なる呪い"の専門書だ。
鼻歌を口ずさみながら、帰宅したらどの本から読み始めようか、魔理沙はその算段を脳内で始め――ふと。
「……ん?」
カンテラの照らしだす前方。その光の領内に、黒い一部分が浮かんでいた。
その黒い一部分――闇の球体は、あちらへふらふら、こちらへよろよろ。
実に危なっかしい動きで、空を飛んでいる。
その球体に魔理沙は見覚えがあった。
「……ありゃ、ルーミアか?」
覚えず、その名を呟いた。
ルーミア。闇を操る能力を持つ、宵闇の妖怪である。
能力と二つ名の通り、彼女は暗い場所を好む。昼間は自身の体を闇の球体で覆い隠し、光から身を守っている姿を魔理沙はよく見かけていた。
しかし、夜――しかもこんなに暗く冷たい夜にまで――そんなことをしている所は、今まで魔理沙は見たことがない。
しかも、あの妙に不規則な飛び方。
「……なにやってんだ、あいつは」
魔理沙はあきれたように呟き、その球体のほうへと向かっていった。
近づくほど、球体の飛び方がおかしいことが分かっていく。
バランスがとれていないのだろう。今にも重力に捕まり、大地へと引きずりおろされそうだ。
「おい、お前ルーミアだろ? どうしたんだ」
声のかかる距離まで近づいた魔理沙はそう呼び掛けた。
その声で向こうはようやく魔理沙の存在に気がついたのか、球体は闇を解き――予想通り、ルーミアが現れた。
金の髪に赤いリボンを結わえ、黒のドレスを身に纏っている、いつも通りの姿……
「ふぇわ……まりしゃにゃのかー……?」
前言撤回。全くいつも通りではなかった。
あまりの無防備なその返事にかくーんと魔理沙のアゴが落ちる。
いつも通りに「そーなのかー!」と、元気の良い返事が返ってくるとばかり思っていた矢先のことであったから、その衝撃はなおさら大きかった。
なんだなんだイメチェンかイメチェンなのか!? ……と魔理沙は混乱したが、ふと冷静さを取り戻す。
凍てつく夜、しかも雨。そんな中でルーミアは傘もさしていない。
なるほど、魔理沙は合点が行った。
相変わらずふらふらと浮いているルーミアのそばに魔理沙は箒を寄せる。
「ルーミア、こっち入れ」
「ぁう?」
二人は入れる特大の蝙蝠傘の中に、魔理沙はルーミアを引っ張りこんだ。
カンテラに照らされたルーミアの顔はホオズキのように赤い。さらに魔理沙はルーミアの額に手を当てる。
魔理沙の推測が確信に変わった。
「おいこのコート着とけ」
「ふみゅい?」
「後ろに乗れ。安全運転するが、飛ばすからしっかりつかまってろ」
「はへ?」
「んじゃ行くぞ!」
「ふわわぁぁ――――っ!?」
夜の闇をカンテラの光が、流星のように引き裂いて行った。
◆◇◆
時間は少し飛び、魔法の森の魔理沙宅。
魔理沙の部屋のベッドは、おでこに冷えたタオルを載せたルーミアが占拠していた。
「ったく、こんな寒いってのに、傘も差さずに飛ぶからそうなるんだよ。このあほたれ」
「そーにゃのかー……?」
ルーミアは顔を真っ赤にして、へくちっとくしゃみを一つ。
その様子に、魔理沙はリンゴをむきながらやれやれとため息をついた。
結論から言うと、ルーミアは風邪を引いていた。
あれだけ寒い中雨ざらしでいれば、妖怪といえど調子を崩して当然であろう。全く、阿呆としか言いようがない。
家に連れて帰り、ぐしょぬれの全身をタオルで拭き、服を着替えさせ、ミルクを飲ませ、ベッドに寝かしつけ……
やっとこ落ち着いたのが先ほどの事だった。
「ほれ食べろ」
「あんむ」
うさぎの形に切ったリンゴをルーミアに食べさせる。
雛鳥が親から餌を受け取るように、ぱくりとルーミアはそれを銜えた。もぐもぐもぐ、と実に幸せそうに噛みしめている。
こいつはつくづく食べ物をうまそうに食うなぁ。魔理沙は素直に思った。
「しっかし、なんだってこんな雨なのに飛んでたんだよ」
「うー……なんとなくかなぁ……」
「なんとなくで風邪をひくようなことを損と思わないのかお前は……ほれ、食えリンゴ」
「……ん」
ひょいぱくひょいぱくと、ウサギのリンゴはルーミアのお腹の中へと消えていく。
調子こそまだ戻っていないようだが、だいぶ食欲はあるようだった。
この調子なら後は寝ていれば大丈夫だろうと魔理沙は思い、最後のうさぎリンゴをルーミアに食べさせると、かたりとイスを立つ。
「私はまだちょっと研究が残ってるから、下に戻るぞ」
「……ふえ?」
「大人しく寝てろよ。じゃ……」
「まっ、待ってっ」
「んぁ? なん……」
「……ひとりで寝るのやだよぅ」
……レポート進むのが1日遅れるな、と。
魔理沙は頭をかいた。
◆◇◆
カチコチ、カチコチ。ざぁざぁ、びゅうびゅう。
時計の針は進んで進む。夜の雨は降り続く。
時刻は子の刻をとうに過ぎ、丑の三つを迎えようかという頃。雨は嵐となり激しさを増してきた頃。
魔理沙は眠っていた。ルーミアの隣で眠っていた。
ルーミアに呼び止められ、結局同じベッドで寝る羽目になったからだ。
今日の紅魔館への襲撃や、ルーミアの看病の疲れもあったのだろう。
魔理沙は穏やかな寝息をたてて眠っていた。
ルーミアは、その魔理沙を、見下ろしている。
にこやかで穏やかな、笑みを浮かべて。
「ねぇ魔理沙」
ルーミアは魔理沙のやわらかな金髪をなでる。
魔理沙が目を覚ます様子はない。
「私のこと、あほたれなんて言ってたけど、魔理沙も大概なんじゃない?」
――人食い妖怪を、家にあげるなんて。
これほど闇の濃い夜に、「宵闇の妖怪」が風邪を引くなど、本気で思っていたのだろうか。
気も狂わんという闇の火照りを、雨如きが冷ませるとでも、本気で思っていたのだろうか。
そんな夜に、一人ぼっちで眠るのは、寂しいものだ。
胎(はら)に何かを入れでもしない限り。
月も星もない夜と闇が、人食いの性(さが)を騒がせる。
「――そんなお人よしを食べちゃっても、いいよね?」
ひとつ、舌舐めずりをして。
その赤い瞳を、ぎらぎらと光らせて。
ゆっくりと、その牙を、魔理沙へ。
「やーめたっ」
ぱたっとベッドにルーミアは寝転んだ。
寝転んだ宵闇の妖怪を、たちまちのうちに睡魔が襲い、ルーミアはまどろみの中へと沈んでいく。
「――リンゴ食べたから、いいや」
そう、独りごちて。
ルーミアは、魔理沙と同じ眠りの闇へと、落ちて行った。
◆◇◆
瞼の裏に光を感じ、魔理沙は眩しげに眼を開いた。
閉じたカーテンの隙間から、陽光が差し込んできている。
朝であることを理解し、魔理沙は身を起こした。
思考をゆっくり回転させながら、記憶を整理する。
そして昨日の事を思い出し、隣に居るであろう宵闇の妖怪を呼んだ。
「おいルーミア、朝だから起き……あ?」
返事はない。
そこで魔理沙は気づいた。
ベッドに寝ているのが自分ひとりであることに。
厠にでも行っているのか、と推測を巡らせた直後。
「まぁーりさぁーっ!」
窓の外から大音声(だいおんじょう)。
ビリビリと窓ガラスが震えるかのような声の大きさに、魔理沙の思考は一気に覚醒した。
なんだなんだと魔理沙はカーテンをどかし、窓を開く。
「わはー! 魔理沙はお寝坊さんなのか―!」
そこには、宙に浮かぶルーミアの姿。
光と闇の交わる明けの空を背景に、とびっきりの笑顔を顔に浮かべていた。
昨日の様子などどこ吹く風だ。
「……ずいぶんと元気になったみたいだな」
「もー元気いっぱーい! あっはははー!」
ルーミアはくるくると空中で回転して見せる。
やれやれとそのはしゃぎっぷりに呆れつつも、魔理沙はルーミアの回復した様子に、思わず頬が綻んだ。
「そんだけ調子が戻ったならこっちとしても一安心だぜ。昨日は結構きつそうだったみたいだったしな」
「……うん。……だからさ、ちょっと目、閉じてくれる?」
「……?」
少し様子の変わったルーミアに訝しみつつも、魔理沙は目を閉じる。
――頬に柔らかい物が触れた。
「……っ!?」
魔理沙が驚いて目を見開いたその瞬間には、既にルーミアは窓をはるかに離れた空。
得意げに胸を張り、実に愉快そうに笑みを浮かべている。
「えっへへー! お礼だよっ、まりさー!」
「ててて、てめっ、こんにゃろっ……」
「りんご、ありがとねー! 魔理沙に"魔の加護"がありますよーに! ばいばーい!」
ぶんぶんと手を振りながらルーミアは、魔理沙にそんなセリフを残し――明けの空へと消えていった
「……ったく、あいつ……」
全く、なんてものを置いていきやがったんだと、魔理沙は思う。
「宵闇の妖怪」による魔の加護なんて、どれだけ不吉で、どれだけ御利益があることやら、想像もつかない。
……それに加えて、頬に、あんなものを。
それなのに、不快な気分にはならないのが、むずむずとする妙な感覚だった。
――してやられたとは、このことなのだろう。
「……"あっかんべー"、だ。こんちくしょうめ」
とうに見えなくなったルーミアに向けてそんな台詞を吐いたのは、魔理沙の最後の意地だった。
(了)
魔理沙は確かに、なんだかんだでお人よしな感じがします。いつかこうやって妖怪に付け込まれたりしそうだ。
最近のヤツは知らないけど、そいつならギリギリ分かります。
るみゃになら……食べられても……
どちらもかわいい
自分の中のルーミアのイメージとすごく共感できました。
それにしても最近ルーミアと魔理沙のお話増えてるなぁ
いいぞもっと増えろ!
ずっとニヤニヤしてました
この魔理沙ってばやたら無防備だから絶対にいつか食われるな、性的な意味で