さて、どうするか、今夜のご飯は。
自分だけのために作るごはんってのも久しぶりだな。
好物の、あぶらげを使ったいなりずしもいいが、それは橙が居るときにしようかな。
「そうか、別に自分で作らなくても……」
思わず口に出して言う。普段なら紫様のため、冬眠中は橙のためにできるだけ家で食事を取るようにしているが、別に一人の時なら食べに行ったっていいんじゃないのか。
うん、そうしよう。
そうと決まれば……
『式神飲みに行く』
「うーん……」
人里の市は夕刻になると人が増す。女は家で作るご飯のため、男は仕事終わりに酒を呑むためだ。
はて、普段は素材くらいしか買わないから、飯屋など行かないからな。
こうやって見てみると新鮮だな。するといつもの豆腐屋の男が遠く話しかけてきた。
「どうも」
「今日はどうだい、いつものよりちょっと作り方変えたんだ。おいしいよ」
ふ、ふむ。確かに美味しそうだ。できたての、まだ湯気が出ている油揚げ。甘く煮込んでも美味しそうだが、これはそのまま食べるべきだろう。うん、油揚げもそう言っている。だが、
「いや、今日はいいんだ。今度いなり寿司をやるからその時にもらおうか」
「あら、そうかい、残念。じゃちょっとだけおまけ。予約してくれたからな。切れ端で悪いけど」
「か、かたじけない。」
い、いいな。実に太っ腹だ。ありがたくいただこう。
……うん。 これはいつものより美味い。 ほんのりと、まだ大豆の風味が残り、豆腐の感触もまたほわほわもちもちと……
「美味いかい? いや、美味いだろうな。顔がふやけてるよ、狐のねーちゃん」
「ほ、本当か。失礼した。でも確かにうまかった。今度大量に買おうかな」
「お、まいど、じゃあまた今度な」
「あぁ、ごちそうさま。又来るよ」
うまかった、本当にうまかった。
久々に酒でも飲みたい気分だ。
……ふむ、そうか酒か。酒場には一人で行ったことなかったな。
せっかくだ。酒でも軽く呷ってなにかつまもうか。そうしよう。
そうだな、酒場か……
最近、見たばかりだからな。閻魔と死神が美味そうに酒を飲んでいたのを。
わざわざ中有の道まで来てしまった。まぁいい。あの酒場にいこう。
席に通され、一息つく。酒場は騒がしいが、ひとりで来ている客もちらほらいた。
ま、浮かなくて助かったな。
「生を。あとおでんをもらおうか、がんもに、巾着に、厚揚、あと……」
「おいおい、ホントに狐ってのはそういうのが好きなのかねぇ」
突然後ろから話しかけられる。
「隣いいかい?」
「あぁ、構わないぞ。とりあえずそれで頼む」
店員に注文し、話しかけてきた人物を一瞥する。最近見たな。
「今日は閻魔とは一緒じゃないんだな」
「あの人は、なんか用事があるみたいでさ、さっさと帰っちゃったよ。そっちだって主人と一緒じゃないのかい」
「あぁ、今日はご友人のところに遊びにいくそうだ。式神も他所へ行っていないし」
「なるほどね、んで、残されたあんたが寂しくひとり酒ってことかい」
「お互い様じゃないか」
「へへっまぁね、それにしても今日『は』ってそんなにあたいたちセットのイメージがあるかい?」
「いや、この前……」
はっ、覗いてたなんて言ったら怒られてしまう。それに閻魔に知られてしまったら……
「ん?」
「いや、上司と部下だからな。私たちと関係が似てるって言うか……」
「なるほど、自分たちが仲いいからあたいたちもってことか」
「べ、別にそういうわけじゃ、からかうんじゃない」
「すまんすまん」
あんたらもイチャコラしてたじゃないか……
ふーむ言いたいが言えない。
「ま、部下同士気楽に飲もうや」
「だな、普段言えないことでも言えるチャンスだ」
「あはは、そうだな、あんたのところは凄そうだ」
「あぁこのまえなんか……って」
何か、視線が……
「あ、気づいた?」
「ゆ、紫様?!」
「こ、こまちー」
「映姫様?! 用事ってあんた……」
「あ、死神さん。閻魔様借りてたわ。からかいがいのある、とてもいい娘ね」
「いや、そんな事は知ってるっていうかいつもと立場が逆ですね。何かあったんですかい」
「このスキマ妖怪っ、この前のお酒飲んでたときのっ、覗いてたんですよっ」
「……あー、あれか」
「だぁって藍がみたいって言うから」
な、ここで私か。勘弁してくれ。それに……
「まぁ、この娘貴方に預けるわ死神さん。私はこの子とちょっとお話があるから……」
あ、やっぱ聞かれてたか。お仕置きかぁ、怖いな。
「ま、好きにやんなせえ。って映姫様そんな抱きついてこないでください」
「知られたー 握られたー 弱みー 威厳がー」
閻魔、今の姿も大分威厳なんて無いぞ。でもまぁ、こっちもこっちで
「藍、なにかしら? 普段言えないことって。私に何か不満でも?」
あぁあ、外食なんてしなきゃよかった。橙の顔が見たい……
「え、映姫様もぐりこんでこないでくださいっ」
「こまちー 私はもう穴があったらー」
「藍? 聞いてるの? 私の話を無視するなんていい度胸してるわね、ちょっとこっち来なさい」
「あ、あのー生ビールとおでん、どこに置けば……」
その日の酒場は、いつも以上に騒がしかったようです。
完