「恋する乙女は旧都を駆ける」
雪の降る町、地底の旧都。もう季節は年末、師走と呼ばれる月である。
地底に住まう鬼達も年末ということで宴をしている、とのことであるがそもそも地底の鬼達は年柄年中宴会をしているのでその点ではいつもとあまり変わらない。
しかし、地上との交流が再開された地底では地上の文化も少しづつ浸透し始めており、月日年月を気にしなかった地底の住民たちも地上における季節の催し物に順応し始めていた。結果、鬼達のようにオープンな種族ではない妖怪達も年末という雰囲気を感じ取り、宴を開くほどではなくてもそれまでより少しだけ浮いた気持ちとなっていた。
「あーあ……なんだかいつにも増して妬ましいわね……」
しかし私はと言うと、さしたる予定もなく、浮かれることも当然なかったのであった。
息を吸うように他人を妬み、息を吐くように「妬ましい」と呪詛を嘆く。それが嫉妬の妖怪・橋姫である私、水橋パルスィであった。
「クリスマスだか年越しだか……何だか知らないけど私は毎日毎日橋守平常運転よ、っと」
よくわからないが最近市場へ買い物に行くと「クリスマスセール!!」だのという張り紙をよく見かける。クリスマスとやらがなんの事かはよくわからないが地上からもたらされた季節行事的な文化であることだけはなんとなくわかった。そしてこういったもの特有のみんなが何やら浮かれている、私にとって妬ましいことこの上ないものであることもそれ以上に理解した。
「まぁそれでこうして買い物が有利になるなら悪いことばかりでもないのだけどね」
と、クリスマスセールで安くなっている商品に手を伸ばす。
我ながらちゃっかりしているなぁ、と思ったが仕方ない。橋姫という種族であっても物語のお姫様のような何不自由ない生活や懐を持っているわけではないのだ。
しかし何不自由なく毎日宴会をしている鬼がいるあたり、世の中の不平等を嘆かずにはいられない。勿論何か仕事はしているのだろうけれども。
「飲むのが仕事だー、とか勇儀達なら言いそうね……」
おそらく勇儀やヤマメたちはここぞとばかりに宴会を開くのだろう。お前ら別に季節関係なく騒いでるだろ、とは思う。
正直なところ、他人が妬ましいのは別に良いのだ。そもそも私は嫉妬の妖怪。妬むことを不快に思ったことは無い。むしろ先に上げた人物達が私を宴会に誘っていく方が不快であった。とはいえ、これもまた正確な表現ではなくそうした好意が嫌というわけではない。しかし私はそう言った場に決定的に馴染めないのだ。無理矢理誘われた宴会ではほとんどの場合隅っこで大人しくしているのが常である。私の種族が理由として嫌われている、というのもそうなる理由の一つだが、それは「避けられる」という受動的な理由であり「私自らが避ける」という能動的な理由ではない。現に、地上で行われた宴会に連行された時、私の能力を忌避するものは少なかったが私の行動は普段と全く変わらなかった。
「はぁ、妬ましい妬ましい」
つまりは楽しそうな、どうでもいい人達の近くにいたくないのだ。
嫉妬自体への不快感は無い。妬んでいる自分が哀れだとか惨めだとか、そんな想いは微塵もない。私の望みは非干渉だった。そのどうでもいい人達が形成する大きな輪には入れないし、入る気もそもそもない。だからせめて離れていたいというのが本音だった。
「だというのにどこへ行こうともこの雰囲気なんだから参っちゃうわ」
街の中はどこもかしこも浮足立っており、一人でいたい私にとっては息苦しい場所だった。
さっさと帰りたかった。少なくとも仕事場であり生活の大部分を占める私の橋に戻れば静寂の中に身を置けるであろう。そして今日も橋の欄干に身を預け、一人静寂の中でぼんやりと時間を過ごすのだ。楽しみというわけではないが、マイナスの絶対値が少しでも減少するのであればそこにいる方がよかった。
そう思いながら、いつもより早足で旧都を後にした。
旧都を出て少し歩けば、そこには私の仕事場である橋があって、そこには橋以外何も無くて、私の望む場所がある。
そう思っていた。
しかし、そこにはそんなものはなかった。
いや、この表現はいささか違う。橋が丸ごと無くなっていたわけではない。橋はあった。しかし同時に橋の上には人影もあった。つまり、私が望んだ一人の静かな場所は無かった。そういうことだった。
そう、橋の上には誰かの人影があった。
もう一度自分で再確認する。私の仕事は橋守である。橋守というのはとどのつまり、橋を監視するのが仕事である。しかし、留守中に思いっきり人が橋の上にいる。これはまずい。明らかな職務怠慢である。もともと仕事を依頼してきたのは地底の権力者、ということになっている古明地さとりであるが、これでは彼女に合わせる顔がない。申し訳ないとかではなくて単純にこれをネタに色々言われるのが目に見えているからである。
「……どうしよ」
しかし幸い今ここは人通りが少ない、というか普段から全くない。つまり、どうにでも隠蔽はできる。まずはこの人物と話し合い、もしも不都合が生じそうなら口を封じればいい……。少なくともさとりにバレる前に何とかしないといけない、そう思って橋の上にいた人物に声を掛けようと近寄ったところでようやく気付いたのだ。
橋の上にいた人物が古明地さとりその人だったことに。
「…さとり?来てたの?」
見るとさとりはぜぇぜえと肩で息をしていた。
…疲弊している?なんで?
その疑問に対する思考はさとりの声で中断された。
「あなたは!!!」
鬼かと思うような声だった。え、こいつこんな声出せたの?それとも新手のスペルカード?
「どこへ!行ってたんですか!!」
さとりはめちゃくちゃ怒っていた。
「えっ、えっ?買い物……」
あまりにもすごい剣幕だったのでつい正直に返してしまった。いつもなら「どこでもいいでしょ」とか返すんだけど。
「何を考えてるんですか!?」
めっちゃくちゃ怒ってる。橋守の仕事をほったらかしてたのは事実だがまさかこんなに怒られるとは…。
「わたしが!!こうして駆けてきたというのに!!買い物で不在ですか!!何様のつもりですか!?」
……ん?
なんだか仕事云々とは全然違う理由な気がしてきた。もっと言及するなら、もしかして相当個人的な理由で怒っているのではないか。
いったいこいつは何を自分勝手なことを言っているんだ。
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いったいこの橋姫は何を言っているんでしょうか。
私がどんな思いをしてここまで走ってきたと思っているのか。
こんな、並々ならぬ想いをしてここまで駆けてきたというのに。
私がここに来た理由は数刻程前に時を遡って説明する必要がある。
地底の旧都から少し離れた場所に立つ地霊殿では、そこに住まうペット達がクリスマスパーティをするということでそわそわとしていた。
こうしてペット達も浮足立つ地霊殿で、館の主である私・古明地さとりは館内を歩いていた。特に当てもないし外出するつもりはない。ないのだが、軽く運動のため日課の散歩として館内を歩き回っていた。
以前まったく部屋から出ずにひきこもっていた時にお燐から「少しは部屋の外に出て下さい!健康に悪いです!太りますよ!古明地さとりから古明地ふとりになりますよ!!」とまくし立てられ叱られたことが原因である。多少ふくよかになれば地霊殿主としての貫録も出るかとも思ったがそれ以上にデメリットの方が大きく上回ることは明らかだったため、今のまま古明地さとりを維持する選択をした。
目的もなく広い館内を歩くのは館の主であっても意外と疲れるものである。正直、自分でも何に使っていたかわからない部屋もいくつかある。仕事はペット達に任せているため私の知らない改造がなされている部屋もあるのかもしれない。
そうして赤と黒のタイルの床が続く廊下を歩いていると途中で何度も忙しそうに働いたり、暇そうにしたりしているペット達とすれ違った。
そして、すれ違ったのはペット達だけではなかった。
「あら……珍しく帰ってきていたのですか」
そこにいたのは私と似た、しかし異なるカラーリングを施された服装と愛くるしい帽子に身を包んだ少女だった。銀の髪はくせっ毛で猫のようにくるくるしている。
古明地こいし。覚妖怪のアイデンティティである第三の眼を自ら閉じた覚妖怪ではない覚妖怪。
そして何より、わたしの愛するただ一人の大切な妹。
「失礼だなぁ。それじゃあ私がいつも家に帰ってこない放蕩娘みたいじゃない。いつもちゃんと帰ってきてるよ。視えてるか視えてないかは別問題だけど」
無意識を操るこの子は誰にも視認されること無く行動することが可能である。その能力から、よく色んなところをフラフラと放浪している。地底と地上の道が繋がってからは地底だけでなく地上も自由気ままに放浪しているという。おかげで家に帰ってくる頻度は前よりもさらに下がった。私個人の私情ではあるが、この点においてだけは地上との交流再開について恨んでいた。
「放蕩娘ではないけれど放浪娘ではありますね。私から見た場合は放浪妹ですが」
そう言いながら帽子越しに妹の頭を撫でた。
「そんな子が妹でもお姉ちゃんはいいの?」
「ええ」
「わたしのこと、愛してる?」
「ええ」
「無償の愛を、与えてくれる?」
「ええ」
「わーい、お姉ちゃん大好き!」
笑顔でこいしは私に抱きついてくる。無意識は哲学にも通じていると言われ、時折彼女は意味深な言葉を会話に織り交ぜる。意味があるのかもしれないし、ないのかもしれない。
この子は無意識で動く。故に顔に張り付いた笑顔もそのうちなる考えを読むことには全く手助けにならない。わたしの読心能力もこの子にだけは全く通じない。
故にわたしの胸の中で見せるこの笑顔も本心がどうあってのことなのかは全く分からないのだ。
「じゃあ」
だから、変わらない笑顔で唐突に残酷な質問を突きつけることも、この子にとっては造作もないことだった。
「わたしとパルスィ、どちらかを殺さなくてはいけないならどちらを殺す?」
パルスィ。水橋パルスィ。地底と地上を結ぶ橋を守る橋姫の少女。
何故その名前を、今、私の前で、いきなり出す?
「あ、やっぱり動揺した。大丈夫大丈夫。殺すとか死ぬとか消えるとか、そんな物騒な話を聞きたいわけじゃないから」
私の動揺を察してか慌ててこいしはフォローを返す。読心能力の使えないこの子ですらわかるほど私は突然出された固有名詞に動揺を隠せなかったようだ。
「……何故いきなりパルスィの名前を出すのです?」
「質問に質問で返すのはお姉ちゃんとはいえ感心しないな。どちらかを殺す、って言うのは極端だし本質的ではないから省くけど。わたしとパルスィどっちが大事?って聞かれたらどっちを選ぶ?」
むー、と口を尖らせてこいしは私に再度問うた。
「それは…」
即答できなかった。
普通に考えればここで返すべきは目の前にいる妹の名前を即座に返すのが正解である。そして私の中でもその答えは間違ってはいない。この子は大切な私の妹だ。
対して、パルスィは特に私と血縁関係があるわけではない。知り合ったのは地底に来てからだし、話すようになったのもここ最近のこと。憎まれ口ばかりではあるが数少ない私のよき友人であるのは確かだ。だが長い時間を共に、そして濃密に過ごしてきたこいしとは比較にもならない程度の存在、のはずだった。
ならば、何故、私は選択を迷っているのだろうか。
「選べないでしょ。大事なのは選べなかったということではなくてお姉ちゃんの中でパルスィが私と同じかそれ以上に大切な人になっているということ」
こいしは得意げに私の周りをくるくる回り始めた。
「……大切な、人?」
「そう」
「パルスィが?」
「うん」
「ちゃんちゃらおかしいですね」
「お姉ちゃん、説得力がまるで無いよ」
ツッコまれてしまった。しかしこれが本音であった。
特に私はパルスィが大事なわけではないはずである。たしかに選択はできなかったが、その事実と私の大切な人、という単語がどうにも等式で結べない。
「ああ、もうお姉ちゃんはじれったいなぁ……はい、これ」
こいしは帽子の中から手紙を取り出した。いつの間にその帽子にそんな機能が付与されたのだろう。
「……これは?」
「親愛なるお姉ちゃんに捧げる、こいしちゃんの恋の処方箋」
策士めいた口調で話すこいしの顔は、やはりいつもの無感情の笑み。
笑みを浮かべたまま、こいしは私におもむろにその封筒を突きつけた。
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とりあえず理由はわからないが、私はなぜかさとりから理不尽な理由を突きつけられているという事実だけはわかった。
というかなんでこいつは毎度毎度やることが唐突なのだ。おとなしい見た目の割にやることがいつも突飛である。それだけならまだいいがせめて私を巻き込まないでほしい
「アポ無しでいきなり来ておいてあんたが何様のつもりよ!?」
あまりの理不尽さからか私の返答もいつも通りの返答に戻った。
「読心系美少女さとりちゃんです!」
「幼女でしょあんたは!!」
そしてようやくいつものツッコミも私に戻ってきた。いや、こいつと漫才コンビを組んだ記憶はどこにもないが。
「ぜぇぜぇ……よ、ようやく落ち着いてきました……」
我を忘れて激昂していたさとりはようやく冷静さを取り戻したようだった。
「それは何よりで。えーっと、独身系微少女さんでしたっけ?」
「文字が違います」
「なんで会話でわかるのよ…音は同じでしょ」
「読心系ですから。……あぁ、やはりパルスィのツッコミは特効薬ですね。荒れ果てた私の心を優しく潤してくれます」
知るか。あんたの心が潤ったその分、私の心は順調に荒れ果てつつあるぞ。っていうかそれは特効薬というよりは目薬じゃないのか。
「橋姫印の目薬ですか。充血は治りそうですがその分瞳が緑になりそうですね」
「眼だけじゃなくあんたも血で赤く染めてあげましょうか」
しかし私はテニスはできない。くせっ毛ではあるが。
「あなたの緑眼と私の紅眼ですか。いい色合いですね。ちょうど赤と緑でクリスマスカラーです」
「……あんたもずいぶん浮いた雰囲気なのね」
こいつもか、と思うと少し苛立ちを感じた。
さとりも私の苛立ちを察知したのか先程までのやりとりと少し空気が変わった。
「……ずいぶんとこの雰囲気を嫌悪しているのですね」
「私が誰かお忘れかしら?妬みの化身、嫉妬の妖怪。橋姫、水橋パルスィよ。こんな誰もが楽しそうにしている空気なんて妬ましくて仕方がない」
そう冷たく話す私は、先程までのようにさとりに手玉に取られていた少女ではなくなった。
「……そうですか」
「えぇ、妬ましい。あなたのところもペットが多いし何か催しでもやるんじゃないの?」
「ええ」
「それは妬ましいことで。そんな素敵な日に豪華な館にいられる輩が妬ましい。そんな素敵な日にあなたと共にいられる輩が妬ましゅうございますわ。私は下賤な妖怪ですから」
手を大きく広げて芝居がかった演技をしてみる。素敵な日、などと言いながら本心は嫌悪感で一杯だ。
「……おや、それはおかしなことになりますね」
「何がよ」
「そうなるとあなたは自分のことを妬まなくてはならなくなりますね」
さとりはくすりと笑いながら封筒を私に差し出した
「……なによ、これ」
ハートがたくさんの可愛らしい装飾が施された封だった。
「どうぞ、ご覧下さいな」
さとりも私に応えるように芝居がかった口調と動きで私に応える。渡された封筒を眺めると文字が書いてあった
「……地霊殿クリスマスパーティ、招待状?」
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「……地霊殿クリスマスパーティ招待状、ですか」
こいしから受け取った封筒には彼女の書いた可愛らしい文字でそのように書いてあった。
「このパーティって招待制だったんですね」
「もしもそれをお姉ちゃんがマジで言っているなら、私はお姉ちゃんといえどもグーで殴らざるを得ないよ」
相変わらず表情を変えずにこいしは言う。
「冗談です。こいしからのグーパンなら姉として甘んじて受けてあげたいのですけどね」
妹からの愛は受けてあげたいが、こいしからの信頼もしっかりとある姉でありたい、というのが姉のエゴであった。
しかしここで一つの疑問が生じる。
「ところでこの招待状、どうすればいいんですか」
「たあっ!!」
可愛い声とは対照的に、重みのあるこいしの拳が正確に私の身体の中心を捉える。
「ああ、こいし。成長したのね……」
人体の急所を的確に、即座につく拳。さすが私の自慢の妹。妹は成長期。
「どうすればいいんですかって、渡すんだよ?」
「……誰にですか?」
「とうっ!!」
瞬時に私の頭上に上げられたこいしの足が断頭台のごとく私の頭部を地面に叩きつける。これまた見事な踵落とし。赤と黒のタイルにヒビが入る。あとでペット達に直させておかなくては。
「……スカートの中が見えてしまうから私以外にはやってはいけませんよ」
「はーい。お姉ちゃんが言うなら、わかった」
「こいしはいい子ですね」
「わーい!褒められちゃった!!」
姉をボコボコにしておいていい子と褒められる家庭もなかなか稀だと思う。しかしこいしは目に入れても痛くない可愛い妹だから構わない。拳と踵落としは相当に痛かったが。
「……で、誰にこの招待状を渡せばいいんですか。会話の流れからしてまさかとは思いますがパルスィですか?」
「まさかも何もパルスィ以外にいったい誰に渡すの?お姉ちゃん友達いないじゃない」
「げふっ」
物理攻撃だけでなく精神攻撃も心得ている。妹の成長が頼もしくもあり、怖い。
「お姉ちゃん、パルスィと過ごしたいんじゃない?」
「パルスィと、ですか……」
パルスィと大切な時間を過ごす。悪くはない。なんだかんだで彼女は大切な友人だ。少なくとも先程のようにボロクソに評価する程度には親しいし、こいしの言うとおり、本当に全く気兼ねなく接することのできる友人と言うのはパルスィしかいないのかもしれない。
彼女と、パルスィと、一緒の時間を過ごす。
いままで、特に気にすることなく彼女と接していた。どうせ暇だろうからと橋まで雑談に行ったり、二人きりのお茶会に呼んだり。
「ですが、彼女は私と過ごしたいのでしょうか」
しかし、それは特段何も無い日常での話であって、特別な時間を一緒に過ごそうと誘うのはまた別問題ではないのか。
「迷惑では……ないでしょうか」
そう思うと猛烈な不安に襲われる。彼女はどう思っているのか。
「お姉ちゃんはさ、心が読めるから、心がわからないんだよ」
こいしが私の第三の眼に手を添えて告げた。
「心が、読めるから……?」
「直接会って話している時は心が読める。でもこうやって離れている時は心が読めない」
「そう、ですね」
「お姉ちゃんはその眼に頼りすぎている。まぁ覚妖怪なんだから仕方ないけど」
こいしはわたしの二つの瞳を見て、言った
「その眼で心を読んでも、その読んだ心を理解するのはお姉ちゃんの心なんだよ」
「私の、心……」
そうだよ、とこいしは頷く。
「今はパルスィがここにいないから心は読めない。でも、今までパルスィと一緒にいて、お姉ちゃんは彼女のことはちゃんとわかっているはずだよ」
「パルスィのことを、わたしがわかっている?」
「心なんて読めなくても、人は人を理解できる。お姉ちゃんは特別な力を持っているからそれに頼りすぎて心を読んでも理解しようとしていない。でも、できるはず。」
そう言うとこいしは私の手を握ってくれた。
「だって、古明地さとりは私の自慢のお姉ちゃんなんだから」
こいしは私のことを信じてくれていた。
ならば、私も彼女の信頼に応えなくてはいけない。
そして、私を待ってくれている人のところへ行かなくてはいけない。
「こいし、ありがとう。……出かける準備をしてきます」
「うん、行ってらっしゃいお姉ちゃん」
振り返るとこいしの姿はもう見えなくなっていた。
足早に自分の部屋に戻り、出かける支度をする。今日は少し寒いから厚着をしていこう。でも身なりは良いものを。
行ってきます、とお燐に告げて地霊殿を後にする。
待っている人がいる。私の足は自然と駆けだしていた。
雪の旧都を私は駆ける。吐いた息は白くなってすぐ消えた。
待っている人がいるから。橋の上で、今日も待っている人がいるから。
もうすぐ会えると心を躍らせて、私はパルスィの橋へと着いた。
パルスィはいなかった。
「……は?」
え、ドッキリですか、これは。
どこかに隠れていたりするんですか。
息を切らせて走って来てみればパルスィはいない。
パルスィが、待ってる!とかウキウキしてた私の気持ちはどこへ向けたらいいのですか。
雪の旧都は、寒かった。橋の上で一人でいれば尚のこと寒かった。
寒い。身なりを気にしてそこまでの厚着はしてこなかったのがここで響いた。
何で私は走ってまでここに来たのだろうか。というか慣れない急な運動したから……疲れた……。
「ふふ……なんか、もうどーでもいいや……」
自分の言葉じゃないみたいな台詞が口から漏れた。
今の私は多分パルスィ以上にマイナスのオーラを纏っていると思う。
というかどこへ行ったのパルスィ、私はここにいますよ。
「……さとり?来てたの?」
聞き覚えのある声が、した。
しかし同時に呑気な声に怒りが沸々と湧いてきた。
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「……ということがありまして」
「あー……うん、なんか、ごめん」
理不尽だとは思ったがあまりにもさとりが不憫だったのでつい謝ってしまった。
「……で、つまり今日はこれを渡しに来てくれたの?」
「はい」
もう一度受け取った招待状を見た。私を招待しにわざわざさとりがここまで走ってきてくれた。
「……ありがとね」
「おや、パルスィが素直とは珍しい」
「そっちが珍しく素直になってくれたのに、私が意地張ってたら馬鹿みたいじゃない」
「そうですか」
さとりがくすくすと笑った。
「あんたはずるいのよ。人の考えてること全部お見通しなんて。それでいて離れている時には気持ちがわからないから不安なんて。普通の人はこうやって話している時も相手の本心なんてわからなくて不安だっていうのに。ああ、妬ましい能力だわ」
まぁ、もちろんだからこそ辛いことがある能力だというのもわかってはいるのだけど。
「迷惑か、だなんて。それを言えば毎度毎度用もないのに来られる方が迷惑よ。」
「それは失礼。ではもう来なければよいですか?」
「冗談なくせに」
「ご名答」
二人で眼を合わせて笑った。
「ほら、読心能力のない私だってあんたのことちゃんとわかってる」
「そのようですね。私ももう少しあなたのことをわかってあげないといけません」
「本当よ、まったく」
それでも一番私を理解してくれている人物ではあるのだろう。
一人でいたいとか、他人と干渉したくないとか、それは正解であり不正解だ。
私はさとりとは一緒にいたい。つまりは本当に信頼できる人としか過ごしたくないし過ごせない。
普通の者ならその閾値も低いのだろうし折り合いも付けて生きていけるのだろう。
私は不器用だからそんなことができない。できないけれど一緒にいても大丈夫な人はいる。
それがきっと私にとっては目の前にいる、こいつなのだ。
「それはどうも。光栄です」
しまった。
「それにしてもこいしが描いただけあってキラキラのファンシー感バリバリの手紙ね、これ」
きらきらとしたペンで文字が描かれていたり可愛らしいイラストもところどころ描いてある。文字がところどころ形を崩していて読めない部分もあるが。
「ああ、その文字は地上の神社で仲良くなった巫女……ああ、山の神社の巫女ですから先の異変で来た巫女ではないです。その人から教えてもらった先端文字らしいです。"ぎゃるもじ"と言うとか」
「先端すぎて私には全く読めないわね。ふりがな振ってくれているから読めるけど」
「その巫女も対応表作らないと読めないと言っていたそうです」
対応表作らないと読めない先端文字とは何なのか。暗号解読?少なくとも日常会話には適さないと思う。
封筒には招待状と地霊殿への地図。パーティのプログラムなどが入っていた。身内パーティにしてはなかなか本格的だ。
「……ん?」
手紙をよく見てみる。
この日程。今日じゃないの?
「……え?」
さとりも私の読んでいる手紙を一緒に見た。
間違いなく今日の日付が書いてある。
それだけならまだ良い。パーティ開始予定時刻はもうすぐだった。
「……ここから地霊殿までどれくらい時間かかったっけ」
「今から走れば、ぎりぎりで間に合うくらいですかね」
冷静に会話しているが心中は共に穏やかではない。
そして、進行プログラムを読み進めると更に恐ろしい事実があった。
「さとり」
「言わないでください」
「いや、心読めるから何言いたいかわかってるでしょ。手紙も一緒に読んでるし」
「やめてください。残酷な事実など要りません」
進行表には開会式とある。
そして開会式の中には「主人・古明地さとりからの挨拶」とある。
「私だってこんな勝手なことされても困る」
さらに続きがある。「来客・水橋パルスィからの挨拶」。
何で今日いきなり招待されてスピーチせねばならんのだ。っていうか招待されるの前提かい。大した自信だな古明地こいし。
「あーもう……!いいから走るわよ!!」
「ちょ、ちょっと待って下さい……ここに来る時も全力で走ったんですけど」
「遅刻したら更にあんたの威厳下がるわよ」
「……善処します。ああ、既に動悸が……」
「この不健康系女子があっ!!」
私とさとりは地霊殿へ向けて走りだした。
雪の降る旧都を駆けていく。
手を繋いで、二人で駆けていく。
他愛もない会話も、こんな馬鹿馬鹿しい出来事も、今日のような特別な時も、二人で過ごしていく。
きっと、これからも。
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地霊殿のテラスに古明地こいしは腰かけていた。
ワイングラスを片手に一人上機嫌だ。
「クリスマスは誰と過ごすのか?恋人と過ごす?家族と?友達と?どれも正解。クリスマスは大切な人と過ごすものだから」
降ってくる雪がワイングラスに張られた液体に溶ける
「一人で過ごすのは?それも正解。大切な人のことを想えばそれでおっけー。私はお姉ちゃんのことを想うからこれも正解」
誰もいない地底の天井へとグラスを突き出す。
「それでは、良きクリスマスに乾杯」
古明地
それぞれの会話の掛け合いが面白かったです
ほんともっと増えればいいのに
こいしちゃんが恋のキューピッド過ぎて
僕もこんな妹が欲しいと思いました
いや~、面白かったです。
いい会話してる。
楽しませてもらいました。
良きさとパルでした
ナイスさとパルでした。あとメリクリです
こいしちゃんの素敵なクリスマスに乾杯
そして年末も。
とまれ、さとパル成分が補充されました。ありがとうございます。
踵落とし中にチラ見するさとりんはただの変態系幼女。
私以外って発言が色々とヤバい。
そして、ナイスさとパル系SS