Coolier - 新生・東方創想話

天才、八意女史の憂鬱

2011/12/24 06:28:25
最終更新
サイズ
17.82KB
ページ数
1
閲覧数
4881
評価数
28/100
POINT
6070
Rate
12.07

分類タグ


迷いの竹林。
名前の通り、独特の地理的特性から、一度足を踏み入れれば抜け出す事は容易ではないこの場所。
その奥地に、ひっそりと隠れるように佇む‥‥実際に隠れていたわけだが‥‥一軒の建物がある。
その名は永遠亭。
とある異変後、人々に認知されるようになったこの建物には、月から降り立った人間や兎が生活している。

「さて‥‥この薬の配合はこれでいいわね。後は一週間ほど安置して、不純物を沈殿させておいて頂戴」
「はいお師匠様、わかりました」

その言葉を受け、頭の上に少々歪な兎耳の付いた少女、鈴仙・優曇華院・イナバは、走り書きのメモを薬瓶に張り付ける。
鈴仙に指示を与えた、師匠と呼ばれるこの人物は、かつて月の頭脳の異名を取った天才、八意永琳。

文字通りの才女である彼女は、あらゆる薬を作り出す技能を持ち、幻想郷でもトップクラスの力をも備え、更には人柄もよいと評判である。
おまけに美人であるとも評判である。
それ故に、彼女を訪ねてやって来る者は多い。
時には、案内人も付けずに三日三晩歩き続けて辿り着く猛者もいる。
そんな者に薬が必要かどうかは疑問であるが。

とにかく、頭脳明晰・容姿端麗・文武両道と、人間の求めるおよそ全ての魅力を兼ね揃えた彼女。
天は二物を与えずという言葉があるが、その言葉を考えた人間は大法螺吹きだったのか。
否、そうでは無い。
二物どころか、三物も四物も持っているような彼女だが、一つ、致命的な弱点を抱えているのだ。

「今日予約の入っている患者は、後何人いたかしら?」
「いいえ、さっきの方で終わりです」
「そう。じゃあ、あなたは先に戻って休んでていいわ。お疲れ様」
「わかりました。では失礼しま‥‥あっ!」

ビリッ

鈴仙の上着が、棚から飛び出た釘に引っ掛かり、裂けてしまった。

「あらあら。気を付けないとダメよ?」
「しぃましぇん‥‥ああ、どうしよう。一張羅なのに‥‥」
「‥‥仕方ないわね。破れた服は、そこに置いておきなさい。直しておくわ」
「ええ! いいんですか? ありがとうございます!」

鈴仙は一礼し、診断室を出て行く。
その姿を見送った永琳は、弟子の上着を拾い上げる。
そして。

「‥‥ああああ、またやってしまった‥‥」

情けない声と共に、盛大に肩を落とすのであった。





「姫様ー。姫様、いらっしゃいますか?」
「あら、どうしたの? いるわよ。お入りなさい」
「失礼致します」

残る作業を終えた永琳がやって来たのは、自らの主、蓬莱山輝夜の私室。
室内に迎え入れられると、輝夜は机の前に座り筆を持っていた。

「あら、書き物ですか?」
「ええ、広間の床の間が殺風景でしょ? 何か、文字でも掛けておこうかと思って」
「ん? 確か、蔵に掛け軸が一軸余っていたと思いますが」
「‥‥ええ、私も思い出して持って来たんだけど‥‥こんなの、掛ける?」

既に輝夜が持ち出してきていた掛け軸を広げると、そこには、筋骨隆々の男が仁王立ちする、謎の水墨画が描かれていた。

「‥‥姫様、何か書いてください」
「そうなるでしょう? ご飯が喉を通らなくなるわ」
「見惚れてですか?」
「張り倒すわよ。それより、何か用があるんじゃないの?」
「そうでした。あの、ですね。姫様、今日ですが、その‥‥何か食べたい物とかはございません?」

思わず飛び出しかけた自分の右手を抑えて、輝夜が尋ねる。
それに対する答えは、意外なものだった。

「はい?」
「いえ、今日の夕食は、姫の好物にしようかと思いまして」
「永琳」
「なんでしょう」
「何をさせたいの?」
「うっ」

勘付かれてしまった。
見た目は呑気そうにポヤポヤしている輝夜だが、頭の中までポヤポヤしているわけではないらしい。
永琳は観念して、鈴仙から預かった服を取り出す。

「その‥‥これです」
「あらあら。派手にやったわねえ。それで?」
「それでって‥‥あの、よければ直して頂けませんか? 勿論、内密に」
「可愛い弟子の召し物ですもの。自分でやればいいじゃないの」
「ひ、姫様‥‥」

天才の名を欲しいままにする八意永琳の唯一とも言える弱点。

「冗談よ。あなた、不器用だものね」

それは、尋常ではないくらい手先が不器用だという事だった。





「はあ‥‥見事なものですね」

永琳の視線の先で、鈴仙の服が見る見るうちに修繕されていく。
縫い始めてそう時間も経っていないのに、既に半分ほど終わっているように見える。

「これくらい普通よ。もっと器用な子いるじゃない。ほら、人形の」
「ああ、彼女ですか。しかし、姫様も十分素晴らしいですよ」
「そう? ま、昔に色々やったしね。おじいさんの草鞋を編んでみたり、おばあさんに半纏を作ったり‥‥私の裁縫は、おばあさん直伝よ」

チクチクと針を動かす輝夜の目は優しく細められ、遠い昔の記憶を呼び覚ましているようだった。

「なのに‥‥びっくりしたわ。おばあさんの何倍、何十倍‥‥数えられないほどの時を生きて来たあなたが、縫い物どころか、折り紙の一つもまともに折れないんですもの」
「うう‥‥」
「ちょっと、久し振りにやって御覧なさいよ。はい。簡単なところで、鶴辺りがいいわね」

そう言って、輝夜は正方形の紙を渡す。
受け取った永琳は、暫らく苦い顔をしていたが、仕方なく折り始めた。

チクチク
シュルシュル
チクチク

静かな空間に、布の擦れる音と紙の擦れる音だけが響く。



「よし、こんなものかしらね」

広げられた服は、元通りとまではいかないものの、遠目に見れば全く違和感の無い仕上がりになっていた。
一方。

「あなたの方はどんなぐあ‥‥いい!?」
「ここまでは、どうにか漕ぎ付けましたが‥‥」
「な、何これ。邪教のご神体か何か? クトゥルフ的な生き物?」
「そこまで言わなくても!」
「いや、だって‥‥逆に、どうやったらこんな風になるのよ。紙の体積増えてるじゃない」

永琳は、たった一枚の折り紙から、邪悪の権化のような生物を創造したのであった。





「ほら、うどんげ。こんな感じでどうかしら?」
「わあ、凄いです! 新品みたい! 本当に凄い!」
「一応、他の部分の糸のほつれとかも直しておいたわよ」
「え?」
「え? ‥‥あ」

鈴仙の讃辞に気を良くした輝夜が、思わず答えてしまう。
この瞬間の永琳たるや、一瞬で泣きそうな顔になっていた。

「って、永琳が言ってたの! ね?」
「は、はい。そうなのよ、うどんげ」
「ありがとうございます! わーい」

あからさまに不自然なフォローだったが、お気に入りの服が無事に戻った鈴仙にとって、気にするほどの事では無かったらしい。
上着に袖を通すと、パタパタと出て行ってしまった。

「ふう‥‥」
「ありがとうございました。あの子も喜んでましたわ」
「みたいね。それはいいんだけれどね‥‥」
「はい?」

鈴仙の淹れていったお茶を飲み、輝夜は続ける。

「早い内に、ちゃんと白状した方がいいんじゃないの?」
「ええ?」
「ええ? じゃないわよ。あなたがぶきっちょなの、いつまで隠しておくつもり?」
「墓まで持っていくつもりですが‥‥」
「墓になんて一生入らないくせに。あなたね、可愛い可愛い弟子に、憧れていて欲しい気持ちはわかるけれど」
「う‥‥」
「こんなんじゃ、いつか困るんじゃない? ほら、あなたの仕事的にも」
「大丈夫です!」
「およ?」

輝夜の指摘に、永琳は意外にも自信満々で答える。

「ふふ、何を隠そう、最近では外科的治療も手掛け始めて‥‥」
「擦り剥いた部分に軟膏を塗って外科的治療とは、片腹痛いわ」
「ぐう!」

言い終わる前に、完膚なきまでに叩き伏せられてしまった。

「と、とにかく、大丈夫ですよ。私の能力をお忘れですか?」
「忘れやしないけれど‥‥」
「この力さえあれば、そもそも外科的治療なんていらないんですよ。骨折が一時間で治る薬や、血栓が溶けて無くなる薬、なんていうのも割と簡単に作れますから」
「まあねえ‥‥」
「万事、問題無しですよ」
「だといいけれどね。まあいいわ。それより、今日のご飯は楽しみにしてるわよ?」
「わかっておりますとも」

師の面目を保ち、上機嫌の永琳。
この時の輝夜の心配が杞憂でなかったとは、天才の頭脳を以ってしても読み切れなかったのである。





数日後、永琳は、置き薬の補充から戻ってきた愛弟子を迎えていた。
永遠亭では、薬の補充ついでに、身体についての心配事が無いかどうかも聞いて回っている。
その報告を受ける必要もあるのだ。

「猟師の十兵衛さんは、熊にやられた傷もすっかり完治したそうです」
「そう、よかったわ。一つ問題があるとすれば、あの傷で即死しなかったのが不思議で仕方無いって事ね」
「トメばあさんは、この間の塗り薬が凄くお気に入りみたいです」
「じゃあ、また薬草を仕入れなきゃね」
「と、お得意さんについては、こんなものですかね」

メモを確認しながら報告する鈴仙に対し、永琳は全ての情報を、直接頭にしまい込む。
流石である。

「あ、それからですね、梅吉さんのところのお父さんが、結構な重病を患ってしまったらしくて‥‥」
「あらま。患部は?」
「肝臓だそうです」
「そう‥‥心配だわ。今度、直接診ないとならないわね」
「ええ。他の医者にもかかったそうですが、患部が難しい部分らしくて‥‥皆お手上げだったそうです」
「ふうむ‥‥ま、診ないと何とも言えないけれど、病ならば治せる筈よ」
「ですよね! あ、あとですね、ご家族の話によりますと‥‥」

師の頼もしい言葉に、鈴仙はすっかりご満悦だ。
この後の自分の発言が、永琳を地獄に叩き落とすとは、想像もしていなかった。

「そのおじいさんなんですが、どうやら『あらゆる薬を無効にする程度の能力』を持ってるらしいです」
「なるほどなるほ‥‥えーっ!?」
「わっ!」

普段、滅多な事で感情を昂らせない永琳。
その彼女が突然の絶叫。
鈴仙は飛び上がった。

「し、師匠?」
「も、ももも、もう一度言ってもらえる? く、くく、薬が‥‥なんですって?」
「はい。『あらゆる薬を無効にする程度の能力』です。昔はその能力で、偉い人の毒見役とかをしてたみたいですね」

鈴仙は呑気に言うが、方や永琳は大パニックだった。
あらゆる薬を使い、病気や怪我を完治させる永琳。
今回の患者は、あらゆる薬を受け付けない男。
嫌がらせとしか思えない状況である。
そうなってしまうと、残された道は‥‥

「師匠!」
「な、何かしら?」
「今回の治療は、手術ですね! お手並み拝見させて頂きます!」
「くはあっ!」

最悪の相手が、致命的な弱点を突いて襲って来たのであった。





「あーあ‥‥だから言ったじゃないの」
「ひっく‥‥ひっく‥‥ぐすっ」

永琳の心とは裏腹に、手術の話はとんとん拍子に決まっていった。
と、いうよりも、そうしなければ、手遅れになってしまうのである。
診断の結果、症状は予想よりも随分と悪化しており、すぐにでも手を施す必要に迫られていたのだ。
遅くとも、一週間後には手術決行の必要があった。
その事実を突き付けられてから既に二日。
永琳は、すっかり精神を打ちのめされていた。
すすり泣く彼女の足元には、鬼か悪魔か地獄の使者か‥‥いやいや、それを聞けば、本物の鬼や悪魔が憤慨するのは間違い無い。
折り鶴になる筈だった、そんな異形が無数に落ちている。

「‥‥どうするのよ。っていうか、だから、どうやったらこんな禍々しい物が‥‥」
「時代は‥‥」
「ん?」
「時代は医学より暴力を必要としているのよ!」
「落ち着きなさい」

丸一日以上、指先の鍛練のために折り鶴を折り続けて、すっかり参ってしまっている。
どこかの天才もどきのような発言をする彼女を、誰が責められようか。

「だ、大体‥‥大体、私は薬師なのよ! なんでお医者様みたいな扱いを受けてるのよ!」

永琳の言う事も、尤もである。
薬でどうにもならない事を彼女に頼む。
我々の世界でいえば、瀕死の重傷を負った半死人が、助けを求めてドラッグストアに駆け込むようなものである。
ちょっと違うかも知れない。

「あなたの言う事は、間違っていないと思うわ」
「へ?」

すっかり、冷ややか言葉を浴びせられると思っていた永琳に、意外な言葉が返ってきた。

「確かに、今回の件はあなたの領分を超えているもの。それに‥‥」

輝夜は、永琳の足元に散らばる魔物達に一瞥をくれる。

「今から一週間足らずじゃ、どう足掻いても精密な手術が出来るようになるとは思えないわ」
「え」
「天が裂けても地が割れても、紅魔館に住む悪魔の妹の羽根飾りが、全部アジの干物になったとしても、あなたが器用になるなんて有り得ないわ」
「いや、何もそこまで‥‥」

率直な感想を受け、永琳のハートは更に抉れた。

「この状況で、あなたが選べる選択肢は、二つしか残っていないと思うわ」
「‥‥‥‥」

輝夜に言われるまでも無く、永琳の頭脳はその二つを導き出していた。
常人に思い付く答えならば、彼女に思い付かない筈がないのだ。

「まず一つ。こっちは、至極簡単ね。その患者を、諦めてしまえばいいのよ」
「諦めるという事は、つまり‥‥」
「そう。あなたの腕を以ってしても、既に手遅れだったと宣告するのよ。誰からも見放された上に、永琳がそう診断したとなれば、誰も疑いはしないでしょう。きっと、諦めも付くと思うわ」
「け、けど‥‥」

口を挟もうとした永琳を制し、輝夜は言葉を続ける。

「その場合、彼の一生は間違い無く、ここで終えるわね」
「‥‥‥‥」
「もしもその選択をしたとしても、あなたが責められる事は無いと思うわ。本人にも、家族にも、イナバにも。勿論、私もね」
「それはそうかも知れませんが‥‥」
「けれど、あなたは自身はどうかしらね。これから永遠に続く時間の中で、思い出す度に心が痛むかもね」

助けられる筈だった命を、放り投げてしまう。
その選択は、永琳の胸に大きな爪痕を残す事だろう。

「その重責に耐えられないと言うのなら、残るはもう一つ。それは‥‥」





その後、輝夜との話を終えた永琳は、鈴仙の私室へとやって来ていた。
輝夜の提示した、残る選択肢を選んだのだ。

「あ、師匠。どうされました?」
「うん、ちょっとね。話があるの。その前に、これを見てもらえる?」
「な、なんですかこれ。この世の悪意を凝縮したオブジェですか?」
「‥‥私の折った鶴よ」
「え」

永琳は、自分の手先が極端に不器用である事。
破れた服も、輝夜が直した事。
折り紙すらまともに折れない自分では、執刀など到底不可能である事。
全てを鈴仙に打ち明けた。

「そ、そんな‥‥」
「今まで隠していて、ごめんなさい。でも、これは事実なの」
「そうですか‥‥はっ! じゃあ、今度の治療はどうするんですか!? まさか、諦めるしか無い、とか‥‥」
「いいえ、方法はある。あなたが、私の代わりに手術を担当するのよ」
「うええ!?」

永琳の話はこうだった。
病について熟知している永琳が、指示とサポートを担当。
手先の器用な鈴仙が、その指示通りに処置を施す。
いわば共同作業である。

「そ、それしか無いんですか?」
「ええ。今説明したのが、彼を助ける唯一の方法になると思うわ」
「うう‥‥」
「もしも、あなたが協力してくれるなら‥‥」

永琳は足を一歩踏み出し、鈴仙の目の前に移動する。

「私をぶってちょうだい」
「ええ!?」
「私は、あなたに尊敬して貰うために、ずっと嘘を吐き続けていたの。そのせいで、こんな大事になって、第三者まで巻き込んでしまったわ」
「‥‥‥‥」
「あなたがそれを許し、協力してくれると言うのなら、けじめとして‥‥私がこれからもあなたの師でい続けるために、お願い」
「師匠‥‥」
「もしも許せないと言うのなら、それも仕方ないわ。その場合、私は黙ってこの部屋を出る」
「‥‥わかりました。師匠がそこまで仰るのなら‥‥」
「うどんげ‥‥ありがとう」
「では、歯を食いしばってください」

鈴仙が手を振り上げるのを見た永琳は、衝撃に備えて目をきつく閉じる。


ズドン

「ヒクュ‥‥!」

およそ人体から発せられたとは思えない、音。
そして声と共に、永琳の体がくの字に折れ曲がった。

「ふう‥‥これでよろしいですか?」
「え、ええ‥‥ありがとう‥‥けれどね、うどんげ‥‥」
「はい?」
「普通、こういう時には‥‥ほっぺたを平手で叩くもの、なのよ‥‥」
「ええ!?」

ヒューヒューと絶え絶えに呼吸する師の、我が身を犠牲にした教えにより、鈴仙はまた一つ賢くなったのであった。





「それでは、執刀を開始します。お願いします」
「お願いします」
「お願いします」
「‥‥師匠」
「ええ」
「どうするんですか?」

手術当日。
この時のために用意された部屋の中には、永琳と鈴仙、そして患者の三人。
聞こえてくる声も三人分。
そう、何故か患者も会話に参加しているのだ。

「どうするって言っても‥‥どうしましょう」
「よくよく考えれば、薬が効かないって事は麻酔も使えないんですよね」
「すっかり失念してたわ‥‥」

ここ数日、手術の計画ばかり考えて、肝心な事に気が付かなかった。
これから腹部に穴を空けると言うのに、当の本人が起きているのだ。

「ああ、どうかお気になさらず。そのまま開始してください」
「いやいやいやいや」

余りに呑気な言葉に、師弟が揃って首を振る。
とはいえ、他にどうしようも無いのもまた事実。
二人は目配せして、仕方なしに執刀を開始する。

「ひええ‥‥まさかこんな事になるなんて‥‥」
「し、しっかりなさい。落ち着かなきゃダメよ」
「先生、頑張って」
「いやいや、あなたはちょっと黙っててもらえます?」

普通ならば考えられない、患者本人からの激励。
悪夢のような状況である。

「では‥‥」
「いててっ」
「うう‥‥」
「あたたたたっ!」
「むむむむ‥‥」
「うどんげ、しっかり!」

刃が食い込む度に、悲鳴があがる。
悪夢のような状況である。

「うう‥‥ええい! もう我慢出来ません!」


ドゴン
「えひゅっ‥‥!」

鈴仙の拳が顎に振り下ろされ、患者は昏倒した。

「ちょちょちょちょ! ちょっとうどんげ!」
「さあ師匠! 今の内です!」
「‥‥あなた、割と極悪ね」

手段はともかく、なんとか窮地を脱する事が出来たのであった。




「そこは斜めに。角度は十五度くらいで‥‥そう、その調子よ」
「ふう‥‥師匠、汗をお願いします」
「はい。そこには太い血管が通っているから、十分気を付けて」
「はい‥‥」
「もうすぐよ。頑張って」

永琳の的確な指示と、それを正確に実行する鈴仙。
二人の連携で、手術はスムーズに進行していた。

「う、ううむ‥‥」
「はっ! てりゃ!」

ドカッ
「きゅう‥‥」

目覚めそうになる度、患者に増えていく痣だけが、深刻な問題だった。





数時間後、手術も終わりに近付いた頃、最後の問題が発生した。

「いいわ。病巣の摘出は終わったわね。後は出血に気を付けながら、縫合して‥‥」
「し、師匠‥‥」
「何?」
「手、手が‥‥手が動きません‥‥」
「ええ!?」

極度の緊張と疲労により、鈴仙の手が麻痺してしまったのだ。
肝心なところは終わったと言え、このまま出血が続けば命にも関わる。

「も、もう少しよ。もう少しだから、なんとか頑張ってちょうだい!」
「う、うう‥‥」

激励されて何とか糸を扱おうとするが、指先が震えてどうにもままならない。
そうしている間にも、患者の血液は徐々に失われていく。

「だ、だめです‥‥指が、指があ‥‥!」
「くっ! このままじゃ‥‥」

永琳の脳裏に患者の、そして、その家族の顔が浮かぶ。
その瞬間、ほぼ無意識に、患部に手が伸びていた。





「いやあ、先生。ありがとうございました」
「とんでもないです。私が不甲斐無いばかりに、危険な目にあわせてしまいまして‥‥」
「いやいや。先生は命の恩人です」

その後、手術は無事に終了した。
永琳の指先が、奇跡的に糸を上手く結べたのだ。
部屋から出てきた患者が痣だらけになっていた件も、事情を説明したらあっさりと許して貰えた。
こうして、天才の人生最大の危機は去ったのであった。





「じゃあ、全て丸くおさまったのね。よかったわねぇ」
「ええ。姫様のお陰でもありますね」
「それにしても、永琳が糸をねえ‥‥それも、繊細な部分の」
「自分でもびっくりしています」
「あの時の師匠、かっこよかったですよ」
「ふふ、ありがとう」

緊張の時間も終わり、久し振りの和やかな食卓。
話題は先ほどの手術の件で持ちきりだった。
が、ここで鈴仙から思わぬ言葉が発せられる。

「でも師匠。師匠が不器用だって言われて、気付いたんですが」
「なあに?」
「師匠の箸の持ち方、変ですよね?」
「え?」
「あら、言われてみれば‥‥そう言えば、筆の持ち方もおかしいわね」
「え? え?」
「あ、だからですかね。師匠の字って、ちょっと読みづらいっていうか‥‥下手ですよね」
「そうそう! そうなのよね。ミミズがのたくってるって言うのかしら」
「いやいや、ちょ‥‥二人とも?」

鈴仙の言葉を皮切りに、今まで明るみに出てこなかった汚点が発表されていく。

「あ、そうだ姫様! 師匠がリンゴ剥いたの、見た事あります?」
「あるある! あれもう、どこ食べればいいのかわからないのよね!」
「も‥‥」
「他にはね、永琳たら絵も拙いのよ」
「あ、そう言えばメモ書きの横の落書きを見た事が‥‥」
「もうやめてーっ!」

頭脳明晰・容姿端麗・文武両道と、人間の求めるおよそ全ての魅力を兼ね揃えた彼女。
天は二物を与えずという言葉があるが、その言葉を考えた人間は大法螺吹きだったのか。
否、そうでは無い。
二物どころか、三物も四物も持っているような者は、その分、恥ずかしい弱点もたくさん与えられているものなのだ。
完璧超人より、ちょっと弱点がある方が可愛く見えるよね。
という話でした。
いわゆるギャップ萌えですかね。
逆に姫様は、のほほんとしてるように見えて割と色々器用にこなせると嬉しいです。
鈴仙は割と悪い子だと嬉しいです。
困ったらグーパンで解決みたいな。

書いてる内にどっかでてゐ出せるだろうなーと思ってたら、出ないで終わっちゃいました。

書き終わってから思い出したけど、この人、弓持ってなかったっけ‥‥


>コメント1つめさん
昔の毒って、多分草とか生き物の毒だと思うんで、きっと僅かに味とか匂いが変わるんじゃないかと思います。
「おいおい、これ毒入ってんじゃねえか? 俺は大丈夫だけど」
みたいな。
お金を貰った上に、ご馳走(毒入り)を美味しく頂くラッキーなお仕事です。
ブリッツェン
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.3380簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
単純に疑問なんだけど、
>『あらゆる薬を無効にする程度の能力』です。昔はその能力で、偉い人の毒見役とかをしてたみたいですね
って、無効にするなら毒飲んでも毒かどうかわからなくね?
5.100奇声を発する程度の能力削除
不器用な永琳可愛いよマジで
6.100名前が無い程度の能力削除
困ったらグーパンで解決する鈴仙……あると思います。
キャラがみんな可愛いなあ。
紅魔館も好きですが、永遠亭メンバーの話もまた楽しみにしています。
7.100名前が無い程度の能力削除
ハートがヒクュっときた!
こういう永琳を待っていました。
11.100名前が無い程度の能力削除
皆得
12.100月宮 あゆ削除
作者のキャラは基本的に全員かわいく見えます。

まさか永琳がここまでかわいくなるとは思いませんでした。原作ではなんでもできるお姉さんのイメージが強いので。ギャップ萌えいいですね

ホントに永琳がかわいかったのでこの点数で!
16.90とーなす削除
永琳可愛すぎる。
ギャップ萌えってやっぱりいいですね。暴力的なうどんげもいいですね。
19.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
22.100名前が無い程度の能力削除
何この可愛い永琳ちょっと私を手術してくれませんか割りとマジで。
23.100名前が正体不明である程度の能力削除
手先は器用な方がいいよね。
26.80>>1削除
回答サンクス
永琳かわいいよ永琳
28.100名前が無い程度の能力削除
優曇華の行動がスゲーww
30.100名前が無い程度の能力削除
こういう永琳もイイデスネ!
33.100名前が無い程度の能力削除
微笑ましい永琳にしっかりした輝夜にすぐ手が出る鈴仙と、和やかな雰囲気の永遠亭がすっごく良かったです。
てゐの話もぜひ読んでみたいです!
36.90名前が無い程度の能力削除
その弱点すら可愛いって理由で帳消しじゃないですか!
やだーーーーー!
おもしろかったです
41.100名前が無い程度の能力削除
肝臓の主な機能は体内毒素の処理なので、「あらゆる薬を無効にする程度の能力」が毒に対しても働くのなら……あれれ?

今なら、「あらゆる薬を無効にする程度の能力」は働いていなんじゃないかな?普通に麻酔薬が効いたはずだよ?

不器用な上におっちょこちょいな永琳ということで。
42.無評価名前が無い程度の能力削除
うどんげw
いつぞやのサドっけたっぷりなうどんげを思い出しました。

このえーりんとうどんげの話はもっと見てみたいですね。
43.100名前が無い程度の能力削除
すいません、点数忘れました。。。
48.100名前が無い程度の能力削除
ウドンゲがフリーダムすぎるwwww
49.80名前が無い程度の能力削除
多くの人が得をする
50.100名前が無い程度の能力削除
一撃で確実に意識が飛ぶグーパンこわいです
51.100名前が無い程度の能力削除
うん、この幻想郷はいいですね。
妖怪並にタフでパワフルに生きる人間達と、紅魔館を筆頭に人間以上に人間臭い妖怪達が共に在る世界……
この幻想郷、これからも見てみたいですね。

けど、うどんげが困ったらグーパンで解決するのは実は依姫直伝で、依姫にそれを教えたのがえーりんだったとしたら…
まさしく、因果は巡るって感じで、面白いかもしれませんね。
53.100名前が無い程度の能力削除
このうどんちゃん肉体派すぎるよ
55.80名前が無い程度の能力削除
うん
67.80幻想削除
これはみんな得!
70.100名前が無い程度の能力削除
いかにも完璧人間っぽい永琳にも弱点があるのは良いですね
ギャップ萌え素敵です
75.100名前が無い程度の能力削除
皆かわいかったです。
77.100名前が無い程度の能力削除
麻酔が効かない⇒針
と思った斜め上でした。

うどんちゃんにコレを・・・
【治符「肉体麻酔」】
84.100名前が無い程度の能力削除
誰にでも欠点はあるもの…良く分かる作品でした
94.無評価名前が無い程度の能力削除
器用になるくすr
98.90名前が無い程度の能力削除
麻酔(物理)