「あー……困った」
そう独り言を呟きながら、こたつにだらしなくうなだれたのは博麗霊夢だった。
彼女はこの数刻の間、「あー」やら「うー」などと小さくうなり声を発しながら他に何をするでもなく、ただだらだらと過ごしていた。
それだけを見ればいつものことのようにも思えるが、しかし今回ばかりは少々事情が異なっている。なぜなら彼女は今、一つの難解な問題に直面しているのだ。
それはとても単純なようで、しかしそれゆえにどうしようもなく大きな問題だった。
霊夢はその問題の解決方法をずっと考えているのだが、その結果が芳しくないことは今のだらけきった霊夢の様子を見れば分かるだろう。
そんな霊夢の元に、何の前触れもなくモノトーンの服を着た魔法使いが訪ねてきた。
「霊夢ー、いるかー? ……まあいなくてもちょっとお邪魔させてもらうけどなーっと、おー寒い寒い。………………なんだ、いるじゃないか」
「…………はぁ」
霊夢は訪ねてきた魔理沙の方を確認することさえせず、ただ小さくため息をついた。
「ん? どうしたんだ霊夢、何かあったか?」
「……別に。あんたの相変わらずの自分勝手さにちょっと呆れただけよ」
「そうか? ……私には、そうは見えなかったけどな」
「………………」
さすがに長い付き合いだけあってよく見ていると、霊夢は思った。
――そんなことを言いながら全くの遠慮もなしに、そそくさとこたつの向かい側に入るあたりもさすがではあったが。
「……もう少しこう、悪びれるとか何かないのかしらね」
「んー、何だ? 謙虚で遠慮深い霧雨魔理沙がお望みなのか?」
「…………気持ち悪い」
「そうだろ? だから私はありのままの霧雨魔理沙で売っていくことにしたんだぜ」
そういって自信満々に胸を張る魔理沙。
だからといって無遠慮であることに堂々と胸を張るのは何かおかしいと霊夢は思いながら、しかしそれを指摘するのはあまりにも今更すぎるだろうと判断する。
「売っていくって誰によ、全く……」
だから霊夢はどこか投げやりにそういった。
そこでこの話は終わり、ふと二人は沈黙する。
霊夢はこたつ机にうなだれた格好のまま魔理沙の様子を窺う。外から入ってきたばかりの魔理沙の頬はまるでリンゴのように赤くなっていた。
やはり外は相当に寒かったらしい。
――まあ暦の上ではとっくに冬なのだから、それは当然なのだけれど。
そんな日にわざわざ外に出て神社に訪ねてくる魔理沙はやっぱり少しバカなのかも知れないと、霊夢はそう思った。
「…………?」
霊夢と目が合った魔理沙が小首をかしげる。
無理な姿勢で魔理沙を見ていたせいか、霊夢は少し首が痛くなってきたのでそこで魔理沙の観察をやめることにした。そうして目線を横にそらすと、ガタガタと揺れる雨戸が目に入る。どうやら寒い上に風まで強いらしい。自分だったら絶対に外になんて出ないのに、と霊夢は思う。
そうしてしばらく沈黙が場を支配し、雨戸の揺れる音だけが聞こえていた。
先にその沈黙を破ったのは魔理沙だった。
「……それにしても、ここのところ随分と寒くなってきたよな。こんな日は神社のこたつに入ってだらだらするに限るぜ」
「……バカじゃないの。あんたの家にだって暖房器具くらいあるでしょうに……」
「いや、あるにはあるんだけどな……ちょっと燃料を魔法の実験に使ってしまって、だな」
「…………はぁ。そういうことね」
呆れたようにそういいながらも、霊夢はどこか残念そうだった。
「木炭と豆炭なら多少余裕あるけど、何なら持っていく?」
「いや、いいよ。明日にでも里に買い足しに行くから」
「そう」
「……けどこうも寒いとなると、さすがにあったかい温泉にでも入りたくなるよな――」
こんなふうにちょうど過去の寒い時期、博麗神社の近くに温泉が湧いたことがあった。間欠泉から湧き出たお湯と、たくさんの怨霊たち。それは今思い出しても面倒な異変だった。
そのときの温泉は今でも湧き出ているのだが、その湯量は間欠泉地下センターを管理する八咫烏の霊烏路空によって制限されているのが現状である。
今の温泉に湧き出る湯量ではせいぜい足湯にしかならない。別に他の季節ならばそれでも問題はなく、湧いているだけありがたいと思えた。
けれど、今は冬だった。
こんな寒い季節には、やはり温泉には肩まで浸かって入りたいものである。
――そんな魔理沙の何気ない一言に、霊夢は目ざとく反応を示した。
「やっぱり魔理沙だってそう思うわよね」
「な、何だいきなり……どうしたんだ霊夢?」
「私もね、『こんな日には温泉に入りたいなー』って思ったのよ。だからちょっと遠出して頼みに行ってみたわけ。この寒いなかわざわざ、ね」
「お、おう。でも、頼むって誰に……あ、まさか――」
「――そう、旧地獄の管理人のところよ」
旧地獄の管理人とは、地霊殿の主である古明地さとりのことである。他人の心を見通す第三の眼を持ち、それゆえに多くの人間や妖怪、怨霊に敬遠される存在である彼女。
霊夢は彼女の元を訪ね、そして頼んだのだという。
――ねえ、ちょっと前みたいに温泉をたくさん湧かしてくれない?
「いや霊夢、お前それはさすがに無理があるだろ……というか、よくさとりのところに行こうなんて思ったな。私はどうにもあいつが苦手なんだが」
「そう? 私は別に普通だけど。それに魔理沙は無理があるっていうけど、さとりは確かに言ったのよ――『いいですよ』って」
――ただし、私をジャンケンで一度でも負かすことが出来たなら。
「………………やっぱり断られてるじゃねーか!」
「違うわよ、断るなら最初からはっきり断ればいいだけの話じゃない。私だってダメで元々のつもりで言っただけだし、心が読めるさとりならそれは分かっていたはずなんだから」
「いや、それは確かにそうだが……」
断ればそれで霊夢が大人しく帰ることをさとりは理解していただろうと、それは確かにそう魔理沙も思う。
しかしその上であえて、さとりが絶対に負けない自信のあるジャンケン勝負を霊夢にちらつかせたとも考えられるのだ。
魔理沙からすれば、旧地獄の連中は一癖も二癖もある性格の悪い妖怪の集まりだった。
そして心の読める古明地さとり――彼女ならば、霊夢の性格を読むことだって簡単なことなのだ。
もしジャンケンで勝てたら温泉に入れるのだとすれば――霊夢は間違いなくジャンケンで勝とうとするだろう。
そんな霊夢の性格を分かった上でさとりは霊夢をからかって遊んでいるのではないかと、そんなふうに魔理沙には思えた。
「別にさとりの意図なんてどうでもいいわよ。さとりがどういうつもりであれ、重要なのは『さとりにジャンケンで勝てば温泉』というただ一点だけよ」
「……まあ、お前はそういう奴だったよな」
確かに魔理沙はさとりの性格が悪いと思っているけれど、その霊夢との約束を反故にするような妖怪ではないと思っている。ある程度高位の妖怪となれば、嘘や盗みなどを嫌うようになるのだ。
だから霊夢のいう、『さとりにジャンケンで勝てば温泉』というのは一応の事実である。
事実ではあるのだけれど――。
「――それで、お前はさっきまでどうやればさとりにジャンケンで勝てるかを悩んでいたってわけか?」
「そう、それよ」
「……なあ霊夢」
「何?」
「他人の心を読める妖怪にジャンケンで勝てると思うのか?」
「絶対に出来ないってことはないでしょう? そりゃさとりの能力が『絶対にジャンケンに勝てる程度の能力』っていうなら話は別だけど、本来のさとりの能力はジャンケンのためのものじゃないんだから」
「いや、それはそうだけどな……」
確かにさとりは相手の心が読めて、「相手の出す手が分かる」からジャンケンに勝てるのだ。だからどうにかしてこちらの手を分からなくさせれば、あとは普通のジャンケン勝負となる。
「それに、さとりは自分が一回でも負ければいいって言ったのよ。こっちは何回負けてもいいから、たった一回でも勝てばそれで――」
「――それで、霊夢は何連敗してきたんだ?」
「……三十三連敗」
「それはまた、何ともキリのいい数字だな」
ジャンケンで三十三連勝出来るなら、この星の全人口でトーナメントをしても優勝出来る。つまり言ってしまえば、さとりにとってジャンケンでこの星の一等賞になることは容易いことなのだ、と。
「……で、それだけ負けてもお前は諦めるつもりがないんだな?」
「正攻法でダメなら、何か策を考えればいいだけの話でしょ?」
つまり、こういうことだ。
――さとりにジャンケンで勝つための、たったひとつの冴えたやり方を探している。
さとりが設定したルールは、まずジャンケンは必ず手で行うこと。紙に手を描いたりしてランダムに出すことを禁じた。
次に、さとりが一回負けるまで霊夢は何回負けてもいい。
最後に、ジャンケンを手で行うならば代役を立てても構わない。
それ以外は普通の一対一のジャンケン勝負とあってルール自体はシンプルだったが、それゆえに霊夢ではさとりに勝てないこともまた明白だった。つまり霊夢が考えていたのは最後のルール、代役を立てて勝つ方法についてだった。
「で、霊夢は何か思いついたのか?」
「んー……まずさとりに心を読まれないのが一人いるわね」
「……ああ、こいしか」
古明地こいしは、さとりと同じく他人の心を読む第三の眼を持った妖怪だった。しかしこいしは心を閉ざし、同時にその第三の眼を閉じて他人の心を読めなくなった代償として無意識を操る程度の能力を得た。
こいし曰く、姉であるさとりにはこいしの心を読むことは出来ない。だからさとりではこいしに勝つことは出来ないのだ。
「でも、こいしってあっちの陣営だし……さすがに協力してくれないわよね」
「まあ、何だかんだといっても結局こいしはお姉ちゃん大好きっ子だからな」
それに無意識に潜むこいしを探し出すこと自体がそもそもの難題だった。
こいしが自ら見つかろうとしない限り、霊夢たちにはその存在を知る術はほぼ無いに等しい。
「次に考えたのは、紫だったんだけど……」
一人一種族、スキマ妖怪の八雲紫。彼女の持つ境界を操る程度の能力ならば、確かにさとりの能力に対しても対策の立てようはいくらでもあった。
「自我と認識の境界」「思考と行動の境界」「意識と無意識の境界」など、その他様々な概念的境界を操ればさとりを一回騙す程度のことは容易いに違いない。
それどころか単純に霊夢の手の振りをして紫がスキマから手を出すだけでもさとりを騙すことは出来るだろう。
「残念ながら紫は今の時期冬眠中なのよね……前に温泉が湧いたときは起きていたのに」
「あいつは肝心なときに寝てるよな。……まあ仮に起きていたとしても、あの紫がこんなことに協力してくれるとも思えないが」
こうしてさとりに勝つことの出来る手段はいくつか見つかるけれど、それを今すぐ実現出来るかとなるとどれも難しいものだった。
「――ほら、紫がいなくてもさ、たとえば二人羽折とかどうだ?」
「そんなの心読まれたらすぐばれるに決まってるじゃない」
「――接着剤で手をグーに固めておいて、頭ではパーを出そうと考えてもグーしか出せないとかどう?」
「……で、それは一体誰の手でやるんだ?」
「もちろん魔理沙」
「嫌に決まってるだろ!」
そうしてどんなにくだらない方法であっても思いついたものは全て真面目に検討した結果、霊夢と魔理沙はついに一つの結論に至った。
「――これが一番簡単そうね」
「ああ、だがまだ使えると決まったわけじゃないぜ?」
「わかってるわよ……それじゃあとりあえず手分けして探そうかしら」
そうして霊夢と魔理沙は寒空の下、ふよふよと空を飛んで何かを探しに行った。
「――で、一応こうして見つかったわけだが」
そういった魔理沙の横には雪だるまが立っていた。
その雪だるまに向かって霊夢は尋ねた。
「……あんた、何してるの?」
「……雪だるまごっこ」
雪だるまの格好をしたチルノはそう答えた。
「何よそれ……ねえチルノ、そんなことよりあんたさぁ、ジャンケンって知ってる?」
「あぁ、霊夢今あたいをバカにしただろ? それくらいあたいだって知ってるよ!」
「バカにはしてるけど……そう、知ってるのね」
それを聞いて霊夢は残念そうな表情になった。
けれど――。
「あ、あれでしょ? めーりんがよくやってる、あちょーってやつ」
「そうそう、役立たずの門番があちょーって違うわよそれ! ……もしかしてチルノ、本当はジャンケン知らないんじゃないの?」
「し、知ってるし」
しかしチルノのこれは知らない顔である。
そこに魔理沙が助け舟を出す。
「まあお前はまだ知らなくても仕方ないけどな。ジャンケンが始まったのはつい最近、言ってしまえばこれは流行の最先端なんだから」
「流行の、最先端――」
チルノはその言葉に強く興味を引かれたようで、眼をキラキラと輝かせていた。
「今すぐ始めたら、チルノならもしかするとジャンケンで最強になれるかも知れないなー」
そんなことを魔理沙がわざとらしく言う。そこにすかさず霊夢が口を開いた。
「ねえチルノ、私たちがジャンケン教えてあげようか?」
そう言われてチルノは少し迷った振りをしてから答えた。
「そ、そこまで言うならあたいがそのジャンケンっていうの、教わってあげてもいいよ?」
そうして霊夢たちはチルノを連れて地霊殿を訪ねた。
「あーつーいー、あたい帰るー」
「もう少しの辛抱よ。ほら、あんた最強になるんでしょ? 今ジャンケンで最強なのはさとりなんだから、それを倒せばあんたが最強よ」
最強という言葉に釣られてこんな旧地獄の地下深くまでチルノは連れてこられたが、しかしそろそろ暑さの限界だった。氷の妖精であるチルノは暑さに弱い。当然温泉になど入りたがらないので、霊夢たちとはそもそも目的が違っていた。
「ほら、見えてきたぜ?」
魔理沙がそう声をかける。
目的地が目の前にあるなら、もう少しだけ我慢しようとチルノも思ったらしい。口では「暑い」「早く帰りたい」と文句を言いながら、渋々ついてきた。
そうしていつもどおり無断で地霊殿の建物に侵入し、霊夢たちはさとりを探す。
「さとり、温泉をかけて私たちとジャンケン勝負よ!」
霊夢がそう大声で呼びかけると、奥の方からさとりがゆっくりと姿を現した。
「……やはりまた来ましたか。貴方が諦めていないということは分かっていましたけど。……なるほど、今度はそこの妖精が私の相手ですか。別に構いませんよ……え? その妖精なら私に絶対勝てるって? ……そう、何か策があるのですね。……さすがにその策の中身までは覗かせてくれませんか――」
霊夢たちが危惧していたのは、霊夢たちの策がさとりに露見してしまうことだった。逆にいえば、その危険性さえなければこの策は成ったも同然である。
魔理沙の研究によると、さとりは「遠い対象」の心を読むことは出来ないのだという。
霊夢が地下に潜って初めてさとりと出会った際も、さとりは霊夢と通信していた地上にいる妖怪の心までは読めなかった。「距離的に遠い対象」の心は読めない。
そしてそれ以外にも、「時間的に遠い対象」の心も読めないのだと魔理沙は指摘する。したがってさとりが相手の遠い過去のトラウマを読み取る際には何らかの方法で相手を動揺させているのだ、と。
だから霊夢たちは自分たちの策については、チルノにその策を授けて以降一切考えないことにしていた。ただひたすらに、「チルノなら勝てる」とだけ考えていたのだ。
だからさとりは確かに霊夢たちの心を読んだけれど、読み取れたのはすでに温泉に入ったつもりになっている欲望に満ちた思考だけだった。
(この人間たちはどこまで純粋なのかしら……悪い意味で)
霊夢たちの純粋な欲望の塊を読み取ってさとりは少し眉をひそめたけれど、だからといって何が変わるわけでもない。策が読み取れないのは気になるが、しかしそれでさとりがジャンケンで負けるとも考えづらかった。
「――まあいいでしょう。では早速はじめますか?」
「とうとうあたいの出番ね? よーし、あんたなんかあたいの最強のパーでやっつけて、こんな暑いところなんかさっさと出て行ってやるわ!」
いきなり自分の出す手を宣言したチルノを見て霊夢と魔理沙は、やはりチルノはバカだったと再認識した。それがもしジャンケンにおける心理戦を仕掛けたというのならばむしろ賢い部類に入るのだろうが、チルノの場合はただバカ正直に自分の出そうと思っている手を宣言しただけに過ぎない。
しかしこれでも相手がさとり以外だったならば、たとえ正直に自分の手を宣言したとしても相手には迷う余地があっただろう。けれど今の相手はさとり、心が読める彼女にそもそも心理戦が介在する余地はどこにもない。
さとりには分かっていた。チルノの思考が一切の嘘偽りを持たず、ただ素直にパーを出して勝ち、そして早く帰りたがっているのだと。
いくつかノイズとして、「とーけいとかくりつで、チョキが出されるかくりつはにじゅうななぱーせんとだから……ようするにパーったら最強ね!」などと自分では理解していないらしい理論も漏れ聞こえていたけれど、そこはあまり重要でもないだろう。
ここで重要なのはただ一点――。
――チルノは間違いなくパーを出す。
それはさとりの能力が読み取った確かな情報だった。この情報に欺かれたことなど、さとりは今まで一度としてなかった。
だから信じた――。
――自分はチョキを出せば勝てる。
「ではいきますよ? ジャンケン――ポン」
その掛け声と同時に、さとりとチルノは自分の手を前に出した。
さとりの手は二本の指が立てられている。ハサミを模したその手は、チョキだ。
そして――。
チルノはその右手を強く握り、前に拳を突き出していた。
それは石を模した手――グーだった。
「……あら? おかしいですね、そんなはずは……」
「やったー、あたいが《パー》であんたが《グー》だからあたいの勝ちー! やっぱりあたいったら最強ね!」
チルノはそういって自分の勝利を喜んだ。そしてその言葉を聞いて、さとりは全てを理解した。
――チルノは自分の手をパーといい、そしてさとりの手をグーといった。
――実際にチルノはグーを出し、さとりはチョキを出したというのに。
それはつまり、チルノはジャンケンの手を「間違って覚えている」ことに他ならない。
「……なるほど、これはしてやられましたね」
淡々とそういったさとりに対して、少し拍子抜けした様子の霊夢は言った。
「なんというか、もう少し悔しがってくれてもいいんじゃないの?」
「……? けれど悔しがっても、貴方が喜ぶだけですから」
「……さとりはこういう奴なんだよ。勝っても勝った気がしないというか、何だかもやっとするから私はこいつが苦手なんだ」
魔理沙はどうせ心を読まれるのだからと、はっきりとさとりに対して苦手だと宣言した。
「そうですね、私のこの能力を好ましく思う人間はまずいないでしょう」
「能力の問題じゃなくて性格の問題だろ……」
魔理沙は少し疲れた表情で憎まれ口を叩く。さとりに対してわざわざ口に出す意味は実際のところ無いのだろうが、魔理沙はそれでも口に出す。そんな魔理沙の意図はさとりにも伝わっていたので、さとりは静かに微笑んだ。
「さて……それでは約束どおり、以前の場所にある温泉の湯量を増やすように空には私から言っておきます。それでも出来て一週間程度だと思いますが、構いませんか?」
そもそも神社近くの温泉の湯量が制限されていることには理由があった。
それは山の神が主導となって行っている何らかの実験のためである。それに関して一度霊夢が文句を言いに行ったところ、「麓の施設は温泉を湧かすためにあるわけではありません」と一蹴されてしまった。
欲を言えば一週間といわず常時温泉を湧かして欲しいところではあったが、無理を言ってもどうにかなる話でもない。山の神のいうところの実験が終わるまではどうしようもないことなのだ。
だから霊夢たちはとりあえず今温泉に入れるというだけでよしとした。
「――よし、それじゃあ帰るとするか」
「あれ、そういえばチルノは?」
「ん? 本当だ。どこいったんだ、あいつ」
「ああ、あの妖精なら暑いから帰るといって一人で帰っていきましたよ?」
「なんだ……せっかく無理やり温泉に入れていじめてやろうと思ってたのに」
「……霊夢、お前そんなこと考えてたのかよ」
――どうやらチルノは命拾いをしたらしい。
霊夢たちが神社に帰ってからしばらくすると、温泉の湯量が元に戻り始めた。それを確認するやいなや、二人は温泉に入る準備をして温泉に向かった。
「…………で、どうしてお前がここにいるんだ?」
魔理沙が尋ねた。
「どうして、ですか。それは私もちょうどここの露天風呂に入りたかったから、ですよ」
すでに一人裸で温泉に浸かっているさとりがそう答えた。
そんなさとりを見てから、二人はお互いの顔を見合わせる。
(もしかして最初からそのつもりでさとりはジャンケン勝負を受けたのか?)
(……してやられたわね)
目線でそんな会話をかわして、霊夢はため息を一つついた。
「はぁ……まあいいわ、別に減るもんじゃないし」
そういって霊夢は深く考えることを諦め、頭を目の前の温泉に切り替えた。
霊夢と魔理沙は用意した籠に服を脱ぎ、持ってきた桶でかかり湯をすると、もくもくと湯気の立ち上る温泉に足の先からゆっくりと入っていった。
「……ふぅ……暖まるわぁ――」
「いやー、やっぱり冬といえば温泉だよなー」
寒空の下の露天風呂。お湯の熱さも気にならない。湯に浸かっている身体は温かく、けれど外気に触れている頭は冷たいおかげでずっと入っていてものぼせることはなさそうだった。
そうして二人はまるで極楽のような心地にひたっていた。
しばらくそうしていると、霊夢が唐突に口を開く。
「温泉はこんなにも気持ちいいのに、どうしてあのとき参拝客は増えなかったのかしら?」
霊夢はそんな疑問を漏らした。
確かにこれほどに気持ちいい温泉は里にだってないだろう。だから以前温泉が湧いたときに、霊夢はそれを目的とした参拝客が神社を訪れるだろうと予測していた。
けれどそんな霊夢の予想に反して、参拝客はほとんどといっていいほどに増えなかったのだ。
「確かに……どうして里の連中は温泉に入りにこなかったんだろうな」
魔理沙もその疑問に同調し、ふとさとりの方を見る。
「なあ、さとりは何か知らないか?」
「何か、ですか? そうですね、私が知る限り里の人間は――」
そういったさとりに、霊夢と魔理沙は注目する。さとりにはどうやら心当たりがあるらしい。
そして、さとりが続けた。
「――ここに温泉に入りにきても、帰り道で湯冷めしてしまうと思っていたようですよ?」
「……そっか、やっぱり宿かぁ」
しかしさすがにそんなものを立てる資金は今の博麗神社にはなかった。それにたとえそんな資金があったとしても、温泉宿を経営するような面倒なことを霊夢がやりたがるとも思えない。
「……そう言われてみれば、そもそも神社と温泉って何の関係もなかったよな」
「とまあそういうわけなので、今日は泊めてくださいね」
「そうね……ってさとり、あんたうちに泊まるつもりだったの?」
「あー、私も泊まるぜ?」
「あんたはいつものことでしょ……はぁ、まあ一人増えるくらいどうってことないけどね」
霊夢は少し面倒くさそうな顔をしたが、それも仕方がないとすぐに思いなおした。
そんなことよりも今は、この極楽のような温泉を堪能しなければもったいない。
どうせ明日にもなれば、温泉の噂を聞いて駆けつけた妖怪たちが勝手に集まっていて、気付いた頃には宴会を始めているに決まっているのだから。
「……はぁ。明日からは忙しくなりそうね……」
霊夢が嘆息しながら呟く。
――けれどそんな忙しさなら「まあいいか」と、そんなことを思ったりもする霊夢なのであった。
テンポ良く面白かったです
いろいろ考えましたけど、やはりこの方法が一番スマートですかね。ひとつのテーマからあらゆる方法を模索していく過程ってのは、SFの一番面白いところだと思っています。そういう意味で、やりたいことのハッキリしている良作だと思いました。
なんか勿体無いと思う。
何を誰を使うのかってのがキモなのに。
このSSの中ではあくまでチルノは道具なんだからタグのところから抜いても
いいんじゃないのかな。
推理小説読んでていきなり怪しいポイント明示されてしまったかのようなガッカリ感がある。
さとりの思考読み取りが文章的なのか映像的なのかで結果は違ってたでしょうが。
ところで、魔理沙の家は温泉脈を召還して床暖房してた筈ですが温泉を実験に使ったのでしょうかね。
まぁ、あの設定使われてるのあまり見たことないので薪か何かかな?
一瞬、温泉脈使い切ったから自分の家にもまた温泉を引こうとしてるのかなと思ってしまいました。
新書のように、タイトルで何がしたいかが分かりやすくてよかったです。
関係ないけどこいしは心を読まれない上に掌握反射とか操れそうでやばいなー。
しかし空気の読める彼女は詮索しない女だった・・・
チルノは純粋ゆえに後手の即応が可能なんですね。
一度覚えさせたら、リセットするのは難しそうだが。
霊夢はやっぱり霊夢なんですね
面白かったです。