※この作品は、
作品集95「the Fairytale of the Girls 1st.」
作品集97「the Fairytale of the Girls 2nd.」
作品集116「the Fairytale of the Girls 3rd.」
以上の続編となっております。
霧雨魔理沙が彼女と出会ったのは、ひどく幼い――自身が魔道に手を染めて間もない頃だった。
第一印象は、呑気な奴。その一言に尽きる。
博麗の巫女という肩書の意味を、当時の魔理沙は必ずしも理解していたとはいえない。それでも、ひどく重要で偉大な存在であるらしいということは、人里にいた頃から幾度も耳にしていた。
彼女は――博麗霊夢は、そうした印象からは程遠い、随分と呑気な娘だった。
最初に手合わせして、そして敗北した後も、その印象が薄れたことはない。
あれは運が悪かったのだ、努力と克己を怠らなければいずれ追い付き、追い越せる。子供特有の無根拠な、しかし純粋な向上心でそう思った。
それがどれほど浅はかな考えであるかを知らされるまで、さしたる時間は要しなかった。
博麗霊夢はたしかに呑気な娘だった。
どこまでも自然で、闊達で、緩やかで。そこには情熱も、強かさも、抜け目なさもあるはずもなく。
その姿のまま、不敗であった。
霧雨魔理沙が師匠と仰いだ悪霊にも、魔界の頂点に立つ女神にも、博麗霊夢は勝利し続けた。
不幸と称すべきか、それらを幸運と信じ込めるほどに、霧雨魔理沙は楽天的ではなかった。
あれは天才だ。相手が強ければ強いほど、博麗霊夢はより以上の強さを発揮する。呑気な笑顔を浮かべたままで、底無しの才能と怪物的な実力を発揮する。
霧雨魔理沙が最初の敗北の際、大した脅威を感じなかったのも当然だ。巨大に過ぎる博麗霊夢の才能は、その真価の十分の一も発揮されてはいなかった。それを感じさせないほどに、両者の差は大きかった。
乳飲み子に太陽の大きさは測れない。霧雨魔理沙はそれほどに小さい存在だった。博麗霊夢はおそらく、いや間違いなく、その気になれば一瞬で魔理沙の命を取ることも造作はなかったはず。
それを理解できてしまったことが、霧雨魔理沙の不幸といえた。
いや、より以上に救いがたかったのは、霧雨魔理沙が諦めとは無縁の性分であったという、その事実に尽きるだろう。
博麗霊夢。最強にして最大。始源にして頂点に立つ博麗の巫女。数多の神妖のことごとくを凌駕する、幻想郷の生み出した怪物。
舞うように優雅に敵弾を避け、殺さぬように傷つけぬように優しく、的確に標的を撃ち抜く。相手が神であれ悪魔であれ等価に、赤子をあやすように倒してのける。それだけの天才を、気まぐれのように持って生まれた少女。
いつか、彼女の領域に手をかける。
誰よりも異質で、誰よりも強すぎる彼女の前に、いつの日か立って見せる。
当たり前のように高みにいる彼女に、いずれ並んで見せる。
強いられたわけでも請われたわけでもないのにそう決めた。何の根拠も大した理由もなく、勝手に決めた。
その瞬間から、霧雨魔理沙の生涯は決定した。他の誰にも何にもよらず、魔理沙自身がそれを決定した。
極めつけの自己満足、無意味で至難で不可能な愚行であると、八雲紫などはいったものだ。
だが、それがどうした。何が悪いというのだ。
魅せられた。惹かれた。憧れた。見上げて、焦がれて、追い求めた。欲することに、何の咎があろう。
霧雨魔理沙のすべては、そのために費やされる。
掛け値なしに地上最強の少女に、間違いなく史上最高の天才に。追いついたぞ、と胸を張っていってのける。そのささやかな一事には、それだけの価値がある。他の誰でもない自分がそう決めた。
その情念を何と呼ぶべきか、表現できた者はない。
アリス・マーガトロイドにはわからなかったし、パチュリー・ノーレッジなどは黙って首を振ったものだ。
西行寺幽々子は愉快そうに微笑するのみで、レミリア・スカーレットはもっとはっきりと楽しげに笑い転げた。
八雲紫だけが、一度、こう評した。幼子を見守る母親のような、呆れと、しかし暖かな微笑を含んで。
――つまるところあの娘は、夜空の星を欲しがる子供と同じなのよ、と。
紅い暴風が吹き荒れた。
レミリア・スカーレット。紅魔館に君臨する今代の吸血鬼の長が、その魔力を全開に解き放った結果だ。
そしてそれに重なるように、実体を伴った烈風が渦を成す。これは射命丸文の造り出したもの。
さらには締めとでも主張するかのように、紅い魔力と渦巻く暴風の中心へ、直径十数メートルにも及ぶ光の線が叩き込まれた。どこまでも楽しげな風見幽香が、そのトレードマークでもある日傘から放ったものだ。
――幻想郷における決闘法、スペルカード・ルール。
その要諦は、力を弾へと変換し、あくまで手数とバリエーションで勝負することにある。
表現を変えるなら、攻撃を点へと限定すること、というべきだろう。
これは、その気になれば単独で軍勢を屠れる類の大妖にとって、その力の大半を縛ることに等しい。
外界の文明の軍事史を顧みればよい。弓矢や刀剣で戦っていた外の世界の人間は、技術の発展により銃火器という兵器を手にし、さらには大砲・炸薬を主体とした面への攻撃法を手に入れた。機械兵器の大量使用は、それまで半径十数メートルていどであった面制圧攻撃をさらに大規模に、絶え間なく行うことを可能にし――ついには、街どころか国一つ、否、大陸一つを灰燼と化さしめるだけの火力を人類は手にした。
より広く、より遠く、より深く、より強く。火力の発展は、点から面へ、面から領域への、破壊対象の拡大といってよい。
名のある大妖のほとんどは、それを単独で行うだけの魔力や術式を備えていた。外の世界の人類が、代々の技術・知識の蓄積によってようやく到達した成果を、生まれ持った身体の性能によって実現してのける。
まさしく理不尽。恐るべき不条理。それが、外の世界より排斥された幻想たちの力であった。
たった三人の妖怪が生み出した光熱の暴風に、他の者たちはそれぞれ出遅れたことを悔いる表情で顔をしかめた。
――普通に考えるなら。
勝負はここでついている。
レミレア・スカーレット、射命丸文、風見幽香。幻想郷でも指折りの実力者が同時に、同一の対象に、その全力を叩きつけたのだ。身体能力の屈強さでは間違いなく幻想郷の頂点に立つ鬼ですら屠れるだろう。
だが、この場に集った誰もが、そのような「楽観的」な推測からは無縁だった。
そして、その予想は的確だった。
いまだ吹き荒れる暴風を事もなげに突き破り、十枚ほどの符が宙を舞う。
それらは青白い光芒を軌跡に残しながら、たまたま手近にいた文たち山の妖怪の元へと向かった。
文、はたて、にとり、椛、静葉、穣子らは、いずれも博麗霊夢と手合わせした経験がある。スペルカード・ルールに基づいた戦いだ。
あのときも、似たような弾幕を彼女たちは目にしていた。故にこそ理解できた。
今、彼女たちに飛来してくる符には、いつかのときのような手加減はない。対魔・対妖、そして対神すら想定した符術の粋だ。まともに食らえば、それだけで致命傷に近い。
だがこのとき、鍵山雛が進んで山の妖怪たちの前に立った。
慈悲深き厄払いの女神は、くるくると宙を舞う。
踊るようなその仕草。それが、あらゆる厄、呪、禍を祓う神楽であることを、知識ある者たちは知っていた。
形なき風に誘われるかのように、十枚の符は雛の神楽に巻き込まれ、その勢いと破壊力を「祓われ」た。魔術・法術・呪術に類するあらゆる術式の防御において、完全に近い能力を持つ鍵山雛、文字通りその神髄というべきであった。
紅い光熱の暴風が晴れる。
人体ならば欠片も残さず消し飛ぶはずのその中心から、傷一つない姿を現した少女は、純粋に感心したように微笑していた。
彼女の周囲を守るかのように、何枚かの符が浮いていることに、聖白蓮や東風谷早苗は目を留めた。
かつて大陸から伝えられ、日本という島国で一種独特の発展を遂げた符術・法術に知識のある彼女たちは、その意味に気づいていた。博麗の巫女、その地位と責務について、事前に聞かされた知識とも一致している。
博麗霊夢の代となってからスペルカード・ルールが制定され、あまり顧みられなくなっている事実だが、本来博麗の巫女とはあらゆる神妖に対処し鎮めるだけの力量が求められる。一軍を単騎で屠れる化け物たちから、最低限身を守れる程度の技能は、当たり前に求められてきたことだ。
博麗大結界の維持という大任も、そこに少なからず影響している。歴代の博麗の巫女は、結界術において人類最高峰の術者たちであった。
まして、歴代最強の天才と謳われた博麗霊夢。防御結界の手管に不足などあろうはずもない。
実のところ、名だたる大妖たちがスペルカード・ルールを抵抗なく受けいれた理由の一つがこれだった。いくら全力で広範囲殲滅型の術式を展開しようが、博麗の巫女の結界は突破できないことを、名のある妖怪ほど知悉していた。それならば、広範囲殲滅という軍事の理想に沿った概念を放棄し、破壊力も形式も「お遊び」のレベルにまで落とした弾幕ごっこの方が、立派な「勝負」として成り立つ。
――このとき、当事者の一方たる博麗霊夢の認識も、周囲の人妖たちのそれと合致している。
正直な話、今の一撃など、彼女にとっては大した脅威ではない。力任せの範囲攻撃ていど、結界一つを張ればすむ代物だと思っている。
それよりは、先刻、社で彼女を襲った鈴仙の戦闘術の方が、よほど手を焼いた。力の凝縮・集中と、その戦術的展開。力と技と知略の粋を凝らした戦の技芸。博麗霊夢にとってはその方が興趣をそそる。
遊びとしなければ、そもそも勝負が成り立たないという天才性。本気となれば、一方的な殺戮にしかならぬという怪物性。
これを理不尽な現実と呼ぶか、極めつけの喜劇と呼ぶべきか――博麗霊夢は、そこまで深く考えてはいない。少なくとも、これまでは。
「散!!」
八雲紫の凛とした声が響く。
初撃の後、八坂神奈子、洩矢諏訪子、霊烏路空、伊吹萃香に星熊勇儀らが加わった攻撃が、ことごとく霊夢の結界の前に無効化されていた。
純粋な出力という点ではこの場でもトップクラスの面子に総攻撃を受けても、博麗の巫女の結界は小揺るぎもしない。
だが、これは事の当事者双方において既定の事実であった。挨拶代わりのようなものだと皆が了解している。
本番はこれから――
八雲紫は、そう考えていた。
無名の丘の中空に、いまだ泰然と浮かぶ博麗の巫女。それを取り巻く四十を超える人妖たち。
紫はそのさらに上空に飛んで眼下の光景を見下ろした。
今、自分が見ているこの状況を、外の世界の事物に例えるならば。紫はぼんやりと思った。屈強な猛獣の群れに包囲された年端もいかぬ少女。ええ、おそらくはそれが外形としては正しい。四方八方三百六十度、すべてを囲まれ逃亡の余地もない。絶体絶命、そう日表現するのが妥当極まる。
ただ問題は、その囲まれた少女が、獣たちすべてを合したよりもさらに強大な力を備えていること。
実態としては、身の丈十尺を超える巨獣の周囲を、子犬が取り巻いているようなもの。それが真実というものだろう。囲まれていると見えるのは、すべての獲物が手の届く所にいるということ。その長く強靭な脚を振るうだけで、木端のように打ち砕かれる。
そして私は、さしずめ子犬たちの長女。何とも救いがたいことに、巨獣に対してさえ妹か娘に対するような想いを抱いている。
八雲紫は自らの立場に対して、道化めいた感覚を抱いていた。
何と他愛のない。八雲の大妖、幻想郷の母、妖怪の賢者と呼ばれた女の正体は、つまるところこのていど。
己の子に無私の愛情を注ぐ人の親の方が、よほど素直で道理にかなっている。
――眼下では、子犬の群れが動きを変えていた。
レミリア、咲夜、天子、美鈴、幽香、萃香、勇儀、妖夢、白蓮、椛といった、接近・白兵において実力を発揮する者たちを前衛に。
幽々子、藍、星、輝夜、永琳、妹紅、神奈子、諏訪子、映姫、文らが、中距離からそれを援護。
残りの者たちは遠距離からの射撃・砲撃支援に徹する。
事前の打ち合わせの通り。各々の能力を加味した戦術的配置だ。
博麗の巫女に対し、遠距離からの範囲攻撃は意味をなさない。どうしても、どうあっても、接近戦を挑む必要がある。それを見越した配置である。
紫自身は指揮官に徹する。彼女以上に空中戦における戦術行動を演算・展開できる者がいないのがその理由だが、もっと切実な理由もあった。
――私では、あの娘には勝てない。
八雲紫は自嘲でも自虐でもなく、冷徹なまでの戦力分析からそう結論していた。
境界を操る八雲紫。最強無比の隙間妖怪。神の領域にまで踏み込んだ八雲の大妖。
しかし、こと博麗霊夢に対しては、その力が通じない。境界を操る紫の力は、境界どころか物理法則から浮遊するあの巫女には意味をなさない。
むろん紫は、単純な妖力の巨大さにおいても幻想郷最強を称するに不足ない。力押しなど無粋の極み――というか「疲れるの嫌だし」というのが本音ではある――故に、あまり表に出したことはないが、真っ向からの力勝負でも幽香や萃香に引けを取らない自負はある。
だが、そもそも博麗霊夢は、そのような要素で妖怪を見たことはあるまい。
人間にとって、大抵の妖怪の力はそれだけで脅威である。
この場にいる中で最弱といえるチルノですら、人間一人を容易く氷づけにできるだけの力を備えている。
直撃を受ければ即致命傷になりうるのは、どんな妖怪相手でも変わらない。
で、あれば。
対処法は「どんな速度でも」「どんな角度でも」「どんな攻撃でも」完全に防ぐこと、避けること。これを実行できるなら、どんな妖怪とてランク分けする意味などない。
……むろん現実的には、それは不可能のはずだった。それができるようなら世の武術・魔術から防御という要素が消えてなくなる。
その不可能を現実にしてしまえるところが、博麗霊夢の強みであり、凄みであり――そして、出発点であった。
世における究極が、出発点でしかなかったという不条理。あるいは喜劇。そして、異常性。
その異常性を前にしては、幻想郷随一とまで称される八雲の大妖すら、在野の下級妖怪と同じ扱いにしかならない。
そのことを、紫は明解に理解していた。理解したうえで、彼女はここにいる。まったく、これが道化でなくて何と呼ぶのか。
眼下においては本格的な交戦が開始されている。
レミリアが巨大な光の槍で連続刺突を放つ。
美鈴の拳と蹴りの連撃が空を裂く。
萃香・勇儀が膨大な膂力にものを言わせて殴りかかり、妖夢の居合いが陽光に煌く。
咲夜は外の世界でいうところのヒット・アンド・アウェイでかき回し、椛は盾に大剣という重戦士スタイルで間合いを詰める。
そして、それらのすべてを捌き、いなし、かわし、防ぐ博麗霊夢。
一つの動作で複数の攻撃を回避し、連なる動作が完璧な防御を形成する。
達人級の武芸者の動きは、一見、ゆったりとした緩やかなものに見える。
極限まで無駄が削ぎ落とされ、回避に要する最短の経路をなぞる。
ほんの何気ない曲線の動きが複数の意味を持ち、指先に至るまでの細かな動きが音節の如くすべてに連動する。文字通りの意味で、まるで舞っているかのような動きとなるのだ。
紫は暫時、その動きに見惚れた。何という才能。長い時を生きてきた八雲の大妖ですら、感嘆を抑えきれない。
だが、誇らしげですらある微笑を浮かべながら、紫の頭脳は恐るべき速度で演算を行っていた。
博麗霊夢の身長、体重、速度と筋力。過去の異変から導き出される戦闘予測。時刻、気温、湿度、気象、風速、風向き。そして、この場に集った数多の神妖たちの諸元。ありとあらゆるデータを並列処理し、最適の戦術を算出する。
そして、得られた解を妖術により各妖怪へ伝達。
この種の理詰めの思考において、八雲紫は間違いなく幻想郷でも随一を誇る。何より彼女の強みは、ロジックの中に不確定要素を当然の前提として織り込める点だった。古来より、戦場の霧とも呼ばれてきた不確定要素――戦場において必然的に発生する諸々の「予想外の出来事」――をすら、紫の頭脳は肯定する。その上で、何千回、何万回というシミュレートを繰り返し、何億・何京の演算を瞬時に行う。それができるからこその妖怪の賢者であり、八雲の大妖である。
――眼下においては、今まさに、その「予想外の出来事」が発生していた。
「隙ありぃぃぃぃぃ!!!!!!」
と、わざわざ声に出して(しかも不意打ちですらない真正面から)チルノが突撃し、凍気の渦を発生させたのだ。
近接戦闘を行っていた面々が、それぞれ苦笑未満の表情で距離を取る。
そして次の刹那、とっさに顔をこわばらせ、後退った。
チルノの凍気は、大気が結晶化して瞬くほどに鋭く、凝縮されていた。
――能力値修正。発生まで0.0057秒。マイナス250度前後。
紫は冷静にその事実を観察し、新たな計算を構築する。
もちろん、素直に感情をあらわにできる状況であれば、驚愕していただろう。今のチルノの凍気は、妖精の域をはるかに超えている。冬の気象を操るレティ・ホワイトロックですら、絶対零度に近い凍気を瞬間的に発生させるなど(例えそれが真冬でも)不可能だろう。
博麗霊夢の天才はまさに底なしだが、あの妖精も別の意味で限界を知らない。
出来ると思ったことは躊躇なく実行し、そしてスペック以上の結果を叩き出す。
あの凍気を受ければ、上位妖怪でもただではすむまい。あの子供のように愛らしく、悪戯好きの氷霊は、まかり間違えば幻想郷でも最大の数的物量を誇る妖精たちの王となりうる。
だがそれは、いまだに不確定の未来に属する事項であった。
八雲紫は暫時浮かんだ可能性をとりあえず忘却し、新たに得られたデータを元に、新たな計算と戦術を構築する。
予測では、ちょうど七十五秒後に、戦局は詰みの段階に入る。一筋の閃光が霊夢を捉え――後は、雪崩を打ったように均衡が崩れ、複数の致命的な攻撃があの巫女の全身を穿つ。
そこまで予測しながら、八雲紫に慢心はなく、躊躇もなく、そして確信もない。あらゆる計算は現実という金槌の前にはひどく脆い。
何より、彼女たちの敵は博麗霊夢であった。
眼前の敵の動きが変わった。
そのことに、むろん博麗霊夢は気づいていた。
「っ!」
右から聖白蓮の拳が迫る。わずかに顎を引くだけでそれをかわすと、ちょうどその瞬間に輝夜の掲げた蓬莱の枝から光弾が飛んでくる。
御幣で光弾をはたき落とせば妹紅の放った炎の鳥が飛んできて、ついでのように神奈子・諏訪子の二神が上下からの連携で攻めてくる。
幻想空想穴に飛び込んで難を逃れれば、背後に時を止めて近付いたらしい咲夜がナイフを閃かせ、そうかと思えば同じく無意識で忍び寄ったこいしがすぐ脇に控えている。
当然のようにすべての攻撃が一撃必殺。かすっただけで即致命傷になりうる破壊力を備えている。何より恐るべきは、手段も質も速度もまったく異なる攻撃であるにも関わらず、それらが見事な調和を見せていることだ。
吐息の触れるような距離に複数の神妖がひしめいているというのに、同士討ちというものが生じていない。
先刻の、チルノの発した凍気ですら、危なげなく回避し、すぐさま乱れた陣形を立て直した。
紫ね、そう霊夢は即断した。
この場に居並ぶ面子の中で、これほど調整の取れた攻勢を指揮し作戦できる者は他にいない。というより、地上のどこを探しても八雲紫以外には存在しないだろう。
博麗の巫女は息をもつかせぬ猛攻の中で、ひどく冷静に周囲を確認した。
ぐるりと囲まれた包囲陣。前衛には、接近戦技術においては手練と評するのも生易しい猛者が揃い、中距離では術式でも肉弾戦でもそれなり以上の能力を均等に備える万能型の神妖が並ぶ。そしてさらに後方からは術に特化したような連中が的確な砲撃を放ってくる。まことに正攻法というべきであり、付け入る隙はありそうにない。
霊夢の視線は一瞬、包囲陣の外周を回るように飛ぶ黒い影を認めた。
霧雨魔理沙。この場にいる連中の火付け役ともいうべきあの魔法使いは、今のところ接近戦にも砲撃にも参加せず、ただ飛び回っている。協奏曲のように組み立てられた陣形から、彼女だけが外れているようにも見える。
魔理沙のことだ、真打は最後にとでも考えて、特大の光線を放つ機会をうかがっているといったところだろうか。つまり、今のところ考慮に入れる必要はない。
意識の奥のさらに深い部分で、博麗霊夢の思考はさらに進む。
――霊烏路空の特大の灼熱弾が頭上から降ってくるのを符で相殺。
このまま進めば、おそらくは数分も持たない。
何とも素晴らしいことに、愛すべき敵の攻撃はさらに絶え間なく、激しさを増している。
神妖たち自身が、一人を囲むこの状況と紫の戦術に適応し始めているのだ。
――永琳の矢を叩き落とす。
神妖の大半は、集団戦闘というものに馴れていない。単独で完成されているのが神妖というもので、組織的な行動に馴染んでいるのは山の妖怪くらいだろう。
そもそも、個体でヒトの軍を戮殺できる神妖には、徒党を組む必然性がないのだ。
それをまとめあげている紫の演算能力には、驚嘆する以外にない。
――村紗の投げつけてくる錨(一抱えほどもある巨大な代物)を回避。
何とはなしに勘が囁く。
そろそろ限界が近いと。
根拠などあった試しはないが、それでもこの勘が外れたことはない。
理論も理屈も博麗霊夢は必要としない。ただ結論だけが頭に浮かび、そしてそれは常に正解を示す。
むしろ彼女には不思議だったのだ。何故、他の連中は何事かなすのにあれこれと計画だの計算だのを組み立てるのか。
そんな瑣末なことに頭を悩ませずとも、適当にしていればいい。場当たりで十分。思いつきで何が悪いというのか。それだけで、すべてがかなう。
……それが、世にとっての当たり前ではなく、神妖ひしめくこの幻想郷にあってさえ極めつけの異端であることに、気づいたのは最近のことだ。
――反撃。幾枚かの符を放り投げ、軽く念を込め光矢となす。
勘が囁く。
この状況は、あまりよくない。
多分、もう数十秒で被弾する。その後は――為す術がない。傾いた天秤は戻らない。
だから。
そうなる前に。
――鏖せ。殺戮せよ。敵皆悉く殺し尽くせ。
それはとても簡単なこと。
彼女らは我を打倒せんとの意志をもってここに来た。なれば打倒せよ。そこに一切の慈悲も呵責も無用。
博麗の巫女、調停者にして守護者、そして絶対者として刷り込まれた本能がその結論を示す。
「……とまぁ、それが当然なんでしょうけど、ね」
霊夢はため息をひとつ漏らし、いつものようにその結論を忘却した。
幾多の異変、幾多の戦で、彼女の本能は常にそう結論し、彼女の意志は常にそれを破却してきた。
おそらく、歴代の博麗の巫女ならば、その本能に抗うことはなかっただろう。幻想郷の秩序を乱す妖怪は退治せねばならない。この場合の退治とは、適当に叩きのめして心得違いを正すという比較的穏健なものもあれば、種族ごと殲滅するというものもあった。扱いに違いが出るのは、必要性と、そして歴代巫女の力量に準じる。百数十年の博麗の歴史において、引き分けに持ち込むのが精一杯という相手はいくらでもいた。
博麗霊夢には、それらの制限がなかった。殺すことは、呼吸するよりも簡単だった。手加減をしなければいいのだから。あらゆる神妖を鏖殺するだけの力が彼女にはあり、与えられた職責と状況はそれを許してきた。
許されたフリーハンド。殺戮の許可。耳元に囁かれるその判断に、霊夢は抗い続けてきた。殺さずとも敗北を認めさせる、それだけで大抵の神妖は大人しくなる。精神的な事象がその存在を規定する神妖にとって、契約とはヒトよりもはるかに神聖なものであり、敗北を認めるという事実の重みは比較にならない。ならばそれでよかろう、と。
敗北させることは、ただ殺すよりも難しい。その難問を、しかし巨大に過ぎる才能は成し遂げ続けた。
手足を縛りながら走り続けるような真似を、物心ついてから続けてきた。
スペルカード・ルールは、そうした彼女の歪な生き様の象徴ともいえる。何たる無様。そこに謳われた実力主義の否定とは、博麗霊夢という存在の否定に他ならなかった。
――投げつけた符のすべてが、アリスの人形に叩き落とされる。
回避がいよいよ難しくなってきた。反撃の糸口も、つい今しがた封殺された。
いかに博麗霊夢に超人的な体術があり、神がかり的な反応速度があろうと、人体の構造というものは厳密に設計された機械に似る。関節を逆に曲げるような、臓腑を裏返すような動作は許容しない。
そしてもちろん、物理法則は万物に平等だ。
見えていても、わかっていても。
回避できない、防御できない瞬間というものは絶対的に存在する。
いかな天才でもそれを避けることはできない。
防御結界を張るのも難しい。その気になればコンマ以下の時間で発動させる自信はあるが、これほどのレベルの神妖たちに、これほどの距離まで接近されていては、その暇があるかどうか。
そもそも、防御結界とはよくできた壁であって、それ以上の物ではない。攻撃に移るには当然解除しなくてもならないし、それでは実質時間稼ぎにしかならないだろう。
故に、本来の博麗の巫女の必勝パターンとは、一定以上の距離を取っての術式戦であった。鉄壁の防御結界を敷きつつ、接近戦は徹底的に避け、中距離・遠距離からの法術で撃ち抜く。
博麗霊夢はその天腑の才故、神妖相手の接近戦すらこなしてしまう異色の巫女である。だが、どうやら――いつの間にか、それに付き合い過ぎた。
自分が追い詰められているという自覚はある。理屈がそう主張している。
しかしそれでも、博麗霊夢はむしろのんびりとした――いつもの、縁側で茶をすすっていたときと同じ感覚で、自分と周囲のすべてを見渡していた。
ため息をつき、肩をすくめる。まったくいつもと同じ感覚で。
他方、八雲紫は休むことなく冷静に演算を続けている。
彼女にはわかっていた。
それだけが、八雲の大妖に許された唯一のアドバンテージであり。
そして、それをもってすら博麗霊夢には届かないことを。
どれほど驚異的な演算能力を有していても、演算をショート・カットして解へたどり着く相手とは、そもそも土俵が違い過ぎた。
あらゆる局面で自分の一枚上を行く。
怪物を超えた怪物。博麗の歴史が生み出した異端にして最終形。そして、完成体。
――カウントはすでに七十秒を超えた。
破断界まであと三手。
一手、魂魄妖夢。
休むことなく二刀を振るい続けた剣士の顔には、汗が滲んでいる。
だが、疲労は感じない。そんなものを感じ取れる贅沢を、今の彼女は許していない。
いつもは感じる昂揚感すら、今は朧だった。
ただ跳ね、ただ飛び、ただ斬る。
どのように斬るか、どのように動くかという思念すら今は雑念でしかない。
――その場にいた何人かが気づいていた。
斬撃を重ねるうち、鉄壁ですらあった博麗霊夢の防御へ、妖夢の初動が追いつきつつあることに。
古今、あらゆる武芸は、技と体に加えて心という要素を説く。よく勘違いされる事実だが、それは「必勝の信念が勝利を呼ぶ」等という類の精神論ではなく、冷厳な現実主義に基づいている。いかに優れた技、驚異的な身体性能を誇ろうと、肝心な時に臆したり油断したりするようでは蟷螂の斧にもならないからだ。
必要な時、必要なタイミングで、必要な技を駆使すること。それを行うには、冷徹というのも生易しい感性と知性の両輪が必要とされる。
故に世にある武芸は、精神の有り様を必須事項として説く。心は常に揺るがず動ぜず、理と法にかなう技を、鍛え抜いた体で使い尽くせと。
だが、武芸の究極は、そのさらに上にある。
――極み尽された心と技と体、その完全なる合一。
そこには、厳密な意味での技はなく、
気の遠くなるような反復修練で染みついた技術、恐るべき実戦の積み重ねによる予測と判断の研磨、丹念に鍛えられ無駄を削ぎ落とされた身体が、何をするまでもなく勝手に正解を選択する。
考える以前に起動した肉体が、常に最適の挙動を示す。
其処に至ることこそが、剣の極致。はるかな昔、魂魄の武芸はそう結論した。
眼前には、入り乱れた味方と、その中心に浮かぶ敵手。
むろん、入り乱れたと見えるのは一見してのことであって、八雲紫の組み上げた戦術配置は緻密に織り上げられた絹織物の如き構造を有している。
その配置と意図とを、このとき、魂魄妖夢は誰に教えられるまでもなく把握し、そしてその上で自身の動線を選択した。
まるで歩くように緩やかに、しかし一切の無駄もなく動き出した妖夢の足取りを、眼で追えた者はいなかった。
そこにいることが、そう動くことが、自然物のように当たり前であると。誰もがそう無意識に感じ、無意識に視界から排除してしまうほどに、魂魄妖夢の動きは洗練されていた。
まったく無造作に、博麗霊夢の間合いへと踏み至る。
抜刀からの横薙ぎの一撃。
空間に墨絵を描くことができたなら、流麗と評するのも憚られるほどに自然で鮮やかな筆致となったろう。
それは、魂魄妖夢がその生涯の果てにたどり着いた、魂魄の剣の到達点であった。
――その剣撃は、博麗霊夢にとってすらまったく予想外の奇襲となった。
奇妙な表現になるが、霊夢にとって、それまでのすべての攻撃は予定調和の中にあったといってよい。
レミリアの光槍も、萃香の拳打も、文の風弾も、すべてが霊夢には見えていたし、読めてもいた。だからこそ回避も容易であり、防御も完全だった。
諸々の攻防のすべてを律する八雲紫の戦術展開すら、博麗霊夢は読み切っていた。
魂魄妖夢の剣が、初めてその上を行った。
かろうじて直撃を回避できたのは、神がかり的な反射と天性の体術があったがため。生の才能だけが、魂魄妖夢の剣に抗し得た。
しかしそれすら完全ではない。
右肩が袖ごと浅く斬られた。
深手とはいえない。これまでの異変でも、より深い負傷を受けたことなどいくらでもある。
だが、それでも。
博麗霊夢はこの傷を、かつてないほど致命的なものと受け取っていた。
巫女として生きてきた十数年で、まったく予期しない、意識の外から受けた負傷というものは、これが初めてであった。
何より危惧すべきは、それまでよく練られた舞の如く完成されていた防御の機動が、今の反射に任せた無様な回避でまったくの無に帰してしまったことだった。
すべてが完璧に構築されたものほど、一部が綻びを見せればすべてが破綻する。堤に穿たれた蟻の一穴は、やがて濁流による決壊を招く。
そしてそこには、開戦以来微かな勝機を探り続けていた神妖がいた。
二手、伊吹萃香。
博麗霊夢の見せたほんのわずかな綻びを真っ先に感じ取れたのは、生まれついての攻性生物たる鬼の本能という他はない。
さすがに慌てたのか、博麗霊夢は態勢を立て直しながら無数の退魔針を周囲にばら撒いていた。
一本一本が、鉄板を打ち抜く程度の破壊力と、並の妖怪を行動不能に陥れるだけの法力が込められている。
至近距離にいた萃香にも、十数本の切っ先が向いていた。
そのすべてを、かつて山の四天王に数えられた娘は、無視してのけた。
鬼の戦に防御はない。
頑強と評するのも馬鹿らしくなる並外れた肉体に物を言わせ、ただただ最強の打撃を叩きつける。無敵を誇る身体性能をすべて攻撃に傾ける。それこそが、神妖の歴史に巨大な足跡を刻んだ鬼の戦法である。
全身を限界まで弓のように引き絞り、弾ける発条の如く解放する。
通常の徒手武術であれば禁忌とされる、あまりにあからさまで、大振りで、大雑把な打撃。例えば魂魄妖夢が今しがた見せたような、無駄というものを極限まで削ぎ落とした技巧とは対極に位置する。それはまさに「力任せ」と評する他はない拳打であった。問題は、それを為した者が猛獣をもはるかに凌駕する筋力と速度を備えている点だった。
風圧だけで、数本の退魔針が消し飛んだ。
残る十本近くが肩や腹に突き刺さるが、伊吹の鬼は止まらない。
自身の命が尽きる前に相手を叩き潰せばよい。
極論するならば、最後の最後において、敵手より一秒でも長く呼吸を続けていたならばよい、という。凄絶という表現を通り越した、鬼という最強種族にのみ許されたコンセプト。
今、そのコンセプトの通り、並の妖怪ならば致命傷に近いレベルの手傷を負いながら、鬼の拳が巫女の体に叩き込まれた。
――感触は、しかし軽い。
さすがは霊夢――さすがは人間!!
脳内に、絶賛に近い歓喜が湧き上がる。
体に突き刺さった針によって、いくらか破壊力が減殺された事実もあろう。
だがそれ以上に、博麗霊夢は絶妙の身のこなしにより、拳打の威力を殺していた。
より正確には、回避というのとも防御というのとも少し違う。
拳が体に触れた瞬間、胴体を捻り、破壊力を逃がしたのだ。いうのは簡単だが、飛んでくる砲弾を生身で捌くような芸当である。このような無謀を、他に誰が――人間の他に、何者が――試みよう?
視界には、後方に向けて弾き飛ばされる巫女の姿が映る。いかに威力を殺したとはいえ、衝撃は全身を貫き、風圧は華奢な体を流して飛ばす。
追撃は、しかし入れられない。
肩に脇に刺さった針が、微かな爆発音を立てて肉を抉る。とっさに放った牽制とは思えないほどに洗練され凝縮された法術の粋だ。萃香でなければ即死していただろう。
半身を朱に染めながら鬼は笑う。
さぁ、霊夢。そして、魔理沙。
私は私の務めを果たしたぞ。
力ある人間よ。力なき人間よ。愛しき友たちよ。その才能と努力の粋を、存分に現わしてくれ!!
三手、蓬莱山輝夜。
巫女が鬼の打撃に吹き飛ばされる光景を、輝夜は見つめていた。
この激戦の最中にあっても優美に、毬を投げるような所作で手にした宝物を展開する。
「姫!?」
振り返った永琳が叫ぶ。驚愕と、賛嘆を込めて。
――龍の頸の玉。
――仏の御石の鉢。
――火鼠の皮衣。
――燕の子安貝。
――蓬莱の玉の枝。
蓬莱山輝夜の携える五つの至宝。
一つ一つが恐るべき神秘と莫大な霊力を内包した、幻想の宝物。ヒトの術者であれば生涯を費やし国を売り払ってでも欲するだろう、それは超一級の神器でもある。
これらすべてを所有し、そして使いこなす。永遠と須臾を操る能力ばかりが知られているが、蓬莱山輝夜の神髄は超一級の神器を――並の術者であれば手にした瞬間に破滅しかねない代物を――すべて支配し、使いこなす底無しの許容量にある。
だが、その輝夜にしても、五つの至宝の同時発動というのは、ついぞ初めての経験ではあった。
難題、どころの騒ぎではない。
尽きることなく霊力を消費する五つの至宝により、まず両腕の毛細血管が破裂した。
脳髄は沸騰するように喚き散らし、瞼の裏側で眼球が灼熱する。
だが、構うまい。
この身は死を忘れた体。痛みはしかし、死を忘れていないという証。
今でも鮮明に思い出す。
切り取られた永遠の庭に、踊りこんできた紅白と白黒の人間たち。
もはや自分には望めない、限られた時間の中に眩い輝きを放つ宝物。
月の姫。竹取の翁の娘。竹林の永遠姫。私はこの瞬間に、千年を超える生涯のすべてを注ぎ込む。
五宝の同時発動が無理無茶無謀の具現であれば、それを成し得た蓬莱山輝夜と、導き出された結果を何と呼ぶべきか。
このとき、五つの至宝は粉々に砕け散りながら、その最期の煌めきを宙空に描いていた。
それは主の意志を反映するかのように収束し、一筋の閃光と化して夜明けの空に軌跡を残す。
その強烈な輝きは、無名の丘をはるか遠くに望む妖怪の山、果ては人里からですら確認できた――後代の記録にそう明記されている。
そして、あれほどに美しい光は見たことがないと、口々に語る目撃者の言葉も。
半人半霊の剣士の斬撃を受け、鬼の拳打を食らって尚、博麗霊夢の天才は健在であり続けた。そういってよい。
何しろ、膨大と称するのも生易しい――開戦初頭のレミリアたちの三連撃すらはるかに凌駕する――五つの至宝の光に対してすら、彼女は反応していたのだから。
もはや形振り構っていられる余裕はなかった。
とっさに掴んだ符のすべてを費やし、瞬間的に防御結界を張る。
先述したように、博麗の巫女の結界は、人類最高峰の完成度を誇る。これを突破した神妖は、いまだかつて存在しない。
人と妖の仲介者、絶対の中立者として、それらすべてから身を守ることを当然の前提とした博麗の結界。
百数十年の歴史において一度たりとも破れたことのない防壁を。
蓬莱山輝夜の五つの至宝は、紙のように貫いて見せた。
結界を構成していた符が瞬時に焼失し、至宝の光が霊夢を穿つ。
正真正銘、もはや術や結界を使う暇もない。無理矢理制御のタガを外した霊力を発し、とにかく威力を減殺する。
名だたる五つの至宝を使い尽くした輝夜の許容量が底無しであるならば、博麗霊夢の霊力もまた無尽蔵といってよい。
力と力。その、真っ向勝負。
それこそ永劫とも思われた、刹那の激突は――、互角に終わった。
歴代最強の博麗と正面から引き分けた蓬莱山輝夜の五宝を讃えるべきか。あるいは、永遠と須臾の姫の誇る五つの至宝、そのすべての威力を相殺した博麗霊夢の天才を畏れるべきだったろうか。
だが、いずれにしても、確かな結果が一つある。
博麗霊夢は一時的にせよすべての霊力を使い果たし、無防備なまま宙に放り出された。
そしてその隙を、八雲紫は見逃さなかった。
――総攻撃。
八雲紫のその思念が、数多の神妖へ向けて飛ぶ。
いわれるまでもなかった。
千に千を掛け算してもまだ足りぬ。
歴代最強の博麗が見せた、億に一という決定的な一遇の機会。
そこに、神妖たちは殺到した。
絶望的というにも言葉が足りぬ、決定的な破断点。
回避しようにも体はいうことを聞かない。鬼の拳打から回復するにはもう数秒かかる。急激に消費した霊力の回復にも同程度はかかる。
ほんの数秒。しかしそれは、途方もなく絶望的な長さだ。刹那の内に人体を細切れにできる神妖たちに囲まれて、どうしてそんな久遠に等しい時間を稼げよう。
状況は最悪。回避不能。防御不可。
一撃受ければそれだけで致命傷、確実な破滅が口を開けている。
霊夢にはわかっていた。誰に教えられるまでもなくわかっていた。
だから、彼女は。
「――やれやれ」
一言、そう呟いて。
博麗霊夢は静かに呼吸を始め――
そして、彼女は空を飛んだ。
そして、すべては台無しになった。
破断界へ目がけて突き進んだすべての攻撃が空を切った。
神槍も、宝剣も、渦巻く風も、力の奔流も、ナイフも……一切合切が少女の体を通過する。
空振りに終わったその手を凝然と眺めながら、神妖たちは悟っていた。誰に教えられるまでもなく知っていた。そう、とうの昔に知り尽くしていたのだ。
このとき、この瞬間、彼女は呼吸を始めた。
万物の拠り立つ地平より浮遊し、物理の因果を無視してのける。
第十三代博麗の巫女。歴代最強の天才。楽園の調停者にして守護者、そして絶対者。名だたる神と魔と妖のすべてを睥睨し、すべてを凌駕する。
かつて存在した無敵・最強の代名詞のことごとくを過去の遺物として押し流す、幻想の歴史が生み出した最期の怪物。
彼女はどこまでも自然な表情で、どこまでも緩やかな仕草で。
それこそ縁側でお茶をすすっていたときとまるで同じ顔で、四十を超える神妖に囲まれた只中に浮遊していた。
だんだんSSと言うか戦記物語になってきてますね。完結が楽しみです。
たったこれだけの出来事を読ませられるのは、筆者の文章力があってこそ出来る力技ですね。
本当に終わるんですか……? 続きは来週なんですか……なんですって、え……来週!?
マジでラストスパートなんですか。期待半分、恐ろしさ半分の気持ちで次回を待っています。
続き楽しみに待っております!!
最後どうなるか楽しみにしてます
そして霊夢の無双設定が私の脳内ジャスティスと一致しすぎて嬉しい!
続き楽しみにしています!
完結編楽しみに待ってます。
最強霊夢大好きです
が、盛り上げ方的にも幻想郷軍団に勝ってほしい
真に全力を出し切った時というのは負けた時と思っていますからね
いやぁ続きが楽しみ
そして、完結編を待ってます!
テンション上げたまま!
来週にでも続きが読めるのかと思うと楽しみで仕方が無いです。
誤字報告 神奈川子…たぶんオンバシラさんですよね?
霊夢さんアレ使っちゃったのね。
さぁどうする。
来週終わり…!?今から正座でテンション上げて待ってます
評価は保留します。完結が楽しみです。どう落とすつもりなのか。
相変わらずの圧倒的な熱さにワクワクしました
魔理沙も参加しての最終話、楽しみにしています!
毎度ながら続きがスゲー気になる終り方ですに来週が楽しみです
完結編楽しみにしています
そのままの勢いで読んでいくと……完結しなかった~~ orz と肩透かしを食ってしまいました。
正直、最後まで行っていてくれたらと思いますので、この点数です。
まだ誰も死んでいないとは、予想外でした(え)
さて、このまま死者無しか、それとも・・・
また皆の心の描写に涙。完結編楽しみにしてます。
しかし、この夢想天生が霊夢の最後の手段と決まったわけでもないのですから、ここは今後の展開に期待しておきましょう。
心躍る展開です。
次も期待しております!
誤字報告
そう日表現→そう表現
続きが楽しみ。
咲夜さんの時間停止さえ可愛く見えるという……。
さて妖怪軍団が如何するか……
点数は完結作品につける派なのでフリーレスにて。
空を飛んだ、そして全てが台無しになった。って部分格好良かったです。
最終話、待ってます。
最終話、待ってます。
最終話、待ってます。
最終話、待ってます。
最終話、待ってます。