終わったはずの夏が、身体にまとわりついてくるような夜だった。
数刻前に止んだ夕立は、土の匂いだけを残して空に帰って行った。今にも落ちてきそうな低い夜空を見上げ、博麗霊夢は小さくため息を吐いた。
今夜は数十年に一度の流星群が見れる日だったという。それを肴に酒でも飲もうか、と昼に言っていたのだが――この天気じゃそれも無理そうだ。
霊夢は名残惜しげに畳の上に置かれた酒瓶を見ると、諦めたように溜息を一つ、寝具を用意しようと立ち上がった。
「よう。もうおねむかい?」
振り向くと、そこにいつも通りの黒装束に身を包んだ、霧雨魔理沙が立っていた。雨除けだろう、季節外れのカーディガンを肩に羽織っている。
「寝るんだったらそこの酒は置いていきな」
「何よ。肴も無いでしょうに」
「そうでもないさ。それに、酒が飲めたらそれでいいね」
はあ、と諦めたように霊夢と身体ごと魔理沙に振り返った。
「あんたに全部飲まれるくらいなら付き合うわよ」と一度は消した蝋燭に火を灯し、「今徳利と座布団持ってくるわ」
「おいおい、何言ってるんだ。せっかくの夜なんだ。星を見ながら呑もうじゃないか」
「とうとうヤバいキノコにでも手をだしたの? 今日は曇りじゃない」
「わたしよりヤバいキノコなんてそうそうあるもんか。大丈夫、星が降らないなら降らせればいいんだよ」
「やっかいごとは勘弁してよね」
「大丈夫、わたしは霧雨魔理沙だ!」
それが不安なのよ、と博麗霊夢はひきつった笑みで答えた。
びゅうびゅうと、耳元で風が吼えたける。
霊夢は魔理沙と共に夜の空を飛んでいた。夏の湿気が衣服にまとわりつき、袖がだれかに引かれてるかのように重くなっていく。高所の切り裂くような風は、夜霧に濡れた身体を少しずつ冷やしていった。
「どこにいくのよ!」
風の音にかき消されないよう、霊夢は叫んだ。結局、星を見に行こうという魔理沙の言葉に引きづられるように彼女についていっていた。前を飛ぶ魔理沙は楽しげに箒に腰かけたまま、ふふんと笑う。
「言っただろ、いいとこだ!」
まともに答えやしない。まあ、何か愉快な考えがあるんだろうと諦め、酒瓶を抱いていないほうの手で空を掻いた。その手を追うように、薄く雲ができていく。きらりと人里の微かな光を受けて輝くその雲を見ながら、楽しく酒が飲めるならそれに越したことはないか、と一人笑った。
そうして、彼女たちはそこに降り立っていた。鬱蒼と茂る森の中に生まれた空白。青々と茂った草草が、露の重みに耐えきれないように頭を垂れている。明りの一切届かない森の中、黒い衣装で身を覆った魔理沙の顔だけが、不思議に浮かび上がっていた。
「それで、こんなところにいいものってのがあるの?」
ほう、と冷えてしまった指先を息で温めながら霊夢が問う。
「ああ、待ってな」魔理沙が小さく呪文を呟き、指先に淡く光を灯した。その光はすぐに彼女の身体から離れ、分裂し、踊り狂う。色とりどりの金平糖のようなそれは、まるで金剛石で出来た星の光のように森の中の広場を明るく照らし出す。
「何よ、まさかこれで星と言い出すつもり?」
「まさか。こいつはただの照明だよ。足元を見てみな」
足元? と霊夢が周囲を見渡すと、そこには季節外れに咲き誇る、丁字草の群生地があった。魔理沙の魔光を受け、五つに別れた花弁を青紫に光らせるそれは、確かに地に咲く星のようにも見えた。
「星が降るのは見えねえが、降った後の星を肴にするのもいいもんだろう」
くつくつと笑いながら、魔理沙があぐらをかいて座り、ほれ、と徳利を霊夢のほうへと向けた。
「そうね。まあ、悪くないわ」
霊夢も座ると、その徳利に酒を注いだ。
「なあ、知ってるか。外の世界じゃあ、空に星を浮かべるようになってるんだと」
「へえ? それは大層な真似をするものね」
「全くだ。星なんて、探せばそこらじゅうにあるのに、わざわざ増やすことはないと思わないか」
「そうね――でも、地にある星が空で輝く。それも素敵なことだと思うけれど」
違いない、と魔理沙は笑って徳利を煽った。
「うまいな」
「でしょ。レミリアが前もってきたのよ」
「ふうん……まあ、あれだ。今更だが――星降る夜に乾杯、だ」
「本当に今更ね――」
そういいつつも、徳利のふちをそっと合わせる。
二人の周囲では煌めき踊る光と、丁字草だけが静かに咲いていた。
終わり。
数刻前に止んだ夕立は、土の匂いだけを残して空に帰って行った。今にも落ちてきそうな低い夜空を見上げ、博麗霊夢は小さくため息を吐いた。
今夜は数十年に一度の流星群が見れる日だったという。それを肴に酒でも飲もうか、と昼に言っていたのだが――この天気じゃそれも無理そうだ。
霊夢は名残惜しげに畳の上に置かれた酒瓶を見ると、諦めたように溜息を一つ、寝具を用意しようと立ち上がった。
「よう。もうおねむかい?」
振り向くと、そこにいつも通りの黒装束に身を包んだ、霧雨魔理沙が立っていた。雨除けだろう、季節外れのカーディガンを肩に羽織っている。
「寝るんだったらそこの酒は置いていきな」
「何よ。肴も無いでしょうに」
「そうでもないさ。それに、酒が飲めたらそれでいいね」
はあ、と諦めたように霊夢と身体ごと魔理沙に振り返った。
「あんたに全部飲まれるくらいなら付き合うわよ」と一度は消した蝋燭に火を灯し、「今徳利と座布団持ってくるわ」
「おいおい、何言ってるんだ。せっかくの夜なんだ。星を見ながら呑もうじゃないか」
「とうとうヤバいキノコにでも手をだしたの? 今日は曇りじゃない」
「わたしよりヤバいキノコなんてそうそうあるもんか。大丈夫、星が降らないなら降らせればいいんだよ」
「やっかいごとは勘弁してよね」
「大丈夫、わたしは霧雨魔理沙だ!」
それが不安なのよ、と博麗霊夢はひきつった笑みで答えた。
びゅうびゅうと、耳元で風が吼えたける。
霊夢は魔理沙と共に夜の空を飛んでいた。夏の湿気が衣服にまとわりつき、袖がだれかに引かれてるかのように重くなっていく。高所の切り裂くような風は、夜霧に濡れた身体を少しずつ冷やしていった。
「どこにいくのよ!」
風の音にかき消されないよう、霊夢は叫んだ。結局、星を見に行こうという魔理沙の言葉に引きづられるように彼女についていっていた。前を飛ぶ魔理沙は楽しげに箒に腰かけたまま、ふふんと笑う。
「言っただろ、いいとこだ!」
まともに答えやしない。まあ、何か愉快な考えがあるんだろうと諦め、酒瓶を抱いていないほうの手で空を掻いた。その手を追うように、薄く雲ができていく。きらりと人里の微かな光を受けて輝くその雲を見ながら、楽しく酒が飲めるならそれに越したことはないか、と一人笑った。
そうして、彼女たちはそこに降り立っていた。鬱蒼と茂る森の中に生まれた空白。青々と茂った草草が、露の重みに耐えきれないように頭を垂れている。明りの一切届かない森の中、黒い衣装で身を覆った魔理沙の顔だけが、不思議に浮かび上がっていた。
「それで、こんなところにいいものってのがあるの?」
ほう、と冷えてしまった指先を息で温めながら霊夢が問う。
「ああ、待ってな」魔理沙が小さく呪文を呟き、指先に淡く光を灯した。その光はすぐに彼女の身体から離れ、分裂し、踊り狂う。色とりどりの金平糖のようなそれは、まるで金剛石で出来た星の光のように森の中の広場を明るく照らし出す。
「何よ、まさかこれで星と言い出すつもり?」
「まさか。こいつはただの照明だよ。足元を見てみな」
足元? と霊夢が周囲を見渡すと、そこには季節外れに咲き誇る、丁字草の群生地があった。魔理沙の魔光を受け、五つに別れた花弁を青紫に光らせるそれは、確かに地に咲く星のようにも見えた。
「星が降るのは見えねえが、降った後の星を肴にするのもいいもんだろう」
くつくつと笑いながら、魔理沙があぐらをかいて座り、ほれ、と徳利を霊夢のほうへと向けた。
「そうね。まあ、悪くないわ」
霊夢も座ると、その徳利に酒を注いだ。
「なあ、知ってるか。外の世界じゃあ、空に星を浮かべるようになってるんだと」
「へえ? それは大層な真似をするものね」
「全くだ。星なんて、探せばそこらじゅうにあるのに、わざわざ増やすことはないと思わないか」
「そうね――でも、地にある星が空で輝く。それも素敵なことだと思うけれど」
違いない、と魔理沙は笑って徳利を煽った。
「うまいな」
「でしょ。レミリアが前もってきたのよ」
「ふうん……まあ、あれだ。今更だが――星降る夜に乾杯、だ」
「本当に今更ね――」
そういいつつも、徳利のふちをそっと合わせる。
二人の周囲では煌めき踊る光と、丁字草だけが静かに咲いていた。
終わり。
そんな印象を微かにねじ曲げた演出がにくい一作。
厄介ごとは勘弁して、と言いながらも、霊夢が魔理沙に甘えているのが見え隠れするのもよかったです。
10点分はもうちょっと長く読みたかったことと、これからも素晴らしい作品を、という未来への期待で。
ただ、1氏も言ってるようにちょっと短かったなぁと感じました