事の発端は霧雨魔理沙の腹事情であった。
ここ数日、便通が途絶えていた魔理沙の下腹部は膨れ上がり、
出産までを苦しい思いをしながら待ち続けていたが、この日、ようやく陣痛の気配がきた。
「兆候が、兆候が来てるぜ」
腸の蠕動運動は激しさを増し、ぐるぐると痛み始め勢いを増すばかり。
こういうとき、便所は遠く感じるものだがこれは幸いか、自宅にいた魔理沙は軽快に便器に座り込んだ。
「自分の代名詞をあまりこういう場面で使いたくないがな、マスタースパーク、そんな予感がするぜ」
まことくだらない下世話な冗談であり、これを誰かに聞かれたなら魔理沙は赤面して逃げ出すだろう。
だがトイレの個室とは自由空間。独り言などには最適であり、どんな面白くない話でもできるのだ。
やがて臨界点に達した魔理沙が力んだ瞬間であった。
これは自身でも一瞬何が起こったか理解できず、また反動でドアに勢いよく頭をぶつけた事情もあるのだろう、
嘘か本当か、信じられなかったが魔理沙の尻からマスタースパークが飛び出したのだ。
「ぐわっ!?」
きらめく極太の閃光により便器は粉々に吹っ飛び、後ろの壁まで木端微塵。
おまけに下水管まで抉れてびちゃびちゃと汚水が飛び出す大惨事である。
もっともそんな瑣末なことはどうでもよく、むしろ魔理沙は自身の尻の異変にあっけに取られていた。
「私の便秘はどこへ行ったんだ!?」
心配するポイントを間違えたのも無理はない。
誰が尻からマスタースパークを噴射させて正気でいられるだろうか。
しかも手から射出させる際には八卦炉を介してでしか不可能なのに対して、
魔理沙の尻は何物も介さず発射させるほどの得体の知れない力を持っていたことが発覚し、これにはただただ呆然とするしかなかった。
それからの数日というもの、魔理沙は気が気でなかった。
便所は河童により再建設が進められているが、他人の便所を借りなくてはならなくなった。
外でする。そんなあらくれた選択肢があるのは乙女以外の存在である。
当然、魔理沙は博麗神社等々に上がり込み用を足す羽目になったが、どうして便所を破壊したのかについて言及されると、
まさか尻からマスタースパークが出たとは言えず、これはもう口を閉ざすしかなかった。
それ以降、便は正常に排出され大惨事には至らなかった。
これにはほっと胸を撫で下ろす魔理沙であったが、ところがその人一倍の好奇心のせいだろうか、
アリス・マーガトロイド亭で便所を借りていたとき、むらむらと稚気がわいてきた。
「もうちょっと、こういう感じだろうな。ああ、そうだ、あのときはこんな感じで座っていた」
まことくだらない下世話な探究心が魔理沙を動かしてしまった。
それはあの不可思議な事件の再現のためであり、もちろんアリスの便所を破壊するのが目的ではない。
これでもアリスは大切な親友の一人であり、借りた便器を粉々にすることはたとえ友人であっても許されないだろう。
それどころか、わずかなシミのたぐいですら残っていても相手に嫌な気分をさせるのだから、慎重に用は足すべきである。
しかし、アリスとの仲の良さがアダとなったのか、「もしも何かあってもあとで謝ればいい」そんな甘えの精神があったのだ。
「そうそう、ここでこうやって力んだときだったな」
そこでそうやって力んだ瞬間であった。
トイレから閃光がきらめき、爆音と共にアリス亭はぐわらぐわらと震えた。
これにはふだん沈着冷静なアリスも紅茶を噴くには充分であろう。
「どうしたの魔理沙!?」
「すまん、便所が爆ぜた!」
「どうしてそうなるのよ!?ほんとうにどうしたのよ魔理沙は!?」
自宅に続き、アリス亭の便所も壊してしまった。
これには反省する魔理沙であったが、アリスは怒り心頭である。
もはや謝っても謝り切れず、ついに許されることはなく追い出される格好で外に放り出されてしまった。
「でも、ほんとうに出ちまったぜ。どうなってるんだ私のお尻は?」
他人の便所で実験を行うという自身の非常識さは疑うだけ疑ったため、今度の自身の肉体について疑問がわいてきた。
順序としては逆かもしれないが、二度目とあっただけに落ち付いてもいたのだ。
「コツはなんとなく掴んだ、いや、掴んじゃダメだろうこういうの」
もはや誰にも打ち明けられない秘密を作ってしまった。
そう思うと人前に出るのが急に怖くなり、話し相手を欠いた魔理沙は自給自足で問答を続ける。
「弾幕の際に使ってみるのはどうだろうか。撤退と見せかけて背後を見せマスタースパーク?いや、だからダメだろうそういうのは。」
恥である。たとえそれで勝利しようともそれでは拭えない汚辱に塗れることになる。
勝利とは正当に勝ってこそ価値があるという信念を曲げることはできない。
だが、その信念すらも曲げねばならない事態に陥ることとなったのは、そのさらに数日後である。
紅魔館へ向かった理由は、図書館へ似たような症状が無いかを調べるためであった。
だがその途中、氷の妖精チルノに因縁を付けられて弾幕遊びをすることとなってしまったのだ。
「追いつめたぞー魔理沙!」
「くっ、負けた時のために言うんじゃないが、今日は悪いぜっ」
事実であった。またの便秘により身体が重く、こういうときに暴れ回る体力は無い。
それゆえ、チルノのような相手であれば片腕で軽く倒せるはずなのだが、この日はどうも劣勢となり、あわやという場面すらあった。
「使うしかないか」八卦炉を求め懐に手を入れたが、これはスカッと空振り。
スカスカと胸元を探るが、魔理沙の額には次第に冷や汗が出てくる。
「待てチルノ!八卦炉を家に置いてきた!」
「はははは!バカめ、そんな手にひっかかるわけないだろ!」
「バカはお前のほうだ!待てって言ってるだろうがオイ!」
どうしてチルノがバカ呼ばわりされるのか、それは神の手が動いたせいもあるかもしれない。
だが、チルノからはどこか拭えないバカっぽさがあり、周囲はそれを愛嬌のひとつだと捉えてチルノをバカ呼ばわりしているのだ。
しかしどうだろうか。その愛すべきバカに敗れた者はほんとうのバカと呼ばれる危険がある。
ましてや、今の魔理沙のように忘れ物が理由でバカに負けたらバカそのものである。
バカにされたくない。
その思いが魔理沙に背後を向かせた。
背後を取ったと喜ぶチルノ。その喜ぶ小憎たらしいチルノの顔を見ないでも想像できる魔理沙。
「ああ、きっと得意面で言い触らしまくるんだろうなコイツは」そう思った瞬間、その屈辱が乙女としての屈辱を僅かに上回った。
「なあチルノ、魔法はどこから出ると思う?」
「えっ、手!」
「バカめ、尻だ」
やけっぱちだと思いまことくだらない下世話な冗談を言い、魔理沙は尻からマスタースパークを発射した。
これにはチルノも声が出ず腰を抜かし、あわれ、尻から出た魔法に敗北する憂き目に遭った。
とはいえチルノの判断に間違いは無い。
もしも戦いの最中に相手の尻から魔法が噴射されることを想定しながら戦う者がいたら、その者こそがいちばんのバカであろうから。
「なにやってんだ魔理沙!ダメだろそういうことしちゃ!」
「ああ、実に耳が痛いぜ」
チルノの反応はまっとうだった。
戦いに敗れたことなどもはやどうでもよく、ただ尻から吐き出された魔法を浴びせられたことにチルノは憤慨していた。
勝負の世界は非情というが、ここまで非情なことなどそうはない。
しかし、その非情を非情にも浴びせかけた魔理沙が次に心配すること、それはチルノの口を塞げるかどうかであった。
「なあチルノ。今日のことは誰にも言っちゃダメだ。分かるだろう?」
「どうしてさ!あんなのぶつけられて誰にも言うなだなんて、そんな理不尽があるかい!」
至極まっとうな反論であるが、それを曲げねば魔理沙の乙女としての品格は粉々になってしまう。
だが「ここはどうかひとつ頼むよ」と頭を下げても覆らず、チルノの怒りは増すばかりであった。
「もういい!大ちゃんに言い触らしてやろう!」
「あっ、こら待てチルノ!」
そう言い放ち霧の湖へぴゅーと音を立てて飛んでいくチルノを魔理沙は追ったが、
これは運が悪く、チルノが大ちゃんと呼ぶ大妖精はすぐ近くを飛んでおり、魔理沙が追い付く前に二人は出会ってしまった。
「大ちゃん大ちゃん!聞いてよ魔理沙のやつひどいんだよ!」
「あらチルノちゃん。また弾幕やって負けちゃったの?」
「あんなの負けじゃないやい!だって魔理沙のやつ、お尻から、お尻から、」
「お尻がどうしたの?」
「お尻からマスタースパーク出したんだ!」
その発言はただでさえ静かな湖に、しんと沈黙を落とすには充分であった。
「言ってやった言ってやった」と喜ぶチルノと、あちゃーと顔を押さえる魔理沙だが、大妖精の大ちゃんはどう判断したのだろう。
「チルノちゃん。私、そういうの好きじゃない」
「あれ!?」
「そういう下品な冗談で魔理沙さんに対して腹いせとかするチルノちゃんなんて、好きじゃないの」
大ちゃんがチルノに向けたのは、ひややかなまなざしであった。
二人の間には強い信頼関係があったが、それを持ってしても大ちゃんに「ほんとうに!?」という言葉を吐かせるのは不可能であった。
当然である。尻からマスタースパークなどというまことくだらない下世話な話を真に受けるような非常識な者など幻想郷にもそうはいない。
「さよなら、そういう子だとは思ってなかったわ」
「え、待って、待ってよ大ちゃん」
チルノに背を向けた大ちゃんは少しだけ泣いていた。親友の失態に泣けるとは、実にいい子である。
霧の向こう側へ消えて行った背中をチルノは追ったが、取り残された魔理沙はとりあえず安堵した。
だが、これがゆくゆく魔理沙の元へ因果応報として返ってくることはこのときは想像していなかったのだ。
「くすん、くすん、」
「おやおや、どうしたんですか妖精さんが涙だなんて」
「あっ、門番さん」
紅魔館の隅で一人泣いていた大ちゃんを発見したのは紅美鈴であった。
武道で培った人格は、涙する少女に一輪のちいさな花を捧げる優しさをもたらしていた。
「ありがとうございます」
「私もね、泣きたいときもあるんです。たとえば居眠りしてて上司に怒られちゃったときとか」
まるで深夜の中年タクシードライバーのようなことを言う。
これは夜に泣きながら一人でタクシーに乗り込んだ経験のある人間なら分かる方もいると思うが、
十中八九この手のことを言われるのだ。何かマニュアルでもあるのだろうか、タクシードライバーの常套句のようなものである。
そういう場合はたとえ誰とも話したくなくても「いや、運転中に居眠りしてたら怒られるどころじゃ済まないでしょう」と返してあげよう。
するとドライバーは「いえいえ私は運転中には寝ませんよ。まぁ寝ちゃう悪い奴もいるらしいですけどね?いや、こりゃ冗談だぁ。
私の場合は事務所内でね、こう天気が良かったからうつらうつらとしてたらね・・・」と、そういうふうにして会話が進むのである。
閑話休題、美鈴はドライバーではないし、大ちゃんは恋人と別れた大学生ではない。
とはいえ親友を失うことも失恋と同じくらい悲しいものであり、そうした感性がある大ちゃんは実にいい子である。
「私、友達とケンカして別れてきたんです」
「じゃあ仲直りしなきゃダメだぁ」
いまいち中年タクシードライバーのような口調が抜けきらない美鈴であるが、この話の焦点はそこではないのでこれ以上は重ねない。
さて、そんなことはさておき大ちゃんはいよいよ話の中核の部分を語り出したのだ。
「だって、チルノちゃんがあんなことを言うだなんて」
「おやおや何を言われたんです?」
「魔理沙さんってご存知ですよね?」
「知ってますよ、あの人間の魔理沙さん」
「その魔理沙さんがですね」
「その魔理沙さんが?」
「あの、おしり、」
「え?」
「お尻です、お尻からですね、」
「お尻からですか」
「お尻からマスタースパークを噴いたとか言うんです」
小鳥のさえずりが響いた。それっきり紅魔館の門はしんっと静まり返った。
だがこの沈黙を大きく破ったのは他でもない打ち明け話をした大ちゃん本人であった。
「お尻からですねっ、くくっ、お尻からマスタースパークをっ、くははっ、マスタースパークっ、あはははははははは」
まことくだらない下世話な話に笑い転げたのは、意外にも大ちゃん自身。
突然何のツボに入ったのだろうか、チルノをあれほど冷たい目で見下したあの大ちゃんが、
「あはははははは、あはははははは、ひいっひいっ、あはははは、あははははは、」と腹を抱えてはみっともなく転げ回る。
筆者がいい子いい子と言い続けてきたのがすべて馬鹿らしくなるくらい大ちゃんは爆笑してしまったのだ。
だが、そんな少女を蔑んだ眼で見下したのは美鈴である。
「そういう冗談は好きではありませんね。第一、それ面白くありませんし」
「あれ!?」
さっきと打って変わって冷徹な美鈴が顔を覗かせた。
そう、武道で培った人格は、同時に堕落した者への厳しさも持ち合わせていたのだ。
「妖精さん、あなた他に楽しめることを探したほうがいいですよ」
「ちょっと、ちょっと待って下さい門番さん」
大ちゃんを置き去りにガシャーンと門が閉ざされて二度と開かなかった。
気分をいちじるしく害した美鈴は門へ帰ってくることはなかったのであった。
「こら美鈴、門番の仕事はどうしたのよ」
「ああ咲夜さん。ごめんなさい、ちょっと嫌なことがありましてね」
「嫌なことがあって休めるのは自由業だけ。ちゃっちゃと仕事に戻らないとほんとうに自由業にしちゃうわよ」
それなりに仕事ができる女上司のような口調で言ってみたものの十六夜咲夜、美鈴の表情に曇ったものを見る。
いつもならば明るくサボるというそれはそれで困ったポリシーを掲げている美鈴であったが、
こうも沈んだ顔でサボられるとこれには咲夜も窓拭きの手を止めて話のひとつでも聞いてやりたい心境になった。
ああだこうだといいつつも根っこの部分で美鈴のことを信頼しているからこそ、こうしたこともしてやれるのだ。
「ちょっと先ほど、子供相手に少しばかり言い過ぎてしまいましてね。ああ、あんなこと言うんじゃなかった」
「へえ、あなたにしては珍しいわね」
美鈴は子供の扱いには長けており、対応も実に上手かった。
それだけに、子供相手に言い過ぎるということがどうして起こったのか、咲夜には解せないものがあった。
「気分を害する冗談ってどう感じます?」
「不愉快ね」
「その冗談で笑い転げている者を見てどう思います?」
「悪趣味な人と思うわ」
好きな人や物に対しては従順で盲目的な面がある一方で、咲夜は嫌いなものに対してはナイフのように切れ味よく斬って捨てる。
とはいえ、趣味が悪いものや愉快でないものを自らわざわざ覗きこんで怒り散らすほど咲夜は幼くない。
それゆえに美鈴が聞いたと思われるその冗談については聞きたくないとすら思っていたのだ。
ところがどうだろうか、美鈴自身も無意識なのかもしれないが、徐々に話題をあの下世話な冗談の方向へ寄せて行くではないか。
「冗談っていうのは誰も傷付けないほうが素晴らしい、そう思いません?」
「思うわよ。でも待って美鈴、あなたが気分を害したって言ったその冗談、言わなくて結構よ」
「人間の肛門から便通以外のものが出ると思いますか?」
「やめなさい美鈴、もうすでに私、かなり嫌な気分になっているわ」
やめなさいと言われると話したくなるのはどうしてだろう。
たとえ相手への思いやりがあれども、相手から確実に嫌われてしまおうとも、
どういう心理が働くのか抑圧を受けると解放したくなるのか、円熟した精神を持つはずの美鈴は言葉を続けてしまった。
「その妖精さんが言うにはですね、どうやら魔理沙さんがですね、」
「魔理沙がどうしてそこに出てくるの?」
「いやいや、色々とわけがありまして、それでですね、その妖精さんが言うには魔理沙さんのお尻からっ、くっ、くくっ、」
「美鈴?」
「魔理沙さんのお尻からですね、くっ、くふっ、マスタースパークがっ、発射されたって言うんですっ、くふふっ、」
途中から声を震わせて話す様子は泣いているようにも見えたがもちろんそうではない。
腹の底からこみあげてくる原因不明の笑いを必死にこらえていたのだ。
喜怒哀楽、人にとってどの感情がいちばん堪えられないかと問われれば、それは笑いではないだろうか。
事実、美鈴はその忍耐の臨界点を突破してしまった。
「くあぁーはっはっはっは、あーはっはっは、あーあー、くだらないくっだらない、あっはっはっは、ひひひひひ、あはーあはー
あははは尻からマスタースパークとか、ひぃ、ひぃー、あっはっは、わははははははははは、くっだらない、あはははははははははは」
赤いじゅうたんの上をのたうち回るように爆笑する美鈴だが、このくだらない下世話な冗談を聞かされてしまった咲夜はどうだろうか。
よく絞ったはずの雑巾からぽたぽたと水滴が垂れるほど、拳を握りしめているではないか。
「くっだらない、くっだらない、あはははははははははははは、あーあー、あはっはあはっは」と喜ぶ美鈴の顔に嫌悪感を覚えた咲夜は、
それにふさわしいものとしてぺちんと雑巾を叩きつけてやったのだった。
「最低」
「あれ!?」
軽蔑の表情にやや怒りの色が混じっているのは、美鈴が咲夜の信頼を裏切ったせいだろう。
あまり激情を表に見せない咲夜であるがこの手の傷心の経験があまりなかったのか、目の端には軽く涙が浮かんでいる。
「美鈴、ちょっとだけ尊敬してたわ」
「え、ちょっと待って咲夜さん、待って下さいってば、」
情けなくゴキブリの如く床を這った美鈴の目の前で咲夜はこつぜんと音も無く姿を消した。
時を止めたのだろう、いや、しかし正確に言えば姿は完全には消えていなかった。
咲夜がこぼした涙の雫は玉のように悲しく美しく宙を舞っていたが、
きらりと輝いたかと思った次の瞬間には自由落下をして赤いじゅうたんの黒いシミになったのだった。
他人が99%嫌な思いをするであろうことを言ってしまうのは、自己中心的と言う他ない。
だが、他人が傷付くだけならサディスティックな気持ちが働いただけかもしれないが、
今回のような面白くもなんともなくただ不愉快なだけの冗談というものは、発言した自分すらも軽蔑されかねないという危険があるのだ。
そんな誰も得をしない発言をどうして我々は時として放ってしまうのだろうか。
そこには破滅に対する渇望、ある種の自殺願望を満たそうとしているという心理が働いているのかもしれない。
それを死への衝動と捉えるならば、この手のまことくだらない下世話な冗談を言うものの神経というのは、
エロスとタナトスが共存し混在し合うカオスな状態、言葉は足りないがおそらくそこまでは解釈できるだろう。
もっと深く言及するにはお馴染みのフロイトさんにおでまし戴くほかないのだが、残念ながらあまりそこには触れる気が起きない。
というのも、無意識の領域を好き勝手に論じると全ての物事が何とでも言えてしまうので、誇大理論となってしまいそうで扱いが難しいのだ。
無意識といえばこの件を古明地こいしに聞いてみるという手もありそうだが、こちらは無意識を意識的に操る化物なのでお引き取り願う。
さて、そんなことはさておき、我々としては咲夜の状態が心配である。
給湯室でひっそりと泣くのはOLも瀟洒な従者も同じなのだろうか、明かりを落としてめそめそと涙をこぼしている。
「美鈴のばか」
美鈴と咲夜の付き合いは長い。
さほど大層な苦楽を共にしてきたわけではないのだが、いざとなれば互いに背中を守れるくらいに思っていた。
ところがどうだろうか、ああも無様な姿を見せ付けられると積み上げてきた全てが雲散霧消。
「ほんと、ばかみたい」という呟きは美鈴にも向けられていたが、なかばそんな美鈴を信頼した自分にも向けられていたのだ。
そんな悲しみに暮れる咲夜の前に現れたのは、影が先か姿が先か、女社長いや紅魔館の主、レミリア・スカーレットである。
「お嬢様!?なぜこのようなところまで!?」
「あら、あなたがティータイムをすっぽかすからだわ、咲夜」
しゃなりと現れたレミリアはいたずらな気品の漂う口調でそう言った。
もちろんすっぽかされたとは思っておらず、むしろあの咲夜が紅茶を持って現れないことに良からぬ運命を感じていたのだ。
「申し訳ございませんお嬢様、すぐにお持ちいたしますので」
「あら、こんな薄暗い中でのティータイムというのも洒落てるわよ」
時折に見せるこうした器がレミリアをカリスマ足らしめていたし、それに魅惑されてしまった咲夜である。
咲夜は涙を手でさっと切ると、それに応えるべくお湯を沸かし始め、ふたりきりのティーセレモニーと揚々と意気込んだ。
「涙の理由、あなたが言いたいなら聞いてあげるけど?」
「もったいないお言葉ですわお嬢様」
「いいのよ、あなたもたまには感情を露骨に出してみなさい、すっきりするわよ」
二人はあくまで主人と従者であり、その一線を越える関係を築くことはしなかった。
しかし、時折こうして垣根の向こうからレミリアの方から合図を送ってくることもあり、それがまた咲夜を夢中にさせている。
ティーカップは温かい紅茶に満たされ、お互いの手元に運ばれ、そしてゆっくり語り始めた。
「お嬢様。私は今まで美鈴を信頼してきたところがあります。ぞんざいな扱いに周囲からは映ったかもしれませんが、
その裏には尊敬という前提があったからで、私にとって美鈴は門番以上におおきい大切な存在でした。
しかし、その前提が揺らいだ今、どうやって美鈴と接すればいいのか私は分かりません」
「あら、美鈴が何か失態でも犯したの?」
「失態、そうですね失態と言えるかもしれません。少なくとも私は美鈴のああいう姿は見たくありませんでした」
「あら、まだ咲夜も幼いじゃないの」
「どういうことですか」
レミリアはちょこんと給湯台の上に腰をかけた。
その姿は幼さそのものであったが、同時に四百余年も生きた吸血鬼としての風格があった。
「いい?失態を見せないようにする努力は大切。でも、すべてを隠し通せるほど運命は甘くないわ。
誰だって一度や二度の大失態を犯すことだってあるの。それにいちいち傷付くようじゃ咲夜は人間の中でもまだまだ子供だわ」
「そういうものでしょうか」
「そういうものよ。もちろん私だって咲夜にはとてもじゃないけど教えられない過去もあるわ」
「あら、そうなんですか?」
「ふふっ、絶対に教えないけどね」
コロコロと笑い合うと、心にさわやかな風が通った心地がした。
明日からも美鈴と向きあえそうだ、そんな気になってきた。
ところがレミリアは妙な好奇心ゆえか、いたずらな笑みでその先を続けたのだ。
「で、美鈴の失態ってなぁに?」
「とてもじゃないですが言えませんわお嬢様」
「教えてよ、聞いてやりたいわ聞いてやりたいわ」
「あのですね、くだらない冗談なんですがねっ、そのっ、くっ、」
ティーカップの水面に小刻みな波が立つ。どうしてだろう、言いたくもないのに言いたくて仕方がない。
咲夜をもってしてもこの衝動を抑えるのはほとんど不可能であった。
「お尻の、お尻の穴から、くくっ、ふひっ、魔理沙がお尻の穴からですね、きひひっ、」
「ちょっと、咲夜あなたどうしたの?」
「魔理沙がお尻の穴からマスタースパークを発射したそうですっ、くっ、あは、あはははははははは、ひゃははははは、
あはははははははは、あああああ、ああああ、ああ、ああ、くーくー、あっはっはっはっはっはっは、あっはっはっはっはっは」
「あははははははは!何それ咲夜、あはははははははは、あっはあっはあっは、あははっははははははははははは」
「わはっははははははは、ひぃ、ひぃーひぃ、くはっ、あはははははははは、ひひひひひひひひひひひひひひひひ、」
「お尻からマスタースパークとか、あっ、ああ、あーっはっはっははっはっはっは、あはーあはーあひひひひひひひひひひひひひいひ」
「あははははははははははははははははははは、ひっく、ひっく、あはははははははははははははははははははは」
「あはははははははははははははははははははお尻、魔理沙のお尻からとか、あはははははは、あははっはははは」
「お嬢様、この話たいして面白くないですよ」
「あれ!?」
そう言い放って咲夜は食器を片付け出て行った。
レミリアは薄暗い給湯室でひとりぽつんと取り残されてしまったのであった。
さて、この要領でまことくだらない下世話な話は広まっていった。
モヤモヤしたものを残したレミリアは友人のパチュリーにこの話をし、パチュリーは上意下達とばかりに小悪魔にこの話をし、
小悪魔が紅魔館の外の雑多な妖精どもにこの話をしてしまったため、とうとう勢いを増して伝播した。
聞いたら嫌な気分になるのだが見下されることを知りつつも人に話すと笑ってしまう、
その奇妙な現象は悪質な感染症の如くどこまでも限りを知らなかった。
ちなみにレミリアのみが咲夜とパチュリーの両方から見下されるという憂き目に遭ったのだが、その不幸はさて置こう。
幻想郷に連鎖してゆく様子は以下のとおりである。
「まったく、妖精どもが集まって何を話してるかと思ったら、聞いて損しました」
「おかえり早苗。おやどうしたんだい?なんだか顔が怖いよ?」
「ちょっと諏訪子様聞いて下さいよ、あのですね、」
↓
↓
「へぇ、魔理沙のことか。あいつのことは私も好きだぞ」
「神奈子もそう思うでしょ?なのに早苗ったらあんなみっともない格好してキチガイみたいに笑い始めて」
「まぁ落ち付け諏訪子。あれでもまだ多感な少女じゃないか」
↓
↓
「でも、あの魔理沙の話であんなに笑うだなんて、諏訪子のことを見損なったよ私は」
「あやや、よろしければその話だけでも聞きましょうか神奈子様?」
「文よ、これはあまりにくだらなくて記事にもできないぞ。それに記事にしたらお前の品性が問われる」
↓
↓
「それはどういうことでしょうか文様」
「話した通りですよ椛。まったく、山の神ともあろう者があんなんでいいんですかね」
「で、魔理沙さんのどんな話だったんですか?」
「なんでも、魔理沙さんがお尻からっ、あやや、おかしいですね、うふふっ、お尻からですねっ、っひっひっひ」
「ど、どうしたんですか文様」
「魔理沙さんがお尻からマスタースパークを発射したそうですよっ!あやや、あひひひひ、あーっはっはっはっは
あはははははははは、ひぇ、ひぇ、あははははははははははははあはははははははあははははははっはあは」
↓
↓
「ふぅん、犬天狗ってそんなことで笑うんだ。私は椛のことを誤解してたなぁ」
「あれ!?」
「これからはちょっと距離置こうか。なあに、互いに将棋を指さない元通りの他人に戻るだけだよ」
「待って下さい、そんな、にとりさん!?」
↓
↓
「河童のエンジニアさん、そんな怖い顔してどうしたの?」
「友達だと思ってた奴にガッカリきちゃってさ、私は悲しいよ。お空さんはそうなっちゃダメだよ」
「へぇ?その友達はどうしてそんなふうになったの?」
↓
↓
「お燐、魔理沙のこと知ってるよね?私、河童からすごく気分悪くなる話聞いちゃった」
「そんなんで落ち込んでたんだお空は。どれ、あたいに話して楽になりな」
「すごくくだらない話でするのも嫌なくらいなの」
↓
↓
「お空のやつ、本当にくだらない話で笑い転げちゃって、以前から馬鹿だ馬鹿だと思ってたけどなんだか愛想が付きちゃいました。」
「へぇ、それでどんな冗談を聞いたの?」
「言いたくないのであたいの心を読んでくださいさとり様。あっ、すいませんあたい思い出しちゃってっ、くくっ、」
↓
↓
「でね、こいし、魔理沙がねっ、魔理沙が、ふふふ、魔理沙がお尻からねっ、うふふふふふふ」
「お姉ちゃん怖い」
「魔理沙がお尻からマスタースパークですってっ、あはは、うふふふ、あはははははははははははははははは
あははっ、あはははは、ひーっく、ひーっく、ひーっく、あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ひっ、ひっ、」
「そんなので笑えるなんて、お姉ちゃんって本当にさみしい人ね。」
「あれ!?」
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「あら、あなたこいしって言ったっけ。うちに来ても霊夢は外出中よ?」
「紫さん、ちょっと聞いてよもう私お姉ちゃんと縁切りたい」
「姉妹喧嘩なんて良くないわね。一体何が原因なのよ?」
↓
↓
「ほんと忌まわしい妖怪。あんな下賤な神経を持ってるから地下から出られないのよ」
「できれば御教え下さい紫様。」
「藍、これは口に出すのも嫌なくだらない冗談なんだけどね、魔理沙が、魔理沙がっ、お尻っ、お尻からっ、マスタースパークをっ、
お尻からマスタースパーク!あっはっはっはっは、くっだらない!くっだらないわっ!あはははははははははははははは」
↓
↓
「どうやら紫様は長く生き過ぎたようだ、橙。」
「で、それはどんな話だったんですか?」
「どうやら魔理沙が肛門からマスタースパークをひり出したようだっ、くひひひひ、あはっ、ごめん橙っ。あははははははは
あーっはっはっはっはっはっは、ごめんよ橙、あはははははあははははははは、ひぃ、ひぃ、苦しいっ、ごめんっ、あははは」
「藍様が謝るのは魔理沙さんに対してじゃないですか」
↓
↓
「魔理沙が魔理沙がっ、きゃははははは、はきゃきゃきゃきゃ、くひゃひゃひゃひゃ、きゃはははははははははははは
ひーはははあははははあはあははははははあははははあはは、ひーきゃきゃきゃきゃきゃきゃ、きゃひーきゃひー」
「橙、私もそこまで意地悪にはなれないウサ」
↓
↓
「お尻からマスタースパークっ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、けけけけけっけけけけっけけけけ、あははははははは
うひーうひーほひー、あははははははははは、あああああああはははははっははっははっはっははっは」
「ごめんね、てゐ。心の底からあなたを嫌いになったわ」
↓
「うひゃひゃひゃひゃ、ひーっひっひっひひひ、けへへへへへへへ、これは座薬が売れるぞお、あはははははははははははは
へっへっへっへっへ、あはははははははっはははははは、えへへへへへうはははははははははははははは」
「ウドンゲ、あなた知性や良識は月に置き忘れてきたの?」
↓
「お尻から、あはははははは、マスタースパークですって、あははははははは、ひひひひひ、うぇっ、うぇっ、きえーひゃひゃひゃひゃひゃひゃ
ほーわ、ほーわ、ほーわ、いひひひひひひひひひひひひひひいひひ、ひいひい、あはははははははははははははは」
「あなたみたいな愚かしい者と永遠に暮らすだなんて、憂鬱だわ」
↓
「うひゃひゃひゃひゃあひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃは、ひゃっはー!ひええええええはははははははははははははは
うきききききききききき、きえーきえーきえー、あはははははははははははははははははは、ひぃこらひー、あはははは」
↓
「うしゃしゃしゃしゃしゃ、あはははっははっはははははははは、ひえええええ、ひょえええええ、あはははははははははははは
いひひひひひひひひ、あははははは、あーっはっはっはっはっはっはっは、ひひひひっ、うひひっ、ひえっ、ひぇ、あはははっは」
↓
「ぎゃーっはっはっはっは、ひえーははははははははは、うえはははっははは、えへへへ、うはははははははははああああああ
ほあああ!ほあああ!ぎええええっへへへへへへへへへ、うはははははははははははははははは」
↓
「あひーあひーあひー、ひいはははははは、よいさっへいはははははははははははははは、あはははははははははは
うひゃああ、ひゃははははっ、ひゃははっ、ひゃはっ、おえっ、ぐええええええ、ぐえっ、ははははははっはあ、はひぃ、はひぃ、
ぎゃああああはっ、ぎゃああああはっ、うしゃーっしゃっしゃっしゃ、うむっ、おえっ、げほっ、げぇっ、げぇっ、はははははははは
あはははははははははははっはの、ほほいの、ほい、ほあーっはははっはっ、うははっはあ、うはあ、うはあ、あははははははは」
大惨事であった。
幻想郷にはよほどこの手の娯楽が乏しいのだろうか。
まことくだらない下世話な話がこうも流行するあたり、何か病的なものを感じる。
とはいえ、笑い事で済まされるラインをとっくに超えており、幻想郷のあちらこちらに深い爪跡が残っているのだ。
友人関係、主従関係、そうしたものはズタズタに寸断され、どの異変よりもひどいギスギスとした空気が全体を覆っている。
住民たちは全身で笑いを表現したため、頭をぶつけたり、身体をねじったり、苦しさのあまり笑いながら首を吊り始める者まで現れ、
くだらない冗談は空を飛ぶ星蓮船にまで伝染し、寅丸星などはうっかり船から落下してしまい未だに発見されていない。
部下のナズーリンはあんな莫迦など放っておこうとキャプテンムラサに全速力で走るよう要請したが、
やがて舵取りのムラサも腹を抱え笑い転げるようになっため星蓮船は幻想郷のどこかへ墜落し大破した。
他にも白玉楼では喜々と笑い転げながら話す幽々子に絶望した妖夢が抜刀をしてしまったなど、一刻も早い収束を誰もが願っていたのだ。
さて、張本人となった魔理沙は怯える日々が続いていた。
「ああ、どうしてこうなっちまったんだ」
こうも話が伝播してしまった理由は、魔理沙の知名度のせいもあるだろう。
とかく顔が広く、幻想郷のある意味アイコン、否マスコットとして愛され続けた魔理沙である。
誰もが知っているだけに誰もが他人に話しやすく、各々のネットワークを通じて情報は盛大に流出したという事情がある。
そしてこれは奇跡的と言う他ないのだが、伝達の順番は重複せずに、つまり「それ前に聞いたよ」ということが起こらなかったのだ。
手にとってみれば伝達経路は直列の一本の紐となる、そんな確率論を無視したくだらない超常現象が裏では起こっていた。
そんな自宅で篭りきりの魔理沙家に勢いよく飛び込んできたのは、アリスであった。
「ひゃあ!ごめんなさい!」
「魔理沙、あなたの噂だけど、あれってたぶん事実よね!?」
「なんだよアリスまで伝わっていたのかよ」
「友達は少ないけど、まぁ、なんとかね。そんなことはどうでもいいの。あなた以前に私の家のトイレを壊したわよね?
あれってまさかっ、ほんとうに魔理沙のお尻からマスタースパークがっ、うふふ、あはははははははははははっ!あっはははは!」
「そういうのもういいぜ」
ともあれ、一本の紐は魔理沙に戻ってくることになった。
しかしこれで事態が無事に収束するような、幻想郷に巻き起こってしまった混乱はそんなやさしいものではなかった。
「ひぃ、ひぃ、まあいいわ。でも、あなたのお尻の事情を巡って幻想郷全体が騒いでるしてるの。あれが冗談か本当か。
「なんだそりゃ!」
あれが冗談か本当か。
冗談だとしたらあまりにくだらないものであり、そんなくだらないものに爆笑をしてしまったことは名折れに相当する。
だが、もしも本当だとすればどうだろうか。くだらないことであっても、ひょっとしたら僅かでも笑うに相当することなのではないか。
それに関係修復の活路を見出した幻想郷の住民たちは魔理沙のお尻の真相を確かめることとなった。
そして舞台は博麗神社に移る。
コロシアムを連想させる円形の会場がいつの間にやら現れており全幻想郷の面々が勢ぞろいした。
とはいえ和やかとは決して言えず、軋轢ばかりが残る空気と、殺気立った視線は中心に据えられた魔理沙に充分なプレッシャーを与えた。
「出なかったらどうするんだ!」
出せ!気張ってでも出せ!そんな罵声が魔理沙に怒涛のごとく降り注いだ。
これに腹を括った魔理沙は、箒に跨り準備を始めたのだ。
とはいえ、円形である以上はどの方向に発射するにも犠牲が生じるため、見た目重視で建設した河童の不手際を呪った。
仕方なく、垂直に飛び上がり真下へ向けて排出するのがベストだろうと考え、ロケット発射台の如く魔理沙はスタンバイした。
「いいか、お前らよーく見てろよ!行くぜっ!」
登り竜を連想する勢いで上昇を始めたのは数秒間であったが、その僅かな時間に魔理沙は実に多くの考えを走馬灯のように巡らせていた。
どうしてこうなっちまったんだ。そもそも私のお尻に何が起きているんだ。それに関しての説明はあるのかよ。
まさか不発で幻想郷の全員からイジメられるとかそういうオチじゃないだろう。そんなのはごめんだ。
いや、マスタースパークの代わりに本物の大便を漏らすというオチも考え得るぞ。だがそんなお下品なことをすれば大変なことになる。
ひょっとしたらまた樹海か?バカな、樹海行きの複線なんかどこにも無かったぞ。ええい知るか、私が尻出せばそれで終わりだろ。
なあ、そうだろ。
「見やがれみんな!これが私のマスタースパークだぜ!」
かっ。魔理沙のドロワーズを中心に閃光がきらめいた。
少し遅れて極太のレーザーが射出され、地面を抉り土埃を巻き上げ、それを反動とし魔理沙は夜空へ流星の勢いで高く高く飛び立った。
地響きのごとき轟音が過ぎ去ったあと、会場はしんっと静まり返り、それは次第にざわめきへと変わった。
「やっぱ面白くなかったな」
だから言ったじゃないですか、ほんとうね、くだらないわ、過剰演出よ、まったくあんな下品なことをするだなんて。
みんな口をそろえてそう言った。ところがそんな東方少女たちの幾百の蔑みの反応は、魔理沙の背中を束になり叩き、
妙な性癖を瞬間的に開花させて魔理沙を天高くで絶頂させたのだった。
しかし、もはやあの騒動そのものがアホらしく思えたため、軌道を見失いどこかの樹海へ不時着した魔理沙を置いて一同は解散した。
こうして幻想郷の平和は戻った。
思えばババ抜きのような仕組みであり、相手からの蔑みを引き受ける代わりに、話したいという願望をタッチする。
そんな構造で成り立っていたシステムはある種の妖怪のごとき動きを見せ幻想郷を荒らしまわったが、
最後は発生源の魔理沙にすべてがタッチされることで完全に終わったのだ。
いや、まだか。
冒頭からまったく姿を現さなかった、東方におけるもう一人の主人公、霊夢である。
幸か不幸か、例の話が回ってくるタイミングにことごとく不在を重ね、また自分から積極的にかかわろうとすることもしなかったため、
ついにはあの話が霊夢に届くことがなかったのだ。
つまり、昨晩魔理沙が尻からマスタースパークを噴射させる姿を見た時、親友の醜態を初めて知った形になる。
最後のババを手にしてしまった霊夢はむらむらとこのくだらない話を誰かに話してやりたいという願望に駆られたが、
もはやこの話をしらない者は誰もおらず、新入りが幻想郷へ来たらこれを利用していびり倒してやろうと考えた。
ちなみに次に幻想郷にやってきた集団は、これにより関係を破壊され、魔理沙の尻の事情のせいで内部から壊滅することになる。
ちなみにこのババ抜き、勝者はチルノ。
理由は彼女のみが一切笑わなかったからである。
ここ数日、便通が途絶えていた魔理沙の下腹部は膨れ上がり、
出産までを苦しい思いをしながら待ち続けていたが、この日、ようやく陣痛の気配がきた。
「兆候が、兆候が来てるぜ」
腸の蠕動運動は激しさを増し、ぐるぐると痛み始め勢いを増すばかり。
こういうとき、便所は遠く感じるものだがこれは幸いか、自宅にいた魔理沙は軽快に便器に座り込んだ。
「自分の代名詞をあまりこういう場面で使いたくないがな、マスタースパーク、そんな予感がするぜ」
まことくだらない下世話な冗談であり、これを誰かに聞かれたなら魔理沙は赤面して逃げ出すだろう。
だがトイレの個室とは自由空間。独り言などには最適であり、どんな面白くない話でもできるのだ。
やがて臨界点に達した魔理沙が力んだ瞬間であった。
これは自身でも一瞬何が起こったか理解できず、また反動でドアに勢いよく頭をぶつけた事情もあるのだろう、
嘘か本当か、信じられなかったが魔理沙の尻からマスタースパークが飛び出したのだ。
「ぐわっ!?」
きらめく極太の閃光により便器は粉々に吹っ飛び、後ろの壁まで木端微塵。
おまけに下水管まで抉れてびちゃびちゃと汚水が飛び出す大惨事である。
もっともそんな瑣末なことはどうでもよく、むしろ魔理沙は自身の尻の異変にあっけに取られていた。
「私の便秘はどこへ行ったんだ!?」
心配するポイントを間違えたのも無理はない。
誰が尻からマスタースパークを噴射させて正気でいられるだろうか。
しかも手から射出させる際には八卦炉を介してでしか不可能なのに対して、
魔理沙の尻は何物も介さず発射させるほどの得体の知れない力を持っていたことが発覚し、これにはただただ呆然とするしかなかった。
それからの数日というもの、魔理沙は気が気でなかった。
便所は河童により再建設が進められているが、他人の便所を借りなくてはならなくなった。
外でする。そんなあらくれた選択肢があるのは乙女以外の存在である。
当然、魔理沙は博麗神社等々に上がり込み用を足す羽目になったが、どうして便所を破壊したのかについて言及されると、
まさか尻からマスタースパークが出たとは言えず、これはもう口を閉ざすしかなかった。
それ以降、便は正常に排出され大惨事には至らなかった。
これにはほっと胸を撫で下ろす魔理沙であったが、ところがその人一倍の好奇心のせいだろうか、
アリス・マーガトロイド亭で便所を借りていたとき、むらむらと稚気がわいてきた。
「もうちょっと、こういう感じだろうな。ああ、そうだ、あのときはこんな感じで座っていた」
まことくだらない下世話な探究心が魔理沙を動かしてしまった。
それはあの不可思議な事件の再現のためであり、もちろんアリスの便所を破壊するのが目的ではない。
これでもアリスは大切な親友の一人であり、借りた便器を粉々にすることはたとえ友人であっても許されないだろう。
それどころか、わずかなシミのたぐいですら残っていても相手に嫌な気分をさせるのだから、慎重に用は足すべきである。
しかし、アリスとの仲の良さがアダとなったのか、「もしも何かあってもあとで謝ればいい」そんな甘えの精神があったのだ。
「そうそう、ここでこうやって力んだときだったな」
そこでそうやって力んだ瞬間であった。
トイレから閃光がきらめき、爆音と共にアリス亭はぐわらぐわらと震えた。
これにはふだん沈着冷静なアリスも紅茶を噴くには充分であろう。
「どうしたの魔理沙!?」
「すまん、便所が爆ぜた!」
「どうしてそうなるのよ!?ほんとうにどうしたのよ魔理沙は!?」
自宅に続き、アリス亭の便所も壊してしまった。
これには反省する魔理沙であったが、アリスは怒り心頭である。
もはや謝っても謝り切れず、ついに許されることはなく追い出される格好で外に放り出されてしまった。
「でも、ほんとうに出ちまったぜ。どうなってるんだ私のお尻は?」
他人の便所で実験を行うという自身の非常識さは疑うだけ疑ったため、今度の自身の肉体について疑問がわいてきた。
順序としては逆かもしれないが、二度目とあっただけに落ち付いてもいたのだ。
「コツはなんとなく掴んだ、いや、掴んじゃダメだろうこういうの」
もはや誰にも打ち明けられない秘密を作ってしまった。
そう思うと人前に出るのが急に怖くなり、話し相手を欠いた魔理沙は自給自足で問答を続ける。
「弾幕の際に使ってみるのはどうだろうか。撤退と見せかけて背後を見せマスタースパーク?いや、だからダメだろうそういうのは。」
恥である。たとえそれで勝利しようともそれでは拭えない汚辱に塗れることになる。
勝利とは正当に勝ってこそ価値があるという信念を曲げることはできない。
だが、その信念すらも曲げねばならない事態に陥ることとなったのは、そのさらに数日後である。
紅魔館へ向かった理由は、図書館へ似たような症状が無いかを調べるためであった。
だがその途中、氷の妖精チルノに因縁を付けられて弾幕遊びをすることとなってしまったのだ。
「追いつめたぞー魔理沙!」
「くっ、負けた時のために言うんじゃないが、今日は悪いぜっ」
事実であった。またの便秘により身体が重く、こういうときに暴れ回る体力は無い。
それゆえ、チルノのような相手であれば片腕で軽く倒せるはずなのだが、この日はどうも劣勢となり、あわやという場面すらあった。
「使うしかないか」八卦炉を求め懐に手を入れたが、これはスカッと空振り。
スカスカと胸元を探るが、魔理沙の額には次第に冷や汗が出てくる。
「待てチルノ!八卦炉を家に置いてきた!」
「はははは!バカめ、そんな手にひっかかるわけないだろ!」
「バカはお前のほうだ!待てって言ってるだろうがオイ!」
どうしてチルノがバカ呼ばわりされるのか、それは神の手が動いたせいもあるかもしれない。
だが、チルノからはどこか拭えないバカっぽさがあり、周囲はそれを愛嬌のひとつだと捉えてチルノをバカ呼ばわりしているのだ。
しかしどうだろうか。その愛すべきバカに敗れた者はほんとうのバカと呼ばれる危険がある。
ましてや、今の魔理沙のように忘れ物が理由でバカに負けたらバカそのものである。
バカにされたくない。
その思いが魔理沙に背後を向かせた。
背後を取ったと喜ぶチルノ。その喜ぶ小憎たらしいチルノの顔を見ないでも想像できる魔理沙。
「ああ、きっと得意面で言い触らしまくるんだろうなコイツは」そう思った瞬間、その屈辱が乙女としての屈辱を僅かに上回った。
「なあチルノ、魔法はどこから出ると思う?」
「えっ、手!」
「バカめ、尻だ」
やけっぱちだと思いまことくだらない下世話な冗談を言い、魔理沙は尻からマスタースパークを発射した。
これにはチルノも声が出ず腰を抜かし、あわれ、尻から出た魔法に敗北する憂き目に遭った。
とはいえチルノの判断に間違いは無い。
もしも戦いの最中に相手の尻から魔法が噴射されることを想定しながら戦う者がいたら、その者こそがいちばんのバカであろうから。
「なにやってんだ魔理沙!ダメだろそういうことしちゃ!」
「ああ、実に耳が痛いぜ」
チルノの反応はまっとうだった。
戦いに敗れたことなどもはやどうでもよく、ただ尻から吐き出された魔法を浴びせられたことにチルノは憤慨していた。
勝負の世界は非情というが、ここまで非情なことなどそうはない。
しかし、その非情を非情にも浴びせかけた魔理沙が次に心配すること、それはチルノの口を塞げるかどうかであった。
「なあチルノ。今日のことは誰にも言っちゃダメだ。分かるだろう?」
「どうしてさ!あんなのぶつけられて誰にも言うなだなんて、そんな理不尽があるかい!」
至極まっとうな反論であるが、それを曲げねば魔理沙の乙女としての品格は粉々になってしまう。
だが「ここはどうかひとつ頼むよ」と頭を下げても覆らず、チルノの怒りは増すばかりであった。
「もういい!大ちゃんに言い触らしてやろう!」
「あっ、こら待てチルノ!」
そう言い放ち霧の湖へぴゅーと音を立てて飛んでいくチルノを魔理沙は追ったが、
これは運が悪く、チルノが大ちゃんと呼ぶ大妖精はすぐ近くを飛んでおり、魔理沙が追い付く前に二人は出会ってしまった。
「大ちゃん大ちゃん!聞いてよ魔理沙のやつひどいんだよ!」
「あらチルノちゃん。また弾幕やって負けちゃったの?」
「あんなの負けじゃないやい!だって魔理沙のやつ、お尻から、お尻から、」
「お尻がどうしたの?」
「お尻からマスタースパーク出したんだ!」
その発言はただでさえ静かな湖に、しんと沈黙を落とすには充分であった。
「言ってやった言ってやった」と喜ぶチルノと、あちゃーと顔を押さえる魔理沙だが、大妖精の大ちゃんはどう判断したのだろう。
「チルノちゃん。私、そういうの好きじゃない」
「あれ!?」
「そういう下品な冗談で魔理沙さんに対して腹いせとかするチルノちゃんなんて、好きじゃないの」
大ちゃんがチルノに向けたのは、ひややかなまなざしであった。
二人の間には強い信頼関係があったが、それを持ってしても大ちゃんに「ほんとうに!?」という言葉を吐かせるのは不可能であった。
当然である。尻からマスタースパークなどというまことくだらない下世話な話を真に受けるような非常識な者など幻想郷にもそうはいない。
「さよなら、そういう子だとは思ってなかったわ」
「え、待って、待ってよ大ちゃん」
チルノに背を向けた大ちゃんは少しだけ泣いていた。親友の失態に泣けるとは、実にいい子である。
霧の向こう側へ消えて行った背中をチルノは追ったが、取り残された魔理沙はとりあえず安堵した。
だが、これがゆくゆく魔理沙の元へ因果応報として返ってくることはこのときは想像していなかったのだ。
「くすん、くすん、」
「おやおや、どうしたんですか妖精さんが涙だなんて」
「あっ、門番さん」
紅魔館の隅で一人泣いていた大ちゃんを発見したのは紅美鈴であった。
武道で培った人格は、涙する少女に一輪のちいさな花を捧げる優しさをもたらしていた。
「ありがとうございます」
「私もね、泣きたいときもあるんです。たとえば居眠りしてて上司に怒られちゃったときとか」
まるで深夜の中年タクシードライバーのようなことを言う。
これは夜に泣きながら一人でタクシーに乗り込んだ経験のある人間なら分かる方もいると思うが、
十中八九この手のことを言われるのだ。何かマニュアルでもあるのだろうか、タクシードライバーの常套句のようなものである。
そういう場合はたとえ誰とも話したくなくても「いや、運転中に居眠りしてたら怒られるどころじゃ済まないでしょう」と返してあげよう。
するとドライバーは「いえいえ私は運転中には寝ませんよ。まぁ寝ちゃう悪い奴もいるらしいですけどね?いや、こりゃ冗談だぁ。
私の場合は事務所内でね、こう天気が良かったからうつらうつらとしてたらね・・・」と、そういうふうにして会話が進むのである。
閑話休題、美鈴はドライバーではないし、大ちゃんは恋人と別れた大学生ではない。
とはいえ親友を失うことも失恋と同じくらい悲しいものであり、そうした感性がある大ちゃんは実にいい子である。
「私、友達とケンカして別れてきたんです」
「じゃあ仲直りしなきゃダメだぁ」
いまいち中年タクシードライバーのような口調が抜けきらない美鈴であるが、この話の焦点はそこではないのでこれ以上は重ねない。
さて、そんなことはさておき大ちゃんはいよいよ話の中核の部分を語り出したのだ。
「だって、チルノちゃんがあんなことを言うだなんて」
「おやおや何を言われたんです?」
「魔理沙さんってご存知ですよね?」
「知ってますよ、あの人間の魔理沙さん」
「その魔理沙さんがですね」
「その魔理沙さんが?」
「あの、おしり、」
「え?」
「お尻です、お尻からですね、」
「お尻からですか」
「お尻からマスタースパークを噴いたとか言うんです」
小鳥のさえずりが響いた。それっきり紅魔館の門はしんっと静まり返った。
だがこの沈黙を大きく破ったのは他でもない打ち明け話をした大ちゃん本人であった。
「お尻からですねっ、くくっ、お尻からマスタースパークをっ、くははっ、マスタースパークっ、あはははははははは」
まことくだらない下世話な話に笑い転げたのは、意外にも大ちゃん自身。
突然何のツボに入ったのだろうか、チルノをあれほど冷たい目で見下したあの大ちゃんが、
「あはははははは、あはははははは、ひいっひいっ、あはははは、あははははは、」と腹を抱えてはみっともなく転げ回る。
筆者がいい子いい子と言い続けてきたのがすべて馬鹿らしくなるくらい大ちゃんは爆笑してしまったのだ。
だが、そんな少女を蔑んだ眼で見下したのは美鈴である。
「そういう冗談は好きではありませんね。第一、それ面白くありませんし」
「あれ!?」
さっきと打って変わって冷徹な美鈴が顔を覗かせた。
そう、武道で培った人格は、同時に堕落した者への厳しさも持ち合わせていたのだ。
「妖精さん、あなた他に楽しめることを探したほうがいいですよ」
「ちょっと、ちょっと待って下さい門番さん」
大ちゃんを置き去りにガシャーンと門が閉ざされて二度と開かなかった。
気分をいちじるしく害した美鈴は門へ帰ってくることはなかったのであった。
「こら美鈴、門番の仕事はどうしたのよ」
「ああ咲夜さん。ごめんなさい、ちょっと嫌なことがありましてね」
「嫌なことがあって休めるのは自由業だけ。ちゃっちゃと仕事に戻らないとほんとうに自由業にしちゃうわよ」
それなりに仕事ができる女上司のような口調で言ってみたものの十六夜咲夜、美鈴の表情に曇ったものを見る。
いつもならば明るくサボるというそれはそれで困ったポリシーを掲げている美鈴であったが、
こうも沈んだ顔でサボられるとこれには咲夜も窓拭きの手を止めて話のひとつでも聞いてやりたい心境になった。
ああだこうだといいつつも根っこの部分で美鈴のことを信頼しているからこそ、こうしたこともしてやれるのだ。
「ちょっと先ほど、子供相手に少しばかり言い過ぎてしまいましてね。ああ、あんなこと言うんじゃなかった」
「へえ、あなたにしては珍しいわね」
美鈴は子供の扱いには長けており、対応も実に上手かった。
それだけに、子供相手に言い過ぎるということがどうして起こったのか、咲夜には解せないものがあった。
「気分を害する冗談ってどう感じます?」
「不愉快ね」
「その冗談で笑い転げている者を見てどう思います?」
「悪趣味な人と思うわ」
好きな人や物に対しては従順で盲目的な面がある一方で、咲夜は嫌いなものに対してはナイフのように切れ味よく斬って捨てる。
とはいえ、趣味が悪いものや愉快でないものを自らわざわざ覗きこんで怒り散らすほど咲夜は幼くない。
それゆえに美鈴が聞いたと思われるその冗談については聞きたくないとすら思っていたのだ。
ところがどうだろうか、美鈴自身も無意識なのかもしれないが、徐々に話題をあの下世話な冗談の方向へ寄せて行くではないか。
「冗談っていうのは誰も傷付けないほうが素晴らしい、そう思いません?」
「思うわよ。でも待って美鈴、あなたが気分を害したって言ったその冗談、言わなくて結構よ」
「人間の肛門から便通以外のものが出ると思いますか?」
「やめなさい美鈴、もうすでに私、かなり嫌な気分になっているわ」
やめなさいと言われると話したくなるのはどうしてだろう。
たとえ相手への思いやりがあれども、相手から確実に嫌われてしまおうとも、
どういう心理が働くのか抑圧を受けると解放したくなるのか、円熟した精神を持つはずの美鈴は言葉を続けてしまった。
「その妖精さんが言うにはですね、どうやら魔理沙さんがですね、」
「魔理沙がどうしてそこに出てくるの?」
「いやいや、色々とわけがありまして、それでですね、その妖精さんが言うには魔理沙さんのお尻からっ、くっ、くくっ、」
「美鈴?」
「魔理沙さんのお尻からですね、くっ、くふっ、マスタースパークがっ、発射されたって言うんですっ、くふふっ、」
途中から声を震わせて話す様子は泣いているようにも見えたがもちろんそうではない。
腹の底からこみあげてくる原因不明の笑いを必死にこらえていたのだ。
喜怒哀楽、人にとってどの感情がいちばん堪えられないかと問われれば、それは笑いではないだろうか。
事実、美鈴はその忍耐の臨界点を突破してしまった。
「くあぁーはっはっはっは、あーはっはっは、あーあー、くだらないくっだらない、あっはっはっは、ひひひひひ、あはーあはー
あははは尻からマスタースパークとか、ひぃ、ひぃー、あっはっは、わははははははははは、くっだらない、あはははははははははは」
赤いじゅうたんの上をのたうち回るように爆笑する美鈴だが、このくだらない下世話な冗談を聞かされてしまった咲夜はどうだろうか。
よく絞ったはずの雑巾からぽたぽたと水滴が垂れるほど、拳を握りしめているではないか。
「くっだらない、くっだらない、あはははははははははははは、あーあー、あはっはあはっは」と喜ぶ美鈴の顔に嫌悪感を覚えた咲夜は、
それにふさわしいものとしてぺちんと雑巾を叩きつけてやったのだった。
「最低」
「あれ!?」
軽蔑の表情にやや怒りの色が混じっているのは、美鈴が咲夜の信頼を裏切ったせいだろう。
あまり激情を表に見せない咲夜であるがこの手の傷心の経験があまりなかったのか、目の端には軽く涙が浮かんでいる。
「美鈴、ちょっとだけ尊敬してたわ」
「え、ちょっと待って咲夜さん、待って下さいってば、」
情けなくゴキブリの如く床を這った美鈴の目の前で咲夜はこつぜんと音も無く姿を消した。
時を止めたのだろう、いや、しかし正確に言えば姿は完全には消えていなかった。
咲夜がこぼした涙の雫は玉のように悲しく美しく宙を舞っていたが、
きらりと輝いたかと思った次の瞬間には自由落下をして赤いじゅうたんの黒いシミになったのだった。
他人が99%嫌な思いをするであろうことを言ってしまうのは、自己中心的と言う他ない。
だが、他人が傷付くだけならサディスティックな気持ちが働いただけかもしれないが、
今回のような面白くもなんともなくただ不愉快なだけの冗談というものは、発言した自分すらも軽蔑されかねないという危険があるのだ。
そんな誰も得をしない発言をどうして我々は時として放ってしまうのだろうか。
そこには破滅に対する渇望、ある種の自殺願望を満たそうとしているという心理が働いているのかもしれない。
それを死への衝動と捉えるならば、この手のまことくだらない下世話な冗談を言うものの神経というのは、
エロスとタナトスが共存し混在し合うカオスな状態、言葉は足りないがおそらくそこまでは解釈できるだろう。
もっと深く言及するにはお馴染みのフロイトさんにおでまし戴くほかないのだが、残念ながらあまりそこには触れる気が起きない。
というのも、無意識の領域を好き勝手に論じると全ての物事が何とでも言えてしまうので、誇大理論となってしまいそうで扱いが難しいのだ。
無意識といえばこの件を古明地こいしに聞いてみるという手もありそうだが、こちらは無意識を意識的に操る化物なのでお引き取り願う。
さて、そんなことはさておき、我々としては咲夜の状態が心配である。
給湯室でひっそりと泣くのはOLも瀟洒な従者も同じなのだろうか、明かりを落としてめそめそと涙をこぼしている。
「美鈴のばか」
美鈴と咲夜の付き合いは長い。
さほど大層な苦楽を共にしてきたわけではないのだが、いざとなれば互いに背中を守れるくらいに思っていた。
ところがどうだろうか、ああも無様な姿を見せ付けられると積み上げてきた全てが雲散霧消。
「ほんと、ばかみたい」という呟きは美鈴にも向けられていたが、なかばそんな美鈴を信頼した自分にも向けられていたのだ。
そんな悲しみに暮れる咲夜の前に現れたのは、影が先か姿が先か、女社長いや紅魔館の主、レミリア・スカーレットである。
「お嬢様!?なぜこのようなところまで!?」
「あら、あなたがティータイムをすっぽかすからだわ、咲夜」
しゃなりと現れたレミリアはいたずらな気品の漂う口調でそう言った。
もちろんすっぽかされたとは思っておらず、むしろあの咲夜が紅茶を持って現れないことに良からぬ運命を感じていたのだ。
「申し訳ございませんお嬢様、すぐにお持ちいたしますので」
「あら、こんな薄暗い中でのティータイムというのも洒落てるわよ」
時折に見せるこうした器がレミリアをカリスマ足らしめていたし、それに魅惑されてしまった咲夜である。
咲夜は涙を手でさっと切ると、それに応えるべくお湯を沸かし始め、ふたりきりのティーセレモニーと揚々と意気込んだ。
「涙の理由、あなたが言いたいなら聞いてあげるけど?」
「もったいないお言葉ですわお嬢様」
「いいのよ、あなたもたまには感情を露骨に出してみなさい、すっきりするわよ」
二人はあくまで主人と従者であり、その一線を越える関係を築くことはしなかった。
しかし、時折こうして垣根の向こうからレミリアの方から合図を送ってくることもあり、それがまた咲夜を夢中にさせている。
ティーカップは温かい紅茶に満たされ、お互いの手元に運ばれ、そしてゆっくり語り始めた。
「お嬢様。私は今まで美鈴を信頼してきたところがあります。ぞんざいな扱いに周囲からは映ったかもしれませんが、
その裏には尊敬という前提があったからで、私にとって美鈴は門番以上におおきい大切な存在でした。
しかし、その前提が揺らいだ今、どうやって美鈴と接すればいいのか私は分かりません」
「あら、美鈴が何か失態でも犯したの?」
「失態、そうですね失態と言えるかもしれません。少なくとも私は美鈴のああいう姿は見たくありませんでした」
「あら、まだ咲夜も幼いじゃないの」
「どういうことですか」
レミリアはちょこんと給湯台の上に腰をかけた。
その姿は幼さそのものであったが、同時に四百余年も生きた吸血鬼としての風格があった。
「いい?失態を見せないようにする努力は大切。でも、すべてを隠し通せるほど運命は甘くないわ。
誰だって一度や二度の大失態を犯すことだってあるの。それにいちいち傷付くようじゃ咲夜は人間の中でもまだまだ子供だわ」
「そういうものでしょうか」
「そういうものよ。もちろん私だって咲夜にはとてもじゃないけど教えられない過去もあるわ」
「あら、そうなんですか?」
「ふふっ、絶対に教えないけどね」
コロコロと笑い合うと、心にさわやかな風が通った心地がした。
明日からも美鈴と向きあえそうだ、そんな気になってきた。
ところがレミリアは妙な好奇心ゆえか、いたずらな笑みでその先を続けたのだ。
「で、美鈴の失態ってなぁに?」
「とてもじゃないですが言えませんわお嬢様」
「教えてよ、聞いてやりたいわ聞いてやりたいわ」
「あのですね、くだらない冗談なんですがねっ、そのっ、くっ、」
ティーカップの水面に小刻みな波が立つ。どうしてだろう、言いたくもないのに言いたくて仕方がない。
咲夜をもってしてもこの衝動を抑えるのはほとんど不可能であった。
「お尻の、お尻の穴から、くくっ、ふひっ、魔理沙がお尻の穴からですね、きひひっ、」
「ちょっと、咲夜あなたどうしたの?」
「魔理沙がお尻の穴からマスタースパークを発射したそうですっ、くっ、あは、あはははははははは、ひゃははははは、
あはははははははは、あああああ、ああああ、ああ、ああ、くーくー、あっはっはっはっはっはっは、あっはっはっはっはっは」
「あははははははは!何それ咲夜、あはははははははは、あっはあっはあっは、あははっははははははははははは」
「わはっははははははは、ひぃ、ひぃーひぃ、くはっ、あはははははははは、ひひひひひひひひひひひひひひひひ、」
「お尻からマスタースパークとか、あっ、ああ、あーっはっはっははっはっはっは、あはーあはーあひひひひひひひひひひひひひいひ」
「あははははははははははははははははははは、ひっく、ひっく、あはははははははははははははははははははは」
「あはははははははははははははははははははお尻、魔理沙のお尻からとか、あはははははは、あははっはははは」
「お嬢様、この話たいして面白くないですよ」
「あれ!?」
そう言い放って咲夜は食器を片付け出て行った。
レミリアは薄暗い給湯室でひとりぽつんと取り残されてしまったのであった。
さて、この要領でまことくだらない下世話な話は広まっていった。
モヤモヤしたものを残したレミリアは友人のパチュリーにこの話をし、パチュリーは上意下達とばかりに小悪魔にこの話をし、
小悪魔が紅魔館の外の雑多な妖精どもにこの話をしてしまったため、とうとう勢いを増して伝播した。
聞いたら嫌な気分になるのだが見下されることを知りつつも人に話すと笑ってしまう、
その奇妙な現象は悪質な感染症の如くどこまでも限りを知らなかった。
ちなみにレミリアのみが咲夜とパチュリーの両方から見下されるという憂き目に遭ったのだが、その不幸はさて置こう。
幻想郷に連鎖してゆく様子は以下のとおりである。
「まったく、妖精どもが集まって何を話してるかと思ったら、聞いて損しました」
「おかえり早苗。おやどうしたんだい?なんだか顔が怖いよ?」
「ちょっと諏訪子様聞いて下さいよ、あのですね、」
↓
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「へぇ、魔理沙のことか。あいつのことは私も好きだぞ」
「神奈子もそう思うでしょ?なのに早苗ったらあんなみっともない格好してキチガイみたいに笑い始めて」
「まぁ落ち付け諏訪子。あれでもまだ多感な少女じゃないか」
↓
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「でも、あの魔理沙の話であんなに笑うだなんて、諏訪子のことを見損なったよ私は」
「あやや、よろしければその話だけでも聞きましょうか神奈子様?」
「文よ、これはあまりにくだらなくて記事にもできないぞ。それに記事にしたらお前の品性が問われる」
↓
↓
「それはどういうことでしょうか文様」
「話した通りですよ椛。まったく、山の神ともあろう者があんなんでいいんですかね」
「で、魔理沙さんのどんな話だったんですか?」
「なんでも、魔理沙さんがお尻からっ、あやや、おかしいですね、うふふっ、お尻からですねっ、っひっひっひ」
「ど、どうしたんですか文様」
「魔理沙さんがお尻からマスタースパークを発射したそうですよっ!あやや、あひひひひ、あーっはっはっはっは
あはははははははは、ひぇ、ひぇ、あははははははははははははあはははははははあははははははっはあは」
↓
↓
「ふぅん、犬天狗ってそんなことで笑うんだ。私は椛のことを誤解してたなぁ」
「あれ!?」
「これからはちょっと距離置こうか。なあに、互いに将棋を指さない元通りの他人に戻るだけだよ」
「待って下さい、そんな、にとりさん!?」
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「河童のエンジニアさん、そんな怖い顔してどうしたの?」
「友達だと思ってた奴にガッカリきちゃってさ、私は悲しいよ。お空さんはそうなっちゃダメだよ」
「へぇ?その友達はどうしてそんなふうになったの?」
↓
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「お燐、魔理沙のこと知ってるよね?私、河童からすごく気分悪くなる話聞いちゃった」
「そんなんで落ち込んでたんだお空は。どれ、あたいに話して楽になりな」
「すごくくだらない話でするのも嫌なくらいなの」
↓
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「お空のやつ、本当にくだらない話で笑い転げちゃって、以前から馬鹿だ馬鹿だと思ってたけどなんだか愛想が付きちゃいました。」
「へぇ、それでどんな冗談を聞いたの?」
「言いたくないのであたいの心を読んでくださいさとり様。あっ、すいませんあたい思い出しちゃってっ、くくっ、」
↓
↓
「でね、こいし、魔理沙がねっ、魔理沙が、ふふふ、魔理沙がお尻からねっ、うふふふふふふ」
「お姉ちゃん怖い」
「魔理沙がお尻からマスタースパークですってっ、あはは、うふふふ、あはははははははははははははははは
あははっ、あはははは、ひーっく、ひーっく、ひーっく、あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ひっ、ひっ、」
「そんなので笑えるなんて、お姉ちゃんって本当にさみしい人ね。」
「あれ!?」
↓
↓
「あら、あなたこいしって言ったっけ。うちに来ても霊夢は外出中よ?」
「紫さん、ちょっと聞いてよもう私お姉ちゃんと縁切りたい」
「姉妹喧嘩なんて良くないわね。一体何が原因なのよ?」
↓
↓
「ほんと忌まわしい妖怪。あんな下賤な神経を持ってるから地下から出られないのよ」
「できれば御教え下さい紫様。」
「藍、これは口に出すのも嫌なくだらない冗談なんだけどね、魔理沙が、魔理沙がっ、お尻っ、お尻からっ、マスタースパークをっ、
お尻からマスタースパーク!あっはっはっはっは、くっだらない!くっだらないわっ!あはははははははははははははは」
↓
↓
「どうやら紫様は長く生き過ぎたようだ、橙。」
「で、それはどんな話だったんですか?」
「どうやら魔理沙が肛門からマスタースパークをひり出したようだっ、くひひひひ、あはっ、ごめん橙っ。あははははははは
あーっはっはっはっはっはっは、ごめんよ橙、あはははははあははははははは、ひぃ、ひぃ、苦しいっ、ごめんっ、あははは」
「藍様が謝るのは魔理沙さんに対してじゃないですか」
↓
↓
「魔理沙が魔理沙がっ、きゃははははは、はきゃきゃきゃきゃ、くひゃひゃひゃひゃ、きゃはははははははははははは
ひーはははあははははあはあははははははあははははあはは、ひーきゃきゃきゃきゃきゃきゃ、きゃひーきゃひー」
「橙、私もそこまで意地悪にはなれないウサ」
↓
↓
「お尻からマスタースパークっ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、けけけけけっけけけけっけけけけ、あははははははは
うひーうひーほひー、あははははははははは、あああああああはははははっははっははっはっははっは」
「ごめんね、てゐ。心の底からあなたを嫌いになったわ」
↓
「うひゃひゃひゃひゃ、ひーっひっひっひひひ、けへへへへへへへ、これは座薬が売れるぞお、あはははははははははははは
へっへっへっへっへ、あはははははははっはははははは、えへへへへへうはははははははははははははは」
「ウドンゲ、あなた知性や良識は月に置き忘れてきたの?」
↓
「お尻から、あはははははは、マスタースパークですって、あははははははは、ひひひひひ、うぇっ、うぇっ、きえーひゃひゃひゃひゃひゃひゃ
ほーわ、ほーわ、ほーわ、いひひひひひひひひひひひひひひいひひ、ひいひい、あはははははははははははははは」
「あなたみたいな愚かしい者と永遠に暮らすだなんて、憂鬱だわ」
↓
「うひゃひゃひゃひゃあひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃは、ひゃっはー!ひええええええはははははははははははははは
うきききききききききき、きえーきえーきえー、あはははははははははははははははははは、ひぃこらひー、あはははは」
↓
「うしゃしゃしゃしゃしゃ、あはははっははっはははははははは、ひえええええ、ひょえええええ、あはははははははははははは
いひひひひひひひひ、あははははは、あーっはっはっはっはっはっはっは、ひひひひっ、うひひっ、ひえっ、ひぇ、あはははっは」
↓
「ぎゃーっはっはっはっは、ひえーははははははははは、うえはははっははは、えへへへ、うはははははははははああああああ
ほあああ!ほあああ!ぎええええっへへへへへへへへへ、うはははははははははははははははは」
↓
「あひーあひーあひー、ひいはははははは、よいさっへいはははははははははははははは、あはははははははははは
うひゃああ、ひゃははははっ、ひゃははっ、ひゃはっ、おえっ、ぐええええええ、ぐえっ、ははははははっはあ、はひぃ、はひぃ、
ぎゃああああはっ、ぎゃああああはっ、うしゃーっしゃっしゃっしゃ、うむっ、おえっ、げほっ、げぇっ、げぇっ、はははははははは
あはははははははははははっはの、ほほいの、ほい、ほあーっはははっはっ、うははっはあ、うはあ、うはあ、あははははははは」
大惨事であった。
幻想郷にはよほどこの手の娯楽が乏しいのだろうか。
まことくだらない下世話な話がこうも流行するあたり、何か病的なものを感じる。
とはいえ、笑い事で済まされるラインをとっくに超えており、幻想郷のあちらこちらに深い爪跡が残っているのだ。
友人関係、主従関係、そうしたものはズタズタに寸断され、どの異変よりもひどいギスギスとした空気が全体を覆っている。
住民たちは全身で笑いを表現したため、頭をぶつけたり、身体をねじったり、苦しさのあまり笑いながら首を吊り始める者まで現れ、
くだらない冗談は空を飛ぶ星蓮船にまで伝染し、寅丸星などはうっかり船から落下してしまい未だに発見されていない。
部下のナズーリンはあんな莫迦など放っておこうとキャプテンムラサに全速力で走るよう要請したが、
やがて舵取りのムラサも腹を抱え笑い転げるようになっため星蓮船は幻想郷のどこかへ墜落し大破した。
他にも白玉楼では喜々と笑い転げながら話す幽々子に絶望した妖夢が抜刀をしてしまったなど、一刻も早い収束を誰もが願っていたのだ。
さて、張本人となった魔理沙は怯える日々が続いていた。
「ああ、どうしてこうなっちまったんだ」
こうも話が伝播してしまった理由は、魔理沙の知名度のせいもあるだろう。
とかく顔が広く、幻想郷のある意味アイコン、否マスコットとして愛され続けた魔理沙である。
誰もが知っているだけに誰もが他人に話しやすく、各々のネットワークを通じて情報は盛大に流出したという事情がある。
そしてこれは奇跡的と言う他ないのだが、伝達の順番は重複せずに、つまり「それ前に聞いたよ」ということが起こらなかったのだ。
手にとってみれば伝達経路は直列の一本の紐となる、そんな確率論を無視したくだらない超常現象が裏では起こっていた。
そんな自宅で篭りきりの魔理沙家に勢いよく飛び込んできたのは、アリスであった。
「ひゃあ!ごめんなさい!」
「魔理沙、あなたの噂だけど、あれってたぶん事実よね!?」
「なんだよアリスまで伝わっていたのかよ」
「友達は少ないけど、まぁ、なんとかね。そんなことはどうでもいいの。あなた以前に私の家のトイレを壊したわよね?
あれってまさかっ、ほんとうに魔理沙のお尻からマスタースパークがっ、うふふ、あはははははははははははっ!あっはははは!」
「そういうのもういいぜ」
ともあれ、一本の紐は魔理沙に戻ってくることになった。
しかしこれで事態が無事に収束するような、幻想郷に巻き起こってしまった混乱はそんなやさしいものではなかった。
「ひぃ、ひぃ、まあいいわ。でも、あなたのお尻の事情を巡って幻想郷全体が騒いでるしてるの。あれが冗談か本当か。
「なんだそりゃ!」
あれが冗談か本当か。
冗談だとしたらあまりにくだらないものであり、そんなくだらないものに爆笑をしてしまったことは名折れに相当する。
だが、もしも本当だとすればどうだろうか。くだらないことであっても、ひょっとしたら僅かでも笑うに相当することなのではないか。
それに関係修復の活路を見出した幻想郷の住民たちは魔理沙のお尻の真相を確かめることとなった。
そして舞台は博麗神社に移る。
コロシアムを連想させる円形の会場がいつの間にやら現れており全幻想郷の面々が勢ぞろいした。
とはいえ和やかとは決して言えず、軋轢ばかりが残る空気と、殺気立った視線は中心に据えられた魔理沙に充分なプレッシャーを与えた。
「出なかったらどうするんだ!」
出せ!気張ってでも出せ!そんな罵声が魔理沙に怒涛のごとく降り注いだ。
これに腹を括った魔理沙は、箒に跨り準備を始めたのだ。
とはいえ、円形である以上はどの方向に発射するにも犠牲が生じるため、見た目重視で建設した河童の不手際を呪った。
仕方なく、垂直に飛び上がり真下へ向けて排出するのがベストだろうと考え、ロケット発射台の如く魔理沙はスタンバイした。
「いいか、お前らよーく見てろよ!行くぜっ!」
登り竜を連想する勢いで上昇を始めたのは数秒間であったが、その僅かな時間に魔理沙は実に多くの考えを走馬灯のように巡らせていた。
どうしてこうなっちまったんだ。そもそも私のお尻に何が起きているんだ。それに関しての説明はあるのかよ。
まさか不発で幻想郷の全員からイジメられるとかそういうオチじゃないだろう。そんなのはごめんだ。
いや、マスタースパークの代わりに本物の大便を漏らすというオチも考え得るぞ。だがそんなお下品なことをすれば大変なことになる。
ひょっとしたらまた樹海か?バカな、樹海行きの複線なんかどこにも無かったぞ。ええい知るか、私が尻出せばそれで終わりだろ。
なあ、そうだろ。
「見やがれみんな!これが私のマスタースパークだぜ!」
かっ。魔理沙のドロワーズを中心に閃光がきらめいた。
少し遅れて極太のレーザーが射出され、地面を抉り土埃を巻き上げ、それを反動とし魔理沙は夜空へ流星の勢いで高く高く飛び立った。
地響きのごとき轟音が過ぎ去ったあと、会場はしんっと静まり返り、それは次第にざわめきへと変わった。
「やっぱ面白くなかったな」
だから言ったじゃないですか、ほんとうね、くだらないわ、過剰演出よ、まったくあんな下品なことをするだなんて。
みんな口をそろえてそう言った。ところがそんな東方少女たちの幾百の蔑みの反応は、魔理沙の背中を束になり叩き、
妙な性癖を瞬間的に開花させて魔理沙を天高くで絶頂させたのだった。
しかし、もはやあの騒動そのものがアホらしく思えたため、軌道を見失いどこかの樹海へ不時着した魔理沙を置いて一同は解散した。
こうして幻想郷の平和は戻った。
思えばババ抜きのような仕組みであり、相手からの蔑みを引き受ける代わりに、話したいという願望をタッチする。
そんな構造で成り立っていたシステムはある種の妖怪のごとき動きを見せ幻想郷を荒らしまわったが、
最後は発生源の魔理沙にすべてがタッチされることで完全に終わったのだ。
いや、まだか。
冒頭からまったく姿を現さなかった、東方におけるもう一人の主人公、霊夢である。
幸か不幸か、例の話が回ってくるタイミングにことごとく不在を重ね、また自分から積極的にかかわろうとすることもしなかったため、
ついにはあの話が霊夢に届くことがなかったのだ。
つまり、昨晩魔理沙が尻からマスタースパークを噴射させる姿を見た時、親友の醜態を初めて知った形になる。
最後のババを手にしてしまった霊夢はむらむらとこのくだらない話を誰かに話してやりたいという願望に駆られたが、
もはやこの話をしらない者は誰もおらず、新入りが幻想郷へ来たらこれを利用していびり倒してやろうと考えた。
ちなみに次に幻想郷にやってきた集団は、これにより関係を破壊され、魔理沙の尻の事情のせいで内部から壊滅することになる。
ちなみにこのババ抜き、勝者はチルノ。
理由は彼女のみが一切笑わなかったからである。
ネタが大変に下品だったのは、何つーか、ええと、うん、もうどうでもいいや
やられた……
真面目くさった話を投稿したら真下にこんな化け物がいるなんて……orz
てか笑った 何かに負けた気分(
ただキャラの笑い方はもう少しなんとか出来なかったのかな
あと、筆者視点ってのも中々面白かった。
進むことも戻ることも出来ないお前に
もう進む道など無いのだから!
後半は歪、あるいは雑な印象。細部はぱっと見て、「複線」「これを利用していびり倒して」「関係修復の活路を見出した幻想郷の住民たちは~確かめることとなった」などが気になった(最後のは能動的な主語が受動的に記述されていて不自然)。
葛藤する糞便的・エロス的共同体が相互不信を通じて個人に下品さの記号を押し付け抑圧するという構造は、はっちゃけというよりはブラックユーモアの内容だと思う。いひひ、あははといった直接的な笑いの描写の類は、その意味で題材に馴染まない。欲望が無邪気な伝播に止まる前半部には、作者氏の作品の中でも一番良質な明るい笑いがあるように思う。
結局なぜ魔理沙がああなったのかの説明もないですし、投げっぱなしもいいところ。
これが一番ツボだったwwww
冷え切った橙の表情がリアルに浮かんだのは俺だけじゃないはず
ただし魔法は尻からでる。
くっそワロタwwいや、尻からだけにww
そして、つくづく樹海好きだなぁ。
品は無くても単純に面白かった。
あなたの書く各勢力が入り乱れた群像劇とても楽しみにしています。
心理描写を始めとした表現力が不足していると感じました。
久しぶりに笑わせていただきました。
まったく危なかったじゃないか、色々と
笑い転げてる布都を絶対零度の視線で見下す屠自子ちゃんは想像できました。
しかし、下品どうこうはおいといて、話のバトンを渡す際の軽蔑の場面が最高だ。
深夜2時なのに•••ww
なんなんだよこれwwwwww
間違いなく他より性根クズなはずなのに何故かマシに見える不思議