かちっ、家電製品のスイッチが入る、そんな音を霧雨魔理沙は聞いた。
それからというもの、魔理沙は実家でのんびりと暮す電化型少女として生きているのだが、どうでもいい話である。
なぜ魔理沙が電化製品に囲まれて暮らすようになったのか。
そう、河童の工事により自宅まで電線を引いてもらったことが全ての始まりであった。
この日は蛍光灯を照らして夜遅くまでゲームで遊んでいたが、ふいに猛烈な眠気に襲われた。
「疲れてるのかな」
もちろん思い当たるフシもあり、マリオカートの後に博麗神社でハイボールを呑み、それがずいぶんと長引いてしまったせいもあるのだろう。
そのくせ、家に戻ってからも携帯型ゲームを続けてしまったがゆえに、気力体力ともに消耗していたのだ。
火の用心。遠くで河童が軽トラックに乗り拡声器を鳴らしていたのを聞いたような気もするが、魔理沙にはそれが届かなかった。
蛍光灯はずいぶんと消耗していたが、魔理沙はそれを消したものだと誤解してしまいそのまま就寝した。
その油断は何の悲劇も招かない。
「今日から我が家はオール電化」
そう呟いて寝返りを打った。
さて、残念ながら今回の魔理沙の出番はここまであり登場することはない。何もしなければ何も起こらないのだ。
二度もひどい目に遭ったのだからこの晩くらいは電気毛布「ぽっかぽか」に包まれて暖かく寝てほしいものだ。
ちなみに今回の話は、これ以下すべてが余談である。
幻想郷はずいぶんと近代化していた。
地霊殿の奥深くから湧き上がるニュークリアパワーはついに実用化されるに至り、あちらこちらの家に電球が光るようになった。
はじめは輝くそれを不思議そうな目で眺めていた住民たちであり、触ってみてあちっというチンパンジーのようなリアクションを誰もがした。
ところがその技術を「便利」と認識し始めた者たちが現れ数を増し、河童のエンジニアたちを総出動させて幻想郷の家々に、電気、
そう近代文明のエネルギーを送り込んだのであった。
以前までの博麗神社はぼろぼろに古ぼけてこそいたものの歴史のある威厳をたたえていたが、
灯篭にチンケな赤色灯を入れて電気仕掛けとしてしまったのをきっかけとし、今では深夜といえど各種照明により煌々とライトアップされている。
おかげで権威も威厳も損なわれ、むしろオンボロ具合だけがくっきり浮かび上がるだけとなったことに主人は気付いているだろうか。
「おやすみ橙~♪」
「おやすみなさい紫さま」
リモコンのスイッチをボタン一つ押すだけで意気揚々と消灯したのは、そう、主人の八雲紫であった。
こうした近代化にまっさきに異議を唱えそうな幻想郷の権威であったが、面白ければいいじゃないというモットーゆえに、
目をキラキラとさせて家電製品を河童たちから買い集めたのであった。
「紫さま。明かりなら火を灯せばいいじゃないですか」
「あら、何を言うの藍。それが元で火事になったらどうするのよ?橙が可哀想だわ」
「よく気を付ければ忘れません。百歩譲って安全のためと言っても、そんなリモコン式じゃなくてヒモを引くタイプで充分じゃないですか」
「橙が夜中にオシッコに行きたくなったらどうするの?暗い中を手さぐりでヒモを探せと?そんなことしたら漏らしちゃうわよ」
「じゃあ先端に蛍光塗料が塗ってあるヒモを買えば充分じゃないですか。この便利さは過剰です」
「私はなにも便利さばかりを求めてるわけじゃないわ」
「じゃあどうしてリモコンなど」
「ボタンひとつってところに惹かれたのよ♪」
その御歳でミーハーとは大したもんだと心で思い、溜息をついた藍であった。
紫は自室に戻ると5.1サラウンドのオーディオ機器を操作し、キンキンにデジタル加工された虹川三姉妹の音楽を聞いて布団に入った。
冷え性にも安心のつまさきまで温まる電子ゆたんぽが温い。すやすやと眠りにつく紫であったが、やがて悲劇の足音が聞こえてくる。
「何かしらこの請求書は」
「河童からのものですね。電気料金の徴収はどうやら河童たちが請け負っているようです」
「電気料金、なにそれ、そんなものを支払わないといけないの?」
紫はそれを理不尽なものだとぷんぷんと憤慨したが、それこそが理不尽なのだ。
安定した巨大なエネルギーを供給するには巨大な組織が必要となり、そこでは実に多くの人間が労働をするようになる。
それに対しての対価を支払うのは当然であるという藍の説得になんとなく納得したような気もして、
紫は賽銭箱をひっくり返しとりあえず今月分を支払った。
「これじゃ来月分が支払えるか心配だわ」
「ならばこれから節約しましょう」
「電気を節約しろってこと?」
「その通りです。どうやら外界では節電の心構えがあるらしく、それのせいで幻想郷に過剰な電力がやってきたのかもしれませんね」
なぜ外界ではそんなものが流行っているのか、紫には理解できなかった。
「あら、便利なものなら使いたいだけ使えばいいじゃない」
「そうはいきませんよ。節制は美徳なのです」
「あら、じゃあもし幻想郷の全員が節制の美徳を追及して電気をほとんど使わない生活に戻ったらどうなるの?」
「地霊電は意味を失くして潰れますね」
「仕事を失う労働者達が可哀想なので電気を使いましょう♪」
ダメだこりゃとぼやき、溜息をついた藍であった。
次第に近代の社会構造に巻き込まれつつある幻想郷であるが、住民のほとんどは便利便利と言い、何も知らずのぺっと床暖房に寝転ぶ。
ところが電気代というものが徐々に住民たちの少ない資本を対価として徴収していき、ついに払えなくなる哀れな家も出てきた。
まっさきに破産したのは特に財産もなく生産もしていない藤原妹紅の家であり、あわれ電気がシャットアウトされ竹林の闇にひっそりと消えた。
博麗神社も例外ではなく家計は圧迫され、事実腹を空かせた巫女、博麗霊夢が鬼の形相で紫に掴みかかった。
「紫!あんた私の賽銭箱からお金盗んだでしょ!」
「知らないわ忘れたわ記憶に無いわ」
タヌキの耳をぴょこんと出してしらばっくれる憎たらしさに、霊夢はもう少しで手が出そうになった。
飢えは人を乱暴にさせるというが、その通りなのかもしれない。
「あんたのIHクッキングヒーターは煮込む物も無いのに役に立つっていうのっ!」
「私はあれでお茶を沸かしているわよ」
「水を飲んでいれば生きられる妖怪とは違うの、私は今すぐに固形物が食べたいのよ!」
「じゃあこのレトルトで我慢しなさい」
あっ、新商品に釣られてこっそり買い込んでいやがったなと怒ったものの、温まるまでの時間を正座で過ごし、
12分ほどで本格とろーりシチューが完成すると霊夢はむしゃむしゃと喰い始めるのであった。
「紫様。あまりレトルト食品など買わないほうがよろしいかと」
「何を言っているのかしら。便利なものじゃないの」
「便利に違いはありません。ただ、大量生産のため味があまりに均質化されているので、毎日食べ続けると飽きます」
「じゃあ別の新商品を買えばいいじゃない。まさにそのために企業は私たちにあの手この手の差異を提供しているのよ」
「ですが、手作りのありがたさと比べると、」
「ありがたさ?それはどうやって数値化できるのかしら?」
「おいたわしや、そこまで落ちぶれましたか」
「落ちぶれたですって!?きい、きい、最近の藍は不愉快だわ!」
もういいコンビニで立ち読みしてくるっ、と言い残して紫は街灯の多い安全な幻想郷の道へ消えて行った。
小一時間で戻ってくるんだろうなぁと予感していたが、小一時間後の紫は肉まんを頬張って帰って来たのだ。
また私のお金を使ったわねと怒る霊夢ととぼける紫、ここにかつての博麗神社の風景は無い。
こんな毎日が続くようになり、さすがの住民たちもこうした急激な技術革新に戸惑いを隠しきれず、
誰ともなく疑問の声を上げるようになってきた。私たちはこれでいいのだろうかと。
ところが、新製品が発売されるたびにそれらはどうでもいい悩みに思えて、結局は家電型少女たちは便利な生活を送るのであった。
「収入が少ないのが原因だわ、霊夢、外界に出て働いてきなさい」
「嫌よ、私の仕事は巫女だもの」
「じゃあ橙、若年者でも働ける部品工場でアルバイトでもしてきなさい」
「わたしはそういうのよく分かりません」
「紫様、何をなさっているのですか」
「どうやら誰かが働きに出る必要があるの。お金が無くちゃ電気代も払えないしガス水道、インターネットも止められるわ」
「それらを一番よく使っているのが紫様ならば、紫様こそが働きに出るのが適当と思われますが」
「嫌よ、幻想郷の権威に何をさせるつもりなの」
やあとうとう自分で権威と言い始めたぞと藍は気が遠くなったが、すでに神社は収入を増やさねばどうにも生活ができない域にまで来ている。
どれもこれもが紫様のせいだと考えるといらいらが抑えきれなくなるので、とりあえずここは藍がファミレスで刺さるお子様ランチの旗を
せっせと作る内職を引き受けた。これは意外にも成功で、心を無にする単純作業が藍の怒りを封じ込めたのだった。
なんとも地味と派手が混在する奇妙な博麗神社となってしまった。ところが容赦無しに料金徴収の河童は訪れ続け、なけなしの金を削られる一方。
こうした数カ月を過ごした後、とうとう藍は過労と心労で倒れてしまったのであった。
「うぅ、お願いです紫様、私の代わりに地霊電に文句を言いに行ってください」
「文句なら藍が行ってくればいいじゃない」
「私はすでにまっ黄色のおしっこしか出ません。疲れ果てたので紫様どうかお願いします」
「仕方ないわね、で、何を言いに行けばいいの?」
「料金の値下げ交渉です」
なるほどこれは上手い事を考えたぞと紫は張り切り、家計を圧迫する元凶となった電気代の値下げを交渉しに、
地底奥深くの地霊電へ足を運ぶこととなった。
かつて異変が起きたとき、霊夢を通じて地霊殿を覗き見したことがあったが、かつての鬱々しい洞窟の面影などは全く消えており、
紫は戸惑いながらも乗合バス地霊電エクスプレスに乗り、窓の向こう側で対向車がびゅんびゅんと駆け抜けていくのを見た。
長いトンネルを抜けてもそこは地下であるのだが、光り輝くまばゆいイルミネーションは幻想郷よりもある意味幻想的であった。
紫が降り立ったパルスィレインボーブリッジの周辺にはショッピングバックを抱えた者たちで賑わっており、
田舎から都会へ出てきた人間と同様、この近くでお祭りでもあるのかしらと錯覚したが、これが地底世界の現在である。
「すごーい、きれーい、あおーい」
「青色ダイオードと言うのですよ。長年の技術研究によりようやく開発された代物でしてね、これが大ヒット。
落ち着いた青い光が大人な空間を演出するのですよ、うふふ、えっへん」
「凄い、綺麗、青い」
「もしよろしければ博麗神社の境内にも導入を検討されては如何でしょうか。観光名所となり参拝客も増え、
恋人たちのデートスポットになって御賽銭も弾むかもしれませんよ、ねぇ八雲紫さん」
高齢者が何故か幼児化するように新技術に子供のように見惚れていたのだが、そんな紫の隣に、
先程から隣に見覚えの無い少女が会話に入り込みそっと佇んでいたのだ。
少女が羽織る高価な毛皮のコートは悪趣味すれすれでエレガントさを保っており、
紫は一体誰かしらと思うより先に、ああ、こんな服を私も着たいわと憧れた。
「紫さん、あなたはわざわざ観光に来たわけではないでしょう?ふぅん、なるほど値下げ交渉ですか」
「ど、どうしてそれを!」
「申し遅れましたが私、株式会社地霊電力社長兼取締役の古明池さとりと申します。場所を変えて話しましょうか」
ひゃあと驚き悲鳴を上げた紫はそのままさとりの愛車に乗り、地霊電本社へ向かうこととなった。
圧倒的で近代的な夜景にどぎまぎとしたが、運転手が火焔猫燐であることに気付き、
さとりが羽織っている毛皮のコートがさとり自身のペットのものでなかったと知り、どぎまぎの原因の一つは消えた。
じゃあ誰の毛皮なのかしらと想像するとぞっとしたが、ともあれ今のさとりがデリカシーを欠いていることだけはなんとなく悟ったのだった。
あれほど雰囲気のあったゴシック調の建物はすっかり姿を変えてビルディングへと変わっていたが、
社長室はというといよいよ成金趣味が爆発しており、こちらはエレガントさがすれすれで悪趣味へと転じていた。
「ですから、こちらが定めた電気料金が払えなければ電気を使わなければいい、そういう話になりませんかね」
「そうはいかないって言ってるのよ!今更あの幻想郷で真っ暗な神社を構えろっていうの!?」
「藍さんの言い分はもっともだと私は思います。電気など使わなくとも火でも起こせば明かりは手に入るのです。
しかし便利な生活をしようと思えば対価が必要で、対価が払えなければ利便を捨てる他ない。
どちらを選択しようともそれは各々の自由であり、私たちは強制をしようだなんてこれっぽっちも思っておりませんわ」
交渉は紫の惨敗であった。
ほれほれと自身の優位を全面に押し出すさとりに対して、電化型少女の紫は屈する一方であり、
様々なだだをこねてみたが結局のところ一歩も攻め込むことができず歯ぎしりをするばかりである。
しかし、このまま引き返したら藍になんと言われるかも分からないため、紫は幻想郷の最終手段を突き付けた。
「話がまとまらないなら、いいわ。ここで決着をつけましょう」
「なるほど弾幕ですか。それも構いませんが、ちょっと待って下さい」
さとりがパンパンと手を叩くとスーツ姿の秘書お燐がやってきて、何やらセッティングを始めた。
大画面に映し出されたのは、鼻の大きいイタリア人男性が大きくなるキノコや巨大亀と戯れているという、
フロイト先生がそれを聞いたら「なんという趣味だ」と腹を抱えて喜び笑い転げるような画面であった。
「紫さん。マリオカートは御存じですか?」
こうして地霊電の夜は更けて行った。
「で、交渉に失敗した上に遊んで帰って来たということですか紫様」
「だって汚いのよ!?さとりの奴、アイテムの使い方とか上手くてすっごいやりこんでるの!私も負けてられないわ!」
「はぁ、もはや私、呆れて物も言えませんが一言だけ申し上げるなら紫様はアホですか?」
「藍!主人に向かってアホとはなによ!さすがに許せないわよその発言は!」
「私日々の内職に疲れておりますので乱暴な物言いの一つや二つ、ねぎらいの代わりだと思いお許しください」
「私の何がアホだと言うのよ、ええ、言ってみなさいよ藍、きい、きいきい、」
「紫様、これはもはや幻想郷全体の危機なのです。こうも進歩が加速してしまったせいで住民はその変化に対応できていません。
結果として深刻な問題が多々発生しているのですから、どうしてマリオカートなどで決着と御考えになるのですか」
「じゃあどうすればよかったのよ」
「テレビゲームなどというお遊びではなく、弾幕というお遊びで決着を、あれ!?なんだそりゃ!?」
「ほら見なさい、あなたの理屈が正しければ幻想郷は元々アホだったということになるのよ」
ほんとうだ幻想郷はアホだったんだ、そう呟いた瞬間、日々のストレスにより疲れていた精神は限界を迎えて発狂。
もはやすべてがどうでもよくなり、藍はほとんど奇声に近い泣き声を上げて橙の寝室へ直行し、
橙が布団に隠れてゲームボーイアドバンスなどやっている姿を見ていよいよ狂気は加速してしまい、
取り上げて叩き割ると強引に橙の手を引っ張り博麗神社を飛び出したきりこの日は帰って来なかった。
一方、勝者となった古明地さとりの社長室では祝杯が挙げられていた。
幻想郷で嫌われ地底に追いやられた者どもが紫の惨めな姿を聞いて喜び、してやったりと大はしゃぎ。
「さとり様、わたし黒谷ヤマメ大感激です!」
「私たちから太陽を奪った罰よ、ああ妬ましいったらありゃしない」
あのとき、霊烏地空が地上侵略計画を企てていた理由に、怨恨の念が無いと言えるだろうか?
地底の住民の心の奥底では、幻想郷から排除され薄暗い地下に封じ込められたことへの恨みが蓄積されていた。
その感情は復讐を考えさせるに充分であり、事実こうして幻想郷の生命線を握ったとなると大喜びなのだ。
「ふふっ、考えが浅いのですよ彼女らは。虐げられた者たちが大人しくしていると思ったら大間違い。
私たちが原子力エネルギーを手に入れたときから計画は始まったのですよ。ふふ、うふふふ、うふはははははは、」
さとりたちは集めに集めた資本にものを言わせて高価なワインでもう一度乾杯をした。
さて、その原子力を提供した守矢神社はというと、これはもう再建された金閣寺のような悪趣味なギラギラを呈し、
幻想郷の新たな支配者としての愉悦を充分に堪能していた。もちろん八坂神奈子らは初めからこうした事態となることを読み切っていたのだ。
地霊電力との連携は固く、河童のエンジニア達を総動員させてインフラを整備させ、幻想郷に欠かせない存在となることで掌握。
地上から莫大な資本を掻き集め、地霊電からは上納金に近いものを受け取り、完全に神の座に君臨した。
いずれ二代目を娘である東風谷早苗へ譲り自分たちは院政を収めるであったが、そのための英才教育を詰め込まれた早苗は、
やがて過酷なスケジュールと勉強のストレス、二代目のプレッシャー等々のせいで倒れ、鬱病となってしまうのであった。
とはいえ、脳天気に電化製品を買いあさっていた住民たちもいよいよ不満が募り、立ちあがるきっかけを探していた。
こういう時代は変えなきゃいけない、そうした思いが爆発する発端は、射命丸文の身に起こった事件であった。
天狗やら河童やら神様やらを抱えるあれだけの巨大組織である。
必ずしも末端まで資本が行きわたるとは限らず、既得権益を手にした者と手に入れそびれてしまった者の二極化が始まった。
たとえば文などは器用に立ち回ろうとしたものの後者のほうへ追いやられ、仕方なく未だに新聞屋を続けている。
電子書籍化により印刷も出版も振るわず、新聞が売れずに嘆いていた文は、これはカラスの本能がそうさせたのか、
複雑に張り巡らされた電線でぐったりと羽を休めていたのだが、飛び立つ際にうっかりバランスを崩して二本の電線に股をかけてしまった。
「ぴぎゃっ」
そんな悲鳴と同時に両脚に電流が流れ、ぱぁんという音と共に爆ぜたのだった。
この事件は幻想郷に知れ渡り、「やっぱり電気は危険だった」という安易な文句に飛びつく物が多数。
これをきっかけとしてデモが発生し、住民たちは天狗の山へぞろぞろと押し掛けたのだ。
それぞれがそれぞれのトラブルを抱えていたが、たとえばアリス・マーガトロイドなどは操り人形を電気の力で自動化させてしまい、
アイデンティティを喪失したような気持ちで精神が不安定になり、キチガイのような目をしてプラカードを掲げていた。
「私たちの暮らしを返せー!」
「返せー!返せー!幻想郷に電気はいらないぞー!」
シュプレヒコールの先端には紫がいたが、これはお祭り好きなのと他の者に持ち上げられたという事情もあり、
また藍が失踪してしまったことに少なからず心を痛めて改心などしてみようという気持ちもあった。
「やあ、めんどうなことになったね神奈子」
「ふん、大丈夫さ諏訪子、この程度のものであればいくらでも対処できる」
守矢神社主催の事情説明会が開かれたのはその数日後だった。
境内には住民たちが詰めかけてやいのやいのと騒いでいたが、途中に設置してあった自販機からあったかい飲み物を買うことを忘れない。
それらは当然、守矢神社の収益となっているのだがそんなことはどうでもよかった。
「えー皆様、どうか私どもの話をお聞きください。先日起こった痛ましい事故につきましてですが・・・」
河童の総長である河城にとりがマイクを取り、巨大スクリーンにレーザーポインターなどを当ててあれこれと説明を始めた。
長々と続く話により次第に会場はぐだぐだとなり当初の熱気を失いつつあった。そこへプロジェクターがとある写真を写しだしたのだ。
「ご覧下さい。被害に遭った射命丸文の怪我の状態です。この通り、脚から脚へと電流が流れ、痛ましく焼けただれております」
会場はひええと悲鳴を上げたが、そのリアクションこそ待ってましたと、にとりはマウスを使って操作を始めた。
「特に、どういうわけか股間部分の損傷が激しいのですが、これは本人の名誉のためモザイク処理をかけさせていただきます」
そう言うとクリック一つで文の股間がぼやけて隠された。
この素早い処理速度に会場もおおーっと歓声を上げたのだった。
「他にも、わが社が開発したこのアプリケーションではこうした操作もできます。それっ」
モザイクをワンクリックで解除したにとりは手元のタッチパネルを操作し、指をくぱっと広げると文の股間がアップになった。
それ縮小、それまた拡大、画像ファイルから直接ドラッグすれば、お手軽に何枚でも並べて表示できるのです。
股間が9分割画面にずらりと並ぶとまたしても会場は大盛り上がり。新技術に驚きの声を上げる。
「くるっと指を回せば画像が回転します。他にもアイコンに触れるだけで、ほら、美しいセピア色に。戻したいときもアイコン一つで、ほら、」
文の股間は白黒や極彩色やパステルカラーに素早く色を変え、会場は素晴らしいと拍手を始める始末。
周辺機器との接続も簡単で高性能プリンターを使えばささっとプリントアウトされ、一人一人に配布し綺麗な印刷とインクの手触りを確かめさせた。
値段は19万8千であったがそれに各種USBやデジタルカメラまで付けた時などは、会場からお値段以上という声が自然と上がったのだった。
「で、思わず買ってきたのですか紫様」
「そうよ藍、あなたが出て行ってる間にね」
「おまけに携帯電話まで契約してきた、と」
「そうよ、今なら1円なのよ。各種通話料も今だけお得になってて、こんな話なんて滅多にないわ」
「そんなもの、すぐに値上がりするに決まってるじゃないですか。そもそも携帯電話というものは一人や二人が持ち歩いてても意味がありません。
だからこそ1円だ0円だと言って普及させるだけ普及させ、社会の一部となり誰もが手放せなくなった時点で殿様商売を始めるのです」
「でも、それで社会全体が幸福になれば最高じゃないのよ」
「最近の紫様はまるで時代遅れの功利主義者のようなことをおっしゃる」
「あら、思想を持ちだすなんてそっちのほうが余程時代遅れよ。あなた幻想郷の中で一番幻想的だわ、サイコー藍サイコー」
人間がほんとうにキレるときは黙って襲いかかる。
妖怪の藍もそれと同じく、獣の本性剥き出しに紫に組み付きてんやわんやのくんずほぐれつを演じた。
もはや目の色が完全に変わっており、紫もそれに負けるかとこなくそと応戦。
幻想郷は今までゆるやかな時間が流れていたが、それが突然の近代化により急発進し、
あたかも電車の中の人が慣性でずっこけるような様相を呈している。総崩れの七転八倒。
もちろん実際に高速鉄道の建設も予定されており河童どもが工事を進めているのだが、当然予想される鉄道事故が起こった際には、
「資本主義者ノ鉄塊ガマタモ吾々ヲ圧殺ス」という共産系の新聞を掲げて幻想郷の少女たち主催のデモを行って欲しいものである。
そんなことはさておき、修羅場を繰り広げていた二人は互いに息が上がり、どうやら決着がついたようであった。
「私もう愛想が尽きました。紫様もこんな幻想郷も全部が嫌です。」
「そう、でもね、物質が無かった時代は精神的に豊だったなんて言説は、それ自体が幻想なのよ」
「その幻想が幻想郷に無いというならもはや私は出て行く他ありません」
「分かったわ、私は止めない」
「でも必ず帰って来なさい」と付け足した紫の言葉に、藍はうっかり頬がつんと痛み涙が零れそうになった。
ひょっとしたらこれらが全て紫様のお遊びであり、周囲の変化に自身を委ねてみただけなのかもしれないという気もしたが、
藍はその期待が裏切られるのが怖くて追及できず、片手に弱さを、片手に橙の手を握り、
コンクリ舗装された道をどこまでもどこまでも歩いて行った。
ところが藍の予感は事実であり、黒幕の八坂神奈子が飽きてしまい「あまり面白くもないな」と言いだすと近代化は瓦解した。
地霊殿もさんざ地上に痛い目を見させてやったと満足し、それ以上虐げることはしなかった。
全力で遊びながらも節度を弁えるという精神を持った者たちが撤退を始めるとブームは急速にしぼんだが、
股間をあれだけいじくりまわされた文はしばらくの間ストレスで胃がただれ、新聞を休むこととなったのだった。
長い余談はこれにて終わる。
これは余談の余談であるが、筆者は以前に交際していた人にこう尋ねたことがある。
「サザエさんの世界はどうしてこんなに平和なんだろう」と、答えて曰く「時間が止まっているから」
だが現実世界の時間は無情にも進み、人も世界も様々変化してしまった。そういうものなのである。
幻想郷の時間も少しずつ針を進めている。霊夢や魔理沙が平穏にお茶など飲んで午後にのほほんとしている時間は、
ひょっとしたらいずれ失われてしまうのかもしれない。そんな思いでキーボードをカタカタと走らせたのであった。
さて、筆者一人がセンチメンタルになる中、最後に藍と橙のその後を見ておこう。
「藍様、もうお家に帰りたいです」
「いいか橙、この樹海をごらん?木々の他に何も無いだろう?」
「何もありません」
「そう、こういうのでいいんだよ、私たちは心を豊かにしような」
「私はなんだかみじめな気分です」
「いいか橙、またあの波が来たらもっとみじめな気分になるんだ、だからこれでいい、これで、うふふ、うふふふふふふ」
途中までは好みだったけど、文の話から先で腸が煮えくり返ったのでこの点数で。
つまり外界ではもう電気という概念はないんですね。
はぁ…
もう続きものでもなんでもないね。
「筆者が霧雨魔理沙に殴られたのは、昨晩のことである。」
だね。
前の評価も消す
別人かな…?
まぁ読み物としては、単純に面白かったです。
サスペンデッドゲームの適用を申請致します。
気が向いたら試合を再開してくれると嬉しいな。
このたびは気分の悪くなる作品を連発してしまい、申し訳ございませんでした。
どうしてこんなことになったのか。
それは私の破滅的な性格が原因だと思います。
1作目では暴力表現がどこまで許容されるのか思い、出血を含んだ作品を投稿しましたが、これはハッピーエンドで締めたためか暴力行為そのものに注目が行くことはありませんでした。
2作品目ではゲロを吐かせましたが、これはギャグテイストでまとめたおかげか「まだまだセーフ」という声が聞こえたような気がしたのです。
なので3作品目ではやや毛色の違う作品を投稿してみました。おそらく表現としては伝染病と同程度の悪趣味さではあると思うのですが、ギャグを抜いたぶんだけ深刻なトーンで伝わったのか賛否両論が起こり、私は「ああ、ここがデッドラインか」と知りました。
では、なぜそれを逸脱してしまったのか。
それは「オール電化」を思い付いた瞬間であり、見えている地雷を踏みたくなってしまったのです。
地雷を肥大化させるために4作目(それとあとがき)を投稿しましたが、これは面白くないというお叱りを受けました。
私自身も書いていてイマイチと思っていましたが、火薬の量を増すワンステップが欲しかったのです。
そして5作目を投稿した今、私は爆死しました。
ホームランではなくヨード卵だという指摘も受けましたが、私はもう少しひどいと自覚しています。
もはやバットを持って敵軍のコーチと乱闘を始めるような、どうしようもない永久出場停止モノ。
創作に対する冒涜であり、侮辱そのものだというふうに考えているのです。
そんな地雷を一人勝手に踏み抜きたくなったのが運のツキと言えましょう。
しかし現在、一瞬の快楽は多大な喪失感へと変わり、もはや反省の言葉しか出てきません。
そんな反省を形にするべく自らに永久出場停止を課したいと思います。
とはいえ、このまま読者諸氏を巻き込んだ自爆をかまして立ち去るというのもどうだろうと思い、
隠し玉を用意しました。
最後はストレートの直球を投げてサドンデスゲームとし、それで私は断筆します。
毒も苦味も無いので、それをもってしてここでの最後の作品とさせて戴きます。申し訳ございませんでした。
気持ちは分からんでもないですがね。まぁ、書きたくなったらまた戻っておいで。
幻想郷が『電気』っていう、謂わば黒船の来航に惑わされていく様子。過程。
その中で生まれた格差と、負け組の勝ち組に対する抵抗。
この辺は近代の世界史・日本史を見ているような気分で面白かったです。歴史好きの私には尚更。
残念だったのは、抵抗していた負け組が『文の負傷』という口実を手にしてから。
大義を得た彼らがどのようにして体制を崩壊させようとするのか。そしてどのように体制が綻んでいくのか。
それが気になってドキドキしていたら、『モザイク処理に感動して負け組が丸め込まれる』ですもの。
調子こいた守矢と地霊電もひっくり返らないでおしまいだし。うーん?
話変わって、時代に翻弄される藍の心情。これも良かった。
主流である世論があまりにも一方的に自論と食い違っていて、尊敬する主・溺愛する式までもがそれに染め上げられている。
流されることだけは絶対にありえない、でもふとした時に自分が孤独であることに気付いて、どうしようもなくなって、発狂。
なんだか時事ネタのような感じもして、とても面白かったです。ゲームボーイアドバンスは笑ったけどw
……と、ここまで自分勝手に妄想を垂れ流してきた訳ですが。
ご自身でも仰られている通り、このSSには酷く頂けない部分が多々あります。
しかし既に自覚していらっしゃるようなので、今回は気に入った部分だけ上げさせて頂きました。
ポイントは100-(酷く頂けない部分)ということで。はい。
それから無駄話。
……次は本当にストレート投げてくれるのかなあ。
現代の資本主義社会を風刺した藍の鋭い言葉。
ただ文のくだりはエロでも何でもなく下品だと思いますし、地底での交渉に突然ゲームを持ち出して云々もギャグなんだかシリアスなんだか分からない。「自らの生活に関わる懸念も、娯楽でごまかされてしまう」という風刺なのかは分かりませんが。
他にも色々ありますが割愛。
連作としての今回は、魔理沙のくだりだけですね。
どうせなら別のものとして投稿してれば、また評価も違っていたのでは。
あとなにげにゆかりんタヌキ妖怪説を採用してるのもGJ。タヌ耳ゆかりん可愛いよ。
できればこれからもあなたの作品がもっと読みたいです。
>「物質が無かった時代は精神的に豊だったなんて言説は、それ自体が幻想なのよ」
この一言が特にいい。東方界隈では文明批判的な風潮が強いので、こういう風なことを
ビシっと言ってくれると正直惚れます。
二次創作ってこんなくらいでいいと思う
だが、それがいい。
シリアス三部作かと思いきや、三作目がこうなるとは誰が予測出来よう。というか、主人公何処にいったww
らんしゃまのキャラもいい感じに作られていたし、話の構築も決して下手じゃない。こういう作品もアリだと思いました。
だけど、あややの扱いが気に入らなかったから、この点数で。
最後に一点。
原子力じゃなくて、核融合エネルギー、ですからね。全く違うものですから、ご注意を。
紫さまがおっしゃった通り、物質文明によって失ったものも多いが、必ずしも昔のほうが幸せとも言い切れないでしょうね。
ある程度物質もないと、余裕をもった精神文明も難しいでしょう。
東方自体、電気と普及型PC、インターネットといった技術がなければここまで広がらなかった訳ですし。
どたばたブラックな三部作
星新一の作品を感情豊かに描写したらこんな感じになりそう
こんな下らない小説を載せるな
嫌いじゃないが…嫌いじゃないんだが、前々作が良かっただけにこれは残念。