人通りの少ない真っ暗な道の一角。
そこにわたしの自慢の屋台はある。
店は大きくないし、来る人(妖怪?)も少ないけど、毎日楽しくやっています。
今日も赤提灯に火を入れて、準備完了。
すっかり寒くなってきたので、熱燗がたくさんでそうです。
☆☆☆
「ごめんくださーい」
今日の一番手は文さん。
いつもたいてい来てくれる常連さんです。
「すっかり寒くなりましたねー。今日は熱燗でお願いできます?とりあえず2合で」
「他は適当でいいですか?」
「いつも通りおまかせします」
徳利に熱燗を注いで、お猪口をつけでカウンターの台におく。
耳を真っ赤にした文さんは、少しずつ飲み始めた。
耳の赤みが薄れる代わりに、頬がほんのり赤くなる。
本当にこの人は美味しそうにお酒を飲む。
「今日はいい記事見つかりました?」
「それがですねー、ちょっと聞いてくださいよ!」
地雷を踏んでしまったらしい。
覚悟を決める。
「あの赤巫女のところに行ったんですけどね」
文さんの幻想郷最速のグチが始まった。
―いつも通り博麗神社に行ったんですよ。
また、あの巫女をからかってやろうと思って。
そしたらですね、なぜか動かない大図書館がいたんですよ。
博麗神社まで来てるなんて、もう動かない大図書館とはい言えないですよね。
今度から動く動かない大図書館と言ってください。
で、でですよ?
どうしたんですか?
ってパチュリーさんに聞いたんですよ。
喘息の魔女がこんなところに来るなんて、何かあるのが普通じゃないですか。
そしたらあの紫もやし、なんて答えたと思います?
恋人のところに来ただけよ、って答えたんです。
え?ですよ。
恥じらいもせず、淡々と「恋人のところに来た」なんて。
本当なのか巫女に聞いても何事もないようにうなずくだけですし。
これじゃあ記事にならないじゃないですか!
別に記事にしようと思えばできますよ?
霊夢さんがパチュリーさんに膝枕されてたとか。
珍しくコーヒー飲んでると思ったら、2人でお揃いのマグカップ使ってるとか。
しかもそのマグカップにはそれぞれのRとKのイニシャルまで入ってますし。
なんか聞き出してやろうと思って、付き合うことになった経緯とかを聞いたら、東洋魔術、陰陽五行説でしたっけ?それを一緒に研究してたら。
なんてつまらない理由で、しかも間にぼろぼろノロケ話も入ってて、このやろうですよ!
そこまできて、ついに文さんは爆発したらしい。
空になった徳利をカウンターに叩きつけた。
すでに空になった5本の徳利と八目鰻を刺していた串が跳ね上がる。
「お、文じゃないか。天狗でも酔うのか」
「いらっしゃーい」
次にやってきたのは魔理沙さん。
この人は週末限定。
前に平日は来ないのか聞いたら、平日は研究で忙しいらしい。
「とりあえず、生と串揚げで頼む。というか、文はどうしたんだ?」
「霊夢さんとパチュリーさんの固有結界に巻き込まれたらしいです。はい、中生」
生ビールのジョッキを受け取った魔理沙さんは一気に半分くらい飲み干した。
いい音をたててジョッキをカウンターに置く。
まだ子供のような見た目と、すっかりお酒に慣れている仕草のギャップが新鮮だ。
「まぁ、あの2人は結構相性いいからなー。いろんな意味で」
「ま、魔理沙さんもなにか知ってるんですか!?」
いや、文さん、まだ地雷を踏む気ですか?
お猪口片手に頬を真っ赤にして魔理沙さんの方に乗り出す姿は、完全にできあがっていた。
おかしいな。
ホテイシメジも出してないし、この程度で酔うはずはないんだけれど。
「落ち付けって。気分はわからなくもないが」
文さんの肩を押しやって、魔理沙さんはしゃべり始めた。
―前にパチュリーの喘息が酷くなってな。
その時に空気のいい所でって、パチュリーが博麗神社に何日か泊まってたんだよ。
ただ霊夢はいつも通り。
パチュリーも図書館から持ち込んだ本を読んでるだけでなんにも関わってないように見える。
実際、大半はその通りなんだがな。
でもその辺も含めて似ている2人は相性がよかったらしいんだ。
霊夢はあぁ見えて、人、妖怪も含めてだが、人と話すのは嫌いなタイプじゃない。
パチュリーも自分がわかる範囲ならけっこう首を突っ込んでくるタイプなんだが、パチュリーの専門は東洋魔術、その中でも主に五行説。
霊夢も、まぁ使ってるのは霊力で魔術じゃないが、陰陽道で一種の東洋魔術だ。
性格が合っていて、専門も一緒。
だから別に恋人になっても不思議じゃないさ。
あの2人の場合、恋人よりも姉妹みたいに見えるけどな。
「ちなみにどっちが姉に見えますか?」
文さんは記事にならないと言っていたけど、聞くだけならおもしろい。
実際に2人がいるわけではないし。
でも、さっきの話は文さんも取材済みではないだろうか?
あ、でも文さん完全に潰れちゃってる。
相当疲れちゃってたみたい。
「見た目はパチュリーだな。実際は霊夢だろうけど」
魔理沙さんがお猪口を置きながら答えた。
ビールは一杯だけで、すぐに日本酒に代えていた。
「パチュリーさんって、結構大人ですよね?」
「頭は大人だけど、趣味とか好みは子供だな。お酒も飲めないし、コーヒーもブラックは無理だし。あとは、ホラーは全く駄目」
「あ、でも何となくわかる気はします」
「そのうち霊夢が怪談なんかしたら、完全に確定するかもな」
「霊夢さんの怪談は怖そうですね」
「妖夢だったら、絶対に潰れるだろうな」
「だってさ、妖夢」
「怪談は勘弁してほしいです」
「いらっしゃーい」
また新しいお客さんが来る。
今度は2人組。
暖簾を分けて入ってきたのは永遠亭の鈴仙さんと白玉楼の妖夢さん。
鈴仙さんはかなりの常連さん。
この人と、紅魔館のメイドさんが組むと大変なことになる。
主人に対する不満とか愚痴とかで屋台の中があふれかえる。
一回、鈴仙さんと、咲夜さん、狐の藍さんに、もう一人の巫女の早苗さんがそろったことがあったけど、その時は大変なことになった。
たしか、一升瓶が4本くらい空になった気がする。
それに比べて妖夢さんは大人しい。
来るのは魔理沙さんと同じくらいの頻度
日本酒は飲めなくてもっぱらチューハイ専門だけど、お酒にはものすごく強い。
どれだけ飲んでも、顔色一つ変えないで飲んでいる。
妖夢さんがチューハイを飲んでいる姿は、ちょっと可愛い。
2人は魔理沙さんと文さんの間に座った。
「あれ?文がつぶれてる」
「本当ですね。魔理沙さんがつぶしたんですか?」
「文を潰せるのは妖夢か鬼くらいだろ」
「たしかに」
「わたしは、人をつぶしたりしません」
妖夢さんがぷくっと頬を膨らます。
鈴仙さんや魔理沙さんは、そんな妖夢さんをからかう。
チューハイで飲み比べならとか。
このメンバーだと妖夢さんがからかわれるのは仕方ない。
ちなみにわたしも妖夢さんなら文さんを潰せると思う。
「妖夢さんはいつものレモンでいいですよね?鈴仙さんはどうします?」
「今日はみんな熱燗みたいだから私も熱燗で」
「はーい」
妖夢さんはレモンハイ。
文さんは熱燗と。
「なぁ、ミスティア?」
「はい?」
魔理沙さんが突然声をかけてきた。
もう飲まないはずだけど。
魔理沙さんはあんまりお酒に強くないし、それを自分でもわかってるから、そんなに飲まない。
妖夢さんにレモンハイ、鈴仙さん熱燗を出してから、魔理沙さんの方へいく。
「そこの大きな桶に入っているのはなんなんだ?鰻じゃないだろ?」
魔理沙さんが指さしたのはまな板のとなりに置かれた大きな桶。
「あ、確かに。オススメ?」
「ミスティアさんの屋台の新メニューですか?」
鈴仙さんと妖夢さんも興味を持ったらしい。
確かに今までほとんど出したことはないし、珍しいものだけど。
「これですか?これはですね」
桶の上の蓋をとる。
中から現れるのは、氷の上に乗った、殻つきの岩牡蠣。
ちょっとしたルートで仕入れたオススメ品だ。
「それ、生で食べられるのか?」
魔理沙さんが身を乗り出して聞いてきた。
目が輝いている。
「一応ね。当たっても責任はとれないけど」
「たのむ。3つと熱燗で」
「魔理沙さん、前は当たりませんでしたっけ?」
「当たったぜ。キノコよりも苦しい食当たりがあるとはしらなかったぜ」
魔理沙さんはすっかり気分が高潮している。
もしかしたら、もう一人潰れ組が増えるかも?
両手に手袋をはめて、牡蠣をむき始める。
「その時はどれくらいだったんですか?」
妖夢さんがチューハイを傾けながら聞く。
「確か3日間はなんにも食べられなかったな。おかげで
秋で食べ過ぎた分を戻せたから、今思えば悪くなかったのかもしれないけど」
「上から下から?」
「上から下からだぜ」
2人してクスクスと笑う。
「でも今回は大丈夫なはずだぜ」
「何か根拠でも?」
「Rがつく月だからな」
魔理沙さんは妖夢さんをビシッと指しながらいった。
うん、完全に酔ってるね。
「それ本当なんですか?たしか、前食べたのは10月ですよね?Octoberですよ?」
「まぁ、そういうこともあるぜ」
あ、根拠なく言い切った。
3つ目の牡蠣を剥き終わったのでお皿に載せる。
レモンを添えて、醤油の入った小皿をつければ完成だ。
「はい。殻で手を切らないように気をつけてくださいね」
「お、サンキュー」
お皿を受け取った魔理沙さんはレモンを絞ってさっそく箸をつける。
「当たっちゃえ」
「残念だな妖夢。今回は当たらないぜ」
魔理沙さんはパクッと一口で食べて、殻に残った汁まで飲み干した。
ゆっくりと味わい、口の中にほんのり風味が残っているうちにお酒を一口。
「これなら、明日当たっても満足だぜ」
これ以上幸せなことはない、という顔で魔理沙さんは言った。
「はぁ……」
そんな空間に響きわたるため息。
「鈴仙さん?」
「なによ、妖夢」
「食べたいんですか?」
「食べたいわよ。ミスティア、お酒」
鈴仙さんが空になった徳利を差し出す。
食べたいなら注文してくれればいいのに。
「食べたいなら食べればいいじゃないですか」
「当たったらマズイのよ」
「生牡蠣を食べるなら当たることくらい覚悟しなくちゃダメだぜ」
完全に開き直っている魔理沙さんが横やりを入れる。
新しく熱燗を入れた徳利を鈴仙さんの前のカウンターに置く。
「普段なら問題ないんだけどね。師匠に出す報告の期限が明後日なの」
「どれくらい仕上がってるんですか?」
妖夢さんが、またレモンハイの入ったグラスをかたむける。
「全部で10000字だけど、まだ半分くらい」
「なら、帰って、すぐ書けば当たる前に書きおわりますよ」
いや、そんなに酔っぱらった状態で書いたら大変なことになる気が。
というか、こんなところで飲んでちゃダメな気がする。
「そうね!よし、ミスティア!生牡蠣3つよ!あと熱燗もう1つ。帰ったら報告書だ!」
「頑張れ鈴仙さん!」
「影ながら応援してるぜ!」
だめだもうこの酔っぱらい2人は。
妖夢さんは……。
普段幽々子さんのわがままばっかり聞いてるからだろうか?
ここでお酒を飲んでる時は、いつもこんな感じになる。
熱燗の徳利を置いて、また手袋をつけて、牡蠣の殻を剥く。
「よーし、私もまだまだ行くぜー!ミスティアー、熱燗!」
あーもう、どうにでもなれ。
毛布の枚数は3枚。
この牡蠣を剥いたら、提灯の火も消しておこう。
☆☆☆
「ミスティアさん、もう一杯ください」
妖夢さんがグラスを差し出す。
すでに魔理沙さんも、鈴仙さんも潰れた。
鈴仙さんの報告は間に合わないだろう。
明日は二日酔いに違いない。
「どうぞ。寒くないですか?」
「大丈夫ですよ。ミスティアさんもどうですか?」
妖夢さんが顔の横でグラスを揺らしながら微笑む。
「それじゃあ、失礼して」
残っていたお猪口に、少しだけ熱燗を入れた。
私もそんなにお酒には強くない。
「それにしても、今日はすごかったですね。お店のお酒大丈夫ですか?」
「まぁ、なんとかなる程度には残っています」
あと一日二日はどうにかなりそうな量は残っている。
今日みたいに飲まれたらもちそうにないが。
「はぁ……」
妖夢さんがため息をつきながらグラスをコトンと置いた。
ため息をついたから妖夢さんにも悩みがあるのかと思ったけど、表情を見たらそんな感じではなかった。
目を閉じて腕を枕にして頬をのせている姿は魔理沙さんよりも幼く見える。
ついさっきまで賑やかだった屋台が静寂に包まれる。
夏のころは蝉や鈴虫。
秋の頃には聞こえてきた松虫の鳴き声も聞こえない。
かすかに眠っている3人の寝息が聞こえるだけだ。
屋台の隙間から入ってきた風が、妖夢さんの綺麗に切りそろえられた前髪をゆらす。
提灯の火も消したし、今日の屋台はもうおしまい。
寝ている人もいるし、片付けは明日の朝にしよう。
私はお酒を持って調理場を下りて、空いている椅子に腰かけた。
明るくなるまで、このままゆっくりしていよう。
明日もまた楽しい夜になるといいな。
そこにわたしの自慢の屋台はある。
店は大きくないし、来る人(妖怪?)も少ないけど、毎日楽しくやっています。
今日も赤提灯に火を入れて、準備完了。
すっかり寒くなってきたので、熱燗がたくさんでそうです。
☆☆☆
「ごめんくださーい」
今日の一番手は文さん。
いつもたいてい来てくれる常連さんです。
「すっかり寒くなりましたねー。今日は熱燗でお願いできます?とりあえず2合で」
「他は適当でいいですか?」
「いつも通りおまかせします」
徳利に熱燗を注いで、お猪口をつけでカウンターの台におく。
耳を真っ赤にした文さんは、少しずつ飲み始めた。
耳の赤みが薄れる代わりに、頬がほんのり赤くなる。
本当にこの人は美味しそうにお酒を飲む。
「今日はいい記事見つかりました?」
「それがですねー、ちょっと聞いてくださいよ!」
地雷を踏んでしまったらしい。
覚悟を決める。
「あの赤巫女のところに行ったんですけどね」
文さんの幻想郷最速のグチが始まった。
―いつも通り博麗神社に行ったんですよ。
また、あの巫女をからかってやろうと思って。
そしたらですね、なぜか動かない大図書館がいたんですよ。
博麗神社まで来てるなんて、もう動かない大図書館とはい言えないですよね。
今度から動く動かない大図書館と言ってください。
で、でですよ?
どうしたんですか?
ってパチュリーさんに聞いたんですよ。
喘息の魔女がこんなところに来るなんて、何かあるのが普通じゃないですか。
そしたらあの紫もやし、なんて答えたと思います?
恋人のところに来ただけよ、って答えたんです。
え?ですよ。
恥じらいもせず、淡々と「恋人のところに来た」なんて。
本当なのか巫女に聞いても何事もないようにうなずくだけですし。
これじゃあ記事にならないじゃないですか!
別に記事にしようと思えばできますよ?
霊夢さんがパチュリーさんに膝枕されてたとか。
珍しくコーヒー飲んでると思ったら、2人でお揃いのマグカップ使ってるとか。
しかもそのマグカップにはそれぞれのRとKのイニシャルまで入ってますし。
なんか聞き出してやろうと思って、付き合うことになった経緯とかを聞いたら、東洋魔術、陰陽五行説でしたっけ?それを一緒に研究してたら。
なんてつまらない理由で、しかも間にぼろぼろノロケ話も入ってて、このやろうですよ!
そこまできて、ついに文さんは爆発したらしい。
空になった徳利をカウンターに叩きつけた。
すでに空になった5本の徳利と八目鰻を刺していた串が跳ね上がる。
「お、文じゃないか。天狗でも酔うのか」
「いらっしゃーい」
次にやってきたのは魔理沙さん。
この人は週末限定。
前に平日は来ないのか聞いたら、平日は研究で忙しいらしい。
「とりあえず、生と串揚げで頼む。というか、文はどうしたんだ?」
「霊夢さんとパチュリーさんの固有結界に巻き込まれたらしいです。はい、中生」
生ビールのジョッキを受け取った魔理沙さんは一気に半分くらい飲み干した。
いい音をたててジョッキをカウンターに置く。
まだ子供のような見た目と、すっかりお酒に慣れている仕草のギャップが新鮮だ。
「まぁ、あの2人は結構相性いいからなー。いろんな意味で」
「ま、魔理沙さんもなにか知ってるんですか!?」
いや、文さん、まだ地雷を踏む気ですか?
お猪口片手に頬を真っ赤にして魔理沙さんの方に乗り出す姿は、完全にできあがっていた。
おかしいな。
ホテイシメジも出してないし、この程度で酔うはずはないんだけれど。
「落ち付けって。気分はわからなくもないが」
文さんの肩を押しやって、魔理沙さんはしゃべり始めた。
―前にパチュリーの喘息が酷くなってな。
その時に空気のいい所でって、パチュリーが博麗神社に何日か泊まってたんだよ。
ただ霊夢はいつも通り。
パチュリーも図書館から持ち込んだ本を読んでるだけでなんにも関わってないように見える。
実際、大半はその通りなんだがな。
でもその辺も含めて似ている2人は相性がよかったらしいんだ。
霊夢はあぁ見えて、人、妖怪も含めてだが、人と話すのは嫌いなタイプじゃない。
パチュリーも自分がわかる範囲ならけっこう首を突っ込んでくるタイプなんだが、パチュリーの専門は東洋魔術、その中でも主に五行説。
霊夢も、まぁ使ってるのは霊力で魔術じゃないが、陰陽道で一種の東洋魔術だ。
性格が合っていて、専門も一緒。
だから別に恋人になっても不思議じゃないさ。
あの2人の場合、恋人よりも姉妹みたいに見えるけどな。
「ちなみにどっちが姉に見えますか?」
文さんは記事にならないと言っていたけど、聞くだけならおもしろい。
実際に2人がいるわけではないし。
でも、さっきの話は文さんも取材済みではないだろうか?
あ、でも文さん完全に潰れちゃってる。
相当疲れちゃってたみたい。
「見た目はパチュリーだな。実際は霊夢だろうけど」
魔理沙さんがお猪口を置きながら答えた。
ビールは一杯だけで、すぐに日本酒に代えていた。
「パチュリーさんって、結構大人ですよね?」
「頭は大人だけど、趣味とか好みは子供だな。お酒も飲めないし、コーヒーもブラックは無理だし。あとは、ホラーは全く駄目」
「あ、でも何となくわかる気はします」
「そのうち霊夢が怪談なんかしたら、完全に確定するかもな」
「霊夢さんの怪談は怖そうですね」
「妖夢だったら、絶対に潰れるだろうな」
「だってさ、妖夢」
「怪談は勘弁してほしいです」
「いらっしゃーい」
また新しいお客さんが来る。
今度は2人組。
暖簾を分けて入ってきたのは永遠亭の鈴仙さんと白玉楼の妖夢さん。
鈴仙さんはかなりの常連さん。
この人と、紅魔館のメイドさんが組むと大変なことになる。
主人に対する不満とか愚痴とかで屋台の中があふれかえる。
一回、鈴仙さんと、咲夜さん、狐の藍さんに、もう一人の巫女の早苗さんがそろったことがあったけど、その時は大変なことになった。
たしか、一升瓶が4本くらい空になった気がする。
それに比べて妖夢さんは大人しい。
来るのは魔理沙さんと同じくらいの頻度
日本酒は飲めなくてもっぱらチューハイ専門だけど、お酒にはものすごく強い。
どれだけ飲んでも、顔色一つ変えないで飲んでいる。
妖夢さんがチューハイを飲んでいる姿は、ちょっと可愛い。
2人は魔理沙さんと文さんの間に座った。
「あれ?文がつぶれてる」
「本当ですね。魔理沙さんがつぶしたんですか?」
「文を潰せるのは妖夢か鬼くらいだろ」
「たしかに」
「わたしは、人をつぶしたりしません」
妖夢さんがぷくっと頬を膨らます。
鈴仙さんや魔理沙さんは、そんな妖夢さんをからかう。
チューハイで飲み比べならとか。
このメンバーだと妖夢さんがからかわれるのは仕方ない。
ちなみにわたしも妖夢さんなら文さんを潰せると思う。
「妖夢さんはいつものレモンでいいですよね?鈴仙さんはどうします?」
「今日はみんな熱燗みたいだから私も熱燗で」
「はーい」
妖夢さんはレモンハイ。
文さんは熱燗と。
「なぁ、ミスティア?」
「はい?」
魔理沙さんが突然声をかけてきた。
もう飲まないはずだけど。
魔理沙さんはあんまりお酒に強くないし、それを自分でもわかってるから、そんなに飲まない。
妖夢さんにレモンハイ、鈴仙さん熱燗を出してから、魔理沙さんの方へいく。
「そこの大きな桶に入っているのはなんなんだ?鰻じゃないだろ?」
魔理沙さんが指さしたのはまな板のとなりに置かれた大きな桶。
「あ、確かに。オススメ?」
「ミスティアさんの屋台の新メニューですか?」
鈴仙さんと妖夢さんも興味を持ったらしい。
確かに今までほとんど出したことはないし、珍しいものだけど。
「これですか?これはですね」
桶の上の蓋をとる。
中から現れるのは、氷の上に乗った、殻つきの岩牡蠣。
ちょっとしたルートで仕入れたオススメ品だ。
「それ、生で食べられるのか?」
魔理沙さんが身を乗り出して聞いてきた。
目が輝いている。
「一応ね。当たっても責任はとれないけど」
「たのむ。3つと熱燗で」
「魔理沙さん、前は当たりませんでしたっけ?」
「当たったぜ。キノコよりも苦しい食当たりがあるとはしらなかったぜ」
魔理沙さんはすっかり気分が高潮している。
もしかしたら、もう一人潰れ組が増えるかも?
両手に手袋をはめて、牡蠣をむき始める。
「その時はどれくらいだったんですか?」
妖夢さんがチューハイを傾けながら聞く。
「確か3日間はなんにも食べられなかったな。おかげで
秋で食べ過ぎた分を戻せたから、今思えば悪くなかったのかもしれないけど」
「上から下から?」
「上から下からだぜ」
2人してクスクスと笑う。
「でも今回は大丈夫なはずだぜ」
「何か根拠でも?」
「Rがつく月だからな」
魔理沙さんは妖夢さんをビシッと指しながらいった。
うん、完全に酔ってるね。
「それ本当なんですか?たしか、前食べたのは10月ですよね?Octoberですよ?」
「まぁ、そういうこともあるぜ」
あ、根拠なく言い切った。
3つ目の牡蠣を剥き終わったのでお皿に載せる。
レモンを添えて、醤油の入った小皿をつければ完成だ。
「はい。殻で手を切らないように気をつけてくださいね」
「お、サンキュー」
お皿を受け取った魔理沙さんはレモンを絞ってさっそく箸をつける。
「当たっちゃえ」
「残念だな妖夢。今回は当たらないぜ」
魔理沙さんはパクッと一口で食べて、殻に残った汁まで飲み干した。
ゆっくりと味わい、口の中にほんのり風味が残っているうちにお酒を一口。
「これなら、明日当たっても満足だぜ」
これ以上幸せなことはない、という顔で魔理沙さんは言った。
「はぁ……」
そんな空間に響きわたるため息。
「鈴仙さん?」
「なによ、妖夢」
「食べたいんですか?」
「食べたいわよ。ミスティア、お酒」
鈴仙さんが空になった徳利を差し出す。
食べたいなら注文してくれればいいのに。
「食べたいなら食べればいいじゃないですか」
「当たったらマズイのよ」
「生牡蠣を食べるなら当たることくらい覚悟しなくちゃダメだぜ」
完全に開き直っている魔理沙さんが横やりを入れる。
新しく熱燗を入れた徳利を鈴仙さんの前のカウンターに置く。
「普段なら問題ないんだけどね。師匠に出す報告の期限が明後日なの」
「どれくらい仕上がってるんですか?」
妖夢さんが、またレモンハイの入ったグラスをかたむける。
「全部で10000字だけど、まだ半分くらい」
「なら、帰って、すぐ書けば当たる前に書きおわりますよ」
いや、そんなに酔っぱらった状態で書いたら大変なことになる気が。
というか、こんなところで飲んでちゃダメな気がする。
「そうね!よし、ミスティア!生牡蠣3つよ!あと熱燗もう1つ。帰ったら報告書だ!」
「頑張れ鈴仙さん!」
「影ながら応援してるぜ!」
だめだもうこの酔っぱらい2人は。
妖夢さんは……。
普段幽々子さんのわがままばっかり聞いてるからだろうか?
ここでお酒を飲んでる時は、いつもこんな感じになる。
熱燗の徳利を置いて、また手袋をつけて、牡蠣の殻を剥く。
「よーし、私もまだまだ行くぜー!ミスティアー、熱燗!」
あーもう、どうにでもなれ。
毛布の枚数は3枚。
この牡蠣を剥いたら、提灯の火も消しておこう。
☆☆☆
「ミスティアさん、もう一杯ください」
妖夢さんがグラスを差し出す。
すでに魔理沙さんも、鈴仙さんも潰れた。
鈴仙さんの報告は間に合わないだろう。
明日は二日酔いに違いない。
「どうぞ。寒くないですか?」
「大丈夫ですよ。ミスティアさんもどうですか?」
妖夢さんが顔の横でグラスを揺らしながら微笑む。
「それじゃあ、失礼して」
残っていたお猪口に、少しだけ熱燗を入れた。
私もそんなにお酒には強くない。
「それにしても、今日はすごかったですね。お店のお酒大丈夫ですか?」
「まぁ、なんとかなる程度には残っています」
あと一日二日はどうにかなりそうな量は残っている。
今日みたいに飲まれたらもちそうにないが。
「はぁ……」
妖夢さんがため息をつきながらグラスをコトンと置いた。
ため息をついたから妖夢さんにも悩みがあるのかと思ったけど、表情を見たらそんな感じではなかった。
目を閉じて腕を枕にして頬をのせている姿は魔理沙さんよりも幼く見える。
ついさっきまで賑やかだった屋台が静寂に包まれる。
夏のころは蝉や鈴虫。
秋の頃には聞こえてきた松虫の鳴き声も聞こえない。
かすかに眠っている3人の寝息が聞こえるだけだ。
屋台の隙間から入ってきた風が、妖夢さんの綺麗に切りそろえられた前髪をゆらす。
提灯の火も消したし、今日の屋台はもうおしまい。
寝ている人もいるし、片付けは明日の朝にしよう。
私はお酒を持って調理場を下りて、空いている椅子に腰かけた。
明るくなるまで、このままゆっくりしていよう。
明日もまた楽しい夜になるといいな。
当たった時の地獄の苦しみを考えると二度としたいと思わないw
思い留まれ、思い留まるんだ
こういう食事とか飲みの様子を描いた作品は大好き。穏やかでにぎやかな感じがとてもよかったです。
おいやめろ!オラ脱水症状までおきて入院したぞ。
あと、作者は素直に牡蠣が食べれてみすちーみたいな人がいる料理屋に行くんだ!