この話は、拙作、「ヤクモラン」から続く、「幽香が咲かせ、幻想の花」シリーズの設定を用いています。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください
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大切なことなので、はっきり言っておこう。私は、花屋ではない。さらに言うならば、八百屋とか果物屋の類ではない。……ないはずなのに、どうしてこの来客は私の家にブドウを求めに来たのだろうか。
「ですから、何度も説明したように、果樹園のブドウが盗み食いされてしまったんですよ。それで、なんとかしてブドウを手に入れないといけないんですけれど、人里で買えるような安物のブドウではお嬢様は満足しないんです。そもそも、買ってきたブドウでは…… あぁ、もう、とにかく、こういうことを頼めるのは幽香さんくらいしかいないんですよ。」
目の前で今にも泣きそうな顔をして懇願しているのは、紅魔館の門番だ。必死なのは伝わってくるけれど、二つ返事で引き受けるほど、私は甘くない。
「私が紅魔館に尽くす義理はないじゃない? そもそも、盗み食いされたのだって、あなたが門番として役に立ってないからじゃないの。」
「いえ、ですから、それには重大な理由があって……」
「職務怠慢の理由なんて、だいたい見当はつくんだけれど。」
「誓って言いますが、昼寝してた、なんていうことじゃないですよ。もっと重要な、果樹園に関する秘密にかかわる事なんです。」
秘密…… 大したことではないかもしれないけれど、そう言われると、なんとなく気になってしまう。
「……そうね。もし、その秘密を教えてくれるのなら、協力してあげてもいいわよ。」
「ほんとうですか!? 言いましたね? いま、協力するって言いましたよね? ありがとうございます。あれを教えるくらいで済むなら、私としても助かります。」
……どうも、私は安請け合いしやすい性格らしい。まぁ、言ってしまった事を取り消すのもどうかと思うし、意地を張ったところで得することもない。一つだけ悔しいと思うのは、門番の表情が満天の笑顔に変わっていることだ。
「あなた、感情が顔に出やすいみたいね。さっきまで泣きそうだったのに、どうしてこんなに嬉しそうな表情を浮かべられるのかしら。」
「まっすぐで正直な心の持ち主なんですよ。ですから、約束を破ったり、嘘をついたりはしませんから安心してください。ちゃんと、秘密は教えますよ。」
この門番、見た目に反してなかなか曲者かもしれない。私は軽く頭を抱えて、溜め息をついた。
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数時間後、ひまわりの咲き誇る太陽の畑の一画に、そこだけ切り取ったようにブドウ棚が出来ていた。
「……さて、敷地を確保するのに苦労したけれど、なんとか出来たみたいね。」
「いやはや、言葉に出来ないです。ブドウって、ほんと育てるのに苦労するんですよ。日差しを調整したり、虫よけの管理をしたり。それが、こんな短時間で完成しちゃうなんて、さすが、幻想郷のフラワーマスターの名は伊達じゃないですね。」
「おだてても何も出ないわよ。」
「おだててるなんて事はないです。さっきも言ったように、嘘はつきませんから。正直に、心に思ったことを口にしているだけです。」
眼を丸くしてブドウ棚を眺める門番の姿を見ると、本当に嘘はついていないのだろう。
「ほんと、これくらい簡単に育ってくれると、私の仕事も楽になるんですけれどねぇ。……あれ? このブドウ、ただのブドウじゃないですよね。実の形が…… 星の形をしています。」
ドッキリを仕掛けるというほどでもないけれど、こっそりと遊び心を仕掛けておくとドキドキするものだ。早速、この門番は気付いてくれたらしい。
「ブドウの種類の指定はなかったから、こちらで勝手に創らせてもらったわ。星の実のブドウなんて、他では見たことはないでしょう?」
「そうですよね。こんな種類のブドウ、初めて見ました。これがほんとの、ホシブドウ! なんちゃって……」
……考えるより先に、身体が反応していた。我に返ると、門番の手をぎゅっと握りしめていた。なぜか、少しだけ頬を赤らめて視線を逸らしている。
「いきなりどうしたんですか? 私、その、心に決めた方は既にいますから、受け入れるわけには……」
「違うわよ! ……ユーモアのセンスを持っている相手は嫌いじゃないって、ただそれだけのことよ。変な勘違いはしないでちょうだい。」
手を離して軽く深呼吸をする。妙なことを口走るものだから、心が乱れてしまったらしい。やはり、この門番、一筋縄ではいかないようだ。
「えぇと、まず、このブドウの名前はホシブドウじゃないわ。あなたをイメージして創った、キフジンというブドウ。紅魔館に届けるブドウなら、紅魔館らしいブドウを創ろうという、私からのサービスよ。」
「キフジン、ですか?」
「ほら、あなたって、気を扱う程度の能力を持つじゃない? だから、気婦人。貴族の女性という意味の貴婦人とかけてみたんだけど、どうかしら。」
「へぇー、なるほど、うまいうまい。」
「なんなのよ、その見下したような態度は!?」
今度はちゃんと考えて手を出した。一発お見舞いしてやるつもりで腕をふるったのだけれど、紙一重でかわされてしまった。さすが、武術を身につけているだけの事はある。
「まったく…… ほら、これで、お望みのブドウは出来たのだから、好きなだけ持っていきなさい。」
「いえ、あの、実は、大変申しにくいことなのですが……」
「なによ、ここまでさせておいて。」
「えぇと…… ブドウの実だけを手に入れても、意味がないのです。」
ブドウを欲しがっていたのに、手に入れるだけでは意味がない。これはどういうことなのだろうか。
「どういうこと? ブドウと言ったら、実を食べるくらいしか用途はないでしょう?」
「何を言ってるんですか。ブドウと言ったらアレを造るための大事な素材じゃないですか。」
「アレ? アレって言われても……」
「あー、もう! 幽香さんも結構鈍感ですよね。ワインを造るに決まってるじゃないですか。お嬢様が嗜む葡萄酒は、安物のテーブルワインなんかじゃだめなんです。だからこそ、幽香さんにお願いしたんじゃないですか。」
目から鱗が落ちるとはこのことだろう。てっきり、ブドウの実をそのまま食べるものだとばかり思っていた。だが、依頼主の主は吸血鬼。時に、血と喩えられる葡萄酒を造るための素材を求めていたと考える事は、そう難しいことではない。
「なるほど。このブドウの使い道はわかったわ。でも、どうして実を持っていくだけじゃ意味がないの?」
「その質問の答えこそが、最初に言った、果樹園の秘密にかかわることなのです。お嬢様が嗜むワインに使われるブドウは、紅魔館の果樹園で栽培されたものでなければいけないのです。改めてお願いします。このブドウ、キフジンを、紅魔館の果樹園で育ててください。その時、約束通り、果樹園の秘密を明かしましょう。」
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紅魔館の果樹園は、吸血鬼の館に似つかわしくないくらい日当たりが良い敷地に造られていた。太陽の畑と匹敵するくらいの日差しは、ブドウの栽培には適していると言っていいだろう。
「さて、約束通り、果樹園でキフジンのブドウ棚を創ったわけだけれど、一体何が秘密なのかしら? 私が思う限り、日差しとかの条件が違うとか、そんなことじゃないわね。」
「慌てちゃいけません。果樹園への入り口を解放してきたので、しばらく隠れて待機しましょう。すぐに、秘密が何なのかわかりますよ。」
わけがわからないまま物陰に隠れる。何が起こるのかと待ちかまえていると、見覚えのある青と緑の妖精が飛んでくるのが目に入った。
「すっげー。紅魔館の果樹園って、一日でブドウが元通りになるんだ。……あれ? なんか、実の形がおかしいような……」
「チルノちゃん、今日はやめておこうよ。昨日、門番のお姉さんに怒られたばかりじゃない。」
「あたいは悪くないもん。ブドウを食べ過ぎたのだって、ルーミアのせいじゃない。私はブドウを凍らせて遊んでただけだもん。」
「そもそも、他のみんなを連れてきたことが間違いな気がするんだけれど……」
「大ちゃんは細かいことを気にするよね。それでも妖精なの?」
「だって、私、怒られるのは苦手だし……」
「いーのいーの。妖精は悪戯するのが仕事なの。だから、今日もブドウを凍らせてやるのだー!」
そして、近くにあったブドウの房を手にとって、何やら集中し始めた。
「むむむ…… とぁーっ!」
大げさな掛け声とともに、ブドウが見事に氷漬けになっていた。一房終わるとまた次の房へ。見る見るうちに、周りのブドウが氷漬けにされてしまった。
「……やっぱりダメだよ。今日はここまでにしよう。帰るよ、チルノちゃん。」
「どうしてー? せっかく気分が乗ってきたところなのに。」
「どうしても。チルノちゃんは、少し反省することを覚えたほうがいいよ。」
「だから、あたいは悪くないって言ってるじゃん。……あー、待ってよ。わかったから、今日はもう帰るから。」
一人でさっさと帰ろうとする大妖精の後に、慌ててついていくチルノ。二人の姿が見えなくなったのを見計らって、隠れていた物陰から身を乗り出す。
「いやぁ、なんだか大妖精は生真面目ですね。あとで、気にしないで遊びにおいでって言っておかないと。」
「どうして? せっかくのブドウが氷漬けにされちゃったじゃないの。どうして止めようとしなかったの?」
「ふふふ。実は、これが果樹園の秘密なんですよ。」
「これが、って、妖精がブドウを凍らせただけじゃないの。」
すると、門番がにやにやとした表情を浮かべた。まだ何か隠していることでもあるというのだろうか。むっとした視線を向けてやると、門番が意味ありげな事を口にした。
「幽香さん、もしや、アイスワインというものをご存じではないですね?」
「アイスワイン?」
「ブドウの果実から搾りとった果汁を発酵させることでワインは造られるのですが、凍らせた果実を利用して造ったワインをアイスワインと呼ぶのです。」
「わざわざ凍らせたりして、何かいいことでもあるの?」
「おおありですよ。ブドウの果実に含まれる水分が凍りつく事によって果汁が濃縮されて、とっても甘いワインを造ることが出来るのです。ただ、今回のような場合には人工的に凍らせているから、どちらかと言うと氷結ワインと言うべきでしょうね」
すらすらとアイスワインについての説明をする姿に、少しだけ感心してしまった。メイドでなくても、主の嗜好に関する知識は備えていなければならないということだろう。
「紅魔館を霧の湖の中に建てたのも、チルノが悪戯をしに来やすくするためだとか。ほんとかどうかはわからないですけれどね。」
「でも、さっきの話を聞いていると、妖精以外にも悪戯しに来る子がいるみたいだけれど?」
「あはは…… こっちの警備も、ちゃんとしないといけないかもしれませんねぇ。」
「さて、秘密も教えてもらったことだし、そろそろ帰ろうかしら。」
「あ! せっかくなので、アイスワインを味わっていきませんか? ここまでしていただいたわけですし、私からのお礼のしるしです。」
「主にことわりもなく、そんなことしていいの?」
「細かいことは気にしちゃいけませんって。それでは、咲夜さんに頼んでワインを造ってもらうので、しばらく待っていてください。」
そう言って、門番は凍ったブドウを収穫して館の方に向かって行った。一人、果樹園に残された私は呟く。
「待つって…… ここで?」
なんだか翻弄されているような気がして、軽く溜め息をついた。
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「……さて、まずは、門番の非礼を詫びよう。大切な客人を一人きりで放っておくなんて、私の教育が行き届いていない証拠だ。申し訳ない。」
「気にすることはないわ。美味しいワインを御馳走になるのだから、少しくらいは待ってあげるわよ。」
今、私は紅魔館の客室にいる。目の前には館の主、メイド長、そして、軽く頭を押さえた門番がいる。私を一人っきりにしたことで、制裁でも喰らったのだろう。
「それにしても、時間を操るって便利な能力よね。こんなに短時間でワインが出来るなんて。」
「そうは言っても、素材がないと造りようがありません。幽香さんがブドウを造ってくれたおかげですよ。えっと…… なんていう名前でしたっけ?」
「これですよ、これ。私のイメージを反映したブドウ、その名も―――」
「あぁ、ホシブドウね。」
「確かに、ホシブドウだわ。」
……紅魔館の住人とは、きっとうまく付き合っていけるに違いない。この時、私はそう確信できた。大げさにずっこける門番をよそに、私は訂正を加える。
「ホシブドウでもいいけれど、一応、正式名称はキフジンっていう名前よ。」
「まぁ、名前なんて、対象がわかればなんでもいいのよ。……さて、咲夜、ワインを開けてちょうだい。」
「畏まりました、お嬢様。」
どこからともなく、一本のビンを取り出すメイド長。ソムリエナイフを器用に使いこなす様子は、まさに瀟洒と言っていいだろう。ポンッという軽快な音と共にコルクが抜かれ、手で仰いで香りをかぐ。小さく頷いてから、それぞれのグラスにワインを注いでいった。
「では、紅魔の貴婦人に、乾杯!」
「乾杯。」
グラスを高く上げて乾杯の仕草をし、ゆっくりと口をつける。短時間で造られたとは思えないくらい熟成が進んでいて、濃厚な味が口に拡がる。仄かに甘さを感じるのは、アイスワインというものの特徴なのだろう。
「……うぅん、美味しい。こういうワインって、今までに飲んだことがないわ。自分で創ったブドウとはいえ、これなら恥ずかしくない出来ね。……あれ? メイド長の様子がおかしいけれど、どうしたのかしら。」
驚きの表情のまま固まっているメイド長。口元が小さく動いている。何かを呟いているみたいだけれど……
「ふむふむ…… あのお嬢様が、ワインにまともな名前をつけた、ですか。ですよねー。あの、ネーミングセンスがあまりないお嬢様が、あんなに綺麗な名前をつけるなんて、私もびっくりぃぃたたたっ!?」
「美鈴…… ちょっとこちらに来なさい……」
「痛いですって! 耳を引っ張らなくてもちゃんとついていきますからぁ! いやぁぁぁっ!」
客室を出ていく門番とメイド長。それを涼しい顔で見送る館の主。紅魔館というのは、いつもこんな調子なのだろうか。
「あんなこと言われえて、よく涼しい顔で見送れるわね。主なんだから、文句の一つも言ってみたら?」
「いいんだよ、今更のことだ。それより、今はこの美酒に酔いしれようじゃないか。」
なるほど。この懐の深さが、幼い吸血鬼が主たる所以ということか。
「それじゃあ、しばらくお付き合いしようかしら。」
「ふふふ、吸血鬼の夜は長いぞ。」
互いに笑みをかわしつつ、改めてグラスを合わせる。思いがけない美酒との出会いを心に刻み、私はそっとグラスに口をつけるのだった。
いつもいつも楽しみにしてます!!!
今回はいつもと違って葡萄ですか…なんかお酒呑みたくなってきた。
そして紅魔館メンバー統率とれすぎwwwwwww
幽美はいいものですね!!
私もホシブドウのアイスワインを飲んでみたいです。
私もまだまだ常識にとらわれているようですね。
面白かったです。
お嬢様の独創的なセンスは貴重だと思う。
コピーライター的に。
気婦人めーりんが貴腐人(腐女子上位種)にならないよう祈るばかりです
あ、芳香ちゃんとの中華系門番コンビだと気腐人か…劇団死気に並ぶ良い名称が出来ましたね
輝夜で月下美人(ドラゴンフルーツ)なんていかがでしょうか?