遅刻ながらもハロウィンモノ。
去年のハロウィンSSではアリスが小さくなりましたので今年は霊夢に小さくなってもらいました。
百合です。
糖分度数は高めです。
「お断りします」
「そこを何とか…この通り!」
勢いをつけて顔面を地に叩きつけた。額が畳に擦れて鈍い痛みをもたらす。上からは説教じみた声とため息が聞こえてくる。
今、私は現在進行形で人生初の土下座というものを体験しているところだった。
いきなりの展開で意味が分からないだろうがどうか落ち着いてほしい。私はどうしてもこの案件を現実のものとしなければならないのだ。そのためにはプライドだって紙切れのごとく切り捨ててしまわなければならない。女には逃げてはならないときが何度かある。そして今は逃げてはいけないとき。退けない闘い。全てを賭して掴みとらねばならないモノがある。
何があろうが、何をされようが、何をしようが、私は必ず奴にYESと言わせなければならないのだ。
「NO」
「よろしいならば戦争だ」
私は激怒した。必ずかの邪知暴虐なるスキマ妖怪を除かねばならぬと激怒した。大事なことなので二度言いました。
OK。なにはともあれ、まずはこの状況を説明しよう。
何故誰にも囚われない自由奔放なはずの私が土下座なんて無様な真似をしているのか。
そう、あれはつい数時間前の出来事だった。
「なぁ。霊夢はハロウィンの準備とかしてるのか?」
その日は何もすることがなく、ただボーっと縁側に座って煎餅片手にお茶をしばいていた。その途中で魔理沙がやってきたのだが私の隣にうるさいオプションが一つ増えるだけで何が変わるという訳でもない。まぁ枯木も山の賑わいというやつだ。とりあえず出がらしであるが魔理沙にもお茶を振舞ってやる。
すると開口一番でこの言葉だ。こいつらしい前置きなど一切しない無駄のない無駄な会話の火蓋。
「そういえばそんなイベントあったわね。忘れてたから何にもして無いけど」
「私はばっちりだぜ。香霖に頼んで服仕立ててもらってるんだ」
「嫌ねぇ悪戯は」
どうやらこいつはいい年してお菓子をもらう側でいるらしい。え?魔理沙は十分貰っていてもいい年なんじゃないかって?何を言う。ここ幻想郷では生きてきた年齢なんてものは何の意味も持たないのだ。強いて言うならここで言う年齢とは肉体の年齢ではなく精神の年齢。精神が成熟していれば子供でももう立派な大人。つまりあげる側になるのだ。…あ、じゃあやっぱり魔理沙はまだ貰ってもいい年齢なのか。
「何馬鹿みたいな顔してるんだよ」
「若いっていいなぁ」
「はぁ?…まぁ悪戯が怖いならお菓子用意するなり仮装して集りに行くなりすればいいだろ」
しかし、ハロウィンか。何も準備などしていないがよくよく考えるとこれは少し不味いのではないだろうか。
先程話した通りの理論に則って考えると私はどう見てもお菓子を与える側。にも関らずお菓子類を全く用意していなかったとなれば当然何が待ち受けているのかなど聞かずとも分かる。
相手が妖怪や妖精なら問答無用で夢想封印というお菓子を与えてやればいい。そうすれば皆泣いて喜びながら帰っていくことだろう。しかしながらそんなものを里の子供たちにまで与えてしまうと奴から石頭という名の痛烈なトリックを貰いかねない。ちなみにあの石頭、現段階で瓦を二十枚まで割ることができるそうだ。あいつもう職業変えるべきだと思うんだ私。
「でも流石にここまで里の子供たちは来ないと思うわ」
「誰も里の事なんかはなしてないぜ?」
「じゃあ何の話よ」
途端ににやけ顔になる魔理沙。あー、これはあれね。こいつも欲しいのかしら。私の自慢の丸くて堅いお菓子。
そんな私の心中に感づいたのか、魔理沙はお茶のおかわりを湯吞みに注ぎ始めた。こいつは知っている。私は中身の入った湯のみを持った人には絶対に攻撃しないということを。だってお茶がもったいないじゃない。ティーパックじゃないお茶は安くないんだからね。
「あいつは仮装してくるのかな。それともお菓子作って持ってくるのか」
魔理沙の癖に搦め手を使ってくるか。しかしながら私がこんな見え透いた罠に掛かる訳がないのだ。こいつは私があいつの名前を出すのをじっと待っている。そうして私が自爆したところに集中砲火を浴びせるつもりなのだろう。フン。甘い。甘すぎるわ。最早サッカリンより甘いわ。
「でもあいつのお菓子には注意したほうがいいぜ?おいしそうに見えてかなりの劇物だからなぁ」
「ア…っあいつのが不味く…訳あるわね」
危ない危ない。今思いっきり地雷踏みそうになったではないか。きっと紫のことを言っているのだろう。だが今のはニアピンだ。ギリギリセーフだ。ファールボウルだ。私が審判なら確実にセーフにしている。だが魔理沙は何がおかしいのか笑いを押し殺すかのようにお茶を飲み下した。
「私は紫のこと言ってたんだけどな」
「あいつはいつも式神にやらせているから腕が鈍ってるのよ」
ごまかしたつもりだが全くごまかせていないことには自分でも気付いていた。
「紫のお菓子を食べた後は口直しが欲しくなる。…その後であいつの家にでも集りに行ってみるか」
「紫もかわいそうね…まぁいいんじゃない?」
「ああ。もし貰えなくても悪戯をする立派な理由になるしな」
「アリスに手ぇ出したら只じゃすまないからね」
「分かってる分かってる。誰も『アリスに』手を出したりしないさ。全く素直じゃないなぁ」
うん。誘導尋問に引っ掛かるくらい誰にだってあるよね。
魔理沙は遂に我慢の限界を超えたのか、腹を抱えて笑い出した。よく見るとその手には湯のみが握られていなかったので私は安心して夢想天生を使う。しかし、あらかじめ攻撃を予想していたのか間一髪で回避されてしまった。行き場を失った弾幕はどこか明後日の方角へと消えて行く。遠くで悲鳴が聞こえたような気がするがきっと気のせい。でなければ誰かが悪戯にでもあったんだろう。まだ昼けど。
「まぁなんだ…。ちょっと調子に乗りすぎたな」
「とりあえず顔面拭いて。鼻血生々しいから」
まぁ魔理沙が私の攻撃を完全回避するなんてまだまだ無理な話なんだけど。
当然こいつが回避することなんて予想していた私は魔理沙の回避先に向かってスライディングサマーソルトを決めた訳だ。結果はごらんの通り顔面クリーンヒット。…ちょっとやりすぎたかな。
「まぁ時間もあんまりないし一応仮装くらいしといたほうがいいんじゃないか?」
「それもそうね。大人であってもやっぱりあげるより貰うほうがいいものね」
「?…とにかく霊夢も楽しみなよ。せっかく付き合ってるんだし素直になっ」
最後まで憎たらしいことを言いながら魔理沙は颯爽と去っていった。方角からして香霖堂か。恐らく衣装を取りに行ってから紫の家に行くのだろう。全くお熱いことだ。あいつらはどんなハロウィンを過ごすのだろうか。
…例えば際どい服を着込んで
「私がお菓子だぜ」
って言ってあいつに迫ったり。
…。
……。
あ、駄目だ。完全にギャグにしかならない。私ならあいつにそんなことされたら腸ねん転になるくらいに笑い転げた後に最高の悪戯だと皮肉の一言でも送ってやるところだろう。まぁ紫は落とされるかもしれないけどね。
「…ん?」
いいや、それだ。その手があった!
改めて考えるとこの神社に好き好んで来たがる奴なんてそうはいないはず。何故ならここは妖怪が多い上に例え来たところでお菓子などもらえるはずがないということを妖精ですら分かっているだろうから。
だが、そんな神社でも好き好んで来てくれる奴はいる。というかこのイベントを忘れていない限り必ずこちらに来るはずだ。
それに対して有効なカウンターパンチにならないだろうかこれは。物理的パンチなんて絶対しないけど。
向こうは確実に私がお菓子など用意していないということは把握しているはずだ。従って、何かしらの悪戯を考えているに違いない。しかしそこで私が先程妄想で垂れ流したようにコスプレして私がお菓子、なんて言ってやるんだ。あいつは錯乱して取り乱すに決まっているじゃないか。…多分だけど。
うーん、いいねそれ面白いね。私にとっても最高のお菓子になりそうじゃない。妄想の中だけでもご飯いけるよこれ。…何言ってるんだ私。
さて、そうと決まれば仮装ね。できればかなりあざとい仮装がいいだろう。そのほうが破壊力も増すはず。
「あ」
しかしその時私は閃いた。
ただ仮装するだけでは面白みにかけるというもの。都会派を自称するアリスに中途半端なことをしてしまうと逆効果になりかねない可能性もある。ここは石橋を砕いて渡るくらいの心意気でいったほうがいいだろう。といってもそのためのプランはもう私の脳内で組みあがっていたりする。今日の私はなんだか冴えているな。
「となると紫の協力が必要か」
縁側から飛び起きて首にマフラーを巻く。ふわふわとした肌触りがなんとも心地いいこれは去年の冬にあいつからクリスマスプレゼントとして貰ったものだ。ちなみにその時私はあいつに自分が大切にしているものを捧げた。
…勿論湯たんぽだ。何か期待でもしていたの?尤も、一番大切なものなんてもう捧げた後だけどね。
赤と白で統一されたこのマフラーは勿論私をイメージして作られたもの。ふんわりと軽くなおかつ熱を逃がさない構造は考えに考え抜かれたデザインとあいつの天性のセンスがもたらした奇跡だろう。一通り眺めて満足した後、私は神社から飛び出した。紫の住む場所、マヨヒガを目指して。
なーんか方向性がずれてきているような気がしないでもないけど気にしないことにした。
ただ唯一言えることは別にアリスに対して素直に甘えることが恥ずかしい訳じゃないってことだ。ここ間違えないように。…誰に言い訳してんだろ私。
そうしてあの冒頭に繋がるという訳だ。
「あのねぇ。確かに彼女を喜ばせたいという気持ちは分かるわ。私だって魔理沙にそんなことされたら問答無用でスキマになだれ込むでしょうし」
要らぬカミングアウトである。
とにかく、私はどうしてもこの完璧なる計画を実行に移さなければならないのだ。だからこそ土下座なんてものまでしている。博麗の巫女が妖怪に頭を下げるだけでも由々しき事態だというのにあまつさえ土下座をかますなんてもう緊急事態、非常事態宣言もいいところだ。デフコンで言うとレベル二といったところか。
「だからと言って、私の可愛い式神たちをコテンパンにした挙句『私を幼くして』ですってぇ?」
だって邪魔してきたんだもん。ああそうだ。私が紫に土下座までして頼み込んだこと。それは肉体の年齢操作だ。平たく言うと若返り。まだそんな年でもないけどね。
私は考えたのよ。仮装といってもできることは高が知れている。例えば、ミイラ男のように包帯で(肌色大目で)全身を巻いたり、ドラキュラのように八重歯を生やして妖しく微笑んでみてもいいだろう。しかし、どれもこれも最早使い古された古典的過ぎる手法なのだ。そんなものでは都会派なあいつを落とすことは絶対にできない!
だったらどうすればいいのか。破壊力が高く、なおかつあいつの度肝を抜けるような仮装。
そこで私は閃いた。コスプレ自体はそれほど凝らなくともいい。只私自身を変身(変態?)させればいいのだ、と。その結果が自身の幼女化である。私が幼子のようになってしまうという衝撃的な展開に加えてあいつの母性本能も極度に刺激することができるであろう最終破壊兵器。
しかし私自身は巫女とはいえ只の人間。自分で自分の体を弄ることなどできない。ならばどうする?簡単なことだ。できる奴に頼めばいい。ただそれだけである。だから私は紫を頼った。彼女に私の少女と幼女の境界を入れ替えてもらうのだ。
しかし、悲しいことに紫は私の高貴なる作戦を全く理解しようとはしてくれない。理解を拒み自身の世界にばかり目を向けるとは真愚かしい。妖怪の賢者の名が泣くぞ。
「何でよ!私が土下座までしているっていうのに」
「巫女がこんなしょうもないことで土下座なんかしない!」
うぎぎ。これでは埒が明かない。
…無理な話だったのだろうか。
私の言葉だけでは彼女の心に届かせることなどできないのだろうか…。
いいや、まだ…まだだ。
まだ諦めるには早すぎる。
こんな…私はこんなところで…
「ほら、もうすぐ魔理沙がくるし…今日はもう帰りなさい」
「わかったわ」
諦められないんだッ!!
「やっと分かってもらえたかし…」
「魔理沙の幼い頃の写真結構持ってるのよね私」
「年の設定はどのくらいがいいかしら」
やっぱり奥の手と言うものは最後まで取っておくものだ。
後ろで式神がうなだれていたが何、気にすることはない。どうせ弾の当たりどことが悪かっただけだろう。
こうして、私は術式を施してもらった。
今宵は見事な満月。
ススキが黄金色に寂びつつ風に吹かれ、雲は棚引き月に橋を掛けている。風流だ。
そんな月が照らし出す中、幻想郷ではハロウィンという名のお菓子争奪戦線が展開されていた。ハロウィンの本来の定義とは異なっているかもしれないが、ここは幻想郷。諦めていただこうか。
人々の悲鳴も歓声も、里から離れたこの神社には届いてこない。私は寝室でじっと正座しながら決戦のときを只ひたすらに待ち続けていた。
すでに体には紫に施してもらった術式…体を幼くする式が待機状態で張られている。後はアリスがここを訪れた時を見計らって発動させればあら不思議、そこには数年前の私の姿が!という寸法だ。勿論精神年齢は今のまま。ご都合主義と笑いたければ笑うがいい。後はそのままあいつの目の前に出て行きあざとく詰め寄るだけ。慌てふためくあいつの姿ににまにまするという計画だ。いつもいつもあいつにはどぎまぎさせられっぱなしだったし、こんなことでもしないとアンフェアになってしまうじゃない。そうよ。いつもいつもいい香り振りまいて優しい顔してこっちが余裕なくすような仕草しちゃって、ほんとずるいったらありゃしないんだ。…じゃない!
「とにかく!」
この計画に穴などあってはならない。念には念を入れ、少ないながらも仮装アイテムだって用意している。勿論あざといヤツを。完璧だ。
「ふふふ」
自然と意地の悪い笑いが漏れ出してしまう。これからのことを考えると仕方が無い。
「…お?」
縁側のほうからこつこつと石畳を叩く音が聞こえる。この少し高い音はブーツで石を叩いている音。つまりはあいつだ。間違いない。
「霊夢ー?」
ほら。
自分でも凶悪な笑みが零れているのが分かる。いけないいけない。いくら幼くなってもこんな顔して出て行ったら明らかにヒかれる。頬を摘んで上下左右にやわやわとマッサージ。うん今日ももち肌ね。
心の中で三回程深呼吸を行ってから、私は期待に胸を膨らませつつ術式を発動させた。
それがあんなことになるなんて知らずに。
・・・
「うんっいい感じ。上海、オーブンの火と止めて」
湯気を上げるオーブンの中からクッキーの乗ったトレーを引き出す。間髪入れず部屋に漂いだす香ばしくも甘い南瓜の香りに胸が高鳴ってしまう。勿論、おいしそうだとか、早く食べたいだとか、そんな理由ではない。
「南瓜使ったクッキーなんて初めて作ったけど、これなら絶対霊夢喜んでくれるよねっ」
そう。愛しいあの子に早く食べさせてやりたい、おいしいと言ってもらいたいということに対する期待の高鳴りである。
クッキーが暖かい内に保温、及び状態維持魔法をかけてコーティングする。こうすれば味や香りが落ちにくくなる。別にできたてである必要などないが、こんな日くらいはいつもと違ったモノを食べさせてあげたいというものだ。
ハロウィンだというのに、私はあの子のことだけを考えてお菓子を作っているなんて。自分の可笑しな考えに苦笑を漏らした。
「まぁいっか」
私は悪戯をするのもお菓子をあげるのもあの子だけって決めてるんだから。
私たちが付き合い始めたのは大体去年の今より少しだけ後のことだったか。そろそろ寒さも厳しくなり、粉雪が舞い降るだろうという季節に私たちは結ばれたんだっけ。未だにその時のあの子の服装から積もっていた雪の深さまで明確に思い出せる。
思えばあれからもう一年近く経つのか。時の流れとは実に早いものだ。
こうやってクッキーを焼いて笑っているうちにあの子はどんどんと進んでいくんだろうな。
「…って、センチメンタリズムに浸るには早すぎるかな」
そういう湿っぽい感情は私たちにはまだ早すぎるだろう。今はこのイベントを楽しめばいいのだ。恋人になって初めて迎えるハロウィンを。
換気のために開け放たれた窓から秋特有の静かな風が入り込んでくる。…いい感じに夜の蚊帳も降りてきたところだし、私もそろそろ出発するか。勿論、私自身簡単に仮装して。といってもいつものカチューシャに付属しているものがフリルから猫耳に変わる程度だが。こうでもしないと妖精などに出会った際面倒なのだ。どうも頭の悪い妖精たちは『仮装している=貰う側、していない=あげる側』と認識している節がある。全く単純だ。だから助かるのだが。このお菓子はできることなら一番最初にあの子に食べてもらって、そうして一言目においしいと言って貰いたい。まずはそれから。
そういえば、あの子は仮装なりお菓子なり用意してるのかしら。…してないでしょうね。今日がハロウィンだということを覚えてるかどうかすらも心配だ。
「まぁどちらでも同じか。…じゃあ、行って来るわね」
きゃいきゃいと騒いでいる人形たちに手を振って玄関のドアを勢い良く開け放った。
家と飛び出すと目の前には満月。いい感じに体内の魔力も高ぶってきている。だからなんだという話ではあるのだが、何となく気分が良くなってしまうもの。
どこかで悲鳴や笑い声が聞こえる。どうも幻想郷ではどんなイベントも大げさになってしまうようだ。お祭り好きが多いし、私もにぎやかなのは嫌いでは無いからいいんだけど。
そんなどうでもいいことを考えながら進路を神社に取る。今行くからね。
加速する途中通ったお隣さん宅を見たら、天窓から何かスキマのようなモノがうごめいているのが見えた。中からお隣さんの悲鳴のようなものが聞こえてきたような気がするが何、気にすることはない。きっと悪戯を受けているだけでしょうから。
神社に降り立つとやっぱりというか何というか人っ子一人居なかった。みんな分かっているのだろう。あの子にお菓子なんてねだっても御札か陰陽球くらいしかくれないということくらいは。それに、私としても誰もいない方が助かるしね。
カツカツと子気味いい音を立てながら石畳を踏んでいく。いつも私が神社に来たときする「来たよ」の合図。しかし縁側を見ても姿が見当たらない。奥の居間を覗いても姿を確認することはできない。
「霊夢ー?」
呼びかけて見る。
一秒。
二秒。
三秒。
あれ、おかしいな。いつもなら私が声を掛けると同時に姿を現してくれるというのに。
もしかして神社には居ないのだろうか。例えば今日開催されるとか言っていた紅魔館のパーティーに参加しているとか。考えたくはないがあの子がお菓子などで釣られないと言い切れるわけでもないのが悲しい。…ううん、あの子が恋人をほっぽって行く訳ないよね。もしかして居眠りでもしてるんだろうか。それともお花を摘みに行っているとか。
そこまで考えたとき、奥の方からパタパタと足音が響いてきた。あ、やっぱり居てくれたんだっ。どうしようか。あの子のことだから多分お菓子なんて用意してないだろうし、どんな悪戯をしてあげよっかな。
「…ん?」
そこでふと違和感に気がついた。何というかやけに霊夢の足音が軽いような気がする。気のせいかしら?まさかまた痩せたとか?最近は不規則な食生活も改善させてたしベッドの中で確認したときもちゃんと健康的な体してたと思うんだけど…。
そんな違和感などよそに近づいてきた足音が一時停止して、次の瞬間目の前の襖が勢いよく開け放たれた。
「あ、れい」
「あー!やっぱりありすだー!」
「…え?」
一瞬、目を背けてしまった。なんだか今見てはいけないものを見てしまったような気がする。
今目の前にいたものは何だろう。
「ん?」
紅くて、
「あれ」
白くて、
「どうしたの?」
黒くて、
「ありすーっ」
肌色で、
「聞いてる?」
小っちゃい女の子。
自分の目がおかしくなってしまったのかと、もう一度目を見開いて目の前の人物を確認する。
「どうしたの?おなかいたいの?」
やはり私の目はおかしくなっていなかったようである。よかった。
目の前の少女…いや幼女は見慣れた紅白の巫女服を着ている。しかし明らかにサイズオーバーを起こしており、服に着られていると言った方が正しい状態だ。
襟首ははおろか、肩の半分から鎖骨までのもが露出した首元。スカートも脛が丸々隠れる程までにずれており少々危ないバランスを保っている。トレードマークの袖は二の腕部分のゴムが強めなのかずれ落ちてはいないが短くなった手が袖の中にすっぽりと収まっており、かろうじで伸ばされた指先がはみ出る程度になっていた。
頭に目をやると元々大きかったリボンはさらに大型化しているような印象を受け、可愛らしさ三割増しになっ…て…。
「おなかいたいんだったらなでなでしてあげる」
よくよく見るとリボンより少し手前、丁度耳の上辺りにいつもの彼女には絶対に存在しないであろうものがついていた。
作り物なのは見れば分かるが、左右対称に配置された三角形のふさふさの物体はまさしく。
「ねこ…みみ…?」
私の付けているものとほぼ同型のものだ。何これ流行ってるの?
念のため確認したけど尻尾も付いてましたはい。
恥ずかしいものなど何もないはずなのに頬が熱を持ち始める。こんな、この子にこんな、只のアクセサリをエンチャントしただけで、こんなにも…
「いたいのいたいのとんでいけー!」
「か、かわいすぎる…!」
い、いやいや!
何を考えているんだ私は。それよりも重大なことがあるじゃないか。可愛さに和んでる場合じゃない。
服装や顔つきなどからこの子は私の恋人であるということが分かる。それはいい。しかしそれが問題でもある。
何故、この子、…霊夢が幼体化しているかということだ。…聞こえは何か危ないような気もするが事実なんだから仕方ないじゃないの。
見たところ身長は私の腰くらいまでと言ったところか。顔をまじまじと見つめると本人だけあってやはり可愛らしい顔をしている。
まるで穢れとは無縁の世界しか映っていないかのように黒く澄んだ瞳、子供らしさを詰め込んだように健康的でふっくらとした唇。そして、突けば確かな弾力を返してくれるさらさらな頬。
「おお、もち肌」
「くすくったいよありしゅっ」
無意識に彼女の両頬を突いていたらしい。まずいこの感触癖になりそう。
…っていけないいけない。ああ、私としたことが、あまりに非常識的な展開に会話も忘れて思考に没頭していたらしい。都会派失格ね。
とにかく、まずは話を聞いてみるところから始めようか。
「えっと、霊…夢?」
「ん、なぁーに?」
私の声に敏感に反応し、身を乗り出してくる彼女。首をかしげ、瞳を輝かせているその様子は全く私を疑っていない。声もいつもの少々ぶっきらぼうで抑揚に欠けた声ではなく子供らしい高く丸っこい声。そのどれもこれもが私の保護慾…とでも言えばいいのかあるいは母性か、とにかくそれを掻き立てる。
…一挙一動が見逃せないというのは正にこのことね。
「どうして、あなたは小さくなったの?」
どうにも感覚が狂う。目の前の彼女は私の恋人であるはずなのに、話す言葉はどうしても子供に向けて話すときのそれになってしまう。見た目に惑わされるなんて魔女失格かもしれない。。…猫耳は関係ないからね。
「んーとね。アリスによろこんでほしかったから」
「わ、私に?」
…不味い。
私の前では恥ずかしがりやな側面を見せる彼女は何か想いを伝えるときいつも遠まわしにしか伝えることをしなかった。私もそれに慣れてしまって、直接的な言葉に対する耐性が低くなっていたところがある。だからこうやってストレートに言葉を送られるとどうしても嬉しさと恥ずかしさに赤面してしまうのだ。
頬を熱くしている私をよそに彼女は話を進める。
「えっと、ほんとはおいしいおかし作りたかったんだけど…時間も、ざいりょうも足りなくて」
「そんなの気にしなくて良かったのに」
「ううん、気にするよ!それに、かそうだってびっくりするようなものよういできなかったし…」
語尾に近づくにつれ萎んでいく声。頭上の猫耳も心なしか下を向いているように感じる。幼い見た目と相まってその姿はいたたまれなくなってしまう。でも、例え幼かろうが大人だろうがこの子の沈んだ姿なんて見たくない。
気が付いたら、私は彼女の頭に手を伸ばしていた。
「ううん。その気持ちだけで十分よ」
「で、でも」
「私はただあなたと寄り添っていられるだけでも満足なんだから」
その気持ちこそが、私にとっての最高のお菓子になるんだし、ね。
彼女はまだ何か言いたげだったが、しばらく頭を撫でているとようやく納得してくれたのか、私に頭を預けてきてくれた。
「ありがと。アリス」
「ええ。こちらこそ、ありがとう」
そうして漸く見せてくれた笑顔。
私は自身を落ち着けるためにただ、頭を少し強く撫で続けた。
なでなで。
すりすり。
ごろごろ。
頭以外にも頬や顎をくすぐってやると掌に甘えるかのようにしてすり寄ってくる。通常なら彼女から甘えられるなんてレアな事象に私の精神はオーバーヒートしていたところだろう。しかし今は彼女が幼いせいか、それとも甘えてくる仕草がまるで本物の猫のようだからか、意外と精神は落ち着いていた。
それに今の彼女に対して暴走なんてしたら絵的にアウトだしね。
「…ふわぁ」
「ふふ、かーわい」
「うみゅぅ…」
「…あ、そうそう」
そうだ、あまりの可愛さに大事なことを聞きそびれていた。
「霊夢はどうやって小さくなったの」
「んんー?紫にたのんでやってもらったの」
「何やってんのよあいつ…」
何だか最近あいつがまともなことに能力使ってるところ見たことがない気がする。それだけここが平和なんだろうけども、これじゃ賢者も名折れだろうに。
…今度何かお礼してあげないといけないわね。
「ねー、アリス」
「ん、なぁに?」
しばらく撫でて遊んだ後、私たちは縁側に腰かけてお月見に勤しんでいた。お酒は勿論駄目なので湯気を上げるお茶が二つ。
彼女は現在私の膝の上にすっぽりと納まってちびちびとお茶を飲んでおり、私はそんな彼女を後ろから抱き締めつつ髪の毛を梳いていた。
「アリスはおかし持ってきてくれたの?」
「え?」
ああ、彼女の可愛さに当てられてハロウィンの存在そのものを忘れてしまっていた。いや、間違いのないように訂正しておくけど、平常時の彼女だって今と対等に可愛いからね。
彼女は体をくるりと反転させる。鼻先が触れ合いそうな至近距離で、輝きを放つ瞳が私の視線とぶつかり合う。
…ちょっとクラっときかけたわ危ない。
「とりっくおあとりーと、だよ?」
私は一体どうすればいいんだろう。彼女の深い深いまるで泉のような瞳の奥にはお菓子と悪戯、両方を期待しているような色が見て取れる。私は今お菓子を持っている。自信作のこのお菓子をあげれば彼女は喜んで食べてくれるだろう。そしてクッキーの欠片ととびきりの笑顔をこぼしておいしいと言ってくれるだろう。
しかし、ここで私が持っていないと言えばどうなるのか。悪戯を受けることなど分かりきっているが…果たしてどんな悪戯をしてくれるんだろう。
全く、今の私は泉の女神から手痛い仕置きを受けかねない。目の前にはルビーの斧とサファイアの斧が提示されているのだから。それは恐らく私の鎖を引きちぎる残酷な斧なのだろう。
しかし私は魔法使い。当然私の頭にはこのジレンマの解決策が詰まっている。
「そうね、お菓子は、あるわ。でも」
「うん」
彼女の頤を持ち上げ、溢れんばかりの泉の奥を射抜く。彼女の口端ががかすかに上がった気がした。
でも、私は悪い魔法使いだから。
「魔女からタダでものは取れないわよ?」
「…だったら、いたずらでこらしめてあげる!」
二斧を使って一兎を得るのよ。
彼女がゆっくりとした動作でもって手を伸ばしてくる。柔らかくしなやかな指先が私の熱を持った頬を撫で、額に散らばった前髪を払いのける。彼女の瞳に映る私の瞳は酷く濡れているように見えた。何というか、傍から見れば大の女性が小さな女の子に挑発されているようで可笑しな光景だ。
口からどちらのものともわからない空気の漏れる音が聞こえた。瞳と瞳が互いの引力に惹かれあう。
鼻先が衝突を避けるべく無意識に回避運動を取り、数瞬の後遅い来るのは甘く柔らかい衝撃。
……………ではなく。
「えいっ」
「ひゃぁあっ!」
脇腹への手痛い笑劇であった。
「えいえい」
「あはははっ!」
柔らかい指先の感触など感じる暇も無く送り込まれてくる無慈悲な蹂躙に私の腹筋は悲鳴を上げて捩れていく。
何これあれは確実にキスする流れだったでしょう。なのにくすぐりだなんて。ああ、だから悪戯なのか。これは一本取られ…てどころじゃないっ。
「えいえいえい」
「ちょ、れ、れい、ふふあっやめっな…ひゃあっ」
「いたずらにこりたらおかしをだせー」
「わかっはああっから、も、らめてぇ…」
「じゃああと一分」
「や、そん…ひゃあぁあっ」
開放されたのは二分後でした。小さな子の秒数感覚なんてこんなものよね…おなか痛い。
結局、やっぱり子供にはそんなこと期待できないということを痛感する結果となった。
ああ、そういえばずっと気になっていたが、どうやら体に合わせて精神も幼くなってしまっているらしい。それもそうか。いつものあの子ならきっとあんな行動に出る勇気逆立ちしてもひねり出せなかっただろうし。
疲れきってしまった私は早々に観念して、バスケットに隠していた南瓜クッキーの詰まった袋を取り出すのだった。
「うわぁ!とってもおいしいっ!」
立ち込める南瓜の香りの中、口の周りにクッキーの欠片を貼りつかせ、とびきりの笑顔で彼女はおいしいと言ってくれた。それだけで先程の苦労がすべて必要だった労力として昇華されるというもの。まだ少し腹筋の辺りが痛むがそんなものこの子の笑顔一つで吹き飛んでしまう。微笑ましくなってハンカチで口元を拭ってやると恥ずかしそうにはにかんだ。かわいい。
「ほんと?」
「うん!ありがとアリス!」
少々疲れを抱えた頭で考える。多分、何だかんだ言って彼女は元からこんな風に甘えたかったのではなかろうか。いつもは私から甘えに行くところが多かったし、自分の体面を気にしていたのかもしれない。とにかく彼女は意地を張って中々甘えに来てはくれなかった。それが精神の幼児化に伴って表面に吹き出てきてしまったのではないかと。
今はこの小さな彼女に対する母性が先行しているせいかストレートな甘えにもかろうじて耐えれているけども、もしも本来の姿の時にこんなことをされたならば私はグリモワールの封印を解放してしまっていただろう。
「…んっとね。ごめんねアリス」
「うん?いきなりどうしたの」
「ちょっと、くすぐりすぎちゃったかなって」
一応気にしていたらしい。小さくなっていても律儀なところは彼女そのものだ。そんなところも大好きな要因なんだけども。
四つん這いになって近づいてきた彼女を両の手で迎え入れてやる。猫耳と尻尾のせいかやけに猫らしく見えた。
ちょっと前までこの子は犬っぽいと思ってたんだけど前言撤回。彼女はやっぱり猫っぽい。
「んっ」
膝の上に再び跨ってきた彼女の背中に手を添えてやるとくすぐったかったのかぴくりと肩を震わせる。
二つの瞳が何か言いたげに揺れる。その奥にまた深い泉が見えた。
「なぁに?」
「んー」
真っ白な頬を微かな桜色が上書きしていく。もじもじと何かを躊躇う姿に私は胸の奥が疼くのを感じた。彼女の耳と尻尾に神経が通っていたのならばぴこぴこゆらゆらと揺れていたことだろう。
…魔法糸で疑似神経通してみようかな。
「れいむも、おかしあるの。こんなのだけど」
そうして目の前に突き出されたのは紙に包まれた四角形の物体。包み紙の間から甘い香りが漂っている。キャラメルかキャンディといったところか。キャラメルやチョコレート、キャンディというものはハロウィンイベントに用意されるお菓子としては王道なものだろう。しかし私にとっては例えマシュマロだろうがどんぐり型ガムでも、この子からのお菓子というだけでそれは黄金と違わないものになるのだ。
「えっと、だからね…」
仕舞にはうつむいて誰にも聞き取れないような声を漏らす彼女。しかしここは風が吹く音と草木の擦れる音以外何も聞こえない神社。私がその言葉を聞き漏らす訳がなかった。まぁどんな喧騒の中でも彼女の声は逃さないけど。
「おかしあげるから…いたずらして…?」
その表情はまるで恋する乙女のように清く可愛らしく妖艶で。
「…魔女のイタズラは一味違うわよ。覚悟は…いいのかしら」
「…うんっ」
華奢な体をお姫様のように抱き上げ神社の奥へと進んでいく。
どうやら最終的に私が選んだ斧は理性の森の中にある楓の木を切り倒してしまったらしい。こぼれる蜜は誰にも止められない。止めさせる気もないけどね。
包みから取り出した甘い蜜の塊を、それよりも尚甘い彼女という蜜と一緒に食べてしまおう。何、太る心配も飽きる心配もないわ。
だってハロウィンなんだもの。
去年のハロウィンSSではアリスが小さくなりましたので今年は霊夢に小さくなってもらいました。
百合です。
糖分度数は高めです。
「お断りします」
「そこを何とか…この通り!」
勢いをつけて顔面を地に叩きつけた。額が畳に擦れて鈍い痛みをもたらす。上からは説教じみた声とため息が聞こえてくる。
今、私は現在進行形で人生初の土下座というものを体験しているところだった。
いきなりの展開で意味が分からないだろうがどうか落ち着いてほしい。私はどうしてもこの案件を現実のものとしなければならないのだ。そのためにはプライドだって紙切れのごとく切り捨ててしまわなければならない。女には逃げてはならないときが何度かある。そして今は逃げてはいけないとき。退けない闘い。全てを賭して掴みとらねばならないモノがある。
何があろうが、何をされようが、何をしようが、私は必ず奴にYESと言わせなければならないのだ。
「NO」
「よろしいならば戦争だ」
私は激怒した。必ずかの邪知暴虐なるスキマ妖怪を除かねばならぬと激怒した。大事なことなので二度言いました。
OK。なにはともあれ、まずはこの状況を説明しよう。
何故誰にも囚われない自由奔放なはずの私が土下座なんて無様な真似をしているのか。
そう、あれはつい数時間前の出来事だった。
「なぁ。霊夢はハロウィンの準備とかしてるのか?」
その日は何もすることがなく、ただボーっと縁側に座って煎餅片手にお茶をしばいていた。その途中で魔理沙がやってきたのだが私の隣にうるさいオプションが一つ増えるだけで何が変わるという訳でもない。まぁ枯木も山の賑わいというやつだ。とりあえず出がらしであるが魔理沙にもお茶を振舞ってやる。
すると開口一番でこの言葉だ。こいつらしい前置きなど一切しない無駄のない無駄な会話の火蓋。
「そういえばそんなイベントあったわね。忘れてたから何にもして無いけど」
「私はばっちりだぜ。香霖に頼んで服仕立ててもらってるんだ」
「嫌ねぇ悪戯は」
どうやらこいつはいい年してお菓子をもらう側でいるらしい。え?魔理沙は十分貰っていてもいい年なんじゃないかって?何を言う。ここ幻想郷では生きてきた年齢なんてものは何の意味も持たないのだ。強いて言うならここで言う年齢とは肉体の年齢ではなく精神の年齢。精神が成熟していれば子供でももう立派な大人。つまりあげる側になるのだ。…あ、じゃあやっぱり魔理沙はまだ貰ってもいい年齢なのか。
「何馬鹿みたいな顔してるんだよ」
「若いっていいなぁ」
「はぁ?…まぁ悪戯が怖いならお菓子用意するなり仮装して集りに行くなりすればいいだろ」
しかし、ハロウィンか。何も準備などしていないがよくよく考えるとこれは少し不味いのではないだろうか。
先程話した通りの理論に則って考えると私はどう見てもお菓子を与える側。にも関らずお菓子類を全く用意していなかったとなれば当然何が待ち受けているのかなど聞かずとも分かる。
相手が妖怪や妖精なら問答無用で夢想封印というお菓子を与えてやればいい。そうすれば皆泣いて喜びながら帰っていくことだろう。しかしながらそんなものを里の子供たちにまで与えてしまうと奴から石頭という名の痛烈なトリックを貰いかねない。ちなみにあの石頭、現段階で瓦を二十枚まで割ることができるそうだ。あいつもう職業変えるべきだと思うんだ私。
「でも流石にここまで里の子供たちは来ないと思うわ」
「誰も里の事なんかはなしてないぜ?」
「じゃあ何の話よ」
途端ににやけ顔になる魔理沙。あー、これはあれね。こいつも欲しいのかしら。私の自慢の丸くて堅いお菓子。
そんな私の心中に感づいたのか、魔理沙はお茶のおかわりを湯吞みに注ぎ始めた。こいつは知っている。私は中身の入った湯のみを持った人には絶対に攻撃しないということを。だってお茶がもったいないじゃない。ティーパックじゃないお茶は安くないんだからね。
「あいつは仮装してくるのかな。それともお菓子作って持ってくるのか」
魔理沙の癖に搦め手を使ってくるか。しかしながら私がこんな見え透いた罠に掛かる訳がないのだ。こいつは私があいつの名前を出すのをじっと待っている。そうして私が自爆したところに集中砲火を浴びせるつもりなのだろう。フン。甘い。甘すぎるわ。最早サッカリンより甘いわ。
「でもあいつのお菓子には注意したほうがいいぜ?おいしそうに見えてかなりの劇物だからなぁ」
「ア…っあいつのが不味く…訳あるわね」
危ない危ない。今思いっきり地雷踏みそうになったではないか。きっと紫のことを言っているのだろう。だが今のはニアピンだ。ギリギリセーフだ。ファールボウルだ。私が審判なら確実にセーフにしている。だが魔理沙は何がおかしいのか笑いを押し殺すかのようにお茶を飲み下した。
「私は紫のこと言ってたんだけどな」
「あいつはいつも式神にやらせているから腕が鈍ってるのよ」
ごまかしたつもりだが全くごまかせていないことには自分でも気付いていた。
「紫のお菓子を食べた後は口直しが欲しくなる。…その後であいつの家にでも集りに行ってみるか」
「紫もかわいそうね…まぁいいんじゃない?」
「ああ。もし貰えなくても悪戯をする立派な理由になるしな」
「アリスに手ぇ出したら只じゃすまないからね」
「分かってる分かってる。誰も『アリスに』手を出したりしないさ。全く素直じゃないなぁ」
うん。誘導尋問に引っ掛かるくらい誰にだってあるよね。
魔理沙は遂に我慢の限界を超えたのか、腹を抱えて笑い出した。よく見るとその手には湯のみが握られていなかったので私は安心して夢想天生を使う。しかし、あらかじめ攻撃を予想していたのか間一髪で回避されてしまった。行き場を失った弾幕はどこか明後日の方角へと消えて行く。遠くで悲鳴が聞こえたような気がするがきっと気のせい。でなければ誰かが悪戯にでもあったんだろう。まだ昼けど。
「まぁなんだ…。ちょっと調子に乗りすぎたな」
「とりあえず顔面拭いて。鼻血生々しいから」
まぁ魔理沙が私の攻撃を完全回避するなんてまだまだ無理な話なんだけど。
当然こいつが回避することなんて予想していた私は魔理沙の回避先に向かってスライディングサマーソルトを決めた訳だ。結果はごらんの通り顔面クリーンヒット。…ちょっとやりすぎたかな。
「まぁ時間もあんまりないし一応仮装くらいしといたほうがいいんじゃないか?」
「それもそうね。大人であってもやっぱりあげるより貰うほうがいいものね」
「?…とにかく霊夢も楽しみなよ。せっかく付き合ってるんだし素直になっ」
最後まで憎たらしいことを言いながら魔理沙は颯爽と去っていった。方角からして香霖堂か。恐らく衣装を取りに行ってから紫の家に行くのだろう。全くお熱いことだ。あいつらはどんなハロウィンを過ごすのだろうか。
…例えば際どい服を着込んで
「私がお菓子だぜ」
って言ってあいつに迫ったり。
…。
……。
あ、駄目だ。完全にギャグにしかならない。私ならあいつにそんなことされたら腸ねん転になるくらいに笑い転げた後に最高の悪戯だと皮肉の一言でも送ってやるところだろう。まぁ紫は落とされるかもしれないけどね。
「…ん?」
いいや、それだ。その手があった!
改めて考えるとこの神社に好き好んで来たがる奴なんてそうはいないはず。何故ならここは妖怪が多い上に例え来たところでお菓子などもらえるはずがないということを妖精ですら分かっているだろうから。
だが、そんな神社でも好き好んで来てくれる奴はいる。というかこのイベントを忘れていない限り必ずこちらに来るはずだ。
それに対して有効なカウンターパンチにならないだろうかこれは。物理的パンチなんて絶対しないけど。
向こうは確実に私がお菓子など用意していないということは把握しているはずだ。従って、何かしらの悪戯を考えているに違いない。しかしそこで私が先程妄想で垂れ流したようにコスプレして私がお菓子、なんて言ってやるんだ。あいつは錯乱して取り乱すに決まっているじゃないか。…多分だけど。
うーん、いいねそれ面白いね。私にとっても最高のお菓子になりそうじゃない。妄想の中だけでもご飯いけるよこれ。…何言ってるんだ私。
さて、そうと決まれば仮装ね。できればかなりあざとい仮装がいいだろう。そのほうが破壊力も増すはず。
「あ」
しかしその時私は閃いた。
ただ仮装するだけでは面白みにかけるというもの。都会派を自称するアリスに中途半端なことをしてしまうと逆効果になりかねない可能性もある。ここは石橋を砕いて渡るくらいの心意気でいったほうがいいだろう。といってもそのためのプランはもう私の脳内で組みあがっていたりする。今日の私はなんだか冴えているな。
「となると紫の協力が必要か」
縁側から飛び起きて首にマフラーを巻く。ふわふわとした肌触りがなんとも心地いいこれは去年の冬にあいつからクリスマスプレゼントとして貰ったものだ。ちなみにその時私はあいつに自分が大切にしているものを捧げた。
…勿論湯たんぽだ。何か期待でもしていたの?尤も、一番大切なものなんてもう捧げた後だけどね。
赤と白で統一されたこのマフラーは勿論私をイメージして作られたもの。ふんわりと軽くなおかつ熱を逃がさない構造は考えに考え抜かれたデザインとあいつの天性のセンスがもたらした奇跡だろう。一通り眺めて満足した後、私は神社から飛び出した。紫の住む場所、マヨヒガを目指して。
なーんか方向性がずれてきているような気がしないでもないけど気にしないことにした。
ただ唯一言えることは別にアリスに対して素直に甘えることが恥ずかしい訳じゃないってことだ。ここ間違えないように。…誰に言い訳してんだろ私。
そうしてあの冒頭に繋がるという訳だ。
「あのねぇ。確かに彼女を喜ばせたいという気持ちは分かるわ。私だって魔理沙にそんなことされたら問答無用でスキマになだれ込むでしょうし」
要らぬカミングアウトである。
とにかく、私はどうしてもこの完璧なる計画を実行に移さなければならないのだ。だからこそ土下座なんてものまでしている。博麗の巫女が妖怪に頭を下げるだけでも由々しき事態だというのにあまつさえ土下座をかますなんてもう緊急事態、非常事態宣言もいいところだ。デフコンで言うとレベル二といったところか。
「だからと言って、私の可愛い式神たちをコテンパンにした挙句『私を幼くして』ですってぇ?」
だって邪魔してきたんだもん。ああそうだ。私が紫に土下座までして頼み込んだこと。それは肉体の年齢操作だ。平たく言うと若返り。まだそんな年でもないけどね。
私は考えたのよ。仮装といってもできることは高が知れている。例えば、ミイラ男のように包帯で(肌色大目で)全身を巻いたり、ドラキュラのように八重歯を生やして妖しく微笑んでみてもいいだろう。しかし、どれもこれも最早使い古された古典的過ぎる手法なのだ。そんなものでは都会派なあいつを落とすことは絶対にできない!
だったらどうすればいいのか。破壊力が高く、なおかつあいつの度肝を抜けるような仮装。
そこで私は閃いた。コスプレ自体はそれほど凝らなくともいい。只私自身を変身(変態?)させればいいのだ、と。その結果が自身の幼女化である。私が幼子のようになってしまうという衝撃的な展開に加えてあいつの母性本能も極度に刺激することができるであろう最終破壊兵器。
しかし私自身は巫女とはいえ只の人間。自分で自分の体を弄ることなどできない。ならばどうする?簡単なことだ。できる奴に頼めばいい。ただそれだけである。だから私は紫を頼った。彼女に私の少女と幼女の境界を入れ替えてもらうのだ。
しかし、悲しいことに紫は私の高貴なる作戦を全く理解しようとはしてくれない。理解を拒み自身の世界にばかり目を向けるとは真愚かしい。妖怪の賢者の名が泣くぞ。
「何でよ!私が土下座までしているっていうのに」
「巫女がこんなしょうもないことで土下座なんかしない!」
うぎぎ。これでは埒が明かない。
…無理な話だったのだろうか。
私の言葉だけでは彼女の心に届かせることなどできないのだろうか…。
いいや、まだ…まだだ。
まだ諦めるには早すぎる。
こんな…私はこんなところで…
「ほら、もうすぐ魔理沙がくるし…今日はもう帰りなさい」
「わかったわ」
諦められないんだッ!!
「やっと分かってもらえたかし…」
「魔理沙の幼い頃の写真結構持ってるのよね私」
「年の設定はどのくらいがいいかしら」
やっぱり奥の手と言うものは最後まで取っておくものだ。
後ろで式神がうなだれていたが何、気にすることはない。どうせ弾の当たりどことが悪かっただけだろう。
こうして、私は術式を施してもらった。
今宵は見事な満月。
ススキが黄金色に寂びつつ風に吹かれ、雲は棚引き月に橋を掛けている。風流だ。
そんな月が照らし出す中、幻想郷ではハロウィンという名のお菓子争奪戦線が展開されていた。ハロウィンの本来の定義とは異なっているかもしれないが、ここは幻想郷。諦めていただこうか。
人々の悲鳴も歓声も、里から離れたこの神社には届いてこない。私は寝室でじっと正座しながら決戦のときを只ひたすらに待ち続けていた。
すでに体には紫に施してもらった術式…体を幼くする式が待機状態で張られている。後はアリスがここを訪れた時を見計らって発動させればあら不思議、そこには数年前の私の姿が!という寸法だ。勿論精神年齢は今のまま。ご都合主義と笑いたければ笑うがいい。後はそのままあいつの目の前に出て行きあざとく詰め寄るだけ。慌てふためくあいつの姿ににまにまするという計画だ。いつもいつもあいつにはどぎまぎさせられっぱなしだったし、こんなことでもしないとアンフェアになってしまうじゃない。そうよ。いつもいつもいい香り振りまいて優しい顔してこっちが余裕なくすような仕草しちゃって、ほんとずるいったらありゃしないんだ。…じゃない!
「とにかく!」
この計画に穴などあってはならない。念には念を入れ、少ないながらも仮装アイテムだって用意している。勿論あざといヤツを。完璧だ。
「ふふふ」
自然と意地の悪い笑いが漏れ出してしまう。これからのことを考えると仕方が無い。
「…お?」
縁側のほうからこつこつと石畳を叩く音が聞こえる。この少し高い音はブーツで石を叩いている音。つまりはあいつだ。間違いない。
「霊夢ー?」
ほら。
自分でも凶悪な笑みが零れているのが分かる。いけないいけない。いくら幼くなってもこんな顔して出て行ったら明らかにヒかれる。頬を摘んで上下左右にやわやわとマッサージ。うん今日ももち肌ね。
心の中で三回程深呼吸を行ってから、私は期待に胸を膨らませつつ術式を発動させた。
それがあんなことになるなんて知らずに。
・・・
「うんっいい感じ。上海、オーブンの火と止めて」
湯気を上げるオーブンの中からクッキーの乗ったトレーを引き出す。間髪入れず部屋に漂いだす香ばしくも甘い南瓜の香りに胸が高鳴ってしまう。勿論、おいしそうだとか、早く食べたいだとか、そんな理由ではない。
「南瓜使ったクッキーなんて初めて作ったけど、これなら絶対霊夢喜んでくれるよねっ」
そう。愛しいあの子に早く食べさせてやりたい、おいしいと言ってもらいたいということに対する期待の高鳴りである。
クッキーが暖かい内に保温、及び状態維持魔法をかけてコーティングする。こうすれば味や香りが落ちにくくなる。別にできたてである必要などないが、こんな日くらいはいつもと違ったモノを食べさせてあげたいというものだ。
ハロウィンだというのに、私はあの子のことだけを考えてお菓子を作っているなんて。自分の可笑しな考えに苦笑を漏らした。
「まぁいっか」
私は悪戯をするのもお菓子をあげるのもあの子だけって決めてるんだから。
私たちが付き合い始めたのは大体去年の今より少しだけ後のことだったか。そろそろ寒さも厳しくなり、粉雪が舞い降るだろうという季節に私たちは結ばれたんだっけ。未だにその時のあの子の服装から積もっていた雪の深さまで明確に思い出せる。
思えばあれからもう一年近く経つのか。時の流れとは実に早いものだ。
こうやってクッキーを焼いて笑っているうちにあの子はどんどんと進んでいくんだろうな。
「…って、センチメンタリズムに浸るには早すぎるかな」
そういう湿っぽい感情は私たちにはまだ早すぎるだろう。今はこのイベントを楽しめばいいのだ。恋人になって初めて迎えるハロウィンを。
換気のために開け放たれた窓から秋特有の静かな風が入り込んでくる。…いい感じに夜の蚊帳も降りてきたところだし、私もそろそろ出発するか。勿論、私自身簡単に仮装して。といってもいつものカチューシャに付属しているものがフリルから猫耳に変わる程度だが。こうでもしないと妖精などに出会った際面倒なのだ。どうも頭の悪い妖精たちは『仮装している=貰う側、していない=あげる側』と認識している節がある。全く単純だ。だから助かるのだが。このお菓子はできることなら一番最初にあの子に食べてもらって、そうして一言目においしいと言って貰いたい。まずはそれから。
そういえば、あの子は仮装なりお菓子なり用意してるのかしら。…してないでしょうね。今日がハロウィンだということを覚えてるかどうかすらも心配だ。
「まぁどちらでも同じか。…じゃあ、行って来るわね」
きゃいきゃいと騒いでいる人形たちに手を振って玄関のドアを勢い良く開け放った。
家と飛び出すと目の前には満月。いい感じに体内の魔力も高ぶってきている。だからなんだという話ではあるのだが、何となく気分が良くなってしまうもの。
どこかで悲鳴や笑い声が聞こえる。どうも幻想郷ではどんなイベントも大げさになってしまうようだ。お祭り好きが多いし、私もにぎやかなのは嫌いでは無いからいいんだけど。
そんなどうでもいいことを考えながら進路を神社に取る。今行くからね。
加速する途中通ったお隣さん宅を見たら、天窓から何かスキマのようなモノがうごめいているのが見えた。中からお隣さんの悲鳴のようなものが聞こえてきたような気がするが何、気にすることはない。きっと悪戯を受けているだけでしょうから。
神社に降り立つとやっぱりというか何というか人っ子一人居なかった。みんな分かっているのだろう。あの子にお菓子なんてねだっても御札か陰陽球くらいしかくれないということくらいは。それに、私としても誰もいない方が助かるしね。
カツカツと子気味いい音を立てながら石畳を踏んでいく。いつも私が神社に来たときする「来たよ」の合図。しかし縁側を見ても姿が見当たらない。奥の居間を覗いても姿を確認することはできない。
「霊夢ー?」
呼びかけて見る。
一秒。
二秒。
三秒。
あれ、おかしいな。いつもなら私が声を掛けると同時に姿を現してくれるというのに。
もしかして神社には居ないのだろうか。例えば今日開催されるとか言っていた紅魔館のパーティーに参加しているとか。考えたくはないがあの子がお菓子などで釣られないと言い切れるわけでもないのが悲しい。…ううん、あの子が恋人をほっぽって行く訳ないよね。もしかして居眠りでもしてるんだろうか。それともお花を摘みに行っているとか。
そこまで考えたとき、奥の方からパタパタと足音が響いてきた。あ、やっぱり居てくれたんだっ。どうしようか。あの子のことだから多分お菓子なんて用意してないだろうし、どんな悪戯をしてあげよっかな。
「…ん?」
そこでふと違和感に気がついた。何というかやけに霊夢の足音が軽いような気がする。気のせいかしら?まさかまた痩せたとか?最近は不規則な食生活も改善させてたしベッドの中で確認したときもちゃんと健康的な体してたと思うんだけど…。
そんな違和感などよそに近づいてきた足音が一時停止して、次の瞬間目の前の襖が勢いよく開け放たれた。
「あ、れい」
「あー!やっぱりありすだー!」
「…え?」
一瞬、目を背けてしまった。なんだか今見てはいけないものを見てしまったような気がする。
今目の前にいたものは何だろう。
「ん?」
紅くて、
「あれ」
白くて、
「どうしたの?」
黒くて、
「ありすーっ」
肌色で、
「聞いてる?」
小っちゃい女の子。
自分の目がおかしくなってしまったのかと、もう一度目を見開いて目の前の人物を確認する。
「どうしたの?おなかいたいの?」
やはり私の目はおかしくなっていなかったようである。よかった。
目の前の少女…いや幼女は見慣れた紅白の巫女服を着ている。しかし明らかにサイズオーバーを起こしており、服に着られていると言った方が正しい状態だ。
襟首ははおろか、肩の半分から鎖骨までのもが露出した首元。スカートも脛が丸々隠れる程までにずれており少々危ないバランスを保っている。トレードマークの袖は二の腕部分のゴムが強めなのかずれ落ちてはいないが短くなった手が袖の中にすっぽりと収まっており、かろうじで伸ばされた指先がはみ出る程度になっていた。
頭に目をやると元々大きかったリボンはさらに大型化しているような印象を受け、可愛らしさ三割増しになっ…て…。
「おなかいたいんだったらなでなでしてあげる」
よくよく見るとリボンより少し手前、丁度耳の上辺りにいつもの彼女には絶対に存在しないであろうものがついていた。
作り物なのは見れば分かるが、左右対称に配置された三角形のふさふさの物体はまさしく。
「ねこ…みみ…?」
私の付けているものとほぼ同型のものだ。何これ流行ってるの?
念のため確認したけど尻尾も付いてましたはい。
恥ずかしいものなど何もないはずなのに頬が熱を持ち始める。こんな、この子にこんな、只のアクセサリをエンチャントしただけで、こんなにも…
「いたいのいたいのとんでいけー!」
「か、かわいすぎる…!」
い、いやいや!
何を考えているんだ私は。それよりも重大なことがあるじゃないか。可愛さに和んでる場合じゃない。
服装や顔つきなどからこの子は私の恋人であるということが分かる。それはいい。しかしそれが問題でもある。
何故、この子、…霊夢が幼体化しているかということだ。…聞こえは何か危ないような気もするが事実なんだから仕方ないじゃないの。
見たところ身長は私の腰くらいまでと言ったところか。顔をまじまじと見つめると本人だけあってやはり可愛らしい顔をしている。
まるで穢れとは無縁の世界しか映っていないかのように黒く澄んだ瞳、子供らしさを詰め込んだように健康的でふっくらとした唇。そして、突けば確かな弾力を返してくれるさらさらな頬。
「おお、もち肌」
「くすくったいよありしゅっ」
無意識に彼女の両頬を突いていたらしい。まずいこの感触癖になりそう。
…っていけないいけない。ああ、私としたことが、あまりに非常識的な展開に会話も忘れて思考に没頭していたらしい。都会派失格ね。
とにかく、まずは話を聞いてみるところから始めようか。
「えっと、霊…夢?」
「ん、なぁーに?」
私の声に敏感に反応し、身を乗り出してくる彼女。首をかしげ、瞳を輝かせているその様子は全く私を疑っていない。声もいつもの少々ぶっきらぼうで抑揚に欠けた声ではなく子供らしい高く丸っこい声。そのどれもこれもが私の保護慾…とでも言えばいいのかあるいは母性か、とにかくそれを掻き立てる。
…一挙一動が見逃せないというのは正にこのことね。
「どうして、あなたは小さくなったの?」
どうにも感覚が狂う。目の前の彼女は私の恋人であるはずなのに、話す言葉はどうしても子供に向けて話すときのそれになってしまう。見た目に惑わされるなんて魔女失格かもしれない。。…猫耳は関係ないからね。
「んーとね。アリスによろこんでほしかったから」
「わ、私に?」
…不味い。
私の前では恥ずかしがりやな側面を見せる彼女は何か想いを伝えるときいつも遠まわしにしか伝えることをしなかった。私もそれに慣れてしまって、直接的な言葉に対する耐性が低くなっていたところがある。だからこうやってストレートに言葉を送られるとどうしても嬉しさと恥ずかしさに赤面してしまうのだ。
頬を熱くしている私をよそに彼女は話を進める。
「えっと、ほんとはおいしいおかし作りたかったんだけど…時間も、ざいりょうも足りなくて」
「そんなの気にしなくて良かったのに」
「ううん、気にするよ!それに、かそうだってびっくりするようなものよういできなかったし…」
語尾に近づくにつれ萎んでいく声。頭上の猫耳も心なしか下を向いているように感じる。幼い見た目と相まってその姿はいたたまれなくなってしまう。でも、例え幼かろうが大人だろうがこの子の沈んだ姿なんて見たくない。
気が付いたら、私は彼女の頭に手を伸ばしていた。
「ううん。その気持ちだけで十分よ」
「で、でも」
「私はただあなたと寄り添っていられるだけでも満足なんだから」
その気持ちこそが、私にとっての最高のお菓子になるんだし、ね。
彼女はまだ何か言いたげだったが、しばらく頭を撫でているとようやく納得してくれたのか、私に頭を預けてきてくれた。
「ありがと。アリス」
「ええ。こちらこそ、ありがとう」
そうして漸く見せてくれた笑顔。
私は自身を落ち着けるためにただ、頭を少し強く撫で続けた。
なでなで。
すりすり。
ごろごろ。
頭以外にも頬や顎をくすぐってやると掌に甘えるかのようにしてすり寄ってくる。通常なら彼女から甘えられるなんてレアな事象に私の精神はオーバーヒートしていたところだろう。しかし今は彼女が幼いせいか、それとも甘えてくる仕草がまるで本物の猫のようだからか、意外と精神は落ち着いていた。
それに今の彼女に対して暴走なんてしたら絵的にアウトだしね。
「…ふわぁ」
「ふふ、かーわい」
「うみゅぅ…」
「…あ、そうそう」
そうだ、あまりの可愛さに大事なことを聞きそびれていた。
「霊夢はどうやって小さくなったの」
「んんー?紫にたのんでやってもらったの」
「何やってんのよあいつ…」
何だか最近あいつがまともなことに能力使ってるところ見たことがない気がする。それだけここが平和なんだろうけども、これじゃ賢者も名折れだろうに。
…今度何かお礼してあげないといけないわね。
「ねー、アリス」
「ん、なぁに?」
しばらく撫でて遊んだ後、私たちは縁側に腰かけてお月見に勤しんでいた。お酒は勿論駄目なので湯気を上げるお茶が二つ。
彼女は現在私の膝の上にすっぽりと納まってちびちびとお茶を飲んでおり、私はそんな彼女を後ろから抱き締めつつ髪の毛を梳いていた。
「アリスはおかし持ってきてくれたの?」
「え?」
ああ、彼女の可愛さに当てられてハロウィンの存在そのものを忘れてしまっていた。いや、間違いのないように訂正しておくけど、平常時の彼女だって今と対等に可愛いからね。
彼女は体をくるりと反転させる。鼻先が触れ合いそうな至近距離で、輝きを放つ瞳が私の視線とぶつかり合う。
…ちょっとクラっときかけたわ危ない。
「とりっくおあとりーと、だよ?」
私は一体どうすればいいんだろう。彼女の深い深いまるで泉のような瞳の奥にはお菓子と悪戯、両方を期待しているような色が見て取れる。私は今お菓子を持っている。自信作のこのお菓子をあげれば彼女は喜んで食べてくれるだろう。そしてクッキーの欠片ととびきりの笑顔をこぼしておいしいと言ってくれるだろう。
しかし、ここで私が持っていないと言えばどうなるのか。悪戯を受けることなど分かりきっているが…果たしてどんな悪戯をしてくれるんだろう。
全く、今の私は泉の女神から手痛い仕置きを受けかねない。目の前にはルビーの斧とサファイアの斧が提示されているのだから。それは恐らく私の鎖を引きちぎる残酷な斧なのだろう。
しかし私は魔法使い。当然私の頭にはこのジレンマの解決策が詰まっている。
「そうね、お菓子は、あるわ。でも」
「うん」
彼女の頤を持ち上げ、溢れんばかりの泉の奥を射抜く。彼女の口端ががかすかに上がった気がした。
でも、私は悪い魔法使いだから。
「魔女からタダでものは取れないわよ?」
「…だったら、いたずらでこらしめてあげる!」
二斧を使って一兎を得るのよ。
彼女がゆっくりとした動作でもって手を伸ばしてくる。柔らかくしなやかな指先が私の熱を持った頬を撫で、額に散らばった前髪を払いのける。彼女の瞳に映る私の瞳は酷く濡れているように見えた。何というか、傍から見れば大の女性が小さな女の子に挑発されているようで可笑しな光景だ。
口からどちらのものともわからない空気の漏れる音が聞こえた。瞳と瞳が互いの引力に惹かれあう。
鼻先が衝突を避けるべく無意識に回避運動を取り、数瞬の後遅い来るのは甘く柔らかい衝撃。
……………ではなく。
「えいっ」
「ひゃぁあっ!」
脇腹への手痛い笑劇であった。
「えいえい」
「あはははっ!」
柔らかい指先の感触など感じる暇も無く送り込まれてくる無慈悲な蹂躙に私の腹筋は悲鳴を上げて捩れていく。
何これあれは確実にキスする流れだったでしょう。なのにくすぐりだなんて。ああ、だから悪戯なのか。これは一本取られ…てどころじゃないっ。
「えいえいえい」
「ちょ、れ、れい、ふふあっやめっな…ひゃあっ」
「いたずらにこりたらおかしをだせー」
「わかっはああっから、も、らめてぇ…」
「じゃああと一分」
「や、そん…ひゃあぁあっ」
開放されたのは二分後でした。小さな子の秒数感覚なんてこんなものよね…おなか痛い。
結局、やっぱり子供にはそんなこと期待できないということを痛感する結果となった。
ああ、そういえばずっと気になっていたが、どうやら体に合わせて精神も幼くなってしまっているらしい。それもそうか。いつものあの子ならきっとあんな行動に出る勇気逆立ちしてもひねり出せなかっただろうし。
疲れきってしまった私は早々に観念して、バスケットに隠していた南瓜クッキーの詰まった袋を取り出すのだった。
「うわぁ!とってもおいしいっ!」
立ち込める南瓜の香りの中、口の周りにクッキーの欠片を貼りつかせ、とびきりの笑顔で彼女はおいしいと言ってくれた。それだけで先程の苦労がすべて必要だった労力として昇華されるというもの。まだ少し腹筋の辺りが痛むがそんなものこの子の笑顔一つで吹き飛んでしまう。微笑ましくなってハンカチで口元を拭ってやると恥ずかしそうにはにかんだ。かわいい。
「ほんと?」
「うん!ありがとアリス!」
少々疲れを抱えた頭で考える。多分、何だかんだ言って彼女は元からこんな風に甘えたかったのではなかろうか。いつもは私から甘えに行くところが多かったし、自分の体面を気にしていたのかもしれない。とにかく彼女は意地を張って中々甘えに来てはくれなかった。それが精神の幼児化に伴って表面に吹き出てきてしまったのではないかと。
今はこの小さな彼女に対する母性が先行しているせいかストレートな甘えにもかろうじて耐えれているけども、もしも本来の姿の時にこんなことをされたならば私はグリモワールの封印を解放してしまっていただろう。
「…んっとね。ごめんねアリス」
「うん?いきなりどうしたの」
「ちょっと、くすぐりすぎちゃったかなって」
一応気にしていたらしい。小さくなっていても律儀なところは彼女そのものだ。そんなところも大好きな要因なんだけども。
四つん這いになって近づいてきた彼女を両の手で迎え入れてやる。猫耳と尻尾のせいかやけに猫らしく見えた。
ちょっと前までこの子は犬っぽいと思ってたんだけど前言撤回。彼女はやっぱり猫っぽい。
「んっ」
膝の上に再び跨ってきた彼女の背中に手を添えてやるとくすぐったかったのかぴくりと肩を震わせる。
二つの瞳が何か言いたげに揺れる。その奥にまた深い泉が見えた。
「なぁに?」
「んー」
真っ白な頬を微かな桜色が上書きしていく。もじもじと何かを躊躇う姿に私は胸の奥が疼くのを感じた。彼女の耳と尻尾に神経が通っていたのならばぴこぴこゆらゆらと揺れていたことだろう。
…魔法糸で疑似神経通してみようかな。
「れいむも、おかしあるの。こんなのだけど」
そうして目の前に突き出されたのは紙に包まれた四角形の物体。包み紙の間から甘い香りが漂っている。キャラメルかキャンディといったところか。キャラメルやチョコレート、キャンディというものはハロウィンイベントに用意されるお菓子としては王道なものだろう。しかし私にとっては例えマシュマロだろうがどんぐり型ガムでも、この子からのお菓子というだけでそれは黄金と違わないものになるのだ。
「えっと、だからね…」
仕舞にはうつむいて誰にも聞き取れないような声を漏らす彼女。しかしここは風が吹く音と草木の擦れる音以外何も聞こえない神社。私がその言葉を聞き漏らす訳がなかった。まぁどんな喧騒の中でも彼女の声は逃さないけど。
「おかしあげるから…いたずらして…?」
その表情はまるで恋する乙女のように清く可愛らしく妖艶で。
「…魔女のイタズラは一味違うわよ。覚悟は…いいのかしら」
「…うんっ」
華奢な体をお姫様のように抱き上げ神社の奥へと進んでいく。
どうやら最終的に私が選んだ斧は理性の森の中にある楓の木を切り倒してしまったらしい。こぼれる蜜は誰にも止められない。止めさせる気もないけどね。
包みから取り出した甘い蜜の塊を、それよりも尚甘い彼女という蜜と一緒に食べてしまおう。何、太る心配も飽きる心配もないわ。
だってハロウィンなんだもの。
悪戯しても霊夢の本心か…イヤッホオォォ!
いかん!アグネスが迫ってくる!
私が全力で抑えておくからエネルギー補給のためにロリスとロリ霊夢の作品を!うぉぉぉぉぉ!
特に幼女霊夢の破壊力は大量破壊器並みですわぁ
ビバ・ハロウィン!
今回は可愛さを重点的に攻めてみました。
もっと悶えてもいいのよ。
>>名前が(以下同文)さま
ハロウィンなんですから(何かいつもおんなじ様なこと言ってる気もしますけど…
>>6さま
相手がアリスだからこそなのですよ。
>>すすきさま
無茶しやがって・・・(何が
プロットはあるんですが…それを実現する時間と技量さえあれば…。
>>11さま
いつも甘さなどの調整には苦労するのですが…この程度で問題ありませんかな?
>>12さま
実は幼女霊夢書くのは二度目だったりします。
私の中で幼い霊夢は素直なイメージだったり。
>>17さま
べ、べつにちっちゃい子が好きな訳じゃないんだからねっ(誰も聞いてない
こんな作品のキャラに魅力を感じていただけなのなら光栄です。
幼女相手になにやったんだw
続きを楽しみにしています。